2003年度10月10日 第13号(通算106号)
『作業所だより』最新号より
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                                   唯一の北海道らしい風景・カルデラ湖
主張/力関係

 島本障害者共働作業所では日常的に5人の「障害」者が働いております。そのうちたった一人の女性は年齢も高く、企業で働いていたこともあり社会経験も豊富ですから、この人は他の4人の男性からは一目置かれており別格です。面白いのはこの4人の男性たちの力関係。

 年齢の高い順にアルファベットで表すなら、Aさんは体が不自由なうえにまともな会話が難しい人です。私達の言っていることはおよその見当をつけて理解できているようですが、口から発するのは攻撃的な言葉が多い。Bさんはオーム返しのような発語が多くて、これまた言葉を使った自己表現が苦手です。穏やかに暮らしたいと思っているせいか、私達が他の人を叱責すると突然怒り出すということがしょっちゅうあります。CさんとDさんは拙いながらも言葉を使って自己表現ができる人達で、Cさんはそのうえ簡単な計算なら暗算でできます。

 こういう4人が一緒に働いていると、私達から見ていて「そんなんありか?」と思わされたり、経験って大切やなと考え込む場面がしょっちゅう出てきます。

 八百屋をしている最中は、計算ができ見るからに押しの強そうなCさんが仕切っております。指示・命令的な言葉も多く、農園の息子であることもあって「野菜部長」などと呼ばれておりますが、いざ伝票を書くとなると、BさんやDさんにはかないません。Cさんにとってデスクワークはテンカン発作の素なんです。八百屋の時のAさんは店先から離れた場所で独り言を言っていますが、若い女性が買い物に来られたときだけは参加して、自分の名前を売り込んでいます。でもAさんは野菜くずで汚れた作業所を掃除するのは自分の仕事だと思っておりますから、朝の野菜の仕分けなどが終わると何も言われなくても掃除しています。この点は立派に仕事しているなあと思います。自尊心が年齢分だけ高くて、みんなとは違うんだという態度を取りますが、みんなの方は「もう一つ分かってない人だ」と思っているようです。

 先日も生協へ1.8リットルのミリン6本を買い出しに行った時、一番若いDさんが棚から降ろし、最年長のAさんが一人でそれを運ばされておりました。レジを通って袋に詰める時も「一つに入れると重みで破れるから二つに分けなさい」と指示され、4本と2本に分けて2本の方をDさんが持つのかと思ったら、両方ともAさんが持たされておりました。結局Dさんは店長に叱られてしまいましたが。

 判断力が弱いと見破られるとその点を突っ込まれるし、気が弱いと見られるとそこをつつかれるんですね。でも、北海道の最後の朝には4人連れだって荷物の整理を終え、食事券も持たないのに勝手に朝食を食べているというような仲間意識も片方で育ちつつあるようです。その『仲間意識』の内側にも、力関係の微妙なバランスがあるらしいのですがね。

 そもそも私達の人間社会は「障害」者も含めたいろいろな人の集まった集団が自然なのであって、「障害」者だけの集団が作られてしまう社会がおかしいわけです。そのおかしさの中での彼らの力関係も、いつかは自立生活の役に立つ時が来るのでしょうか。

  北海道へ行って来ました!A   

 前号の続きです。前号については北海道出身の先生から「たかだか4万円でウニやカニを食べようなんて…」と学校の廊下の片隅に呼ばれて爆笑されました。もちろん100%その通りだと思いますよ。でもでも…せっかくの北海道!


 4;『食』への不満の爆発

 ウニもカニもイクラもない、ラーメンすら食べる機会がないと言う不満は最後のホテルで爆発しました。女性を中心に「明日の早朝ホテルの近くの市場へ行って買い物をし、市場の食堂で美味いものを食べよう」と言う相談です。ホテルの従業員に相談して「室蘭市の日の出市場へいけば美味いものがある」と聞き出しました。

 翌朝4時に起き出し5時には7人が2台の車で走りだしました。話に聞いた市場をまだ数少ない通行人にたずねながら30分かけてやっとたどり着きました。どうやら競りが終わったところの卸売市場のようなのですが、お店の人に聞くと「箱買いなら分けてあげます」とのこと。ケガニやイクラなどしこたま買って、お店の台車に積んゴロゴロ引きながら意気揚々と「今から何食べようか」と話ながら歩いていると突然然警備員に「ちょっとちょっと、あなたがたはどこから入りましたか?」と呼び止められました。「正門から入りました」「困りますなあ。ここは素人の方は入場禁止なんです」「ホテルの人に聞いて来たんやけどここは日の出市場とちゃいますのん?」「ここは室蘭市の経営する卸売市場です」とうとう代表が警備員の詰め所にしょっぴかれまして、みんなもぞろぞろついて歩きながら関西弁で「そんなら日の出市場はどこやねん」「大阪やったらかまへんのに」などとやっているうちに警備員の顔もほころびまして「日の出市場は隣です」に大爆笑…許してもらえました。

 その後日の出市場へ行ったけれど開いている食堂が一軒だけ。そこでラーメンを注文しむさぼり食ったけど…美味しくなかったです。不発でした。

 やっと北海道を味わえたのは、帰りの新千歳空港で3000円の上にぎりを食べた時、飛行機への搭乗40分前のことでした。


 5;「障害」者の自立行動

 市場に行った最後の朝は、多くの人が出掛けてしまったので言うなら人手不足でした。急いで帰ってみるとこの3泊のうちで初めて、男性「障害」者がまとまって行動しておりました。部屋にはカギを掛け、5人揃ってロビーに降り、食堂が開くとそのまま食券もなしに朝食に入り、私達が食事に入るころには手慣れた様子で食べ始めました。後で調べて見ると、みんなが荷物の整理も終えてから食事に降りたようで、それぞれのカバンがきちんと並べてありました。

 親がいるとつい口出しをして「靴下は?」「今日はこれを着なさい」とやってしまいます。そうなると彼らは思考停止を起こしたようになって、言われるがまま。さらにそれを強い調子で言うとそのまま固まってしまい、マネキン人形になってしまいます。この朝は大勢の人がいなくて、放って置けば自分たちで曲がりなりにもできるという彼らの力量の程が試された結果となりました。おそらくは、これまで何回か繰り返してきた旅行の成果であるとも言えるでしょう。


 6;三日間で約800km以上走りました

 実質3泊3日でしたがその走行距離は800km強。毎日のほとんどを車の中で過ごしていたみたい。誰がどの車に分乗するかは、毎朝のアミダクジで決めました。クジの結果には若干の片寄りが出てしまいましたが、誰にも手の加えようのないクジですから多少不満があっても持って行き所がないわけです。

 乗車メンバーが変わることで、いろいろと新しい発見もありました。おとなしいと思っていた人が結構ふざけて面白いことを言うとか、特に初めて参加された父親には我が子以外の「障害」者に新しい発見がいっぱいあったようです。

 「障害」者手帳を持つ人以外は、全員運転免許証を持っているというメンバー構成でしたから、他人の運転についてはなかなかうるさい集団でした。4台連ねて走ると、信号などでは無理せざるを得ないことも起こります。ルールを守ろうとすると、「何してんのん」と手厳しい。それに何分単調な道路の運転ですから居眠りを誘われまして、後ろから見ていると突然ゆるやかな蛇行が始まり、あわてて運転手交替を告げる場面もありました。チームを組んで走るのもなかなか楽しかったです。

 800kmを全くの無事故で走れて、本当によかったと思います。


   7;来年は淡路島!?

 そもそもこの旅行は、昨年沖縄へ出掛けた帰りの飛行機が関空に着くなり「楽しかった!来年はホッカイドーッ」とある「障害」女性が叫んだことから始まりました。今年はこちらも気になって旅行中から「来年はどこへ行くの?」とたずねていました。彼女はためらわずに「来年はね…淡路島!」と言いました。「洲本温泉」とも「阪神淡路大震災怖かった」などとも口走っておりました。

 来年は淡路島なら近くて簡単です。それにもう少しやすい値段でも、もっといい所に泊まって美味しいものが食べられるでしょう。時期を暑い夏に早めて淡路島一周、洲本温泉を含めて2泊ほどして、野島断層やタマネギ畑の見学をして、できれば海水浴なんかも織り混ぜながらやれば楽しいでしょう。やはり、いくら安上がり旅行でも沖縄や北海道は遠いですわ!

 ちなみに、帰ってからガソリン代や通行料金、みんなで食べた昼食代の一括支払いなどを清算したら一人5000円でした。全行程合計45000円の旅でした。


 携帯電話購入顛末記


 島本障害者共働作業所の店長は、機械が大好きなくせにIT関係の機器や携帯電話などの利用が大嫌い、触るくせに使わない…その主な理由は、私生活を脅かされる・時間を支配されるなどと言うものでした。

 パソコンはともかく、携帯電話を持とうとしない点が仕事を進めていくうえで困ることが多かったのです。彼が配達や仕入れに行く時は必ず携帯電話を持っている「障害」者を連れて行くのです。しかし急用で飛び出したときなど「携帯連れて行くの忘れよった」などと連絡が取れなくて困ることもしばしばありました。私達は、「店長という責任ある立場を全うしようとすれば、今の社会で携帯電話を持たないというのは許されない」などと迫るのですが、頑として言うことを聞きませんでした。

 先日ある方が、携帯電話を紛失して新たに買い替えられた後に、紛失した携帯電話が見つかるというアクシデントがありまして、後で出て来た電話機を作業所にプレゼントしてくれました。絶好のチャンスです。経営委員会も何も通しておりませんが、私の専決事項で先にドコモへ行って回線の接続の手続きしてしまいました。この電話機は作業所の口座から料金が引き落とされるようにしてありますし、作業所の専用電話です。それを他の電話を使える人はみな携帯電話を持っていますから、店長が専用で使うことにしました。

 「ハイ、店長専用の携帯電話!」と手渡したとき、困った顔付きをしながら「家には携帯電話は持ち帰りませんから」とのはかない抵抗…しかし、目はうれしそうに笑っていたのを私は見逃しておりません。

 ちょうどその日に経営委員会がありましたので「事後承諾ですが」と承認を求めました。経営委員さんには携帯電話を日常的に使っておられる方も多く、中には会社から携帯電話を持たされている方もおられます。議題の中で「公的携帯電話の使用規定について」と言う一項を設けておりましたが、会社から持たされている方から「そんな公私の区別なんてつけようがないから、私はいろいろなことに使っています」「そやそや、私的な連絡がラーメンの注文につながることもあるんやから、自由に使ったらいいやんか」「あんまり難しいこと言わなくてもええんとちがう」と、細かな規定を作ることに疑問が出され、使う人の良識に任されることになりました。

 店長、根が機械好きなだけに今、与えられた携帯電話にのめりこんでおります。接続の手続きをしたときにメールだけは使えるようにしておきました。早速メールアドレスも作ってやりとりを始めております。そして先程注文の野菜の収穫に出た時もこれまでのように“携帯電話の所有者”を連れて行かずに飛び出して行きました。もう大丈夫、これで仕事のうえでは一安心です!

 次は…なんとかしてインターネットの世界に引きずり込まなくてはと、また次の手を考えることにしています。

   
      


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