2008年10月28日 第16号(通算231号)
『作業所だより』最新号より
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| 暇にあかせて、妙なことが上手くなりました! |
| 主張/メールから |
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最近のラーメン・チャーシューの売り上げは落ちています。注文票による注文が減っただけではなくてネット通販も月に二件ほどでしょうか。でも、ラーメンを大切にしているのはイベントなどでの売り上げが大きいから決して止めることなく続けております。
ところが10月の初めから、ネットによる注文が続々届きましてびっくり。店に立っているときに一人のお客様が買い物に立ち寄られると不思議にひきつけられるようにお客様が増えることがよくあります。ネットでもそういうことが起こるのかしらと不思議な気持ちでおりました。
やがて謎がとけてきました。今回最初にご注文をくださった方は二度目のリピーターだったのですが、その方がお仲間に「ここのラーメン美味しいよ」と宣伝してくださったらしい。当初「予定していた発送が遅れます」とお断りのメールを入れたら、その返信に「仲間達を誘っておいたけど注文がありましたか?」と謎解きが書かれてありました。
ありがたいことです。こういうお客様は大切にしないといけません。
それから毎日メールの交換が始まりました。作業所のありきたりな日常などやりとり・・・生協の店頭販売を「障がい」者二人に任せていること、そのことを世間は「無責任だ」と批判する人もいるのだと書き送ったら、次のような返信をいただきました。
『生協前での販売の光景ですが、「障がい」者のみ二名で・・・というのは、自立を標榜されている貴作業所のポリシーに沿っているので、何の違和感も感じません。明確にポリシーを打ち出していても、それに沿った行動が取られていなければ、結局は絵に描いた餅ですものね。貴作業所を応援したくなる根源が、実はここにあるのではないかと感じています。』
店長にこのメールを見せると「普通、こういう判断はしてもらえないですよね。障がいをお持ちのお子さんでもいらっしゃるのかな」と首をかしげていました。
その後のメールでまたまた謎解きがありました。「うちの会社では、身体や知能に軽い障がいをもたれた方々を雇用しており、いつも明るく楽しく勤務してもらっています」とのこと。ネット仲間には九州で競走馬の厩舎を経営されているKaneさん(ハンドルネーム)とおっしゃる方も「障がい」者を雇用しておられ、私たち島本障害者共働作業所とこのポリシーでつながっております。
彼ら「障がい」者を一人の人間として正視し、自立を願って真正面から付き合えば、私たちの取組みは決して異端者のものではなく、共通の足場に立てる方が大勢おられることが分かりとても嬉しかったです。
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| 本澄寺のお祭りのラーメン屋 |
 10月12日の日曜日、お寺から声をかけていただき去年に引き続きラーメン屋をしました。出勤日にすると代休がいるから「有志」としてやりました。主として店長のほかに4人の応援団と従業員のうちHさんと本澄寺を檀那寺とする居眠り君が参加。それにK君親子が見に来てくれました。朝の9時前から夕方5時までの8時間以上の取り組みでした。
人出はパラパラで、ラーメンの売り上げは13000円あまり。利益じゃなくて売り上げですからね。しかも売れ残しましたから・・・効率が悪くて多忙感のみを増幅させるこのような取り組みは、色々な人とのつながりがあってのこととはいえ、作業所経営を考えると整理したほうがいいかなあと考えてしまいました。
(昼前に写真だけを撮りに行った私の言えることじゃないですが)
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19日は水無瀬神宮秋祭り
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一週間前にお寺のお祭りに店を出したのに、今度は神社のお祭り・・・まさに作業所は神仏習合です。というより金になりそうだったらどこにでも顔を出すということなのでしょう。しかし、この秋祭りは初回から作業所として全員で参加しています。
最近は大きなイベントはテントやテーブルなどすべてレンタル屋さんから借りてすませますが、水無瀬神宮はすべて手作り。テントもテーブルも椅子もあちこちから借り集めます。前日が土曜日で人が集まりにくいから、前日準備でなく前々日準備となってしまいます。金曜日は朝から名水を汲んできてラーメンスープをとり、卵も湯がいてしましいました。そして昼からのテントたてに参加し汗を流しました。前日の土曜日は味卵を作るぐらいの作業しかありませんでした。
当日、店長は7時から寸胴鍋に名水を張り火をつけて湯を沸かしていました。私たちは8時に作業所に出勤して、来たものからネギを刻み味卵を半裁し、なるとを切りました。出勤してきた「障がい」者従業員に水無瀬神宮まで手運びさせ。無事10時には湯が沸きあがり焼き芋も出来、開店準備完了。
これだけ繰り返しラーメン屋をやると味も固定し、出来不出来の差がなくなっていていつも美味しいラーメンが作れるようになっています。お客様に安定したものを提供できるというのは自信になっております。
水無瀬神宮の取り組みは、潮が引くようにお客様がいなくなることが2回あります。一回は神宮の神事・「湯神楽」が始まったときです。釜の熱湯を巫女さんが縛った笹で四方八方振りまくのですが、その湯がかかると無病息災ということで皆さんが拝殿の前に集まってしまいます。
もう一回は、お昼からのビンゴゲームのときです。カード1枚100円で、折りたたみ自転車から家電製品、調理用具など1万円までの賞品がずらりと並べられます。私も一昨年はコーヒーメーカーを当てました。今年は風呂場の目地のカビ取り2本セットでした。空クジ無しというのも人気の秘訣で、最後は皆さん何かを手にして帰られます。

それも終わり、ラーメンも焼き芋も完売してしまったころ、にわかに周囲が騒然としたと思ったら、今話題の橋下大阪府知事がお祭りとは無関係にテレビ番組の取材らしくテレビクルーを従えて登場。日本名水100選『離宮の水』を「大阪府で唯一選ばれた離宮の水です」と飲んでいるところを撮影していました。当然黒山の人だかり。

と、そこへ「ナンヤコレー、アホアホアホ、ブタ、シネー!」と罵声を発しながら知事に近づく男がいました。当然知事の身辺を警戒するSPの目が光りました。我が作業所従業員R君でした。彼の姿を確認するととたんにSPの緊張が弛緩しました。そう、彼こそは相手が誰であろうと、時の首相であろうと皇族であろうと分け隔てなくののしれる男なのでした。
販売するものがなくなってしまって、後片付けを始めたけどトラックが入れられません。催しはビンゴゲームが長引いたせいもあって遅れがちです。おしゃべりをしておりましたが、人出も少なくなってきたので正面の門は出店がありましたから、それのない横門にトラックをつけて、手運びでラーメン道具を積み込んでしまいました。後はお祭りが終わるまで作業所でおしゃべりしながら待機し、終わるなり神宮へ行って最後の片づけをして4時ごろ解散しました。
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| 連載B北海道へ行きました! |
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一路襟裳岬へ皆で走りました
お昼前になり佐藤さんのお宅を辞することになりましたが、本当に来てよかったと思いました。私たちが販売するアスパラガスの畑を見て自信を持って作っておられる佐藤さんのお話を直接お聞きして、お互いに信頼感を持てたこと。特に、「せっかく美味しい物を送るのだから、美味しいまま送りたいのだ」という自信は、本当によい人と知り合えたなあという喜びにつながりました。来年からもよろしくと、再会の期待を込めて握手を交わし、佐藤さんとお別れしました。

新冠町の中心部を目指してサラブレッドロードの元来た道をたどりました。途中、ナリタブライアンの記念館があったので車を止め中を見学。周囲の牧場にはたくさんの馬がいるけど、競馬場で走ることが出来るのはほんのわずか。中でも中央競馬で走れる馬はさらに一つまみ・・・その中を頂点まで上り詰めた馬ですからねえ。馬主さんのたっぷりの思い入れが伝わってきました。しかしなぜか、この記念館は近々閉鎖されるそうです。
静内市のレストランで昼食を取りながらこれから先どこへいくか・・・私たちの提案は襟裳岬まで行くか、この近辺で新冠温泉や牧場などうろうろして終わるか、二風谷のアイヌ資料館を見学するかという三択でした。しかし、「せっかくここまで来たのだから襟裳岬に行きたい」と森真一の歌を口ずさみながら言う人が多い。「どこでもいい」と言う人だけを連れてアイヌ資料館に行っても、後で「襟裳岬はよかった〜」と聞かされれば悔いが残るのではないかと考えて、全員で襟裳岬を目指しました。
しかしまあ、それにしても襟裳岬は遠かった!地図でイメージするとたいしたことないのだけど、100km近くありましたからねえ。レストランの男性に襟裳までの遠さを尋ねたら、「いや、実は私も行ったことがなくて」なんて返事だったわけが分かる遠さでした。夜の6時には佐藤さんをKaneさんに紹介してくださった静内の『鵬竜』というラーメン屋さんで夕食を取ることになっています。それまでに往復してこなくてはなりません。私の車は本物のジイサン二人と限りなくバアサンに近い女性二人。カーナビの指示に従い一生懸命走りました。時々右手に広がる海に歓声を発しながら・・・。

襟裳岬は広々として、海と灯台とお土産屋以外は「何もない初秋」でした!てんでバラバラに岬をぐるりと一周してお土産屋を覗いただけで再び元の道を静内のラーメン屋さん目指して走り出しました。
ラーメン屋さんはご姉妹そろって待っていてくださいました。店が10名あまりしか座れないので、早く注文した人から順に食べ始めるということで、私などは公衆電話を押しのけて隙間を広げてそこで食べる有様。ゆっくり味わうという状態からは程遠い食べ方でした。Kaneさんが九州から北海道へ馬の仕事で来られるときは必ず立ち寄って召し上がるそうですし、佐藤さんもこの店の常連さん。私たち作業所と佐藤さんを結びつけた「鵬竜ラーメン」・・・食べるのに夢中で、写真を撮りそこないました!
ホテルの会議
静内から札幌まで、一時間あまりかかりますから、3台の車がそれぞれメンバーが食べ終わり次第ホテルに向かって走り出しました。この日の走行距離は300km以上。くたくたになってホテルに着くなり明日の行動について会議です。明日は旭山動物園に行きたいという人が結構多くて、みんなで行けば良いのですが「旭山動物園はもう行ったことがあるからどこか別のところに行きたい」と言う方もおられます。さて、旭山動物園以外で行ける場所というと札幌市内観光か、洞爺湖温泉方面か、小樽方面かということになります。

「障がい」者従業員のことを考えるとやはりはっきりしない行動をとるよりは、多少遠くても「旭山動物園」が分かり易くてよろしい。お風呂に行ったまま帰ってこない人もあって手間のかかる話し合いでした。やってこない居眠り君の部屋に店長が電話して「すぐに飛んで来い!」というと風呂上がりなのでしょう、パンツ一丁でやってきました。彼の「飛んで来い」はこの姿のまま来ることだったらしい。みんな見たくもない姿に目をそむけながら話し合いました。
結論は私が運転していた三菱ランサーの5人乗りを店長が運転して、作業所代表のMさんと9月まで作業所で実習していたM君親子が「旭山動物園以外」に行くことになり、他の8人乗りで残りの15人が旭山動物園を目指すことになりました。
私ももう疲れきっていて下の大浴場にまで行く元気もなく、部屋の風呂で済ませてそのまま爆睡してしまいました。長い長い一日でした。
二日目 旭山動物園
一日ぐらいはホテルの朝食バイキングもよかろうと、希望者は1,350円払ってバイキングを食べる時間を設定しました。もちろん人によっては売店でお弁当を買って部屋で済ませる人もいたし自由行動ということです。朝食後ただちに2台の車は旭川市の旭山動物園に向かいました。このコースはほとんどが高速道路を使えるから運転が楽なのですが、高速に乗るまでが結構時間がかかります。距離にして約100km、時折ワイパーを動かす程度の雨が降っておりました。この日はそれぞれの目的に合わせるということでほとんど親子連れとなって乗り込んでいました。
旭山動物園に着いたときは雨が残っていましたが、しばらくすると上がってしまい傘が荷物になりました。園内は自由行動とし、集まる場所と時間だけ決めて解散 。動物の生態観察に優れた動物園と聞いておりましたがなるほどなあと思う施設があちこちにあり、動物よりもその仕組みが面白かったです。たとえば右の写真は何の変哲もないリスの小屋なのです。リスは巣にこもっていて見えませんでした。しかしよく見ると、小屋の前に白く光った箱が見えますが、これが食堂なのです。おなかがすいたリスは巣からでて、箱に向かう斜めの透明なプラスチックでできた筒というか廊下を伝って透明な食堂へ降りてくるのです。この食堂は観客に一番近いところにありますから、我々の目の前でリスの食事をするところが 見られるわけ。動物の食欲を利用した展示がとても大事にされ、それは「パクパクタイム」として園内のあちこちに左の写真の掲示板がありました。
これで見ると「オランウータン」の食事時間が11時半からと近づいています。ちょいと早い目だけど混雑する前に昼食にしようかとレストランの行列に一旦並んだものの中止して、11時半を待つことにしました。
オランウータンの食事光景をなぜ見たかったか・・・それは彼らの宿舎と離れたところに餌場が作ってあり、餌場に行くには通路を綱渡りして行かなければならないように仕組んであるからです。それはパンフレットの愉快な表紙にもなっていて、ぜひとも見たいものでした。11時半までそれぞれが自由に待ちました。私はチンパンジー館に入って愉快な彼らの動きを見て時間を過ごしました。
   時間が近づいたので、写真を撮るのに良いアングルを探しました。少し離れたベンチが一番よさそうなのでそこからカメラを構えました。飼育者の解説では、餌を食べに行くかどうか分からないけどひとまずやってみましょうとのこと。
始まりました!お父さんが一頭で綱渡り・・・いや、綱じゃなく上の枠を持って渡ります。解説では「基本的には臆病なんです」とのこと。見事におやつを食べて住まいに戻って行きました。このアングルの下は何もない・・・落ちれば危険ですが、オランウータンの能力を知り尽くした企画でした。

その後は各家族ごとにくっついたり離れたりしながらのぶらぶら散歩。私もみんなから離れて自由行動・・・と言っても、動物を見るだけですからねえ!一人で屋台の天ぷらそばを食ったけど、作業所のうどんのほうがずっと美味しい!
やがて2時になったから集合の携帯電話をかけました。三々五々集まってきました。「障がい」者たちは家族ごとに行動していた模様。他の方もまとまっていたらしい。一組、外へ食事に出たグループがありましたが連絡が取れ2台の車は別々に旭山動物園を出発しました。
ホテルに帰ると二番目だったのかな?この日の夕食はホテルの無料巡回バスを使って、札幌市内すすき野近くのキリンビール園に行ってこの旅行最後の晩餐を開く事になっていました。
(次号で完結予定)
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