2009年1月6日 第21号(通算236号)
『作業所だより』最新号より
前号を読まれてない方はここ、235号へどうぞ
|
 |
| 12月26日、作業所の前代表がわざわざ在住先のカナダから訪れてくれました |
| 主張/夢を大切にできる年に |
|
明けましておめでとうございます。「障害者自立支援法」完全実施と言われてきた2009年を迎えましたが、「障がい」者の立場を省みない支援法への非難の声が高まり、これから先どこへどう落ち着くのか先が見えておりません。仲間の作業所の中にも作業所を維持し続けるために、やむを得ず支援法の枠に入り、その中で抵抗を続けるところもあるようです。
しかし、私たちは、島本障害者共働作業所を支援法の枠に入れ「障がい」者の労働の場でなく、サービスの場と変えてしまう考えは全くありません。描いた夢はそのままにして行ける所まで行きたい。
夢は所詮夢でしかないのかもしれない。私もこの四月で、教師を定年退職して作業所で働き始めて10年が過ぎます。この間、しみじみと教師として脂の乗り切った頃に描いていた「成人しても地域でクラスの仲間と共に生きる『障がい』者」なんて、夢でしかなかったなあと実感しております。やっぱり昔の仲間たちとは切れてしまい、彼らの周囲には「障がい」者仲間しかいません。
私よりもやや若く、「障がい」者福祉の道を歩んできた店長たちの世代も同じように、破れた夢があるようです。「障がい」者と暮らす中で彼らの自立意識・労働意欲が高まり、厚生省ではなく労働省の問題と認識されたいという夢。いつの間にかこの二つの「省」がくっついて「厚生労働省」になってしまいましたし、強く夢を掲げていたどこの作業所も、相変わらず福祉の領域に押し込められてしまっております。
しかし現実が厳しいからと言って夢を投げ捨てるわけにはいきません。私どもの作業所の場合も、従業員達は「作業所に働きに来ている」と言う自覚を(実態はともかく)持っておりますし、野菜の収穫販売という労働を通して、昔の学校の同級生ではなくても地域の皆さんの意識の中に根付くことができています。
夢を自らの手で断念することは彼ら「障がい」者への裏切りになってしまうとも言えるでしょう。
一方、自立支援法の下に組み込まれることを拒否して、彼らの労働の場であり続ける程度のことが「夢」なのかという気持ちもしないではありません。そんなことを麗々しく「夢」として語らねばならない社会であることが悔しいです。
ともあれ、今年からの作業所がどう変わっていくのか、補助金がなくなるようなことがあれば非常な困難が予想されます。このような作業所を必要と考えてくださるすべての方々に支えられつつ、夢の実現に迫ることのできる年にしたいものです。
|
|
中学生の実習体験感想文集
|
11月には2年生が職場体験実習に、1年生は11月から福祉の総合学習が始まり、学年全体の授業に呼ばれて行き、12月10日は21名もの生徒たちが福祉体験学習に作業所に来ました。人事異動のない作業所ですから、生徒たちの来訪は「障がい」者従業員たちにも新鮮で楽しかったようです。ここでは1年生の学習で寄せられたたくさんの作文や感想文の中から、いくつか紹介します。
(授業の感想)
A;「私は『害児』と一緒に働いています。」最初に言ったこの言葉で、私は「えっ?害児って言っていいん?」と思いました。わたしはあんまり「害児」という言葉を使わない方なのでびっくりしました。今日講演に来てくださった澤田さんのお話は私にとってどれもこれも「え〜!」とか「そうなんや・・・。」と初めて知る事ばかりでした。
澤田さんは、今障害をもっていなくても年をとるともしかして体のどこかに障害が出たり、事故で歩けなくなってしまう。といっていて、私もいずれ歩けなくなったり、耳・目とか悪くなっちゃうのかなと自分は死ぬまで健康に生きれないかもしれないと思いました。でも、私たちに今出来ることは、障害者も同じ人間という立場で、同じ目線で物事を見ていかなければいけないということです。なので、澤田さんの言ったことを大切にこれからの福祉の活動を頑張っていきたいです。
B:私は話を聞いて、「障害者は100人に一人は生まれてくる」と聞いて、その確率に驚きました。でもその一人の人が運が悪かったということでもないこともわかりました。もしかしたら私も、明日障害者になるかもしれないという現実があることに気づきました。元気に生まれてきても、いつ障害者になるかわからないと思うと、障害者は別に特別の人ではないと思いました。
障害を持っているからということを理由に、いじめたりからかったりすることは絶対してはいけない。その逆に、その人だけを特別扱いするのもおかしいと思った。差別をしてはいけない。一人ひとりが支えあっていかないと生きていけないから、私も障害を持っている人たちの役に立てるようなことをしてみたいと思いました。
(福祉体験学習の感想)
a. (前略)行く前にネットで調べさせてもらいました。無農薬野菜を見て「すごいな」と思いました。「無農薬野菜は体に害はないからいいな」と思って作業所のところに水曜日に行きました。当日田んぼの中に入って里芋の収穫の手伝いをさせてもらい、親いもや子いももあったのでびっくりしました。いろんな大きさがあっておもしろかった。こんな体験はめったにないのでうれしく思いました。
b. (前略)このたびはサトイモほりの体験をさせていただきありがとうございました。サトイモほりはとっても楽しかったですが、「みみず」がいて少しこわかったです。ふだん農作業していない私はとまどいましたが、貴重な体験が出来ました。サトイモほりは初めてでしたがうまくサトイモがほれてうれしかったです。これからもっと冷え込んでくると思いますが、お体を大切にがんばってください。
|
|
エピソード特集A
|
|
★11月23日(若山神社紅葉祭りにて)
連れて行った愛犬モンに「買い物してくるからな、座れ!待て!『待て』やぞ」なんて言い置いて、おでんを買いに行きました。買ってきてモンと居眠り君の愛犬大地に食わせてやりました。

と、近くにいた奥様が「あの〜、失礼ですが元○小学校の先生じゃないですか?」「はい、そうですが・・・」
その方の娘さんの友達に私が受け持つ「障がい」児がいたそうで、「犬に向かって『座れ。待て、買い物するから待て』ってやってらっしゃるのを見て、10年以上前のシンちゃんのことがパ〜ッと思い出されまして」周囲の応援団からは「なんや先生、子どもに声かけるのも犬に声かけるのも一緒かいな!」と爆笑。
私も「そうなんか・・・子どもにも同じような声かけしとったのや」と苦笑するばかり。子どもにはすまんことしたとは思いますが、取り返しがつきまへんなあ。
★12月12日(怒りその1)
言葉を使った会話ができないR君は、女性従業員のHさんのしゃべり方が自分の母親に重なって聞こえるのでしょうか。彼女がしゃべりだすと怒り始めます。今日も昼食中に彼女がしゃべりだしたため怒りました。
タクが「なんで怒ってるの?」とつぶやくので、「R君はな、Hさんが大好きやからHさんが他の人としゃべり始めると焼もちを焼いて怒るんや」と私が解説したとたん、ものすごい勢いでさらに怒りを爆発させました。隣にあった椅子を投げつけんばかりの怒り様!店長と「しゃべれなくても、こちらの言うことは全部わかってるんやなあ。あれは『違うワイ、ホンマにキライなんじゃ』って言うてるんやなあ」と半分あきれ、半分感心してしまいました。
★12月15日(怒りその2)
R君の調理実習の後片付けの援助は、来客中でしたから、R君が忌避するHさんにお願いしました。R君にしてみれば「なんでHさんの世話にならなアカンねん」と言う感じで落ち込みましてねえ、鬱憤を一番若いK君にぶちまけ、彼の頭の毛をつかんでグイグイ引っ張ったらしい。
いつもは我慢しているK君、今日は反撃に出て一発殴ったようです・・・R君の泣き声で行ってみてわかりました。痛いとき辛いときの反撃は、生きるためには必要だと私たちは認めていますから「やりかえしたったのか?」と笑いながらたずねるなり、K君が泣き出しましてねえ。その後通りかかった店長も、「痛い時は痛い言わなアカン、やり返したらええんや」と声をかけましたが、さらに泣き声が大きくなりました。K君は店長も私も怒ってないことは認識できていましたから、あの涙は2年近くかかってやっとやり返せた喜びの涙だったのかなあ。まあとにかく泣き声の二重奏でした。
なお、先輩をなめてかかったりすると容赦なく叱りますが、攻撃された場合は、たとえ相手が先輩であろうとやり返して当たり前だと考えている作業所です。
★12月22日(薄のろ)
調理実習の日でした。店長と配達に出ている居眠り君から電話がかかり、後一軒配達したら帰りますとのこと。私たち調理人は「帰るなり昼食」という準備に入りました。
食事中居眠り君の電話の受け方かけ方が話題になりましてねえ。彼に電話がかかるとまず左右を見て自分だと確認・やおらズボンのポケットに手をやるが、太っていてピチピチのためにでてこない・やっと引っ張り出し、通話ボタンを太い指を震わせながら押す・・・ここまで10数回のコールが必要です。かけるときも電話帳を出しキーを押すけど太い指で押し間違えたり大変なんです。
「もっとさっさとしないと、相手もうんざりするぞ」と店長。
「そうやなあ、お前の携帯電話の操作見ていると『こういうのを薄のろ言うんか』と思うで」と私。
「そらしゃあないやんか、ボクは薄のろなんやから!」ゲラゲラ笑いながら自分が“薄のろ”であることを認めてしまう居眠り君に吹き出しながら、開いた口がふさがりませんでした。あんまり意味が分かってないようです。
|
|
12月27日ボーナス配分会議
|
|
2008年最後の勤務日はボーナスの支給日でした。歯医者に通院して遅れて出勤した私には、皆がかいがいしく真面目に仕事をしている様子にちょっとびっくり しながら奥へ行くと、社協の職員の方が見学実習に来ておられたので「真面目なのはこのせいなのか」と一人納得しておりました。しかし、原因は別なところにありました・・・私は忘れていたけど、この日はボーナスの支給日だったのです。社協の職員さんもそこを見学のメインに置いて来られていたそうです。
正月用野菜の販売最終日でしたから忙しくて、昼休みをカットしてボーナス配分会議を開きました。ボーナスの原資は12万円。この夏のボーナス以来自分が取り組んだ仕事についてアピールし、みんなに認められれば支給額が増えていくという例の会議。もちろん、基本として5000円ずつ配られ、そこへ500円に勤務年数をかけた金額が加えられますからゼロということにはならない。
相変わらず口の重い居眠り君や、興奮すると頭が整理できないタク君など、もがきながらの会議でした。しゃべれない人たちには仲間がちゃんと考えてあげてくれましたが、なまじっかしゃべれるとこういうときに損ですな。
結果的には、唯一の女性従業員で年齢も高いHさんが全体の3分の1を手にしました。F君が5分の1弱ももらっているので驚いたら、店長が「彼はいつも重いものを嫌がらずに運ぶ仕事をしてくれるから、私の気持ちもこめて高く評価したのです」との話。納得です・・・一見力持ちに見える居眠り君などは、いつも大事なときに逃げ回るからこの点の評価はなし!私たちの高齢化と共に、筋肉労働を嫌がらずにやってくれる人はこれからますます高く評価されることになるでしょう。ここが男性従業員としてはねらい目なのに、ボーナス会議が終わるなり、仕事ぶりがだらけたのにはがっかりでした。
|
| |