氏  名 貞 谷 孝 行
 ふりがな

さだたに たかゆき
 生年月日 昭和2年8月5日生
 干  支 卯 年
 星  座 獅 子 座
 住  所 神奈川県横浜市青葉区

【経歴その1】
 昭和9年4月・尋常小学校入学。昭和15年3月卒業。同年4月旧制中学校に入学。
旧制中学5年生1学期の昭和19年8月、「陸軍特別幹部候補生」に志願、愛媛県松山市にあった、「中部99部隊:第3航空教育隊」に”飛行兵”として入隊。
 昭和20年1月、第2航空軍に転属となり、旧満州国(現・中国東北部)熊岳城第22錬成飛行隊
佳木斯第10野戦航空修理廠・幹部候補生教育隊蒙古力戦闘飛行隊転属。
 昭和20年8月、日ソ開戦・終戦で俘虜となりシベリアに抑留され、昭和24年7月に復員

【経歴その2】
 
復員後、就職はシベリア帰りという事で難儀する。暫くは臨時雇いの労働をしていた。某製鋼会社に勤めたが、ここも経営不振で駄目になる。
 中学同級生の紹介で辛うじて就職できたのは、復員後2年を経過した昭和26年、業種は建設業(土木)で、折からの電源開発ブームの中、土曜・日曜など考えられず、時としては年の暮れもお盆も休まず、山間僻地での仕事に携わった。


趣味と生きがい!

【麻雀・囲碁】  
 人里離れた僻地での仕事と生活で麻雀を覚えたが、熱中すると時間経過を忘れ寝不足となり、翌日トンネル工事などに入坑すると、湿気と熱気、それと独特の臭気にあてられ意識が朦朧となり気分も悪く、事故の元になるので昭和34年春頃には止める。
 囲碁も一時は碁盤や碁石を揃えるなどして熱心に習ったいたが、長続きせず何時とはなしに止める。
【ゴルフ】
 ゴルフは昭和41年春頃から習い熱心に続けていたが、平成7年1月9日、「右腎盂腫瘍」で右腎臓と尿管及び膀胱の一部を切除する手術をして以来、プッツリと止めている。

【阪神淡路大震災】
 
【右腎盂腫瘍】で右腎臓などの切除手術を受けた、入院中の1月17日未明に起きた阪神淡路大震災は、我が家にも少なからず影響をもたらした。
 兵庫県芦屋市から看護のために来ていた娘は、住まっていた地域が被災し孫や夫(婿)との連絡がつかず、情報の収集をしながら安否を気遣う半日を過ごした。
 午後になり電話連絡があり、家屋に軽微な損傷はあったが2人は無事であることが確認された。
 娘は、翌日横浜からリュックに食料品などを詰め込み、被災後混乱する芦屋へと帰って行った経緯があります。
 その時中学3年生で高校受験を控えていた孫も、震災ショックを克服し、4月には希望する県立高校に入学をすることができた。


【パソコンとデジタルカメラ】 
 昭和42年頃から始めていた「8ミリカメラ」を経て、「ビデオカメラ」に至る画像を撮るという趣味は、ワープロからパソコンの使用に伴い、「デジタルカメラ」に移行する。
 昭和63年頃から始めた、Nifty serveのパソコン通信による電子メール、Infowebに加入でE-mailにますます熱が入り、家族や友人と写真をメールに添付して交信している。
 友人や家族との催しを、「デジタルカメラ」で記録し、CD-Rに焼付けして仲間に配布するなど楽しんでいる。

【仲間との交流】 
 現在の趣味であり最大の楽しみと生きがいは、「フィットネスクラブ・アトリオあざみ野」の会員になったことで、同年齢の仲間と週2回ジムでトレーニングをして汗を流し、その後ラウンジで語り合うパソコン談義、同じ趣味を分ち合える良き友人に恵まれた事。
 この会は、「例の会」と称し、全員パソコンを使いE-mailを交換している。
 中にはホームページを開いている方もいる。また近くアップロードしたいと準備をしている方もいます。
 パソコンを使い会報を作り定期的に発行。四季折々に旅行や観桜会・観楓会・納涼会・忘年会、はては新年会などを催している。
 さらに他の古希過ぎの仲間数人も加わり月1回、
青空のもとを歩こう!と、無理をせず自分達の住んでいる街を、歩きながら見直し語ろうという会を催している。



自 己 紹 介 同 窓 会・誠 鏡 会 軍隊とシベリア抑留
癌を患う フィットネスクラブ・アトリオ 青空のもと歩こ〜う会