沖縄闘牛全島大会観戦記(05年11月13日)
                                   
                                    電撃嵐と角を掛け合う尚武大黒(左)
・・・初めに・・・

 この9月にも東京に住む弟を準全島大会に案内して、それから2ヶ月弱しか経っていないから人は「また沖縄へ行くの?」とあきれたように言います。しかし、今度はその弟がよほど面白かったのか自分の連れ合いを案内すると言うし、私は「沖縄は修学旅行以来初めてだ」とおっしゃる29年生さんとご一緒する約束で航空券の手配をしておりました。9月の準全島大会が終わった頃から、全島大会の取組みが明らかになるにつれて「今回の沖縄行きは正解だぞ」とすごく楽しむ気持ちになってきました。それほどよい取組みが多かったからです。

 そうそう、これから企画する人たちのために書いておきます。私たちは大阪からのフリープランのツアーに申し込んだのですが、そのうたい文句は「航空券とホテル代2泊で19800円」というものでした。4年前にはこれに“レンタカー乗り放題”がついておりましたが今回はなし。それでも198なら安いです。早速申し込んだら、まず二人でいくのだからと3000円余分に取られて22800円になり、午後出発の飛行機が満杯のため午前発の飛行機になるからと6000円取られ、旅行保険だと2000円、レンタカー代で一人分5000円・・・結局うたい文句の19800円の倍近くの金を取られました。どうか予約する前にしっかりと確かめてください。私たちは、面倒くさいし、闘牛を見たい一心でまあこれでも安いかと手を打ったのですが。

 大阪からの私たちと、東京からの弟夫婦とが沖縄で合流しようという話になって12日、それぞれが沖縄に向かって飛び立ちました。

 第一日目

 沖縄には昼過ぎに着きました。レンタカー会社が出すマイクロバスに乗り、会社で手続き・・・借りた車はトヨタの1リットルカーでした。29年生さんが率先して「私が運転しましょう」と言ってくれたので甘えました。彼は一ヶ月ほど前まですごい腰痛に悩まされており、杖を突いて歩いていたそうなんですが、一人で開拓した治療法・・・階段逆さづり療法によって見事に乗り越えられ、沖縄に同行できました。車の運転も平気でしてくれました。

 ホテルは恩納村の「みゆきビーチホテル」・・・那覇から小一時間の距離でした。ホテルに着くと徳之島から沖縄に船で向かっている70年さんから電話「どこのホテルですか?」「みゆきビーチです」「あぁあの汚いホテル!」。本当に国道沿いにある他のホテルがうらやましかった!

 今回の闘牛大会には尚武大黒が出場するため、牛主の護佐丸さんのお世話になるわけにはいきません。すると、初めて闘牛を見に行った時にお会いし、それ以来ずっとネット仲間であるアップルさんがうまく休みが取れたからと、一日目の面倒をすべて見てくれました。車も8人乗りの大きなお父さんの車を使ってくれて本当に助かりました。

 何分同行の29年生さん、アップルさんから「どこかご案内するところはありませんか?」と聞かれて、「松トガイーが見たい」と答える人です。当然アップルさんは観光地をイメージして修学旅行以来沖縄が初めてだという29年生さんに尋ねたのですが・・・そんな牛舎巡り、私たちだけではできるわけありません。だいたいが地理が分からない上に、明日出場する牛を抱えた牛舎が、見ず知らずの私たちに牛を見せてくれるわけがない。アップルさんも「明日が闘牛だから無理だと思いますよ」と言いながらも下に書くように努力してくださいました。

 どこの牛舎だって出す牛がいるとピリピリしておられます。しかし、アップルさんのおかげで尚武牛舎も東昇牛舎も快く迎えてくださいました。初めに行った尚武牛舎では大黒の出場のために他の仲間牛も一週間禁欲状態!もちろん大黒自身が一番ピリピリしていました。すでに角も粗研ぎが終わっており、盛んに空腹を訴えているようでした。私の好きな「巌獣」(彼も私を好いてくれていると勝手に思っています)も元気そうで、近くにあるはずのデビュー戦のために体調を整えているようでした。アップルさんと護佐丸さんが牛の足を見ながら、「そろそろ爪きりしたほうがいいですね」「そうですね、土踏まずがなくなっているね」などと会話していました。私は牛を前にしたこういうさりげない会話に興味があり好きです。

 大黒は護佐丸さんのお父さんの持ち牛です。ちょうど居てくださったお父さんに、東京から来る弟夫婦に、闘牛前の角研ぎを見せたいのですがとお願いすると快諾してくださいました。だいたいが、闘牛の朝の来客で牛の集中心が失われたりすることを恐れて沖縄ではあまり喜ばれないようなのに・・・ありがたかったです。お父さんは、明日対戦する電撃嵐が強い牛だからしっかり頑張ってもらわないとと一種懸命お話くださいました。

 次はアップルさんのお宅へ寄って「松トガイー」の牛舎の様子を聞いてもらいました。その間に彼女のお母さんが作っておられる最中だったサーターアンダギーをご馳走になりました。これがまた絶品!揚げたての熱々をフーフー吹きながらいただくのですから、過去何回かいただいた中で最高の美味さでした。で、結果としては松トガイーはダメだと分かって牛舎だけを見て東昇牛舎に行きました。

 東昇牛舎では、明日出場の「嵐流」が「大黒」同様試合前のストレスが溜まった状態・・・私には2ヶ月ぶりの「オールバック」が大事でして、実はその間にまたまた「もうだめか」と思われた試合を引っくり返して一勝しているのです。「お前また勝ったらしいな、おめでとう」と触るとご機嫌斜めで首を振って嫌がられてしまいました。私を闘牛に引き込んだ東昇皇龍も静かにたたずんでおりました。9月に見たときは「少し老けた」と言う印象を受けましたが、今回は決してそうは見えませんでした。「東昇皇龍は何勝何敗でしたかね」とたずねると子どもの声で「5勝3敗!」との回答・・・びっくりしてしまいました。小学校の低学年なのに闘牛が大好きで、すごく詳しい東昇牛舎の親戚の子だそうでした。

 東昇牛舎の近くにある龍騎さんの歯科医院を訪れました。ちょうど幼い患者さんが来られたところで、しばらく待っていると大きな体をかがめるようにして出てこられました。彼とはメールで沖縄闘牛の総括文をまとめる必要のある話から、彼の文章を読ませてもらったりしております。その話の続きで『沖縄の闘牛』という昭和47年発行の、闘牛のバイブルとも言える貴重な本を出して来られて、「貸しますから読んでください」とのこと。29年生さんがひったくるようにして目を通し「これはすごい本だ!」と言っていました。こんな貴重な資料を貸してくださるということを通して、ここ近年の闘牛通史のようなものへの彼の情熱を感じ取りました。(ただ今通読中・・・時間がなくて・・・)

 その後弟夫婦と合流するためにアップルさん、彼らのホテルに急いでくれました。彼らのホテルは私たちのと違って立派なホテルでした。そのホテルへ彼らが着くのと同時ぐらいに私たちも着きました。彼らも荷物を置くなりすぐに車に乗り込んで沖縄市の飲み会の会場へ!そう、明日の前祝を兼ねて私たちの歓迎会を開いてくれたのです。ここらに沖縄の人たちの暖かな気持ちが現われています。

 会場の郷土料理を出す居酒屋に着くと、すでに皆さんおそろいでした。中に全く久しぶりの角白さんが座っておられます。1年以上お会いしていないからお元気そうなお顔を見てとてもうれしかったです。ほかに70年生さんやタカさんもおられました。弟夫婦と29年生さんを皆さんに紹介して宴は始まりました。私たちに気を使って、沖縄の郷土料理が次々と登場します。また酒も古酒(クースー)を「これは何年ものだ」などと言いながら・・・中でも戦火で途絶えたはずの古酒が最近発見されてそれをブレンドしたという泡盛が出されました。さすがに美味くて・・・ぺろりと一本空けてしまいました。

 終わりがけに、店主が大杯を持ち出してきて、一升瓶をなみなみと注ぎ「明日の前祝だ、飲んでくれ!」と言いましてみんなで回し飲み。ぐるっと一周してもまだ残った酒を明日出場させる牛主・護佐丸さんと龍騎さんが最期に飲み干しました。これが翌日の快進撃につながったのかもしれません。

 弟夫婦はホテルに荷物を置くなり出てきましたから10時前にアップルさんに送ってもらって退席し、私たちも恩納村まで帰らないといけないからそれから小一時間して帰りました。ホテルに着くと日付が変わる前でした。残った人たちはその後店を変えて午前4時まで飲んでいたそうです!付き合わなくてよかった!死んでいるところだった!!(笑)


 
 第2日目

 闘牛開始まで

 護佐丸さんとそのお父さんに出陣前の牛舎の様子を見せていただくことになっていましたから、朝食もそこそこにホテルを出ました。弟のホテルに寄って1リッターカーに4人が乗り尚武牛舎に向かいました。

 29年生さんは徳之島出身です。走りながら盛んに「沖縄は広いな」と口にされました。確かに時間を急いている時はそう思います。恩納村→沖縄市→中城村というコースは20km30kmという単位です。おまけに沖縄は公共交通機関があまりないから車が非常に多くて渋滞が頻発します。徳之島だって走っていると「大きな島だなあ」と思いますが、沖縄に比べれば渋滞なんてないに等しい。護佐丸さんのお父さんが「八時半から九時の間に角を研ぎましょう。」と私たちの行動に合わせてくださったから時間に遅れるわけにはいきません。八時半に近くまでたどり着いたけど、どこから入るのかが見当つかなくてまごまごしました。止まっているタクシーにたずねたり、護佐丸さんに教えてもらったガソリンスタンドで聞いたりして、入り口を見つけたら後は簡単でした。もう3,4回来ているのに恥ずかしい話でした。

 護佐丸さん、今朝方まで飲んでいたとは見えない顔つきで出てこられ、間もなくお父さんと二人で大黒の角を研ぎ始めました。角の削りくずが顔から背中まで飛び散ります。大黒はこれから始まる闘牛をしっかりと意識した鋭い目に変わって行きます。私は・・・角の削りくずを見ながら、「モン(飼い犬)がここにいたら喜んで食べるかなあ」などと不謹慎なことがふと頭をよぎりました。ツンツンに研ぎ澄ませた角に塩を摺りこんで角を固めて仕上がりです。

 トラックに大黒を乗せる所なども見たかったけど、それでは闘牛場に着くのが送れて時間的に無理だったし、護佐丸さんも闘牛場に一足早く行って大会の開催準備をしなければならないというので、尚武牛舎を失礼してお茶でも飲もうかと走り出しました。

 朝私たちがホテルを出るときに土砂降りだった雨が、弟のホテルに着く頃上がったのに、弟を積んで走り出したらまた土砂降りになり、しばら走って上がった雨が尚武牛舎に着くなりまた土砂降り・・・まるで私は雨と一緒に動いているみたい。そのまま止まないから、100円ショップのある建物に入って雨具を買い求めました。その建物の中の喫茶店に入る予定がどこともまだ開店前。仕方ないから時間つぶしして闘牛場に向かいました。

 秋の沖縄全島大会

 沖縄市営闘牛場に着くと、それまでのスコールのような雨が小降りになり間もなくすると止んでしまいました。雨具を買いながら「こんなもの買った後止んでしまうことが多い」などと話し合っていたことは本当になりました。しかしまあ、雨の降らない闘牛大会にするために支払った保険料だと思うことにしました。

 弟の9月の闘牛初体験の感想が「闘牛は面白い!しかし、ケツが痛い」というものだったようで、奥さんが空気座布団を4枚買ってきてくれました。これは正解でした。どの姿勢をとっても平気でした。彼らと別れるときに、沖縄で世話になった人たちにあげてくださいとあずかったまま持ち帰っております。しかし、彼ら闘牛士は座って観戦することはまずないし、アップルさんだっていつもかぶりつきで写真とっているからなあ・・・しかし、借りたものですからいつか沖縄に行くときにもっていきます。

 さて、14番に渡る闘牛が始まりました。試合にならなかったのは『山幸天上;ドラゴン桜』だけで、どの試合も白熱し手に汗を握る展開でした。しかしここではやはり全試合の経過は闘牛専用ページにお任せして私のお気に入りの三番だけを紹介します。

 『大嵐;島袋タッチュー』

 950kgのタッチューに対して大嵐は1t、体重差もあって大方の予想は明らかに島袋タッチューの劣勢が伝えられておりました。出てきた両牛を比べるとまず角の作りの差に気づきます。大嵐の太くて自然に湾曲した角に比べてタッチューの突っ立った角はいかにも貧相です。確かに開始後1分少々でタッチューは柵に追い詰められかろうじて身をかわす有様。10分ほどの間、大嵐の好きなように翻弄される展開となりました。私は、今回はもうダメかなあと思い始めた終盤、9分ほど経ちこう着状態から後、イヤ、またタッチューはやってくれるかもしれないを思うようになってきました。

 こう着状態に「両牛に対して拍手をお願いします」とアナウンスされた後、タッチューの動きが活発になりました。三度目に柵際に追い詰められたけど余裕でかわし、両牛顔を見合わせるようになってきました。しばらく見合わせた後の角突きの後が必ずタッチュー優位に展開するのですね。空に向かって並行に突き立つようになっている角を、頭を低くして左角を使って突き立てると結構相手にダメージを与えたようです。それがタッチューの仕事なんですね。今回もそうでした。相手の嫌がるところを突いたり掠ったりするのでしょう。11分17秒、ついに大嵐が身を翻して敗走しました。かさにかかって攻め立てるタッチュー、柵際に追い詰め大嵐を持ち上げてしまいました。

 気分yかったです。前夜の前祝の席上、「magarininさんはやっぱりタッチューですか?」「もちろん」「じゃあこれ、タッチューが勝てばあなたのもの・負けたら倍にして返してくださいね」「わかった」・・・そんなやりとりをして交わした1000円、返さなくてすみました。闘牛で初めて儲けたのですから!(笑)

 『電撃嵐;尚武大黒』

 電撃嵐1050kgに遅れて登場してきた尚武大黒1100kg、巨漢同士の対決です。これはタッチュー気味の角の電撃嵐に対して大黒が湾曲したカブラー角。これまた下馬評は電撃嵐優位とのこと。相手の様子を見ながらの試合開始となりました。お互い見合っては角を付き合う状態が続きます。やはりタッチューの角が正面から当るとこたえるようです。しかし、組み合ってからも押され気味ながら大黒、右へ左へと逃げてかわしてうまく立ち回ります。電撃嵐は角を突きたて隙さえあれば回り込もうとします。一度どころでなく大黒首を取られましたが、決して逃げずにむしろ身を寄せるようにしてかわしてしまいました。しかし、電撃嵐の一方的な攻めですから、私たちもハラハラ。

 5分ぐらい経つ頃から電撃嵐の猛攻をのらりくらりとかわす大黒を見ながら、「5分ももったじゃないか、よく闘っているよ」などと失礼な談義(実は私も一枚かんでおりました)。しかし場内アナウンスも「大黒よく持ちこたえております」と言っていたのですから、試合前の下馬評と重ねて考えるとこの感想は仕方なかったのかもしれません。

 状況が動き始めたのは9分過ぎでした。大黒のスキを見た電撃嵐が回り込み首から腹に回ろうとした時に、何か大黒がするっとかわしたように見えました。そして30秒ほどしてもう一度大黒にスキがあったらしくしめたとばかり回り込んで首を突き立てる電撃嵐に、大黒はその動きにも身を添える形から素早く相手の下に回りこみ角で突き立てました。逃げ腰になった電撃嵐にさらに怒涛の寄りをかけ柵に貼り付けてしまいました。腹を突きたてられ柵によじ登った電撃嵐の表情が「なんでこうなったの?」という感じに見えてしまいました。どうも「スキを見せておいて突いてくる相手の動きよりも早く下に回りこむ」のが作戦だったようで、9分過ぎの大黒のスキも自ら作った作戦上のスキだったように後で思いました。初めの時はうまく下にもぐれなかったためいなしたのでしょう。おっとりしたように見える大黒の頭脳的な作戦勝ちでした。

 勝ち牛の大黒に護佐丸さんが飛び乗ってガッツポーズ、次にお父さんが乗りました。お二人とも本当にうれしそうでした。もちろん私たちも立ち上がって喜んだし、できれば大黒の背中に乗りたかったけど・・・ガマンしました。しかし、これで大黒は実力を見せ付けました。これまでの勝ち以上に逆転勝利の印象が強く、格も実力も上の牛を完膚なきまでにたたきつけたのですから闘牛界での評価は一段と高まるでしょう。以前「大黒みたいな変な牛と闘わせるから闘牛人気がなくなるのだ」のような書き方をある掲示板にされました。しかし、今回の取組みでまさに溜飲を下げた感じがしました。

 『東昇嵐流:静羅美勝』

 この美勝という牛は以前徳之島で一世を風靡した黒天慶久号でして、その伝説は今なお闘牛ファンの心をとらえております。嵐流にとっては強敵・・・これまた巷のうわさでは嵐流不利となっていました。しかし、その伝説が覆されたのです。

 美勝は確かに立派な角の持ち主でした。また足腰も強くて嵐流は試合開始当時押し合いになったけど、押し負けておりました。見事に「角をかけて押す」を忠実に実行しているのが美勝でした。しかし、嵐流は押し込まれる前にそのかけられた角を外して回り込み、持久戦になってきました。角をかけられ首を捻じ曲げられたままの嵐流にとっては“じっと我慢の闘牛”でした。10分過ぎる頃からでしょうか、かけられたつのをが外れた途端押し合いになるのですが、一方的に押されていた嵐流が押し負けなくなってきました。可愛い声で「嵐流がんばれ!」の声援・・・伸び上がって見ると昨日東昇皇龍の戦績を教えてくれたあの子でした。

 20分を過ぎる頃から美勝のかけが弱まり始めました。時には嵐流がかけて美勝の首が曲がるときすらありました。少なくとも嵐流の角が下に行き美勝のあごが上がり始めたのです。22分過ぎにはついに嵐流が押し勝ち始めました。呼吸のたびに波打つ両牛の腹の動きも、若干美勝の方が早いような気がしていました。26分過ぎに見せた美勝の猛攻が彼の最後の力を振り絞ったものだったのでしょう。その猛攻を嵐流にかわされた美勝、28分過ぎてあきらめたように横に走りました。追う嵐流、柵際で美勝を持ち上げて地面に叩きつけて勝利宣言をしました。

 勝ち名乗りを挙げて嵐流の背中に乗ったのは、例のあの子でした。今大会最長の28分35秒の猛攻でした。確かに美勝のかけて押す力はすごかったけど、最期まであきらめずにしのいだ嵐流の根性の粘り勝ちだったといえるでしょう。

 闘い済んで・・・

 まず尚武牛舎に走りました。沖縄はずいぶん西にありますから日が暮れるのが一時間近く遅いのです。陸の上にある尚武牛舎から暮れなずむ景色を眺めながら大黒の帰りを待ちました。一週間、大黒の闘牛に付き合って禁欲生活を強いられてきた尚武護佐丸や巌獣たち、久しぶりに外に出してもらって体を洗ってもらいブラッシングしてもらってとても気持ちよさそうでした。兄貴分の大黒が勝利したことを牛舎の動きで察知しているはずですからなおさら気持ちよかったはず。

 やがて大黒が帰ってきて、牛舎で祝杯をあげました。初めて護佐丸さんのお母さんや妹さんに引き合わせてもらいました。私たちが関西や関東から応援に駆けつけたと知ってとても喜んでくださいました。まさに皆さんにとって勝利の美酒だったでしょうが、私は29年生さんに代わって運転を引き受けましたので酒は飲みませんでした。しかし、長居はできません。昨夜アップルさんの車に上着や龍騎さんにお借りした本を置いたままだから今度は嵐流の牛舎に行かねばならないのです。

 少し早めだったけど尚武牛舎を失礼して弟夫婦をホテルに送り、東昇牛舎に向かいました。アップルさんは家にお客様が来たということでお会いできなかったけど、車に置き忘れたものは龍騎さんのお父さんの家に置いてありました。来意を告げると「まあ上がりなさい」と招き入れられ、お父さんもふくめて牛話。そのうちタカさんと70年生さんも駆けつけて祝勝会のようになってきました。そこで呼ばれた家庭料理、冬瓜の入ったソーキ汁が美味しかった!聞けばお父さんは今日は審判役としてテントにおられたそうで、道理で嵐流の勝利後リンクに出てこられなかったわけだと納得しました。

 ここでもまた早めに失礼してホテルに向かいました。29年生さん、すっかり疲れたのか部屋に入るなり寝るわ寝るわ・・・携帯メールで起こされてはまた寝てしまう・・・よほどお疲れのようでした。

 

 第3日目

 朝はゆっくりと朝食を採り8時半ごろホテルを出ました。この日はやることがないから観光とお土産あさりです。29年生さんに「どこへ行く?」とたずねても、闘牛以外は欲がないから「さあどこに行きましょうか」なんです。お土産だって「沖縄限定のパイナップルハイチューが美味しいそうだから、あれを買って帰ります」と無欲です。仕方ないから一番沖縄らしい場所・守礼門と首里城に向かいました。

 ええ年をしたおっさんと限りなくじいさんに近い私と二人でぶらぶらと観光・・・色気も何もありませんでした。早々に観光を切り上げて早い目にレンタカーを返して空港へ。2時間ほどの間ゆっくりと昼食をとりお土産あさりをしました。29年生さんがお土産をあまり買わないわけをぼつぼつと話してくれました。お土産を買っても正当な評価がされず、後の扱いに心傷つくのだとか・・・私にも覚えのある話で爆笑しながら、それでも彼は家族にお土産を買っていました。

 定刻どおりに沖縄を後にした機内では、私もうつらうつら状態。こちらの日暮れは早くて薄暗くなる5時過ぎに自宅に着きました。
終わりに

 今回の闘牛はこれまでで一番胸のすく思いがしました。私の応援した牛がすべ不利だとの前評判を覆して勝ちを収めたこと。これは旅行全体を「行ってよかった!」と思わせるだけの値打ちをつけてくれました。他にも手に汗を握る取組みはありましたが、何分忙しくて観戦記を書くヒマがなく、初めから一番見たかった三番だけを取り上げました。他の取り組みについてはどうか沖縄闘牛のホームページを検索してご覧ください。

 沖縄の皆さんの歓迎を受けて、弟夫婦も「良かった!」と大感激でした。高校の修学旅行以来の沖縄だった29年生さん、まさに浦島太郎状態でとても愉快でした。彼とは知り合って一年も経っていないのに闘牛というとお神酒徳利のように二人で連れそって出かけまくった一年でした。

 沖縄へは、弟たちからあずかった空気座布団を渡しになるだけ早く再訪します。お世話になった皆様、本当にありがとうございました!