食品衛生の広場
(5月7日)パブリックコメント・意見書制度は完全に無視された
―政府、食品安全委員会には猛省を促す―
藤原邦達
5月6日の夜のNHKのニュースで、同日、食品安全委員会が開催されて、専門調査会の報告を了承し、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査をやめるという内容の答申が行なわれたことを知らされた。
ここでは、国民、消費者からの、1250通にものぼった専門調査会の報告書に対するパブリックコメント・意見書を、食品安全委員会がどのように取り扱ったか、について検討を加えることにする。
1 全頭検査の緩和に関するパブリックコメント・意見書募集の経緯
食品安全委員会では、今回の答申に先立って、専門調査会の、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を止めても問題がない、という内容の報告書案に対する国民、消費者からの意見を募集した。期間を3月28日から4月27日ときめた。締め切り時点での報道では、1250通の意見書が集まり、そのうち70%が全頭検査の緩和に反対する内容であったという。
5月3日時点での新聞記事には、早々と、つぎのように記されていた。
「食品安全委員会は同委員会の専門調査会が3月末にまとめた全頭検査緩和を容認した評価案に対して一般から求めていた意見も参考に、6日にも答申を出す」、「しかし、評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため、6日の同委員会で評価案の内容に沿った答申が出される見込みだ。」(いずれも朝日新聞)
私には胸騒ぎがした。その直後に、このHPに、「(5月3日)BSE問題・パブリックコメント・意見書制度は単なる通過儀礼なのか」という論説を掲載した。そこでは、食品安全委員会が集められた国民からの意見書をどのように取り扱うかに注目したい、と書いた。
そして本日、5月6日に、ついに結果が出た。悪い予感が的中した。パブリックコメント・意見書制度は完全に無視されたことが明らかになった。
この時点で入手できる情報は限られている。したがって、ここでは私見を大胆にのべることにする。
(1) 1ヶ月の募集期間に集まった意見書の数はおそらく前代未聞のものであったに違いない。この問題に対する国民の関心の高さを示している。しかも、その7割が全頭検査の緩和に反対するものであった、ということを重視したい。パブリックコメント・意見書の制度は賛否の割合を問うようなものではないが、1000通以上も意見が集まれば、国民の期待の内容や程度を正確に知る事が出来る。食品安全委員会は全頭検査の緩和に反対する、というこのような世論の大勢を軽視することは許されない。
(2) ひとつの意見書が平均して400字詰の原稿用紙約10枚に記されていたと仮定しよう。私のようにその数倍もの枚数を使った意見書も数多くあったに違いない。ともあれ、食品安全委員会の事務局は1250通もの意見書の全体では約12、000枚ものボリュームの、パブリックコメント・意見書総覧の綴りを作製することになったであろう。
(3) 事務局では早速、意見書内容の分類と整理に取り掛かっただろう。つぎに、意見書内容から論点をまとめる作業に取り組んだであろうか、とくに専門委員会の報告書の内容に対して疑問を呈する意見、反対する意見を抽出、要約したであろうか。さらに主な意見書提出者の職業、経歴、専門などに関する調査を行なったであろうか。たとえば、報道によれば、今回の意見書提出者の中には、アメリカの農務省があり、20ヶ月齢以下の専門調査会案に反対して、30ヶ月齢以下の牛の検査を廃止することを主張した、とされているが、このような無視できない意見書提出者の存在にも注意を払ったであろうか。
あえて私見を述べれば、残念ながら、以上の作業は満足に行なわれていなかったものと判断する。なぜなら5月3日のHPに示したとおり、4月27日の提出締め切り日以降、6日の食品安全委員会の開催日までは折悪しくゴールデンウイークで休祝日が続いていて、事務作業が十分に出来るはずがなかったからである。つまり、12,000枚の意見書の綴りはほとんど手つかずに5月6日の食品安全委員会の席上に持ち込まれたものと推察する。
(4)「評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため」とされている点については後述するが、科学者ではない事務局の力量では、意見書の中から「科学的な知見」に該当するものだけを選びだすことは至難であったはずである。たとえばアメリカ農務省の前述の意見書は「科学的な知見」とは無縁だったのであろうか。そもそも「科学的な知見」とはいかなる定義に基づくのであろうか。事務方が恣意的に選別した意見書についてだけ審議をする、などということは本来許されることではないだろう。
(5) 食品安全委員会の委員は総計約12,000枚の意見書の内容に目を通したか。私の推察では、目を通していない、目を通せるはずがなかったと思う。食品安全委員会の各委員の席上には、事務方が用意した意見書の分類、要約程度の書類は出てきたに違いない。しかし、意見書の本文は見ていない、見る余裕はなかったはずである。たとえばアメリカ農務省の意見書ひとつでさえも十分に論議する時間はなかったはずである。
6日の会議では、@専門調査会の報告書案自体の検討、確認、A本答申案の内容に関する検討、答申書の作成という大仕事があって、多数の意見書の取扱いのために割ける時間は極めて限られていたはずではなかったか。つまり約12,000枚の意見書の綴りはお飾りのように会議場の片隅に置かれていて、ほとんど委員たちの関心事にはならなかったものと推察される。
結果的に、食品安全委員会は国民からの意見書の7割にも登った反対意見を押し切って、全頭検査の緩和を認める答申を行なったが、そのことによって形成される行政と国民意識との乖離状況が今後にどのような事態に発展するかが危惧される。
2 意見書は本来どのように取り扱われるべきであったのか
6日当日の朝、食品安全委員会の委員たちは、本来は事務的な整理が行なわれた意見書のテーマの一覧に目を通して、整理、分類等の事務作業が妥当なものであったかどうかを確認せねばならなかった。とくに専門調査会の見解に反対する意見の内容に着目して、改めて、これらについて専門委員会の意見を徴したうえで、最終的に食品安全委員会の討議にかける作業を実施せねばならなかった。たとえば前述したアメリカ農務省の意見書で言う「30ヶ月齢以下の牛ではBSE検査を行なわない」、という主張に対して食品安全委員会としての正式な反論を準備することが必要であったはずである。反論不能である、と決まったならば、その時には専門調査会の原案を修正あるいは却下せねばなかったであろう。
実際に、6日の会議冒頭に、送付された意見書の総体を始めて示された委員たちが以上のような作業を実施することはもちろん、予定することも出来なかったことは明白である。誰が決めたのかは知らないが、6日中に本答申を行なう、などというスケジュールでは、意見書に関する以上のような本格的な取り組みをする余裕もなく、取り組むつもりもなかったはすである。
1ヶ月もの期間をかけたパブリックコメント・意見書の募集は私が予感した通り、明らかに行政側が仕組んだ通過儀礼そのものに過ぎなかった。国民、消費者の期待と悲願とでも言うべきものが心を込めて、熱く熱く書き込まれた1250通もの意見書の総体は事実上、食品安全委員会にとって一顧の価値もない、問答無用のものだったといわれても仕方がない。
3 科学的知見についての意見書募集である、と誰がきめたのか
専門調査会の20ヶ月齢以下無検査という報告書案は科学的な評価の結果であると食品安全委員会はいうであろう。だからこそ今回の意見書の大部分が簡単に除外されたのは、それらが非科学的な知見であって、単純に無視してもよいものである、とみなされたからにちがいない。
リスク評価とは、幾つかあるリスク算出方式の中で、適当とされる一つの方式を選んでリスク計算をして、その結果的な数値の大小を比較することではない。この点はこれまで何度も言ってきたように、そのリスク評価がどのような目的で、どのような条件で、いかなる仮定のもとに行なわれたか、ということのほうが問題なのである。計算自体は誰にでも出来る。たとえば全頭検査の場合と20ヶ月齢以下の牛の検査を止めた場合とのリスク評価結果の比較をして、リスクの計算値に大差がないから全頭検査を緩和してもよい、ということの論理自体を問題にせねばならない。その計算の過程で、どのような仮定が行なわれたかが問題であり,その仮定自体の妥当性が十分に検証されていなければならない。仮定のありかた次第でリスクの計算結果が大きく狂ってくるからである。異常プリオンのような未知、未確認部分の多い、まさしく得体の知れない病原体が関与するBSEやvCJDについては、計算自体よりも計算条件のほうがはるかに重要である。恐らく今回の多数の意見書の中には、そのようなリスク評価に関する方法論自体についての、多様な立場の国民、生産者、消費者の見解が示されていたものと思われる。
今回、それらの貴重な問題提起には目もくれずに専門調査会の原案に沿って答申が行なわれたことは極めて遺憾であるといわねばならない。かりに「科学的知見」に関する意見書だけを問題にした、というのであれば、意見書の募集に当たって、科学的知見(その定義をはっきりさせた上で)に限定した意見の募集である旨をはっきりと断るべきであっただろう。 本来はリスク評価の妥当性は安全だけでなく、安心、安定にも関わるものであり、必要性、有用性、あるいは経済性についても広く論議されるべきものであって、今回の食品安全委員会の対応が一方的、短絡的で慎重さを欠くものであったことは否定できないであろう。
4 全頭検査の緩和に反対する消費者の意見は無視できるのか
もしも70%にものぼる全頭検査の緩和に反対する国民の意見を無視して答申が行なわれた理由を聞かれれば、食品安全委員会の各委員はなんと答弁するであろうか。恐らくそれらの意見が科学的な知見とは無縁のものであったから、と言うのだろうか。非科学的で、所詮は感情論に過ぎなかったからとでも言うのであろうか。
しかし、国民の大部分は、全頭検査が、最新の高感度、高精度の検査法の適用によって実施され、特定危険部位の除去、履歴表示の実施と併せた、異常プリオン汚染の総合防除対策の一環として重く位置付けられることこそが最も科学的な政策であると信じているのである。何故このような消費者の意見が非科学的で感情的であるとして排除されねばならないのであろうか。
食品安全委員会は意見書の中に色濃く刻まれた、全頭検査継続を要請する意見を決して無視してはならなかったのである。
5 パブリックコメント・意見書制度を尊重せねばならない
5月3日のHPではパブリックコメント・意見書制度のあるべき姿について書いた。現行のパブリックコメント・意見書制度には問題が多すぎる。今回の事態が証明したように、このままでは有名無実であり、形骸化も甚だしい。それは行政側が仕組んだ、みせかけの通過儀礼として利用されるためにある、とさえいえる。行政側だけではない。食品安全委員会自体でさえも、これらの制度の存在意義を全く理解していないことがよくわかった。
このままでは、今後パブリックコメントへの応募を諦める国民、とくに食品安全委員会を信頼しない消費者たちが現れるようになっても決して不思議ではないだろう。
食品安全基本法の第13条で言う「意見を述べる機会の付与その他の関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るために必要な措置」に忠実でないような食品安全委員会は即刻、解体されるべきであろう。(完)
(附)
今の私は確かにすくなからずエキサイトしているように思う。しかし私はエキサイトするだけの理由があると信じている。期待を裏切られた怒りと悲しみは大きい。冷静でいられる人たちがうらやましい。
以上
(5月5日)BSE問題・食品安全委員会とは何をする組織なのか
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する審議に当たって―
藤原邦達
残念なことに、いよいよ、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査をしない、という内容の食品安全委員会の答申が行なわれる模様である。そしてその線でのアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する政府の諮問が間もなく行なわれようとしている。この際、私たちは何よりも、まずどのような内容での諮問が行なわれるか、食品安全委員会でどのような審議が行われるのか、に注目していなければならない。
1 怪しげな雲行きが見えかくれする
3月18日の報道では、政府は、アメリカ産牛肉の輸入再開条件に関して、食品安全委員会に諮問する事項の中から、肉質で牛の月齢を正確に判定する問題や肉骨粉の混入防止策、危険部位の除去問題などを除外した上で、「特定危険部位が除去された、生後20ヶ月以内の米国産牛肉がBSEに感染している確率」について、食品安全委員会としての専門的な判断を求める予定であるという。審議が難航しそうな問題は「政府間交渉で確認する事項」として諮問から除外する、諮問事項を絞り込んで審議期間の短縮策を検討中である、と報道されている。
また島村農水大臣が食品安全委員会への諮問に当たっては、(肉骨粉混入問題などの)飼料問題を除外する、と発言して物議をかもしている。 さらに問題なのは、諮問を受ける側の食品安全委員会の委員のなかに、「われわれは諮問されたことだけを審議すればよい」という考えかたがあると伝えられていることである。
要するに、政府はアメリカ産牛肉の輸入再開問題に密接に関わる、安全性と直結する全ての重要案件を諮問事項から外そうとしているのだろうか。アメリカ国内での、危険部位の除去も完全、月齢の判定も確実,飼料投与にも問題がない、と一方的に決め付けた上で、食品安全委員会には、BSE感染牛の検出確率だけを計算させようというのであろうか。もしそうだとすれば、結局、輸入OKということになるのは目にみえている。
国民、消費者の最大の関心事をはぐらかすような、怪しい雲行きが見えかくれしている。ここ当面の、米国産牛肉の輸入再開問題はまさしくBSE問題の象徴的な局面であり、食品安全委員会の役割と存在意義を実証するための最大の見せ場であるということが出来るだろう。
2 食品安全基本法は食品安全委員会の任務をどのように定めているか
政府が諮問事項を恣意的に限定したり、食品安全委員会が諮問された事項だけを審議して答申することが正しいかどうかを、食品安全基本法に則して検証せねばならない。
(1)食品安全基本法第21条の規定
内閣総理大臣は食品安全委員会の意見を聴いて、基本的事項の案を作成し、閣議の決定を求めねばならない。
(2)同法第23条の規定
委員会は次に掲げる事務をつかさどる。 一 第21条第二項の規定により、内閣総理大臣に意見を述べること。
二 次項の規定により、又は自ら食品健康影響評価を行うこと。
三 前号の規定により行った食品健康影響評価の結果に基づき、食品の安全の確保のため講ずべき施策について内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。
四 第二号の規定により行った食品健康影響評価の結果に基づき講じられる施策の実施状況を監視し、必要があると認めるときは、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。
五 食品の安全性の確保のため講ずべき施策に関する重要機構を調査審議し、必要があると認めるときは、関係行政機関の長に意見を述べること。
3 諮問は正しく行なわれねばならない
(1) 行政側は恣意的に諮問事項を限定してはならない
アメリカ産牛肉の輸入再開を認めるかどうか、ということはアメリカ産牛肉の安全性如何にかかっている。政府は従って、輸入再開に関する施策を定めるに当たって、輸入されるアメリカ産牛肉の「安全性の評価自体」を食品安全委員会に対して諮問せねばならない。
輸入される牛肉の安全性を確認するためには、輸入に関わるすべてのプロセスの検証、あらゆる条件の点検、最終的な安全性の判定についての確度の評価を必要とすることは明らかであり、伝えられるような、「危険部位の除去」、「月齢の判定」、「飼料の投与」などの重要事項を行政側が諮問から除外する、などということは、輸入牛肉の健康影響評価を行う上で、食品安全基本法の規定に即して到底許されることではない。
(2) 食品安全委員会は諮問事項だけを審議すればよい、のではない
第23条の二項には、「次条の規定により(委員会の意見の聴取)、又は自ら食品健康影響評価を行うこと」とある。国民の健康や安全確保に関わる関心事については、行政からの諮問の有無に関わらず、自主的に検討を行ない、「その結果については内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。」と定められている。
伝えられるように、もしも「諮問された事項についてだけ、審議をすればよい。」などと発言した委員がいたことが事実だとすれば、彼は即刻罷免されねばならないだろう。 (3) 食品安全委員会は行政側の施策の実施状況を監視せねばならない。
もしも、アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関して、農水省や厚生労働省が、前述したような諮問事項の恣意的な限定を行い、アメリカ産牛肉の安全性自体を諮問せず、その結果として輸入の再開を決定するようなことがあるとすれば、食品安全委員会は独自にその施策の実施状況を監視したうえで、「必要があると認めるときは関係各大臣に勧告」せねばならない。
4 諮問事項に対する食品安全委員会の対応はどうあるべきか
たとえば、行政側がアメリカ産輸入牛肉の安全性に関する健康影響評価について、諮問を行なった場合には、食品安全委員会は評価作業を実施するのに先立って、以下のような判断を迫られることになる。
@ 現状では、評価することは不可能である。その理由は評価に当たって必要とされる知見が極めて不足している。したがってこの状況下に安易に結論を出すことは危険である。
A 評価することは可能であるが、個別事項についての仮定をおいた場合であることを明記した上でのこととする。
リスク評価のための計算を行ったことに価値があるのではなく、どのような目的で、どのような事項について、どのような条件下に、いかなる仮定を設けて、いかなる方法論でリスク評価を行ったかに価値があるのである。およそ私たちがこれまでに出会ってきた多種多様な科学的、生物学的な課題の中で、BSE、vCJD、異常プリオン汚染問題ほど、多数の未知、未確認、未確定部分を含んだテーマは見当らない。そのことを食品安全委員会の委員たちも決して否定はしないであろう。そうであるならば、アメリカ産輸入牛肉の場合でも以上の@、Aのいずれの場合をとるか、について審議の入り口段階で十分議論をつくす必要があると思われる。
言うまでもなく懐疑論のままでは仕方がない。評価が正確に行なえない場合には予防原則に従って対策を用意する。たとえば全頭検査のような検査の可能性を最大限に追及するための手法を重視する。
BSE患畜の発生予測は仮定次第で大きく変動する。さらに異常プリオン汚染に起因するvCJD患者の発生予測はいっそう困難であって、現実に算出された発生予測の数字がどの程度信頼出来るか疑問である。仮定に仮定を重ねた上で、あえてリスク評価を強行することは無意味であり、むしろ有害でさえある。
5 輸出国側の実情を無視した一方的な評価は評価に価しない。
伝えられるところによれば、アメリカ国内での、特定危険部位の除去が完全で、20ヶ月齢以下であることの判定が確実で、肉骨粉を含む飼料の投与にも問題がなかった、という前提で、政府はアメリカ産輸入牛肉の健康影響評価について諮問を行なう予定であるという。もしもこれが事実だとすれば全くあきれた話である。我が国の消費者が最も関心を持って見つめている危険部位の取扱い、月齢、飼料などの諸問題は「日米間の政府間交渉で確認を取る」のだから、食品安全委員会には諮問しない、と政府側では言っているらしいが、これほど国民感情を逆なでするような話はない。まさしく、「知らしめず、依らしむべし」という前時代的なお役所の流儀を地で行くようなやりかたである
。 もしも、本当にそのような方手落ちの、国民を無視するような諮問が行なわれた場合には、食品安全委員会は断固としてそのような諮問の受理を拒否するべきである。その理由は、何よりも行政側が食品安全基本法の規定に反しており、食品安全委員会の役割を軽視しているからであり、そして何よりも国民の期待を踏みにじっているからである。もしも万一にも、そのような理不尽な諮問が受け入れられるようなことがあるとすれば、国民、とくに消費者は食品安全委員会を信頼しなくなるであろう。
5 輸入牛肉の安全性は輸出国内での取扱いの実態によってきまってくる
我が国に輸入されるアメリカ産牛肉の安全性を評価するためにはアメリカ国内での生産、流通体系での安全性に関わる検査、検疫体制の問題点を仔細に点検する作業が必要である。アメリカ側が安全だと保証しているから、安全性は確保されている、などというのは馬鹿げたことである。それでは食品安全委員会は要らないことになる。
昨今の報道では、アメリカ国内でもアメリカ政府のBSE安全対策への不信感が高まっており、議会関係者、行政現場の検査官、食肉企業の労働組合、コンシューマースユニオンなどからの検査法や検査体制に対する批判が行なわれるようになっている。対日輸出牛肉については全頭検査を行なうべきだとする輸出業者も現われている。このような時期に、我が国の行政だけが、日米政府間交渉で,SRMの除去、月齢の判定、飼料の保証ができていることを確認すればよい、などというのはナンセンスも甚だしい。
食品安全委員会は委員をふくむ調査団を直接アメリカに派遣して、我が国に輸出されるアメリカ産牛肉の実態を点検すべきである。BSEの検査が全体の1%以下でしかなく、我が国と比べて事実上検査が行なわれていないといってもよいような国での安全性の保証をどのように行うか、調査団ではそのための方法論から検討を始めるべきである。時間がかかってもやむをえない。拙速,安易に結論を出して、牛肉の輸入が再開されたとしても、我が国の消費者はそのような胡散臭い商品を買おうとはしないであろう。時間をかけて、安全性を確認して、その上で輸入されるアメリカ産の、安くておいしい牛肉が食卓に登場することこそを消費者は期待しているのである。
6 信頼される食品安全委員会にするために
BSE問題の反省に基づいて制定された食品安全基本法の理念を具現化するために、国民の期待をになって登場した組織が食品安全委員会であったはずである。
昨年、食品安全基本法を国会で審議する過程で、私は、参考人の一人として、国民、消費者の信頼を確保するためには、次の諸点で与党、政府の食品安全委員会に関する原案を改めるべきであることを陳述した。
@ この委員会を内閣府に所属させない。国務大臣の管轄下に置かないで、公正取引委員会のような独立した組織とする。
A 消費者を代表する委員を参加させる。
B 審議の企画段階で消費者の意見を反映させる。
C 国民、消費者との意見交換の実効性を高める。
D 行政に対する監視機能を拡充して、勧告権限を強化する。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題をめぐる最近の事態は、政府と食品安全委員会のありかたについて、改めて以上の諸点で再考を要することを示している。
1千通にものぼったという意見書の山には目もくれないで、答申を行うような事態がおこるのは何故なのか、本質的な問題点を除外した上で諮問を行うような政府側の態度を許すことになるのは何故なのか、諮問された事項以外は審議しなくてもよい、というような委員が現われるのは何故なのか、そして、結局、全体の8割近い消費者が全頭検査の継続を望んでいるという現実が無視されてしまうのは何故なのか。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題は私たちに多くのことを教えてくれている。(完)
(5月4日)BSE問題・アメリカ政府は検査の有効性自体を認めようとしていない
―輸出業者が求める全頭検査を禁止する意向―
藤原邦達
4月27日、アメリカ農務省のランバート農務次官補と民主党の鮫島宗明議員との会談で、同次官補は米国の輸出業者が自主的に全頭検査をすると決めた場合も米国政府としては「行政指導で禁止する」とのべた。その理由については「検査したからといってBSEではないという証明にはならない。そういう検査は意味がない」と説明し、危険部位の除去が最も確実な方法だと主張した。(朝日新聞、4月28日)
1 アメリカ政府のBSE対策の保守性
日米牛肉輸入再開交渉が始まった昨年の早い時期から、アメリカの中小牛肉輸出業者は輸出牛肉については自主的に日本並みの全頭検査を実施する、とする方針を示したが、アメリカ政府はこれを禁止した。我が国の30倍規模の牛肉市場であるといわれるなかで、輸出向けだけにBSE検査をすることについて、アメリカの消費者からの不満がでることを避けたいとする思惑があってのことかもしれない。あるいは大手の畜産業界の意向を受けた措置であるとも思われる。アメリカではBSE検査は全体のわずか1%以下の牛についてしか行なわれていない。政府としてはあくまでも検査はいわゆるサーベイランスの手法のひとつとして実施すればよい、とする姿勢を示してきた。
今回も改めて従来の方針を再確認したことになるが、BSEの検査に対する理解が我が国とは全く異なっていることがよくわかった。
それにしても、民間業者が全頭検査をするというのを政府が禁止する、これが民主主義の、自由経済志向の国での農業政策であることにあらためて驚かされる。何か、有害性が懸念されるようなことをするというのではない、出費を負担してでも、自前で検査を実施したいという、生活がかかった輸出業者の意向でさえも否定することが出来るのである。推測するに、アメリカ政府の真意は、もしも全頭検査によって,BSE牛が発見された場合には、全国的で大規模な全頭検査体制の実施を迫られる、そのことを懸念しているのかもしれない。
アメリカは,EUの食品安全庁のGBR(地理学的BSEリスク評価)では、我が国と同じレベル3の分類に属しており、これまでに我が国ですでに17頭のBSE牛が発見されている事実があることを考えると、アメリカで、もしも全頭検査を実施すれば、多数のBSE牛が発見されるようになることを恐れているのではなかろうか。
ちなみに、我が国の食品安全委員会では、アメリカ産牛肉の輸入問題に関連して、アメリカ産牛肉の安全性について、農水省、厚生労働省から近日中に諮問を受けることになるであろうが、その場合には、アメリカで@我が国同様の全頭検査を実施した場合、A20ヶ月齢以上とB以下の牛についてのBSE検査を実施した場合に、どの程度のBSE牛の発見が見込まれるかを予測せねばならない。国産牛、輸入牛を同一のスタンダードで取り扱うというのであれば、このような評価のしかたは当然のことであると言わねばならない。これまでアメリカでは、BSE陽性牛はカナダから輸入された、たったの一頭しか発見されていない、したがってアメリカはBSE清浄国である、ということをアメリカ政府はことごとに言うのであるが、これは検査率が1%以下で事実上検査をしていないといってもよいような現状でのことであって、これでは到底、真相を示しているとは思えない。
いずれにしても、アメリカという自由経済の本家本元を自認しているような国家の政府が業界の当然極まる要請を、頑なに拒否しているということには改めて驚かされる。
2 アメリカ政府のBSE検査に対する考え方
ランバート農務次官補は、全頭検査を許可しない理由として「検査したからといってBSEではないという証明にはならない」とのべたという。
確かに現行の検査法は不完全であり、異常プリオンで汚染されたすべての牛を検知できるとはいえない。だから検査の結果が陰性であったからといって、その牛が後年になってBSEの症状を呈することが絶対にないとは言い切れない。しかし、現行法が不完全だとしても、わが国での経験によれば、検査をすれば20ヶ月齢代以上のBSE牛は確実に発見できるのであって、さらにその牛周辺の異常プリオン汚染の排除も確実に可能になるのである。したがって「そういう検査は意味がない」とは言えないのである。今後さらに検査法の改良がすすめば,10ヶ月代のBSE牛でも発見されることになり、将来的には生前検査も可能となり,異常プリオン自体の検出も不可能ではないとすれば、全頭、点源検査の意義はますます重要になることは明らかなのである。
アメリカ政府は全頭検査以前に検査自体の持つ意味を理解していない。現状が完全ではなくても、検査しないより、検査するほうがよいことは確かなのである。アメリカ政府が今年から検査の対象牛を20万頭に増やすというのは、それが「意味がない検査」ではないことを認めているからではないのか。
要するに、アメリカ政府のBSE検査に対する考え方では、大手の畜産業界の圧力に迎合するような政治的、行政的な思惑が優先しており、客観性、科学性、合理性を欠いているとしかいいようがない。むしろそれを知った上で、とにかく検査のしようがない、だから検査はしたくない、というのが本音であるとしか思えない。危険部位の除去が重要であることは言うまでもないが、これと並行して、異常プリオン汚染に対する総合防除政策の一環として、我が国では全頭検査が重く位置付けられてきたということをアメリカ側に正しく理解させるようにせねばならない。
3 自国の方式を押し付けるべきではない。
アメリカの自国中心主義は環境政策や核政策などで周知されているとおりであって、輸出入政策でもそれは当然、例外ではなかった。アメリカ産牛肉の輸入再開問題でも、結局はアメリカ方式を押し付けて、一貫して我が国の全頭検査体制を「非科学的である」として、全面的に否定する姿勢を貫いてきた。
今後の輸入の再開に向けての体制作りのなかで、我が国は科学的な方法論を尊重し、アメリカ政府を説得して、安全で安心できる輸入牛肉が日本の消費者に供給されるように努めねばならない。可能であるならば、開発された精度、感度に優れた迅速、生前検査法に基づく我が国の全頭検査体制がBSE、vCJDの予防体制として世界的に最も高く評価さあれるものとなるように、官民あげて取りくむことが求められている。
注意せねばならないのは、アメリカだけでなく,BSE問題一般に安全基準の緩和の方向性が世界的に次第に顕著になってきているという事実があることである。この5月に、パリで開催されるOIEの総会では我が国の対BSE政策について十分説明せねばならない。 そのための理論的な基盤の整備や国内的な体制固めのために努力することが必要である。また我が国の見解や立場を正しくアピールできるような優れたスピーカー、代表を選んで派遣するべきである。
輸出する側は輸入する側の意見を無視してはならない。それは国際的なマナーというべきものである。アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する限り、我が国の対応は、政治的、経済的な輸入障壁に該当するようなものではない。国産牛肉の保護政策とも無縁である。我が国の対応は、法的、行政的な手順に従って公正に行われており、国民、消費者の信頼を十分に克ちえている。若干の時間を要するかもしれないが、アメリカ政府はわが国の最終方針が決まるまで、今しばらく、静かに待つことが必要である。(完)
(5月3日)BSE問題・パブリックコメント制度は単なる通過儀礼にすぎないのか
―意見書制度を整備するために―
藤原邦達
1 パブリックコメントの制度について
昨年制定された食品安全基本法の第13条には次のように記されている。
「食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては、当該施策の策定に国民の意見を反映し、並びに疎の過程の公正性及び透明性を確保するため、当該施策に関する情報の提供、当該施策について意見をのべる機会の付与その他の関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るために必要な措置が講じられなければならない。」
食品安全委員会では、この条文の主旨に基づいて、パブリックコメントを求める制度をつくり、報告書案や審議状況に対する一般からの意見書を求めるとともに、意見交換会を開催して、食品安全委員会と国民との間の意思疎通をはかるようにに努めている。
このような仕組みは食品安全基本法の制定以前には考えられなかったことであり、高く評価せねばならないが、実際的な運用面では多数の問題点を残しており、実効性をあげる上で、政府、とくに食品安全委員会の取組みを強化する必要がある。また国民、とくに食品の安全問題に深い関心を持つ消費者としてもこの制度が、たとえば上意下達のための手段として、あるいは通過儀礼の道具として使われないように配慮しておくことが求められている。
2 パブリックコメント制度の問題点と対応のありかた
(1) コメント内容の取り扱いについて
政府側の求めに応じて、国民一般から送付された意見書が実際にどのように取り扱われているかは明らかではない。意見書の内容はさまざまであり、同一課題に対する賛成、反対の見解がある割合で表明されるであろう。政府、とくに食品安全委員会では、はじめに意見書での個別意見の集約、分類を行って、これを公表するべきである。
食品安全委員会では、05年の3月31日から4月27日にかけて、「BSE問題に関わる食品安全健康影響評価案についての審議結果案」に関する意見書の公募を行った。これに応じて、私は、現行の全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外することに反対する主旨の意見書を送付した。他方でアメリカ農務省は、対日輸出牛肉関連で30ヶ月齢以下の牛の検査を免除する内容の意見書を提示したと伝えられている。これらの二つの意見書の内容は正反対であるが、これらを受理した食品安全委員会がどのように対応することになるのであろうか。
この場合の食品安全委員会の対応は、次の三つに限られる。
@ 単に、聞き置く、読みおく、ということにとどめて、具体的な対応を行なわない。
A 個別の、あるいは特別に重要と思われる意見書の見解についての検討を行なって、回答する。
B 場合によっては、既存の委員会としての見解を撤回、あるいは修正する。
既往の取扱いでは、食品安全委員会の報告書の内容が意見書の見解をうけて修正された
事例はない。また公式に意見書の内容についての食品安全委員会の見解が表明された事例もない。もちろん公式、非公式に意見書の提出者が行政側からの回答を受けた事例があるのかどうかは明らかではないが、恐らく、実際には、上記の@の場合がすべてであったものと思われる。もしも確かにそうであったとすれば、食品安全基本法の主旨に反することであり、行政側が、パブリックコメント、意見書募集の制度を利用しているということになるだろう。
私には、衆参議院の審議での安全、食品事故関連の参考人として何回か招致されて意見を陳述したことがあるが、議員からの質問を受けることも余りなく、結局、非常に苦心して準備した意見の大部分が言いっぱなしで無視される憂き目にあうことが多かった。そして、そのような参考人の制度自体が法案審議のための通過儀礼のひとつとして使われているのではないか、との印象を持たされて来た。国民一般からの意見を募集するパブリックコメントの場合には、選ばれた学識経験者からの意見を聴取する参考人質疑の場合以上に、提出された意見書の取扱いが軽視される恐れがあることを憂慮する。
意見書の取扱いの実態は公開されなければならない。今日では電子的な手法の採用によって、行政側の回答を含む意見書の全部をたった1枚のCDに収録して公開することも可能である。提出された意見書を綴じこんだ分厚いファイルがひっそりと役所の書棚の一隅にしまい込まれるというのでは折角の制度も無意味なものになるだろう。
このさい、前述したアメリカ政府からの意見書や私からの意見書に対して政府、食品安全委員会の回答がどのような形で行われるかに注目したい。
(2) 意見書の募集テーマの設定について
特定の課題に関する意見書の募集では、以下の場合が考えられる。
@ 審議の過程について
A 審議の結論や報告書の内容について
B 政策への反映のありかたについて
C 施策の実施状況について
食品安全委員会や専門調査会の審議は公開されており、@の審議過程での傍聴者からの意見を書面で聴取できることには意義がある。現行の意見書の募集は、一般にAについて行われており、賛成反対の意見とその理由が示されている。受理した側の行政部局として無視できない内容が記述されている場合もあるだろう。リスク評価の結果に基づく政策への反映の具体的なありかたやリスク管理面で問題がある場合には、B、あるいはCが必要となるが、現状ではこのような意見書が募集されることはない。今後の検討課題にされるべきであろう。
(3) 意見書のあて先について
国民の食の安全に関する意見を広く求めるためには、意見書の募集に当たる行政の窓口が確実に設定されていなければならない。食の安全に関わる事項に関する評価、管理、実施の当事者である、以下のような行政機関が明示されていて、意見書の主旨が確実に受容されるようにするべきである。
@ 食品安全委員会とその専門調査会
A 農水省の担当部局
B 厚生労働省の担当部局
C 公正取引委員会
D 貿易紋会関連の外務省の担当部局
(4) 意見書受理後の行政側の対応について
意見書が受理された後の行政側の取扱い如何によって、パブリックコメント制度の効果が大きく左右されることになる。リスクコミュニケーションは一方通行であってはならない。意見書の募集はするが、意見書内容の取扱いがずさんであることは許されない。
@ 意見書に対する応答義務を定めて、あて先行政機関が公式に回答を行う責任を認める。
A 場合によっては意見書提出者と面接して意思疎通をはかる。
B 意見書に対する応答などの取扱い記録を公開する。
意見書自体の公開だけでなく、意見書内容に関する応答とその記録の公開によって、行政側の施策に関する問題点がクローズアップされて、より効果的な問題処理の方向性を見出すことが可能となる。行政側が面子にとらわれない誠実な対応を行なう上で、意見書の制度は極めて有用であり、貴重である。
たとえば、前述したアメリカ政府からの、30ヶ月齢以下の牛のBSE検査を省略するべきであるとする意見書に対して、我が国の政府や食品安全委員会が的確に反論するべきであり、同じく私からの、全頭検査を継続するべきであるとする意見書に対して、行政側の現時点での率直な見解が示されるべきである。これらの応答処理の過程から、国民は多くのことを知ることが出来るであろう。
(5) 意見書取扱い規定を作成せよ
食品安全基本法の第13条に定められた、「関係者相互間の情報、意見の交換の促進」をはかるうえで、意見書の取扱いは重要であり、この機会に「食の安全確保に関わる意見書取扱い規定」を作成することを提案する。とくに意見書受理後の行政側の責務と取扱い事項を明示することが望ましい。意見書制度を充実させることによって、リスクコミュニケーションの成果は格段に高められるであろう。
食の安全以外の分野でも意見書制度の活用が行われている。(環境省では 昨年の12月28日から1月28日まで「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について(案)」についてのパブリックコメントを募集した。)
今後、行政側が取り扱い事務の煩雑化を恐れずに、現状を変革するために精力的に取り組まれるように期待する。(完)
(附)
以上の所論をHPにアップロードしようとしていた矢先の、本日の朝刊を見て驚いた。そこには「BSE国内対策6日にも答申」という見出しがあった。
4月27日に閉めきったパブリックコメントに応募してきた意見は1千件以上あった、その大部分が全頭検査の緩和に反対するものであった、という。そして5月6日に開く本委員会でこれらの意見を公表して議論をする、と書かれていた。
問題なのは、「しかし、(専門調査会の)評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため、6日の同委員会で評価案の内容に沿った答申が出される見込みだ。」(朝日新聞)とされていた点である。さらに同記事では次のようにまとめていた。
「ただ、全頭検査緩和に反対の意見が多数にもかかわらず、即日に評価案を認める答申を出すと、同委員会の意見募集自体が形骸化しているとの批判が出そうだ。」
1ヶ月間にわたる意見書の募集が締め切られたのは、4月27日、木曜日であった。29日は祝日、30日は日曜、5月1日は祝日、同3,4,5日は連休である。そしてその翌日の食品安全委員会で、意見書について「議論をして」、専門調査会の線での最終答申をまとめる予定だ、というのである。
もしも本当にそのような事をするのなら、食品安全委員会の質が問われることになるだろう。委員たちは国民から信頼されないようになるだろう。
(1) 食品安全委員会はパブリックコメントの制度を無視している。
この日程では、1千件にものぼる意見書の、内容の分類、意見の整理、論点の集約さえ実質的に行われていない。行えるはずがない。行うつもりもないことは明らかである。
締め切り翌日の4月28日は郵便書類やメールの整理だけで終っただろう。その後は5月の2日を除いて連休である。そして連休明けの6日に突然本答申をまとめるという。これは明らかに意見書制度の無視、パブリックコメント制度の形骸化である。これでは意見書制度は本文で私が危惧したような通過儀礼にさえも価しないことになるだろう。
(2) 食品安全委員会の委員は意見書の内容を正しく見ていない。
以上のような時程では、食品安全委員会の委員が意見書の内容を正しく知ることは出来ない。事務方でさえ、十分に目を通していないに違いない。本来なら十分に時間をかけて、まず専門調査会で意見書の内容についての検討を行ってから、本委員会でさらに議論をするべきなのであるが、そうした手順も全く無視されている。これでは食品安全委員会の委員は職責を十分に果たしたとはいえないことになるだろう。
(3) 誰が「科学的な意見」に限定した意見書の募集であると決めたのか。
専門調査会の答申案に対する意見書が科学的な内容のものに限る、とは誰も言っていない。20ヵ月齢以下の牛の検査を止める、ということに対する国民一般からの意見である限りは、安全性だけでなく、必要性、有用性、経済性などに関わる広範な見解が示されているのはまことに当然なことである。食品安全委員会が安全性だけを問題にするというのなら、1千件にものぼる意見書に含まれている「科学的な意見」なるものを事務方に選び出させてもよいのだろうか、さらに、その科学的な意見についての議論を食品安全委員会が1日や2日で済ませることが出来るなどとは全く信じられないことである。
たとえば、1例だけをあげよう。アメリカ農務省の、30ヶ月齢以下の牛のBSE検査を省略せよ、という内容の意見書に対する食品安全委員会としての反論はまさしく科学的な性格のものに該当するはずであるが、一体、どのような議論を行って、どのような根拠で30ヶ月齢以下、無検査の要請を否定しようというのであろうか、食品安全委員会としての対応次第では、このあとの難問であるアメリカ産牛肉の輸入再開問題にも大きく影響するのである。アメリカ政府も意見書に対する食品安全委員会の回答に注目しているはずなのである。連休明けの6日に、意見書の「科学的な知見」に関するものだけの議論をして、本答申を出す予定だ、などと軽率なことがよくぞいえたものである。
そもそも「科学的な意見」とは何なのか、それは、論理性、合理性の確かさを問う意見を意味するのではないか。食品安全委員会が「科学的な知見」に関する内容のものだけを選んで議論の対象にする、とはどういう意味なのか、この時点でそのような恣意的な選択と判断を行うこと自体が厳しく問われることになるだろう。
(4)「全頭検査の緩和に反対する」大部分の意見は、何故無視されるのか。
正確な意見書内容の分類結果が示されていないが、報道では大部分の意見が全頭検査の緩和に反対する内容のものであった、という。にもかかわらず、本答申では専門調査会とおりの20ヵ月齢以下の牛での検査を止める、という内容になる、というのであれば、国民一般の「緩和に反対する」という意思表示をなぜ却下、無視したのか、食品安全委員会はその理由、根拠を示さねばならない。要するに、緩和に反対するのはすべて感情論であるというのだろうか。
実は我が国の専門調査会がきめた「20ヵ月齢以下の牛の検査の省略」という「科学的な」結論であるはずのものでさえも、アメリカ政府が「非科学的」である、としていることに、食品安全委員会はどう反論するのか。科学的、とか非科学的とか言うことの定義はそう簡単なことではない。
報道でいうように、本当に6日に即日本答申をする予定であるとすれば、食品安全委員会はパブリックコメントの制度の意義を全く理解せず、食品安全基本法の第13条の規定にある、「意見をのべる機会の付与」、「国民との間の意思疎通」を明確に無視、軽視しようとしていることになる。
要するに、私が本文で示したように、パブリックコメント、意見書制度に関する公的な取扱い規定自体があいまいだから、その結果としてこのようなことがおこるのである。
6日の本委員会でのなりゆきには大いに注目したい。
以上
食品安全委員会の報告書案に対する意見書
藤原邦達
この意見書は4月25日に食品安全委員会に提出したものである。
食品安全委員会がBSEの検査法を修正する内容の報告書案を公表されて、ひろく国民の意見を求めておられることに敬意を表します。
私はこの機会に、公衆衛生学、食品衛生学の立場から、食品安全委員会での審議のありかたや検査体制等に関する意見を以下のとおり申し述べます。
はじめに、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を除外することに反対します。報告書にあるような、20ヶ月齢以下の牛の検査をやめてもリスクレベルが余り変らない、とする論理では、アメリカ側の最新の意見書に示されている30ヶ月齢以下の牛の検査をしない、という提案や、この5月に予定されているOIEのパリ総会での、輸出牛肉での検査を全面的に免除しようとするような新基準案を結局受け入れざるを得ないことになります。これでは結果的に我が国の既存のBSEの検査体制自体を全面的に空文化することになるでしょう。
以下に私の見解を示します。
1 何故「20ヶ月齢」をめぐって論議をせねばならなかったのか
日米交渉で焦点となってきた「20ヶ月齢」という数字は、昨今の食品安全委員会でも論議の焦点にされてきたが、一体何故この数字がクローズアップされねばならなかったのだろうか。
国際的には、一般に30ヶ月齢以下の牛の検査が行なわれていない中で、我が国の全頭検査では、検出された17頭のBSE牛のうちの2頭が21,23ヶ月齢であった。これだけが真実のすべてであって、このことから、「20ヶ月齢以下の牛では検出不可能である」、まして、「20ヶ月齢以下の牛では検査が不要である」などと決めつけるのは大きな誤りである。今後とも全頭検査を続ければ、17ヶ月、14ヶ月齢のBSE牛が発見されないとも限らない。今日当たり前のように言われている「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということも明らかに論理の飛躍である。「不可能」とか、「不要」だとか、「困難」などとという断定には科学的な根拠が全くない、それは単なる憶測にすぎない。
食品安全委員会の専門部会では、「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということが、何故か固定観念のようになっていて、審議の核心は「その20ヶ月齢以下の牛を検査対象から除外してもよいのか」ということになってきた。何故、20ヶ月齢以下を閾値として選んだのか、ということについての説明がない。「除外してもよいのか」ということを論議せねばならない理由も明らかにされていない。そしていわゆるリスク評価というような取って置きの手法が適用されて、結果的に「20ヶ月齢以下の牛を除外してもリスクは小さい」ということになり、したがって最終的に「全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外してもよい」という結論が出ることになった。
何故「20ヶ月齢」なのか、それは、はっきり言って関係者がアメリカ産牛肉の輸入再開を意識しているからではないか。それは、意図的に持ち出された数字ではないのか。「除外してもよい」のではなくて、はじめから「除外する」ための月齢の数字として登場していたのではないだろうか。
リスク評価を正しく行うのであれば、専門調査会の総力をあげて、現行検査法での検出限界となりうる月齢xや次項に示すような最新の、たとえばプルシナー教授らのCDI法での検出限界となる月齢yを、予め、実験的に、可能な限り正確に決定した上で、そのx、y月齢以下の牛を検査対象から除外した場合のリスク評価を実施する、ということでなければならなかったはずである。
2 検査法に関する固定観念にとらわれてはならない
全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外するか、どうか、という場合の国の検査法はこの3年来使われてきた方法であり、正直にいって手技、精度、感度などがもう相当に時代遅れになっている。その後に改良された検査法がいくつか発表されている。今回のリスク評価の場合でも、「現行検査法によれば」、という大前提がついていることを忘れてはならない。
昨年7月に公表された専門調査会の報告書(たたき台)には、検査法開発の展望として次のように書かれた部分がある。
「米国のS.B.Prusinerらのグループが開発したBSE検査法Conformation-DependentImmunoassay(CDI)は検出感度に優れ、生前検査への応用が期待されている。今後迅速検査法については、その検出感度が急速に改良される可能性がある。検出限界の値が小さいものとなれば、感染初期の若齢牛の摘発が可能となると考えられる。牛生体から採取した組織、血液等を用いた検査が可能となれば、と畜前に感染の有無を明らかにすることも期待できる。そうなればBSE感染牛をと畜場に持ち込むことなく、摘発、排除でき、SRMによる交差汚染による心配もなくなり、欧州委員会科学運営委員会の報告にのべられている、消費者をvCJD感染リスクから守るために人の食物連鎖に感染動物をいりこませないとする目標にさらに近づくことになるであろう。」
他方で、我が国の民主党のアメリカBSE調査団の報告書では、ノーベル賞受賞者でありBSE研究の第一人者でもあるプルシナー教授門下の助教授Jiri Safer氏の談話として次のように書かれている。
「検査の感度が上れば、若い牛でも異常プリオンが検出されることになる。現在開発されたCDI法を用いれば、現在の方法よりも感度が高い。また脳だけではなく、筋肉からも検出可能である。CDI法のコストは1頭あたり12〜14ドルであり、時間的にも5時間程度でできる。また、人間のクロイツフェルト・ヤコブ病にも利用可能であり、遺伝的なものなのか後発的なものなのかも区別できる。」
なお彼はこの会見のなかで、「全頭検査をやめて20ヶ月齢以上に切り替えようとする動きには科学的根拠がない。」、「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集として全頭検査は有用である。」とつけ加えている。
つまり、国策としてのBSE対策を考える場合には、その時点で最も進歩した検査法を取り入れるべきであり、今の段階で、現行の検査法の使用を前提として、その上で、20ヶ月齢以下が検出困難だとか、ご丁寧にも20ヶ月齢以下の牛を検査しない場合のリスク計算まで行って、だから全頭検査を改変する、あるいは改変してもかまわない、などとするのは全く無意味なことである。むしろCDI法のような進歩した検査法の導入、適用を期待しながら、全頭検査を出来る限り継続するほうがはるかに前向きであり、科学的であり、国策としても優れているはずなのである。
専門調査会が今急いで全頭検査を修正しようとしているのは、やはり輸入再開を意識した「閾値20ヶ月齢設定」のためではないのか。
たとえば、近い将来に、10ヶ月齢までのBSE牛の摘発が可能だ、とするような検査法が出現した場合には、ただちに「20ヶ月齢以下の牛の検査はしない」というような対策はくずれてしまうではないか。ごたいそうなリスク評価の結果なるものも無意味になってしまうのではないか。
専門調査会に国民が期待しているのは、検査法開発の現状を我が国最高の研究者の会合で十分に検討したうえで、早急に現行法に変えてその最新の検査法を採用し、その場合の検出可能月齢yを決定することである。たとえ全頭検査体制を継続しないとしても、20ヶ月齢ではなくて、これよりも低いy月齢を閾値として取り扱うことである。もっと一般的に言うならば,CDI法に限定せず、「よりすぐれた検査法を導入するという条件のもとで、限りなく現行の全頭検査を継続する」ように政府に対して提言することである。
アメリカ国内で全頭検査体制の即時実施が困難であると言うのなら、我が国並みの全頭検査体制に移行する時点を定めて、それまでは、SRMの除去の徹底、我が国と同じy月齢以下の確認を求めた上で、輸入牛肉とされる牛の検査を免除するような、暫定的なダブルスタンダードの特例を設けるべきである。そのような輸入牛肉の購入、摂食については消費者の自主的な判断に委ねるほうがよい、と考える。
3 リスク評価の論理が重要である。
リスク評価のための計算をすることが科学的なのではない。いかなる目的で、どのような論理でリスク評価をするのかが常に問われている。
BSEやvCJDの発生リスクを計算して一定の数字を算出することが無意味であるとは言わない。しかし、これらの疾患の原因物質、病原体とされている異常プリオンには今日の科学的常識に即して最大レベルの未知、不確定部分が存在しているというのが偽らざる実態なのである。牛や人が死亡するというだけの現象を問題にするのではなく、異常プリオンの牛や人の生体自体に対する有害性、毒性、影響の可能性についてもひろく配慮せねばならない。我が国ではvCJDで死亡すると予想される人の数が1人以下だからリスクは小さい、たとえ全頭検査を止めても問題はほとんどない、などといいきった専門家が行った、20ヶ月齢以下の牛の検査除外に関するリスク評価の結果を異常プリオン対策の根拠にすることは許されない。
このままでは、対策費用論まで持ち出して、BSE対策よりもエイズ対策や禁煙対策の方が重要である、消費者の輸入牛肉に対する不安感はナンセンスだ、などといいかねないようなリスク評価論者が現われても不思議ではない。
リスク評価の重要性を否定するものではない。しかし異常プリオンは食品添加物や農薬や食中毒のような根拠資料の揃った定型的な課題ではない。そのような常識的な前提を抜きにしたリスク評価なるものは、なし崩しに輸入の再開をもくろむ政治的、経済的な勢力に利用される恐れがある。
リスク評価の結果的な数値は、条件の設定次第で大きく変動する。たとえば食品安全委員会の報告書では、我が国のvCJD患者の予測発症者数を0,1〜0,9人と算出していて、結果的にリスクは小さい、としたが、この場合、我が国の対照としてイギリスを選んだことが正しかったのか。たとえばBSEの発生国であるイギリスのかわりに感染国であるポルトガル、イタリア、EU全域などをとり、あるいは輸血からの感染の可能性を加味し、遺伝的な感受性の比率の幅を考慮し、我が国での規制以前の感染、死亡したBSE牛の推測数を増やした場合には、vCJDの予測発症者の概数は10倍以上にもなりうるものと考えられる。
リスク評価が行われた結果であるから科学的な結論として受け入れる、という前に、どのような目的で、どのような条件で、そしてどのような仮定のもとで、そのリスク計算が行われたかを問題にせねばならない。単にリスク評価の結果であるリスクレベルの数字の大小だけを見て、対策に直結しようとするのは最も愚かで危険なことである。
vCJDの発症者数が1人以下であるからリスクが小さい、というが、その「小さい」というのは何を基準にして小さいのか、人が落雷にあって死ぬ確率が100万人に1人だとされているので、約1億人に1人の割合でのvCJDの発症者数というのは無視できると言うのであろうか。しかしvCJDと落雷を対比するというのはいかにも唐突である。食中毒、心臓病での死者の確率と比較するのも妥当ではない。そのような、原因、影響、条件、環境、分野を異にする事象の比較をすれば、たいていの事態は収拾がつかなくなってしまう。リスク評価の結論で言うリスクの大小の取扱いは非常に難しい。
リスクが「小さい」から対策を緩和するというのではなくて、BSEやvCJDの原因物質である異常プリオン自体の特性に着目して、vCJDという疾患を頂点とする人の健康の全体に対する未知の被害や影響のひろがりを可及的に抑止するための対策に万全を期するほうが、予防衛生学的にはるかに正しいありかただ、と考える。
vCJD患者の発生予測数が1人以下で、問題が少ない、とする食品安全委員会のリスク評価の結論が我が国でのBSE対策を全般的に緩和の方向に誘導している可能性がある、私にはそのように思えてならない。
4 BSE対策から異常プリオン対策にシフトせよ
一般に、ある特定のフィールドでのBSEやvCJDなどの疾患についてのリスク評価は、牛、人での発症数、死亡数の比率について行われている。しかしこれらの疾患の病原体である異常プリオンが牛や人に対して、死亡しないまでもどのような悪影響を及ぼすのか、たとえば、いかなる合併症の原因となるのか、などはほとんどわかっていない。したがって当然、正確にリスクの全体像についての評価のしようがない。
このような場合には、前項で示したように、異常プリオン自体の、主として羊、牛、人の食物連鎖系での汚染、蔓延を防止するために全力をつくすことが必要であり、予防衛生学的な観点に立って、あらゆる対策を補完的に実施することが求められる。
すなわち、以下のような多数の個別の対策を組み合わせて実施する総合防除体制を確立せねばならない。輸入牛肉の場合でも、可能なかぎり、国産牛肉の場合に準じて対策を講じることが必要である。
@ すべての牛の履歴管理、とくに月齢の確認を確実に行う。
A 最も進歩したSRMの除去法を適用する。
B 生前検査をふくむBSE検査法の開発研究を促進する。
C 現時点における最も進歩した検査法を導入したうえで、全頭検査を実施する。
D 病牛、死牛の管理を徹底する。
E 飼育環境や飼料の管理を徹底する。
F 公的な監視と検疫、調査を正確に行う。
G 献血、輸血対策を厳格に行なう。
H 汚染源、汚染ルートを追及して、異常プリオン汚染を根絶することを目指す。
I あらゆる情報を公開する。
以上の施策はすでに我が国で実施されているものばかりであるが、重要なことはそれらの個別の施策の徹底をはかり、かりそめにも緩和、後退とされるような方針をとらないことである。とくに改良された検査法の採用を前提として、全頭検査体制を推進することは予防衛生学的にきわめて重要であり、根拠理由があいまいで、実施体制の欠陥が予測される20、あるいは30ヶ月齢以下、無検査体制への移行は厳に避けるべきであると考える。我が国にとって、この時点で全頭検査体制を中断しないことは、将来的に、一貫して疫学的、予防衛生学的に価値の高いデータファイルを作成する上で必要不可欠のことであるといわねばならない。
予防原則の立場を重視して、個別の施策の推進に基づいた総合的な効果を増大させることが現時点での最善の選択であることを確信する。
費用、効果の関係についても、あえていうならば、以上の対策を実施するために必要とされる原資、費用は、それらの対策によってかちえられる社会的、経済的な効果、たとえば消費者の信頼、安心の確保をとおした生産、輸出入、流通、市場価格の安定と対比して極めて些少であると考えられる。
終りに当たって、私は、国が、既存のBSE、vCJD対策を、この際これらの事態を発生させる原因であるとされている異常プリオンによる広範な環境、食品汚染を予防するための総合防除対策にシフトされるように提言するものである。
以上
附:なお以下に示すURLのHPに掲載した私のBSE問題関連の論文を参照されたい。カッコ内は掲載された年月日である。
http://homepage2.nifty.com/safety-food-forum/
1 BSEの検査をどうするのか
(1) 国際的な飼育、検査,検疫の基準をつくれ―(04年2月22日)
(2) 全頭検査をやめても安全なのか―(04年5月27日)
(3) 検査のダブルスタンダードは認められない―(04年1月23日)
(4) 全頭検査体制を「再考」する必要はない―(04年1月27日)
(5) なぜ全頭検査方式を主張するのか―(04年8月13日)
(6) 再度全頭検査体制を擁護する―(04年8月28日)
(7) 誰のために、何のために無検査月齢の線引きをするのか―(04年9月13日)
(8) 特定危険部位以外からの異常プリオン検出をどう見るか―(04年11月8日)
2 食品安全委員会は正しく機能しているか
(1) 食品安全委員会の決定に注目する―(04年1月17日)
(2) 食品安全委員会の動向をしっかりと見定めよう―(04年1月17日の1)
(3) 食品安全委員会専門調査会の報告書案を批判する―(04年7月17日)
(4) 食品安全委員会にはリスク最小化の方向性を期待する―(04年8月3日)
(5) 食品安全委員会の報告書を批判する―(04年10月15日)
(6) リスク評価のデザインが問われる―(05年1月18日)
(7) これらのリスク評価だけは正しく実施せよ―(05年2月16日)
(8) 食品安全委員会の輸入牛肉関連の審議に注文する―(05年3月1日)
(9) 食品安全委員会と専門調査会の審議に注文する―(05年3月12日)
(10)緊急に食品安全委員会の審議を求める―(05年3月15日)
3 アメリカ産牛肉の輸入は認められるのか
(1) アメリカ産輸入牛肉問題をどうみるか―(04年1月11日)
(2) アメリカのBSE検査対策の強化に期待する―(04年1月18日)
(3) わが国と同様なBSE検査体制をアメリカに要請しよう―(04年1月21日)
(4) 安易にアメリカ産牛肉の禁輸を解くな―(04年2月7日)
(5) 膠着状態をどう解消するのか―(04年2月21日)
(6) アメリカ産輸入牛肉問題・食品安全委員会に期待する―(04年4月13日)
(7) アメリカ産輸入牛肉・日米協議に望む―(04年4月29日)
(8) アメリカ産輸入牛肉問題日米専門家協議は信頼できるか―(04年5月14日)
(9) 第1回日米BSE関連牛肉問題協議への感想―(04年5月20日)
(10)輸入牛肉対策関連食品安全委員会の対応と日米専門家協議に備える―(04年5月20日の1)
(11)アメリカ産牛肉の輸入再開のめどがついたといわれるが―(04年6月18日)
(12)アメリカでの二例目のBSE容疑牛の出現をどう見るか―(04年6月26日
(13)アメリカ産牛肉の輸入再開の自虐的合意を悲しむ―(04年7月3日)
(14)若齢牛の無検査月齢の線引きは不可能である―(04年8月1日)
(15)無検査・若齢牛の月齢の線引きをどうするのか―(04年8月6日)
(16)牛肉の輸入再開をどう促進するか―(04年8月9日)
(17)全米食肉輸出連合会の全面広告に反論する―(04年8月30日)
(18)アメリカ側にも汗を流してもらいたい―(04年9月4日)
(19)無検査月齢問題に的が絞られてきた―(04年9月6日)
(20)差別化輸入牛肉の認知が生み出すものは― (04年10月18日)
(21)差別化された牛肉の出現を悲しむ―(04年10月27日)
(22)日米牛肉輸入再開交渉はこれでよかったのか―(04年11月28日)
(23)アメリカ側の14ヶ月齢以下、無検査条件の提案をどう考えるか―(05年1月21日)
(24)アメリカ農務省の牛の月齢判定法を批判する―(05年2月12日)
(25)アメリカ政府の30ヶ月齢以下無検査を求める意見書にどう対応するのか―(05年4月13日)
(26)アメリカは牛肉輸入再開の遅れにいらだっている―(05年3月4日)
(27)来日するライス国務長官に理解を求める―(05年3月10日)
(28)来日したライス国務長官に求める―(05年3月20日)
4 BSEとvCJDの発症をどう見るのか
(1) BSE問題での発言には気をつけよう―(04年1月25日)
(2) 異常プリオン対策に焦点を絞るべきである―(04年10月25日)
(3) 異常プリオンは内臓にも蓄積する―(05年1月22日)
(4) わが国で、はじめてvCJD患者がみつかった―(05年2月6日)
5 リスクアナリシスは慎重にしよう
(1) 軽軽に「科学的、合理的」などと言うべきではない―(04年1月29日)
(2) 経済が科学の論理を押しつぶす―(04年2月11日の1)
(3) 消費者側は対応を急げ―(04年2月12日)
(4) つくられた既成事実は悲劇を招く―(04年2月15日)
(5) リスクアセスメントは慎重に―(04年6月1日)
(6) リスクコミュニケーションのあり方を考える―(04年11月14日)
(7) 國際基準や外国の基準に対する行政側の対応は―(05年4月7日)
(8) OIEの新BSE安全基準案にどう対応するか―(05年4月7日)
6 誰が責任をとるのか
(1) 生産者、酪農家の責任―(04年4月11日)
(2) 農水省の牛肉輸入再開に関する政策決定に期待する―(04年7月24日)
(3) 消費者側からの政策提言のありかた―(04年7月27日)
(4) 8月4日の意見交換会を重視する―(04年7月28日)
(5) 政府の政策決定は食品安全基本法に違反している―(04年10月31日)
(6) 誰が事態を混乱させているのか―(04年11月4日)
(7) 行政の無軌道は許せない―(04年12月1日)
(8) 消費者はどのような牛肉製品を選ぶべきか―(04年11月19日)
(9) 政府と食品安全委員会の責任は重い―(05年3月28日)
以上
(4月13日)BSE問題・30ヶ月齢以下、無検査方式の採用を求める米国政府の意見書をどう考えるのか。
―新しい重大な局面が開かれた―
藤原邦達
4月12日、アメリカ政府の担当官が都内で会見を行い,BSEの検査対象を生後30ヶ月齢以上に引き上げるように求める意見書を食品安全委員会に提出したことを明らかにしたといわれる。
5月にパリで開かれるOIEの総会では、骨なし牛肉の無条件輸出入を認める安全基準案が提示されるというニュースが流れている。そして、これまでアメリカから我が国の現行のBSEの安全基準が国際的な常識に反していることが強調されてきたなかで、これに追い討ちをかけるように、このような意見書が提出されたことは政府、食品安全委員会だけでなく、国民、消費者としても非常に重く受け止めねばならない事態であると言うことが出来るだろう。
1 政府、食品安全委員会はどう対応するのか
政府の諮問に応えて、食品安全委員会は20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない、とする報告書案をつい先日まとめたばかりである。そして4月いっぱいのパブリックコメントの期間が終ったあとで最終的に政府に対する本格的な答申が行われようとしている。消費者の大部分が全頭検査体制を支持しているという中で、20ヶ月齢以下、無検査の結論が出ることでさえ大きな批判を招くことは必定であり、政府はこれにそなえて、自治体での従来どおりの全頭検査体制の継続を認めて、そのための国家予算を支出することまで約束している。
5月にはいると、OIEのパリ総会で新基準案が論議されるさなかに、食品安全委員会の20ヶ月齢以下無検査案が恐らく本決まりになるだろう。さらに、これとは別にアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関連して、政府は改めて食品安全委員会に対して諮問を行なうことになるが、この場合には、20ヶ月齢以下のアメリカ産の牛に限定した輸入を行うことの可否が問われることになり、相当に困難な審議作業が待ち構えているものと思われる。これに加えて、アメリカ政府は今回の意見書に基づいて、我が国の20ヶ月齢以下の限定に対する不満を引き続き表明して混乱をいっそう助長することになるであろう。
我が国の政府と食品安全委員会が20ヶ月齢にこだわるのは、全頭検査によって、21,23ヶ月齢のBSE牛が発見されているからである。しかし今回アメリカ政府の意見書では「この2症例は国際的な科学者間ではBSEと確認されていない」と指摘している。食品安全委員会はこれにどのように答える事ができるのだろうか。
問題は純粋に科学、獣医学でのBSEの病理と診断のありかたにかかっている。イギリスで発見された唯一例の20ヶ月齢の幼若牛とともに、我が国の2例の若年BSE牛は確かに世界的にも異例のものであることは事実である。
食品安全委員会では、この2例がBSEであることを再検証、再確認する作業を実施して、その結果を内外に公表し,関係学会やOIEに報告するとともに、「国際的な科学者間でBSEと確認」されるようにせねばならない。そうしなければアメリカ政府の今回の意見書に正確に反論出来ないことになるだろう。
BSEであることの判断は、農水省が委託した獣医学関連の特定の大學や研究機関の研究者の認定に基づいて、最終的に政府が行ったのであり、その際の全ての資料が国の責任で再検討されることが必要である。政府が内外の第3者的な研究機関、専門家を加えた検証委員会を新たに食品安全委員会の中に立ち上げて対応することが望ましい。
この作業を重視する理由は、21,23ヶ月齢のBSE牛の発見が否定される、ないし国際的に支持されないのであれば我が国の全頭検査方式や20ヶ月齢閾値に基づいた無検査方式は世界的に孤立して、今以上のアメリカなどからの輸入再開攻勢の対象とされることが確実であるからである。
国際的な権威や常識に裏付けられているとするアメリカ側の主張とまともに対決できるような我が国の規制体制に関する科学的な根拠を示すことが出来るのか、食品安全委員会の力量が改めて試されている。これまでのような、国内向けのリスク計算論だけではすまない、もっと本質的な、我が国がBSE問題と取りくむ場合の理論的な基盤のありかたが改めて問われていることを自覚せねばならない。
2 アメリカ産牛肉の輸入再開時期は非常に遅れるだろう
政府は昨年10月に輸入の再開をアメリカ側に約束したが、それから6ヶ月経過した現在でも20ヶ月齢以下無検査とする国内規制の実施についての法令の改正をすませていない。現在行われているパブリックコメントの期間が終った後の食品安全委員会の答申待ちという状況にある。そのあと初めてアメリカ産牛肉の安全性や月齢判定方法の妥当性、輸入の可否などについての諮問が行なわれて、これを受けた専門調査会、食品安全委員会での審議が行われる。その後の報告案の公表、これに対するパブリックコメントの期間を経て答申が行なわれ、初めて輸入の再開が可能となる。
この間に,OIEの無条件輸出入についての合意やアメリカからの30ヵ月齢以下無検査方式に関する要求などが公式に行われるとすれば、本格的な輸入再開時期は秋口以降にずれ込むのではないか。
日米政府間では、折角、20ヶ月齢以下、無検査の線で輸入を行なうことで合意をしたが、その後になって、アメリカ農務省は、20ヶ月齢以下の牛を選別することがアメリカ全土の規模では事実上非常に煩雑、困難であり、さらに一般の牛と分別集荷して輸出することに予想外のコストがかかることや20ヶ月齢以下の牛に限定した場合の輸出量も限られてくることなどに気付いたのではないか。折り良くOIEの新基準案が出されたこともあり、急遽、アメリカ産牛肉のほとんどが輸出可能となる30ヵ月齢以下無検査輸出の要求を意見書として提出したものと思われる。
既出の私のHPでも示したように、アメリカ政府の発育度による月齢判定法には相当に無理がある。選別その他で疑惑が残された形での輸入牛肉は日本の消費者によって敬遠されるであろう。そのような事態が予想される中で、アメリカ政府は国際的、科学的なお墨付きのもとで、20ヶ月齢ではなくて、30ヵ月齢閾値での新しい提案を今後とも決して諦めることはないものと思われる。
以上のような困難な事態の展開が予測される中で、アメリカ産牛肉の輸入が軌道に乗るのは非常に遅れて、あるいは年末以降になるのではなかろうか。アメリカ側のいらだちがいっそう激しくなることが予想される。
3 政府、食品安全委員会は新しい情勢に耐え切れるか
アメリカ側の圧力はいよいよ強まるだろう。矢面に立たされる食品安全委員会はアメリカだけでなく国際的な評価にさらされることになるだろう。21,23ヶ月齢のBSE牛の認否をめぐる論争にも巻き込まれるだろう。国際基準との格差を説明せねばならなくなるだろう。ようやく20ヶ月齢以下無検査の結論にたどりついたが、その同じ論理のままでは、30ヵ月齢以下無検査の結論に到達できるとは考えられない。
私見、持説ではあるが、今後の政策展開の路線をBSE牛の排除から異常プリオン汚染の予防に切り替えることが必要であると思う。その意味での異常プリオン根絶のための総合防除政策こそが重要なのであり、20箇月や30ヶ月というような月齢限定検査でなくて、進歩した検査法を導入したうえで推進される全頭検査を原則とするような新しい規制の方式を構築することに全力をあげるべきではなかろうか。その線での国際的な認知を得るべきではなかろうか。
新たに展開してくる情勢は国内の世論にも微妙な影響を与えるだろう。国際的、科学的な共通基準に即して論理を展開するアメリカの所論に同調するような専門家が増えてくるだろう。彼等は我が国のBSE対策が神経質すぎるとして批判を展開するだろう。問題を人のvCJD患者の発生リスクに集約して、SRMを除去しさえすれば、検査体制や規制自体さえも必要としないなどという人々が現れるだろう。こうした内外の情勢を受けて、政治、行政側からの規制緩和圧力もいっそう増大するだろう。規制体制が非関税障壁として自由な輸出入を阻んでいるという意見が政界、財界などから出されて、牛肉の輸入再開を遅らせることがタイヤーや鉄鋼などの他分野での経済制裁に波及するのを懸念するような議論が行われるようになるかもしれない。
国民、消費者が以上のような情勢が展開する中で、どのように対処することになるのかが注目される。
アメリカ農務省の30ヵ月齢以下無検査方式を要求する新しい意見書の提出がもたらした波紋の大きさを直視しよう。それは、我が国のこれまでのBSE規制方式の一切を否定しかねないほどの影響力を持っていることを認めねばならない。(完)
(4月7日)BSE問題・OIE(国際獣疫事務局)の・新BSE安全基準案にどう対応するか
―牛肉輸入再開問題に関わって―
藤原邦達
OIEが来月パリでの総会で採択しようとしている新しいBSEの安全基準では、月齢の如何に関わらず、全ての牛の輸出入を認めており、従来の規制が大幅に緩和された内容になっているといわれる。我が国に牛肉の輸入再開を迫っているアメリカには非常に有利な情勢が展開することになり、我が国の政府から20ヶ月齢以下の牛に限った輸入を迫られている現状のなかで、新しい国際基準に即応して、全ての牛の牛肉の輸入を迫るアメリカからの圧力がいっそう増大することが予想される。
このような国際的な動きを受けて、我が国がどのように対応するかについて、緊急に検討を開始する必要がある。
1 今後の成り行きについての予想
これまでは、日米間での規制体制の相違が問題にされていたのであるが、今後は国際基準と我が国の基準との相違について論議が行なわれるようになり、概して我が国にとって不利で困難な情勢が展開するようになる。これは我が国のBSE対策にとって重大な転換をもたらす事になるかもしれないだろう。
(1) OIE総会での見通し
新しいOIEの安全基準案は加盟167ヶ国間で協議されることになる。各国が科学的な根拠に基づく討論を徹底して行なうことが期待されるが、輸出関連での影響力の強いアメリカ、カナダ、メキシコ等がすでにOIEよりの基準で牛肉の輸出入に関する協定を結んでいるなかで、輸入諸国からの反論がどの程度有効であるかが注目される。とくに我が国の場合には、全頭検査、特定月齢制限等の世界的に最も厳格な規制措置が実施されており、目下の輸入再開の遅れに苛立っているアメリカからの激しい攻撃を受けることが予想される。OIEはいわゆる学会そのものではないので、さまざまな政治的、経済的な圧力にさらされるものと思われるが、基本的に安全性を確保する上での国際的な基準を作成するのであるから、わが国も科学的な根拠に基づいて自国の基準に関する主張を効果的に展開することが必要であろう。
OIEではこれまで、30ヶ月齢以上の牛についてのBSE検査を求めてきた。他方で、BSEの発生、蔓延の現地であるヨーロッパの食品安全庁(EFSA)では、GBR(地理的BSE評価)を行って,ある国(地域)の牛群にBSEに感染した牛が存在する可能性を示す定性的な指標を定めていた。そして、その評価の結果をレベル1〜レベル4に分類していた。ちなみにレベル1は可能性が極めて低い(オーストラリア、アルゼンチンなど17カ国が該当)、レベル2は可能性はほとんどない(インド、スウエーデンなど9カ国が該当)、レベル3は可能性あり、または低レベルの発生を確認(日本やアメリカなど38カ国が該当)、レベル4は高いレベルの発生を確認(イギリス、ポルトガルなど2カ国が該当)したことを意味している。
このようなリスク分類が現実に行われているというのに、なぜ今回のような一律、無差別的な牛肉の輸出入を容認するようなOIEの基準案が突然出されるようになったのか、恐らく、今回の総会ではこの点に関しても激論が戦わされることになるであろう。
(2)我が国の政府の方針についての展望
もしも総会で提示されているような基準案が採択されるようなことがあるならば、その影響は非常に大きく、我が国は日米交渉に当たって固持してきた路線の修正を迫られることになるであろう。
この場合に危惧されるのは、1986年にアクションプログラムが実施された当時に見られた、国際基準への無条件の整合化、無定見な国際化を推進しようとするような路線が我が国の政治的、行政的な場の中に顕在化する恐れがあると言うことである。たとえば、輸入国である我が国が牛肉の輸入再開に反対することによって、輸出国であるアメリカは、鉄鋼やタイヤなどの他分野での経済制裁をちらつかせているが、こうした情勢のもとで、既存の全頭検査などの路線を固持することが国策にかなうものとは思われないとするような見解が浮上してくる可能性がある。
今回の日米交渉の経過からもわかるように、いかなる場合でも我が国の食品安全基本法に裏付けられた食品安全委員会の意見を尊重し、独自の規格、基準や規制の体制を遵守しようとするような体質が我が国の行政側に定着しているとは思われないのである。国民、消費者側としては今後の成り行きに注目していなければならない。
(3)一部の研究者、専門家の動向
我が国の専門家の中には、以前から全頭検査方式を科学的な選択として認めようとしないような発言をする者があった。最近では、専門調査会自体が全頭検査を不適切であるとして、20ヶ月齢以下の牛の検査を止める方式を認めるようになった。今では全頭検査方式を肯定する専門家は少数派になりつつあるように思われる。SRMを除去しさえすればヒトへのリスクは少ない、として、異常プリオン汚染の広がりには目をつむろうとするような専門家がいることも事実である。およそ人のvCJDの発症予測数が1人以下で問題はない、とするような安易なリスク評価がまかり通るような場合には、全頭検査方式に固執することをナンセンスとみなすような風潮が次第に広がるのも無理からぬことである。
我が国での21,23ヶ月齢のBSE牛の発見をOIEでは認めていない、ともいわれる。しかし、すくなくとも20ヶ月齢代の牛に由来するBSE感染牛を人の摂食圏から排除しようとするような方策は不必要なのであろうか。異常プリオン問題には最少発症量や病理になお未知の部分があるので慎重を期する必要がある、したがって異常プリオン汚染自体を食い止めようとする、いわゆる予防原則に基づいた慎重な考え方は一概に軽視されてもよいのであろうか。
仮定だらけのリスク評価でありながら、一概に低リスクであるからということで、今回のようなOIEの安全基準案が提示されるようになっているのであるが、このような傾向が我が国の専門家の中にも次第に浸透してくる可能性があるだろう。
(4)一部の業界、消費者の動き
100万人を越す消費者の牛肉の輸入再開を求める署名が集まったと報じられている。外食産業の関係者の心情は十分に理解できる。牛どんを食べたいという一部の消費者の気持ちもよくわかる。輸入の自由化は国際的な大勢であり、アメリカ産牛肉の場合も例外ではない。
消費者の願いが政治や行政を動かす原動力となることも確かであろう。そして今回の一律、無検査、無条件での牛肉の輸出入を求めるOIEの新しい基準緩和案はこれらの一部の業界や消費者にとってはまさしく錦の御旗になるであろう。
低リスク論に基づく規制緩和側の専門家たちと輸入再開を求める業界や消費者との連携も強化されることになるであろう。
2 今後の対応のありかたについて
アメリカが新しいOIEの国際基準案に基づく牛肉の輸入再開を要求してきた場合にどう対応するのか。もはや全頭検査や月齢制限のある検査の方式は論外で、無条件での牛肉の輸入を求める政治的、経済的な圧力をどのように受け止めて対応するかが緊急の課題として浮上してきている。こうした情勢を受けて我が国としては以下の事項についての取り組みを急ぐべきである。
(1) BSE対策に関する理論構築の強化
我が国はBSE、vCJD対策以前に異常プリオン汚染防止対策を目指すことを明示するべきである。全頭検査であれ、月齢制限検査であれ、我が国の方式が人の食物連鎖圏に異常プリオンが入ること自体を極力排除するために、予防原則に基づいて、以下の諸対策を網羅的に実施する、いわば総合防除体制とでもいうべきものを構築しようとしていることを丁寧に説明するべきである。
@ 全頭検査方式の適用
A 最新の検査法の採用
B 病死牛管理の徹底
C 履歴管理の徹底
D 最新のSRM除去法の実施
E 厳格な飼料規制の実施
F 輸出入管理の徹底
G 消費者主権の確認
いわゆるリスクアセスメントの手法によって、各種の規制体制のリスク評価の効率を比較するような手法では輸入圧力には勝てない。BSEやvCJDの発症数に関する限り、数値化されたリスクのレベルが非常に低く、優劣を問うこと自体がナンセンスと見なされるからである。あくまでも異常プリオン汚染の抑止に焦点を絞った対策を実施することが肝要である。未知の問題点が数多くある中で、総合防除体制こそが最善のものであるという事を強調せねばならない。
(2) 国際的な係争に関する対策について
我が国の規格、基準、規制が関税障壁に該当するとして、たとえばアメリカからWTOに提訴されるような場合がおこりうるかもしれない。
たしかに関税及び貿易に関する一般協定では、加盟国での国家による貿易制限を禁止している。しかし、一般的例外事項として、次のように書かれていることに注目したい。
「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」
これは安全、衛生の保持のための対策を実施せねばならない場合には、たとえばBSE関連でも、その国独自の対応のための貿易上の制限を認めるということであり、輸出国側の圧力を排除するための根拠にすることができる。
もちろんこのような例外措置をとる場合には、そのための科学的な根拠が説得力のあるものでなければならないことはいうまでもない。我が国のBSE対策が世界で最も厳しく、アメリカから「国際基準に合わせた」規制の体制をとるべきであるとする批判が今後いっそう強くなるであろうが、これに反論するためにも、我が国での規制根拠に関する理論的な水準の高度化が求められることになるだろう。
(3) 食品安全委員会の主体性の確立
アメリカ産牛肉の輸入再開に関する日米交渉では、食品安全基本法の定めに反するような行政側の対応が行われた。今後は貿易摩擦の激化に伴って、自国の方式の科学的な根拠を確立する必要がますます重要になることは明らかであり、行政側が食品安全委員会の役割と機能を尊重して、諮問、審議、答申の方式を遵守することがますます必要になってくるだろう。
食品安全委員会としても、未知、未解明な課題が多いBSE問題に関するリスク評価に当たっては、仮定に仮定を重ねて結論を導くようなことをせず、行政側のリスク管理に当たって予防原則に基づいた方針がとられるような指針を示すべきである。たとえば(1)項に示したような総合防除の方式の中に、最新の検査法に基づいた全頭検査の実施を正確に位置づけることが最も望ましいと思われる。
(4) OIEやWTOなどの國際協議の場の尊重
さし当たっての5月のOIE総会では,BSEの安全基準をめぐって激しい論議が行なわれることが予想される。OIEは政府機関そのものではなく、政府が代表を派遣するのではないが、今回の総会ではBSE対策に関する我が国の主張に注目が集まると思われるので、国としても事前の準備を怠るべきではない。この総会の結果次第では日米輸入交渉にも決定的な影響が生じることを覚悟していなければならない。
OIEの場で我が国の立場や見解を表明することになるスピーカーの責任はことさらに重大であろう。関係者間での適切な人選が望まれる。
今後は、我が国の検査体制や規格、基準が貿易障壁であるとするような主張がWTOの場で行なわれる事態も予想されるが、我が国の主張を丁寧に説明して理解が得られるようにすることが求められる。
(5) 国民、消費者の役割の自覚
安全、安心が確保された食生活であるために、国民、消費者も応分の役割を担わねばならない。政治的、経済的な圧力に屈して、いびつに作られた規格、基準によって仕切られた食生活に満足することは出来ない。輸入される牛肉はいささかの疑問もなく受け入れられるものでなければならない。
自国の規制、基準に自信と信頼感が持てるように、消費者も日常的に、安全性に関する意識の水準を向上させることに努めねばならない。政府の政策決定が科学的な根拠に即したものであり、国民、消費者の期待に沿うものであり、食品安全基本法の規定に従うものであるかどうかに絶えず厳しい関心を持つべきである。
我が国の消費者は、アメリカ産牛肉の輸入再開交渉やOIEの安全基準の緩和など、いまや我が国のBSE対策が国際的な視線にさらされる時代を迎えたことを自覚せねばならないだろう。(完)
(4月5日)BSE問題・国際基準や外国の基準に対する行政側の対応は
―一部の危険な風潮を危惧するー
藤原邦達
3月26日の報道では、OIE(国際獣疫事務局)はBSEの安全基準を大幅に緩和する新しい基準案を策定して、日本などの加盟国に提示した。そこでは、月齢の如何に関わらず、骨なし牛肉の輸入を無条件で認めるなどの内容になっているという。問題はOIEの基準がWTO条約に基づく輸出入条件での最低限の基準となることであり、5月にパリで開催される総会でこの基準が認められれば、今後アメリカをはじめとする世界各国は自由に牛肉の輸出入ができることになる。我が国にとっては当面のアメリカ産牛肉の輸入再開問題にも大きな影響を与えることになるだろう。
私は国際基準やアメリカの基準に対して今後、我が国の行政側がどのような姿勢をとるかに注目する必要があると思う。
その意味では、貿易摩擦が極点に達していた1980年当時の行政側の対応のありかたから少なからぬ教訓を得ることが出来ると考える。
1 貿易摩擦に際して行政側はどのような姿勢をとってきたか
1980年代の、貿易摩擦が最も激しかった当時に、政府はどのように対応してきたかを回顧することは行政側の基本的な体質を知るうえで意義があると思われる。
我が国の市場が閉鎖的である、不公平である、といった諸外国、特にアメリカからの批判が、基準、認証制度あるいは輸入の手続きでの差別などに向けられることが多い事実を踏まえて、これらの制度等につき「原則自由、例外制限」等の視点から、法的、行政的な総点検が行われた。そして、1985年7月9日になって「基準、認証、輸入プロセスに係るアクションプログラム骨格大綱」が発表されることになった。そこでは輸入食品に関して以下のような規定が行われた。
(1)外国検査データ、外国検査機関の受け入れ
その1−(2)−@項には次のように書かれている。
「外国で行なわれた検査のデータを可能な限りそのまま我が国で認めることにする。」
(2)国際基準への整合化
その1−(2)−B項には次のように書かれている。
「国際基準が我が国の基準と異なる場合にはこれに合わせる。国際基準がない場合には、我が国の基準が少なくとも諸外国の基準と較べて厳しくならないように措置する。」
(3)認証手続きの簡素化、迅速化
その1−(2)−C項には次のように書かれている。
「事務処理に期限を設定する等、極力簡素化、迅速化する。」
2 アクションプログラムに対する批判をとおして
今日の牛肉の輸入再開問題において、アメリカ産牛肉の安全性を検討する場合に、政府が以上のような、アクションプログラム的な対応を行なうことを警戒せねばならない。私は、当時、拙著(「輸入食糧反対の事典」農文協刊、1990年)に次のように書いたが、その内容は今日の事態に際しても参考にすることが出来ると確信している。
(1)外国検査データの信頼性について:
アクションプログラムでは外国の検査データを「可能な限りそのまま認める」としているが、「途上国を含むあらゆる"外国"の検査データの信頼性や検査機関の権威をどう評価するのか、それは実務的に非常に困難な問題である。実際には輸入食品受け入れ側の任意、恣意的な判断に委ねられることになるとすれば危険であるとさえいえよう。
このような規定を独立国家の折り目正しい行政の方針として理解することは出来ない。先進国としてのプライドを持っているような国家が、たとえばアメリカやフランスなどの政府が自国民の注視の的になっているような課題についてこのような"自虐的"、"国辱的"方針を公表するであろうか。」 「もしも安易に外国の検査データを受け入れたことによって、その輸入食品に起因する食品被害事件が発生したとして、その場合の法的な責任の所在は極めてあいまいなものとなるだろう。仮に裁判によって相手国の業者や検査機関を追及するとしても非常に無理があり、被害者の法的救済はまず困難であるといわねばならない。そしてそのばあいに、輸入相手側を無前提に、一概に「権威ある機関」などと判定するように指示してきた政府の責任が問われることになるだろう。」
アメリカ産牛肉の輸入に当たっても、アメリカ政府は20ヶ月齢以下の牛であることを判定するために発育度の検査基準であるA40の利用が可能であるとする報告書を公表した。そのような資料を受け入れる場合に、これらの「データを可能な限り受け入れる」ような姿勢であることは許されない。
今回、アメリカ政府は多数の調査、検査関連の資料を送付しており、これらをとおして自国でのBSE対策の信頼性を強調しているが、それらを一概に、権威あるものと見なすことには問題がある。この際、我が国の政治、行政側に潜在しているアクションプログラム的な発想を極力排除せねばならない。
2)国際基準への整合化
「自国の行政を信頼し、自国の基準に自信を持っているような国家の政府は、『国際基準が我が国の基準と異なる場合にはこれに合わせる』などという、まことに主体性のない方針を軽々に公表することはないだろう。自国の関係機関が心血を注いで、最善とされる規制の仕組みや規格、基準を作り出したことに自信を持ち、これを世界の各国に開示して、よりよい国際基準を作成することに貢献する、などとは決して言おうとしない。卑屈にも『国際基準に合わせる』などという。それは整合化などという表現にはふさわしからぬことである。」
政府は、全頭検査という自国の方式を自信を持って推進することを止めて、20ヶ月齢以下、無検査という方式を採用するために、食品安全委員会に諮問を行なった。今回OIEが月齢に関わらず、牛肉の輸出入を認める国際的な基準案を公表しているが,我が国の政治、行政側がこれに「合わせる」ような姿勢を示す可能性があることを警戒せねばならない。食品安全委員会、専門調査会の一部に,「SRMの除去を徹底して行えば、月齢制限を解除して、すべてのBSE検査を省略しても、人に対するリスクは小さい。」とするような考えかたがあるとすれば、いずれはOIE基準よりの諮問が行なわれる可能性があるといわねばならない。
3)自国の基準の設定と維持
私は、当時、「『我が国の基準が少なくとも諸外国と比べ厳しくならないよう措置する』ということは、事実上まさしく世界で最も規制の緩い、いわば最低基準を持った国家を目指すということなのか。およそ自国の国民、消費者のために、このような侮辱的な行動計画を策定するような政府に対して、私たち消費者が怒りを感じるのは当然のことである。」と書いている。
我が国の行政体質のなかに、根強く存在する外圧迎合、国際志向のような傾向があることを警戒するべきである。自国の規制や検査体制の科学性に関して自信を持つことが出来ないような行政の姿勢が事態を混乱させる。全頭検査体制の擁護のための理論構築には協力的でないような行政の体質が諮問、審議、答申という過程をとおして行政側にとって有利な体制の既成事実化をすすめていく。たとえば、人のvCJD問題では、発症リスクが極めて低いという前提に立脚して、外圧を容認したうえで、国際基準よりの諮問の形にすれば、行政側の思い通りの体制が構築できるはずであるとする、そのような危険な傾向が顕在化することを警戒せねばならないだろう。
私たちは、今後のBSE、vCJD問題の処理に当たって、以上のアクションプログラムの設定に見られたような、外国特に先進国の基準や国際的な基準に弱い我が国の政治、行政的な風潮があることに留意しておかねばならない。(完)
〈3月28日〉BSE問題・政府と食品安全委員会の責任は重い
―なぜ検査法の進歩に注目しないのか―
藤原邦達
本日、3月28日中に、政府からの諮問に対する食品安全委員会の専門調査会の結論が出される予定、とマスコミ各社は報じている。結果的に、これまでの全頭検査体制を修正して、「20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない」ことが承認されることになるだろうという。
1 政府の諮問のありかたには基本的に問題がある。
諮問の核心である「20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない」という部分は、アメリカ側との牛肉輸入再開交渉において、最終的に、政府が輸入再開の条件としてすでに昨年10月に合意した内容である。
政府は食品安全委員会の意見を全く聞くことなく、独自に交渉を行って、このような非常に具体的な条件での輸入の再開をアメリカ側に約束した。そして交渉妥結の約1週間前になってから、食品安全委員会に対してこの条件部分に当たる国内検査体制の変更に関する諮問を行なった。牛肉の輸入に関する諮問が未だに行なわれていないことは言うまでもない。
これは政策決定に当たってリスク管理機関である行政側はリスク評価機関である食品安全委員会の意見を聞かねばならないことを定めている食品安全基本法に反する行為であることは明白である。
交渉にあたった農水省や外務省がどのような根拠で20ヶ月齢の線引きを行ったのか、全く不明である。アメリカ側の事情に合わせて線引きをしたといわれても仕方がない。約1年にわたる日米交渉の期間に食品安全委員会の関係者は全く意見を聞かれることがなかったと証言している。
2 全頭検査の修正は無条件に問われるべきである。
全頭検査の修正に当たっては、「20ヶ月齢以下の牛」を具体的、固定的に指定した上で、無検査の可否を問うべきではなかった。政府は食の安全を期するためには、無前提、無条件に「全頭検査を修正するとすれば何ヶ月齢以下の牛の無検査が可能であるか」と問うべきであった。
政府は「最善とされるBSE検査のありかた」自体について諮問して、答申を受けるべきであった。その結果として、たとえば「全頭検査を継続するべきである。」、あるいは、「14ヶ月齢以下、無検査体制を認める」などというような答申が行なわれるのが最も望ましいありかただったはずである。食品安全委員会は食の安全確保のための最善の政策を決定するために設置されているのである。
3 食品安全委員会は諮問を受けて審議を開始する前に政府に対して抗議するべきであった。
食品安全委員会は、政府側が、食品安全基本法の規定に反して
@ 食品安全委員会とは無関係にアメリカ産牛肉の輸入再開に関する交渉を行い、
A 非常に具体的な「20ヶ月齢以下無検査」という条件まで定めてアメリカ側と合意して、
B 事後的にこの条件を国内にも適用する事に関して諮問を行なった。
以上の3点に関して、審議に入る前に、政府に対して厳重に抗議するべきであった。どのように言いつくろおうと、アメリカからの政治的な圧力に妥協しようとする政府側の意図が極めて明白である。このような状況では、食品安全委員会が国民から付託された任務を全うすることは極めて困難であるといわねばならない。
4 食品安全委員会の評価のありかたにも問題がある。
今回の審議に当たって、食品安全委員会とその専門調査会では、「定量的なリスク評価が困難なので、定性的な評価を行った」と報じられている。現時点では審議の詳細や答申の正式な内容を見ていないので新聞報道で判断するしかないが、もしこれが事実であるとすれば、そのような評価の論理自体が問題にされねばならないだろう。
BSE問題一般に関して、専門調査会が定量的なリスク評価が出来ない、あるいは困難であることを認めたという点は正しい。これはかっての食品安全委員会の中間報告書(04年9月)で、仮定に仮定を重ねた上で、我が国のvCJD患者の発生数を1人以下などと定量的に示したのと較べて一応評価できることである。
しかし、定量的な評価が困難であるといいながら、はたして「20ヶ月齢以下の牛の無検査の可否」などと言う非常に具体的な諮問事項を審議することが出来るのであろうか。定性的な、いわばアバウトな評価であると言うことを自認するようなリスク評価での結論の出し方が許されるのであろうか。
ことはリスク評価の論理や方法論に関わる。リスク評価が困難であると判断された場合に、アバウトな結論を出して、これを政策に反映させることは危険である。リスク評価の限界が示された場合には、あえて結論を出すこと
をせず、予防原則に従った、予想されるリスクの総合防除体制を構築することが最も望ましい。その意味では,SRMの除去、履歴表示、飼料規制の 強化、献血、輸血の規制などと並んで、現行の全頭検査体制を継続するなど
の総合的なリスク回避対策こそが、科学的に、公衆衛生学的に、安全確保のための最善のありかたである、といえるのではなかろうか。
5 検査法の可能性に関して考察を加えないのは何故なのか。
全頭検査の方式であれ、20ヶ月齢以下無検査の方式であれ、これらは2年前に定められた現行の検査法を今後とも実施することを前提としている。しかしBSEの検査法はその後、今日までに相当に改良されており、たとえばプルシナー教授らが開発したCDI法では現在の方法よりもはるかに感度が高い。コストは1頭あたり12から14ドルで現行法よりも安い。筋肉からの異常プリオンの検出も可能である。検査も5時間程度ですみ、人のvCJDの検査にも利用が可能であるという。
同教授門下のJiri Safer助教授は「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集法として全頭検査は有用である。」と訪米した民主党の調査団に語っている。
専門調査会としては、現行法よりも高感度で低コストなCDI法などを導入して、全頭検査を継続実施するほうが、現行の検査法を固執して20ヶ月齢以下の牛の検査を切り捨てるような検査体制を採用するよりもはるかに科学的であり合理的であることを認識するべきではないのか。前提条件をどのように設定するかによってリスク評価の結論は大きく変わってくる。検査法の進歩に関する展望を無視ないし軽視したうえで、全頭検査体制の修正を認めた今回の調査会の決定には問題があるといわねばならない。
我が国の全頭検査体制は世界的に最も厳しいといえる。牛の履歴管理も完全に行われている。しかも、年間わずかに約35億円の予算で、安全、安心を担保しており、生産者、消費者からの不満も特に見られない。そのうえ現時点では現在よりも、より精度が高く、より安価に実施可能な新しい検査法が用意されているというのに、何故、特定の月齢以下の牛を除外するような検査の体制に変える必要があるのだろうか。そのように考えるのが常識というものではないか。どうしてもアメリカ産の牛肉を輸入したいというのなら、輸入牛肉についてだけ、20ヶ月齢以下無検査の体制をとればよいだろう。
これまで、我が国の生産者からも消費者からも現行の全頭検査体制を止めるべきだと言う要求が出たことは全くなかった。今回の全頭検査の修正は、国民的な世論の大勢に即したものではない。、食品安全委員会、専門調査会が政治的、行政的な圧力によって提示された諮問事項をあえて受け止めねばならなかったという事実を確認しておかねばならない。
6 異常プリオン感染牛の増加をどう評価するのか
全頭検査を20ヶ月齢以下、無検査の方式に変えても、BSE発症牛の増加はx頭である、とするようなリスク評価の結論が出たとしても、そのx頭の数字が信頼できるほど我が国のBSE関連の基礎データが揃っているとは思えない。我が国の場合と対照可能な世界的な資料も完全であるわけではない。専門調査会の委員もそのことを知っているからこそ、定量的な評価の困難性が論議の中で強調されていたのである。たとえば、BSE牛の発症数よりも、消費者の体内に摂取されるであろう異常プリオンに照準を当てた場合に、全頭検査を修正した場合の異常プリオン感染牛の数や分布、ヒトへの感染量の増加についてどの程度のことが言えるのであろうか。
人でのvCJDに関する異常プリオンの最小発症量に関する知見は極めて不足している。またvCJDの発症に到らなくても、異常プリオンの感染によってどのような健康上の異常が発生するのかも明らかではない。専門調査会のリスク評価は常にBSEやvCJDの発症数や死者についての数値の大きさに関して行われているが、本来はこれらの疾患の病原体の存在量や分布の変化に関して評価されるべきである。
異常プリオンの少量継続摂取に問題があるのか、大量一回摂取でも発症する事があるのか、イギリスに滞在歴のある人からの献血、輸血を禁止するような予防的な対策をとらねばならないほど、vCJD問題には不明の点が多くある。
異常プリオンは細菌でもウイルスでもない。それはDNA系とは無関係な高分子たん白質様の化学物質でありながら、生体内の正常プリオンを異常化して増殖する病原体であるといわれる。そのような従来の医学的な常識をはるかに超えるような存在であることを再確認しておくことが必要である。
7 アメリカ産牛肉の輸入の可否に関する論議はこれからの課題である
今回の専門調査会の論議は国内産の牛の検査体制に関するものであった。世界的に見ても最高水準にあるといわれる履歴表示や全頭検査体制によって集められた国内的な資料の利用がある程度まで可能であったかもしれない。しかしアメリカ産牛肉の場合には、安全性を確認するための資料はアメリカの農務省をとおして収集するしかない。しかも履歴表示も不完全で、歯列や発育度で月齢を判定するような、政府部内から体制の強化が要請されているといわれる検査の仕組みの中でつくられた資料によって我が国の食品安全委員会が説得性のある結論を出すことが出来るのか、甚だ疑問である。
今回の専門調査会の結論で、外堀は埋められたかもしれないが、内堀はそう容易に埋められるとは限らない。当面の経過に注目せねばならないだろう。(完)
(3月20日)来日したライス国務長官に求める
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関して―
藤原邦達
ライス米国務長官が18日に来日して、翌日、町村外相、小泉首相らと会談を行った。主要な議題の一つとしてアメリカ産牛肉の輸入再開問題が取り上げられた。
1 真の国益とは何か
アメリカという国家が世界の中でどのような国としてみられているか、国務長官であるライス女史もそのことについては無関心ではないだろう。
アメリカは、大量破壊兵器についての見通しを誤り、国連の同意を得ないなかででイラクを攻撃した、その結果10万人といわれるイラクの一般市民が犠牲になったという事実に対して、厳しい国際的な批判を浴びている。あるいは、温暖化防止条約を一方的に破棄した理由について、自国の経済を守るためである、などと公言してはばからない大統領が世界からどのように見られているのか、知っているのであろうか。
アメリカが尊敬される国家であるために、どうあるべきか、ライス国務長官はそのことを絶えず念頭において行動されるべきである。
今回の日米間での牛肉輸入交渉に際しても、結局は力の論理で押し切ろうとするのは、アメリカという国の品格にも関わることである。
国家のあり方についての歴史的な評価は、その国が尊敬されるような理念、倫理観に立脚して、関係諸国に対しては協調、理解をもって慎重に行動し、結果的に尊厳(dignity)といわれるような資質を持つことによって決定される。そして、利己的、独善的、傲慢、粗暴、尊大な行動に対しては格別に厳しい批判を招くものとなることも明らかである。
我が国は業界の利益や政治的な思惑がからんだ損得づくで、やたらに牛肉輸入に反対しているのではない。アメリカは今回の場合でも相手国のいい分を謙虚に聞いて応対する雅量を持った国家であってほしい。
最近のアメリカ政府側のいらだちは、畜産業界からの突き上げで上院、下院の議員たちの動きを無視できなくなったことに由来している。アメリカ側から見た日本側の対応が遅いことは事実かもしれないが、意図的にサボタージュが行われているわけではない。我が国は独自の主権国家としての法制度に即した対応を慎重に進めているのである。
我が国の食品の安全に関わる法制度は、我が国固有の歴史的な体験に根ざして構築されている。多難な試行錯誤を重ねながら今日の食品の安全を守る仕組みがつくられてきた。それは多数の犠牲者、被害者、関係者たちの血と涙と汗に彩られた法的、行政的、社会的な独自の体系であると言うことができるだろう。もちろんそれは、なお完璧ではない。現行の法制度にはまだまだ厳しさが足らないことが批判されている。しかし私たちは、食の安全を守るための社会的な秩序を維持する上で、国の法制度は大切にせねばならないと思っている。
我が国では、昨年制定された食品安全基本法に基づいて、厚生労働、農林水産,公取などの諸分野に関連した法令の体系のもとで行政が機能している。食品安全基本法の第22条において設置が定められた食品安全委員会の意見をきいた上で食の安全に関わるあらゆる施策が行われることになっている。アメリカ側はこのような相手国の法制度を理解したうえで牛肉の輸入再開問題と取りくむべきであろう。
もっとも、このHPのなかでも触れてきたように、日米交渉に際して我が国の政府は少なからず過ちを犯してきた。すなわち、第一に食品安全委員会の意見をきくことがなく、第二にアメリカ側に対して我が国の食の安全を守る法制度についての説明責任を果たすこともなく、約1年間にわたって、外務、農水、厚生労働省の政府側が交渉に臨んで、非常に具体的な形での牛肉の輸入再開を約束してしまった。アメリカ政府や業界がこの交渉の妥結という事実を、国際的、外交的な常識で捉えることになったのも無理からぬところであろう。
アメリカ側のいらだちが貿易摩擦にまで進展しようとしているような現状に関して、我が国の政府の当事者たちが全く責任を感じていないことには憤りを感じる。そればかりではない。一部の政治家たちはこのような事態を招いたのは食品安全委員会の審議のありかたに問題があるからだ、などという、許しがたい発言までもするようになっている。
3 アメリカ側は科学の役割を再確認するべきである。
私は今更、科学が絶対だなどというつもりはない。またここで、おおげさに科学論を戦わすつもりもない。しかし、BSE問題に関しては、科学と政治との関わりについてぜひとも触れておきたい事がある。
科学には限界があり、この限界を無視するような対処の仕方が危険であることは多数の歴史的な事実が証明している。とくにBSE問題では、病原体である異常プリオンの由来や病理をめぐって、イギリスでの発生以来、約20年にもなる現時点でさえも未解明、不確実な部分が非常に多いという事実が厳然として存在する。BSEやvCJDの分野では、調査、研究をとおして、すでに解明された部分と、なお未知であるとされている部分の双方を、実際に対策を考える上で、どのように取り扱えばよいのか、ということがたえず厳しく問われている。
我が国の全頭検査体制は確かに30ヶ月齢以上で検査を行っている「世界的な常識」に反するものであるかもしれない。しかしそれは科学が明らかにしてきた部分となおかつ未知の部分の双方に対して我が国の政治や行政が構築してきた予防原則的な仕組みであり、総予算約35億円でかちとられたにしては、公衆衛生学、予防衛生学的に、もっとも賢明で実際的な対処の仕方であったといえるだろう。
ライス国務長官は19日の上智大学での講演の中で、BSE問題に触れて「科学に基づいた国際的な標準があるなかで、例外を認めるべきではない。」とのべている。これは我が国の全頭検査が科学的な常識に基づくものではない、とするアメリカ側の考え方に立った発言である。「科学に基づいた国際的な標準」を重視するというのであれば、アメリカ政府は、OIE(国際獣疫事務局)がアメリカを最小ないし中程度リスク国と判定していることや04年8月にEUの食品安全庁が世界66カ国についてのGBR(地理学的BSE評価)を公表した中で、アメリカを我が国同様の、レベル3(BSE発症の可能性あり、未確認または低レベルで確認)と評価していることを認めねばならない。
アメリカ側が指摘するように、全頭検査を実施しているのは我が国だけであることは事実である。しかし全頭検査が科学的な方法論の究極としての、SRM(特定危険部位)の除去をふくむ総合防除体制の重要な一環として、不可欠のものであることについては、このHPですでに繰り返して述べてきたとおりである。検査法の進歩をとおして、検出可能月齢は低下する。間もなく生前検査も可能になることが期待される。アメリカが主張する検査月齢の閾値を30ヶ月とするような考え方はもはや時代遅れであって、まさしく「科学に基づいた国際的な標準」などと言えなくなろうとしている。
我が国の全頭検査では、21,23ヶ月齢の幼若牛でのBSEを発見することに成功した。これはイギリスでの20ヶ月齢のBSE牛1例の検出に続く科学的な快挙であるといってもよい。もしも国際的な基準などとされている30ヶ月齢以上での検査方式をとっていたならば、すくなくとも20ヶ月齢代のBSEの牛群を私たちの食物連鎖系の中に野放しにして、異常プリオンの拡散を許すことになっていたであろう。検査法の開発、進歩を促進しながら,全頭検査によって、BSEの発生源である個々の患畜牛に迫るために、個別の精査、全数の点検を実施するという考えかたは極めて科学的なのである。
昨年9月に行われた、アメリカでの小泉首相との会談の中で、ブッシュ大統領はつぎのように述べて牛肉の輸入再開を強く求めたといわれる。
「官僚や学者に任せられるものではない。科学的な問題も大事だが政治的な決断も必要だ。」
ライス国務長官は、牛肉輸出問題についてのこれまでのアメリカ側の対応が、以上のブッシュ氏の発言に見られるように、アメリカだけの政治的、経済的な利害に関わるものであって、「科学に基づいた国際的な標準に基づく」などというきれい事とは無関係であることを認めねばならない。
4 日本の世論や民意を理解せよ
日本フードサービス業界、全国焼肉協会、外食産業などの業界団体や関係企業がアメリカ産牛肉の輸入再開を求める署名活動を行なっている。2月15日の時点で60万人を超える署名を集めた、予定では政府に提出する3月末までに、100万人を目標にしているなどと報じられている。業界が輸入禁止に喘いでいるなかで、某外食産業がストックしていた牛肉を放出して牛どん販売を行ったところ、店頭には長蛇の列ができたという。このニュースはアメリカにも伝えられているであろうが、あるいは日本の消費者はアメリカ産牛肉の輸入再開を望んでいるのに、学者や政治家、役所がこれを阻んでいると見えるのかもしれない。
しかし、すでにこのHPで何度も紹介したように、報道機関などの世論調査の結果では、約7割の日本の消費者は、アメリカ産牛肉の輸入再開に対して慎重な姿勢をくずしていない。全頭検査や食品安全委員会に対する信頼も厚い。政府も小泉首相もこのような世論を尊重せざるをえなくなっている。ライス国務長官はこの現実を認めねばならない。
もっとも、農水行政の責任者である島村農水大臣は「全頭検査は世界の非常識」などと公言して批判を浴びた。民主党からは辞任に価するなどと迫られて、発言を撤回した。また与党の責任者である武部幹事長は4日の記者会見で、「常識を逸脱した消費者の対応も改めていかなければならない。」とのべた。これは、今日のようなBSE問題、牛肉不安を発生させてきた行政側の責任を考えれば、決して言えないはずのことである。いずれにしてもこのような日本の指導的な立場にある政治家のありかたがアメリカ側の圧力を増幅するための役割をはたしている事も事実であろう。
アメリカは民主主義の基盤の上に成り立っている国家であることを誰よりも自負しているはずである。ライス国務長官はその国の行政の責任者である。世論と民意の重さを熟知しておられる当事者である。全頭検査体制は日本では国民的な支持を得た食の安全、安心を守る仕組みとして認知されていることを忘れてはならない。
5 アメリカこそ信頼される安全確保の体制を構築せよ
アメリカのBSEの検査体制には相当に問題がある。このことは当事者のアメリカの一部の検査官や業界の労組の関係者も証言している。BSE関連の研究でノーベル賞に輝いたプルシナー教授の共同研究者もそう述べている。アメリカ政府は我が国の全頭検査を批判する割には、自国の検査体制の欠陥については寛容である。我が国ではBSEの検査が100%の牛について行なわれているのにアメリカではわずかに0,1%以下である。
食品安全委員会のプリオン専門調査会委員の山内一也東大名誉教授は次のようにのべている。
「そもそもアメリカは、日本が輸入した10倍以上の頭数の牛を輸入しています。BSEの侵入リスクは日本よりも高い。そのことはEUも認めていて、BSEの汚染程度を日本と同じレベルに分類していますし、アメリカが招いた国際調査団も北米大陸全体の汚染実態はわからない。しっかりしたサーベイランスをやるべきだと勧告しています。」(農民誌、04年12月6日)
我が国と同程度の異常プリオン汚染が疑われているのに、我が国の約30倍もの飼育牛がいるアメリカでのBSE牛の発生件数は異常に少ない。これまで300万頭についての全頭検査を行なって15頭のBSE牛を見つけた我が国に対して、アメリカでは飼育牛3000万頭のうちの、わずかに2万頭の検査が行なわれたなかで、たった1頭のBSE牛しかみつけていない。この数字の意味するところは重大である。問題は所詮、アメリカの検査体制の不完全さにあるのではないか、大多数の日本の消費者はそう考えるようになっている。
アメリカは牛の輸出のためではなく、アメリカ国民の健康保持のために、異常プリオン対策をもっと強化するべきではないのか、牛肉を輸出したいばかりに、日本の検査体制を非科学的だなどという前に、そう考えるのが国益にかなう科学的な考え方ではないのだろうか。
今後、輸入牛肉問題での諮問が行なわれた段階で、食品安全委員会ではアメリカの検査体制に関する論議がしっかりと行なわれることになるであろう。リスク評価をするうえで、もしもアメリカで全頭検査体制を実施した場合にはBSEの発見確率が増大するか否か、についての論議を省略することは許されない。
ライス長官には、他国のBSE対策の方式を批判する前に、真摯に自国の方式の欠陥を認めて、これを改善するために全力を傾注されるように希望する。
6 牛肉輸入再開問題は貿易摩擦などに発展させてはならない課題である。
貿易摩擦問題は輸出入の当事者国間で、経済的な利害が絡んだ政治的な課題として登場してくる。輸入障壁として安全性問題が関連してくる場合には、WTO協定関連のSPS協定で取扱うことが定められている。政治的な圧力によって、問題が処理されることは避けるべきである。安全性関連の課題では当事者国間で科学的な討議が行われて冷静に結論を導くことが求められている。
今回のアメリカ産牛肉の輸入再開問題では、我が国に関する限り、国産牛肉業界や畜産市場の保護などといった経済的な側面は存在しない。官僚のサボタージュがあるわけでもない。日本の法制度に従った問題処理のありかたに時間がかかりすぎることが問題になっている。ただそれだけのことである。関係者は待たねばならないのである。
国民、消費者が納得できるような結論を得るためには、食品安全委員会の審議は後ろ指ひとつ指されるようなものであってはならない。リスク評価の論理が透徹したものでなければならない。専門調査会の一部の委員たちが主張するような、全頭検査をしなくても、日本人のvCJD発症者数は1人以下であって、リスクは非常に小さい、などというような評価を前提にするのであれば、20ヶ月齢以下であろうと、30ヶ月齢以下であろうと、たとえどんな方式を実施しようとリスクの変化は些少である、などという結論が出てしまうだろう。十分に時間をかけて、国内外の批判に耐えられるようなすぐれた結論が得られるように求めたい。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題は、貿易摩擦などに発展させてはならない性格を持った課題である。決して解決の方法を誤ってはならない。とくにライス国務長官には、日米の友好と信頼を確保するために、慎重な姿勢をくずされないように希望してやまない。(完)
(3月15日)BSE問題・緊急に食品安全委員会の審議を求める
―牛肉輸入の再開のための前提を確実に作るために―
藤原邦達
昨今の牛肉輸入再開問題をめぐる日米間の軋轢はただ事ではない。アメリカ側の日本の法制度に対する理解の不足に加えて、日本側の国内的な対処の遅れが事態をいよいよ悪化させている。そして最終的に現在進行中の我が国の食品安全委員会の審議のありかたに注目が集まり、答申の内容如何に関心が持たれるようになっている。まさしく食品安全委員会にとって今こそが設置されて以来の正念場であるといえるだろう。
日米の政府間ではすでに昨年10月に、20ヶ月齢以下の牛の無検査での牛肉輸入の線で合意が成立している。アメリカ側が4ヶ月後の現時点でさえも輸入再開の目途が立たないことにいらだっているのは当然である。問題は我が国の政府が約1年間も日米交渉の妥結直前まで食品安全委員会の意見をきく手続きを怠っていたことにある。我が国では今時になってようやく全頭検査の見直しに関する国内対策の審議が行われている。いかにも対応が遅い。
牛肉の輸入再開にこぎつけるまでに必要な要審議事項を早急に確定しなければならない。政府はすくなくとも以下に示す事項についての諮問を迅速、的確に行い、これを受けて食品安全委員会は早急に審議に取りくむべきである。
1 国内対策関連
(1) 全頭検査体制を修正することについて
1)修正の必要性と有用性に関する見解の提示
これまで、我が国の全頭検査体制を修正する必要性があるのか、修正すれば修正前よりもより有用、有効だといえるのか、ということについての基本的な議論が行われていないのは不可解なことである。この際徹底した討論が行なわれて納得できるような「修正を必要とする論理」が示されることを期待する。
リスク評価とはやたらにリスク計算をすることではない。評価を必要とすることの理由や論理の整合性が明確でなければならない。現行制度を修正せねばならない根拠が薄弱である、などということは許されない。国民、消費者の期待に反するような動機でありながら、評価作業を実施して、その結果、リスクが小さい、低い、だから全頭検査を修正することに合意する、などというのは専門家,研究者の組織である食品安全委員会や専門調査会のするべきことではない。
2)修正する場合の無検査月齢の閾値の決定
最初から20ヶ月齢という数値にこだわる必要はない。純粋に科学的な解析を通して、もしも無検査可能月齢というものがあるとすれば、自信を持ってその線引きを行なうべきである。そのためには、予め現行検査法に代わる新しい検査法(たとえばプルシナー教授のCDI法などの導入)についての検討を行なって、その検査法での検出可能月齢(たとえば10ヶ月齢)を明らかにするべきである。
もちろん、そのような討論の過程で、現行制度の継続が必要性、有用性を最も高度に充足するものであり、今更、全頭検査体制を修正する必要はない、とするような結論が得られる可能性もある。
(2) 修正した場合のリスクの評価について
(1)項での作業が完了して、現行の全頭検査方式を無検査月齢を指定した新しい方式に変更した場合の、両方式に関するリスク水準の比較を行なう。
食品安全委員会は研究者、有識者の組織である。政治的、経済的な雑音や圧力とは無関係に、粛々と論議を行い、その成果が国内外で高く評価されるようなものとなることが期待される。前回(3月12日)の私のHP所載の論文で示したように,BSE、vCJDの発症数や死亡者数に集約したリスク評価に限定せず、ひろく異常プリオンの蔓延、汚染に関わるリスクを防止するための最善の方策を見出すことに全力を投入するべきである。
2 輸入対策関連
(1) アメリカ側の最終報告書(05年1月19日、米国農務省提出)の食品安全委員会としての検証
A40というアメリカの発育度判別の基準が20ヶ月齢以下の牛を選別するために利用可能である、とするアメリカ側の報告書の結論を農水省の検討委員会では条件付で認めているが、食品安全委員会として改めてこの報告書に関する評価を行なう必要がある。
そのためには我が国の月齢が正確に認知できる牛を用いた、発育度と月齢の相関関係を明らかにする研究を実施してアメリカ側の報告書の内容と対比することが望ましい。
(2) アメリカ全国の規模でA40基準を用いて実際に格付け判定を行った場合に、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が輸入枝肉に混入してくる確率の計算
アメリカの全国規模での格付け検査官160人による日常業務では2700万頭の牛を取り扱うことになる。この場合に、判定ミスが起こる確率xはアメリカ側の最終報告書にある実験研究での、0,26%以下〜1,92%以下よりも大きくなることは明らかである。輸入に当たって実際に問題になるのはこのxの大きさであることを忘れてはならない。この点に関しては、現地のさまざまな実情が関係してくるであろうから、まずアメリカ側の見解を求めねばならない。その上で我が国の専門家がアメリカ、カナダの現地調査を行って、実情を確認することが必要である。
(3) 輸入時点での、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入してくる最終的な確率の計算
A40以下と判定された牛の枝肉がアメリカ西岸の輸出港に集荷された時点で、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入する確率を算出せねばならない。この場合には、(2)項のxだけでなく、事務処理過程でのミスyと集荷作業過程でのミスzが加算される。(HP、3月以降の所論を参照のこと)
実際の貿易に当たっては,X,Y,Zのような非意図的なミスによる混入以外に、場合によっては意図的、作為的な混入も起こりうるのであって、監視、調査などの仕組みによる公的な保証が必要になってくる。 アメリカ農務省の発育度と月齢の関係に関する報告書にある実験研究での混入確率だけで問題を処理するようなことがあってはならない。実際の輸出入が相当に複雑な要因によって支配されるようになることを覚悟していなければならないだろう。
(4) BSE牛、異常プリオン汚染牛由来の牛肉が輸入されてくる確率の計算
一定の条件下に、輸入が行われる場合に、我が国にBSE牛あるいは異常プリオン汚染牛由来の牛肉が混入してくる確率を予測していなければならない。しかし、この場合にはアメリカの現行の検査体制で正確なBSE牛、異常プリオン汚染牛の発生率の予測が可能なのか、という難問に遭遇するであろう。我が国固有のBSE牛の発生予測数に輸入によって加算されるBSE牛の総数がどの程度の大きさになるかを示すことが可能であるとしても、異常プリオン汚染牛に関する予測については現状では不可能であると言うべきではなかろうか。
(5) 輸入の場合の留意すべき付帯条件の設定
輸入が再開される場合には、我が国として付帯条件を厳格に設定してアメリカ側の了解を得るべきである。農水省の検討会は、@評価決定ポイントの明確化、A検査官への周知徹底、B評価結果の記録と保存が必要であるとしており、そのほか、C追加的検証、D実施後のフォローアップの必要性を認めている。実際の輸入に当たっては、我が国としてアメリカ政府に要求するべき保証措置はさらに明確にされねばならない。
3 今後に緊急に必要とされる取り組み
輸入再開の可否について検討する場合には、以下の取組みを緊急に必要とする。
(1) アメリカ側の報告書の第三者による実験的な検証の実施
アメリカ側が提出した報告書での発育度と月齢判定に関する実験と同様な趣旨での実験を我が国の月齢が確実にわかっている牛の場合について実施して,20ヶ月齢以上の牛が混入してくる確率を算出し、アメリカ側の報告書の数値と比較する。
(2) アメリカ、カナダでのBSE、異常プリオン対策についての現地調査
BSE問題だけでなく異常プリオン汚染問題にまで範囲をひろげて、現地でのあらゆる施策の実態を調査せねばならない。輸入再開を決定する場合には、事前に、いっそう具体的な調査が必要となることはいうまでもない。
アメリカの研究者や行政関係者、業界団体関係者のなかには、アメリカ政府の方針に批判的な見解を示す者があるので、彼等の意見についても無関心であることはできないだろう。
(3) リスクコミュニケーションの実行
牛肉の輸入再開についての世論の動向には厳しい関心を持つべきである。食品安全委員会としてはリスク評価の過程で広く国内の専門家、消費者との、いわゆるリスクコミュニケーションを徹底して行うことが求められる。食品安全行政側としても、牛肉の輸入再開についての国民的なコンセンサスを形成するための努力を怠ることは許されない。
以上に示したように、国内的な法制度を整備した上でなければ輸入再開問題には対処することができないのであるから、食品安全委員会の審議には相当な時間を必要とすることを覚悟していなければならない。やたらに輸入を急いでも、アメリカ産牛肉が日本の消費者に歓迎されないのでは仕方がない。リスク評価は安全性の確保のために行われるのであるが、消費者は安全だけでなく安心できる条件や環境を求めている。
昨年10月23,24日に行われた朝日新聞の世論調査では、米国産牛肉の輸入再開に反対する人々の割合は63%(賛成26%)に達しており、輸入が再開された場合でも、食べたくない人々の割合は63%(食べたい26%)ということになっている。また3月15日に報道されたNHKの最新の世論調査によれば、政治的な圧力によって米国産牛肉の輸入を再開することに反対する人々の割合と食品安全委員会の安全性の評価の後で輸入再開の是非を決めるべきであるとする人々の割合はいずれも80%を超えている。
終りに当たって、食品安全基本法では、国、地方自治体、事業者の責務と並んで消費者の役割をつぎのように示していることに留意しておきたい。
「消費者は食品の安全性の確保に関する知識と理解を深めるとともに、食品の安全性の確保に関する施策について意見を表明するように努めることによって、食品の安全性の確保に積極的な役割を果たすものとすること。」
ブッシュ大統領がどういおうと、農水大臣や与党の幹事長が何をいおうと、米国産牛肉の輸入再開問題では、消費者こそが最後に「積極的な役割を果たすもの」でなければならないだろう。(完)
(3月12日)BSE問題・食品安全委員会と専門調査会の審議に注文する
―科学的な討論をするためにー
藤原邦達
食品安全委員会は、昨3月11日、専門調査会の会合を開いた。その論議の目的は「全頭検査の対象となっている牛から生後20ヶ月齢以下の牛を除外した場合の健康への影響を評価する」ということであった。しかし、昨日は最終的に、「20ヶ月齢以下の牛を検査から除外してもリスクの増加は極めて少ないことが示唆されたが結論には至らなかった。」と報じられている。(朝日新聞、3月12日)
1 何故「20ヶ月齢」をめぐって論議をせねばならないのか
科学的な討論では、事実の積み重ねの上に論理を展開せねばならない。任意に持ち出された数字を安易に使ったり、仮定の上で引用された事例を無造作に事実として認めてはならない。
日米交渉で焦点となっている「20ヶ月齢」という数字は、昨今の食品安全委員会でも論議の焦点となっているが、一体何故この数字がクローズアップされねばならないのだろうか。
国際的には、一般に30ヶ月齢以下の検査が行なわれていない中で、我が国の全頭検査では、検出された15頭のBSE牛のうちの2頭が21,23ヶ月齢であった。これだけが真実のすべてであって、だから、「20ヶ月齢以下の牛では検出不可能である」、まして、「20ヶ月齢以下の牛では検査が不要である」などと決めつけるのは大きな誤りである。今後とも全頭検査を続ければ、17ヶ月齢のBSE牛が発見されないとも限らない。今日当たり前のように言われている「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということも明らかに論理の飛躍である。「不可能」とか、「不要」だとか、「困難」などとという断定には科学的な根拠が全くない、それは単なる憶測にすぎない。
食品安全委員会の専門部会では、「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということが、何故か固定観念のようになっていて、審議の核心は「その20ヶ月齢以下の牛を検査対象から除外してもよいか」ということになっている。何故、20ヶ月齢以下を閾値として選んだのかという説明がない。「除外してもよいのか」ということを論議せねばならない理由も明らかにされていない。そしていわゆるリスク評価というような取って置きの手法が適用されて、結果的に「20ヶ月齢以下を除外してもリスクは小さい」という結論となり、したがって「全頭検査から20ヶ月齢以下の牛を除外してもよい」という結論が出ることになろうとしている。 以上のような経過の中で、このままでは、恐らく「食品安全委員会は科学的なリスク評価を行った結果、全頭検査の対象から20ヶ月齢以下の牛を除外しても健康に与える影響は小さいと判断する」と報告されることになりそうである。
何故「20ヶ月齢」なのか、それは、はっきり言って関係者がアメリカ産牛肉の輸入再開を意識しているからではないか。それは、意図的に持ち出された数字ではないのか。「除外してもよい」のではなくて、はじめから「除外する」ための月齢の数字として登場しているのではないだろうか。
リスク評価を正確に行うのであれば、専門調査会の全力をあげて、現行検査法の検出限界となる月齢xを可能な限り正確に見出した上で、そのx月齢以下の牛を検査対象から除外した場合のリスク評価を実施する、ということでなければならなかったはずである。
2 検査法に関する固定観念にとらわれてはならない
全頭検査から20ヶ月齢以下の牛を除外するか、どうかという場合の検査法は現行の国が定めた定性検査法である。しかしこの検査法はこの3年来使われていて、正直にいってもう相当に古い。その後に改良された検査法がいくつか発表されている。今回の大がかりなリスク評価の場合でも、「現行検査法によれば」、という大前提がついていることを忘れてはならない。
昨年7月に公表された専門調査会の報告書(たたき台)には、検査の展望として次のように書かれた部分がある。
「米国のS.B.Prusinerらのグループが開発したBSE検査法Conformation-DependentImmunoassay(CDI)は検出感度に優れ、生前検査への応用が期待されている。今後迅速検査法については、その検出感度が急速に改良される可能性がある。検出限界の値が小さいものとなれば、感染初期の若齢牛の摘発が可能となると考えられる。牛生体から採取した組織、血液等を用いた検査が可能となれば、と畜前に感染の有無を明らかにすることも期待できる。そうなればBSE感染牛をと畜場に持ち込むことなく、摘発、排除でき、SRMによる交差汚染による心配もなくなり、欧州委員会科学運営委員会の報告にのべられている、消費者をvCJD感染リスクから守るために人の食物連鎖に感染動物をいりこませないとする目標にさらに近づくことになるであろう。」
他方で、我が国の民主党のアメリカBSE調査団の報告書では、ノーベル賞受容者でありBSE研究の第一人者でもあるプルシナー教授門下のJiri Safer助教授の談話として次のように書かれている。
「検査の感度が上れば、若い牛でも異常プリオンが検出されることになる。現在開発されたCDI法を用いれば、現在の方法よりも感度が高い。また脳だけではなく、筋肉からも検出可能である。CDI法のコストは1頭あたり12〜14ドルであり、時間的にも5時間程度でできる。また、人間のクロイツフェルト・ヤコブ病にも利用可能であり、遺伝的なものなのか後発的なものなのかも区別できる。」
なお彼はこの会見のなかで、「全頭検査をやめて20ヶ月齢以上に切り替えようとする動きには科学的根拠がない。」、「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集として全頭検査は有用である。」とつけ加えている。
つまり、国策としてのBSE対策を考える場合には、進歩した検査法を取り入れるべきであり、今の段階で、現行の検査法の使用を前提として、その上で、20ヶ月齢以下が検出困難だとか、ご丁寧にも20ヶ月齢以下の牛を検査しない場合のリスク計算まで行って、だから全頭検査を行なわなくてもよい、などというのは全く無意味である。むしろCDI法のような進歩した検査法の適用を期待しながら、全頭検査をしばらく継続するほうがはるかに科学的であり、国策としても優れているはずなのである。
専門調査会が今急いで全頭検査を修正しようとしているのは、やはり輸入再開を意識した「閾値20ヶ月齢設定」のためではないのか。
たとえば、近い将来に、10ヶ月齢までのBSE牛の摘発が可能だ、とするような検査法が出現した場合には、ただちに「20ヶ月齢以下の牛の検査はしない」というような対策はくずれてしまうではないか。ごたいそうなリスク評価の結果なるものも無意味になってしまうのではないか。
専門調査会に国民が期待しているのは、検査法開発の現状を我が国最高の研究者の会合で十分に検討したうえで、早急に現行法に変えてその最新の検査法を採用し、その場合の検出可能月齢xを推定することである。たとえ全頭検査体制を継続しないとしても、20ヶ月齢ではなくて、これよりも低いx月齢を閾値をして取り扱うことである。もっと論理的に言うならば,CDI法に限定せず、「よりすぐれた検査法を導入するという条件のもとで、限りなく現行の全頭検査を継続する」ことを提言することである。
3 リスク評価の論理が重要である
リスク評価のための計算をすることが科学的なのではない。いかなる目的で、どのような論理でリスク評価をするのかが科学的に問われているのである。
BSEやvCJDの発生リスクを計算して一定の数字を算出することが無意味であるとは言わない。しかし、これらの疾患の原因物質、病原体とされている異常プリオンには今日の科学的常識に即して最大レベルの未知、不確定部分が存在しているというのが科学的な真実である。牛や人が死亡するというだけの現象を問題にするのではなく、異常プリオンの牛や人の生体自体への有害性、毒性、影響を大きく問題にせねばならない。vCJDで死亡する人の確率が1人以下であるからリスクは少ない、だから全頭検査を止めても差し支えがない、などという専門家が行ったリスク評価の結果を異常プリオン対策の根拠にすることは許されない。
リスク評価論者の中には、対策費用論まで持ち出して、BSE対策よりもエイズ対策や禁煙対策の方が重要である、消費者の輸入牛肉に対する不安感はナンセンスだ、などといいかねない人さえある。
リスク評価の重要性を否定するものではない。しかし異常プリオンは食品添加物や脳欲のような根拠資料の揃った定型的な課題ではない。そのような常識的な前提を抜きにしたリスク評価なるものは輸入再開のための政治的、経済的な勢力に利用される恐れがあるのである。
リスク評価の結果であるから科学的な結論として受け入れる、という前に、どのような目的で、どのような条件でそのリスク評価が行われたかを問題にせねばならない。単にリスクの大小だけを見て行動するのは最も愚かで危険なことである。
4 BSE対策から異常プリオン対策にシフトせよ
食品安全委員会及びその専門調査会はBSE、vCJD対策のために機能している。評価、予測は牛、人での発症数、死亡数について行われる。たとえば我が国での予想vCJD患者の発生数は0,1〜0,9人であると評価され、したがってリスクは小さいとされる。しかしこれらの疾患の病原体である異常プリオンが牛や人の健康に対してどのような影響を及ぼすかが全く評価されていない。それが、いかなる合併症の原因となるか、死亡しないまでもいかなる健康被害を生じるのかは全くわかっていないからである。
このような場合には、どのような対策を講じることが最も正しいのか、それは異常プリオン自体の、主として牛、人での食物連鎖系での汚染、蔓延を防止することに全力をつくすことである。予防衛生学的な観点に立ったあらゆる対策を講じることである。
たとえば、以下のような多数の対策を総合的に実施することである。
@ 牛の履歴管理、月齢確認を確実に行う。
A 最も進歩したSRMの除去法を適用する。
B 最も進歩した検査法を随時導入したうえで、全頭検査を実施する。
C 病牛、死牛の管理を徹底する。
D 飼育、飼料の管理を徹底する。
E 公的な監視と調査を正確に行う。
F 献血、輸血対策を厳格に行なう。
G 汚染源、汚染ルートを追及して、異常プリオンを根絶することを目指す。
予防原則の立場を重視せねばならない。全頭検査を止める、あるいは20ヶ月齢以下の牛では検査を止める、というような後ろ向きの施策は採用するべきではない。
費用、効果の関係について、あえていうならば、以上の対策を実施するために必要とする費用は、その対策によってかちえられる社会的、経済的な効果、たとえば生産、輸出入、流通、市場価格の安定と対比して極めて些少であることは明らかである。
私たちは、この際、消費者の安全、安心を確保するために、既存のBSE、vCJD対策を異常プリオン対策にシフトさせる時が来た事を自覚しようではないか。(完)
(3月10日)BSE問題・来日するライス米国務長官に理解を求める
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題をめぐって―
藤原邦達
就任以来、初めてライス米国務長官が来日して、小泉首相らと会談することになった。アメリカ側から持ち出される予定の主要テーマの中にBSE関連のアメリカ産牛肉の輸入解禁問題があることに注目したい。
昨年10月に日米政府間の交渉で輸入再開についての合意が行われたが、その後の度重なるアメリカ側からの督促にも関わらず、日本政府は輸入再開の時期すら示してこなかった。(正しく言えば示すことができなかった。)したがって、アメリカ議会筋、政府側にはいらだちがつのっており、報復措置まで要求する議員たちの動きもが出てきた。事態がここに到っては、国務省としてももはや静観しているわけにはいかなくなっている。今回、ライス長官がこの問題を持ち出すのも至極当然のことだと言うべきであろう。
1 はじめに日本政府は陳謝せねばならない
我が国には食品安全基本法の定めがあり、政府が食の安全に関わる決定を行う場合には、食品安全委員会の意見をきかねばならないことになっている。今回のBSE問題に関わるアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関しても、政府は外交交渉に当たって、事前に食品安全委員会に輸入牛肉の安全性に関して諮問を行ない、然るべき審議を経て得られた一定の答申に即して交渉を行い、そのうえでアメリカ側との合意を行うべきであった。しかるに日本政府は実際にはそのような、法に規定された手続きをとらなかった。しかも「20ヶ月齢以下の、BSEの検査を行なわない牛の牛肉を輸入する」という非常に具体的な条件を定めてアメリカ側と合意した。そして、交渉妥結の直前になって、食品安全委員会に対して、国内対策としての、「20ヶ月齢以下の牛では検査を行なわない。」という案件についての諮問を行なったのである。
食品安全委員会の下部組織には専門調査会があり、現在、諮問事項に関わる研究者による審議が行われている。今回の場合でも、事が従来の全頭検査体制の変更という国民の関心が深い問題に関わるだけに白熱した議論が行なわれている。今後は専門調査会の報告を受けて食品安全委員会の場での論議が予定されており、ここで出される最終的な答申に即してはじめて農水省、厚生労働省、外務省は全頭検査体制の修正についての施策を決定することができる。
以上のような我が国固有の食の安全確保に関する仕組みについての理解が十分でないアメリカ側が交渉妥結後の日本政府の態度を非難するのは当然であり、本来は日本政府が既往の交渉での対応のあり方についての失態を陳謝するのが筋であると言うべきである。
政府は日米交渉の冒頭でアメリカ側に対してわが国の法制度の実情を説明して了解を求めねばならなかった。そのような説明責任をはたしてこなかったことを改めて陳謝して理解を求めるべきであろう。
2 法治国家の立場を放棄するわけには行かない
日本はアメリカ同様にれっきとした法治国家である。国産牛肉と輸入牛肉に関してダブルスタンダードを認めることはできない。
本来わが国は国産、輸入に関わらず、現行の全頭検査体制のもとで、国民に牛肉を供給することになっている。この制度に対する国民の支持も強固であり続けてきた。昨年の1月以降、日本側はアメリカ産牛肉の輸入の場合でも、我が国同様の検査の実施を要求してきたが、アメリカ側は日本の全頭検査体制は非科学的であると反論して受け入れを拒否した。そして食品安全委員会の委員長が全く関知しない中で、日米政府間での交渉が行なわれて、最終的に「20ヶ月齢以下の牛では無検査」という線での合意が行なわれたのである。
政府が現在、食品安全委員会に諮問を行なっている全頭検査の見直しのための審議では、国産牛肉でも輸入牛肉同様の20ヶ月齢以下の牛での無検査の線引きをすることの可否が問題にされているといわれているが、これも所詮は、わが国が法治国家としてダブルスタンダードを認めないための窮余の策であるというべきであろう。
行政的な施策を推進するためには法に従った手続きが必要であり、そのための時間が必要である。輸出国であるアメリカ側は輸入国である我が国固有の法的、政治的な仕組みを認めねばならない。
3月2日、アメリカ、モンタナ州連邦地裁は7日に米国政府が予定していたカナダ産牛の輸入再開を差し止める仮処分の決定をおこなったといわれる。アメリカ政府は当然のこととしてカナダからの輸入の禁止を認めることになるであろう。法治国家では、法の定めは尊重されねばならない。
3 アメリカ側は科学性を尊重するべきである
アメリカ政府が1月19日に日本政府に対して提出した最終報告書は「米国で飼育される肉用牛の暦年齢と生理学的月齢との関係を明確にする」ためであるとされているが、これを審査した我が国の農水省の専門家による「牛の月齢判定に関する検討会」の報告書では、最終的な結論としてつぎのように要約している。
04年11月の4週間に、9つの食肉処理施設で、生産農場と出生記録を確認できる肥育牛4,493頭について、11人の格付け検査官が成熟度の判定を行った。その結果、つぎのことが明らかになった。(註:以下のA40,A50などはアメリカでの牛の発育度の格付け基準である。ちなみにA40は14ヶ月齢相当とされている。)
(1) 21ヶ月齢の牛(237頭)の枝肉は、すべてA50以上と判定され,A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
(2) 18ヶ月齢〜21ヶ月齢の牛(1,748頭)の枝肉は、すべてA50以上と評価され、A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
(3) これらの結果のノンパラメトリックな統計学的分析によれば、「21ヶ月齢以上の牛が、A40以下に評価される可能性は、96%の信頼度で、0,26%以下(より厳しくみた場合1,92%以下)であると評価される。
(4) 20ヶ月齢以下の牛から生産されたことを保証するためには、A40が適当な基準として機能すると考えられる。
2月8日に行われた農水省の検討会では、以上のアメリカ側の報告書に関する総合的な評価を行なっているがこれを要約するとつぎのとおりである。
(1) A40は枝肉の成熟度を客観的に判別する基準として、適当である。
(2) アメリカ側の統計学的な結論は評価できる。
(3) A40を21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準として採用しうるかどうかの判断に当たっては、米国産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮しなければならない。したがって、そのリスク評価の結果が許容し得るものであれば、21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてA40を採用することは可能と考えられる。
(4) 以上の評価をふまえ、A40を採用する場合には,
ア A40評価ポイントの明確化、検査官への周知徹底、評価結果の記録とその保存が必要である。
イ 追加的検証又は実施後のフォローアップが必要である。
アメリカ側の報告書の内容が我が国の農水省が選任した専門家の検討会で認められたことは確かである。しかしアメリカ側の調査研究の結果が容認されたから、ただちに実際に牛肉の輸入再開が可能になるとは限らないと言うことをアメリカ側としては認めねばならない。それは以上の総合的な評価の結論のなかに、いくつかの留保条件がついていることからも明らかである。
私は既往の論文(HPの3月1日、4日など)のなかで、今回のアメリカ側の研究は約5000頭の牛、約10人の検査官の規模で実施されているが、実際には、アメリカ全土で2700万頭の検査を約160人の検査官で行わねばならない。したがって、これに伴う、判定取扱いミスx、事務処理ミスy、分別集荷ミスzの総和であるx+y+zの大きさをどのように評価するかが最終的、かつ実際的な問題になることを指摘しておいたが、この点についてのアメリカ側からの納得できる回答も待たれるところである。
昨今の報道では、日本側が追加検証のためにさらに要求したデータの提出をアメリカ側が拒否して、「すでに十分なデータを提出した。」と反撥しているという。(3月8日朝日新聞)
アメリカ側はデータの提出を拒否するなどということが輸入の再開を困難にするだけであることを知るべきである。国民、消費者の信頼を失った中での輸入再開がよい結果を得ることができるとは考えられない。
昨年の9月、日米首脳会談の席上、ブッシュ大統領は牛肉の輸入再開について「官僚や学者に任せられるものではない。科学的な問題も大事だが、政治的な決断も必要だ」と小泉首相に迫ったといわれる。そのような姿勢では日本の消費者の失望を招くだけである。今回来日するライス国務長官が輸入再開問題の解決に当たって、科学的で論理的な、良識ある対応を重視されるように要請するものである。
4 日本固有のBSE対策は国民、消費者から支持されている
30ヶ月以下の牛ではBSE検査をしないという国が多い中で、我が国では全頭検査方式が堅持されてきた。当初はそれでは厳しすぎるといわれたが、その後,23ヶ月、21ヶ月齢のBSE牛が発見されたこともあって、全頭検査の継続が必要であるとする意見が圧倒的に支持されて来た。特定危険部位(SRM)の除去さえ徹底して行えば、30ヶ月齢以下無検査でも問題はない、あるいは、わが国ではいわゆるvCJD患者の発生リスクは1人以下であるとする見解もあるが、これらの推論ではリスク評価の過程でさまざまな仮定が置かれていることに留意せねばならない。そもそも,BSE、vCJDの病原体である異常プリオンには未知、未確認の問題点が多すぎる、したがって、このような場合には、予防原則に従って、よりベターな対策を実施することが最も適切であるとする考え方が国民的なコンセンサスとして維持されてきたのである。
すなわち、我が国では、以下のような、考えられるあらゆる施策を実施して、総合的に予防効果を実現することを目指そうとしてきたといえるだろう。
@ 牛の履歴管理、月齢確認を確実に行う。
A SRMの除去を完全に実施する。
B 全頭検査を実施する。
C 病牛、死牛の管理を徹底する。
D 飼料の管理を徹底する。
E 監視と調査を正確に行う。
F 献血、輸血対策を厳格に行なう。
G 異常プリオンの汚染源、汚染ルートを追及する。
我が国では、かって90年代までのBSE対策において大きな誤りを犯したことへの反省から、04年には食品安全基本法が制定され、食品