島本障害者共働作業所
《仕事編》


  立ち売り  大阪北生協前で月に一回出店し、住民とのふれあいをしています



 ここでは私たちの作業所の仕事の在り方についてふれてある記事をダイジェストします。



 作業所で売っている古本の紹介 ■
00年3月10日No22

 ここで、売っている本の題名を紹介しようというのではありません。
とにかく安いと言うことを知っていただきたいのです。
なにしろタダでご提供いただいた本ですから、高い値段はつけられません。
 値段が安いもう一つの理由は、本の程度によって値段に差をつけると、売り子さんが混乱してしまうということもあります。だから、ほんのお好きな方にとって掘り出し物が出る穴場であると言えましょう。

 だいたい本の古さを「消費税以前」「消費税以後」「バーコード管理」の3種類に よって見分けて、安いものは50円から一番高くても300円と言う値段の付け方をしています。しかも、お買い上げの量によってダンピングすることもあるようで、時には「そんな値段でええんですか?」と確かめられることもあります。

 シリーズもので欠けている号があったりしたら、のぞいてみてください。
 「よかったあったー!」 
と言う場面もありますので。

 本をご提供いただく場合、どんな本でもいただきますが、やはり新しい出版物であるほど回転が早いということはできます。百科事典や専門書は売れにくいと言う傾向もあります。もしもお宅の本棚を整理されることがあればよろしくお願い致します。
 家主さんが、「ホームページにはできるだけ最新の情報をいれた方が良い」とアドバイスくれましたので、これ以上最新情報はない!未発行の作業所便りでしたー!!
 喜ばれる商品を
99年10月5日No12

 あまり「差別だ!」と言う取り上げ方はしないようにしているのです。それを言うことによって相手との溝をさらに広げるような気がするからです。クソッと思ってもとにかくコツコツとやることで分かってもらうしかないのです。だから扱う商品も
文字を書ける人の仕事
「チャ−シュ−の値札つけ」

 「どうせ障害者がやっているのだから」
ではなく
 「フーン、結構やるやないか」
と思われる物しか取り上げないし、仕事に対しても誠意をもって取り組んでいます。
(差別よりこわいのは、同情や憐れみだと考えていますが、そのことは「私たちの主張の巻」で取り上げています。)

  喜ばれる商品を障害者やその作業所が自分たちの手作りの物を商品として、職場や自宅に売りに来た場合、お客様の反応にはいろいろあると考えられます。売る側は自分たちが「頑張って作った物」だから売れて当たり前…のような顔をしているのかも知れませんが。

 よくあると考えられるのは、
 「当面不必要だけど、頑張らはったんやから」
とカンパするつもりでお買い求めいただく場面です。世間に言う『義理買い』のパターンと言えましょう。その上に「顔見知りだから断り切れない」と言うのが加わると、双方にとって顔を合わせるのが不幸の始まりみたいなもの。そこにまともな人間関係が育つとは思えません。

 私達はこれまで一貫して、良い物・必要な物・よそにはない物をどこよりもお安く提供すると言うことを心掛けて取り組んでまいりました。リサイクル商品を一度でもお買い求め下さった方には、その安さ・便利さをご理解いただけると思います。また季節商品であるリンゴやミカンなどフルーツも無農薬、省農薬の物で、スーパーなどでは売られていない安心できる商品ばかりです。
 4月から取り組み始めたパンも、箕面市の障害者が作っているというだけではなく「無添加」と言う付加価値がついています。数回取り組んだお弁当の販売だって「手作り・無添加・家庭の味」を売りにしました。さらに最近手作りして売り出しているチャーシューも同じ発想から生まれました。

 チャーシューを訪問販売して、
 「おいしかった」
との感想を寄せられ、それが私達の知らない所で口コミで広がり、決して義理や同情からではなく
 「おいしいから買うのだ」
と言われて次回の注文を受けたとき、本当にうれしくなります。何か自信を持ってお勧めできる商品だということがうれしい。

 もちろん作る側にも「なぜその商品になるのか」と言う理由はいろいろあります。力量の問題とか衛生面の課題とか、作る中身に社会的な広がりが見通せない内職のようだとか…。でも、結局お客様になって買ってくれる人達のニーズとぴたりと合わないと、義理や同情買いにつながりやすいのだと思います。ここが大変難しい所です。

 義理や同情を踏まえた私達との付き合いは決して長続きしませんし、かえってそのことが障害者を甘やかすことになり、決して彼らの自立を手助けすることにならないと考えるのです。
 私達は
 「おいしいから買うのだ」
 「安くて良いから買うのだ」
とお客様から言われるような物を、仕入れたり商品開発したりし続けることが、障害者の自立を支援する仲間の広がりにつながるのだろうと考えています。

 今後とも、もしも気に沿わない物がありましたら、どうか
 「まずい」
 「高い」
 「いらない」
ときっぱりとおっしゃってください。
ショックは受けるだろうけど、やっぱりそのお言葉を土台にして私達は伸びて行きたいのです。

 自尊心が高いでしょう?突っ張っていると見えるでしょうか…でも、世間に対してひたすらひれ伏すような生き方で、障害者の本当の自立が図れるでしょうか。私達はやっぱり「自尊心の高い障害者」でないといけないと考えています。

 ペリカン便始まるパンの販売は9月7日まで中断します
99年7月3日発行No7
                      
  7月3日から日通のペリカン便の配達が始まりました。この仕事はここで働くどの人もが、それぞれの役割を受け持ってかかわれる仕事として、約10年前から始まりました。お中元・お歳暮の品物が混雑する繁忙期だけの取り組みです。初めは若山台や水無瀬など住所表示が分かりやすい地区から始めたのですが、慣れるにつれて広瀬・東大寺・山崎と、今でも旧住所表示を使った荷物が届くややこしい地区を受け持つようになりました。

 この時期になると、
 「荷物の仕分けをしなければならない」
と自覚しているからみんなの出勤が早くなります。
朝から荷物を待ち受けて、荷物を住所表示毎の分類をし、伝票を配送の道順に沿って並べて、荷物を道順の逆に取り出して積み込みます。終わると一人が助手席に乗って配送へ出発。

 これだけで終わるのならこんなに楽な仕事はないのですが、住所の標記や電話番号が間違っているのが多くて困ります。ただし町内を足場にする10年選手だけに 町内の地理に詳しいからプロの運送屋さんよりも土地勘があり、たちどころに場所を分析してしまいます。また、留守宅が多くて、何回も出直さないといけないことも困ることの一つです。
 夜遅く配達したり、早朝に配達したり…お客様のご都合をいつも考えておかないといけない仕事です。また、今はまだ梅雨で雨の日が多いから、大切な荷物を濡らさないようにすることにも神経を使います。

 でも、これが始まって職場が活発になりました。
みんなの意識が高く、自覚した取り組みをしています。世間にはいろいろ言う人もいるようですが、作業所のメンバーのこの意欲と正確な仕事ぶりは日通も認めてくれているのです。

 さて、こんな取り組みがある一方で、6日は1学期最後のパンの販売日です。十時過にパンを持って帰った後の、パンとペリカン便の荷物の配達とが錯綜するから大変な一日です。そんな事もあって、20日のパンの販売は中止させていただき、9月7日から再開いたします。どうかご了承ください。
 投稿 前号の記事『作業所での仕事』を読んで…
さすが天下の日通はえらい!
99年6月22日No6

 6月8日付の第5号を読んで、島本障害者共働作業所が障害者に仕事を合わせるために、仕事を求めていろいろと遍歴を重ねて来られた様子が良く解りました。「この仕事はどうかな?」と見つけた仕事がうまく行かなかったときの気持ちは、私は想像するだけの立場ですが、悔しかったりつらかったりしたのだろうなぁと思いました。

 でも私が島本障害者共働作業所の皆さんと同じ立場になって腹が立ったのが、給食などの食材を配達する仕事が、議員の人が議会で
 「衛生上問題はないのか」
と問題にしてやめざるを得なかったという話。
「障害者=不潔」と言うとらえ方や発言は、法務局に訴えても「差別だ」と判断してくれると思います。そんな議員を選んだ私たち有権者の恥だと思いました。

 もう一つ、今取り組まれているペリカン便の仕事についての話も、無性に腹が立っています。
日通へ
 「天下の日通が、子供みたいな障害者を使って働かせても良いのか」
と言う苦情を寄せる人達の話です。

 企業が障害者を雇い入れることは法律で決まっていて、法律で決められた割合に達していないと、反則金を取られると聞いています。世の中には、障害者を雇い入れるよりも反則金を払った方が安上がりだと言い切っている企業もあると聞きました。
 そんな世の中なのに、日通は作業所を通して立派に障害者の働く場を提供しているのです。もちろん雇っているわけじゃないから、ひょっとしたら日通も反則金を払っているのかも知れません。でも、そんなくだらない苦情に耳を貸さず、島本障害者共働作業所に配達の仕事を以来し続ける日通はえらいと思います。

 あの記事を通して、障害者が働く場を得られないのは、彼らの作業する力が少ないからだろうと単純に思っていたけれど、それだけではないことを思い知らされました。『障害者が不潔』とか『障害者は子供みたい』と言うのは、全くの予断と偏見を元にする差別の受けとめ方です。そりゃ中には子供みたいな人も、不潔な人もいるかも知れません。でもどんなことがあっても、障害者全体をそのように決めつけるのは差別です。差別意識が彼らの働く場を奪っているのです。島本障害者共働作業所がこれからも、その差別と闘いつつ、ますます発展されるよう祈ります。 (一住民)

『障害者』作業所での仕事
これまでの取り組みを振り返りながら考える…
99年6月8日No5
 
 「どんな仕事をするのか」
と言うことがいつも問われています。
今までもいろいろやってきました。「仕事に人を合わせる」のではなく「人に仕事を合わせる」という考えからすると、これからもいろいろやって行かざるを得ません。「人に仕事を合わせる」と言っても、現実には一人一人が自分の意思で「こんな仕事をしたい」と決めるわけではありません。

 常にいくつかの仕事を提示し、“ためし”に実施しなければなりません。そんな中から一つでも二つでも「これが私の仕事」と言えるものがあれば良いのですが、これも現実にはなかなか決まりません。その上、せっかく決まった仕事が続けられなくなることも多いのです。何だか愚痴か言い訳のようになりますが、もう少し続けます。

 例えば、鮮魚屋さんをしていたことがあります。7年間続きました。
おかげでそれまで「食べる」しか縁のなかった魚介類を、名前を覚え、手で自由に触れるようにもなりました。何よりも新鮮さと珍しさで、考えられないほど大勢のお客さんと出会えました。その出会いは、まず魚を通してしか出会うことがなかったはずの出会いでした。
それは鮮魚屋をやめた今でも大きな財産です。
 しかし一方で魚の取り扱い量が増え、お客さんの要望が多様化(切り身やパック詰め等)する中、「産直」では賄い切れなくなり、魚の仕入れがスーパーや町の魚屋さんと同じルート(中央卸売市場)に変更されることになり、やめざるを得なくなったのでした。

 それから、学校給食用の食材や、学童保育や保育所へのおやつや食材を配達したこともありました。
2年あまりでやめました。町議会で「障害者」が配達していることを知った上で「衛生面で問題はないのか」等問題にされたからです。

  ますます愚痴っぽくなりましたが続けます。

 牛乳パックの回収運動にも協力してきました。
牛乳パック100%のトイレットペーパーやティッシュペーパーも売りました。回収には協力的な人も、トイレットペーパーやティッシュペーパーは買ってくれません。
島本町が資源ゴミとして回収するようになってやめました。6年あまり続けましたが、一円のもうけにもなりませんでした。

  「粉せっけんを使いましょう」運動(合成洗剤追放運動)もしました。
廃油回収や粉せっけんの販売(販売のみ今も行っている)もしました。廃油を売りに来る人はいても、粉せっけんは売れません。ついでに、現在中心となっているリサイクルの仕事。
不用品を持ち込んでくれる人(毎日のようにいただきます。とてもありがたいです)は大勢でも、不用品を買ってくれる人は少数です。

  いっぱい言い訳をしました。
でも私たちは、これからも言い訳をしながら、愚痴を言いながら存在し続けます。いろんな人との出会いを楽しみにして、出会いの中から自分たちの存在理由を感じながら。

 もうすぐ7月がやって来ます。7月というのは『日通のペリカン便』のことです。にの仕訳から伝票の整理、配達と全員がフルに動く仕事のことです。そして毎日新しいお客さんとの出会いがあります。作業量としても、収入減としても、とても重要な仕事に一つです。私たちは精一杯心を込めてお客様の荷物を届けているつもりです。
  それでも毎回『日通』の方へ直接苦情等が入ります。連絡先は962−3485(作業所の電話番号)と記入してあるにもかかわらずです。中には「天下の日通が、子供みたいな障害者を使って働かせても良いのか」というのもあります。役場の人や学校の先生、障害者の親というのもあります(ナンバーディスプレーで解る)。『日通』は苦情処理として対応しています。
  『日通』の仕事はいいかげんな理由で失いたくありません。1年に2度ではありますが(7月と12月に約一カ月ずつ取り組みます)集中的に全員で汗を流して取り組める仕事だからです。

  「努力が足りない」
という批判もあります。一方で
 「そんなにしなくても」
という同情もあります。
でも私たちはそれぞれができる範囲で精一杯やっているつもりです。
人に仕事を合わせていこうとする「障害者」の作業所としてのジレンマに陥りながらも。

 我がままでしょうか。
 独りよがりでしょうか。
 それともやっぱり『愚痴』ですか。
  
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