2012年 ニュージーランド 便り
3月11日 震災1周年 Canterbury Japan Day
NZと日本の絆を深める Japan Day の式典と祭典
イベントの開催日は東日本大震災からちょうど1年となる2012年3月11日にクライストチャーチのリカートンマーケットの特設会場で行われた。大地震で甚大な被害を追ったニュージーランドと日本の絆を深めるという意味を込めて、追悼・復興・親睦・地域交流が行われた。
当日はステージで日本の伝統芸能が披露されました。日本食の屋台や日本文化を紹介する催しも多数行われました。、
翌日12日の新聞 The PRESS には日本とNZは地震で協力。
写真にはNZ(2月22日)と日本(3月11日)の両国の地震を体験した子供達が元気で遊ぶ写真を載せていた。
国際スポーツ大会は平和と親善の祭典
2月にオーストラリアのテニスチームがNZマスターズ大会に出場でクライストチャーチを訪れました。私達日本チームとも再会しテニス交流をおこないました。
今回訪れたオーストラリアのテニス チームとは6年前より交流が始まりました。昨年は日本に来る予定が東日本地震で再会できずにいました。そんなおりNZに会いにきてくれました。とてもフレンドリーな友です。テニスも楽しくできました。ありがとう。
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クライストチャーチ空港に到着した選手を出迎え。 |
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シニアーチームと思えない若さと情熱を発揮して、私達を魅了してくれました。彼女達は、顔は見ないで、綺麗な足をみて、といっています。 |
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次回はオーストラリアでの再会を予定。オストラリアでは孫も紹介しますとのこと。もうおばあちゃんテニス選手なんだ。私達もおじいちゃん、おばあちゃんだけど。 |
ニュージーランド・クライスト チャーチ 大地震から1年:追悼式典
2月22日
クライストチャーチでの地震から今日で1年、クライストチャーチではメモリアルサービス(追悼式典)が行われました。ボブ・パーカー市長やジョン・キー首相の挨拶、歌などがあって、犠牲者一人一人の名前が読み上げられて、地震のあった12時51分に2分間の黙とう。テレビでも全国に生中継された
クライストチャーチ大地震、日本人犠牲者・慰霊碑(カヒカテア 記念スカルプチャー)完成礼拝式・慰霊追悼式
日本人の方々を追悼して、寄付金にて記念碑(カヒカテア 記念スカルプチャー)が作られました。慰霊碑が安置されたクライストカレッジ チャペルでその完成礼拝式に日本からご遺族の方がたも参加され追悼、記念碑完成礼拝が行われました。
日時:2月22日(水) 4時30分開始
場所:クライストカレッジ チャペル (Rolleston Ave CHCH)
慰霊碑は、 クライストチャーチ大聖堂 ピーターペック 聖堂司祭長の奉納祈祷、マオリ代表 ツテホウヌク氏の奉納祈祷が行われました。
日本人牧師のお祈りがありました。
カンタベリー ジャパニーズ クワイアーのアメジング グレイスの合唱をバツクグランドにご遺族の方々を祭壇の慰霊碑(カヒカテア 記念スカルプチャー)へお招きし、慰霊追悼のお祈りしました。
慰霊碑(カヒカテア 記念スカルプチャー)はクライストカレッジ チャペルに安置され祈祷します。クライストチャーチ大聖堂が完成しましたら、そちらに安置し永久に祈祷されます。
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| 祭壇に安置された慰霊碑 |
慰霊碑(カヒカテア 記念スカルプチャー) |
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| 祈祷 |
クライストカレッジ チャペル (Rolleston Ave CHCH) |
フラワーフェスティバル(festival of flowers)2月17日から3月4日まで
クライストチャーチでは、毎年夏の最大のエベントであるフラワーフェスティバル(festival
of flowers)が始まりました
今年の会場はライストチャーチ植物園(The Christchurch Botanic Gardens)で行われました。
フラワーフェスティバルは毎年大聖堂前が会場だったけど、会場周辺が地震の被害で植物園で開催されている。
植物園は今花が満開!さらにフラワーアレンジメントがいろんなところに飾られている。
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クライストチャーチのシンボルとして親しまれていた大聖堂もある。
Golden AngelのArt
(2011年2月22日の地震のちなんで作成)
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巨木を利用したお花畑か
地震で壊れたレンガを利用したフラワーアレンジメントが多数ある。 |
1月20日
ピツキング
クライストチャーチの近郊には沢山の農場があり、サクランボ、ブルーベリー、ラズべりーのピツキング。一流レストラン顔負けの農園レストランでの食事と楽しみが一杯です。
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| ブルーベリーが沢山とれたよ。 |
農 園 |
森と花に囲まれた農園レストラン |
1月10日
近所のウォーキング
クライストチャーチに滞在して1カ月。樹木と庭に囲まれた住宅は地震前とまったく変わらずのどかで静かな所です。
自宅の庭を眺めコーヒーを飲む午後のひと時は心地よく、時間のたつのも忘れてしまいます。また近所の庭を見ながらの散歩で心身ともリフレッシュ。今年もこの地に戻ってこられたことに感謝!
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散歩道、殆どの住宅は平屋で160u前後、広いガーデンがある。
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散歩道 |
散歩道 |
花の庭のある家。見ていると、家主がでてきて花自慢が始まる。
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| 庭をほめると大喜びします。 |
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住いから徒歩5分のところにテニスクラブもあり、クラブメンバーとテニスも楽しみます。 |
夕焼けを眺めての散歩 |
2012年1月1日
クライストチャーチの新しい年は、地震からの復興の輝きをハグレ公園の花火にたくして華やかに打ち上げました。クライストチャーチの中心街は地震の被害はあったけれども、郊外は森と花に囲まれ以前と変わらない綺麗な街並みです。私達は10回目の節目の滞在です。クライストチャーチの滞在が出来るだけ長く続くことを願っています。今年もよろしくお願い致します。
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1月1日 森と花に囲まれたクライストチャーチ |
12月のイブはサンタさんが再訪を歓迎してくれた。 |
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2011年 ニュージーランド 便り
2011年8月
ニュージーランド・クライストチャーチと釜石市・大槌町の復興の狼煙
2月22日ニュージーランドのクライストチャーチが地震に襲われました。続いて3月11日には日本の東北地方にも地震と津波が襲いました。両国は北半球と南半球にあっても、地形も風土もにていて、緑豊かな綺麗な国です。同時期に大きな被害を受けたのが信じられません。両国の被害者の皆さんには謹んでお悔やみもうしあげます。日本から訪れていた私と多くの友人は2月22日にクライシトチャーチで地震に遭遇しました。地震直後の帰った友人は、また日本で地震に遭遇しました。私は3月末に日本に帰りましたが、東北の被害の大きさにただ呆然とするのみでした。
日本の被災者は、世界各国からの激励と支援で、町の復興にむかってたちあがりました。岩手県の釜石市とその近辺の被災者が、町の復興に向かって立ち上がった自分達を見てほしいと、メーセージつきのポスターを作成しました。特に釜石市はニュージーランドと同じでラクビーが盛んな町です。クライスチャーチの被災者にもポスターを見て頂き、お互い被災者が町の復興にむかって励ましあっていこうと思い、クライシトチャーチにポスターを送付しました。送付時の6月には英語のメーセージのポスターの印刷がまにあわなかったこともあり、手作りの英文メッセージを貼り付けて送付しました。(現在は英語版のポスターもあります。ポスタープロジェクト作成者から、英語版をNZに追加寄贈することになりました。ありがとうございます)
英語メーセージ付ポスターの一例です。
クライストチャーチ市より「クライシトチャーチも以前よりもいい町にします。ぜひまた多くの方がクライストチャーチに訪れてください。」とポスター送付のお礼のメールがありました。
クライストチャーチのシンボルである大聖堂は地震で倒壊し、再建には長い年月を要します。再建までは、日本の建築様式での大聖堂が来年2月22日の地震で壊れた日までに建築するとのニュースがありました。日本様式で建設される大聖堂は、日本の被災地の復興の願いも含まれているようで、うれしいニュースです。
英語版の全写真の内容は下記の「復興の狼煙」のホームページからも見ることができます。またホスターの購入もできます。ホスターの売り上げ金は被災地の義捐金ともなります。小さな第一歩を踏み出した力がいつか大きく実ることを願っています。
復興の狼煙
2011年5月
68年の時を超え、国を超えて親善と感謝の旅
ニュージーランド・フェザーストン・元日本軍捕虜収容所と慰霊碑 を訪ねて
2月11日に訪れたいと願っていたフェザーストンについた。この町には第二次世界大戦時に元日本兵の捕虜収容所跡地があった。ニュージーランド軍のフェザーストンキャンプ地として使用していたが、元日本兵捕虜が多くなり1942年より元日本軍捕虜収容所として急遽使用した。
跡地は、国道2号線に面して入口があった。当時の兵舎等の建物はなく、静かな森に囲まれた芝生のフェザーストン遺跡公園となっている。
1943年2月25日、この地で元日本兵とニュージーランド警備兵との間で銃撃事件が発生し、日本兵48名が死亡、70名以上が負傷した。ニュージーランド兵は1名死亡と負傷者があった。ニュージーランド軍が国内で他国の軍と戦った唯一の戦闘として、ニュージーランドの学校の教材にもなっている。
この戦闘で死亡した元日本兵を慈しみ、生き残った元日本兵がこの地に慰霊碑を寄贈した。慰霊碑には鎮魂の2文字が刻まれてある。私は縁あり知った元日本兵が、慰霊碑に献花したいとの願いをかなえる為と、私自身も同じ気持ちで、この地を訪れました。異国で戦死した友に冥福を祈り、哀悼を捧げました。
いまでは年一回フェザーストン市主催でセレモニーが開催されます。本年は2月25日に追悼セレモニーがあります。日本を代表してNZ大使が参加予定です。
跡地には日本から寄贈された桜の木が整然と並んで植えられている。私には元日本兵が整列しているように見えた。ニュージーランドの春である9月には一斉に桜の花が咲くことでしょう。その時期には、フェザーストン跡地で東京農業大学OBのコーラス団が日本の歌を歌います。戦死いた元日本兵は懐かしい日本の歌を聞いていることでしょう。
次回は2012年の9月の初旬に東京農業大学OBのコーラス団Chor-Farmer がFeatherstonにくる予定です。
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