広島フィールドワーク案内


宮島【厳島神社】

安芸の宮島のシンボル大鳥居です。
厳島神社の正式の参道はこの鳥居の下を船で通っていく海の道です。
平清盛が日宋貿易の繁栄を願った神社であることが分かります。
宮島名物と言うより広島名物の「しゃもじ」
宮島の商店街にある大しゃもじです
対岸の住宅地では「眺望権」を巡って、マンション建築差し止めの裁判が起きるほどの景勝地です。
大晦日の日には、鎮火祭が行われます
鎮火祭
 火を鎮める―文字どおり「一年間火から守られますように」とい う願いを込めて行われる火災よけの神事で、厳島神社の一年を締めくくる大祭といえます。
 
 毎年、12月31日の大晦日午後6時。厳島神社祓殿(はらいでん)に設けられた祭壇で斎主が祝詞を済ませると松明に斎火を移し回廊を通って神社横の遠浅の御笠浜へ運び、そこに設けられた大束(松の木を組み合わせたもの)に火を点火します。その火は直径30cm〜60cm、高さ3m〜5mに及ぶそれぞれの大松明に移し取られ、法被にはちまき姿の若者たちが、激しく燃える松明を肩に担ぎながら、石鳥居から神社入り口まで、およそ200mの参道を「ヨイヨイ」のかけ声も勇ましく駆け巡ります。宮島の町民は、先を競ってそれぞれが持ちよった松明やそぎに大松明からもらい火をして、いっせいに火が広がり、あたりは火の海となります。その壮観さは言語に絶するものがあります。

宮島町観光協会 より
 
http://www.netmarketweb.com/miyajima/matsuri_03.html
勇壮な鎮火祭のようすを動画でどうぞ。
  (ファイルサイズが大きいので、ご注意を)

鎮火祭1(約14Mb)

鎮火祭2(約1Mb)

鎮火祭3(約2MB)
火を消した松明やそぎの燃え残りは、各家庭へ大切に持ちかえられ、火除けのお守りとして、神棚や火気を取り扱う調理場や台所などに供える風習が残っています。また、斎火をろうそくに灯し、ちょうちんなどに入れて持ちかえり、火難除けの灯明として神棚の灯明に移す人もいます。昔は神棚の火を取って、正月のお雑煮をつくるための火種にも使われたそうです。
               (同前)
元旦には「歳旦祭」が行われ、雅楽が奉納されます。
携帯の動画で 荒いのですが 。。。
   ファイルサイズは大きいです。

「歳旦祭」(約2Mb)

「歳旦祭」2
(約5Mb)
昨年(2004)の度重なる台風による被害で能舞台も修復中でした。
厳島神社から五重の塔・千畳閣をのぞむ
戦国時代には毛利・陶氏の「厳島合戦」の舞台にもなりました。また、幕末、第二次長州戦争(四境戦争)の際には、勝海舟・木戸孝允による休戦協定が結ばれたのも厳島でした。
弥山の原生林・修験道道場・平氏の栄華・豊臣氏の滅亡とともに建設途中のまま現在に至る千畳閣、幕末と多重の歴史を見せる宮島に是非お出でください。




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