食品衛生の広場
(5月7日)パブリックコメント・意見書制度は完全に無視された
―政府、食品安全委員会には猛省を促す―
藤原邦達
5月6日の夜のNHKのニュースで、同日、食品安全委員会が開催されて、専門調査会の報告を了承し、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査をやめるという内容の答申が行なわれたことを知らされた。
ここでは、国民、消費者からの、1250通にものぼった専門調査会の報告書に対するパブリックコメント・意見書を、食品安全委員会がどのように取り扱ったか、について検討を加えることにする。
1 全頭検査の緩和に関するパブリックコメント・意見書募集の経緯
食品安全委員会では、今回の答申に先立って、専門調査会の、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を止めても問題がない、という内容の報告書案に対する国民、消費者からの意見を募集した。期間を3月28日から4月27日ときめた。締め切り時点での報道では、1250通の意見書が集まり、そのうち70%が全頭検査の緩和に反対する内容であったという。
5月3日時点での新聞記事には、早々と、つぎのように記されていた。
「食品安全委員会は同委員会の専門調査会が3月末にまとめた全頭検査緩和を容認した評価案に対して一般から求めていた意見も参考に、6日にも答申を出す」、「しかし、評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため、6日の同委員会で評価案の内容に沿った答申が出される見込みだ。」(いずれも朝日新聞)
私には胸騒ぎがした。その直後に、このHPに、「(5月3日)BSE問題・パブリックコメント・意見書制度は単なる通過儀礼なのか」という論説を掲載した。そこでは、食品安全委員会が集められた国民からの意見書をどのように取り扱うかに注目したい、と書いた。
そして本日、5月6日に、ついに結果が出た。悪い予感が的中した。パブリックコメント・意見書制度は完全に無視されたことが明らかになった。
この時点で入手できる情報は限られている。したがって、ここでは私見を大胆にのべることにする。
(1) 1ヶ月の募集期間に集まった意見書の数はおそらく前代未聞のものであったに違いない。この問題に対する国民の関心の高さを示している。しかも、その7割が全頭検査の緩和に反対するものであった、ということを重視したい。パブリックコメント・意見書の制度は賛否の割合を問うようなものではないが、1000通以上も意見が集まれば、国民の期待の内容や程度を正確に知る事が出来る。食品安全委員会は全頭検査の緩和に反対する、というこのような世論の大勢を軽視することは許されない。
(2) ひとつの意見書が平均して400字詰の原稿用紙約10枚に記されていたと仮定しよう。私のようにその数倍もの枚数を使った意見書も数多くあったに違いない。ともあれ、食品安全委員会の事務局は1250通もの意見書の全体では約12、000枚ものボリュームの、パブリックコメント・意見書総覧の綴りを作製することになったであろう。
(3) 事務局では早速、意見書内容の分類と整理に取り掛かっただろう。つぎに、意見書内容から論点をまとめる作業に取り組んだであろうか、とくに専門委員会の報告書の内容に対して疑問を呈する意見、反対する意見を抽出、要約したであろうか。さらに主な意見書提出者の職業、経歴、専門などに関する調査を行なったであろうか。たとえば、報道によれば、今回の意見書提出者の中には、アメリカの農務省があり、20ヶ月齢以下の専門調査会案に反対して、30ヶ月齢以下の牛の検査を廃止することを主張した、とされているが、このような無視できない意見書提出者の存在にも注意を払ったであろうか。
あえて私見を述べれば、残念ながら、以上の作業は満足に行なわれていなかったものと判断する。なぜなら5月3日のHPに示したとおり、4月27日の提出締め切り日以降、6日の食品安全委員会の開催日までは折悪しくゴールデンウイークで休祝日が続いていて、事務作業が十分に出来るはずがなかったからである。つまり、12,000枚の意見書の綴りはほとんど手つかずに5月6日の食品安全委員会の席上に持ち込まれたものと推察する。
(4)「評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため」とされている点については後述するが、科学者ではない事務局の力量では、意見書の中から「科学的な知見」に該当するものだけを選びだすことは至難であったはずである。たとえばアメリカ農務省の前述の意見書は「科学的な知見」とは無縁だったのであろうか。そもそも「科学的な知見」とはいかなる定義に基づくのであろうか。事務方が恣意的に選別した意見書についてだけ審議をする、などということは本来許されることではないだろう。
(5) 食品安全委員会の委員は総計約12,000枚の意見書の内容に目を通したか。私の推察では、目を通していない、目を通せるはずがなかったと思う。食品安全委員会の各委員の席上には、事務方が用意した意見書の分類、要約程度の書類は出てきたに違いない。しかし、意見書の本文は見ていない、見る余裕はなかったはずである。たとえばアメリカ農務省の意見書ひとつでさえも十分に論議する時間はなかったはずである。
6日の会議では、@専門調査会の報告書案自体の検討、確認、A本答申案の内容に関する検討、答申書の作成という大仕事があって、多数の意見書の取扱いのために割ける時間は極めて限られていたはずではなかったか。つまり約12,000枚の意見書の綴りはお飾りのように会議場の片隅に置かれていて、ほとんど委員たちの関心事にはならなかったものと推察される。
結果的に、食品安全委員会は国民からの意見書の7割にも登った反対意見を押し切って、全頭検査の緩和を認める答申を行なったが、そのことによって形成される行政と国民意識との乖離状況が今後にどのような事態に発展するかが危惧される。
2 意見書は本来どのように取り扱われるべきであったのか
6日当日の朝、食品安全委員会の委員たちは、本来は事務的な整理が行なわれた意見書のテーマの一覧に目を通して、整理、分類等の事務作業が妥当なものであったかどうかを確認せねばならなかった。とくに専門調査会の見解に反対する意見の内容に着目して、改めて、これらについて専門委員会の意見を徴したうえで、最終的に食品安全委員会の討議にかける作業を実施せねばならなかった。たとえば前述したアメリカ農務省の意見書で言う「30ヶ月齢以下の牛ではBSE検査を行なわない」、という主張に対して食品安全委員会としての正式な反論を準備することが必要であったはずである。反論不能である、と決まったならば、その時には専門調査会の原案を修正あるいは却下せねばなかったであろう。
実際に、6日の会議冒頭に、送付された意見書の総体を始めて示された委員たちが以上のような作業を実施することはもちろん、予定することも出来なかったことは明白である。誰が決めたのかは知らないが、6日中に本答申を行なう、などというスケジュールでは、意見書に関する以上のような本格的な取り組みをする余裕もなく、取り組むつもりもなかったはすである。
1ヶ月もの期間をかけたパブリックコメント・意見書の募集は私が予感した通り、明らかに行政側が仕組んだ通過儀礼そのものに過ぎなかった。国民、消費者の期待と悲願とでも言うべきものが心を込めて、熱く熱く書き込まれた1250通もの意見書の総体は事実上、食品安全委員会にとって一顧の価値もない、問答無用のものだったといわれても仕方がない。
3 科学的知見についての意見書募集である、と誰がきめたのか
専門調査会の20ヶ月齢以下無検査という報告書案は科学的な評価の結果であると食品安全委員会はいうであろう。だからこそ今回の意見書の大部分が簡単に除外されたのは、それらが非科学的な知見であって、単純に無視してもよいものである、とみなされたからにちがいない。
リスク評価とは、幾つかあるリスク算出方式の中で、適当とされる一つの方式を選んでリスク計算をして、その結果的な数値の大小を比較することではない。この点はこれまで何度も言ってきたように、そのリスク評価がどのような目的で、どのような条件で、いかなる仮定のもとに行なわれたか、ということのほうが問題なのである。計算自体は誰にでも出来る。たとえば全頭検査の場合と20ヶ月齢以下の牛の検査を止めた場合とのリスク評価結果の比較をして、リスクの計算値に大差がないから全頭検査を緩和してもよい、ということの論理自体を問題にせねばならない。その計算の過程で、どのような仮定が行なわれたかが問題であり,その仮定自体の妥当性が十分に検証されていなければならない。仮定のありかた次第でリスクの計算結果が大きく狂ってくるからである。異常プリオンのような未知、未確認部分の多い、まさしく得体の知れない病原体が関与するBSEやvCJDについては、計算自体よりも計算条件のほうがはるかに重要である。恐らく今回の多数の意見書の中には、そのようなリスク評価に関する方法論自体についての、多様な立場の国民、生産者、消費者の見解が示されていたものと思われる。
今回、それらの貴重な問題提起には目もくれずに専門調査会の原案に沿って答申が行なわれたことは極めて遺憾であるといわねばならない。かりに「科学的知見」に関する意見書だけを問題にした、というのであれば、意見書の募集に当たって、科学的知見(その定義をはっきりさせた上で)に限定した意見の募集である旨をはっきりと断るべきであっただろう。 本来はリスク評価の妥当性は安全だけでなく、安心、安定にも関わるものであり、必要性、有用性、あるいは経済性についても広く論議されるべきものであって、今回の食品安全委員会の対応が一方的、短絡的で慎重さを欠くものであったことは否定できないであろう。
4 全頭検査の緩和に反対する消費者の意見は無視できるのか
もしも70%にものぼる全頭検査の緩和に反対する国民の意見を無視して答申が行なわれた理由を聞かれれば、食品安全委員会の各委員はなんと答弁するであろうか。恐らくそれらの意見が科学的な知見とは無縁のものであったから、と言うのだろうか。非科学的で、所詮は感情論に過ぎなかったからとでも言うのであろうか。
しかし、国民の大部分は、全頭検査が、最新の高感度、高精度の検査法の適用によって実施され、特定危険部位の除去、履歴表示の実施と併せた、異常プリオン汚染の総合防除対策の一環として重く位置付けられることこそが最も科学的な政策であると信じているのである。何故このような消費者の意見が非科学的で感情的であるとして排除されねばならないのであろうか。
食品安全委員会は意見書の中に色濃く刻まれた、全頭検査継続を要請する意見を決して無視してはならなかったのである。
5 パブリックコメント・意見書制度を尊重せねばならない
5月3日のHPではパブリックコメント・意見書制度のあるべき姿について書いた。現行のパブリックコメント・意見書制度には問題が多すぎる。今回の事態が証明したように、このままでは有名無実であり、形骸化も甚だしい。それは行政側が仕組んだ、みせかけの通過儀礼として利用されるためにある、とさえいえる。行政側だけではない。食品安全委員会自体でさえも、これらの制度の存在意義を全く理解していないことがよくわかった。
このままでは、今後パブリックコメントへの応募を諦める国民、とくに食品安全委員会を信頼しない消費者たちが現れるようになっても決して不思議ではないだろう。
食品安全基本法の第13条で言う「意見を述べる機会の付与その他の関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るために必要な措置」に忠実でないような食品安全委員会は即刻、解体されるべきであろう。(完)
(附)
今の私は確かにすくなからずエキサイトしているように思う。しかし私はエキサイトするだけの理由があると信じている。期待を裏切られた怒りと悲しみは大きい。冷静でいられる人たちがうらやましい。
以上
(5月5日)BSE問題・食品安全委員会とは何をする組織なのか
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する審議に当たって―
藤原邦達
残念なことに、いよいよ、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査をしない、という内容の食品安全委員会の答申が行なわれる模様である。そしてその線でのアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する政府の諮問が間もなく行なわれようとしている。この際、私たちは何よりも、まずどのような内容での諮問が行なわれるか、食品安全委員会でどのような審議が行われるのか、に注目していなければならない。
1 怪しげな雲行きが見えかくれする
3月18日の報道では、政府は、アメリカ産牛肉の輸入再開条件に関して、食品安全委員会に諮問する事項の中から、肉質で牛の月齢を正確に判定する問題や肉骨粉の混入防止策、危険部位の除去問題などを除外した上で、「特定危険部位が除去された、生後20ヶ月以内の米国産牛肉がBSEに感染している確率」について、食品安全委員会としての専門的な判断を求める予定であるという。審議が難航しそうな問題は「政府間交渉で確認する事項」として諮問から除外する、諮問事項を絞り込んで審議期間の短縮策を検討中である、と報道されている。
また島村農水大臣が食品安全委員会への諮問に当たっては、(肉骨粉混入問題などの)飼料問題を除外する、と発言して物議をかもしている。 さらに問題なのは、諮問を受ける側の食品安全委員会の委員のなかに、「われわれは諮問されたことだけを審議すればよい」という考えかたがあると伝えられていることである。
要するに、政府はアメリカ産牛肉の輸入再開問題に密接に関わる、安全性と直結する全ての重要案件を諮問事項から外そうとしているのだろうか。アメリカ国内での、危険部位の除去も完全、月齢の判定も確実,飼料投与にも問題がない、と一方的に決め付けた上で、食品安全委員会には、BSE感染牛の検出確率だけを計算させようというのであろうか。もしそうだとすれば、結局、輸入OKということになるのは目にみえている。
国民、消費者の最大の関心事をはぐらかすような、怪しい雲行きが見えかくれしている。ここ当面の、米国産牛肉の輸入再開問題はまさしくBSE問題の象徴的な局面であり、食品安全委員会の役割と存在意義を実証するための最大の見せ場であるということが出来るだろう。
2 食品安全基本法は食品安全委員会の任務をどのように定めているか
政府が諮問事項を恣意的に限定したり、食品安全委員会が諮問された事項だけを審議して答申することが正しいかどうかを、食品安全基本法に則して検証せねばならない。
(1)食品安全基本法第21条の規定
内閣総理大臣は食品安全委員会の意見を聴いて、基本的事項の案を作成し、閣議の決定を求めねばならない。
(2)同法第23条の規定
委員会は次に掲げる事務をつかさどる。 一 第21条第二項の規定により、内閣総理大臣に意見を述べること。
二 次項の規定により、又は自ら食品健康影響評価を行うこと。
三 前号の規定により行った食品健康影響評価の結果に基づき、食品の安全の確保のため講ずべき施策について内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。
四 第二号の規定により行った食品健康影響評価の結果に基づき講じられる施策の実施状況を監視し、必要があると認めるときは、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。
五 食品の安全性の確保のため講ずべき施策に関する重要機構を調査審議し、必要があると認めるときは、関係行政機関の長に意見を述べること。
3 諮問は正しく行なわれねばならない
(1) 行政側は恣意的に諮問事項を限定してはならない
アメリカ産牛肉の輸入再開を認めるかどうか、ということはアメリカ産牛肉の安全性如何にかかっている。政府は従って、輸入再開に関する施策を定めるに当たって、輸入されるアメリカ産牛肉の「安全性の評価自体」を食品安全委員会に対して諮問せねばならない。
輸入される牛肉の安全性を確認するためには、輸入に関わるすべてのプロセスの検証、あらゆる条件の点検、最終的な安全性の判定についての確度の評価を必要とすることは明らかであり、伝えられるような、「危険部位の除去」、「月齢の判定」、「飼料の投与」などの重要事項を行政側が諮問から除外する、などということは、輸入牛肉の健康影響評価を行う上で、食品安全基本法の規定に即して到底許されることではない。
(2) 食品安全委員会は諮問事項だけを審議すればよい、のではない
第23条の二項には、「次条の規定により(委員会の意見の聴取)、又は自ら食品健康影響評価を行うこと」とある。国民の健康や安全確保に関わる関心事については、行政からの諮問の有無に関わらず、自主的に検討を行ない、「その結果については内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること。」と定められている。
伝えられるように、もしも「諮問された事項についてだけ、審議をすればよい。」などと発言した委員がいたことが事実だとすれば、彼は即刻罷免されねばならないだろう。 (3) 食品安全委員会は行政側の施策の実施状況を監視せねばならない。
もしも、アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関して、農水省や厚生労働省が、前述したような諮問事項の恣意的な限定を行い、アメリカ産牛肉の安全性自体を諮問せず、その結果として輸入の再開を決定するようなことがあるとすれば、食品安全委員会は独自にその施策の実施状況を監視したうえで、「必要があると認めるときは関係各大臣に勧告」せねばならない。
4 諮問事項に対する食品安全委員会の対応はどうあるべきか
たとえば、行政側がアメリカ産輸入牛肉の安全性に関する健康影響評価について、諮問を行なった場合には、食品安全委員会は評価作業を実施するのに先立って、以下のような判断を迫られることになる。
@ 現状では、評価することは不可能である。その理由は評価に当たって必要とされる知見が極めて不足している。したがってこの状況下に安易に結論を出すことは危険である。
A 評価することは可能であるが、個別事項についての仮定をおいた場合であることを明記した上でのこととする。
リスク評価のための計算を行ったことに価値があるのではなく、どのような目的で、どのような事項について、どのような条件下に、いかなる仮定を設けて、いかなる方法論でリスク評価を行ったかに価値があるのである。およそ私たちがこれまでに出会ってきた多種多様な科学的、生物学的な課題の中で、BSE、vCJD、異常プリオン汚染問題ほど、多数の未知、未確認、未確定部分を含んだテーマは見当らない。そのことを食品安全委員会の委員たちも決して否定はしないであろう。そうであるならば、アメリカ産輸入牛肉の場合でも以上の@、Aのいずれの場合をとるか、について審議の入り口段階で十分議論をつくす必要があると思われる。
言うまでもなく懐疑論のままでは仕方がない。評価が正確に行なえない場合には予防原則に従って対策を用意する。たとえば全頭検査のような検査の可能性を最大限に追及するための手法を重視する。
BSE患畜の発生予測は仮定次第で大きく変動する。さらに異常プリオン汚染に起因するvCJD患者の発生予測はいっそう困難であって、現実に算出された発生予測の数字がどの程度信頼出来るか疑問である。仮定に仮定を重ねた上で、あえてリスク評価を強行することは無意味であり、むしろ有害でさえある。
5 輸出国側の実情を無視した一方的な評価は評価に価しない。
伝えられるところによれば、アメリカ国内での、特定危険部位の除去が完全で、20ヶ月齢以下であることの判定が確実で、肉骨粉を含む飼料の投与にも問題がなかった、という前提で、政府はアメリカ産輸入牛肉の健康影響評価について諮問を行なう予定であるという。もしもこれが事実だとすれば全くあきれた話である。我が国の消費者が最も関心を持って見つめている危険部位の取扱い、月齢、飼料などの諸問題は「日米間の政府間交渉で確認を取る」のだから、食品安全委員会には諮問しない、と政府側では言っているらしいが、これほど国民感情を逆なでするような話はない。まさしく、「知らしめず、依らしむべし」という前時代的なお役所の流儀を地で行くようなやりかたである
。 もしも、本当にそのような方手落ちの、国民を無視するような諮問が行なわれた場合には、食品安全委員会は断固としてそのような諮問の受理を拒否するべきである。その理由は、何よりも行政側が食品安全基本法の規定に反しており、食品安全委員会の役割を軽視しているからであり、そして何よりも国民の期待を踏みにじっているからである。もしも万一にも、そのような理不尽な諮問が受け入れられるようなことがあるとすれば、国民、とくに消費者は食品安全委員会を信頼しなくなるであろう。
5 輸入牛肉の安全性は輸出国内での取扱いの実態によってきまってくる
我が国に輸入されるアメリカ産牛肉の安全性を評価するためにはアメリカ国内での生産、流通体系での安全性に関わる検査、検疫体制の問題点を仔細に点検する作業が必要である。アメリカ側が安全だと保証しているから、安全性は確保されている、などというのは馬鹿げたことである。それでは食品安全委員会は要らないことになる。
昨今の報道では、アメリカ国内でもアメリカ政府のBSE安全対策への不信感が高まっており、議会関係者、行政現場の検査官、食肉企業の労働組合、コンシューマースユニオンなどからの検査法や検査体制に対する批判が行なわれるようになっている。対日輸出牛肉については全頭検査を行なうべきだとする輸出業者も現われている。このような時期に、我が国の行政だけが、日米政府間交渉で,SRMの除去、月齢の判定、飼料の保証ができていることを確認すればよい、などというのはナンセンスも甚だしい。
食品安全委員会は委員をふくむ調査団を直接アメリカに派遣して、我が国に輸出されるアメリカ産牛肉の実態を点検すべきである。BSEの検査が全体の1%以下でしかなく、我が国と比べて事実上検査が行なわれていないといってもよいような国での安全性の保証をどのように行うか、調査団ではそのための方法論から検討を始めるべきである。時間がかかってもやむをえない。拙速,安易に結論を出して、牛肉の輸入が再開されたとしても、我が国の消費者はそのような胡散臭い商品を買おうとはしないであろう。時間をかけて、安全性を確認して、その上で輸入されるアメリカ産の、安くておいしい牛肉が食卓に登場することこそを消費者は期待しているのである。
6 信頼される食品安全委員会にするために
BSE問題の反省に基づいて制定された食品安全基本法の理念を具現化するために、国民の期待をになって登場した組織が食品安全委員会であったはずである。
昨年、食品安全基本法を国会で審議する過程で、私は、参考人の一人として、国民、消費者の信頼を確保するためには、次の諸点で与党、政府の食品安全委員会に関する原案を改めるべきであることを陳述した。
@ この委員会を内閣府に所属させない。国務大臣の管轄下に置かないで、公正取引委員会のような独立した組織とする。
A 消費者を代表する委員を参加させる。
B 審議の企画段階で消費者の意見を反映させる。
C 国民、消費者との意見交換の実効性を高める。
D 行政に対する監視機能を拡充して、勧告権限を強化する。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題をめぐる最近の事態は、政府と食品安全委員会のありかたについて、改めて以上の諸点で再考を要することを示している。
1千通にものぼったという意見書の山には目もくれないで、答申を行うような事態がおこるのは何故なのか、本質的な問題点を除外した上で諮問を行うような政府側の態度を許すことになるのは何故なのか、諮問された事項以外は審議しなくてもよい、というような委員が現われるのは何故なのか、そして、結局、全体の8割近い消費者が全頭検査の継続を望んでいるという現実が無視されてしまうのは何故なのか。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題は私たちに多くのことを教えてくれている。(完)
(5月4日)BSE問題・アメリカ政府は検査の有効性自体を認めようとしていない
―輸出業者が求める全頭検査を禁止する意向―
藤原邦達
4月27日、アメリカ農務省のランバート農務次官補と民主党の鮫島宗明議員との会談で、同次官補は米国の輸出業者が自主的に全頭検査をすると決めた場合も米国政府としては「行政指導で禁止する」とのべた。その理由については「検査したからといってBSEではないという証明にはならない。そういう検査は意味がない」と説明し、危険部位の除去が最も確実な方法だと主張した。(朝日新聞、4月28日)
1 アメリカ政府のBSE対策の保守性
日米牛肉輸入再開交渉が始まった昨年の早い時期から、アメリカの中小牛肉輸出業者は輸出牛肉については自主的に日本並みの全頭検査を実施する、とする方針を示したが、アメリカ政府はこれを禁止した。我が国の30倍規模の牛肉市場であるといわれるなかで、輸出向けだけにBSE検査をすることについて、アメリカの消費者からの不満がでることを避けたいとする思惑があってのことかもしれない。あるいは大手の畜産業界の意向を受けた措置であるとも思われる。アメリカではBSE検査は全体のわずか1%以下の牛についてしか行なわれていない。政府としてはあくまでも検査はいわゆるサーベイランスの手法のひとつとして実施すればよい、とする姿勢を示してきた。
今回も改めて従来の方針を再確認したことになるが、BSEの検査に対する理解が我が国とは全く異なっていることがよくわかった。
それにしても、民間業者が全頭検査をするというのを政府が禁止する、これが民主主義の、自由経済志向の国での農業政策であることにあらためて驚かされる。何か、有害性が懸念されるようなことをするというのではない、出費を負担してでも、自前で検査を実施したいという、生活がかかった輸出業者の意向でさえも否定することが出来るのである。推測するに、アメリカ政府の真意は、もしも全頭検査によって,BSE牛が発見された場合には、全国的で大規模な全頭検査体制の実施を迫られる、そのことを懸念しているのかもしれない。
アメリカは,EUの食品安全庁のGBR(地理学的BSEリスク評価)では、我が国と同じレベル3の分類に属しており、これまでに我が国ですでに17頭のBSE牛が発見されている事実があることを考えると、アメリカで、もしも全頭検査を実施すれば、多数のBSE牛が発見されるようになることを恐れているのではなかろうか。
ちなみに、我が国の食品安全委員会では、アメリカ産牛肉の輸入問題に関連して、アメリカ産牛肉の安全性について、農水省、厚生労働省から近日中に諮問を受けることになるであろうが、その場合には、アメリカで@我が国同様の全頭検査を実施した場合、A20ヶ月齢以上とB以下の牛についてのBSE検査を実施した場合に、どの程度のBSE牛の発見が見込まれるかを予測せねばならない。国産牛、輸入牛を同一のスタンダードで取り扱うというのであれば、このような評価のしかたは当然のことであると言わねばならない。これまでアメリカでは、BSE陽性牛はカナダから輸入された、たったの一頭しか発見されていない、したがってアメリカはBSE清浄国である、ということをアメリカ政府はことごとに言うのであるが、これは検査率が1%以下で事実上検査をしていないといってもよいような現状でのことであって、これでは到底、真相を示しているとは思えない。
いずれにしても、アメリカという自由経済の本家本元を自認しているような国家の政府が業界の当然極まる要請を、頑なに拒否しているということには改めて驚かされる。
2 アメリカ政府のBSE検査に対する考え方
ランバート農務次官補は、全頭検査を許可しない理由として「検査したからといってBSEではないという証明にはならない」とのべたという。
確かに現行の検査法は不完全であり、異常プリオンで汚染されたすべての牛を検知できるとはいえない。だから検査の結果が陰性であったからといって、その牛が後年になってBSEの症状を呈することが絶対にないとは言い切れない。しかし、現行法が不完全だとしても、わが国での経験によれば、検査をすれば20ヶ月齢代以上のBSE牛は確実に発見できるのであって、さらにその牛周辺の異常プリオン汚染の排除も確実に可能になるのである。したがって「そういう検査は意味がない」とは言えないのである。今後さらに検査法の改良がすすめば,10ヶ月代のBSE牛でも発見されることになり、将来的には生前検査も可能となり,異常プリオン自体の検出も不可能ではないとすれば、全頭、点源検査の意義はますます重要になることは明らかなのである。
アメリカ政府は全頭検査以前に検査自体の持つ意味を理解していない。現状が完全ではなくても、検査しないより、検査するほうがよいことは確かなのである。アメリカ政府が今年から検査の対象牛を20万頭に増やすというのは、それが「意味がない検査」ではないことを認めているからではないのか。
要するに、アメリカ政府のBSE検査に対する考え方では、大手の畜産業界の圧力に迎合するような政治的、行政的な思惑が優先しており、客観性、科学性、合理性を欠いているとしかいいようがない。むしろそれを知った上で、とにかく検査のしようがない、だから検査はしたくない、というのが本音であるとしか思えない。危険部位の除去が重要であることは言うまでもないが、これと並行して、異常プリオン汚染に対する総合防除政策の一環として、我が国では全頭検査が重く位置付けられてきたということをアメリカ側に正しく理解させるようにせねばならない。
3 自国の方式を押し付けるべきではない。
アメリカの自国中心主義は環境政策や核政策などで周知されているとおりであって、輸出入政策でもそれは当然、例外ではなかった。アメリカ産牛肉の輸入再開問題でも、結局はアメリカ方式を押し付けて、一貫して我が国の全頭検査体制を「非科学的である」として、全面的に否定する姿勢を貫いてきた。
今後の輸入の再開に向けての体制作りのなかで、我が国は科学的な方法論を尊重し、アメリカ政府を説得して、安全で安心できる輸入牛肉が日本の消費者に供給されるように努めねばならない。可能であるならば、開発された精度、感度に優れた迅速、生前検査法に基づく我が国の全頭検査体制がBSE、vCJDの予防体制として世界的に最も高く評価さあれるものとなるように、官民あげて取りくむことが求められている。
注意せねばならないのは、アメリカだけでなく,BSE問題一般に安全基準の緩和の方向性が世界的に次第に顕著になってきているという事実があることである。この5月に、パリで開催されるOIEの総会では我が国の対BSE政策について十分説明せねばならない。 そのための理論的な基盤の整備や国内的な体制固めのために努力することが必要である。また我が国の見解や立場を正しくアピールできるような優れたスピーカー、代表を選んで派遣するべきである。
輸出する側は輸入する側の意見を無視してはならない。それは国際的なマナーというべきものである。アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関する限り、我が国の対応は、政治的、経済的な輸入障壁に該当するようなものではない。国産牛肉の保護政策とも無縁である。我が国の対応は、法的、行政的な手順に従って公正に行われており、国民、消費者の信頼を十分に克ちえている。若干の時間を要するかもしれないが、アメリカ政府はわが国の最終方針が決まるまで、今しばらく、静かに待つことが必要である。(完)
(5月3日)BSE問題・パブリックコメント制度は単なる通過儀礼にすぎないのか
―意見書制度を整備するために―
藤原邦達
1 パブリックコメントの制度について
昨年制定された食品安全基本法の第13条には次のように記されている。
「食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては、当該施策の策定に国民の意見を反映し、並びに疎の過程の公正性及び透明性を確保するため、当該施策に関する情報の提供、当該施策について意見をのべる機会の付与その他の関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るために必要な措置が講じられなければならない。」
食品安全委員会では、この条文の主旨に基づいて、パブリックコメントを求める制度をつくり、報告書案や審議状況に対する一般からの意見書を求めるとともに、意見交換会を開催して、食品安全委員会と国民との間の意思疎通をはかるようにに努めている。
このような仕組みは食品安全基本法の制定以前には考えられなかったことであり、高く評価せねばならないが、実際的な運用面では多数の問題点を残しており、実効性をあげる上で、政府、とくに食品安全委員会の取組みを強化する必要がある。また国民、とくに食品の安全問題に深い関心を持つ消費者としてもこの制度が、たとえば上意下達のための手段として、あるいは通過儀礼の道具として使われないように配慮しておくことが求められている。
2 パブリックコメント制度の問題点と対応のありかた
(1) コメント内容の取り扱いについて
政府側の求めに応じて、国民一般から送付された意見書が実際にどのように取り扱われているかは明らかではない。意見書の内容はさまざまであり、同一課題に対する賛成、反対の見解がある割合で表明されるであろう。政府、とくに食品安全委員会では、はじめに意見書での個別意見の集約、分類を行って、これを公表するべきである。
食品安全委員会では、05年の3月31日から4月27日にかけて、「BSE問題に関わる食品安全健康影響評価案についての審議結果案」に関する意見書の公募を行った。これに応じて、私は、現行の全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外することに反対する主旨の意見書を送付した。他方でアメリカ農務省は、対日輸出牛肉関連で30ヶ月齢以下の牛の検査を免除する内容の意見書を提示したと伝えられている。これらの二つの意見書の内容は正反対であるが、これらを受理した食品安全委員会がどのように対応することになるのであろうか。
この場合の食品安全委員会の対応は、次の三つに限られる。
@ 単に、聞き置く、読みおく、ということにとどめて、具体的な対応を行なわない。
A 個別の、あるいは特別に重要と思われる意見書の見解についての検討を行なって、回答する。
B 場合によっては、既存の委員会としての見解を撤回、あるいは修正する。
既往の取扱いでは、食品安全委員会の報告書の内容が意見書の見解をうけて修正された
事例はない。また公式に意見書の内容についての食品安全委員会の見解が表明された事例もない。もちろん公式、非公式に意見書の提出者が行政側からの回答を受けた事例があるのかどうかは明らかではないが、恐らく、実際には、上記の@の場合がすべてであったものと思われる。もしも確かにそうであったとすれば、食品安全基本法の主旨に反することであり、行政側が、パブリックコメント、意見書募集の制度を利用しているということになるだろう。
私には、衆参議院の審議での安全、食品事故関連の参考人として何回か招致されて意見を陳述したことがあるが、議員からの質問を受けることも余りなく、結局、非常に苦心して準備した意見の大部分が言いっぱなしで無視される憂き目にあうことが多かった。そして、そのような参考人の制度自体が法案審議のための通過儀礼のひとつとして使われているのではないか、との印象を持たされて来た。国民一般からの意見を募集するパブリックコメントの場合には、選ばれた学識経験者からの意見を聴取する参考人質疑の場合以上に、提出された意見書の取扱いが軽視される恐れがあることを憂慮する。
意見書の取扱いの実態は公開されなければならない。今日では電子的な手法の採用によって、行政側の回答を含む意見書の全部をたった1枚のCDに収録して公開することも可能である。提出された意見書を綴じこんだ分厚いファイルがひっそりと役所の書棚の一隅にしまい込まれるというのでは折角の制度も無意味なものになるだろう。
このさい、前述したアメリカ政府からの意見書や私からの意見書に対して政府、食品安全委員会の回答がどのような形で行われるかに注目したい。
(2) 意見書の募集テーマの設定について
特定の課題に関する意見書の募集では、以下の場合が考えられる。
@ 審議の過程について
A 審議の結論や報告書の内容について
B 政策への反映のありかたについて
C 施策の実施状況について
食品安全委員会や専門調査会の審議は公開されており、@の審議過程での傍聴者からの意見を書面で聴取できることには意義がある。現行の意見書の募集は、一般にAについて行われており、賛成反対の意見とその理由が示されている。受理した側の行政部局として無視できない内容が記述されている場合もあるだろう。リスク評価の結果に基づく政策への反映の具体的なありかたやリスク管理面で問題がある場合には、B、あるいはCが必要となるが、現状ではこのような意見書が募集されることはない。今後の検討課題にされるべきであろう。
(3) 意見書のあて先について
国民の食の安全に関する意見を広く求めるためには、意見書の募集に当たる行政の窓口が確実に設定されていなければならない。食の安全に関わる事項に関する評価、管理、実施の当事者である、以下のような行政機関が明示されていて、意見書の主旨が確実に受容されるようにするべきである。
@ 食品安全委員会とその専門調査会
A 農水省の担当部局
B 厚生労働省の担当部局
C 公正取引委員会
D 貿易紋会関連の外務省の担当部局
(4) 意見書受理後の行政側の対応について
意見書が受理された後の行政側の取扱い如何によって、パブリックコメント制度の効果が大きく左右されることになる。リスクコミュニケーションは一方通行であってはならない。意見書の募集はするが、意見書内容の取扱いがずさんであることは許されない。
@ 意見書に対する応答義務を定めて、あて先行政機関が公式に回答を行う責任を認める。
A 場合によっては意見書提出者と面接して意思疎通をはかる。
B 意見書に対する応答などの取扱い記録を公開する。
意見書自体の公開だけでなく、意見書内容に関する応答とその記録の公開によって、行政側の施策に関する問題点がクローズアップされて、より効果的な問題処理の方向性を見出すことが可能となる。行政側が面子にとらわれない誠実な対応を行なう上で、意見書の制度は極めて有用であり、貴重である。
たとえば、前述したアメリカ政府からの、30ヶ月齢以下の牛のBSE検査を省略するべきであるとする意見書に対して、我が国の政府や食品安全委員会が的確に反論するべきであり、同じく私からの、全頭検査を継続するべきであるとする意見書に対して、行政側の現時点での率直な見解が示されるべきである。これらの応答処理の過程から、国民は多くのことを知ることが出来るであろう。
(5) 意見書取扱い規定を作成せよ
食品安全基本法の第13条に定められた、「関係者相互間の情報、意見の交換の促進」をはかるうえで、意見書の取扱いは重要であり、この機会に「食の安全確保に関わる意見書取扱い規定」を作成することを提案する。とくに意見書受理後の行政側の責務と取扱い事項を明示することが望ましい。意見書制度を充実させることによって、リスクコミュニケーションの成果は格段に高められるであろう。
食の安全以外の分野でも意見書制度の活用が行われている。(環境省では 昨年の12月28日から1月28日まで「化学物質の内分泌かく乱作用に関する環境省の今後の対応方針について(案)」についてのパブリックコメントを募集した。)
今後、行政側が取り扱い事務の煩雑化を恐れずに、現状を変革するために精力的に取り組まれるように期待する。(完)
(附)
以上の所論をHPにアップロードしようとしていた矢先の、本日の朝刊を見て驚いた。そこには「BSE国内対策6日にも答申」という見出しがあった。
4月27日に閉めきったパブリックコメントに応募してきた意見は1千件以上あった、その大部分が全頭検査の緩和に反対するものであった、という。そして5月6日に開く本委員会でこれらの意見を公表して議論をする、と書かれていた。
問題なのは、「しかし、(専門調査会の)評価案への意見の反映は科学的な知見に対する内容が主なため、6日の同委員会で評価案の内容に沿った答申が出される見込みだ。」(朝日新聞)とされていた点である。さらに同記事では次のようにまとめていた。
「ただ、全頭検査緩和に反対の意見が多数にもかかわらず、即日に評価案を認める答申を出すと、同委員会の意見募集自体が形骸化しているとの批判が出そうだ。」
1ヶ月間にわたる意見書の募集が締め切られたのは、4月27日、木曜日であった。29日は祝日、30日は日曜、5月1日は祝日、同3,4,5日は連休である。そしてその翌日の食品安全委員会で、意見書について「議論をして」、専門調査会の線での最終答申をまとめる予定だ、というのである。
もしも本当にそのような事をするのなら、食品安全委員会の質が問われることになるだろう。委員たちは国民から信頼されないようになるだろう。
(1) 食品安全委員会はパブリックコメントの制度を無視している。
この日程では、1千件にものぼる意見書の、内容の分類、意見の整理、論点の集約さえ実質的に行われていない。行えるはずがない。行うつもりもないことは明らかである。
締め切り翌日の4月28日は郵便書類やメールの整理だけで終っただろう。その後は5月の2日を除いて連休である。そして連休明けの6日に突然本答申をまとめるという。これは明らかに意見書制度の無視、パブリックコメント制度の形骸化である。これでは意見書制度は本文で私が危惧したような通過儀礼にさえも価しないことになるだろう。
(2) 食品安全委員会の委員は意見書の内容を正しく見ていない。
以上のような時程では、食品安全委員会の委員が意見書の内容を正しく知ることは出来ない。事務方でさえ、十分に目を通していないに違いない。本来なら十分に時間をかけて、まず専門調査会で意見書の内容についての検討を行ってから、本委員会でさらに議論をするべきなのであるが、そうした手順も全く無視されている。これでは食品安全委員会の委員は職責を十分に果たしたとはいえないことになるだろう。
(3) 誰が「科学的な意見」に限定した意見書の募集であると決めたのか。
専門調査会の答申案に対する意見書が科学的な内容のものに限る、とは誰も言っていない。20ヵ月齢以下の牛の検査を止める、ということに対する国民一般からの意見である限りは、安全性だけでなく、必要性、有用性、経済性などに関わる広範な見解が示されているのはまことに当然なことである。食品安全委員会が安全性だけを問題にするというのなら、1千件にものぼる意見書に含まれている「科学的な意見」なるものを事務方に選び出させてもよいのだろうか、さらに、その科学的な意見についての議論を食品安全委員会が1日や2日で済ませることが出来るなどとは全く信じられないことである。
たとえば、1例だけをあげよう。アメリカ農務省の、30ヶ月齢以下の牛のBSE検査を省略せよ、という内容の意見書に対する食品安全委員会としての反論はまさしく科学的な性格のものに該当するはずであるが、一体、どのような議論を行って、どのような根拠で30ヶ月齢以下、無検査の要請を否定しようというのであろうか、食品安全委員会としての対応次第では、このあとの難問であるアメリカ産牛肉の輸入再開問題にも大きく影響するのである。アメリカ政府も意見書に対する食品安全委員会の回答に注目しているはずなのである。連休明けの6日に、意見書の「科学的な知見」に関するものだけの議論をして、本答申を出す予定だ、などと軽率なことがよくぞいえたものである。
そもそも「科学的な意見」とは何なのか、それは、論理性、合理性の確かさを問う意見を意味するのではないか。食品安全委員会が「科学的な知見」に関する内容のものだけを選んで議論の対象にする、とはどういう意味なのか、この時点でそのような恣意的な選択と判断を行うこと自体が厳しく問われることになるだろう。
(4)「全頭検査の緩和に反対する」大部分の意見は、何故無視されるのか。
正確な意見書内容の分類結果が示されていないが、報道では大部分の意見が全頭検査の緩和に反対する内容のものであった、という。にもかかわらず、本答申では専門調査会とおりの20ヵ月齢以下の牛での検査を止める、という内容になる、というのであれば、国民一般の「緩和に反対する」という意思表示をなぜ却下、無視したのか、食品安全委員会はその理由、根拠を示さねばならない。要するに、緩和に反対するのはすべて感情論であるというのだろうか。
実は我が国の専門調査会がきめた「20ヵ月齢以下の牛の検査の省略」という「科学的な」結論であるはずのものでさえも、アメリカ政府が「非科学的」である、としていることに、食品安全委員会はどう反論するのか。科学的、とか非科学的とか言うことの定義はそう簡単なことではない。
報道でいうように、本当に6日に即日本答申をする予定であるとすれば、食品安全委員会はパブリックコメントの制度の意義を全く理解せず、食品安全基本法の第13条の規定にある、「意見をのべる機会の付与」、「国民との間の意思疎通」を明確に無視、軽視しようとしていることになる。
要するに、私が本文で示したように、パブリックコメント、意見書制度に関する公的な取扱い規定自体があいまいだから、その結果としてこのようなことがおこるのである。
6日の本委員会でのなりゆきには大いに注目したい。
以上
食品安全委員会の報告書案に対する意見書
藤原邦達
この意見書は4月25日に食品安全委員会に提出したものである。
食品安全委員会がBSEの検査法を修正する内容の報告書案を公表されて、ひろく国民の意見を求めておられることに敬意を表します。
私はこの機会に、公衆衛生学、食品衛生学の立場から、食品安全委員会での審議のありかたや検査体制等に関する意見を以下のとおり申し述べます。
はじめに、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を除外することに反対します。報告書にあるような、20ヶ月齢以下の牛の検査をやめてもリスクレベルが余り変らない、とする論理では、アメリカ側の最新の意見書に示されている30ヶ月齢以下の牛の検査をしない、という提案や、この5月に予定されているOIEのパリ総会での、輸出牛肉での検査を全面的に免除しようとするような新基準案を結局受け入れざるを得ないことになります。これでは結果的に我が国の既存のBSEの検査体制自体を全面的に空文化することになるでしょう。
以下に私の見解を示します。
1 何故「20ヶ月齢」をめぐって論議をせねばならなかったのか
日米交渉で焦点となってきた「20ヶ月齢」という数字は、昨今の食品安全委員会でも論議の焦点にされてきたが、一体何故この数字がクローズアップされねばならなかったのだろうか。
国際的には、一般に30ヶ月齢以下の牛の検査が行なわれていない中で、我が国の全頭検査では、検出された17頭のBSE牛のうちの2頭が21,23ヶ月齢であった。これだけが真実のすべてであって、このことから、「20ヶ月齢以下の牛では検出不可能である」、まして、「20ヶ月齢以下の牛では検査が不要である」などと決めつけるのは大きな誤りである。今後とも全頭検査を続ければ、17ヶ月、14ヶ月齢のBSE牛が発見されないとも限らない。今日当たり前のように言われている「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということも明らかに論理の飛躍である。「不可能」とか、「不要」だとか、「困難」などとという断定には科学的な根拠が全くない、それは単なる憶測にすぎない。
食品安全委員会の専門部会では、「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということが、何故か固定観念のようになっていて、審議の核心は「その20ヶ月齢以下の牛を検査対象から除外してもよいのか」ということになってきた。何故、20ヶ月齢以下を閾値として選んだのか、ということについての説明がない。「除外してもよいのか」ということを論議せねばならない理由も明らかにされていない。そしていわゆるリスク評価というような取って置きの手法が適用されて、結果的に「20ヶ月齢以下の牛を除外してもリスクは小さい」ということになり、したがって最終的に「全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外してもよい」という結論が出ることになった。
何故「20ヶ月齢」なのか、それは、はっきり言って関係者がアメリカ産牛肉の輸入再開を意識しているからではないか。それは、意図的に持ち出された数字ではないのか。「除外してもよい」のではなくて、はじめから「除外する」ための月齢の数字として登場していたのではないだろうか。
リスク評価を正しく行うのであれば、専門調査会の総力をあげて、現行検査法での検出限界となりうる月齢xや次項に示すような最新の、たとえばプルシナー教授らのCDI法での検出限界となる月齢yを、予め、実験的に、可能な限り正確に決定した上で、そのx、y月齢以下の牛を検査対象から除外した場合のリスク評価を実施する、ということでなければならなかったはずである。
2 検査法に関する固定観念にとらわれてはならない
全頭検査から20ヶ月齢以下の牛の検査を除外するか、どうか、という場合の国の検査法はこの3年来使われてきた方法であり、正直にいって手技、精度、感度などがもう相当に時代遅れになっている。その後に改良された検査法がいくつか発表されている。今回のリスク評価の場合でも、「現行検査法によれば」、という大前提がついていることを忘れてはならない。
昨年7月に公表された専門調査会の報告書(たたき台)には、検査法開発の展望として次のように書かれた部分がある。
「米国のS.B.Prusinerらのグループが開発したBSE検査法Conformation-DependentImmunoassay(CDI)は検出感度に優れ、生前検査への応用が期待されている。今後迅速検査法については、その検出感度が急速に改良される可能性がある。検出限界の値が小さいものとなれば、感染初期の若齢牛の摘発が可能となると考えられる。牛生体から採取した組織、血液等を用いた検査が可能となれば、と畜前に感染の有無を明らかにすることも期待できる。そうなればBSE感染牛をと畜場に持ち込むことなく、摘発、排除でき、SRMによる交差汚染による心配もなくなり、欧州委員会科学運営委員会の報告にのべられている、消費者をvCJD感染リスクから守るために人の食物連鎖に感染動物をいりこませないとする目標にさらに近づくことになるであろう。」
他方で、我が国の民主党のアメリカBSE調査団の報告書では、ノーベル賞受賞者でありBSE研究の第一人者でもあるプルシナー教授門下の助教授Jiri Safer氏の談話として次のように書かれている。
「検査の感度が上れば、若い牛でも異常プリオンが検出されることになる。現在開発されたCDI法を用いれば、現在の方法よりも感度が高い。また脳だけではなく、筋肉からも検出可能である。CDI法のコストは1頭あたり12〜14ドルであり、時間的にも5時間程度でできる。また、人間のクロイツフェルト・ヤコブ病にも利用可能であり、遺伝的なものなのか後発的なものなのかも区別できる。」
なお彼はこの会見のなかで、「全頭検査をやめて20ヶ月齢以上に切り替えようとする動きには科学的根拠がない。」、「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集として全頭検査は有用である。」とつけ加えている。
つまり、国策としてのBSE対策を考える場合には、その時点で最も進歩した検査法を取り入れるべきであり、今の段階で、現行の検査法の使用を前提として、その上で、20ヶ月齢以下が検出困難だとか、ご丁寧にも20ヶ月齢以下の牛を検査しない場合のリスク計算まで行って、だから全頭検査を改変する、あるいは改変してもかまわない、などとするのは全く無意味なことである。むしろCDI法のような進歩した検査法の導入、適用を期待しながら、全頭検査を出来る限り継続するほうがはるかに前向きであり、科学的であり、国策としても優れているはずなのである。
専門調査会が今急いで全頭検査を修正しようとしているのは、やはり輸入再開を意識した「閾値20ヶ月齢設定」のためではないのか。
たとえば、近い将来に、10ヶ月齢までのBSE牛の摘発が可能だ、とするような検査法が出現した場合には、ただちに「20ヶ月齢以下の牛の検査はしない」というような対策はくずれてしまうではないか。ごたいそうなリスク評価の結果なるものも無意味になってしまうのではないか。
専門調査会に国民が期待しているのは、検査法開発の現状を我が国最高の研究者の会合で十分に検討したうえで、早急に現行法に変えてその最新の検査法を採用し、その場合の検出可能月齢yを決定することである。たとえ全頭検査体制を継続しないとしても、20ヶ月齢ではなくて、これよりも低いy月齢を閾値として取り扱うことである。もっと一般的に言うならば,CDI法に限定せず、「よりすぐれた検査法を導入するという条件のもとで、限りなく現行の全頭検査を継続する」ように政府に対して提言することである。
アメリカ国内で全頭検査体制の即時実施が困難であると言うのなら、我が国並みの全頭検査体制に移行する時点を定めて、それまでは、SRMの除去の徹底、我が国と同じy月齢以下の確認を求めた上で、輸入牛肉とされる牛の検査を免除するような、暫定的なダブルスタンダードの特例を設けるべきである。そのような輸入牛肉の購入、摂食については消費者の自主的な判断に委ねるほうがよい、と考える。
3 リスク評価の論理が重要である。
リスク評価のための計算をすることが科学的なのではない。いかなる目的で、どのような論理でリスク評価をするのかが常に問われている。
BSEやvCJDの発生リスクを計算して一定の数字を算出することが無意味であるとは言わない。しかし、これらの疾患の原因物質、病原体とされている異常プリオンには今日の科学的常識に即して最大レベルの未知、不確定部分が存在しているというのが偽らざる実態なのである。牛や人が死亡するというだけの現象を問題にするのではなく、異常プリオンの牛や人の生体自体に対する有害性、毒性、影響の可能性についてもひろく配慮せねばならない。我が国ではvCJDで死亡すると予想される人の数が1人以下だからリスクは小さい、たとえ全頭検査を止めても問題はほとんどない、などといいきった専門家が行った、20ヶ月齢以下の牛の検査除外に関するリスク評価の結果を異常プリオン対策の根拠にすることは許されない。
このままでは、対策費用論まで持ち出して、BSE対策よりもエイズ対策や禁煙対策の方が重要である、消費者の輸入牛肉に対する不安感はナンセンスだ、などといいかねないようなリスク評価論者が現われても不思議ではない。
リスク評価の重要性を否定するものではない。しかし異常プリオンは食品添加物や農薬や食中毒のような根拠資料の揃った定型的な課題ではない。そのような常識的な前提を抜きにしたリスク評価なるものは、なし崩しに輸入の再開をもくろむ政治的、経済的な勢力に利用される恐れがある。
リスク評価の結果的な数値は、条件の設定次第で大きく変動する。たとえば食品安全委員会の報告書では、我が国のvCJD患者の予測発症者数を0,1〜0,9人と算出していて、結果的にリスクは小さい、としたが、この場合、我が国の対照としてイギリスを選んだことが正しかったのか。たとえばBSEの発生国であるイギリスのかわりに感染国であるポルトガル、イタリア、EU全域などをとり、あるいは輸血からの感染の可能性を加味し、遺伝的な感受性の比率の幅を考慮し、我が国での規制以前の感染、死亡したBSE牛の推測数を増やした場合には、vCJDの予測発症者の概数は10倍以上にもなりうるものと考えられる。
リスク評価が行われた結果であるから科学的な結論として受け入れる、という前に、どのような目的で、どのような条件で、そしてどのような仮定のもとで、そのリスク計算が行われたかを問題にせねばならない。単にリスク評価の結果であるリスクレベルの数字の大小だけを見て、対策に直結しようとするのは最も愚かで危険なことである。
vCJDの発症者数が1人以下であるからリスクが小さい、というが、その「小さい」というのは何を基準にして小さいのか、人が落雷にあって死ぬ確率が100万人に1人だとされているので、約1億人に1人の割合でのvCJDの発症者数というのは無視できると言うのであろうか。しかしvCJDと落雷を対比するというのはいかにも唐突である。食中毒、心臓病での死者の確率と比較するのも妥当ではない。そのような、原因、影響、条件、環境、分野を異にする事象の比較をすれば、たいていの事態は収拾がつかなくなってしまう。リスク評価の結論で言うリスクの大小の取扱いは非常に難しい。
リスクが「小さい」から対策を緩和するというのではなくて、BSEやvCJDの原因物質である異常プリオン自体の特性に着目して、vCJDという疾患を頂点とする人の健康の全体に対する未知の被害や影響のひろがりを可及的に抑止するための対策に万全を期するほうが、予防衛生学的にはるかに正しいありかただ、と考える。
vCJD患者の発生予測数が1人以下で、問題が少ない、とする食品安全委員会のリスク評価の結論が我が国でのBSE対策を全般的に緩和の方向に誘導している可能性がある、私にはそのように思えてならない。
4 BSE対策から異常プリオン対策にシフトせよ
一般に、ある特定のフィールドでのBSEやvCJDなどの疾患についてのリスク評価は、牛、人での発症数、死亡数の比率について行われている。しかしこれらの疾患の病原体である異常プリオンが牛や人に対して、死亡しないまでもどのような悪影響を及ぼすのか、たとえば、いかなる合併症の原因となるのか、などはほとんどわかっていない。したがって当然、正確にリスクの全体像についての評価のしようがない。
このような場合には、前項で示したように、異常プリオン自体の、主として羊、牛、人の食物連鎖系での汚染、蔓延を防止するために全力をつくすことが必要であり、予防衛生学的な観点に立って、あらゆる対策を補完的に実施することが求められる。
すなわち、以下のような多数の個別の対策を組み合わせて実施する総合防除体制を確立せねばならない。輸入牛肉の場合でも、可能なかぎり、国産牛肉の場合に準じて対策を講じることが必要である。
@ すべての牛の履歴管理、とくに月齢の確認を確実に行う。
A 最も進歩したSRMの除去法を適用する。
B 生前検査をふくむBSE検査法の開発研究を促進する。
C 現時点における最も進歩した検査法を導入したうえで、全頭検査を実施する。
D 病牛、死牛の管理を徹底する。
E 飼育環境や飼料の管理を徹底する。
F 公的な監視と検疫、調査を正確に行う。
G 献血、輸血対策を厳格に行なう。
H 汚染源、汚染ルートを追及して、異常プリオン汚染を根絶することを目指す。
I あらゆる情報を公開する。
以上の施策はすでに我が国で実施されているものばかりであるが、重要なことはそれらの個別の施策の徹底をはかり、かりそめにも緩和、後退とされるような方針をとらないことである。とくに改良された検査法の採用を前提として、全頭検査体制を推進することは予防衛生学的にきわめて重要であり、根拠理由があいまいで、実施体制の欠陥が予測される20、あるいは30ヶ月齢以下、無検査体制への移行は厳に避けるべきであると考える。我が国にとって、この時点で全頭検査体制を中断しないことは、将来的に、一貫して疫学的、予防衛生学的に価値の高いデータファイルを作成する上で必要不可欠のことであるといわねばならない。
予防原則の立場を重視して、個別の施策の推進に基づいた総合的な効果を増大させることが現時点での最善の選択であることを確信する。
費用、効果の関係についても、あえていうならば、以上の対策を実施するために必要とされる原資、費用は、それらの対策によってかちえられる社会的、経済的な効果、たとえば消費者の信頼、安心の確保をとおした生産、輸出入、流通、市場価格の安定と対比して極めて些少であると考えられる。
終りに当たって、私は、国が、既存のBSE、vCJD対策を、この際これらの事態を発生させる原因であるとされている異常プリオンによる広範な環境、食品汚染を予防するための総合防除対策にシフトされるように提言するものである。
以上
附:なお以下に示すURLのHPに掲載した私のBSE問題関連の論文を参照されたい。カッコ内は掲載された年月日である。
http://homepage2.nifty.com/safety-food-forum/
1 BSEの検査をどうするのか
(1) 国際的な飼育、検査,検疫の基準をつくれ―(04年2月22日)
(2) 全頭検査をやめても安全なのか―(04年5月27日)
(3) 検査のダブルスタンダードは認められない―(04年1月23日)
(4) 全頭検査体制を「再考」する必要はない―(04年1月27日)
(5) なぜ全頭検査方式を主張するのか―(04年8月13日)
(6) 再度全頭検査体制を擁護する―(04年8月28日)
(7) 誰のために、何のために無検査月齢の線引きをするのか―(04年9月13日)
(8) 特定危険部位以外からの異常プリオン検出をどう見るか―(04年11月8日)
2 食品安全委員会は正しく機能しているか
(1) 食品安全委員会の決定に注目する―(04年1月17日)
(2) 食品安全委員会の動向をしっかりと見定めよう―(04年1月17日の1)
(3) 食品安全委員会専門調査会の報告書案を批判する―(04年7月17日)
(4) 食品安全委員会にはリスク最小化の方向性を期待する―(04年8月3日)
(5) 食品安全委員会の報告書を批判する―(04年10月15日)
(6) リスク評価のデザインが問われる―(05年1月18日)
(7) これらのリスク評価だけは正しく実施せよ―(05年2月16日)
(8) 食品安全委員会の輸入牛肉関連の審議に注文する―(05年3月1日)
(9) 食品安全委員会と専門調査会の審議に注文する―(05年3月12日)
(10)緊急に食品安全委員会の審議を求める―(05年3月15日)
3 アメリカ産牛肉の輸入は認められるのか
(1) アメリカ産輸入牛肉問題をどうみるか―(04年1月11日)
(2) アメリカのBSE検査対策の強化に期待する―(04年1月18日)
(3) わが国と同様なBSE検査体制をアメリカに要請しよう―(04年1月21日)
(4) 安易にアメリカ産牛肉の禁輸を解くな―(04年2月7日)
(5) 膠着状態をどう解消するのか―(04年2月21日)
(6) アメリカ産輸入牛肉問題・食品安全委員会に期待する―(04年4月13日)
(7) アメリカ産輸入牛肉・日米協議に望む―(04年4月29日)
(8) アメリカ産輸入牛肉問題日米専門家協議は信頼できるか―(04年5月14日)
(9) 第1回日米BSE関連牛肉問題協議への感想―(04年5月20日)
(10)輸入牛肉対策関連食品安全委員会の対応と日米専門家協議に備える―(04年5月20日の1)
(11)アメリカ産牛肉の輸入再開のめどがついたといわれるが―(04年6月18日)
(12)アメリカでの二例目のBSE容疑牛の出現をどう見るか―(04年6月26日
(13)アメリカ産牛肉の輸入再開の自虐的合意を悲しむ―(04年7月3日)
(14)若齢牛の無検査月齢の線引きは不可能である―(04年8月1日)
(15)無検査・若齢牛の月齢の線引きをどうするのか―(04年8月6日)
(16)牛肉の輸入再開をどう促進するか―(04年8月9日)
(17)全米食肉輸出連合会の全面広告に反論する―(04年8月30日)
(18)アメリカ側にも汗を流してもらいたい―(04年9月4日)
(19)無検査月齢問題に的が絞られてきた―(04年9月6日)
(20)差別化輸入牛肉の認知が生み出すものは― (04年10月18日)
(21)差別化された牛肉の出現を悲しむ―(04年10月27日)
(22)日米牛肉輸入再開交渉はこれでよかったのか―(04年11月28日)
(23)アメリカ側の14ヶ月齢以下、無検査条件の提案をどう考えるか―(05年1月21日)
(24)アメリカ農務省の牛の月齢判定法を批判する―(05年2月12日)
(25)アメリカ政府の30ヶ月齢以下無検査を求める意見書にどう対応するのか―(05年4月13日)
(26)アメリカは牛肉輸入再開の遅れにいらだっている―(05年3月4日)
(27)来日するライス国務長官に理解を求める―(05年3月10日)
(28)来日したライス国務長官に求める―(05年3月20日)
4 BSEとvCJDの発症をどう見るのか
(1) BSE問題での発言には気をつけよう―(04年1月25日)
(2) 異常プリオン対策に焦点を絞るべきである―(04年10月25日)
(3) 異常プリオンは内臓にも蓄積する―(05年1月22日)
(4) わが国で、はじめてvCJD患者がみつかった―(05年2月6日)
5 リスクアナリシスは慎重にしよう
(1) 軽軽に「科学的、合理的」などと言うべきではない―(04年1月29日)
(2) 経済が科学の論理を押しつぶす―(04年2月11日の1)
(3) 消費者側は対応を急げ―(04年2月12日)
(4) つくられた既成事実は悲劇を招く―(04年2月15日)
(5) リスクアセスメントは慎重に―(04年6月1日)
(6) リスクコミュニケーションのあり方を考える―(04年11月14日)
(7) 國際基準や外国の基準に対する行政側の対応は―(05年4月7日)
(8) OIEの新BSE安全基準案にどう対応するか―(05年4月7日)
6 誰が責任をとるのか
(1) 生産者、酪農家の責任―(04年4月11日)
(2) 農水省の牛肉輸入再開に関する政策決定に期待する―(04年7月24日)
(3) 消費者側からの政策提言のありかた―(04年7月27日)
(4) 8月4日の意見交換会を重視する―(04年7月28日)
(5) 政府の政策決定は食品安全基本法に違反している―(04年10月31日)
(6) 誰が事態を混乱させているのか―(04年11月4日)
(7) 行政の無軌道は許せない―(04年12月1日)
(8) 消費者はどのような牛肉製品を選ぶべきか―(04年11月19日)
(9) 政府と食品安全委員会の責任は重い―(05年3月28日)
以上
(4月13日)BSE問題・30ヶ月齢以下、無検査方式の採用を求める米国政府の意見書をどう考えるのか。
―新しい重大な局面が開かれた―
藤原邦達
4月12日、アメリカ政府の担当官が都内で会見を行い,BSEの検査対象を生後30ヶ月齢以上に引き上げるように求める意見書を食品安全委員会に提出したことを明らかにしたといわれる。
5月にパリで開かれるOIEの総会では、骨なし牛肉の無条件輸出入を認める安全基準案が提示されるというニュースが流れている。そして、これまでアメリカから我が国の現行のBSEの安全基準が国際的な常識に反していることが強調されてきたなかで、これに追い討ちをかけるように、このような意見書が提出されたことは政府、食品安全委員会だけでなく、国民、消費者としても非常に重く受け止めねばならない事態であると言うことが出来るだろう。
1 政府、食品安全委員会はどう対応するのか
政府の諮問に応えて、食品安全委員会は20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない、とする報告書案をつい先日まとめたばかりである。そして4月いっぱいのパブリックコメントの期間が終ったあとで最終的に政府に対する本格的な答申が行われようとしている。消費者の大部分が全頭検査体制を支持しているという中で、20ヶ月齢以下、無検査の結論が出ることでさえ大きな批判を招くことは必定であり、政府はこれにそなえて、自治体での従来どおりの全頭検査体制の継続を認めて、そのための国家予算を支出することまで約束している。
5月にはいると、OIEのパリ総会で新基準案が論議されるさなかに、食品安全委員会の20ヶ月齢以下無検査案が恐らく本決まりになるだろう。さらに、これとは別にアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関連して、政府は改めて食品安全委員会に対して諮問を行なうことになるが、この場合には、20ヶ月齢以下のアメリカ産の牛に限定した輸入を行うことの可否が問われることになり、相当に困難な審議作業が待ち構えているものと思われる。これに加えて、アメリカ政府は今回の意見書に基づいて、我が国の20ヶ月齢以下の限定に対する不満を引き続き表明して混乱をいっそう助長することになるであろう。
我が国の政府と食品安全委員会が20ヶ月齢にこだわるのは、全頭検査によって、21,23ヶ月齢のBSE牛が発見されているからである。しかし今回アメリカ政府の意見書では「この2症例は国際的な科学者間ではBSEと確認されていない」と指摘している。食品安全委員会はこれにどのように答える事ができるのだろうか。
問題は純粋に科学、獣医学でのBSEの病理と診断のありかたにかかっている。イギリスで発見された唯一例の20ヶ月齢の幼若牛とともに、我が国の2例の若年BSE牛は確かに世界的にも異例のものであることは事実である。
食品安全委員会では、この2例がBSEであることを再検証、再確認する作業を実施して、その結果を内外に公表し,関係学会やOIEに報告するとともに、「国際的な科学者間でBSEと確認」されるようにせねばならない。そうしなければアメリカ政府の今回の意見書に正確に反論出来ないことになるだろう。
BSEであることの判断は、農水省が委託した獣医学関連の特定の大學や研究機関の研究者の認定に基づいて、最終的に政府が行ったのであり、その際の全ての資料が国の責任で再検討されることが必要である。政府が内外の第3者的な研究機関、専門家を加えた検証委員会を新たに食品安全委員会の中に立ち上げて対応することが望ましい。
この作業を重視する理由は、21,23ヶ月齢のBSE牛の発見が否定される、ないし国際的に支持されないのであれば我が国の全頭検査方式や20ヶ月齢閾値に基づいた無検査方式は世界的に孤立して、今以上のアメリカなどからの輸入再開攻勢の対象とされることが確実であるからである。
国際的な権威や常識に裏付けられているとするアメリカ側の主張とまともに対決できるような我が国の規制体制に関する科学的な根拠を示すことが出来るのか、食品安全委員会の力量が改めて試されている。これまでのような、国内向けのリスク計算論だけではすまない、もっと本質的な、我が国がBSE問題と取りくむ場合の理論的な基盤のありかたが改めて問われていることを自覚せねばならない。
2 アメリカ産牛肉の輸入再開時期は非常に遅れるだろう
政府は昨年10月に輸入の再開をアメリカ側に約束したが、それから6ヶ月経過した現在でも20ヶ月齢以下無検査とする国内規制の実施についての法令の改正をすませていない。現在行われているパブリックコメントの期間が終った後の食品安全委員会の答申待ちという状況にある。そのあと初めてアメリカ産牛肉の安全性や月齢判定方法の妥当性、輸入の可否などについての諮問が行なわれて、これを受けた専門調査会、食品安全委員会での審議が行われる。その後の報告案の公表、これに対するパブリックコメントの期間を経て答申が行なわれ、初めて輸入の再開が可能となる。
この間に,OIEの無条件輸出入についての合意やアメリカからの30ヵ月齢以下無検査方式に関する要求などが公式に行われるとすれば、本格的な輸入再開時期は秋口以降にずれ込むのではないか。
日米政府間では、折角、20ヶ月齢以下、無検査の線で輸入を行なうことで合意をしたが、その後になって、アメリカ農務省は、20ヶ月齢以下の牛を選別することがアメリカ全土の規模では事実上非常に煩雑、困難であり、さらに一般の牛と分別集荷して輸出することに予想外のコストがかかることや20ヶ月齢以下の牛に限定した場合の輸出量も限られてくることなどに気付いたのではないか。折り良くOIEの新基準案が出されたこともあり、急遽、アメリカ産牛肉のほとんどが輸出可能となる30ヵ月齢以下無検査輸出の要求を意見書として提出したものと思われる。
既出の私のHPでも示したように、アメリカ政府の発育度による月齢判定法には相当に無理がある。選別その他で疑惑が残された形での輸入牛肉は日本の消費者によって敬遠されるであろう。そのような事態が予想される中で、アメリカ政府は国際的、科学的なお墨付きのもとで、20ヶ月齢ではなくて、30ヵ月齢閾値での新しい提案を今後とも決して諦めることはないものと思われる。
以上のような困難な事態の展開が予測される中で、アメリカ産牛肉の輸入が軌道に乗るのは非常に遅れて、あるいは年末以降になるのではなかろうか。アメリカ側のいらだちがいっそう激しくなることが予想される。
3 政府、食品安全委員会は新しい情勢に耐え切れるか
アメリカ側の圧力はいよいよ強まるだろう。矢面に立たされる食品安全委員会はアメリカだけでなく国際的な評価にさらされることになるだろう。21,23ヶ月齢のBSE牛の認否をめぐる論争にも巻き込まれるだろう。国際基準との格差を説明せねばならなくなるだろう。ようやく20ヶ月齢以下無検査の結論にたどりついたが、その同じ論理のままでは、30ヵ月齢以下無検査の結論に到達できるとは考えられない。
私見、持説ではあるが、今後の政策展開の路線をBSE牛の排除から異常プリオン汚染の予防に切り替えることが必要であると思う。その意味での異常プリオン根絶のための総合防除政策こそが重要なのであり、20箇月や30ヶ月というような月齢限定検査でなくて、進歩した検査法を導入したうえで推進される全頭検査を原則とするような新しい規制の方式を構築することに全力をあげるべきではなかろうか。その線での国際的な認知を得るべきではなかろうか。
新たに展開してくる情勢は国内の世論にも微妙な影響を与えるだろう。国際的、科学的な共通基準に即して論理を展開するアメリカの所論に同調するような専門家が増えてくるだろう。彼等は我が国のBSE対策が神経質すぎるとして批判を展開するだろう。問題を人のvCJD患者の発生リスクに集約して、SRMを除去しさえすれば、検査体制や規制自体さえも必要としないなどという人々が現れるだろう。こうした内外の情勢を受けて、政治、行政側からの規制緩和圧力もいっそう増大するだろう。規制体制が非関税障壁として自由な輸出入を阻んでいるという意見が政界、財界などから出されて、牛肉の輸入再開を遅らせることがタイヤーや鉄鋼などの他分野での経済制裁に波及するのを懸念するような議論が行われるようになるかもしれない。
国民、消費者が以上のような情勢が展開する中で、どのように対処することになるのかが注目される。
アメリカ農務省の30ヵ月齢以下無検査方式を要求する新しい意見書の提出がもたらした波紋の大きさを直視しよう。それは、我が国のこれまでのBSE規制方式の一切を否定しかねないほどの影響力を持っていることを認めねばならない。(完)
(4月7日)BSE問題・OIE(国際獣疫事務局)の・新BSE安全基準案にどう対応するか
―牛肉輸入再開問題に関わって―
藤原邦達
OIEが来月パリでの総会で採択しようとしている新しいBSEの安全基準では、月齢の如何に関わらず、全ての牛の輸出入を認めており、従来の規制が大幅に緩和された内容になっているといわれる。我が国に牛肉の輸入再開を迫っているアメリカには非常に有利な情勢が展開することになり、我が国の政府から20ヶ月齢以下の牛に限った輸入を迫られている現状のなかで、新しい国際基準に即応して、全ての牛の牛肉の輸入を迫るアメリカからの圧力がいっそう増大することが予想される。
このような国際的な動きを受けて、我が国がどのように対応するかについて、緊急に検討を開始する必要がある。
1 今後の成り行きについての予想
これまでは、日米間での規制体制の相違が問題にされていたのであるが、今後は国際基準と我が国の基準との相違について論議が行なわれるようになり、概して我が国にとって不利で困難な情勢が展開するようになる。これは我が国のBSE対策にとって重大な転換をもたらす事になるかもしれないだろう。
(1) OIE総会での見通し
新しいOIEの安全基準案は加盟167ヶ国間で協議されることになる。各国が科学的な根拠に基づく討論を徹底して行なうことが期待されるが、輸出関連での影響力の強いアメリカ、カナダ、メキシコ等がすでにOIEよりの基準で牛肉の輸出入に関する協定を結んでいるなかで、輸入諸国からの反論がどの程度有効であるかが注目される。とくに我が国の場合には、全頭検査、特定月齢制限等の世界的に最も厳格な規制措置が実施されており、目下の輸入再開の遅れに苛立っているアメリカからの激しい攻撃を受けることが予想される。OIEはいわゆる学会そのものではないので、さまざまな政治的、経済的な圧力にさらされるものと思われるが、基本的に安全性を確保する上での国際的な基準を作成するのであるから、わが国も科学的な根拠に基づいて自国の基準に関する主張を効果的に展開することが必要であろう。
OIEではこれまで、30ヶ月齢以上の牛についてのBSE検査を求めてきた。他方で、BSEの発生、蔓延の現地であるヨーロッパの食品安全庁(EFSA)では、GBR(地理的BSE評価)を行って,ある国(地域)の牛群にBSEに感染した牛が存在する可能性を示す定性的な指標を定めていた。そして、その評価の結果をレベル1〜レベル4に分類していた。ちなみにレベル1は可能性が極めて低い(オーストラリア、アルゼンチンなど17カ国が該当)、レベル2は可能性はほとんどない(インド、スウエーデンなど9カ国が該当)、レベル3は可能性あり、または低レベルの発生を確認(日本やアメリカなど38カ国が該当)、レベル4は高いレベルの発生を確認(イギリス、ポルトガルなど2カ国が該当)したことを意味している。
このようなリスク分類が現実に行われているというのに、なぜ今回のような一律、無差別的な牛肉の輸出入を容認するようなOIEの基準案が突然出されるようになったのか、恐らく、今回の総会ではこの点に関しても激論が戦わされることになるであろう。
(2)我が国の政府の方針についての展望
もしも総会で提示されているような基準案が採択されるようなことがあるならば、その影響は非常に大きく、我が国は日米交渉に当たって固持してきた路線の修正を迫られることになるであろう。
この場合に危惧されるのは、1986年にアクションプログラムが実施された当時に見られた、国際基準への無条件の整合化、無定見な国際化を推進しようとするような路線が我が国の政治的、行政的な場の中に顕在化する恐れがあると言うことである。たとえば、輸入国である我が国が牛肉の輸入再開に反対することによって、輸出国であるアメリカは、鉄鋼やタイヤなどの他分野での経済制裁をちらつかせているが、こうした情勢のもとで、既存の全頭検査などの路線を固持することが国策にかなうものとは思われないとするような見解が浮上してくる可能性がある。
今回の日米交渉の経過からもわかるように、いかなる場合でも我が国の食品安全基本法に裏付けられた食品安全委員会の意見を尊重し、独自の規格、基準や規制の体制を遵守しようとするような体質が我が国の行政側に定着しているとは思われないのである。国民、消費者側としては今後の成り行きに注目していなければならない。
(3)一部の研究者、専門家の動向
我が国の専門家の中には、以前から全頭検査方式を科学的な選択として認めようとしないような発言をする者があった。最近では、専門調査会自体が全頭検査を不適切であるとして、20ヶ月齢以下の牛の検査を止める方式を認めるようになった。今では全頭検査方式を肯定する専門家は少数派になりつつあるように思われる。SRMを除去しさえすればヒトへのリスクは少ない、として、異常プリオン汚染の広がりには目をつむろうとするような専門家がいることも事実である。およそ人のvCJDの発症予測数が1人以下で問題はない、とするような安易なリスク評価がまかり通るような場合には、全頭検査方式に固執することをナンセンスとみなすような風潮が次第に広がるのも無理からぬことである。
我が国での21,23ヶ月齢のBSE牛の発見をOIEでは認めていない、ともいわれる。しかし、すくなくとも20ヶ月齢代の牛に由来するBSE感染牛を人の摂食圏から排除しようとするような方策は不必要なのであろうか。異常プリオン問題には最少発症量や病理になお未知の部分があるので慎重を期する必要がある、したがって異常プリオン汚染自体を食い止めようとする、いわゆる予防原則に基づいた慎重な考え方は一概に軽視されてもよいのであろうか。
仮定だらけのリスク評価でありながら、一概に低リスクであるからということで、今回のようなOIEの安全基準案が提示されるようになっているのであるが、このような傾向が我が国の専門家の中にも次第に浸透してくる可能性があるだろう。
(4)一部の業界、消費者の動き
100万人を越す消費者の牛肉の輸入再開を求める署名が集まったと報じられている。外食産業の関係者の心情は十分に理解できる。牛どんを食べたいという一部の消費者の気持ちもよくわかる。輸入の自由化は国際的な大勢であり、アメリカ産牛肉の場合も例外ではない。
消費者の願いが政治や行政を動かす原動力となることも確かであろう。そして今回の一律、無検査、無条件での牛肉の輸出入を求めるOIEの新しい基準緩和案はこれらの一部の業界や消費者にとってはまさしく錦の御旗になるであろう。
低リスク論に基づく規制緩和側の専門家たちと輸入再開を求める業界や消費者との連携も強化されることになるであろう。
2 今後の対応のありかたについて
アメリカが新しいOIEの国際基準案に基づく牛肉の輸入再開を要求してきた場合にどう対応するのか。もはや全頭検査や月齢制限のある検査の方式は論外で、無条件での牛肉の輸入を求める政治的、経済的な圧力をどのように受け止めて対応するかが緊急の課題として浮上してきている。こうした情勢を受けて我が国としては以下の事項についての取り組みを急ぐべきである。
(1) BSE対策に関する理論構築の強化
我が国はBSE、vCJD対策以前に異常プリオン汚染防止対策を目指すことを明示するべきである。全頭検査であれ、月齢制限検査であれ、我が国の方式が人の食物連鎖圏に異常プリオンが入ること自体を極力排除するために、予防原則に基づいて、以下の諸対策を網羅的に実施する、いわば総合防除体制とでもいうべきものを構築しようとしていることを丁寧に説明するべきである。
@ 全頭検査方式の適用
A 最新の検査法の採用
B 病死牛管理の徹底
C 履歴管理の徹底
D 最新のSRM除去法の実施
E 厳格な飼料規制の実施
F 輸出入管理の徹底
G 消費者主権の確認
いわゆるリスクアセスメントの手法によって、各種の規制体制のリスク評価の効率を比較するような手法では輸入圧力には勝てない。BSEやvCJDの発症数に関する限り、数値化されたリスクのレベルが非常に低く、優劣を問うこと自体がナンセンスと見なされるからである。あくまでも異常プリオン汚染の抑止に焦点を絞った対策を実施することが肝要である。未知の問題点が数多くある中で、総合防除体制こそが最善のものであるという事を強調せねばならない。
(2) 国際的な係争に関する対策について
我が国の規格、基準、規制が関税障壁に該当するとして、たとえばアメリカからWTOに提訴されるような場合がおこりうるかもしれない。
たしかに関税及び貿易に関する一般協定では、加盟国での国家による貿易制限を禁止している。しかし、一般的例外事項として、次のように書かれていることに注目したい。
「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」
これは安全、衛生の保持のための対策を実施せねばならない場合には、たとえばBSE関連でも、その国独自の対応のための貿易上の制限を認めるということであり、輸出国側の圧力を排除するための根拠にすることができる。
もちろんこのような例外措置をとる場合には、そのための科学的な根拠が説得力のあるものでなければならないことはいうまでもない。我が国のBSE対策が世界で最も厳しく、アメリカから「国際基準に合わせた」規制の体制をとるべきであるとする批判が今後いっそう強くなるであろうが、これに反論するためにも、我が国での規制根拠に関する理論的な水準の高度化が求められることになるだろう。
(3) 食品安全委員会の主体性の確立
アメリカ産牛肉の輸入再開に関する日米交渉では、食品安全基本法の定めに反するような行政側の対応が行われた。今後は貿易摩擦の激化に伴って、自国の方式の科学的な根拠を確立する必要がますます重要になることは明らかであり、行政側が食品安全委員会の役割と機能を尊重して、諮問、審議、答申の方式を遵守することがますます必要になってくるだろう。
食品安全委員会としても、未知、未解明な課題が多いBSE問題に関するリスク評価に当たっては、仮定に仮定を重ねて結論を導くようなことをせず、行政側のリスク管理に当たって予防原則に基づいた方針がとられるような指針を示すべきである。たとえば(1)項に示したような総合防除の方式の中に、最新の検査法に基づいた全頭検査の実施を正確に位置づけることが最も望ましいと思われる。
(4) OIEやWTOなどの國際協議の場の尊重
さし当たっての5月のOIE総会では,BSEの安全基準をめぐって激しい論議が行なわれることが予想される。OIEは政府機関そのものではなく、政府が代表を派遣するのではないが、今回の総会ではBSE対策に関する我が国の主張に注目が集まると思われるので、国としても事前の準備を怠るべきではない。この総会の結果次第では日米輸入交渉にも決定的な影響が生じることを覚悟していなければならない。
OIEの場で我が国の立場や見解を表明することになるスピーカーの責任はことさらに重大であろう。関係者間での適切な人選が望まれる。
今後は、我が国の検査体制や規格、基準が貿易障壁であるとするような主張がWTOの場で行なわれる事態も予想されるが、我が国の主張を丁寧に説明して理解が得られるようにすることが求められる。
(5) 国民、消費者の役割の自覚
安全、安心が確保された食生活であるために、国民、消費者も応分の役割を担わねばならない。政治的、経済的な圧力に屈して、いびつに作られた規格、基準によって仕切られた食生活に満足することは出来ない。輸入される牛肉はいささかの疑問もなく受け入れられるものでなければならない。
自国の規制、基準に自信と信頼感が持てるように、消費者も日常的に、安全性に関する意識の水準を向上させることに努めねばならない。政府の政策決定が科学的な根拠に即したものであり、国民、消費者の期待に沿うものであり、食品安全基本法の規定に従うものであるかどうかに絶えず厳しい関心を持つべきである。
我が国の消費者は、アメリカ産牛肉の輸入再開交渉やOIEの安全基準の緩和など、いまや我が国のBSE対策が国際的な視線にさらされる時代を迎えたことを自覚せねばならないだろう。(完)
(4月5日)BSE問題・国際基準や外国の基準に対する行政側の対応は
―一部の危険な風潮を危惧するー
藤原邦達
3月26日の報道では、OIE(国際獣疫事務局)はBSEの安全基準を大幅に緩和する新しい基準案を策定して、日本などの加盟国に提示した。そこでは、月齢の如何に関わらず、骨なし牛肉の輸入を無条件で認めるなどの内容になっているという。問題はOIEの基準がWTO条約に基づく輸出入条件での最低限の基準となることであり、5月にパリで開催される総会でこの基準が認められれば、今後アメリカをはじめとする世界各国は自由に牛肉の輸出入ができることになる。我が国にとっては当面のアメリカ産牛肉の輸入再開問題にも大きな影響を与えることになるだろう。
私は国際基準やアメリカの基準に対して今後、我が国の行政側がどのような姿勢をとるかに注目する必要があると思う。
その意味では、貿易摩擦が極点に達していた1980年当時の行政側の対応のありかたから少なからぬ教訓を得ることが出来ると考える。
1 貿易摩擦に際して行政側はどのような姿勢をとってきたか
1980年代の、貿易摩擦が最も激しかった当時に、政府はどのように対応してきたかを回顧することは行政側の基本的な体質を知るうえで意義があると思われる。
我が国の市場が閉鎖的である、不公平である、といった諸外国、特にアメリカからの批判が、基準、認証制度あるいは輸入の手続きでの差別などに向けられることが多い事実を踏まえて、これらの制度等につき「原則自由、例外制限」等の視点から、法的、行政的な総点検が行われた。そして、1985年7月9日になって「基準、認証、輸入プロセスに係るアクションプログラム骨格大綱」が発表されることになった。そこでは輸入食品に関して以下のような規定が行われた。
(1)外国検査データ、外国検査機関の受け入れ
その1−(2)−@項には次のように書かれている。
「外国で行なわれた検査のデータを可能な限りそのまま我が国で認めることにする。」
(2)国際基準への整合化
その1−(2)−B項には次のように書かれている。
「国際基準が我が国の基準と異なる場合にはこれに合わせる。国際基準がない場合には、我が国の基準が少なくとも諸外国の基準と較べて厳しくならないように措置する。」
(3)認証手続きの簡素化、迅速化
その1−(2)−C項には次のように書かれている。
「事務処理に期限を設定する等、極力簡素化、迅速化する。」
2 アクションプログラムに対する批判をとおして
今日の牛肉の輸入再開問題において、アメリカ産牛肉の安全性を検討する場合に、政府が以上のような、アクションプログラム的な対応を行なうことを警戒せねばならない。私は、当時、拙著(「輸入食糧反対の事典」農文協刊、1990年)に次のように書いたが、その内容は今日の事態に際しても参考にすることが出来ると確信している。
(1)外国検査データの信頼性について:
アクションプログラムでは外国の検査データを「可能な限りそのまま認める」としているが、「途上国を含むあらゆる"外国"の検査データの信頼性や検査機関の権威をどう評価するのか、それは実務的に非常に困難な問題である。実際には輸入食品受け入れ側の任意、恣意的な判断に委ねられることになるとすれば危険であるとさえいえよう。
このような規定を独立国家の折り目正しい行政の方針として理解することは出来ない。先進国としてのプライドを持っているような国家が、たとえばアメリカやフランスなどの政府が自国民の注視の的になっているような課題についてこのような"自虐的"、"国辱的"方針を公表するであろうか。」 「もしも安易に外国の検査データを受け入れたことによって、その輸入食品に起因する食品被害事件が発生したとして、その場合の法的な責任の所在は極めてあいまいなものとなるだろう。仮に裁判によって相手国の業者や検査機関を追及するとしても非常に無理があり、被害者の法的救済はまず困難であるといわねばならない。そしてそのばあいに、輸入相手側を無前提に、一概に「権威ある機関」などと判定するように指示してきた政府の責任が問われることになるだろう。」
アメリカ産牛肉の輸入に当たっても、アメリカ政府は20ヶ月齢以下の牛であることを判定するために発育度の検査基準であるA40の利用が可能であるとする報告書を公表した。そのような資料を受け入れる場合に、これらの「データを可能な限り受け入れる」ような姿勢であることは許されない。
今回、アメリカ政府は多数の調査、検査関連の資料を送付しており、これらをとおして自国でのBSE対策の信頼性を強調しているが、それらを一概に、権威あるものと見なすことには問題がある。この際、我が国の政治、行政側に潜在しているアクションプログラム的な発想を極力排除せねばならない。
2)国際基準への整合化
「自国の行政を信頼し、自国の基準に自信を持っているような国家の政府は、『国際基準が我が国の基準と異なる場合にはこれに合わせる』などという、まことに主体性のない方針を軽々に公表することはないだろう。自国の関係機関が心血を注いで、最善とされる規制の仕組みや規格、基準を作り出したことに自信を持ち、これを世界の各国に開示して、よりよい国際基準を作成することに貢献する、などとは決して言おうとしない。卑屈にも『国際基準に合わせる』などという。それは整合化などという表現にはふさわしからぬことである。」
政府は、全頭検査という自国の方式を自信を持って推進することを止めて、20ヶ月齢以下、無検査という方式を採用するために、食品安全委員会に諮問を行なった。今回OIEが月齢に関わらず、牛肉の輸出入を認める国際的な基準案を公表しているが,我が国の政治、行政側がこれに「合わせる」ような姿勢を示す可能性があることを警戒せねばならない。食品安全委員会、専門調査会の一部に,「SRMの除去を徹底して行えば、月齢制限を解除して、すべてのBSE検査を省略しても、人に対するリスクは小さい。」とするような考えかたがあるとすれば、いずれはOIE基準よりの諮問が行なわれる可能性があるといわねばならない。
3)自国の基準の設定と維持
私は、当時、「『我が国の基準が少なくとも諸外国と比べ厳しくならないよう措置する』ということは、事実上まさしく世界で最も規制の緩い、いわば最低基準を持った国家を目指すということなのか。およそ自国の国民、消費者のために、このような侮辱的な行動計画を策定するような政府に対して、私たち消費者が怒りを感じるのは当然のことである。」と書いている。
我が国の行政体質のなかに、根強く存在する外圧迎合、国際志向のような傾向があることを警戒するべきである。自国の規制や検査体制の科学性に関して自信を持つことが出来ないような行政の姿勢が事態を混乱させる。全頭検査体制の擁護のための理論構築には協力的でないような行政の体質が諮問、審議、答申という過程をとおして行政側にとって有利な体制の既成事実化をすすめていく。たとえば、人のvCJD問題では、発症リスクが極めて低いという前提に立脚して、外圧を容認したうえで、国際基準よりの諮問の形にすれば、行政側の思い通りの体制が構築できるはずであるとする、そのような危険な傾向が顕在化することを警戒せねばならないだろう。
私たちは、今後のBSE、vCJD問題の処理に当たって、以上のアクションプログラムの設定に見られたような、外国特に先進国の基準や国際的な基準に弱い我が国の政治、行政的な風潮があることに留意しておかねばならない。(完)
〈3月28日〉BSE問題・政府と食品安全委員会の責任は重い
―なぜ検査法の進歩に注目しないのか―
藤原邦達
本日、3月28日中に、政府からの諮問に対する食品安全委員会の専門調査会の結論が出される予定、とマスコミ各社は報じている。結果的に、これまでの全頭検査体制を修正して、「20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない」ことが承認されることになるだろうという。
1 政府の諮問のありかたには基本的に問題がある。
諮問の核心である「20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわない」という部分は、アメリカ側との牛肉輸入再開交渉において、最終的に、政府が輸入再開の条件としてすでに昨年10月に合意した内容である。
政府は食品安全委員会の意見を全く聞くことなく、独自に交渉を行って、このような非常に具体的な条件での輸入の再開をアメリカ側に約束した。そして交渉妥結の約1週間前になってから、食品安全委員会に対してこの条件部分に当たる国内検査体制の変更に関する諮問を行なった。牛肉の輸入に関する諮問が未だに行なわれていないことは言うまでもない。
これは政策決定に当たってリスク管理機関である行政側はリスク評価機関である食品安全委員会の意見を聞かねばならないことを定めている食品安全基本法に反する行為であることは明白である。
交渉にあたった農水省や外務省がどのような根拠で20ヶ月齢の線引きを行ったのか、全く不明である。アメリカ側の事情に合わせて線引きをしたといわれても仕方がない。約1年にわたる日米交渉の期間に食品安全委員会の関係者は全く意見を聞かれることがなかったと証言している。
2 全頭検査の修正は無条件に問われるべきである。
全頭検査の修正に当たっては、「20ヶ月齢以下の牛」を具体的、固定的に指定した上で、無検査の可否を問うべきではなかった。政府は食の安全を期するためには、無前提、無条件に「全頭検査を修正するとすれば何ヶ月齢以下の牛の無検査が可能であるか」と問うべきであった。
政府は「最善とされるBSE検査のありかた」自体について諮問して、答申を受けるべきであった。その結果として、たとえば「全頭検査を継続するべきである。」、あるいは、「14ヶ月齢以下、無検査体制を認める」などというような答申が行なわれるのが最も望ましいありかただったはずである。食品安全委員会は食の安全確保のための最善の政策を決定するために設置されているのである。
3 食品安全委員会は諮問を受けて審議を開始する前に政府に対して抗議するべきであった。
食品安全委員会は、政府側が、食品安全基本法の規定に反して
@ 食品安全委員会とは無関係にアメリカ産牛肉の輸入再開に関する交渉を行い、
A 非常に具体的な「20ヶ月齢以下無検査」という条件まで定めてアメリカ側と合意して、
B 事後的にこの条件を国内にも適用する事に関して諮問を行なった。
以上の3点に関して、審議に入る前に、政府に対して厳重に抗議するべきであった。どのように言いつくろおうと、アメリカからの政治的な圧力に妥協しようとする政府側の意図が極めて明白である。このような状況では、食品安全委員会が国民から付託された任務を全うすることは極めて困難であるといわねばならない。
4 食品安全委員会の評価のありかたにも問題がある。
今回の審議に当たって、食品安全委員会とその専門調査会では、「定量的なリスク評価が困難なので、定性的な評価を行った」と報じられている。現時点では審議の詳細や答申の正式な内容を見ていないので新聞報道で判断するしかないが、もしこれが事実であるとすれば、そのような評価の論理自体が問題にされねばならないだろう。
BSE問題一般に関して、専門調査会が定量的なリスク評価が出来ない、あるいは困難であることを認めたという点は正しい。これはかっての食品安全委員会の中間報告書(04年9月)で、仮定に仮定を重ねた上で、我が国のvCJD患者の発生数を1人以下などと定量的に示したのと較べて一応評価できることである。
しかし、定量的な評価が困難であるといいながら、はたして「20ヶ月齢以下の牛の無検査の可否」などと言う非常に具体的な諮問事項を審議することが出来るのであろうか。定性的な、いわばアバウトな評価であると言うことを自認するようなリスク評価での結論の出し方が許されるのであろうか。
ことはリスク評価の論理や方法論に関わる。リスク評価が困難であると判断された場合に、アバウトな結論を出して、これを政策に反映させることは危険である。リスク評価の限界が示された場合には、あえて結論を出すこと
をせず、予防原則に従った、予想されるリスクの総合防除体制を構築することが最も望ましい。その意味では,SRMの除去、履歴表示、飼料規制の 強化、献血、輸血の規制などと並んで、現行の全頭検査体制を継続するなど
の総合的なリスク回避対策こそが、科学的に、公衆衛生学的に、安全確保のための最善のありかたである、といえるのではなかろうか。
5 検査法の可能性に関して考察を加えないのは何故なのか。
全頭検査の方式であれ、20ヶ月齢以下無検査の方式であれ、これらは2年前に定められた現行の検査法を今後とも実施することを前提としている。しかしBSEの検査法はその後、今日までに相当に改良されており、たとえばプルシナー教授らが開発したCDI法では現在の方法よりもはるかに感度が高い。コストは1頭あたり12から14ドルで現行法よりも安い。筋肉からの異常プリオンの検出も可能である。検査も5時間程度ですみ、人のvCJDの検査にも利用が可能であるという。
同教授門下のJiri Safer助教授は「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集法として全頭検査は有用である。」と訪米した民主党の調査団に語っている。
専門調査会としては、現行法よりも高感度で低コストなCDI法などを導入して、全頭検査を継続実施するほうが、現行の検査法を固執して20ヶ月齢以下の牛の検査を切り捨てるような検査体制を採用するよりもはるかに科学的であり合理的であることを認識するべきではないのか。前提条件をどのように設定するかによってリスク評価の結論は大きく変わってくる。検査法の進歩に関する展望を無視ないし軽視したうえで、全頭検査体制の修正を認めた今回の調査会の決定には問題があるといわねばならない。
我が国の全頭検査体制は世界的に最も厳しいといえる。牛の履歴管理も完全に行われている。しかも、年間わずかに約35億円の予算で、安全、安心を担保しており、生産者、消費者からの不満も特に見られない。そのうえ現時点では現在よりも、より精度が高く、より安価に実施可能な新しい検査法が用意されているというのに、何故、特定の月齢以下の牛を除外するような検査の体制に変える必要があるのだろうか。そのように考えるのが常識というものではないか。どうしてもアメリカ産の牛肉を輸入したいというのなら、輸入牛肉についてだけ、20ヶ月齢以下無検査の体制をとればよいだろう。
これまで、我が国の生産者からも消費者からも現行の全頭検査体制を止めるべきだと言う要求が出たことは全くなかった。今回の全頭検査の修正は、国民的な世論の大勢に即したものではない。、食品安全委員会、専門調査会が政治的、行政的な圧力によって提示された諮問事項をあえて受け止めねばならなかったという事実を確認しておかねばならない。
6 異常プリオン感染牛の増加をどう評価するのか
全頭検査を20ヶ月齢以下、無検査の方式に変えても、BSE発症牛の増加はx頭である、とするようなリスク評価の結論が出たとしても、そのx頭の数字が信頼できるほど我が国のBSE関連の基礎データが揃っているとは思えない。我が国の場合と対照可能な世界的な資料も完全であるわけではない。専門調査会の委員もそのことを知っているからこそ、定量的な評価の困難性が論議の中で強調されていたのである。たとえば、BSE牛の発症数よりも、消費者の体内に摂取されるであろう異常プリオンに照準を当てた場合に、全頭検査を修正した場合の異常プリオン感染牛の数や分布、ヒトへの感染量の増加についてどの程度のことが言えるのであろうか。
人でのvCJDに関する異常プリオンの最小発症量に関する知見は極めて不足している。またvCJDの発症に到らなくても、異常プリオンの感染によってどのような健康上の異常が発生するのかも明らかではない。専門調査会のリスク評価は常にBSEやvCJDの発症数や死者についての数値の大きさに関して行われているが、本来はこれらの疾患の病原体の存在量や分布の変化に関して評価されるべきである。
異常プリオンの少量継続摂取に問題があるのか、大量一回摂取でも発症する事があるのか、イギリスに滞在歴のある人からの献血、輸血を禁止するような予防的な対策をとらねばならないほど、vCJD問題には不明の点が多くある。
異常プリオンは細菌でもウイルスでもない。それはDNA系とは無関係な高分子たん白質様の化学物質でありながら、生体内の正常プリオンを異常化して増殖する病原体であるといわれる。そのような従来の医学的な常識をはるかに超えるような存在であることを再確認しておくことが必要である。
7 アメリカ産牛肉の輸入の可否に関する論議はこれからの課題である
今回の専門調査会の論議は国内産の牛の検査体制に関するものであった。世界的に見ても最高水準にあるといわれる履歴表示や全頭検査体制によって集められた国内的な資料の利用がある程度まで可能であったかもしれない。しかしアメリカ産牛肉の場合には、安全性を確認するための資料はアメリカの農務省をとおして収集するしかない。しかも履歴表示も不完全で、歯列や発育度で月齢を判定するような、政府部内から体制の強化が要請されているといわれる検査の仕組みの中でつくられた資料によって我が国の食品安全委員会が説得性のある結論を出すことが出来るのか、甚だ疑問である。
今回の専門調査会の結論で、外堀は埋められたかもしれないが、内堀はそう容易に埋められるとは限らない。当面の経過に注目せねばならないだろう。(完)
(3月20日)来日したライス国務長官に求める
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題に関して―
藤原邦達
ライス米国務長官が18日に来日して、翌日、町村外相、小泉首相らと会談を行った。主要な議題の一つとしてアメリカ産牛肉の輸入再開問題が取り上げられた。
1 真の国益とは何か
アメリカという国家が世界の中でどのような国としてみられているか、国務長官であるライス女史もそのことについては無関心ではないだろう。
アメリカは、大量破壊兵器についての見通しを誤り、国連の同意を得ないなかででイラクを攻撃した、その結果10万人といわれるイラクの一般市民が犠牲になったという事実に対して、厳しい国際的な批判を浴びている。あるいは、温暖化防止条約を一方的に破棄した理由について、自国の経済を守るためである、などと公言してはばからない大統領が世界からどのように見られているのか、知っているのであろうか。
アメリカが尊敬される国家であるために、どうあるべきか、ライス国務長官はそのことを絶えず念頭において行動されるべきである。
今回の日米間での牛肉輸入交渉に際しても、結局は力の論理で押し切ろうとするのは、アメリカという国の品格にも関わることである。
国家のあり方についての歴史的な評価は、その国が尊敬されるような理念、倫理観に立脚して、関係諸国に対しては協調、理解をもって慎重に行動し、結果的に尊厳(dignity)といわれるような資質を持つことによって決定される。そして、利己的、独善的、傲慢、粗暴、尊大な行動に対しては格別に厳しい批判を招くものとなることも明らかである。
我が国は業界の利益や政治的な思惑がからんだ損得づくで、やたらに牛肉輸入に反対しているのではない。アメリカは今回の場合でも相手国のいい分を謙虚に聞いて応対する雅量を持った国家であってほしい。
最近のアメリカ政府側のいらだちは、畜産業界からの突き上げで上院、下院の議員たちの動きを無視できなくなったことに由来している。アメリカ側から見た日本側の対応が遅いことは事実かもしれないが、意図的にサボタージュが行われているわけではない。我が国は独自の主権国家としての法制度に即した対応を慎重に進めているのである。
我が国の食品の安全に関わる法制度は、我が国固有の歴史的な体験に根ざして構築されている。多難な試行錯誤を重ねながら今日の食品の安全を守る仕組みがつくられてきた。それは多数の犠牲者、被害者、関係者たちの血と涙と汗に彩られた法的、行政的、社会的な独自の体系であると言うことができるだろう。もちろんそれは、なお完璧ではない。現行の法制度にはまだまだ厳しさが足らないことが批判されている。しかし私たちは、食の安全を守るための社会的な秩序を維持する上で、国の法制度は大切にせねばならないと思っている。
我が国では、昨年制定された食品安全基本法に基づいて、厚生労働、農林水産,公取などの諸分野に関連した法令の体系のもとで行政が機能している。食品安全基本法の第22条において設置が定められた食品安全委員会の意見をきいた上で食の安全に関わるあらゆる施策が行われることになっている。アメリカ側はこのような相手国の法制度を理解したうえで牛肉の輸入再開問題と取りくむべきであろう。
もっとも、このHPのなかでも触れてきたように、日米交渉に際して我が国の政府は少なからず過ちを犯してきた。すなわち、第一に食品安全委員会の意見をきくことがなく、第二にアメリカ側に対して我が国の食の安全を守る法制度についての説明責任を果たすこともなく、約1年間にわたって、外務、農水、厚生労働省の政府側が交渉に臨んで、非常に具体的な形での牛肉の輸入再開を約束してしまった。アメリカ政府や業界がこの交渉の妥結という事実を、国際的、外交的な常識で捉えることになったのも無理からぬところであろう。
アメリカ側のいらだちが貿易摩擦にまで進展しようとしているような現状に関して、我が国の政府の当事者たちが全く責任を感じていないことには憤りを感じる。そればかりではない。一部の政治家たちはこのような事態を招いたのは食品安全委員会の審議のありかたに問題があるからだ、などという、許しがたい発言までもするようになっている。
3 アメリカ側は科学の役割を再確認するべきである。
私は今更、科学が絶対だなどというつもりはない。またここで、おおげさに科学論を戦わすつもりもない。しかし、BSE問題に関しては、科学と政治との関わりについてぜひとも触れておきたい事がある。
科学には限界があり、この限界を無視するような対処の仕方が危険であることは多数の歴史的な事実が証明している。とくにBSE問題では、病原体である異常プリオンの由来や病理をめぐって、イギリスでの発生以来、約20年にもなる現時点でさえも未解明、不確実な部分が非常に多いという事実が厳然として存在する。BSEやvCJDの分野では、調査、研究をとおして、すでに解明された部分と、なお未知であるとされている部分の双方を、実際に対策を考える上で、どのように取り扱えばよいのか、ということがたえず厳しく問われている。
我が国の全頭検査体制は確かに30ヶ月齢以上で検査を行っている「世界的な常識」に反するものであるかもしれない。しかしそれは科学が明らかにしてきた部分となおかつ未知の部分の双方に対して我が国の政治や行政が構築してきた予防原則的な仕組みであり、総予算約35億円でかちとられたにしては、公衆衛生学、予防衛生学的に、もっとも賢明で実際的な対処の仕方であったといえるだろう。
ライス国務長官は19日の上智大学での講演の中で、BSE問題に触れて「科学に基づいた国際的な標準があるなかで、例外を認めるべきではない。」とのべている。これは我が国の全頭検査が科学的な常識に基づくものではない、とするアメリカ側の考え方に立った発言である。「科学に基づいた国際的な標準」を重視するというのであれば、アメリカ政府は、OIE(国際獣疫事務局)がアメリカを最小ないし中程度リスク国と判定していることや04年8月にEUの食品安全庁が世界66カ国についてのGBR(地理学的BSE評価)を公表した中で、アメリカを我が国同様の、レベル3(BSE発症の可能性あり、未確認または低レベルで確認)と評価していることを認めねばならない。
アメリカ側が指摘するように、全頭検査を実施しているのは我が国だけであることは事実である。しかし全頭検査が科学的な方法論の究極としての、SRM(特定危険部位)の除去をふくむ総合防除体制の重要な一環として、不可欠のものであることについては、このHPですでに繰り返して述べてきたとおりである。検査法の進歩をとおして、検出可能月齢は低下する。間もなく生前検査も可能になることが期待される。アメリカが主張する検査月齢の閾値を30ヶ月とするような考え方はもはや時代遅れであって、まさしく「科学に基づいた国際的な標準」などと言えなくなろうとしている。
我が国の全頭検査では、21,23ヶ月齢の幼若牛でのBSEを発見することに成功した。これはイギリスでの20ヶ月齢のBSE牛1例の検出に続く科学的な快挙であるといってもよい。もしも国際的な基準などとされている30ヶ月齢以上での検査方式をとっていたならば、すくなくとも20ヶ月齢代のBSEの牛群を私たちの食物連鎖系の中に野放しにして、異常プリオンの拡散を許すことになっていたであろう。検査法の開発、進歩を促進しながら,全頭検査によって、BSEの発生源である個々の患畜牛に迫るために、個別の精査、全数の点検を実施するという考えかたは極めて科学的なのである。
昨年9月に行われた、アメリカでの小泉首相との会談の中で、ブッシュ大統領はつぎのように述べて牛肉の輸入再開を強く求めたといわれる。
「官僚や学者に任せられるものではない。科学的な問題も大事だが政治的な決断も必要だ。」
ライス国務長官は、牛肉輸出問題についてのこれまでのアメリカ側の対応が、以上のブッシュ氏の発言に見られるように、アメリカだけの政治的、経済的な利害に関わるものであって、「科学に基づいた国際的な標準に基づく」などというきれい事とは無関係であることを認めねばならない。
4 日本の世論や民意を理解せよ
日本フードサービス業界、全国焼肉協会、外食産業などの業界団体や関係企業がアメリカ産牛肉の輸入再開を求める署名活動を行なっている。2月15日の時点で60万人を超える署名を集めた、予定では政府に提出する3月末までに、100万人を目標にしているなどと報じられている。業界が輸入禁止に喘いでいるなかで、某外食産業がストックしていた牛肉を放出して牛どん販売を行ったところ、店頭には長蛇の列ができたという。このニュースはアメリカにも伝えられているであろうが、あるいは日本の消費者はアメリカ産牛肉の輸入再開を望んでいるのに、学者や政治家、役所がこれを阻んでいると見えるのかもしれない。
しかし、すでにこのHPで何度も紹介したように、報道機関などの世論調査の結果では、約7割の日本の消費者は、アメリカ産牛肉の輸入再開に対して慎重な姿勢をくずしていない。全頭検査や食品安全委員会に対する信頼も厚い。政府も小泉首相もこのような世論を尊重せざるをえなくなっている。ライス国務長官はこの現実を認めねばならない。
もっとも、農水行政の責任者である島村農水大臣は「全頭検査は世界の非常識」などと公言して批判を浴びた。民主党からは辞任に価するなどと迫られて、発言を撤回した。また与党の責任者である武部幹事長は4日の記者会見で、「常識を逸脱した消費者の対応も改めていかなければならない。」とのべた。これは、今日のようなBSE問題、牛肉不安を発生させてきた行政側の責任を考えれば、決して言えないはずのことである。いずれにしてもこのような日本の指導的な立場にある政治家のありかたがアメリカ側の圧力を増幅するための役割をはたしている事も事実であろう。
アメリカは民主主義の基盤の上に成り立っている国家であることを誰よりも自負しているはずである。ライス国務長官はその国の行政の責任者である。世論と民意の重さを熟知しておられる当事者である。全頭検査体制は日本では国民的な支持を得た食の安全、安心を守る仕組みとして認知されていることを忘れてはならない。
5 アメリカこそ信頼される安全確保の体制を構築せよ
アメリカのBSEの検査体制には相当に問題がある。このことは当事者のアメリカの一部の検査官や業界の労組の関係者も証言している。BSE関連の研究でノーベル賞に輝いたプルシナー教授の共同研究者もそう述べている。アメリカ政府は我が国の全頭検査を批判する割には、自国の検査体制の欠陥については寛容である。我が国ではBSEの検査が100%の牛について行なわれているのにアメリカではわずかに0,1%以下である。
食品安全委員会のプリオン専門調査会委員の山内一也東大名誉教授は次のようにのべている。
「そもそもアメリカは、日本が輸入した10倍以上の頭数の牛を輸入しています。BSEの侵入リスクは日本よりも高い。そのことはEUも認めていて、BSEの汚染程度を日本と同じレベルに分類していますし、アメリカが招いた国際調査団も北米大陸全体の汚染実態はわからない。しっかりしたサーベイランスをやるべきだと勧告しています。」(農民誌、04年12月6日)
我が国と同程度の異常プリオン汚染が疑われているのに、我が国の約30倍もの飼育牛がいるアメリカでのBSE牛の発生件数は異常に少ない。これまで300万頭についての全頭検査を行なって15頭のBSE牛を見つけた我が国に対して、アメリカでは飼育牛3000万頭のうちの、わずかに2万頭の検査が行なわれたなかで、たった1頭のBSE牛しかみつけていない。この数字の意味するところは重大である。問題は所詮、アメリカの検査体制の不完全さにあるのではないか、大多数の日本の消費者はそう考えるようになっている。
アメリカは牛の輸出のためではなく、アメリカ国民の健康保持のために、異常プリオン対策をもっと強化するべきではないのか、牛肉を輸出したいばかりに、日本の検査体制を非科学的だなどという前に、そう考えるのが国益にかなう科学的な考え方ではないのだろうか。
今後、輸入牛肉問題での諮問が行なわれた段階で、食品安全委員会ではアメリカの検査体制に関する論議がしっかりと行なわれることになるであろう。リスク評価をするうえで、もしもアメリカで全頭検査体制を実施した場合にはBSEの発見確率が増大するか否か、についての論議を省略することは許されない。
ライス長官には、他国のBSE対策の方式を批判する前に、真摯に自国の方式の欠陥を認めて、これを改善するために全力を傾注されるように希望する。
6 牛肉輸入再開問題は貿易摩擦などに発展させてはならない課題である。
貿易摩擦問題は輸出入の当事者国間で、経済的な利害が絡んだ政治的な課題として登場してくる。輸入障壁として安全性問題が関連してくる場合には、WTO協定関連のSPS協定で取扱うことが定められている。政治的な圧力によって、問題が処理されることは避けるべきである。安全性関連の課題では当事者国間で科学的な討議が行われて冷静に結論を導くことが求められている。
今回のアメリカ産牛肉の輸入再開問題では、我が国に関する限り、国産牛肉業界や畜産市場の保護などといった経済的な側面は存在しない。官僚のサボタージュがあるわけでもない。日本の法制度に従った問題処理のありかたに時間がかかりすぎることが問題になっている。ただそれだけのことである。関係者は待たねばならないのである。
国民、消費者が納得できるような結論を得るためには、食品安全委員会の審議は後ろ指ひとつ指されるようなものであってはならない。リスク評価の論理が透徹したものでなければならない。専門調査会の一部の委員たちが主張するような、全頭検査をしなくても、日本人のvCJD発症者数は1人以下であって、リスクは非常に小さい、などというような評価を前提にするのであれば、20ヶ月齢以下であろうと、30ヶ月齢以下であろうと、たとえどんな方式を実施しようとリスクの変化は些少である、などという結論が出てしまうだろう。十分に時間をかけて、国内外の批判に耐えられるようなすぐれた結論が得られるように求めたい。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題は、貿易摩擦などに発展させてはならない性格を持った課題である。決して解決の方法を誤ってはならない。とくにライス国務長官には、日米の友好と信頼を確保するために、慎重な姿勢をくずされないように希望してやまない。(完)
(3月15日)BSE問題・緊急に食品安全委員会の審議を求める
―牛肉輸入の再開のための前提を確実に作るために―
藤原邦達
昨今の牛肉輸入再開問題をめぐる日米間の軋轢はただ事ではない。アメリカ側の日本の法制度に対する理解の不足に加えて、日本側の国内的な対処の遅れが事態をいよいよ悪化させている。そして最終的に現在進行中の我が国の食品安全委員会の審議のありかたに注目が集まり、答申の内容如何に関心が持たれるようになっている。まさしく食品安全委員会にとって今こそが設置されて以来の正念場であるといえるだろう。
日米の政府間ではすでに昨年10月に、20ヶ月齢以下の牛の無検査での牛肉輸入の線で合意が成立している。アメリカ側が4ヶ月後の現時点でさえも輸入再開の目途が立たないことにいらだっているのは当然である。問題は我が国の政府が約1年間も日米交渉の妥結直前まで食品安全委員会の意見をきく手続きを怠っていたことにある。我が国では今時になってようやく全頭検査の見直しに関する国内対策の審議が行われている。いかにも対応が遅い。
牛肉の輸入再開にこぎつけるまでに必要な要審議事項を早急に確定しなければならない。政府はすくなくとも以下に示す事項についての諮問を迅速、的確に行い、これを受けて食品安全委員会は早急に審議に取りくむべきである。
1 国内対策関連
(1) 全頭検査体制を修正することについて
1)修正の必要性と有用性に関する見解の提示
これまで、我が国の全頭検査体制を修正する必要性があるのか、修正すれば修正前よりもより有用、有効だといえるのか、ということについての基本的な議論が行われていないのは不可解なことである。この際徹底した討論が行なわれて納得できるような「修正を必要とする論理」が示されることを期待する。
リスク評価とはやたらにリスク計算をすることではない。評価を必要とすることの理由や論理の整合性が明確でなければならない。現行制度を修正せねばならない根拠が薄弱である、などということは許されない。国民、消費者の期待に反するような動機でありながら、評価作業を実施して、その結果、リスクが小さい、低い、だから全頭検査を修正することに合意する、などというのは専門家,研究者の組織である食品安全委員会や専門調査会のするべきことではない。
2)修正する場合の無検査月齢の閾値の決定
最初から20ヶ月齢という数値にこだわる必要はない。純粋に科学的な解析を通して、もしも無検査可能月齢というものがあるとすれば、自信を持ってその線引きを行なうべきである。そのためには、予め現行検査法に代わる新しい検査法(たとえばプルシナー教授のCDI法などの導入)についての検討を行なって、その検査法での検出可能月齢(たとえば10ヶ月齢)を明らかにするべきである。
もちろん、そのような討論の過程で、現行制度の継続が必要性、有用性を最も高度に充足するものであり、今更、全頭検査体制を修正する必要はない、とするような結論が得られる可能性もある。
(2) 修正した場合のリスクの評価について
(1)項での作業が完了して、現行の全頭検査方式を無検査月齢を指定した新しい方式に変更した場合の、両方式に関するリスク水準の比較を行なう。
食品安全委員会は研究者、有識者の組織である。政治的、経済的な雑音や圧力とは無関係に、粛々と論議を行い、その成果が国内外で高く評価されるようなものとなることが期待される。前回(3月12日)の私のHP所載の論文で示したように,BSE、vCJDの発症数や死亡者数に集約したリスク評価に限定せず、ひろく異常プリオンの蔓延、汚染に関わるリスクを防止するための最善の方策を見出すことに全力を投入するべきである。
2 輸入対策関連
(1) アメリカ側の最終報告書(05年1月19日、米国農務省提出)の食品安全委員会としての検証
A40というアメリカの発育度判別の基準が20ヶ月齢以下の牛を選別するために利用可能である、とするアメリカ側の報告書の結論を農水省の検討委員会では条件付で認めているが、食品安全委員会として改めてこの報告書に関する評価を行なう必要がある。
そのためには我が国の月齢が正確に認知できる牛を用いた、発育度と月齢の相関関係を明らかにする研究を実施してアメリカ側の報告書の内容と対比することが望ましい。
(2) アメリカ全国の規模でA40基準を用いて実際に格付け判定を行った場合に、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が輸入枝肉に混入してくる確率の計算
アメリカの全国規模での格付け検査官160人による日常業務では2700万頭の牛を取り扱うことになる。この場合に、判定ミスが起こる確率xはアメリカ側の最終報告書にある実験研究での、0,26%以下〜1,92%以下よりも大きくなることは明らかである。輸入に当たって実際に問題になるのはこのxの大きさであることを忘れてはならない。この点に関しては、現地のさまざまな実情が関係してくるであろうから、まずアメリカ側の見解を求めねばならない。その上で我が国の専門家がアメリカ、カナダの現地調査を行って、実情を確認することが必要である。
(3) 輸入時点での、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入してくる最終的な確率の計算
A40以下と判定された牛の枝肉がアメリカ西岸の輸出港に集荷された時点で、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入する確率を算出せねばならない。この場合には、(2)項のxだけでなく、事務処理過程でのミスyと集荷作業過程でのミスzが加算される。(HP、3月以降の所論を参照のこと)
実際の貿易に当たっては,X,Y,Zのような非意図的なミスによる混入以外に、場合によっては意図的、作為的な混入も起こりうるのであって、監視、調査などの仕組みによる公的な保証が必要になってくる。 アメリカ農務省の発育度と月齢の関係に関する報告書にある実験研究での混入確率だけで問題を処理するようなことがあってはならない。実際の輸出入が相当に複雑な要因によって支配されるようになることを覚悟していなければならないだろう。
(4) BSE牛、異常プリオン汚染牛由来の牛肉が輸入されてくる確率の計算
一定の条件下に、輸入が行われる場合に、我が国にBSE牛あるいは異常プリオン汚染牛由来の牛肉が混入してくる確率を予測していなければならない。しかし、この場合にはアメリカの現行の検査体制で正確なBSE牛、異常プリオン汚染牛の発生率の予測が可能なのか、という難問に遭遇するであろう。我が国固有のBSE牛の発生予測数に輸入によって加算されるBSE牛の総数がどの程度の大きさになるかを示すことが可能であるとしても、異常プリオン汚染牛に関する予測については現状では不可能であると言うべきではなかろうか。
(5) 輸入の場合の留意すべき付帯条件の設定
輸入が再開される場合には、我が国として付帯条件を厳格に設定してアメリカ側の了解を得るべきである。農水省の検討会は、@評価決定ポイントの明確化、A検査官への周知徹底、B評価結果の記録と保存が必要であるとしており、そのほか、C追加的検証、D実施後のフォローアップの必要性を認めている。実際の輸入に当たっては、我が国としてアメリカ政府に要求するべき保証措置はさらに明確にされねばならない。
3 今後に緊急に必要とされる取り組み
輸入再開の可否について検討する場合には、以下の取組みを緊急に必要とする。
(1) アメリカ側の報告書の第三者による実験的な検証の実施
アメリカ側が提出した報告書での発育度と月齢判定に関する実験と同様な趣旨での実験を我が国の月齢が確実にわかっている牛の場合について実施して,20ヶ月齢以上の牛が混入してくる確率を算出し、アメリカ側の報告書の数値と比較する。
(2) アメリカ、カナダでのBSE、異常プリオン対策についての現地調査
BSE問題だけでなく異常プリオン汚染問題にまで範囲をひろげて、現地でのあらゆる施策の実態を調査せねばならない。輸入再開を決定する場合には、事前に、いっそう具体的な調査が必要となることはいうまでもない。
アメリカの研究者や行政関係者、業界団体関係者のなかには、アメリカ政府の方針に批判的な見解を示す者があるので、彼等の意見についても無関心であることはできないだろう。
(3) リスクコミュニケーションの実行
牛肉の輸入再開についての世論の動向には厳しい関心を持つべきである。食品安全委員会としてはリスク評価の過程で広く国内の専門家、消費者との、いわゆるリスクコミュニケーションを徹底して行うことが求められる。食品安全行政側としても、牛肉の輸入再開についての国民的なコンセンサスを形成するための努力を怠ることは許されない。
以上に示したように、国内的な法制度を整備した上でなければ輸入再開問題には対処することができないのであるから、食品安全委員会の審議には相当な時間を必要とすることを覚悟していなければならない。やたらに輸入を急いでも、アメリカ産牛肉が日本の消費者に歓迎されないのでは仕方がない。リスク評価は安全性の確保のために行われるのであるが、消費者は安全だけでなく安心できる条件や環境を求めている。
昨年10月23,24日に行われた朝日新聞の世論調査では、米国産牛肉の輸入再開に反対する人々の割合は63%(賛成26%)に達しており、輸入が再開された場合でも、食べたくない人々の割合は63%(食べたい26%)ということになっている。また3月15日に報道されたNHKの最新の世論調査によれば、政治的な圧力によって米国産牛肉の輸入を再開することに反対する人々の割合と食品安全委員会の安全性の評価の後で輸入再開の是非を決めるべきであるとする人々の割合はいずれも80%を超えている。
終りに当たって、食品安全基本法では、国、地方自治体、事業者の責務と並んで消費者の役割をつぎのように示していることに留意しておきたい。
「消費者は食品の安全性の確保に関する知識と理解を深めるとともに、食品の安全性の確保に関する施策について意見を表明するように努めることによって、食品の安全性の確保に積極的な役割を果たすものとすること。」
ブッシュ大統領がどういおうと、農水大臣や与党の幹事長が何をいおうと、米国産牛肉の輸入再開問題では、消費者こそが最後に「積極的な役割を果たすもの」でなければならないだろう。(完)
(3月12日)BSE問題・食品安全委員会と専門調査会の審議に注文する
―科学的な討論をするためにー
藤原邦達
食品安全委員会は、昨3月11日、専門調査会の会合を開いた。その論議の目的は「全頭検査の対象となっている牛から生後20ヶ月齢以下の牛を除外した場合の健康への影響を評価する」ということであった。しかし、昨日は最終的に、「20ヶ月齢以下の牛を検査から除外してもリスクの増加は極めて少ないことが示唆されたが結論には至らなかった。」と報じられている。(朝日新聞、3月12日)
1 何故「20ヶ月齢」をめぐって論議をせねばならないのか
科学的な討論では、事実の積み重ねの上に論理を展開せねばならない。任意に持ち出された数字を安易に使ったり、仮定の上で引用された事例を無造作に事実として認めてはならない。
日米交渉で焦点となっている「20ヶ月齢」という数字は、昨今の食品安全委員会でも論議の焦点となっているが、一体何故この数字がクローズアップされねばならないのだろうか。
国際的には、一般に30ヶ月齢以下の検査が行なわれていない中で、我が国の全頭検査では、検出された15頭のBSE牛のうちの2頭が21,23ヶ月齢であった。これだけが真実のすべてであって、だから、「20ヶ月齢以下の牛では検出不可能である」、まして、「20ヶ月齢以下の牛では検査が不要である」などと決めつけるのは大きな誤りである。今後とも全頭検査を続ければ、17ヶ月齢のBSE牛が発見されないとも限らない。今日当たり前のように言われている「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということも明らかに論理の飛躍である。「不可能」とか、「不要」だとか、「困難」などとという断定には科学的な根拠が全くない、それは単なる憶測にすぎない。
食品安全委員会の専門部会では、「20ヶ月齢以下の牛では検出が困難である」ということが、何故か固定観念のようになっていて、審議の核心は「その20ヶ月齢以下の牛を検査対象から除外してもよいか」ということになっている。何故、20ヶ月齢以下を閾値として選んだのかという説明がない。「除外してもよいのか」ということを論議せねばならない理由も明らかにされていない。そしていわゆるリスク評価というような取って置きの手法が適用されて、結果的に「20ヶ月齢以下を除外してもリスクは小さい」という結論となり、したがって「全頭検査から20ヶ月齢以下の牛を除外してもよい」という結論が出ることになろうとしている。 以上のような経過の中で、このままでは、恐らく「食品安全委員会は科学的なリスク評価を行った結果、全頭検査の対象から20ヶ月齢以下の牛を除外しても健康に与える影響は小さいと判断する」と報告されることになりそうである。
何故「20ヶ月齢」なのか、それは、はっきり言って関係者がアメリカ産牛肉の輸入再開を意識しているからではないか。それは、意図的に持ち出された数字ではないのか。「除外してもよい」のではなくて、はじめから「除外する」ための月齢の数字として登場しているのではないだろうか。
リスク評価を正確に行うのであれば、専門調査会の全力をあげて、現行検査法の検出限界となる月齢xを可能な限り正確に見出した上で、そのx月齢以下の牛を検査対象から除外した場合のリスク評価を実施する、ということでなければならなかったはずである。
2 検査法に関する固定観念にとらわれてはならない
全頭検査から20ヶ月齢以下の牛を除外するか、どうかという場合の検査法は現行の国が定めた定性検査法である。しかしこの検査法はこの3年来使われていて、正直にいってもう相当に古い。その後に改良された検査法がいくつか発表されている。今回の大がかりなリスク評価の場合でも、「現行検査法によれば」、という大前提がついていることを忘れてはならない。
昨年7月に公表された専門調査会の報告書(たたき台)には、検査の展望として次のように書かれた部分がある。
「米国のS.B.Prusinerらのグループが開発したBSE検査法Conformation-DependentImmunoassay(CDI)は検出感度に優れ、生前検査への応用が期待されている。今後迅速検査法については、その検出感度が急速に改良される可能性がある。検出限界の値が小さいものとなれば、感染初期の若齢牛の摘発が可能となると考えられる。牛生体から採取した組織、血液等を用いた検査が可能となれば、と畜前に感染の有無を明らかにすることも期待できる。そうなればBSE感染牛をと畜場に持ち込むことなく、摘発、排除でき、SRMによる交差汚染による心配もなくなり、欧州委員会科学運営委員会の報告にのべられている、消費者をvCJD感染リスクから守るために人の食物連鎖に感染動物をいりこませないとする目標にさらに近づくことになるであろう。」
他方で、我が国の民主党のアメリカBSE調査団の報告書では、ノーベル賞受容者でありBSE研究の第一人者でもあるプルシナー教授門下のJiri Safer助教授の談話として次のように書かれている。
「検査の感度が上れば、若い牛でも異常プリオンが検出されることになる。現在開発されたCDI法を用いれば、現在の方法よりも感度が高い。また脳だけではなく、筋肉からも検出可能である。CDI法のコストは1頭あたり12〜14ドルであり、時間的にも5時間程度でできる。また、人間のクロイツフェルト・ヤコブ病にも利用可能であり、遺伝的なものなのか後発的なものなのかも区別できる。」
なお彼はこの会見のなかで、「全頭検査をやめて20ヶ月齢以上に切り替えようとする動きには科学的根拠がない。」、「日本が今のタイミングで全頭検査を見直すのは少し早く、しばらく続けるべきである。科学的分析を行うための情報収集として全頭検査は有用である。」とつけ加えている。
つまり、国策としてのBSE対策を考える場合には、進歩した検査法を取り入れるべきであり、今の段階で、現行の検査法の使用を前提として、その上で、20ヶ月齢以下が検出困難だとか、ご丁寧にも20ヶ月齢以下の牛を検査しない場合のリスク計算まで行って、だから全頭検査を行なわなくてもよい、などというのは全く無意味である。むしろCDI法のような進歩した検査法の適用を期待しながら、全頭検査をしばらく継続するほうがはるかに科学的であり、国策としても優れているはずなのである。
専門調査会が今急いで全頭検査を修正しようとしているのは、やはり輸入再開を意識した「閾値20ヶ月齢設定」のためではないのか。
たとえば、近い将来に、10ヶ月齢までのBSE牛の摘発が可能だ、とするような検査法が出現した場合には、ただちに「20ヶ月齢以下の牛の検査はしない」というような対策はくずれてしまうではないか。ごたいそうなリスク評価の結果なるものも無意味になってしまうのではないか。
専門調査会に国民が期待しているのは、検査法開発の現状を我が国最高の研究者の会合で十分に検討したうえで、早急に現行法に変えてその最新の検査法を採用し、その場合の検出可能月齢xを推定することである。たとえ全頭検査体制を継続しないとしても、20ヶ月齢ではなくて、これよりも低いx月齢を閾値をして取り扱うことである。もっと論理的に言うならば,CDI法に限定せず、「よりすぐれた検査法を導入するという条件のもとで、限りなく現行の全頭検査を継続する」ことを提言することである。
3 リスク評価の論理が重要である
リスク評価のための計算をすることが科学的なのではない。いかなる目的で、どのような論理でリスク評価をするのかが科学的に問われているのである。
BSEやvCJDの発生リスクを計算して一定の数字を算出することが無意味であるとは言わない。しかし、これらの疾患の原因物質、病原体とされている異常プリオンには今日の科学的常識に即して最大レベルの未知、不確定部分が存在しているというのが科学的な真実である。牛や人が死亡するというだけの現象を問題にするのではなく、異常プリオンの牛や人の生体自体への有害性、毒性、影響を大きく問題にせねばならない。vCJDで死亡する人の確率が1人以下であるからリスクは少ない、だから全頭検査を止めても差し支えがない、などという専門家が行ったリスク評価の結果を異常プリオン対策の根拠にすることは許されない。
リスク評価論者の中には、対策費用論まで持ち出して、BSE対策よりもエイズ対策や禁煙対策の方が重要である、消費者の輸入牛肉に対する不安感はナンセンスだ、などといいかねない人さえある。
リスク評価の重要性を否定するものではない。しかし異常プリオンは食品添加物や脳欲のような根拠資料の揃った定型的な課題ではない。そのような常識的な前提を抜きにしたリスク評価なるものは輸入再開のための政治的、経済的な勢力に利用される恐れがあるのである。
リスク評価の結果であるから科学的な結論として受け入れる、という前に、どのような目的で、どのような条件でそのリスク評価が行われたかを問題にせねばならない。単にリスクの大小だけを見て行動するのは最も愚かで危険なことである。
4 BSE対策から異常プリオン対策にシフトせよ
食品安全委員会及びその専門調査会はBSE、vCJD対策のために機能している。評価、予測は牛、人での発症数、死亡数について行われる。たとえば我が国での予想vCJD患者の発生数は0,1〜0,9人であると評価され、したがってリスクは小さいとされる。しかしこれらの疾患の病原体である異常プリオンが牛や人の健康に対してどのような影響を及ぼすかが全く評価されていない。それが、いかなる合併症の原因となるか、死亡しないまでもいかなる健康被害を生じるのかは全くわかっていないからである。
このような場合には、どのような対策を講じることが最も正しいのか、それは異常プリオン自体の、主として牛、人での食物連鎖系での汚染、蔓延を防止することに全力をつくすことである。予防衛生学的な観点に立ったあらゆる対策を講じることである。
たとえば、以下のような多数の対策を総合的に実施することである。
@ 牛の履歴管理、月齢確認を確実に行う。
A 最も進歩したSRMの除去法を適用する。
B 最も進歩した検査法を随時導入したうえで、全頭検査を実施する。
C 病牛、死牛の管理を徹底する。
D 飼育、飼料の管理を徹底する。
E 公的な監視と調査を正確に行う。
F 献血、輸血対策を厳格に行なう。
G 汚染源、汚染ルートを追及して、異常プリオンを根絶することを目指す。
予防原則の立場を重視せねばならない。全頭検査を止める、あるいは20ヶ月齢以下の牛では検査を止める、というような後ろ向きの施策は採用するべきではない。
費用、効果の関係について、あえていうならば、以上の対策を実施するために必要とする費用は、その対策によってかちえられる社会的、経済的な効果、たとえば生産、輸出入、流通、市場価格の安定と対比して極めて些少であることは明らかである。
私たちは、この際、消費者の安全、安心を確保するために、既存のBSE、vCJD対策を異常プリオン対策にシフトさせる時が来た事を自覚しようではないか。(完)
(3月10日)BSE問題・来日するライス米国務長官に理解を求める
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題をめぐって―
藤原邦達
就任以来、初めてライス米国務長官が来日して、小泉首相らと会談することになった。アメリカ側から持ち出される予定の主要テーマの中にBSE関連のアメリカ産牛肉の輸入解禁問題があることに注目したい。
昨年10月に日米政府間の交渉で輸入再開についての合意が行われたが、その後の度重なるアメリカ側からの督促にも関わらず、日本政府は輸入再開の時期すら示してこなかった。(正しく言えば示すことができなかった。)したがって、アメリカ議会筋、政府側にはいらだちがつのっており、報復措置まで要求する議員たちの動きもが出てきた。事態がここに到っては、国務省としてももはや静観しているわけにはいかなくなっている。今回、ライス長官がこの問題を持ち出すのも至極当然のことだと言うべきであろう。
1 はじめに日本政府は陳謝せねばならない
我が国には食品安全基本法の定めがあり、政府が食の安全に関わる決定を行う場合には、食品安全委員会の意見をきかねばならないことになっている。今回のBSE問題に関わるアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関しても、政府は外交交渉に当たって、事前に食品安全委員会に輸入牛肉の安全性に関して諮問を行ない、然るべき審議を経て得られた一定の答申に即して交渉を行い、そのうえでアメリカ側との合意を行うべきであった。しかるに日本政府は実際にはそのような、法に規定された手続きをとらなかった。しかも「20ヶ月齢以下の、BSEの検査を行なわない牛の牛肉を輸入する」という非常に具体的な条件を定めてアメリカ側と合意した。そして、交渉妥結の直前になって、食品安全委員会に対して、国内対策としての、「20ヶ月齢以下の牛では検査を行なわない。」という案件についての諮問を行なったのである。
食品安全委員会の下部組織には専門調査会があり、現在、諮問事項に関わる研究者による審議が行われている。今回の場合でも、事が従来の全頭検査体制の変更という国民の関心が深い問題に関わるだけに白熱した議論が行なわれている。今後は専門調査会の報告を受けて食品安全委員会の場での論議が予定されており、ここで出される最終的な答申に即してはじめて農水省、厚生労働省、外務省は全頭検査体制の修正についての施策を決定することができる。
以上のような我が国固有の食の安全確保に関する仕組みについての理解が十分でないアメリカ側が交渉妥結後の日本政府の態度を非難するのは当然であり、本来は日本政府が既往の交渉での対応のあり方についての失態を陳謝するのが筋であると言うべきである。
政府は日米交渉の冒頭でアメリカ側に対してわが国の法制度の実情を説明して了解を求めねばならなかった。そのような説明責任をはたしてこなかったことを改めて陳謝して理解を求めるべきであろう。
2 法治国家の立場を放棄するわけには行かない
日本はアメリカ同様にれっきとした法治国家である。国産牛肉と輸入牛肉に関してダブルスタンダードを認めることはできない。
本来わが国は国産、輸入に関わらず、現行の全頭検査体制のもとで、国民に牛肉を供給することになっている。この制度に対する国民の支持も強固であり続けてきた。昨年の1月以降、日本側はアメリカ産牛肉の輸入の場合でも、我が国同様の検査の実施を要求してきたが、アメリカ側は日本の全頭検査体制は非科学的であると反論して受け入れを拒否した。そして食品安全委員会の委員長が全く関知しない中で、日米政府間での交渉が行なわれて、最終的に「20ヶ月齢以下の牛では無検査」という線での合意が行なわれたのである。
政府が現在、食品安全委員会に諮問を行なっている全頭検査の見直しのための審議では、国産牛肉でも輸入牛肉同様の20ヶ月齢以下の牛での無検査の線引きをすることの可否が問題にされているといわれているが、これも所詮は、わが国が法治国家としてダブルスタンダードを認めないための窮余の策であるというべきであろう。
行政的な施策を推進するためには法に従った手続きが必要であり、そのための時間が必要である。輸出国であるアメリカ側は輸入国である我が国固有の法的、政治的な仕組みを認めねばならない。
3月2日、アメリカ、モンタナ州連邦地裁は7日に米国政府が予定していたカナダ産牛の輸入再開を差し止める仮処分の決定をおこなったといわれる。アメリカ政府は当然のこととしてカナダからの輸入の禁止を認めることになるであろう。法治国家では、法の定めは尊重されねばならない。
3 アメリカ側は科学性を尊重するべきである
アメリカ政府が1月19日に日本政府に対して提出した最終報告書は「米国で飼育される肉用牛の暦年齢と生理学的月齢との関係を明確にする」ためであるとされているが、これを審査した我が国の農水省の専門家による「牛の月齢判定に関する検討会」の報告書では、最終的な結論としてつぎのように要約している。
04年11月の4週間に、9つの食肉処理施設で、生産農場と出生記録を確認できる肥育牛4,493頭について、11人の格付け検査官が成熟度の判定を行った。その結果、つぎのことが明らかになった。(註:以下のA40,A50などはアメリカでの牛の発育度の格付け基準である。ちなみにA40は14ヶ月齢相当とされている。)
(1) 21ヶ月齢の牛(237頭)の枝肉は、すべてA50以上と判定され,A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
(2) 18ヶ月齢〜21ヶ月齢の牛(1,748頭)の枝肉は、すべてA50以上と評価され、A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
(3) これらの結果のノンパラメトリックな統計学的分析によれば、「21ヶ月齢以上の牛が、A40以下に評価される可能性は、96%の信頼度で、0,26%以下(より厳しくみた場合1,92%以下)であると評価される。
(4) 20ヶ月齢以下の牛から生産されたことを保証するためには、A40が適当な基準として機能すると考えられる。
2月8日に行われた農水省の検討会では、以上のアメリカ側の報告書に関する総合的な評価を行なっているがこれを要約するとつぎのとおりである。
(1) A40は枝肉の成熟度を客観的に判別する基準として、適当である。
(2) アメリカ側の統計学的な結論は評価できる。
(3) A40を21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準として採用しうるかどうかの判断に当たっては、米国産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮しなければならない。したがって、そのリスク評価の結果が許容し得るものであれば、21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてA40を採用することは可能と考えられる。
(4) 以上の評価をふまえ、A40を採用する場合には,
ア A40評価ポイントの明確化、検査官への周知徹底、評価結果の記録とその保存が必要である。
イ 追加的検証又は実施後のフォローアップが必要である。
アメリカ側の報告書の内容が我が国の農水省が選任した専門家の検討会で認められたことは確かである。しかしアメリカ側の調査研究の結果が容認されたから、ただちに実際に牛肉の輸入再開が可能になるとは限らないと言うことをアメリカ側としては認めねばならない。それは以上の総合的な評価の結論のなかに、いくつかの留保条件がついていることからも明らかである。
私は既往の論文(HPの3月1日、4日など)のなかで、今回のアメリカ側の研究は約5000頭の牛、約10人の検査官の規模で実施されているが、実際には、アメリカ全土で2700万頭の検査を約160人の検査官で行わねばならない。したがって、これに伴う、判定取扱いミスx、事務処理ミスy、分別集荷ミスzの総和であるx+y+zの大きさをどのように評価するかが最終的、かつ実際的な問題になることを指摘しておいたが、この点についてのアメリカ側からの納得できる回答も待たれるところである。
昨今の報道では、日本側が追加検証のためにさらに要求したデータの提出をアメリカ側が拒否して、「すでに十分なデータを提出した。」と反撥しているという。(3月8日朝日新聞)
アメリカ側はデータの提出を拒否するなどということが輸入の再開を困難にするだけであることを知るべきである。国民、消費者の信頼を失った中での輸入再開がよい結果を得ることができるとは考えられない。
昨年の9月、日米首脳会談の席上、ブッシュ大統領は牛肉の輸入再開について「官僚や学者に任せられるものではない。科学的な問題も大事だが、政治的な決断も必要だ」と小泉首相に迫ったといわれる。そのような姿勢では日本の消費者の失望を招くだけである。今回来日するライス国務長官が輸入再開問題の解決に当たって、科学的で論理的な、良識ある対応を重視されるように要請するものである。
4 日本固有のBSE対策は国民、消費者から支持されている
30ヶ月以下の牛ではBSE検査をしないという国が多い中で、我が国では全頭検査方式が堅持されてきた。当初はそれでは厳しすぎるといわれたが、その後,23ヶ月、21ヶ月齢のBSE牛が発見されたこともあって、全頭検査の継続が必要であるとする意見が圧倒的に支持されて来た。特定危険部位(SRM)の除去さえ徹底して行えば、30ヶ月齢以下無検査でも問題はない、あるいは、わが国ではいわゆるvCJD患者の発生リスクは1人以下であるとする見解もあるが、これらの推論ではリスク評価の過程でさまざまな仮定が置かれていることに留意せねばならない。そもそも,BSE、vCJDの病原体である異常プリオンには未知、未確認の問題点が多すぎる、したがって、このような場合には、予防原則に従って、よりベターな対策を実施することが最も適切であるとする考え方が国民的なコンセンサスとして維持されてきたのである。
すなわち、我が国では、以下のような、考えられるあらゆる施策を実施して、総合的に予防効果を実現することを目指そうとしてきたといえるだろう。
@ 牛の履歴管理、月齢確認を確実に行う。
A SRMの除去を完全に実施する。
B 全頭検査を実施する。
C 病牛、死牛の管理を徹底する。
D 飼料の管理を徹底する。
E 監視と調査を正確に行う。
F 献血、輸血対策を厳格に行なう。
G 異常プリオンの汚染源、汚染ルートを追及する。
我が国では、かって90年代までのBSE対策において大きな誤りを犯したことへの反省から、04年には食品安全基本法が制定され、食品安全委員会が設置された。そして国民、消費者の安全、安心を確保するために、諸外国では見られない、以上のような慎重なBSE対策が実施されるようになっている。アメリカ側はこのような法的、行政的、社会的な、わが国固有のありかたを正しく理解するべきであろう。
5 国民、消費者のコンセンサスなしに牛肉の輸入再開が成功することはない
我が国では、輸入牛肉関連での諮問、審議、答申はこれからのことである。そして今後はリスク評価、リスク管理とならんで、リスクコミュニケーションのための取組みを重視する必要があるとされている。
いずれにしても、輸入再開までには時間がかかることを覚悟するべきである。
アメリカ産の輸入牛肉に不安を感じる消費者の割合は70%にも達しているといわれる。輸入再開が可能となるためには国民的なコンセンサスの形成が必要であり、そのために、十分に時間をかけた取り組みが不可欠である。
昨日、3月9日の夜、ブッシュ大統領は小泉首相に電話をかけてきた。その中で、アメリカ産牛肉の輸入再開について具体的な期限を示すように求めたという。これは異例のことであるといわれている。
3月18日に来日することになっているライス国務長官がどのような要請をするのか注目される。(完)
(3月4日)BSE問題・アメリカ側は牛肉輸入再開の遅れにいらだっている
―すべては日本政府の対応の誤りに原因がある―
藤原邦達
3月2日から3日にかけて、各マスコミはアメリカ政府、議会関係者がアメリカ産牛肉の対日輸出の再開が非常に遅れていることに対するいらだちを示すような動きがあることを報道した。
ワシントンからの共同通信によれば、ジョハンズ農務長官は1日、下院農業委員会のBSE問題公聴会で「さらなる(牛肉貿易の再開の)遅れは日米関係をいっそう困難にする」と述べ、「対日牛肉輸出の再開がこれ以上遅れた場合、日米関係に深刻な影響を及ぼしかねないとの懸念を表明した」という。そして同長官は問題の早期解決を重ねて促す書簡を島村農水相に先週送るとともに、加藤駐米大使とも会談した。また長官はブッシュ大統領など政府高官とBSE問題について協議したとみられている、といわれる。
昨今のアメリカからのニュースでは業界や議会、政府関係者などで輸入再開の遅れへのいらだちがつのっていることがわかる。昨年10月23日に日本政府との間で、輸入再開交渉が妥結した、というのに、度重なる催促にも拘らず、輸入再開時点さえ一向に明らかにしない日本側の姿勢がアメリカ政府には不誠実であると映るのはまことに当然のことであろう。報復措置として、日本からの自動車タイヤーの禁輸を行うことまで検討中であるとも伝えられており、この問題は単なる牛肉だけのことではすまなくなりそうな雲行きである。
1 事後的な諮問に基づく食品安全委員会での審議が今頃になって行われている。
政府は日米交渉妥結の直前になって、はじめて食品安全委員会に20ヶ月齢以下の牛の検査省略の是非に関する諮問をおこなった。事実、昨年10月5日に、寺田委員長はアメリカとの交渉には全く関知していないことを農水委員会で証言している。まして20ヶ月齢での線引きなどについても、政府側から委員会としての意見を聞かれたことがない、とのべている。したがって「20ヶ月齢以下の牛の輸入再開」での日米交渉の妥結は農水省を中心とする政府側が独断で行ったことは明らかである。
もうひとつ指摘しておかねばならないのは、20ヵ月齢以下の牛の輸入について妥結したのは昨年の10月のことであったが、アメリカ側の「発育度と月齢の相関関係」に関する農務省の「A40格付け判定で20ヵ月齢以下の牛の選別が可能である」とする内容の報告書が我が国に届けられたのは今年の1月に入ってからのことであった。これは我が国の政府が確たる資料もなしに、国内的な評価、検討もしていない中で、日米交渉を行って、一方的に妥結にまで持ち込んだということを意味している。農水省は1月19日に専門家の検討会を開催した。そこではアメリカ側が提出した報告書についての審議が行われ、条件付で「A40による月齢判定は20ヵ月齢以下の牛の枝肉を判別する基準としては適当である」という結論を出した。
しかもこれは農水省部内の専門家会議の結論であって、アメリカ案を本格的に受け入れるためには、本来は食品安全委員会での論議を経て結論を出すことが必要であったはずである。
2 アメリカ側がいらだつのは当然のことである。
以上のように、また、これまでの、このHPの論文で何度も述べてきたように、農水省は日米牛肉輸入再開交渉で、食品安全基本法で定められた食品安全委員会の意見を聞く手続きを踏まないで、アメリカ側と交渉を行ってきた。そして「20ヶ月齢以下の牛の牛肉の無検査輸入」という非常に具体的な内容にまで立ち入った条件での輸入再開に合意した。外交交渉でのこのような約束事についてアメリカ側がその履行の遅れにいらだちを示すのはもっともなことである。今回の事態は日本政府の対応のあり方の誤りに全ての責任があるといわねばならないだろう。
3 全てのつけが食品安全委員会に回されてしまった。
町村外務大臣は国会で、日米牛肉輸入問題に触れて、食品安全委員会の専門家の審議が4週間に1度しか開かれていないようでは困る、との主旨の発言を行っている。これでは、暗に食品安全委員会が怠慢であることを責めているようにも聞こえる。
しかし、このような結果を招いてアメリカ側の非難を受けていることには、1年の長期にわたって、食品安全基本法の定めに反して、農水省、厚生労働省とともに外交交渉に当たってきた外務省側にも責任があることは明らかである。今更、外務大臣が食品安全委員会の専門家たちのあり方を非難するのであれば、それはお門違いも甚だしいと言わねばならない。
食品安全委員会が何時の時点で諮問を受けたのか、知っているのだろうか。食品安全委員会の専門調査会の審議は4週間に1度ということはない。諮問を受けてから真剣な討議が続けられているのである。専門的な検討には文献の調査などに非常に時間がかかることなども全く理解していない発言であると言うべきである。
食品安全基本法は前国会でBSE問題の反省に基づいて、全国民注視の中で成立した法律である。そのような法律の定めを軽視ないし無視してきた行政側の体質を自ら恥じ入るべきである。
4 食品全委員会は諮問を受けて初めて審議を行う
外交交渉を決着させた後で、あるいは妥結の見通しが立ったあとで、その交渉での核心部分に当たる事項に関する諮問を行なうということは明らかに誤りであり、危険なことでもある。今回は「20ヶ月齢以下の牛は検査しない」という前提で、アメリカ側との輸入再開についての合意が行われたのであるが、交渉成立が確実視された10月末の時点で、国内措置としての、「20ヵ月齢以下の牛は検査しない」という決定に関して行なわれた諮問に関する審議の結論として、もしも「20ヵ月齢以下」が認められず、たとえば専門調査会の委員の中に根強い主張がある「従来どおりの全頭検査を行なうべきである」、あるいは「17ヶ月齢以下は検査しない」とするような答申が行なわれた場合には、政府側はいったいどうするつもりなのか。
あるいは外務省、農水省、厚生労働省は審議の結果が20ヵ月齢以下無検査の線で必ず答申されると確信しているのかもしれないが、農水省の専門家会議の結論ですら、アメリカ側のA40という基準が月齢判定の目安になることを認めるとしても、重大な付帯条件をつけていることを忘れてはならない。
たとえ我が国の省令で「20ヵ月齢以下の牛での無検査方式」が認められたとしても。A40という基準に基づいた月齢判定の方法をアメリカ全土の規模でおこなって、その上でわが国に輸出することを認めるかどうかは、食品安全委員会が審議して決めねばならない事柄なのである。しかしそのような輸入牛肉関連の諮問は今のところ全く行なわれていないのが現状である。
5 農水大臣は責任をとるべきである。
島村農水大臣は2月25日の衆院予算委員会で「全頭検査は世界の非常識」と発言した。
これはつぎのことを意味している。
(1)食品安全基本法では、食品安全委員会の意見を聞いて政策を決定することが定められている。したがってこれは農水行政の責任者として極めて不適切な発言である。
食品安全委員会は全頭検査体制継続の可否について現在審議中であって、まだ公式な答申を行っていない。これには20ヶ月齢以下無検査の問題がからんでくるだけに、慎重な検討が行なわれている。島村農相の発言は食品安全委員会の決定以前に全頭検査体制を完全に否定するものであって、食品安全基本法の規定についての無知を示すものであり、食品安全委員会の地道な努力に対する理解を著しく欠いたものでもあることは明らかである。
食品安全委員会の答申が得られた後でも、全頭検査の取扱いについては農水省として国内的に慎重な対応を必要とするのであって、現時点でこのような発言をすることは極めて不謹慎であるといわねばならない。
(2)アメリカ側から牛肉輸入再開の遅れを追求されているのは、農水省が外務省、厚生労働省とともに、食品安全基本法の定めに反して独自に外交交渉を行い、具体的に20ヶ月齢以下無検査という条件まできめて輸入再開に合意したからである。交渉が妥結した以上はアメリカ側の追及を受けるのは当然であって、このような事態を招いた責任が農水大臣にあることも明らかである。
アメリカ側のいらだちはエスカレートするばかりであり、報道では議会筋では報復措置さえ検討されているということである。政府は一体どうするつもりなのか。
3月3日に開かれた自民党の総合農政調査会の小委員会で野呂田会長は「農水相の見解は国民に無用の混乱を与える」ものであると批判した。他方で同日午後の参院予算委員会でも民主党の福山哲郎議員から批判を受けて、農水相は「(発言を撤回したと)受け止めていただいて結構だ」とこたえた、と報道されている。
ちなみに島村農水大臣は食品産業振興議員連盟の会長であり、9月21日の日米会談が行われる前日の20日には、牛肉の輸入促進について陳情する食品産業界の代表である横川会長とともに官邸を訪ねている。
この件に関して、10月5日に開かれた衆院の農水委員会で民主党の山田議員は「陳情の窓口に総理官邸まで行かれて、その陳情の内容は牛肉輸入の再開であった。それは事実ですね。」と問い詰めたが、農水相は言を左右にしてこの質問には答えなかった。
BSE問題に関わる最近までの一連の事態は政府側に著しく緊張感が欠けていることを示している。まことに情けないことである。このままの状況で、来るべきアメリカ産牛肉の輸入再開を巡る重要な時期を乗り切れるとは思えない。
農水大臣は潔く責任をとるべきである。
6 食品安全委員会は今回の事態をどう受け止めるのか
食品安全委員会は今非常に注目されている。食品安全基本法に定められた任務を正しく果たすために、この際以下の点について具体的に対応されるように期待する。
(1) 日米牛肉輸入交渉の一方的な妥結に関して、食品安全委員会は完全に無視された。この点について農水省、厚生労働省、外務省に強く反省を求める。
(2) 内外からの政治的、経済的な雑音に妨げられず、諮問事項に関するリスク評価を厳正に行う。
(3) 拙速を避けて十分に審議を行い、我が国のBSE対策が世界的に高く評価されるようなすぐれた答申を行う。
(4) 食の安全を確保するために、日米両国にとって最善の対策を示すために尽力する。
(5) 意見交換会、公聴会、情報開示などの機会を設けて、リスクコミュニケーションを徹底して行い、国民、消費者のための、食の安全のとりでであることを実証する。
(6) 委員会の機能をいっそう拡充、強化する上で、消費者代表委員の参加などに関する、食品安全基本法改正の必要性について提言する。
食品安全委員会にとって、アメリカ産牛肉の輸入再開問題はその真価が問われる最初の機会でもある。国民の期待を裏切るようなことはあってはならないだろう。
7 国民、消費者はどのように対応するのか
日米牛肉輸入再開交渉の妥結に関する今回の事態はある意味で、我が国の食の安全確保体制の危機であるといっても過言ではない。食品安全委員会に事後承認を迫るような行政側のあり方が今後とも繰り返されるとすれば由々しきことである。とくにこれまで食品安全基本法を成立させるために尽力してきた消費者の諸団体にとって、座視することが許されないような事態であることを自覚せねばならない。その意味で次のような取組みを緊急に行うことが望ましい。
(1) こうした事態を招いたことについて政府に強く抗議する。とくに「全頭検査は世界の非常識」などと発言した農水相が責任をとるように求める。
(2) アメリカ側の追求を受けて、報復措置が検討されるような事態の発生を許すことになった原因、理由の解明を行う。
(3) 食品安全委員会が内外からの圧力にひるむことなく、粛々と審議、評価を行うように要請する。
(4) 食品安全基本法の欠陥を補正するための法改正をめざす。
(5) 食品安全委員会に消費者側を代表する委員を置くなどの食品安全委員会の機能強化をめざす。
(6) アメリカ政府、業界、消費者団体との情報交流を通じて、アメリカ国民の良識に期待する。
昨今の情勢では、アメリカ政府、議会、業界が牛肉の輸入再開の遅れにいらだつのも当然のことである。すべては日本政府の対応のまずさに起因しているとしか言いようがない。報復措置まで検討されているというような非常事態をどう乗り切ればよいのか、全ての関係者にはそのことが厳しく問われている。(完)
(3月1日)BSE問題・食品安全委員会に注文する
―日米牛肉輸入関連での正式な審議の開始にあたって―
藤原邦達
昨年来約1年間にわたって続けられてきた日米交渉が昨年10月に「妥結」して、20ヶ月齢以下の牛の無検査での、アメリカ産牛肉の輸入再開が間もなく本決まりになりそうな雲行きである。アメリカ農務省の「牛の発育度と月齢格付けの判定」に関する報告書が届けられて、これを評価、審議してきた農水省の専門家委員会では「発育度と月齢の相関関係を条件つきで認める」という結論を出した。
以上の経過を受けて、アメリカ産牛肉の輸入再開問題の本舞台はいよいよ食品安全委員会の場に移されようとしている。伝えられるところではこの夏までには輸入再開問題についての結論が得られるであろうということであるが、その内容は必ず国民、消費者の理解を得ることができるものでなければならないだろう。
この際食品安全委員会に対して以下のような要請を行なうことにする。
1 食品安全委員会は輸入牛肉問題に関する最終的な報告を行うに当たって、つぎの諸点に関する総括的な判断を示すこと
(1) 我が国の異常プリオン汚染と特にその汚染経路に関する実態把握の現状について
(2) アメリカ産輸入牛肉問題の背景にあるアメリカでの異常プリオン汚染に関する実態把握の現状について
(3) 異常プリオン研究の現状と特に定性、定量検査法の進歩に関する情報について
以上のような食品安全委員会の現状認識のありかたは輸入牛肉問題を取り扱う場合の重要な前提として国民、特に消費者に十分に理解されるものでなければならない。
2 昨年来、農水省、外務省などの政府機関が食品安全委員会の意見を聞くことなく、独自にアメリカ政府、農務省側と交渉を行い、昨年の10月23日には、「20ヶ月齢以下無検査の牛の牛肉輸入」という極めて具体的な内容で合意した。この事実に対して、食品安全委員会として率直に遺憾の意を表明すること
食品安全基本法の第2、施策の策定に係る基本的な方針の一の1項には次のように示されている。
「1 食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては、2に掲げるとき等を除き、人の健康に悪影響を及ぼすおそれがある生物学的、化学的若しくは物理的な要因又は状態であって、食品に含まれ、又は食品が置かれる恐れがあるものが当該食品が摂取されることにより人の健康に及ぼす影響についての評価(以下「食品健康影響評価」という。)が施策ごとに行われなければならないものとすること。
2 人の健康に悪影響が及ぶことを防止し、または抑制するため緊急を要する場合で、あらかじめ食品健康評価を行ういとまがないときにおいては、事後において、遅滞なく、食品健康影響評価が行われなければならないものとすること。」
禁輸措置の実施以来、1年以上の期間にわたって行なわれてきた今回の日米交渉は以上の第2項の「人の健康に悪影響が及ぶことを防止し、又は抑制するため緊急を要する場合」に該当するとはいえない。
特に、外交交渉では、いったん相手国と合意した内容を後日一方的に取り消しあるいは変更するのは国際的な信義に反することとされるだけに、今回のような、国内的にもまだ結論が得られていない月齢の線引きを具体的に行ったうえで輸入の再開についてまで相手国と合意するのは非常に問題であり、今後にも悪しき先例を残すものとなる。今回の経験に徴して、食品の安全性関連の輸出入問題に係る外交交渉にあたって、リスク評価機関である食品安全委員会とリスク管理機関である行政側の対応のあり方に関するルール作りが必要であると思われる。
今回は、既存の外交交渉の経緯や結果にはとらわれず、食品安全基本法の定めに即して正式に諮問を受けた食品安全委員会が月齢問題等に関する独自の審議を行って、答申を行うべきである。
行政側がこの答申を尊重して、場合によっては既存の政策の変更、修正などを行なわねばならない場合があることはいうまでもない。以上のように、法に即した対応を行うことは、長期的に見て、食品安全委員会が国民、消費者の信頼を得て健全に機能する上で特別に重要であると思われる。
食品安全委員会が行政側が独自に決定した施策の事後承認に終始するようなことをするべきではない。
伝えられるところでは、アメリカの議会筋では、牛肉の輸入再開がこれ以上遅れた場合には報復、制裁措置を講じるべきであるとする意見か台頭しているということであるが、わが国はその様な政治的な圧力には煩わされることなく、法治国家としての、法に則した対応を粛々と行うことに徹するべきである。
3 食品安全委員会が専門調査会の意向に反した内容をふくむ報告書(昨年9月)を公表した、とされている疑惑について釈明を行うこと
食品安全委員会の専門調査会では20ヶ月齢での線引き(すなわち、20ヶ月齢以下の牛ではBSEの発見は困難であること。)について議論されたが、そこでは、最終的に、現状ではこの問題に関連して具体的な月齢についての記載を行わないほうがよい、との合意がなされたという。ところが、食品安全委員会が公表した報告書ではこの合意に反する記述が行われた、といわれている。衆議院の農水委員会(昨年10月5日)において、この問題が民主党の山田議員によって取り上げられたが、当日の議事録によれば、同氏は結論的に次のように述べておられる。
「大臣、私が調べたところでは、事務局が関与してこういう記載になったと。そのことについて各専門委員の先生は非常に不満である、恐らく寺田委員長も不本意であったろうと思う、こういう記載にかわったという、これは。何故こういう意図的な記載をせざるを得なかったか、大臣、それについて詳しく調べて、この委員会に御報告いただきたいと思いますが、いかがですか。」
日米牛肉輸入交渉を念頭においた上で20ヶ月齢についての記載が行われた疑いがあるといわれても仕方がないが、他方でその様な事態を結果的に発生させてしまった責任が食品安全委員会自体にあったことも事実であろう。
以上については食品安全委員会の信頼性及び権威を大きく失墜させる恐れがあるので、その真偽あるいはその経緯について、この際食品安全委員会として正式な見解を示すことが必要である。
専門調査会と食品安全委員会およびその事務当局のありかたを正常化することは今後の適切な運営をはかるためにも非常に重要であると思われる。
4 20ヶ月齢線引きに関する理論的な根拠を明らかにすること
国際基準では、30ヶ月齢以下で無検査の線引きをしていることをアメリカ側ではしきりに強調してきたが、我が国では、21、23ヶ月齢のBSE牛が検出されており、また20ヶ月齢以下では検出困難ではあっても、検出不能であるとする証拠も得られていない。
もしも今後全頭検査をとり止めて20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を行なわないとすれば、このさい、そうすることの科学的な根拠を明らかにせねばならない。異常プリオン汚染対策に軸足を置く政策を展開する上で、全頭検査体制が必要であることは明らかであると考えられるが、20ヶ月齢以下無検査体制を新たに施策として採用する場合には、安全性だけでなく、これと従来の全頭検査体制との有用性、必要性についての比較を行うことも必要になるだろう。
5 全頭検査体制の改定、アメリカ産牛肉の輸入再開を決定する以前に、食品安全委員会の委員以外の各方面の専門家の意見を十分に聞くこと
全頭検査体制の必要性については専門家の意見が分かれている。専門調査会、食品安全委員会の委員以外の畜産、酪農、獣医などの専門家のほか、食品衛生学、生物学、公衆衛生学、疫学、統計学などの諸分野の専門家の見解もこの際大いに聞くべきである。
特に、異常プリオンのような未知、不明確な部分の多い、極めて特異な病原体の蔓延、汚染を防止するための公衆衛生学的な配慮は予防原則の立場から必要不可欠であると思われる。
6 アメリカやカナダのBSE対策の実態を十分に調査するとともに現地での批判的な見解についても精査すること
日米交渉においてアメリカ農務省側から提出されたハーバード大學系の「米国におけるBSEの可能性についての評価」、「カナダから米国への感染性侵入に伴うBSEの拡散とヒト暴露可能性の評価」のほか、農務省の「日本政府に対する最終報告書―牛枝肉の生理学的成熟度に関する研究―」などの政府側の諸文献だけでなく、アメリカ政府のBSE政策に批判的なアメリカの研究者や畜産関係の検査官、労組や消費者団体関係者の意見にも耳を傾けるべきである。アメリカにも我が国の全頭検査体制を支持する識者がある事にも注目したい。
7 異常プリオンの検出法に関する研究の現状についても評価すること
簡易、迅速、低コストの生前検査法の出現が待たれている。もしも適当な検査法があれば、20ヶ月齢での線引き等は全く不必要であって、点源、全頭、生前検査によって、異常プリオン汚染の実態を把握して、完全な形での予防対策を推進することができる。
最近のニュース(2004年8月、農業新聞)では、カリフォルニア大學のプルシナー教授とジリー・セイファー助教授が共同で月齢の若い牛でも感染を発見できる方法を開発し、「数ヵ月後には日本でも試験運用が始まる見通しである」、と書かれている。
食品安全委員会では、このような検査法の進歩に関する世界的な研究開発の現状を調査して、それらの情報を国民に対して十分に提供するべきである。
日米交渉での月齢線引き問題は、要するに、「20ヶ月齢以下の牛での検出が困難である」とする現行検査法の限界に起因している。また生前検査が不可能であることもネックになっている。簡易、迅速、低コストの生前検査法が開発されれば、全ての問題は解消する。アメリカに限らず厄介な牛肉の輸入問題も雲散霧消する。消費者は安全とされたアメリカ産牛肉を受け入れることができる。
食品安全委員会はリスク評価だけをする組織ではない、国民が本当に知りたい情報を提供する機関でもあるべきだろう。
8 わが国独自の発育度と月齢判定格付けに関する精度を明らかにする実証研究を早急に実施してアメリカ側の主張を検証すること
1月19日にアメリカ農務省から提出された「米国で飼育される肉用牛の暦月齢と生理学的月齢との関係」に関する研究報告をわが国独自に国産牛で再検証せねばならない。わが国では牛の履歴や暦年齢を確実に知る事ができるので、発育度と月齢判定の関係を正確に明らかにすることが可能である。いずれにしてもアメリカの報告書のデータだけで判断することは危険である。
9 専門調査会はアメリカ側の発育度と月齢の関係に関する報告書を了承する際に付帯条件をつけているが、どのように付帯条件で要求した内容を確認するつもりであるかを示すこと
我が国の「牛の月齢判別に関する検討会」の報告書の総合的な評価の部分のC項には次のように書かれている。
「以上の評価を踏まえ,A40を21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除するための基準として採用する場合には、以下の点に留意すべきである。
ア 成熟度を用いた月齢判別を行う場合、A40の評価ポイントの明確化、検査官への周知徹底、評価結果の記録とその保存等が必要である。
イ 21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてのA40の有効性を確認するため、追加的検証又は実施後のフォロ―アップが必要である。
以上の付帯条件が満たされないかぎり、A40を21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除するための基準として採用しないことを再確認せねばならない。
10 20ヶ月齢以下の群に21ヶ月齢以上の群が混入する可能性に関して、理論的、実験的な混入の確率に止まらず、アメリカ全土で2700万頭の牛についての日常的なA40以下を認定する格付けに際して、実際にどの程度の21ヶ月齢以上の牛の牛肉が混入してくるのか、についての推定、予想される確率を算出してその結果を公表すること
輸入に当たって問題なのは、輸入牛肉に混入してはならない21ヶ月齢以上の牛の枝肉が実際にどの程度出現するのかということである。
アメリカ政府の報告書では、実験的な月齢判定調査で、A40以下と判定された牛の群のなかに21ヶ月齢以上の牛が混入する確率は「ノンパラメトリックな統計学的分析によれば99%の信頼度で0,26%以下、より厳しく見た場合1,92%以下である」、とされている。
2月12日付けの私のHPの論文で示したように、この実験調査における、約11人の月齢判定担当者による4493頭についての以上のような判定結果が、実際の、アメリカ全土での、約160人の検査官が行っている2700万頭の牛の格付け認定の現場でも同じ精度で実現されるものとは思えない。
アメリカ現地の格付け判定を受けて集荷、輸送され、輸出されたあと、わが国に輸入された現場での21ヶ月齢以上の牛の枝肉の、A40以下群への実際的な誤混入の可能性についても考察せねばならない。
日常的なアメリカ全土での格付け作業での,検査官の目視での誤判定率x、事務作業での誤記入率y、集荷過程での誤取扱い率zの総和であるx+y+zが、実際的な我が国に輸入されてくる段階で混入してくる21ヶ月齢以上の違法な枝肉の比率となる。
以上のxは、実験的な発育度からの月齢判定の場合の約400倍という多数の牛の格付けを目視によって行なわねばならない全国規模での日常作業において当然発生しうる誤判定の割合の拡大率aに、アメリカで実験的に求められた誤判定率p(0,26%〜1,92%)をかけた数値である。
x=ap-------(1)
またyは全国の生産地から全体の約1割に過ぎないA40以下の牛を選び出して処理する上で当然発生しうる事務過程での記帳管理エラーの比率である。さらにzは全国のA40以下と判定された牛の枝肉を各飼育場所から集荷して、その他の牛の枝肉と分別し、アメリカ西岸の海空港にまで運び込む上で当然発生しうる輸送過程での集荷管理エラーの比率である。
食品安全委員会では、単に小規模の判定実験によって求められたpだけではなく、以上のx、y、zについても独自の評価を実施することが求められる。
我が国の予定されている省令では20ヶ月齢以下の牛は無検査ということになるが、履歴が明確なわが国では21ヶ月齢以上の牛の枝肉が20ヶ月齢以下の群に混入することは考えられない。輸入牛肉でもこの法令に違反することは許されない。履歴管理が不完全なアメリカ産輸入牛肉での実際の誤混入率の大きさは厳密に把握されていなければならない。
11 牛肉の輸入再開問題は重要であり、この際、再開の実施以前に、国会での公聴会などを開催して国民の意見を広く聞くために尽力すること
食品安全委員会が主催する公聴会方式やアメリカでのPBOI方式を採用することも考慮するべきである。いずれにしても、政治主導であるなどといわれてきた批判を排除して牛肉の輸入問題を国民、消費者が正しく受け入れることができるようにするための万全の措置が講じられることが望まれる。
終りに当たって、今回の一連の経過についての反省を生かして、現行の食品安全基本法の再点検を行い、特に食品安全委員会の機能を確立するために、あらためて取り組むことが望ましい。消費者側を代表する委員を置くこと等、現行法の策定当時の論議などについても再考することが必要であると思われる。(完)
(2月16日)BSE問題・この事項のリスク評価だけは正しく実行せよ
―アメリカ産牛肉の輸入再開問題の審議に際して―
藤原邦達
農水省の専門家の委員会では、アメリカの農務省のレポートの評価を終って公表した報告書のなかで、牛の「月齢と発育度に相関関係がある」ことを認めた。そして結論的に、報告書の、総合的な評価のB項において、「この結果をふまえ、21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてA40(註:アメリカでの発育度の判定基準で、月齢14ヶ月以下に相当する)を採用し得るか否かの判断に当たっては、対象物のリスク、すなわち、米国産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮しなければならない。したがって、リスク評価を踏まえ、この結果がリスクの観点から許容し得るものであると評価できるものであれば、21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてA40を採用することは可能と考えられる。」と述べている。
さらに同上のC項では、そのア項において、「発育度を用いた月齢の判別を行なう場合、A40の評価決定ポイントの明確化、検査官への周知徹底、評価結果の記録とその保存等が必要である。」また、つぎのイ項では、「21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除するための基準としてのA40の有効性を確認するため、追加的検証又は実施後のフォローアップが必要である。」としている。
ところで、食品安全基本法の定めによれば、食の安全に関わる政策決定に当たっては、行政側は食品安全委員会の意見を聞かねばならないことになっている。したがって、我が国がアメリカ産牛肉の輸入再開を最終的に決定するためには、農水省、厚生労働省は、今後、輸入再開問題に的を絞ったリスク評価に関して、食品安全委員会に対して正式に諮問を行い、審議、答申の結果を待つことが義務づけられている。
ここでは、アメリカ産牛肉の輸入の再開について国民、消費者の同意を得るためには、今後どのようなテーマでのリスクの評価が必要か、その際にどのような注意が必要であるかについて述べることにする。
1 必要な評価、検討事項について
(1) テーマ1
アメリカ農務省の発育度と月齢の関係に関する報告書について、食品安全委員会として、より広い角度からの独自の検証を行う。
他方で、月齢が正確に把握できる国産牛による、発育度と月齢の関係についてのわが国独自の調査研究を実施して、発育度からの判定に当たって、14ヶ月齢以下(アメリカでのA40)と判定された群と20ヶ月齢以下と判定された群への、21ヶ月齢以上の牛の混入する確率を明らかにする。その上でアメリカ農務省の報告書と比較して考察を行ない、はたしてアメリカ側が主張するような発育度による月齢判定が実際に可能であるのかどうかについての結論を出す。
(2) テーマ2
輸入に当たって問題なのは、輸入牛肉に混入してはならない21ヶ月齢以上の牛の枝肉が実際にどの程度出現するのかということである。
アメリカ政府の報告書では、実験的な月齢判定調査で、A40以下と判定された牛の群のなかに21ヶ月齢以上の牛が混入する確率は「ノンパラメトリックな統計学的分析によれば99%の信頼度で0,26%以下、より厳しく見た場合1,92%以下である」、とされている。
このHPの2月12日付けの論文で示したように、この実験調査における、約11人の月齢判定担当者による4493頭についての以上のような判定結果が実際の全国的な、約160人の検査官が行っている2700万頭の牛の格付け認定の現場でも同じ精度で実現されるものとは思えない。
アメリカ現地の格付け判定を受けて集荷、輸送され、輸出されたあと、わが国に輸入された現場での21ヶ月齢以上の牛の枝肉の、A40以下群への実際的な誤混入の可能性についても考察せねばならない。
日常的なアメリカ全土での格付け作業での,検査官の目視での誤判定率x、事務作業での誤記入率y、集荷過程での誤取扱い率zの総和であるx+y+zが、実際的な我が国に輸入されてくる段階で混入してくる21ヶ月齢以上の違法な枝肉の比率となる。
以上のxは、実験的な発育度からの月齢判定の場合の約400倍という多数の牛の格付けを目視によって行なわねばならない全国規模での日常作業において当然発生しうる誤判定の割合の拡大率aに、アメリカで実験的に求められた誤判定率p(0,26%〜1,92%)をかけた数値である。
x=ap-------(1)
またyは全国の生産地から全体の約1割に過ぎないA40以下の牛を選び出して処理する過程で当然発生しうる事務過程での記帳管理エラーの比率である。さらにzは全国のA40以下と判定された牛の枝肉を各飼育場所から集荷して、その他の牛の枝肉と分別し、アメリカ西岸の海空港に運び込む過程で発生する輸送過程での集荷管理エラーの比率である。
食品安全委員会では、単に小規模の判定実験によって求められたpだけではなく、以上のx、y、zについても独自の評価を実施することが求められる。
我が国の予定されている省令では20ヶ月齢以下の牛は無検査ということになるが、履歴が明確なわが国では21ヶ月齢以上の牛の枝肉が20ヶ月齢以下の群に混入することは考えられない。輸入牛肉でもこの法令に違反することは許されない。履歴管理が不完全なアメリカ産輸入牛肉での実際の誤混入率の大きさは厳密に把握されていなければならない。
(3)テーマ3
アメリカでの異常プリオン汚染の実態とBSE発症牛出現の見通しに関する評価を行い、異常プリオン汚染牛やBSE牛の枝肉などがわが国に輸出される可能性についての推定を行う。
既存のアメリカでのBSE発症に関する予測関連の文献を引用して検討、評価を行うことになるが、この場合に、アメリカでのBSE牛の発見に関わる検査体制の現状についての考察が必要である。我が国のような全頭検査体制が存在しておれば、BSEの検出率がもっと上るのではないか、そのような素朴な疑問にも答えねばならない。
21ヶ月齢以上の牛のなかに、BSEを発症するもの、あるいは異常プリオンで汚染された牛が存在する確率をBとすれば、A40以下の群の中にこれらの問題牛が誤混入してくる実数Cは次の数式で示されることになる。
C=B×q(x+y+z)‐‐‐‐‐‐‐(2)
ただし、x、y、zはテーマ2に示した誤判定の比率であり,x=apである。pはアメリカ農務省の報告では、0,26%〜1,92%であり、aは実験的な誤判定率pの全国規模での拡大率で、qはアメリカでの21ヶ月齢以上の牛の実数。(年間約270万頭の肥育牛と推定される。)
ここで算出されるCの値が輸入再開によって我が国に持ち込まれる枝肉関連の牛のうち、BSE牛又は異常プリオン汚染牛の実数をあらわすことになる。ただしこのCの頭数の牛の枝肉がBSE牛又は異常プリオン汚染牛に由来するものであるという事実は、それらがわが国に輸入されたあとでは、もはや完全に検証不能であり、絶対に証明されることはない。それは我が国の消費者につきつけられた、いわば隠れBSE又は隠れ異常プリオン汚染牛に由来する枝肉であると言うことができるであろう。全頭検査の行なわれているわが国では、国内で発見されたBSE牛の枝肉などが消費過程に乗ることはない。しかし我が国の消費者は、以上のCで示した輸入牛肉の場合には必ずしもそうはいかないことを知っておくべきであろう。
(4) テーマ4
全頭検査体制のもとでのBSE牛検出の可能性と20ヶ月齢以下無検査体制のもとでのBSE牛検出の可能性を統計学的に対比する。どちらのシステムが異常プリオンによる牛の汚染を防ぐことにより大きく貢献するかを比較する。
両方の体制維持のために必要なコストと、達成される経済的、社会的なメリットの比較も行うべきである。
2 リスク評価の基本姿勢を誤るな
(1)リスク評価の結果的な数字の大小よりも、そのリスク評価の意義の軽重の方がより重要である。
食品安全委員会では、イギリスで約10年間に約150人のvCJD患者が見つかったという事実から、わが国でのvCJD患者の予測される発症者数が0,1人〜0.9人であり、そのリスクは非常に小さい、とする見解を報告書に記載している。そして以後のあらゆる事態において、この数字が使われて、たとえば20ヶ月齢以下の牛の無検査体制でも問題はない。vCJD患者の発生に際しても心配はない、などという説明が行われるようになっている。
しかしこの場合に考えねばならないことがある。リスクの大きさだけをいうならば、0,1人〜0,9人という数字は決して大きくはない。むしろ全国的な単年度の食中毒による死者の数の方がはるかに多い。それはイギリスの場合でも同様である。にも拘らずBSEやvCJDの場合が全世界的に特別に注目されているのは、この疾患には病原体の性質その他に、未知の部分が余りにも多く、したがってこの疾患の発症者数、死者の数の背後にある異常プリオンによる環境や食品の汚染の広がりを食い止めることが社会的に必要であるとするコンセンサスが重視されているからである。だからこそBSEやvCJDに関するリスク評価は非常に重い意義を持っているのである。単なる発症者、死者の数字だけをいうならば、生活習慣病やガンなどのほうがはるかに多いのである。
公衆衛生学や予防医学の観点に立てば、その死者数の背景にある課題、たとえば、その汚染の意味するものを軽視することはできない。
(2)リスク評価は安全だけではなくて、安心を同時に担保することにも実際に役立つものでありたい。
リスクは、@理論的、A実験的、B実際的に評価することができる。このうち理論的なリスク評価では一定の仮定や条件を設けた上で、厳格な理論的処理によって一定の結論を得ることができる。つぎの実験的なリスク評価では、今回のアメリカ農務省が行った発育度からの月齢の格付け判定実験のように、小規模なサンプル数で実施した結果についての統計学的な処理が行われて一定の結論が得られる。しかし最も重要なのは実際的なリスク評価である。理論的、実験的なリスク評価の結果を実際的な現場にそのまま当てはめることはできない。農務省の実験的リスク評価の結果をアメリカ全土の現場での月齢判定の場合にそのまま適用することは許されないのである。
国民、消費者が求めているのは、実際的なリスク評価の結果である。理論的、実験的なリスク評価の結果から「安全である」といわれても、それだけで、たとえば経済的、社会的な安定や安心は得られない。実際的な現場の問題として輸入牛肉問題が取り扱われたうえで、「安全である」とするリスク評価の結果が明らかにされた場合に、初めて安定、安心とされる状況が得られる。経済的混乱や社会的不安を免れることができる。その意味において、前記したテーマ3の(2)式の数値は特別に重要な意味を持っている。
生産者や消費者からの要請を正しく聞いて、現場の状況に即した実際的なリスク評価を行わねばならない。その上で、専門家の発言はくれぐれも慎重であらねばならない。
(3) リスクコミュニケーションのあり方を誤るな。
食品安全委員会や農水省、厚生労働省が主催するリスクコミュニケーションのためと称する集会が全国各地で開催されているが、はたして所期の成果をあげることができているのであろうか。
主催者側がたとえばリスク評価の結果の一方的な発信者であり、唯一の関連情報の提供者であり、したがって参加者である消費者や研究者が常にそれらの受信者であり,受容者であるというような構図には問題がある。一方的に、リスク評価の結果を受け入れるように主催者側からの説得が行われ、意見交換会などとは言いながら、それがその実は食品安全委員会や行政側の見解の周知、PRをはかる場にされているとすれば問題である。リスクコミュニケーションでは主催者と参加者の間に双方向性を持った見解の交流が必要なのである。
リスクコミュニケ―ションの場には消費者だけでなく、各関係分野の専門家も出席して、たとえば食品安全委員会や行政側とは違った角度や精度でのリスク評価に関する見解が表明されて、相互の意見交換の中で、より高次のリスク評価が可能となることが期待される。
リスクコミュニケーションを実りあるものとするためには拙速を避けねばならない。かってアメリカの農務省では無農薬栽培であると言う理由から、遺伝子組換え食品(GMO)を有機農産物(オーガニック)の範疇に入れようとしたことがある。当時、調査目的で、私たちが農務省を訪問した際には、この問題についての担当官の神経質な応対ぶりにはひどく驚かされたものである。ところが予想されたとおり、全米、全世界から反対意見のメールなどが大挙して届けられて、それから数ヵ月後には、ついに農務省は当初の意図を断念して、GMOはオーガニックの範疇から除外されることになった。これはリスクコミュニケーションの典型的な成功事例のひとつであったと思われる。
今回、食品安全委員会は輸入アメリカ産牛肉関連で諮問を受けて、審議を行うことになるであろうが、拙速、性急にリスク評価の結果をリスク管理機関である行政側に提示することなく、適当な期間を取って、行政、企業、消費者、研究者との間で、真の意味でのリスクコミュニケーションが実施されるようにすることが望ましい。国民一般の多様な意見を謙虚に受け入れて、慎重に練り上げられた、より高次のリスク評価の結果に基づいて施策が実施されることによって、事態はより正常に、安定的に展開されるようになるに違いない。
アメリカ産牛肉の安全性問題では、わが国には、輸入時点において、一切の検証手段がない、という特殊な事情が存在していることに留意せねばならない。これはいったん処理を誤れば大きな混乱を招く恐れがあると言うことである。その意味において輸入の再開に関係する一切のリスクの評価やこれに基づいたリスクの管理が特別に慎重に行なわれることが期待されている。(完)
(2月12日)アメリカ農務省の牛の月齢判定法を批判する
―農水省の「牛の月齢判定に関する検討会」の報告書について―
藤原邦達
05年2月8日、専門家による、農水省の「牛の月齢判定に関する検討会」が開催され、アメリカから提出された農務省の「牛枝肉の生理学的成熟度に関する研究」の最終報告書についての検討、すなわち牛の月齢を成熟度の判定によって知る事ができるとするアメリカ側のかねてからの主張を認めるか否かについての論議が行なわれた。
同日、検討会では会議の終了後に、以下に示すような概要の報告書を公表したので、このさい若干の問題点を指摘しておくことにする。
第1部 検討会の報告書の要約
農水省の「牛の月齢判定に関する検討会」報告書の概要は以下のとおりである。
1 アメリカの最終報告書の要約
(1) 背景情報
@ と畜される肥育牛の平均月齢は16から17ヶ月齢であり約9割が20ヶ月齢以下である。
A アメリカでは、約160名の格付け検査官が年間約2700万頭の牛枝肉について格付けを実施している。
B 格付けの精度は全体として94%であるが、A40(注1 A40以下に評価される枝肉は1割未満と推定される)腰椎棘突起上部軟骨においてA50以上との間で精度の高い判別ができる。
(2) サンプルとデータ収集
@ 9ヶ所の食肉処理施設で生産農場と出生記録を確認できる肥育牛4493頭のデータを集めた。
A 成熟度の評価はアメリカ枝肉格付基準に基づいて11人の検査官が行った。
B 統計学的分析にはそのうちの出生日を62日以下の間隔で確認できる3338頭のサンプルを用いた。
C 調査期間の制約があったので、サンプルには、月齢、性別、管理方式等に関してある程度の偏りが生じた。
(3) 統計学的分析
@ 21ヶ月齢の牛(237頭)の枝肉は全てA50以上と評価され、A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
A 18ヶ月齢から21ヶ月齢の牛(1748頭)の枝肉は全てA50以上と評価され、A40以下と評価されたものは含まれていなかった。
B これらの結果の統計学的分析によれば、「21ヶ月齢以上の牛が,A40以下に評価される可能性は、99%の信頼度で0,26%から、1、92%以下である」と評価される。
C 20ヶ月齢以下の牛から生産されたことを保証するためには、A40が適当な基準として機能すると考えられる。
2 我が国の検討会による上記のアメリカの研究報告の評価
(1) 生物学的観点からの意見
@ 生物学的にも枝肉の成熟度は月齢との間に一定の相関があることは認められる。
A 「仙骨の明確な分離」、「腰椎棘突起上部の部分的な骨化」等は若い牛の特徴であることは認められるが、これらの特徴に基づく実際の月齢の推定については、従来の生物学の分野では十分な知見がない。
B 成熟度は、性別、品種等の遺伝学的要因と育成、肥育方法等の環境要因によって影響をうける。従ってその相関の程度、月齢推定の確かさについては、本研究の統計学的分析も踏まえて、判断する必要がある。
C 雌牛は性ホルモンの分泌が骨化を促進することから、去勢牛に較べて骨化が早く進む。このことはA40以下に含まれる雌牛が少ないこと、A40の前後でサンプルの分布パターンが異なる傾向を示すことを説明できると考えられる。
(2) 枝肉格付けの観点からの意見
@ A40は成熟度の判別基準として適当であると考えられる。
A 枝肉格付けは目視に依存しており、ある程度の誤差は排除できない。高い精度を確保するためには、評価決定ポイントの明確化とそれに基づく格付検査官への研修・周知徹底、枝肉格付行程への重要管理点を明らかにした標準作業手順書の導入等を通じた評価・格付結果の記録とその保存等が必要である。
(3) 統計学的観点からの意見
@ 統計学的分析に当たっての制約はあるものの、月齢と成熟度に相関関係があることは認められる。
A アメリカ側の報告での0,26%〜1,92%以下の誤差に対する最終的な評価は、対象物のリスクの程度を考慮して行う必要がある。
B いづれにしても、アメリカ側の統計学的解析及びその結論をもって、その実用を認める場合には、追加的検証または実施後のフォローアップが必要である。
(4) 総合的な評価
@ A40は枝肉の成熟度を客観的に判別する基準としては適当である。
A 21ヶ月齢以上の牛の枝肉を排除する基準としてA40を用いた場合、21ヶ月齢以上の枝肉が混入する確率は0,26%〜1,92%であることが実証された。
B この結果を踏まえ、21ヶ月齢以上の牛由来の枝肉を排除する基準としてA40を採用し得るか否かの判断に当たっては、対象物のリスク、すなわち、アメリカ産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮せねばならない。したがって、このリスク評価を踏まえ、この結果がリスクの観点から許容し得るものであると評価できるものであれば、A40を採用することは可能であると考えられる。
C 以上の評価を踏まえ,A40を基準として採用する場合には以下の点に留意すべきである。
ア 成熟度を用いた月齢判定を行う場合,A40の評価ポイントの明確化、検査官への周知徹底、評価結果の記録とその保存等が必要である。
イ 基準としてのA40の有効性を確認するための追加的検証又は実施後のフォローアップが必要である。
第2部 A40を月齢判定の基準として採用することについての批判
1 アメリカの今回の判定調査と同水準の日常的な格付判定が可能であるか。
アメリカの今回の調査は11人の調査官によって4493頭について実施されている。すなわち調査官1人あたりの判定頭数は約400頭である。他方でアメリカでは日常的な格付判定は全国の約160名の検査官によって、2700万頭について行われている。これは1人あたり約17万頭にも相当する。今回の報告書に関する判定行為は当然研究のためのデータの作成を目的としていたから、特別に慎重に行なわれたことであろう。しかし、日常的に多数の頭数を評価対象とする場合、すなわち、検査官1人あたり、この研究の400倍にも達する頭数の格付判定を行なわねばならない現場では、判定ミスがおこる可能性が相当に大きいものと思われる。しかも検査官は全国に分散配置されており、相互のチェックが困難であって、輸出目的だけのために過大な業務を実施する余裕があるとも思えない。
以上のことから、実際の現場では、この調査でアメリカ側が提示してきたA40以下の部分に21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入する確率0,26〜1,92%をはるかに上回る格付け判定ミスが起こりうるものと考えるべきである。
問題は輸入再開に関わる実際的な現場で何が起こるのかである。この観点からの批判が農水省の検討会の結論には欠落している。
2 21ヶ月以上の牛がA40以下に評価される可能性を検討する。
A40を基準として判定する場合に、21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入してくる事態は避けねばならない。アメリカ側の報告書ではその可能性を0,26〜1,92%であると算出し、農水省の検討会でもこれを認めている。そして最終的に、この割合での混入を許容するかの判断は「(混入してくる)対象物のリスク、すなわちアメリカ産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮しなければならない」と結論している。
ところで、アメリカの報告書に示された数字に基づいて実際に混入してくる牛の頭数を計算するとつぎのとおりになる。
先ず、報告書では以下の事実が認められる。
(1) アメリカ産肥育牛のうちA40以下(14ヶ月齢以下)に評価される枝肉は約1割未満である。(これをA群とする)
(2) 同じく21ヶ月以上に評価される肥育牛は約1割である。(これをC群とする)
(3) したがって15ヶ月齢以上20ヶ月齢以下の牛は約8割である。(これをB群とする)
アメリカの枝肉用の2700万頭の牛の場合を計算すると、
A群が約270万頭、B群が約2160万頭、C群が約270万頭となる。
したがって、A40に相当するA群へのC群の混入は
約270万頭×(0,26%〜1,92%)=約0,7万頭〜約5,2万頭となる。
すなわち、アメリカで我が国への輸出のためにA40以下の牛をそろえる場合には、最大約5万頭の21ヶ月齢以上の牛の枝肉が混入してくることになる。
さらに実際にはC群以上に月齢の近いB群の、判定ミスによるA群への混入はC群以上であると思われる。しかもB群の実数はC群よりもはるかに大きいから誤判定による混入はさらに問題になってくるだろう。
以上のA40の格付判定に際して、最大約5万頭の21ヶ月以上の牛の枝肉の誤混入を容認するかどうかが、検討会が指摘しているように「アメリカ産牛肉のBSE汚染リスクの程度の評価」如何にかかっていることは確かである。
近日中に予定されている食品安全委員会の審議に当たって、この誤判定部分のリスク評価が行われるであろうが、例によって、そのリスクが「無視できる程度のものである」とするような結論が下される可能性もある。
専門委員会のある委員は、かねてから全頭検査をしなくても人の健康にかかわるリスクは無視できる、という見解を示している。そのような考え方をすれば、21ヶ月齢以上のアメリカ産牛肉の、この程度の混入でも問題はない、とされるに違いない。
しかし重要なのは、履歴表示の徹底したわが国では絶対にありえないこのような語混入がアメリカ産輸入牛肉では大目に見逃されるいう事実があるということである。
おそらく最終的には、国民、消費者がこれをどのように判断するかが問われることになるだろう。
3 検討会の評価報告書には慎重な表現が認められる
(1) 生物学的観点からの意見では、「実際の月齢推定については従来の生物学の分野では十分な知見がない」と記載されている。また成熟度は遺伝学的要因、環境要因により影響を受けることから、「その相関の程度、月齢推定の確かさについては、本研究の統計学的分析も踏まえて、判断する必要がある」と慎重にのべられている。
(2) 枝肉格付の観点からの意見では、検査官の「目視に依存して」いるのであるから、「ある程度の誤差は排除できない」としたうえで、「高い格付け精度を確保するため」の条件や手続き、研修などの必要性が示されている。
(3) 統計学的観点からの意見では、「統計学的制約はあるものの」相関関係を認めるとしており、21ヶ月齢以上の牛の枝肉の混入の可否に関する最終的な評価はアメリカ産牛肉という「対象物のリスクの程度を考慮して行う必要がある」、とのべている。
第3部 検討会の総合的な評価は妥当であるか
1 現時点では、A40を基準として採用することはできない。
検討会は総合的な評価の@項において、A40が「枝肉の成熟度を判定する基準として適当である」、としながら、B項において、「A40を基準として採用するか否かの判断に当たっては、アメリカ産牛肉のBSE感染リスクの程度を考慮」する必要があるという重大な留保条件をつけている。そして最終的に、Cのア項のような実施に当たってのアメリカ現場での体制整備が必要であり、イ項のような、「追加的検証又は実施後のフォローアップ」が必要であるとしている。
検討会の以上のような結論の出し方はおかしい。むしろA40の基準としての採否はB項の評価の結果を見たうえで、C項のア項の実際的な整備の状況が保証された後で決定する、とするべきではなかっただろうか。
まして、C項のイ項のような、将来的な「追加的な検証」や「実施後のフォローアップ」などという条件をつけるのであれば、それらの条件が満たされていない現時点においては、A40の採用は留保する、というべきではなかったか。何の保証もないままに既成事実を作らせるわけには行かない。検討会が科学的な方法論に忠実であるためには、重大な留保条件が満たされていない限り、A40を基準として採用してもよい、などと結論するべきではない。
2 現場の消費者の食生活の問題として捉えるべきである。
以上の批判の中で述べたように、アメリカの現実の格付け作業が今回の研究調査のような研究環境で行なわれることは考えられない。A40以下と判定された枝肉の中に、基準外の21ヶ月齢の牛の枝肉が相当な規模で混入することが予想される。この事実に対して我が国の消費現場の、食べさせられる側の消費者がどのような反応を示すのか、ということに配慮されていない。
外国で行われた実験結果を容認し、わが国独自の検証が全く不可能な他国の生産、格付け、分別、輸出の体制を信頼して、国民、消費者に無条件で輸入食品の受け入れを迫るようなことをしてはならない。
このままでは消費者は履歴表示のしっかりした、しかも全頭検査で守られた国産牛肉を選ぶことになるのは確かであろう。検討会の専門家の任務は輸入の再開に際して、我が国の消費者の実際的な安全と安心のためにのみ遂行されるものであったはずである。
3 本当にA40以下の牛の枝肉の分別集荷体制がつくれるのであろうか。
遺伝子組換え作物(GMO)の場合に、生産、集荷、輸出の現場において、アメリカ政府は非GMOとGMOの分別が事実上困難であることを強調して我が国の消費者の要請を受け入れなかった。
今回の全国の2700万頭の肥育牛の認定現場で、その約1割の、A40以下と認定された牛の枝肉を残りの約9割の牛の枝肉と区別して、さらに特別な対日輸出用の集荷経路に乗せることが容易に行えるものとは思えない。実際的には分別過程においてA40以下の群以外の枝肉の混入事故がおこるかもしれない。少なくとも格付け、分別、輸出のための体制整備に当たっては相当なコストを必要とするであろう。そして、いずれは、そのコストが我が国の消費者の負担となることも明らかであろう。
4 まだ時間はある。できること、することがある。
履歴表示がしっかりしている我が国の牛について、アメリカの今回の「牛枝肉の生理学的成熟度に関する研究」に相当する、わが国独自の研究調査を実施して、月齢と発育度との相関関係を明らかにするべきである。いずれにしても国民、消費者の安全に関わることであるから、このさい第三者による検証が必要である。その上で、もっと多数の研究者、有識者の見解や評価を交えたリスクコミュニケーションが正しく実施されることが望ましい。この間に、アメリカ政府が実際にどのような全国規模での格付け認定体制を整備、拡充するつもりがあるのかにも大いに注目したい。しかし巨額の財政赤字が問題になる中で、本当に検査官の増員や体制整備を行なうつもりがあるのかどうか大いに疑わしい。 我が国には消費者安全基本法がある。そして安全性を確保するための食品安全委員会がある。私はこれまで、このHPにおいて、政府が食品安全委員会に公式に諮問を行っていない中で、アメリカ政府と交渉を行い、20ヶ月齢以下の牛の線で輸入再開に合意したのは食品安全基本法に則して誤りであることを主張してきた。しかし、私が以上に指摘した月齢判定などに関する問題点については、近日、改めて農水省、厚生労働省が食品安全委員会に対して諮問を行なう予定である、とされているので、そのさいに十分に論議されることが望ましい。
残された時間を大切にしよう。そして国民、消費者にとって最善の結果が得られるように期待しよう。(完)
(2月6日)BSE問題・国内で始めてのvCJD患者が見つかった
―どのように考えるべきか―
藤原邦達
ついに、危惧されていたわが国最初のvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の患者が出た。たった一例ではあるが、軽視できない問題点を提起している。BSEは牛の疾患ではありながら、BSEの原因物質である異常プリオンが食品を介して、最終的に人の体内に入り、vCJDの原因となって、死亡率100%といわれるような決定的な被害を与える。牛だけのことであれば、羊のスクレイピー病の場合と同様に、さほど問題になることがなかった。しかし、その牛からと推定される、人でのvCJD患者が我が国にはじめて出現しただけに、昨日,今日と、厚生労働省や専門家、そしてマスコミなどがこの事態を大きく問題にしているのも極めて当然のことであると思われる。
1 厚生労働省の見解
この2日間の新聞報道などから判断されるところでは、厚生労働省では次のような見解を示している。
(1) この患者は89年にイギリスに1ヶ月間ほど滞在していたので、「現時点ではイギリスで感染した可能性が高い」と思われる。
(2) 異常プリオンは「通常の生活で人から人へは感染せず、二次感染を心配する必要はない」
(3) イギリスでは輸血からの感染事例があるので、従来の、イギリスなど欧州10ヶ国に通算6ヶ月以上滞在した人に対する献血の規制を、「当面イギリス滞在1ヶ月以上の人の献血を制限しつつ検討を重ねる」ことにする。
2 研究者の見解
我が国を代表するBSE問題の権威者たちはつぎのように述べている。
(1)「このような短期間での感染は過去になかった。世界で約160例ある患者のなかでたった一例。変異型ヤコブ病の中でも非現実的なものであると願いたい」(厚生労働省の厚生科学審議会クロイツフェルト・ヤコブ病等委員会の北村哲之委員長、朝日新聞の記事)
(2)日本で感染した可能性も「完全には否定しきれない」(同委員会の関係者)
(3)「当時のイギリスの状況を考えると短期間の滞在でも感染する可能性は十分に考えられる。」(国立精神・神経センター神経研究所の金子清俊部長)
(4) 「滞在期間よりも滞在していた時期が重要。80年代後半から90年代前半に短期間でも滞在経験のある人は、献血は避けるべきだろう」(国際獣疫事務局の小澤義博・名誉顧問)
(5) 「牛肉を食べても変異型ヤコブ病が発生するリスクは高まらない」(食品安全委員会の寺田雅昭委員長)
(6) テレビで語ったある専門家は「イギリスでは18万頭のBSE牛が発生して154人のvCJD患者が発症した。これに対してわが国ではこれまで14頭のBSE牛が見つかったに過ぎないから、(わが国ではBSE牛が原因で)vCJD患者が出るとは考えられない。」
3 今回のvCJD患者発症の問題点は
(1) はたしてイギリスでの感染が原因だったのか。
わずかに1ヶ月程度のイギリスでの生活が感染の原因だったのか疑問が残る。なぜならこうした事例はこれまで肉食、高濃度汚染地域であり、わが国よりもはるかにイギリスとの接触が多かったEU諸国でも全く見られなかったことだからである。イギリスで80年代後半から90年代前半にかけて、約10年間、約5000万人のイギリス国民が異常プリオンに感染する恐れのある食生活をしていたはすである。しかし結果的には153人(05年1月現在)しかvCJD患者が出ていない。(月単位での危険率は153/6×10の8乗)しかもイギリス人の普通の食生活で最小発症量を超えるような人々の比率は非常に大きかったはずである。にも拘らず、今回の日本人の患者の場合に、たった1ヶ月の滞在期間中の食生活で感染が成立し、発症したというようなことは確率論的には信じ難いことである。
むしろ我が国のBSE対策が野放しであった80年代から90年代にかけてのこの患者の日本での牛肉摂取の総量や摂取の回数はイギリス滞在期間での1ヶ月よりもはるかに多かったに違いない。国内での14頭のBSE牛の発見は01年9月以降のことであって、それ以前のSRMの除去や検査、規制のなかった野放しの時期の異常プリオンの牛肉汚染状態、BSE、vCJDの発症状況などは全くわかっていない。この期間にこの患者が国内で感染しなかったとする証拠はない。一部の専門家はわが国ではイギリスのように脳組織などの、いわゆるSRMといわれる部分を食べる習慣がなかった、従って国内での感染は考えられないというが、今日では異常プリオンの蓄積が証明されている内臓部分を、わが国では、いわゆるホルモン料理などとして好んで食べる人々があることも考慮しておかねばならない。今回のvCJD患者の発症は01年の12月のことであった。
(2) イギリスと日本のBSE、vCJDの発症数の比例関係は信頼出来るか。
すでにこのHPの別の箇所(04年8月28日、BSE問題)で示したように、イギリスでの事例から我が国のvCJD患者の発症数を0,1〜0,9人と推定する手法が正しくないことは明らかである。
すなわち、食品安全委員会の専門調査会ではBSEとvCJDの発症数の比率をイギリスの場合で見ているが、(そのイギリスを対照に選んだ理由も示していない。)もしもBSE後発国であるフランスの場合の比率をとれば、我が国でのvCJD患者の推定発症者数は2,7〜18人ということになる。今回のvCJD患者の場合も、イギリス滞在1ヶ月説でなくても、国内感染説によって説明できるのかもしれない。
もしも非常に不自然な、世界の専門家が首をかしげるようなイギリス滞在原因説をとらなければ、国内感染が疑われるが、この場合には、今後ともイギリス非滞在者でのvCJD患者の発症がありうるものとみければならない。
(3) イギリスでの1ヶ月滞在で感染したとすれば
後になって明らかにされたSRMを含むBSE牛関連の食品を食べて、今回の患者の場合には最小発症量以上の異常プリオンが体内に入ったと仮定すると、同時期にイギリスにもっと長期間滞在した日本人の場合はどうなるのか。数週間程度の観光旅行を経験した日本人も多数いるだろう。彼等は大丈夫なのか。肉食時に最小発症量を超える異常プリオンを摂取する可能性は2,3日滞在者でも1週間滞在者にもあっただろう。1ヶ月滞在者は小数であっても、あの時期に観光目的などで短期間、旅行あるいは滞在した日本人は非常に多かったはずである。実際には1回摂取よりも反復摂取に問題があるのか、摂取量以外に個人的な感受性差の方がもっと問題なのか、vCJD自体にはこのような、なお未解明の点が多いことに基本的な問題があり、単純に断定してはならないことはいうまでもない。
実は80年代後半に、私も調査のためにイギリスに赴いたことがある。SRM入りとはつゆ知らず、レストランで特別にジューシーなハンバーグをほおばったようにも思える。そのような日本人は意外に多数いることであろう。
厚生労働省は電話相談窓口を設けたというが、旅券の発行状況などから既往のイギリス滞在者についての健康調査を行なうことが望ましい。
(4) 輸血、献血歴は調べたか
今回の患者のイギリス滞在期間中での医療歴、輸血歴の正確な調査が必要である。輸血での感染も証明されているからである。手術などでの輸血だけでなく、献血を行ったことがないかも調査するべきである。
(5) 過去にvCJDの隠された発症事例はなかったのか
これまでに、100万人中1人の割合で発症するといわれる、いわゆる本態性のCJDと診断されて死亡された患者のなかに、BSEに起因するvCJDの患者がいなかったと言い切れるのであろうか。診断技術の不完全、死後剖検の不実施などによって、正確に異常プリオンによる変異型の診断が下されていなかった可能性が一部にあるのではなかろうか。vCJDではイライラ等の精神症状や知覚障害、歩行困難などの症状が現われるが、同様な症状を持つ多数の脳性疾患があることにも留意せねばならない。比較的若年期に発症して死亡された脳性疾患患者がはたして正確にvCJDでないと診断されていたのであろうか。
厚生労働省では、このさい脳性疾患関連の診断基準などを明らかにして、一般の診療現場でのvCJD患者の発見が可能となるようにするべきである。
4 BSE、vCJD、異常プリオンには不明、未確認の部分が多すぎる。
これまでの私のHPで示してきたように、BSE、vCJDや異常プリオンの動態には不確実な点が非常に多い。食品安全委員会の報告書(9月)の中にも、実に40箇所もの、不明、不確実、未確認などとされた部分が見られた。そのうち、今回のvCJD患者の場合と関連すると思われるものをあげるとつぎのとおりである。
(1) 遺伝学的な感受性の問題
遺伝学的に異常プリオンに対する感受性の高い人と低い人があるといわれるが、最小発症量でどのくらいの幅があるのだろうか。日本人は遺伝学的に感受性が高いなどといわれるが、正確に、数値的にどの程度なのか。年齢的、地域的な分布はどうなのか。この点が明らかになれば、あるいは今回の患者の場合のイギリス滞在1ヶ月での感染説の説明も可能になるのかもしれない。
(2) 最小発症量と反復摂取回数の関係
BSEやvCJDでの異常プリオンの侵入による発症は1回大量摂取によってでもおこるのか、複数回、長期間の反復摂取によっておこるのかが明らかにされていない。摂取された異常プリオンの、侵入、移行、蓄積、増殖等のメカニズムが不明確のままになっている。
(3) 異常プリオンの侵入経路の問題点
体内に摂取された異常プリオンが最終的に脳にスポンジ状の空胞をつくるまでに、神経、リンパなどで増殖し、輸送されるといわれるが、これらの侵入経路において、消化管などでの既存の疾患の存在が関係するのか、一般的な健康状態が関連するのかなどが不明である。BSE、vCJDでは合併症が問題になる場合があるのか、特に初期症状的に紛らわしい脳性疾患等との複合がありうるのか。
(4) 乳幼児、高齢者では感染、発症しやすいのか。
異常プリオンの摂取があった場合、免疫組織の発達が不完全、または消化管組織の発達が不十分であるような乳幼児では高分子たん白質である異常プリオンの体内移行が起こりやすいといえるのか、あるいは身体能力の低下が甚だしい高齢者ではどうなのか。このような今後の解明を必要とする課題が数多く残されている。
(5) プリオンでの異常化は完全に不可逆的であるといえるのか。
異常化のメカニズムについての説明はあるが、異常化の発生、促進、阻害条件などの解明が待たれる。またいったん異常化したプリオンは元の正常プリオンに戻ることはないのか。自然治癒ということはないのか。このような基礎的な研究の成果は予防や治療分野に応用できる可能性がある。
5 どのように対応するのか。
今回の国内でのvCJD患者の発生は異常プリオンの牛から人への移行、波及が我が国ではじめて証明されたことになり、あらためて食の安全確保について考えさせるものとなった。
このような状況の中で以下の点について対処することが必要である。
(1) プライバシーに配慮した上で、今回のvCJD患者の年齢、性別、症候、経過などに関する詳細や日常的な食傾向、イギリスでの食履歴などに関する調査を進めて、その結果を報告し、医療関係者の参考に供するべきである。
(2)基本的に、異常プリオンの感染、増殖をふくむ生体内での病理的な実態を解明することに全力を投入するべきである。その上で,BSE、vCJDの治療法についても進歩が見られねばならない。細菌でもウイルスでもないという蛋白様の感染体の謎は解明されねばならない。
(3)不明、不確実、未実証事項が多いことが証明されているような事態の中での対策は予防原則に即したものとなるべきである。対策はすべからく予防衛生学的でなければならない。
(4)BSE、vCJDでの最小発症量に関する研究を推進せねばならない。現在はBSEは0,01グラムの異常プリオンで発症するといわれているが、人の場合の発症量の大きさを明らかにせねばならない。実際にBSE罹患牛のSRMの各部分にどの程度の異常プリオンの濃度分布が見られるのかが不明である。牛の個体差との関係もわかっていない。また1回でも最小発症量を超える異常プリオンを摂取すれば発症することになるのか、反復摂取が問題なのかも明らかではない。最近ではSRM以外の内臓や筋肉部位にも異常プリオンの蓄積が見られることが証明されており、実際の異常プリオン濃度の分布状況が問題になる。
(5)異常プリオンの検出法、定量法についての研究の進歩が待たれる。生前検査が可能となれば、予防・全頭検査体制の確立に決定的に役立つことになるだろう。
(6)現在までに14頭のBSE牛が発見されているが、このことは畜産分野での異常プリオンのフロックが現実に我が国の各地で未だに消滅していないことを意味している。真のBSE、vCJD対策とはこのような異常プリオンそのものの存在を完全に抹消することでなければならない。異常プリオンの汚染源、汚染ルートを引き続き追及せねばならない。
(6) 我が国で実施されてきた全頭検査体制は,SRMの除去、履歴表示の徹底などと併用されることによって世界的にもっとも周到な安全対策となっている。科学的も実際的にも、よりベターな予防体制であるといってもよいだろう。しかし最近になって、一定の月齢以下の牛での検査を止めようとする動きが見られるようになっており、消費者の間に不信感が広がっている。安全、安心の2要件を満たさなければ正常な生産、流通、消費の市場体系を保てないことが明らかであるのに、消費者の反対を押し切って全頭検査体制の改変を強行するのは愚かしいことである。現行の全頭検査のために支出されている費用が実際に保証している市場での経済的な価値がどれほど大きいかを正しく評価せねばならない。
このHPの中で何度も強調してきたように、将来、生前検査法が確立された時点では、全頭、点源検査が常識となることであろう。
(8)輸入牛肉の安全性を確保する必要がある。検査体制の整備が不徹底で履歴表示の実施が不完全な牛肉の輸入を強行して、我が国での牛肉市場を混乱させるようなことは避けるべきである。ダブルスタンダードを設けてまで輸入を促進せねばならない理由はない。輸出国側にわが国と同様な安全管理の体制の整備を要求するのは当然のことである。
牛肉の消費量はBSE牛の発見以後に、01年度に前年度の16,1%減となり、以後、03年度までほぼそのままの水準で推移しており回復の兆しが見えない。そればかりか、04年度はさらに低下する可能性があるといわれている。このさい、政府は輸入牛肉問題などでさらなる混乱を招いて、消費者の不信感を増大するようなあらゆる施策を実施しないように配慮するべきであろう。
我が国の有識者の一部には、事毎に国内でのvCJD患者の推定発症数が0,1〜0,9人であるとする専門調査会の報告書のデータを引用して、リスクが非常に少ないことを強調するむきがある。ひいてはBSEやvCJD問題などを不安がる消費者は愚かであり、このような課題のために国が巨額の対策費用を支出しているのはナンセンスであるとまでいう人々もある。
しかし、重要なのは、もしも対策を怠れば、現実にイギリスや欧州のような事態が発生し、それでなくても未知、不確実な点の多い異常プリオンのような感染体が畜産、酪農分野に拡散して、どのような被害を発生させるか不明な状況が常態化するかもしれないということである。消費者の不安には十分に理由があり、異常プリオンの拡散防止のための国家的な政策には十分に根拠があるといわねばならない。そして肝心なのは、しばしば引用される上記のような専門調査会のデータが多数の仮説の上に成り立っているという事実を専門家として、謙虚に認めねばならない、そしてその上で安易な楽観説を振りまいてはならない、ということである。
牛肉は必須の食材である。畜産、酪農製品が普通に安心して食べられるような社会でなければならない。そのためには、どのように国民、消費者の信頼感を裏切らない国家的、社会的な仕組みをつくるのかが問われている。わが国初のvCJD患者の出現という画期的な事態に際して、研究者の発言は正確でなければならない。行政側の対応は慎重であらねばならない。その意味では、とりわけ国の食品安全委員会には、他国からの干渉に屈しない、政、財、官の側からの要求よりも国民、消費者の要請を重視する施策を推進するための指針を粛々と提示されることが切望されている。(完)
(1月22日)BSE問題・異常プリオンは内臓にも蓄積する
―不幸なことに予想されたことがつぎつぎに的中する―
藤原邦達
1月21日の新聞各紙には、「BSEプリオン内臓にも蓄積」という記事が大きく報道されていた。
従来、BSEやvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)では、牛の脳組織、眼球などの特定危険部位(SRM)での異常プリオンの蓄積が問題にされており、この部分を除去すれば問題はない、とされてきた。しかし、今回のスイス・チューリッヒ大などの国際研究グループでは、人為的に慢性の炎症をおこしたマウスに感染羊の脳組織を注射して、異常プリオンの分布を調べたところ、どの炎症マウスでも通常の感染で脳に現われるより数十日程度早い、60ないし100日で炎症のある臓器、すなわち腎臓、肝臓、膵臓に異常プリオンの増殖が確認されたという。 現時点では実験マウスでのこととはいえ、この研究結果が意味するところは非常に重要である。以下の事項について注意を喚起しておく。
1 予想されていたことがつぎつぎに立証されている
これまでの研究では異常プリオンは神経やリンパ組織で増殖し、脳に運ばれると推測されていた。従って、いわゆるSRMに指定はされてはいないが、神経やリンパ組織が分布する生体組織には異常プリオンが存在することは当然予想されていた。
一昨年、カリフォルニア大のプルシナー教授の研究室では、マウスの実験で、筋肉部位にも異常プリオンが蓄積することを明らかにして波紋を呼んだ。そして、そのあと、昨年、牛の筋肉部位でも予想通り異常プリオンが証明された。これらの結果はいわゆるSRMさえ除去すれば、牛肉は安全であるとする、従来の考え方に警鐘を鳴らすものとなった。
今回の国際グループの発表も臓器などの炎症部位にはリンパ球が集積するという既知の事実から、当然予測されていたことであったといえるだろう。
異常プリオンが正常プリオンを異常化するメカニズムなど、異常プリオンの病理についてはなお不明の点が非常に多い。それだけに想定されるあらゆる事態に備えておく必要がある。楽観的な発言や対策は厳に慎むべきであると思う。SRMさえ除去すれば安全であると言う考え方がどの程度まで信頼できるのかは今後の厳しい科学的な検証によって明らかにされねばならない。当面はマウスでおこったことは同じ近縁の哺乳動物である牛でも人でもおこり得ると考えて慎重に対処することが必要である。
2 SRM以外の牛肉、内臓などを食べても安全なのか
マウスでの実験で認められた結果から、異常プリオンに感染した牛や羊の場合でも、脳の組織にまだ異常が認められない時点において、炎症のある牛の肉質や内臓には異常プリオンの蓄積が認められる可能性がある。もちろんこのことは今後の研究によって実証されるべき事柄であろうが、大いに警戒しておく必要がある。特に定量的な蓄積の状況の証明、炎症の種類、程度との関連性、内臓の種類による相違、内臓以外の皮膚疾患などでの増殖と蓄積の有無などについての研究成果は、いわゆるSRM以外の牛肉やモツ料理などの安全性に直接関わることがらでもあると思われる。
いずれにしても現状で言えることは、いわゆる病牛に由来する牛肉や内臓は食卓に供給しない、という従来の原則を重視する必要があると言うことである。ただし疾患の種類や程度については今後の研究成果に注目せねばならに。
近い将来、検査法が進歩して、微量の異常プリオンを定性、定量することが可能になった段階では、全頭検査を実施して、牛肉や内臓等の異常プリオン含有量に、最大安全量に安全率をかけた基準値を設けたうえで、市販の可否をきめることが必要になるのかもしれないが、そのような異常プリオンによる汚染が一般化するような事態は極力回避せねばならないだろう。
BSE問題の専門家と行政側には、今回の研究報告の意味するところを楽観視せず、早急に研究とこれに基づいた対策を推進することが求められている。
3 人の健康についていえることは何か
各種の炎症性の疾患を持った患者の体内に異常プリオンが侵入した場合に、はたして炎症のある臓器その他のリンパ組織の関係する部位での異常プリオンの増殖が認められるのか。これは今後の重要な研究課題のひとつとなるだろう。神経やリンパ組織の果たす役割りについて慎重に検討せねばならない。もしも動物実験で認められたことが人でもおこるとすれば、その意味するところは重大である。異常プリオンの増殖が炎症性の疾患自体に及ぼす影響とvCJDの重篤化に及ぼす影響の双方について検討することが必要になる。
人のvCJDについては従来は遺伝学的な感受性の相違についてだけ問題にされてきたが、今後は炎症性疾患の有無についても配慮する必要があるのか、を検討せねばならない。
いずれにしても、異常プリオンが人体内に侵入しない食生活環境を構築するために努力せねばならないだろう。
4 研究成果に期待する
専門外の私に今言えることは少ないが、思いつくままに、いくつかの要望される研究課題を示しておこう。
(1) マウスや牛などで、各臓器内に蓄積している異常プリオンを経時的に正確に定量して増殖と分布の状況を確認する。
(2) 健康牛と炎症性疾患牛に等量の異常プリオンを接種して、飼育期間中での内臓その他での変化を観察する。BSE発症の遅速、炎症性疾患自体による転帰などを確認する。
(3) 幼若牛と高齢牛での等量の異常プリオン投与による影響を対比する。最小発症量に相違が見られるか。この研究の結果次第では、人の場合にも関連するとことが大きいだろう。マウス、ラット等での予備的な研究成果が待たれる。
(4) 乳幼児、高齢者には特別な注意が必要なのか。
(5) 人のリンパの組織培養に羊や牛の異常プリオンを含む組織片を添加した場合に、どのようなことが観察されるのか。
(6) 微量の異常プリオンを検出する定性、定量方法を開発する。それらの成果を牛、羊などの生前、全頭検査体制に適用する。
5 慎重な施策の実施を
実験マウスでのことであるとはいえ、異常プリオンが内臓にも蓄積するという今回の研究成果の意味するところは重大である。牛でも同様なことがおこるのかどうかも間もなく明らかにされるだろう。しかし、実際に内臓などに炎症を持つ牛の発見は困難であり、従って従来のSRMを除去しただけで、一般に、それ以外の部分が食用として安全であると言い切れるのかどうかが今後の問題となる。遺伝学的に異常プリオン感受性の高い人があるといわれていることを考慮すると、一概に「微量だから心配はない」、としてきた大雑把な安全説が今後とも通用するかどうかはこれからの研究成果の如何にかかっている。科学的な実証が伴わない現状では、くれぐれも慎重な対策が実施されねばならないだろう。
異常プリオン問題について、ただひとつはっきりしているのは、わからないことが多すぎる、今後の研究に待つ所が極めて大きいということである。それは、このHPで何回も強調してきたように、異常プリオンが細菌やウイルスのようなDNAに支配された生物あるいは半生物の既存の病原体とはまったく無関係な、蛋白質様の高分子化学物質でありながら、感染性、増殖性、蓄積性を持つという、従来の常識を根底から覆すような新規な病原体であるからである。
結論的に、BSEやvCJDだけでなく、異常プリオンそれ自体の根絶に努めること、汚染源、汚染ルートを突き止めて、牛、人などへの感染という事態を極力阻止することこそが、究極、唯一の予防対策になることを忘れてはならないだろう。(完)
(1月21日)BSE問題・アメリカ側の14ヶ月齢以下無検査輸入条件の提示を考える
―消費者にとって何が問題になるのか―
藤原邦達
1月18日の報道によれば、「米国側が日本への牛肉の輸出対象を14ヶ月齢以下と見られる牛に絞り込む妥協案を提示してきたことが明らかになった」という。(朝日新聞1月19日記事)この妥協案の提示を受けて農水省と厚生労働省では19日に専門家による検討会を開いて対処方を協議するとされている。
1 輸入再開に関わるアメリカ側の新提案の問題点
アメリカ側の新提案には、以下のような問題点があることを指摘しておかねばならない。
(1) 月齢判定技術の精度に関する疑問
我が国のような履歴表示を行っていないアメリカ牛の月齢は歯列、肉質、骨格、発育度などによって判定される。このような方式が不正確で誤差を伴いやすいことはアメリカ側でも認めている。検査員の資質や経験、牛の個体の特異性や飼育環境の相違などの諸条件に相応して、どの程度の誤差が生じるかを専門的に明らかにせねばならない。その上で、食品安全委員会において、それらの誤差に起因するリスクの評価を具体的に行うことが必要である。
アメリカ側ではこれまで、A70という格付けよりも上級と判別した牛肉は20ヶ月齢以下のものである、と主張して、この牛肉の輸入の再開を求めていた。今回の提案では、誤差の発生を考慮して、A70よりもさらに上級の、生後14ヶ月齢以下の、A40の格付けに絞り込むのだという。これは一定の前進であると評価することが出来るだろう。
(2) 集荷体制の問題点
アメリカ全土に散在しているA40と判定された若い牛の牛肉を正確に、選別、集荷して、港湾、空港などの輸出拠点に送り込むことが実際に可能なのかどうか疑わしい。このような集荷体制ではコスト的にも相当に高くつくであろう。かりに月齢の判定が正確であったとしても、集荷体制に欠陥があれば、A40以外の牛肉の混入を容易に許してしまうことになる。アメリカ側では集荷の体制の構築に関して予めその確実性や有効性について
十分に説明せねばならない。
(3) 認証体制の問題点
検査技術的に問題がある以外に、検査、調査の要員や予算などの実際的な体制や運用のありかたが問われる。飼育、出荷、と殺などの各段階での企業側の対応と行政側の監督、証明、認定などが信頼できなければ、輸出は許されない。アメリカ側では認証の体制の構築に関して予め輸入先であるわが国の行政側の納得を得るために努力せねばならない。
2 輸入牛肉を受け入れる日本側の問題点
(1) 行政側の一存で輸入の再開を決めることはできない
これまで、このHPにおいて再三強調してきたように、食品の安全に関わる政策決定は食品安全基本法の定めるところによって、食品安全委員会の意見を聞いて、即ち、公式な諮問、審議、答申の手続きを踏まえて、行なわれるものでなければならない。
にも拘らず、農水省、厚生労働省ではこれまで食品安全委員会の意見を聞くことなく、独自に日米交渉を進めて、20ヶ月齢以下、無検査条件での牛肉の輸入再開でアメリカ側と合意した、と報じられている。
新聞報道によれば、「検討会で米国案が認められれば、牛肉の本格的な輸入再開は大きく前進する」などと書かれているが、たとえ20ヶ月以下の条件であれ、14ヶ月以下の条件であれ、輸入再開に関わる決定が食品安全委員会の意見を聞くことなく行政側の独自の判断で行われるのは許されることではない。始めにこの点をはっきりさせておかねばならない。
(2)検疫、税関での認証、確認の手段がない
輸入受け入れ側の我が国の検疫所、税関では14ヶ月齢以下の牛の牛肉であることの確認手段がない。輸出国側の認証を信頼するしかないような検疫体制がつくられようとしている。このことは、アメリカでの14ヶ月齢以下であることの認証の正確さが疑問視される状況に加えて消費者の信頼を得がたい主要な理由となることは明らかである。
(3)市場での履歴表示が行われない
国産牛肉では法的に義務づけられた履歴表示は、20ヶ月齢であれ14ヵ月齢であれ、輸入牛肉には見られないことになる。これは我が国の消費者の知る権利、選ぶ権利に対するあからさまな挑戦であるといわねばならない。
全頭検査が行なわれず、履歴表示も必要とされない輸入牛肉と国産牛肉が共存する、このようなダブルスタンダードが公認される趨勢にあることをわが国の消費者は忘れることができないだろう。
アメリカでは、格付けがA40の牛が約350万頭あるといわれるが、そのほかに、出生記録の明らかな牛の頭数を合わせれば、禁止前に輸入されていた牛肉関連の牛の総数、約600万頭に達すると言われている。確かに数字合わせではそうなるであろうが、実際にこれらの牛の牛肉の輸入を再開するためには、以上に示したような困難な問題点があることを指摘しておかねばならない。
農水省や厚生労働省では、最終的に行政側としての判断を下す以前に、食品安全委員会の意見を聞いて、公正なリスク評価の結果を尊重し、国民、消費者とのリスクコミュニケーションを徹底して実施することが求められている。(完)
(1月18日)BSE問題・リスク評価のデザインが問われる
―輸入牛肉交渉の妥結は肯定できるのか―
藤原邦達
1 リスク評価の時程とデザインが重要である
リスクアセスメントの結果を政策に反映させるためには、結局、政策決定以前の過程で、リスク評価の手続きを通して、リスク・ミニマムの場合を見出して、行政側に対して、現状での最善、よりベターな施策を実現するように示唆、提言するということでなければならない。
アメリカ産牛肉の輸入再開に際して、リスク評価の組織である食品安全委員会にとって重要なことは、日米交渉の妥結時点で我が国の行政側がアメリカ側と合意した20ヶ月齢以下無検査牛肉のリスクの大小を事後的に評価することではなくて、あくまでも行政側の政策決定以前に、「より安全である」場合を見出すためのリスク評価のデザインを検討して、各場合のリスク評価の結果として、そのなかで実現可能なリスク・ミニマムの場合を見出して、それを行政側に提示して政策に反映させることであったはずである。
このHPで繰り返し述べているように、食品安全委員会は行政側の決定事項についての事後評価のための機関ではない。食品安全基本法が食品安全委員会の任務として規定しているのはあくまでも事前のリスク評価であり、その結果に基づいて行政側に指針を提供することなのである。
現在、食品安全委員会の調査会の段階で、すでに昨年10月に妥結をみた20ヶ月齢以下無検査輸入牛肉に関するリスク評価の試案が論議されているが、昨年末の報道では、「リスクは非常に小さい」という結果になりそうだという。またしても予想されていたような事後承認のなりゆきになりそうである。
昨今の食品安全委員会の姿勢には問題がある。法の定めに反して、食品行政側の施策の事後的な追認機関として利用される立場に甘んじることは国民、消費者の期待に対する背信行為であることを強く指摘しておかねばならない。
精度以上に重要なのは、リスク評価の時程と並んで評価のためのデザインのあり方である。リスク・ミニマムの場合を見出すために、たとえば、アメリカ産輸入牛肉の場合には次のようなリスク評価のデザインを用意せねばならない。
(1)輸入牛肉での、完全無検査、30ヶ月齢以下無検査、20ヶ月齢以下無検査、14ヶ月齢、10ヶ月齢以下無検査の各場合のリスク水準を比較する。
(2)輸入牛肉と国産牛肉とのリスクを比較する。20ヶ月、14ヶ月齢以下無検査の方式での輸入牛肉と全頭検査方式での国産牛肉とのリスク水準を比較する。
昨今の食品安全委員会の姿勢には、リスク評価のデザインをどうするかについての基本的な配慮が全く見受けられない。したがって行政側の方針に沿った事後評価に終始することになるのである。
2 BSE関連での牛肉のリスクの本体をどう見るか
現下の輸入牛肉問題での人の健康に対するリスクとはそもそも何をいうのか。それは食品安全委員会の報告書などでは異常プリオンを原因とするvCJDが発生するリスクを意味している。しかし、そもそも異常プリオンの被害をvCJDだけに限定してもよいといえるのであろうか。各種の症状がスポンジ状脳症の発生以前に出現するであろうが、それらの症候が生体内の異常プリオン量との関連で、はたして、どの程度正確に把握されているのであろうか。人でのいわゆる最小発症量といわれるものはどの程度からの症候上での異常をいうのであろうか。あるいはイギリス人と日本人の最小発症量は等しいと見なしてもよいのであろうか。そのように慎重に考えると、輸入牛肉のリスク評価において、vCJDの発症者の推定数だけを指標にするようなリスク評価の手法では不完全であって、むしろ異常プリオンによる人体汚染自体の可能性の程度を知るためのリスク評価に特化した手法の方がすぐれているのではないか。そのほうが地域的、国家的な対策を実際に総合的に推進する上でもはるかに意味があるのではなかろうか。
人体汚染の原因となる、牛肉の汚染につながる牛肉の生産過程での飼育、処理の方法やさらに消費過程にいたる法的、行政的な規制、監視、検査体制の水準や履歴表示体制などの水準を比較して、リスク・ミニマムの場合を見出す事には十分意義があるだろう。
食品安全委員会の報告書(04年9月)では、わが国とイギリスの場合を比較して、わが国ではvCJD患者の発生数が1人以下に止まる、と推定している。(しかし、これは非常に大雑把な比例計算であって、何故イギリスと対比したのか、たとえば何故フランスと比較しなかったのか、さらにイギリスの総人口を対照としたが、イギリスでの多発地帯や多発期間を何故無視して国全体の人口を比較したのか、それらの理由が全く不明である、遺伝学的な感受性があるとする日英の人口の対比にもどの程度の意味があるのか疑わしい。発症者数に乗じる安全率や予測最大数、最小数の範囲についての記載もない。詳細は既往の私のHPを参照のこと)中心的な役割りを果たされたと思われる調査部会の某委員はこのリスク計算の結果に基づいて「わが国ではたとえ検査を止めても、被害者が出ることはないだろう」とのべておられる。
リスク計算に当たって重要なのはリスク計算を行うための視座のあり方である。人の被害を広く異常プリオンによる汚染自体と見るのか、脳組織にスポンジ状の空胞が生じる疾患自体に限定するのかということである。私の専門分野である予防衛生学の立場では問題なく前者の視座のもとでリスク評価をするだろう。そしてその結論を対策につなげようとするだろう。
3 根拠資料は正確でなければならない。
民主党の議員団の報告書によれば、USDAの動植物検査局長はアメリカが主張している歯列、骨格、肉質などによる月齢の判定では最大6ヶ月の誤差があるとのべたという。そのようなアメリカ側の判定に基づいた月齢20ヶ月以下の無検査牛の牛肉の輸入を再開することを政府側では認めたのである。もちろん事前に食品安全委員会の見解を求めて合意、施策のあり方を決定するという食品安全基本法の定めは無視された。
食品安全基本法の重要な特質はリスクアナリシスを実施することにある。従ってリスク評価、リスク管理、リスクアナリシスにかかわる根拠資料の正確さが問われる。不確実な資料や根拠に基づいてリスクの水準が算定され、リスクの管理が行われた場合には確実に危険な状況がつくられる。 食品安全委員会の報告書(04年9月)では我が国のBSEとvCJDの発生数に関する推計が示されている。そして最終的には我が国の場合には、事実上人体被害はほとんどない、とする結論が示された。政府のあらゆる施策がこのようなあいまいな判断の上に成り立っていることは明らかであり、安易な輸入の再開はもちろん最近ではそのようなBSE問題に巨額のコストを支払うべきでないとする一部の人々からの見解が表明される理由にもなっている。そればかりか消費者が輸入牛肉の安全性を疑問視するのは非科学的な風評被害に怯えているからだとするような消費者衆愚論的な発言の根拠にされるようにもなっている。
4 安全であるといえることの条件とは
絶対安全ということはありえない。しかし現実的な諸条件下に、考えられる、より問題のない、危害の可能性のより少ない場合を追求することはできる。そのためにリスク評価が行われる。異常プリオンによる牛肉の汚染問題を考える場合には、すなわち牛肉が現状で最も安全であるといえるためにはつぎのような条件が満たされることが必要である。
(1) 立場、位相の確認
何のための、誰のためのリスクの評価、追及なのかを明確にせねばならない。食品の場合には消費者の権利保全を第一義的に位置づけているかどうかが問われる。生産者、製造者、企業という立場も尊重されねばならないだろう。経済的な利益の追求も否定はしない。しかし安全性の確保はあくまでも第一義的に消費者の健康保持のためでなければならない。
(2) 科学性の確保
人間の情緒、心情のありようも尊重されねばならない。しかし恣意的な、自己中心的な行動や発言がつくりだす混沌の中に安全確保のための活路や秩序を見出すことは不可能である。論理性、合理性に裏付けられた、歴史的に見出されてきた経験則と実証的に示された事実を尊重して、、科学性に裏づけられたリスク評価を行うことが必要である。
科学的な用語を用いて、事態を解釈し、説明するためのポーズを科学的であると言うのではない。最近ではかっては予想もされなかったような新規な課題がつぎつぎに現われるようになっているが、私たちがそれらと取りくむ際に特別に重要なのは、既知と未知の限界を明らかにすることである。未知領域の事象をあいまいに取り扱うのは危険なことである。リスク評価を行なう場合に、未知の部分に踏み込んで、たとえば複合的な影響が存在しうる可能性を論外にして、単一事象に関する評価から得られたリスクの水準を全体に当てはめるような事をしてはならない。その意味では、異常プリオンの問題性を考える場合に、vCJDの発症率だけから、人体被害がほとんどないなどと結論するのは早計であるといわねばならない。
現実には、多数の未解明の関係要因の関与がある場合に、どのように対策を講じることができるかが問われる場合が多いだろう。深く考えれば、BSE、vCJDとして示される症候は異常プリオンが示す生体影響の一部分であるのかもしれない。その他の生体影響の大部分は今後の解明に待つ所が大きいと考えられる。このような場合の対策は異常プリオンによる汚染自体についての予防的な措置を講じることに尽きる。然るに、実際にはvCJDの発症率が低いからというだけのリスク計算の結果を示して、従って全頭検査を止めても問題はないとするような、まことに似非科学的な結論が行政的な施策に反映されようとしているのである。重要なのは、異常プリオンによる汚染自体を食い止めることなのである。
予防衛生学の分野では、全体像の明らかでないような課題を取り扱う場合には、慎重を期して、予防原則的な対策を重視する。
(3) システム構築の必要性
安全を確保するためには理念だけでなく、対策を実施するための現実的なシステムの構築が保証されていなければならない。生産者と消費者そして行政側それぞれに問題処理のためのシステムを整備していなければならない。したがって検査、調査、監視、PRなどの安全保持のための体制整備の水準が問われることになる。
システム構築の水準自体を評価する必要がある。アメリカやカナダから牛肉を輸入するのであれば、リスク評価に当たって、異常プリオン問題の処理に関わる現地でのシステム構築の現状を問題にせねばならない。20ヶ月齢、14ヶ月齢以下無検査というのなら、アメリカやカナダの月齢判定システムの実際的な有効性を問わねばならない。
システム構築の水準次第でシステム運用の実効性がきまってくる。そのためにはそのシステム構築に関わる人的、物的、財政的な寄与のあり方を追求せねばならない。
私は我が国の全頭検査の方式が絶対に安全を保証するものであるとはいえないことを知っている。しかし、それは、現状ではよりベターな対策の一環として位置付けることができると考えている。
近い将来、異常プリオンの病理学的な実態がより深く、広く解明され、検査法が進歩して、やがてと殺以前に、より簡便に、短時間に、しかも、より厳密に定量、定性的な知見が得られるようになるであろう。したがって全頭検査、点源調査の方式が最善のものとして普及するであろう事は明らかである。
食品安全委員会ではリスク評価のデザインのありかたについて再検討せねばならない。もっと自主性を持って、「より安全であるための」牛肉輸入のあり方を見出すために努力してほしい。
このままではアメリカ、カナダ産牛肉の輸入再開について国民、消費者の理解を得ることは難しいのではなかろうか。(完)
(1月10日)BSE問題・2005年の新春に臨んで
―国民、消費者の側からの発言と行動を―
藤原邦達
今年早々には、いよいよアメリカ・カナダからの牛肉の輸入再開問題が大詰めを迎えることになる。おそらく10数年来のBSE問題の事実上の決着を迫られる重要な年になるだろう。
牛肉を食べるのは国民、消費者である。国民、消費者こそが受益者となり、あるいは被害者となるのである。だからこそ国民、消費者がこの問題に関心を持ち、真剣に立ち向かい、正確に発言し、行動するのは当然のことである。政府や企業が国民、消費者のありようを無視して何事かを決定し、実行することは許されない。
不自然で異常な事態がおこるとすれば、国民、消費者がこの問題についての対応を誤り、言うべきことを言わず、なすべきことをしなかった場合に限る。
特に、国民、消費者の連帯と協力のために存在する消費者諸団体では、BSE問題の歴史的な経過を正しく理解し、現状での科学的な到達点を正しく把握した上で、誤りのないように対処せねばならない。
今年こそはBSE問題、輸入牛肉問題をとおして、諸費者運動の真価が問われる年になることであろう。
1 政府のBSE政策、牛肉輸入再開政策は誤っていないか
一昨年、消費者の宿願がかなって成立した食品安全基本法では、リスク管理機関である政府側の政策決定に際しては、予め食品安全委員会の意見を聞くことが義務づけられている。しかし今回の牛肉の輸入再開問題に際しては、アメリカ側の強烈な政治的圧力を受けて、日米間での政治折衝が行われた。そして、食品安全委員会に対しては、事前に牛肉輸入に関するリスク評価についての正式な諮問が行われることがなく,従って答申の結果を待たないで、すなわち、食品安全委員会の意見を公式に聞くこともなく、昨年10月には「無検査で、20ヶ月齢以下の牛の牛肉の輸入を再開する」ことについての合意が行なわれた。そして事後的に、いかにも形式的に厚生労働省、農水省では、今になって本件に関する諮問を食品安全委員会に対して行なっているのであるが、このような一連のやり方は明らかに食品安全基本法の定めに反しており、国民、消費者の安全を軽視したものであるといわねばならない。
以上のようなリスク管理機関のリスク評価機関無視のあり方に関しては、本来、食品安全委員会自体が厳しく抗議するべきであるのに、現状ではその動きさえも全く見られない。そればかりか食品安全基本法の成立を意義あるものとしてきた消費者団体側からの厳しい批判や激しい抗議も認められない。これは異常極まる事態であるというべきであろう。
2 ずさんなリスク評価のあり方を容認してはならない
周知のとおり、BSE問題の核心である異常プリオンの病理に関しては不明の点が多い。BSE、vCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)に関しては、最終的なスポンジ状脳症に絞った病変が問題にされているが、たとえばそうなるまでの、一般的な異常プリオンの生体内での挙動、なかんづく最初の移入以降の増殖過程での病理学的な生体影響がどのようなものであるかについては明らかにされていない点が多いことを認めねばならない。何故、どんなきっかけで、どのような条件下に正常なプリオンが異常化するのか、そのメカニスムも明らかではない。またアルツハイマー症などの他の脳疾患との関連性、多様な病因などとの複合的な影響なども明確にはなっていない。牛、人の側での遺伝学的な感受性との関連性も今後の検討課題であるといえる。十羽一からげの疫学的な発症率、最小発症量などに関する既存のデータがどの程度信頼できるかも残された課題である。正直なところ、現在わかっているのは、積み木細工のモザイクの個別、部分的なパーツに関する情報に過ぎない、というのが正直な印象である。
9月に公刊された食品安全委員会の報告書の中に、実に40箇所の未知、不明、未確認とされる事項が記載されていることについては、すでに既往のこのHPのなかで示したとおりである。これでは、本当にBSE政策を左右するような、信頼性のあるリスク計算を行うことなど危なかしくてできないはずである。にも拘らず、食品安全委員会の調査部会の某委員は欠陥だらけのリスク計算の結論として、「わが国では、全頭検査を止めても、1人も発症者が出ないだろう」などと大胆に公言してはばかることがなかった。
たとえばこの委員に、「異常プリオンの人体影響は、vCJDの発症以外の場合を考えなくてもよいのか」と質問した場合に、どの程度の学問的な根拠を伴った回答をすることができるのであろうか。
20ヶ月齢以下の牛ではBSEの検出が困難である、と言う事実は現行の検査法の限界を示すものとして認めねばならない。しかし「検出困難である」ということは、「異常プリオンが存在しない」ということではない。安全であると言うことではない。しかも政府側では「検出困難」を「検査不要」と読み替えることにした。そのような牛肉を介して人体内に移行した微量の異常プリオンがどのような挙動をとるのかということについての研究は今後のことであろう。
先端的な課題には当然のことながら不明の点が多い。はっきりといえることには限りがある。私自身が体験してきたPCBの場合がそうであった。私がこの環境汚染物質にはじめて遭遇した1970年代の当初には、断定的に何かを言えることは余りなかった。その中で何かを先んじて言わねばならなかった立場に置かれたときには、予防原則的な立場を取るしかなかった。私の専門である食品衛生学、予防衛生学、Public Hygieneの立場ではそれは極めて当然のことであった。
異常プリオンについても然りである。それはおそらくPCBなどとは較べものにならないくらい、わかっていない点が多いだろう。それは細菌でもウイルスでもない、高分子たん白類似化学物質でありながら病原性を持ち、感染性を示すという、人類がはじめて遭遇した、奇妙な生物学的非生物なのである。このような厄介きわまる病原体に関するリスク計算なるものを、まるで算術計算でもするように、やすやすとやってのけた学者たちのリスク評価の論理とその結果を見せられたときに私は唖然とするしかなかった。
全頭検査といえども万全ではない、そのことは認めねばならない。だが肝心なことは、それは既存の方策の中では、せめてもの、よりましな、よりベターな対策であるといえることである。だから、私はこれまで、検査法の開発を精力的に進めながら、その最新の検査法を駆使して、全頭を対象とした点源調査に基づく対策を慎重に推進することこそが現状では国家的な予防政策としては最善のものであることを主張してきた。そして曲がりなりにも国内ではそのような主張が支持されて来たのである。政府が今、牛肉の輸入再開に関してしようとしているのはこのような我が国の消費者の信頼が得られた方式を放棄しようとする事なのである。
3 アメリカ、カナダの実情は確認されているのか
何故、輸出国側が国民、消費者の大多数が信頼している輸入国側の防疫システムを無視した要求をしてくるのか。立場を変えて、日本側が何かをアメリカに輸出するときにそのようなことができるのであろうか。
事実上,BSEの検査を行なっているとはいえないアメリカの実情は闇に包まれている。同様に検査体制が不完全なカナダでは昨年末に新たに2頭目のBSE牛が見つかったが、それらの汚染経路、汚染の原因も明らかにはされていない。何よりも、我が国のような周到な点源調査を実施していないこれらの国での汚染状況に関する情報がほとんど得られていない。問題は結果的なBSEやvCJDの統計ではなくて、異常プリオンによる汚染の状況なのである。にも拘らず、政府側では食品安全委員会の意見を聞くこともなく輸入の再開を約束してしまったのである。しかもアメリカ産だけでなく、ろくに現地事情の調査もしていないカナダ産の牛肉までも同時に輸入を再開する予定であると言われている。
20ヶ月齢以下無検査という条件での、その月齢の判定をどうするのかにも問題が残っている。輸出国の認定を無条件に信じるという、国民、消費者には、そう信じなさいという、まるで主権国家らしくない方式を、ただ「リスクが小さいから」という一部の学者たちの主張に沿って採用しようとしているのである。
4 消費者の知る権利の軽視を許してはならない
昨年の12月1日以降、国産の牛肉では履歴表示が義務付けされた。消費者は10桁の識別番号によって生産地から食肉処理されるまでの履歴を知る事ができるようになった。
しかし、消費量の約半数を超える輸入牛肉ではこのような表示が行われない。外食店でも「米と牛肉を一緒に食べることで初めて商品になる牛丼屋や、牛肉以外のメニューを多く扱う居酒屋、ファミリーレストランは表示義務づけの対象外」(農水省・朝日新聞記事)であるという。
これは、同じ牛肉という商品についての消費者の知る権利の否定、選ぶ権利の無視である。そのことを知った上で、輸入を再開しようとする政府側の態度は許せない。それでなくても輸入牛肉の場合には、輸出国側の国内的な汚染や処理に関する情報がほとんどないのである。
政府の方策にはダブルスタンダードがあってはならない。しかし、このままでは国産牛肉では事実上の自治体主体での全頭検査が行なわれる。しかし輸入牛肉では20ヶ月齢以下無検査でよいとされる。さらに国産牛肉では完全履歴表示が義務づけされて、輸入牛肉では無表示での販売が許される。政府側には国民、消費者にこのようなあからさまなダブるスタンダードを押し付ける権限があるというのであろうか。私たちはこれから展開される成り行きに注目したいと思う。
5 リスクコミュニケーションが不在である
食品安全基本法でいうリスクコミュニケ―ションとは政府が先行的に政策的に決定したことを、国民、消費者に対して事後的に説得、納得させるためにする手続きをいうのではない。政府側ではこれまで国民、消費者が参加するBSE問題関連の意見交換会なるものは全国各地で、数十回も開いてきたことを繰り返し述べている。確かにそれはかっては見られないことであった。しかし、テーマをはっきりと牛肉輸入問題に絞って、政府側と消費者が意見を交換したことは一度もなかった。それはBSE問題プロパーに関する意見交換の場ではあっても、アメリカ、カナダ産牛肉の輸入再開の可否についての意見の表明や論争の場ではなかったのである。政府側としては公式に食品安全委員会に諮問さえ行なっていないようなテーマを持ち出すことは、たてまえ上、できなかったからでもあるのだろう。
ついでながらこれまでの意見交換会では、圧倒的に全頭検査を支持する意見が多かったと言われている。しかし政府側、食品安全委員会ではそのような消費者の意向を尊重するために努力した形跡は見られず、かえって日米交渉などでは全頭検査を中止する方向での対策に踏み切ることになった。
リスクコミュニケーションの結果をリスク評価、リスク管理に生かす、というのであれば、リスクコミュニケーションはリスク評価やリスク管理の結論がでる以前に行われねばならない。しかしこれまでそのように正等に位置づけられた意見交換の場は全くなかった。しかも、この間に牛肉の輸入再開に関する日米合意なるものをすでに成立させてしまったのである。
このような事実経過に関して国民、消費者が憤慨しないでいるのは非常に不思議なことである。 80年代から90年代にかけて、消費者不在の中で畜産政策の運営が進められたことが我が国のBSE対策が破綻した最大の理由であったことは、周知されている。政府側も認めたはずである。そのような反省に立って画期的などといわれる食品安全基本法がつくられたのである。しかし、現在、牛肉の輸入再開問題に関して政府側がしていることは明らかに食品安全基本法の逸脱であり、消費者の意向を無視するものであり、あからさまに前車の轍を踏もうとする行為であるといわねばならない。
6 輸入再開に伴う混乱の責任は誰がとるのか
このままの状態でアメリカ、カナダからの牛肉の輸入再開が行われた場合には、市場において、あるいは消費の現場に混乱が生じることは明らかだと思う。消費者の購買心理や行動に動揺が生じて、輸入牛肉vs国産牛肉というような対立、乖離した認識を際立たせることになるであろう。これは政府がダブルスタンダードを容認したことの必然的な結果であるといわねばならない。
もしも、万一、混乱が生じなかったとすれば、それは我が国の消費者の意識水準が異常に低く、問題意識が極度に低調であることが証明された場合のことである。消費者が知る権利、選ぶ権利、安全である権利だけでなく、要求する権利の重さを自覚しなかった場合に限ったことである。
おそらく混乱が生じた場合に、例によって一部の人々は消費者は風評被害におびえている、などということであろう。自らの事実認識の甘さや政策選択の不当性を棚に上げて、消費者の論理や心情を軽視する人々は何時の場合でも混乱の責任をとろうとはしないのである。
今春以降に展開されるであろう牛肉の輸入再開問題では、我が国の消費者の、ひいては消費者団体のありようもまた厳しく問われることになるだろう。いくつかのアンケート調査の結果では7割をこす消費者は輸入牛肉を食べたくない、と答えている。
今から悲観的な予測をする必要はないだろう。私は戦後から今日まで、時代の変化に耐えて鍛え上げられてきた我が国の消費者の権利意識の強固さを信じたい。我が国の消費者は必ず来るべき混乱を乗り切るに違いない。(完)
(12月1日)BSE問題・行政の無軌道は許されない
―政府はカナダ産牛肉も輸入する、との方針を公表した―
藤原邦達
11月28日の新聞報道では、政府はアメリカ産牛肉の輸入と同時にこれまで禁輸を行ってきたカナダ産牛肉の輸入を再開することになったという。
1 カナダ産牛肉はアメリカ産牛肉よりも問題が多い
昨年の12月にアメリカで発見されたBSE牛はカナダから輸入されたことが明らかになっている。カナダはいわば北米大陸でのBSE疑惑の火元なのである。
2 カナダでのBSEに関する情報はほとんど知られていない
アメリカ産牛肉の安全性に関する評価も十分に行われているとはいえないが、カナダ産の牛肉の安全性についての情報は、それ以上にほとんどないといってもよいだろう。BSE対策、異常プリオン汚染の実態など今後調査を要する事項が山積している。
3 政府間交渉も行われていない
アメリカ政府との交渉は年初来くり返し行われてきた。しかしカナダ政府との交渉は全く行われていない。カナダ側が我が国のBSE対策、とくに全頭検査体制などについてどのように評価しているのかも明らかではない。カナダ側の見解を正式に聞くべきである。その上で我が国の方針を正しく伝えるべきである。どの点で意見が異なるか、どの点で折り合えるか、そのような記録に残る両国間の交渉が全く行われていない。
4 日本政府の見通しは甘すぎる
日本政府としては、アメリカとの間で合意した「20ヶ月齢以下無検査輸入」の線でカナダ産牛肉の輸入再開を行う意向であるといわれるが、カナダ側がこれに同意するのか、あるいはこれに不満であって代案を要求してくるのかも不明である。またアメリカの場合と同様に、月齢の判定をどのように行うのかもわかっていない。
本来なら、カナダのBSE問題に関する歴史的経過や現状を調査して、その上でわが国としての要求を行い、カナダ側の反応を確認するべきであろう。日本政府の姿勢は軽率であって、このまま輸入を再開することを看過することはできない。
5 牛肉輸入の全面的な解禁につながる
カナダ産牛肉がアメリカと同条件で輸入解禁になるとすれば、その他の諸国からも輸入再開を求めてくることになるであろう。「20ヶ月齢以下無検査輸入」というのであれば、BSE汚染地域であるヨーロッパ諸国から牛肉や牛製品の輸入再開を求めてきても拒絶することはできない。結局我が国の政府は全面的な無検査輸入解禁の道を選んだことになる。
そのような政策選択が国民、消費者のコンセンサスと著しく乖離していることは明らかである。
6 政府の歴然、堂々たる食品安全基本法違反がまかり通っている
食品安全基本法によれば、政府が食品の安全に関わる決定を行う場合には、予め、必ず「食品安全委員会の意見を聞かねばならない」とされている。しかし、別のHPで示したように、政府はアメリカ産牛肉の輸入再開問題で、食品安全委員会に対する諮問を行なわず、従って答申を受けることもなく、すなわち「食品安全委員会の意見を聞く」ことをせずに、独自にアメリカ側と交渉を行い、「20ヶ月齢以下無検査」の条件での輸入再開で合意した。これは明らかな食品安全基本法からの逸脱である。しかも、今回、政府はアメリカ産牛肉の場合以上に、より安易にカナダ産牛肉の輸入再開を行おうとしている。
正式な諮問があり、審議が行われて、リスク評価、リスクコミュニケーションの過程を踏みしめて、答申が行なわれ、リスク管理機関がこれを受けて、政策を実行する、という、法に定められたルールを一切無視するようなやり方が歴然、堂々とまかり通っていること決して認めることはできない。
7 国民、消費者の心情に配慮していない
大方の国民、消費者は全頭検査体制の継続を望んでいる。アメリカ産牛肉の輸入再開を望んではいない。そのことは各種の世論調査や政府主催の意見交換会での参加者からの意見表明の実情からも明らかである。
このたび、政府は全頭検査を修正したうえで、アメリカ産牛肉の輸入再開を決定するに到ったが、さらにカナダ産牛肉の輸入解禁までも行おうとしている。これは国民、消費者の心情や希望を無視した仕方であるといわざるを得ない。
8 混乱を招いた場合の責任は政府側にある
我が国では、各自治体での任意とはいえ今後も全頭検査体制が継続される予定である。輸入再開後には、全頭検査を受けた国産牛肉と、20ヶ月齢以下の無検査輸入牛肉が同時に市場に並ぶことになる。
12月1日から国産牛肉では牛肉の履歴表示が義務化される。消費者は識別番号によって牛の生年月日、出生場所、食肉処理の場所当を知る事ができる。しかし輸入牛肉は対象外であって、履歴表示が行われない。
当然のことながら、我が国の消費者は表示を確認したうえで、より安全で、より見えやすい、より違和感のない牛肉を選ぶことになるであろう。
プリオンの命名者であり、ノーベル賞受賞者であるプルシナー教授の研究室の助教授Jiri Safer博士が、自分の子供にはアメリカ産牛肉は食べさせたくない、と述べたことが伝えられているが、こうした情報がうずまくなかで、安全性には敏感な我が国の消費者がどのように輸入牛肉と向き合うかが注目される。消費者の心情を甘く見てはならない。
もしかりに、輸入牛肉が売れないで価格が暴落するようなことがあったとすれば、あるいは国産牛肉を巻き込むような牛肉不安や不信がひろがったとすれば、その混乱の責任は安易にことを進めてきた政府側に問われることになるであろう。
アメリカ、カナダ、十羽一からげといわんばかりの乱暴な政策運営は即刻中止するべきである。このさい、農水省、厚生労働省の関係者は食品安全基本法を精読するべきである。(完)
(11月28日)BSE問題・日米牛肉輸入再開交渉はこれでよかったのか
―ルール違反は許さない―
藤原邦達
1 日米牛肉輸入再開交渉の妥結
昨年12月にアメリカでBSE牛が発見されて以来、輸入が禁止されていたアメリカ産牛肉の輸入再開のための日米交渉は年初来断続的に続けられてきたが、ようやく10月23日になって両国間での合意が成立した。しかしわが国では、今後、従来の全頭検査体制を変更するための省令改正などの作業が必要であり、実際の輸入再開は来年の春以降になるものと想定されている。
2 基本的な安全性問題との関連性
アメリカ産牛肉の輸入再開問題の背景にはBSE及びvCJDに関する安全性問題が色濃く存在している。異常プリオンに起因する人の被害が牛肉の摂食とどのような関係にあるかが懸念される。牛肉には常に異常プリオンに汚染される可能性があると考えるべきであり、その場合には、以下に示すような事項に留意せねばならない。
(1) 未解明な病理学的、疫学的な課題が数多くあるなかで、牛肉の安全性に関するリスク評価は非常に困難である。
(2) BSE、異常プリオンの検査法が不完全である。
(3) SRMの除去法が不完全で、肉質部が汚染される可能性が残されている。
(4) 治療法、予防法が未確立である。
(5) 汚染源、汚染ルートの解明が非常に困難である。
3 日米欧のBSE対策の概要
(1) アメリカのBSE対策
アメリカ政府は、OIE(国際獣疫事務局)の基準に即してBSE対策を実施してきたとしている。OIEはBSE汚染リスクを5段階に分類しているが、03年12月に検出された感染牛がカナダ産であったことに配慮して、アメリカはリスクの低いほうから2番目(暫定清浄国)と位置づけている。ただし対策は1段階リスクが高い基準を採用している。
1)BSEの検査体制
検査対象は、30ヶ月齢以上で歩行困難な牛の多くと出荷頭数3500万頭中、BSEの疑いのある牛の2万頭(BSE牛が発見された03年12月の時点)、その後27万頭まで拡大の予定である。
2)特定危険部位の除去
除去対象は同じく30ヶ月齢以上の牛で、頭蓋、脳、三叉神経節、目、脊髄、脊柱(背根神経節を含む)へんとう、腸全体(全頭で実施)
3)飼料規制
肉骨粉の規制は11997年から実施されているが、牛由来の肉骨粉を使った飼料が鶏、豚に使用されている。
4)トレーサビリティー
牛の歯で月齢を判断している。固体識別制度の導入を検討中である。
5)感染源対策
肉骨粉や生牛がイギリスから輸入された可能性が日本よりも大きいといわれているが詳細は不明である。アメリカ国内では議会関係者などから、BSE対策が不完全であるとする批判が行なわれている。
(2) 日本のBSE対策
既往のBSE対策の失敗を反省して、現時点では以下のような対策が実施されている。
1)BSEの検査体制
全頭検査を行なっている。死亡牛も04年4月から24ヶ月齢以上の牛を全頭検査することになった。
2)特定危険部位の除去
除去対象は月齢に無関係に全頭とする。頭部(脳、三叉神経節、目、へんとうを含む)、脊髄、脊柱(背根神経節を含む)、回腸の一部
3)飼料規制
2001年から規制されている。牛由来の肉骨粉は全て焼却処分されている。
4)トレーサビリティー
個体識別制度を適用している。牛肉の流通段階でも03年12月からトレーサビリティ(履歴確認)制度を導入している。
3)感染源対策
現在までに、全頭検査によって、14頭のBSE牛が発見されている。01年8月以来、肉骨粉などの飼料の規制が強化されているが、それ以前には汚染地帯であるEUからの異常プリオン汚染肉骨粉などの輸入があった。しかし発症したBSE牛の汚染源、汚染ルートは不明である。
(3) EUのBSE対策
参考までに、BSEによる被害が最も大きかったEUでの対策を示す。
1)BSEの検査体制
30ヶ月齢以上について検査を行なう。ただしドイツ、フランス等では24ヶ月齢以上。
2)特定危険部位の除去
12ヶ月齢以上を対象とする。頭部(脳、三叉神経節、目、へんとうを含む)、脊髄、脊柱(胚根神経節を含む)、腸全体(全頭で実施)
4 アメリカ側の日米交渉での対応の問題点
(1) 日本側のBSE対策を信用していない。
日本側の全頭検査体制は非科学的であると言う前提において、アメリカ側は交渉に臨んだ。従って日本側の全頭検査体制を変更した上で、現行のアメリカ側のBSE対策に基づいて生産される牛肉の輸入再開を要求した。輸出国が、輸入国の主権や施策を否定するような形で輸入を求めたことについて、日本国内の世論が反撥したのは当然のことであった。
(2) アメリカ国内でのBSE対策が不完全である。
1)検査率が低すぎる。
これまでの検査率が余りにも低く、今後とも1%未満に止まることが予定されているような現状では、アメリカ全土での汚染の実態を明らかにすることは不可能であると思われる。アメリカ政府は、検査はサーベイランスのために行なっている、と言うが、我が国の全頭検査で20ヶ月齢台のBSE牛が発見されていることを考えると、BSEの疑いのある30ヶ月齢以上の牛に限定して検査が行なわれていることには問題があるというべきである。
2)検査月齢が高すぎる。
30ヶ月齢以上の検査月齢では、少なくとも我が国で発見されているような20ヶ月齢台のBSE牛は検出できない。幼弱牛の異常プリオン汚染度では問題がない、といいきれるためには、最小発症量や発症条件に関する情報、資料が不十分な現状では、検査対象を30ヶ月齢以上に限定することには不安がある。
3)月齢確認が不正確である。
アメリカ側は歯列による月齢判定が可能であると述べており、20ヶ月齢以下無検査輸入の条件に対応できるとしている。しかし、歯列による判定には相当な誤差が生じることが知られており,当のアメリカ政府のペンUSDA農務次官は我が国の民主党の調査団に対して、歯列判定には「6ヶ月の誤差がある」ことを認めている。
4)SRMの除去が不完全である。
30ヶ月齢以上の牛についてのみ、SRMの除去がおこなわれている。(日本では全頭除去)また除去作業時の血液等による肉質部の汚染は我が国の場合と同じく完全には防げない。たとえば我が国で発見された20ヶ月齢台のBSE牛の場合には、BSE検査を受けることもなく,SRMも除去されないために、異常プリオンで汚染された牛肉と肉骨粉が市販されることになる。最近発見された末梢神経での異常プリオン汚染は微量であるとはいえ、肉質部にも異常プリオンが存在する場合があるということであり、この事実の持つ意味は非常に重い。
5)飼料の規制が不完全である。
検査体制とSRMの除去が不完全なために、異常プリオンで汚染された肉骨粉が作られる。アメリカでは牛への投与は規制されていても、ペットフード等への使用が許されているために、牛の飼料への交差汚染や誤投与などの事態が懸念される。
6)監視体制が完全ではない。
最初に発見されたBSE牛の事後の処理についてさまざまな疑惑が浮上しているが、一般に,BSE対策に関わるFDA、USDAの監視体制の不完全性が当のアメリカ側の監視担当経験者によって指摘されている。(日本の民主党調査団の報告書)
(3) 牛肉関連業界の圧力が強い。
アメリカの牛肉生産者団体NCBAはアメリカ産牛肉の安全性を強調しているが、一般にブッシュ政権に対する牛生産者団体の政治的な圧力が強いことには定評がある。中小牛肉生産者の自主的な全頭検査実施についての要請が却下されたこととの関連性も疑われる。
(4) USDA(農務省)のBSE政策に対する批判がある。
カリフォルニア大學、セーファー助教授(Jiri Safer、異常プリオンの研究者、ノーベル賞受賞者、プルシナー教授の門下)は「EUはアメリカとカナダを高リスク国と評価している」とのべている(日本農業新聞)。ついでながらせーファー助教授は次のようにものべている。「米国はデータの蓄積も不十分である。私は米国産の牛肉は食べないし、子供たちにも米国産牛肉を食べないようにいいたい。」(民主党米国BSE調査団報告書)
アメリカの消費者団体CSPI,CUなどもUSDAのBSE対策に対して批判的である。中堅食肉業界R−CALFの3団体でも自主的な全頭検査を04年10月1日から開始できるようにUSDAに要請したが却下された。
アメリカ共和党関係者はアメリカ政府の対応を支持しているが、民主党関係者は政府のBSE対策が不完全であるとしており、一部のマスコミ関係者も政府の対策を批判している。
(5) 日本に対して政治的な圧力を加えている。
ブッシュ大統領は日米首脳会談において、小泉首相に対して、「政治的、行政的な決着」をはかるように要請した、と報じられている。年初来数回にわたって開催されている日米牛肉輸入再開交渉では、すでに合意が成立したといわれるが、アメリカ政府からの強い圧力のもとで行なわれてきたことは明らかである。
5 日本側の日米交渉での対応の問題点は
(1) 政府独自の先行的な交渉の推進
食品安全基本法では、政府は食品安全委員会の意見を聞いて、施策を実施することが定められている。しかし、政府は食品安全委員会に正式に諮問することなく、年初来、以下の2つの事項についてアメリカ側と独自に交渉を行い、10月23日には輸入再開について合意するに到った。
@「全頭検査を修正する。20ヶ月齢以下の牛ではBSE検査を行なわない」
A「20ヶ月齢以下の牛のアメリカ産牛肉の輸入を再開する」
政府の以上のような対応は、食品安全基本法の各条項に違反している。(11月1日付けのHP参照)
食品安全委員会は10月21日に、ようやく@項についての諮問を受けたが、当然のことながら23日時点ではこれらの2項目についての審議は全く行なわれていなかった。政府側は、9月に食品安全委員会が公表したBSE対策に関する報告書において、「20ヶ月齢以下の牛では,BSEの検出は困難である」とした部分を、安易に「検査不要」と独断的、恣意的に読み替えた上でアメリカ側と交渉を行なってきた。
月齢の確認方法などにさまざまな問題点が残されている中で、リスク評価の結果を待たずにリスク管理機関である政府の政策が先行したことに注目せねばならない。
(2) 食品安全委員会の機能不全
専門調査会では、上記の「20ヶ月齢以下の牛ではBSEの検出は困難である」とした部分を報告書に記入しないという合意があったが、これが食品安全委員会では無視されたといわれている。調査専門部会での決定を食品安全委員会が尊重しなかったとすれば、明らかなルール違反であり、当事者は責任を明らかにせねばならない。
さらに、委員の間には、国内対策を審議しているのに、恰も日米交渉のための根拠資料の作成を行なっているかのような印象がもたれてきたことについての不満があったとされている。このような状況は、行政側が食品安全委員会の審議や諮問、答申の手続きを尊重しなかったことに起因していると言わざるを得ない。マスコミ等に対しても独自に情報をリークしていた可能性もある。
いずれにしても日米交渉に際して、食品安全委員会の意見を聞いて、政府が政策を決定し、推進するという、法に定められた原則が無視されたことは否めない。BSE問題の反省に基づいて成立した食品安全基本法制定の直後に行われた、このような事態について、食品安全委員会は、政府に対して本来厳しく抗議するべきであった。
(3) 消費者団体の権利要求行動の不徹底
リスクコミュニケーションのための消費者等との意見交換会は、BSE対策について20数回以上も開催されてきた。消費者側からのほとんどの意見は現行の全頭検査体制の継続を求めるものであり、従ってアメリカ産牛肉の輸入を望まないというものであった。しかしながら、政府側はこのような世論の動向を尊重せず、アメリカ側との交渉を推進し、ついに全頭検査体制を修正したうえで輸入を再開することに合意した。一般に言われる消費者の権利事項では、安全である権利と並んで、要求する権利が重要である。その意味では消費者側の日米交渉に対する対応が不完全で政府側の独走を阻止できなかったことは否めない。来春以降に予定されている牛肉の輸入再開に対して今後どのように対応するかが問われている。
(4) BSE対策の不完全性
現在までに検出されている14頭のBSE牛の感染源や感染ルートは全く不明であり、従って病原体となる異常プリオンの地域的な分布も明らかではない。感染発症牛の続発が予想されており、依然として厳しい対応が必要とされている。人に対する被害については食品安全委員会の報告書で、vCJDの発症が0,1〜0,9人で、リスクゼロに近いとする予測が行われているが、これはイギリスの場合を対照とした場合であって、BSE、vCJDの後発国であるフランス等を対照にすれば、異なった発症者数になる可能性がある。また前掲した異常プリオンの安全性問題に関する基本的な不確実性にかんがみて、人の被害がvCJDの発生だけにとどまるのかも明らかではない。
その意味において、全頭検査体制の緩和や輸入の再開等の政府側の政策転換の姿勢には問題が多いといわねばならない。
6 交渉妥結の問題点
牛肉の輸入再開に関する日米交渉が,以上に示したような日米双方の国内的な事情を無視ないし軽視した上で妥結点に到達したことは問題であるといわねばならない。今後、両国での内部的な矛盾が表面化して混乱を招くことが憂慮される。
本日(11月28日)の報道では、政府はアメリカだけでなく、カナダからの牛肉の輸入再開も行うことになったとしているが、カナダ産牛肉の問題点に関する評価が全く行われていないなかで、唐突に、このような方針が打ち出されたことは全く理解しかねるところである。行政当局のルール違反は明らかであって、消費者側として厳しく是正を迫る必要があるだろう。
7 クリヤーすべきハードルとは
異常プリオンに起因する被害を回避するためには、個別的には不完全な部分を持つた手法であっても、それらを総合的に組み合わせて、よりすぐれた効果を見出すために努力することが必要である。現時点において、我が国が乗り越えねばならないハードルは以下に示すようなものになるだろう。
(1)全頭検査体制の継続
現行の点源対策とサーベイランス対策の双方に寄与することが期待される全頭検査体制の継続は最も重要である。確かに現行の検査法の精度や感度には限界がある。しかし、世界的に30ヶ月齢以上の検査が妥当であるといわれてきたなかで、我が国の全頭検査体制によって、BSE11頭中2例の20ヶ月齢台のBSE牛を検出することができたという事実に注目せねばならない。不確実な牛の月齢問題とは無関係に検査が行なえる、消費者の安心感にも寄与することができる、という利点もある。牛の発育次第では10ヶ月齢台のBSE牛の発見がないとはいいきれない。検査法の改善が急速に進むなか、より高度な検査法を導入することを前提とした全頭検査体制の続行が求められる。
(2)汚染源の追求と排除
依然として不明な既存のBSE牛の汚染源と汚染ルートの解明に努めねばならない。放置されたBSE感染牛の体内では異常プリオンの増殖が行われており、垂直汚染、交差汚染の可能性が残される。汚染源を消滅させることが最大不可欠の対策となる。
(3) 検査法の改良
現行の検査法には欠陥が多い。生前検査法をふくむ異常プリオン検出法の定量、定性的な精度と感度の向上のために全力をあげる必要がある。その目的を達成するために研究者の協力と連帯を促進し、国としても支援する。私見ではあるが,検査法の改良をBSE対策の最重要課題として掲げるべきである。すぐれた異常プリオン検査法の適用によって点源対策とサーベイランス対策は完成する。生前全頭検査体制の確立によって、万全の予防対策が可能となる。海外でも、たとえばカリフォルニア大学のプルシナー研究室等で精力的に検査法の改良のための研究がすすんでいると伝えられているが、これらの研究機関との情報交流にも努力する必要があるだろう。
(4) SRM除去法の改良
現行のSRMの除去法は不完全で血液等の飛散による異常プリオンの汚染が避けられない。除去法の改良も緊急の課題である。また最近発見された副腎や末梢神経節での異常プリオンの存在をどのように評価して除去対策を講じるかも検討せねばならない。作業担当者の訓練や作業の監視体制の確立も必要である。
(5) BSEとvCJDの予防と治療に関する研究の推進
異常プリオンという細菌でもウイルスでもないたん白様の高分子物質による人畜共通の疾患に対して基本的にどのように取り組むかが問われている。正常プリオンの異常化が何故発生するのか,どのように異常化が進行するのか、異常化の程度がどのような症候、被害をひきおこすのか、それらの病理に関する研究が非常に遅れている。たとえば夢のようなことではあるが、異常プリオンの正常化が可能なのかどうかも問われるところである。
(6) リスク評価体制の活用
日米交渉では、アメリカ産牛肉の安全性に関するリスク評価が求められている。全頭検査体制下にある国産牛肉と対比した場合のアメリカ産輸入牛肉の安全性の水準がどの程度なのか、について日本の消費者には知る権利がある。20ヶ月齢で検査の線引きをした場合としない場合のリスク評価も行なわねばならない。検査をしようとしまいと、もともと人のvCJD発症リスクが非常に低いから問題はない、とするような態度をとるべきではない。
「国産牛肉と輸入牛肉のどちらが信頼できるの」という消費者の率直で素朴な問いに対して、政府は答える責任がある。食品安全委員会もそのような責任をはたすためにこそ設置されているのである。
(7) トレーサビリティーの確立
牛の出生から死亡にいたる間の生活履歴が明らかであることが求められる。国産牛に較べてアメリカ牛のトレーサビリティーの水準は低いとされているが、最終の販売過程で消費者が履歴を詳細に知ることのできる表示などの体制を整備せねばならない。確立されたトレーサビリティーは事故対策でも威力を発揮するし、消費者の選択の自由も保証する。
(8) 食品安全基本法の改正と食品安全委員会の強化
食品安全基本法の審議の過程で、たとえば、食品安全委員会を公正取引委員会のように政府、省庁とは一線を画した独立した組織にするようにとの主張があった。今回の日米交渉の経過でも食品安全委員会の担当大臣と厚生労働、農水大臣との水面下での連携によって局面が左右されているように思われる。食品安全委員会の事務職員にしても、関係省庁からの出向者が大部分であり、独立した組織の運営が可能かどうかが危惧される。
食品安全委員会の委員の選任も政府部内の意向に左右されており、国民、消費者側の要請を受け入れ難い仕組みになっている。安全評価の過程で消費者側の見解を代弁することのできる委員がいないことも大きな欠陥である。
(9)コンプライアンスの遵守
今回の日米牛肉輸入交渉では、食品安全基本法に規定された、諮問、答申の過程を飛びこえて、農水、厚生労働省の担当者が対処した。この事態は重大な法令違反であるといわねばならない。消費者の80%が輸入牛肉に対する不安を感じているなかで、このような事実がありえたことは極めて遺憾であるといわねばならない。行政側の政策判断が先行して、事後的に諮問を行なうというのでは、食品安全委員会の存在を無視した仕方であるといわねばならない。かってのBSE政策の失態が民意を無視した政府側の独断専行によって引き起こされたという苦い体験を想起せねばならない。
日米牛肉輸入再開交渉に際して、ひいてはBSE対策のありかたに関して、我が国の進路を誤らないために、なすべきことが多くある。関係者には、国民、消費者の信頼を確保するうえで、忠実に責務を果たすことが求められている。この際、厳しく自己点検を行う必要があるだろう。(完)
(11月19日)BSE問題・消費者はどのような牛肉製品を選ぶべきか
―牛肉部分にも異常プリオンの存在が認められた―
藤原邦達
農水省と厚生労働省は、11月1日に、今年3月にBSEであることがわかった死亡牛(94ヶ月齢)の副腎や末梢神経組織の一部から異常プリオンが見つかったことを発表した。(詳細は11月8日の当HPを参照)
小野寺節東京大学教授は「筋肉中の神経で異常プリオンがみつかったのは初めて。BSEの末期に脳から末梢神経に飛んでいったと思われる。今回は高齢牛特有の現象と考えられ、ごく微量なため現状の検査態勢なら食の安全に影響するものではない」とコメントしている。(朝日新聞11月2日記事)
この事実から次のことが言える。
1 従来からの「特定危険部位(SRM)以外に問題になる部分はない。牛肉製品には異常プリオンは含まれない。」という政府側の説明が覆った。
微量とはいえ,BSEに罹患した牛の肉質にも異常プリオンが存在する、といいうことが明確になった。これは、かねてから予測されていたこととはいえショッキングな事実であるということは確かである。この期に及んで、日常的に牛肉製品を必要とする消費者はどう考えて、どうすればよいのか、そのことを考えてみよう。
2 今後、さらに解明されねばならない問題点が数多くあることを認めよう。
(1) 異常プリオンの由来が問われる。
小野寺教授は、「BSEの末期に脳から末梢神経に飛んでいった」というような表現をしておられるが、もちろんこれは推測にすぎないだろう。それが果たしてBSEの末期にだけ見られる現象なのか、については、今後の研究によって明らかにされるであろう。逆に、初期の段階から、異常プリオンが末梢神経部分から次第に脳に送られていくという可能性もあるのかもしれない。「飛んでいった」ということの実態はさらに解明されねばならない。
(2)異常プリオン感染牛の牛肉製品が市場に出回ることもある。
現行の検査法では検出が困難だとされる20ヶ月齢以下のBSE感染牛のSRMは除去されるが、異常プリオンを含む牛肉部分は市場に送られて最終的に消費者の口にはいることになる。アメリカでは30ヶ月齢以下の牛でもそのようなことがおこりうる。今回の発見は高齢牛でのことであり、幼若牛の末梢神経部位には異常プリオンが認められない、という研究結果が明らかになるまでは、安心できない。
(3)異常プリオンの影響量についての知見が不明である。
肉質部に見られる異常プリオンについては、「ごく微量」「脳組織の1000分の1程度」などの量的な表現が散見されるが、人にとって問題となる最小発症量との関係で、そのような牛肉製品をどれくらい食べれば問題なのかが全く不明である。周知のように、人のvCJDの最小発症量についての知見が極端に不足している。幼若者、病弱者、高齢者、性別に関わる感受性の相違についてもほとんどわかっていない。一回大量摂取でも発病するのか、反復摂取が問題なのかも不明である。とくに腸管組織の形成が不完全な乳幼児期に、消化管にとりこまれた異常プリオンたん白の体内移行が起こりやすいのかどうか、というような重大な関心事について専門家自身でさえ正確には答えられないのが現状なのである。研究が非常に遅れている。民主党の米国BSE問題調査団の関係者に対して、プルシナー教授門下の研究者が「アメリカ産の牛肉製品は食べたくない。子供には奨められない」などと話したというが、もしも本当なら、専門家として極めて妥当な言い方であるのかも知れない。異常プリオンの分野では、動物実験から人の場合への外挿が困難であるなどの難問が山積している。従って「ごく微量だから心配ない 」と いうのは単なる気休めであって、今のところ、それは願望、あるいは期待程度の言い方であると理解しておくべきである 。
(4)リスク評価のしようがない。
別の箇所のHP(10月15日付け)で詳細に示したように,BSE、vCJD問題では未知、未確認、不明事項が山積している。今回の食品安全委員会の報告書(9月)でも全21ページのなかに、未知、未確認、不明等とされた記述が40箇所もあった。これではリスク評価のしようがない。汚染牛肉製品をとおして人が異常プリオンを摂取する確率、そのことによってvCJDを発症する確率がどれくらいなのか、おそらくは1人の発症者も出ることはない、などという結論を導く専門家が現われるであろうが、その彼の言葉をどれくらい信用することができるのか疑問である。
3 どのような牛肉製品を選べばよいのか。
マイナス情報が多すぎる。しかし、消費者は懐疑的になるべきではない。牛肉製品は貴重なたん白源として栄養学的に必須といってもよいような食材である。食文化的にも牛肉製品を素材とする料理は珍重されるべきである。牛肉製品は食べられないなどと軽々にいうべきではない。それではどうすればよいのであろうか。
結論は、現状において、以下のような事項で、最大限の安全対策が実施されているような、「よりよい牛肉製品」であることを確認したうえで、それらを選択し、利用するべきである、と言うことだ。
(1) 検査体制のあり方
検査体制をサーベイランスのためである、とするような偏った考え方を排除する。点源対策とサーベイランス双方の効率を向上させるための、よりすぐれた検査体制であるかどうか、20ヶ月齢以下の牛の検査をしないのではなくて、全頭検査のように、あらゆる可能性を追及することのできる検査体制のもとで供給されている牛肉製品であるかどうか、さらに、随時、柔軟に、より進歩した検査法を取り入れて、汚染状況を確認する努力が行われているかどうかを問題にする。検査率は高いほどよい。検査範囲は広いほどよい。検査対象の月齢は低いほどよい。
(2) SRM除去のあり方
SRMからの肉質への汚染が最も少ない、現状で最も進んだSRMの除去方法がとられているかどうか、屠場現場での行政側の指導、監視体制を問題にする。SRMの処理方法がずさんである事は許されない。SRMの除去を一定の月齢以上に限定するよりも、全頭に適用したほうがよりよい牛肉製品なのである。
(3) トレーサビリティーと表示のあり方
アメリカ産牛肉製品で行なわれようとしている月齢の確認には誤差が伴う。全頭検査では月齢誤認の問題はない。トレーサビリティー体制が最も進んでいるかどうか、表示が信用できる牛肉製品であるかどうかを問題にする。消費者の知る権利は実際に記載された表示の事実によって証明されねばならない。消費者はその牛肉がどのような履歴のものであるかを正確に知る事ができる場合に、よりよい牛肉製品であると判断する。
(4) 飼料規制のあり方
消費者は肉骨粉による交差汚染が懸念されるような商品をよりよい牛肉製品であるとはしない。規制を遵守する生産者であるか、規制を監視する体制が整備されているかどうかを問題にする。アメリカでは現在でも肉骨粉がペット用に使われており交差汚染が危惧されているが、日本では完全に禁止されている。汚染のない飼料を与えられている牛の牛肉製品は信用できる。
(5) 監視と指導体制のあり方
生産、流通、消費現場での行政側の監視と指導の体制がどのように維持されているかを問題にする。業界の自主的な規制体制維持努力も評価せねばならない。政府や自治体の、よりすぐれた監視と指導の体制、あるいは業界の自主規制の体制のもとで供給されている牛肉製品であるかどうかを問題にする。
(6) リスク評価のあり方
安易なリスク評価によって、軽率な勧告や提案がなされていないかどうかを問題にする。ことごとに費用効果効率論を適用して、その現状での最大課題から関心をそらせるような一部の風潮を排除する。たとえ完全とはいえなくても、その状況下で可能な、リスク回避のための、よりよい方法を見出すための、専門家としての提言が行われているかどうかを問題にする。
(7) リスク管理のあり方
リスク評価の結果に基づいたリスク管理がなされているかどうかを問題にする。食品安全委員会への諮問を行なわず、その報告を待たないで、牛肉製品の輸入再開交渉をすることなどは許されない。政治的、行政的な対策が科学的な評価とは無縁に推進されるのは危険である。リスク評価機関の提言が尊重されたリスク管理体制のもとで、慎重に供給されている牛肉製品であるかどうかを問題にする。
(8) リスクコミュニケーションのあり方
消費者の期待、見解が尊重されるためにこそリスクコミュニケーションが必要になる。行政側の見解の周知、徹底をはかるための会合をリスクコミュニケーションの場であると錯覚してはならない。消費者の期待を満たすために、どのような努力が行われたかが問われねばならない。安全と安心をともに満たすための方策が積み上げられた上で供給されている、よりよい牛肉製品であることが求められる。
(9) 予防対策のあり方
政府の予防対策が科学的、論理的で、たとえば、外国や業界の圧力に追従、迎合するような場当たり的なものでなく、国民、消費者の心情にもっとも配慮した、予防衛生学的にも妥当、周到な内容を持ったものであり、そのような政策のもとで消費者に供給される、よりよい牛肉製品であることが求められる。
(10)法規の制定と遵守のあり方
あいまいな部分のより少ない、すぐれた水準の法規がつくられているかどうか、を問題にする。同時に、それらの法規を遵守した生産、流通、消費の体制下で供給される、よりよい牛肉製品であることが求められる。業界や生協などの商品供給事業体のモラルとコンプライアンス(法令遵守)の水準が問われる。より信頼できる店舗の牛肉はよりよい牛肉なのである。
4 まとめ
現実に、BSE、vCJD、その原因病原体である異常プリオンによる実態不明の汚染が存在し、しかもその病理についても不明の部分が多いというような現状の中で、理想的な対策を求めることが不可能に近いことを認めねばならない。このような場合には、商品選択の基準を、牛肉製品の供給に関わる全ての事項での「よりよい状況」において見出すために努力するしかない。
たとえば牛肉について言うならば、検査体制が、SRMの除去システムが、規制、監視、指導の体制がどの程度、隠された問題点を克服することに寄与しているか、その「よりよい状況」についての判断が重要であると考える。もっと端的に言うならば、検査率の低い牛肉よりも全頭検査を受けた牛肉のほうが、ペットフードへの使用が認められた牛肉よりも、使用が完全に禁止された牛肉のほうが、SRMを30ヶ月齢以上でしか除去していない牛肉よりも全頭で除去している牛肉のほうが、消費者にとって、より望ましいのである。そうした判断に基づいて輸入牛肉製品を選ぶか、国産牛肉製品を選ぶかの一定の目途をつけることが可能となる。同時に、その「よりよい状況」をさらに、よりよくするために、現状で見られる欠陥を少しでも是正するために取り組むことが、さらに、よりよい牛肉製品を入手することにつながるものだと考えよう。アメリカ産牛肉製品を食べたくない、と話した前掲のカリフォルニア大學の研究者もそのような判断に従っているのだと思う。
偽装牛肉製品事件が頻発するように御時勢である。消費者は信頼できる業者、店舗を選ばねばならない。外圧迎合が常態化している時代である。消費者は安全、安心水準のより高い商品の生産、消費を可能にするような政治と行政の仕組みがつくられるように、熱心に求め続けねばならない。(完)
(11月14日)BSE問題・リスクコミュニケーションをどうするか
―「意見交換会」をどう改革するか―
藤原邦達
1 リスクコミュニケーションの意義
食品の安全性の確保に関わるリスクアセスメントとリスクマネージメントの推進に当たってリスクコミュニケーションが不可欠であることは言うまでもない。
平成15年の第156国会で制定された食品安全基本法の第13条には次のように書かれている。
「食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては、当該施策の策定に国民の意見を反映し、並びにその過程の公正性及び透明性を確保するため、当該施策に関する情報の提供、当該施策について意見をのべる機会の付与その他の関係者相互間の情報及び意見の交換の促進を図るために、必要な措置が講じられなければならない。」
リスクコミュニケーションの質が低ければ、リスク評価、リスク管理の目的は達成されない。食に関わる政策は安全だけではなくて、安心という状況を保全することなしに効果的であることはできないからである。
政府と食品安全委員会では、これまで多数回のリスクコミュニケーションのための意見交換会を全国各地で開催してきた。これは食品安全基本法の制定以前には考えられなかったことであり、一応は評価することができるだろう。しかし、その意見交換会などの政府側が主催するリスクコミュニケーションのあり方については、周知のとおり、一部の消費者団体などの間から疑問の声があがっており、食品安全委員会の内部でも論議が行なわれるようになっている。
たとえば、これまでの意見交換会で消費者側の8割以上が全頭検査の継続を求めているのに、政府側はこれを完全に無視している。これでは、基本法に示されている「当該施策の策定に国民の意見を反映し」という部分が遵守されているとは思えない。政府側の見解に基づいて国民、消費者を説得するためでなくて、国民的な合意形成のための、最善の対策を見出すためのリスクコミュニケーションでなければ成果をあげることはできないのである。
とくに、さしせまったアメリカ産牛肉の輸入再開問題を正しく決着させる上で、政府が主導して推進されている意見交換会などのリスクコミュニケーションのあり方は適正でなければならないだろう。
2 現行の意見交換会の問題点
(1) 開催の予告、通知のありかた
1)意見交換会の開催の予告と通知の方法について
現状では開催の予告期間が短すぎる。消費者団体等から提出される意見の内容を政府側が真剣に聞こうとするのであれば、消費者団体などで内部的な意見の集約が行なわれて、質の高い意見がまとめ上げられるための一定の期間を待つことが必要である。意見交換会とは名ばかりで、その実は政府側、食品安全委員会側の見解、路線のアピールと周知に重点を置くのであればともかく、本当に国民、消費者の声を聞いて、それらを慎重に考察し、取捨選択して食品安全委員会などの審議に反映させようとするのであれば、現在のような予告期間では不十分である。消費者団体側では、一部の幹部役職員が思いつき同然の個人的見解を陳述するのではない。予告されたテーマについての組織内討議、意見の集約が、また、そのための期間が絶対に必要なのである。
通知の方法も不完全である。通知する媒体は多様であるが予算的な限界もあるだろう。従って現状では、中央の官庁周辺にいなければ、あるいはインターネットでアクセスしなければ開催の日時等を正確に知る事ができない。このままでは本当に国民に開かれた意見発表の場ではなく、一部の常連を参加させた通過儀礼の場になってしまう危険がある。
2)予告、通知する団体、個人の選別について
政府側、食品安全委員会側では、意見交換会の開催を通知する諸団体などを、相当数、任意にきめている。今日では,メール,FAX等で、既定のリストさえ作っておけば瞬時に通知が可能なのであるから、通知先を小数の団体や組織に限定する必要はない。住民団体、消費者団体、日生協以外の多数の地域生協にも予告、通知を行なうことが望ましい。たとえば、多数の草の根組合員を抱えた地域現場の生協の見解は、内部論議を踏まえたものである限り、一段高い水準にあると見なすことができる。その議題に関係する有識者、研究者個人にも通知して意見の提示を求めるべきである。現状のままでは、予告、通知するほうでも予告、通知をうけとる側でも対応が不十分なまま、行事そのものがマンネリ化してしまうおそれがあるだろう。
質の低い意見の交換では意味がない。すでに賛否の意見内容が明らかな、限定された常連にしか声をかけない、ということであってはならない。政府側、食品安全委員会では質の高い意見を集約するために、予告、通知先のリストの再選別、再作成に取り組むべきである。
(2) 意見陳述内容の確認のありかた
事前に、陳述される意見の概要が明らかになっていることが望ましい。主催者は予め発表者に概要資料の提出を求めるべきである。ただし会場からの自由な意見の表明を妨げるものではない。
陳述資料は当日参加者に配布するとともに、食品安全委員会のHPに掲載する。
(3) 参加する側の対応のありかた
参加者側としても、有効なリスクコミュニケーションを可能にするために、事前に以下の事項について対処しておくことが必要である。
1)関係分野の専門家との日常的な協力関係の維持、資料の収集と事前の相談
2)組織内での討議と意見の集約、総括 3)消費者団体間での連携と相互討論の実施、見解の調整
4)陳述内容の予稿の作成と提出、公表
(4) 意見陳述者選定のありかた
意見交換会での意見発表者の選定を誤ると成果があがらない。以下の事項についての検討が必要である。大規模組織の代表だけが常連となって、草の根の国民、消費者の意見が吸い上げられないような事態は回避せねばならない。
1)意見陳述者選定ルールの作成と運用
2)会場からの発言者の取扱いルールの作成と運用
主催者側では、その検討課題に関わる学識経験者、オピニオンリーダーといわれる人々についての名簿などを日常的に整備して、彼等を意見交換の場に積極的に招請し、質の高い討議が行なわれるように努めるべきである。
国民、消費者の発言を制約するような事業者、企業側からの発言はできる限り自粛するように求める。
(5) 主催者の責務と実務のありかた
主催者は以下の事項に関する実務を適正に実施せねばならない。
1)テーマと課題の明示
2)発言者の選定と指名
3)参加の要請と勧誘
4)時間枠、プログラムの設定
5)司会者の決定と司会進行への対応 6)質疑と応答のルールの予告と発言時間の制限
7)出席する政府側委員や講師の選定
8)討議の公開性の確保
9)意見交換会で提起された注目される意見についての委員会での討議とその結果の公表
10)質問への回答とその方法の明示
11)公開された書面での質問の受理と回答の義務付け
たとえば午前、午後の部を設けて、陳述者の数を増やし、論議を徹底して行なえるようにすることも検討するべきである。現状についての批判にみられるような、言いっぱなし、聞きっ放しのままでは、成果は限られている。リスクコミュニケーションの目的を達成するためには、意見陳述者間での、あるいは政府側の委員と会場参加者間での論議が十分行なわれて、論点が明らかになり、参加者に共通の認識を持たせることが必要になる。時には、規模のより大きい、政治、行政的な影響力のより高い、公聴会的な性格を持った集会を企画することも望まれる。
(6) 意見交換のありかた
意見の交換はあくまでも手段であって目的ではない。リスクコミュニケーションの目的は、その手段によって質的により高い水準の見解に到達することにある。従って意見の陳述、質疑応答と討論、意見の集約などに関するルールとマナーが確立されていなければならない。
政府、食品安全委員会では、この際、国民、消費者側の意見を十分に聞いた上で、リスクコミュニケーションのための意見交換会の実施要綱を内規として作成、文書化して公開することが望ましい。担当官僚の恣意的な運用に委ねることは極力避けねばならない。
3 リスクコミュニケーションの実効性を高めるために
小数の専門家によるリスク評価の結果やこれに基づいたリスク管理のあり方を政府側が周知、追認させるために、リスクコミュニケーションを利用するのは誤りである。限られた専門家の見解にもミスがあり、不完全な部分もある。専門調査会での結論を至上のものと見なして、意見交換会を、その線で消費者を説得するための場であると錯覚してはならない。
リスクコミュニケーションを政府側や食品安全委員会の見解が正しいことを参加している消費者たちに「思い込ませるための」手続きであると考えてはならない。意見交換会を、政府案採択のための、いわば「通過儀礼」の現場として開催するというのは正しくない。むしろ、より欠陥の少ない、国民的な合意がよりよく形成された成案をつくるための公的な検討の場として正しく位置づけることが必要である。
現状では、リスク評価とリスク管理が最も重要であって、リスクコミュニケーションは付随的な手段であると見なされているようにみえる。しかし、その実は、リスクコミュニケーションこそが、リスク評価やリスク管理のありかたを客観的に拘束し、あるいはそれらの質的な水準を向上させて、最終的に最も効果的なリスクアナリシスを完成させるための手段となるのである
食品安全基本法の実効性を高めて食の安全を確保するために、前項で示したようなさまざまな問題点を解決せねばならない。以下に、そのために特別に留意する必要のある事項を示す。
(1) 食品安全基本法の主旨に即した運用を行なう
政府はBSEに関する食品安全委員会の報告書において、「20ヶ月齢以下のBSE牛の検出は困難である」とした部分を「20ヶ月齢以下の検査が不必要である」と強引に読み替えた。そのうえで、全頭検査体制を見直す方針を固めた。そして、その線で日米交渉を行い、来春を目途に牛肉の輸入を再開することで合意した。これは前掲の私のHPで示したように、明らかに食品安全基本法の第11条、12条、21条,22条、23条などの定めるところに反している。政府は食品安全委員会に正式に諮問する以前に、一方的に外交交渉において、国民、消費者が危惧するような課題についての重要な決定を行なったのである。この点については専門調査会委員の間でも政府のありかたについての不満が噴出しているといわれている。
政府は食品安全基本法の主旨及び規定に反するような運用を行なってはならない。リスクコミュニケーションが正確に機能さえしておれば、このようなリスク管理機関の一方的な独走は食い止められたであろう。以上のような重要な政策決定の過程では、法的に定められた、行政側の、国民、消費者の意見を聴くための責務が正しくはたされているとはいえなかった。
女性の78%が輸入牛肉を食べたくないと回答している世論調査(朝日新聞、10月27日記事)の結果をみても、政府側の決定と消費者側の認識の乖離が甚だしいことは明らかである。
(2) 食品安全委員会をリスクコミュニケーションの場として正しく位置づける。
1)食品安全委員会に、企業側、消費者側を代表し、農水省、厚生労働省の調査会、審議会などを代表する学識経験者を委員として参加させる。
食品安全委員会を最も権威のあるリスクコミュニケーションの場として位置付けるためには、現状のように、はじめに食品安全委員会の報告書があって、その後に意見交換の場が設定されるというのではなく、むしろ、はじめに国民、消費者、専門家を交えたテーマごとの意見交換の場があって、その意見をふまえた専門調査会、食品安全委員会での論議が行なわれ、さらに国民的なリスクコミュニケーションの過程を経た上で、最終的に結論が得られるようなものとするべきである。
2)消費者側を代表する委員には消費者側の公式な見解を陳述する責任がある。
消費者団体などの組織を代表して出席した者が個人的な見解を陳述してはならない。前項で示したように、組織内討議を経た上で、その組織の代表者としての主張が成立するのである。
3)意見と討論の質の向上をはかる。
質の高い討論が行なわれるためには、国民各界、各層の意見を可能な限り受け入れることが必要である。同時に、学際的な意見の交換と討論をとおしていかなる批判にも耐えるようなすぐれた結論が得られる。一連のBSE、vCJD問題の審議では、ウイルス学、獣医学などの専門家の見解が示されたが、さらに基礎的な毒物学、疫学、食品衛生学、公衆衛生学、臨床医学分野などの専門家の意見が不足しているのではないか。同時に国民、消費者の心情や要望を正しく踏まえた多様な専門家間での意見交換をとおして、安全と安心が充足されるための方向性を見出す努力が必要なのではなかろうか。たとえば前述したような、「検出困難」を「検査不要」に読み替えるような、飛躍した論理の上につくられた政府の独善的な政策を許しておくのでは、決して消費者に理解されるような専門家の集団になることはできないだろう。
国民、消費者の側でも、消費者の権利要求を重視する姿勢に乏しく、時流や体制に迎合するような意見の表明を厳に慎むべきである。とくに消費者団体などの組織を代表する者の発言は慎重でなければならない。 4)討論の公開性を保証する。
完全に開かれた場の中で論議が行なわれて、討議の内容が速やかに正確に議事録として公開され、周知されることが必要である。
たとえば現在各地で開催されている意見交換会が評価されているひとつの理由は公開性が保証されているからである。誰がどのような発言をしたかがわかるということは貴重である。公開性の確保によって、発言者の責任を明らかにすることができる。
(3) 課題ごとの公聴会を開催する。
1)食品安全基本法を改正して、国民側の申請によって政府が公聴会の開催を行なうことを義務づける。
現行の意見交換会は行政側の一方的な判断で開催されているが、アメリカのFDCA(食品薬品化粧品法)において明文化されているように、「いかなる人であれ(anyone)公聴会の開催を求めることができる」ように、行政側に義務づけるための法改正を行なうべきである。私は前国会の参考人陳述において、このことを強く要求したのであるが、結局採択されなかった。しかし、最近の限界性が見えてきた意見交換会などの状況を見ていると、意見の交換だけでなく、もっと質の高い討論が可能な公聴会の開催が必要になっていると思われる。現行法を改正して実現をはかる必要があるだろう。 アメリカでは1980年代に、アスパルテームの認可をめぐって、消費者側と企業側が鋭く対立した。その際に,FDAは公聴会の一種であるPublic Board of Inquiry(PBOI)を開催してFDA、企業側の見解を支持する研究者、消費者側の見解を支持する研究者をパネラーとする討論を行なわせた。結果的に、このPBOIがアスパルテーム問題の本質的な論点を明らかにして、混乱を解消することに非常に役立った。我が国では,現在、BSE問題、とくに牛肉の輸入再開問題をめぐって大きな混乱があるが、この際、意見交換会の水準を越えたPBOIあるいは公聴会などを開催して、問題の解決のために役立たせることが求められているのではなかろうか。
2)公聴会ではパネラーを公正に配置する。
公聴会では、政府側、企業側、消費者側の見解を支持する研究者を意見陳述、質疑応答の当事者として配置する。パネラーの選出に当たっては、行政側が恣意的に決定せず、業界、消費者団体側と予め合議を行なうものとする。行政側のパネリストには食品安全委員会や審議会などのメンバーを加える。
3)討論は徹底して行なう。
単なる意見の開陳、交換に止まらす、質疑応答、討論を徹底して行なう。立論過程での仮定部分や未知分野を明示して、独断的、一方的で偏向したリスク評価が横行しないようにする。予防的で慎重な現時点での対案を提示する。政治的、行政的、経済的な立場からの一時凌ぎの対案を排除して、利用者、摂食者である消費者の現在、未来に関わる安全性を確保する上での最善の対策を見出すために討論する。
司会者は予め公聴会での論点を明らかにして、その課題に関するたたき台となる食品安全委員会のレジュメ等を提示する。反対のための反対は許されない。言いっぱなし、聞きっ放しは認めない。必ず建設的な対案を用意するように努力する。会場内の参加者からの質問も受理する。参加者は静粛を保って、冷静に、正反合の論理的な展開を促進するために協力する。このような公聴会はリスクコミュニケーションの一環として大きな役割りをはたすことになる。公聴会での議論を受けて、食品安全委員会ではさらに討議を行なう。
(4) IT機能を活用してリスクコミュニケーションの充実をはかる。
1)課題ごとのHP総覧フォルダーを開設する。
現在、BSE問題、とくにアメリカ産の牛肉輸入再開問題などについての見解、論説などが連日のように,公私のHPの各サイトにおいて発表されている。その内容は純粋に科学的な論評であったり、政府の見解や施策に対する賛同や批判であったり、あるいは消費者としての感想や要求であったりする。しかし、これらの、それぞれの発表者が相当に力を込めて各サイトに書き込んだ多数の貴重な見解がほとんどフォロウアップされることがないままに放置されている。こうした現状を放置しておくことはリスクコミュニケーションの観点から非常に愚かしいことであると思われる。 本来、このようなHP総覧の作成と管理は中立的な組織、団体が担当することが望ましいが、当面は、予算的、事務的な観点から、食品安全委員会の一部門であるリスクコミュニケーション担当部局が所管することにする。そこでは、食の安全に関わる課題ごとに、HP総覧フォルダーを設置して、ひろく課題ごとのHP上の論説を収集して、特定のURL上に公開することが望ましい。この総覧フォルダーによって、リアルタイムに、有識者たちの最新、最先端の見解を把握して、その課題に関する問題点を確認することができる。そして行政側、消費者、生産者側としての対処のあり方を検討することが可能になる。 フォルダーは、当面,BSE問題のなかに、プリオン病理関連、検査法関連、アメリカ産牛肉輸入関連など、その他,GMO問題、微生物食中毒問題、とりインフルエンザ問題、食品添加物問題、農薬問題、環境ホルモン問題、ダイオキシン問題など、緊急性の高いものについて個別に設置するものとする。
2)HPの個別のフォルダー上での意見交換を行なう。
IT機能を活用して、課題ごとのリアルタイムでの意見交換や討論を行うことは非常に有益である。現状での意見交換会に見られるような、一方通行同然の意見の羅列に終始するよりもはるかに効果的であるといえるだろう。
主催者の力量次第では,HP上でのシンポジウムや討論会を実施することも不可能ではない。
3)HP上に質問コーナーを設置する。
意見交換会に出席した消費者からは、横文字、専門用語が飛び交って分りづらかったという感想を聞くことが多い。リスクコミュニケーションの実をあげるためには一般の主婦,母親たちに問題の本質を正しく伝えて、納得を得るプロセスをおろそかにすることは許されない。適当な第三者機関がHP上の質問コーナーを担当するために名乗りをあげることが望ましいが、前項と同じ理由で、当面は食品安全委員会のリスクコミュニケーション担当部局が所管することにしたい。
質問者は所属、住所、氏名を明記した上で、質問事項を簡潔に記載したメール文を公開する。食品安全委員会、政府側では可能な限り回答するものとする。
従来、研究者や消費者が政府に対して、文書で質問、意見などを送付しても、受理されたのかどうかさえ明らかではなく、まして回答が得られることは稀であった。政府の各部局には受理、回答の義務がなく、質問行為、質問内容が第三者に公知されることもなかった。こうした状況は政府側にとって不利益な情報が意図的に無視、排除されて、リスク管理機関の恣意的な対応を許す可能性を残すものであって、決して好ましいことではない。
Responsibility(責任)とはResponse(反応)の確かさを前提として成立するものでなければならない。 (5) 消費者側の責任も加重される。
リスクコミュニケーションの実効性をあげるためには消費者側にも相応の責任と努力が必要である。消費者団体、住民組織の側でも以下に示すようなさまざまな責務をはたすことが求められる。
1)合意形成のための組織の内部体制を整備する。 消費者団体などの組織の規模が大きいほど、臨機応変の対応が困難になる。組織内討議の結果としてではなく,小数の幹部間での合議の結果によって、その組織の方針が決められることがある。組織を構成する大多数の会員や組合員の心情や見解とは程遠い、個人的な意見が公的に打ち出されるのは問題である。
2)安全と安心に関わるリスクコミュニケーションを求める。
国民、消費者側の認知の程度に即した政策でなければ、安定的な対策にはなりえない。リスク評価の結果に基づくものであるとして政府が性急に対策を実施しても、それだけでは実効性をあげることはできない。むしろかえって混乱して逆効果が生じることさえありうる。リスクコミュニケーションでは安全性に関する理解と納得を得ることを至上の目標とする。概念的に安全であるだけでなく、現実的に安心が得られるような状況を目指さねばならない。
消費者側としては、リスク評価、リスク管理に当たる政府側に対して、安全と安心が充足されるような対応を求めねばならない。 BSE対策についていうならば、我が国の場合には、相当な混乱が予測される20ヶ月齢以下無検査体制でなくて、従前どおりの全頭検査体制の継続こそがリスクコミュニケ―ションの到達点でなければならない。たとえばアメリカ中小牛肉生産者の要望を生かして、輸入牛肉についても我が国同様の基準を求める、随時、進歩した検査法を導入する、もちろんSRMの除去方法の改善にもつとめる、そして基本的にBSEやvCJDに関する検査法などの研究を推進する。それらの国の政策に消費者側として協力するのは当然のことである。
政府と食品安全委員会が主催しているリスクコミュニケーションのための意見交換会をいっそう有意義なものとするために、この際、関係者が現状を再点検、再検討する必要がある。意見交換会を政府の「意見説得会」として位置づけて、本音のところでは、結局、蒙昧な消費者を啓発するための機会であるとするような理解は極力排除せねばならない。前国会で成立した食品安全基本法を最終的に実りあらしめるためには、食の安全、安心に関わる権利の保有者、主体者である国民、消費者の満足を得るための取り組みが必要となる。
BSE問題は我が国のリスクコミュニケーションのあり方を考えるために絶好の機会を提供している。この際、政府、消費者、研究者それぞれに問われているところが大きいことを確認したいと思う。(完)
(11月8日)BSE問題・特定危険部位以外の組織で異常プリオンが検出された
―この事態をどうみるか―
藤原邦達
農水省と厚生労働省は11月1日、動物衛生研究所プリオン病研究センターでの研究の成果として、今年3月にBSEに感染して死亡した牛(94ヶ月齢)の末梢神経組織の一部や副腎からも異常プリオンを検出したと発表した。
1 この事実が持つ意義について
従来、我が国や世界のBSE対策ではSRM(特定危険部位)として、脳や脊髄、回腸等が指定されており、と殺時に、これらを除去することが定められていた。しかし今回異常プリオンが検出された副腎や末梢神経組織などはSRMには指定されていなかった。異常プリオンの蓄積量次第ではあるが、今後、副腎をSRMに指定する必要があるかどうかの論議を行なうことは当然であろう。しかし、問題の末梢神経組織は安全であるとして食用に供されている肉質内にも広く存在するのであって、今後どのように対応すればよいのか、それは、深刻な食の安全課題として、とりわけ消費者には強く意識されるようになっている。農水省、厚生労働省でも、この発表と同時に、プレスリリースに際して、特別に、Q&Aを公表して、現時点での行政側の見解を示している。
アメリカのプルシナー教授の研究室では、かねてからネズミを用いた実験で、筋肉部位にも異常プリオンの蓄積を認めたことを発表していたが、同博士はその際のコメントにおいて、牛の場合でも同じことがみつかる可能性があると述べていた。そのあと、今年の5月23日には、フランスの国立ツールーズ獣医学校などのグループが、羊では異常プリオンが筋肉中にたまることをアメリカのネイチャーメディシン(電子版)に発表しており、牛での同様な事実の解明が待たれていた。
今回の我が国での研究成果は、以上のプルシナー博士らの予言を立証した、世界的に見ても画期的な業績であるということができるだろう。
2 この事実への専門家、政府側のコメントについて
小野寺節東大教授はつぎのようにコメントしている。「筋肉中の神経で異常プリオンが見つかったのは初めて。BSEの末期に脳から末梢神経に飛んでいったと思われる。今回は高齢牛特有の現象と考えられ、ごく微量なため現状の検査体制なら食の安全に影響するものではない」(朝日新聞11月2日記事)
厚生労働省でも、この事実の公表と同時に、インターネット上にQ&Aを発表してつぎのように述べている。「死亡牛(24ヶ月齢以上の死亡牛は全てBSE検査を実施)等と畜場で処理されていない牛は、食用として出回ることはありません」、「と畜場においてSRM除去、BSE検査をおこなっており、BSE検査で陽性となった牛は焼却され、食用として出回ることはありません。」、「今回末梢神経組織の一部や副腎で確認された異常プリオンたん白質の量は、現在、SRMに指定されている三叉神経節よりも相当少なく、今後行なわれる感染性の試験結果や国内外での知見や議論を踏まえ、食品安全委員会のリスク評価に基づき対応することになります。」、「なお、欧州においては、BSEに感染した牛の末梢神経腺維を使った動物試験で感染性は認められなかったとの報告が公表されています。」
(11月1日付けプレスリリースに添付)
3 今後、検討する必要がある問題点について
以上の専門家や政府側の説明では、要するに、発見された異常プリオンが微量であり(「相当少なく」、「ごく微量であり」)、「高齢牛特有の現象と考えられ」、従って「(人の健康に)影響するものではない」と思われるが、最終的には食品安全委員会のリスク評価の結果を待ちたい、ということである。
しかし、厳密に学問的にいうならば、末梢神経節に異常プリオンが移行、蓄積するのははたして高齢牛の場合だけなのか、SRM除去後の食肉部分にどの程度の量の異常プリオンが残存するのか、それが最小発症量に較べて、どの程度問題であるのかを明らかにしなければならない。
現在のBSE検査法は完全ではない。異常プリオンに汚染された牛の全てが検出されるわけではない。専門調査委員会でも、20ヶ月齢以下の牛でのBSEの検出は困難であると認めている。従って、もしも末梢神経節での異常プリオンの存在が月齢とは無関係に証明されると仮定すれば、と畜された全ての牛のSRMが除去された場合でも、BSE検査で陽性と判定することができなかった感染幼若牛の末梢神経節を含んだ食肉部分が、微量とはいえ異常プリオンを含んだまま市場に流通して食用に供される場合があることになるだろう。したがって、以上のコメントにみられるように、現状では、単純に「微量だから影響がない」というような言い方で済ませるわけにはいかないのである。
残念なことに、人のvCJD発症に関わる異常プリオンの最小発症量は依然として不明である。末梢神経節を含む食肉をどれくらい食べれば、問題なのか、に関する知見が未だに存在しない。ただ漠然と,BSE検査にかからなかった牛の異常プリオンを含む牛肉がある、という事実を認めたうえで、習慣的に、とくに検査を受けていないような牛肉を多食するのは控えよう、としかいえないのが現状なのである。
問題点を要約すると、つぎのとおりである。
@ 食肉部分にも異常プリオンが見られるのは、はたして高齢牛だけのことなのか。
A 脳、脊髄等から異常プリオンがどういう条件下に、どの程度食肉部分に移行するのか。
B 感染量の大小や発育度などによって食肉部分の異常プリオン量は変動するのか。
C 食肉部分の異常プリオン量は牛の品種、性別等での遺伝的な差異があるのか。
D 人のvCJDに関する異常プリオンの最小発症量、閾値はどれくらいなのか。
他方で、食肉等から異常プリオンを摂取することになる人の側でも、最小発症量の大きさに関連して、遺伝的な感受性差が問題になるのか、あるいは、腸管組織の形成が未熟、不完全であるといわれる乳幼児などの場合には、異常プリオンたん白の体内移行がおこりやすくなるのか、高齢者や消化管系統の疾患を持つ病弱者などでは問題があるのかなど、不明の点が多くあることに注意せねばならない。
異常プリオンを含むような牛肉を摂食する確率が低いことをどのように証明したとしても、以上のような疑問点が具体的に明らかにならなければ、問題がないということはできないだろう。
4 今後の対応のあり方について
いわゆるSRMといわれる部分を除去しさえすれば問題はない、といわれてきた既成概念が覆されたという意味で、今回の事態が重大であり、食肉部分は安全であると言う既存の説明に対して具体的に疑問が投げかけられたという点で、発表された事実がまさしく不安材料であることを率直に認めねばならない。
今後の対応のありかたとしては、以下の点に留意したい。
(1) これからは、単なるBSE、vCJD対策としてではなく、異常プリオンに的を絞った対策に重点を置いた取り組みが必要となる。
(2) 異常プリオン汚染牛を発見し、汚染経路を追求して、これを食材提供域からできる限り排除するための政策的な方向性が求められる。
(3) BSE検査法、異常プリオン検出法の精度、感度をあげるための研究を推進して、その上で全頭、点源検査を行なう方向での対策を重視するべきである。
(4) 国産牛肉、輸入牛肉に共通の異常プリオン排除体制を確保して、消費者の不安を極力軽減することに努めねばならない。
BSE、vCJDについて、とくにその病原体であるとされている異常プリオンに関して、未知、未確認の問題点が非常に多いことを改めて痛感する。異常プリオンに関して、現在得られている事実は所詮定性的なものに限られており、定量的な知見がほとんど欠落していることを認めねばならない。
私は、科学的な知見が不足している場合の対策は、すべからく予防原則に基づくものであるべきだと考える。「微量だから影響がない」というようなコメントでは、最小発症量、安全量との関連性が欠落している現状では、本当に納得できるものにはならないだろう。あくまでも、いかなる微量であっても、未知の問題点の多い異常プリオンを排除するためのあらゆる対策をとるのが行政側の責務でなければならない。
その意味では、食品安全委員会の報告書の「20ヶ月齢以下検査困難」とした部分を早速「20ヶ月齢以下検査不要」の政策に置き換えた行政側の態度は誤りであるといわねばならない。たとえば、今後、自治体の自主的なBSE検査で、20ヶ月齢以下のBSE牛が発見された場合に、消費者は、検査されなかった未発見のBSE牛の異常プリオンを含んだ牛肉を食べたかもしれないことを悔やむようになるだろう。
消費者はただちにパニックになる必要はない。汚染実態が我が国ほど明らかでないアメリカ産牛肉についてのリスク評価は食品安全委員会に委ねるとして、全頭検査,SRMの除去、飼料規制など、現時点において、世界的に見ても,最高、最善の方策が講じられている国産牛肉までも疑惑の対象にすることは明らかに行き過ぎであろう。しかし、今後は、行政や企業に対して、異常プリオンに標的を絞った対策が、いっそう精力的に推進されて、残された不安材料が可及的に排除されるように要請する必要があることだけは確かだろう。(完)
(11月4日)BSE問題・誰が事態を混乱させているのか
―政府の食品安全基本法違反、食品安全委員会無視の姿勢を批判する―
藤原邦達
政府は、10月21日になって、食品安全委員会に対して、国内的なBSE対策の見直し(20ヶ月齢以下、検査せず)とSRM(特定危険部位)の除去対策等についての諮問をおこなった。
しかし、政府側では、かねてから続けられていた日米交渉において、9月時点では、すでに20ヶ月齢以下、無検査牛の牛肉の輸入再開について事実上妥協しており、10月23日には局長級交渉で、その線で公式に合意したことが明らかにされている。これらの一連の経過は政府が食品安全委員会に対する公式の諮問、答申無しに独自に行動したことを示している。
1 政府は食品安全基本法に違反している
すでに前回、11月1日付けのHPにおいて示したように、政府の一連の対応が食品安全基本法に違反しており、食品安全委員会の存在を無視していることは明らかである。
諮問、答申以前に、食の安全に関わる重大な政策決定を行なう、などということは許されることではない。国内対策についての諮問は21日になってようやく行なわれたが、アメリカ産牛肉の輸入についての諮問はまだ行なわれていない。にも拘らず、23日には日米間での交渉が妥結した。
BSE対策の反省から生まれた食品安全基本法と食品安全委員会を政府自らが無視した今回の事態をこのまま黙認することはできない。政府の釈明を求めねばならない。
2 食品安全委員会の専門調査会での各委員の発言に注目する
21日の、BSE検査の見直し,SRM除去等に関する国内対策の強化についての諮問を受けて、食品安全委員会のプリオン専門調査会での審議が26日から始まった。審議が開始された冒頭で、政府の対応についての異議があいついだ。その主要な発言を示すと、
@「何故この時期に(国内対策の)見直しなのか」
A「日米交渉のためなら、そう割り切って(あらためて諮問を)提出すべきではないか」
B「これまで食品安全委員会の中間とりまとめのたたき台が(リークされて)報道されたり」
C「(私たちは)国内対策をやっているのに、(報道では、何時の間にか)米国(牛肉)の輸入問題になっている」
D「(専門調査会では)20ヶ月未満BSEの検出困難という表現は取り消すことになっていたのに、何故(食品安全委員会の)報告書(9月)には記載されることになったのか」
(以上は日本食糧新聞のインターネット記事などによる。)
専門調査会での各委員の以上のような発言は端的に政府の食品安全委員会を無視してきた態度に起因するものであることは明らかである。
リスク管理機関がリスク評価機関に対する諮問もなく、答申も待たないで、先行的に国民の関心事である重大な政策決定を行なっていることに対する不満が噴出するのは当然のことである。こうした現状を放置しておくことはできない。
3 何のためのリスクコミュニケーションだったのか
食品安全基本法では、リスク評価とリスク管理のあり方について、政府が、国民、消費者、生産者が参加するリスクコミュニケーションを実施することになっている。
しかし、政府自らが食品安全基本法の規定に違反し、食品安全委員会の存在を無視するような態度を取る中で、どのようなリスクコミュニケーションが可能なのであろうか。
10月26日になって、ようやく食品安全委員会の専門調査会でのBSEの国内対策の見直しに関する審議が始まったが、それ以前の20数回に及ぶ意見交交換会というのは一体何であったのだろうか。何のためのリスクコミュニケーションだったのか。
20ヶ月齢以下検査打ち切り問題にせよ、その線でのアメリカ産牛肉の輸入再開問題にせよ、食品安全委員会においてまだ諮問も行なわれていないなかで、一方的に政府が政策決定を行なっていた、この間の意見交換は何のために役立っていたのであろうか。
4 こうした事態を招いた理由は何処にあるのか
専門調査会の委員が異議を唱えるような現状で推進されている政府のBSE対策が国民、消費者に信頼されるはずがない。このような事態を招いた理由は以下の諸点にある。
(1) 食品安全基本法は理念法であるとされたために、罰則の規程がない。諮問、答申を受けて政策の決定を行なうという法の規定に違反しても法的な責任を問われない。結果的に、政府の法規遵守態度をあいまいなものにさせている。
(2) 食品安全委員会は政府部内に置かれており、政府の担当大臣の指揮下にある。それは公正取引委員会のような自律性を持った組織ではない。行政側に対するにらみがきかない。これに加えて、農水省や厚労省などのリスク管理機関から出向してきた官僚たちの影響力が大きく、情報のリークなどが起こりやすい。
(3) 食品安全委員会に消費者を代表する委員がおかれていない。政府の対応を内部的に監視、監査する機能がない。政府部内での諮問、答申、政策立案の秩序と時程を管理、調整することができない。
(4) 食品安全委員会には、リスク管理機関である農水省や厚労省の動きを調整し、牽制する機能がない。
(5) リスクコミュニケーション、意見交換会が形骸化、空転している。消費者側の全頭検査や牛肉輸入に関する見解が何処にも反映していない。
(6) 国民、消費者側の、政府の食品安全基本法の無視、食品安全委員会軽視の姿勢に対する批判が弱い。
前国会の参考人陳述において、私は現行法案の問題点を指摘した。消費者委員の参加を始めとする諸提案をおこなった。しかし受け入れられなかった。
現状での混乱は予想されたとおりであり、現行の食品安全基本法の本質的な欠陥に起因していることは明らかである。結果的に、政府の食品安全委員会を軽視するような運用を許して、国民、消費者の信頼を失うようになることが憂慮されるところである。
この時点で、政府には、既往のあり方を反省して、食品安全委員会に対する諮問、答申の手続きを遵守することを要請するとともに、この機会に、法改正を含む抜本的な対策を講じられるように期待してやまない。(完)
(10月31日)BSE問題・政府の政策決定は食品安全基本法に違反している
藤原邦達
1 BSE関連の政策決定
政府は、最近、BSE問題に関連して、日米交渉において、20ヶ月齢以下のアメリカ産牛肉の無検査輸入を認める、という重大な政策決定をおこなった。
これは、20ヶ月齢以下の牛での検査を行なわない、とする全頭検査体制の見直しについての政策を政府が予め採用したことを前提としている。
2 政府の政策決定における違法性の認定
(1) 食品安全基本法第11条の規定との関連性
第11条では、「食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては、食品健康影響評価が施策ごとに行なわれなければならない」と示されている。
しかし、政府は、日米交渉に際して、食品安全委員会に対して、事前に全頭検査の見直しに関する諮問を行なわず、したがって、食品健康影響評価の結果に基づく答申のないなかで、20ヶ月齢以下無検査とする方針をきめて交渉を行なった。
食品安全委員会では独自にBSE対策に関する報告書(9月)を公表した。しかし、このなかで、「現行の全頭検査では、20ヶ月齢以下のBSE牛の検出は困難である」としているが、「20ヶ月齢以下の牛での検査が不必要である」とは言っていない。政府が「検出困難」を「検査不必要」と恣意的に読み替える政策決定を行なったことは明らかである。
つぎに、日米交渉での20ヶ月齢以下無検査輸入を認める決定についても、政府が事前に、食品安全委員会に食品健康影響評価の実施を求めた形跡はない。政府は独自に、牛肉の輸入再開に関する交渉をアメリカと行なって、20ヶ月齢以下であることが確認された牛の牛肉の輸入を認めることで合意したのである。(註)
(註):政府は日米交渉が最終段階にはいって、妥結直前時点の10月21日になって、はじめて食品安全委員会に対して、全頭検査体制の見直しに関する諮問を行なった。
10月23日には、日米局長級協議で、20ヶ月齢未満アメリカ産牛肉の輸入の再開について合意した。
10月26日になって、食品安全委員会の専門調査会で、21ヶ月齢未満は検査せず、SRMの除去の徹底等の国内対策に関する議論がはじめて開始された。
(2) 食品安全基本法第12条の規定との関連性
第12条では、「国民の食生活の状況等を考慮し、食品健康影響評価の結果に基づいた施策の策定」を定めている。
20ヶ月齢以下無検査、その前提での牛肉輸入の再開、これらはいずれも食品安全委員会による「食品健康影響評価の結果に基づいた」政策決定ではなかった。
(3) 食品安全基本法第13条の規定との関連性
第13条では、「施策の策定に当たっては情報及び意見の交換の促進を図るために必要な措置を講じること」、について述べられている。
しかし、これまでの意見交換会などでは、全頭検査の修正、輸入の再開などの「施策の策定に当たって」、事前に情報及び意見の交換の促進を図るための必要な措置が講じられたことはなかった。意見交換会ではそれらのテーマが掲げられたことはなかった。
(4) 食品安全基本法第23条の規定との関連性
第23条の三では、食品安全委員会が「食品健康影響評価の結果に基づき、食品の安全の確保のために講ずべき施策について、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告すること」とされている。しかし、これまで全頭検査の修正や無検査牛肉の輸入再開について、内閣総理大臣を通じて関係各大臣に勧告が行なわれた事実はない。
第23条の四では、食品安全委員会による「施策の実施状況の監視」について定められているが、ここでいう施策は、食品安全委員会による「食品健康影響評価の結果に基づき講じられる施策」であって、このままでは、今後、食品安全委員会は政府の全頭検査の見直し、アメリカ産牛肉の輸入再開に関する施策については、一切、監視、勧告ができないことになる。
(5) 食品安全基本法第24条の規定との関連性
第24条では「関係各大臣は次に掲げる場合には、(食品安全)委員会の意見を聞かねばならない。」としており、その場合の、一には「人の健康を害う虞がない場合を定めようとするとき」、「厚生労働省令を制定し、若しくは改廃しようとするとき」、さらに、その十二では「牛海綿状脳症対策特別措置法(関連)の厚生労働省令を制定し、または改廃しようとするとき」とされている。
農水、厚生労働の各大臣は食品安全委員会の意見を聞かないで、全頭検査の見直しを決定し、その上で日米交渉において牛肉の無検査輸入に合意した。
3 食品安全委員会のとるべき処置
食品安全委員会は上記のような政府の食品安全基本法に違反した施策の策定について抗議せねばならない。事態を黙認していることは許されない。既往のBSE対策の反省に基づき、国民に期待されて成立した食品安全基本法の制定の直後に、政府が自ら法的規定を無視するような政策の推進を行なったことを容認することはできない。
食品安全委員会の報告書(9月)の作成作業の途中に、その一部がマスコミにリークされたといわれるが、とくに「20ヶ月齢以下の牛でのBSEの検出は困難である」とされた部分が早くから各紙で報道されたことは、政府部内でこの文言の「検査困難」を「検査不要」と読み替えて、その線で日米交渉が行なわれたことと関連があると思われる。日米交渉は今年の初めから続けられており、この間、非公式に行政側が食品安全委員会と連携しながらアメリカ側と対応してきたとすれば、いっそう問題は大きい。
マスコミに審議内容の一部をリークすることによって既成事実が作られたとすれば問題であり、食品安全委員会はこの間の経緯について政府に説明を求めるべきであろう。
リスク評価機関としての食品安全委員会はリスク管理機関としての行政当局の越権と行政部内でのルール違反に関して、厚生労働省、農水省に対して注意を喚起するべきである。同時に国民、消費者に対して、これまで食品安全委員会が日米交渉でのアメリカ産牛肉の輸入問題には全く関与してこなかったことを明言するべきである。
4 消費者団体のとるべき処置
アメリカ産牛肉の輸入問題に特別に重大な関心を持たされてきた消費者団体でも、この間の、一連の経過の不透明性を放置していることは許されない。この際、政府に対して説明を求めるべきである。とくに食品安全基本法の規定が無視された点について、政府の責任を問わねばならない。
その上で、改めて以下の各事項について、政府が食品安全委員会に対して、公式に諮問を行なうように要請することが望ましい。
(1) 20ヶ月齢以下の牛のアメリカ産輸入牛肉についてのリスク評価
(2) アメリカ産牛肉輸入体制に関するリスク評価
同時に、牛肉輸入に伴う市場の混乱や消費者の反応についての予測が政府部内で適正に行なわれるように要請しなければならない。
さらに、リスクコミュニケーションの一環として、アメリカ産牛肉の輸入問題を正式なテーマとして掲げた意見交換会や公聴会を開催して、消費者、生産者側の意見を十分に聞くことを求めるべきである。
政府の最近の牛肉輸入問題に関する一連の動きは、食品安全委員会だけではなくて、消費者側の存在を無視ないし軽視するものであったことは否めない。政府の政策が先行して、その事後に消費者を説得することがリスクコミュニケーションであるなどと錯覚してはならない。
5 結論
(1) 政府の、最近の、20ヶ月齢以下の牛ではBSE検査を行なわない、及びその前提に立った、アメリカ産牛肉の輸入再開という政策決定が、食品安全基本法の規定に反して行なわれたことは明らかである。
(2) さらに、これらの政策は食品安全委員会による公式なリスク評価を経ていないだけでなく、公式なリスクコミュニケーションの対象とされないで実行に移されようとしていることに注意を喚起したい。
(3) 食品安全委員会は政府に対して、政府が食品安全基本法に違反したこと、および食品安全委員会の存在を軽視したことについて抗議すべきである。
(4) 消費者側でも政府に対して一連の経過に関する釈明を求めるべきである。そのうえで改めて必要なリスク評価の実施を要請せねばならない。(完)
(10月27日)BSE問題・不幸な差別化牛肉の出現を悲しむ
―消費者は決して納得していない―
藤原邦達
政府が輸入再開を約束したアメリカ産牛肉はなぜ差別化牛肉なのか。日本の消費者はそれを利用するにせよ、利用しないにせよ、以下に示すような、その理由をしっかりとわきまえていなければならない。
1 アメリカ産輸入牛肉は、アメリカ政府の政治的な圧力によって、同時にこれに迎合するような我が国の政府の政策によって登場することになった。
年初来のアメリカ側からの厳しい要請を受けて、政府は食品安全委員会にBSE政策の再評価を求めた。(食品安全委員会側では自主的に取り組んだ、といっているが、この時期に何の必要があって再評価を行なうことになったのか、その動機が問われてしかるべきである。)そして「20ヶ月齢以下BSEの検出困難」という判断を引き出すことに成功した。「検出困難」は「検査不要」ということにはならないにも拘らず、政府は強引にこの線でアメリカ側と折衝して、来春から7月時点での輸入再開をとりきめた。それはまことに政治的な日米政府間でのやり取りの成果であった。
2 アメリカ産牛肉の輸入再開は我が国の大方の生産者、消費者が希望していないなかで実現することになった。
20回をこえる全国規模での政府、食品安全委員会のリスクコミュニケーションの場として設定された意見交換会では、参加者の90%の意見が全頭検査の継続を求めていたといわれる。しかしそうした消費者側の希望は一顧だにされなかった。消費者の「要求する権利」は尊重されなかった。20ヶ月齢以下無検査の政府の方針は堅固であり、その線でのアメリカ産牛肉の輸入再開が決められたのである。
3 アメリカ産牛肉の安全性に関する実態調査が不完全なまま輸入されることになった。
アメリカでは、30ヶ月齢以上の牛についてのBSE検査が従来は3500万頭のうち、約2万頭しか行われていなかった。今後とも10万頭程度しか行なわれないという。従って異常プリオンによる牛肉汚染の実態は全頭検査を行なっている我が国ほど明らかにはなっていないとみるべきである。我が国の消費者が食べることになるアメリカ産牛肉であるならば、政府は、それ自体のリスク評価を慎重に実施して、国産牛肉と対比したうえで、即ち国民、消費者にあらゆる情報を開示したうえで、輸入再開に合意するべきであった。
4 日米間での牛肉の安全性評価に関するダブルスタンダードが公認されることになった。
国産牛肉では各自治体独自の全頭検査体制が継続されることになった。しかしアメリカ産輸入牛肉では検査を実施しなくても、月齢の証明さえあればよいことになった。これでは明らかに安全性評価に関する規格、基準のダブルスタンダードが公認されたことになる。
消費者は同じ市場に、検査を受けた牛肉と検査を受けていない牛肉が併置されているなかで選択の自由を行使せねばならなくなる。輸入牛肉を消費者が敬遠するような事態がおこっても、そのために牛肉不信が再燃しても、政府は責任を取らねばならないことになった。
自信があってするのであれば、政府は自治体の自主的な全頭検査の継続を認めるべきではない。オフィシャルに20ヶ月齢以下無検査をきめておいて、その線でアメリカ産牛肉の輸入を認める、その一方で省令に基づかない自主的な全頭検査を黙認する、補助金を出す、このような我が国政府のやり方は姑息そのものであって、国際的な物笑いの種にならなければ幸いである。
5 20ヶ月齢以下無検査方式の問題点を覆い隠すことはできない。
我が国で継続的に実施される自治体独自の全頭検査において、今後、20ヶ月齢以下の牛でのBSEが検出されるような事態が発生した場合に、無検査輸入牛肉は異常プリオン保有可能性のある商品としてのレッテルが貼られることになるであろう。SRM(特定危険部位)除去の不完全性、月齢認証の不確実性も問われることになるであろう。異常プリオン汚染の観点での疑惑を消すのは至難のことである。人のvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)のリスクは少ないという政府側の説得も、異常プリオンの最小毒性量さえはっきりしていない中では、おそらく消費者の不安を払拭することは困難であろう。
6 消費者の選択の自由が制約されることになる。
牛肉そのものでは、原産地表示によってアメリカ産、国産であることを知ることができる。しかし牛どんでは原産地表示は付けられない。コロッケでも、ミートボールでも原産地はわからなくなる。消費者の知る権利が制約されることになるのは明らかである。
国産牛肉と輸入牛肉の評価が異なることになれば、またぞろ偽装表示問題が再燃するおそれもあり、市場が混乱することになる。
7 SRMの除去、月齢の認証作業がアメリカ側に一任されることになる。
SRMの除去が我が国と同等、あるいはそれ以上に確実に実施されているか、20ヶ月齢以下であることの認証が正確に行なわれているか、について、我が国は検証する権限を持っていない。アメリカ現地での監視もできない。アメリカ側を信用するしかないことになった。我が国の消費者の最大の関心事であるような安全分野での知る権利を政府自らが無視するような決定をしたことになる。
輸入検疫では、食品衛生監視員がアメリカ政府発行の証明書を信用するしかない、そのような異例の仕組みがつくられたことになる。
既存の輸入慣行のなかで、今回のアメリカ産牛肉の輸入再開のような事例はおそらく見られなかったのではなかろうか。我が国の消費者の視点に立っていうならば、全頭検査という、評価の高い付加価値のある国産牛肉と、無検査という、評価のより低い付加価値のないアメリカ産牛肉とが同じ市場に並ぶというのは、まことに異常な情景である。(断っておくが、「評価が高い」というのは消費者の勝手な思い込みで言うのではない。全頭検査では「科学的に、より高い安全性の評価が可能であり」、「異常プリオンをより多く排除している」ということである。)
アメリカ産牛肉は差別化された、不幸な立場に置かれた商品であるとしか言いようがない。
アメリカの中小牛肉生産業界では、対日輸出再開のために全頭検査を行ないたいという要請を行った。これを拒否したアメリカ政府の政策こそが差別化牛肉の登場を許したのである。そして我が国の政府がこれを容認したのである。
我が国の消費者は差別化牛肉を見たくはなかった。しかし、日米政府によって、結果的に消費者が決して望んでいない、このような状況が作り出されたのであった。
本日の朝日新聞朝刊には、アメリカ産牛肉の輸入再開についての世論調査の結果がでていた。約63%の消費者が「輸入牛肉は食べたくない」(食べたいは28%)、とくに女性は76%が食べたくない(食べたいは16%)、と答えていた。このままでは、輸入が再開されても、市場が混乱することは必至である。
政府は、今後、おそらく消費者は非科学的であると言う前提に立ち、リスクコミュニケーションなるものを徹底して行なって、消費者の「啓蒙」に全力をつくすというであろう。だが、果たしてこのような差別化牛肉を差別化ではない、とするような論理が見当るのであろうか。消費者が本当に納得するような日が来るのであろうか。(完)
(10月25日)BSE問題・異常プリオンフリー社会を目指すべきである
―公衆衛生学的な視座に立つ―
藤原邦達
食品安全委員会の報告書(9月)に見られるように、既往の対策はBSEの発生、vCJDの発症を減らすために検討され、実施されてきた。しかし、BSE、vCJDフリー社会であるためには、先ず何よりも異常プリオンフリー社会であるために努力せねばならない。今回は公衆衛生学(Public hygiene)の立場から検討を加えることにする。
1 問題はBSE、vCJDだけなのか
異常プリオン密度の高い社会環境では,BSEの発生数、vCJDの発症数が増加するのは当然のことである。しかし、それらの疾患の発生、発症に到らなくても、感染に起因する異常プリオンの保有者数が増加することによって、未知の影響や症状の発現が危惧され、他の病因との複合、合併症の存在も懸念されるようになる。問題なのは、異常プリオン病そのものであって、BSE、vCJDはその一部分に過ぎないということである。公衆衛生学的にはひろく異常プリオンの存在自体を問題にせねばならない。
2 異常プリオン問題はブラックボックスのなかにある
異常プリオンに起因するいわゆるプリオン病には未解明の問題点が数多くある。たとえば、
(1) 異常プリオンの種属間での移行と発症のメカニズムが不明である。移行の条件、媒体、いわゆる感受性、感染性、種間バリヤーの所在、とくに人の置かれている位相が明らかではない。
(2) BSE、vCJDなどの発症に到らなくても、感染自体が何らかの病像を作る可能性があるのか。
(3) 異常プリオンの存在がアルツハイマー病や痴呆などの脳症の進行を複合的に加速するようなことがないのか。その他の脳性疾患を悪化するようなことがないか。
(4) 健常者よりも乳幼児、高齢者、病弱者にとって異常プリオンの影響が大きいといえるのか。
(5) BSEやvCJDも最小発症量が未知であると言うが,それだけではなくて、異常プリオン感染による未知の最小毒性量といわれるものに関する知見が全くない。この問題に配慮しなくてもよいのか。
3 安易なリスク計算は有害である
現在わかっていることはごくわずかであるというなかで、食品安全委員会の報告書では,我が国のBSE、vCJDの発生、発症数の予測に関するリスク評価なるものが行なわれている。たとえばイギリスでは推定100万頭のBSEの発生があった、これに起因する食物連鎖を介した、人のvCJDの発症に関するもっとも悲観的な予測数を推定5000人であるとする報告を引用した。その上で我が国の食物連鎖系に入ったBSE牛の数を5頭と推定して、vCJD患者の発生予測数をイギリスとの人口比,M/M遺伝子型の比率を考慮したうえで、0,1〜0,9人であると結論づけている。(註1)
しかしこのリスク評価を異常プリオンに焦点を当てればどのようなことになるのであろうか。100万頭のBSE牛が人の食分野のなかに拡散した異常プリオンのうち、明確にvCJD患者の発症には到らなくても、人の健康に未知の悪影響を及ぼしたものがどれくらいの割合であったのか、そのような情報は、当然のことではあるが、全く存在していない。もちろん推測のしようもない、リスク評価のしようがないのである。本当にリスク評価の対象とすべきは、異常プリオンの、その地域での単位面積あたり、あるいは人口当たりの負荷量であり、汚染の水準である。それが公衆衛生学的なものの考え方なのである。現在、食品安全委員会が行なっているBSEやvCJDに関するリスク評価は、顕在化した、あるいは顕在化するであろう牛や人での一定の脳症に特化して行なわれている、また行なわざるをえないのであって、真の病因である異常プリオンの負荷のウエイトを問題にするようなリスク評価ではないことを銘記しておく必要がある。
最近、輸血による異常プリオンの感染やM/M型ではないM/V遺伝子型の存在が問題になっているが、これも公衆衛生学的な配慮を要する問題である。既存の病像を持ったvCJDではなくても、異常プリオンに起因する未知の病像があるのかないのか、それらの知見がほとんど空白状況にあることを忘れてはならないだろう。
(註1)
イギリスの場合を対照として我が国のvCJD患者数の予測(報告書には「単純比例計算による」と書かれている。)が行なわれているが,BSEの発生国であるイギリスよりも我が国同様の、異常プリオン、BSEの受入国、BSEの後発国とでも言うべきフランスの方が我が国の対照とするのにふさわしいという考え方もありうるので、フランスの場合を対照にとれば、我が国のvCJD患者の予測数は0,1〜0、9人の約10倍になる。また報告書の計算では、イギリスと我が国のM/M感受性型だけを問題にしているが、最近判明してきたM/V型感受性型にも配慮すれば、予測数はさらに変化する。
以上のように食品安全委員会のvCJDの発生予測に関するリスク評価はまことに恣意的である。仮定を重ねたイギリスでの推測値からの単純比例計算というのでは、論理的に正しく構成されたリスクアセスメントであるとはいいがたい。真実は、現状では、この領域では信頼できるようなリスクアセスメントを実施するのは至難である、ということである。
食品安全員会の専門調査会では、このようなvCJDの発症予測に関するリスク評価の部分を報告書に記載すべきではない、とする意見があったが、最終的に委員長の判断で収載されたといわれている。そして現在、予想されたとおり、その0,1〜0,9人説が一人歩きしていて、BSE検査の見直しや輸入牛肉容認論などの根拠として引用されるようになっているのは周知のとおりである。
4 異常プリオン対策に焦点を絞れ
BSEの発生、vCJDの発症は異常プリオン汚染の結果的な状況である。問題の焦点はBSEの発生、vCJDの発症数を減らすだけでなく、異常プリオンの負荷トータルをどのように最小化するかである。そのためには以下のような対策を実施する必要がある。
(1) プリオン病の本体、病理に関する基礎的な研究を促進する。とくに異常プリオンの移行、感染、増殖に関するメカニズムを明らかにする。
(2) 異常プリオンを含むSRM(特定危険部位)除去の範囲を拡大し、除去技術を改良する。実施状況に関する指導、監視を徹底する。
(3) 異常プリオン検査法の改良を促進し、異常プリオンたん白自体の定性、定量と生前検査が可能になるような方法の開発を急ぐ。政府は研究の促進のためにあらゆる支援策を講じる。
(4) 異常プリオン検査法の進歩に即して、異常プリオン汚染牛の検出可能月齢を可能な限り引き下げる。予定されている20ヶ月齢以下無検査の規定を改める。
(5) 改良された検査法の導入を行いつつ、全頭検査体制を継続し、可能な限り汚染点源対策とサーベイランスの効率を向上させる。他方で死亡牛の検査を実施して異常プリオンの汚染源、汚染ルートの解明につとめる。
(6) 異常プリオンが検出された牛の食用を禁止する。
(7) 異常プリオンが検出された牛のコホートの完全隔離を実施する。
(8) 異常プリオン対策が我が国よりも低い水準にあると判断される国、地域からの牛肉の輸入は行なわない。
(9) BSE関連の検査の水準を我が国並に引き上げるように,OIEなどの国際機関に呼びかける。検査法の改善に伴う要検査月齢の引き下げをはかる。この場合の目標は異常プリオンの負荷量を最小化することに置くものとする。
科学的、学問的に未知、不確定部分の多い課題に対してどのように対処するか、が厳しく問われている。その最も典型的な場合のひとつがBSE、vCJD、異常プリオン問題である。
vCJD患者の発生確率自体をいうならば、あるいはエイズよりも低いかも知れない。それどころか、ありふれた食中毒よりも低いに違いない。にも拘らず,BSE、vCJD問題が大きく取り扱われてきたのは、これらのプリオン病の病原体とされる異常プリオンの本体が余りにも謎に包まれているからである。最小発症量が不明、感染、発症のメカニズムも不明、検査法も不確実、汚染実態も不明確であって、異常プリオンの浸潤、汚染を放置しておくことが国家や人類にとって将来的に何を意味するかが不明であるからなのである。
それなのに、食品安全委員会の報告書では、我が国ではvCJDの発症率が低いことを数字で示しており、その上で専門委員のひとりは「我が国では、検査をやめても、vCJD患者はひとりも出ない。」と言い切っている。そこには異常プリオン問題に関する公衆衛生学的な慎重さが認められない。
「危険が証明されなければ許容する」のでなくて、「安全が確認されなければ許容しない」という思想がある。異常プリオンに焦点を絞ったときに、リスク評価の仕様もないような現状を認めねばならない。その上で真の対策は、上記したように、BSEやvCJDという、異常プリオンに起因する最終的な疾患の根絶だけではなくて、本質的に異常プリオン自体の消滅、排除を目指すものでなければならない。そのような方向性に逆らうような措置は一切許容しない、というべきである。
アメリカ産牛肉の輸入再開が日米間で最終的に合意されたということが、本日、各紙での記事になっている、政府は、このことが我が国での異常プリオンの負荷水準を高めないことを、本当に消費者の前で保証できるのであろうか。
さらに厄介な問題点は、異常プリオンは放置しておけば生体内で増殖して、正常プリオンを異常化し続ける、ということにある。
事態を楽観視することを慎みたいと思う。(完)
(10月18日)BSE問題・差別輸入牛肉の認知が生み出すものは
―政府側の姿勢には問題がある―
藤原邦達
自民党では、全頭検査制度を修正して20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を廃止する省令を出す予定であるが、そのあとでも、地方自治体が独自に全頭検査を継続して行なう場合には、向こう3ヵ年間、国が検査費用を負担することで合意した、と報じられている。(04年10月16日各紙記事)
この時点で、政府が全頭検査を修正するのは、明らかにアメリカ産牛肉の無検査輸入を実現するための政治的、行政的、経済的な動機によるものであり、日本側が示した20ヶ月齢の確認体制がアメリカで出来次第、我が国の市場にはアメリカ産無検査牛肉が登場することになるであろう。
現時点において、以下のような問題点について考慮しておくことが必要になる。
1 政府は全頭検査の修正によって生じる混乱の責任を負わねばならない。
食品安全委員会の報告書(中間まとめ、9月)では、「20ヶ月齢以下のBSE牛の検出は困難である」としただけであり、20ヶ月齢以下の検査は不要である、といっているわけではない。従って今回の20ヶ月齢以下無検査という全頭検査の修正は与党、政府の責任において行なわれるものであり、このことによって与党と政府は将来的に発生する政治的、行政的、経済的な混乱に対して責任を負わねばならない。
2 食品安全委員会にも責任が生じる
そもそも何故この時点において、「日本におけるBSE対策についいて」というような報告書をまとめることになったのであろうか。「日本におけるBSE対策」という以上は歴史的な考察、特に既往の政策に対する反省をこめた本格的な論文であるべきなのに、あるいは、国民、消費者に広く受け入れられている我が国の国策である全頭検査体制の独自性や可能性を強調する内容であるべきであるのに、何故、結局は、その主な論点を既存の全頭検査体制の修正を示唆するようなものとせねばならなかったのであろうか、その動機が問われるところである。
報告書では「20ヶ月齢以下のBSEの検出は困難である。」としている。したがって、政府は改めて「20ヶ月齢以下の検査は不要である」とする施策に関する諮問を、昨日、食品安全委員会に対して行なったといわれるが、もしも、この施策に対してゴーサインを出すようなことがあれば、今後、食品安全委員会もまた、そのために発生する事態に対して責任を負わねばならないことになるだろう。
「検出困難」から「検査不要」にするような論理は、これまでの専門調査会、食品安全委員会の報告書からは決して導き出されない。困難ということは不能、不必要を意味しない。また検査不要にできるような条件が現実的に存在しているわけではない。SRMの除去にしても、監視、検疫の現状にしても、さらに輸入牛肉を想定した場合には、いっそう複雑な月齢の認定などの問題点が山積している。仮定に仮定を重ねたリスク計算を信用することなど不可能に近い。食品安全委員会は国民、消費者が満足するような論理で、諮問に対して答えることができるのであろうか。
3 BSE検査法の進歩、改良が急速にすすんでいる
「20ヶ月齢以下検出困難」というのは現時点でのことである。現行のエライザ法、ウエスタン・ブロット法、免疫組織検査法の検出感度が低く、と殺以後の検査しか出来ないという現状において、20ヶ月齢が検出困難な閾値になっているというのである。
しかし、アメリカ,EU、日本などで異常プリオンの検査法の研究が急速に進んでおり、将来的には、さらに高感度、高精度の定性、定量法が開発され、さらに現在は不可能な、血液、体液などを検体とする生前検査法の実用化が可能となるものと思われる。政府は、今回全頭検査を継続する自治体に対して、3年間検査費用を交付するという決定を行なったといわれるが、おそらくこの3年以内には、現行法よりもはるかに進んだ検査法が開発され、実用化されて、20ヶ月齢以下の微量の異常プリオンで汚染された幼若牛でも発見、検出することができるようになることが期待される。その時点では、我が国だけでなく、全世界的に、個別、全頭検査によってサーベイランスと点源チェックの徹底を同時にはかることが可能となるであろう。
おそらく、20ヶ月齢以下が「検出困難、検査不要」などといわれる時期は長続きしないであろう。我が国では、随時、改良された検査法を導入しながら、現行の全頭検査体制を維持、継続する、それが国策として最もすぐれたBSE対策の正道であるといわねばならない。アメリカに対しても、このような我が国の考え方を周知させることが必要であろう。
政府が現在意図している「検出困難、検査不要」などと言う施策は科学技術の進歩を認めない硬直した手法であり、とりあえずアメリカ産牛肉の輸入をはかるための便法として持ち出されているとしかいいようがない。
4 20ヶ月齢以下検出困難説は疑問である
食品安全委員会の9月の報告書の核心のひとつであり、政府の全頭検査見直しの拠り所となっている20ヶ月齢以下検出困難説は、科学的な根拠に基づくものでなく、現行の全頭検査体制によって、11頭のBSE牛が発見されたなかで、23ヶ月、21ヶ月齢の2頭ものBSE牛が検出されたという事実に由来している。従ってその実は、現行検査法によって、最低何ヶ月齢までのBSE牛が発見されるのかは不明なのである。その意味において、私は、どうしても線引きが必要であるというならば、せめて、21ヶ月(またはイギリスでの20ヶ月)齢に然るべき大きさの安全率をかけた月齢を線引きの閾値とする事を主張してきたのであるが、そのような慎重な配慮もなしに、政府が今回唐突に20ヶ月齢に線引きして、検査不要の省令の公布までも検討しているのは到底理解できることではない。
聞くところによれば、20ヶ月齢以下検出困難、とした報告書での文言の取扱いについては、食品安全委員会の専門委員の間にも異論があるという。政府が全頭検査の見直しの根拠にしようとしているこの核心部分についてはこの際再検討の必要があると思われる。
5 安全と安心との距離について
自民党の武部幹事長(BSE問題がクローズアップした当時の農水相)は「見直しは当然のことだ」といった後、独自検査を続ける自治体への助成については「やむをえない。科学的には検査しないでもいい。しかし安全と安心の間にはまだ距離がある」と述べたといわれる。だが本当に政府の見直しが科学的で、全頭検査を望む消費者の理解が非科学的なのであろうか。真実はその逆であり、政府の見直しが科学的であるとは言えないからこそ消費者が安心できないのである。仮定に仮定を重ねたリスク計算の結果に立脚して、検出困難を検査不要と言い換え、不完全なSRM除去の現実と仕組みを知りながら、しかもアメリカからの政治的、経済的な圧力に迎合するような姿勢に立脚した見直し、すなわち消費者側が望んだものではなかった全頭検査の修正を、私たちは、素直に「科学的には検査しないでもいい」などとは思わないのである。消費者はBSE問題には未知、未確認部分が非常に多いということを知っている。大多数の一流の科学者、専門家がそのように証言しているからである。食品安全委員会の今回の報告書にも疑問の点が多多ある。こうした場合には、モラトリアムの姿勢を尊重して
、予防原則の立場に立つことが望ましいと考えるのである。消費者は、単純、率直に、次のことを望んでいるのである。それは安全と安心を同時に満足させるためである。安全と安心の間に距離を置きたくないためなのである。
(1) SRMの除去効率をあげるための体制整備につとめて、行政側の指導、監視を徹底する。飼料の規制を厳格に行なう。
(2) 検査法の改良につとめて、その成果を随時取り入れることを定めた省令を公布した上で、現行の全頭検査体制を継続する。全頭検査体制はサーベイランスと異常プリオンの排除のための点源対策を同時、総合的に確保するための最良の手法である。
(3) トレーサビリティーを確立して、消費者の選択の自由を保証する。
科学は所詮、目的ではない。それは手段であり、手法である。安全であるための目的を正しく追求するうえで本当に必要なのは、論理である。安全は科学を駆使するための公正な論理においてはじめて確保されるのである。崩れた、そして偏った論理に基づいた科学はかえって有害な結果を生み出す。それは数々の歴史的事実が証明してきたことなのである。
6 費用効果対比論は正しいか
一部のリスクアナリシス論者の中には、全頭検査には必要なコストに見合った効果がない。99%の異常プリオンを含んでいるといわれるSRMの除去だけで十分であるなどという。しかし、現在、国が全頭検査のために支出している費用は約40億円であり、これは牛肉1キログラムあたり約10円に相当するというが、この程度のコスト負担増で消費者が困惑するとは思えない。逆に、全頭検査を止めたことによって生じる混乱が生産、流通、消費の現場に及ぼす影響を考慮すると、全頭検査によって得られている効果のほうがはるかに大きいと考えられる。それに、そもそもSRMの除去の問題性、もっと本質的に未知、未確認部分の多いBSE問題であることを考慮すると、現時点において、この領域に費用効果対比論を持ち込むことには基本的に問題があるといわねばならない。現実的に、消費者の安全、安心を確保する上で、あるいは生産、流通、販売の経済的な安定性を確保する上で、我が国の現行の全頭検査を含む体制を変えねばならないような費用効果対比論が成り立つはずがないだろう。
7 差別化牛肉政策は実施すべきでない
政府は、食品安全委員会の答申が得られ次第、全頭検査を修正して、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査を止める、ただし向こう3年間に限って、全頭検査を継続する自治体に対して検査費用を交付する予定であるといわれている。
他方で、日米交渉において、20ヶ月齢以下の無検査、アメリカ産牛肉の輸入を認めることにする方針であるとされている。
もしも政府の目算どおりになるとすれば、我が国では、ちかじか、全頭検査を受けた国産牛肉と検査を受けていない輸入牛肉が共存するという、異様で奇妙な市場の状況が生まれることになる。
この場合に消費者がどのような認知、選択行動をするのか、そもそも検査、検疫義務を免れた差別化商品が堂々とまかり通るような異常な状況をつくることが正しいのか、ダブルスタンダードの導入が本当に必要なのか、などについて慎重に考慮しなければならないだろう。
問題の根源がどこにあるのか、混乱が生じた場合の責任が誰にあるのかは明らかである。我が国の酪農畜産生産者と消費者がどのように反応するかに注目しよう。
8 リスクコミュニケーションとは何か
政府と食品安全委員会では、BSE問題に関するリスクコミュニケーション(以下、リスコミと略)のための意見交換会と称する集会を各地で20数回開催してきた。さらに、政府は今後とも全頭検査の修正について消費者の理解を得るためにリスコミ集会開催の機会を増やす方針であると述べている。 しかし、これまでの政府主催のリスコミの場である意見交換会の実情を見ていると、国民、消費者の意見を広く聞くとはいいながら、国民、消費者側の意見に関して個別に回答があるわけではなく、討論が行なわれるわけでもなく、一方的な意見の言いっ放し、聞きっ放しの場となり、むしろその実態は政府側、食品安全委員会側の見解の周知、PRを行なうことを主眼とした、意見交換会ならぬ、意見「説得会」の様相を呈しているように思われる。
リスクコミュニケーションの本質は複数の主張におけるリスクの所在を評価しあうためにひろく交流することにある。政府側の見解を国民、消費者に押し付ける場としてリスコミが使われることは正しくない。アメリカのFDCA(食品薬品化粧品法)に明文化されているような国民の公聴会開催要求の権利保証がわが国にはない。この際、リスクアナリシスの一環として漠然と持ち出されているリスコミを本来のあり方に戻すことが必要である。
これまでのほとんどの意見交換会では、全頭検査を支持する意見が90%以上を占めたといわれるが、政府側や食品安全委員会側には、このような国民の声を冷静に受け止めて、政策に反映させようとするような謙虚な姿勢が認められていない。むしろ、リスコミの機会をとおして、無知、蒙昧な国民、消費者を説得することが必要である、とするような姿勢が散見されることは極めて遺憾である。
20ヶ月齢以下の牛でのBSE検査の省略、無検査アメリカ産牛肉の輸入の再開という政府側の路線は極めて不当であり、予測される情勢は危険でさえある。今後とも、ほとんどの自治体で継続されることになっている全頭検査で、近い将来、20ヶ月齢以下の、たとえば18ヶ月齢の牛でのBSEが検出された場合に、消費者は混乱しないであろうか。国産あるいは輸入牛肉の消費は減らないであろうか。そのとき政府はどのように対処するのであろうか。急遽、検査月齢が引き下げられることになるのであろうか。これからは、そうした事態が発生するごとに、面倒な手続きを繰り返すのであろうか。
全頭検査の見直し、差別牛肉の流通が生み出すものは、生産者と消費者を覆い尽くす不安と晦渋以外の何ものでもない。政府の慎重な対応を望んでやまない。(完)
(10月15日)食品安全委員会の報告書に関する評価
藤原邦達
食品安全委員会は04年9月、報告書「日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について―中間とりまとめ―」を公表した。
この報告書は、アメリカ産牛肉の輸入再開についての日米間政府交渉において、行政側にとって、その主張を根拠づける我が国のBSE(狂牛病)対策の経過や現状と考え方や展望を示すための資料として必要であったものと考えられる。しかしその一方で、我が国のBSE対策の根幹である全頭検査体制の限界を明らかにすることによって、一定月齢以下の無検査アメリカ産牛肉の輸入を可能にするための政策決定の根拠にされる可能性があるものとして、消費者、生産者、外食企業などの諸団体から非常に注目されてきたこともまた事実であった。
年初から専門調査会での論議が開始されて、7月にはたたき台が公表された。そのあと消費者、企業関係者との意見交換会が各地で行なわれ、さらに食品安全委員会での論議を経てこの報告書が作成されたといわれるが、以上の過程で、我が国のマスコミがこの報告書との関連において、日米間政府交渉での牛肉輸入問題を意識した報道を行なってきたのも当然のことであったと思われる。
以下に、この報告書に関する評価を行なうことにする。
1 我が国のBSE対策の概論について
全11頭(9月時点)のBSE牛の発生についての経過等が明記されている。イギリスや世界各国の経過についても示されており、BSE問題に関して我が国の置かれている位相が明らかになっている。しかし事実関係に触れる場合には、異常プリオン自体の性格や異常プリオンによる牛や人での汚染の原因や汚染ルートなどが未だにほとんど不明であることをもっと強調するべきであった。
さらに,この報告書が「日本におけるBSE対策について」とした表題である以上は、行政側のBSE対策の歴史的な経過を示して、特にその対策が失敗したことや、その結果としてどのような事態が発生したかの総括と、さらにその対策が失敗した理由などについての、食品安全委員会としての現時点での考察と判断が必要であったものと思われる。そのことは食品安全委員会が食品の安全確保のための独自性を示すうえで必要不可欠であったはずである。
2 BSE、vCJD問題での未解明、不明、不確実性の認識
科学論文としての総説、報告、論文などに接する機会の多かった私にとって、この報告書の全体を一読して、本文、全21ページのなかに、以下に示すような40ヶ所もの未解明、不明、不確実などとされている事項の記載があったことは非常な驚きであった。しかし、これはBSEやvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)が、異常プリオンという、細菌でもウイルスでもない,DNA構造とは無縁な、たん白様の高分子化学物質が感染性の病原体になるという、人類史上未曾有の事態であった以上は当然の事であったのかもしれない。むしろ報告書の執筆者各位のBSE問題の難しさについての事実認識が非常に確かであったことに敬意を表すべきであるのかもしれない。
この報告書ではBSEゃvCJDに関するリスク評価が行なわれているが、以上のような、未解明、不明、不確実部分がある中で、信頼性のある評価の結果を得ることが極めて困難であることは明らかである。リスク評価が可能であるためには、評価のために利用する根拠資料の確実性が保証されていることが必要であり、その意味ではこの報告書でのリスク評価の結果には相当な疑問符がつくことを覚悟していなければならない。
仮定に仮定を重ねた上で、最終的に導き出されたリスク評価の結果をリスク管理機関での実務的な政策決定の根拠として位置づけることは危険でさえある。
本報告書を正確に評価する上で、リスク評価に関わる論理水準の認識が非常に重要であると思われるので、以下に、本文中で未解明、不明、不確実などとされている記載部分を具体的に示しておくことにする。
(1) 人でのBSE発症から感染にいたるメカニズムは未解明である。(p4)
(2) BSEの牛での発症メカニズムについては限られた実験成績がえられている。(限られた実験結果しか得られていない)(p4)
(3) プリオン蓄積の経過についてはほとんどわかっていない。(p6)
(4) 感染年数もおおよそのことしかわからない。(p6)
(5) 若い牛での異常プリオンたん白質の蓄積量は潜伏期間の終りに達する牛よりはるかに少ないと推定されている。(p6)
(6) 検出限界以下の感染性が存在していた可能性は否定できない等の不確実性が存在する。(p7)
(7) 1頭の牛の総感染量は、その99%をSRM(特定危険部位)が占めている。ただしこれは羊のプリオン病であるスクレイピーの成績を外挿した推定である。(p7)
(8) 0,001g以下の量の経口投与試験はなされていないため、閾値(経口最小発症量)を推定することはできない。(p7
(9) 牛でのBSE発症メカニズムについては明らかになっていない。(p7)
(10)スクレイピープリオンがどのようにして濾胞樹状細胞から末梢神経終末に到達するかについては不明である。(p7)
(11)しかし、他の臓器に全く感染性が存在しないのかについては、現時点では明らかではない。(p7)
(12)BSEプリオンの伝播様式、分布、などについては未だに解明されていない部分が多く、(p8)
(13)vCJDの潜伏期間の長さについてもわかっていない。(p8)
(14)vCJDについての発症最小量、反復投与による蓄積効果などについても未だあきらかとなっていない。(p8)
(15)牛と人の種間バリアが存在すると推測されるが、その程度については、現在の知見では定量的に表すことはできないとしている。(p8)
(16)@(どれほどのBSEプリオンが牛と人との種間バリアを越えて人にvCJDを発症させるかを評価する方法)による評価は極めて困難である。
(17)BSEについては科学的、生物学的知見が限られ、科学的に不確実な点が多く残されている点を念頭においてリスク評価を実施する。(p9)
(18)(イギリスで)今後感染者数がどれだけ増加するかについては明らかではない。(p10)
(19)(このイギリスでのvCJD患者の発生数に関する予測は)多くの仮説を前提としたものである。(p10)
(20)J.N.Huillard等は2000年以前に発症したvCJD82例のデータから同じく(vCJD患者は)最大数千人、しかし感染者数は予測不能であるとしている。(p10)
(21)なお2004年に見出された輸血による感染が疑われた例がM/Vの遺伝子型であったことから、これまでのvCJD発生予測の見直しが求められている。(p10)
(22)英国及び日本においてBSEプリオンがどのような食品を介して人に摂取されたのか、両国の間にどのような食習慣の違いがあるかについての詳細が不明であること、人のvCJD発症最小量が不明であり、蓄積効果も不明であることから(リスク評価の)実施は困難である。(p11)
(23)疫学的な情報を基にしたアプローチについて、いくつかの仮定をおけば可能であり、その試算例を以下に述べる。(p11)
(24)この間(生後3年間)に何頭のBSE感染牛が食物連鎖に入ってしまったかは、不明である。(p12)
(25)(メス牛では)今後BSE感染牛が摘発される規模について推測することは困難である。(p13)
(26)これ(1995年)以前にBSE感染牛が食物連鎖に入り込んだ可能性については不明であり(p13)
(27)(80年代後半に)英国から生牛が輸入され、レンダリングされ、飼料として利用されたことにより、BSEプリオンが国内に侵入したと推測する報告もある。(p13)
(28)BSE感染牛を先に述べた推計により5頭と仮定して、単純比例計算すると、(p14)
(29)ここで試算した(vCJD患者発生の)予測数よりも低くなる可能性がある。(p15)
(30)8及び9頭目のBSE感染牛は疫学的調査による原因の特定にはいたっておらず(p16)
(31)現在の検査法では、技術的な限界から潜伏期間にあるBSE感染牛を全く摘発、排除することができると断定することはできない。(p17)
(32)(迅速検査により検出可能な月齢については)以下の断片的事実のみが知られている。(p17)
(33)20ヶ月齢以下の牛に由来するリスクの定量的な評価について今後さらに検討を進める必要がある。(p18)
(34)常にSRMの除去が確実に行なわれていると考えるのは現実的ではないと思われる。(p18)
(35)SRMとされている組織以外に異常プリオンたん白質が蓄積する組織がまったくないかどうかについては、SRMを指定した根拠となった感染試験における検出限界の問題やBSEの感染メカニズムが完全に解明されていないことなどの不確実性から、現時点において判断することはできない。(p19)
(36)vCJDが発生するリスクのほとんどが排除されているものと推測される。(p20)
(37)BSE感染牛が潜伏期間のどの時期から発見することが可能となり、それが何ヶ月齢の牛に相当するのか、現在のところ断片的な事実しか得られていない。(p20)
(38)21ヶ月齢以上の牛については、現在の検査法によりBSEプリオンの存在が確認される可能性がある。(p21)
(39)BSEは科学的に解明されていない部分も多い疾病であることも事実である。(p21)
(40)このように多面性、不確実性の多いBSE問題に対してはリスク管理機関は国民とのリスクコミュニケーションを十分に行なった上で、BSE対策の決定を行なうことが望まれる。(p21)
未知、未確認部分の多い新規な事態が国民、消費者に対して実害を与える可能性があるような場合には、いわゆる予防原則といわれる考え方に基づいて対策を実施することが求められる。この意味ではBSE問題が予防原則の適用が必要な典型的な課題であることは明らかである。
3 我が国でのvCJDの発生予測について
この報告書の核心部分はBSEの発生に起因するvCJDの発生予測に関わるリスク評価である。3 vCJDのリスク評価 の3―1の(6)では「具体的なリスク管理措置については今回のリスク評価結果に基づき、また十分なリスクコミュニケーションを行なった後、リスク管理機関によって決定されるべきである。」としている。即ち今回のリスク評価の結果が行政側の政策に反映されることになることは明らかである。
ところで、3―3―1―2項の「英国のvCJD患者推定からの単純比例計算による日本におけるvCJDリスクの推定」では、要約すると、つぎのような数式が使われている。
x=B×(1億2000万人×90%/5000万人×40%)―――(1)
ただし、B=5000人×(5頭〜35頭)/100万頭である。
すなわち、Bは我が国でのvCJD患者の単純推定発症数をあらわしており、5000人はイギリスでの推定vCJD患者の発症数、(5頭〜35頭)は我が国でのBSE牛の推定発生数、100万頭は英国での推定BSE発生数である。
(1)式では、英国と我が国ではvCJD発症の可能性がある遺伝子型M/Mに該当する人口の割合が異なるので、その比率をBに乗じて補正している。
その結果、我が国でのvCJD患者の推定発症数であるx=0,1〜0,9人になるとしている。専門委員の唐木氏は、我が国ではvCJD患者の発生予測は1人未満であり、「検査を止めてもvCJD患者は1人も出ないだろう」と述べたことがあるが、こうした根拠に基づいたものであると思われる。
しかし、B及び(1)の数式にはつぎの様な問題点があり、以上のようなリスク評価の結果が信頼できるかどうかには疑問がある。
1)英国を対照とした理由が不明である。 BSEの発生数とvCJDの発症数については、英国、フランス、ドイツ、オランダ等の各国でのOIEの記録が報告書資料の表1に示されているが、vCJD患者の発症数とBSEの発生数の比率は各国によって大差がある。たとえばこの報告書の付表1から計算すると、英国では0,08%、アイスランドでは0,07%、フランスでは0,65%、イタリアでは0,85%などとなる。したがって、B式のvCJD患者数とBSE牛の発生数の比率において、英国のかわりにフランスやイタリアの場合を対照にとり、(1)式のxの値を計算すると、我が国のvCJD患者の発生予測数xはこの報告書が示している0,1〜0,9人の約10倍近い数値に跳ね上がってしまうことになる。
英国のように,BSEの初発の原因が全く不明で、80年代の後半から爆発的にBSEが発生した国よりも、英国のあとで、人の往来や肉骨粉などの感染媒体が介入して2次的にBSEが広がったと推定されているフランスやイタリヤなどのほうが我が国の場合の対照としてふさわしいという考え方をすれば、この食品安全委員会の報告書でのvCJDの発生予測は甘すぎる、という解釈も可能である。ただし、フランスやイタリアでは英国のP.SmithのようなvCJD患者の発生予測に関するデータがないので、対照として用いることができなかったという弁明もありうるが、それならばフランスやイタリアなどでの確度の高い推計値が得られてから、我が国でのリスク評価を行なうべきであったといえるだろう。
いずれにしても、単純な比例計算という手法によって、起源国である英国を対照として、後発国である我が国でのリスク評価を行なっても、信頼できる結果が得らるかどうか甚だ疑問である。
2)(1)式では英国と我が国でのvCJD発症に関する遺伝子型をM/Mに限るものとして、その比率を計算しているが、2004年にLancet誌に発表された報告では、輸血による患者でM/V型のものが発見されている。このような場合を考慮すれば、xの数値の大きさについても再検討を要することは明らかである。
3)そもそもBSEやvCJDの発症の理由、経路、最小プリオン発症量などがほとんど不明であるような現状で、しかも1項で示したような、未解明、不明、不確実な事実が数多くある中で、vCJDの発症数をBSEの発生数から比例計算したり、食習慣等の諸事情が全く異なる我が国と諸外国の場合を考慮しないで計算したりするような方法論が正しい結果を導くものとは思えない。
4)vCJD患者の発症に関しては、診断基準が明確であり、その他の脳症との差異を確認できるような診断が行なわれることが必要である。その意味では、英国その他の各国や日本でのvCJD患者の発症数に関する統計がどの程度信頼できるのかには疑問がある。最終的に剖検によってしか判定できないというような現状において、推定発症数を算出してもそのことにどれほどの意味があるのかも疑わしい。
4 リスク牛の検査に関する言及
この報告書でのBSE検査の可能性と限界性についての言及は政府側が現在計画中の全頭検査体制の見直し問題と関連して非常に注目されるところである。
現行の検査体制が施行された当初から、スクリーニング検査法であるエライザ法と確認検査法であるウエスタン・ブロット法または免疫組織化学検査法によるBSE検査体制でも全ての月齢の牛でのBSEを発見できるとはされていなかった。しかしこれらの現行検査法によって可能な限度いっぱいまでの検出を目指して全頭検査が実施され、そしてその結果として、既検出BSE牛12頭中2頭もの21,23ヶ月齢のBSE牛を発見することができた。
この報告書では検査法に関してつぎのように記載している。
@ 現在の検査法では、技術的な限界から潜伏期間にあるBSE牛を全て摘発、排除することができると断定することはできない。(p17)
A この目的(迅速検査により検出可能な月齢を知る目的)での実験はおこなわれておらず、以下の断片的事実のみが知られている。(p17)
B このことから、20ヶ月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難であると考えられる。(p17)
C 欧州委員会の報告では、20ヶ月例の発症牛の場合、17ヶ月齢で感染性が検出され得る等の推定を述べている。(p18)
D BSE迅速検査法の改良、開発に関する研究は、欧州諸国、米国、日本などで進められており、より検出感度の高い迅速検査法が利用可能となることが期待されている。検出限界が低くなれば、より若齢のBSE感染牛の摘発が可能になると考えられる。(p18)
報告書では触れられていないが、現在、カリフォルニア大学のプルシナー教授の研究室で若齢牛での検出が可能な方法の研究が進められている。
要するにこの報告書では、現行法では20ヶ月齢以下のBSE牛の発見が困難であることを認めているのであって、20ヶ月齢以下の牛の検査が不必要である、は言っていないことは明らかであり、リスク管理機関である行政側が、無検査牛の月齢を、たとえば20ヶ月齢以下とすることまで認めているのではない点に注目するべきである。
むしろ、この報告書では、近い将来、若齢牛の検査が可能となることへの期待が認められており、我が国の全頭検査体制のなかに、これらの改良された検査法を随時取り込んでBSE牛の検出率をあげることが可能であることを示唆していると受け取るべきであろう。
一定月齢以下の若齢牛を無検査にするとしても。現実には牛の月齢の確認のためには事項に示すように、種々の問題点が残されており、トレーサビリティーの充実のための措置が必要である。全頭検査では月齢の確認のための対策を一切必要としない。
5 牛の月齢の確認に関する言及
この報告書の、3−3−2−1のトレーサビリティー制度の導入の項では我が国において昨年12月よりトレーサビリティー制度が義務づけられて、正確な月齢の判定が可能になったとしている。しかしこれは現在飼育されている牛でのことではない点に注意する必要がある。
日米間牛肉輸入交渉では、無検査月齢の線引き問題に関連して、輸入牛肉関連の牛の月齢の確認法についてのアメリカ側の対応のあり方が問題になっている。しかし、アメリカ側のいかなる提案であっても、月齢を発育、歯列、その他の身体的な特徴から判定することには問題があり、判定値にある大きさの安全率をかけて認証値とすることが必要であろう。
6 SRMの除去に関する言及
SRMの除去が重要であることは論を待たない。この報告書ではつぎのような記載が認められる。
@ これらの(SRM)組織を食物連鎖から確実に排除することができれば。人のvCJDリスクのほとんどは低減されるものと考えられる。(p18)
A しかし、―――と畜場において、常にSRMが確実に行なわれていると考えるのは現実的でないと思われる。(p18)
B また、これまでの知見からSRMとされている組織以外に異常プリオンたん白質が蓄積する組織が全くないかどうかについては、SRMを指定した根拠となった感染試験における検出限界の問題やBSEの感染メカニズムが完全に解明されていないことなどの不確実性から、現時点において判断することはできない。(p18)
SRM除去の必要性は明確である、とはしながらも各種の未解明あるいは実施上の問題点があって,SRMの除去さえすれば問題はない、とするような概念論だけで対処することを戒めているものと受け取るべきである。
これはアメリカ産牛肉の場合にもいえることであって、アメリカでのSRMの除去の実際的な状況を問題にせねばならない。
7 まとめ
本報告書を総括するとつぎのようなことがいえるだろう。
(1) BSE、vCJD問題には相当程度の、未解明、不明、不確実な問題点が残されている。従って、現時点では信頼できるようなリスク評価を行なうことが困難であることは明らかである。このような場合には、予防原則に従った措置をとることが最も望ましいと思われる。
(2) この報告書では、現時点において、一定月齢以下の牛の場合、BSEの「検出は困難である」ことは認めているが、「検査が必要でない」、とはのべていない。現行の全頭検査体制の修正、変更の必要性を示すような文言はどこにも見られない。
(3) SRMの除去対策は重要であり、検査法の改善とあいまってBSE問題の解決のために効果的であると思われる。しかし現状では除去対策が万全であるとする根拠は認められないとしている。
(4) 我が国の現行の検査体制を修正ないし変更せねばならに理由は認められない。むしろ国策として、随時、改良された検査法や診断法を導入して、現行の全頭検査体制の有効性を高めながら、サーベイランスの確度と点源対策の実効性を向上させることを目指すべきであると思われる。
本報告書は、輸入牛肉問題には全く触れていないが、今後は、輸入相手国の牛肉の安全性に関するリスク評価や輸入検疫体制の問題点などについての検討が必要となるであろう。輸入国としての主権を確立するために、今後とも我が国のBSE対策の水準を向上させるために努力して、国民、消費者の支持が得られた我が国の安全確認の方式に準じる対策を相手国に求めることができるようにするべきであろう。(完)
(10月9日)PCB問題・やはり、いわねばならない事がある。
―法的責任がないから償わなくてもよいのか―
9月29日、厚生労働省の油症診断基準評価委員会では、「油症患者の認定に際して、従来は、血液中のPCBが油症特有のパターンを示す特有の皮膚症状や色素沈着などの臨床症状が見られる等の診断基準によって判断していたが、今後は血液中のPGDF(註1)が一定の基準値をこえた場合、これまでの基準を満たしていない患者でも「総合的な判断」で認定されるケースが出てくる」ことを公表した。
これは厚生労働省の油症治療研究班が01年から03年度に調査を行なった結果、PCDFの血中濃度が一般人の16,8倍〜11,6倍にのぼることが判明したことに基づくものであるという。
ひとりでも多くの患者を認定するためには、以上のような決定について一定の評価をすることができる。しかし現時点では、油症患者の認定問題には基本的に以下のようないくつかの問題点が残されていることを忘れてはならないだろう。
1 油症患者の認定について
(1) 公正な認定ができるのだろうか
油症発生当時の被害者の、血中PCDFの濃度が一般人のx倍であったものが、その後の約36年間に次第に減衰して今日の一般人のy(約10)倍になったとして、xからyへの推移での個人差をどう見るのか。要検討要因としては、体質(素因)、職業、性別、食生活、運動、疾病などが考えられるが、それらとの関連性についてどの程度までの基礎資料が揃っているのだろうか。PCDFの濃度が急速に低下する人と、緩徐にしか低下しない人があるのではないか。発症当時のx値はおそらく非常に大きかったであろうが、その後の36年もの時間の経過のなかでの血中PCDFの減衰曲線には大きな個人差があるのではなかろうか。
問題は、新しい認定限界の基準値yを下回るような被害者、したがって認定漏れになる被害者がどの程度の割合で出るのか、そのような被害者をどのように救済することができるのか、ということである。これは認定の学問的な客観性、公平性、妥当性にかかわることであり、国としてもおろそかにしてはならないことである。
一部の症候が不足して認定を受けられなかった被害者がこの36年間をさまざまな健康被害と戦って、漸く今日まで生き延びてきた時点で、血中PCDF濃度が基準を下回るので依然として認定を受けられないという場合の不条理をどう処置するのかが問われている。
(2)既認定患者と同一の食生活をした家族は無条件に認定されるべきである。
すでに認定された1867名の患者の家族はおそらく発症当時、既認定患者と同一の食生活をしていたのであるから、血中のPCBとPCDFの濃度は家族の既認定患者と同一のレベルにあったものと推測される。既往の認定審査では規定の症候群に該当するものがあるかどうかが問題にされたために、家族間に認定、非認定の場合がありえたかもしれないが、今回血中のPCDF濃度レベルを新たに基準項目に加えたのであれば、発症当時に同一レベル(一般人のx倍)にあったと想定される認定患者の家族が被害を蒙ったことは確実であり、従って現在のPCDFの血中濃度の如何に関わらず、同一の食生活をしたことが証明された既認定患者の家族は無条件に認定されるべきであろう。
(3)何のために認定するのか
現在、原因企業であるとされているカネミ倉庫KKが認定患者のために治療費と通院費を負担している。その他、同社からは22万円が一時金として支払われている。
油症が発生した当時、被害者は1万名をこえたが、そのほとんどは診断基準を満たさないということで認定されなかった。しかし、もしも当時、PCDFの血中濃度を認定基準に加えることが可能であったとすれば、認定患者数は間違いなく大幅に増加していたことであろう。この36年間、非認定患者たちの大部分が肉体的、精神的な苦痛、経済的な負担とたたかいながら、あるものはすでに物故され、あるものは今日まで生きのびてこられた。そしてわずかに現存する被害者についてのみ、政府は新らしい基準を適用しようとしている。つまり、これまでに認定されずに死亡された大多数の被害者はまさしく「死に損」だった、ということになるのである。はたしてこのままでよいのであろうか。
ところで認定は何のために行なわれるのであろうか。現在支払われている治療費、通院費は健康保険等でも代行できる。一時金もいかにも些少である。油症によって被害者たちが受け取った肉体的、精神的、経済的な被害に対する適正な賠償、補償を行なうことこそが認定の主たる目的であったはずなのである。
油症の発生から36年以降に新たに認定されるであろう被害者にとって、支払われるであろう22万円の一時金は余りにも少なすぎるのではなかろうか。
それどころか、国は、裁判が最終的に和解で決着してしまったために、高裁判決で旧原告被害者たちに一旦支払われた仮払金の返却を求めている。一様に高齢化した被害者たちはなけなしの生活費を切り詰めながら支払いに応じている。世間ではそのような不条理が堂々とまかりとおっていることを知らないでいる。
それにしても、油症裁判が被害者原告の完全勝利ではなかったことがかえすがえすも残念である。理解し難いことである。このままでは認定の如何に関わらず、被害者たちにある油症の傷口は決して癒されることはないだろう。今回のPCDF濃度の認定基準への追加が本心から喜べるものにならないのも、そのためである。
2 カネミ倉庫KKだけが償えばよいのか
油症裁判では、私は一研究者として、一貫して原告、弁護団と行動を共にしてきた。裁判所での数回の証言では国、自治体と製造企業カネカの法的責任を厳しく追及してきた。私事ながら、一公務員の立場で行政側を相手に戦うことには非常に勇気がいった。しかし研究者として言うべきことは言わねばならなかった。一審、二審頃までは私や原告側の主張が通った。繰り返して地裁、高裁などで勝訴した。しかし、一部の研究者がステンレス配管の腐蝕孔説を否定するようになり、他方で、溶接ミスによる穿孔がPCB漏出の原因になったとする当時の工場従業員の証言が行なわれたために、その脱臭工程を管理していたカネミ倉庫KKだけに事故発生に関する法的な責任があって、PCBを製造、販売していたカネカや行政対策の当事者である国には責任がない、とする説が有力となった。私たちは反論するべく準備を整えていた。しかし急転直下、裁判は最高裁の段階で和解という形で終結したのである。
訴訟上での係争の是非、その時々の裁判所の判断はさておいても、事実は極めて単純明快である。すなわち私が証言台でくり返し強調してきたように、事件発生の直接的な原因がピンホール説であれ溶接ミス説であれ、カネミ倉庫KKの工場現場でPCBが食用油に混入した直後の2月時点に発生した鶏のダーク油事件のあと、農水省、厚生労働省がただちに適切な措置を取っておりさえすれば、それ以後、事件発覚まで6ヶ月以上も汚染食用油を摂りつづけねばならなかった人々での油症被害の発生を防ぐことができたはずなのである。
また基本的に、PCBの製造販売企業であった被告のカネカが、当時、すでに問題含みの有機塩素化合物であることが周知されていたPCBを漏出の可能性がある食品製造現場にまで無造作に持ち込まないための初歩的な注意義務を果たしてさえいたならば、食用油への混入事件は決して発生することがなかったのである。
国とカネカの法的責任は認められなかった。その当否はいずれ歴史が決めるであろう。それはさておいても、国、カネカの社会的、行政的、政治的、道義的な責任は厳然として残る、私はそう信じている。何の罪もない被害者たちの救済に関して、国、カネカが全く無縁、無関心を装っていることは許されない。カネカは和解金として200万円を支払ったといわれるが、これは認定患者一人当たり千円弱にしか該当しない。カネカがPCBの製造者として引き起こした事態の大きさに対しては余りにも常識はずれの金額だといわねばならない。
3 世論を喚起しよう
油症事件が風化しようとしている。実はこのことには、国、カネカだけではない、私たちにもそれぞれに責任がある。あらためて今、何をなすべきかを真剣に考えてみなければならない。
(1) 油症事件に関する社会的な関心を喚起しよう
化学公害事件の典型であるPCBによる油症事件と環境、食品の汚染は我が国の食生活の安全を確保する上で多数の教訓を与えてくれている。それは反面教師とし極めて貴重である。世界的な観点からしても、21世紀の産業社会を健全に発展させるために、あるいは国家の安全政策を周到に展開させるために、この事件,事態を風化するに任せることは許されない。それは汚染物質による被曝体験として正しく語り継がれねばならない。そして世論の中に確実に定着させることが必要である。まして油症事件もPCB汚染も過去の事実としてではなく、現在時点でも、なお未だに完了していない重要な社会的な課題として存在している。被害者の人権救済の取り組みが始まり、政府もやっと重い腰を上げて新基準の追加に踏み切った現時点において、この事件の周知を図ることには意義がある。
被害者団体、支援団体だけではない。ひろく環境や食品の安全確保に深い関心を示している住民団体、消費者団体などが協力し、日本弁護士会の人権委員会などの支持を得て、社会的な関心を喚起するために取り組まねばならない。
(2) PCB製造企業カネカは責任を再確認しよう
カネミ倉庫KKだけが原因企業として医療費、通院費補助の責任を果たしているような現状はおかしい。国、カネカも患者救済のための支援や負担に応じるべきである。特にカネカには全国的なPCB汚染をもたらしたことについても責任がある。PPPの原則(註2)をいうまでもなく、製造企業としての相応の贖罪が必要である。遅ればせながら取り組まれようとしているPCBを含む電機製品の回収や無害化作業にも無関係を装うことは許されない。
カネカが良識ある企業体として、21世紀での発展を期そうとするのであれば、かって油症を発生させた、そして環境、食品を汚染させた原因物質PCBの独占企業であったことを銘記して、二度と同じ過ちを繰り返さない覚悟が求められる。法的な責任はともかくとして、社会的、道義的な責任は免れない。油症はカネカが製造した商品によって発生したのである。今でも広範に認められる我が国の環境、食品のPCB汚染はカネカが販売した商品によって引き起こされたのである。今日では、いかなる企業といえどもPL法で示されたProduct Liability、製造物責任を免れることはできない。世界的な規範であるPPPの原則を無視することも許されない。あえて無関心を装うこと自体が罪である。
この際カネカは負の遺産を解消するために、自発的、積極的に、被害者、支援者、人権救済団体などとの話し合いの機会を持つために努力するべきである。
(3) 油症事件の公式記録を残すべきである
油症の発生以来の裁判記録が未だに公刊されていない。原告側、被告側のいずれでも、歴史的なこの事件との関わりの記録が消滅しようとしている。原告側の視点で言うと、油症裁判の過程では、裁判闘争支援のための住民、消費者、労働団体などの活動も全国的な規模でさかんに行なわれた。私が発起人のひとりになって、研究者、学識経験者の原告支援のための共同声明も行なった。判決前夜の決起集会、判決当日の原告、弁護団の報告会での感動的な情景も追憶の彼方に置き去りたくはない。病苦を押して重責を担っていただいた代代の原告団長も大方亡くなられた。数多くの貴重な記録が消失しようとしていることを忘れてはならない。
私の書斎には、森永砒素ミルク事件や,スモン事件などの裁判記録に関する刊行物が並んでいる。しかし、私が一研究者として心血を注いできた油症事件の記録集はどこにも見当らない。
(4) 研究者にも反省を迫りたい
世論が油症に対して無関心となり、国や製造企業のカネカが無縁を装うようになったひとつの理由は、一部の研究者が90年代以降、「油症はPCBが原因ではなくて,PCDFなどのダイオキシンが原因である」とする、誤った学説を振りまいてきたことにある。
油症は明らかにPCBとおそらくPCBに由来するであろうPCDFによる複合被害であって、PCBだけを病因から除外することはできない。その理由については拙著(註3)で詳述したので、ここでは触れることはしないが、軽率な一部の研究者たちの主張が,PCBの規制を怠った国や製造販売者カネカの油症離れを加速して、食品加工過程に使用していたカネミ倉庫KKだけに補償責任を押しつけることになったのは否定できない事実である。酵素学的なin vitro(試験管内、生体外)での実験の結果を人の全身的な症候群を示す油症の場合などに短絡的に結びつけて言うべきではない。
研究者の発言もまた世論に対して甚大な影響を与えることができる。私も研究者のひとりとして深く心したいと思う。未知の要因が多いGMO(遺伝子組み換え作物)やBSE(狂牛病)関連の分野でも特別に留意せねばならないだろう。
油症の発生から36年、この歳月は国、自治体とPCBの製造、使用企業が被害者無視の姿勢をとり続けることのできた長い長い不条理の期間であった。裁判で勝訴の涙を流すこともなく、認定さえされないで、多数の被害者たちが病苦にあえぎながら、その生涯を終えていった。私たちはPCDFの新基準追加を朗報などというには余りにも残酷な時間が流れていたことを忘れてはならないだろう。(完)
(註1)PCDF:Polychlorinated dibenzofurans、ダイオキシンの一種である。
(註2)PPPの原則:Polluter pays principle,汚染者負担の原則
(註3)藤原邦達著「恒常性かく乱物質汚染」、p139、合同出版、2000年7月刊
(10月7日)風化させてはいけないことがある。
―PCB・油症と環境、食品汚染の責任は―
世の中には忘れてもよいことと、決して忘れてはならないこととがある。
1968年に発生したカネミ油症事件と今日まで引き続くPCB汚染こそは後者の典型的な事例である。事件の発生から、もうすぐ40年にもなる現時点において、これらの歴史的な事実を知らない人々が増えている。
今では遺伝子組換えの先端企業として有名な、例のモンサント社が第2次世界大戦後になって、はじめて開発したPCBという人工化学物質は高度成長期前夜の我が国に持ち込まれて、カネカ社とややおくれて三菱モンサント社によって大量に製造、販売されることになった。そして私たちが始めて我が国での生物、環境汚染を発見した1970年時点では、すでに我が国では、PCBは単位面積あたり世界第1位、アメリカの約10倍にも達する負荷水準に達していた。しかも油症事件が発生したにも拘らず、以後の2年間に生産は倍増していた。
用途分野も広げられて、開放系のノンカーボンペーパー、印刷溶媒や電気製品、蛍光灯やヒーターなどにまで使用されるようになっていた。そして、最も許しがたかったのは、食品材料の加熱を目的とする、ステンレス配管内を還流する熱媒体として、ひろく食品製造分野にまで用途が拡大されたということであった。金属管が腐蝕した場合にどのようなことがおこるかは容易に予見できたことであったにもかかわらず、製造企業側ではこうした分野への売り込みに拍車をかけていたのである。
開発企業のモンサント社や我が国での当初の独占製造企業であったカネカ社では、60年代後半になって有機塩素系の農薬などで問題にされてきた慢性毒性を、同じく典型的な有機塩素系の化学物質であるPCBではほとんど問題にしようとはしなかった。急性毒性が低い、だから安全だろう、という、安易であいまいな理解のまま、製造企業側では「夢の合成化学物質」と銘打ってPCBの売り込みを急激に加速させていった。
そしてその結果として、ひとつは、世界最初の人体被害であるカネミ油症事件、もうひとつは、全世界的な環境、生物の汚染を引き起こしたのであった。ここではそれらの深刻な被害の実態については触れないが、現時点において最も重要なのは、カネミ油症患者の後遺症が未だに残されており、環境、生物汚染もほとんど解消されていないという事実があることである。この40年近い歳月の間に、油症との因果関係が疑われながら、多数の患者たちが死亡していった。生きながらえた被害者たちにも体調不良の毎日が続いている。治療法もない。しかも国、自治体からの支援もなく、企業からの補償も不完全なままに彼等は放置されてきた。
PCBが加熱酸化されるとダイオキシンが生成するということは当初からわかっていた。油症に先立っておこった鶏でのダーク油事件の症状はアメリカで発生していたチック・エディマ・ディシースと同様であり、ダイオキシン、PCDFやPCDDの関与が想定されていた。しかし当時、私たちは自らその事実を分析によって証明することができなかった。
今では油症はPCB・ダイオキシンの複合被害であることが明らかにされている。昨年の調査では、油症患者の血中には現時点でも一般人の10倍を超えるようなダイオキシンの残留が認められている。
油症裁判も10数年にわたって続けられてきたが、原告、弁護団の必死の奮闘にも関わらず、被告側の法的責任は結局認められなかった。そして和解という形で法的手続きを終結せざるを得なかった。
ここでは多くを語ることをしないが、何の落ち度もないにも拘らず、一方的に重大な被害を蒙った原告たちは最終的にこの裁判では勝訴することができなかった、という厳然たる事実がこの国にはありえたことを忘れてはならない。
私は最高裁での最終審理を傍聴することができた。この時点では、すでに原告被害者とその弁護団は和解によってしか局面を打開できないことを覚悟していた。「油症はPCBの使用者であるカネミ社側の作業ミスによって発生した」とする一部の関係者たちの主張が被告の国、自治体、製造メーカーであるカネカ社側を決定的に有利にしていた。そして、こうした被害が発生することは予見できなかった、とする論理が有力になっていた。油症がまぎれもなくPCBとダイオキシンの複合被害であり、そのPCBの製造、開発、販売者側が無定見な使途拡大に踏み切らず、許認可、予防権限を有する行政側がせめてダーク油事件の時点で対策をとっておれば油症は防げた、という私たちの主張を展開する機会もないままに、この裁判が終ろうとしていた。患者原告たちも弁護団も長年の訴訟闘争のあげくに疲労困憊していた。もはや和解は避けられなかった。裁判官の真正面の傍聴席にいた私は無念さに唇をかみ締めながら、じっと耐えていたことを覚えている。
油症裁判を乗り切ったPCBの製造企業カネカは、それ以来油症事件とは無関係をきめこんで、何の責任もとらないでいる。PCBを独占的に製造し、販売し、大きな利益をあげてきたこの企業は、そのPCBが今日、あらゆる生物、人体を例外なく汚染しているという事実とも全く無縁に存在することが許されている。(註)
世界的に有名なPPPの原則ということがある。Polluters Pays Principle、汚染者が費用を負担する、という考え方である。しかし我が国ではPCBに関する限り、この原則も完全に無視されている。近海の汚染、とくに近海魚介類の汚染は40年たった今日でもなくなってはいない。
私たちは、油症,PCB汚染の本質と歴史的経過が風化しようとしているという事実を忘れてはならない。そして、さらに、国、自治体、PCB製造企業側の、法的責任はともかくとして、政治的、行政的、社会的、道義的な責任が全く果たされていない、ということを決して忘れてはならない。
油症事件とPCB汚染をこのまま風化させてはならない。これらの事件、事態は21世紀の環境、食品、人体の安全性を確保するうえで多数の教訓を与えてくれている。(完)
(註)現在1867人の油症認定患者には原因企業とされているカネミ倉庫KKが治療費と通院費を負担し、一時金22万円を支払っているにすぎない。
(9月13日)誰のために、何のために無検査月齢の線引きをするのか
―この期に及んで、どのように考えるのか―
藤原邦達
とうとうアメリカ産牛肉の輸入再開論議はここまできてしまった。本日の報道によれば、食品安全委員会では、現行の全頭検査体制を見直して、20ヶ月齢以下の牛のBSE検査をやめる方向で論議を行なうことになる、厚生労働省と農水省では食品安全委員会の答申が得られれば、省令を改正し、全頭検査を20ヶ月齢以上の牛についてのみ行ない、この月齢以下のアメリカの牛の牛肉の輸入を認める方針であるという。ただしアメリカ政府はアメリカ産牛肉の輸入再開に当たって、24ヶ月齢以下の無検査牛の牛肉であることを認めるように要求しており、近日中に行われる日米交渉が難航することが予想されているということである。
1 無検査月齢の線引きには基本的に問題がある
このHPの多数の論説において、現行の全頭検査体制を堅持すべきであることについてのべてきた。牛の月齢の確認が完全であるとはいえない現状では、現行検査法の感度,精度の限界いっぱいまではBSE牛が発見可能な全頭検査体制とSRM(特定危険部位)の除去とを組み合わせた我が国の方式のほうが、事実上、SRMの除去だけしか行っていないアメリカの方式よりも優れていることを示してきた。
現行の検査法が不完全なことは全頭検査体制を施行した当初からわかりきっていたことである。それをアメリカ産牛肉の輸入再開問題でアメリカ政府からの圧力が強くなってから、今更のように専門調査会で論議し始めるようになった。そして、「20ヶ月齢以下は検出困難」という結論を出した。特別な科学的な根拠があったわけではない。これは我が国でのこれまでの21ヶ月齢のBSE牛の発見という事実に基づいた結論にすぎなかった。
農水省は、これを受けて、「20ヶ月齢以下は検査省略」という省令を作ろうとしているが、前回の小論で、詳細に述べてきたように、「検査困難」がら、いきなり「検査省略」となるのは明らかに論理の飛躍である。「検査困難」というのは、直ちに「検出不能」を意味するものではない。専門調査会では20ヶ月齢以下でも検査すれば見つかる可能性があることまでも否定してはいないのである。
2 安全率を適用せねばならない
かりに,30ヶ月齢以上の検査を行なうことが国際的な常識であったとしても、我が国では慎重を期して、安全率0,7をかけた21ヶ月齢以上での検査システムを設定しておれば、21ヶ月齢でのBSE牛を発見することができたということになる。
牛の発育度は品種や産地、飼育の条件によってさまざまであろうし、20ヶ月で突然陽性反応が現われるわけでもない。SRM各部位への異常プリオンの蓄積や脳細胞組織でのスポンジ状変性も17,18,19ヶ月齢と次第に進行していって、ついにある時点で検知可能となるのであって、そのような過渡的な各組織での変性や機能の変化などが把握されるような検査方法の進歩なども考慮していなければならない。したがって、現に我が国でBSE牛であることが証明されている21ヶ月齢に、安全率rをかけた月齢を法的な無検査月齢にするべきである。安全率を設けるもうひとつの理由は、牛の月齢確認が不完全な場合に備えるためでもある。
rの大きさは食品安全委員会等で具体的に決定することが望ましいが、現在の検査法で一般に、陽性と判定することが可能な21ヶ月齢の牛の発育度と同じ体重、性徴に達する月齢の幅をrの値として決定することが考えられる。たとえばr=0,7であれば、
21×0,7=14,7となり、その月齢以下の牛を無検査とする月齢を15ヶ月齢と定めることにする。
安全率rは、不確定要因が多い場合、未解明の事実が残されている場合、動物実験の結果を人の場合に適用することが必要であるときなどに用いられる。アメリカでのBSE対策に関する情報が十分に把握されていない中で、無検査牛に由来する牛肉を輸入する場合には、我が国よりも厳しい検証のありかたを必要とする。従って安全率rの大きさは小さいほどよいと考えられる。
3 月齢の確認は現状では困難である
かりに無検査月齢が決まったとしても、現状では日米ともに正確な月齢の認定は困難である。どうしても生産者による誤認、詐称がおこりうる。その意味でも安全率を設定しておくことには意味がある。
月齢の確認に問題があるような無検査月齢の設定では法執行への信頼性が崩れてしまう。
国内産の牛肉の場合には、出所その他を遡及して調査することがある程度まで可能であっても、輸入牛肉の場合には、輸出側の証明を信頼するしかない。真偽の確かめようもない。そのような、あなた任せの無責任な前提で輸入を認めることは許されない。
4 アメリカ側の抵抗が予想される
アメリカ政府は当初30ヶ月齢以下無検査を主張していたが、現在は24ヶ月齢以下無検査を要求しているといわれる。他方で我が国の農水省では食品安全委員会の答申を得て、20ヶ月齢以下無検査の線で決着をつける予定であるとされている。
アメリカでは約80%の牛が生後20ヶ月未満で処分されるというが、我が国が20ヶ月齢の線引きをした場合には、残り20%の牛の、と殺処分の現場での月齢の検証、確認の問題が大きくクローズアップしてくることになる。かりに、アメリカ政府がいうように無検査を24ヶ月齢以下としたときでも、この月齢をこえる牛の検疫所での確認と排除の方法が問題になってくる可能性がある。したがってアメリカ政府は我が国の主張を容易に受け入れようとはしないであろう。日米交渉において万一にも我が国の政府側がアメリカ側と妥協するようなことがないように望みたい。
5 情報の解析、処理を厳格に行なえ
食品安全委員会、我が国の有識者懇談会、農水省、厚生労働省などが入手しているアメリカ側の情報は、アメリカの政府側から提供された資料に基づくものが多いように思われる。たとえば、アメリカでのBSEの発生予測などをおこなっているハーバードリスク分析センター(HCRA)の「米国におけるBSEの可能性についての評価」や同じHCRAによる「カナダから米国への感染性侵入に伴うBSEの拡散とヒト暴露可能性の評価」などの報告書でも一般に楽観的な見通しが見られるが、その一方で、アメリカの民主党議員や消費者団体、アメリカ食肉処理業界大手のタイソン・フーズ社の労組関係などからの情報では、FDAやUSDAとは反対に、アメリカ政府のBSE対策が極めて不完全であることが示されている。
報道によれが、我が国の民主党でもアメリカに調査団を派遣して、アメリカのBSE対策の現状に関する報告書をまとめたが、「米国農務省のBSE検査はずさんそのもの、現状では牛肉輸入を再開すべきではない」とする結論を下したといわれる。報告書では、農務省の元検査官、5つの市民団体代表、生産者団体代表などとの意見交換のなかで、アメリカ政府の対応が極めて不適切であることが示されたとされている。
食品安全委員会がアメリカ産牛肉の輸入再開問題を審議する場合には、輸入されてくる牛肉の安全性を客観的に評価することが求められるが、検討資料となるすべての情報に意図的、非意図的な偏りがないように配慮せねばならない。
6 プリオンフリーを目的とする体制整備につとめよ
アメリカ政府の主張では、BSE、vCJDの発生数についての予測から、全頭検査体制が不必要であり、30〜24ヶ月齢以下の検査が不要であることなどが示されてきた。しかし、我が国の消費者の立場からは、BSE、vCJDの発生以前に、異常プリオンそのものの我が国への移行を防ぎ、我が国での増殖、蔓延を可及的に阻止する観点での対策を強化することを目的とせねばならない。これは未知の部分が多いBSE問題と向き合う場合に非常に重要なことであると思われる。その意味でも、全頭検査体制に風穴を開けるようなことをするべきではない。もしも20ヶ月齢以下無検査が実現するようなことになれば、食品安全委員会は誰のために機能してきたのかが問われることになるだろう。
7 消費者の権利を侵害してはならない
我が国の消費者は現行の全頭検査体制に満足してきた。BSE対策の失敗体験に即して行政側も消費者の安全、安心を確保するために全頭検査体制こそが最善のものであるといってきた。しかしアメリカ産牛肉の輸入再開問題が発生してアメリカ側の圧力が強くなってきてから、急に雲行きが怪しくなってきた。消費者の誰ひとりとして望んでいなかった全頭検査体制の見直し作業が始まった。
政府側の意図ははっきりしていた。それは、ほとんど検査が行なわれていないアメリカ産牛肉の輸入を再開するために、全頭検査体制を修正して、検査を受けなくてもよい牛の月齢の線引きをすることであった。食品安全委員会の専門部会がこの作業を受け持った。そして7月時点の報告書では「その月齢の線引きをする科学的な根拠は見当らない」とのべていたが、9月始めの時点では「20ヶ月齢以下の牛ではBSEの検出は困難である」とする結論を出してきた。そして農水省では,「検出困難」を「検査不要」に置き換えた省令の改正を行なう予定であり、結果的に、年内にはこの法律に基づいてアメリカ産牛肉の輸入の再開を認めることになるという。
以上の一連の経過を冷静に振りかえって見ると、食品安全委員会の機能が政治的、行政的な目的のために利用されて、諸費者の要望とは無関係に事態が進行していたことは明らかである。
予定されている行政側との各地での意見交換会でも、業界、消費者からの賛否両論の意見を聞くことになる政府や食品安全委員会側の方針はおそらくもう決まっていて、輸入の再開が既定の路線になっているのかもしれない。しかし、私たちは言うべきことを臆せずに言っておこう。
この1ヶ月が山場である。私たちは消費者の立場に立って、冷静、着実に対処しよう。そして、こうした経過をたどることになった本当の理由が、肝心の食品安全委員会に消費者側を代表する委員が置かれていなかったことにあることを再確認したいと思う。前国会での食品安全基本法案の審議の過程で、参考人として招致された私の主張は認められなかった。消費者代表のいないところでの論議が今日のような結果を招くであろうことは予想されていたのである。
本日の報道では、熊本で12頭目のBSE牛が発見されたという。九州では初めてだ、とのことである。異常プリオンの汚染は全国的にすでに広範囲に広がっている。くれぐれも楽観視を戒めよう。(完)
(9月6日)BSE問題・無検査牛の月齢問題に的が絞られてきた
―食品安全委員会は責任を持て―
藤原邦達
NHKの今朝のBSE問題に関するニュースの要旨を示すと、@アメリカ政府が来月までにアメリカ産牛肉の輸入再開を認めるように日本政府に要求してきた、A従来の無検査牛の月齢を30ヶ月齢以下とする条件を始めて取り下げて、24ヶ月齢以下とするという条件をつけてきた、Bこれは大統領選に向けたブッシュ政権の国内対策の一環であると思われる、C我が国の食品安全委員会では20ヶ月齢以下ではBSEの検出不能という案が論議される予定になっているが、今後の政府の対応が注目されている、とつけ加えていた。
予想通りのことがおこっている。無検査牛の月齢問題に的が絞られてきたようだ。現時点で以下の点を強調しておきたい。
1 政治的圧力で問題を処理してはならない
アメリカ産牛肉の輸入再開問題はリスクアナリシスの手続きに沿った科学的な論理に基づいて解決されるべきである。BSE問題は異常プリオンというタンパク質が病原体になって人にまで感染するという人類史上始めての事態であった。従って未知の部分が多多ある中で手探りで対策が講じられてきた。慎重の上にも慎重を期する必要があることは言うまでもない。日本の国民、消費者が納得できるような科学的な根拠に基づいて、冷静に決着が図られるべきである。政治的な圧力、経済的な駆引きに基づいた問題対処の仕方では、真の解決は得られない。とくに輸入国である日本の消費者の、安全である権利、知る権利、選ぶ権利、そして要求する権利がブッシュ政権の大統領選挙がらみの外圧によって侵害されるような決着がなされることになれば、消費者の不信感、不安感を増幅して、かえって国産、輸入牛肉の安定的な供給を妨げるような結果になるだろう。
2 食品安全委員会の責務は果たされたか
私は食品安全委員会が食品衛生学的な安全性確保の考え方に基づいて、全頭検査体制の可能性をもっと強く主張してほしかった。このHPでの多数の論説の中で、輸入牛肉が生産されるアメリカ国内での、検査をほとんどせずに、特定部位の除去だけを行っているBSE対策よりも、全頭検査と特定危険部位の除去を併用している我が国のBSE対策のほうが優れており、従来の方針を変更する必要がないことを明らかにしてきた。たとえば我が国では全頭検査の結果が出るまでは,SRMを除去した牛肉は絶対に市販されることはない。しかし、アメリカでは検査自体をほとんど行なっていないから、かりに発症していることが証明されていないBSE牛が食肉工場で処分されるような場合に、SRMの除去が不完全で、血液、体液によって汚染された異常プリオン含みの牛肉が市販に廻されることになる。どう考えても我が国の併用方式のBSE対策ほうが優れている。それなのに、このままいくと、我が国は自国の全頭検査体制を改変してまでしてアメリカ産の牛肉を受け入れることになりそうである。
科学者は科学の論理にのみ忠実であるべきである。アメリカではやっていない、自国の全頭検査体制の欠陥を明らかにすることに専門家として熱中するのもよいだろう。しかしそれ以前に、あるいは、それと並行して、アメリカ産牛肉の問題点を科学的に明らかにする作業になぜもっと徹底して取り組もうとしないのか。輸入されて来るアメリカ産牛肉は安全なのかどうか、国民、消費者はその事実をこそ知りたがっているのである。
SRMの除去さえ行えばリスクは少ないという。しかしアメリカでのSRMの除去が完全に行われているという確証はあるのだろうか。輸入牛肉関連の牛の月齢は確実に信頼できるのであろうか。調査、検証をつくして、それらの綿密なデータの解析に基づいて論理を構築、展開するべき専門家の委員会として、自国の全頭検査の不完全性だけを明らかにしたことによって、問題含みのアメリカ産牛肉の輸入を許容する結果になるのでは、国民、消費者から負託された責務を正しくはたしたとはいえないのではないか。
3 アメリカ側はもっと汗をかくべきである
9月4日のHPにおいて、私は輸入を求めるアメリカ側こそがもっと汗をかくべきであると書いた。日本政府には何であれ圧力をかければそれで済む、といわんばかりのやり方は、せめて安全性分野では願い下げにしてほしい。それは消費者の権利を尊重することを国是としてきたアメリカの品位を守るためにも非常に大切なことなのである。
日米両国が協調して、互いに汗をかいて、輸出入摩擦問題を解決せねばならない。
9月4日のHPに記載したアメリカ側に求めたい事項のタイトルだけを示すと、つぎのとおりである。
(1) なぜアメリカはBSEの検査率を極端に低いままにしておくのか
(2) 全頭検査をした場合、しない場合のリスク計算を行って、その結果を示すべきである。
(3) SRMの除去に伴うエラー(牛肉の異常プリオン汚染)の可能性はどの程度であると考えられるか
(4) アメリカでの今後のBSEの発生数、vCJDの発症者数の予測を示すべきである
(5) アメリカ側は何ヶ月齢以下の幼若牛では現行の検査法でのBSEの検出が困難であると考えるのか、その根拠を示してほしい
(6) 牛の月齢の証明に関わるアメリカでのトレーサビリティーは、現時点においてどの程度まで信頼できるのか
(7) BSE検査法の今後の見通しはどうなのか
(8) SRMの除去と全頭検査の併用体制とSRMの除去だけの体制とそのどちらが食品衛生学的に優れているかを示すべきである
ついでにもう1項をつけ加えると、中小輸出牛肉生産者組合が対日輸出分については全頭検査を実施してもよいという申し出をしたが、USDAはなぜこれを拒絶したのか、その理由を明らかにしてほしい。
アメリカ側は日本側に対して要求ばかりを行っていて、自ら汗を流そうとしていないという批判に答えねばならない。たとえば現時点において、日本側に対して、24ヶ月齢以下無検査にするように要求しているといわれるが、その根拠を丹念に説明する責任がある。日本側は日米交渉の場において、以上の各事項に関するアメリカ側の回答を要求し、その結果に基づいて、大いに論議をつくさねばならない。
4 20ヶ月齢以下「検出困難」なら、なぜ直ちに「検査省略」となるのか
専門調査会では「月齢20ヶ月以下ではBSEの検出は困難」という結論を出している。これは我が国で、現行の検査法による350万頭の検査を行なった結果、21ヶ月齢、23ヶ月齢の2頭を含む11頭のBSE牛を発見することができた実績に基づくものであり、一応評価できる。ただし牛の品種、飼育方法、飼料の種類、肥育薬剤の使用などによって発育度が異なり、異常プリオンの増殖度も異なることが考えられ、個体ごとの発症の促進、遅延がおこる可能性がある。「検出困難」という表現は、今後とも20ヶ月齢以下のBSE牛が絶対に「発見不能」であるといっているわけではない。
にもかかわらず、政府側ではこの「検出困難」という表現を捉えて、直ちに「検査省略」すなわち全頭検査修正の根拠にしようとしている。これはおかしい。「発見不能」とは言っていない以上、全頭検査を継続しておれば、今後,20ヶ月齢以下のBSE牛が見つかる可能性が残されている。ということは政府がこのまま20ヶ月齢以下「検査省略」という政策を実施すれば、日本の消費者は、発見されるはずであったBSE牛の牛肉を食べさせられることになるかもしれない、ということである。SRMの除去の際に、少しぐらいリークした異常プリオン汚染ならたいしたことはない、などと言ってはならない。ここでは政策立案に関わる論理の整合性について考えているのである。
350万頭中の2例が20ヶ月台の月齢であった、というが、むしろ、発見された11頭のBSE牛のうち2例(18%)が20ヶ月齢台であった、という捉え方をするべきである。このような事態は世界中の専門家が予想もしていないことであった。未確認点の多いBSE問題ではまだまだ予想外のことがおこりうる。慎重を期するにこしたことはない。1頭のBSE牛を見逃したということはこの牛の周辺にいた多数の牛の群体に含まれていたかもしれない異常プリオンの拡散、増殖を処理せずに放置したということである。たとえ1頭であっても、全頭検査なら発見できていたBSE牛を、政策的に「検査省略」に踏み切ったことによって発見できなかったとすれば、政府の責任が問われてもしかたがないというべきだろう。
食品安全委員会は、国民、消費者の安全を守る本来の責務に基づいて、政府が「検出困難」を直ちに「検査省略」の政策決定に持ち込むための根拠としないように注意を喚起するべきである。
5 将来的にBSE牛を見逃すことになるリスクの確率を計算するべきである
@ アメリカが当初から要求していた30ヶ月齢以下の牛の検査を省略した場合
A アメリカが現在要求しているといわれる24ヶ月齢以下の牛の検査を省略した場合
B 日本政府が現在実施しようとしている20ヶ月齢以下の牛の検査を省略した場合
以上の3つの場合での,BSE牛を発見できないリスクの計算を行うべきである。我が国では将来的に最大33頭から60頭のBSE牛が発見されるだろうというが、以上のような検査の省略によって、当然、発見数には変化が見られるだろう。たとえば@、Aでは20ヶ月齢台のBSE牛の発見ができないから、(33〜60)×2/11=6〜11頭の見逃しがあるだろう。Bの場合にはどういう計算をすればよいのか不明であるが、とにかく20ヶ月齢以下では「検出不能」とはいいきれない以上は、いくらかの見逃しがおこるに違いない。
注意したいのは、以上は我が国の場合のことであって、アメリカ産牛肉を、@、A、Bの条件下において輸入した場合に、どんな事態が起こるのかはアメリカ政府が先ず責任を持って示すべき事柄である。いずれにせよ国産であれ、輸入であれ、SRMの除去が不完全な場合に、異常プリオンの担体となりうる、見逃されたBSE牛の牛肉を日本の消費者が摂食することになるという事実だけは確かである。
6 食品衛生学的な論理と安全率の適用が不可欠である
専門調査会が「検出困難」とした牛の月齢を、厚生労働省、農水省が省令を改正して「検査省略」の月齢とするのはおかしい、ということは前述した。しかしどうしても実務的に検査を省略する限界の月齢を示したいというのであれば、検出困難とされる20ヶ月という限界月齢に、ある大きさの安全率をかけるのが普通の考え方であるといえよう。一定の科学的な事実に基づいて、法的な基準を定めるときには、不確定要因の存在に配慮して、安全率をかけるというのは食品衛生学的な常識である。たとえば、20ヶ月齢に0、8の安全率をかければ、「16ヶ月齢以下の牛の検査は行なわない」、というような法案になるだろう。
安全率の大きさは食品安全委員会とリスクマネージメントに関わる厚生労働省の薬事、食品衛生審議会に所属する専門家の論議の結果によって決めるべきである。いずれにしても安全率の適用を怠った施策には問題がある。未知の部分が大きいBSE問題に配慮して、このさい厳しい安全率が適用されることが期待される。
7 月齢の認証が不確実であることは許されない
かりに、検査を行なわない限界の月齢が具体的に示されるような法案がつくられるとすれば、国産、輸入の場合とも、牛の月齢の認証が確実であることが要求される。たとえば月齢を詐称したまま、あるいは不詳のまま、生産者によって申告された月齢の無検査牛の牛肉が無造作に検疫をフリーパスして、市販の経路に乗るようなことは許されない。
牛のトレーサビリティーについては、現状では日米ともまだ完全な仕組みがつくられているとはいえない。一部で耳タグなどを準備中であるとされているが、このまま性急に見切り発車することには疑問がある。
いずれにせよ、我が国の検疫所では、限界月齢以下の牛の牛肉であるというアメリカUSDAのお墨付きを信頼するしかないという、世界的にも異例の法案がつくられようとしている。アメリカ国内でも批判の多いBSE対策のもとで生産された牛の牛肉を、既存の全頭検査体制を修正してまで性急に受け入れようとする我が国の政府のあり方に疑問を感じるのは私だけではないだろう。
8 どの時点での検査体制を言うのか
専門調査会の言う、「20ヶ月齢以下検出困難」というのは、いうまでもなく現時点でのBSE検査体制でのことである。しかし検査法の精度、感度を高めるための研究はアメリカその他で急速に進んでおり、15ヶ月齢、10ヶ月齢での検出が可能となる日も近いと思われる。別のHPに記載したように、生牛の血液、体液からの検査法さえ可能となる時点も遠くないかもしれない。さらにすすんで異常プリオン自体の定性、定量ができるようになれば、個別、点源、全頭検査が最も精密なBSE牛選別の方法となるであろう。したがって、かりに現在政府が意図しているような、限界月齢を示す形での法令や規則をつくるとすれば、検査法の進歩に伴って頻繁に改正を繰り返すことが必要になるものと思われる。10ヶ月齢までのBSE牛の検出が可能になっているのに、20ヶ月齢までの検出が可能な方法を固守していることは許されない。絶えず検査法の改善状況を把握して細かく輸入、国産牛肉の場合に対処せねばならなくなるだろう。
一貫して全頭検査を実施する体制を維持している場合には、法令の面倒な改正なしに、随時進歩した検査法を取り入れればよい。月齢の認証の煩雑さも要らない。その意味でも優れた特徴を有している現行の全頭検査体制を改変しようとするのは愚かなことである。
9 食品安全委員会の役割りに期待する
本日(9月7日)の新聞報道によれば、政府は食品安全委員会の結論を得た上で、検査を受けない牛の月齢を20ヶ月以下とする省令の改正を行う予定であるとされている。もちろん法改正以前に消費者との意見交換会を持つつもりがあるとしている。
食品安全委員会は、科学的、専門的な立場から、委員会としての結論が行政側によって拡大解釈をされたり、誤適用されたりすることを監視することになっている。前述したように、「検出困難」を直ちに「検査不要」に置き換えたり、安全率を適用しないで限界月齢を決めたりするような粗暴な取扱いを認めてはならない。
政府は、法案決定以前に消費者との意見交換会を持つ、と述べているが、従来の意見交換会の実情を見ていると、"賛成、反対が相半ばする参加者の意見は聞き置くだけ、食品安全委員会の決定どおりにするしかない"というような結果になっている。実際、外食産業の息のかかった消費者も多数詰め掛けていて、食品安全委員会がこのような意見交換会の内容をどのように活かすことができるのか疑問を持たされる。「言いっ放し、聞きっ放し」で、議論の掘り下げがない。所詮、通過儀礼の場にするかしかないのか、というような感想を持たされる場合が多かった。
日本の消費者団体の大部分は、我が国の全頭検査体制が維持される形でのアメリカ産牛肉の輸入再開を望んできた。しかしアメリカ側の強烈な政治的圧力によって、全頭検査体制自体まで改変させられる形での輸入を許すことになろうとしている。この過程で専門家がどのような役割りをはたしたかを考えてみなければならない。アメリカ側に言われて始めて自ら全頭検査体制の欠陥を公式に明らかにすることになった。「20ヶ月齢以下の検査が困難」と、限界月齢の数字まであえて示した。そしてその結論を「検査省略」という形で行政側に利用されることまで許して、アメリカ側の予定の筋書き通りに事態が進行することになるとすれば、到底納得することはできない。
重要なことは正しい論理が透徹されることである。単なる意見の交換だけでなく、以後のリスクコミュニケーションを成功させるための論争が正しく行われねばならない。そのためには食品安全委員会に、消費者側を代表する委員が配置されていなければならない。私たちは食品安全基本法案の審議の過程で、食品安全委員会に消費者側の委員を置くように主張した。私も、昨年、参考人として国会に招致された際に、そのことを特別に強調した。しかし聞き入れられなかった。
アメリカ産牛肉の輸入再開問題がテストケースになった。経過しだいでは食品安全委員会の改組を目指した法改正のための取り組みが必要になることもあるだろう。食品安全委員会はあくまでも消費者の味方であってほしい。今後の成り行きに注目したい。(完)
(9月4日)BSE問題・アメリカ側も汗をかけ
―日米牛肉輸入再開交渉に求める―
藤原邦達
このところ、アメリカ産牛肉輸入再開問題では、アメリカ側の圧力を受けて、日本側には受身の姿勢が目立つようになっている。
我が国の食品安全委員会専門調査会の最近の状況では、要するに、"全頭検査では約半数程度のBSE牛しか発見できない。だからアメリカでは全頭検査をしていない。特定危険部位(SRM)を除去すればそれでよい。日本の全頭検査体制によらないアメリカ産牛肉の輸入再開を求める。"というアメリカ側の主張を受けた形での議論が行われている。そして現時点での専門調査会の報告書案では、まるでアメリカ側の主張を再確認するような形での結論が出されているように見受けられる。日米交渉ですでにアメリカ側に年末までには輸入再開を行うと確約してしまっている農水省、厚生労働省側では、食品安全委員会が何とか色よい最終案を出してくれることを心待ちにしているに違いない。
私は、最近のこのような状況はおかしいと思う。自国の製品を輸入してほしいというのなら、輸出国側が先ず汗をかいて努力するのが筋である。アメリカ産牛肉を輸出する側のアメリカ政府こそが、懸案となっている多数の問題点を解明して、日本国民を納得させることができるような、輸入再開を妥当とする根拠を明示するための責任をきちんとはたさねばならない。
その意味で、アメリカ側が至急に以下の問題点に関する見解を示すように要請したい。
1 なぜアメリカはBSEの検査率を極端に低いままにしておくのか
アメリカ政府は我が国の全頭即ち100%検査の方式を不確かだ、などというまえに、現状での0,06%という検査率を余りにも低すぎるとは考えないのだろうか。今年度は29万頭に検査数を増やす、とはいっても、それでもやっと0,8%に過ぎないではないか。それも30ヶ月齢以降の牛の検査だ、というのでは、21ヶ月齢のBSE牛を発見している我が国とは大違いであり、ダウナー(よろけ牛)や病死牛の検査もほとんどやっていないというような報道があいつぐなかで、日本の消費者が、アメリカには隠されたBSE牛が相当にあるに違いない、というような不安感を持たされているのは当然ではないのか。この状態を放置している限り、アメリカ側に我が国の全頭検査体制を批判する資格があるとは思えない、それは常識というべきものではないだろうか。
この8月30日の全米牛肉輸出連合会の新聞全面広告では、「全頭検査では全体の約半数しかBSE牛は発見できません」と書いている。それならば、検査を事実上やっていないと言ってもよいようなアメリカの現状では、半数どころか、全くBSE牛は発見できていないということになるではないか。
アメリカ国内でさえも、農務省のBSE対策の現状には議会や消費者団体、専門家からの相当な批判があることを日本の消費者は知っている。アメリカでは検査体制を拡充してもっと実態の把握に努めるべきである。輸出する側が先ず輸入する側を安心させるのが国際的な礼儀というものではないだろうか。なすべきことをしないでいて、相手側に譲歩だけを迫るのは公正なやり方であるとは思えない。
2 全頭検査をした場合、しない場合のリスク計算を行って、その結果を示すべきではないか
我が国の食品安全委員会でも、同じリスク計算をするべきだと思う。ただし、アメリカの現状についての情報が余りにも少ないので、ひとまずアメリカ側がお得意のリスク計算を正確に行って、その結果を日本の消費者に示してほしい。リスクの算出に当たっては、必ずいくつかの仮定を設けねばならないが、同時にその仮定が合理的であるとする根拠を示さねばならない。
我が国の食品安全委員会の専門調査会ではBSEに起因する日本人のクロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の予測発症者数を、0,135から0,891人であるとしたが、これはイギリスの場合を対照にしたときの数字であって、もしもフランスの場合を対照にすると、その20倍にもなることをこのHPの別の箇所で示したが、リスク計算での仮定の妥当性は厳しく問題にされるべきである。
たとえSRMの除去を行なったとしても(SRMの除去自体の問題点については後述する)、全頭検査をした場合、月齢を線引きしてそれ以下の検査を省略した場合、ほとんど検査をしなかった場合の(異常プリオン汚染牛肉が市場に出回る)リスクを算出した結果、最もリスクの少ない体制を選ぶのが施策の原則とされるべきである。SRMの除去さえしておれば、あとは問答無用というのでは全く話にならない。
3 特定危険部位の除去に伴うエラーの発生はどの程度であると考えられるか
アメリカ側では、しきりにSRMを除去しさえすれば問題はない、という。確かに、もしも100%SRMを除去できればそのとおりである。しかし、除去方法と除去作業のあり方によっては異常プリオンの非SRM即ち食用部位への血液、体液等による飛沫汚染がおこる可能性がある。だから全頭検査をしていなければ,食肉工場に混入してくるBSE罹患牛の処理時に異常プリオン汚染牛肉が出荷される危険性がある、と考えられる。
アメリカ側ではアメリカのSRM除去体制(施設、機器、作業、監視、認証など)の現状に即して、どの程度のミスが起こりうるかを調査してその結果を報告すべきである。
我が国ではSRMの除去を行ったあと、全頭検査の結果が出るまでは非SRMの食肉等が出荷されることはありえないが、アメリカではそうではない。このような我が国での、全頭検査とSRM除去の併用システムの場合とSRM除去だけの、アメリカのような単独システムの場合との、異常プリオン汚染の発生リスクを比較して、リスクがより低い方式を採用するべきである。単独システムのままでよいと主張しているアメリカ側にはその論拠を示す義務がある。
4 アメリカでの今後のBSEの発生、vCJD発症の予測を示すべきである
我が国での今後のBSE、vCJDの発生予測については専門調査会が7月の報告書(たたき台)において示している。BSE牛の最大発生数が33頭、vCJDの最大発症数が0,891人であると言う。ただし、前述したように、これはイギリスの場合を我が国に当てはめた場合であって、フランスの場合を当てはめると発症者数は最大18人ということになる。それではアメリカでのBSE発生数、vCJD発症者の予測値がどうなるのか、アメリカ産の牛肉を食べることになるかもしれない我が国の消費者はこのことに非常な関心を持たされている。
それから、関連して、アメリカでは、全米食肉輸出連合会がいうように、本当に肉骨粉(MBM)を与えていなかったのか、使用禁止措置が守られていたのか、交差汚染がなかったのか、監視体制が厳守されていたのか、アメリカ政府には、その真相を公開する責任がある。現にアメリカでもBSE牛が発見されているだけに、何らかの汚染源、汚染ルートが存在したことは今更否定しきれないはずである。
5 アメリカ側は、何ヶ月齢以下の幼若牛では現行の検査法でのBSEの検出が困難であると考えるのか
我が国の食品安全委員会の専門部会では、7月の報告書(たたき台)において、「BSEを検出できる限界以下の若い牛を検査対象から外しても特定危険部位の除去を全頭で続ければリスクは増えない、しかし具体的な、その限界とされる月齢を示すことはできない」旨の結論を下していたが、最近まとまった修正報告書では、「20ヶ月齢以下での検出は困難である」と記載している、ということである。(本日、9月4日の朝日新聞記事)
ここでいう限界とされる月齢は、現行の全頭検査体制が修正されるとすれば、そしてアメリカ産牛肉が無検査で輸入されてくるとすれば、重要な意味を持つのであるから非常に注目せねばならない。
アメリカ側としても、この限界とされる月齢には大いに関心があると思われるが、本件に関するアメリカ政府の公式な見解を早急に示すべきである。その上で、日米両国の折衝において、科学的な論議を行なうべきである。あるいはアメリカ側ではSRMの除去さえ行っておれば30ヶ月齢以下無検査でもよいのだ、などと言い出すのではないか。
冷静で客観的な論議を行なって、結論を導かねばならない。現行検査法でどの程度、異常プリオンによる汚染が発見できるか、21ヶ月齢でも発見できる事が我が国でわかっているが、はたして、たとえば15ヶ月齢の牛でも検出が可能なのかどうか、アメリカ側の専門家の見解を聞きたい。
6 月齢の証明に関わるアメリカでのトレーサビリティーは確実なのか
かりに無検査月齢が20ヶ月以下と決まったとすれば、その月齢以下の牛のアメリカ産牛肉が輸入されてくることになる。この場合に月齢の証明が不確実であると、たとえば無検査高齢BSE牛の牛肉が混入して輸入されてくることにもなる。全頭検査を行なっている我が国ではこのようなことは絶対に起こらないが、はたしてアメリカでは月齢の証明が確実に行われているのか。トレーサビリティーの信用度が問われる。生産者での申告、食肉工場での保証のありかた、監督、監視員の配備、行政の輸出認証の信頼性などを問題にしなければならない。
アメリカ側では、月齢の証明に関わる自国でのトレーサビリティーの実情を正確に調査して、その結果を日本側に報告せねばならない。
7 BSE検査法の改善に関する今後の見通しはどうなのか
アメリカではプルシナー教授の研究室などでBSE、異常プリオン検査法の改良のための研究が進んでいるといわれる。そもそも点源調査である全頭検査がシステムとしては理想的でありながら、月齢の問題などが登場してくるのは、現行の検査法が不完全であるからである。血液や尿等での生前検査やMBM、厩舎、牧場からの異常プリオンの検査が可能になれば、点源、全頭検査体制に勝るものはないことは明らかである。ある月齢で線引きをして、それ以下は無検査で輸入するなど全く必要のないことになる。アメリカ側は検査法の改良に関する進捗状況の見通しを明らかにして、将来的な点源、全頭調査の可能性を明らかにすることが望ましい。
現状では不完全ではあっても、改良された検査法を逐次導入して、感度、精度をあげながら、たとえば現状では20ヶ月齢以上でしか有効ではないとしても、やがて15ヶ月齢、10ヶ月齢以上で有効となって、全頭検査体制が息長く一貫して継続されるべきであると考える。
8 SRMの除去と全頭検査の併用体制とSRMの除去だけの単独体制と、そのどちらが食品衛生学的に優れているかを示すべきである。
要するに、日米協議の核心は日本側の併用体制か、アメリカ側の単独体制か、の選択ということに帰一する。それらが単に科学的に、より安全であるだけでなく、生産者、消費者にとって、より安心、安定的な政策であるか否かが問われているのだと思う。アメリカ側には対日輸出分に限った併用体制の選択という方法も残されているが、しかし、おそらく日本側にとっては、現状での併用体制の撤廃や修正というような選択は、生産者、消費者にとって到底納得し難いものとなるであろう。輸入の再開の可否を最終的に決定する我が国の政府はこのことを十分に理解しておく必要がある。
日米両国にとって満足することのできる交渉の結果を導くために、アメリカ側にも汗を流してもらわねばならない。圧力だけをかければ何とかなる、というほど情勢は甘くない。
終りに当たって、我が国の食品安全委員会でも以上の各項目についての独自の見解を示すべきである。その上でアメリカ側と十分に論議をつくすことが求められている。(完)
(8月30日)全米食肉輸出連合会の新聞全面広告に反論する
藤原邦達
04年8月30日の朝日新聞には、全米食肉輸出連合会の「BSEについて、皆様からいろいろなご意見、ご質問をいただきました。」と題する全紙面広告が掲載された。アメリカ産牛肉の輸入再開を求めるアメリカ側の現時点での主張が読み取れる内容になっている。おそらく全国各紙にも同様の意見広告が出されて、一定の反響があったものと思われる。このまま放置するわけにはいかないので、ここでは、この広告の4こま全部に的を絞って、私見を述べておくことにする。
1 「なぜアメリカは全頭検査をしないの?」について
全面広告の1こま目には、以上のタイトルの下に、こう書かれている。
「全頭検査をすればBSEに感染している牛を全て発見できるかというとそうではありません。現在の検査法ではBSE感染牛の半分程度しか見つけることができません。BSEの病原体である「プリオン」は長い年月の間に脳に蓄積するのですが、その量が少ない場合には検査しても発見できないのです。特定部位の除去という世界的に認められている方法で安全を保ち、お客様に安心なお肉を提供しています。これがアメリカが全頭検査をしない理由です。」
要するに、日本の全頭検査方式では半数くらいを見逃している。信頼性、確実性がない、したがってアメリカでは全頭検査を実施していない、という文脈になっている。
確かに全頭検査方式は万全ではない。プリオン汚染牛の全部を捕捉できるものではない。幼若牛の感染を見出すことは難しい。それは以前からわかりきっている。
しかし、たとえ半数であってもBSE牛を発見することに役立っているということは、アメリカのように、全くといってもよいほど、検査をしないよりも有効なのである。まして我が国で従来は無意味だと思われてきた30ヶ月齢以下の、21、23月齢のBSE牛を、11頭中2頭までも発見することができた、ということは、全頭検査が学界の定説よりも、さらに有効であることの証明であるといえる。
政策はよりよい可能性、方向性を持つように立案され、実施されるべきであって。少しでもBSE牛排除の可能性の大きい方策が選択されるべきである。
日本側はしきりに全頭検査を持ち出すが、全頭検査は不完全なんだ。幼若牛の感染は発見できないんだ、"どうせ見つけられないのであれば、全頭検査をしていないアメリカ産の幼若牛の牛肉の輸入を認めてもよいだろう。"これがアメリカ側の本音ではないのか。
今後とも、検査法の精度、感度を上げることに全力を傾注して、BSE牛発見の可能性を高めながら、その上で全頭検査を実施する。これが対策の正道である。不完全性につけ込むような施策は断じて採るべきではない。
我が国の専門調査会では、検査が無効であるとされる幼若牛の月齢を具体的に示すための根拠は見当らない、としている。かりに、それ以下を無検査にする月齢が示せたとしても、アメリカでの3500万頭もの牛のトレーサビリティーが確実であるかどうかは疑わしい。幼若牛ではない成牛の牛肉が混入する可能性を完全に排除することはできない。他方で我が国の全頭検査体制では月齢の確認という厄介な問題は始めから全くありえない。
かりに無検査輸入を認めるとしても、アメリカはその月齢の線引きに注文をつけてくるだろう。たとえば10ヶ月齢以下無検査では承知しないだろう。なぜならアメリカでは20ヶ月齢以下の牛が食肉用にされることが多いからである。
検査を全くといってもよいほどやっていない国から全頭検査が無意味だ、などといわれる筋合いはない。不完全ではあっても、現状での最大限の可能性を見出すための全頭検査はフィールドでの異常プリオン汚染の点源調査としても、BSE対策上決して無意味ではない。現下の問題はこの検査法の精度、感度をどのようにあげるかである。改良された、よりよい検査法を逐次適用しながら、全頭検査を行なうのが最も確実な方策なのである。生産者、消費者の安全、安心を確保するための費用対効果の効率が現状で最も高いのは全頭検査方式である。
アメリカ側は要するに、我が国の全頭検査方式によらないアメリカ産牛肉の輸入を再開させようとして圧力をかけている。我国がダブルスタンダードは認められないと主張すれば、我が国が現行の全頭検査体制をアメリカ並に撤廃するか、またはある月齢以下の牛では検査を省略してもよい形に修正させようとしている。全頭検査体制は非関税障壁であると言い出しかねない、これは相当に自国中心の考え方であり、輸出国が輸入国の主張を否定してかかるやりかたなのである。
2 「特定部位の除去だけで本当に感染しないのですか?」について
全面広告の2こま目には、以上のタイトルの下に、こう書かかれている。
「病原体である「プリオン」がたまるのは、脳や脊髄などの特定の部位です。だから、その特定部位さえ食べなければ人に感染することはありません。アメリカでは全ての食肉加工工場において政府の検査官の監視のもと、特定部位を確実に除去しています。国際獣疫事務局(OIE)という国際機関も、ヨーロッパの各国も特定部位の除去こそが最も有効なBSE対策であると考えています。」
危険部位の除去が重要であることは確かである。しかし危険部位の除去時に異常プリオンによる非危険部位への汚染が絶対に起こらないと言う保証はない。アメリカの食肉工場に集まってくるBSE検査を受けていない牛のなかに、もしもBSEに罹患している牛が混じってきた場合には特定部位以外に飛沫感染したプリオンを含む牛肉がそのまま市販ルートに乗ってしまう可能性がある。我が国では危険部位の除去と全頭検査の両方をきちんとやってきた。危険部位の除去後の検体は全頭検査の結果が出るまでは絶対に市販されないという、ダブルチェックの仕組みを守ってきた。これは現状で考えられる最善の規制のあり方であるといえる。アメリカもせめて対日輸出分だけでも日本並みの仕組みを取り入れるべきである。
もしも、飛沫汚染の牛肉などによる、少しぐらいのプリオンでは人に感染することがない、というのなら、具体的に人でのプリオンの最小発症量を示せるのだろうか、胎児、乳幼児、高齢者への危険性の有無について断言できるのだろうか。現状ではクロイツフェルト・ヤコブ病の被害者になる、ならないよりも、プリオン自体の摂取を可能な限り少なくする方向での予防衛生学的な対策こそがより重要なのではないだろうか。
何事につけ、自国のやり方を他国に押し付けるのはやめてほしい。0,06%しかBSEの検査をしていない国が100%の検査をしている国を、まるで無意味なことをしているかのように批判する資格はない。今更、特定危険部位の除去こそが絶対万能の方策である、などと思い込ませるのは無理なことである。
3 「アメリカでは、肉骨粉はホントに食べさせていないの?」について
全面広告の3こま目には、以上のタイトルの下に、こう書かれている。
「BSEの感染原因とされている肉骨粉の使用禁止については、1996年の世界保健機構(WHO)の勧告に従って、アメリカでは1997年に反芻動物への使用を法律で禁止しています。これが守られているかどうか、厳しい検査が行なわれています。そのうえアメリカでは肉骨粉よりずっと安価で栄養価の高いトウモロコシが豊富なために禁止措置以前にも肉牛に肉骨粉を与えることはありませんでした。
このように念には念をいれた幾重にも重なったBSE防止対策をとっています。」
それではなぜアメリカでBSE牛第1号が発見されたのか。我が国の場合をいうと、肉骨粉の使用を法律で禁止しても、飼育の現場までは徹底しなかった。牛以外の家畜の餌に使用されて、飼料製造工場内での牛の飼料への汚染があった。監視も行き届かなかった。もしも、アメリカでは我が国と違って、農家が政府の指示を確実に守っていて、検査、監視、監督もみごとに行き届いていて、そのようなことが絶対になかったと言うのなら、なぜアメリカの消費者団体や民主党や議会の関係者たちがアメリカ政府のこれまでのBSE対策が杜撰だった、今でも手ぬるい、などと厳しく批判しているのであろうか。
「トウモロコシが豊富なために禁止以前にも肉牛に肉骨粉を与えることはありませんでした。」などという断定はいただけない。トウモロコシが豊富なのはわかるか、本当に「禁止以前にも肉骨粉を与えることがなかった」のなら、改めて禁止する必要もなかったはずである。
4 「食べ盛りの子供がいるので、手ごろな価格でおいしいアメリカ産牛肉は家計のうえからもとても助かっていました。早く輸入を再開してほしいです。」について
全面広告の4こま目には、以上のタイトルの下に、こう書かれている。
「主婦の方から同様のご意見をたくさんいただきました。アメリカの牛肉は栄養価が高く、お買い求め安く、「値段の高い」イメージの強かった牛肉を身近な食材にさせていただくことができたと思っております。皆様に先ず安心して頂いて、一日も早くアメリカの牛肉をご提供できるよう努めてまいります。」
主婦の気持ちはよくわかる。ついでにアメリカの業界の気持ちもよくわかる。禁輸措置など一刻も早く解除するべきである。貿易摩擦など真っ平ご免である。ここに書かれてある、子供たちのことを考える主婦たちであれ、日本の食文化の一部にさえなっている牛どんの愛好者たちであれ、アメリカ産牛肉の輸入を待ち焦がれているに違いない。
実は、アメリカ産牛肉が今すぐにでも輸入可能になる方法がある。それはアメリカ政府が自国の方式を押し付けるのを止めて、日本の方式に従った検査と認証の体制を採用することである。何もアメリカの全ての牛に全頭検査をするのではない。対日輸出分の牛肉の生産牛についてだけ全頭検査を実施すればよいのである。この5月には、アメリカの中小牛肉輸出業界は輸出分についての全頭検査をしたいと政府に要請した。そしてUSDA(アメリカ農務省)はこれに反対する大手牛肉業界の側に立って、その申し出を却下した。
本当のところは、アメリカ産牛肉の輸入再開ができない理由は日本側にあるのではない。アメリカ側にこそあるのである。アメリカ政府のあり方こそが問題の解決を難しくしていることに気付かねばならない。この広告の提供者である米国食肉輸出連合会としても、「一日も早くアメリカの牛肉をご提供できるように」、アメリカの中小輸出業界の要請を認める方向で、強くUSDAに働きかけていただきたい、と思う。
5 最終的には、国民、消費者が決定することだ
つい最近まで全頭検査体制を持ち上げていた政府の官僚たちが、今度は全頭検査なしの輸入牛肉にためらう消費者を風評被害におびえるあわれな人々だ、などと言い出すかもしれない。しかし、アメリカ産牛肉の輸入再開を決めるのは日本の政府ではなくて日本の消費者である。かりに政府がどのような決定をしようとも、消費者の一部にでも疑問が残り、不安が持たれている限り、牛肉市場での混乱が解消されることはないだろう。
これまでの経緯上、まさか政府が全頭検査体制を放棄して、アメリカ並みの政策を採用するとは思わない。しかし、アメリカ側の圧力しだいでは幼若牛の牛肉の輸入を可能にするために、政策的に指定した月齢以下の幼若牛の検査をやめる可能性もなしとはしない。
アメリカ側の全面広告には一定の効果があると思う。実はアメリカ側からの圧力が強くなった頃から、一部の日本のBSEの専門家が、全頭検査を止めても危険部位の除去をきちんとすれば心配ない、などとアメリカ側と全く同じようなことをいうようになった。食品安全委員会の専門調査会の報告書でもBSEに由来する人のクロイツフェルト・ヤコブ病の発症者の予測は0,135〜0,891人で、リスクは非常に小さいとしている。(この件については、このHPの別の箇所で批判しておいた。この数字はイギリスの場合を日本に当てはめた結果であるが、もしもフランスの場合を我が国に当てはめると、この数字の20倍ということになる。)要するに、リスクが非常に低いのだから、特定部位の除去さえしておれば、全頭検査の一部を手直ししても全く問題はない、といわんばかりである。
BSE問題という、まだまだ現状では不明の部分が多い、タンパク質が病原体になって感染性を持つというような前代未聞の課題を、我が国の消費者が、結局、どのように慎重に考えるのかということが問われている。対策はすこしでも厳格なほうがよい、と考える消費者が多いか、少ないかでこの問題の決着がつくだろう。
安易であいまいな考え方に基づいた施策は必ず取り返しのつかない混乱をつくりだす。そして、必ずや、その施策を推進した当事者の責任が問われることになる。
終りに当たって言っておこう。全頭検査体制の撤廃、修正は回避するべきである。輸入の再開を熱望するアメリカ側こそが、日本側の主張に従って種々の方策を検討するべきである。(完)
(8月28日)BSE問題・再び全頭検査体制を擁護する
―専門調査会のリスク評価を批判する―
藤原邦達
始めに;
食品安全委員会では、7月にまとめられたBSE対策に関する専門調査会の報告書(たたき台)を公表したが、端的にいうならば、そこでは、我が国でのBSE問題に由来する人でのvCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)の発症リスクが極めて小さいことを強調している。もちろん、このことが食品安全委員会でどう評価されるかは今後、非常に注目されるところであるが、少なくとも行政側ではこの報告を受けて、今後の全頭検査体制の見直し、牛肉の輸入再開を視野に入れていることだけは確かであると思われる。
今後、秋口から年末にかけて日米牛肉輸入再開のための交渉はいよいよ本番を迎えようとしている。政府やとりわけ食品安全委員会のあり方には、ひとしお厳しい関心を持たされるようになるだろう。
1 リスク評価は慎重でなければならない
専門調査会の報告書では、イギリスで約18万頭のBSE牛が発症したが、その推定発症数を100万頭とし、vCJD患者が約100人発生したが、その推定発症数を5000人としたうえで、我が国での食物連鎖系に入ったBSE感染牛の推計を5頭〜33頭とした場合のvCJD患者の推定発症数を0,135人〜0,891人であるとしている。そして委員の一人はおそらく我が国ではvCJD患者はひとりも出ないだろう、などと述べている。(3の@式を参照のこと)
しかし、人のvCJD発症リスクは本来、BSEの見かけの発症数によるのではなくて、異常プリオン自体の摂取量に基づく負荷圧力によって決まるものであって,BSEの発症が人に対する異常プリオンの負荷圧力とどのような関係にあるのかがほとんど明らかにされていない現状では、BSE牛の発生数をvCJDの発症リスクの要因として使用するのは適当であるとはいえない。また異常プリオンによる発症を促進する各種の要因に関する知見も不完全であり、イギリスと日本とでの同一点や相違点も定かではない。プリオンたん白質遺伝子のコドン129がM/M型である割合(イギリス40%、日本90%)だけを考慮に入れればよいのかどうかにも疑問がある。イギリスと日本での人での異常プリオン感受性の相違がどの程度であるのかは現状では不明である、というべきである。さらに一般に感染のしやすさと発症のしやすさとは別個の現象であると考えられる。
たとえば、イギリス全土をA,B,C,D‐‐‐‐‐‐の各地区に区分して、各地区でのvCJD患者の発生数とBSE牛の発症数との比率rを調べた場合に、C地区では異常に高率でrhであり、A地区では異常に低率でrlである、と言う結果が得られたとする。この場合、安全性を見越してrhとrlの幅を示して計算結果を示すべきだという考え方もあり、@式において、イギリス全土での約20年間のvCJD患者の総数とBSE発症牛の総数の比率であるrmを無造作に我が国の場合に適用して答を出そうとするのは統計学的、疫学的に適正で正確な手法であると言うことはできない。
もうひとつの問題はBSEとvCJDを調査した期間をどのように評価するのか、と言うことである。イギリスでのrmは約20年にも及ぶ期間での平均値である。感染から発症までのBSE、vCJDそれぞれの期間も数年から約10年にも及ぶ。しかも各年度別のBSE発症の原因や対策の状況は一様ではなく、結果的に各年度でのrの値は非常に相違しているはずである。この場合にどの年度のrの値を日本での推計の場合に使用することが正しいのか、理論的な判断がむつかしい。@式のように、20年にも及ぶ全期間についてのrmを安易に使用した結果が信頼できるかどうかには大いに疑問がある。
vCJDの発症メカニズムには未知の部分が非常に多く、イギリス人と日本人での異常プリオン感受性が異なる可能性をどのように評価すればよいのかにも問題が残る。最小発症量が脳組織の0,01gであると言う報告があるが、異常プリオンの摂取量としては定量的に示すことができない。vCJD患者での異常プリオンの摂取実態、たとえば一時的な摂取、長期的な摂取の場合などについての知見も明らかにされているわけでもない。摂取された脳組織の量でなくて異常プリオンの総量こそがイギリスと日本でのvCJD負荷の大きさを決定するはずであるが、現段階では異常プリオンの定量的な取扱いは不可能に近い状況にある。
2 感受性の問題は複雑である
異常プリオンに対する感受性が人のプリオンたん白質の遺伝的な形質とどのような関係にあるかは未だに明らかではない。わかっているのはイギリスなどでのvCJDの発症者の遺伝的な形質に一定の傾向があり、この形質の保有者が日本人に多い(イギリス40%、日本90%)と言うことだけである。この事実を日本人での異常プリオンに対する感受性の問題としてどう捉えることが出来るのか、そこにはさまざまな問題が残されている。たとえば日本での異常プリオンによるvCJDの発症者の予測をする上で、どのような安全係数を用いればよいのか現状では不明である。イギリスと日本で相違するであろう最小発症量の具体的な数字が判明しているわけでもない。感染のメカニズムも不明であるなかで、わかっているのはイギリスやEUでのBSE牛の発症数とvCJD患者の発生数だけである。
最近の報告では、輸血によって感染したと見られるvCJD患者に特異的なプリオンたん白質のコドンのパターンがM/M型だけではないことが明らかにされている。要するに遺伝子型、感受性の問題もいよいよ混迷を深めているのが現状であると言わねばならない。
世代的な感受性に相違があるのかどうかにも問題がある。異常プリオンは高分子のたん白質であるが、経口摂取時にどのような経路で吸収されるのかは明らかではない。普通のたん白質のように消化されてアミノ酸にまで分解されて吸収されるのではなくて、高分子のまま血中に入って体内を移動し、最終的にいわゆる危険部位と称されているような組織に定着して増殖するといわれている。そのメカニズムにも不明の点が多い。しかし人の腸管経路のなかに、たん白質などの高分子物質を吸収する部分があることは実証されており、もしもBSEに罹患した牛の牛肉などの経口摂取がvCJDの原因であるとする仮説が正しいとすれば、腸管組織が不完全、未完成な成長過程にある胎児や乳幼児期での感受性が高いと言う可能性もある。いずれにしてもこうしたことが推測の域を出ないのが現状である。
消化管系の疾患と異常プリオンの関係も不明である。消化管系の患者では健常人よりも異常プリオンの体内侵入の危険性が大きいのか、消化管系を通らない輸血等での危険性はもっと高いのか、と言う設問に対しても正確に答えられる研究者はいないのではなかろうか。
異常プリオンに対する感受性を左右しうる、遺伝的な形質の差異以外の要因や条件に関する知見もほとんど欠落している。動物実験自体が実施しにくいことに加えて、その結果の解釈と、人の場合への外挿(Extrapolation)が決定的に困難なのである。
3 専門調査会のvCJD患者の発生予測を批判する
食品安全委員会の専門調査会は報告書(たたき台)のなかで、イギリスの場合を参考にして我が国の今後のvCJD患者の発生予測を行っているが、2にのべたような多大の不確定要因が残されている中で、「3‐3‐2‐2 英国の推定からの比例計算によるリスク推定・遺伝的要因によるリスク増」において、つぎの@式に示すような、非常に単純な計算を行って、我が国でのvCJD患者の発症予測数が0,135から0,891人であると言うような、小数点以下3桁の数字を割り出している。
(5頭〜33頭)×(5000人/100万頭)×(1億2000万人/5000万人)×(90%/40%-)‐‐‐‐‐‐‐@
(ただし、5頭〜33頭は我が国の食物連鎖系に入るであろうBSE牛の、専門委員会による推計数、5000人はイギリスでの推定vCJD患者数、100万頭はイギリスでの推定BSE発症牛数、あとはイギリスと日本の人口比とM/M遺伝子型の比率であるとされている。)
イギリスと日本の事情は非常に異なっている。その異なった事情に当てはめることのできる異常プリオンの挙動に関わる科学的な情報も決定的に不足している。以上の@式には何らの安全係数も用いられていない。疫学的な普通の考え方によれば、現状では、「科学的な根拠に基づいたvCJD患者の発症予測は困難である」というべきである。
@式のように、イギリスでのBSE牛の発症数とvCJD患者の発生数の比率と人口比率、遺伝子系人口の比率と言う3種類の比率の数値を掛け合わせただけで答を出そうとするのははたして正しい手法なのであろうか。
専門調査会では、@式において、vCJDとBSEの発症数の比率rをイギリスの場合でみているが、そのイギリスを対照に選んだ理由を明らかにしていない。00年10月15日時点での各国のr値はイギリスが約0,05%、アイルランドで約0,1%、フランスで約1%となっており、フランスでのrはイギリスの約20倍である。もしもフランスの場合を@式に当てはめると我が国でのvCJD患者の推定発症数は2,7人〜18人ということになり、これは無視しがたい数字であるといわねばならない。(報告書では、「このことを日本にあてはめると」とだけ書かれている。)
報告書の結論の(3)には、「さらに、検出限界以下の牛を検査対象から除外するとしても,SRM除去と言う措置を変更しなければ、それによりvCJDのリスクが増加することはないと考えられる。」としているが、そのあとで検査対象から除外してもよい牛の月齢を具体的に示すことはできない、「それが何ヶ月齢の牛に相当するのか、現在の知見では明らかでなく」と書いている。要するに、検出限界が10ヶ月齢か、20ヶ月齢か、30ヶ月齢であるかは不明だが、どの検出限界以下の牛を検査から除外しても、リスクは増大しない、と結論しているのである。普通に考えれば、除外するのが10ヶ月齢以下の場合と30ヶ月齢以下の場合とではリスクが相当に異なるはずであるが、リスクは増大しない、とのべている。いずれにしても検出限界を示すことができなければ、検査対象から除外する牛を具体的に指定することは出来ないのであるから、結局、現行の全頭検査の修正は不可能だということになる。
人のvCJDの発症に関連するのは、人の食生活環境での異常プリオンの分布と濃度の大きさであるが、異常プリオン濃度vPrを決定する要因は、人と同一フィールドに生息して牛肉などの媒体源を供給した牛など(註1)の単位面積あたりの頭数(x1)、飼育環境(x2)、飼育方法(x3)、飼料供給形態(x4)、異常プリオンを摂取する世代(x5)、遺伝学的特性(感受性)(x6)、異常プリオンの増殖促進、阻害要因(x7)、と殺処理方法に伴う汚染(x8)、BSE防除の体制(x9)などである。(註1:牛以外の羊などの哺乳動物が関与する可能性についての詳細は不明である。)
vPr=f(x1,x2、‐‐‐‐、x9)‐‐‐‐‐‐A
以上のA式での多変量函数でもあるx1〜x9の総合的な関与のありようによって決定される環境中の異常プリオンの負荷圧力vPrの大きさがBSEの発症数に関係してくる。さらにそのBSEの発症数に相応して異常プリオンの人の食生活への介入が行われることになる。そこでは人の食生活環境(y1)、食生活方法(y2)、牛肉供給形態(y3)、異常プリオンを摂取する世代間差(y4)、遺伝学的特性(感受性)(y5)、異常プリオンの増殖、阻害要因(y6)、vCJD予防体制(y7)などが総合的に関与する。そして結果的にその地域でのvCJD患者の発症数がきまってくるのである。
専門調査会のvCJD患者の発症予測の@式では,vCJDとBSEの発症数を単純に対比しているが、イギリスと我が国の、以上に示したようなx、y要因での相違点については全く考察されていない。あるいはx、yに関する科学的な資料が決定的に不足している現状では考察すること自体が不可能に近い、と言う事実を無視して結論だけを急いでいる。要するに専門調査会の、人の推定発症数についての@式はあまりにも単純で合理性を欠いているとしかいいようがない。
専門調査会は厳格なリスクアセスメントを実施する専門的な委員会でなければならないが、たとえば前述したように、フランスでなくてイギリスを対照に選んだ理由やイギリスと我が国のBSE、vCJDをめぐるxやyなどの要因に関わる環境や事情が同一であるとみなせる根拠などをどのように示すことができるのであろうか。
まして@式での発症予測の数字が政策決定の根拠として使われて、"全頭検査をやめても、あるいは月齢線引きを行って一部無検査の牛肉の輸入をしてもリスクはほとんど増大することはない"とするような考え方が全頭検査の緩和によるアメリカ産牛肉の輸入再開を促進する理由にされるとすれば、全く理解しがたいことである。食品安全委員会はリスクアセスメントを正確に行う組織として専門調査会からの報告の内容を慎重に、科学的に、論理的に再評価、再検討されるように希望する。
端的にいえば、BSE、vCJD問題の難しさは、現状では異常プリオンの定量的な取扱いが出来ていないことと感染、増殖のメカニズムや条件などの実態がほとんど明らかにされていないことにある。たん白質が病原体になるというまさしく前代未問の事実に戸惑うような現状のなかで、何かの推論を行うのは危険なことである。定量だけではない異常プリオンの定性さえも完全にはできない状況のなかで若齢牛の月齢線引きの可否を論じることには基本的に問題がある。合理性もない中で何となくイギリスの場合を対照にした不正確なリスク予測の結果が輸出入政策の決定にまで影響するのは決して好ましいことではない。
4 全頭検査体制を継続するべきである
我が国の現行の全頭検査の体制が完全なものではないことはわかっている。しかし、このシステムが最大限にリスクを排除するための可能性をもった方式として国民、消費者から高く評価されているという事実を無視してはならない。現状では、このシステムを変更することのできるような科学的な根拠を提示することは非常に困難であると思われる。
政府は、この秋を目途にアメリカ産牛肉の輸入を再開しようとしている。輸入牛肉は、現状において、日本固有の法律に基づいて、生産者と消費者の協力のもとで、コントロール可能な検査システムと認証体制のもとで流通している国産牛肉と全く同等な品質と安全性が保証されるものでなければならない。その意味では、アメリカの中小業界が日本向けの輸出牛肉に限って全頭検査方式を取り入れてもよい、と述べていると言う報道があることに注目したい。
全頭検査は異常プリオンによる汚染度の高い、すなわちハイリスクレベルの点源を個体レベルで可及的に発見するための手法である。我が国で、内外の専門家たちでさえ、全く予想もしなかった21,23ヶ月齢のBSE牛を、しかも11頭中2頭という高率で発見することができたように、月齢とは無関係に、現状で検知可能な異常プリオンの点源と集落を発見するための可及的ベストの方法であるということができる。
もしも、ある月齢以下のBSE検査をやめた場合には、その月齢以下でも発見できていたかもしれないハイリスク点源牛の周辺の問題集落牛が処理されないで生き残って、異常プリオンの増殖源となり、水平、垂直汚染の原因となり、やがて正常牛と同じ処理工程にのることになる。そして最終的に、その個体に含まれていた異常プリオンは危険部位除去操作の不完全性に起因する牛肉の汚染を引き起こす可能性を持つようになる。プルシナー教授らは微量ではあるが異常プリオンの筋肉部への蓄積もありうる、とのべているが、そのような牛肉の市場流通をふくめて、人の食生活環境中の異常プリオンの負荷圧力を増大させることになるだろう。
すべての方策の存在理由は環境や食品中の異常プリオン量を最小化するためにある。このHPにおいて、くり返し述べてきたように、検査法の感度や精度を上げるための定性、定量的な研究に精力的に取り組みながら、その成果を随時適用した全頭検査体制を推進して、異常プリオンの汚染点源や汚染ルートを排除するために全力を集中することが最も望ましい。
全頭検査体制は、現状では、安全、安心を保証するための最も費用対効果効率の優れた生産者と消費者のための方式である、ということが出来るだろう。(完)
(8月13日)BSE問題・なぜ全頭検査方式を主張するのか
藤原邦達
1 BSE問題に関する最近の情勢の整理
食品安全委員会のプリオン専門調査会では03年8月29日の第1回から04年7月16日の第12回まで13回にわたって審議を行い、この7月に「日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について」と題する報告書(たたき台)を公表した。この間にアメリカ産牛肉の輸入再開についてのアメリカ政府側からの強い働きかけがあり、日米政府間協議が行われた。日本政府は輸入牛肉についても全頭検査をするように要求したが、アメリカ側は全頭検査が科学的でない、サーベイランス方式(調査に必要分だけを検査する方式)で足りると主張した。
アメリカ側が全頭検査をするつもりがないとすれば、つぎの2つの形での輸入方式しかありえない。もちろん危険部位の除去を行った上でのことであるが、
@ すべての月齢の無検査牛の牛肉の輸入
A 一定月齢以下の無検査若齢牛の牛肉の輸入
日本政府としては、この時点でアメリカの要請を受け入れて、輸入再開をはかるためには現行の全頭検査を見直すことが必要であり、その場合、日米共通の検査基準を維持するためには、以上の@の場合は考えられず、Aの可能性を模索するしかない立場に追い込まれることになるだろう。
現行の全頭検査の体制でも、若齢牛では異常プリオン検査の感度が低く、感染を完全に検知できないという欠陥があり、したがって微量の異常プリオンを保有した若齢牛の牛肉が市場に流通している可能性があることは周知の事実になっている。アメリカ側は、それならばアメリカ産の若齢牛を無検査のまま輸入しても同じことではないか、という論理で日本の消費者を説得しようとしているのである。
しかし、そのためには、食品安全委員会に、次のことを明らかにしてもらわねばならない。
@ 現行の検査法には限界がある。
A 若齢牛を検査対象からはずしても、人でのvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の発症リスクは非常に低い。
B 若齢牛、無検査月齢の具体的な線引きをすることが可能である。
アメリカ産牛肉輸入再開問題で政府がアメリカ側の圧力を受けていたこの時期の専門調査会には、おそらく以上の3点についての見解が求められていたものと考えられる。
そして専門調査会の7月時点での報告書(たたき台)では、4、結論の(1)、(2)において、上記の@に答えている。さらに結論の(3)ではA、Bに答えて次のように記している。
「さらに、検出限界以下の牛を検査対象から除外するとしても、SRM(特定危険部位)の除去と言う措置を変更しなければ、それによりvCJDのリスクは増大することはないと考えられる。しかしながら検出限界程度の異常プリオンたん白質を延髄門部に蓄積するBSE感染牛が、潜伏期間のどの時期から発見することが可能となり、それが何ヶ月齢の牛に相当するのか、現在の知見では明らかではなく、vCJDのリスクの推定をさらに困難にしている。」
つまり専門調査会では、アメリカ産の若齢牛(ほとんどが20ヶ月齢以下だと言われる。)を無検査で輸入しても人のリスクが増大することはないと考える、としたうえで、しかし現状ではその若齢牛の月齢の具体的な線引きをすることは困難である、と答えているのである。
この報告書では、人でのリスクは少ない、と言う一方で,5の「おわりに、」の項で、次のように記している
。 「BSEは科学的に解明されていない部分も多い疾病である。このような多面性、不確実性の多いBSE問題に対しては、リスク管理機関は国民の健康保護が最も重要との認識のもと、国民とのリスクコミュニケーションを十分に行った上で,BSE対策の決定を行うことが望まれる。」
すなわち、BSE問題の多面性、不確実性についての注意を喚起している点に着目せねばならない。
以上のような専門調査会の報告書(たたき台)をうけて食品安全委員会がどのような見解を示すのか、さらに、この秋から年末にかけての牛肉輸入の再開をすでにアメリカ側に確約している我が国の政府がどのように対処するのかが注目されるところである。
2 全頭検査方式を維持する理由
1で示した今日的な情勢の中で、日米輸入再開交渉において、具体的にどのような検査方式を採用するのかが問題になってくる。アメリカ側は強硬に、若齢牛・無検査方式を主張してくるであろうが。これに対して、我が国は全頭検査方式を譲るべきではない。その理由を以下に示すことにする。
(1) 全頭検査方式では月齢線引きを必要としない
アメリカ側が要求する若齢牛の無検査方式では月齢の線引きをすることが必要になる。しかし特定の月齢を決定するための科学的な根拠試料が不足しており、その月齢以下の若齢牛を完全に無検査状態にすることについての不信感が残る。たとえば同じ月齢でも発育の早い牛と遅い牛とがあり、異常プリオンの増殖の度合いも、飼育の条件や牛の個体によって大きく異なると考えられるので、一律特定の月齢線引きが科学的に妥当であるかどうかについては疑問が大きく残ることになる。
また月齢の確実な認証のためには、いわゆるトレーサビリティーを確認するための制度的な体制整備が必要であり、アメリカの現状では準備のために相当な期間を予定せねばならない。日本向けだけでなくアメリカ全土の3500万頭にも及ぶ出荷牛についての月齢の認証を早急に行うことなどほとんど不可能に近いことである。
日本の全頭検査方式では月齢の認証などは一切不要である。
(2) 全頭検査は現行検査法の中での最善の方法である
たしかに今日の検査法は不完全であり、若齢牛での微量の異常プリオンの存在を証明することが出来ないことは認める。しかし現行の一次、二次簡易検査、精密脳組織検査法では今日時点で検証可能な最大限度でのBSE牛の発見が可能である。このことは我が国での全頭検査によって、従来は30ヶ月齢以下では検出困難とされていた21、23ヶ月齢のBSE牛が発見された事実によって見事に証明されている。
(3)全頭検査は汚染点源についての徹底調査の方式である
全頭検査には欠陥があるとしても、それは現状で追及可能な最大限の能力を発揮する個体別の点源調査の方法であることは確かである。点源調査を徹底して、異常プリオンの地域的な分布を明らかにして、厩舎、牧場単位での群体ごとの処理、予防対策を可能にする。それは、異常プリオンの汚染源、汚染ルートを突き止めて対策を実行するうえで、生産者、行政そして消費者にとってBSE根絶のための、現状では最善の科学的な方法である。アメリカが言うように、たとえば30ヶ月齢で線引きして、若齢牛を完全に無検査の状態に置けば、この月齢以下で発現した異常プリオンの集落に関する場所的な知見は全く得られず、したがって対策も講じにくくなることは明らかである。
(4) 全頭検査方式は安全、安心を保証する最善の仕組みである
全頭検査方式は我が国で実施されて非常に成功している。そのことは責任官庁である農水省,厚生労働省も熟知しているとおりである。それは完全な異常プリオン検査の方式ではないとしても消費者の安心と言う、BSE対策での最大の目的を達成している。そのことによって、若干の費用その他の負担を上回る生産、流通、消費面での、経済的、社会的な安定性を維持することに大きく貢献している。それは現状では費用対効用効率のもっとも高い方策である。したがって現状においてこの方式を改廃して無用の混乱を招くようなことはするべきではない。科学的な根拠が不十分な月齢線引きによって国産、輸入若齢牛の検査をやめて、消費者を不安に追いやるなど、全く愚の骨頂である。輸入再開をはかるとしても、後述するような、我が国と同じ全頭検査の方式の枠内で検討されるべきである。消費者の安全、安心に対する信頼を裏切るべきではない。
(5) 外圧による現行の全頭検査方式の変更には抵抗がある
アメリカ側の政治的、経済的な圧力によって、我が国の制度や方式が変更を余儀なくされることに対して国民、消費者の理解を得ることは一般に容易なことではない。ましてアメリカのBSE対策の不完全性についての疑惑が消えていない中で、科学的にも問題含みの月齢線引き若齢牛無検査の方式を採用して、国内では何の不満も見られなかった従前の、全頭検査の方式を廃止させられると言うことに違和感を持たされないほうが不思議である。国民、消費者の心情を無視することは許されない。輸出入問題では輸入国側の主体性が尊重されるのが原則である。その上で輸出国側の事情を勘案した現実的な対策が準備されるべきである。
2 アメリカ産牛肉の輸入再開のあり方
禁輸措置の継続は日米両国にとって不自然であり、好ましい状態ではない。一刻も早く解決の方策を見出さねばならない。
以下に輸入再開についての方策を示すことにする。
(1) 我が国の現行の全頭検査体制を堅持する。
(2) アメリカの対日輸出牛肉生産牛に限って、我が国同様の全頭検査を実施する。
(3) SRMの除去を徹底して行う。
(4) 検査済みの認証はアメリカ政府が行なう。
(5) 輸入検疫では検査済みの認証を確認して通関する。
(6) 輸入牛肉相当分の全頭検査のために要した費用は輸出、輸入業者が負担する。あるいは輸入関税の減額をはかる。
(7) 異常プリオン検査法の改良のために、日米両国が協調して取り組む。
幸いなことに、アメリカの対日輸出牛肉関連の中小生産者団体では、輸出牛肉関連の牛での全頭検査をしてもよい、とする申し出をUSDA(米農務省)に対して行ったと報じられている。(USDAと大手の生産者団体の反対にあって却下されたといわれている)我が国の牛肉輸入関連業界、外食チェーンの団体などではこうした情報に関心を持って、場合によっては日米関係業者が協力して全頭検査方式での輸出再開の実現方をUSDAに働きかけることが望まれる。我が国の政府としても、この方式の実現のために協力を惜しんではならない。
3 補足的な見解
(1)このさい農水省、厚生労働省などに求めたいのは、
@ 若齢牛の無検査月齢の線引きは、本来、全頭検査の実施を拒否するアメリカ側の態度によって生じた問題なのであるから、始めに、アメリカ政府に具体的な無検査牛の月齢の線引きとその根拠を示させるのが筋である。そのあとで、食品安全委員会がそのアメリカ案を評価検討して我が国の考え方を明らかにするのが順序である。日米交渉ではその主旨での働きかけをすること
A 食品安全委員会が最終的に無検査月齢の線引きが困難であると判断した場合には、現行の全頭検査体制を継続、維持すること
B 安全だけでなく、安心に関わる消費者の要望を理解して、現行体制を大きく変更して混乱を生じることのないような政策決定を行なうこと
C アメリカ政府との交渉では、対日輸出分に限定した全頭検査制度の実現を強く要望して、両国の生産者、消費者にとって最善の方式が採用されるように努力すること
D 検査方式の如何に関わらず,SRMの除去が確実に行われていることが必要である。処理場でのSRM除去作業のための監視、認証制度を確立し、作業施設、機器の確保を義務づける。さらに必要数の監視員の配置を行なうこと
E 異常プリオン検査法の改善のための研究を極力支援すること
(2)このさい食品安全委員会に求めたいのは
@ 若齢牛の無検査月齢の線引きを行なう場合にはその根拠を示すこと、月齢の具体的な線引きが出来ない場合にもその根拠を示すこと
A 我国が全頭検査方式を修正して若齢牛無検査方式を採用した場合の国産、輸入牛でのリスクを現行の全頭検査の場合と対比すること
B 牛肉輸入に関わる検査体制のあり方についての食品安全委員会の決定はOIE(国際獣疫事務局)などでの我が国を代表する見解となることに配慮すること
C 答申案の段階で、消費者との意見交換、質疑応答の機会を持つこと
重ねて言うが、現行の全頭検査方式は完全ではない。微量の異常プリオンの定性、定量検査法の確立が可能になれば、幼若牛であれ老齢牛であれ、個体レベルでの異常プリオンの保有状態が解明できる。肉骨粉の段階での異常プリオン保有の有無の検知も可能になる。将来的に、このような検査法が確立された時点での徹底したBSE対策はまさしく全頭検査方式によって行なわれるであろう事は明らかである。日米両国の研究者にとって、より完全なSRMの除去法の開発と、より簡便で精度の高い異常プリオン検査法の改良こそが現時点での最大の目標でなければならない。(完)
(8月9日)BSE問題・アメリカ産牛肉の輸入再開のために
―日米の牛肉輸出、輸入業者と消費者は協同、連帯しよう―
1 全頭検査方式によるアメリカ産牛肉の輸入再開のありかたは
日本向けの牛肉輸出を希望するアメリカの畜産農家、業者はつぎの方式に従うこととする。
(1) 処理場現場において、検査試料を採取する。
(2) 日本の全頭検査方式によるBSE検査を実施する。
(3) 検査で陰性と判定されたものには、USDAが輸出認証マークを発行する。
(4) 日本の検疫所では認証マークを確認したうえで通関させる。
(5) アメリカでの全頭検査、認証のために必要とされた費用相当分の関税を減額する。
無検査、月齢線引き方式の場合には公的な月齢の確認、保証をどうするかが問題となるが、全頭検査方式では月齢の認証措置を一切必要としない。また日本の全頭検査方式といっても一次、二次の簡易検査のほかに、精密検査としての脳組織異常の確認検査を受けるものは極めて小数である。したがって大部分の処理牛は事実上、簡易検査と認証マークの発行事務に要する若干の費用及び関連した実務を必要とするだけで従来どおりの輸出プロセスに乗せることが可能になる。
たとえば20ヶ月齢以下の若齢牛の無検査輸出が取り決められた場合には,20ヶ月齢の確認に要する手間と費用は相当なものとなることが予想され、USDAはそのための体制整備に取り組まねばならないだろう。その点では全頭検査方式では大部分が簡易検査の結果だけで輸出可能となる。したがって極めて簡単直裁であると言うことが出来る。
USDAが以上のような対日輸出分に限定した全頭検査の実施に反対している理由は明らかにされていないが、ひとつにはこのような全頭の徹底検査によってアメリカでのBSE牛の発生確率が上昇する可能性があり、もうひとつにはアメリカの消費者が対日輸出分以外のすべての国内消費牛についても全頭検査を要求してくるおそれがあるためではないか、さらに、その場合の負担増大を懸念する大手畜産業界の政治的な圧力があるためではないか、と推測される。
2 日米の牛肉輸出入関連業者が連帯して政府を動かそう
8月4日の政府と消費者側の意見交換会では、日本の消費者は若齢牛無検査輸入方式を望んではいない、圧倒的に現行の全頭検査体制を支持しているように見受けられた。食品安全委員会がどのような答申を行おうとおそらくこの状況はそう簡単に変わることはないであろう。農水省や厚生労働省も結局全頭検査体制を変更することは出来ないであろう。
一方で外食産業その他の牛肉関連業者では輸入再開についての要望が強く、安価で評価の高い、今では我が国の食文化の一部にさえなっている「牛どん」などの復活に対する要請が、特に働き盛りの人々の間に根強くあることも事実である。
そもそも輸入禁止などと言うような不自然な形態を放置しておくのは間違っている。我が国の畜産農家も何時までも現状に甘んじていることはよくない。禁輸措置は早急に解除されるべきである。
結局、残された方策は、前項で示したような、対日輸出分での全頭検査方式を採用することでしかない。この方式に基づく輸入の再開を実現するために、アメリカの対日畜産輸出関連業者の団体と我が国の外食産業、輸入関連業者の団体とが早急に直接話し合いの機会を持って、今後の対応について検討を開始せねばならない。その上で、いずれは消費者の代表も参加して、USDA、日本政府に対して全頭検査方式の採用による輸入再開をアピールすることが望ましい。
確かにアメリカの大手業界の反対があるかもしれない。しかし全頭検査体制は結局、BSEの点源調査であり、現状ではアメリカの消費者にとって、危険部位の除去とあわせて安全、安心を確保するための最善の手法であるということが出来る。他方で、日米の関係者が若齢牛での異常プリオン検査の感度や精度を上げるための研究を促進して、完全な異常プリオン防除体制を構築するために協力するべきであることはいうまでもない。(完)
(8月6日)BSE問題・無検査、若齢牛の月齢の線引きをどうするのか
藤原邦達
1 政府の意図するところは明白である
今回、政府が食品安全委員会の専門調査会に対して行なったBSE対策に関する諮問(註)は我が国独自の自発的な動機からではなく、アメリカ側の牛肉輸入再開要求をうけてなされたことは周知のとおりである。我が国が強硬に主張してきたはずの全頭検査方式に、あらためて「限界がある。若齢牛ではBSEの検出が困難である」などと言う、わかりきった報告をさせて、アメリカ側の主張に歩み寄りをはかったことも明白である。即ち政府は輸入再開のための政治的な意図のもとに食品安全委員会の機能を利用したといわれても仕方がない。政府は「検査しなくても人の被害はおこらない」と主張する研究者が主流を占めているような専門調査会であることを知ったうえで諮問したのであって、初めから「全頭検査には限界がある」とするような報告が出ることを予期していたはずである。
政府がつぎに、食品安全委員会に対して期待しているのは、アメリカが求める無検査輸入の実現のための、若齢牛の無検査月齢の線引きをすることである。前回の報告書では、この点には触れていなかったが、専門調査会では政府の要請に対して、「(月齢の線引きについて)検討する方向で努力する」意向を示した、といわれている。(朝日新聞記事)
(註)ここでいう諮問とは、専門調査会の場合には、行政側からの公式の設問を意味するものでなく、見解を求める、というほどの意味である。以下も同じ)
2 無検査月齢の線引きについての問題点
もしも専門調査会の報告を受けて食品安全委員会で無検査若齢牛の月齢線引きについての論議が行なわれるとすれば、以下の諸点について留意されることが必要である。
(1) 月齢線引きの動機が不純であってはならない
食品安全委員会でこのような討議を行うことがなぜ必要なのか。現時点において諮問を要するほど、月齢線引き問題がなぜ重要なのか。国民、消費者はどのような利益を受けるのか、などの論理が十分に理解されるものでなければならない。とりわけ輸入再開のためのアメリカ側の政治的な動機に迎合するようなものであってはならないだろう。
食品安全委員会は、なぜアメリカ産輸入牛肉のリスクについて先ず検討しようとしないのか、なぜ自虐的とさえ思える自国の方式の欠陥を始めに明らかにしようとするのか、などと言う消費者からの問いにも正しく答えねばならない。
(2) 月齢線引きの根拠が科学的でなければならない
別の小論で再三示したように、BSE問題には科学的に不明確な部分がなお多数残されており、専門家の見解も必ずしもすべての点で一致しているとは限らない。月齢の線引きのために利用可能な実験的、疫学的な研究報告も決定的に不足している。
象徴的であったのが、我が国での21,23ヶ月齢のBSE牛の発見であった。イギリス、EUなどでの18万頭に及ぶBSE牛での体験から割り出されたOIE(国際獣疫事務局)の30ヶ月齢以上の検査方式が、我が国の全頭検査方式による、わずかに11頭のBSE牛の発見によって完全に覆されたのである。
どのような仮定に基づいて論理を展開したのか、残された問題点は何か。全頭検査とその他の方式について異常プリオンの牛や人への移行、拡散程度を推測、比較せねばならない。現行のアメリカ方式を十分に解析して問題点を明らかにした上で、各種の検査方式で牛肉が輸入されてくる場合のリスク計算を行ない、現行の我が国の全頭検査方式の場合との優劣を対比することが必要である。
しかし、現状で入手できる科学的資料の程度では、精密な比較が困難であり、現時点での無検査月齢の線引きは不可能である、とするような結論が得られる場合も十分にありうるだろう。
(3) 我が国を代表する見解となることに配慮するべきである
今回もしも食品安全委員会が無検査月齢の線引きを含む一定のBSE検査方式についての結論を出した場合には、それはOIEなどの専門的な会合での我が国の主張の基調となるだろう。したがって当然、国際的な評価や批判に十分耐えられる水準のものでなければならない。
(4) 無検査牛でのBSEの発症があってはならない
一定の月齢以上の牛が検査されることになったとしても。その月齢以下の若齢牛についてのモニタリング検査や病死牛についての検査を行なうことが必要になる。このさい、たとえば20ヶ月齢で線引きをした場合に、17ヶ月齢のBSE牛が発見されるような事態がおこれば、影響するところは大であり、食品安全委員会は当然責任を問われることになるだろう。科学的な根拠が不十分な中で、月齢の線引きを強行すればこうした事態は必ず発生する。失われた信頼は簡単には取り戻せない。食品安全委員会の権威にかけても不幸な事態は回避されねばならない。
(5) 国民、消費者に信頼されるものでなければならない
全頭検査方式をやめて一定月齢以下での無検査方式を採用する場合には、国民的なコンセンサスを得るために努力することが必要になる。食品安全委員会が提示した報告書に対しては消費者側からの異議の申し立て、公開討論、公聴会開催の要請があると思われるから、これらを正確に受け止めることが求められる。食品安全委員会はリスクアセスメントだけをする組織ではない。総合的なリスクアナリシスをする組織である。リスクコミュニケーションにも確実に関与せねばならない。消費者の不安や不満を招くような結果にならない事が望まれる。
(6) 国産、輸入牛肉の検査方式のダブルスタンダードは認められない
国産、輸入牛肉に関わる検査体制は政府が主張してきたとおり、日米共通のものでなければならない。個別の牛での月齢の認証が確実で、国産、輸入牛肉が共通の取扱いを受けることが必要である。アメリカ側には、ほとんど従前どおりの検査体制を認めるものであって、我が国だけが全頭検査方式を放棄するという形での輸入促進政策はとるべきではない。我が国は輸入国としての主体性を放棄してはならない。アメリカ政府に対してだけでなく、アメリカの輸出関係業者に対しても納得できるような内容の検査体制であることが期待される。
(7) 審議の状況は公開されていなければならない
食品安全委員会での審議の状況は公開されていなければならない。専門調査会はBSE関連の専門家の集団であるが、食品安全委員会は必ずしもそうではない。したがってここでの論議では、専門調査会の報告に関わる論理の妥当性や科学的な根拠の有無、さらに推論や考察のあり方などを検証したうえで、最終的に国民、消費者の安全確保のためにどのような結論を出すかが重要な任務になる。こうした一切の審議のプロセスは完全に公開されるべきであり、どの委員がどのような主張を行ったかも明らかにされることが必要である。
とくに最終的な段階で各委員の賛否が問われる際に、食品安全基本法で定められた多数決でなくて、全委員合意での決定であることを要望したい。
3 食品安全委員会の答申の形について
答申の焦点になっている月齢線引きに関する食品安全委員会の結論の形は、つぎのいずれかになるだろう。
@ 無検査牛の月齢の線引きを、Xヶ月齢以下とする。Xヶ月齢以下の牛の牛肉については、国産、輸入の場合とも、無検査の状態での市販が認められる。
A 検討資料が不足しているので、月齢線引きについての結論は出せない。したがって線引きが可能となるまで、現行の全頭検査体制を維持、継続する。
@ の場合であれば、消費者側の了承を取り付けるために、食品安全委員会は公開討論、公聴会の開催についての請求を受けねばならない。意見交換や説明会では不十分である。現行の全頭検査体制を改めて無検査の牛肉を受け入れることについては消費者側からの相当な反対があることを覚悟していなければならない。一時的な市場の混乱もありうるかもしれない。Xの数値が大きいほどアメリカの政府側は喜び、日本の消費者側は喜ばない。とくにXが30以上の数字であればアメリカ側は日米交渉は成功であったというであろう。
我が国には、危険部位の除去さえ行えば,Xが20であろうと30であろうと、人でのリスクは生じないというような意見を持つ専門家がいるのであるから、Xが20〜30の間で線引きされるような場合が生じる可能性も想定しておかねばならない。 @の場合には、関係法規の改正という手続きが必要である。国会での与野党の質疑が必要になる。関係委員会の開催や参考人からの意見聴取も検討されることになるだろう。 Aの場合には、現行の全頭検査のままでよい。アメリカ側に対しては、対日輸出分の牛肉の供給源となる牛についての全頭検査を要求するとともに、検疫所での認証のあり方についての取り決めを必要とすることになる。アメリカ政府、業界の合意が成立すれば、輸入再開は可及的に早期に実現することになるだろう。危険部位の除去についても国産、輸入とも同一の方式が実施されることはいうまでもない。
前国会において、BSE問題の反省を受けて設置された食品安全委員会には食の安全、安心を実現するための運用が切望されている。その意味において、今回のアメリカ産牛肉の輸入再開問題に関わる検査体制をどのように構築するかということが国民、消費者の注目の的になっているのも当然のことであろう。今後の事態の推移を冷静に見守りたい。(完)
(8月3日)BSE問題・食品安全委員会にはリスク最小化の方向性を求める
―誠実にリスクアナリシスを実施せよ―
藤原邦達
BSE対策の目的は牛のBSEを、そして、ひいては人のCJDを予防することである。もっと正確にいうならば、BSE、CJD共通の病原体であるとみなされている異常プリオンの増殖、拡散を防止することである。だからこそ、検査を実施して、汚染源や汚染ルートを発見し、予防対策を講じること、輸入であれ、国産であれ、市場に異常プリオンを野放しにするのを極力防ぐことが求められているのである。
ところで、食品安全委員会には、つぎの各場合について、BSE牛が発見される確率Aを算出されるように求めたい。
@ 事実上、無検査の場合(AX)
A 同じく30ヶ月齢以上の検査を実施する場合(A30)
B 同じく20ヶ月齢以上の検査を実施する場合(A20)
C 同じく10ヶ月齢以上の検査を実施する場合(A10)
D 全頭検査を実施する場合(A0)
リスクアナリシスの専門家であれば、アメリカ、日本の諸条件を考慮して一定のリスク計算を実施することが可能であろうが、数値の大きさはともかくとして、結果はつぎのようになるはずである。
A0>A10>A20>A30>AX
我が国で、21ヶ月齢、23ヶ月齢のBSE牛が発見されたということは,A20の場合なら発見されていたが、A30やAXの場合には発見されていなかったと言う事である。
BSE牛が発見できない確率は、その逆に、つぎのようになる。
AO<A10<A20<A30<AX
BSE牛が発見できないということは異常プリオンが野放しになるということである、汚染源、汚染ルート対策を講じることが出来なくなるということでもある。市場に異常プリオンを含む牛肉が出回るということでもある。
行政側ではここで、危険部位を除去するから心配要らない、というだろう。しかし危険部位さえ除去すれば問題がないというのは、AXの場合でも心配するな、というアメリカ側の論理である。異常プリオンに汚染された牛の場合には、危険部位除去の際の牛肉への移染の可能性があり、プルシナー教授のいう筋肉部分への微量の蓄積の疑いも残ってくる。BSE牛が発見できれば同一厩舎の牛の群体への処置もできる。発見されなかったBSE牛が異常プリオンの垂直、水平汚染を促進する可能性もある。リスクの数値は小さくても、リスク最小の場合を選ぶのにこしたことはないのである。
アメリカ側は現状のAXの場合を改めてA30の場合にした上で、輸出を認めよ、といっている。(これには相当な期間を必要とするであろう。この秋には輸入再開などとんでもないことである。)A20の場合ですら嫌がっている。(もっともA20の場合なら、幼若牛の出荷がほとんどだ、とされているアメリカでは事実上無検査ですむことが多い、とも言われている。)我が国は現在A0の場合という最もBSE発見率のよい状況にあるが、食品安全委員会の専門調査会はなぜかこのA0の場合をやめて、どこかに線引きをし直そうとしている。それは奇妙なことにBSEが発見しにくい側へのアプローチなのである。日本の消費者も生産者もAOの場合が気に入らない、負担が重いなどといったことはない。検査法に限界があることはわかっている。それはA10でもA20でもA30,AXでも同じことである。いずれにせよAOは異常プリオンが野放しになるリスクが最小の場合なのである。
政策はすべからくリスク最小化の方向性を重視して立案されるべきである。アメリカの消費者のためにも、リスク最小化の施策を採用するようにアドバイスするべきである。
異常プリオンの拡散を防止するうえで、我が国は最善とされる輸入政策を選ぶべきである。繰り返し述べてきたように、国内的にも、異常プリオンに関わる検査法の改良をとおして、より効率的な予防法が確立されるように努力せねばならない。既存の全頭検査体制を放棄する必要はない。アメリカに対しても少なくとも輸出分については全頭検査を求めるべきである。
食品安全委員会には、誠実、冷静にリスクアセスメントを実施されて、このさい異常プリオン対策としてのリスクが最小であるとされるような施策を勧告されるように期待してやまない。(完)
(8月1日)BSE問題・若齢牛の無検査月齢の線引きは不可能である
―とくに消費者側の政策選択のありかたが問われている―
藤原邦達
政府はアメリカ側の主張を容れて、全頭検査体制を修正し、若齢牛の無検査輸入を認める線で、この秋にも合意する方針であるといわれる。結局、残された問題は無検査で輸入する牛肉牛の月齢を何ヶ月以下にするのかという一点に絞られてきた。
食品安全委員会の専門調査会では若齢牛を検査対象から外す報告書案を7月16日に公表したが、この中でも検査を除外できる月齢は示さなかった。そして「今後その評価の努力はする」として、先送りされた結論が出るのは9月以降と見られているという。(7月23日朝日新聞記事)
無検査月齢が決まらなければ、輸入再開は出来ない。
実は月齢の線引きというのは極めて困難なことである。従来、BSE問題での世界的な規範を示してきたOIE(国際獣疫事務局)では、イギリス,EUなどでの体験をふまえて、月齢30ヶ月以上の牛の検査を勧告してきた。ところが我が国で、無意味であるなどと専門家たちから再三批判されてきた全頭検査体制の下で、実際にこれまで発見された11頭のBSE牛のうち、その2頭が21,23ヶ月齢であることがわかって、関係者を驚かせた。約18万頭のBSE牛が出たヨーロッパでの体験をふまえて線引きされた30ヶ月齢よりも約10ヶ月齢も低いBSE若齢牛が発見されたのである。おそらく我が国の専門家でも、このような学問的な常識を完全に裏切るような事態が出現することを誰ひとりとして予想していなかったに違いない。
月齢の線引きは難しい。かりに何ヶ月齢かで無検査の線引きをしても、死亡、事故、病疾患等が原因でその月齢以下のBSE牛が発見されるような事態がおこれば、そのような線引きをした関係者は責任を問われるだろう。政府は食品安全委員会が月齢の線引きを行うように期待しているが、はたして科学的な根拠に基づいた線引きは可能なのであろうか。
2 何を問題とした月齢なのか
予防衛生学的に問題とされる状態を正確に定義した上で、その状態に到達していないと確認される時点での牛の月齢を決めて線引きをせねばならない。BSEを発症していない月齢なのか、異常プリオンが証明されない月齢なのか、人への感染との関連でBSEについての発症や問題状況を定義することは非常に困難な作業である。任意の生体組織において、微量の異常プリオンを定性、定量することは現状では不可能である。顕微鏡下での脳のスポンジ状変性を月齢線引きに関わる問題状況とみなしもよいのかどうかにも問題がある。その月齢以下の若齢牛を無検査にするというためには、人での発症との関連で、その月齢以下の牛の牛肉の摂取が無害であると言う証明を伴わねばならない。その意味において、科学的な根拠のある月齢の線引きというのはそれほど簡単なことではない。今回、日米政府はそのような無検査若齢牛の月齢の線引きを行なって輸出入を再開しようとしている。そのために我が国の政府は食品安全委員会に月齢の線引きをさせようとしているのである。
3 無検査若齢牛の月齢の線引きは可能なのか
本来はBSEが発症していない月齢でなくて、異常プリオンの蓄積が問題にならない月齢を求めねばならないのであるが、そもそも定性はともかく定量が出来ない現状で、異常プリオンの蓄積状況をどのように計測することが出来るのであろうか。さらに人の変異型CJDの発症の危険性がある異常プリオンの最小量についての科学的に信頼できる知見があるのだろうか。実際には脳にスポンジ状の組織異常が見られるかどうかを問題にするのであれば、これまでに月齢の推移と脳組織異常の進行についての相関性を調べたような信頼できる研究報告があるのだろうか。たとえば、統計処理に耐えられる匹数の生後すぐの幼牛に一定量の異常プリオンを含む肉骨粉を投与して、月齢の経過にそって数匹ずつ剖検し、脳組織の異常を確認する、そして始めて症候が見られた時点での月齢を知る。このような壮大な研究計画を立案して実施することがはたして可能なのであろうか。検定可能な匹数をそろえて2年以上にわたって剖検、組織検査を実行し、健康状態を仔細に観察するような実験を行うのが容易でないことは明らかである。ラット等を実験に使用するとしても、その結果を牛の場合に外挿することも不可能に近い。
したがって政府が求めている月齢の線引きを可能にする上で参考資料にできるような研究報告はおそらく存在していないであろう。小数例でなくて統計処理に耐えられるような研究を実施することが非常に困難であるからである。
一般に、BSE発症月齢に関係する要因は以下のとおり多数存在する。
(1) 牛の品種、遺伝的な素因の相違
牛の異常プリオンに対する感受性と品種、遺伝的な素因などとの関連性は全くといっていいほどわかっていない。雌雄差についてのデータもないといってもよいだろう。しかしおそらく遺伝的な素因が異常プリオンに対する感受性、ひいては発症に関係すると考えるのが順当である。
(2) 牛の飼育、肥育条件の相違
発育の状況は飼育、肥育の条件で決まる。月齢のわりに成育状況がよい、悪いということがある。かりに20ヶ月齢で線引きしたとしても、18ヶ月で同様な成育をしていて発症する牛があるかもしれない。たとえば、成長ホルモン剤を使用して発育速度を早めた場合を考慮するようなことは事実上不可能である。成長ホルモン剤とBSEの関係などまだ誰も調べたことはない。無検査月齢の線引きなどということには、たえずこのような問題が付きまとっていてそれほど単純なことではない。
(3) 異常プリオンの初期感染濃度の相違
肉骨粉であれ、代用乳であれ、幼牛期に摂取した異常プリオンの量が発症月齢に関係する可能性があると考えられるが、このことを証明するような科学的な資料はない。しかしおそらく感染量が多かった牛の発症は早いと思われるので、一定の月齢で線引きすることは初期感染濃度が相違している場合には実際上ほとんど無意味であると思われる。
(4) 異常プリオンの感染時期の相違
同一量の異常プリオンをどの時期に摂取するようになったかが発症月齢に関係する可能性がある。しかしこのことを証明するような科学的な資料はない。感染時期が相違している状況下での月齢線引きはおそらく無意味であるといえよう。
(5) 異常プリオンの摂取形態の相違
異常プリオンを含む肉骨粉などを一時的に大量に摂取した場合と微量長期間摂取した場合に、発症月齢がどのように変化するか、を示す研究資料が必要である。
(6) 基礎飼料の相違
同一量の異常プリオンが摂取される場合であっても、基礎飼料の相違が発症時期に関係する可能性があるが、これを証明する研究報告はない。異常プリオンをふくまない肉骨粉の投与によって共食い状況が発生するが、このことがどの程度発症に関連するかも明らかではない。
(7) 健康状態の相違
飼育牛の健康状態と発症月齢との関係は不明である。虚弱牛のBSE発症が早いのか、そうでないのか、と言う問いに答えられる専門家はいないであろう。一概に健康状態といっても患畜の症状は多種多様である。現実に飼育牛の健康状態は千差万別であって,BSEの発症時期との関係が問題になりうる。このような状況下に一定月齢の線引きが可能であるとはいえない。
(8) 飼育環境条件の相違
厩舎、牧場などでの飼育環境の相違がBSEの発症に関連するかどうかも明らかではない。
(9) 未知の発症促進要因の存在
BSEの発症促進に関連する未知の要因が存在する可能性もある。BSEの病理には今日でも未解明の部分が多いことを認めねばならない。
輸入再開となれば、全米各地の品種、素因、肥育方法、飼料、厩舎などの諸条件が全く異なった若齢牛の牛肉が取り扱われることになる。したがって、以上に述べたような理由から、ある特定の月齢で無検査若齢牛のための線引きを行なうことは学問的にも、実際的にもほとんど無意味であると思われる。
4 結論
(1) 科学的な根拠に基づいた無検査若齢牛の月齢の線引きを行うことは不可能であり無意味である。食品安全委員会は科学的な論理を重視する学識経験者の組織として、このことをはっきりと認めねばならない。政府は無検査若齢牛の月齢の線引きを食品安全委員会に諮問することを断念するべきである。
(2) もしも政府が食品安全委員会に月齢線引きに関して諮問を行なった場合には、各委員は現状では月齢の線引きのための理論的、実際的な根拠が明確でないことを明らかにして、具体的な答申を行うことが困難であると結論するべきである。
(3) 現状では、アメリカ政府が認証するという輸入牛肉の無検査若齢牛の月齢を信頼することは出来ない。アメリカ側の認証体制はまだ整備中であり確立されたものではないからである。
(4) 輸入検査体制では輸出国側の認証を信頼するという原則があることは認める。しかし同時に、輸入国側が抜き取り、モニタリング検査を随時行なうことも可能でなければならない。にもかかわらず、今回のアメリカ産輸入牛肉の場合には、月齢、その他の安全性の確保に関わる一切の事項についての我が国独自の検証が不可能であり、全く輸出国側の認証を一方的に信頼するしかないという状況に置かれている。このような主体性を欠落した輸入検疫の体制では、国民、消費者の信頼を得るのは至難のことであるといわねばならない。
(5) 結論的に、政府は無検査若齢牛の月齢線引きによる輸入再開を断念するべきである。そして従前の全頭検査体制を継続し、輸出分についての全頭検査をアメリカ側でも実施して、合格分の牛肉についての輸入再開を認めるようにする。もちろん危険部位の除去は厳格に実施する。あわせて日米両国とも異常プリオンの定性,定量法の開発研究を促進して、輸出入、国産牛肉市場での製品の安全管理が可能になるような体制をつくるために全力をつくすべきである。
(6) 我が国の消費者団体は無検査若齢牛の月齢線引きによるアメリカ産牛肉の輸入再開を安易に認めるべきでない。同時に我が国の現行の全頭検査体制を放棄するべきではない。科学的な根拠に基づき、同時に社会的、経済的な混乱を予防するために、どのような政策の選択が最も優れているかを、このさい慎重に考慮せねばならない。(完)
付記:この小論をお知り合いの専門家、政府関係者、消費者団体関係者の方々にご紹介ください。今は非常に重要な時期であると思います。
(7月28日)BSE問題・消費者側はリスクコミュニケーションにどう関わるのか
―8月4日の意見交換会のために―
藤原邦達
来る8月4日、東京で、アメリカ産輸入牛肉問題についての、厚生労働省、農水省と消費者団体との意見交歓会(リスクコミュニケーション)が行われる。消費者側にとっては、この問題についての初めての公式な意見表明の場となる。
輸入牛肉問題についての対応のあり方については、昨日までの私が主宰するHPのなかでいくつかの見解を示しておいたが、消費者側として、今回は、このリスクコミュニケーションに際して、どのようなことに配慮していなければならないのか、を考えてみよう。
1 消費者はリスクコミュニケーションの主体なのか、客体なのか
たいていの場合、リスクコミュニケーションの場は行政側が設定する。消費者団体は招かれて出席する。行政側は、報告、答申のあった専門家の見解などを持ち出して消費者側の意見を聞く。もちろん召集されなかった、あるいは出席しなかった消費者団体の意見は無視される。発言しなかった消費者団体は反対しなかったから、賛成したものと見なされても仕方がない。問題を提起して、召集して、意見を聞き、会場の様子を観察して、そして反応を見る、それらはすべて行政側が主体的にすることになる。
そこで行われた議論が生かされて、行政側の予定されていた路線が修正された、というような事例は極めて稀である。行政側としては、リスクコミュニケーションの場を持った。消費者側の主張を聞いた(聞いてやった、)という既成事実だけが残れば、それで十分なのである。意見交換会という一種の通過儀礼を済ませれば、それでよい。よほどのことがなければ、行政の方針、方策が公認されたと見なす、そのような事例が余りにも多すぎる。
数多くの例証がある。最近では前国会の食品安全基本法案、食品衛生法改正案の審議の過程で、行政側と消費者側の意見交換の場が何回か持たれた。国会でも参考人質疑が行われて私も招かれて意見陳述をする機会があった。しかし与党と内閣府が作成した法律の原案は事実上全く修正されることもなく採択されてしまった。結局、リスクコミュニケーションは形式だけのことだった。
行政側だけを責めることは出来ない。意見交換の場に招かれた消費者団体を代表するはずの人物がほとんど個人的な意見をのべているとしか思えない場合があった。権威や体制へのすりよりが疑われかねないような所論を述べるものもいた。草の根の消費者は、組合員たちはそうは思っていないのではないか、すくなくとももっとよく聞いてからにしてほしい、といいたいような意外な所感を語る人もいた。主宰した行政側では、鋭い批判や反対意見は度外視して、意見交換や参考人質疑が終了すれば行政側の意図がおおむね理解されたと、かってに結論づけようとしていた。
最近になって金科玉条のようにいわれるようになったリスクアナリシスは、実はあくまでも運用、管理、規制の権限を持った体制側が設定するシステムであり、仕掛であって、リスクコミュニケ―ションはその一環として位置付けられていることを認識していなければならない。
2 リスクアセスメントの仮定部分を見逃すな
リスク発生確率の計算の過程には、通常、いくつかの仮定部分が含まれている。研究が不完全で不確定な要因が残されていても、一定のルールのもとで結論が出される場合がある。たとえばその典型的な事例が、食品添加物、農薬、工業化学物質などのADI(一日摂取許容量)やTDI(一日摂取耐容量)である。実際にこれらの化学物質の人体影響が問題になるのは、食生活の現場での複合的な影響であるにもかかわらず、動物実験での単品投与によって得られたNOEL(最大無作用量)に、ほとんどの場合、慣例的に100分の1の安全率をかけてADIが算出されている。複合毒性は問題外にされており、安全率の大きさを決定する理論的な根拠も見当らないのである。
BSE問題で人の変異型CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)の発生確率を計算する場合でもそうである。民族的、個人的なDNAの形質差や感受性の相違、最小発症量をどう見るのか、これは相当な未解決の難問である。しかし、こうした問題は差し置いて、イギリス、EUでのBSE牛、CJD患者の発生数を対比して、リスク計算が行われて、「日本では全頭検査をやめても被害者は一人も出ない」などと言う大胆な結論が出されてしまう。BSEの証明か可能な牛の月齢はつい最近までEU初め世界的に30ヶ月というのが定説であった。しかしこれは、無意味だといわれてきた我が国の全頭検査の実施によって大きく覆されてしまった。何時の時代でも、科学に不確定部分や仮定はつきものなのである。
安全性はリスクアナリシスによって確保されると信じている人が多いが、その安全性を評価するリスクアセスメントが万全、絶対的であるとは限らないことを認めねばならない。
私は最近、消費者団体の中に、リスクアナリシス依存症とでもいいたい人々が増えてきていることを心配している。
3 「安全だから安心してもよい」とする短絡的な論理ではいけない
たいていの場合、行政側には、専門家に委託して行った結果によれば、この施策のリスクは非常に低い。だから実施しても問題はない。だから消費者は安心してもよいのだ、とする思い込みがある。
安全と安心は全く違った概念である。安全は定量化できる知的な次元のものであるが、安心は、本来、定量化が困難な、いわば心情的な次元のものである。行政や専門家の側では、しばしば消費者は「安全なのに不安がる」などという。そして、そこから生じる社会的、経済的な混乱を風評被害などと呼んでいる。消費者を無知、蒙昧の輩であると錯覚する。そうした消費者を啓蒙せねばならない、本気でそう思っている人たちがいる。リスクコミュニケーションが消費者の意見に学ぶためにこそ必要であるとする認識がない。だから行政側の施策の原案や法案などが消費者の意見に沿って撤回、修正されたためしがないのである。
安心は、感情的なものであり、人間的なものである。だからこそ、外圧や利害の絡んだ動機によって、既存の国家的な路線が捻じ曲げられたような場合には、「安全だから安心せよ」、などといわれても、そう簡単には納得、得心できない。安心するためには、そのような状況を作り出した相手方に対する理解、信頼というような心情的な環境条件が満たされることを必要とするのである。
リスクコミュニケーションとは、安全の確保をとおして、安心の境地に到達するための、専門家と行政と消費者の合意形成を目指した取り組みでなければならない。
4 安全性だけが問題なのではない
食品添加物の認可のための審議の過程では、安全性だけでなく有用性、必要性についても評価される。政府が輸入牛肉問題についての一定の施策を実施する場合には、安全性以外に、消費者にとって、その措置が有用であるか、必要であるか、そして経済的であるか、などの多角的な評価を受けることが必要である。
現行の検査体制を修正して、若齢牛を無検査状態に置くことが消費者にとって本当に有用であるのか、必要であるのか、についての論議はまだ済んではいない。有用の反対は無用であり、必要の反対は不必要である。現行の全頭検査には限界がある。それは認めよう。しかし、全頭検査の能力いっぱいの機能を引き出しながら、対応することは若齢牛を無検査状態に置くことよりも、「より有用」なのではなかろうか。
たかが1,2時間の消費者との意見交換の場を設けて、「消費者の意見を聞いた、おおむね好意的であった、行政側の施策を理解してもらえた。」などと言うのは慎むべきことである。もっとも、「おおむね好意的」などと思わせるような意見表明をしたほうにも、大いに責任があるのだが。
5 政府は先ず始めに十分説明せねばならない
政府はこれまで全頭検査が英仏独等のEU諸国よりも優れた方式である、と説明してきた。国民、消費者もそう思っていた。ところが、今回は、その全頭検査体制をやめて、国産、輸入ともに若齢牛を無検査で市場に出すことを納得してほしい、つまり率直にいえば、アメリカ側の圧力に屈して、そうすることを認めてほしい、というのである。(この線で日本側が妥協したことを私はかって自虐的合意であると呼んだ。)
しかし、その前に、政府には、国民、消費者に向かって、説明せねばならないことがある。それは「なぜ輸入分の牛肉に限って、我が国同様の全頭検査を実施させることが出来ないのか」ということである。
アメリカの中小牛肉輸出業者の団体では、対日輸出分については全頭検査をしてもよい、といっている。全頭検査は汚染の点源調査に役立つのであって、アメリカのBSE対策にも寄与するだろう。全頭検査には月齢の線引きという厄介な問題もない。検査の費用は我が国の政府や関係業界、そしてひいては消費者が負担してもよいだろう。それは現行の全頭検査体制を混乱させるよりもはるかに効果的な、現状では最善の施策である、といえるからである。
我が国の大方の消費者団体では、なぜ自国の制度を曲げてまで、外圧に妥協して他国の方式に従わねばならないのかを疑問視している。私はそう思っている。
消費者側との意見交換会を主催する政府側の本心はみえみえである。政府は、すでにこの秋までに牛肉輸入について日米の合意を得る、年末までに輸入を再開する、と約束してしまっている。その上で、若齢牛の無検査輸入問題に関する消費者側の賛成を取り付けよう、少なくとも現時点での反応を見ておこうというのである。
8月4日の意見交換会では、どの消費者団体がどのような意見をのべるのか、どの組織が消費者、組合員の心情を最も正しく吐露することになるのかに注目しよう。
同時に、その事をとおして、消費者側のリスクアナリシスについての理解の程度が問われていることも忘れてはならないだろう。(完)
この小論をお読みいただいた方々へ:
この小論を8月4日の意見交換会に出席される方々にぜひとも紹介してください。読んでから意見を表明するようにおすすめください。
(7月27日)BSE問題・消費者側の政策提言のあり方について
藤原邦達
牛肉輸入再開問題についての日米の協議がいよいよ大詰めを迎えようとしている。政府は、全頭検査の手直しという、アメリカ側の主張とほとんど同様な、食品安全委員会の専門調査会の報告を受けて、この秋にも決着を目指しているという。食品安全委員会の結論はまだ出ていないが、問題は消費者側が全頭検査の手直しについてどのような反応を示すのかという点であり、8月4日に予定されている消費者側との意見交換会(リスクコミュニケーション)での成り行きが注目されている。
消費者側が政府の方針に賛同するならば、この年末にも、アメリカ産牛肉の輸入が再開されることになる、といわれる。
今は日本の消費者側にとって非常に大切な時期である。この機会に私の見解を示しておこう。
1 既存の状況の整理
(1) 輸入禁止措置を何時までも継続することは好ましくない。できる限り混乱を生じない形で、現状は早急に打開されねばならない。
(2) しかし、そのためには我が国の消費者の安全と安心が保証されるための、リスク最小化(安全性最大化)路線が採択されねばならない。
(3) 国産牛肉、輸入牛肉についてのダブルスタンダードは許されない。同一検査、同一基準によって処理されて、消費者に提供されねばならない。我が国の消費者は現実に現行の全頭検査体制に特段の不満を感じているわけではない。
(4) 現行のBSE検査法や全頭検査体制は不完全ではあっても、能力限度いっぱいの成果をあげることが出来る。ある月齢で線引きしてそれ以下の若齢牛を無検査にするよりは、全頭検査は「よりよい施策」であると考える。
(5) 全頭検査体制は完全ではないが、異常プリオンによる汚染点源、汚染ルートを知るための現状での最善の方法である。発見された汚染地点周辺での予防対策が可能となる。
(6) 無検査のための月齢の線引きは現状では困難である。科学的な確実な根拠がないからである。ましてアメリカ側が主張する30ヶ月齢以下無検査の線引きは論外である。21ヶ月齢、23ヶ月齢BSE牛が発見されているからである。
(7) 30ヶ月齢以下、20ヶ月齢以下無検査の場合と全頭検査の場合の牛肉のリスクの比較が可能であるか。
(8) 人での発症リスクの算出は慎重にする必要がある。イギリスなどでの発症事例を我が国に適用するためには、九大立石名誉教授らの「日本人には、プリオンが体内に入ると発症しやすい遺伝子タイプが多い」とする説なども重視せねばならない。民族的、世代的な、あるいは性別、労作別での感受性の相違、最小発症量の偏差などが現状では十分に把握されていない中で、リスク計算をすることは無謀であると思われる。理論的な根拠に乏しい、仮定の多いリスク評価は政策根拠にはなり難く、有害な結果を生み出すことを忘れてはならない。
(9) 検査法を含む現行の政策を変更した場合に、どの程度の、ヒトでの発症リスクの変動があるのか、を明らかにせねばならない。
(10)アメリカの中小牛肉輸出関連団体では、輸出牛肉に関しては日本と同様な全頭検査をしてもよいといっている。また米食肉大手のタイソン・フーズ社(対日輸出分の約4割を占めていた。)の労働組合関係者も全頭検査を行なわない会社の方針に批判的な発言をしている。米民主党の調査団でもアメリカ政府のBSE対策が不完全であるとのべている。そのような背景のなかで、我が国がアメリカ政府の要請に妥協的な政策変更をあえてする必要はないと考える。
(11)政策変更に伴う消費者の不安、波及する市場での混乱をどう予測しているか。もしも日本、アメリカでの若齢BSE牛の無検査放置政策が実施された場合には、そのことがBSE対策として本当に信頼できるものであったかどうかが問われ続けることになるであろう。
2 消費者側からの政策提言
(1) 従来どおりの全頭検査体制を継続する。若齢牛、無検査のための月齢の線引きは科学的な根拠に乏しいので、行なわない。アメリカ側が主張する30ヶ月齢以下無検査などは全く受け入れられない。
(2) 現行全頭検査の可能性をつくして、汚染点源の摘出、汚染ルートの解明につとめる。
(3) アメリカ産牛肉の輸入再開を促進する。そのために日本向け輸出分については我が国と同様な全頭検査を実施する。当面は我が国の政府、業界が検査費用などの支援を行う。
(4) 現行の検査法の限界は認める。全頭検査が完全であるとは思わない。したがって緊急に検査法の改良に取り組むべきである。すべての月齢での感染、あるいは生牛からの採取試料、肉骨粉、牧場、厩舎などからの異常プリオンの検出可能な方法を開発するために全力をつくす。
(5) 危険部位の除去に関しては、従来以上に徹底をはかる。アメリカ産輸入牛肉についてはアメリカ政府の公的な認証を求める。
日米の畜産事情は質的、規模的に非常に異なっている。たとえばアメリカが日本と同様な全頭検査体制を直ちに全国規模で実施することは困難であろう。しかしEU並みのBSE対策さえもとられていない、などといわれている現状については率直に改善することが必要であり、その上で、対日輸出分(全生産量の数十分の1程度)については、日本同様の全頭検査を実施することが日米両国にとって最も望ましい、現状打開のための解決策となるであろう。
我が国の消費者側には、このさい、もっとも安定、堅実で整合性のある政策提言を行うことが求められている。(完)
(7月24日)BSE問題・輸入再開政策に期待する
アメリカ産輸入牛肉問題は輸入再開の方向で進んでいる。食品安全委員会の専門調査会の報告書案では「全頭検査に限界がある」、と結論した。これはアメリカ産輸入牛肉に対して全頭検査を求めてきた我が国のこれまでの姿勢を自ら否定する内容になっている。言い換えれば、若齢牛の輸入に反対する根拠を自ら放棄したということである。このままではこの秋には、アメリカ側の主張が通って、輸入が再開されることになるだろう。
食品安全委員会は食品の安全だけでなく、最終的に消費者の安心を保証するためにこそ設置されている。
食品安全委員会の報告を受けた段階で、農水省はアメリカ産輸入牛肉問題に関して以下の点について改めて配慮するべきである。
1 安全性を保証する論理として万全であるか
(1) 全頭検査を行なわない若齢牛を何ヶ月以下で線引きするのか。そのための合理的な根拠が提示できるか。
(2) 現行の、あるいは予定されているアメリカ側の新規な措置が講じられた場合に、アメリカ産輸入牛肉と国産牛肉の人でのCJD発症リスクは同一であるといえるのか。高年齢者、低年齢者、妊産婦、乳幼児にも影響がないといえるか。
(3) 若齢牛での全頭検査体制を廃止した場合にリスクの変化は見られないか。
(4) 検査を行なわない若齢牛に由来するリスクはどのように算出されるか。
(5) 異常プリオンの最小発症量をどう見ているのか。
(6) 月齢の認定は確実であるか。危険部位の除去にもミスはないといえるか。
2 消費者の安心につながる政策であるか
(1) 国内で全頭検査をやめた場合に、消費者に動揺が見られないか。結局、検査未了の牛肉の市場価格は低下するのではないか。
(2) 無検査で輸入される若齢牛について、消費者の反応をどう予想しているか。
3 国内生産者側の要請に答えているか。
4 社会的、経済的な混乱につながることはないか。
5 国益にかなう措置といえるなか。
私は輸入再開を絶対に否定するものではない。永久に輸入禁止が続くとも考えたくない。しかし、何時の場合でも消費者の安全と安心を同時に確保するための政策が確立されていなければならない。そのために以下のことを提案する。
我が国の全頭検査方式は予想されなかった低月齢BSE牛の発見をもたらした。現時点であえて若齢牛の無検査月齢の線引きをした上で、無検査の国産、輸入若齢牛を市販することになるよりも、このまま全頭検査方式を継続して、予想されない月齢でのBSE牛の発見のために能力いっぱいの寄与をさせる方が消費者の安全、安心の確保につながり、政策変更に伴う無用の混乱も回避出来るものと思われる。もちろんこの間に検査法の改善に努めて、若齢牛に関しても検出可能な感度、精度を実現するように努力する。その上で、汚染源、汚染ルートの解明や汚染点源の消滅のために寄与させる。
アメリカ側に対しては、少なくとも輸入牛肉に関しては我が国と同様な全頭検査の実施を要請する。その代わりに検査済みの牛肉に関しては若齢、高齢牛を問わず輸入を許可するものとする。危険部位の完全除去はいうまでもないことである。
問題は現実的な政策提案が可能かどうかである。我が国の消費者の安全、安心が守られて、同時に国際的な係争を回避することが出来る方策を見つけるために全力を傾注してほしい。(完)
(7月17日)BSE問題・食品安全委員会専門調査会の報告書案を批判する
藤原邦達
7月15日、「食品安全委員会の専門調査会はBSE対策として実施している全頭検査について一定の月齢以下の若い牛を検査から除外しても、「患者が発生するリスクは増えない」とする報告書案をまとめた」と報じられている。厚生労働省は、この報告書をふまえて、現行の全頭検査を再検討するかどうかを判断することになるという。
1 消費者のための政策立案を最終目的としていることに留意しよう
食品安全委員会(食安委)に諮問するのは、政策に反映させるための、専門家としての見解を求めるためである。行政側の最終目的が消費者のための政策立案であるとすれば、消費者が安全だけでなくて、同時に安心を求めていることにも配慮せねばならない。安心できないような政策では必ず失敗する。この時点で食安委の専門調査会が、ことさらに自国の検査方式の欠陥をあえて自認するような結論を出して、牛肉輸入の再開を求めるアメリカ側の主張に同調するような方向性を示したことには驚かされる。
2 食安委への諮問の動機が不純である
全頭検査体制については、これまで我が国の全ての国民、消費者が満足してきた。生産者にも異存はなかった。安定した生産、流通、消費の体制が維持できていることについて政府は自信を深めてきた。財政的な支出に関しても負担が重過ぎるという批判が出されることもなかった。
ところがアメリカが牛肉の輸入再開を迫るようになってから、急に風向きが変わってきた。今回、全頭検査方式を固持しているはずの政府が外圧に抗しきれないで、自国の方式を自ら疑うような諮問を行なったのである。
食安委の専門調査会の座長代理である唐木委員はアメリカ輸入牛肉問題が発生して以来、「全頭検査をやめても人に被害が生じるリスクはほとんどない」とする立場を表明しておられた。政府は全頭検査体制の可否に関する諮問を行なえば、今回のようなアメリカ側に有利な結論が出ることを予期していたはずである。
すべからく消費者のための政策立案に際しては、我が国の自主的な立場での食安委への諮問が行なわれるべきである。外圧に屈するような方向性が出されることを予期していながら、この時点で食安委に諮問を行なうのでは、その動機がいかにも不純である、政府はアメリカの要求を受け入れる方向で、食安委の権威を利用したといわれても仕方がないだろう。検査体制を見直すことは絶えず必要である。しかし、この時期に、見直しを諮問して、若齢牛を除外するアメリカ側の主張に迎合するような報告を期待するというのでは国民の納得は得られない。
3 若齢牛とは何ヶ月齢以下の牛なのか
今回の答申案にある「弱齢牛では検査に限界がある」、現行の検査法は不完全である、ということは以前から周知のことであった。しかし、OIE(国際獣疫事務局)その他の世界中の専門家が30ヶ月齢以下では検査が無効だとした見解は、そこまでする必要はないといわれた我が国の全頭検査体制の実施によってみごとに否定された。発見されたBSE牛10頭中2例(21,23ヶ月齢)もの若齢牛がみつかったのである。おそらくこの事実はBSE問題の専門家たちの共通理解なるものの不確実性を如実に示すものであっただろう。
今回の食安委の答申では、何ヶ月齢以下の若齢牛を検査の対象外にするかを示していない。これでは政策立案には全く役立たない。報告書としては無意味である。「若齢牛では検査に限界がある」というだけでは既存の一般論に過ぎない。科学的な線引きが出来てこそ食安委の報告書ではないのか。誰に具体的な線引きをせよと言うのか。この点で今回の答申は無責任だといわれてもしかたがない。「月齢の線引きをするための科学的な資料がない」というのであれば現行の全頭検査を変更することは出来ないことになる。 たとえば、食安委が具体的な月齢で線引きをしたあとで、その月齢以下の若齢牛がダウナー(倒病牛)となって、たまたまBSEが見つかるような事態が発生したときに、食安委の責任が問われることになるだろう。それでも人での発症リスクがないのだから責任がない、ということにはならない。BSE牛が発見されたということはその牛の近辺の牧場や厩舎などの牛の群体に異常プリオンのフロックが実在しているということであり、そのプリオン汚染若齢牛の牛肉を無検査のまま食べさせられている消費者が全国の各地にいるということであって、我が国の牛肉の生産と流通と消費の体系に必ず大きな不安とショックを与えることになるからである。ちなみに人での異常プリオンの最小発症量に関する知見はそれほど明確になっているわけではない。素因的な感受性の相違があるのか、発症に関連する要因や条件があるのかも不明である。すくなくとも私には「全頭検査をやめても人でのリスクは少ない」などと断言する自信はない。(註1;拙著「食の安全システムをつくる事典」、農文協、03年3月刊)
4 リスク計算の結果がそのまま政策に反映できるとは限らない
専門調査会では「全頭検査を見直して、検出限界以下の若い牛を検査対象からはずしても、患者の出るリスクが増えるとは考えられない」と結論づけているが、これはアメリカ側の主張そのままである。この結論が正しいとすれば、農水省はこれまで誤った政策を実施してきたことを認めねばならない。無駄な財政支出をしてきたことにもなる。若しも安全だけでなく安心面での消費者対策として正しかったというのなら、農水省は今後とも全頭検査体制を継続するべきであろう。
「報告書案では01年秋にBSEの感染牛が確認される以前に、これらの牛が食用に回っていたとしても、全国で変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の患者が将来発生するのは0,135〜0、891人で、1人未満であると推計した。今後国内では28〜60頭の感染牛が出る可能性があるが、現状のBSE対策のもとでは患者が出るリスクは無視できるとした」(朝日新聞、7月16日記事)とあるが、BSE問題には学問的にもまだ不明の点が数多くあり、リスクの算出に際してはかなりの仮定を重ねる必要があると思われる。
私は報告書案の内容をまだ見ていないので、以上のリスク計算の仔細について、ここでは何も言うつもりはない。ただ、もしも英国やEUでの事例を遺伝的な素因や飼育環境条件の異なる我が国の場合に無造作に適用したのだとしたら、確率論的に、抽象的に示された数字に満足するほど日本の消費者はイージーではないのだ、と思う。要するに消費者は異常プリオンを少しでも摂取したくないのである。確率的にリスクが少ないのだから、少しぐらい食べることになったとしても心配することはない、と言われても素直に「安心」出来ないのである。たとえば。高齢者や乳幼児、妊産婦、病弱者などでは異常プリオンに対する感受性が大きいのではないかと問われても、実証的なデータに基づいてこれにまともに答えられるような専門家はいないはずなのである。
5 あるべき食安委の答申のかたちは
食安委の専門調査会が、"リスク計算の結果はこうであった。若齢牛での検査には限界がある"などとするリスク評価の結果なるものを示した報告書を公表することには異存がない。しかし、それを受けて、食安委が、"だから全頭検査をやめても差し支えがない"、実際上は最も問題になる月齢の線引きを示さないでいながら、"若齢牛では検査をしても無意味である"、などとする、アメリカ側の主張とそっくりな、後ろ向きの論理に基づいた結論を下すのは正しくない。
そうではなくて、いくつかの仮定に基づいたリスク評価の結果はこうではあるが、"現状での不完全な異常プリオン検査法の改善研究に全力をつくす必要がある"とした上で、"当面は現行の全頭検査体制を継続して"、既往の21ヶ月齢BSE牛の発見の例に見られるように、"現行検査法の能力いっぱいの効果をあげさせるようにするべきである"と前向きの論理にもとづいた勧告を行うべきであると考える。
私はかねてから、異常プリオンの検出法の改善を主張してきた。生牛での、血液や生体試料からの、あるいは牛肉そのものからの、さらに肉骨粉や代用乳、飼料そのものや厩舎からの異常プリオンの、定性的、定量的な検出法が早急に開発されねばならない。国はこうした研究の分野に特別に財政的な支援を行うべきである。
食安委は安全、安心を確保するための方向性を持った組織として設置されている。不確定要因がまだまだ非常に多いBSE問題のような場合に、自国の既存の方式を否定するような勧告を行うべきではない。とくに無理のある若齢牛についての線引きなどに踏み切るべきでない。
アメリカの中小牛肉生産者の団体では、対日輸出分の牛肉については、日本と同様な全頭検査をしてもよいといっている。しかし大手業界と農務省がこれを拒否しており、アメリカ並み(30ヶ月齢以下と伝えられている。)の若齢牛の無検査での輸出を認めよ、と要求しているのである。我が国の専門調査会がこの時期にこれに迎合するような答申を出したことは非常に心外なことであった。
私は、前国会の食品安全基本法案を審議した内閣委員会に招致されて、参考人として陳述を行ったが、そのなかで「食品安全委員会には消費者側を代表する委員の参加を認めるべきである」と主張した。しかし結局、これは認められなかった。今回の食安委での論議に際して、消費者側の意見表明が出来ないことを非常に残念に思う。食安委にとって、日常的な組織体制の運営に際して、消費者側委員の参加のもとで、リスクコミュニケーションを円滑に運用出来ないことは致命的な欠陥以外の何ものでもないだろう。(註2:拙著「食不安は解消されるか」、緑風出版、04年1月刊)
6 アメリカ産輸入牛肉自体についてのリスク評価をこそ行うべきである
食安委の専門調査会では、今回我が国のBSE対策や全頭検査体制についての評価を行なって、我が国での変異型CJDの発生確率を算出した。
しかし、今、本当に問題になっているのは我が国の全頭検査体制の可否ではない。アメリカ産輸入牛肉自体の安全性問題なのである。それならば、食安委は、アメリカ産牛肉の安全管理体制の現状を精査して、専門家の視点で問題点を徹底的に洗い出し、現状のまま、あるいはアメリカの農務省が実施しようとしている仕組みのもとで輸入されてくる牛肉自体についてのリスク評価を行うべきである。我が国の消費者はその結果をこそ一番知りたがっているのである。
最近の報道では、アメリカの民主党の調査団が農務省はBSEの疑いのある牛約600頭のうち3分の1しか検査をしていない、病死牛の検査も放置している、現行の検査法自体にも問題がある、などとする報告書を発表したという。全頭検査どころか,あるいはEUなみの30ヶ月齢以上の検査どころか、これまでは年間の出荷牛約3500万頭のうち2万頭しか検査をしていなかった、そして、ようやく今年から29万頭を検査することになった、というアメリカの現状を踏まえると、その実はリスク評価の仕様がないというのが真相ではないのだろうか。
科学的で、客観的な専門家の委員会である食安委が、もしもアメリカ産輸入牛肉のリスクが国産牛肉のリスクよりも大きいとする結論を出すのであれば、あるいは現状では比較の仕様がない、と言う結論を出すのなら、日米両国でのリスクが等しくなるまで、あるいはアメリカの場合のリスク評価が可能になるまで、アメリカ産牛肉の輸入再開には慎重であるべきである。
食安委が、若しも、慎重に、冷静にリスク評価を実施するというのであれば、現状の方式下での日米両国での牛肉の安全性を精密に比較衡量することに全力をつくすべきである。それをしないでいながら、自国の方式の欠陥を自ら証明するための作業に熱中して、アメリカ側の主張に迎合するような方向性を示すのでは余りにも異常であり、自虐的でさえある。食安委は我が国の国民、消費者のための科学者の委員会なのである。
食安委は、我が国のBSE問題での既往の失敗体験をふまえて、食の安全と安心を確保するために設置されたのである。政府のためでもアメリカのためでもない、国民、消費者のためにこそ機能することが期待されているのである。今後のリスクコミュニケーションの過程の中で、くれぐれも消費者の声に耳を傾けるようにしていただきたい。 私は、食安委がBSE問題の処理を誤って、国民、消費者の信頼を失うような結果にならないことを祈っている。(完)
BSE問題に関する私の主張については、このHPでの既存の記述を参考にされたい。
(7月3日)アメリカ産牛肉の輸入が再開されることになった
7月1日の報道では、6月30日、我が国の厚生労働省、農水省の実務者とBSEの専門家チームはアメリカ農務省関係者との間で、アメリカ産牛肉の輸入をこの夏をめどに再開することで合意したという。
この記事の中で注目されるのは、日本側が我が国の「全頭検査にも限界があることを始めて認めた」とされている点である。
以下に、本件に関する問題点をいくつか示すことにする。
1 「全頭検査にも限界がある」のは、はじめからわかりきっていたことである。しかし、「限界がある」、だから「輸入してもよい」、となるような短絡的な論理は成り立たない。限界があっても、全頭検査をしないよりもするほうがよい、と言う論理で、アメリカ側にせめて対日出荷分についてだけでも全頭検査をするように説得するのが筋ではなかったのか。
2 我が国が一昨年、全頭検査に踏み切った時、大方のBSE関連の専門家とOIE(国際獣疫事務局)の関係者などは、30ヶ月齢以下の牛では検査する意味がない、といっていた。しかし、実際には全頭検査によって、21ヶ月齢、23ヶ月齢のBSE牛が発見された。しかも、これらの幼若牛には肉骨粉を使用していなかった、にも関わらずBSEが発症したのである。そして、未だにこれらの幼若牛の異常プリオンによる汚染源、汚染ルートなどがつかめていないのである。
アメリカの異常プリオン汚染状況については我が国以上に不明の点が多い。それは全頭検査はもちろん、EUなみの30ヶ月齢以上の検査さえ満足に行なっていないからである。前回にも書いたが、全頭検査は不完全ではありながら、現状で、汚染点源調査のための疫学的にベストの手法である。専門家として主張すべきことは、現状では、すべての異常プリオンに汚染された幼若牛の発見は困難であるとしても、異常プリオンの検出効率をより高めるための研究を促進しながら、即ち現状での不完全性を出来る限り解消する方向で、あくまでも全頭、点源検査を励行する、ということであったはずである。
3 「若い」牛の肉の輸入というが、若い牛の月齢をどこで線引きするかはまだ結論が出ていないという。すくなくとも20ヶ月齢以上であってはいけないが、この月齢以下にする場合の根拠が明確でなければならない。たとえば10ヶ月齢以下では検査にかからないことを科学的に証明せねばならないだおう。
アメリカ、カリフォルニア大学のBSE問題の権威であるプルシナー(ノーベル賞受賞者)らの最近の研究結果では、異常プリオンは微量ではあるが筋肉部位にも蓄積する可能性があるという。危険部位除去時の飛沫汚染も考えられるから、幼若牛だから全く問題がないわけではない、と言うことを知った上で、我が国よりも汚染状況が不明のアメリカ産牛肉の輸入を再開するというのは、消費者にとって相当に納得し難いことである。
4 アメリカの中小畜産業者は対日輸出分については全頭検査を行なってもよい、と言っていたが、大手業界とアメリカ政府はこれを認めようとはしなかった。そして結局我が国の農水省はアメリカ側のペースに乗せられて、すなわち、政治、経済的な圧力に屈して今回の合意に至ったということである。
この過程で我が国の一部の専門家が「全頭検査をしなくても安全である」という見解を示して、ひたすらにアメリカ政府や外食産業側に有利な情勢を作ることに貢献したことを残念に思う。今後、消費者を代表する委員のいない食品安全委員会において、このような専門調査会委員の意見がどのような形で採用されるのかに注目したい。今回のアメリカ産牛肉の輸入再開に関する一連の事態の成り行きは、新設された食品安全委員会の体質と姿勢を示す試金石にもなりうると思う。
とくに、リスクアナリシスの論理形成過程で、「全頭検査限界論」が輸入再開の根拠としてどのように使われるのかに注目したい。
5 もしも輸入再開を認める食品安全委員会の論理が正しい、とすれば、我が国でも、たとえば20ヶ月齢以下の幼若牛については全頭検査をしなくても良いということになる。はたして食品安全委員会はそこまで勧告することが出来るのか。農水省は今更全頭検査を中止することが出来るのか。政府はその場合の消費者の反応をどのように予想しているのであろうか。
農水省は、ダブルスタンダードを認めないといい続けてきたが、今後はこれをどういいつくろうのか。アメリカから輸入再開を迫られて、結局全頭検査方式までも我国が放棄させられると言うのでは余りにも屈辱的ではないのか。
6 結論的に、日米交渉はどのように決着しようとしているのか
(1) 我が国の主張がとおらない中で、アメリカ産幼若牛の牛肉の輸入再開がこの秋から年末ごろにかけて行われることになるだろう。
(2) 日本の消費者は、我が国以上にBSEの汚染状況がはっきりしない、異常プリオンを含む可能性のある輸入牛肉を食べさせられることになる。
(3) 農水省がダブルスタンダードを認めない、という従来の主張を貫くのであれば、アメリカ産牛肉の輸入再開後に、我が国でも全頭検査体制をやめて、アメリカなみの検査体制をとらねばならなくなるだろう。
(4) 輸入再開後に、展開するであろう情勢によっては、今回の合意に関わった関係者は責任をとるべきである。
今回、我が国は、いわば自らの方式の欠陥を認める形でアメリカ側の要求を容認しようとしている。
日米対等の、科学的で客観的な実務者、専門家の協議であると言うのなら、日本側はあらゆる方法で我が国の現行方式の正当性を弁護するとともに、アメリカでのBSE対策の不完全性や欠陥を具体的に指摘して改善を迫るべきであった。それはアメリカの生産者、消費者のためにも必要なことであった。そして、その上で我が国の方式、またはこれに近い方式が採用されるように説得するべきであった。
然るに事実は全くその逆であった。日米協議の中で、自ら「我が国の全頭検査方式には限界がある」ことを認めたうえで、あっさりとこの秋ごろでの輸入再開に同意してしまった。輸入国が自国の方式を改めて、輸出国の方式を容認するという、まことに「自虐的合意の典型」とでもいうべき決着の形を選んでしまったのである。(完)
(6月26日)アメリカでの2例目のBSE容疑牛の出現をどう見るか
確認検査の結果次第では、昨年12月に続く2例目となるBSE容疑牛がアメリカで発見されたという。農務省では詳細なデータの公表を拒んでいるので、現時点でいえることは限られているが、結果によっては日米間で進んでいるアメリカ産牛肉輸入再開問題にも少なからず影響することは確実であると思われる。
1 今後のアメリカでのBSE牛検出状況の見通し
アメリカでは我が国のような全頭検査は行なわれていない。これまでは約3500万頭の処理牛のうち、約2万頭しか検査されていなかった。しかし国際的な専門調査団の勧告を受けて、ここ1年から1年半をかけて29万頭を検査する計画を立てた。そして実施早々に今回の容疑牛が発見されたのであった。
危険部位については我が国では全頭廃棄処分にしているが、アメリカでは30ヶ月齢以上の牛だけが廃棄されて、それ以下の月齢の幼若牛の脳、脊髄などの問題部位は安全であるとされている。そして豚や鶏の飼料に廻されているという。この状況では我が国ですでに2例が発見されている30ヶ月齢以下の牛の危険部位中の異常プリオンの拡散が野放しにされていることになる。
今後、アメリカでのBSE検査体制が我が国のような全頭検査やEUの30ヵ月齢以上の全頭検査の線に近づくとすれば、あるいは2万頭から29万頭に検査対象が広がれば、おそらくBSE牛の発見事例はまだまだ増える可能性があると見るのが順当であろう。
かりにアメリカ産牛肉の輸入が再開されたとしても、アメリカでのBSE牛発見のニュースを再三聞かされることになった場合に、我が国の消費者がどのような反応を見せることになるのかが注目される。
2 何が本当の問題なのか
(1) 異常プリオンの所在を突き止めることが最大の課題である。
牛のBSEも人のクロイツフェルト・ヤコブ病も異常プリオンによって発症する。プリオン病の危険を回避するためには問題の元凶である異常プリオンを排除することに全力を集中せねばならない。したがって何よりも異常プリオンの所在を突き止めることが先決である。BSE対策の基本はすべからくここに位置づけられねばならない。
(2) 汚染源、汚染ルートを把握してこそ予防対策が可能となる。
汚染源、汚染ルートを突き止めるための方法論を確立せねばならない。どの地域の、どの厩舎、どの牧場に異常プリオンのフロックが分布しているかを知るための現時点での最善の方法は、全頭検査である。いわば、汚染点源の完全調査に相当するのが我が国の全頭検査方式である。それは月齢に関わらず、ダウナー(病牛)の如何に問わらず、すべての異常プリオン保有牛を個体レベルで発見して、同一厩舎、牧場内にある、あらゆる容疑群体を適切に処理することが出来る。(もちろん、現行の検査法では極微量の異常プリオンまでも検出することは困難ではあるが、検出感度いっぱいのことはできる。)
アメリカ側では、「検査は本来サーベイランスのためであり、全頭検査方式は非科学的である」、などと言うが、異常プリオンの所在を個体レベルで突き止めるとともに、疫学的に最も確度の高いサーベイランスを可能にするのが全頭検査方式であることだけは確かであろう。
アメリカ政府がアメリカ国民の了解のもとに、アメリカ流の検査システムを実施するのは自由である。しかし我が国に輸入される牛肉製品に関しては、我が国の安全管理方式にしたがうのが道理であると思われる。
(3) 全頭検査は政府、生産者、消費者にとって経済的な負担が大きいか。
我が国の場合には、約100万頭の全頭検査に必要とされている予算は約40億円とされている。我が国よりもはるかに畜産規模の大きいアメリカ全土で我が国同様の全頭検査を実施することには無理があるという意見は理解できる。しかし一部のアメリカの輸出業界が提言しているように、輸出牛(約30万頭)に限った全頭検査を行うことは困難であるとは思えない。我が国の輸入関係業者が協力して輸出出荷牛についての全頭検査を行うことは現実的な対策であるといえる。場合によってはそのための経済的な負担問題も輸出業者、輸入業者、輸入肉利用業者などが協力して解決することも可能なのではないか。国産牛肉については、すでに生産者、消費者の合意の下に順当に行なわれている全頭検査システムをアメリカ産輸入牛肉についてだけは免除するのは不合理であり、不公平である。日米両国の政府による融資、補助制度を適切に適用することも一案である。我が国の政府がBSE問題の処理のためにこれまでに相当な予算を計上してきたことをアメリカ側も学ばねばならない。
3 アメリカ側の現行の主張には問題がある。
アメリカでは、ほとんど20ヶ月齢以下の牛が食肉用として出荷されているという。したがって、日米間の交渉では、アメリカ側は、BSEの全頭検査をしなくても、危険部位の除去さえ行えば問題はない、と主張してきた。
しかし、この場合、アメリカの方式にはつぎのような問題があることに留意せねばならない。
(1) 異常プリオンの所在はつかめない。汚染源、汚染ルートも把握できない。したがって国内各地での、隠された異常プリオンの増殖、拡散を抑止することができない。
(2) 現状では月齢を確実に把握することは困難である。畜産の現場では高齢処理牛の混入を完全に防止することは出来ない。
(3) 20ヶ月齢以下ではBSEが発症しないという保証はない。
(4) 今後、アメリカではBSE牛の発見が相次ぐものと推察されるが、この場合に、我が国の輸入牛肉市場にどのような影響を与えるかが明らかではない。
(5) 輸出国が輸入国の科学的で合理的な安全管理体制に従うのは国際的な慣習である。
アメリカでの2例目のBSE容疑牛の発見に際して、朝日新聞では、「米国の実態把握が先だ」という見出しの社説を掲載している。これは、今回の事件を受けて、この夏には輸入再開の線で日米が合意した、と言われている現状に改めて釘をさしたものだ、と思われる。そして、「食品安全委員会の役割りは大きい」、「最新の科学的成果を踏まえ、消費者の納得を得られるような判断を示してほしい。」とも書いている。
真に消費者の納得を得るためには、リスクが最小の場合を示さねばならない。しかしアメリカの現状では、そのリスクの計測自体が困難であり、アメリカ国内でのBSEの検証体制の整備を急がない限り、我が国の食品安全委員会が消費者を納得させられるような。周到なリスクアセスメントを行うことは不可能である。
拙速を戒めねばならない。食品安全委員会には、あくまでも慎重な対処を求めたい。(完)
(6月18日)アメリカ産牛肉の輸入再開問題が決着しようとしている
報道によれば,BSE問題関連で輸入が禁止されていたアメリカ産牛肉の輸入再開についての日米交渉が進捗して、早ければこの秋に、遅くとも年末には、輸入が再開される目途がついたということである。
1 予定されている輸入再開の条件は次の3点である。
(1) 我が国の全頭検査要求は取り下げる。
(2) 月齢の低い幼牛の筋肉部位の輸入から始める。
(3) 内臓等の危険部位などの筋肉部位以外の輸入は当面認めない。
2 問題点は
(1) 我が国の全頭検査方式によらない牛肉が供給されることになる。即ち政府は好ましくないといわれてきたダブルスタンダードを容認した。アメリカ側、外食業界側の要求に屈したということでもある。
(2) 我が国の全頭検査方式もやがて廃止されることになる公算が大きい。主体性のない農政の予想された路線である。
(3) 幼牛の月齢を正確にどのようにして実際的に厳密に判別できるのか。信頼できる方式であると言うアメリカ側の確証はあるのか。アメリカ政府側の認証を信頼するしかないのか。
(4) 許容される月齢をどう決めるのか。我が国でのBSE発症牛の最低月齢は21ヶ月であったが、したがって例えば20ヶ月齢以下と定めてもよいのか。日本とアメリカの産地、飼料、品種、飼育法などの相違をどのように勘案することが出来るのか。
(5) 解体、処理時での危険部位からの異常プリオン汚染をどのように予防するのか。アメリカ側の作業内容を信頼するしかないのか。汚染防止が完全に立証されるというのであれば、月齢にこだわらず、すべての牛の筋肉部位の輸入が可能だ、ということになる。
(6) 将来的なアメリカでのBSE発生の事態に際してわが国ではどのような対策を講じるのか。
(7) 政府はアメリカ以外の諸国に対しても同様な輸入方式を認めるのか。アメリカもEUその他の牛肉生産諸国に対して、一定月齢以下の幼牛の牛肉の輸入を解禁することになるのか。
我が国でのBSE牛の発症に関わる汚染源、汚染ルートは未だに明確になっていない。にもかかわらず、もしもアメリカ産牛肉の輸入が解禁されることになれば、把握しようのない異常プリオン汚染のバックグラウンドがアメリカ全体にまで拡大されることになる。日本の消費者としては今日的な安全性確保の最高レベルでの規制といえる全頭検査方式にしたがった日本産の牛肉の生産と消費を信頼することが望ましい。
BSE未発症国であるオーストラリア産の牛肉と以上のような問題点を持ったアメリカ産の牛肉がどのような評価を受けるかが注目される。要するに、すべては日本の消費者が決定するところとなるであろう。(完)
(6月1日)リスクアセスメントは慎重に
藤原邦達
イギリスの事例に基づいた、我が国でのBSEに起因する変異型CJDの発生確率が食品安全委員会の専門部会の委員によって算出されている。その結果では、我が国では、変異型CJD患者は「おそらく1人も出ない」ということである。
ところで、この場合のアセスメントの精度に関わる問題要因は次のとおりである。イギリスと日本とでは以下に示す各事項において、異常プリオンによる牛、人体汚染とBSE、変異型CJDの発症に関わる条件が相当に相違していることを認めねばならない。
註 BSE:狂牛病、CJD:クロイツフェルト・ヤコブ病、アセスメント:危険度の評価
1 牛肉等の異常プリオン汚染状況
食用にされる牛肉等の異常プリオン汚染状況は以下の要因できまってくる。
(1) 畜牛の生産、飼育の方法
飼育規模、飼育の環境と方法、飼料の組成、種類、特に肉骨粉、代用乳の種類、入手先、生牛の輸出入と国内での移動の方法や頻度など、飼育密度、衛生状態など
(2) 出荷、と殺、処理方法
出荷牛の月齢分布、と殺、処理方法、出荷部分、除去危険部位とその処理方法など
(3) 処理後の食利用の状況
解体処理後の食利用と廃棄のありかた、食用と非食用部分の区分、廃棄物の再利用の状況。とくに肉骨粉への転用、肉骨粉の製造方法と利用の状況、輸出入状況
消費者に提供されてくる牛肉などの食材中に異常プリオンがどの程度含まれるかは以上の各事項の諸条件によって異なってくる。現地での生産、処理、流通、供給のあり方次第で異常プリオンの濃度が高く、変異型CJDを発症する可能性の高い食材を入手する場合もありうるだろう。各国でのこの点での対比は現状では非常に困難であって、例えばイギリスの事例から我が国の場合についての推論を行うことには慎重でなければならない。
2 摂食形態
摂食する部位と相応する摂食量、調理と摂食形態
3 摂食者の遺伝的な素因
牛肉等の摂食によって人体内に取り込まれた異常プリオンに対する人種的、素因的な感受性
4 法規制、行政対策の状況
輸出入検疫、国内での規制と行政対策、とくにBSEや変異型CJDの検査と確認の方法、検査制度の開始時期、実効性の程度
変異型CJDの発症状況には以上のすべての要因が関係すると思われる。したがって、はたしてイギリスでのBSE牛1頭あたりの変異型CJDの発生確率を直ちにわが国にも適用してもよいといえるかどうか疑問である。
摂取される牛肉1kgあたりの異常プリオン濃度も不明であり、言うまでもなく発症最小量に該当する牛肉量も定かではない。しかも人種的な遺伝学的素因(感受性)の相違が変異型CJDの発症にどのように関連するのかも全くわかっていない。もしも日本人の遺伝学的な形質が異常プリオンへの感受性の強いものであったとしたら、イギリスからの類比はまったく成立しないということになる。ましてその他の要評価事項がどのように変異型CJD患者の発症に関係するかについては、予測を可能とするような科学的な根拠がほとんど見当らないというのが現状である。
食品安全委員会のリスクコミュニケーション専門調査会の座長代理の唐木委員は「英国で食用に回った頭数と患者数のデータなどから推計すると、日本で変異型ヤコブ病患者が出る可能性は0,04人で、おそらく1人も出ない。」とのべておられるが、どのような根拠でそのように断定されたのかが問われるところである。さらに唐木委員は、アメリカ産輸入牛肉に関する日米交渉での、アメリカ側の主張と全く同様な、「危険部位さえ除去すれば全頭検査をやめてもよいと思う。」とする見解をのべておられるが、全頭検査をやめた場合のリスク評価、すなわち汚染源が全く把握できなくなることによるリスクの大きさをどのように評価しておられるのであろうか。さらに、単にBSE、変異型CJDの発症に関わるリスクだけではなくて、消費者の不安や不信に伴う社会的、経済的なリスクの大きさを考慮されたのであろうか。さらに「危険部位さえ除去すれば」と述べておられるが、危険部位の除去ということはそれ程簡単なことなのであろうか。危険部位の取り残しリスクの大きさ、危険部位の範囲をめぐる既存の論争などをどのように評価しておられるのであろうか。
リスクアセスメントは重要である。しかし関連要因に関わる慎重で客観的な評価を怠れば非常に重大な誤りを犯すことになる。現在の科学的な認識が完全なものではないという謙虚な立場に基づいた予防的な対応を行うことが必要である。例えば30ヶ月齢以下ではBSEは検出できないとしてきた学会の常識は我が国の全頭検査体制のもとで簡単に覆ってしまったのである。(完)
(5月27日)BSEの全頭検査方式をやめても安全なのか
―リスクアナリシス的思考の誤りをつく―
藤原邦達
食品安全委員会のリスクコミュニケーション専門調査会の座長代理である唐木英明氏(東大名誉教授)は「英国で食用に回った(BSE牛の)頭数と(クロイツフェルト・ヤコブ病・変異型CJDの)患者数のデータなどから推計すると、日本で変異型CJD患者が出る可能性は0.04人で、おそらく1人も出ない。」とのべておられる。さらに、「わずかなリスク軽減にどれだけ金をかけるべきか。」と問いかけて、最終的に「危険部位さえ除去すれば、全頭検査をやめてもよいと思う。」と断定しておられる。(04年5月23日、朝日新聞記事、「全頭検査、必要性に疑問」)
これはアメリカが我が国の全頭検査方式を非科学的だ、とする論拠と基本的に同じであり、食品安全委員会の一枚看板であるリスクアナリシス論による、「科学的な」安全性評価の核心的な考え方であると思われる。
今流行の、いわゆるリスクアナリシス論では、リスク対策に関して必要とされるコストと得られるメリットの大きさが対比される。極端な場合には死者や患者の発生数と対策費用の大きさがはかりにかけられる。しかし、そもそも全然性質の違う、条件が異なる個別の事象についてのそれぞれの危険度なるものの数値を対比することに意味があるのだろうか。例えば、有用性、経済性、必要性なども複雑に絡んでくる状況のなかで、食品添加物による食品被害と微生物による食中毒のリスクアセスメントをどのように行って、その結果をどのように比較して対策の順位を決める事が可能なのか、という問いかけに的確に答えることができるのだろうか。
ところで、ある地域にBSE牛が1頭発見されたという場合には、同一厩舎、同一飼育群、同一地域、同一飼料投与群において、異常プリオンの、飼料や厩舎、処理された出荷牛などでの汚染レベルが、未発症地域よりも高くなっている可能性がある。このような地域では、たとえば危険部位の除去方法が不完全で、飛び散った血液によって汚染された牛肉を食べた人々の間での摂取異常プリオン量が相対的に多くなり、さらに素因的に変異型CJDになりやすい、異常プリオンに特別に感受性の高い人々があると仮定すれば、この地域に変異型CJD患者が発症する確率が増大する可能性を否定することはできない。このような場合には、汚染源を確認したうえで、予防的な対策を講じることが必要になる。全頭検査は汚染源と汚染ルートの把握のための有力な手段であることはいうまでもない。
そもそも、BSEと変異型CJDの関係について考察する場合には、以下に示すような事実が存在することを確認しておく必要がある。
1 知見の存在状況について
牛のBSEと人の変異型CJDの関係についての知見は、現状ではなお不明な部分が多いと思われる。たとえば、
@ 異常プリオン病の最小発症量については実験動物での報告事例があるが、人での知見は存在しない。まして、人の変異型CJDの発症に必要なBSE汚染牛肉の最小摂取量などに関する知見は全く存在していない。BSE牛の牛肉の摂取が変異型CJD発症の原因である、というのも、イギリスの専門委員会での推測に基づくものである。
A 変異型CJDの発症に関する遺伝学的形質が、地域、人種、家系等で異なるかどうかについての知見が不足している。日本人の遺伝学的形質が変異型CJDを発症しやすい型である可能性について触れた報告があるが、真偽の程は不明である。
B 異常プリオン病の権威であるプルシナー博士らのラットでの研究報告では、いわゆる危険部位だけでなく筋肉部位でも異常プリオンの蓄積が認められている。04年5月23日付けのネイチャーメディシンに発表されたフランスの研究所の報告でも、羊で筋肉部位での異常プリオンの蓄積が証明された。これらの新しい事実を受けて、現在、牛の牛肉部位にも異常プリオンの蓄積があるかどうかに関心が集まっている。いわゆる危険部位の除去だけで完全な異常プリオンフリーといえるかどうかにも疑問がある。
C 危険部位の除去時での、飛沫血液による肉質部での異常プリオン汚染も完全には否定しきれない。
D BSE牛の検出可能月齢は30ヶ月以上である、とする世界的な通説が覆って、現在、21ヶ月、23ヶ月齢での2頭のBSE牛が発見されている。このような事実はアメリカなどが非科学的であるなどとする我が国の全頭検査によって明らかになったことに注目せねばならない。同時に、これ以下の月齢では検出されないと断定することはできない。
E BSEの水平、垂直感染に関する知見も完全であるとはいえない。
F BSE、変異型CJDの発症に関与しうるその他の要因や環境条件などに関する知見は極めて不完全である。
2 仮説を否定する根拠について
現時点において、以下に示すような、いくつかの仮定を立証あるいは否定することが出来るだろうか。
@ 牛肉を食べて変異型CJDを発症しやすい遺伝的な素因を持った人々が地域的、家系的に局在している。最小発症量が非常に小さい、異常プリオンに対する感受性が非常に強い、特殊な地域の、あるいは家系の人々の集団がある。
A BSE対策が不完全で、病牛の発見、検査、危険部位の除去方法が正確に行われていない生産者の集団がありうる。
B ある地域で、単一の、あるいは小数のBSE発症事例が発生した場合には、その地域において変異型CJDの発生事例が生じやすい。
一見信じがたいような以上の仮説についてさえ、現時点では、これらを明確に肯定あるいは否定できるような科学的な根拠を提示することは出来ない。
こうしたことを考慮すると、イギリスの事例に準じた単純計算で、我が国の変異型CJDの発症確率を0,04人であるとするような考え方には問題があると言わねばならない。
今後の研究経過の中で、以上の未確認点あるいは仮説が立証され、あるいは否定された段階で、人の変異型CJDの危険度に関する確率は大きく変化するだろう。未確認点、仮説が立証されていない段階での安易な危険度の算定は慎むべきである。
全頭検査を行なう理由は、検査を徹底することによって、1で示した知見の不完全性や2で示したの仮定の当否に関わらず、異常プリオン汚染に関わる個体、群体、地域、ルートを可及的に正確、早期に検知したうえで、そこで突き止められた、いわゆるクリティカルなコントロールポイントに対して、重点的、集中的に対策を講じることが必要であるからである。
全頭検査をやめて、危険部位の除去でBSE対策は足りるとする考え方は、上記の1,2で示したBSE,変異型CJD問題の不確定部分や仮説の当否を切り捨てた機械的な確率論に基づくものであって、明らかに机上の空論であるといわねばならない。全頭検査をやめればアメリカの現状と同様に、異常プリオン汚染の実態がほとんど把握できなくなって、重点的に対策を講じることが困難になる。そればかりか異常プリオン汚染のひそかなる進行を助長することにもなるだろう。
我国が採用している全頭検査の方式はもっとも信頼するに足る、現時点での最善の方式である。しかも消費者の安心、信頼という最高の価値までも担保している。コスト・メリット的な観点からしても、年間、約50億円といわれている全頭検査費用(コスト)で、生産、流通、販売に関わる社会的な混乱が回避される。そのことによって得られる経済的な効果(メリット)が非常に大きいという事実も高く評価せねばならない。全頭検査は予防疫学的な方法論に基づいた、現時点での最高の実際的な方式であると言うことが出来るだろう。
リスクアナリシス、リスクアセスメントの重要性を否定するものではないが、そのような方法論が真価を発揮するのは、対象とする課題についての科学的な知見が十分に確保、整備されてからのことである。イギリスでの事例と対比して、我が国のBSE牛の発症数から変異型CJDの発症数を推論する、などというのは現状ではなお早計である。「我が国では、全頭検査をやめても変異型CJD患者は出ない」などと断定するのは誤りである。関係者は機械論的なリスクアナリシスの適用に際して発生する対策上のリスクの大きさを認知するべきである。
近日、我が国の食品安全委員会では、「科学的な」リスクアナリシスの結果であるとする、冒頭に示したような考え方を専門部会の見解として提示してくるかもしれないが、関係者、とくに消費者団体などは、このような「全頭検査が必要でない」、とするような考え方に左右されるべきではない。
真に必要なのは、国民、消費者に認知される、あくまでも論理的で現実的な方法なのであり、対策なのである。(完)
(5月20日の1)アメリカ産輸入牛肉問題に関する
食品安全委員会の予想される答申案と日米協議に備える
アメリカ産輸入牛肉問題に関する日米専門家協議に先立って、食品安全委員会でも、BSE対策に関わる検査体制等の我が国の対策システムのあり方についての検討が行なわれているといわれる。その結論が答申書として公表された場合には、その内容が日米協議での我が国の基本路線として重要視されることになるだろう。そればかりではなく、この答申案は、こう着状態にある日米の輸入牛肉問題の打開を図るために、食品安全委員会がどのような考え方を打ち出すのか、おそらく昨年始めて新設されたこの委員会のあり方の試金石ともいうべき最初の仕事になるものと思われるので注目せねばならない。
1 答申の内容をどう見るか
(1) 食品安全委員会での合意形成の過程に問題はなかったか
食品安全委員会の組織構成で定められた専門調査会の生物系のプリオン(BSE)評価グループにおいて、研究者による討議が行なわれたあと、その答申を受けて食品安全委員会での論議が行なわれることになるのであるが、この過程でどのような合意形成が行われたかが注目される。例えば、BSE問題の研究者でない委員がどのような発言をしたのか、少数意見の取扱いはどうなったのか、生産者、消費者を代表する委員のいない中で生産者側、消費者側の見解や要望がどのように取り扱われたのか、さらに農水省側はどのように関与したのか、そして最終的に、全員一致の議決が得られたのか。などが具体的に問われる。
(2)国民、消費者側の意向が尊重されたのか
我が国の消費者はアメリカ側から非科学的である、などと言われている全頭検査体制に極めて満足している。今回の輸入問題協議の前提にあるこのような消費者の心情は尊重されねばならない。日米間で合意されるシステムは科学的に安全であるだけでなく、現実的に消費者にとって安心できるものでなければならない。もしも食品安全委員会が現行の方式を変更しようというのなら、どのような論理に基づいて消費者側を説得することができるのかが具体的に問われることになるだろう。
一般の研究者、とくに消費者側の推薦する研究者の意見を聞いたか。消費者団体の見解を徴する機会を具体的に設けたか、も問われることになる。
(3)生産者の意見を聞いてたか
アメリカの中小の肉牛生産者や輸出関係業者は輸出牛肉関連の出荷牛についての全頭検査をしてもよい、といっている。我が国の生産者も全頭検査が消費者対策としては最善であり、科学的にも過剰とも言えるほどの安全策であることを認めている。アメリカでの検査システムはアメリカ流に構築すればよい。輸入牛肉は日本人が食するのであるから、全頭検査方式が安全性確保の上で間違っているのでなければ、日本人が最上のものとしている現行の方式を今更アメリカ流に変える必要はないのである。農務省はアメリカの中小業界の要望を容れればよいのである。
(4)科学的な事実に即した内容になっているか
例えば、今日の世界的な規範になっているOIE(国際獣疫事務局)のBSE検査基準では、30ヶ月齢以前の牛でのBSE検査は無意味であるとする見解が見られている。しかし我が国で発見されたBSE牛の8頭目、9頭目は23ヶ月齢、21ヶ月齢であった。しかもこれらには全く症状が見られなかった。そしてこのような発見例が見出されたのは、アメリカが非科学的だ、などという全頭検査体制によるものであった。
こうしたことから、日米協議ではまさしく科学的な事実に基づいて、30ヶ月齢でなくて、すくなくとも20ヶ月齢以上で線引きした、しかも可能な限り全頭検査体制が採用されることが必要であるとせねばならない。過去のイギリスなどの事例からBSEの発症は30ヶ月未満の牛が1%未満であるとされているようだが、我が国の場合には、全頭検査システムによって30ヶ月齢以下の牛の発見率は22%にも達しているということを認めねばならない。
除去部位では回腸の一部をとるか、腸全体をとるかが論議されるものと思われるが、この場合には後者の方式が望ましい。ただし切除部位からの牛肉部分等へのプリオンの汚染をどのように防止するのかも実際上大いに問われるところであろう。
(5)未解明部分を重視する姿勢が堅持されているか
BSE問題には未解明な部分が相当に残されている。科学的な論理を尊重すると言うことは未解明な部分を確認して、あいまいにしないで、予防的な処理をするのをためらわないということでもある。食品安全委員会の提言が、日米協議における我が国の基本路線を方向づけるような優れた内容となることが期待される。その意味でも予防原則を重視する基本的なスタンスを見失わないことが肝要である。
(6)現実的なシステムとして提起されているか
科学的な冷静な判断では、全頭検査体制を否定せねばならない理由はない。もしもアメリカ側が我が国とは桁違いの出荷頭数3500万頭の全部を検査することが事実上不可能であるというのであれば、「可能な限り全頭検査体制を採用する」あるいは「輸出用の出荷牛については日本と同様な検査を行なう」などとするような妥結点が見出されるようにするべきであろう。
我が国の場合,BSE問題の処理が求められた当時、最初はEU並みの30ヶ月齢以上の牛を検査する予定であったが、政治的な配慮もあって、全頭検査体制を採用したという経過があったことは事実である。しかし、この方式が定着したことによって、新たな30ヶ月齢以下の牛でのBSEの存在というような科学的な事実が見出され、現実的に、生産、流通、販売体制の安定化、消費者の安心などという大きな成果をあげることができたという事実を忘れてはならないだろう。
アメリカのBSE対策の現状については、自国でさえも議会筋などから厳しい批判が行なわれている。イギリスやEUなどとの歴史的な関係から感染牛の輸入や汚染された肉骨粉の持込があった可能性は我が国よりも大きいともいわれている。にも関わらず、BSE牛の発見例が1頭に止まっていることの、その真の原因は、おそらく出荷牛のうち検査を受ける割合がわずかに0,06%でしかない、という事実によるものだと思われる。従って、少なくとも我が国に輸出されるための出荷牛(約30万頭)については全頭検査を受けさせることが最も望ましい現実的な対策となるであろう。
(7)輸出入システムとして最高水準のものとなっているか
OIEの現行の基準にも問題がある。EUの方式も万全ではない。ましてアメリカの方式は信頼できない。であるならば日米の科学者が協議して合意した新しい方式は現時点での世界最高の水準のものとなるべきであり、日米間だけでなく、BSE問題で世界的にさまざまな問題が生じている牛肉の輸出入障害を解消するための規範となるべきだと思う。その意味でも今回の食品安全委員会の結論やこれを受けた日米専門家会議の合意の内容は注目されていることを忘れないでいたいものである。
科学的に信頼できるものであるならば、我が国の現行方式を変更することも必要であろう。ただしアメリカの現行方式は我が国以上に大きく改変されなければ、輸入牛肉に対する信用を維持することは出来ないであろう。
(8)日米の現行の安全確保体制への批判、評価が正確に行なわれているか
日米の現行の検査体制、処理体制の評価を徹底的に行うことが必要である。双方の検査、調査方式、危険部位除去方式、法規制のあり方、業界への周知徹底の状況、消費者の満足度等についての冷静で客観的な評価が行われて、その結果を最善の安全確保システム形成のために反映させねばならない。現行システムの長短、とくに欠陥部分を明らかにして、問題点を補正するための作業が行われるべきである。
この場合に、消費者の安全、安心を確実に担保する姿勢が重要であり、安易にコスト・メリット評価の立場を先行させないことが肝要である。
(9)輸入検疫体制は充実されているか
輸出入の水際にある検疫所での監視、検査、証明機能が非力、低調であれば、折角のBSE対策も無意味になる。日米ともに信頼できる検疫体制をつくるべきである。出荷先での検査済み証の確認にとどまらず、検疫機関での現場検査などの実証手段を義務付けるべきである。市場には確認済みの表示のあるものだけが流通するようにするべきである。
(10)危機管理体制が準備されているか
BSE牛が輸入品関連の出荷経路において発見された場合の、日米間での危機管理措置が具体的に定められていなければならない。
食品安全委員会が輸入牛肉の安全性を確保するために提言することになる今回の答申案は、安全性確保のためのシステムとして、科学的に、現実的に最も信頼できる内容のものでなければならない。国民、消費者の納得が得られて、輸入、流通、販売、消費がスムースに行えるものでなければならない。安全であるとともに安心もまた持続的に担保できるような性格のものであることが期待される。
2 国民、消費者側の取り組みは遅れていないか
以上に述べたように、今回提起される食品安全委員会の報告書は重要な意味を持っており、日米協議での我が国の路線を決定づけるものとなることが予想される。それならば、我が国の消費者側ではその報告書が出た時点で、緊急に対応せねばならない。
以下に、現時点でとくに問題にするべき諸点を示しておく。
(1) 出されてきた報告書を直ちに点検、評価することが可能な体制が出来ているか
消費者側が委嘱するBSE問題の研究者、専門家の組織に委嘱して、出されてきた報告書の内容を点検し、評価して問題点を洗い出すための準備が出来ているであろうか。消費者側の専門家の組織は日米協議の過程や結論に対しても独自の見解を示すために重要な役割を果すことになるであろう。
非常に情緒的な「消費者の声」、「消費者の願い」のようなアピールやプロパガンダに依存した消費者側の対応ではもはや今回のような事態を乗り切ることが出来なくなっていることは明らかである。
(2) 消費者サイド独自の、輸入牛肉受け入れ案を提起することが出来るか
消費者団体独自のアメリカ産牛肉輸入再開問題についての考え方が明らかにされていなければならない。食品安全委員会や日米専門家協議で取り上げられる問題のアウトラインは現状でもほぼ推定できる。これらをふまえて、消費者団体側が協議して早急に対案をまとめることが必要である。批判や反対ばかりではなくて、消費者側からの体系的で積極的、具体的な提言が行われねばならない。そのための準備体制が整っているかどうかが問われている。この点では、運動組織であるとともに、事業体でもあって、現実に組合員に輸入牛肉を供給する立場にある日本生協連や各地の生協には特別に重い責任が課せられている、といわねばならない。
(3)意識調査を行って、消費者の意見を集約するための準備ができているか
提起されてきた食品安全委員会の報告書や日米協議の経過等に対する我が国の消費者側の反応は可能な限り正確に把握されていなければならない。本当のところ、消費者はどう考えているか、何を期待しているのか、を知らないで対策を語ることは出来ない。
おそらく現状では、消費者団体側の以上のような体制整備は非常に困難であり、残念ながらほとんど絶望的であろうと思われる。なぜなら、
@ 今日の我が国の大方の消費者団体は以上のような構想を具体化できるような力量を持っていない。
A 消費者側が推薦できるような専門家、研究者あるいは研究集団がほとんど見当たらない。日常的な連携構築の取り組みが行われていない。
B 対案構築のための消費者団体間の連携作業を実施することが困難である。呼びかけ役が見当たらない。組織間での日常的なコミュニケーションが極端に不足している。
C 以上のような対案構築のために必要な参考資料を収集する能力がない。国内外の関係情報の入手、共有のための窓口を持っていない。
D 今日の消費者団体側には、対案構築作業のために必要な経費、予算を支出することが出来る財政的な余力がない。具体的に会議を運営し、報告書を作成し、協力者に報酬を出すことが困難である。
E 今日の消費者団体側には、マスメディアへのアピール可能な力量が不足している。プレス側から対案を問いかけられるような要請もほとんどない。従って対案構築のための消費者団体自体の内部的な意欲の盛り上がりが弱い。
消費者団体の関係者各位に対しては、非礼を省みず、忌憚なく示すことにした以上のような私見が誤りであるとされるように、そして、成り行き任せの事態のなかに消費者団体側が埋没しないことを切望する。
ともあれ、今回の食品安全委員会、日米専門家協議の結論が我が国の消費者の食生活の安全性を確保する上で非常に重要な意味を持っているだけに、あらゆる支障を乗り越えて、納得できるような結果が生じることを願ってやまない。(完)
(5月20日)第1回アメリカ産輸入牛肉問題日米専門家協議を考える
5月18、19日にわたって行われた日米協議の結果について、本日の記事では「BSE会合で日米が平行線」、「検査目的めぐり異論」(5月20日、朝日新聞)と書かれている。
そのなかには、「会合ではBSEの検査の目的について、米国側がBSEの広がりを確認することだ、と主張。一方、日本側は食品の安全の確保が目的だ、として平行線をたどった。」とある。
詳細はここではまだ明らかではないが、現時点では次のようなことがいえるだろう。
@ 米国側はBSEの広がりを確認するために検査を行なっている、というが、かりにこれを認めたとしても、アメリカの現行の検査体制がそもそもBSEの広がりを確認することに役立っているといえるのであろうか、疫学的にそうした見解が成り立つ根拠があるのだろうか。出荷牛3500万頭のうち、わずかにその0,1%しかBSEの検査をしないでいて、「広がりを確認する」、などといえないことは明らかである。何よりもアメリカの消費者の約60%が日本並みの全頭検査を望んでいる(コンシューマーズ・ユニオンの調査)といわれているし、あるいは議会筋からもBSE対策の充実を求める意見が出ているというような、自国内での検査の実情を踏まえた発言をすることが必要であろう。
A 検査の目的は必ずしも調査に限定する必要はない。検査が「プリオン汚染の広がりを調査する」だけでなく、例えば我が国の全頭検査方式の下で、2頭もの30ヶ月齢以下のBSE牛の発見ができたように、「安全確保のため」に大いに役立っていることは明らかである。その意味で日本側の主張が正しかったことは言うまでもない。
B アメリカ側は先ず自国での検査体制をもっと強化せねばならない。提案されているような25万頭検査案でもまだまだ不十分である。国内的に業界の反対等があるとしても、輸出関連業者が求める輸出牛に限定した全頭検査案をなぜ認めないのか。現行の我が国の全頭検査には年間約100億円の費用が当てられているというが、もしもアメリカからの輸入牛肉で全頭検査をおこなえば、その3分の1程度の予算で済むだろう。たとえそれが最終的に消費者価格に転嫁されるとしても、おそらく輸入が再開される効果の方がはるかに大きいであろう。アメリカ側はそのような実際的な効果をもっとフランクに評価すべきであると思われる。
C 日本側が検査を行なうのは、「食品の安全性の確保が目的だ」としたことは正しい。もちろん検査は「汚染の広がりを調べるため」でもあることはいうまでもない。問題はどのような検査を行なうのか、ということである。アメリカ側がしているような現行の検査体制では、安全性の確保のためにも,BSEの広がりを調べるためにも役立たないのである。せめてOIEの基準をもっと厳しくして、20ヶ月齢以上の牛での全頭検査を義務付ける、というのであれば、検討に値する。しかし現状のままでは全く話にならない。
D アメリカ側の主張の背景にはおそらくアメリカ独得のコスト・メリット論的な考えかたがあるにちがいない。つまり、膨大な費用をかけてたかが数頭のBSE牛を発見したとしても、そのことで人のたとえばクロイツフェルト・ヤコブ病に関係するようなリスクはゼロに等しい、と彼らは言いたいのである。全頭検査体制はそのような意味で、「科学的に無意味であり、したがって非科学的である」と言うのであろう。危険部位の除去さえ徹底して行えばそれでよい、という意見もおそらく同様な、リスク評価論的な背景に基づいているものと思われる。こうした誤った考え方に対しては有効な反論を行うことが必要である。「リスクには絶対ゼロということはない。コストと見合う対策が出来ておればそれでよい」、とする一部の研究者たちの考え方を排除するために全力をつくすべきである。
あえてコスト・メリット論の立場での評価を行うとしても,我が国でこの3年間にBSE牛10頭を検出するために、全頭検査のために合計300億の予算が投じられたが、そのことによって低迷していた消費が回復し、したがって牛肉の販売量が安定的に増加したことによるメリットのほうがはるかに大きかったことが容易に証明できるであろう。かちえられた経済効果の大きさをアメリカ側に対しても十分に説明するべきである。
8月までには日米協議の結論が得られて、輸入の再開が可能になるなどと政府筋は語っているが、どのような論議を通して、いかなる結論が得られるのかに注目したい。(完)
(5月14日)アメリカ産牛肉輸入問題
―専門家協議の成り行きに注目するー
04年5月5日、ワシントン発のニュースでは、アメリカでBSE感染疑惑の牛が検査せずに処分されたことが報じられていた。見出しには「管理体制の不備露呈」と書かれていた。
アメリカの農務省の関係者は我が国のBSE検査の体系が非科学的である、などと述べているが、BSE牛第1号発見の場合のごたごたといい、今回の場合といい、アメリカの現状には、科学的、非科学的以前の、BSE対策自体を信頼しかねるような状況があることを指摘せざるをえない。
輸入牛肉の禁輸を解除するために、アメリカの中小の輸出関連の畜産業界が自主的に日本と同様な全頭検査を行なうことを提案したが、大手の畜産業界が反対して、結局、農務省が認めなかったといわれている。自由経済の国などといわれてきたアメリカらしからぬ話である。
そうした経過の中で、結局我が国の、アメリカ側がいう「非科学的な」全頭検査方式をアメリカ好みの方式に変えさせるために、今回の専門家協議を打ち出してきたものと思われる。
要するに問題は日米ともに、信頼性のある施策が実施されているかどうかである。信頼性のないBSE対策システムの上に「科学的」などというレッテルを貼りつけて見ても実効性はない。アメリカの現状のような体制の上に日米の専門家会議で何らかの合意が見られたとしても、実効性は期待されない。むしろ日本の消費者が危険にさらされることになるだけである。
5月13日には、アメリカのベイカー大使がこの夏ごろにはアメリカ産牛肉の輸入が再開されるだろうと語ったことが報道されているが、結局、日本はアメリカの言うなりになるに違いないというのであろうか。まだ専門家会議での科学的な討議が始まっていないというのに、なぜ楽観的なことが言えるのであろうか。安易な妥協案がすでに固まっているというのであれば、日本の消費者は決して黙ってはいないであろう。
BSEが疑われていた牛を「検査せずに処分」するような「管理体制の不備」を許してしまうようなことをしていると、輸入が再開された後の、ある時点で,BSE牛の第2号、第3号が見つかって大騒ぎになることは目に見えている。大手業界の声が中小業界を政治的に押さえ込むような体制があるかぎり、「科学的な検査体制」などと言うことはやめたほうが良い。
もう一度いおう。問題は実効性なのである。会議に出席する日本側の専門家はそのことを肝に銘じていてほしい。
(4月29日)アメリカ産輸入牛肉問題日米協議に望む
アメリカ産牛肉輸入問題の打開のための日米科学者協議がいよいよ始まることになった。この夏から秋にかけて結論を得たいということである。
この際、日米双方の政府に対して要望しておきたいことがある。以下に示そう。
1 協議の目的を明確にすること
何を、何のために協議するのかを参加者が明確に認識していなければならない。単に牛肉をスムースに輸出入することや牛どんチェーンの要望に応じるために科学者が討議するのが目的なのではない。消費者の食の安全を確保することが最大の目的なのであり、もっと正確に言えば、日本人の体内に摂食される異常プリオンの量を最小化するために科学的な討議をすることこそが真の目的なのである。
両国の国益とか、生産者、企業の利益というような、経済的な相互関係の強化、発展も重要であることはよくわかる。しかし、たとえどのような合意がなされたとしても、消費者の安全性が最優先されなければ、最善の結果は得られない。
2 最初に論点を整理しておくこと
協議の目的を達成するために、必要不可欠な論点を最初の時点において明確にしておく必要がある。たとえば、以下のような事項についての認識が問題解決のために必要となる。
(1) BSE、クロイツフェルト・ヤコブ病研究の今日的な到達点
(2) 未知、未解明な課題の所在
1) 牛肉のプリオン汚染部位の範囲
2) 感染経路
3) 人での最小発症量と感受性に関する個人差
4) 幼弱者、高齢者に対する影響
5) 肉骨粉、代用乳の問題性
6) 正常プリオンから異常プリオンへの変化と移行のメカニズム
たとえば、カリフォルニア大学のプルシナー教授らの最近の研究報告では、マウスの実験で、筋肉部位にも異常プリオンの蓄積が証明されたとされているが、この事実を牛での実際的な危険部位の除去に際して、どのように評価するかが問われることになるだろう。
科学者による協議である以上は、当然科学的な論理が尊重されることになる。しかしだからこそ未解明な部分を正しく認識して、慎重に対処することが求められる。BSE問題には今なお未解明な部分が数多く残されている。
たとえば、1980年代後半から最近まで、生後30ヶ月齢以前の牛ではBSEは検出されない、とされていた。専門家はこのことを誰一人として疑わなかった。BSEの本場であるイギリスはもちろんのこと、国際的な獣医学者の組織であるOIE(世界獣疫事務局)でさえも30ヶ月齢以上の牛での検査を推奨していた。おそらく今回の日米協議に参加する研究者たちも皆そう信じていたに違いない。しかし昨年、わが国で見つかった9頭目、10頭目のBSE牛は生後21ヶ月、20ヶ月齢のものであり、関係者を唖然とさせた。まさしく全頭検査を実施していたからこそ、このような事実が判明したのである。こうしたことはBSE問題には未知部分が大きく、慎重な配慮を必要とすることを示している。
3 予防原則の適用も考慮すること
前項で示したように、未解明部分が数多くあるような現状では、EUなどでは条文などに明記されている予防原則に従った実際的な判断を行うことが期待される。たとえば要除去危険部位の範囲を出来るだけ多く取る。BSE牛発見厩舎の牛を全部処分する、全頭検査を原則とする。20ヶ月齢以下