2008年10月14日 第15号(通算230号)
『作業所だより』最新号より
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| 北海道のアスパラガス佐藤農園で(赤いシャツの方が佐藤さん) |
| 主張/旅行を終えて |
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9月21日からの北海道旅行は、たくさんの成果を収めて終わりました。特にアスパラガスを作っていらっしゃる佐藤さんのお宅を訪ねて交流し、来年五月からもアスパラガスを卸してくださることになり、ほっとしました。佐藤さんも私達が本当に大阪から訪ねてきたということに驚き、喜んでくださったことが、私たちもうれしかったです。
また、平素付き合っている飯田農園とはスケールの違う大規模・単作農業にも触れることができ、勉強になりました。人手不足を補うために、中国から女性研修生を受け入れ、彼女たちが日本の農業を支えている実態も目の当たりにし、考えさせられることが多かったです。
しかし、もう一方で親を含めた応援団に頼るスタイルの旅行には限界が来ていることも知りました。参加したのは「障がい」者7人とその親が6人、そして応援団が4人に私たち専従2人の総勢19人でした。その親の中に加齢のために「障がい」者以上に手がかかる方も生じておりました。

また、一人一部屋で宿泊したのですが風呂に入るかどうか、着替えをするかどうかぐらいは放っておいても命に差し障りある問題ではないだろうに、気になってわが子の部屋の前でドアを開けさせるための大きな声が響き渡っておりました。従業員の部屋に内線で電話すると電話したはずの相手じゃなくて親が出て恥ずかしそうに応答する場面も何回かありました。バッグにどのように詰めておろうと、四日間風呂に入らなかろうと、着替えをしなかろうと、それが学習だと考える私たちに対して、自分がついていてそんな無様な姿にはさせられないという親の気持ちも分からなくはないのですが。

一方古参の「障がい」者自身は、数年前の「なると金時」の買い付け旅行以来、キーロックの怖さは身にしみておりましたし、その解決方法も知ってちゃんとロビーに行って開けてもらっていました。新入りの人は二,三回キーロックをやってその都度仲間に助けてもらってました。つまりあの時学習したことが身についていたのです。
命にかかわることならともかく、失敗の経験から学べばよいと考える私たちと、わが子には失敗させまいとする親たちの温度差のようなものを旅行中ずっと感じさせられました。決して親を非難しているわけではありません。立場の違いによるものですから。
そのように考えてくると、親もふくんだ旅行は私たちにとって確かに肉体的には楽ですが、そのことで失う機会もたくさんあるということ。多少しんどくても生活の自立のためにも、一杯失敗を経験できるような旅行に変えていかないとなぁと思いました。今年の旅行は「障がい」者のエピソードが少なかったです。
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連載A北海道へ行きました!
二日目;アスパラ農家を目指して |
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ホテルでは1350円払えば「朝食バイキング」が食べられるのですが、この日の日程は強行軍ですから「食わないとソン」みたいにしていつまでも食べる人たちをここへ入れると出発が遅くなる。だから、朝から開いているファミリーレストランがあるだろうと、8時前に出発することにしました。ところがR君のお父さんが一人だけ来ない!探しに行ったら、「朝食バイキング」会場で一人で食事中!ホテル代に朝食代も入っていると思っていたようですが、年配の紳士が当然のようにして会場に入っていくとノーチェックなんですなあ。
初めの目的地はアスパラガス農家の佐藤さんのお宅です。カーナビに住所を入れるとちゃんと目的地設定ができたので走り出しました。途中で朝食を済ませ、それぞれの車にカーナビが付いていますから自由に、高速道路をばらばらに走りました。北海道の高速道路は走ったことはあるのですが、グリーンベルトの幅が広くて林 のようになっていることに今回初めて気がつきました。私はとにかく佐藤農園を見つけたくて、高速道路を降りた後も、他の車がサラブレッドロードで馬と道草を食っている間もひたすら走りまして、真っ先に到着しました。これが面白かったのです。
カーナビには住所で登録しましので、カーナビの指示通り走りました。カーナビが「目的地付近に到着いたしました。これで音声案内を終わります」としゃべったところに一軒の農家がありまして、車を止めて「佐藤さんのお宅はどこですか?」と尋ねに車を降りたら「やあやあ、わざわざ大阪から来られましたか!私が佐藤です」感動のあまりがっちり握手しあいました。なんと、「31−1」という番地には佐藤さんの家以外には一軒もなかったわけ。一発で個人の家の前にたどり着けるなんて都会では考えられないことでした。

後続の二台の車と連絡を取り合い、間もなく全員集合しました。さすが北海道の農家です。私たちの経験では、三重県の大規模農家であるお米の鷲野さんの農地よりも広いぐらい!ビニルハウスが30数棟あり、そこにはピーマンとネギとが栽培されておりました。要するに飯田農園と違って「単作農家」なのですね。作業小屋には収穫したばかりのピーマンが1トンほどケースに入れて積まれていてびっくりしました。「これ佐藤さんが収穫されたのですか?」と尋ねると、「いやうちには中国人研修生が3人来ておりまして、彼らが収穫作業をやっています。」と言って研修生を呼び集めて紹介してくださいました。右の写真ですが、例によってR君、「コンニチワ、コンイチワ!」と言いながら三人の女性研修生に握手を求めて・・・関係ないのに佐藤さんが照れておられました!後ろのケースはすべてピーマン。 
採りたてのピーマン、「美味しいですよ、生でも食べられますよ」とおっしゃるので、手にしてパリッと割ったらピーマンのジュースが手を伝って滴り落ちました。口にすると本当に「甘い」という感覚。女性たち「こんなに美味しいピーマン、食べたことがない。少し分けていただけませんか?」と申し出たら「いいですよ、後で用意しますから」と佐藤さん快諾。
居並ぶビニルハウスにはネギのハウスもありました。「今年のネギはよくなかった」と佐藤さん。ハウスの中を覗くと私たちは見たことのない仕掛けでネギが育っていました。倒れないようにしながら白ネギにするためなのでしょうか、茎の部分をカバーしてありました。ビニルハウスを通り抜けて家の裏に回ると、今は枯れてしまったアスパラガスの畑が向こうに見える山のすそまで一面に広がっています。そこで立ち話でお話を聞きました。アスパラガスは宿根草で一回植えると10年ぐらいは収穫できるそうです。収穫は研修生の仕事。そりのような物を腰にくくりつけて引っ張りながら、25cmの長さに切りそろえて収穫し、後ろのそりに入れていくそうです。初めての電話で「農協ではねられそうなストローぐらいの細いアスパラガスだけを安くわけてもらうわけにはいきませんか?」と要求したのが恥ずかしくなりました。太くても細くてもとにかく25cmに切りそろえながら収穫するのが精一杯。それらをごちゃ混ぜに収穫した後、選別は農協が機械でするのだそうです。「ストローだけを選ぶなんて手間の要ることできません」と電話で断られたわけがよく分かりました。

アスパラ畑が雪に覆われる冬の話に・・・雪に閉ざされる冬の間は、送電線の監視をかねて狩猟をされるそうです。道理で佐藤さんのところには犬が2匹もいて、ワンワン吠え立て、犬の嫌いなK君は足がすくんで歩けないほど!猟犬だったのです。獲物はヒグマや鹿など。この冬は熊を4頭仕留めたそうです。鹿もたくさんいて、目の前のアスパラ畑の向こうの山すそに現れることがあるのですって。「美味そうな鹿だとライフルを持ち出してここから撃つのです。射程距離は300mですから、まあ当りませんけどね」などとニコニコしながらドキドキするようなワイルドな話を平然となさいます。まあ、住まいから鹿を見つけてライフル銃を発射するなんて、さすが北海道です。熊の肉は缶詰にするそうです。販売はしないのかとたずねると、「生産地だとか賞味期限だとか食品表示をしないといかんでしょう。それが面倒で全部缶詰にしてしまいます」。なるほど、そうすれば缶詰にした日付をもとに缶詰工場がややこしいことをやってくれるわけだ。
やがて、アスパラ畑を歩いていた作業所の代表Mさんが狂い咲きのようなグリーンアスパラを見つけて手にして戻ってきました。佐藤さん「それ食べられますよ。美味しいですよ」とおっしゃるので、私も一部口にしました。最盛期ほどではないけどアスパラの味が美味しかったです。
 
話を終えて先ほどの作業小屋に戻る途中で「良い物をあげましょう。熊の爪です。自分でキーホールダーにしました。」と車のドアを開け中から熊の爪のキーホールダ−を出してきて私の手に載せてくださいました。付け根の骨から外したのか、白っぽい部分に穴を開けて金具が通してあります。長さは5cmくらい・・・「この爪でやられたらたまりませんなあ」というと「仲間が、アゴのしたから上向けにかかれましてねえ、顔の皮がめくれてしまったのです。肉の塊りの顔で生きてますけどね。」ワイルドな北海道は怖い!とにかく、これ以上のレア物はないと言える熊の爪のキーホールダ−、早くから強引に佐藤さんに渡りをつけ、親しくさせていただいた私へのご褒美と思ってありがたくいただき、私の大事な宝物になりました。
話を終えて、女性たちはピーマンのほうへ・・・手に手に自分が欲しいだけ取っていると、なな、なんと段ボール箱2箱にぎっしりとピーマンを詰めてくださいました。全部持って帰りなさいというわけです。ありがたくちょうだいしてホテルから送り、帰ってから参加者と不参加だった2家族に1kgずつ配ることが出来たほどの量でした。
お昼前になり佐藤さんのお宅を辞することになりましたが、本当にきてよかったと思いました。私たちが販売するアスパラガス畑を見、自信を持って作っておられる佐藤さんのお話を直接お聞きして、お互いに信頼感を持てたこと。特に、「せっかく美味しい物を送るのだから、美味しいまま送りたいのだ」という佐藤さんの気概は、良い人と知り合えたなあという喜びにつながりました。来年からもよろしくと、再会の期待を込めて握手を交わし、佐藤さんとお別れしました。(以下次号へ)
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| ちょいと早いのですが・・・ |
   
2009年度のカレンダーが入荷しております。作者は去年どおり「松井しのぶさん」で、障害者市民ネットワークが発行しております。一本1,000円です。右の図柄は1ページ目のものです。
そのうち4ページだけを抜粋してみました。雰囲気はお分かりいただけるかな?なおこのカレンダーは、下に若い月がきていますから、切り取っていただくと、毎月2か月分が表示されるようになっています。
例によってまたラーメンの注文票の下にカレンダーの注文票を刷り込みますのでよろしくお願いいたします。このカレンダーの販売による利益が、「障がい」者従業員の越年ボーナスになります。あなたのその1,000円札一枚が、従業員の働く喜びにつながります。ぜひともお買い求めください。
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