2009年3月17日 第26号(通算241号)
『作業所だより』最新号より
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R君が自己判断して買ってきた2割引弁当
主張/自己判断力


 近所のコンビニがなくなってしまって、ちょいとした買い物やコピーをするのに不自由を感じております。しかし、一番困ったのは人との意思疎通が難しいR君だったでしょう。店員さんが彼のことを分かってくれる唯一の弁当の調達場所でした。ハンバーグやトンカツの弁当と菓子パン一個買って千円札を出せば間違いなくお釣をくれたし、弁当も温めてくれました。行動は完全にパターン化し、迷うこともためらうこともなく弁当が買える場所でした。

 その店が一月の末に忽然と消えたのです。その日彼は当惑して、作業所を出たり入ったりしたあと、近くのスーパーまで足を延ばすのですが、ちょうど大売出しの日でしたから店内は大混雑。入ることができません。私と店長はどうするのか見ておりましたが、女性従業員のHさんが我慢しきれなくなってスーパーに連れて行き、弁当を買ってやりました。

 一度経験すると翌日からはためらいもなくスーパーへ足を運び、パンの売り場も覚えて菓子パンも買ってくるようになりました。

 ある日のことです。店長と二人で弁当を物色しているとR君がやってきて弁当を選び始めました。まず「豆ご飯弁当」に手を伸ばしましたが、止めたようで別の場所のハンバーグの入った弁当を選びました。「お前、ちゃんと選んでるやないか!」と声をかけると例の調子でヘラヘラ笑っていました。店長はR君が選ばなかった豆ご飯弁当を選んで帰って来ました。

 作業所に戻って食べ始めた店長「Rが正解やった、この豆ご飯あまり美味くないわ!」と叫んだあと彼の弁当を見に行った店長、パンを見てびっくり「お前、これが安いって分かるのか?」・・・見切り品につける黄色い札が貼り付けてありました。

 立派なものです。会話が成り立たず、そのくせ人を見かけると声をかけ、不自由な足を引きずって歩く彼が自分の食べたい物を選び、偶然だったのかもしれないけど安いほうを選んでくる。

 これには作業所での絶えざる働きかけが功を奏して来たのだろうと自負しております。いつも彼らに自己判断を要求し、お茶の時間一つとっても熱いのと冷たいのとを選ばせるし、選ばなければ放っておかれます。得てして好みや意見や考えが乏しいと思われがちで、他の人から与えられる『お仕着せ人生』を歩まされてきた彼らですが、作業所では何かに付け自己判断を要求されるのです。調理実習で作るものの判断、配達に出れば配達先とのやりとり、さらには畑で収穫する野菜でも熟しているかいないかの瞬時の判断・・・これらの積み重ねがR君の弁当選びにつながったのだと信じています。

 コンビニがなくなったからこそできた発見でした。

行って来ました、カニツアー!


 
3月14日、前日からの雨はまだ降り止まないまま、朝の7時半水無瀬駅出発。遅刻者が出ないかハラハラしてしまいましたが、うちの皆さんは優秀でした。結構強い雨脚の中時間通りの出発。バスは島本高槻茨木と回って吹田の中国自動車道から高速に乗ります。そのため、大阪の観光バスがわざわざ府境まで来て、ラッシュの国道をまた大阪方向に戻る不合理。本当は茨木から客を拾って府境の島本まで来て、隣町の大山崎インターから高速に乗れば効率的ですが、営業上、高速道路の通行料金を押さえるため一定の原則があり、そのとおり運行するそうな。

 案の定と言うか、心配していたことが起こりました。茨木駅で8時20分集合のはずなのに、お客が集まらないからと10分以上待たされました。茨木のお客が乗り込んできたらブーイングしようと言ってたのに、待っている間に「オシッコ〜」という我が従業員がぞろぞろ降りて駅のトイレに行ったため、似たような時間になってしまいブーイングできなくなりました。

 中国自動車道から舞鶴自動車道を経て国道9号線、176号線と乗り継いで丹後網野の夕日が浦温泉に着くまでずっと雨は降りっぱなし。日本海側に抜ける頃には雪の混じったミゾレになっていました。道中初めのうちのにぎやかさが収まると、今度は車中に響き渡る騒音・・・例によって居眠り君の、ところ構わないいびきに加え風邪を引いているための大きな長い咳!「お前は寝ていてもうるさいなあ」と思わずもらすと車中大笑い。予定よりやや遅れて着いたのは以前に2回使ったことのある佳松園という旅館でした。

 私たち23名のグループがまとまって竹の間に通され早速蟹料理プラス甘海老食い放題の宴会です。一度夕日が浦温泉から浮気して浜坂という町の蟹料理に行ったことがありましたが、あそこよりもここがよろしい。なんと言っても蟹が美味いし(同じロシア産冷凍蟹なのに)、食器がちゃんとしている。浜坂の場合は洗浄不要の使い捨て容器が多かった。それにあそこは体育館みたいな大部屋で、2〜300人一斉の食事・・・ハンドマイクでがなりたてながらの料理の説明でした。

 作業所の宴会は、みんなが飲み物を用意して「乾杯!」するのは忘年会だけです。まるで「ヨーイドン」するように、「では、思いっきり食べましょう。いただきまーす」で始まるのです。もちろん、飲む人は各自で600円もする中ビンのビールを買って自前で注ぎながら飲むという、型式にこだわらないざっくばらんさが特徴。

 先ずは蟹の刺身・・・甘くて醤油をつけないほうが自然な味。焼き蟹、これは焼きすぎると甲羅に身がくっつきますから、身が白っぽくなったところでこれも何もつけずに食うと海の香りが高く、絶品です。少しだけのカニ味噌も、瓶詰めのヤツとちがうか?などと疑いながら箸をつけると本物でした。ボイル蟹、これも足を外し甲羅をねじ切って実を引っ張り出すとゾロゾロと出てきて、手を上に挙げ口の中に落とし込むというテレビの料理紹介番組でやっている真似が出来ました。煮て食べる蟹すきの蟹だけが少し味が落ちていたような。長期間の冷凍で冷凍焼けしていたのかなあ。しかし、後の雑炊が美味かったです。

 プロには冷凍の蟹の見分けがつくのでしょうか。「これは刺身でいける」「これは鍋にしないと食えない」などと仕入れた蟹を選別するプロがいるのかなあと思ってしまいました。その眼力が私にもついたら、蟹を買うとき便利やなあなどと考えながら食べておりました。

 さて、蟹料理の会食というのは静かなものです。とにかく工作しながら食べるものですから、皆さん自分の手元に集中して会話がほとんどありません。「親でもない子でもない、この目の前の蟹を食い尽くさないことには帰れない」という雰囲気です。

 そこで割を食うのが「障がい」者たち・・・皆さん手先が器用じゃないうえに、醤油をつけるのか蟹酢で食べるのかお構いなしに剥けた部分だけを口に運ぶ人が多い。そこらを蟹だらけにしながらね。私も自分のを食ったら手伝いに行こうかと思っていたところ、応援団に蟹食いのベテランがおりまして、さっさと自分のを片付けた後、片っ端から彼らの前の蟹を剥いて皿に盛ってやってくれていました。ここまで手早く工作できるまでには、相当蟹に金をつぎ込んだのだろうなと思いながらも、その鮮やかさに見とれておりました。

 会食の予定時間は1時間、あとの1時間は温泉です。腹は満ち足りた後で、普通なら一呼吸置いて入るのですがそんなこと言ってられません。即刻温泉に移動してザブリ!同じようなツアーでやって来た人たちで結構込んでいたため、写真は遠慮してしまいました。ミゾレ混じりの寒風が吹きすさぶ中での露天風呂、なかなか結構でした。

 新入り従業員のKクンがお父さんに隅々まで洗ってもらっています。「毎日そうしておられるのですか?」とたずねたら、「いつもは一人で入ってええ加減な洗い方しているから、今がきれいにするチャンスなんですよ」とのこと・・・納得です。

 一時間の入浴は私の日常では長すぎますが、こういうところでの一時間は短かった。上がるともう温泉に入らなかった皆さん、ぞろぞろとバスへ移動開始。私もほ照る体で上着を抱えてバスに乗り込みました。

 今回の一人当たりのツアー参加料金・9980円というのはおそらくは山陰沖でとれた生蟹の値段の半分ぐらいじゃないでしょうか。この価格で150km以上離れた 夕日が浦温泉まで連れてきて、冷凍とは言え美味い蟹を2枚半と甘エビをたらふく食わせた上、温泉にまで入れてやろう、おまけに天橋立にまで連れていってやろうという企画。当然バックマージンをあてにしたお土産屋巡りが伴うわけです。

 ツアーの触れ込みの一つである天橋立は、やはりお土産屋がメインでした。そこでは海鮮汁の振る舞いがあった後、傘を差しての文殊堂の見学。ちゃんとお土産屋の店員さんがガイドをしてくれました。知恵の輪巡りでは弱視のK君怖いから回らないと言います。「知恵つかなくていいの?」「かまへん」というので、彼はせっかくの賢くなるチャンスを逃してしまいました。まあ確かに他の人も傘があるからこわごわでしたがね。

 ここでは可動橋が動くのを見ることができました。天橋立には何回か来ていますが船が通るのを見たのはまだ一回しか見たことがなかったのです。外国人が面白がってビデオを回しておりました。

 天気が悪かったから日本三景の一つ天橋立を見ることはあきらめ、再びバスに乗り込み、雨よりも雪のほうが多くなったミゾレの中を次のお土産屋に向かって走り出しました。

まあ、旅行会社の営業対策だと分かっていながら、ついそれに協力してしまうのが私たちです。要らないものは買うまいと決めていても、財布の紐は緩みがちですな。私は小さなバッグにタオルなど入れて持ってきましたが、このバッグからはみ出すような買い物は絶対するまいと決めており、一応は自分で決めたことは守ることができました。

 
最後に回ったのが「丹後ちりめん博物館」という名のお土産屋さんでした。私、ここで来年の冬用に絹製の膝のサポーターを買ってしまいました。今年の厳冬期は膝の痛みからサポーターが離せなかったのですが、それが分厚くていかにもジジ臭い代物。薄くて暖かそうなので衝動買いしてしまいました。ま、次の厳冬期くらいまでは生きて活動しているでしょうから使うことができるでしょう。(最近はこういう発想が増えています)

 さて、いよいよ帰りのバスになりました。赤松パーキングエリアまではノンストップで走るとのことで、皆さん小便を出し切って出発!

 バスでは店長がバスの後方に座り私が最前列に坐りましたが、私のすぐ後ろがK君と応援団の蟹食い名人。丁寧にK君のおしゃべりに付き合っておられます。K君も甘えてテレビの話やピアノの発表会の話など口が休まることがない。蟹食い名人と私とがしゃべりだすと拗ねたようになる。まあホンマにようしゃべり、R君のほうがずっと静かでした。別れ際「口が凝ったやろ、明日筋肉痛やな」と言ったほどでした。

 帰りのバスは行きと逆に茨木市の客から順に高槻、島本水無瀬と降ろします。水無瀬駅まで付き合ってそこから電車に乗って家に帰ると遅くなるから、私も茨木で降りて電車に乗って帰りました。

 今年の蟹食いバスツアー、事故もなくまた、みんなが仲良く楽しくできて大変結構でした。別れ際、K君のお父さんから「また来年も企画してくださいね」と言われました。


      


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