2004年度11月19日 第16号(通算133号)
『作業所だより』最新号より
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                                     中学校から実習生が来ました
主張/指示待ち人間

 この道30数年の店長がよく「重度の人がしんどいと言うのは幻想だ、軽度の人の方がずっとしんどい」と言って来ました。最近は私もそうなのかなあと思うようになりました。

 例えば私たちの作業所の一番の課題である「自己判断力」で言いますと障害の程度が軽い人ほど『指示待ち』になってしまうのです。最重度だと言われる人は、部屋が汚れておれば誰にいわれるでもなくホウキを持って来て掃除しております。それに比べるとはるかに力量のある人が野菜くずを手にして「これどうするの?」、野菜の入ったカゴを抱えて「どこに置くの?」といちいち指示を求めます。もちろん最重度の人の間違った判断にあわてることもあるけれど、後でなぞって考えると「なるほど、こう考えよったな」と理解出来て笑えるのですよね。軽度の人の指示を要求してからする行為よりも、こちらの心が安定します。

 オーム返しが多くて会話が成立しない人がいます。従業員仲間からもいいように扱われて、ジュースを買わされたり取り上げられたり…後から片言のようにして私たちに訴えられてあわてて何があったか調べる場面もあるのです。その彼に里芋の髭根を取らせると完璧です。黙ったまま一日中でも髭根を取ってくれます。彼を都合よく使っている他の誰かにやらせてもあれだけ完全には取り切れません。たいてい途中でいやになり、取り切れない髭根が付いたまま箱に入れてあります。

 つまり軽度だと言われる人は飽きっぽいし仕事から逃げようとします。そんな自分の立場を守るため、言わないで黙っておくようにもできるし、場合によってはしたことを「やってない」とも言えます。従業員同士のトラブルが起こると、むしろ重度の人の言い分が信頼出来る場面が多いものです。

 おそらく私たちの指示を聞いてから行動を起こすというのも、自分で判断で起こした行動が間違っていたら叱られるしそれを避けたいという意識が絶えず働いているのでしょう。手にしたゴミの捨て場すら自己判断を避けて通る生き方です。

 このような生き方もしくは行き方は、長い彼の生育歴で身につけたものでしょう。家庭や学校で意図菜と付き合ううちに自然に身についたのではないでしょうか。それに比べて重度の人は親や先生の指示を受けて行動する力量もないと見なされ、周りの大人がやってしまっていたから、成長してから作業所のような所で自己判断を迫られると素直に行動を起こせるようになったのかも知れません。

 こう考えてくると、指示待ちの現象は自分に責任が回ってくることへの「自己防衛」とも言えるでしょう。彼らがたまにつく強情なウソもそうだと思いますし、だからこそ扱いが難しい。その点重度の人はあるがままです。世間の人は「かわいそうに、何も出来ない」と思ってくれますから仕事を手伝ってくれるしウソなんかつく必要がないんです。確かに『楽』ですよ。

 二日間中学生が実習に

 11月11日と12日、校区の中学校から2年生の男子が一人「職場体験実習」にやってきました。うちのような「障害」者作業所というと、「障害」児がやってくる場合が多いのですが今回は健常児でした。考えて見れば「福祉関係の職場」として健常児が来るのは当然の事かも知れません。「障害」児は就職先が見つけられず、やむを得ず作業所に来てしまうのですから、彼らの場合は「職場体験」と言うよりはお年寄りが老人ホームに体験入所するようなものになるでしょう。

 彼は将来消防士になること、今回の新潟県中越震災での消防士の活躍振りなど眼を輝かせて語っていました。決して第一希望でこの職場に来たわけではないけど、また独りぼっちで来ることに戸惑いはあったけど、「障害」者とのお付き合いは将来の仕事に生かせるに違いないと自分の口から話してくれました。

 ここの従業員が毎日の仕事として取り組んでいる野菜の収穫や袋詰めなどをやってもらいました。まあ手の早いこと…遅いのに慣れてしまった私たちには驚きでした。一日目は木曜日でしたから、3時過には売るべき野菜もなくなりおよその仕事が終わりました。お茶の時間にしてソファーに座っておしゃべりしていると「もうすることがないんですか」と言います。「まあ今まで仕事したんやから茶でも飲んで」と言うと、(そんなことしててもいいのかなあ)と言う表情です。適当に休みながら仕事する大事さも分かってもらいました

 配達に連れて回りました。小さな町なのに初めて行く場所が多いのですね。「君ら家の中でゲームばかりして遊ぶから、町の探検なんてしたことがないんやろ」と言うと、素直にそのとおりだと認めていました。とにかく知らない町名があるのです。一日目は町内の山奥の村・大沢に弁当の材料にする生シイタケの商談に登りましたが、もちろん生まれて初めて行ったそうです。二日目は学校巡り…職員室にラーメンやパンの注文票を配って回りました。学校に着くと「へーっ門が閉まってるんですね」などと外から見る自分の学校に驚いており、なかなか楽しい作業でした。

 複数の生徒で行った他の職場と違い、うちはやってもらうことがたくさんありまして結構いろいろと体験してもらったと思います。仕事がなくても「障害」者としゃべったり観察したりする事も体験です。近所のコンビニに弁当を買いに行ったら、数名の生徒が突っ立っていました。あれは体験するべき仕事が足りないのかも知れません。 一日目は作業所で販売している野菜をお母さんにお土産に持ち帰ってもらいましたが、帰りに学校に立ち寄ったら女の先生方がワーッと寄って来たとのこと。野菜の高値ですからね。二日目はお昼ご飯に作業所の特製ラーメンを作って食べてもらいました。これも「体験」ですから。「美味しい!」と言ってぺろりと平らげていました。

 作業所のメンバーも、いつも怒り出す人が怒らなかったり、みんながいいところを見せようとしているようで、なかなか愉快な現象でした。

 
 “介護者の会連絡会”への弁当仕出し

 11月16日、北摂7市一町の家庭で老人介護をしている人達が集まって、励まし合い支え合う連絡会が開かれました。その参加者へのお弁当の仕出しを頼まれ、ふれあい弁当と名付けて63食仕出しました。

 参加者の年令が比較的高いから、よく使う揚げ物をメインにせずに作りました。

      ふれあい弁当口上

 本日は遠路よりこの島本町まで『老人介護者(家族)の会活動交流会』に足をお運びいただきましてご苦労様です。私どもは「障害」者の自立生活を目指して活動しております島本障害者共働作業所と申します。今日のようなお弁当作りも「障害」者の調理実習を兼ねた活動内容となっており、日ごろの皆様のご活動に連帯させていただくつもりでお作りいたしました。

 ご飯は地元桜井産の「日の光」の新米でございます。それに秋の味覚の茸に私どもの製造販売しておりますチャーシューを散らして炊き込んだ茸御飯といたしました。 主菜は三陸沖に上がりました秋鯖の塩焼きで、京都の錦市場より取り寄せました。脂の乗り切った秋の味をお楽しみください。それに添えまして、鳴門市でEM農法で生産されましたサツマイモと、町内の山奥の村、大沢で生産されましたシイタケを天ぷらにし、エビ天をつけました。下に敷きましたのは私どもが日常的に販売しております町内・桜井の農園産のチシャでございます。

 私たちのお弁当の定番になっております煮物は、桜井の農園産の京芋と呼ばれるタケノコ芋に人参、ブロッコリーとゴボウ、大山崎町は加賀食品さんのヒロウスにコンニャクなどを煮含めたものでございます。ヒロウスにはお願いして私たちの手で皮を剥き加工しましたギンナンを一粒ずつ入れていただきました。

 鶏ミンチのあんをかけました大根も桜井の農園産の大根でございます。本当は熱々を食べていただきたかったのですが冷めても大変美味しい大根だと思います。

 酢の物は太ネギとイカをヌタ風に仕立て、卵料理は私どもがイベントで出店しますラーメンで使う味卵でございます。半熟のまま中の黄身まで味が通っている加工にご注目してお召し上がりください。

 デザートのミカンは茨木の果樹園から取り寄せました大阪府知事認可のエコ農産物花が咲いてからは農薬を一切使わず育てたものでございます。

 このお弁当は、今日お集まりくださいました皆様の日ごろのご活動に敬意を表し、交流会に大きな成果が得られることを念じつつ早朝よりすべて手作りいたしました。私たちの手では食品添加物は一切使っておりませんので、今日のお昼ご飯としてお召し上がりくださいますようお願い申し上げます。

  介護者(家族)の会活動交流会ご参加者ご一同様
 ホームページ10万人目!

 私が定年退職した年に、教師になって初めて卒業させた人達が同窓会を開いてくれました。その時に卒業生のアルファー師が私が持ち込んだ「作業所便り」を読んで、「インターネットを使って全国に発信しませんか」と誘ってくれたのです。当時の私は「パソコンなんて今更…冥土の土産にしかならん」と言う意識でした

 しかし、彼からは文章さえ寄越せば自分がやって上げるからと強く勧められ、彼の家の彼のパソコンの彼のホームページに間借りする形で『作業所便り』のページを開設しました。初めのうちは彼も私も仕事の最中に家に行き、パソコンを前に座り込んでやってもらいました。だから私のハンドルネームは今も初心忘れるべからずの気持ちを込めて「magarinin」なのです。その後すぐにホームを独立し、私もパソコンを 買い入れ、またホームページの管理方法についても少しずつ自立しております。

 そんな頼りないホームページではありますが、どんどんとアクセス数が増え初め、アクセス数はこの11月12日を持って10万人目の切り番を迎えることができました。4年以上かかっていますが、最近は1年間で3万人ぐらいのペースになっております。初めのうちは1000番毎に、最近は1万番毎に切り番を設定して景品を出して来ました。しかし、まるで「障害」者の作業所から物をもらうのは気が引けるとでも言うように切り番を取ったことを言ってくれる人が少なくて、一番近かった人で分け合うなどの方法をとっておりました。

 今回は10万番という大台ですので、ぜひともうやむやにしたくないと言う思いとこれだけ続けられたのはアクセスしてくださる皆さん全ての方のお陰だとの考えで、99600番から100番毎に10500番まで10人の方を『10万番の切り番』を取った人として申告していただきました

 今回は100番毎10人の方全員が申告してくださいました。特に10万番きっちり取ってくださった方も判明。その中から抽選で3人の方にチャーシュー付きラーメンセットを相当額(いつもの3000円程度)をプレゼントすることにしました。 その抽選方法は、私の作ったアミダクジ(これも切り番を取った方からのご提案)作業所の従業員が好きなように手を加えて作成者の意図を消すという方法で抽選しました。その結果、99900番の“てらすらいむさん”と100200番の“ポンタさん”、100500番の“しゃこばさぼてんさん”の3名の方が当選し、ラーメン&チャーシューのセットを送料作業所負担でお送りすることになりました。この3名の方は全く私の知らない所でホームページを見ていてくださった方々で、ある意味大変うれしい存在です。

 ネットの広がりの大きさとつながりの強さをしみじみと感じております。アルファー師の勧めに乗らなければ、決して広がらなかった仲間たちの広がりに感謝しつ次の大きな切り番、20万番まで元気に続けたいものだと思っております。

   
      


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