2009年5月12日 第3号(通算245号)
『作業所だより』最新号より
 前号を読まれてない方はここ、244号へどうぞ
長雨の間に完熟して腐りカビの生えたイチゴ、上のイチゴに伝染しています
主張/二通のメール

 書きたいこと、書かねばならないことはたくさんあるのですが難しいので逃げて、最近前号を読んで送ってくださった方々の二通のメールが嬉しかったのでそれを書きます。どちらも作業所と関わりを持つ知人からのものですが、初めにいただいたのは男性で次のようなメールでした。

 今回の「自分の手で潰す」ことに同感です。続けるよりも終わり方が難しいとは,この頃つとに感じることです。人生はもちろん,すーっと消え去るようにフェードアウトできるような活動ができないかと,あれこれ思案をしています。立ち上げは陽気で,終わりはしみじみと,そんな活動が理想的だなあ,と…。

結局は,自分の力ではなく周りの人たちの力がそうさせるのだと,権力は自分で望み,適うものだけど,権威は自分で望んでも適わないものだと,他者から与えられるものなのだと,そう思い至っています。

欲をかかず,人の為にとも思わず,ただただ自分の為にだけしたことが他者から評価されるなら,それこそ本望だと,そう思います。

 彼の意見に同感しながら、フェードアウトする人生の話から、七〇才の私は最近「好々爺になりたい」と願っていることを返信しました。これも好好爺かどうかは他者から与えられるもの。「好々爺になりたい」なんて口にした途端資格を喪失するのかもしれません。

 もう一通は手作りパンを焼いてホームパーティー風の集いで販売し、うちの野菜も一緒に売ってくれている子育て中のお母さんからです。

 今は、助けていただいている一方ですが、何らかの形で、作業所の皆さんに御返しできれば、と思っています。私の場合、その手段がパンでしかないのですが。これからも宜しくお願いします。

 Natane(注・パンの名前)に関しては、娘が二〇歳になるまで…ということはあと一四年、続けるつもりです。

 私も、娘も作業所のみなさんが大好きです☆忙しさを理由にずいぶんとご無沙汰していますが、また遊びに行きますね!

 彼女はセミプロでして、創作パンを研究していらっしゃいます。そのうち、飯田農園の無農薬露地栽培のイチゴやトマトを使ったパンができるかも知れません。作業所も彼女も儲かるようになれば一番良い!

これらが作業所だより二四四号を読んでのメールだと思うと何か元気をいただきました。作業所の継続もなんとかなりまっせ!と・・・。

4月29日作業所総会『つどい』終わる
   新たな課題に向かってさらに一歩を

年間の活動報告


 4月29日午後1時から、作業所の総会がふれあいセンター三階の一般座敷で開かれました。集まったのは作業所で働くメンバー全員と保護者たちに作業所応援団総勢20名余り。代表挨拶の後、直ちに「この一年・これからの一年」と題した年間のまとめの報告が行われました。

 まず、作業所の“基幹産業“である農産物のことから、去年一年間の作業所だよりの野菜関係に関する記事をダイジェストして説明。端境期なのに突然種類限定の野菜であふれかえる様子や、成熟して美味そうに育った野菜が一夜にして夜盗虫にやられる様子など、具体的で分かりやすかったようです。いや、その様子を説明しながら「毎年同じことやなあ」とも思いました。果物ではタンカンを1トン以上売りさばいたこと、後から送られてきたタンカンの品質が季節のせいかよくなくて困っていること、それでもタンカンだけで15万円収益が上がったことを報告。

 続いて定期販売商品であるパンとラーメン・チャーシューの売り上げ減の話に移りました。08年度は小麦が高騰したためパンも麺も値上がりしました。6月にはついにそよ風パンも値上げしましたが、ラーメンは値段据え置きのまま来ています。原料代の値上がりを商品に転嫁することで起こる売り上げ減・値上げせずに我慢することによる利益の減・・・どちらをとってもしんどい話に違いはありません。

 イベントにはマメに顔を出しましたが、店を出せば損はしないというこれまでと様子が変わりつつあるのです。完全に赤字だったのが「反核平和人権フェスティバル」、先日の桜バザーの集客力の落ち込みも一日目の焼き芋屋の利益があったから格好が付いたけど意外でした。特に手間をかけて仕込み、しかも高齢化による疲れを配慮し数を減らして用意したラーメンが売れ残るとガックリ来ます。これからは、イベントでのラーメンの価格を100円上げて500円で販売することも提起しました。

 生協での店頭販売を取りやめた報告に続いて、広報活動としてのホームページを通して、人のつながりがさらに広がり北海道のアスパラガス農家の佐藤さんをみんなで訪問したことや、作業所の建物のオーナーさんと知り合ったこと、大阪人権協会の方と知り合ったことが大阪府庁の課長補佐が見学に見えることにつながったことなど楽しく報告。これからもネットを通したお付き合いの広がりに期待したいです。

 作業所として、自己判断・自己決定を尊重することで、「障がい」者たちの自主的な取組みの芽が伸びてきている具体例として、策年度末の“分裂忘年会”が紹介されました。その横で「昼寝をする」と自己決定したらしい居眠り君が大きないびきをかいて居眠りし始めたのには会場の失笑をかってしまいました。

08年度会計報告

08年度収入内訳(前年度対比)
項目 07年度 08年度
繰入金 120,406 17,892
寄付金 90,000 30,000
借入金 700,000
収益金 3,681,879 3,524,415
町補助金 5,560,000 5,560,000
利息 1,833 1,529
収益金の内訳
野菜(飯田農園関係) 1,539,270 1,658,400
野菜(徳之島・北海道) 24,170 32,000
焼き芋 86,380 78,000
リサイクル他 13,000 22,000
ケーキ 57,800 52,800
清掃業務(マンション) 60,000 60,000
粉石けん 25,100 16,800
ラーメン・チャーシュー 768,613 471,100
弁当仕出し 298,679 222,883
昼食提供 54,089 28,000
果物 150,400 194,200
カレンダー 27,000 51,500
喫茶 75,000 81,000
267,000 296,000
パン 79,708 66,817
印刷 159,472 174,553
めーむ 20,367 18,362


 続いて会計報告に移りました。全体的には967万円の収入予算に対して、決算では913万円と少なかったのですが
,トータルでは借金の必要がない黒字になりました。これは08年の4月に顔を見せたきり出て来れなくなった従業員の給料を支払わずにすんだという実に消極的な原因でありました。一方で、給料の支払い(人件費)が作業所会計の命運を左右する現象だとも言えます。

 もう一つは光熱水費の値上がりを見込んで始末した成果もあったと思います。

 左にみんなで働いて稼いだ「収益金」の内訳を掲載しました。やはり、果物を含めれば農産物による収益が半分を占めています。そしてこれは前年度よりも増えております。

 しかしラーメンでは30万円落ち込んでいます。これは原料代の高騰による減益とイベントでの販売力の低下(集客力の弱いイベント)のせいだと思われ、隔週販売にしたことが大きく影響しているとは思えません。対策が必要です。

 小さなことだけど「昼食提供」の落ち込みは、主婦歴○十年の女性専従がやっていた前年度に比べ、主婦歴0年のオッサンがやっている差であります。こいつばかりはどうしようもありません。また「喫茶」の項目に「おや?」と思われるでしょうが、これはみんなで茶をしばいたときに100円ずつお茶代を取り立てているお金です。「リサイクル」は以前やっていた古物がそれでも少しずつ売れているお金です。また「清掃業務」は2階以上の建物清掃の手当て「めーむ」というのは売り上げに応じて取り扱い手数料が還付された金額です。

 トータルして収益金は前年比12万円落ち込んでしまいました。その他の補助金の使い道を含んだ会計報告もされましたが、煩雑になるので省略いたします。なお、作業所には資料が残っておりますので関心のある方はどうぞ申し出てください。

話し合いから


 以上の報告をもとに話し合いに入りました。やはり大阪府の補助金がなくなる2010年度からの財政問題が大きな関心事でした。少しでも増収につながる商品を探すことと、今の経営から無駄を省くことが課題となります。ただ、確実に来る財政難ではあっても、町の補助金も止まるのかどうかなど見通せないこともあって、無駄を省く論議よりも新しい商品の開拓の話になりました。


 先日新しい商品として、徳之島の黒砂糖の見本を送ってもらいました。塊りだけでなく粉砂糖もあります。総会に出ておられた方のお宅で黒砂糖を利用されるのかおたずねすると、たまに料理に使う程度でほとんど利用はないようです。しかし、上白糖など一般に売られている砂糖は混ぜものがあり安心できないこともよくご存知でした。この、黒砂糖を使う習慣がないお宅に対してその習慣を変える働きかけをするというのは至難の業でして、結局この黒砂糖を仕入れても今のところイベントで販売する程度に収まらざるを得ないようです。

 北海道の鹿の肉の扱いも、屠場で屠殺した肉以外の流通を認めない法律の壁と送料の点で行き詰っております。このように、商品にする前の段階で暗礁に乗り上げるケースのほうが、タンカンのようにうまく行くケースよりもはるかに多いのです。

 そんななかで、鷲野さんのお米も一ヶ月経つと味が落ちるから月に2回販売できないものかという提案がありました。遠く三重県から配達してくださる鷲野さんにお願いすることは無理でも、飯田さんのお米なら可能じゃないかと検討課題になりました。後日、飯田さんに相談するとOKが出ましたので、第四火曜日ぐらいに「飯田さんのお米の配達日」を設けることにしました。

 お茶を飲みながらのフリートーキングですから、話の内容は作業所の経営だけではなくいろいろなことに飛んで行きます。30年も続いてきた小中学生の「夏の教室」が来年ぐらいからなくなりそうなのだけど、始めたころの話を聞かせてほしいとか、先日の社協主催のふれあいバスツアーの様子の話など。これはこれで「障害」児者の捉え方の正しさと、作業所の取り組みの正しさを確かめ合う意義がある話し合いでした。

 会場を借りていたのが4時までなのに、話し合いに熱中してしまって3時間はあっという間に過ぎてしまい気がつけば4時20分!センターの係りの人が「まだですか?」と覗きに来る始末でした。慌てて共働センター代表の、老化する私たち専従へのユーモラスな終わりの挨拶を受けてお開きとなりました。

 まだ話し足りない人たちは作業所に席を移し、そこで飲みながら遅くまでいろいろと話し合ったようですが、会議ではないので省略します。

      


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