| バーチャル 闘牛後援会 徳之島闘牛観戦紀行(08年5月) 闘牛フェスティバルイン福岡 徳之島闘牛旅行記《06年10月》 徳之島闘牛紀行《06年1月》 《05年1月》徳之島闘牛紀行 05年沖縄闘牛秋の全島大会観戦記 05年9月・沖縄闘牛案内記 05年夏宇和島雲龍丸号タイトルマッチ 05年9月・沖縄闘牛案内記 04年沖縄闘牛秋の全島大会 初めての沖縄闘牛紀行《03年11月》 バーチャル販売店入り口 |
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| 04年11月14日沖縄全島大会にて |
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| ・・・初めに・・・ | ||
私たちのホームページは本来、障害者の作業所の公式ページなのです。だからこのページにバーチャルとは言え「闘牛後援会」のページがあることがおかしいです。しかし、ホームページ開設の当初から「福祉・福祉したページにはしたくない」という強い意向がありました。そして実際にリンク先を見ても作業所関連とのリンクや福祉関係サイトとのリンクがほとんどなく、掲示板に訪れてカキコくださるお客様にも障害者作業所関係の方はめったにおられません。こんな作業所が闘牛とどんなつながりなのかという説明だけはしておかねば・・・と義理堅く思います。2002年に作業所の旅行で闘牛の当時の横綱「東昇皇龍」と出会って、みんながその迫力に圧倒されたのが始まりで、沖縄の闘牛士たちの優しさに惹かれて翌年は3名で闘牛観戦をして作業所の中でも闘牛の話題が時には出るようになりました。きっかけはそういうことなんです。。
ただしその後、闘牛に関心のあるホームページとして関西在住の闘牛ファンたちに広がり、彼らが作業所を訪れたり、ラーメンを購入してくださって顧客としてのお付き合いもできはじめました。同時に管理人が個人的趣味として闘牛の猛々しさにほれ込んでしまって、「関西闘牛会」にも参加するようになってしまいました。また、11月には作業所の専従や応援団の人たちで、河内長野市にある「ワールド牧場」に関西の闘牛を見に行くということもやりました。だから作業所の公式ホームページの一角に、このようなページがあるのも「福祉・福祉しないホームページ」としては一興であろうと思うのです。 このページは始めは雲龍丸号後援会として発足しました。そのいきさつは雲龍丸号後援会のページに書いてありますのでご参照ください。あのページを作ったときに懸念していた、応援したい牛は他にもいるのにどうしようかということが現実となってきました。今年の11月に沖縄に行き、尚武牛舎の牛たちと交流し、徳之島の人たちと交流すると雲龍丸号と同じくらい大切な牛たちが増えてきたのです。 こうなればどうせ“バーチャル”なのだから大きく『日本闘牛後援会』と打って出ようかと決心しました。いや別に日本中の闘牛を後援して後援費を出すなんて話じゃなく、雲龍丸号という狭い応援じゃなくて歴史と伝統のある日本の闘牛のうち、作業所と関連のある闘牛をみんな後援するのです。雲龍丸氏に相談したら「それはいいことじゃないですか。」と了見の狭いことを言わずに即刻賛同してくださいました。だからもちろん「雲龍丸号後援会」のページもここの一部として存在し続けます。 思えば闘牛の人生(牛生)は短いですしトレードされて他の人が持ち主になってしまうケースも多いのです。だから、数年間というスパンで見ればlこのページで応援する牛は変わり続けるでしょう。そしてまた思うのですが、人とのつながりでできたページですから、牛脈じゃなく人脈によってこのページが動いていくのも現実です。まあそのへんは適当にやらせてもらいます。 で、雲龍丸号後援会時代のバーチャル役員はそのまま闘牛後援会の役員に格上げされます。ただしだからといって仕事が生じるわけでも給料が支払われるようになるわけでもありません。肩書きだけが上がったのです!(すごいなあ!)このさいです、どうぞご希望の役職をお申し込みください。どんな役にでもおつけします。 これまでは『雲龍丸号バーチャル後援会』一本でしたが、これからは闘牛ごとに『琉球白虎号バーチャル後援会』のように応援する牛名を頭にかぶせて名乗らせていただきます。で普段は『バーチャル・闘牛後援会』と名乗ります。バーチャルの後に「・」が入らないと「バーチャル闘牛」というテレビゲームみたいになってしまいますので。 |
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| 応援する牛 | ||
資格審査なんてしようがないからあるわけはない・・・その基準はただ一つ、うちのHPに遊びに来てくださる仲間の牛であることです。掲示板にカキコしてくださるということは、闘牛には無関心な方でも読んでくださるし、仲間なのですよね。仲間の牛が闘う時って、ほかに知っている牛がいなければ、「へー、そうか今度闘うのか」ぐらいは思うし、その牛が勝てば「あんまりよう分からないけど、よかったな」ぐらいは思ってくださるでしょう。それが基準です。ただし、牛主から応援しないでくれと言われたらあきらめますが・・・ この後援会を始めてから2年を経過して、応援する牛が変わってきました。これはその後の牛の年齢や戦歴、あるいは牛主の都合によるもので、かかわりがなくなったからではありません。従って、それぞれの牛の名前をクリックすると、その牛のページに行けますが、現役の牛は写真を載せ、引退や移籍による過去の牛は名前のみにして区別します。 以下が後援会の応援する牛です。(04年12月現在) また以下のページで使いました写真は、私が写したものもありますが、多くは飼育者ならびにHPの応援団の方々からいただいたものが含まれていることをお断りいたします。それらの中にはプロの立場で撮影されたものも含まれているかもしれません。しかし、私としてはチェックのしようがないので知らない間に著作権の侵害をしている可能性もあります。その場合お知らせくだされば差し替えなり、撮影者のご氏名を明記するなり措置をとらせていただきますので広い心でお許しくださいますように。 ◆琉球白虎 ![]() 《近日公開予定》 |
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| バーチャル 闘牛後援会へのお誘い |
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いかがですか?こんな後援会・・・基本的には遊びです。でも、遊びだからこそいかようにも発展できるじゃありませんか。「うちの牛が初勝利したお祝いの会をやりませんか?」とか、「今回闘牛Tシャツを作りました。会員特価でお分けします!」なんて企画も自由です。 もちろんそんなややこしいことには一切関わらない自由も保障されておりますし、後でそんな催しの報告を読んで笑っておけばいいのです。 とにかく入会申込書がないのですから手続きの仕様がありません。それでも「後援会に入るよ」と掲示板にカキコしていただいた方は結構たくさんおられます。掲示板に書かれたのだからここで再掲してもご迷惑ではないだろうから書き上げて、それぞれの役職を設定いたします。もっといい役職がほしいとおっしゃればいくらでもつけてさしあげますし、お気に召さなければどうぞご自分でお決め願います。 「後援会に入るよ」とカキコされなかった方が一般会員ということにしておきましょうか・・・でもやる以上は一人一役を徹底したいなあ! |
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| 雲龍丸後援会役員名簿 | ||
後援会会長兼事務局担当兼糞掻き担当・・・magarinin 後援会副会長兼チーフアドバイザー・・・虎鉄 雲龍丸号飼育部長兼宴会担当・・・雲龍丸 後援会高槻支部長兼飲食料品調達係・・・SACHIYO 琉球白虎号飼育部長兼相談役兼指笛隊長兼場内整理担当・・・マンモス 後援会会計責任者兼情報部副部長兼医療部副部長兼デザイン室副室長・・・アップル 後援会奈良方面支部長兼チアガールキャプテン・・・T.T. 相談役兼資料収集部長・・・70年生 医療部長兼宣伝部長・・・tomoh 尚武護佐丸号飼育部長兼会長補佐兼相談役兼塩撒き隊長・・・護佐丸 関西方面営業部長兼応援団長・・・ひもさぼてん デザイン室室長兼吉本風お笑い指導室長・・・チアキ デザイン室顧問兼宣伝部相談役兼周辺資料収集部長・・・朧影 東北方面営業部長兼闘牛の角研ぎ隊長・・・kango 東北方面営業部副部長兼秘書室長・・・ももうし 庶務係・・・バンブー 老牛ホーム建設計画プロジェクト委員長・・・シングルクリック インターネット整備部長兼闘牛教育指導部長・・・たけいち 関東方面営業部長兼福利厚生部温泉&水浴び課長・・・ぽちゃりんこ 庶務部長兼闘牛搬送隊長・・・電車の運転士 福利厚生部長・・・hiro マスコミ対策部長兼写真室長兼情報室長・・・大和凡人 東日本統括本部長兼映像音声記録室長・・・つーさん 全国闘牛場バリアフリー化促進部長兼北九州営業部長兼吉本風お笑い室顧問・・・おっとん 以下の役職をとりあえず募集中 全国各地支部長 福利厚生部長 人事部長 その他どんな役でも可能です。性別年齢不問。履歴書無用。遊び心豊かな人であれば即刻無条件で採用します。 ご応募は島本障害者共働作業所掲示板まで。 《表紙に戻る》 |