(11月13日)「今、再び、油症問題とどのように取組むのか。」
T 今、35年の歴史を検証する。
(1) PCBの開発、製造、利用の課程に問題があった。
(2) 研究者からの警告が無視された。
(3) 油症こそ世界最初のPCB、ダイオキシン人体被害であった。
(4) 被害者、原告団、弁護団は苦闘した。
(5) 全国の住民、消費者団体、労働組合が懸命に支援した。
(6) 油症研究班、研究者たちも熱心に取り組んだ。
(7) 地裁、高裁、最高裁まで20年にわたって裁判闘争が続けられた。
(8) PCBの環境、食品汚染は今も続いている。
(9) 物故した先人たちの献身を忘れない。
―梅田玄勝医師、俣野景典教授、代代の原告団長と役員たちのこと。―
―過去を現在にひきつけるために。―
―公害に時効はない。―
―故郷の五島列島の玉之浦、奈留島にも被害者たちがいた。―
U 今、現状を確認する。
(1)被害者の救済措置は放置されている。
(2)医学的な検証は行なわれていない。
(3)社会的な関心が薄れている。
(4)政治と行政の課題になっていない。
(5)国民、消費者の問題にはなっていない。
(6)数多くの教訓から学んでいない。
(7)事件は風化しようとしている。
―被害者たちの人権は無視されている。―
―砒素ミルク事件には14年目の訪問があった。―
V 今、被害者の生活の原点から考える。
(1) 何の罪もない人々が無残に追い込まれた食品被害であった。
(2) 苦痛、差別、無視、放置、忍従という事実が存在した。
(3) 生活破壊、家庭崩壊という現実が展開した。
(4) 被害者が救済されていない、という今日的な事実がある。
(5) 予定被害者としての行動が求められている。
―生き証人たちに聞こう。―
―台湾油症事件の原因をつくったPCBの製造メーカーはどこなのか。(1978年、カネミ油症の体験は正しくユーザーに伝えられていたか。)ー
W 今、全く新しい視点が求められている。
(1) 慢性毒性の検証が必要になっている。
ダイオキシンとの複合毒性を考慮して
(2) 未検証症候群が問題になっている。
神経、免疫、内分泌などの障害,行動異常、発ガン作用など
(3) 疫学的な調査が必要になっている。
現時点での症候、毒性や家族、次世代影響などに関する実態調査
(4) 放置された被害者たちの救済が必要になっている。
生活障害、経済的困窮など、行政側に救済策があるのか。
(5) 和解した油症裁判についての歴史的な評価が必要になっている。
(6) 21世紀の有害化学物質対策のための教訓が求められている。
―真の原因物質と真の企業責任を明らかにするために、カネミ油症事件を、PCB・
ダイオキシン油症事件またはカネカ油症事件と改称しよう―
X 今、何を究明せねばならないのか。
(1)被害実態を確認しよう。,br.
症状、生活被害、社会差別、放置後の実態
(2)発生原因をつきとめよう。
PCBの開発の歴史に見る。
事故の直接原因は。
ダイオキシン被曝実態が考慮されていなかった。
(3)加害者責任を明白にしよう。
企業、国の法的、行政的、社会的、倫理的責任の総体を問う。
(4)治療法と治療体制を構築しよう。
診断基準、認定基準、検証方法を改める。
―唯一の真実こそを追究しよう。―
Y 今、何を学ばねばならないか。
(1)予防原則の重要性
(2)開発科学と検証科学の平衡性
(3)合成化学物質の安全性確保のありかた
(4)製造者責任の重さ
(5)リスク評価の徹底
(6)リスク処理インフラの充実
(7)リスクコミュニケーションの確立
Z 今、とくに行政の責任を再確認する。
(1) 避けられた人体被害事件であった。
(2) ダーク油事件の位置づけを重く見る。
(3) 農水、厚生間の連携がなかった。
(4) 行政の内部処理に問題があった。
(5)PCB・ダイオキシン複合被害の認識が希薄であった。
―予防対策、食品衛生監視システムなどへの教訓が得られたか。−
―故俣野教授の証言の意味は大きい。―
[ 今、ただちに何をなすべきか。
(1)消費者は正確に学ぶことから始めよう。
(2)企業は責任ある対策を実施しよう。
(3)行政は治療、生活支援対策を行おう。
(4)この体験を予防対策に生かそう。
\ 今、あらためて新しい訴訟の形が組み立てられないか。
(1) 既存の訴訟にはダイオキシン被害の観点がなかった。
(2) 国の新しい認定基準にはダイオキシン濃度の事項が入ることになる。
(3) ダーク油事件の重要性も主張し易くなる。
(4) カネカの加害者責任を見えやすくする。製造物責任を問いやすくなる。
(5) 行政側の35年間の被害者の放置、すなわち不作為責任を問える。
(6) 訴訟の旗は既存の油症被害者と支援者を再結集する事に役立つ。
(7) 有害化学物質の取り扱いに関して社会的な反響が期待できる。
(8) 台湾油症問題ともリンクさせて、国際的な注目を呼び込む。
(9) 行政と企業を動かして、患者の救済のために必ず役立つ。
(10)訴訟を支えるための国民的な組織がつくられねばならない。
−法律の専門家と研究者の意見を聞こう。−
−カネミ油ではダイオキシンの存在が予見されていた。−
−訴訟を通して、法的責任以外の社会的、行政的、道義的責任も見えやすくなる。―
−今、目に見える戦いのシンボルが、旗印が必要である。−
] 今こそ、仕切りなおしの時である。
(1)被害者救済のために。
(2)PCB・ダイオキシン被害の究明のために。
(3)再び、類似事故の再発を許さないために。
(4)人類史的意義の確立のために。
―今こそ、仕切りなおしのかたちをどうするか。すなわち、
法的なかたち、行政的なかたち、住民、消費者運動のかたち、情宣のかたち、そして 支援活動のかたちが厳しく問われている。このさい目的と目標を鮮明にしよう。
取り組みの組織と仕組みをつくりあげよう。―
参考著書:
PCB汚染の軌跡(医歯薬出版)、PCBの脅威(第3文明社)、化学公害と安全性(合同出版、恒常性かく乱化学物質汚染(合同出版)、食の安全システムを考える事典(農文協)
以上
(9月19日)環境関連法律をより実効性あらしめるために
−これらの法律が市民、消費者の身近に実感されるようにしよう−
化審法、家庭用品規制法,PRTR法等の環境保全関連の法律は問題化学物質を人や生物の生活環境から排除する上で大きな役割をはたしている。しかし、問題は、これら重要な法律が、なお市民、消費者の身近に感じられるものにはなりきれていない、という点にある。
問題化学物質は生産者、販売者にとって留意するべきものであり、その意味でこれらの法律は尊重されてきたのではあるが、問題化学物質を含む、あるいは含む可能性がある商品を消費者が実際に購入し、使用し、廃棄した場合に、その結果として、実際に健康被害を受け取り、あるいは環境汚染の影響をこうむることになる当事者こそは、まさしく消費者なのである。
本来、市民、消費者は被害を避けるために行動し、国や企業に対して安全の確保を要求することができる主体者であり、問題化学物質排除のための世論を形成することができる主人公でもある。彼等の意識、行動のありようこそが、よりすぐれた社会的な規制の仕組みを造ることに貢献する。
その意味では、現状では、化審法や家庭用品規制法、あるいはPRTR法等は市民、消費者の認識領域から余りにも離れた位置に置かれていて、身近に感じられないような状況になっているように思われる。情報の提供その他の試みが政府、自治体によって行われているが、残念ながらその成果はなお充分なものにはなっていない。たとえば今日、ほとんどの市民、消費者は、大部分の合成洗剤ニ含まれる界面活性剤LASがPRTR法の対象化学物質に指定されていることや、LASが、彼らが日常的に使用している洗剤の主成分として、最終的に環境に排出、負荷されていると云う事実について余りにも無関心でいる。水環境を守る運動に熱心に取組んでいるはずの生協の組合員の80%以上が,LASを含む洗剤を生協以外の店舗などから購入して使用しているという。最近では関東地区の主要な2つの生協がLAS洗剤を供給する方向に商品政策を転換した。こうしたことは、これらの法律についての認識が市民、消費者のなかで、なお、ほとんど定着していないことの何よりの証左であると思われる。
それではどのようにして、市民、消費者が問題化学物質についての認識を深める事が出来るのであろうか、以下に、現状で考えられることを列記して見よう。
1 国、自治体が問題化学物質に関する情報を充分に提供し,PRにつとめる。現状では、情報資料が企業向けに出されていて、市民、消費者にまで行き渡っていないような印象がある。家庭用品の領域にまで立ち入った脱問題化学物質のパンフレットをつくるべきである。
2 生産者、企業が自主的に脱問題化学物質政策を実施していることを市民、消費者に知らせる。法律に触れるような商品政策を可能な限り排除する。たとえばPRTR法の指定物質をふくむような洗剤の製造をやめて、非指定物質をふくむような洗剤の開発につとめる。
3 消費者団体、市民団体、生協などが脱問題化学物質政策を強化して、これらの法律が健康増進、環境保全のために重要な役割をはたしていることを学習する。
4 問題化学物質を含む可能性のある市民、消費者向けの家庭用品などに、化審法、家庭用品規制法、PRTR法関連の以下のような表示をつける。
@ 化審法該当化学物質フリー表示
A 家庭用品規制法該当化学物質フリー表示
B 同含有表示
C PRTR法指定化学物質フリー表示
D 同含有表示
表示を義務制にするか任意制にするかは個別にきめることにする。
洗剤の場合には、例えば、石けん、複合石けん、高級アルコール洗剤などはCに該当する表示を付するが,LAS系の合成洗剤にはDの表示を付する。消費者は商品の購入に当たってはこれらの表示を確認して、水環境や生態系にやさしい洗剤が何であるかを直接に知ることが出来る。年間数万トンにも達するLASをふくむ洗剤の使用が減ることによる効果は大きく、PRTR法の目的を達成するのに非常に貢献することになるであろう。
最近になって、関東地区の一部の生協でLAS洗剤の販売を開始することになった。これは、一部の研究者の指導のもとに、1年間の時間をかけて学習会を繰り返し、理事会の決定を経て正式にきめられたことであるという。
これらの生協の「LASは抑制するに当たらない化学物質である」とする論理は真正面からPRTR法の趣旨と対立するものであり、従来、水環境を保全するために最も熱心であることを自負してきた消費者の組織において、改めてこうした決定が行われたことはおおいに注目に値する。ともあれ、これらの生協のLASを含む洗剤商品には、今後、「PRTR該当化学物質含有表示」を付して、組合員の選択に委ねるようにすることが望ましい。
時代の趨勢は脱問題化学物質の方向に推移している。企業も協力する姿勢を示している。市民、消費者がそのためにある法律や制度を身近に意識して、賢く行動することが出来るような社会的な状況を実現するために、今後ともいっそう努力せねばならないだろう。
、
遺伝子操作は慎重に行え
(3月1日)遺伝子系についての基本的な考察と実験的証明の必要性
既存の研究を通して、1遺伝子―1蛋白質対応説はほぼ確実であるとされている。
しかし、これに関連して、さらに、以下のような課題についての基礎的な研究が必要である。重要なのは、つくられたたん白質がどのような機能を発現することに関係するか、である。
@ 複数の遺伝子が1つの蛋白質の形成に{関係する]と言うような現象は証明されているか
A その反対に、1遺伝子が複数の蛋白質の形成に関係するという現象はありえないのか
B 遺伝子の生成を決定するプレ遺伝子あるいは素遺伝子的な存在があるのか
C 遺伝子構造の安定性を維持するための何らかの仕組みがあるのか
D 傷つけられた遺伝子構造を修復させる命令系統をどう説明するのか
E 調節、修復、恒常性維持遺伝子または遺伝子系という概念がありうるか
F 遺伝子は環境条件から独立して存在することが出来るのか
G 遺伝子の変異を決定する要因とはなにか。複数要因が関与する複合効果は認められているか
H 遺伝子相互間の関係の安定性を維持し、あるいは妨害、かく乱する要因は何か。実験的な証明は行なわれているか
I 遺伝子系での各遺伝子間の情報伝達はどのようにして行なわれるのか
J 遺伝子系での各遺伝子の作用順序はどのようにしてきまるのか。作用順序を決定し、指示する命令系統のようなものがあるのか
K 最初の遺伝子はどのようにしてつくられたか
2 生物の機能と遺伝子の関係について
たとえば光合成によって,澱粉質を作るという植物の機能が成立するためには、複数の酵素系が関与せねばならない。すなわちそれらの酵素たん白質を生成する複数の遺伝子が関係しているということである。TCAサイクルという機能が成立する場合でも、それぞれの遺伝子がつくる複数の酵素たん白質が関係している点では全く同様である。
すなわち生物界のあらゆる現象に関連した「機能」が成立するためには、原則的に複数の遺伝子が関与することが必要になる。この場合、以下のような問題に答えねばならない。
遺伝子1、遺伝子2,遺伝子3の3つの遺伝子がA機能に関与しており、遺伝子3、遺伝子4、遺伝子5、遺伝子6の4つの遺伝子がB機能に関与しているとすると、遺伝子3は複数の機能に関係していることになる。このような1遺伝子、複数機能関与というような現象は証明されているのか。
もしも、このような事実があるとすれば、遺伝子組み換えによって、さまざまな機能に予期しない異常が生じていることの説明が可能になる。また遺伝子組み換えに際しては、その遺伝子を挿入または削除したことによって、どのような機能に影響を及ぼすことになるのかを事前に慎重に検証して対策を講じておく必要があることを意味している。
また、遺伝子3のエキソン部分での変異が複数の機能に関連してくることの証明も必要である。いずれにせよ、遺伝子組み換えということが既存の遺伝子―機能系に対して、重大な影響を及ぼしうる行為であり、慎重を期する必要がることを実験的に立証する必要があるだろう。
世界初のクローン羊ドリーは普通の羊の半分の寿命で死んだ。遺伝子操作をした動物がどこかに欠陥を持っている事は研究者たちの常識になっている.この事も遺伝子操作にはまだまだ未解明の課題が残されていることを示している。
種の壁を越えた1遺伝子の人工的な挿入によって、単純な1たん白質の追加が起こり、1機能の発現が見られる、などということはおそらくありえないであろう。宇宙時間的な進化の過程で、つくられてきた今日時点での動植物の遺伝子構造とこれに関連した複雑系の機能が、単純な人為的な操作で、人が意図したように、簡単に変えられる、などと考えるのは、現状では、まだまだ無謀というべきものではなかろうか。
遺伝子系の本態についての基礎的な研究はまだまだ非常に不完全である。にもかかわらず、遺伝子を操作して有用性の追及を行なう開発分野の研究は急速に進められている。このような検証と開発の平衡性の欠落は誰の目にも明らかである。そこにこそ遺伝子操作についての安全性が問題にされる理由があるのだと考えられる。
(1月20日〉PCB油症事件での製造企業の責任の正確な総括を
1960年代初頭にはすでに農薬などの合成化学物質の安全性が人の健康や生態系の維持に関して多大の影響を持つ事が明らかにされていた。この時期に当時の先端科学の産物であったPCBの独占的な開発、製造にあたったのはアメリカのモンサント社、わが国のカネカ社などであった。これらの製造企業の製品がカネミ油症事件を引き起こし、その後の環境、食品、人体汚染を発生させた責任は重大である。
油症裁判のなかで私が何回か証言してきたように、当時の世界的な研究報告、労働衛生関連の記録では、すでに有機塩素系化学物質の毒性、危険性は明白であり、PCBについても問題情報は相当に存在していた。独占的にPCBの開発、製造、販売にあたった企業はこれらの情報に配慮して安全性の確保のために責任を持って対処するべきであった。
特に以下の点に問題が見られた。
@ 慢性毒性などの安全性の検証を無視して開発を推進した
当時すでに有機塩素系の化学物質などでは急性毒性だけでなく慢性毒性試験が重要であることがわかっていた。しかしそのような基礎的な安全性関連の資料を全く持たないままに開発、製造、販売を行なった。
A 食品製造などの開放的用途への販売を拡大した
特に食品製造過程で熱媒体などとして使用する場合には、過失、事故などによって、PCBが食品中に混入して問題を起こす可能性があることは容易に予測できたにも関わらず、食品製造企業への売り込みが大々的に行われた。またノーカーボン紙のような完全開放的な用途への販路を積極的に開拓していった。
B 危険性に関する注意義務を怠った
製造者には商品の販売にあたって使用上の禁忌、注意事項をカタログなどに正確に記載する責任があるが、安全であることを強調するばかりで、必要な注意事項を示していなかった。
C 製造工場での労働者の健康被害事実を軽視した
当時のPCBの製造工場では労働者の皮膚障害などの労働衛生学的な問題がすでに発生していたが、こうした事実も軽視されていた。
D 生物汚染などの問題学会報告を無視した
1966年にはスウェーデンのS.JENSENらが、PCBが尾白ワシの体脂肪中に高濃度に蓄積していることを示して環境、生態系に影響があることを警告していた。にもかかわらずカネカ社は、かえって以後油症発生までの2年間に売上を倍増し、油症発生後もわが国での環境、食品汚染が2年後の1970年に発覚するまで生産をさらに倍増させた。ちなみにモンサント社はJENSENの発見の直後に慢性毒性などの検討を開始しているが、わが国のカネカでは全く対応を怠っていた。
E 危機管理が不徹底であった
PCB混入時のカネミKKでのPCBの取扱いが不適切であったことはいうまでもないが、これはPCBが安全であると言うような印象を植え付けた製造企業カナカの側にも責任があった。また事故発生後のダーク油事件などでの危機管理が極めて不適切であった。
油症裁判は、残念なことに和解という形で終結したが、私は今日的な、グローバルな観点では、被害者,患者達は国、企業に対して勝訴していて当たり前であったと信じている。

(1月20日)ある栄養学者の安全論について
ある生協の機関紙に、「私たちの「食の安全」について」と題した、その生協での講演会の記録が掲載されていた。、そのなかで栄養と安全との関係について述べられた部分があり、それは私も常々興味を持っていたテーマなので、特別な関心を持って読ませていただいた。しかし、食の安全という、この消費者団体が大切にしてきた表題との関連では、問題になる部分が多く、読者に誤解を招く恐れがあるので、このまま放置しておくことはできない、と思うようになった。ただし講演の記録というのは活字にする段階で不正確になることが多く、講師の本意ではない記述になっていることがあるので、ここではそのつもりで、問題にすることにしたい。(文献13)
@「体の中に入ってきた毒物は日々の食べ物を工夫することで消すことができます」と書かれている。これはずいぶんと文法上もおかしいが、相当に思い切った言いかたである。しかし、食べ方の工夫次第で毒性が消えるというような学問的な証明はこれまでどこにも見当たらない。「毒を消すことができる」期待はあるかもしれないが、それも「ある程度の」ことでなければならない。「日々の食べ物を工夫することで毒性が消える」と書かれているが、毒物にも千差万別がある。毒性の種類(発がん性、内分泌かく乱性など)、化学構造、摂取量、汚染経路、水溶性、脂溶性などの多様な物理化学的な特性、吸収率、排泄率、許容量の大きさなどの多様な相違があるなかで、あたかもすべての問題化学物質の毒性を「食べ物の工夫で消すことができる」、と断定するのは大胆すぎる言い方である。
さらに「日々の食べ物を工夫することで」というが、もしもそのような魔法のような方法があるなら、しかも「工夫」などという簡単な仕方で、問題が解決すると言うのなら、環境汚染物質、有害化学物質との戦いにWHOを始めとして各国が苦闘しているのは全くナンセンスだ、ということになるだろう。すべての毒を消すことのできる食生活のあり方など既存の食品衛生学の体系のなかでは、どこにも見出すことはできない。食物繊維がダイオキシンをある程度まで排泄しやすくする、などということはわかっていても、毒性を消し去ることはできない。薬物代謝酵素が毒物を解毒することに役立ち、抱合、水加、酸化、還元などの固有の生体反応が毒性をある程度まで緩和することもわかっている。しかし、他方でこれらの生体反応が有利にだけ働くのではないことも事実なのである。いずれにしろ「消すことができる」などということを科学者は軽々に言ってはならないだろう。
A「実は食べ物すべて、生き物にとっては毒なのです。」と書かれているが、これも誤解を招く表現である。食べ物のなかには有害なものとそうでないものがあり、すべてが白か黒かではなくて、程度の差である場合が多い、というのならわかる。また食べすぎた場合には有益なものも有害なものになりやすい、というのならいいだろう。それは常識である。しかし、食べ物がすべて毒と断定するのはいただきかねる。
そのあとで、生き物にとって毒というのは「すこしずつ老廃物をつくりだすという意味」であるとしているが、老廃物のすべてが毒になるわけでもない。
B「老廃物が急にたまったのが病気で」、「何十年かかってゆっくり貯まるのが慢性疾患(生活習慣病)」、「さらに老化です。」というくだりも非常におかしい。病気、慢性疾患、生活習慣病、老化の定義が全くあいまいになっている。これらの生体にとって好ましくない各種の状況は生体内の老廃物だけによって起こるものではない。病気や生活習慣病や老化は食生活を含む多数の関連因子の相互作用の結果として作られる異常で複雑な状態なのである。
C「生き物はこの毒が現われるのをできるだけ遅らせるような食生活の知恵によって進化してきました」と書かれているが、本当にそうだろうか、進化と言うことの学問的な定義が正しく理解されているのであろうか。数十億年の経過の中での生物の進化は大きく地球、地域環境、気候、生物間での生存競争、遺伝子の変異などの多数の因子の関連性のもとで行われてきたのであって「毒が現われるのをできるだけ遅らせるような食生活の知恵」なるものによって進化してきたのではない。おそらくこれはミスプリントか、聞き違えであって、演者の意図を正しく表現したものではないだろう。
Dそのようにして「人類は約百年という寿命を手に入れました。」というが、それならば人類よりも寿命の長い生物はいないというのであろうか。ゾウは100年から150年、カメは200から300年の寿命だとされている。ついでにコイは150年と言うのが通説である。これらの生物の寿命は食生活とどう関連しているのであろうか。いずれにしても寿命と言うのは食生活の知恵だけによってきまるものではない。食生活が優れている生物ほど寿命が長いと言うことも学問的に証明されているわけではない。寿命の決定因子は食物、食生活だけではないのである。
E「獲得した知恵とは、ひとつの食物成分の毒を他の成分で消し」、「さらにその成分の毒を他の成分で消すと言う方法です。」と書かれているが、これも相当に独断的である。たしかに食物中に含まれるある種の化学物質が有害物質を無毒化するという場合もあるだろう。しかし相乗毒性や相加毒性も問題になるのであって、毒をもって毒を制する、すなわち相殺毒性などといえるような場合は例外的である。さらに「獲得した知恵」が食生活の場面だけにあったとは思われない。健康を支配する要因は食生活以外にも多数ある。進化のなかで食生活の中にだけ獲得した知恵があって、それで寿命が延びたわけではないだろう。
C 毒を消すために、獲得した知恵というのは、「つまり、できるだけ多くの種類の食べ物を適量ずつバランスよく食べると言う食生活です。」と書かれているが、この文章に含まれている曖昧さは読むものを戸惑わせる。「できるだけ多くの」、「適量ずつ」、「バランスよく食べる」これらの表現は非常に抽象的であって、だから、「毒を消す」ために、どのように実践すればよいのかが、まったくわからない。種類と量とバランスの決めようが問われる。
栄養学の分野での今日的な常識である「バランスよく食べる」のが正しいとすることの裏づけになる学問的な根拠は確かにあるだろう。この根拠に基づいた年齢、労作、性別などの栄養所要量というものも定められている。しかしこれは健康を維持するための栄養学という分野での定説であって、バランスよく食べる、ということと「毒を消す」、有害物質を無毒化する、寿命をのばす、ということには本来何の因果関係もないのである。
栄養学、衛生学、毒物学にはそれぞれに体系があり、それぞれの領域がある。しかし栄養学と毒物学をつなぐような研究はこれからのことである。バランスよく食べれば毒が消える、などと言うのは、現状では確かに期待であり願望ではありえても、根拠のあることではない。細菌に対しては衛生学、毒物に対しては毒物学の分野での、有効性が立証された対応手段がある。有害化学物質に対しては、発生源を根絶し、含有量、摂取量を引き下げ、汚染を防ぎ、許容量以下を目指した食品規制を厳格にする、というのがもっとも確実な方法である。食物からの有害成分も食物の質、量、種類についての選択を正確にし、摂取量を適正にして、有害成分自体の摂取量を抑えることが必要である。バランスよく食べても老廃物は発生する。毒になる老廃物を減らすような、「バランスのよい」食べ方とは具体的にどのような種類の食物をどれくらい食べることを意味するのであろうか。
G「このように、私たちの健康も病気も、さらに寿命も日々の食生活が左右しているのです。」と書かれているが、これも非常に大胆な言い方である。食生活は重要である。しかし「健康」、「病気」、さらに「寿命」までも食生活が「左右している」と言うのは明らかに言い過ぎである。前述したようにこの過ちは関連要因の斬り捨て、軽視といったことから由来している。
「今の私たちは「悪い」と言われれば、少しでも食べれば病気になると誤解し、「良い」と言われればそればかりを食べ」と言うくだりは、たしかに今日の消費者のなかにある一部の風潮を言い当てている。しかし「悪い」と言うことが学問的に証明されているものは減らす、避ける、食べない。「良い」と言うことが学問的に証明されているものは食べる(もちろん食べ過ぎないことはいうまでもないが)と言うのはそれ自体正しいことである。要するに「バランスと言った大切な知恵」だけが必要なのではない。ここでいう健康、病気、寿命は、食生活に関する限り、栄養だけでなく、衛生、安全のすべての領域が関連しているのである。
H「そしてこのリスク(食べ物成分の毒)があるからこそ、病気に打ち勝つ体の力を作ることが出来るのです」としているが、食べ物成分は「病気に打ち勝つ体の力」をつくるのにどの程度貢献しているのであろうか、また、まして「食べ物成分の毒」が本当に役立っているのであろうか。また「食べ物成分の毒」が体力とどのように関係しているのであろうか。その科学的な証明はどこにあるのか。病気に打ち勝つ力や体力などと言うものはもっと多くの生活要因との関連のもとでつくられる、と考えるのが常識なのではなかろうか。リスクが体力を作る、というのもおかしい。リスクが大きいほど優れた体力が出来るというわけではあるまいが、農薬やダイオキシンやPCBや遺伝子組み換え食品、ついでにふぐの毒やきのこの毒、さらに体内で生成する尿酸や乳酸などの有害成分などのリスクと体力がどういう関係にあるというのであろうか。定義や概念を正確に規定した上で用語を選ぶべきではなかろうか。
I「この苦味成分は体の中にたまっていた老廃物や発がん物質などを消してくれるのです。」というのはある種の苦味化学物質の作用のことかもしれないが、仮にそのような事実がある種の成分で見られたとしても、そのことを自然界全般に、そして人での生理学的な現象として、苦味成分一般に普遍的にいえる事として断定してもよいのであろうか。科学者は事象の一般化には慎重でなければならない。広範な老廃物や発がん物質などのすべての毒物に対して、旬の野菜の苦味成分が毒消しとして有効であると言う証明はない。たとえば体内で生成するニトロソアミン、侵入するベンツピレンやAF2、アフラトキシン、PCB、ダイオキシンなどと言った厄介な発がん物質のすべてについてこの説が通用すると言う具体的な証拠はないのである。
そして「毒は薬でもあるのです」と結論づけているが、これは、むしろ質的、量的な関連性が問題であり、場合によっては、そして微量なら、「薬になる毒物もある」という程度にとどめるべきであろう。
J「冬の間にたまった毒を春の旬の野菜を「少し」食べることで消し去る、という知恵を人々は獲得したのです。」と書かれているが、すべての毒物にこのようなことが通用すると言う証明はない。また「冬の間にたまった毒」と言うのも正体不明である。春、夏には毒はたまらないのか、そして「少し」と言うのはどれくらいを言うのであろうか。きわめて抽象的で漠然としている。春の旬の野菜にだけそのような毒消し作用があるのだろうか。もしも春になって人々が元気になるというのなら、それはホルモン分野に関わるような、多くの要因によって説明できるのかもしれない。それを食生活にだけ起因するものなどと言い切れるとは限らない。
「少しならばその毒性よりも薬の効果が勝るからです。」としているが、無数にある春野菜中の有効成分のすべてについて「少しならば」と一概に言い切れるかどうか疑問である。若しもこの説を認めるとしても、それではいったいどのような「春野菜」を、どれくらい、「少しばかり」食べればよいのかを具体的に示すべきである。
K「それならば、このような昔からの食生活の知恵は環境毒物の毒も消してくれるのではないでしょうか。」というが、「それならば」などと言えるための、前段の文脈での論理的な妥当性が見当たらない。そして「環境毒物の毒」が食生活の知恵で消えるなどと言う科学的な証明はない。
天然系の有害化学物質も人工系の有害化学物質もそれ自体として問題なのであって、発がん性物質であれ、環境ホルモンであれ、WHOや世界各国がそれらを規制するために懸命になっているのは、食生活の知恵などでそれらの「毒消し」などが出来ないことが自明であるからなのである。
食生活がある種の有害物質による影響をあるいは緩和してくれたり、抵抗力を持たせてくれたりすることはあるかもしれない。抗体産生にとって必要なたんぱく質の給源としての食生活の意義は認められる。すべての生体内反応でのエネルギーの給源としての意義もある。しかし、PCBやダイオキシンの毒性が食生活でコントロールできるのなら誰もこんなに苦労することはないのである。
L「環境毒物は――――最近になって現われたものと思われがちです。しかし実はこれらは―――――昔から私たちの食物の中に含まれていました。」、一般論としてこのように書くのは誤りである。環境毒物の大部分は19世紀末から20世紀にかけて人工的に合成されたものである。ダイオキシンのように枯れ葉を焼いても生成することが証明された有害化学物質もあるだろう。しかしDDT、フロン、PCBなどの今日問題になっている大部分の有機塩素系の化学物質も農薬なども決して昔から自然界にあったものではない。「昔から」などと言う表現も漠然としている。「ならば、食生活を工夫すれば、その毒を抑えることが出来るはずです。」と結んでいるが、なぜ「ならば」などといえるのか、飛躍に飛躍を重ねて、論理的な脈絡もない中で、結果的にいえることではない。
「バランスよく」と言うことの実質を究明するために栄養学があり、関係分野の研究者も栄養士も、どのような形でそのことを実現するのか、と言うことのために苦闘しておられる。おそらく所要量が充足され、過剰量の摂取がなく、性別、年齢、活動量、生活実態に相応する栄養素が適当な比率で補給されている状態を、バランスが良いというのであろうが、たとえば、たんぱく質、脂肪、含水炭素間の均衡性というほかに、必須アミノ酸、不飽和脂肪酸、ビタミン、ミネラルの摂取のあり方など、一概に「バランスが良い」と言うことの中身は単純にいえることではなく、実生活では相当にアバウトな部分のあることなのである。
そして化学物質については毒物学と言う領域での関係研究者の究明が行われている。汚染の解明が進み、作用形態が丹念に検証されている。つい最近では内分泌かく乱物質というような一群の有害化学物質の存在も明らかにされた。多種多様な化学物質の毒性が食生活のあり方、たとえば、バランスのよい食生活によって解消出来る、などというようなことはこれまでいかなる研究者も言ったことはない。有害化学物質に対してはひたすらに環境負荷を低減し、食品汚染を防止し、食品規制を行い、摂取を回避することが必要だとされてきたのである。
食生活の安全確保のために熱心に取り組んできた日本の生協が、総量規制の原則をかかげ、Zリストというような問題化学物質削減政策を実施してきたのは、食品添加物の毒性などが簡単に,容易に、抽象的、観念的な「バランスの良い」食生活などによって帳消しに出来る、などと言うような安易な考え方をとってこなかったからである。排気ガスであれ、環境化学物質であれ、「毒をもって毒を制する」ではなく、毒は毒自体を削減し、毒自体と対処することによってのみ克服することが出来るのである。
もしも「バランスの良い食生活」によって有害化学物質の毒性を抑えることが出来る、というような所論がまかりとおるようになれば、生協の既存の添加物、農薬、環境汚染物質、微生物毒などに関する対応は全く意味を失うことになるだろう。まして遺伝子組み換え食品など問題外だということになる。
安全、安心を誰よりも強く求めている消費者の組織のメンバーが、かりにも「食生活の安全」と題する講演会で、化学物質の毒性との対処法について誤った認識を持たされるなどということは悲劇である。現に、この講演会に出席した主婦たちの感想文には「毒をもって毒を制すると言う考え方がよくわかった、感謝したい」などと書かれていた。
関係者は衛生学、毒性学の体系に根ざした規制措置こそが今日、世界的に最も尊重されていることを想起するべきである。「バランスの良い食生活」は栄養学の分野で重視されるべき考えかたではあっても、毒消しのために有効であるかどうか、さらに、「毒をもって毒を制する」対処法が可能かどうか、については、学問的で厳格な評価の場において、存分に検証を受けてからいうべきことであろう。
講演の内容が正しく活字化されているという前提で以上のように記述させていただいたが、書き終わった段階で、某国立大学の教授であられる演者がまさかそんなことを言うはずがない、どうしてもこの機関誌の編集者のミスプリント、早とちりであるように思えてならない。若しそうなら、演者にはくれぐれも失礼がないようにお断りしておきたい。
但し、もしも、万一、確かにこの講師がそのような講演をされたというのなら、これからは講師の選定には特別に注意されたほうが良いだろう。
いずれにしても、このような謝りに満ちた記事を、大切な組合員のための学習資料として機関誌に掲載した生協側の責任が問われねばならないことだけは確かである。
(1月17日)カネミ油症ダイオキシン説への警告―警告その1−
02年1月13日の毎日新聞朝刊には、「カネミ油症―「ダイオキシンが要因」−PCB主因厚労相否定―診断基準改定も」という見出しで、坂口力厚生労働大臣の那覇市での講演内容が掲載されている。
この件については、従来から強い関心を持ってきた著者として、以下の点をコメントしておきたい。
これまで、一般には、油症の原因物質はPCBである、といわれてきたが、これにダイオキシンを追加せねばならないことは、実は事件の発生当初から自明のことであった。
付記してある拙著の中にも書いておいたが、同一原因工場の、食用油製造の同一工程での副産物であったダーク油によって、油症事件に6ヶ月先立って数万羽の鶏が死んだ、いわゆるダーク油事件では、60年代初頭にアメリカで発生したダイオキシンに起因するチック・エディマ・ディシーズと同様な症候を示していた。また当時のアメリカでの有力な研究者であったライズブロウ氏もカネミ油症の原因物質がダイオキシンである可能性について言及していた。
その後に予想通り、カネミオイル中にダイオキシンの存在が証明され、さらにある種の酵素学的実験で、ダイオキシンとPCBの生化学的活性が比較された。PCBにはダイオキシンの0,08%しか活性が認められなかった。
したがって、カネミ油症の原因物質としてダイオキシンの関与を強調せねばならないことは確かであろう。
しかし、この問題については以下の点について注意しておかねばならない。
1 一部の研究者は上記の酵素学的な実験結果から、彼等の著作において「油症の原因物質はPCBではなくて、ダイオキシンである」と書いているが、これは一酵素学的実験の結果を油症の臨床症状や疫学的事実に優先した極めて初歩的な誤りである。酵素学的実験とヒトの臨床的、疫学的な症候との関係を明らかにせねばならない。
酵素学的実験はin vitro(生体外)でのひとつの事実を示すに過ぎない。実際には酵素系に到達するまでの分解、吸収、排泄等の生体機能が関連するし、さらに生体内にはこの実験で使用された酵素以外に多数の酵素系が存在している。これ等の化学物質が人体の生理活性に関与する多数の酵素系に対してどのような影響を及ぼすかも未検証なのである。
上記の酵素学的実験に用いられた酵素系がヒトの症候にとってどのような意味を持つかも明らかではない。
2 「ダイオキシンだけが問題であった」などとする主張は誤りである。血中に存在した高濃度のPCBが油症の被害者にとって無害であったなどと言う証拠はまったくない。PCB自体の有害性については、酵素学的にも、臨床医学的にも、疫学的にも明確に証明されている。最近はPCBが、いわゆる環境ホルモンなどと称されて、内分泌系のかく乱化学物質であることも明らかにされている。患者たちの症候でもこの点が再調査される必要が生じている。PCBを病因から除外するなどはまともな研究者のすることではない。
3 PCBもダイオキシンも有機塩素系の化学物質であって、構造的にも、挙動的にも極めて類似している。それらの人の症候群での相違点を証明することはおそらく非常に困難であろう。油症の発生時点から30年以上もたった現時点において、診断基準を変更するなどということは、はたして可能なのであろうか。
言うまでもなく、その後に明らかにされたPCBの内分泌作用に対する影響やダイオキシンの発がん性、催奇形性、変異原性などと症候との関連性を明らかにする必要があるが、これもまた非常に困難なことである。
4 事件以後の30年間の血中ダイオキシン濃度の変化についてのデータはない。診断基準のなかに血中濃度の項目を追加することは不可能に近いし、現在する油症患者に適用することも困難であろう。
5 いまさらダイオキシンだけを過大に位置づける必要はない。「油症はPCBとPCBに起因したダイオキシンの複合毒性によって発生した。」と結論すればそれでよい。PCBだけ、ダイオキシンだけを特別に強調することは誤りである。PCBあるいはダイオキシンを「主因あるいは副因」とすることのできる根拠はないし、そう決め付ける必要もない。
カネミ油症事件に関して、現時点で最も重要なことは、被害が発生した1968年以後に、当時認定された患者に対して、後遺症についての検診が一度も行なわれていないという点である。厚生労働大臣は、いまさらダイオキシンの関与を認めたり、診断基準の変更を示唆したりする以前に、これまで30年間も油症患者を放置してきたことに対して、国と厚生労働省を代表して謝罪する必要があるということである。
森永事件では、阪大の故丸山博教授らによる「14年目の訪問」によって、砒素ミルクによる後遺症の存在が明確にされた。しかし油症事件では,せっかくの油症研究班があっても、後遺症の追及はほとんど行なわれてこなかった。当初の1万名を越すと言われた油症患者の病状のその後についての経過記録さえ一切存在していない。この間に多数の患者たちは死亡した(認定患者の6分の1)。今では各地に四散した当時の患者たちは臨床的、疫学的な追跡調査すら困難であるような状況に置かれていることを、はたして厚生労働大臣は知っているのだろうか。
ハンセン症患者に対する国の謝罪が行なわれたことは評価できる。しかし、国や自治体の行政的な指導監督責任が十分はたされていなかったことが明らかであった油症被害者たちのその後の健康被害に関して、まったく無関心を装ってきた国や加害企業のありかたが不問に付されてきたことはまったく許し難い。
今日、油症事件では、「ダイオキシンが要因」であることよりも、「認定基準を変更」することよりも、国や当事者企業が被害者の斬り捨て、「患者の棄民」を敢えてしてきたことのほうが、より重大な問題なのである。
このさい、マスコミも化学物質汚染に反対する住民団体も、現時点での油症問題の最大課題が何であるかを認めたうえで、しっかりと対応していただきたい。
付記:
カネミ油症事件やその後のPCB汚染問題については、拙著「PCB汚染の軌跡」(医歯薬出版、1977年刊)を参照されたい。
油症の原因物質論については、拙著、「恒常性かく乱物質汚染」(合同出版、2000年7月刊)の、第2部、「カネミ油症の原因物質について」、の項を参照されたい。
その概要は次のとおりである。(P139からp150)
1 PCBは油症の原因物質ではないのか
2 PCBの毒性は実証されている
3 複数化学物質の発症寄与の程度が数値化できるのか
4 酵素学的な実験結果を人の症候のすべてに適用できるとは限らない
5 油症の原因物質は使用された熱媒体のPCBである
6 ピンホール説は「くつがえされた」のか
7 油症患者は救済されていない
(2002年1月13日記述)
(1月17日)カネミ油症の原因物質をダイオキシンに限定するのは誤りである―警告その2−
最近、カネミ油症事件をダイオキシンの観点から見なおそうとする動きが見られるようになった。後遺症の有無などを再点検するために、これまで放置されていたダイオキシン問題との関連性を明らかにすることは良いことであろう。しかし,慎重を期する必要がある。
複数の化学物質のうち、その個別の化学物質が発症や生体影響に関与したありかたや程度を判断する場合には、特別に慎重でなければならない。
我が国で発生したカネミ油症事件の原因物質は従来熱媒体PCBである、と言われてきた。しかし、正確には、PCBに混在していた不純物あるいは使用時に副生したと思われるジベンゾフラン(PCDF)等が大きく関与していたことがその後の研究によって明らかにされた。有機塩素系の化学物質の場合、塩化フエノール化合物としての245T、PCP等と同様に、PCBがPCDFやダイオキシン(PCDD)等の不純物を含みうるということや、また使用時にそれらが副生するという事実は早くから判明していた。すでに1970年以前にアメリカのライズブロウらはカネミ油症の主要な原因物質がダイオキシンであることを予測していた。
ところで、カネミ油症の原因物質について、最近、ダイオキシン関連の一部の研究者によって書かれた文献(N―p40)には、「カネミ油症はPCBが中毒物質ではなく、そのなかに含まれていたジベンゾフランが原因であることが判明しました。さらに後の研究で、ジベンゾフランだけでなく、コプラナーPCBも関わっていることが明らかになりました。」とある。また、文献(N―p45)には、「そして今では、カネミ油症の原因物質は80―90%がジベンゾフランであり、残りがコプラナーPCBであるというのが定説になっています。」と記載されている。要するにPCBが原因物質ではない、などと断定している。また、別の文献(M−p49)では「カネミ油症の原因物質はPCBではなく、ポリ塩化ジベンゾフランとコプラナPCBであることがわかりました。私たちの研究結果では、油症の発症因子としての役割はポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナ−PCBが15%でコプラナPCB以外のPCB成分やポリ塩化クワッターフエニルは発症にはほとんど関与していないと結論づけています。」としている。
さらに、宮田秀明著「ダイオキシン問題Q&A」では、「カネミ油症の原因物質はPCBではなく、ポリ塩化ジベンゾフランとコプラナーPCBであることをつきとめました。」、「油症を引き起こした割合はポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナーPCBが15%でーーー」などと記載されている。「つきとめました。」などと言う表現はふつう研究者の云う事ではないのであるが,そこまで自信をもって言いきっておられる。
以上のように、最近の文献では、なぜか油症の原因物質からPCBを排除するような姿勢が強く感じられるようになっている。
ひとつの結果的状況が発現するためには多数の要因が複雑に絡み合っている。そうした観点から言えば、たとえばカネミ油症の原因物質がベンゾフランとコプラナ−PCBであって、「それ以外のPCB成分」が関与していなかった、とするような断定をくだすためには、臨床医学や疫学の立場からの論議も必要であり、非常に慎重でなければならない。油症研究班が明らかにしたような数十項目にも及ぶ多面的な複雑な症候を持った人体被害の場合に、性別、妊産婦、乳幼児、胎児などと、さまざまな被害者の種類と摂取期間、摂取量などの発症要因が複雑、多様に異なっているなかで、たとえば、ベンゾフランやコプラナーPCBだけがすべての症候をつくりだしていて、「その他のPCB」が個別に、あるいは複合的に被害者のホルモン代謝や免疫、神経領域などでの障害にも一切関与していなかった、などと断定出来るかどうかは、厳密に、毒物学的に、疫学的に、そして臨床医学的に立証されねばならないことである。油症での「その他のPCB」の濃度は、既往の諸文献などでの動物実験や疫学的な事実でPCBの有害性が証明されている場合の濃度よりもはるかに高かった。にもかかわらず、上記の諸文献において「油症で、「その他のPCB」の影響や被害がなかった」、と断定したことは非常に大胆な記載であるというべきであろう。
この問題はカネミ油症事件という人類史的な食品公害事件の本質にも関わる重要な意義を持っているので、以下に、本当に「それ以外のPCB」がいっさい関与していなかったかどうかについて詳細に検討を加えておくことにする。
環境中の化学物質が胎児の脳の発達に及ぼす影響については、アメリカの五大湖のPCB汚染魚を食べた女性から生まれた子供達の調査が周知されている。すなわち,血中PCB量が高い母親から生まれた子供の4歳児の体重は正常より軽く、行動テストでの点数は低かった。しかも最もPCB量が多かった母親群(1,25ppm/脂肪、 註、日本人では一般人で10ppm/脂肪の事例も見つかっている。)から生まれた子供達が11歳になったとき調べたIQは平均で6,2も低かった。このように微量、低濃度のPCBの摂取でも明らかに影響が見られたというのに、カネミ油症患者のように、はるかに高濃度のPCBを相当期間摂取した場合でもPCBが油症症状に関係していなかった、などと言いきることが出来るのであろうか。PCBそのものによる動物実験での有害性、人に対する被害事例についての文献的な記載事例は無数にある。
他方でコプラナーPCBに限定しないPCB一般が非常に薄い濃度でも内分泌系、免疫系に影響を与えることは実験的、疫学的に正確に証明された今日的な事実でもある。長山や宮田らの上記の諸文献でも、PCB一般が内分泌かく乱物質であることが力説されているのに、何故カネミ油症に関してだけは、PCBが無関係であるとするような断定的な記載をするのか不可解である。毒性、発症の定義は包括的に厳格に行われねばならない。現実に大部分の油症患者にみられる内分泌障害関連の症状を無視することは許されない。
カネミ油症の原因からPCB一般を除外することは、その後の我が国をふくむ、全世界的な環境、食品規制でもジベンゾフラン、コプラナーPCBだけを規制すればよかったということにもなりかねない。今日的なPCB一般についての世界的な規制状況を無意味であるとするような議論にもつながってしまう。もしも、PCB一般がほとんど無害に近いというのなら、油症に比べれば、はるかに低濃度での食品や母乳のPCB汚染が今日でも世界的に問題になっており、アメリカはじめ諸先進国が厳しく対処していることも無意味であるというのであろうか。
つぎに前記の諸文献では、「カネミ油症の原因物質の80―90%はジベンゾフランであり、残りがコプラナーPCBであると言うのが定説になっています。」、「油症の発症因子としての役割は、ポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナ−PCBが15%で」などと記載されているが、原因化学物質の発症寄与度の数値化の部分について検討を加えておくことにする。
油症とは多数の個別の症候から成り立った症候群をいう。関連した化学構造を持つA(ダイオキシン)、B(コプラナーPCB)、C(その他のPCB)等の複数の、構造の類似した有機塩素化学物質が関与する場合に、そのなかでCのみを原因物質から除外することは普通至難のことである。既存の食品被害に関する文献のなかで、発症との関連で、複数物質の関与の割合を%で示すことのできた場合があっただろうか。全体の症候群のなかで、ある症候についてはAが強く関係し、Bが弱く関係するというような表現はできても、数十項目にも及ぶ油症の症候群の全体について、Aが85%、Bが15%、Cが0%関与する、などと一律に機械的に、数値的に示すようなことは、不可能に近いことであるといわねばならない。
もしも動物実験で確認するとすれば、@A,B,Cを油症の原因食品中での比率に準じて混合したもの、AAとBだけでCを除いたもの、BCだけのものの3種類の試料を毒物学的な評価にかなうような条件で実験動物に投与し、対象群と比較して、ある期間飼育した結果を、発生した症候に即して解析し、比較することになるであろうが、そのようなことをしてみても実際的にA、B,Cの関与の割合を数値化することなど不可能に近いであろう。まして@、A、Bを薬物代謝酵素活性等の生化学実験のレベルで対比しても、その結果からいえることは極めて限定されている。実際の油症の場合には、原因油中のA,B、Cの濃度が出荷日によって異なっており、A、B、Cの摂取比率も摂取量も患者によって一様、一定ではない。摂取者にも胎児、乳幼児、妊産婦、高齢者、男女性などの相違もある中で、発生した症状について、例えばAが85%、Bが15%、Cが0%寄与した、などと一概に結論を下すことは不可能であり、論理的にも間違っている。油症研究班が確認した油症症候群には、PCBの今日的な内分泌かく乱物質としての、とくに遅発性の知能や行動、生殖、神経毒性などについての毒性や症候については十分触れられていないが、それらの新規な症候に関してまでの評価をA、B,Cについて数値化することは非常に困難であるといわねばならない。そして最終的に、百歩譲って、仮に動物実験での発症比率が算出できたとしても、その結果を油症患者の場合にそのまま外挿、適用出来るとは限らない。
あらためて1983年から1997年までの福岡医学会誌、油症研究班報告(第9集―第15集)などに収載されている関連論文に目をとおしてみたが、油症の原因物質として、ジベンゾフランとコプラナ−PCBだけをあげて、「それ以外のPCB」を原因物質ではない、とするようなものは見られなかった。ただ、樫本隆、宮田秀明氏らによる、「鶏胚肝臓酵素誘導能による油症原因物質の影響評価」(福岡医学雑誌 第80巻、第5号 平成元年5月、p32)と別の学会誌に同氏らが投稿した、「EVALUATION OF BIOLOGICAL EFFECTS OF POLYCHLORINATED COMPOUNDS FOUND IN CONTAMINATED COOKING OIL RESPONSIBLE FOR THE DISEASE"YUSHO"」(CHEMOSPHERE、Vol.22,NOS5―6,p537-546)の二つの文献において、PCDF、コプラナ−PCB、その他のPCB等の酵素誘導能を指標としたIn vitro(生体外、試験管内)実験での対比が行われた研究が目についた。
後者の文献についていうと、ここでは鶏胚中の肝臓の酵素(HEPATIC MICROSOMAL ENZYME(ARYL HYDROCARBON HYDROXYLASE AND 7-ETHOXYRESORUFIN O-DEETHLASE)による酵素誘導能を上記の油症関連有機塩素化合物について調べた結果が図表12―4(TABLE3)に示されている。この数値に油症食用油中の各物質の平均濃度、図表12―5(TABLE4)の数値をかけて、最終的に、原文では、「したがって、油症オイル中の諸物質の生物学的力価BEP(BIOLOGICAL EFFECTING POTENCY)はつぎのとおりである」、として、図表12―6(TABLE5)が示されている。
たしかに、この実験の結果ではPCBのBEPは非常に低い。しかしこの研究はあくまでも鶏胚の特定の酵素活性についての、in vitro(生体外)実験でのことであって,それを直ちに人の油症の場合に適用してもよいといえるはずがない。
一般にin vitro試験の結果はin vivo(生体内)での実際的な影響のすべてを示すものではない。生体の実際では、問題化学物質の摂取後の吸収、代謝、排泄などの諸問題が複雑に関連する。たとえば、経口、経皮、経気道投与の場合に、PCDFとコプラナ−PCBと「それ以外のPCB」の鶏胚の肝臓の細胞ミクロゾームに到達するまでの吸収率、代謝率が同一であるとは限らない。生体外に取り出した酵素系の試験管内での実験結果はそれ自体として受け取るべきである。例えば酵素誘導能についていうなら、ここで使われた酵素以外の酵素系を使った実験では異なる成績が得られる可能性もある。PCB自体の酵素誘導能について記載した文献も多数ある。油症の多数の症候と誘導能との関係が十分に対比的に解明されているわけでもない。もちろん酵素誘導能だけが油症のあらゆる症候を代表するものでもない。例えばヒトのクロール・アクネ(塩素座症)一つをとってみても酵素誘導だけで説明できるとは限らない。他方でこの酵素誘導実験の条件はカネミ患者の場合の生理的な条件や機構を代弁しているわけではない。すなわち、カネミ油症では、カネミオイルの経口、間欠的摂取によって、妊産婦、小児、高齢者をふくむヒトに、亜急性毒性の結果としての神経系、内分泌系、免疫系、代謝系にわたる広範な症候がみられたのであって、鶏胚での上記の酵素誘導実験の場合をただちにすべての人での症候に当てはめることは出来ない。図表12―4 のTABLE3において、鶏胚のIn vitroの酵素実験での誘導能にヒトの油症での有機化学物質の含有比率をかけてBEPの数値が示されているが、これが実際の油症の発症や症候の程度と正確に対応し、関連するという根拠は全くない。くどいようだが、鶏胚でのIn Vitro実験の数値から油症というヒトの被害のすべてを説明できるはずがない。ましてこのような酵素学的な実験の結果から、「PCBは原因物質ではない」とか「それ以外のPCB」がヒトでの発症にほとんど関係していなかったことが「定説になっている」などということは論外であるというべきであろう。30年間にわたる油症研究報告集ではPCBそれ自体の毒性についての多数の研究結果が収載されており、PCDF、コプラナ−PCB以外のPCBが油症に無関係であったなどというようなことは油症班での定説にはなっていない。
以上を結論的にいうならば、
@ カネミ油症がPCDF、コプラナPCBによって発生し、それ以外のPCBがあたかも無関係であった、とすることは誤りである。
A 油症患者はおそらく熱媒体PCBにふくまれていた「それ以外のPCB」をふくむ、すべての有機塩素化合物の神経系、免疫系、内分泌系に対する否定的な影響、すなわち被害を複合的に受け取っていたと理解するべきである。
フオスらは、塩素座そうや肝障害はPCBによっても起こる。肝ポルフイリン症はPCBに特異的である、としている。カネミ油症においてコプラナPCBだけを強調してそれ以外のPCBを意図的に除外せねばならない積極的な理由はない。低塩素、高塩素化合物の別はあっても、少なくとも有機塩素化合物PCB自体の内分泌かく乱物質としての有害性を含む広範な毒性を否定できないことは今日の世界的な常識であるといってもよい。
なお、同上の文献(M―P48)には「このPCBの算出漏出量はーーーーー九州大学の鑑定結果(註:ステンレスパイプ漏出ピンホール説)をくつがえすことになりました。事実はーーーーー脱臭工事の不備による循環パイプの接続部(フランジ)からのPCBの漏出であることが判明しました。」と記載されている。しかしこの点について、一貫して油症被害者の弁護にあたってきた油症弁護団に問い合わせたところ、つぎのような返答が帰ってきた。
「先生もご存じと思いますが、1陣訴訟一審、2陣訴訟一審、2陣訴訟1審、1陣訴訟控訴審、及び福岡訴訟一審判決はいずれもピンホール説を採用しました。3陣訴訟一審、2陣訴訟控訴審はピンホール説は採用しませんでしたが、フランジ説ではなく、事故混入説(溶接ミス説)を採用しました。訴訟上はこれだけであって、混入原因についてどれかの説に確定したことはありません。」
M氏の文献で言う「フランジからの漏出」は、カネカが主張してきた、いわゆる「フランジ説」ではなく、溶接事故による、いわゆる「溶接ミス説」を意味するものであると思われるが、それが裁判の過程で確定したとは言えないことを明らかにしておかねばならない。まして、九大の鑑定結果に基づく「ステンレスパイプ漏出説:ピンホール説」がくつがえされたなどと言うことは今日的な定説であるということは出来ない。現に現場鑑定において、脱臭缶内のステンレスパイプに見られた相当に大きな開口部からのPCBの漏出をどのように否定するのであろうか。
カネミ油症は人類史的な事実であり、原因や原因物質についての記載は合理的、科学的で正確でなければならない。安易な断定は避けねばならない。一流の研究者が既存の定説を「くつがえした」などということの影響が非常に大きいことを認めなければならない。
「カネミ油症事件はPCBを食品製造企業の脱臭缶で熱媒体として使用したことによって、必然的に発生した。発症にあたってはPCB中に含まれていたジベンゾフランとコプラナーPCBが主要な役割を果たしていたものと思われる。」現在のところ、これ以外の正確な表現はありえない。冒頭に示した諸文献での問題部分は正確に訂正されねばならない。
私達は今日時点でも、PCBそのものに起因すると思われる内分泌障害などに苦しむ多数の患者達があることを銘記せねばならない。
(1月17日)油症事件をダイオキシン原因説の観点から見なおすことについて―警告その3−
7月26日づけの毎日新聞に、「厚労省がカネミ油症の原因物質をダイオキシンであると認めた」、「市民運動側でも油症をダイオキシンの観点から見なおす運動を始めている」、旨の記事が大きく出ていた。
学問的な観点から、油症の原因物質をどのように考えるべきか、については、私はかねてから慎重論の立場を取っている。(別添の論文は拙著「恒常性かく乱化学物質」(合同出版、2000年刊)に記載したものの引用である。図表等は原著を参照してほしい。)
私がPCBの研究者として、10数年にわたって油症患者原告団,油症弁護団と行動を共にしてきたことや相当数のPCBに関する論文や著作を書いてきたことも周知されている。(我が国のPCBに関連する油症,汚染問題の年表は拙著以外にはない。拙著のリストは主催者のプロフィールの広場へリンクを)油症裁判には地裁から最高裁段階まで関与してきた。地方公務員と言う立場にいながら、役所の反対を押し切って、一研究者として、何回か患者原告のために証言台に立ってきた。おそらく私ほど長く、深く油症問題と関わらせていただいた研究者はいなかっただろう。そして、当時の原告、患者たちの窮状を最も身近に見せていただいた者のひとりであると信じている。
その立場から、今、私がいわねばならないことは、つぎのとおりである。
1 油症問題に関心を持つ者は、この問題をめぐる歴史的な経過を必ずよく知っていただきたい。患者原告団と弁護団がどのように死力を尽くして、国とPCB製造メーカーのカ
ネカ,汚染油製造メーカーのカネミを相手に回して、10数年間を闘ったか、更にこの
課程で我が国の大方の住民団体や労組団体が全力を尽くして応援したか,その真実を知ってほしい。知らないで発言したり,行動したりしないでほしい。
2 とくに、当初、地裁、高裁で勝訴していた患者原告や原告弁護団が被告側によってどのように、敗訴そして和解にまで追い込まれて行ったかを正しく知る必要がある。この課程でのダイオキシン原因説の登場がどのような役割を果たしたかを知るべきである。
3 私や原告側は、PCB原因説を,PCBにはダイオキシンが含まれている可能性がある、という前提で一貫して主張していた。ところが「原因物質はダイオキシンである、PCBは無関係である」などとする一部の研究者たちの主張が途中から出てきたために、被告の国とカネカは俄然力づくことになった。彼らは「PCBは原因物質ではない。」とする、一部のダイオキシン関係の研究者たちの新説に飛びついたのである。
ダイオキシンが原因物質であることは、油症以前には全く製造企業側には予見できなかった、だからPCBを誤って過熱処理してダイオキシンを生成させたPCB使用企業であるカネミの過失だけが有罪である、とする「予見不能説」を被告の国とPCBを製造販売したカネカが主張することが出来るようになった。そのために、最後の段階での高裁判決では原告側は敗訴した。そして,そのあと、すでに長期の裁判で疲れ切っていた原告、弁護団は最高裁での和解に向けた勧告を受け入れざるを得なくなったのである。
4 現実に、カネミオイル中に証明されている化学物質はPCB類とダイオキシン類であり、九大の鑑定班は大口径のピンホールを確認している。多数の臨床的,実験的な証明によって,PCBもダイオキシンも有害であることが証明されている。人に対する影響を考慮する場合、ダイオキシンだけが有害であるとする証明はない。別記の樫本、宮田らの酵素学的な実験結果を無造作に人の場合に外挿(extrapolate)して、あたかもPCBが油症とは無関係であったように言ってはならない。ダイオキシンの有害性を主張するのはよい。正しい。しかし、「PCBは油症と無関係である」,「その事をつきとめた。」などという誤った見解を一部の研究者が主張したことが,油症裁判に甚大な影響を与えて、患者原告を敗訴に追い込む一つの理由となった。被告の国や製造企業のカネカに有利な、このような独断的な見解を安易に流布した研究者たちには責任があるといわねばならない。
5 現状では、油症はPCB類とダイオキシン類の複合的な影響、有害効果によって発生した症候群である,とするのが最も妥当な考え方であり,その観点で対策が講じられるべきであろう。ダイオキシンだけを原因物質とすることは学理的に誤りであり、しかも国や製造メーカーの「油症発生の予見不能説」を支持して、加害者の責任を免除することに加担することになる。あくまでも熱媒体として使用されたPCBを先頭に立てて、ダイオキシンと並んで有害性を指摘する態度を崩すべきでない。
6 したがって、現時点において、私は油症対策をダイオキシン汚染の観点から見なおすことには賛成である。科学の進歩に伴って、知見の蓄積に応じて、対策が見直されるのは当然である。とくに環境ホルモンと通称されるような内分泌かく乱物質としてのダイオキシン類の人体影響について問いなおされるべきである。しかし、その意味ではPCBについても同様であり、何人といえども、PCBを被害とは無関係だ,などと言うことは許されない。
このさい、既存の油症という名称をPCB・ダイオキシン油症と正確に改めて、その定義を明らかにすることを提案する。
7 30有余年にわたって、油症患者を放置してきた国の責任は重大である。さらに、国が一旦支給した賠償金を、和解後になって、原告から容赦なく取り立てている事実の不当性を公開の論議のもとに明らかにするべきである。
8 ダイオキシン観点からの見なおしが油症患者の救済のために、どのように役立つかを考慮するべきである。ひきつづき国と製造メーカーの加害者責任は追求されねばならない。森永砒素ミルク事件では14年目の訪問によって後遺症が明らかにされた。油症の場合にも現時点での後遺症の有無を国は責任を持って究明するべきである。取りあえず,国が既存の油症の診断基準に、さらに内分泌系、神経系の障害を加味したPCB・ダイオキシン油症とでもいうべきものの新規な診断基準を定めること、そのあと早急に油症被害者の後遺症に関する検診を実施すること、そのために事実上中断されている油症研究班を再開することを要求する。
9 PPPすなわち、汚染者負担の原則に従えば、PCBの製造者としてのカネカの責任は重大である。環境中に大量にばら撒かれて、食品や母乳中にまで高い濃度で残留しているPCBは、現時点でも、ひきつづき大きな社会的な問題要因になっている。例えばPCB機器の回収や廃棄,無害化のために、我が国での事実上の独占的な製造者、販売者であったカネカは、現状のような無関心を装うことは許されない。カネカがかって、PCBを独占的に製造し販売したことによって得られた利益は、半世紀にもわたる我が国のPCB汚染からの脱却や今日でも障害が残っているといわれる被害者救済のために還元されね
ばならない。
10 支援団体や政官界はこれまでの油症患者や原告弁護団の闘いに理解を示し、今後とも、一貫した被害者救済の取組みが行なわれるように、とくに国と製造者の責任を追及して公的な対策が強化されるように、全力を傾注するべきである。
PS:
お願いがある。このHPをお読みになった方々は、以上の3つの論文を、油症関連のすべての法曹関係者、研究者、油症研究班、住民団体関係者に紹介していただきたい。
本当に油症患者を救済するために、PCB汚染の責任を明らかにして、回収などの今日的な対策を推進するために、どうすることが最も必要なのかを、この際真剣に考えてほしい。
以上
(12月25日)ダイオキシン汚染と規制の放置
ダイオキシン自体の毒性や汚染については早くからわかっていた。わが国でカネミ油症事件が発覚する直前に鶏の大量死による通称ダーク油事件が発生していたが、原因物質はその数年前にアメリカで類似の鶏の雛に発生したチック・エディマ・ディシースをひきおこすことになったダイオキシンである可能性が想定されていた。イタリアのセべソでの工場爆発事故でもダイオキシンは大規模な人体被害を発生させて、史上最強の発ガン、催奇形物質として注目されるようになった。その後油症の主要な毒性物質もダイオキシンであることが明らかにされたが、1970年代の後半になってから、この物質が都市廃棄物などの焼却炉の排煙や残灰などに大量に含まれていることがわかった。続いて大気、水質、生物、食物とくに魚介類などを広範に汚染していることや人体、母乳などの汚染が進行していることも判明した。欧米各国では1990年代の始め頃から焼却炉の排煙等についての規制に取り組んだために、1990年代の末期には大気中の汚染濃度は大きく減少した。これに反してわが国では都市廃棄物の処理が大部分旧型の焼却炉に依存していた関係もあって、規制が約10年も遅れることになり、今日時点での大気中の汚染濃度は欧米の約10倍のレベルに達している。とくに近海魚介類の汚染がひどく、著者の計算では近海域の大量魚食者では摂取量がWHOのヒトでの耐容量である1〜4pg/kg/dayを大幅に越えている可能性がある。母乳哺育による乳幼児の健康などに配慮して、著者は1970年代のPCBの場合と同様に、少なくとも汚染魚介類についての食品規制を即刻実施するように主張してきたが、現時点でも政府は汚染度の高い近海域での魚介類の実態調査さえ行なおうとはしていない。また近海沿岸の閉鎖系水域周辺の漁民、妊産婦などでの人体、母乳などの汚染調査を緊急に実施して体脂肪中の残留値を明らかにしたうえで、耐容量と対比するように要請してきたが、これも無視されている。大方の研究者の報告でも、乳児が母乳を通して摂取するダイオキシンの量はすでに現状でさえも、WHOの許容水準をはるかに越えている。著名な内分泌かく乱物質であることでも有名なダイオキシンの環境、水質、食品汚染を防止するために規制の実施を急ぐ必要がある。
内分泌かく乱化学物質の特徴
@ ホルモン系の異常化は従来の許容量の水準をはるかに下回る濃度で発生する。
A 従来の投与量−反応のいわゆるDOSE RESPONSEカーブを描かず、逆U字型の反応曲線を示すことがある。
B 難分解性、残留性、脂溶性のものがある。
C 生物濃縮、食物連鎖をするものがある。
D 毒性の範囲が非常に広く、多様である。
E 胎児期暴露、乳幼児期暴露が問題になるものがある。10年単位での遅延毒性の発現が問題になったものもある。
F 生殖毒性が問題になるものがある。
G 生態系のかく乱などに関連するものがある。
H 意図的に作られた化学物質だけではないく、廃棄物処理や内燃機関の排出物も関係する。
I 医薬品などについても点検が必要である。
J 複合毒性を総合的に問題にする必要がある。
K 現状では容疑段階にあるものが多いと言う認識が必要である。
内分泌かく乱物質には従来の毒物学の概念だけでは理解しがたい部分もあるだけに、許容水準の決め方や規制実施の手法などにも慎重を期する必要がある。ともあれ、すでに膨大な量が使用され、消費され、廃棄されて、その大部分が環境や食品,ひいては人体内に移行しているPCBのように、あるいはそれ自体の有用性が高く評価されて大量に使用されている塩化ビニール製品のように、焼却過程にあるものについてはどのように回収し処理すればよいのかが問われている。すべからく容疑のあるものはより安全な代替品、代替技術によって置き換えるべきであろうが、他方で経済性、有用性との兼ね合いをどうするのかと言う困難な問題を避けて通ることは許されない。
内分泌系という非常に重要な生理システムを異常化するということがわかったことは画期的であるが、現状ではエストロゲン、テストステロンなどの一部少数の特定ホルモンとの関連でスクリーニングされているに過ぎない。いわゆるホルモン全般に関わるかく乱要因となるこれらの化学物質が人の健康や生態系に対してどのような否定的な影響を及ぼすかは今後の研究にかかっている。
遺伝子組み換え作物の拡散と生態系の異常化について
21世紀に予想される環境、生体の安全性問題はスライド1に示すとおり、まず第一点はいわゆる人工合成化学物質による生体外部からのDNA系に対する影響によって、進化の結果として存在している遺伝子構造の変化が発生し、あるいは従来遺伝子が担ってきた機能を侵害するという点にあることは言うまでもない。発ガン性、催奇形性、酵素阻害性、さらに最近では環境ホルモンなどによる内分泌、神経系の機能撹乱などが新しい問題となって登場してきている。20世紀後半のこのような外部環境からの問題化学物質の侵襲は生態系にとっても今後とも重大な問題であり続けることは間違いない。ダイオキシンのような非意図的な廃棄物経由の有害化学物質の問題も新しく登場してきている。
第二点は、1970年頃から急速に発達した生命科学の環境、生物、生態系に対する影響を考慮せねばならない。クローン技術の問題はいうに及ばず、スライド1に示したように、動植物の細胞内のDNAの構造を人為的に変更することのできる遺伝子組み換え技術では、進化の結果として存在してきたDNAの構造の一部を切り取って、種属の壁を越えた他の生物の遺伝子を組み込むことができるようになった。このことは第一点の場合が非意図的な遺伝子構造の変化が問題になっていたのに対して、第二点の場合は遺伝子構造の内部的、意図的な変化が問題になりうる事例であると思われる。
来世紀には、このような進化の過程で生物が経験したことのない異種属間の遺伝子交換がもたらす生態系、生物、環境に対する影響と第一点の場合の影響について総合的、複合的に問題にせねばならなくなっていることに注意を喚起せねばならない。
次に遺伝子組み換え技術がどのような個別、具体的な課題を発生するかを示すと、
まず最初の開発過程では企業や大学などの実験室内でさまざまな研究が行われるが、遺伝子組み換えによってつくられた新規な生物が企業外にリークする可能性が指摘される。つぎに行われる試験栽培や試験飼育の過程では圃場での隔離が不完全な場合の環境内への新生物の拡散が起こる可能性がある。たとえ障壁で仕切ったとしても、昆虫や風媒などによる花粉の飛散ということも起こるだろう。さらにそのあとで選ばれた遺伝子組み換え作物が大規模に開放的に栽培されるような場合には、たとえば本来その植物に存在しなかった遺伝子が花粉によって広範囲に自由に拡散して、類縁植物の雌しべにつき、その植物の遺伝的な性質を一変させる可能性が生じることになる。また人為的に改変された遺伝子組み換え植物は、特別に有利な性質を与えられているために、既存の植物に対して優性になる場合があると考えられる。したがって特殊な雑草などとして拡散し、結果的に周辺の生態系を異常化させることが危惧される。本来は土壌の中にしかなかった微生物の遺伝子が、植物の花粉を媒体として自由に広範囲に環境、生態系に飛散することがどのような結果をもたらすかは、まだ現状では全く不明であるとしかいいようがない。たとえば抗生物質耐性遺伝子、害虫抵抗性遺伝子、除草剤耐性遺伝子などの拡散がどのような生態学的な問題をもたらすかは不明の点が多い。生態学的問題点は遺伝子組み換え作物の食物連鎖による他種属の生物の世界にも影響しうる可能性があることにも注目しておかねばならないだろう。
30億年の生物の進化の結果として、種属という囲い込みの中に存在してきた今日の生物が遺伝子の組み換えによって作られた新生物とどのような関係におかれることになるのか、についても、慎重な検討を要することは言うまでもない。
いったん作られた遺伝子組み換え生物は農作物という形でグローバルに栽培されることになる。危険性が発見されたとしても、合成化学物質の場合とは異なり、生物体の場合には直ちに廃棄するというようなことは極めて困難である。さらにスライド2に示したように、後代、交配種の問題が新たに登場してくる。遺伝子組み換え種子が栽培環境内でその遺伝子構造を微妙に変化させることは容易に想像できる。そのほかに人為的な交配によって様々な作物がその現地にふさわしいものとして作られることになる。このような形での新規生物の環境内への拡散が自然界の生態系に対してどのような影響を生じるかが問題になる。
以上のような遺伝子組み換えを含む生命科学の進歩は著しいが、他方でこの技術が開発過程から試験栽培、流通、種子と最終製品の販売および認証のあらゆる段階において特許権の対象となっているために、第3者による検証が非常に困難であること、法的規制が概して不完全な状況にあることなど考慮すると現状を放置することは問題であるといわねばならない。
特に遺伝子組み換え作物の種子の供給者が少数の世界的な大企業であり、こうした企業が周知されているような経済的な側面だけでなく、生態系の保全の側面から、世界的な農業・食糧問題にも大きな影響を与えるであろうことは極めて明らかであろう。
現時点で試験栽培過程に入っている遺伝子組み換え農作物の種類は4500種以上に上っているといわれるが、21世紀初頭にはこれらのうちの相当数が実際に開放的に農業分野で登場して大規模に栽培されるようになるものと思われる。国際化、輸出入の自由化に伴って、様々な問題が発生することが予測されているが、遺伝子組み換え作物が21世紀の食糧不足を防ぐ上で有力な素材になりうると考えられている側面があるだけに、われわれは今後の経過には十分注目していることが必要であろう。
本研究会が環境問題を中核に据えているという理由から、環境、生態系の保全にとって新規な課題として登場してきた遺伝子組み換え作物などの操作問題の重要性を再確認しておくことが望ましい。
参考文献:
「遺伝子組換え食品の検証」藤原邦達著:(新評論社刊、1997年)
「遺伝子組み換え食品を考える事典」同上:(農文協刊、1999年)
「遺伝子組み換え食品」(法研社刊、共同執筆、2000年)
「検証・遺伝子組み換え食品」(家の光協会刊、編著、2000年)
油症事件をダイオキシン原因説の観点から見なおすことについて(7月28日記載)
7月26日づけの毎日新聞に、「厚労省がカネミ油症の原因物質をダイオキシンであると認めた」、「市民運動側でも油症をダイオキシンの観点から見なおす運動を始めている」、旨の記事が大きく出ていた。
学問的な観点から、油症の原因物質をどのように考えるべきか、については、私はかねてから慎重論の立場を取っている。(別添の論文は拙著「恒常性かく乱化学物質」(合同出版、2000年刊)に記載したものの引用である。図表等は原著を参照してほしい。)
私がPCBの研究者として、10数年にわたって油症患者原告団,油症弁護団と行動を共にしてきたことや相当数のPCBに関する論文や著作を書いてきたことも周知されている。(我が国のPCBに関連する油症,汚染問題の年表は拙著以外にはない。拙著のリストは主催者のプロフィールの広場へリンクを)油症裁判には地裁から最高裁段階まで関与してきた。地方公務員と言う立場にいながら、役所の反対を押し切って、一研究者として、何回か患者原告のために証言台に立ってきた。おそらく私ほど長く、深く油症問題と関わらせていただいた研究者はいなかっただろう。そして、当時の原告、患者たちの窮状を最も身近に見せていただいた者のひとりであると信じている。
その立場から、今、私がいわねばならないことは、つぎのとおりである。
1 油症問題に関心を持つ者は、この問題をめぐる歴史的な経過を必ずよく知っていただきたい。患者原告団と弁護団がどのように死力を尽くして、国とPCB製造メーカーの
ネカ,汚染油製造メーカーのカネミを相手に回して、10数年間を闘ったか、更にこの
課程で我が国の大方の住民団体や労組団体が全力を尽くして応援したか,その真実を知ってほしい。知らないで発言したり,行動したりしないでほしい。
2 とくに、当初、地裁、高裁で勝訴していた患者原告や原告弁護団が被告側によってどのように、敗訴そして和解にまで追い込まれて行ったかを正しく知る必要がある。この課程でのダイオキシン原因説の登場がどのような役割を果たしたかを知るべきである。
3 私や原告側は、PCB原因説を,PCBにはダイオキシンが含まれている可能性がある、という前提で一貫して主張していた。ところが「原因物質はダイオキシンである、PCBは無関係である」などとする一部の研究者たちの主張が途中から出てきたために、被告の国とカネカは俄然力づくことになった。彼らはPCBは安全である。悪くない。とい
う説に飛びついたのである。
ダイオキシンが原因物質であるとは、油症以前には全く予見できなかった、だからPCBを誤って過熱処理してダイオキシンを生成させたカネミの過失だけが有罪である、とする「予見不能説」を被告の国とPCBを製造販売したカネカが主張することが出来るようになった。そのために、最後の段階での高裁判決では原告側は敗訴した。そして,そのあ
と最高裁での和解に向けた勧告を受け入れざるを得なくなったのである。
4 現実に、カネミオイル中に証明されている化学物質はPCB類とダイオキシン類であり、九大の鑑定班は大口径のピンホールを確認している。多数の臨床的,実験的な証明によって,PCBもダイオキシンも有害であることが証明されている。人に対する影響を考慮する場合、ダイオキシンだけが有害であるとする証明はない。別記の樫本、宮田らの酵素学的な実験結果を無造作に人の場合に外挿(extrapolate)して、あたかもPCBが油症とは無関係であったように言ってはならない。ダイオキシンの有害性を主張するのはよい。正しい。しかし、「PCBは油症と無関係である」,などという誤った見解を一部の研究者が主張したことが,油症裁判に甚大な影響を与えて、患者原告を敗訴に追い込む一つの理由となった。被告の国やカネカに有利な、このような独断的な見解を安易に流布した研究者には責任があると考える。
5 現状では、油症はPCB類とダイオキシン類の複合的な影響、有害効果によって発生した症候群である,とするのが最も妥当な考え方であり,その観点で対策が講じられるべきであろう。ダイオキシンだけを原因物質とすることは学理的に誤りであり、しかも国や製造メーカーの「油症発生の予見不能説」を支持して、加害者の責任を免除することに加担することになる。あくまでもPCBを先頭に立てて、ダイオキシンと並んで有害性を指摘する態度を崩すべきでない。
6 したがって、私は現時点において、油症対策をダイオキシン汚染の観点から見なおすことには賛成である。科学の進歩に伴って、知見の蓄積に応じて、対策が見直されるのは当然である。とくに環境ホルモンと通称されるような内分泌かく乱物質としてのダイオキシン類の人体影響について問いなおされるべきである。しかし、その意味ではPCBについても同様であり、何人といえども、PCBを被害とは無関係だ,などと言うことは許されない。
このさい、既存の油症という名称をPCB・ダイオキシン油症と正確に改めて、その定義を明らかにすることを提案する。
7 30有余年にわたって、油症患者を放置してきた国の責任は重大である。さらに、国が一旦支給した賠償金を、和解後になって、原告から容赦なく取り立てている事実の不当性を公開の論議のもとに明らかにするべきである。
8 ダイオキシン観点からの見なおしが油症患者の救済のために、どのように役立つかを考慮するべきである。ひきつづき国と製造メーカーの加害者責任は追求されねばならない。森永砒素ミルク事件では14年目の訪問によって後遺症が明らかにされた。油症の場合にも現時点での後遺症の有無を国は責任を持って究明するべきである。取りあえず,国が既存の油症の診断基準に、さらに内分泌系、神経系の障害を加味したPCB・ダイオキシン油症とでもいうべきものの新規な診断基準を定めること、そのあと早急に油症被害者の後遺症に関する検診を実施すること、そのために事実上中断されている油症研究班を再開することを要求する。
9 PPPすなわち、汚染者負担の原則に従えば、PCBの製造者としてのカネカの責任は重大である。環境中に大量にばら撒かれて、食品や母乳中にまで高い濃度で残留しているPCBは、現時点でも、ひきつづき大きな社会的な問題要因になっている。例えばPCB機器の回収や廃棄,無害化のために、我が国での事実上の独占的な製造者、販売者であったカネカは、現状のような無関心を装うことは許されない。カネカがかって、PCBを独占的に製造し販売したことによって得られた利益は、半世紀にもわたる我が国のPCB汚染からの脱却や今日でも障害が残っているといわれる被害者救済のために還元されね
ばならない。
10 支援団体や政官界はこれまでの油症患者や原告弁護団の闘いに理解を示し、今後とも、一貫した被害者救済の取組みが行なわれるように、とくに国と製造者の責任を追及して公的な対策が強化されるように、全力を傾注するべきである。
PS:
お願いがある。この小論をお読みになった方々は、この小論とこのあとの論文を、油症関連のすべての法曹関係者、研究者、油症研究班、住民団体関係者に紹介していただきたい。
本当に油症患者を救済するために、PCB汚染の責任を明らかにして、回収などの今日的な対策を推進するために、どうすることが最も必要なのかを考えよう。
以上
カネミ油症の原因物質をダイオキシンに限定するのは誤りである(7月26日記載)
最近、カネミ油症事件をダイポキシンの観点から見なおして見ようとする動きが見られるようになった。後遺症の有無などを再点検するために、これまで放置されていたダイオキシン問題との関連性を明らかにすることは良いことである。しかし,慎重を期する必要がある。
複数の化学物質のうち、その個別の化学物質が発症や生体影響に関与したありかたや程度を判断する場合には、特別に慎重でなければならない。
我が国で発生したカネミ油症事件の原因物質は従来熱媒体PCBである、と言われてきた。しかし、正確には、PCBに混在していた不純物あるいは使用時に副生したと思われるジベンゾフラン(PCDF)等が大きく関与していたことがその後の研究によって明らかにされた。有機塩素系の化学物質の場合、塩化フエノール化合物としての245T、PCP等と同様に、PCBがPCDFやダイオキシン(PCDD)等の不純物を含みうるということや、また使用時にそれらが副生するという事実は早くから判明していた。すでに1970年以前にアメリカのライズブロウらはカネミ油症の主要な原因物質がダイオキシンであることを予測していた。
ところで、カネミ油症の原因物質について、最近書かれた文献(N―p40)には、「カネミ油症はPCBが中毒物質ではなく、そのなかに含まれていたジベンゾフランが原因であることが判明しました。さらに後の研究で、ジベンゾフランだけでなく、コプラナーPCBも関わっていることが明らかになりました。」とある。また、文献(N―p45)には、「そして今では、カネミ油症の原因物質は80―90%がジベンゾフランであり、残りがコプラナーPCBであるというのが定説になっています。」と記載されている。要するにPCBが原因物質ではないと断定している。また、別の文献(M−p49)では「カネミ油症の原因物質はPCBではなく、ポリ塩化ジベンゾフランとコプラナPCBであることがわかりました。私たちの研究結果では、油症の発症因子としての役割はポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナ−PCBが15%でコプラナPCB以外のPCB成分やポリ塩化クワッターフエニルは発症にはほとんど関与していないと結論づけています。」としている。
さらに、宮田秀明著「ダイオキシン問題Q&A」では、「カネミ油症の原因物質はPCBではなく、ポリ塩化ジベンゾフランとコプラナーPCBであることをつきとめました。」、「油症を引き起こした割合はポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナーPCBが15%でーーー」などと記載されている。以上のように、最近の文献では、なぜか油症の原因物質からPCBを排除するような姿勢が強く感じられるようになっている。
ひとつの結果的状況が発現するためには多数の要因が複雑に絡み合っている。そうした観点から言えば、たとえばカネミ油症の原因物質がベンゾフランとコプラナ−PCBであって、「それ以外のPCB成分」が関与していなかった、とするような断定をくだすためには、臨床医学や疫学の立場からの論議も必要であり、非常に慎重でなければならない。油症研究班が明らかにしたような数十項目にも及ぶ多面的な複雑な症候を持った人体被害の場合に、性別、妊産婦、乳幼児、胎児などと、さまざまな被害者の種類と摂取期間、摂取量などの発症要因が複雑、多様に異なっているなかで、たとえば、ベンゾフランやコプラナーPCBだけがすべての症候をつくりだしていて、「その他のPCB」が個別に、あるいは複合的に被害者のホルモン代謝や免疫、神経領域などでの障害にも一切関与していなかった、などと断定出来るかどうかは、厳密に、毒物学的に、疫学的に、そして臨床医学的に立証されねばならない。油症での「その他のPCB」の濃度は、既往の諸文献などでの動物実験や疫学的な事実でPCBの有害性が証明されている場合の濃度よりもはるかに高かった。にもかかわらず、上記の諸文献において「油症では「その他のPCB」の影響や被害がなかった」、と断定したことは非常に大胆な記載であるというべきであろう。
この問題はカネミ油症事件という人類史的な食品公害事件の本質にも関わる重要な意義を持っているので、以下に、本当に「それ以外のPCB」が関与していなかったかどうかについて詳細に検討を加えておくことにする。
環境中の化学物質が胎児の脳の発達に及ぼす影響については、アメリカの五大湖のPCB汚染魚を食べた女性から生まれた子供達の調査が周知されている。すなわち,血中PCB量が高い母親から生まれた子供の4歳児の体重は正常より軽く、行動テストでの点数は低かった。しかも最もPCB量が多かった母親群(1,25ppm/脂肪、 註、日本人では一般人で10ppm/脂肪の事例も見つかっている。)から生まれた子供達が11歳になったとき調べたIQは平均で6,2も低かった。(科学、原著名あり)このように微量、低濃度のPCBの摂取でも明らかに影響が見られたというのに、カネミ油症患者のように、はるかに高濃度のPCBを相当期間摂取した場合でもPCBが油症症状に関係していなかった、などと言いきることが出来るのであろうか。PCBそのものによる動物実験での有害性、人に対する被害事例についての文献的な記載事例は無数にある。
他方でコプラナーPCBに限定しないPCB一般が非常に薄い濃度でも内分泌系、免疫系に影響を与えることは実験的、疫学的に正確に証明された今日的な事実でもある。長山や宮田らの上記の諸文献でも、PCB一般が内分泌かく乱物質であることが力説されているのに、何故カネミ油症に関してだけは、PCBが無関係であるとするような断定的な記載をするのか不可解である。毒性、発症の定義は包括的に厳格に行われねばならない。現実に大部分の油症患者にみられる内分泌障害関連の症状を無視することは許されない。
カネミ油症の原因からPCB一般を除外することは、その後の我が国をふくむ、全世界的な環境、食品規制でもジベンゾフラン、コプラナーPCBだけを規制すればよかったということにもなりかねない。今日的なPCB一般についての世界的な規制状況を無意味であるとするような議論にもつながってしまう。もしも、PCB一般がほとんど無害に近いというのなら、油症に比べれば、はるかに低濃度での食品や母乳のPCB汚染が今日でも世界的に問題になっており、アメリカはじめ諸先進国が厳しく対処していることも無意味であるというのであろうか。
つぎに前記の諸文献では、「カネミ油症の原因物質の80―90%はジベンゾフランであり、残りがコプラナーPCBであると言うのが定説になっています。」、「油症の発症因子としての役割は、ポリ塩化ジベンゾフランが85%、コプラナ−PCBが15%で」などと記載されているが、原因化学物質の発症寄与度の数値化の部分について検討を加えておくことにする。
油症とは多数の個別の症候から成り立った症候群をいう。関連した化学構造を持つA(ダイオキシン)、B(コプラナーPCB)、C(その他のPCB)等の複数の、構造の類似した有機塩素化学物質が関与する場合に、そのなかでCのみを原因物質から除外することは普通至難のことである。既存の食品被害に関する文献のなかで、発症との関連で、複数物質の関与の割合を%で示すことのできた場合があっただろうか。全体の症候群のなかで、ある症候についてはAが強く関係し、Bが弱く関係するというような表現はできても、数十項目にも及ぶ油症の症候群の全体について、Aが85%、Bが15%、Cが0%関与する、などと一律に機械的に、数値的に示すようなことは、不可能に近いことであるといわねばならない。
もしも動物実験で確認するとすれば、@A,B,Cを油症の原因食品中での比率に準じて混合したもの、AAとBだけでCを除いたもの、BCだけのものの3種類の試料を毒物学的な評価にかなうような条件で実験動物に投与し、対象群と比較して、ある期間飼育した結果を、発生した症候に即して解析し、比較することになるであろうが、そのようなことをしてみても実際的にA、B,Cの関与の割合を数値化することなど不可能に近いであろう。まして@、A、Bを薬物代謝酵素活性等の生化学実験のレベルで対比しても、その結果からいえることは極めて限定されている。実際の油症の場合には、原因油中のA,B、Cの濃度が出荷日によって異なっており、A、B、Cの摂取比率も摂取量も患者によって一様、一定ではない。摂取者にも胎児、乳幼児、妊産婦、高齢者、男女性などの相違もある中で、発生した症状について、例えばAが85%、Bが15%、Cが0%寄与した、などと一概に結論を下すことは不可能であり、論理的にも間違っている。油症研究班が確認した油症症候群には、PCBの今日的な内分泌かく乱物質としての、とくに遅発性の知能や行動、生殖、神経毒性などについての毒性や症候については十分触れられていないが、それらの新規な症候に関してまでの評価をA、B,Cについて数値化することは非常に困難であるといわねばならない。そして最終的に、百歩譲って、仮に動物実験での発症比率が算出できたとしても、その結果を油症患者の場合にそのまま外挿、適用出来るとは限らない。
あらためて1983年から1997年までの福岡医学会誌、油症研究班報告(第9集―第15集)などに収載されている関連論文に目をとおしてみたが、油症の原因物質として、ジベンゾフランとコプラナ−PCBだけをあげて、「それ以外のPCB」を原因物質ではない、とするようなものは見られなかった。ただ、樫本隆、宮田秀明氏らによる、「鶏胚肝臓酵素誘導能による油症原因物質の影響評価」(福岡医学雑誌 第80巻、第5号 平成元年5月、p32)と別の学会誌に同氏らが投稿した、「EVALUATION OF BIOLOGICAL EFFECTS OF POLYCHLORINATED COMPOUNDS FOUND IN CONTAMINATED COOKING OIL RESPONSIBLE FOR THE DISEASE"YUSHO"」(CHEMOSPHERE、Vol.22,NOS5―6,p537-546)の二つの文献において、PCDF、コプラナ−PCB、その他のPCB等の酵素誘導能を指標としたIn vitro(生体外、試験管内)実験での対比が行われた研究が目についた。
後者の文献についていうと、ここでは鶏胚中の肝臓の酵素(HEPATIC MICROSOMAL ENZYME(ARYL HYDROCARBON HYDROXYLASE AND 7-ETHOXYRESORUFIN O-DEETHLASE)による酵素誘導能を上記の油症関連有機塩素化合物について調べた結果が図表12―4(TABLE3)に示されている。この数値に油症食用油中の各物質の平均濃度、図表12―5(TABLE4)の数値をかけて、最終的に、原文では、「したがって、油症オイル中の諸物質の生物学的力価BEP(BIOLOGICAL EFFECTING POTENCY)はつぎのとおりである」、として、図表12―6(TABLE5)が示されている。
たしかに、この実験の結果ではPCBのBEPは非常に低い。しかしこの研究はあくまでも鶏胚の特定の酵素活性についてのことであって,それを直ちに人の油症の場合に適用してもよいといえるはずがない。
一般にIN VITRO(生体外)試験の結果はIN VIVO(生体内)での実際的な影響のすべてを示すものではない。生体の実際では、問題化学物質の摂取後の吸収、代謝、排泄などの諸問題が複雑に関連する。たとえば、経口、経皮、経気道投与の場合に、PCDFとコプラナ−PCBと「それ以外のPCB」の鶏胚の肝臓の細胞ミクロゾームに到達するまでの吸収率、代謝率が同一であるとは限らない。生体外に取り出した酵素系の試験管内での実験結果はそれ自体として受け取るべきである。例えば酵素誘導能についていうなら、ここで使われた酵素以外の酵素系を使った実験では異なる成績が得られる可能性もある。PCB自体の酵素誘導能について記載した文献も多数ある。油症の多数の症候と誘導能との関係が十分に対比的に解明されているわけでもない。もちろん酵素誘導能だけが油症のあらゆる症候を代表するものでもない。例えばヒトのクロール・アクネ一つをとってみても酵素誘導だけで説明できるとは限らない。他方でこの酵素誘導実験の条件はカネミ患者の場合の生理的な条件や機構を代弁しているわけではない。すなわち、カネミ油症では、カネミオイルの経口、間欠的摂取によって、妊産婦、小児、高齢者をふくむヒトに、亜急性毒性の結果としての神経系、内分泌系、免疫系、代謝系にわたる広範な症候がみられたのであって、鶏胚での上記の酵素誘導実験の場合をただちに当てはめることは出来ない。図表12―4 のTABLE3において、鶏胚のIn vitroの酵素実験での誘導能にヒトの油症での有機化学物質の含有比率をかけてBEPの数値が示されているが、これが実際の油症の発症や症候の程度と正確に対応し、関連するという根拠は全くない。くどいようだが、鶏胚でのIn Vitro実験の数値から油症というヒトの被害のすべてを説明できるはずがない。ましてこのような酵素学的な実験の結果から、「PCBは原因物質ではない」とか「それ以外のPCB」がヒトでの発症にほとんど関係していなかったことが「定説になっている」などということは論外であるというべきであろう。30年間にわたる油症研究報告集ではPCBそれ自体の毒性についての多数の研究結果が収載されており、PCDF、コプラナ−PCB以外のPCBが油症に無関係であったなどというようなことは油症班での定説にはなっていない。
以上を結論的にいうならば、
@ カネミ油症がPCDF、コプラナPCBによって発生し、それ以外のPCBがあたかも無関係であった、とすることは誤りである。
A 油症患者はおそらく熱媒体PCBにふくまれていた「それ以外のPCB」をふくむ、すべての有機塩素化合物の神経系、免疫系、内分泌系に対する否定的な影響、すなわち被害を複合的に受け取っていたと理解するべきである。
フオスらは、塩素座そうや肝障害はPCBによっても起こる。肝ポルフイリン症はPCBに特異的である、としている。カネミ油症においてコプラナPCBだけを強調してそれ以外のPCBを意図的に除外せねばならない積極的な理由はない。低塩素、高塩素化合物の別はあっても、少なくとも有機塩素化合物PCB自体の内分泌かく乱物質としての有害性を含む広範な毒性を否定できないことは今日の世界的な常識であるといってもよい。
なお、同上の文献(M―P48)には「このPCBの算出漏出量はーーーーー九州大学の鑑定結果(註:ステンレスパイプ漏出ピンホール説)をくつがえすことになりました。事実はーーーーー脱臭工事の不備による循環パイプの接続部(フランジ)からのPCBの漏出であることが判明しました。」と記載されている。しかしこの点について、一貫して油症被害者の弁護にあたってきた油症弁護団に問い合わせたところ、つぎのような返答が帰ってきた。
「先生もご存じと思いますが、1陣訴訟一審、2陣訴訟一審、2陣訴訟1審、1陣訴訟控訴審、及び福岡訴訟一審判決はいずれもピンホール説を採用しました。3陣訴訟一審、2陣訴訟控訴審はピンホール説は採用しませんでしたが、フランジ説ではなく、事故混入説(溶接ミス説)を採用しました。訴訟上はこれだけであって、混入原因についてどれかの説に確定したことはありません。」
M氏の文献で言う「フランジからの漏出」は、カネカが主張してきた、いわゆる「フランジ説」ではなく、溶接事故による、いわゆる「溶接ミス説」を意味するものであると思われるが、それが裁判の過程で確定したとは言えないことを明らかにしておかねばならない。まして、九大の鑑定結果に基づく「ステンレスパイプ漏出説:ピンホール説」がくつがえされたなどと言うことは今日的な定説であるということは出来ない。現に現場鑑定において、脱臭缶内のステンレスパイプに見られた相当に大きな開口部からのPCBの漏出をどのように否定するのであろうか。
カネミ油症は人類史的な事実であり、原因や原因物質についての記載は合理的、科学的で正確でなければならない。安易な断定は避けねばならない。
「カネミ油症事件はPCBを食品製造企業の脱臭缶で熱媒体として使用したことによって、必然的に発生した。発症にあたってはPCB中に含まれていたジベンゾフランとコプラナーPCBが主要な役割を果たしていたものと思われる。」現在のところ、これ以外の正確な表現はありえない。冒頭に示した諸文献での問題部分は正確に訂正されねばならない。
私達は今日時点でも、PCBそのものに起因すると思われる内分泌障害などに苦しむ多数の患者達があることを銘記せねばならない。
シリーズNo.1
今回は代表の藤原が昨年の8月7日に衆議院厚生委員会の参考人として陳述した際の資料をご覧にいれます。
雪印乳業食中毒問題集中審議での参考人意見陳述の要旨
食品被害の発生を防止するための公的機能強化の必要性について
藤原邦達
1 雪印乳業食中毒事件の特徴
(1) O157事件に続く大規模集団食中毒事故であった。
(2) トップメーカーのHACCP承認工場での大事故であった。
(3) 危機管理の体制と対応機能の欠陥が明らかにされた。
(4) 行政の日常的な指導、監視機能の欠陥が明らかにされた。
今回の食中毒事件での、雪印乳業側の不適切な対応には全く弁護の余地はない。しかしこうした被害の発生を予防するための法的、行政的、社会的な公的対応システムのあり方が妥当であったか、否かについても仔細に検討を加えておくことが必要であろう。
最近号のTIME誌では、雪印乳業食中毒事故の関連記事の表題が次のように示されている。
Bad Milk Raised Old Fears: Where Are the Watchdogs?
(粗悪なミルクが過去の恐怖を呼び覚ました。はたして見張り番は何処にいるのか。)
先進国などといわれているわが国において、こうした信じがたいほど大規模な食中毒事故が続発することをどう考えればよいのだろうか。Watchdogs(見張り番)、すなわち公的な監視、指導機能の所在が問われるのは極めて当然なことであるといわねばならない。
2 事故予防体制のありかた
行政側の食品衛生監視員と企業側の食品衛生管理者との協力のもとで、図1のような事項について食中毒の予防対策が行われる。
図1 食品被害を防止するための企業と行政の協力体制
( ここに図表をいれる)
図1 企業と行政の協力の内容
以下省略
シリーズNo.2
>場所:大津市勤労福祉センター5階大会議室(大津市打出浜1−6)
PCB汚染と被害の軌跡を考察する
―油症と琵琶湖汚染を中心に―
T はじめに、PCB問題の象徴性
PCB(Polychlorinated Biphenyl)は1881年にドイツで合成され、1929年にはアメリカのモンサント社で製造が開始され、わが国では、1954年に当時のカネカKKによって初めて製造販売された。一時は「夢の合成化学物質」などと呼ばれて各国で多用されていたが、10数年の経過を経て、やがて数々の被害や汚染をもたらすことが明らかになって、今日では「悪夢の合成化学物質」などと呼ぶのがふさわしいようになっている。すなわち、1966年にはスェーデンで尾ジロ鷲の脂肪組織に濃厚に蓄積されていることが明らかにされた。わが国では1968年にカネミ油症事件を発生させて北九州一円に1万名を越す被害者を出した。
1971年以降、わが国でも広範な環境、生物、食品汚染が証明されて、急性、亜急性、慢性毒性が大きく問題にされることになった。今日では、PCBはわが国だけでなく、グローバルな有害化学物質の代表的、象徴的な存在となっている。
その異性体によって作用性に違いがあるとしても、PCBは発ガン性、催奇形性、変異原性、代謝異常、皮膚障害、臓器異常のほか内分泌かく乱作用などの、今日問題とされる合成化学物質の代表的な毒性のほとんどすべてを併せ持つことが証明されている。したがってPCBは著者が定義する恒常性かく乱化学物質1(Homeostasis Disrupting Chemical Substance)の典型的な一種であると定義することができる。
PCBによる被害と汚染の全体像については1977年に刊行した拙著「PCB汚染の軌跡」2に示したが、ここでは、その中で、とくに問題となる事項に限って解説することにする。
PCBは各地で環境、水質、生物などを汚染したが、それは典型的な閉鎖水系である琵琶湖の場合でも例外ではなかった。わが国でのPCB問題の経過を振り返ることによって得られる数多くの教訓は21世紀の化学物質の安全性を確保する上できわめて重要であると考えられる。
U カネミ油症事件の問題点
カネミ油症は図表1に示すような多様な症状を示す世界最初のPCBによる人体被害であった。
油症事件は米ぬか油を原料とする食用油の製造工程で、加熱脱臭用に使われた熱媒体のPCBが食用油の中に混入し、この油が最長数ヶ月にわたって摂取されたことによって発生した。
(図表1 カネミ油症の症状)
油症事件の発生と処理にかかわった企業、行政などの対応上の問題点を示すと次のとおりである。
1 開発企業の対応のありかた
(1) 有害性関連情報に対する配慮について
PCBが製造開発されて大量に使用され始めた1960年代の初頭には、化学物質の慢性毒性が世界的に問題にされるようになっていた。とくにDDT、ディルドリン、アルドリンなどの、難分解性、脂溶性を示す有機塩素系化学物質の毒性や環境、食品、生物汚染が問題になっていたにもかかわらず、典型的な有機塩素化学物質であり、すでに労働者の皮膚障害などが指摘されていたPCBの有害性にはほとんど注目されることがなかった。わが国での独占的な製造メーカーであったカネカKKなどでも図表2に示すように急激に生産を伸ばした。
(図表2 わが国でのPCBの生産状況)
カタログなどでも、有害性に関する注意や説明などがほとんどない状態で、電気製品やノンカーボンペーパーのような開放的な用途にまでPCBは広範囲に使用されるようになった。とくに食品製造用の熱媒体として使用された場合には、たとえば高温加熱用のステンレス配管の腐食や修理ミスなどの理由で容易に漏出して食品を汚染することが予測されたにもかかわらず、注意表示、警告、解説などの必要な配慮が行われなかった。
油症事件の2年前にゼーレン・イエンセンが尾ジロ鷲の体脂肪中に高濃度のPCBを検出して、この化学物質が生物濃縮されることが判明したが、この情報もわが国ではほとんど問題にされることがなく、図表2に示すように生産はさらに急激に拡大されていった。そればかりではなく油症事件の発生以後でさえもPCBの生産は激増して、開放系を中心とした用途への消費が伸び続けた。そしてついに、1970年の当初にはわが国の単位面積あたりの消費量はアメリカの約10倍、もちろん世界最高のレベルに達していた。このことが以後今日にいたるまでの環境、食品汚染の基本的な原因になったことは明らかである。
(2)被害、汚染発覚後の対応について
レーチェル・カーソンの名著「Silent Spring」などに触発されて、農薬などの合成化学物質についての慢性毒性の研究がしだいに進展していた当時、有機塩素系化学物質の有害性や生物汚染等の情報がもたらされた時点で、製造企業側ではいち早くPCBについても安全性に関する研究を推進して、その結果に基づいて製造、販売を自制するべきであった。アメリカのモンサント社の対応にも問題があったが、わが国のカネカKKや三菱モンサントKKでは安全性確保対策への取り組みがいっそう遅れていて、油症事件の発生以後でさえも企業の姿勢はほとんど変化することがなかった。
油症事件に先立って鶏の雛数万羽が死亡して、当時のマスコミなどが大きく報道した1968年2月時点のダーク油事件の発覚直後に、カネカKKやカネミKKなどのPCBの製造、使用企業がPCBの問題性について関心を持ち、製造工程などの検証を開始していたならば、食用油の汚染についての容疑に容易に到達して、結果的に油症事件の発生を予防、あるいは被害を軽減することが可能であったはずである。
米ぬか油の製造工程図である図表3はダーク油と食用油の関係を示している。副産物であるダーク油での異常事態から、最終製品である食用油に有害性についての嫌疑がかかるのは当然のことであったはずである。
(図表3 カネミ倉庫での米ぬか油の製造工程)
(3)製造物責任、PPP原則重視の必要性
現在でも、絶縁体などとしてPCBを使用している電気製品が多用されており、PCBによる環境、生物,食品などの汚染も依然として継続している。この事実に対して、かってPCBを独占的に製造、販売した企業は今日時点でも製造物、製造者責任をまぬかれることは出来ない。今日の世界的な規範になっているPPPの原則(Polluter Pays Principle)は尊重されねばならない。いたるところに散在しているPCB内蔵の電気製品などの回収から、それらの隔離、保管、焼却、無害化処理にいたるまで、PCBの製造、販売、利用者であった各企業は国や自治体と協力して安全性確保上の任務を分担する責任があるだろう。しかし、これまで実際にはほとんど何も行われることがなく、今日まで汚染の拡散と継続についての社会的な不安が放置されてきた。
2 国と自治体の責任
(1)予防体制の不完全性
1970年以前には難分解性、脂溶性で生物濃縮が行われるような合成化学物質に対する規制や予防の体制は存在していなかった。しかしPCBの毒性に関する容疑は1960年代の後半には問題にされるようになっており、国や自治体は海外の研究論文などに注意して、関連企業に注意を喚起するほか、摂取許容量を定めて規制を検討するなど、問題が発生する以前に予防的な対策を講じておくべきであった。
(2) ダーク油事件での対応の不適切性
ダーク油事件の発覚直後に、当時の国立予防衛生研究所の研究員であった俣野景典氏は、カネミ製の食用油の危険性について着目し、厚生省に直ちに対応するように進言したが、全く聞き入れられなかった。本来はダーク油事件の対応にあたった農水省側が同一工場の同一工程で製造されている食用油の嫌疑について保健所や厚生省に通告し、他方、保健所や厚生省側も通告をうけるまでもなく独自に対応すべきであった。わが国の安全行政の縦割り主義の弊害が油症事件の被害を発生あるいは拡大させたということは明らかである。
(3) 事件発覚後の対応の不完全性
国と自治体は油症発生後に九州大学医学部を中心とする油症研究班を発足させて対応したが、その後の患者のアフターケヤーが適切に行われたとは思われない