2009年2月4日 第23号(通算238号)
『作業所だより』最新号より
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| パイプ椅子に腰を下ろした、誰かさんみたいに馬鹿でかい丸大根 |
| 主張/誰のために何のために |
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私は1月28日で70才となりました。教師を定年退職して最早10年が経過しようとしています。10代の孫からはシーラカンスのように見えるそうで、私も子どもの頃の70才の祖父がそんな風に見えていたなあと思います。ただ、毎日作業所に通い、することがあるおかげで元気にこの年を迎えられたことに感謝する思いです。
70才と言う年のせいか作業所で働きながら、このごろは法律や制度、組織とか団体、さらには施設や設備が何のために、誰のためにあるのか頭が混乱してしまうことが多くなっています。例えばこの島本障害者共働作業所は就業することが出来ない「障がい」者が自立を目指して働くためにあるのですが、もしも私たちが彼らを利用して懐を肥やすためにあるとしたら批判され指弾されるでしょう。せいぜい私は彼らを利用して老化を防いでいる程度だから許される。

目的が混乱してしまう最たるものが「障害者自立支援法」です。法律の「自立」という名前に反して作業所をサービスの場としてしまう・・・サービスこそが自立を阻害するのですから。「お婆ちゃんはそんなことしなくていいよ」と大事にされ家族や介護保険のサービスを受けるお年寄りこそが老化を早めてしまうと言われます。
障害者自立支援法の制度下に入ると、そこで指導援助する側の人たちの給与保障は法律で手立てされます。作業所で働いて食っていけるようになることは当たり前のことでよいことではあるのです。しかし、一方で「障がい」者たちは、通った分だけサービス料を支払わねばならない。それが同じ場所で行われるのです。まるで「障がい」者たちから取り立てたお金で飯を食っている姿のようにして。これでは作業所が「障がい」者のためにあるのではなく、そこで指導支援する人たちのためにあるみたいになってしまう。そんなところに労働者としての意識や連帯感なんて育つわけがない。
法律や施設だけではありません。今年も4月に社会福祉協議会主催の「ふれあいバスツアー」が開かれることになり一回目の実行委員会が開かれました。この「ふれあい」が誰とのふれあいなのか、普通、平素出かけることの少ない福祉を受ける立場にある方々や一般住民のふれあいと考えるのですが、なんとなく参加することが既得権益のように受け取られてしまい、目的が忘れられないように祈ります。
えらそうに言う私たちの取り組みにもそんな危機が顔をのぞかせます。昨年9月に取り組んだ北海道旅行の最後の晩餐がそうでした。「障がい」者との共存を忘れては存在意義をなくします。70代をいつまでここで過ごせるか分かりませんが、地に足をつけて「誰のため何のため」を忘れないように続けたいです。
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竹の子の土入れ作業
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今のシーズン、竹の子農家は大忙しです。この寒い間に、藪にわらを敷き山砂を撒いて肥料を施しさらに上からわらを敷き詰めて、4月ごろから頭を持ち上げる竹の子たちのベッドを作らねばなりません。寒い朝から山の中で一日仕事です。今日はその様子を取材してきました。

飯田さんは桜井台の住宅の隣と、島本高校の裏の山の傾斜地の二箇所に竹やぶを持っておられます。息子の居眠り君の情報では、住宅地の隣の藪だというので行ってみると、そこはすでに作業が終わって誰もいません。もう一箇所の竹やぶである高校の裏山の頂上に近いところの土入れを独りぼっちでしておられました。足はガクガク息はゼーゼー・・・どうやら一番しんどい日を選んで行ったようで、この日からだんだんと下の藪に移動して土入れをしていくそうです。
「地球の耳かき」とコマーシャルしていた小さなユンボで土をかきとり、キャタピラのついた運搬車に耳かき3杯だけ乗せて、藪の中を撒いて回る単純作業を黙々とやっておられました。山砂にしては石がごろごろしています。「いやあ、これまでよい砂が取れたのですが、上の藪が落ちてきましてなあ。石だらけなんですわ。」とのこと。見れば数本の竹が折り重なるように落ちております。要するに小規模ながけ崩れが起こったのです。
藪に敷き詰められたわらの上に点々と置いて回った土を、今度はくわを使って広げていかねばなりません。それが広い急傾斜の多い竹やぶですから大変な作業です。収穫作業でも採った竹の子を下に下ろすのに苦労しておられるのですから。「去年までは山砂やったから苦労しなくても、サ〜ッと広がったのに、今年は石を除かないといけ ないから大変ですわ。雨が多かったからがけの地盤が緩んだのですな」「いや、がけの下の土を取れば遠からず上の土が落ちてきまっせ」なんておしゃべりしている間も彼の手は止まりません。
この寒い季節に土入れをしておかないと、春先に出てくる竹の子が固くなると言います。営々とした飯田さんの作業をカメラに収めながら、竹やぶというのは竹の子の畑なんだなあと再認識しました。出てくる“竹の子任せ”にしないこの努力があるからこそ、柔らかくて香り高く美味しい竹の子が採れるのです。
3ヶ月先の美味しい竹の子を期待しながらすべる山道をへっぴり腰で降りてきました。写真が不鮮明なのが残念ですが、機械を使うとは言え大変な作業だとお分かりいただけるでしょうか。
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最近の生協店頭販売
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大阪北生協島本店の前で、店頭販売をさせていただくようになってすでに8年余り経過しております。時々ここにも報告してきましたが、初めの野菜も含めた販売からだんだんと規模を縮小してきたのがその歴史です。よその作業所のような自主製品がうちには乏しいから、特徴ある店を出すのに苦労しております。
まだこの時期はいいのです。寒い時期だから、焼き芋をメインに販売できますから。焼き芋に手作りナッツケーキ、ラーメンとチャーシューで格好がつきます。12月にはカレンダーも並べましたが、無料配布とまちがわれて金を払わずに持って行かれる出来事以来止めています。一般のお客様の常識ではカレンダーはもらうもので、1000円払って買うような物ではないらしい。

一月の生協店頭販売日は22日でした。前日から焼き芋担当の居眠り君は「焼き芋用具のセット」を命じられ取り組んでいました。Hさんはオリジナルナッツケーキの製造のあと、包装をしております。この二人が寒い間の店頭販売の主役なのです。「忘れ物をしない」というのを目標に準備しますが、100%達成は無理なようです。
22日当日は、朝の9時半に焼き芋を焼くために店長と居眠り君とF君がトラックで生協に向かいました。三人で釜を下ろし、店のレイアウトを整えて芋に加熱し始めるのです。芋の焼き上がりまでおよそ1時間かかります。10時になってHさんとケーキやラーメンを積んで生協に行き、そこからが正式に開店です。すでに芋の焼けるよい匂いが周囲に立ち込め始めています。ラーメ ンを並べていたHさん、「あ〜、鶏がらスープを忘れた!」しゃあない取りに戻る私に「それとケーキの一本1000円の看板もお願いします」毎度のことだから驚きもせず取りに戻りました。
忘れ物を届ける頃、居眠り君が店の表示看板を一生懸命貼っていますが・・・順番を間違えて「島本障害者共働作所業」になっており、指摘されるのだけど、どこをどう貼りなおしていいかわからず四苦八苦。お客様の少ないときだからご愛嬌でした。
この後、芋が焼ける時間を見計らって店長が生協に行き、後は携帯電話による遠隔操縦で彼ら二人だけで店頭販売をやりきって、4時ごろに引き上げてきました。
この間6時間ほど。露店(仮の店)とは言え、時々ケンカをしながらでも自分たちだけでなんとか仕切るという体験は貴重ですから、大事にしたいのですが、夏場の商品に困っております。焼き芋は売れないし、手作りケーキも傷みが早いから製造を控えています。熱いラーメンは売れないからザル中華を売るのですが他の商品がない。蕨もちなども考えたことがあるのですが、特徴のない味で、飛び切り美味しいものができない。パンの販売とうまくタイミングが合ったときに、そよ風のプリンやゼリーを扱ったこともありましたが、タイミングが合わないとその都度箕面まで走らなければなりません。夏場に販売する商品のグッドアイデアはありませんかね。
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謎は深まるばかり・・・パソコンの怪
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これまでからたよりを通して報告しております防犯カメラ用のパソコンの話です。防犯カメラはパソコンとつながり、インターネットを通して管理会社につながっているようです。設置場所を決めるとき、階段下の物置倉庫も候補にあがったのですが、壁に穴を開けたりする必要もあるのかよくないということになり、作業所の室内に置けばホームページも見られるからどうぞ使ってくださいとオーナー氏の好意的な言葉と共に作業所の鉄扉を入ったところに設置されました。
そのときの約束が「いくら使ってもいいけど、電源やネットの接続を切らないこと」というものでした。スイッチの好きな人がいるから少しは不安もありましたが、電源を切ろうと思えばコードを抜くか電源スイッチを長押ししなければ切れません。ましてネットの接続を切ろうと思えばいくつかの知識が必要ですからまあ大丈夫だろうと。(写真上)
ところが3日もたたないうちに電源が切れていたのです。設置した業者が復帰する方法を教えてくれていなかったため、防犯カメラの管理会社とつなごうとすると二箇所に暗証番号を入れないといけない。オーナー氏に電話して管理会社に連絡をとるなどして大騒ぎになりました。
ま、管理会社から人がやってきて復帰の仕方を教えてくれて事なきを得たのです。本体を普通のように置いてはまた触られるからをディスプレーの奥にしまいこみ、感嘆には触れないように設置して、そのまま時にはメールをするのに使ったり、従業員にホームページを見せたりしておりました。しかし、わざわざ従業員を呼び集めて「これには触るな」などと説明することでかえって触りたい気持ちに追い込むのではないかと考えたり、触れなくしたのだからもう大丈夫だろうと考えました。

ところが、設置して半月目にまた電源が落とされておりました。そして管理会社への接続を復帰しようとしても手続きが消えてしまっていてどうしようもない状態になっていたのです。あわてました・・・結局混乱している画面から「戻る」キーを数回押して混乱する前の状態まで戻って回復したのです。
思うに、パソコン本体の電源は入れっぱなしで、モニターの電源を消した状態で置いてあったのですが、誰かがキーボードとマウスを引き出して、何も写ってないモニターを前に、おそらくふざけて私たちが使っている真似事をしてむちゃくちゃ押したのがいるらしい。
仕方ないのでみんなが集まる昼の時間に「パソコンは私たちのいない時には触るな」と厳命し、それでも触るヤツがいるはずだからと、店長パソコン本体とキーボードにダンボールを切って箱を作りかぶせてしまいました。(下の写真)
はい、それ以来作業所のパソコン、ダンボールハウス暮らしをしております。
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