日記の過去ログ

注意書き:上に行くほど新しいので、下から読むべし。

昨日少々長めのメールを書いていたところ、やはりデフォルトの変換辞書ではストレスがたまるということが分かった。ATOKはまだまだ活躍するらしい。

Ubuntu8.10のアップデートをしていたら、フリーズした。おそろしい状況である。三十分ほど待っても固まったままだったので、電源を切って強制終了した。その後、再起動してみたら「再インストール推奨」を意味するメッセージが出てきたので、思いきって再インストールすることにした。せっかくなので、Ubuntu9.04をインストールすることにした。紆余曲折を経て、今に至る。なにげに、デフォルトの変換辞書の性能が上がっており、ATOKを入れる必要がなさそうな気もする。ATOKについてはしばらく様子を見るつもりである。

二十代を振り返って思うのは、体を酷使しすぎたということだ。酷使したというよりは人並みの使い方をしただけなのだが、私の体は人並みの使い方に耐えられないのである。三十代はのんびりしようと思う。

道を歩いていたら真っ黒に日焼けした同年代と思われる男性に小さな声で呼び止められた。しっかりと筋肉はついていたものの、栄養状態はあまりよくなさそうだった。また栄養ドリンクを開けてくれとかいう話題かなと思って立ち止まると、なんと、財布を落としたから金を貸してくれという話だった。「さすがに無理ですよね」とその人は言った。「そうですね、難しいですね」と私は言って、駅の横に交番があるからお巡りさんならなんとかしてくれますよと提案してみた。

私の三十路の誕生日に、イチロー選手が9年連続200安打を達成した。祝砲である。きっと、今年9歳だったらものすごく嬉しかったことだろう。三十路でも嬉しいけど。

下の方にも書いたが、三十路である。よくもまあここまで生きてきたものである。三十年間生きられるだけの体力を与えてくれた両親に感謝。

線路沿いの道を歩いていたら知らないおばさんに「あら、あなたちょっとこれを開けてくれる?」と未開封の栄養ドリンクのビンを渡された。私も力のある方ではないので困ったなと思い、「僕も力が弱いんですよね」と事前に予防線を張りつつビンのふたをねじってみたら簡単に開いた。おばさんはお礼を言って栄養ドリンクを飲み始めた。私はその場から立ち去りつつ思った。栄養ドリンクを飲む人というのは要するに元気のない人であるのだから、元気がなくても開けられる程度のふたの固さにしておくべきである。

従兄が院展という美術展に絵を出したので、見に行ってきた。院展には何回も見に行っているので、何度も続けて出している人(同じ絵に手を入れて何度も出す人が結構いる)を何人か憶えてしまった。従兄も何回か前までは蓮の絵がトレードマークだったのだが、今回は画風をがらりと変えてきた。なかなかよかった。ただし、無駄に大衆迎合している感じが鼻についた。

コンビニの前でソーセージパンを食べていたら、スーツ姿の知らない人(三十代女性)に「おいしそうだね」と言われた。間髪容れずに「滅茶苦茶おいしいですよ」と言ったら、その人は満足げな顔をして去っていった。あの人は一体何をしたかったのだろう。

「サマーウォーズ」は見なくてもいいなと思っているが、その歌を歌った動画がアップされていたので聴いてみたら非常によかった。

数日後、9月14日に三十路になる。

「ちはやふる」という競技かるたのマンガにはまっている。これは非常に面白い。ただ、四巻までは随所で泣けたのだが、五巻と六巻は泣けなかったので、どことなく不満もある。贅沢な不満なんだけど。

ファミリーマートの入店音はなぜか人気があるのですが、それをアレンジしたのがこれらしい。職人芸だ。

この日記に書いたかどうかは忘れたが、centOSの偉い人が失踪したとの噂があった。あれから、その偉い人は見つかったのだろうか。見つからないとcentOSを使っている人は大変なことになるとかならないとか。

作ったプログラムのバックアップなどをとるために、自分に対してgmailでメールを送っておくことが多い。来るメールの大半はメーリングリストのものだが、送るメールの大半は自分宛である。gmailには自分宛メールの専用ボタンを作ることを期待する。

youtubeで川本真琴の「1/2」を女の子が歌っている。うまい。

ファミコンコントローラ型名刺入れ。欲しい。

携帯電話の店頭でマイクを持った店員が、「DELLのミニパソコンがゼロ円です」と言っていた。ノートパソコンをただで渡してどのような利益があるのかと思い、ちょっと離れた場所でしばらく立ち止まって聞いていた。「プロバイダへの接続や、モバイル端末の接続の設定もこちらでお引き受けします」とのことだった。そのあたりで稼ぐらしい。この商法は結構引っかかる人がいるだろうなと思った。この店、賢い。

「ホリエモン×ひろゆき 語りつくした本音の12時間 「なんかヘンだよね・・・」」を読んだ。二人の対談である。内容はいつものとおりである。特に言及したくなるようなところはない。ところで、途中で吉野家はおいしいという話が出てくるのだが、その部分の活字を見て、「吉」という字の上が「士」ではなく「土」だったことを知った。公式サイトでもそうなっていた。

王座戦五番勝負第一局羽生王座対山崎七段は、羽生王座が勝った。この対局の見所は、山崎七段がいつ角道を開けるのかというところだった。将棋には初形からは動かせない駒が二種類ある。角と桂である。角はすぐ右上の歩を動かして睨みを利かすことが多く、これを「角道を開ける」という。多くの場合、序盤の数手でこの歩を動かす。山崎七段はこの歩をなかなか動かさず、109手目にしてようやく動かした。そして、そのわずか十数手後、122手目を羽生王座が指したところで、山崎七段の投了となった。非常に珍しい将棋である。なお、羽生王座の24手目の9五歩も面白かった。

チビノワさんが紹介していた動画。

なにやら、将棋マンガが新たに始まりそうな気配がある。今度は少年誌がいいなあ。

マラソンの大会というのは誰でも無条件で走れるわけではなく、抽選に当たらないと走れないらしい。私にとって長い距離を走ったり歩いたりするのは単なる苦行であるので、東京マラソンの当選倍率が8.9倍と聞くと正気の沙汰ではないと感じるのだった。

蚊を潰そうとしたら、本体はとり逃したものの、足だけもげてとれた。珍しいこともあるものである。

どうやらこの四月から大学生が近所に引っ越してきたようで、しばしば若者たちの楽しげな談笑が深夜に聞こえてくる。昨夜は午前一時頃に「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」が聞こえてきた。とても元気のよい歌声だった。そのままの勢いで日本の景気をよくしてくれ。

「小泉さんは宣言どおりに自民党をぶっ壊した」と言った人がいた。そういえば、当時小泉さんはそんなことを言っていた。そういうわけで、民主党が圧勝した今も、小泉劇場は続いているのである。小泉さんは今頃「計画通り」と呟いているはずである。

選挙の投票所の係員さんたちがみんなマスクをしていた。ここは毒霧に汚染されていますという感じで、異様な光景だった。

下の方で書いたように、女流王将戦は霧島酒造さんがスポンサーについたおかげで復活した。そのことをアピールすべく、女流王将戦に出た笠井友貴アマは霧島酒造さんのTシャツを着て対局に臨んだそうである。スポンサーは重要。

近所にミュージシャンのための専門学校がある。そこから歩いてきたとおぼしき生徒たち五人が、アカペラでハモっていた。素敵なハーモニーが線路沿いにこだました。

「将棋の駒を造るのが趣味なんですよ」という人がいた。かっこいい。

「どうぶつしょうぎ」は当初、女流棋士たちの手作りだったらしいが、あまりにも注文が殺到したため、外注したようである。で、中国製になったようである。

引き続き、pythonを勉強中である。日本語は文字コードがごちゃごちゃしていて嫌だと感じた。

ところで結局、python2.6.1をインストールして勉強している。

pythonをインストールしてみた。試しに、

print "hello"

と打ってみたら、エラーが出た。ヘルプを見てみるに、どうやら、

print("hello")

と書かねばならないようだった。ウェブには確かに上の記述法で書かれているのにどうしたものかと思っていろいろと調べてみると、どうやら、python2.*.*系列とpython3.*.*系列では大きく仕様が変わったらしいことが書かれていた。後方互換性がない部分があるらしかった。文字コードがどうのこうのということらしかった。一体私は2系列と3系列のどちらを使えばよいのだろう。

UTAUというフリーの歌声合成ソフトがある。いつの間にやらバージョンアップされたらしく、非常に質が高くなっている。とりわけ子音が聞きとりやすくなっているところに注意してほしい。これまでの歌声合成といえば、歌詞のテロップがないと何を言っているのかが分からないという大きな難点があったが、これは歌詞がなくても聞きとれる。

どうやら、これまでUTAUは「子音→母音」というデータベースしか扱えなかったようなのだが、それを「母音→子音→母音」に拡張したらしい。それにより、なめらかに音がつながっているようである。「VCV」と書かれているが、「V:vowel(母音)」「C:consonant(子音)」のことである。

携帯に送られてきたメールの文面に「ブザービート」という単語が出てきた。ドラマの題名であるが、それを見て「そうなんだよ、音波はブザーでもビートを刻めるんだよ」とか考え始めてしまい、「ブザーは難しいよ、ブザーは」とか思っていたりして、返信するのを忘れた。

ニコニコ動画の将棋実況。五人で集まって、二対三のリレー将棋を指している。ブレスマン・定跡・DJチームとなまかく・チキンチームの対局である。ブレスマンが最も強く、ついでチキンさんが強い。なまかくさんもわりと強く、どうやら定跡さんとDJさんは相対的には弱いらしい。バランスのとれたチーム構成である。動画自体は前後半に分かれていて、合計で一時間弱ある。

「この○○が終わったら、××するんだ」が俗に死亡フラグと呼ばれている定型文だが、「普通にやれば△△しますよ」も死亡フラグになり得るのだと知った。

ホリエモンが民主党から出馬するのかと勘違いする雑誌の表紙。

公式のニコニコ生放送で、囲碁講座があった。ゴスペラーズの一人が先生役になっていた。日本棋院の人がちゃんと監修していた。内容はわりとどうでもよかったのだが、将棋も公式生放送でやってほしいと思った。すでにbiglobeに将棋の公式チャンネルがあるが、ニコニコ動画ではさらにくだけた感じの番組を作ってほしい。

選挙ポスターの前で、ミュージシャン志望とおぼしきギターを背負った若者二人が、泡沫候補の写真を論評していた。「これ、マジありえなくね?」「もっと、ちゃんとしたかっこしろっての」「日本に未来、来なくね?」「オレらが未来をつくりゃいいんじゃね?」。ぜひ、創ってほしい。

『月刊「言語」』という言語学者御用達の雑誌がある。私は言語学ではなく音声工学なので(この二つは全く違う)たまに買う程度だったが(今はうちにバックナンバーが十五冊程度ある)、言語学をやっている人なら大抵は買っているだろうと思われるマニアックな需要のある雑誌である。その月刊「言語」がどうやら12月で休刊になるらしい。寂しい話である。

血を吸った蚊を潰すと、悪者を懲らしめた気分になる。

日清食品が若手管理職に無人島生活の研修を受けさせるそうである。サバイバルだそうである。その様子をテレビ局に撮影してもらえば、宣伝にもなって一石二鳥だと思った。

もし自分が芸能人になったとして、握手会というのはとても嫌なイベントである。握手会では手と手が触れあうわけであるが、相手がどんな病気を持っているのか分からないからである。私など、風邪くらいなら簡単にひきそうな気がする。また、自分が芸能人ではなく握手しにいくファンの立場であったとしても嫌である。相当な数の人たちが触れた手に自分も触れるのである。私の好きな三倉姉妹は、かなり頻繁に握手会を開いているのであるが、その様子が彼女たちのブログで報告されるたびに、そういうことを考えていたりするのである。

便所の落書きという言葉がある。確かに、公衆便所には落書きがある。この落書きをドイツの大学院生が言語学的に研究したらしいがそんなことはどうでもよく、私が興味があるのはいつ誰がどんなふうに公衆便所で落書きをするのかということである。落書きをするのは、用を足したあとなのか前なのか。鞄の中からペンをとり出すのは面倒ではないのか。何を思って落書きをするのか。書いている途中に自分のやっていることの矮小さと孤独に気づいて人生に絶望したりはしないのか。そういうことが私は気になる。落書き経験者はぜひ掲示板に回答を書いてほしい。

「パネルクイズアタック25」を久々に見たらパーフェクトが出た。高校の先生二人と高校生二人が出ていて、有名高校の高校生がとった。旅行にも行けるようである。なお、パーフェクトは十一年ぶりらしい。

通称「ゆっくり」と呼ばれているフリーの音声合成ソフトがある。正式名称は「sofTalk」である。このsofTalk、私から見るとかなりよい性能である。そのsofTalkはどうやら、信号処理という難しい部分を別のソフトから借りてきているらしく、アクエストという会社が作ったフリーソフトを使っているらしい。で、このアクエストの社長がどうやら電通大の卒業生のようで、驚いた次第である。なお、以前話題になった「UTAU」というフリーの歌声合成ソフトも難しい部分はアクエストが作ったようである。チュンソフトとか、プレイステーションとか、そういうところばかりになぜか電通大がいる。

下に書いたように、パソコンのファンの音がうるさかった。いろいろとぐーぐる先生に調べてもらったところ、空気の通り道にほこりが溜まっているのではないかということだったので、さっそく掃除機をかけてみた。通風口に掃除機を六十秒間あててみた。掃除機を離してみたら、通風口のスリットの向こう側にびっしりとほこりがついていた。これでは音もうるさくなるはずである。ほこりをつまようじできれいにとり、パソコンを起動してみたら驚くほど静かになった。掃除機とつまようじのおかげで、パソコンを買い換えずに済んだ。

Linuxカーネルに虚弱性が見つかったらしい。2001年5月以前に書かれた部分のようで、それまでずっと誰も見つけていなかったのに、よく見つけたなあという感じである。

ノートパソコンのファンの音がうるさい。windowsからubuntuに変えて、負荷が増えたためだと思われる。かれこれもう半年以上うるさいのである。このファンの音を聞いていると眠くなってくるので、次に買い換えるとしたらファンのうるさくないパソコンにしたいのであるが、静かなのはどのシリーズなのだろう。レッツノートは静かだったが、今も静かだろうか。

人と会うために体調を整えていた。どうしたら万全の体調で臨めるかと考え、一日研究をやめてみた。予想以上に体調がよくなった。どうやら、頭を使うと体も疲れるというのは本当らしい。

ニコニコ動画で生中継をしていたので、麻生さんと鳩山さんの党首対談を見ていた。どちらの話もよく分からなかった。とりあえず、麻生さんは元気な人で鳩山さんは元気のない人だということだけは分かった。

高校総体で、卓球の石川佳純選手が優勝したそうである。全日本の選手なのだから高校レベルで優勝して当たり前だと思われがちだが、数年前の同じ大会で福原愛選手はぎりぎりで負けそうになったこともある。それに対し、石川選手は勝って当然という重圧の中でなんと一セットも落とさずに優勝という快挙を成し遂げた。石川選手の精神力の強さがうかがえる。

静岡南部の地震、すごかった。

竜王戦トーナメント深浦王位対久保棋王の対局は、派手な展開となった。王手飛車が二回も出てくるところからして派手である。久保棋王の将棋はだいたい派手であり、そういう将棋は見ていて楽しい。結局は、深浦王位の勝ち。深浦王位の寄せも派手だった。一見の価値あり。

プロ棋士の橋本七段がブログを始めたそうである。橋本七段は若手の強い人であり、おそらく十年後の将棋界を背負って立つ人の一人である。私はよく知らないのだが、これは「ケロロ軍曹」というのでしょうか。

下のタヌキ猫の話の続き。チビノワさんは「メインクーン」と聞いて「メイクイーン」を連想したらしい。私も近所の飼い主さんから「メインクーン」と聞いたはずだったのに、憶えていたのは「メイクイーン」みたいな響きの種類だったよなあということだった。どのように私が「メイクイーン」から「メインクーン」にたどり着いたのかといえば、やはりこの先生に聞いたのだった。

その昔、「クッキーモンスターストーリー」というリレー小説を書いていた。結局は未完であるのだが、その物語の中で私は赤池情報量基準という専門用語を使った。赤池情報量基準は現実の世界では情報理論のとても重要な概念であり、赤池先生が作ったものである。国際的にも「AIC」と略されており、最初のAは「AKAIKE」のAである。その赤池先生が先日亡くなったらしい。享年81歳。盤寿である。

ビルの階段の途中で、タンポポの綿毛とおぼしき物体が宙に浮いて静止していた。あまりに絶妙に静止しているので蜘蛛の糸ででもつられているのかと思い、綿毛の上に手をかざしてみたが糸はなかった。しばらく見ていたら、少しずつ上に昇っていった。どうやら、上昇気流が発生しているらしかった。

近所にタヌキのような猫がいる。私はその猫をタヌキ猫と呼んでいる。近所の人の飼い猫であり、首輪につながれて散歩をしている。この猫、どうやらメインクーンという種類らしい。メインクーンにはいろいろな色の猫がいるようだが、近所の猫はこのページのシータに近い

「ちはやふる」という競技かるたマンガの第一巻を読んだ。泣いた。私はこういう勝負の世界に弱いらしい。また、チーム戦にも弱いらしい。私自身は競技かるたの経験はないのだが、競技かるたの大会を見たことならある。中学のときの卓球の都大会の体育館の別室で競技かるたの大会がおこなわれていたのである。その会場は二階部分が吹き抜け(ただしガラスで音は遮断されている)となっており、私はガラス越しに競技かるたの様子を見ていたのだった。かるたをはたくフォームが卓球に似ており、妙に親近感を覚えたのだった。

裁判員裁判の判決が出た。そしてその後、裁判員たち七名(一人体調不良により入れ替わったため)が、記者会見に臨んだ。あえてニュース記事は引用しないが、記事には名前は出ていないものの、職業と年齢が公表されている。公表しても大丈夫なのだろうか。

映画「秒速5センチメートル」が好きである。昨日、本屋の棚に「小説・秒速5センチメートル」があったので、買ってきて読んだ。基本的にはノベライズであるが、第三部の社会人パートが大きく異なる。いや、基本的には映画版と同じなのであるが、まず分量がまるで違うのである。映画版の第三部は最も短いパートだった。小説版では、第一部と第二部が50ページずつであるのに対し、第三部は70ページあるのである。大幅に設定や場面が書き加えられていることがそれだけで分かる。実際、主人公が高校卒業後にどのような大学生活を過ごし、どのような社会人生活を送っていたのかが描かれている。映画版ではわずかにしか出てこない眼鏡の恋人とのこともきちんと描かれている。それにより、映画版と小説版とでは印象がかなり異なるのである。第一部と第二部は全く同じなのだが、第三部の長さが違うだけで物語の見え方が変わるのである。

裁判員裁判、ついに判決が出る。これが最初の事例となる。

今度の「爆笑問題のニッポンの教養」のスペシャルは東京芸大だそうで、従兄が先生をやっている大学である。楽しみである。

アメーバブログはどうやら赤字らしい。あんなに大手でも赤字なのかと驚く。

ニコニコ動画のプレミアム会員になってみた。少々割高だとは思っているが、機能に見合った額だと思えれば、継続しようと思っている。もちろん、継続しない可能性だってある。ところで、ウェブマネーってコンビニで買えるんですね。

車掌がホームにとりのこされて電車が出発し、その電車を追いかけて次の駅で追いついたという珍事があったそうである。駅と駅の間は800メートルであり、電車は一分で次の駅に着いたのちに9分間停止していたらしい。根性のある車掌である。

今私がメインで使っているOSはUbuntuである。Linuxに慣れてきたので、このあたりで低スペックのノートパソコンにも、何かLinuxを入れたい。でも、windows一本でがんばらせたい気もする。

チビノワさんとカセットテープについて語ったら(その1その2その3)、その日の夢にカセットテープが大量に出てきた。

野球の関西独立リーグの神戸の選手の四人が試合をボイコットしたそうである。ここは、ナックル姫と呼ばれている投手がいる球団である。なんでも、監督の解任に対する抗議であるらしい。「抗議としてのボイコット」が実現してしまう世界というのは、要するに人員不足であり、悲惨な状況である。研究の世界はボイコットをしようとすると誰かにポストをとられてしまうので、要するに、人員過多の状態である。やはり人員不足の方が業界としては悲惨なのだろうと思う。

コンピュータによる将棋の自動解説。どうやら終盤戦の詰むか詰まないかのところだけのようだが、コンピュータが将棋の自動解説をしている。「持駒から角桂香のいずれかを渡すと先手玉に詰が発生」とか「先手玉は危険になってきたが詰めろではなさそう. 持駒から銀を渡すと先手玉に詰が発生.」とか解説している。特にすごいのが、「詰めろではなさそう」の部分である。一般的に機械にとっては「否定形」を使うのが難しいのである。なぜなら、「詰めろではない」ということのほかに「人間が見たら詰めろなのかどうか分からない」ということまで判断しなければならないからである。

ニコニコ動画に平日の午後九時から公式の生番組がある。曜日別に出演者やテーマが異なっている。火曜日は、角谷浩一という人と松嶋初音という人がニュースをテーマにトークをしている。この松嶋さんを見ているとどことなく川本真琴さんが想起され、幸せな気分に浸れる。なお、天然ボケという意味ではない。松嶋さんはボケではなくツッコミである。

24時間テレビのエンディングテーマソング「サライ」の意味が知りたかったので、ウィキペディアを見てみた。一応、意味はそれとなく書かれているものの、「要出典」となっており、真相は分からないようである。

眞鍋かをりさんが選挙のポスターに勝手に写真を使われたようである。なぜ眞鍋かをりさんなのかは不明のようである。このニュースの中で面白かったところは「公職選挙法では、衆議院任期満了6か月前から候補者単独のポスターを張ることが禁止されている」という部分である。なんで単独のポスターを貼ってはいけないのかがよく分からないのだが、とにかくその候補者はよほどほかに友達がいなかったものと思われる。いや、眞鍋かをりさんも友達ではないようだけど。

コンビニのチロルチョコのところに、「ミルクヌガー」という新製品が置かれていた。通常のチロルチョコを横に三つ並べた大きさである。32円である。大きいなと思いつつ、試しに買って食べてみた。普通のチョコレートヌガーだった。少々量が多いのが、逆に難点。一口で食べられる大きさにしてほしかった。

ということを書こうとしてチロルチョコのサイトを見に行ったら、「ミルクヌガーこそがチロルチョコの原点だ」と書かれていた。そういえば、「製品を小さくして売ったら売れた」というのがチロルチョコの成功物語であると聞いたことがある。

「ご主人様、王手です」でおなじみの遠山雄亮四段が入籍したそうである。めでたい。

なにかと話題の裁判員制度の初の裁判が8月3日から始まるらしい。殺人容疑・無職・72歳の男性だそうである。

野菜ジュースを飲んでいて思った。ウスターソースとの明確な違いはどこにあるのか。

Youtubeよりエヴァンゲリオンのアスカの物まね。うまい。

また、誰でもよかった系の事件が起きたらしい。駒沢大学の学生による殺人未遂であるようだ。以前は、追い詰められた人は何をしでかすか分からないから怖いと考えていたが、ここまでこの種の事件が続くと考え方が変わってくる。つまり、人間は誰でも追い詰められるものなのだ、という具合にである。追い詰められた結果この種の事件を起こす人はまれだが、まれなだけに追い詰められている人は想像以上に多くいるはずだ。

ボイスパーカッションではなくボイスギターの動画。

小泉元総理に似ている人というのは比較的たくさんいる。なんとなくあの髪型で、なんとなくあの目で、なんとなくあの顔の輪郭だと、だいたい小泉さんである。私の出身大学にも似ている教授がいた。先ほど道を歩いていたらやはり小泉さんに似た人とすれ違った。犬も歩けば小泉さんに当たる。

「Just Be Friends」というニコニコ動画の曲がある。この動画のBGMは原曲のままである。イラストもそのままで、なかなかよい。そして、すごいのがこちらの動画である。一人でピアノアレンジをして、自分自身で歌っている。ピアノも上手いし歌も上手いのである。

竜王戦トーナメントの片上六段対羽生名人の対局では、珍しい光景が見られた。プロの将棋というのは素人の対局とは違って最後の詰みまで指されることはなく、どうやっても詰むという「即詰み」の状態か、片方の玉は壊滅的だけどもう片方の玉はどうやっても詰まないという差の開いた状態になると、負けている方が投了するというのが慣例である。しかしながら、この対局では、片上六段がなぜか投了せずに、詰みまで指されることとなった。羽生名人が勝ったわけであるが、この「羽生名人に詰みまで指させた」ということに関して片上六段のブログのコメント欄で非難している人もいる。私も、どちらかといえば片上六段を応援していただけに、この片上六段の負け方は残念である。将棋には、「詰めろ」という概念がある。何か受けの手(守備の手)を指さないと必ず負けるという状態のことである。この対局では羽生名人が詰めろをかけて、片上六段に「守備の手」「投了」「羽生の玉への王手」のいずれかを(暗黙に)要求したにもかかわらず、片上六段はそれ以外の手を指し、羽生名人にあっさりと詰まされた。サッカーで喩えるならば、PK戦でゴールキーパーがその役目を放棄したようなものである。ファンとしては、片上六段に最後までねばってほしかったところである。

衆議院が解散となり、杉村太蔵さんも次は不出馬とのことである。私は杉村さんの存在が好きである。杉村さん自体はわりとどうでもいいのだが、「きみ、なんでここにいるの?」という感じの間抜けな状況が好きなのである。私は間抜けな状況が好きである。杉村さんにはぜひ暴露本を書いてもらいたいものである。太田出版とか幻冬舎とかなら喜んで活字にしてくれるのではないかと思う。

知り合いの家のコンビニが閉店するそうである。これまでなんとかプラスマイナスゼロくらいの稼ぎ(損失)でやってきたらしいが、とうとう冷蔵庫が壊れてしまい、閉店せざるを得なくなったそうである。片田舎のコンビニはそうやってひっそりと消えていくのであった。なお、私の小さな頃はそのコンビニは酒屋だったのだが、十年かそれくらい前くらいにコンビニへと転身したのだった。私は酒屋の頃のその店は知っているが、コンビニになってからは一度も足を運んでおらず、私の記憶の中のその家はいまだに酒屋である。

NHKで日曜日の夜八時から長年にわたって毎週のように日本の内戦がドラマ仕立てで語られており、私も「新選組!」は好きで見ていたのであるが、なぜ日本人は内戦が好きなのだろう。この日本人の性質は、他国の内戦を収めるのに一役買ったりできないものだろうか。

下で書いたN.A.くんであるが、本名を忘れた。同級生なのに、「N.A.」というハンドルネームしか分からない。顔は憶えている。

よく読むブログの書き手が「文化系トークラジオLife」というポッドキャストの「1Q84」特集に出ていたので、聴いてみた(part1,part2)。内容はどうでもいいとして、電話参加をしていたチャーリーという人の声と喋り方が、私の大学時代の同級生のN.A.くんにものすごく似ていた。しばらくの間もしかしたら同一人物なのではないかと疑っていたが、同級生の喋りの癖であるオノマトペの多用が見られなかったので、別人であると判断した。

地方出身の方にとっては日常茶飯事なのかもしれないが、都会っ子の私にとっては、風呂の中の蚊の音は非常に怖い。風呂の中では眼鏡を外すが、裸眼では蚊が見えないのである。にもかかわらず、あの独特の蚊の音だけはさすが風呂の中だけあってよく響くのである。声はすれども姿は見えず、というのは風呂の蚊のためにある言葉だったのである。

先日チビノワさんがベランダで肌を焼いていたら焼きすぎてひどいことになったらしい。その後、再び同じ過ちを繰り返したようである。肌がひどいことになりそう。

早稲田のOBが株に関するなんらかのなにかで捕まったらしい。集団で株の売買をしていたらしいが、私は株のことはまるで分からないので、記事を読んでもどこが罪なのかが分からない。一応、「金融商品取引法違反(相場操縦)容疑」とは書かれているものの、相場操縦なんて簡単にできるものではなかろう。

棋聖戦五番勝負第五局、羽生棋聖対木村八段の対局を見ていた。五番勝負の最終局なので、これに勝った方がタイトルホルダーとなる。振り駒の結果、木村八段が先手となった。現代の将棋ではほぼ先手に戦型を決める主導権があり、木村八段は「横歩取り」へと誘導した。私にはこれが意外だった。横歩取りは激しい攻め合いになることが多いからである。木村八段の棋風は攻めでも攻め合いでもなく受けであり、横歩取りは苦手なのではないかと思っていた。案の定、大差で羽生棋聖の勝ちとなった。

日本語日本文化(^^)コース」。顔文字の入ったこれが正式名称であるらしい。鈴峯女子短期大学。

gmailで、妙な人とチャットをした。唐突にチャットを申し込まれたので、迷いつつもチャットを承諾してみたら、日本語の分からない人だった。英語で「以前お会いしましたっけ?」「どなたですか?」と問いかけても答えてもらえず、「仲間に入れてくれ」「あんた、男? 女?」と訊いてくるのである。英語が妙になれなれしかったし、たとえ英語圏でもいきなり知らない人に「仲間に入れてくれ」というのは無理があると思ったので、ブロックした。あの人はいったい何だったんだろう。

直木賞に北村薫さんというところで、妥当なところですね。

チビノワさんがガガンボと蚊について書いていた。私はこのエントリを見るまで、「ガガンボ」という名称を知らず、蚊の一種だと思っていた。元気のない哀れな蚊だと思っていた。ガガンボに謝りたくなった。

竜王戦のトーナメントであるが、豊島将之五段が強い。非常に地味な将棋であるが、前回の対局と両方見ると、それが彼の持ち味なのではないかと思える。彼が次代を担う棋士の一人なのかもしれない。

梅雨明けだそうである。寝苦しい季節の幕開けである。

麻生さんが解散を決めたらしい。

選挙結果がどうとかいうことではなく、この地図は美しい。見事に再現された東京都は、第三新東京市なんかよりずっと魅力的である。

ホリエモンが爆笑問題の太田光さんに立候補せよと言っている。

都議選に行ってきた。今回の投票は非常に悩んだ。

将棋実況動画。ブレスマンと呼ばれている実況者の中でもかなり強い人が負けた動画である。レベルの高い真剣勝負を見ることができる。

王座戦で女流棋士対プロ棋士の一斉対局がおこなわれた。これまではプロ棋士の十二勝零敗だったが、今回はようやく女流が一勝することができた。女流四人はおそらく最強であろうメンバーがそろっており、四局とも序盤を有利に進めたのだが、弱いと思われる四人を集めたプロ棋士の方が終盤力が強く、プロ棋士の意地を見せて三局は逆転勝ちを収めた。惜しかったのは女流の里見倉敷藤花(「倉敷藤花」はこの人が保持しているタイトル名)であり、あと一歩のところで寄せきれず、遠山四段(四段はプロ棋士の中で一番低い段)の粘りに屈した。

だんだんトーンの目覚まし時計の音が窓の外から聞こえてきた。午前九時三十七分のことである。我が家まであれだけはっきりと聞こえてくるということは、その人の部屋ではものすごく大きな音なのではないかと思われる。朝寝坊である。

「ドラゴンクエストIX」が発売されたらしいが、もはや全く興味がなくなっている。私がプレイしたのは2から5であり、5のときにはもうあまり楽しめなくなっていた。私が好きなのは3と4である。3は転職のシステムが好きである。船を手に入れたあとはどこをどういう順番で回ろうが自由であり、そのあたりも好きである。また、下の世界があるというのも面白かった。4はモンスター側にも人間に恨みを持つ理由があるというところが好きである。3までは意味もなく竜王やハーゴンやゾーマが世界征服をしたいだけのように見えたが、4にはちゃんと理由があるのである。主人公側にも仇討ちという理由があり、それもまたよい。

タモリさんが「笑っていいとも!」を一週間休養するそうである。白内障の手術と人間ドックだそうである。徹底的な人間ドックだそうで、どこかに異常を感じているのだろうか。日本の象徴的な存在だけに、心配である。

竜王戦の挑戦者は、複雑なトーナメント方式で決まる。大雑把に、トーナメントには本選と予選があり、本戦に勝ち上がるのは非常に大変である。棋聖戦と並行してこの本選トーナメントの森下九段対片上六段の対局を見ていたのであるが、非常に面白かった。五十手くらいの長い序盤戦を経て、短い中盤戦ののち、一気に森下先生の駒が片上先生の玉を丸裸にしていったのであるが詰まず、逆に、片上先生の飛車二枚が縦横から森下玉を挟み撃ちにして、片上先生の勝ちとなった。見応えのある勝負だった。

棋聖戦五番勝負第四局、羽生棋聖対木村八段の中継を見ていた。いつものように木村先生が受けきり勝ちをするのかと思いきや、羽生先生が銀と歩だけで詰ますというすごい技を見せた。途中までこの勝負はどちらにも決め手がなく、入玉した方が勝ちに見えたので、まさか詰むとは思わなかった。五番勝負は最終局へともつれ込んだ。

GoogleがOSを作っているらしい。Linuxだという話である。なんだか、そのうちパソコン関連の何もかもがGoogle製になってしまいそうで怖いのだが、GoogleがどんなOSを作るのかが楽しみでもある。ものすごく使いやすそうなイメージがある。もし、イラストレータやフォトショップあたりの高性能な代替ソフトを作ってくれたら、GoogleのOSに移ってしまうかもしれない。

ニコニコ動画で活躍中のベーシスト「ティッシュ姫」が生放送で顔を出すということで見に行ってみたら、定員オーバーで即座にはじき出された。ティッシュ姫は、まだマスクとマフラーをしていて喋りもホワイトボードの段階だったので、結局何も分からなかった。悔しい。今後、録画が放送されるだろうか。

「民主党が次期衆院選で掲げる政権公約(マニフェスト)の最終案が7日、明らかになった」とニュースにあったので、民主党のホームページに行ったのだが、マニフェストが見あたらなかった。2007年のマニフェストは見つかるのだが、最近のものが見つからない。どこにありますか。

とある人のとあるエントリを読んでいて、「爆笑問題のススメ」という番組を思い出した。爆笑問題の二人が毎回作家とトークをするという番組である。いい番組だった。それを思い出して、そういえば「爆笑問題のニッポンの教養」とは全く印象の違う番組だったなと思った。ニッポンの教養の方では毎回教授と喧嘩をしているが、ススメでは和やかにトークを楽しんでいたように思う。結局、太田はサイエンスとか学問とかがあまり好きではないのだろうなと思った。作家は伝統を破壊していくのが仕事だが、サイエンスは伝統を継承していくことが仕事である。片方が好きな人は片方が嫌いだろうなと思う。ちなみに私もサイエンスはあまり好きではなく、私が好きなのはやったもの勝ちのエンジニアリングである。

将棋界には個性的な人々がたくさんいるが、夫婦としてはこの二人が楽しい。奥さん旦那さんにトラックバックを送っている。両方とも棋士である。

そろそろ都議選である。政見放送がYoutubeあたりにあったら便利だと思っているのは私だけだろうか。マニフェストなんかどうにでも書けるので、あてにならないですよ。

サラダ記念日である。RURUさん、おめでとう。

蛍を見に行ったというメールが届いたので、「東京には野生の蛍がほとんどいない」と返信した。読み返してみて、「野生の蛍」ってとんでもない概念だと思った。普通、蛍は野生じゃないか。

家の中に小さなハエが多数飛んでいる。これは一体どこから入ってきたのだろうと不思議だったのだが、よく考えてみたら網戸の網の目よりも小さいハエなので、家の内外を自由に行き来できるのだった。

これまで手作りされてきた「どうぶつしょうぎ」であるが、ようやく量産体制が整ったようである。「幻冬舎エデュケーションより市販化決定!9月初旬より、全国の書店・玩具店でお買い求めいただけます」とのことである。制作者のブログをさかのぼってみると、どうやら最初は100セット売れれば満足という感じだったらしく、今の売れ具合は想定の範囲外であるようだ。

このところ連日、東国原知事のニュースが話題になっているが、新聞間で正反対のことが書かれていたりするため、何が本当なのかが分からない状況となっている。結局のところ、ことが落ち着くまで真相は分からないままであり、もはやそれはニュースではない。

近所の早売りの本屋で、七月一日の夕方からほかのジャンプコミックスが並べられていたにもかかわらず、高校の後輩が著者の「黒子のバスケ」が並べられていなかった。その本屋は売れないコミックスは並べない経営戦略なので、つまり、売れていないということになる。くじけずにがんばれ、後輩!

芥川賞と直木賞の候補者が発表されたが、ほとんど名前が分からない。分かるのは北村薫さんくらいで、この人が受賞していないことが意外だった。

従兄が参加している絵画展を見てきたら、ちょうどその従兄がいた。遠くまで集中講義の講師をしていたり、科研費を通していたりするなど、活躍中のようである。これまで絵を買ってもらえたことがないようだが、今回の絵は出来がよいので買ってもらえるんじゃないかと予想している。

ここを見ていれば分かるが、私は将棋実況動画の観戦にはまっている。動画を見ていると、もはやプロの将棋など要らないような気分にすらなってくる。棋譜だけの将棋や、解説者と対局者が別々の将棋よりも、将棋実況の方がずっと面白いのである。プロ棋士と将棋実況者が対局したらもちろんプロ棋士が勝つのだけれど、将棋の内容そのものは簡単なミスがなければ何でもいいのである。プロ棋士は最近、振り飛車が少なくなり居飛車ばかりになっているが、それもつまらない。将棋実況は様々な戦法を指してくれるので、それも面白い。そうなってくると、プロ棋士というのはいったい何なのだろうという気分にもなってくる。奨励会を卒業した人という定義ははっきりしているが、存在意義が分からないのである。いなくてもいいような気すらしてくる。おそらく、将棋実況者の将棋が下手だと分かってしまう人にはやはりプロ棋士の将棋の方が面白いのだろうが、私にとってはプロ棋士もアマ強豪も似たようなものなのである。

思えば、そのほかの分野でも、プロの存在意義の分からないものがある。従兄のやっている絵画である。従兄はプロである。私は従兄の絵も見に行くが、それよりも昨日書いた羽住都さんの絵の方が好きである。この人のことはアマチュア時代から好きだった。インターネットを巡れば、ほかにも素敵な絵がたくさんあり、悲しいことに従兄の存在意義が分からなくなってしまうのだった。

それから、歌手も、川本真琴さんとニコニコ動画の歌い手がいれば、私は充分なのである。

小説も最近は読んでいない。村上春樹さんと長嶋有さんは例外だが、ほかはほとんど読まなくなった。それよりは、素人のブログを読んでいた方が楽しい。素人の小説は面白くないが、プロの小説にも面白いものが少なくなってきた。

とりわけ芸術的な分野において、プロというのはいったい何なのだろうと考えてしまうのだった。

私にとって、例外的な存在なのは、マンガだろうか。これに関しては、アマチュアの出したものはほとんど読んでいない。プロの漫画家の作品は結構読んでいる。そして、プロの漫画家の作品は面白い。

新劇場版「ヱヴァンゲリヲン:破」の評判がやたらといい。海燕さんの評を読んでいると、多少体調を崩してでも見に行かなければならないような気分になってくる。でも、体調を崩すのは辛いので見に行かない。

「消せない告白」(おいしいコーヒーのいれ方 Second Season III)の表紙の絵が一瞬、羽住都さんのものに見えたが、ネットで調べてみたら別人だった。ちなみに私は、羽住都さんの画集を持っている。

下の方で紹介した感想戦がやたらと質の高い動画の人は、「なまかく」という名前になったようである。ほかの将棋実況者たちが、強さや喋りなどで勝負する中、この人はその強さもさることながら、ここまで丁寧にやるのかという感想戦で勝負している。感想戦というのは、勝敗がついたあとにその将棋についていろいろと二人で反省しあうことである。将棋実況の場合は、一人で感想戦をおこなうことになり、当然のことながら独りよがりになることが多いのだが、なまかくさんは「激指」という将棋ソフトを使って客観的に自分の指し手を解析している。また、ほかの人が「ここで3三角成り、同桂とすると……」などと口頭で指し手を振り返るところを、わざわざ自分で変化手順まで打ち込んで図として見せてくれるのである。さらに、喋りも非常に丁寧で「先手の玉が入場しており持ち駒に一歩あり攻め手がありそうであるのに対し、後手の玉はまだ入場しておらず持ち駒もなく攻め手もなさそうに見え、以上のことから先手優勢と判断していました」のような言葉遣いをする。この言葉遣いに特に分かりやすさ向上の意味はないと思うのだが、丁寧さとして首尾一貫しており、笑いを誘う。この感想戦のスタイルは、自分なりの価値観を提示してさらに突き詰めてみたという好例である。

ところで、この人の声を聞くと、「火目の巫女」の初稿の書き手を思い出す。喋りのまともさはまるで似ていないが、訛りと声が似ているのである。

「あんにょん由美香」のサウンドトラックを購入。曲自体はyoutubeの(おそらく公式の)PVで聴いていたので買った意味はなかったのだが、川本真琴ファンとしては買う一手。

寄せの面白い将棋。ニコニコ動画。

「とめはねっ!」は今回も質が高かった。

「題名のない音楽会」に、タモリさんと山下洋輔さんが出ていた。山下洋輔さんのピアノを聞くのは実は初めてだったのだが、想像よりもずっと秩序があった。もっとめちゃくちゃだと思っていた。来週も同じメンバーだそうである。

高校までの教育が「大学受験のための勉強」と揶揄されて久しいが、「国際学術誌に投稿論文を載せるには」(講師:白井恭弘氏)という講演会が研究者向けにお茶の水大学で開かれるとのことである。意義の是非は考えないでおくことにして、やっていることは高校生と変わらないのである。

オタマジャクシが空から降ってきていた事件であるが、都会っ子の私には怪現象以外の何者でもなかった。でも、地元の人にいわせれば、「飲み込んだオタマジャクシをサギが吐き出すなんてよくあること」だそうである。事件は会議室でも研究室でもなく、現場で起きているのであった。

パソコンに疎いので、ファイルシステムとかそういうのがよく分からないのだが、とあるデータベースのCDのトップのディレクトリをlsで調べてみたら、1992年に作成されたと表示された。このときってやっぱりファイルシステムとかが違うんだろうなあ。CDからubuntuにグラフィカルインタフェースではコピーできないのって、やっぱりそのせいかなあ。

買ったわけではないが、書店で見かけた本。「萌える☆哲学入門」。こんなジャンルを萌やして、一体誰が買うというんだ。

リメイク版の映画の「ヱヴァンゲリヲン」は、昔シンジくんだった人たちが集う同窓会なんじゃないかと思う。十代の頃に何かから逃げないふりをしてやっぱり逃げていた人たちが、二十代になってその頃のことを思い出すのである。気色の悪い同窓会かもしれないが、全国同時多発的同窓会というのは画期的だと思う。

たまに、妙にゆっくり飛んでいる蚊がいる。潰していいのかなあと思いつつ、潰させていただく。一方、めちゃくちゃ速い蚊もいる。「るろうに剣心」の感情欠落のあの剣士をもしのぐ速さで飛ぶのである。狭い我が家、そんなに急いでどこに行く。

チビノワさんが、小さい「ぁ」をどう打っているかと世の中に問うていたので、windowsの頃には「la」だったが、Ubuntuにしてからは「xa」でなければ入力できないようなのでそう打っていると答えたら、「それはATOKのせいではないか」という指摘が返ってきた。今いじってみたら、確かにATOKの設定のせいであり(Wnnモードだとそうなるらしい)、ローマ字のカスタマイズを変更した。これからは快適に「la」で「ぁ」を打つことができる。ありがとう、チビノワさん。

一年前の6月26日、BLOCKBLOGの閉鎖予定日だった。私のブログが個人的に閉鎖するのではなく、サービス全体が終わるのである。サービスが閉鎖されるという発表があったのはその約二週間前であり、BLOCKBLOGにはデータのエクスポート機能がなかったため、急いでhtmlからMT形式に変換するスクリプトを書いたのだった。とはいえ、その半年以上前から、なんとなく経営が危うそうだというにおいはしていた。サポート掲示板が止まっていたり、賞金つきの何かのコンテストがうやむやになっていたりしたのだ。来るべきときが来たと思った。そして、6月26日が来た。午後6時頃から、最期を見届ける人たちが集まり始め、新着エントリは「ありがとう、さようなら」という内容で埋め尽くされた。BLOCKBLOG内のブログのコメント欄やmixiがチャットのような状態になった。あと15分ほどで日付が変わるという段になり、BLOCKBLOGのトップページに、まだ閉鎖しないという趣旨の文面が現れた。マインディアという会社が現れて、BLOCKBLOGの代わりにエクスポートを担うことになったのだった。それに伴って、閉鎖が延期された。6月26日で閉鎖されるはずだったBLOCKBLOGはその後、4日間ほど生き延び、そして、まずCSSがおかしくなり、コメントが書き込めなくなり、とうとう何も映らなくなった。間抜けだなあと思った。ニューリリースが遅れることは多々あったが、閉鎖まで遅れるとは思っていなかった。期待はしていたが、さすがにそこまで期待に応えてはくれないだろうと思っていた。ハバネロを育てたからプレゼントしますという企画もよく分からなかったけど、閉鎖日が遅れますという企画もよく分からなかった。BLOGKBLOGって、よく分からなかった。またよく分からないものを作ってくれないかなあ。

とある人の勤めている会社では、労働組合を作ろうとするといつの間にか会社から追い出されるそうである。週七日勤務だそうである。世の中、すさんでいる。

名人戦七番勝負は羽生名人対郷田挑戦者で第七局までもつれ込んだ挙げ句、素人目には一方的に見える展開で81手で羽生名人の防衛。妙にあっさりした一局だった。

ニコニコ動画の将棋実況。この人はとにかく喋りが上手い。それから、なんといっても感想戦が面白い。なんか、学会のプレゼンを見ている気分になる。

「寺よ、変われ」という新書を読んだ。なぜ読んだのかといえば、存在意義が分かりづらかったり、なんとなく偉そうだったり、経営難らしいというところが大学と似ているように思えたからである。実際、問題は大学と似ていた。寺も大学も「昔ながらのことを続けたい」という願望と「それでは滅びるだけである」という現実の狭間にある。この本の著者は昔ながらの仏教的な主張を最小限に抑えて、時代のニーズに合わせた寺のあり方を模索している。なかなか面白い本である。とはいえ、ほぼ「無宗教」である私にとって見れば、失礼ながら、「やっぱり寺はなくてもいいんじゃないか」というところに落ち着いてしまうのだった。そしてきっと多くの人にとって大学についても「潰れる大学は潰しておけばいいんだよ」というところに落ち着いているのだろうと思う。

ところで、四苦八苦の四苦は「生老病死」だそうである。生きるということは、苦であるらしい。

どうぶつしょうぎの盤は、これまでは紙にカラーコピーしただけのものだったのだが、今度はハンカチの盤を売り出したらしい。別売りで450円である。ほしい。

私はMacは全く使わないので関係ないのだが、「ATOK 2009 for Mac」が7月17日に出るそうである。

王位戦への挑戦者決定戦は木村八段対橋本七段の対局になり、木村八段が挑戦権を獲得した。この勝負、終わってみれば木村八段の圧勝だったように思える。というか、木村八段の指し回しが非常にかっこいい。ドラゴンボールに喩えるなら、相手のすごい速さのパンチを全てあっさりと防ぎきりながら「足下がお留守ですよ」と相手を場外に軽く落とすような、そんな指し回しである。そういえば、木村八段は先日、羽生名人にもそんな感じで一局勝ったのだった。受け士である。

「おおきく振りかぶって」購入。とりあえず、発売されましたということだけを書いておくことにする。

海燕さんのところのチャットでドリアン助川さんのラジオの話を出したら、それを即座にニコニコ動画で発見した人がいた。まさか、ニコニコ動画にあるとは思わなかった。一応著作権には違反していると思うが、量的にも質的にも取り締まられるべきものではないだろうと思ったのでここに書いている。懐かしいと思って、ほかのラジオも探してみたら、なんと「ゲルゲットショッキングセンター」の最終回がまるまるアップされていた。十年前の放送である。CMなどがカットされて、ほぼ二時間である。日曜日の二時間を費やして聴いてしまった。アップロードした人の説明文には「この放送を聴いていた皆さん、カッコいい大人になりましたか?」とあるが、これはパーソナリティの最後の言葉からのものである。かっこいい大人になったかなあと思い、全然かっこよくないなと思い、そして、特にかっこよさにこだわることもないと思ったのだった。

先日一緒に飲み屋に行った人の一人が、最近のニュース番組についてこんなことを語っていた。「何か事件が起きると即座に模型やCGを作る。なんであんなに仕事が速いんだ」。日本の模型技術は確かにすごいのかもしれない。

この言葉は切ない。なんというか、技術よりもお金の方が強いという現実をまざまざと見せつけられた気分になる。

棋聖戦五番勝負第二局、羽生棋聖対木村八段の対局は、なんと連続王手の千日手の筋がからみ、木村八段の勝利。「千日手」というのは同じ手の繰り返しになって局面が進まなくなることである。普通の千日手の場合には先手と後手を入れ換えて最初から指し直しになる。ところが、連続で王手をしながらの千日手の場合は、王手をしている側の反則負けになる。ゆえに、指し手を変えなければならない。私は、連続王手の千日手というのは滅多に使うことのないルールブックに書かれているだけのルールだと思っていたので、実際にその筋が出てきてとても感動した。普通の千日手はわりとよくある。

biglobeの配信動画に、将棋連盟が作成している番組がある。毎週金曜日の配信である。今は、鈴木女流が先崎先生の話を聞くという動画を流しているのだが、そこで面白い話をしていた。プロ棋士の将棋は一般に持ち時間が長いことが多く、朝食後から夜中までかかることもある。その場合、わりと午前中などはだらだらしていることもよくあることであるらしく、阪神大震災、地下鉄サリン事件、ワールドベースボールクラシックなどのときには、みんな将棋そっちのけでテレビを見ていたそうである。特に、上九一色村の強制捜査のときにはほとんどの棋士がテレビを見ていたそうである。

もうそろそろ「1Q84」のネタバレを書いてもいい頃だと思うので、好きなシーンを一つ挙げる。ずばり、リーダーが青豆にマッサージを受けるシーンである。使わない筋肉を伸ばしていくとかそういう描写がとても気持ちよさそうなのである。この小説は絶対に整体とかの宣伝になったはずである。そういうわけで、私の好きな登場人物はリーダーである。

サッカー日本代表は、オーストラリアに1‐2で敗れたようである。もはやどうでもいいことである。私はやはり、ゴン中山とかそのあたりの時代が好きなのである。例外的に、現役の旅人である中田さんも好きである。

その昔、研究室に「アップル」という名前のサーバがあった。管理上の都合でダミーのサーバを建てなくてはならなくなったようで、先輩たちが一生懸命作業していた。出来上がったダミーのサーバには「パイナップル」という名前がつけられていた。上手い名前だと研究室内で評判になった。

東急百貨店の一階から三階までエスカレータで上がり、三階で用事を済ませたあと、三階から一階までエスカレータで下った。目の錯覚かもしれないが、下りのエスカレータの方が動きが遅いように感じられた。事故防止だろうか。

「Q.E.D.」を発売日の二日前に手に入れて読む。被害者に関する三人の証言が見事に食い違う話が気に入った。

名前だけは知っているが「グリコ・森永事件」についてほとんど知らなかったので、wikipediaを読んでみた。もしこれを今の時代にドラマ化したら、ものすごく陳腐な作品になるだろうと思った。でも、どことなく「踊る大捜査線」にテイストが似ている。

どうぶつしょうぎは後手必勝のようだということになったらしい。コンピュータの力ずくの解析により。

「寺よ、変われ」という新書が気になっている。寺院と文系の大学は似たようなところがある。「なんの役に立つの?」と問われると非常に答えづらいところである。そういうわけで、寺院はどう頑張っているのかというところが知りたい。

散歩をしていたら、オリジン弁当が潰れてフレッシュネスバーガーになっていたことに気づいた。諸行無常の響きあり。

「ダブルラリアット」を沖縄方言で歌っている動画。不思議な面白さがある。日本語に翻訳してくれている字幕コメントもあるが、最初はコメント非表示の方が楽しめる。

英会話教室への勧誘の電話がかかってきた。よくあるあれである。英語が話せたら便利とかそういうことはあまり思っていないのだが、相手は執拗に英語が喋れることについてのメリットを説明していた。電話が終わってから、何かに似ていると思った。そう。大学教員である。研究ができても何も面白くもなんともない人に対して、研究のメリットを語るのである。英語の勧誘と同じように、学問(とか英語)こそが救いの道なのだと信じてやまないのである。不気味である。

「○○が終わったら××するんだ」という定型文がある。俗に、死亡フラグなどと呼ばれている。映画などで結局××ができずに脇役が死んでいくパターンの多いことが由来である。でも、「俺、このハンバーガーを食べ終えたら、ポテトを食べるんだ」なら、死亡フラグにはならずに脂肪フラグになるんじゃないかとか思った。

そんなことを書いていたら、久々にマックチキンが食べたくなった。胃がもたれるから食べないけど。

不覚にも前回泣けてしまったので「ロウきゅーぶ!」の第二巻をここ数日本屋に買いに行っていた。だいたい発売日の四日前くらいから店頭に並ぶので、そのつもりで本屋に通っていたのだが、結局買えたのは発売日の前日の夕方だった。出荷が遅くなったのだろうか。

下の方で書いた「からだが変わる体幹ウォーキング」という新書を読んだ。歩き方についての本であるが、まず「立ち方」についての説明があり、その章を読んだ時点で私は歩くことに自信がなくなったのだった。まあ、我流で適当に歩き続けます。

「1Q84」を読み終える。読み終えたけど、読み切れない深さがある。

下の方で書いた「ELTいっくんオーディション」は四人の女性ファイナリストの中からデビューする人が選ばれたのだが、盛り上がったのはやはり特別枠の男性二人だった。この二人はどちらも女の声の男性というわけではなく、ちゃんと男の声の男性なのだが、キーが高いのである。片方は徳永英明さんとかそういう感じで、もう片方はシャウト系である。この徳永さんみたいな人が気に入ったので、今後どこかで活躍してほしいなと思っている。ネット上でもいいし、CDを出してもいい。

どの楽器もかっこいい動画。ホーンセクションのあるジャズの動画は少なかったと思う。

笑いたいときに見る動画。奥華子さんの「笑って笑って」という歌に関するコンテストが開かれていて、その中の一つだと思う。どういう趣旨のコンテストなのかはよく分からないけど。

ドリアン助川さんがやっていた「ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン!」というラジオ番組が好きだった。最終回を聞き逃したのが心残りなのだがそれはまあどうでもいいとして、この番組を辞めた理由が「番組が正義すぎたから」であると噂されている。ドリアン助川さんは詩人にふさわしく言葉を慎重に選んで悩み相談をしていた。悩みは大抵の場合解決しなかったが、解決しないことこそが誠実さの表れのように思えた。ドリアン助川さんは、真っ当に正義だった。そして正義であることが求められ、正義であることが嫌になり、正義の代名詞だったドリアン助川という芸名を捨てた。正しいということはリスクなのだ。そして今、テレビと新聞がその正しさというリスクを負っているように思える。フィクションとして脳みそを扱ったドラマが放送されるやいなや「あの脳科学は嘘だ」という声がネットで上がる。フィクションであるにもかかわらず、正しくあらねばならないのだ。テレビ局としては心外だろうと思うが、残念ながら正しくあれという期待は決して裏切れない。とても窮屈であろうと思う。ネットにはテレビのようにはなってほしくないと考えている。ネットはいつまでも、正義ではない場であってほしい。「ネットは半分以上が嘘」という認識が続いてほしいと思う。

オバマ大統領「ミドルネームは"フセイン"」ということで、世界平和に一歩近づいた気がする。錯覚かなあ。

宮崎駿のアニメは好きだけど、もう一度見たい宮崎アニメはない。もう一度見たいという基準で語るなら、「エヴァンゲリオン」や「KIDS RETURN」や「秒速5センチメートル」あたりの評価が私の中では高くなる。

本屋に行ったら「1Q84」を買っている人がいて、本当に売れているんだなあと実感した。

ホリエモンがついったを始めたらしい。

店の前を通りがかったので外から見てみたのだが、高校の先輩が経営する喫茶店には相変わらず人がいない。

ニコニコ動画の将棋実況。ブレスマンというあだ名の人がDJと名乗る人と対局している。ブレスマンの強さもさることながら、この動画は編集が非常によい。なぜ、朽ちていく姿と「別れの曲」は相性がよいのだろう。

「1Q84」が売ってないと嘆いている人がいたので、「うちの近所の本屋ではまだ山積みだよ」と意地悪なことを言ってみたのだが、その翌々日にその本屋に行ってみたら、山積みだった「1Q84」の上巻がきれいに売り切れていた。すごい売れ行きである。本当に今は不況なんだろうか。なお、下巻はまだ売れ残っている。

下で書いたLPSAという団体は複雑な経緯で発足していて、実は私もよく把握できていない。とりあえず確かなのは、女流の団体に「元祖女流団体」みたいなところと「新女流団体(LPSA)」みたいなところの二つがあるということである。この二つはどうやら対立しているわけではなく女流同士は仲が良さそうなのであるが、問題は「プロ棋士の団体」の存在であり(男性のみで構成されているが、男女に平等に入会資格がある。でも、強い女性棋士がいなかったため、入会できた女性はいない)、「元祖女流団体」は「プロ棋士の団体」の管轄であり、「プロ棋士の団体」と「新女流団体(LPSA)」は仲がよくない。仲がよくないどころか、喧嘩している。

で、そのLPSAはいろいろと催し物を開いているのだが、そんな中に日曜日一日だけでトーナメントを終わらせてしまおうという趣旨の早指しトーナメントがある。先日おこなわれたトーナメントには強豪の女性アマチュアが三名招待されたのであるが、なんとそのトーナメントで、LPSAの女流プロを二人ずつ破ってベスト8に進出してしまった。つまり、女流プロ六人が女性アマチュア三人に負けた。

そんなところからも、LPSAという団体の経営の苦しさが垣間見えるのである。自分たちの将棋の勉強がおろそかになっているのである。

ここでも何度か話題にしている「どうぶつしょうぎ」だが、これはLPSAという将棋の女流プロのための団体に所属していた北尾まどか女流初段がルールを作ったボードゲームである。で、なぜか先日、北尾先生がLPSAを退会した。それに関する各所へのリンクは北尾先生の旦那さんである片上六段(プロ棋士)がブログにまとめているが、どれを読んでも「なぜ退会したのか」は分からないという状況になっている。どうやら、真相は浮かび上がってきそうにないし、おそらく真相は複雑に絡み合っていて誰も正確には説明できないのではないかとも思える。

寒いなー、と思って思い出した歌。俵万智。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

ここまで可愛さをアピールしても浮かなかった「サラダ記念日」の時代が羨ましくもあり逆に今が殺伐としすぎているのかという気もする。それとも当時も浮いていたんだろうか。

「この指とまれ」というサービスを利用したことはないのだが、どうやら予告なくサイトが停止したらしい。不況のせいでしょうか。

と書いていたら、どうやら復活するみたい。譲渡?

どうぶつしょうぎにオフィシャルサイトができている。なんか嬉しい。

結局、下で書いた「僕が2ちゃんねるを捨てた理由」を買って読んだ。2ちゃんねるなんかよりもずっとモバゲーの方がたちが悪いということが前半に書かれていた。モバゲーは一対一でユーザ同士が対話できるので援助交際などの温床になっているが、2ちゃんねるは一対一で対話ができないから危険度が小さいという論理である。それなりに説得力があるものの、どちらも使っていない人からすれば五十歩百歩である。後半はメディア論であり、新聞もテレビもラジオも雑誌もネットも仲良く棲み分けや協力をしましょうねという話をしている。それなりに面白かった。

先日下の方に書いたELTいっくんオーディションであるが、ファイナリストが決まったようである。男の声の高い人も特別招待枠として入っている。

犬の散歩をしている人がいた。犬の首輪の一点が赤くぴかぴかと点滅していた。夜道なのでその様子がよく見えた。なんのために光らせているのかは分からなかったが、かっこいい。

買ってみようかなと思っている新書が三冊ほどある。

「からだが変わる体幹ウォーキング」。私は人の歩き方を観察するのが好きであり、最も好きなのは卓球の平野早矢香選手の歩き方である。私自身も平野選手の歩き方をまねしている。歩き方に興味があるので、この本が目に止まった。

「ロスジェネはこう生きてきた」。著者は雨宮処凛。ワーキングプアとかロストジェネレーションとかのキーワードとともによく出てきていた名前なので、何者なのだろうと思っていた。そして、ずっと「しょりん」と読んでいたが「かりん」と読むことをようやく知った。

「僕が2ちゃんねるを捨てた理由」。ひろゆきの本。この人は言うことが身も蓋もないので、読み物としては非常に面白いのではないかと期待している。

ともあれ私は村上春樹の新刊を読み進めるのだった。

この曲は知らないのだが、アニメの主題歌っぽい歌に木魚などの仏具を打楽器として演奏した動画があり、さらにその動画の画像部分を別の人が初音ミクが演奏している画像に差し替えた動画。私の説明が分かりづらいのだが、とにかく芸が細かい。というか、読み返してみると私の文の文法が破綻している。まあいいか。

ニコニコ動画の将棋実況。一級の俺さんは序盤が下手で寄せが鮮やかだったが、この人は序盤が上手くて詰みを見逃す。終局図はなんともいえない形になっている。

中学のときの国語の定期考査に、次のような問題が出た。

「井上ひさしが書いた小説の題名を次の選択肢から選べ」A.加里加里人、B.吉里吉里人、C.苦里苦里人、D.毛里毛里人、E.固里固里人

間違えた生徒、多数。

村上春樹さんの「1Q84」を買った。現在、読み進めているところである。三人称で綴られており、どことなく上遠野浩平さん(「ブギーポップ」の作者)が想起される文体である。

TSUTAYAを利用したことはほとんどないのだが、私の知っている限りではCDとビデオとDVDの貸し出しをしているはずだった。久々になんとなく寄ってみたら、コミックの貸し出しもしていて驚いた。なるほど、漫画家の生活が厳しくなるはずである。

犬が道ばたでフンをしていたのだが、排泄し終えたあとなぜかその犬は自分のフンを踏んでいた。犬のフンを踏むのは人間だけではないらしい。

下に書いた卓球部のOB会の話の続き。飲み会に男性が二十人以上来たにもかかわらず、誰も喫煙習慣のある人がいないことについて「すげえ、アスリートだ」とみんなで驚いていた。

引き続きMapleとMaximaの話。金曜日にMapleの会社のフォームに必要事項を書き込んだら、月曜日になって手続きが終わったとのメールが来た。今度はインストールしたMapleがちゃんと動いてくれた。

私は高校では卓球部の幽霊部員だったのだが、なぜかOBとして認知されているのでOB会に行ってきた。昼間は現役たちと卓球をして、夕方からOBのみで飲み会となる。体力的にとても卓球ができる状態ではなかったので試合を座って見ていたのだが、ボールが近くに転がってくると拾うということをしていた。拾うときにまず動体視力の衰えを感じた。それから、体幹の衰えも感じた。特に体幹はまるで使い物にならなかった。動体視力は慣れればそこそこなんとかなった。

梨沙帆さんのブログに動画があったのでクリックしてみたら騙された。騙されると面白いですよ。

ニコニコ動画で「ELTいっくんオーディション」なる企画が催されている。私はELTのことをよく知らないのだが、いっくんというのはELTの男性の方らしい。そのいっくんがよく分からないがとにかく歌い手のオーディションをしている。歌い手は課題曲を歌うのである。今はもう投稿期間を過ぎていて、審査期間となっている。私がいろいろと聴いた感じでは、次の二人がいいなと思った。まど@実写リロさんと声が高い男性の人である。お暇でしたら聴いてみてください。ちなみに二人とも録音環境はよくないが、オーディションに録音環境は多分あまり関係ない。

高校の二つ上の先輩(面識はない)が、mixiの高校のコミュニティに自分の喫茶店の宣伝をしていたので、その喫茶店を外から眺めてみた。午後六時。一人も客がいなくて悲しかった。

下の方に、Maximaというソフトが便利だと書いたが、計算能力に限界がある。やはりMapleにメールを出さねばならないのかも。

中央大学の教授が殺された事件がずっと気になっていたのだが、どうやら犯人が捕まったらしい。大方の予想どおり、教授が卒論を指導した教え子だそうである。

ホリエモンが「宇宙論」という連載をウェブに掲載している。ビッグバンとかそういう話ではなく、ロケット開発についての話である。なぜホリエモンがロケット開発についての話をするのかといえば、ホリエモン自身が私的にロケット開発をしているからである。連載はまだ第一回だが、世界で最初のロケットはドイツが開発したミサイルであると書かれていたりして、なかなか面白い。

川本真琴さんが、何か歌うらしい。嬉しい。

数式処理にMapleというソフトを使っていた。正規購入価格が二十万円程度する代物である。私は学生時代に学生割引で二万円程度で買った。それが先日使えなくなってしまったので、カスタマーサポートにメールをしようかと思ったのだが、面倒なのでMaximaというフリーのソフトを試してみることにした。Maximaは思った以上に高性能だった。インタフェースが完全にCUIなので少々見づらいが(プロットのときだけgnuplot)、それを除けば充分である。というわけで、あの二十万のソフトを販売している会社はどうなってしまうのだろうとか心配しているのである。このところ、なんでもかんでもフリーソフトで済んでしまう。

あ、でも、イラストレータはほしいかも。

あかほりさとるさんの「オタク成金」という本を読んだということを下の方で書いたが、この本はあかほりさとるさんと女性ライターの共著である。でもなんとなく、この女性ライターも実はあかほりさとるさんの変名なのではないかという気がしている。私はあかほりさんの著作は「MAZE」と「サクラ大戦」の二つを読んだが、この女性ライターはオタク文化を知らないというわりにはきちんとあかほりさとるのツボを押さえているのである。あかほりさとるの語りを勘違いして受けとるときの勘違いの仕方まで、あかほりさとるの演出っぽいのである。

棋士は筆で色紙などを書くため、習字の練習をする。先日、「僕は地味に「六」の字を練習することにします」と書いていた棋士がいたので、なんで「六」なのだろうと思っていたが、そういえば片上先生は五段から六段に昇段したばかりなのである。棋士にとって新しい数字を練習する必要があるというのは、喜ばしいことなのである。

「この世界の片隅に」というマンガが分からなかったということを下の方に書いた。実のところ、この人の絵はあまり好きではないのである。おそらくその理由は、画風が現在のマンガの主流から大きく外れているからだと思う。

そういうことを考えたときに、村上春樹の文体が思い浮かぶ。あの文体をものすごく嫌う人もわりといて、そういう人はその特異性が嫌なんだろうと思う。それから、ケータイ小説の文体を嫌う人も、特異性が嫌なんだろうと思う。私からすれば、春樹もケータイもどちらも巧いのだ。春樹の巧さは評論などでたくさん説明されている。ケータイ小説の文体の巧さというのは、「作者が見えない」という巧さであると思っている。ケータイ小説そのものの日本語が崩れていると指摘する人はいるけれど、「わざと崩したときのこの崩し方が甘い」と指摘する人はいない。つまり、崩し方が巧い。崩し方が巧い作者は要するに文章が巧い。

私は、マンガの画風に関しては特異性を嫌う人間であり、小説の文体に関しては特異性が気にならない人間である。

これは以前どこかで書いた話なのだが、「誰にでも分かる=巧い」と思う人と思わない人がいる。書道の文字を見て、楷書と草書を見比べたとき、楷書の方が断然巧いと思ってしまうような人が前者である。私は、マンガに関しては楷書が巧いと思い、小説に関しては楷書も草書も好きな人間である。そして、楷書が巧いと思う人が最も好きな字は、ワープロの明朝体である。「誰にでも分かる=巧い」の行き着く先は、人間の要らない作品である。だから、私は、私がマンガの絵柄の評論をしたら、マンガの絵柄の文化を殺すと思っている。特異性が好きでない人がその分野の評論をすると、文化の担い手が人間から機械へと移り変わるのである。

あかほりさとるさんの「オタク成金」という本を読んだ。本にはそうとは書かれていなかったが、今は、あらゆる分野で飽和しているのではないかと感じた。本は出版されすぎているような気がするし、ウェブサービスはリリースされすぎている気がするし、論文は掲載されすぎている気がする。ちなみに私は、あかほりさとるさんの文章は好きである。

天気予報電卓誕生日

ほかに面白い使い道があったら教えてください。ちなみに、誕生日は、小泉純一郎さんと麻生太郎さんは出たのだが、鳩山由紀夫さんは出なかった。

なにやら閲覧するだけで感染するウェブのウィルスがあるようなのですが、Linuxの人は感染しないのでしょうか。感染したかどうかを調べる方法が書かれているサイトには、Windows系の方法しか書かれていなかったので、多分大丈夫だとは思うのですが。誰か情報ください。

西松建設の事件に関して元特捜の人が語っている動画。特捜が動くと白いものでも黒く見えるという話をしている。面白かったので、暇な人は見てみるべし。

一部で有名な人が私のmixiのページに足跡をつけていたのでなんだろうと思ってその人のプロフィールを見に行ったら引っ越して離婚したと書かれていた。あれからほぼ一年、そんな顛末になっていたとは。ご本人、ここ見ているかな。

どうぶつしょうぎに渡辺竜王がはまっている。これが棋譜。強い人同士が対局すると、ここまで棋譜が長くなるものらしい。

「C3きりん右 (このあたりは、まだわたなべ氏の研究手順)」

という記述がなんともいえずよい。

映画版「ノルウェイの森」のワタナベ役が松山ケンイチさんだそうである。「NANA」のときの「この人、誰?」という反応が信じられないほどの出世である。

中学のとき、合宿に一切行かない運動部があった。なぜだろうと思っていたが、この歳になると分かる。生徒たちが何をしでかすか分からないため、顧問の先生にとって合宿はその後のキャリアを考えたときにリスクが大きいのである。その先生は今にして思えばかなりキャリアを大事にしていて、噂によれば私が卒業して数年後に教頭になったそうである。

「この世界の片隅に」というマンガを読んだ。海燕さんのところその紹介先で絶賛されて薦められていたからである。結論から言えば、なぜ絶賛されているのかも分からなかったし、面白いとも思わなかった。その後、ネタバレで伏せられていた部分を読んだのだが、私にはそこまで深くマンガを読む能力はないと思った。絵柄に関する味覚が私にはないのである。「この世界の片隅に」の作者は、私にいわせれば巧すぎるのである。

私は先を行きすぎた研究者が学会で集中砲火を浴びている場に居合わせたことがある。私が修士二年のときのことである。のちにその研究者に、「あの場で最もよく私の研究を理解していたのはきみだろう」という趣旨のことを言われた。集中砲火の五年後、その研究はようやく理解され始めた。

このマンガが理解できなかったということと、その研究が理解できてしまったということの二つの経験から、「先を行く」ということの難しさを再認識するのである。

CURURUもサービス終了だそうである。「昨今の経済状況の低迷の中、弊社としましても事業の選択・集中を余儀なくされる状況にあり、収益化していないCURURUの存続は難しいという結論に至りました」とのことである。広告モデルってやっぱり難しいんじゃないかなあと、私なんかは安易に考えてしまうのである。

私の母校はこれまで「電気通信学部」という学部しか持っていなかったのだが(つまり私は正確には電気通信学部を卒業したのであり工学部卒ではない)、どうやらその名前を変えるようである。新しい名前は「情報理工学部」だそうである。胡散臭い名前である。そして、学科も「電子工学科」「情報通信工学科」「情報工学科」「知能機械工学科」「システム工学科」「人間コミュニケーション学科」「量子物質工学科」の七学科から、「総合情報学科」「情報通信工学科」「知能機械工学科」「先進理工学科」の四学科になるそうで、学科名を見ただけでは中身が分からないようになってしまった(機械工学科だけは分かるけど、ほかは何がどこの区分に行ったのかが分からない。音声はどこの学科にあるのだろう)。これでは入学したくても入学しようがないので、学生数が減り、しばらくすると電気通信大学はなくなっていることだろう。残念である。

小沢さんが辞任かあ。どの政党もよく分からないけど、民主党が今一番混沌としているのかなあ。

ティーカップに角砂糖を次から次へと入れているおじさんがいた。そのままいけば「Death Note」のLだと思ったのだが、さすがにカップからあふれるには至らなかった。新世界の神に殺されるのが怖かったのだろうと思う。

角使いの人の将棋実況。この前、動画が荒らされて消したのかなとここで書いていたのだが、どうやらそうではなくて、動画編集中にPCが焼け焦げて動画もろとも消えてしまったらしい。今回は穴熊崩しを見せてくれている。

エヴァンゲリオンのどこまでも無機的なあの墓は、なぜあんなかたちなのに墓であると分かるのか。デザインが秀逸である。

私はひどい悪筆なのだが、天然ボケの人間が自分のことを天然ボケと認識することができないように(私の世を忍ぶ仮の妹など)、私も自分が悪筆であることを認識することができない。周りから悪筆であると言われて、そうか悪筆なのか、と思うだけである。自分では自分の書いた字が読めるため、メモには困らない。そもそも私は、「トマトのみそ汁」というブログを書いていた間、ずっと手書きで研究日誌を書いていたのである。しかも、研究室の同級生たちが読者だったので、笑い話まで添えて書いていたのである。手書きで文字を書くのは好きなのだ。というか、なんでこんなことを書いているのかというと、「とめはねっ!」というマンガが面白かったからである。題名から分かるとおり、書道のマンガである。高校の書道部、二年生三人、一年生二人の物語である。私の母方の家系は私を除いてみな達筆であり、私も含めてみな男であるので、書道は男のものだと思っていたのだが、高校の書道部というのは女子ばかりであるらしい。このマンガの書道部も一年の主人公の男の子以外はみんな女子である。癖のある女子ばかりそろっていて、非常によい。というか、書道でここまで面白いマンガが描けるとは思っていなかった。

iPhoneを買った人がいる。きっとiPhone SDKとかですごいアプリケーションを作る算段なのだろうと思う。この人ならそういうことをするはずだ。みんな大いに期待すべきだと思う。

アニメのルパン三世で印象に残っているのは、斬鉄剣がらみの回が多い。特に、斬鉄剣を超える刀を造ろうとする刀匠とその孫娘の話が好きである。斬鉄剣は雪を溶かすほどの熱を常に帯びているという設定もよい。

コンピュータ将棋選手権で、北朝鮮のKCCというチームがかなり頑張った。予選リーグでは全勝だった。決勝リーグでは三連敗のあと四連勝で、すごいなあと思っていたら、裏話があったらしい。実は、三連敗していたときのソフトは、決勝用に準備しておいたソフトだったらしい。その後、「本国の指示」で2次予選の状態に戻したらしい。予選のソフトに戻したら、連勝した。つまり、もしも予選のソフトのままだったら、決勝で全勝優勝していたかもしれないのである(三連敗の相手は予選で当たっているチームだったので)。

あの強い人のゴキゲン中飛車、丸山ワクチン編。相手も強い。

いつもよりも本屋が空いているのを見て、ああゴールデンウィークだなあと感じていたのである。

ニコニコ動画の将棋実況。ゴキゲン中飛車である。非常に強い。

コンピュータ将棋選手権の決勝戦が五月五日におこなわれた。どうやら、決勝リーグにシードされていた三チームがどれも三位以内に入れなかったらしい。大波乱である。また、三位に電気通信大学の文殊というソフトが入った。嬉しい。

世界卓球、水谷・岸川組の男子ダブルスが銅メダルである。準決勝では圧倒的な差で中国ペアに敗れたが、準々決勝ではシンガポールのペアに勝った。その準々決勝での第六セットで8‐9で負けていたときに審判の誤審があった。試合が中断され会場内の大型モニターに明らかに誤審であるというリプレイが何度も流されたが、結局誤審のまま8‐10と差はさらに広がった。相手のマッチポイントである。次の一点は激しいラリーになった挙げ句、相手の球がネットインし、そのままボールがイレギュラーに床に落ちるかと思われたが岸川が食らいつき相手のコートに返し、得点をもぎとった。香港の主審が中国からの帰化選手であるシンガポールの選手にその一点を与えなければ、あるいは、もう少しシンガポールの選手にとってやりやすい雰囲気になったかもしれない。9‐10の直後から会場の人々はそれまで以上に水谷・岸川組を力を入れて応援するようになった。水谷は一点をとるごとにこぶしを大きく突き上げ、会場の応援を一層盛り上げた。結局第六セットは水谷・岸川組が制し、セットカウント4‐2で勝利した。

ところで、この新聞記事、腐女子的にはどうなんでしょうか。

以下、引用。

2人は「戦友」だ。水谷は中2から、岸川は中3から協会主導でドイツに留学。ホームシックの水谷は母万記子(47)さんに、話すことがなく無言電話のようになっても毎日電話をかけ続けた。岸川はそんな弟分と異国のアパートに同居し、励ました。月日を積み重ね、パートナーとして同化。代表合宿でも同部屋で岸川の寝つきが悪い時は自然と水谷も寝られない。水谷が早起きしてテレビで世界選手権の特集を見ようとしたら、岸川も同じ番組を見ようとしていた。あうんの呼吸を発揮するようになった。

コンピュータ将棋選手権がおこなわれている。一ヶ月ほど前に、一度も出場経験のないソフトが新聞記事に採り上げられたのだが、内容が誇張されていると感じた。人工知能の分野で新手法といえば、大抵は有効性が伴わないものである。実際、そのソフトの指し手は明らかに勝つためのものではなく、実験のためのものだった(玉自らが攻めていったりしていた)。参加者が聞いたところによれば、やはり「どうも例の記事は記者の人が誇張してと言うか煽ってと言うか、そういう感じで書いた結果だそうです」とのことだ。おそらく開発者の人は(強さではない)何を目的にして(これまでにない)どういうことを試してみたいかということを記者に語ったことと思うが(京大の准教授なら間違いなくそれを語る)、記者は実験であるということを書くことなく、(開発者がそうは語らないだろうと思われる)強そうだということを強調したのである。「実験的新手法=有効性が低い」というのはもはや科学・技術の常識である(たまに偶然に有効性の高い新手法が生まれ、そればかりがニュースになるのでこのあたりの現実を知らない人が多いのだが、理系の大卒くらいでだいたいこういうことは思い知らされる)。科学・技術欄の記者なら、科学・技術を愛していてほしいと思うのだが、そうもいっていられないのが産経新聞の現状のようである。

世界卓球、松平健太選手が世界ランク2位の馬琳選手を追い詰めた。フルセットの末、9‐11で負けた。まさか、馬琳選手も日本の若手相手にここまで追い詰められるとは思っていなかったことだろう。終盤、両選手ともに硬くなっていたのが印象的だった。

世界卓球、石川選手のツッツキをシンガポールの選手が打ちづらそうにしていたんだけど、打ちづらいのかな。

チャットサービスのLingrが終了だそうである。リンク先の記事は、でも、終了のお知らせのみならず終了から得た教訓が書かれていて非常に読み応えがある。ウェブの世界は個人で戦える時代が来るらしい。

先日下の方で書いたニコニコ動画の実谷ななさんが三十路だそうである。同学年である。なんか嬉しい。

世界卓球、石川選手が強烈な粘りを見せた。世界ランク10位の選手にセットカウント0‐3で負けていたところからの逆転勝ちである。ただ、これくらいの番狂わせは同じくらいの年齢の頃に福原選手も成し遂げており、石川選手の真価が問われるのはまだまだ先である。

「歌い手で繋ぐ歌アルバム 2009 春」という企画がニコニコ動画で催されているらしい。まだ全ての曲を聴き終えてはいないが、コメントを見るに皆さん満足のようである。

数年前までは卓球の実況というのは多分卓球に詳しくない人がしていたのではないかという気がするが、今回の世界卓球は実に的確な実況をしてくれていて気持ちがいい。

ところで、福原選手も平野選手も足の筋肉が強化されている感じなので、今度の全日本女子の監督は、フットワーク重視なのかなと思った。

将棋実況。音声は非常に聞きとりづらくて何を言っているのか分からないが、棋力が高いので楽しめる。

ライブドアの話の続き。私もホリエモンは脱税容疑の一種で捕まったものと思っていた。粉飾決算は脱税の一種なのだと思っていた。ひろゆきの分かりやすい解説によれば、粉飾(利益を多く申告)をした人は脱税(税金を少なく申告)をすることができず、脱税をした人は粉飾をすることができないそうである。粉飾決算と脱税の分かりやすい関係である。

世界卓球が横浜で開催されている。日本の男子代表に十四歳の選手がいるが、なかなか強い。攻撃力がある。まだ体ができあがっていないことを考えると、さらにこの攻撃力は増すと予想される。非常に楽しみな人材である。

なお、今日の試合では最終第七セットの8‐10で負けていたところから4連続ポイントで勝ったので、精神力もあるようである。

かれこれ一週間くらい風邪をひいている。ここ三ヶ月くらい風邪をひいていなかったので、風邪をひかない体質に変わったかと思っていたのだが、私はまだちゃんと風邪をひくことができるらしい。なお、四月に入ってからの風邪はこれで二つ目である。

先日、ニコニコ生放送で、ホリエモンとひろゆきの対談の第二弾があったらしい。それをキャプチャーしていた人の動画を見たのだが、まず、ライブドアの事件の詳しい説明が非常に面白かった。いかに綱渡りの起訴(検察側にとって)であるかがよく分かる。ライブドアの件に関しては、今後の生放送で今度は検事の人が出てくるらしいので、さらに注目である。もう一つ面白かったのが、ロケットについての話である。ホリエモンは頻繁にブログで宇宙開発の夢を持っていると語っていたが、これまではそれがどの程度本気なのかが分からなかった。どうやら、ものすごく本気のようで、すでに色々と造って実験を始めているようである。北朝鮮の人工衛星の打ち上げ失敗についてもなぜ失敗したのかということについて自信満々に語っていた。おそらく近日中に公式の動画としてニワンゴからアップロードされるはずなので、見逃した人は見るべし。正味二時間の長編対談である。

「ぐっちゃんの夢占い」というサイトで夢占いをすることが多かったのだが、どうやら消えてしまったらしい。でも、どこかでまた存続しているのではないかと思い、探してみたら、同じように探している人たちがいた。や、本当に楽しいサイトだったんですよ。

結婚をした夢を見た。正確には、結婚後の夢を見た。妻のおなかの中には私の子がおり、私がまるで別人のように妻のことを気遣っているのである。自分の変わりようがとても面白かった。なお、現実には結婚の予定は全くない。

それにしても、架空の過去の夢というのは頻繁に見るのだが、架空の未来の夢というのはなかなか見ない。もしかしたら、未来の夢を見たのは初めてかもしれない。しかも、(自分の性格が)まるで予想範囲外なのである。貴重な夢である。

将棋の羽生善治名人が将棋に関して一年近くできなかったことがあるそうである。タイトル戦をインターネットで観戦することである。なぜなら、七つのタイトル戦全てで防衛者または挑戦者として対局していたからである。

早稲田の理工学部の学生とおぼしき男の子二人が、勉強について聞かれるのが恥ずかしいと語っていた。「だって専門的なことも基本的なことも分からないし」という理由であるらしかった。「外積とかいわれても計算方法は分かるけど意味は分からないし」。そこでつまずいていたら確かに恥ずかしいかもしれない。

Doblogサービス停止とのことである。Doblogのトップページにも新着記事一覧があるが、そこでも「移転します」という題名の羅列が見られる。やっぱり、無料というのはどこかに無理が出てくるものだと思うのですよ。「もはや一周まわって「有料で広告なしのシンプルを売りにしたblog」がもっかい来るような気が・・・」と言っている人もいて、私もそんな気がするのですよ。blogかどうかは分からないけど、有料で広告なし、というのは来る気がするのです。

とある人が、自作の歌を歌っていた。「i am binbo」という題名で「お金がない、家もない」と歌っている。家がないなら今どこに暮らしているのだろうと思った。そこは全く本質的なところではないかもしれないが、でも、気になった。段ボールハウス暮らしだろうか。

Ubuntuのバージョンアップが自動でできるようだが、やっていない。今のバージョンで充分だからである。でも気になるので、使ってみた人は使い心地を教えてください。

私はわりとピーマンが嫌いではないのだが、そもそも「ピーマン」というのは何語なのかと思って調べてみた。フランス語説とスペイン語説があるようである。ひとまず日本語ではないらしい。では英語ではなんというのかといえば、「green pepper」であるようだ。緑の唐辛子である。アメリカでピーマンがほしいときにピーマンと言っても通じないのである。アメリカといえば、英語での言い方を知らない食べ物は結構ある。トマトはトマトであり、キュウリはキューカンバーであるというところまでは知っているが、白菜をなんと言えばいいのかは知らない。こんにゃくも分からない。大学三年のときの英語の先生が、きみらは難しい単語はよく知っているけど向こうでは買い物に困るよ、と言っていたのを思い出すのである。

Ubuntuにまつわるマンガ。ターミナルの黒い画面とともに暗黒の青春を、などという科白が出てくる。ちなみに、私が初めて触った計算機は大学の教育系のUNIXだった。そして入学から数ヶ月経ち、Windows98が発売されたのである。十年以上前の話である。

「B型の品格」という本があった。もはや「の品格」という言葉はツッコミを待つボケとして使われるようになったらしい。

Ubuntuを使っていたら、アップデート関連のファイルが二つばかり壊れた。ごちゃごちゃとネットの文書をあさっていたら、知らないうちに直っていた。ターミナルとかは使ったけど、勘で適当にコマンドを入力していただけだった。でもやっぱり、ターミナルが使えない人にはUbuntuは勧められないなと思ったりもした。Windowsがやっぱり無難。

爆笑問題のニッポンの教養が面白かった。固体の硫酸を触媒としてセルロースから簡単に砂糖水を造るという研究だった。砂糖水が造れるとエタノールが造れ、燃料になるとのことだった。いつもは太田光のトーク部分が面白いこの番組であるが、今回は研究内容そのものが面白かった。

途中の十分間くらいハモネプを見たのだが、武田鉄矢さんが金八先生みたいだった。

「(リードボーカルに対して)歌は上がりきらなかったり上がりすぎてしまったりシャープフラットはあるけれど、それはボーカルの場合はマイナスにはなりません。プロポーズの言葉を言うときには絶対にうわずったりつっかえたりします。すらすら言えるプロポーズなんてないんです」

コーンポタージュを食べたのだが、「ポタージュ」がなんなのか分からなかったので調べてみた。結局のところ、「スープ」みたいな意味のようだが、よく分からない。

本屋に辞書がたくさん並べられていた。新学期である。

昨日はずっとどうぶつしょうぎの大会の中継を見ていた。八人によるリーグ戦であり、女流棋士三人、プロ棋士一人、アマチュア強豪一人、獣医の卵一人、小学二年生の女の子一人、そのお兄ちゃん一人という内訳だった。中継は棋譜だけではなくリアルタイムの映像で流れていた。感想戦の様子なども流され、かわいい駒を間に挟んで殺伐とした雰囲気で「この局面でこの変化はどうだったか」とか「これが敗着」とか喋っていた。駒を操る手つきが完全に勝負師だった。優勝者の感想戦を見ていると、どうやら十手くらい先は読んでいるということが分かる。どうぶつしょうぎで十手先を読むとは大人げない。なお、優勝者はプロ棋士だった。全勝での優勝である。小学二年生の女の子は六連敗していたが、最終局でお兄ちゃんに当たり、勝利を収めた。なお、この女の子が弱いわけではなく、周りが強すぎるのである。私は多分この女の子に勝てない。

ヱヴァンゲリヲンの宣伝物が全国各地で配布されているらしい。その中で、三番目のヒロインの名前が明かされているようだ。真希波・マリ・イラストリアス。少し前に、「なぜアスカの名字が惣流から式波に変更されたのか」ということが話題になったが、ヒロインたちの「波」の文字を合わせるためだったようである。私はレイに「波」がついていることをすっかり忘れていたが、新ヒロインに「波」がつくことを予想できていた人はいるのだろうか。

ニコニコ動画より。技術的にはムラがあるけどとてもよい声の歌い手。

女流棋士は今二つの団体に分かれているが、そのうちの一つのLPSAという団体が「どうぶつしょうぎ」のリーグ戦を開催するそうである。私としては有力な初手は「1三きりん」だと思うのだが、どうだろうか。「2二ひよこ」のひよこ交換は、後手にらいおんかぞうを前線に出されて損だと思う。

というか、このLPSAという団体、企画がなかなか面白そうである。今後も継続して見ていこう。

世の中の人は当然知っておくべき話だと思うのだが、三倉姉妹は今、髪型が違う。ゆえに容易に見分けがつく。

下のニコニコ動画をもう一度見たかったのだが、アクセスしたら消されていた。「優勢のときは駒を渡しちゃいけないんですよ、歩で攻めるんですよ、それが一番嫌な攻め方ですから」みたいな内容の実況をしていて、そのとおりに相手をなぶり殺しにしていた。きっと私が見たあとにあの動画は荒れたのだろうと思う。

ニコニコ動画の将棋実況。コメントにもあったが、友達をなくす指し方。必要以上に容赦がなくて逆になぜか面白い。

大学院時代の同級生が三十歳になった。私もあと数ヶ月で三十路である。

文學界新人賞が29歳のイラン人女性に決まったようである。「受賞作は、イラン・イラク戦争下のイランの田舎町を舞台にした、若い男女の青春恋愛物語」とのことで、面白そう。

三倉姉妹がカバーアルバム第二弾の曲目をブログで募集している。寄せられたリクエストの中で私が一番納得したコメントは「私はnokkoさんのnaturalがいいです♪そう!!ふたりっ子の主題歌です!!!!」というものである。

痴漢の裁判が逆転無罪になったそうである。「それでもボクはやってない」の世界。いや、映画は見ていないけど。

内々定取り消しを違法とする判決が福岡地裁で出たようである。このあたりの法律はまるで分からないけれど、これが違法になってしまうと内々定の出し渋りが出てくるのではないかと思う。

下で書いた蛍光灯だが、翌日何気なくスイッチを入れてみたら、何事もなかったかのように点いた。壊れていなかったのかとも思ったが、十五分後くらいにまた消えた。よく分からない蛍光灯である。

私の部屋には二つの蛍光灯がある。天井の蛍光灯と机の上の蛍光灯である。本日、机の上の方の蛍光灯が前触れもなく消えた。パチッと音がして消えた。あらゆる終わりは唐突にやってくるのだとその蛍光灯は語っていた。

首相の誤読が「なかった」ということがニュースになるこの国はやはり平和である。

先日ほしいと書いた「どうぶつしょうぎ」を買ってきた。たのしい。ルールはほぼネットで分かるものの、やはりルールブック(紙切れ一枚)の原典がほしかったのである。

かずはじめさんのマンガ「MIND ASSASSIN」が好きだったのですが、そのかずはじめさんの名前を本屋で見かけたので、「Luck Stealer」を四巻立て続けに購入してしまいました。「MIND ASSASSIN」みたいな感じのマンガです。「MIND ASSASSIN」の題名を確かめるために、今、wikipediaを見たのですが、作者が女性だったことを初めて知りました。

ニコニコ動画で、巡音ルカの曲を聴いたあとにその曲の注釈を見ていたらタグに「Luca_Megurine」とあった。これをなぜか私は、「リュカ・メギュライン」と読んでしまい、あろうことか、「そうかルカの英名はそういうことになっているのか」と納得してしまった。あとから、単なるローマ字表記であることに気づいた。

CD-Rを買いに近所の文房具店に行ってきた。見あたらなかったので、店員にCD-Rの場所を訊いてみたら、その店員のすぐ横にあった。まるで気づかなかった。我ながら間抜けだ。

ボビー・オロゴンさんが何か騒動を起こしたときの会見で「アフリカではよくあること」という名言を言ってのけた人はすごいなあと思う。日本人が異文化と仲直りに弱いということを熟知している。

春の院展という日本画の美術展に行ってきた。ここにも従兄の絵があるからである。先日のアートフェア東京はエンターテインメントだったが、こちらはストイックである。印象に残っているのは、体育館の絵である。体育館の中で子供たちがボールで遊んでいるのだが、逆光になっていて人物がほとんど影になってしまっているのである。写実的であるからこそ、中心となる人物が見えないのである。それから、正確な題名は忘れたが、「カーブに至る記憶」だかなんだかという絵が気に入った。「記憶」というくらいなので、まるで写実的ではないのだが、妙にリアリティがあるのである。きっと自動車で相当なスピードを出していたんだろうなという感じの絵である。スピード感のある絵である。

ニコニコ動画より。ボーカロイドの曲のなんだか知らないがめちゃくちゃ切ない動画。ドラマ「お金がない」を彷彿とさせる。泣いたら掲示板へ。

とある人が、髪の薄い人のことを「ケビン」と呼ぶのだと教えてくれた。毛が貧乏なのだそうである。

「黒子のバスケ」後ろから何番目かなと思っていてウェブで調べてみたら前から数えた方が早かった。予想外。

電車の中で七十代くらいの男性二人が、ドイツ語について喋っていた。「最後にnichtがつくんですよね、はははは」「そうそう、nicht nicht」。なぜか、ドイツ語を習った人は、この話題で意気投合することが多い。

橋本紡さんの「もうすぐ」を読んだ。小説の体裁をとってはいるが、読後感はノンフィクションである。テーマは出産だ。小説にとって「よく調べられている」というのは決して褒め言葉にはならないのだが、「よく調べられている」というのが読後の第一印象だった。内容の詳細は語らないが、非常に面白い。一応書いておくと、この「面白い」という感想は読み方によっては不謹慎な言葉になってしまうのだが、ここでは「知らないことばかりが書かれていた」という意味だと思ってほしい。

なお、出版後に橋本紡さんのコメントが掲載されている。

「黒子のバスケ」の作者が高校の後輩らしいのだが、これは今後ろから何番目くらいなんだろうか。

それで結局、人工衛星の打ち上げには成功したんでしょうか、失敗したんでしょうか。それとも、人工衛星ではないほかの何かだったのでしょうか。

プロの将棋指しが北朝鮮の「飛翔体」について、「まあ受けはないので、祈るよりありません」とコメントしている。「防衛」とか「守り」とかではなく、棋士にとってはあくまで「受け」なのである。

この問題についてホリエモンは「そんなに落ちてくるのが、怖いなら、種子島の射場を北朝鮮に貸してやれ」と提案した。「受けなし」などではないということである。

なお、ホリエモンは同一段落内で、「いじめられっこが、通常どういう行動をとるのか考えてみると良い。アメリカだったら最悪銃乱射だ。日本だってトラックで繁華街に突っ込んだ事例だってある」とコメントしている。よってたかって他人の退路を断つのはとても危険である。

で、ホリエモンとは全く関係なしに「ネコ型社員の時代」という本を読んだのだが、「自己実現を目指さなくてもいいんじゃないか」ということが書かれている。上昇志向でなくてもいいじゃないかという話である。夏目漱石の「こころ」に「向上心のない奴は馬鹿だ」というフレーズが出てくるが、別に向上心なんかなくたっていいだろうということである。ここからは私の解釈なのだが、今、人々の退路を断っているのは「向上心のない奴は馬鹿だ」という価値観である。頑張ったとしても向上が約束されているわけではないので向上心を持っていても仕方がないというのが現実だと思うのだが、その現実を語ると馬鹿だと言われるのである。そしてどういう理屈か分からないが、結果的に向上していない人に対しても、世の中は手厳しいのである。日々精一杯頑張っているにもかかわらず「お前は向上していないから馬鹿だ」と言われて退路を断たれた人が、「俺は馬鹿だからもうどうでもいいよね」と思ってトラックで繁華街に突っ込むのである。いや、本の趣旨とは違うけど。

先日のエイプリルフールに「blockblogが復活した」という嘘をついたが、リンク先に移動する前にページのアドレスを見てしまったとある人が「騙される事も出来ない職業病(?)な自分を呪うのですよ。。。」と掲示板に書いており、その書き込みを見た別のとある人が「こんどバナナの皮みつけたら全力でつっこんだらいいんだよ!!」と書いていたので、バナナの皮を作ってみた。今度は先にアドレスを見てはいけません。

アートフェア東京に行ってきた。従兄の絵も飾られているからである。ひととおり見て回ってきたのだが、アートというのは見ていて楽しくなるものなんだなと実感した。

知らなかったFirefoxの機能。F11で、フレームが大きくなったり小さくなったりする。楽しい。

本屋の資格検定の棚やプログラミング言語の棚の前に、会社帰りの新入社員とおぼしき人たちがたくさんいた。

ピザ屋の前に大学の新入生たち(サークルの飲み会だと思う)がたくさんいた。

春ですね。

まあ、blockblogが復活したとして、昔のように楽しめるかというと、楽しめそうな気もするし無理そうな気もする。ああ、でも、トラックバックスカフェは楽しかったなあ。毎週来るしょうもないメールマガジンも面白かったし。あの社長、また何か楽しいことしてくれないかなあ。フロッグブログは楽しかった。カエルを積み重ねるようにしてブログを作ります。

エイプリルフールというのは嘘をつく日なのではなく、いや嘘をつく日なんだけど、どちらかといえば願望を語る日なんじゃないかと思っている。正月に抱負を掲げ、四月一日に夢を語るのである。

川本真琴の代わりっていないんだよなーと思っている。

blockblogが復活しているのを発見。過去ログもある。でも、スキンの設定は間に合わなかったっぽい。それでこそ、blockblog。というエイプリルフールでした。

ニコニコ動画より。「雨宿りの二人」を歌う実谷ななさん。これは普通に「るろうに剣心」のエンディングテーマになっていてもおかしくないと思う。とても質が高い。曲もよい。

橋本紡さんが「もうすぐ」という本を出したようだ。まだ本屋で表紙を見ただけで買ってもいないのだが、どうやら出産を題材にしているらしい。「もうすぐ」という題名は非常によい。題名だけで、参りましたと言いたくなる。「常識的な基準と照らし合わせた結果きみはそろそろ子供を産んでもいい頃合いだと判断されたのだが、まだ?」という世間からの質問にうんざりしながら、「もうすぐ」ととりあえず返事をしておくのである(きっとそういう内容だと思う)。世間の常識は厳しい。

棋王戦五番勝負は二勝二敗で最終局を迎えた。「1秒間に1億と3手読む」と形容される佐藤康光棋王と「さばきのアーティスト」の異名を持つ久保利明八段の一戦である。二つ名がかっこいい人同士の対局である。結果、爽快な将棋で久保八段が勝ち、棋王となった。初タイトルである。

中学三年の授業参観のときのことだ。科目は英語で、先生は五十分間の間に三十人の生徒全員をちょうど一回ずつ当てていった。そういうふうに前もって授業計画を練ってきていたらしかった。熱意はすごいけれども、気味の悪い話だと思う。なんだか、余計なところまで平等にしなければ気が済まないというのはとても気味が悪い。それも、この例の場合は、結果の平等が与えられているのではなく、その実、結果の平等の実現を要求されているのである。あなた方にちゃんと平等にチャンスを与えたのだからちゃんとチャンスを活かしなさい、と言われている。チャンスを活かさない奴は要らないよ、と言われている。それが今の世の中だ。

「どす黒いまでの孤独に耐えきれるだけの体力、精神力がいる」という麻生総理の言葉。そうだよなあ。孤独だよなあ。何をどうやっても批判を浴びなければならないしなあ。この時期に総理をしているのは明らかに貧乏くじだよ。なんか、ものすごい実感が込められているのを感じる。

というか、「心が折れそうになったことはありますか」なんてピンポイント過ぎてなかなか訊けない。

前にも書いたかもしれないが、ドラゴンクエスト3で最も好きなパーティーは「勇者・武闘家・僧侶・僧侶」という編成だった。戦士ではなく武闘家を使っている分、装備にお金はかからないし、生命力の弱い魔法使いよりはホイミを使える僧侶の方が安心感がある。

何年か前のM-1グランプリでのチュートリアルの「ちりんちりん」が忘れられない。

明石家さんまさんの長女のいまるさんがIMALUとしてモデルデビューだそうで、私としてはさんまさんとの軽快な親子トークが見てみたい。さんまさんが変なことを言うとIMALUさんが「お母さんにいいつけるよ」と脅すのである。

眞鍋かをりさんがブログの女王だったはずだが、いつの間にか、中川翔子さんが抜き去った感じになり、もはや今は芸能人ブログの乱立状態である。あの志村けんさんもブログを持つ時代なのである。芸能人のブログを読むのは好きだけど、文章の書けない芸能人はこれからは食べていけない世の中になったりするのかなあ。ブログといえば、将棋界でも若手の数人がブログ仲間で「ブログ(を書いているプロ棋士で将棋の)研究(をする)会」を作っている。面白い世の中だ。

オンラインショッピングはしない主義なのだが、「どうぶつしょうぎ」がほしい。今、女流棋士は二つの団体に分かれているのだが、その片方の団体が作ったミニ将棋である。

家の南側の陽射しを遮るマンションはほぼ建築が終了したようである。大工さんたち、お疲れ様でした。

王将戦七番勝負第七局羽生王将対深浦王位の対局は羽生王将の勝利で王将位を防衛。三勝三敗で迎えたこの対局で羽生王将が選んだ作戦は横歩の激しい戦いだった。

「先生はえらい」という本がある。人は「で?」と言われると不機嫌になるという内容である。「きみの言いたいことはよく分かった」と言われても嬉しくないということなのである。

「爆笑問題のニッポンの教養」の話の続き。番組中一つだけ共感できた話がある。効率重視で簡単な研究をしているばかりでは驚くような成果は決して出ないというくだりである。今、残念ながら論文がつまらないのである。私の分野とその周辺分野では、内容よりも論文数で評価されるため、簡単な研究しかしない風潮になっているんである。多分、ほかの多くの分野でもそういう風潮になっていると思う。

「爆笑問題のニッポンの教養」の特番を見た。今回は「日本」がテーマだったが、予想していたとおりあまり面白くはなかった。「日本とは」というテーマはそもそも面白くないんである。誰にでも語れるからである。それよりは例えば「トリニダード・トバゴとは」というテーマの方がよほど面白いだろうと思う。私はトリニダード・トバゴの位置すら知らない。調べてみたら、カリブ海だそうである。

どうやら掲示板の存在に気づいていなかった人がそれなりにいるらしい。

まっきーが負けを予想するとなぜか勝つという伝説があるのだが、今回もまっきーは僅差での負けを予想し、見事に日本はWBC二連覇を達成した。まっきー、いい仕事をした。ともあれ、韓国は強かった。9回裏から追いつく精神力は見事なものだ。イチローも最後の最後でやってくれた。

専門分野がほとんど同じでアメリカで研究者をしている人のブログを見つけた。読んでいたらなんだか自分は実はものすごく優秀なんじゃないかという気がしてきた。複雑な心境。

もうほとんどの学校で卒業式は終わっていると思われるが、卒業生みんなで歌を歌うというのはなんだか馬鹿馬鹿しい気がしている。どうせなら、みんなでオクラホマミキサーでも踊った方が思い出に残るのではないかと思う。

アメリカ人二人が北朝鮮に連れ去られたそうである。ノーコメント。

「蟹工船という名前の蟹弁当を売る店があって震撼した」とのことである。きっとここでバイトをしている人は共産党に投票するのである。

アートフェア東京2009に従兄が出品するらしい。すでに絵は見せてもらったが、なかなかよい。

下で紹介した将棋のMAGIシステムもどきの話。市販のソフトを四つ使って多数決で次の一手を決めようというただそれだけの話なのだが、狙いとしては安定感のある差し回しができるんじゃないかというところにあった。多数決なのだから致命的な間違いは起こさないだろうと。でも、結果的には学生準名人に負けた。人間の差し回しもかなりコンピュータ対策に則ったものだったが、それ以上に多数決で決められたはずの一手のミスが痛かった。素人にも疑問手かなと思える一手で、局後の対戦者のコメントでもその手をコンピュータが指してくれてかなり楽になったとのことだった。

新海誠さんのアニメーションも素敵だが、彼自身の声もなかなか素敵である。

近所のR25の配布場を二週間くらい観察していたのだが、どうやら、仕入れた翌日にはもうすでに全てなくなっている。同じラックにあるほかのフリーペーパーとは減りの速さがまるで違う。

エヴァンゲリオンのMAGIシステムが好きなのだが、MAGIシステムもどきがお披露目されるらしい。コンピュータ将棋のソフトを四つ使って、多数決で次の一手を決めるとか。

学会を見に行った二日後に疲れが出てきた。年だなあと思っていたら、その翌日の今日もまだ疲れている。

「るろうに剣心」の中で一番好きなシーンは、感情欠落の若い剣士との戦いの場面である。「あのときあなたは助けてくれなかったじゃないか」に対して「今から助けたのでは遅いのか」と返答するのがかっこいい。

中学三年生のときの卓球の夏の区大会で、同じ部の同級生が苦戦を強いられていた。三セットマッチで一セットを先取されていた。二セット目も19対12くらいで負けていた。もうほとんど勝ち目はなかった。負け方は、彼の自滅だった。決めるべきボールが相手のコートに入らないのだ。大人の試合では試合中にアドバイスをしてはいけないのだが、中学の区大会なら、当時はそれが暗黙に許されていた。私は大声で、「自分のドライブが相手のコートに入っていくときの球の軌跡を思い描け」と叫んだ。彼は頷いた。その直後から面白いように彼の攻撃が入り始め、20対19まで追い詰めた。あと一点でデュースだった。でも、私はなぜか、彼が負けるとはっきり分かった。理由はない。彼はサーブをし、相手はチャンスボールを返球してきた。彼のドライブは外れた。ベスト32か64あたりで、彼の中学校三年間の卓球は終わった。

「中国製の鉄道部品は欧州の技術を盗用したものであるとして」というフランスの新幹線をめぐる話。発展途上国はそういう道をたどって先進国の仲間入りをするものだと思うので、中国を責める気にはなれない。

中国といえば下請けをたくさんやっているというイメージが強いけれど、ソフトウェアをやっている友人の話によれば、中国の仕事はバグだらけらしく、結局はそのバグを日本人が埋めているとのことだ。見かけ上は中国の下請けを使った方が経費が安く済むけれど、生産性は日本の下請けを使った方がはるかに高いらしい。

棋王戦五番勝負第四局、佐藤棋王対久保八段の勝負は佐藤棋王の勝ち。これで、二勝二敗。次の最終局で決着がつくことになる。

WBCの変速トーナメント方式(敗者復活戦があるやつ)、中学校のときの卓球部内での試合でよくやっていた。ほとんどの場合、本戦で戦ったことのある相手と敗者復活戦で戦うことになり、「またかよ」という科白がそこかしこで聞かれた。WBCで韓国も日本もお互いに「またかよ」という感じである。

これまで「物置き」と「掲示板」をページの一番下に置いていたが、上に持ってくるようにした。これで掲示板への書き込みが増えるだろうか。

とある人が紹介してくれたイギリスは原子力潜水艦にWindowsを使いますという記事。コスト削減とのことであるが、こういうところはコストを削減してはいけないような気がする。

そういえば、ゲームセンターで遊んでいたら突然ゲームが終了し、Windowsの青空の画面になってしまって驚いたという都市伝説がある。

からくり人形の動画。からくり人形と揶揄されるロボット制作だが、ここまで来れば芸術である。

長電話をしていたら最後に、「今日は電話の音が小さかった」と言っていたので、「もしかして聴力の弱い方の耳に電話をあててない?」と推測してみたら、そのとおりだった。反対側の耳で聞いたらちゃんとした音量で聞こえたそうである。右と左の区別がつかないというのはこういうときに不便である。

身も蓋もない二人が喋ったらどうなるのかという動画。ホリエモンとひろゆきの対談。

昨日休業していた本屋、今日はちゃんと営業していた。よかった。

淡々とブロック塀を積み上げている職人さんがいた。私が通りすがったときにはちょうどブロック塀が水平になっているかどうかを調べているところだった。塀に落書きをして一番悲しむのはきっとこの職人さんなのだろう。

チビノワさんのところで得た情報であるが、「フランス警察がLinuxへの全面移行を決定」だそうである。具体的には、Ubuntuだそうで、私はフランス警察と仲間になるらしい。フランス警察といえば、アルセーヌルパンなので、世界屈指の名門である。なんか嬉しい。真面目な話、記事に書かれているとおりWindowsとLinuxの「違いはアイコンと添付されているゲーム位しかない」のは私の実感と一致している。むしろ、簡単なスクリプトとかが書ける人にとっては、Linuxの方が使い勝手がよい。ただし、私はオフィスのあたりは使っていないので(WordとかExcelとかは滅多に使わない)、そのあたりの使い心地は分からない。

引用に関しての注意書きがこれまでなかったので、書いた。

年中無休であるはずの本屋が今日に限って閉まっていた。その本屋はコミック単行本を早売りしてくれるので、とても貴重な存在だった。もしも臨時休業ではなく閉店だとしたらとても困る。

新海誠さんの「秒速5センチメートル」というアニメ映画を見ると村上春樹さんの「カンガルー日和」という短編集に収録されている「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」という十ページに満たない短編を想起すると誰かがどこかで書いていた。確かにどこか似ているかもしれない。でも、違うと思う。村上春樹さんの作品は私は間抜けだと思っている。冷静に読めば、間抜けなのだ。ほとんどの作品は一人称なので、つまりは主人公が間抜けなのだ。そして、村上春樹さんの作品というのは、「あの主人公って間抜けだよねー」と語られるのを許容しているように思える。むしろ「間抜けな僕を笑ってくれ」と主人公が語っているようにも読める。新海誠さんの主人公も同様に間抜けに思えるのだが、でも、ちょっと彼を笑ってはいけないかなと躊躇ってしまう。まだ自分が間抜けであることにコンプレックスを抱いているように見えてしまうのだ。そして、コンプレックスにうずくまっている自分を許容してほしいと主人公が願っているように見えてしまう。二人の作品の間には、少年であった自分を笑う「僕」と、少年であり続ける「僕」という違いがあるように感じられるのだ。なお、私はどちらの作品も好きである。

どうやら、私に対しては「逆ホワイトデー」はなかったようである。

さらにエヴァンゲリオンの話。「笑えばいいと思うよ」について考えていて、そういえば「笑顔がいいね」とたまに言われることがあることを思い出した。私は顔で好かれることは滅多にないのだが、わりと笑顔を褒められることがある。私の笑顔はいい笑顔らしい。誰に似たのかと考えて、母の笑顔を思い浮かべる。母はよく笑う人なので、母かもしれない。次に、父の笑顔を思い浮かべようと試みる。なぜか思い浮かべることができない。なぜだろうと考えて、父は笑わないのだということに今日初めて気づいた。父の笑い声はたまに聞くことがある。でも、笑顔は一度も見たことがない。

ヱヴァンゲリヲンの記事とチラシ。私がエヴァンゲリオンを初めて見たのは、高校三年生の夏である。あの夏、エヴァンゲリオンはもののけ姫と映画館で対決したのだった。あれ以来、我々(あえて一人称複数)は、ANGEL・天の使い・使徒に対してEV-ANGEL-IONに乗って戦う(そして逃走する)シンジと同調し続けているのだった。なぜ戦わなければならないのかは分からないし、どうやって戦えばいいのかも分からないし、自分以外の誰でもいいような気がするし、なぜ味方みたいな名前のやつが敵なのかも分からないけど、いつ戦えばいいのかははっきりとしている。ANGELが来たそのときだ。我々は、そのたびに無意味に戦う。

先日久々にミルク入りのコーヒーを見たのだが、私はコーヒーが飲めないので、どうしても泥水にしか見えなかった。なお、ブラックのコーヒーはちゃんとコーヒーに見える。

ホワイトデーには、「逆ホワイトデー」があるのかどうかが気になるところである。

「ベイビーステップ」というテニスマンガが面白い。「努力・友情・勝利」でいえば、ひたすら「努力」である。試合は単なる頭脳戦ではなく、ひたすら執念でボールを追いかけている印象が強い。

NHKのドラマ「Q.E.D.」が終わった。前十回のうち、九回は「Q.E.D.」の中でもわりと地味な話ばかりを選んでいた感があったが、最終回だけは面白かった。模擬裁判の話である。この模擬裁判の話はかなり好きな話だ。

日本代表時代のトルシエ監督の通訳をしていた人の名前が思い出せなかったので調べた。フローラン・ダバディー。

というか、私はオシム監督が好きだ。

大韓航空機爆破事件が起きたときにすでに私は生まれていたはずだが、ほとんど記憶にないので、いつの話だったのかということを調べてみた。私が八歳のときの話だった。翌年のソウルオリンピックで鈴木大地選手がバサロ泳法で活躍したことは憶えているのに、この事件のことはほとんど知らなかった。そもそも、金賢姫さんがこの事件に関係していたり、それが北朝鮮の実情を知る手がかりになったことすらほとんど分かっていなかった。学校でもほとんど話題になっていなかったから、ほかの級友たちも知らなかったのではないかと思う。

「NANA」を読んだ。本編を読む前に帯に度肝を抜かれた。いや、ちゃんと前巻を読んでいれば分かるのだけど、読み飛ばしていた。

未だに中央大学で滅多刺しにされた教員が誰に殺されたのかが気になっている。もうとっくにこの事件は解決しているのだろうか。それとも、まだ犯人は捕まっていないのだろうか。さもなくば、何か情報規制がされているのだろうか。私は単なる部外者だけど、注目した事件のその後がはっきりしないとやはり気持ち悪い。

ハリウッド製の「ドラゴンボール」が日本で公開されるらしい。この話の元ネタは中国だが、それが日本を経由してアメリカに渡るとは誰も予想していなかったことだろう。見事な文化の伝搬である。

「ベイビーステップ」第一巻を読んだ。面白かった。これはテニスのマンガだけれど、思えば自分もこんな感じに卓球を練習したなあと思った。さすがにノートはつけなかったけど。

今、「戦争」と言われてもピンとこない。

下で言及した「ロウきゅーぶ!」というライトノベルを買って読んで感動して泣いた。これ、女子小学生が主人公の普通のスポ根小説である。

「ロウきゅーぶ!」というライトノベルが面白いと聞いたので買おうと思ったのだが、表紙を見て躊躇した。これをレジに持って行くのは苦しい。ともあれ本屋に行ってみたら、幸いなことに売り切れていたので、買うことはできなかった。助かった。

海燕さんが「ルサンチマン充」という言葉を作った。人を妬むことそのものを快楽としてずっとそこに居続ける人みたいな意味であるらしい。で、どういう文脈からその概念が出てきたのかといえば、「リア充/非リア充」の対立からである。これは大雑把にいってしまえば、世間一般の価値観で楽しそうにしている人と楽しめない人の話だ(リアルが充実しているかどうか)。海燕さんは人間というのはそんな二項対立で語れるものではないとしていて、確かにそのとおりなのだけれど、「ぼくたちはそれぞれ固有の物語を抱いて生きている」という言説には補足説明が必要なように思う。

「固有の物語」から連想してしまうのは、「世界に一つだけの花」的な価値観だ。私はこの価値観を一言で見事に言語化してしまった人を知っている。彼の名前を仮に杉井光としよう。彼は、こう言った。「僕は世界杉井光選手権に出たら絶対に一位が獲れる」。若かった私にはその言説がものすごくかっこいいものに感じられたのだけれども、今にして思えば惨めな言説だと思う。世界に一つだけの花だろうが、リア充/非リア充だろうが、自分が何者であるのかという価値観にとらわれていることにかわりはないからだ。

でも、「固有の物語」というのは、自分が何者なのかという「固有の存在」という意味ではないと思う。物語というのは、時間軸を持っている。その人が現在何者であるのかということや何ができるのかということ以上に、その人が実際に過去に何をしてきたのかということと、未来に何をするつもりなのかということが重要な意味を持ってくる。「固有の物語」というのは、「あなたは誰なのか」ということを問うていると考えるよりは、「あなたは何をした人で何をする人なのか」と問うていると読みとりたい。

冒頭の「ルサンチマン充」というのは、だから私なりに解釈すれば、「過去と未来を捨てた人」ということになる。

そしてまさかのコールド勝ち。

韓国の最初の投手の安否が心配である。

元ライブドアのホリエモンと2ちゃんねるのひろゆきが対談をしたらしいが、その噂を聞いて思ったのは、三十年くらい前のビートたけしさんとかとあの二人は似たようなポジションにいるのかなあということだ。たけちゃんまんをやっていたビートたけしさんは後に映画を撮るようになり、平成教育委員会という教養番組を作り、今では芸大の学科長である。もしかしたら、二十年後くらいにひろゆきが大学の先生をやっている可能性もあるのかもしれない。

「耳をすませば」にしても「秒速5センチメートル」にしても、実際のロケ地の写真と照らし合わせてみると、アニメ内の人物がものすごく大きい。「耳をすませば」のロケ地には行ったことがあるが、実際の道路はもっと大きい。なぜアニメの道路は小さくなってしまうのか。

「徹底抗戦」を買って読んだ。ライブドア事件についてホリエモンが書いた本である。検察に目をつけられた時点で、ホリエモンが黒だろうが白だろうが、どうやらホリエモンの負けのようだということは分かった。どうやら検察というのは犯罪者を創り出すプロのクリエイター集団であるらしく、どうやっても犯罪者になってしまうらしい。

この本、面白いことは面白いのだが、ホリエモンと敵対する人への悪口が色々と書かれており、読後感は悪い。というか、この本は、検察も、金儲けも、ホリエモンも、その周りの人も、全てが怖くなる本である。何もかもがねじれている。

心配されていた谷川九段は、どうやら残留したようである。

予想外のことだったのだが、私がまっきーに「ハム将棋」を紹介したら、まっきーは一気に将棋にはまっていった。飽きることなく「ハム将棋」と対戦し、ニコニコ動画の将棋コンテンツを見て、ついにはコンピュータソフトまで買ってしまった棋士の名前もかなり憶えているような印象である。まさか、ここまでまっきーが将棋にはまるとは思わなかった。

私の知っている限り、まっきーがはまっているのは、野球と相撲と競馬と将棋である。勝負事ではないが、もしかしたら政治も含めるべきかもしれない。こうしてみると、まっきーの嗅覚というのは独特だ。これからも長くファンがつきそうなものばかりを好んでいるように見える。そういう嗅覚は私にはない。この五つについて考えてみたのだが、「結果が三分で把握できる」という共通項があるかと思う。スコアボードさえ見れば、勝負の流れがだいたい分かる。また、「つまみ食いで楽しめる」という特徴もある。どの回から野球を見ても、どの取り組みから相撲を見ても、どのレースから競馬を見ても、何手目から将棋を見ても、いつの日の国会中継を見ても、楽しめる。さらに、「登場人物の把握が容易」ということも共通していると思う。だいたい十人程度の中心人物を憶えれば、それなりに楽しめてしまうのだ。この三つの特徴は、長く人気が続く秘訣なのではないかと思う。

世の中にはコレクターと呼ばれる人たちがいるが、それとは対極に位置する嗅覚だ。まっきーのこの嗅覚は絶対にいつか商業的に役に立つと思う。

「アイシールド21」の最新巻が出た。噂に次は世界戦とは聞いていたが、デビルバッツでの参戦だと思っていた。選抜となると、物語を作るのに相当の技量がいるような。弱そうなのが集まって強いチームを倒すのがこのマンガの面白さの土台となっているような気がしていたので、きっと別のテイストのマンガになっていくのだろう。

早速情報が来たのだが、下で話題にした小中学生に人気のアイドルは「嵐」であるらしい。しかし私は「嵐」を名前しか知らないのだった。調べてみると、五人組であるらしい。年齢は二十七歳前後。十二歳の女子から見ると、十五歳年上。それくらいがいいのかー。そうなると、私と同年代の女の子はどれくらいの年齢の人を(恋人ではなく)アイドルであると感じるのだろう。というか、きっと小田和正さんもアイドルの範疇に入ってしまうのだろう。

すごい三手詰め。解けません。

本日、A級順位戦の最終日である。プロ棋士は5クラス(+1)に分かれている。A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組、そしてその下のフリークラスである。それぞれのクラスによって給料にかなりの差があり、昇級降級を決めるのが「順位戦」と呼ばれる対局である。一年間に数局の順位戦を戦って上がったり落ちたり残留したりするのである。A級は常に10人と決まっており、一年間かけて総当たりのリーグ戦がおこなわれる。そして、A級で最も勝率の高かった人が、名人への挑戦権を獲得する。今年度なら、羽生名人との対局権が与えられるということである。今年度挑戦権を獲得する可能性があるのは3人である。3人のうち誰かが羽生名人と七番勝負をおこなう。毎年、A級からB級1組に降級するのは2人だが、その可能性があるのは4人である。なんとあの谷川九段も降級の可能性がある。A級順位戦の最終日は通称「将棋界の一番長い日」と呼ばれている。終局は深夜。

ひな祭りは私とは関係ない。

私が小学校低学年のときのアイドルといえば光GENJIであり、諸星くんだった。彼らはほぼ十歳年上のお兄さんであり、今振り返っても納得のいく年齢のアイドルだ。今ジャニーズで引っ張りだこなのはやはりSMAPであるが、彼らは誰にとってのアイドルなのだろう。女子大生とかそのあたりがメインターゲットなのだろうか。だとすれば、小中学生にとってのアイドルは一体誰になるのだろう。もはやテレビをほとんど見なくなってしまったので、そのあたりがまるで分からないのだった。もしかして、お笑い芸人とかがアイドル代わりの存在だったりするのだろうか。

自民党も民主党もよく分からないが、私も「病弱党」というのがあったら入れるかなと思った。党首には民主党の小沢さんを招く。というか、健康不安というだけで民主党の小沢さんには親近感が抱ける。健康不安の人には総理になってほしくはないけど。

ホリエモンが徹底抗戦という本を出すそうで楽しみである。ライブドア事件をホリエモン側から見た本である。特に、「拘置所での暮らし」という部分に興味がある。あの前後でホリエモンの雰囲気がかなり変わったので。

将棋の棋王戦五番勝負第二局が非常に面白かった。序盤の駒組みなどなしにいきなり最初から乱戦に突入して、57手にて久保利明挑戦者の勝ちである。57手というのは将棋にしては非常に短い。

その雪の中でも着々と道の向かいのマンションの建設は続けられていたのだった。

雪である。

卒業式で「桜ノ雨」という曲を歌う中学校が多いらしい。この曲はニコニコ動画にアップロードされた初音ミクの曲で、原曲を聴いてみたが、非常に初音ミクの使い方がうまい。発音がとてもしっかりしていて、特に子音の明瞭さがすばらしい。曲自体はどこにでもありそうな感じではあるが、卒業の歌で好き嫌いの分かれる歌を歌ってもそれはそれで問題があるだろう。ところでなんだかこの動画のコメントが荒れているなあと思ったら、以前話題にした「空気を読まずに『メルト』を我がもののように扱ってしまったバンド」の曲だった。それは確かに荒れる。

チビノワさんのところで知った求職広告。面白すぎるので是非見に行ってください。そういえば、兵庫付近に知っている人材がいたような。チビノワさんのエントリにも一応リンク。

週間天気予報を見て、一週間以内に雪が降るかもしれないと知り、そういえば「四月に降る雪」というフレーズがあったなあと思い出す。まだ二月だよと思ったあなたにブギーポップ。

自分はどうやら落ち込む映画が好きらしいということに気づいた。「KIDS RETURN」も落ち込むし、「秒速5センチメートル」も落ち込む。考えてみれば、「ローマの休日」もどことなく落ち込む映画なのだった。

どうでもいい話だが、トマトのみそ汁(以前やっていたブログ)のときのぶつ切り文体よりも、この文体の方が書きやすい。

Gmailが落ちるとものすごく焦るということが分かった。

ものすごく寒かった。

中学の卒業アルバムには一年のときから撮りためてあった写真があった。アルバムが配られて真っ先にみんなが気づいたのは、国語の先生の髪の毛がその三年間で明らかに薄くなっていたということだった。

「俺の苦労が分かったか」

というその三十代前半の先生の冗談を私たちは笑うことができなかったのだった。

わずかにかたちの崩れたケーキが喫茶店で出されたとして、ただし味には問題なさそうだと判断できたとして、それに文句をつける人がいるのが今の風潮であり、「すぐにお取り替えします」と対処するのが当たり前になっている。それくらい黙って食べようよ。

みたいなことをこのところ考えている。ちょっとお金を出す側の主張が通りすぎているかな、とか。

お金を出す側の主張が通りすぎているというのは、何年か前の同窓会でも出た話だ。しかも、それに同意したのは、下請けに対して自分が偉そうに振る舞わざるを得ないことにうんざりしている人たちだった。

喫茶店で「生チョコレートシフォンケーキ」みたいな感じの名前のケーキを食べた。おいしかった。

電話がかかってきたので出てみたら、「すいません、手島(仮名)さん」と挨拶された。私の名前ではなかった。「はい?」と聞き返すと、「えっと、加納(仮名)です」と相手は名乗った。「多分、電話番号を間違えています」と私は答えた。午前三時のことである。東北地方からの電話だった。

三倉姉妹の誕生日である。

「お茶しない?」というステレオタイプなナンパの科白があるが、私はコーヒーも紅茶も飲めないので、この科白が言えない。ついでにお酒も呑めないので、「一緒に呑もう」とかも言えない。

道ばたの犬の糞を見て飼い主に連れられている犬を思い浮かべる。そして、気づく。私は野良犬を見たことがないかもしれない。私が知っている犬は全て飼い犬である。野良猫ならたくさんいるけど。

大学院の入学試験を受ける夢を見た。とても緊張する夢だった。夢の中では結局のところ隣にあった体育館が火事になって入試は中止になったのだった。

そういえば、博士課程の入学試験はものすごく簡単だった。多分、学部の入学試験よりも簡単だったろうと思う。博士課程は出るのが難しいので、入試を難しくする必要がないのだ。規定の三年間で卒業できるのが二割程度で、それ以上かかって卒業する人が三割程度で、残りの五割は卒業できないのだった(うちの大学院の場合)。ちなみに、修士課程はほぼ全員が二年間で卒業できる。

麻生さんは大方の予想どおり、体よく切られる運命にあったのかなという感じだ。次の選挙がどういう結果になるのか楽しみでもあり怖くもある。小泉さんは引退してもまだ劇場主である。

三倉姉妹の「いのちの歌」が卒業式に似合うと書いたが、そういえば私が中学生の頃には男子は歌うのを恥ずかしがってほとんど声を出さなかった。今の中学生たちもそうなのだろうか。

下の方で「R25」の話題を出したが、私の周りにはこれを読んでいる人がいなかったので、本当に毎週50万部以上はけているのかと思っていた。そうしたら思いもよらぬところに「R25」の愛読者がおり、彼が読むくらいなのだから相当広く読まれているのだろうと確信した次第である。

三倉姉妹の「いのちの歌」というCDを買った。朝の連続テレビ小説「だんだん」で流れたらしい歌である。私は「だんだん」は見ていないが、あの姉妹が好きなので買ってきてみた。ニコニコ動画とかで合唱したら面白いんじゃないかなと思える歌だった。卒業式で歌ってみてもいいかもしれない。

そういえば、高校の先輩でmixiに入っている人に、B級戦犯がいるのだった。彼の日記もちらっと見たことがあったが、226事件や515事件などについてさらっと触れられているのだった。きっと私が彼らの歳になったときに、911事件や地下鉄サリン事件についてさらっと日記に書くと、若い人たちはやはり好奇な目で見るのだろう。私は遠い未来の喫茶店で下の日記の老人たちのように語るのである。「ああ言えばじょうゆう、とかって流行ったよね」とか。

喫茶店で近くに座った八十代くらいの男性二人が、大声で談笑していた。数十年前に行ったと思われる戦争の思い出を語り合っていた。「私は旅順でね」とか「奉天が」とかそういう地名が当たり前のように飛び交っていた。「終わったときには軍曹ですか、少尉ですか、はっはっは」。中でも、二人のツボの単語は「マッカーサー」であるらしかった。「マッカーサー、はっはっは。マッカーサー、マッカーサー」と連呼していた。シャノアールという名前の喫茶店でケーキを食べてコーヒーを飲みながら、旅順で少尉でマッカーサーである。それが彼らの日常なのだった。

私は「R25」という無料雑誌を読んだことがないのだが、存在だけは知っていたので、面白い形態だなあと思っていた。そんな折り、『「R25」のつくりかた』という本が発売されたので買ってみた。この本は面白い。内容を一言で要約すると「20歳から35歳の男性に何を提供すれば喜んでもらえるか悩んだ」ということになる。雑誌というからには読んでもらえなければ駄目なので、最初に考えたのは「いつどこで読んでもらう雑誌にするか」だったそうである。結局、仕事帰りの電車で読んでもらう雑誌ということにしたらしい。この本は雑誌創刊にまつわる話であるが、それはとりもなおさずマーケティングの話である。20歳から35歳が何を考えているのかということを著者たちが徹底的にマーケティングしており、そのあたりの話が非常に面白い。

村上春樹さんの英語の会見を字幕で流すときには、やはりあの春樹文体にしてほしかった。

もし堅くて高い壁とそれにぶつけられて壊れてしまう卵があったなら、どれほど壁が正しかろうと、どれほど卵が間違っていようと、僕は卵の側でありたいと思う。

少なくとも一人称は絶対に「僕」。

穂村弘という歌人に雰囲気が似ていると言われた。名誉なことなのかどうかは不明だが、自分でもなんとなく似ているかもと思う。

うまくいったと思った実験が自分の声に対してだけうまく動作しないとき、自分の声はそんなに特殊な声だったのかと、とても悲しくなる。

そういえばそろそろ三倉姉妹のシングルが発売されるはずであるが、「だんだん」を見ていないのでどんな曲なのかを知らない。とりあえず買うつもりではある。ところであの双子は絶対にショートカットの方が似合う。

近所にマンガ本を発売日前に売る本屋がある。一日前のこともあれば二日前のこともあるのだが、どちらになるのかは分からない。一応、目当てのマンガがあるときには二日前に本棚を見に行っているのだが、空振りすることもある。本日は空振りだった。どうやら、明日買うしかないようである。

本日、バレンタインデーである。バレンタインデーになると思い出すのが、今日が誕生日の同級生だ。幼稚園から中学校まで同じだったが、彼はものすごくやせていた。私よりもやせていた。そんな彼も今日で29歳であり、中年太りとかしているのだろうか。

下の話の続き。

もう一度よく調べてみたら、逆チョコの日付には諸説あるらしい。「14日説」が最も支持率が高いようである。「13日説」も少なからずある。「それよりも前説」もあった。結局いつなんだろう。

下の逆チョコとバレンタインが両方とも土日祝日になってしまうかもしれないという問題、すでに来年がそうだということに気づいた。来年は、土曜日が逆チョコで日曜日がバレンタインである。逆チョコを一日前倒しにするんだろうか。

逆チョコの日である。土曜日にバレンタインが当たってしまうので売れ行きが減るから前日の金曜日にも何かイベントを作ってしまおうという画期的な発明だ。ところで、もしも何年後かに、土曜日=逆チョコ、日曜日=バレンタイン、ということになってしまったら、さらに、「逆逆チョコ」とか作るのだろうか。

今更ながらに「タイム・リープ」はどこからプロットを組み立てていったのだろうと思っている。どの物語にも大抵「ここから作り始めた」という部分が見えるのだが、「タイム・リープ」だけは見えない。

大阪府の橋下徹知事が大阪府立大学への運営交付金の廃止を検討しているということで、府立大学が潰れるのかー、と残念に思う一方で、でも大学も多すぎるよなあと思ったりしている複雑な心境。

スーパーの前を通りかかったとき、六十代くらいのおばさんたちの声が聞こえてきた。「そろそろ半額になっている頃かしらねー」「そうねー」と言っておばさんたちは店に入っていった。

こうしてそのスーパーの店員さんたちの給料が減っていくのである。

目覚まし時計を知らないという人がいた。曰く、「時計にそういう機能があることは知っていたが、用途までは知らなかった」とのことだ。ではどのように朝起きていたのかということを訊くと、「起きたら朝になっている」とのことだった。それで時刻どおりにちゃんと起きることができていたらしい。声のかわいい女の子である。

電撃の金賞の「パララバ」を読んだ。普通に面白かったが、煽り文句から想起されるほどには面白くはない。これはネタバレではないので書いてしまうが、主人公の相手役の男の子の誕生日が私と同じだ。

ニコニコ動画を見ていると、商業ベースでは作れそうにない良作がたくさんあることに気づく。表現が過激であるという意味ではなく、利益を見込んでいないという意味だ。

私の中では芸術というのは「私はこれが好きだ」という主張の表明にほかならない。「あなたはこれが好きなんでしょ」という商業戦略は、だから、芸術ではない。

本屋で何気なくライトノベルの棚に行ってみたら、電撃文庫の小説賞受賞作が並べられていた。そういえば、先日そういう季節になったという会話をしたばかりだった。ひとまず表紙見返しのあらすじにひととおり目を通してみたのだが、「パララバ」という題名の本が私の好みに合いそうである。煽り文句がこれである。

『死んだはずの彼からの電話。それは私の死を告げるもので……』

面白そうだけど買わなかったが評判がよければ買うかもしれない。

前にも書いたかもしれないが、サッカーは「攻めと守り」であるが、将棋の場合は「攻めと受け」である。攻めの棋風の人もいれば、受けの棋風の人もいる。

「エア新書」という題名の新書があった。有名人が書きそうな新書の題名を列挙しただけの本である。ぱらぱらとめくってみたら面白かった。

『口元曲げれば日本が変わる』斬新なリーダー論/麻生太郎

『ママでもできる大外刈りの技術』男に襲われたら「狙うは金!」/谷亮子

『なぜ、脳を使うと髪がモジャモジャになるのか?』自ら体現して見せるクオリアの世界/茂木健一郎

など。

バットを肩に担いでその先にグローブを引っかけているという典型的な野球少年とすれ違った。その少年に、「おーい、磯野ー」という科白を言ってみてほしかった。

ATOK for Linuxの性能がよすぎて、OS自体が変わってしまったかのような錯覚に陥る。

録画しておいた「Q.E.D.」の第三話と第四話を見た。ドラマとして見るとやっぱり違和感が。

本日、注文していた携帯電話の電池が届いたので交換した。現在充電中である。

電池と一緒に同封されていた説明書にはこんなことが書かれていた。「電池の寿命は約一年が目安です」。私は四年も使っていたよ。どうりで減りが速かったはずである。

チロルチョコの桜餅味がおいしい。本当に桜餅の味である。チョコの部分まであんこに思えてしまうくらいの完成度の高さである。

小さな女の子がおもちゃの携帯電話を大切そうに持っていた。微笑ましい。

小さな子のために、親にだけしかかけられない携帯電話というのがあると、売れるかもしれない。迷子になっても安心である。

ATOKのLinux版を買ってきた。ものすごく快適である。これまでUbuntu付属の漢字変換を使っていたのだが、段違いの使いやすさである。ああ、もっと早く買っておくべきだった。インストールしたあとに、「自動的に起動するアプリケーション」みたいなところに登録しないと動かないのが盲点だったが、設定に手間取ったのはそこだけである。あとは、ATOKのサイトに書かれているとおりにコマンドを打ち込んでいったら設定できた。こういうときに高倉健さんのように「簡単じゃねえか」と言いたくなる。

冬の戦争で勝つ方法。

敵国にこたつを大量に送りつける。大幅な戦力ダウン、間違いなし。

王将戦七番勝負第二局は、深浦挑戦者が勝利。圧勝だった。これで一勝一敗。

Bonanzaという将棋ソフトがある。これは理論化学者が作った将棋ソフトで、つい数年前にコンピュータ将棋に技術革新をもたらした。そして、昨日、どうやらそのソフトのソースが公開されたらしい。数年前の優勝ソフトのソース(をさらにパワーアップさせたもの)が公開されたことで、コンピュータ将棋界が大きく揺れている。なにしろ、Bonanzaが予選通過の「最低ライン」になってしまったのだ。よくスポーツの世界などでは、例えば「これであなたもタイガーウッズ」のような宣伝文句でゴルフクラブを売るといった用具の売り方があるが、Bonanzaのソース公開は紛れもなく「これであなたもBonanza(優勝候補)」なのである。

携帯電話歴四年目にして初めて電池交換の手続きをしてきたのだが、無料だったことに驚いた。二年以上使っている人は無料であるらしい。しかもなぜか、電話番号の下一桁が当選しているとのことで、マグカップまでもらえた。十人に一人がマグカップとは、不況とは思えない大盤振る舞いである。DoCoMoはまだまだ健在である。

電池は後日配達されてくる。

海燕さんがライトノベル新人賞に応募しよう!というブログを作った。私のほかの知り合いでここに参加する人はいるだろうか。ペットボトルジャックを見ているかどうかは分からないけど、うみねこ方面では参加する人がいるかも。私はライトノベルは分からないので、パス。

高校生のとき、「金田一少年の事件簿」のコミックスを買って、「さとうふみやは女です」の一文に驚いたのだった。翌日高校に登校してみると、友人たちも同様に驚いたとのことで、みんなして盛り上がったのだった。無邪気だ。

志村けんさんが「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で「だいじょうぶだぁ」と太鼓を叩いていたことを思い出すと、よい時代だったなあと感じるのだが、今の子供たちもポケットモンスターのことを思い出すと同様の思いに駆られるのだろうか。かといってその頃が本当によい時代だったかと考えてみると、「過労死」という言葉が生まれた時期でもあり、数年後のバブル崩壊の前兆が現れていたことがうかがえる。

ところで、インターネットが広まって十年くらい経つが、すでにパソコンからインターネットに接続する世代は減少傾向にあるのではないかと感じる。今の子供たちのほとんどは携帯からブラウジングしているのではないか。そしてそのうち、「そういえばネットカフェとかあったよね」という時代になるのである。おそるべし、iモード革命。

この人の終盤は素敵だ。きれいにぴったりはまる。

自分の誕生日を将棋ネタで祝うアイドル。

昔、「悪魔くん」というアニメを見ていたことがあったが、その数年後に「悪魔くん」の漫画を読んで、全く別の話だったので驚いたことがある。十二使徒の中に普通の人間がいたような気もする。

そして母は結局入院したのだった。

本日、川本真琴さんの誕生日。

録画しておいた全日本卓球栓主権を見た。水谷選手と松平選手の決勝はすごすぎて何が何だか分からなかった。フォームを見ても回転が分からない。女子の平野選手はやっぱり強いなあ。

王将戦七番勝負第一局は、羽生王将の勝ち。

昔、「クッキーモンスターストーリー」というリレー小説を書いていたのだが(未完)、それを書いていた三人で久々に会って雑談をした。過去の話、今の話、将来の話など、様々な話をしたが、とある作家がかつて開いた小説道場のような場所の話も出た。賛否両論あるその小説道場なのだが、「そこに関わって不幸になった人はいるだろうか」という話になった。

私は言った。

「唯一、道場主だけは不幸になったかもしれない。作家を目指して夢敗れるのはそんなに大した損害ではない。むしろ、名実共に作家だった道場主が、いつの間にか精神的に素人の仲間に成り下がっていたのは不幸だったのではないか」

その道場主とはもはや関わりたくはないが、願わくば作家としての精神をとり戻して元の人気作家の状態に復帰してほしいものである。

母が帯状疱疹になった。母方の家系は帯状疱疹の発症率が高い。

中央大学の先生が滅多刺しにされた事件、犯人は十中八九卒研で落とされたとかそういう感じの生徒だと思うのだが、もし本当にそうだとしたらそれ以降の報道が心配である。卒研指導に対するクレームが容易にまかり通るようになって、卒研の質が落ちる可能性がある。個人的には卒研にそれほどの質は求めないのだけど、急激な下落は嫌だ。

やっぱり三倉姉妹の「ふたりうた」が欲しかったりする。

ドラマ「Q.E.D.」、次回は学園祭の話だそうである。この話は好きなので楽しみ。

明後日が発売日の「Q.E.D.」の出来が非常にいい。

三倉姉妹のアルバム「ふたりうた」を買いたいところなのだが、カバー曲ばかりで3000円というのは少々財布がつらい。今回は見送ることにする。

2月に「いのちの歌」というシングルが出るらしいので、そちらを待ってみよう。

ニコニコ動画で将棋実況をしている人同士が対戦している。小説で二人の視点から同じことを書くという手法を用いる人がいるが、そんな感じである。面白い。こちらが先手こちらが後手。お互いに読みが当たるのが楽しい。

女流棋士の熊倉紫野さんが成人式の報告をしていると思ったら、同じく女流棋士の井道千尋さんも成人式だったらしい。若いなあ。

過去ログの整理をした。

「だんだん」は見ていなかったのだが、先ほどテレビに三倉姉妹が出ていて「赤いスイートピー」を歌っていた。歌は普通だったが、お姉さんの方のギターが初心者とは思えないほど上手くてびっくりした。これが役者魂というものなのか。

かなさんがお引越しをしたらしい。

「家なき子」のような縁起の悪い題名のドラマに子役を出演させるべきではないなと思った。

将棋というのはプロ同士がやると先手が有利なのだそうで、百回対局すると大体五十三勝四十七敗くらいになるそうであるが、昨日のB級1組の対局は全て後手が勝ったそうである。面白い。情報源は、遠山先生のブログのこのエントリ

本日は雪が降るという噂だったが結局うちの近辺では降らなかった。センター試験の日は毎年少なからず雪が降っているようなので、今年もそうなるのではないかと思っている。調べてみると、今年のセンター試験は1月17日・18日のようである。

書店にて、赤川次郎さんの新刊が平積みにされているのを見かけた。まだ頑張っているのだなあ、偉いなあ、と思った。

「Q.E.D.」がドラマ化されたので見たのだが、なぜスカイダイビングの話を使ったのかが分からなかった。もっと面白い話はほかにあると思うのに。そして来週は人形の話らしい。来週も地味だなあ。

以前、「笑っていいとも」に自作の諺を素人が披露するコーナーがあり、その中で二つばかり印象に残っている諺がある。

「隠しすぎて退化してしまった鷹の爪」。才能は使わないと退化する。

「石の下にもダンゴムシ」。石の上に三年乗っている人がいたが、その石の下にもダンゴムシがいて、三年間閉じ込められていたのち、解放された。どんなに辛いときも辛抱強く待っていれば報われるということ。

中学のときの同級生からの年賀状に「体力の衰え」という記述があった。そうか、あの元気だった彼も体力が衰えてくるお年頃になったのか。私の体力が衰えるのも当然だ。

ところでこの日記、縦に長すぎて読み込みに時間がかかっている人もいるんじゃないかと気になっている。でも、過去ログ化するのが面倒くさい。

いつもはコミックスの発売日の一日前くらいに入手できるのだが、年始ということもあってかフライングできなかった。普通に発売日に買わねばならないらしい。

ありそうな新書の題名。

「昼寝はなぜ気持ちいいのか」

長嶋有の「サイドカーに犬」を再読する。やっぱりうまいなあと思う。

将棋の定跡書を初めて読む。四間飛車の本である。囲ってからものの数手で寄ってしまう筋の多さに驚く。

今年の抱負は、現状維持である。

とある店で、電話を逆さに持って喋っているおじさんがいた。受話器が天地逆になっているのではなく、手の向きが逆なのである。肘が上に向いている。なぜそんな奇妙な持ち方をするのか。

Ubuntuを立ち上げようとしたら画面が真っ黒になり、焦る。しばらく待っても何の反応もないので強制終了する。これは再インストールしなければならないのかなあと思いつつも再度電源を入れたら今度はちゃんと立ち上がって今に至る。

本屋のゴミ箱の上で爪を切っている人がいた。なぜそこを選んだのかは分からなかった。

昨夜の情熱大陸は渡辺竜王の防衛の特集だった。一時間でテレビ用にまとめるならこういう感じになるだろうなあという感じだったが、私はテレビの内容よりももっとこの七番勝負が面白かったことを知っているぞと思うと、何となく勝った気分。

三倉姉妹のブログは今までスマイルブログだったのだが、アメブロで別々に書くことになったようである。なんだか、芸能人ブログといえばアメブロという感じになりそうだ。

橋本紡「橋をめぐる」を読み始めた。これは巧い。出版社が文藝春秋社だったりするから、直木賞をとりにいったのかな。

ギターの音が聞こえる。まだ始めて間もない弾き方だ。ところでなぜギターの音を聞くと「青春」という感じがするのだろう。少なくともこの「青春」はピアノにはない。

大勢の男の人たちが外でシャウトしている。「火の用心!」。普通の火の用心なのになぜかとても不気味である。

三倉姉妹の個別の日記はブログではなかったのだが、どうやら今日からブログになったようである。お姉さんは「三倉茉奈オフィシャルブログ」という名前でブログを初め、妹さんは「三倉さんちの次女ブログ」という名前でブログを始めた。共有ブログである「スマイルブログ」はどうなるのだろう。まさか、アメブロの一人勝ちだろうか。

還暦を越えているといえば、黒柳さんももうすでにかなりのお年のはず。元気だなあ。年寄りはみんな元気だ。

風が強くて寒い日。

クリスマスといえば、小田和正さんの「クリスマスの約束」である。毎年楽しみにしている番組である。還暦を越えた人の歌声に魅了されるのである。

還暦を越えているといえば、タモリさんも元気だ。

小学五年生か六年生のときに、多角形の内角の和の公式を教わった。そのときには、多角形の頂点を結んでいくといくつかの三角形ができてその三角形の数を数えて180をかければよい、と教わった憶えがあるのだが、これが納得いかなかった。

疑問点は二つである。「N角形の中にできる三角形は必ず(N-2)個なのか」ということと「頂点を結んでいくとどんな形の多角形でも必ず三角形に分割することができるのか」ということである。

外角の和から内角の和を求めていく方法は納得できたのだが、この三角形を分割する方法については未だに納得できていない。また、二つの疑問点について自分なりの答えを見つけることもできていない。

すごい雨である。

M-1グランプリ、私は宮崎駿さんとスマップをネタにしたコンビが好きだったのだが、やはり二回連続で同じ造りのネタというのは志が低すぎた。non styleの優勝には納得。

書店に行ったら、囲碁コーナーの前で本を選んでいる兄弟と思しき二人がいた。「ヒカルの碁」の効力はまだ切れていないらしい。

ハム将棋の平手に勝てた。嬉しい。つい数ヶ月前にやったときには六枚落ちですら勝てなかったのに、将棋観戦をしていただけで棋力が上がったらしく、勝つことができた。プロの将棋は高度過ぎて観戦していても棋力は上がりそうにないが、アマチュアの将棋は棋力向上に適しているらしい。

坂本龍一さんは「ネット時代に、どんな思いで創作をしていますか」との質問にこう答えた。

「ネットでは圧倒的多数に視聴され話題にされないといけない。ブログでいえば、とにかく受けないといけない。やがてアクセス数をかせぐことが目的になってしまう。でもぼくはブログを書いているうち『君たちのためにやっているわけじゃないよ』という気持ちになり、ブログを閉じちゃった」

「ネットのおかげで、ぼくはたくさんの人に聞いてもらうことが音楽を作る動機にならないことが逆に分かった。アマチュア時代に戻ったような新鮮な感覚だ。顔の見えない、何をおもしろがるのか分からない大量のユーザーのために音楽を作る必要性を感じない。作りたい音楽があるからやっている。テクノロジーも100%は信用していない。結局はぼく自身の体にしかよりどころはない。自分の耳がどんなメロディーを聴きたいか。それを突き詰めていく」

アクセス数の話に関していえば、それでもアクセス数をある種の分かりやすい指標として使う人は減らないと思う。その一方で、なぜか私はこういうアクセスしづらいかたちで日記を書いているのが性に合うらしい。

創作の動機に関していえば、この坂本龍一さんの言葉をもしエヴァンゲリオンのシンジが語ったらどう感じるかということを考えた。聞いてもらえないという現実から逃げている科白として受けとられるのではないかと思った。でも私も、小説を書き始めてから今までずっと、大勢の人に受け入れられることの価値はよく分からなかったし、小説だけでなく工学的な研究に関してもそうだ。そういった活動は私にとって身近な誰かに対してなされるものであり、目に見えない誰かに届けようとは思っていない。

ホリエモンさんが都知事になったらどういう政策を打ち出すんだろうなあと思った。彼は今、経済についてブログでいろいろと書いているが、実際にやるとしたら何をするんだろう。都知事になってほしくはないけれど。

昨日の竜王戦の棋譜を見返して、羽生名人はもしかしたらきれいな棋譜を残そうとしていたのかなと感じた。勝ちにいく棋譜ではなく、鮮やかな棋譜。

竜王戦七番勝負最終局は渡辺竜王の勝利で、永世竜王位を獲得。

最後まで分からない将棋だった。東京と天童の検討陣も、「わからない」とのことだった。羽生挑戦者の6六角で決まったかに見えたが、その後渡辺竜王が妙手を連発し勝利を収めた。

羽生名人は羽生世代。渡辺永世竜王はその一回り下の世代である。この十年間くらい将棋界は羽生世代の独擅場だったが、そろそろその構図も変化するのかもしれない。

昨日から今日にかけての勝負、非常に見応えがあって、余計に胃が痛くなった。休まねば。

胃薬を飲んだら胃の調子が悪くなった。この胃薬は私には合わないらしい。

竜王戦七番勝負の最終局が始まった。この対局で勝った方が永世竜王となる。二日間かけて対局がおこなわれ、勝負は明日決まる。羽生挑戦者が先手。

私が小学生くらいのころだっただろうか。幼なじみの女の子のお父さんがわりと売れている一般的な雑誌に載った。彼は数学者であり、「フェルマーの予想(当時)」が解けるかもと発表したことで話題になったのである。彼も彼の奥さん(つまり幼なじみのお母さん)も微分幾何学の学者だった。結局彼は解けなかったのだが、そういうこともあって私にとって数学といえば「フェルマーの予想」だった。この「予想」が解けて「フェルマーの最終定理」になったのは私が確か中学生のころで、私と同年代のちょっと数学に興味のあった少年たちは、きっと「フェルマーの最終定理」に何か特別な思いを持っているんじゃないかと思う。

ニコニコ動画のnayutaさんの動画がコメントやタグで荒れたようである。タグは既にロックされている。荒れる理由が見当たらないだけに不気味である。

余計なことだが訊かずにはいられなかったこと。

薬局でお金を払うときに一万円札を出した。1660円とのことだったが、千円札も五千円札もなかったのである。薬局側のレジにも五千円札がなかったらしく、「千円札でよろしいですか?」と訊かれた。そしておつりを渡すときに、薬剤師が「先に大きい方から、いち、に、さん、よん、ご、ろく、しち、はっせんえんです」と数えたので、珍しいなと思って訊いてみた。

「僕、音声が専門なんですけど、今、『いち、に、さん、〈よん〉』って数えましたよね。いつも下から数え上げていくときは『いち、に、さん、〈よん〉、ご』ですか?」

私は、カウントダウンするときは『じゅう、きゅう、はち、なな、ろく、ご、〈よん〉』で、カウントアップするときは『いち、に、さん、〈し〉』と数えるのが普通だと思っていたので、疑問に思ったのである。そこだけ強調したのかなとも思ったのだ(ちなみにカウントアップとカウントダウンでは4と同様に7も変わることが多い)。

薬剤師の答えは「いつも下から数えるときは〈よん〉」とのことだった。そういう人もいるのだなあと思って薬局を出たが、もう少し突っ込んで「出身はどちらですか」とか「歌を歌うのは得意ですか」とか訊いてみたかった。

マナカナのCDが出るらしい。カバー曲のアルバムである。嬉しい。

スーパーでおばさんたちが立ち話をしていた。

「踏切渡ろうとしたのよー。渡りきる前に遮断機が閉まっちゃったのよー。くぐろうとしても低すぎてくぐれないし、持ち上げようとしても持ち上げられなかったのよー。だから、遮断機の内側で電車が通りすぎるのを待っていたのよー」

危険だ。

「3月のライオン」というマンガが面白い。以前ここに「ハチワンダイバー」という将棋のマンガのことを書いた気がするが、これも将棋のマンガだ。一巻目は穏やかに日常が描写されていくのかと思ったが、その穏やかな日常は狂気の裏返しだったことが分かる。この先どうなっていくのだろう。

ファイナルは浅田真央選手の優勝に終わった。トリプルアクセルを二回入れたということが話題になっているけど、私はそんなことよりも浅田選手のストレートラインステップシークエンスが好きだったりする。四分間、あのステップだけ見ていても飽きないような気がする。ジャンプはどちらかといえば、二位に終わったキム・ヨナ選手の方が好きである。スピンもキム・ヨナ選手の方が好き。とにかく、どちらもよく頑張った。

暗黙の了解を破った人は心が痛まないのかという話の続き。

思えば、元ライブドアの堀江さんも暗黙の了解を破って敵対的買収を仕掛けたわけで、でもなぜかあの敵対的買収は「破ってもいい暗黙の了解」のような気もした。破った方もちゃんとリスクを冒して破りにいっているからだろうか。

蛇を素手で殺す人には残酷さとともに格好良さも感じるが、ハムスターを素手で殺した人は残忍だとしか感じないというか、そういうことだろうか。

ニコニコ動画で将棋の実況をしている人のブログ。この人の実況は面白くて好きだ。この人の終盤はかっこいい。

ニコニコ動画にアップロードされた初音ミクの代表的な曲に「メルト」という題名のものがある。これは、一個人の手によって作られた曲だが、ニコニコ動画内で様々な人が歌い、様々な人が演奏をしたということで、「みんなの曲」という趣きがあった。そんな中で、とあるバンドがその曲をCD化して売り出してしまった。暗黙の「みんなの曲」という幻想が壊されてしまったということだ。当然のようにそのバンドのブログには数多くの非難が寄せられた。

この事態は、勝手に「みんなの曲」という幻想を抱いた方が悪いともいえるし、暗黙の了解を破ったアーティストのプロデューサ陣が悪いともいえる。

私はこの種の事態を目にするといつもこう思うのだ。暗黙の了解を破った人は良心が痛むことはないのか、と。

竜王戦は渡辺竜王が勝って、第七局へともつれ込むことになった。歴史に残る熱戦だ。これで渡辺竜王が勝つと、将棋史上初の「三連敗からの四連勝」になるらしい。

風邪で胃の調子が悪くて吐き気がする。竜王戦の実況をウェブで見ていると、なんとなく羽生挑戦者も風邪なのかなと思える。今のところ、渡辺竜王が優勢。

家の南側に七階建ての建物が建つ。丸紅のマンションである。うちは、そういうわけで、日陰になってしまうが、これも時代の流れというやつである。毎日丸紅のマンションを見上げながら生活をすることになるわけである。ぜひ丸紅には周りの家の高さを見て空気を読んでほしかったところだが、そうも言っていられないほどのひっぱくした経営状況なのだろう。丸紅さんが倒産しないことを願うばかりである。

携帯電話に間違い電話がかかってきた。

電話に出ると、「ママ、まだぁ?」という男の子の声が聞こえてきた。この男の子のお母さん、息子さんを待たせているらしい。

「多分、電話番号を間違えてるよ」と言って電話を切った。

風邪、つらい。

そして渡辺竜王がそのまま押し切った。

日本将棋連盟は、アマチュアの人に対して級位と段位の免状をくれるのだけれど、「将棋観戦○級」みたいな検定も作ってくれないだろうか。そういうのがあれば受けに行きたい。

竜王戦、将棋初心者にはもはや渡辺竜王の勝ちに見えるのだけれど、まだ何か手が残されているのだろうか。ここから羽生挑戦者が逆転することなどあるんだろうか。

竜王戦七番勝負第五局。渡辺竜王対羽生挑戦者。渡辺竜王が猛攻を仕掛けている。羽生が地味に反撃する。どっちが勝つんだろう。

あろうことか昼の薬を飲み忘れた。辛い。

最近、「終電顔」というあだ名がついた。

という吊り広告があった。コラーゲンを売るキャッチコピーのようである。「終電顔」ってすごい言葉を考えたものだなあと思った。本当にそういう顔がありそうである。

小学校や中学校での給食当番の話。トレーを持って並んでくる同級生たちの皿に料理を盛っていくのが仕事であるが、料理ごとに難易度がある。パンなどの数えられる食べ物は易しいのだが、ご飯などの分量に注意しなければならない食べ物は皿に盛るのが難しく、多すぎると途中で足りなくなるし、少なすぎると多く残ってしまう。私のクラスではこの分量に注意しなければならないものは「量もの」と呼ばれて敬遠されていた。そんな中で、私は「量もの」が得意だった。大体これくらいかなと思ってよそると、三十人分がぴったりなくなった。私を「量ものの貴公子」みたいな呼び名で呼んでくれる人はいなかったが、密かに自分で誇っていた。

流行語大賞に「あなたとは違うんです」が入ったらしい。これは、一国の首相を無駄に攻撃することが流行したということを象徴する言葉として解釈すればいいのだろうか。

久々に長電話をしていて、思ったことがある。そろそろ携帯電話が寿命かもしれない。買い換えねばならないのかも。

最近のブルーバックスのラインナップは悲しい。昔のブルーバックスには威厳があったが、今のブルーバックスは「売れない本はただの紙だ」といわんばかりに講談社から背中を蹴飛ばされている感じだ。背中を蹴るのは綿矢りささんだけで充分。

Ubuntuのアップデートの速さはすごい。少なくとも3日に1度くらいの頻度で更新通知が来ているような気がする。これがLinuxというものか。これがオープンソースのパワーか。

サッカー日本代表、この前どこと対戦してどうなったのかということを知らないことに気づいた。中田選手が引退してから急速にサッカーへの感心が薄れてきている。もしかしたら、ゴン中山選手がいた頃の日本が一番好きかも。黄金の中盤も好きだけど。

と思いきや、ぎりぎりのところで渡辺竜王が第四局を制した。奥さんの励ましが功を奏した。

竜王戦七番勝負第四局の二日目。羽生挑戦者が勝ちそうな感じ。羽生挑戦者が勝てば永世竜王となり、七大タイトル全てで永世の称号を手にすることになる。新聞のトップ記事になること間違いなし。

「スラムダンク」を31巻読み終えた。こういう話だったのかー。

竜王戦七番勝負の第四局の渡辺竜王の陣形が面白い。王が52にいて、銀がカニカニの位置におり、左右の桂が中央に向かって跳ねていて、金は32と72にいる。ほぼ、左右対称。

対する羽生挑戦者は、銀矢倉。しかも、三手くらい損をしている。

昨日の「爆笑問題のニッポンの教養」の早稲田での一時間半スペシャルはちょっと残念だった。

編集の仕方が悪いのか、本当にそういう学生しかいなかったのかは分からないけれども、借り物の(他人の)問題意識を自分の問題として語っている学生しかいなかった。昨日の放送で発言した学生はみんな何も問題なんて抱えていないのではないかと思った。

唯一の例外はドイツからの留学生で、彼だけは自分が感じたものを自分の言葉で喋っていた。

どうやらきょろちゃんが内定をもらえた模様なので、縁のある人はお祝いの書き込みをしてみるのもいいかも。

中学二年生のときの担任は国語の先生だった。その年の授業参観のとき、国語の先生は「那須与一」の授業をした。そして、授業の最後に宿題を出した。全文暗記せよという宿題である。生徒たちは当然、「えーっ」という声を上げた。その状況で一人の目立ちたがり屋の生徒が、「だったら先生が暗唱しろよ。そうしたら俺たちもやるよ」と言った。授業参観に来ていた親たちは苦笑した。先生はその発言をした生徒を睨みつけ、そして、静かに教科書を伏せて机の上に置いた。受けて立つということだ。教室内は騒然としたが、先生が「頃は二月十八日の」と暗唱を始めると静かになった。突然のことだったのでつっかえつっかえではあったが、先生は最後まで暗唱しきった。先生は、どうだ、という顔をその生徒に向けた。「これをお前らもやれ」。親たちは拍手をした。生徒たちも拍手をした。

将棋の話。倉敷で「倉敷藤花戦」という女流棋戦があり、三番勝負を二連勝して、現役女子高生の里見香奈さんが第16期倉敷藤花となった。公式ページに棋譜があったので見たが、里見倉敷藤花(「倉敷藤花」というのが「名人」とか「王将」みたいな感じの敬称になるらしい)の差し回しは格好良かった。ブログでどんなコメントをするんだろう。

ところで、初めて倉敷藤花という表記を見たときに連想したのはやはりブギーポップだった。

昔々、「追跡」という名前の番組があった。どんな番組だったかはあまりよく憶えていないのだが、その番組の数ある企画の中に、とある鉄道路線のスリを追うというものがあった。いつ来るのかも分からないスリをカメラに収めようというものだ。数週間かけて取材したようだった。最終的には、カメラに収めるどころか番組スタッフが本当にスリの常習犯を現行犯で捕まえてしまい、警察から表彰を受けたのだった。警察から表彰されたということで、少なくともやらせではないことが分かる。あの頃(1990年くらい)のテレビはすごかったのだなあと思い出したのだった。

ポテトチップスの惹き文句が「138円にしては安い!」だった。きっと、「これで138円!」と書きたかったのだろうと思った。

怖いスクリーンセイバーの話。

自分の「画像ディレクトリ」にある画像が次々と拡大されて画面一杯に映し出される。

いつものようにUbuntuの画面をロックしてスクリーンセイバーにしていたら、なぜか川本真琴の顔が画面一杯に映し出され、数秒ののちマナカナの笑顔が映し出された。その後、バンブーブレードの画像、森の画像、綾波レイの画像、ホットケーキの画像、秒速5センチメートルの画像、パスタの画像、涼宮ハルヒの顔を油絵で描いた画像などが次々と映し出された。

これ、スクリーンをセイブしていることになっていない。

相変わらずスラムダンクをちまちまと買って読んでいるのだけれども、なぜかどの本屋に行っても28巻から先あたりが見当たらない。私は31巻まで読みきることができるのだろうか。

関西独立リーグというのは私は知らないのだが、そこのドラフトで女子選手が指名されたそうである。プロでは初の女子選手だそうである。

女子でプロ選手を目指すなら投手だとか、アンダースローだとか、ナックルだとか、いろいろと腕力的な部分を補うことを考えたようである。このあたりのエピソードもかっこいい。

やたらとファイルアクセスの多いプログラムを書いたのだけど、そのファイルアクセス中に原因不明のエラーが発生した。すでに500000個くらいのデータを吐き出していただけに、表層的なバグであるとは思えない。きっとファイルアクセスのタイミングが偶然悪かったのか、それともファイル数か何かが上限を越えてしまったか、そのあたりだろう。どちらにせよ、パラメータを変えてもう一度走らせようと思っていたので、さほど実害はないが、でも不気味だ。

朝起きたときに、手元の日記帳に、「夢を見たことは憶えているがどんな夢を見たのかは憶えていない」と書いた。読み返してみたらなんとも味のある文だった。

小さな頃、僕らは確かに遠い未来のことを語り合っていた。いつの間にかそれが明日のことすら語れないようになった。目の前のことで精一杯だった。僕らはあの頃、何を語り合っていたのだろう。

という話。

私が風邪で寝込んでいる間に羽生さんが勝った様子である。これで羽生さんの三連勝となる。次に勝てば、羽生さんは永世竜王という竜王の中でも特別な称号を得て、七タイトル全てで「永世」になることになる。数年前の「七冠」よりもすごい。

どうやら風邪をひいた模様。

現在、竜王戦七番勝負の第三局がおこなわれている真っ最中なのだが、非常に激しい将棋になっていて面白い。リンク先で矢印とかを押していくと指した手順のとおりに駒が動いていってくれるので興味のある人は見てみてください。今は一日目が終わったところで、二日目の明日勝敗が決まる。

プロの将棋のイメージといえば、昔は囲いを作ってから戦うという感じだったのだが、今は軽く駒組みをしてちょっと戦ってしっかり駒組みをして決戦という感じになっている。この竜王戦第三局では、軽く駒組みをしただけで一気に戦いが始まった感じなので、一周回って素人の将棋のようにも見えてしまう。

ライブドアの人だった堀江さんが、ばらまかれる予定のお金をみんなで集めて別のことに使おうよと語っている。この発言はワイドショーなどでどのように扱われるのだろう。

近隣の4書店からスラムダンクの24巻目だけが見事に消えているのですが、これは何かの陰謀でしょうか。なんか、ある特定の巻だけが消えているというのは、私の小説に出てきそうな設定だなとか思ったのですが、実際に起きると悲劇です。

物々交換を考えると、魚屋は魚と何かを交換し、靴屋は靴と何かを交換する。では、ブログサービス屋さんは自分の何を交換することができたのだろう。ブログはいわば「場」であるので交換するものはない。だから、物体でない何かを提供するしかない。ほかのブログ屋さんは広告掲載の場を提供していたが、blockblogは広告を拒否した。

ずっと前のドラマで広末涼子さんが出ていたやつが印象に残っている。20分ほどの短いテレビドラマなのだけれど、とても造りがよくできていた。広末さんの役は若い覆面作家で、彼女は売れっ子なのだが自分の安っぽい小説を書くのが嫌になっていた。などとあらすじを書こうとしていたら、まだそのドラマのウェブページが残っていた。詳しいことはこのページを見てもらうとして、この物語は商業と芸術がテーマである。ありがちなテーマではあるが、何らかの広い意味での創作活動をしている人にとっては常につきまとう話でもある。

何度も繰り返すようだが、blockblogも広い意味でこの問題にとり組んでいたように思う。独自の哲学を以ってサービスを展開し、固定ファンを手に入れ、そして儲けのない部門は切られるという当たり前の現実に直面した。

売れたものに罪はないし、売れることを狙うことにも罪はないが、売れないことを非難するのは罪なのだろうなあと思う。

なんだか知らないが、スパムフィルタを素通りしてくるスパムメールがやけに多くなった。文面がうまいのかなあ。

左手の親指の付け根が痛いのだけれど、そこが痛くてもキーボードを叩くのにはなんら支障がないということに気づいた。ところでなんで親指の付け根が痛いのだろう。

なんだか昨夜からすごい量のスパムメールが来ている。これはなんぞや。

文学フリマに少しだけ顔を出してきた。こういう雰囲気なのかーと思った。一言でいうなら、私にはどう楽しめばいいのかよく分からない雰囲気である。

会場で高根ゆんという知り合いに会った。私の主催している複数ライターブログのご近所ペンギンにエントリを書いてくれとお願いした。そのうち本日の様子を書いてくれるはずである。

実は本当は、泉信行という人の本を買おうかと思っていたのだが、何となくやめたのだった。

ところで、秋葉原はあの事件以来、行くのが怖くなっている。

biglobeの将棋チャンネルに女流棋士のボウリング対決があるのだが、そこに「飛車が走ってストライク」とか「棒銀戦法でスペア」とか「早くも一手損」などというテロップが流れる。マニアックだ。

一年ちょっとくらい前から将棋にはまっている。はまっているとはいっても、主に観戦である。それから、55将棋というミニ将棋を自作のプログラムと対戦したりもしている(ユーザインタフェースまで自作である)。

biglobeの動画サイトに将棋の専門チャンネルがあり、本物のプロ棋士たちや女流棋士たちが様々な企画をしていたりするのだが、そんな中に渡辺竜王(渡辺竜王は防衛できるのでしょうか)と「ハチワンダイバー」というマンガの作者の対談があった。その対談の最後に二人が対局するのだが、マンガの作者がとても強かった。平手ではなく、飛車落ちというハンデ戦なのだが、普通ならそれでもプロのトップ棋士に勝つのは難しいはずなのにマンガの作者が勝ってしまった。まぐれではなく、それくらいの実力がありそうな差し回しだった。

通っていた大学には値段の安い食堂と値段の高い食堂があり、その値段の高い食堂の料理にはどれにもどこか共通した味付けがされていた。ずっと、あの味付けは何なのだろうと思っていた。ショウガではないかとも思ったのだが、どうもショウガとも違った。

先日、あれはコショウだったのではないかと思い、コショウを試してみたら、やはりという感じだった。もし当たっていなくても、それほど遠くはない味である。

なぜそんなにその味付けにこだわっているのかといえば、その食堂で食べていたときが人生の中で最も腸の調子がよかったからである。

ヤフーブリーフケースが有料になりますというお知らせメールがヤフーから来た。どこかにヤフーブリーフケースに代わる場所はないかなあ。知っている人がいたら、掲示板とかで教えてください。「ずっと置いておけて」「容量は小さくてよく」機能もアップロードとダウンロードができてウェブ公開できればいいです。

小室さんが話題になっていて彼が活躍していたとき私はちょうど高校生くらいだったのだけれど彼の記憶はほとんどない。あの頃、私にとって音楽といえば川本真琴さんだった。あとは、ミスターチルドレンやスピッツもそれなりに好きだった。

マンガやアニメでも、なぜかスラムダンクとガンダムは素通りしてしまった。今になってようやくスラムダンクを読み始めているところであり、小中学校の頃友人たちが「庶民のシュート」と言っていたのが何のことだったのかがやっと分かったところである。

私にはメジャーなものに対する嗅覚がないのだろうか。

あ、小室さんについては、ダウンタウンのツッコミの方の歌だけは憶えている。「ときには起こせよムーブメント」という部分とか。

出身大学には二階と三階に食堂があったが、三階の食堂はおいしかった。私が唯一おいしく食べられる食堂だった。またあの食堂で食べたい。

昨日注文した本が今日書店に届いた。本屋よ、そんなに焦ってとり寄せることはない。

ものすごく上手にハサミを使う人がいたので、この人はきっとハサミ検定とかがあったら初段くらいの腕前だろうななどと思った。

で、「ハサミ検定」で検索してみたら、何件かウェブページが引っかかった。でも、実際に「ハサミ検定」があるのかどうかはよく分からない。

ubuntuにhtkがあるかなと思ったけど、さすがにそこまでは用意されていないらしい。ダウンロードしてきてmakeしなければ駄目のようだ。残念。

その昔、「輝く日本の星」という、次代のダウンタウンを作るとか次代の美空ひばりを作るとか、そういう趣旨の番組があった。全国から小学生が集められ、漫才とか歌とかで競い合うのである。

その番組の中に、次代の羽生善治を作るという回があった。そこに出てきた子たちは今どうしているのだろうと思って調べてみたら、奨励会に二人いるらしい。奨励会というのはプロ養成所のようなところである。ちゃんと輝いているんだなあと思った。

その番組の次代のダウンタウンとして選ばれたのが、りあるキッズだったりする。

高校の先輩に数年間のフリーター生活を経て社会科の先生になった人がいる。その人は先生になる直前にこんなことを言っていた。「俺は社会科『を』教えたいんじゃない。社会科『で』教えたいんだ」。今どんな先生になっているのだろう。

Ubuntu 8.10を入れてみた。ちょっと以前とは挙動が違うけど、まあいいや。これは、テスト投稿を兼ねている。

不具合があったので、もう一度テスト。

テスト成功。linuxはよく分からん。

以前私のブログがあったアドレスに広告リンクのみのページが出来た。ブログサービスが終了した直後は404だったはずだが、これは一体なんだろう。ブログサービスを提供していた会社がドメインをほかのところに売り払ったのか、それとも復活の兆しか。

その昔、「ジョージアで一休み」というCMがあった。もう一度見たい。

Ubuntu 8.10がリリースされた。様子を見てインストールしてみる予定。

本屋に「空気の読み方」という新書が並んでいた。どういう人が買うのだろうと思ってしまった。

うちの近所にもあるが九十九電機が民事再生なんちゃらかんちゃらだそうである。時々顔を出していた店だけに、そうだよなあ客がいなかったもんなあ、などと感じる。あの店で私はヨドバシカメラの1.5倍くらいの値段でUSBメモリを買ったのだった。

昨日か一昨日あたりから、くしゃみが出始めた。私は毎年この時期の花粉症なのである。花粉症は春ばかりではないのです。

蚊がいる。結構すばしっこい。

電気通信大学から慶応に移った先生が今日の「爆笑問題のニッポンの教養」にでていたわけだけど、やっていることが派手なわりに、話はあまり面白くなかった。

というか、ぱっと見て何をやっているかすぐ分かる研究って、意外と面白くないものなのかもしれない。地味な研究の方がむしろ外れが少ない。

いつもの薬局に行ったら、「体の調子はどうですか」と訊かれた。調子がよかったら薬局には来ない。

mixiと年賀郵便が提携したとかなんとか。面白い話だ。でもmixiって個人の住所の情報を持っていたっけ? 登録時にどうしたかを憶えていない。

雪見大福のすごいところは凍らないところだよなあと思った。普通のもちは凍る。

上の階に住んでいる子供たちが元気に走り回っている。子供は元気が一番だ。

そんなことを書いている私は、いつも座って一人オセロをしているお子さんだった。

そういえば、私は泳いだり走ったりするのがものすごく遅かった。未だに野球のボールを上から投げられないほど筋力がないのである。高校からは体育を全て見学していたが、小学生の頃から見学しておけばよかった。体に無理な負担をかけるのはよくない。

半年くらい前から家の南側で工事をしているのだが、家の北側の空き地も工事を始めてしまった。はさまれた。

雌豚という人がブログで、首相の演説がインターネットで生放送されると、分かりにくく書いていたので、見に行ってみたら定員オーバーで入れなかった。すごい人気だ。あるいは文句のある人が文句を書き込みに行っているだけなのか。どちらにしろ存在感はすごい。

近所の野良猫がかわいくてしかたがない。

今年もチロルチョコのきな粉味が出てきた。冬になったのだなあと季節を感じる。しばらくすると街にクリスマスソングが溢れ、本格的なさみしい冬になる。

将棋の村山聖さんが亡くなったのは29歳だそうで、それまでにあれだけの業績を残していたのだということを振り返ると、すごい人はすごいのだなあと思う。

さて、「おおきく振りかぶって」の単行本の感想。ネタバレですよ。

いつもは涙なくしては語れないこのシリーズだけれども、今回は怖かった。阿部くんのリードが通用しない。全て相手に読まれている。スポーツをやっていた人なら分かると思うけど、行動パターンを読まれていることほど怖いものはない。自分の策略が全て裏目に出るということだから、そりゃ、手も冷たくなる。とにかく、この試合の主役は阿部くんということで面白いことになりそうである。

雨だ。夏とは違って、冷たい雨だ。

次回の「爆笑問題のニッポンの教養」のゲストの教授の研究内容に見覚えがあったので調べてみたら、つい最近まで電気通信大学にいたとのことだった。でも、慶応大学に行ってしまったらしい。もう少しで電気通信大学が映ったのになあ。今の電気通信大学であの番組に出る人といったら、コンピュータ将棋の人くらいだろうか。ああ、人材不足。

「おおきく振りかぶって」の最新刊(明後日発売)を読んだ。感想は明後日。

11月になったらパソコンを買おうと思っているのだが、「11月になったらパソコンを買うんだ」と書くと死亡フラグに見えて不吉だ。

総理の麻生さんが、ニコニコ動画に専用のチャンネルを設けたらしい。これで主な政党のチャンネルが揃ったことになるんだろうか。

これで若い人たちの投票率が上がったりするんだろうか。上がったら面白いなあ。

オシム監督が札幌の総監督として呼ばれているらしい。私はオシムの記者会見が好きなので、再び表舞台に出てくるのが楽しみである。

私が関係しているブログとか掲示板とかからのリンクをトマトのみそ汁からペットボトルジャックに変えた。

論文の捏造の話。

日本分子生物学会「論文調査ワーキンググループ報告書」ならびに「意見書(杉野元教授)」(PDF)という捏造論文指摘の書類が上がっているのだけど、冷静によく読むと、不正をしたことそのものではなく、意図せぬ不正が起きてしまうような研究室の状況を責めている。で、その研究室の状況をよく読んでみると、それ以上真面目にやったら今度は学生からアカデミックハラスメントで訴えられてしまうよという状況だった。

学会のトップページに晒し者にされてしまったこの教授が不憫だ。

文学フリマのページを検索したら、http://bunfree.net/というアドレスが出てきた。なんか綴りが変な気がするのだが、これは本当に公式サイトなんだろうか。なぜ「free」?

昨日の疲れが出てきた。眠い。寝よう。

マンガ「Q.E.D.」は面白いのだけど、「Q.E.D.は面白い」と書くことに飽きている。ところで、1月から実写のテレビドラマとして、Q.E.D.が始まるらしいです。

音楽の話。使い勝手のいいコード進行が世の中には存在する。よく知られているところでは、ベース音が一つずつ下に下がっていく通称カノンコードと呼ばれるコード進行がある。また、最近話題になっているらしいところでは、F,G,Em,Amのコードも多用されているという話である。

そういう一つの形式が多く利用されていることを、ある人は「王道」と呼び、ある人は「形骸化」と呼ぶ。絵画でも小説でもとにかくどんなジャンルでも王道と形骸化の対立は存在する。そして、実のところそのあたりはどうでもいいことだったりする。

要するに、それが作り手や受け手にとって面白いかどうかだけが問題なのだ。儲けたければ受け手にとって面白いものを作ればいいし、自分が満足したければ作り手にとって面白いものを作ればいい。

ああ、ここへのリンクを張り直さなければいけないのか。

ブログの方にようやく移転告知を出した。ココログは使いにくかったなあというのが感想である。

子供の頃は母方の従兄弟たちは私も含めてみんな顔立ちがばらばらだったけど、二十歳を過ぎた頃から徐々にみんな似始めてきた。

同い年の従兄は私と同様に分野は違うけど博士号を持っていたりもする。その従兄と私の顔はかなり似ている。

そういえば今朝見た夢にきな粉もちチロルチョコが出てきた。そろそろ店頭にも並ぶ頃だろうか。もう少し先だろうか。

椅子を変えたら一気に腰が楽になった。

「安楽椅子探偵」の解答編を録画しておいたので見た。シーツの高さは気づかなかった。あとはそれなりに手がかりは揃っていたようである。

解答編のあとの原作者のトークの方が面白かった。

「ハチワンダイバー」というマンガが面白いと薦められたので読んでみた。なるほどこれは面白い。とりあえず一巻の時点では、将棋が全く分からない方がかえって楽しめるかも。

大塚英志の「ストーリーメーカー」という本がおそろしくよくできている。ストーリーライン作成支援の実用書なのだが、この類の本としては非常に完成度が高い。抽象的過ぎず、かといって必要以上の制限もなく、絶妙のバランスがとられている。

blockblogが面白かったのは社長のキャラクターによるところも大きい。そこらへんの有名なIT系の社長とは違って、妙なこだわりがあった。そこらへんのIT系の社長は金を儲ける以外の信条が見えてこないのだけれど、blockblogの社長は広告で収益を上げることを嫌っていたり画像ファイルのアップロードを有料にしたりしていた。経営者としては有能ではないかもしれないけど、とても人間味の感じられる社長だった。またこっそり、新サービスをリリースしたりしていないかなあ。

目的のために手段を選ばない人は強いけど、手段の選び方に人間性が出てくるのだろうと思う。手段を選ばない人は、人間に見えないのだ。

ブログの過去ログをこのサイトに移した。作業としては意外と手間取らなかった。面倒なので内容の確認はしていない。

あとは小説をどうするかだなあ。

ノーベル物理学賞と化学賞を日本人がもらったようだけれど、きっと30年後には日本はサイエンス後進国になっているんじゃないかと思う。マンガやアニメ、その先にある文化に関しては先進国でいられるのではないかと思うけれど。

久々に電話が鳴ったと思ったら、注文しておいた本の入荷の報せだった。そんなことにしか電話を使っていないのである。

ところでこの形式、ブログとは根本的に違うところが一つあった。題名がないのだ。トマトのみそ汁では、わりと題名を考えるのに苦労していたのだが、こういう形式だと頭を使わずに書くことができる。ちなみに、電話の話題に題名をつけるとしたら「その機能の存在を思い出したとき」などとなる。本文は適当にそれっぽく書くことになる。

空気が読めないという意味でKYという略語が使われる昨今だが、やっぱりイニシャルがKYの人はいじめられるのだろうか。

ニコニコ動画にnayutaという歌い手がいて、その人とあと三人でCMを作っているのだが、そのCMがかっこいい。ベースもかっこいい。というか、nayutaさんは歌じゃなくてナレーションで参加しているんだけど。

「物置き」に自己リンク集を作った。

あ、ブログではそういうことは気にしなかったけど、「リンクフリー」とか書いておいた方がいいのだろうか。昔懐かしき響きだ。

爆笑問題がいろいろな研究者に会いに行って喋る番組で、疲労のことが話題になっていた。私は異常に疲れやすいのでなんなのだろうと思っていたのだが、もしかしたら番組内で紹介されていたこのウィルスに関係があるのかもしれないなあとか思った。

本当にちょっとしたことですぐ疲れるのである。階段を三階まで上るとか。

今まだ「物置き」に何もないけど、そういえば自分の管理しているいろいろなサイトにリンクを張っていなかった。自己リンク集を作ろう。

安楽椅子探偵、もう一度じっくり観てみたらそこそこ解けた気がするものの、単にミスリードにひっかかっているだけのような気もする。気になるのは、天気予報の月齢と、それからトンネル工事の請求書。そのあたりに関わる部分がまだなんだかもやもやしている。

安楽椅子探偵、綾辻さんは簡単だと言っているけど、全然分からない。そういうわけで、思考放棄。

高校三年くらいの頃から数年前までライトノベルを読んでいて、思い出に残っている作品はいろいろとあるけれど、中でも印象深いのは「ソリッドファイター」という作品だ。電撃文庫から発売されたのであるが、一巻目の売上が悪かったらしく、明らかにそのあとも続く構成になっているにもかかわらず、そして、原稿は完結まで書き上げられているにもかかわらず、二巻目以降が発売されていないのである。ライトノベル界隈では人気作家であり、長年続刊が期待されていた。

それが、十年弱の沈黙を経て、とうとう発売された。とはいっても、限定販売である。私は手に入れることができなかった。でも、発売されたという事実だけで感無量である。

今更ながらに、blockblogというのはすごかったのだなと思う。ほかに私は、はてなとjugemとcocologを使っているわけだけど、blockblogのブログとしての使いやすさはずば抜けていた。cocologは広告がうるさすぎてなんとなく更新する気になれず、jugemは更新のページがごてごてしすぎていてやはり文章を書く気になれず、はてなは機能的には非常に優れているが見た目が「ダイアリー」であるのが気にくわない。でもblockblogにもとても大きな難点があった。スパムに弱かったことだ。スパムに強くて、採算もしっかりとれるシステムなら、今も続いていたのだろうと思う。

今はここで文章をつづっているが、今のこのスタイルが最もblockblogに近いかなと思っている。

レインボータウンFMというラジオ放送で、川本真琴さんのトークを聴いた。川本真琴といえば、私の高校時代から大学時代にかけての象徴的存在である。すぐ下の日記にも書いたけど、「エヴァンゲリオン」とかと並んではまっていたのが川本真琴だった。川本真琴は「HEYHEYHEY」のエンディングで「DNA」という曲を出し、「るろうに剣心」のオープニングで「1/2」を歌った。「1/2」は歌詞を全部憶えたりもした。今も一番好きな歌手は川本真琴だ。

私の中でのジブリ映画は「もののけ姫」が最後だったりする。「千と千尋の神隠し」も見たけれど、すでにそのときにはジブリへの興味が下り坂に差しかかっていた。「もののけ姫」は高校三年生のときで、その夏、劇場版「エヴァンゲリオン」もやっていた。ラジオでは、どっちに軍配を上げるかみたいなことが討論されていたりして、そういえばその頃はドリアン助川さんがまだ電話相談室みたいなラジオをやっていたのだった。正式名称は忘れたけど、略称が「ゲルゲ」というラジオも聞いていて、火曜日の麻績村繭子さんが楽しみだったりした。ラジオといえば、「アニメガトップ10」の中の「ダブルバインド・ザ・ルッキング・グラス・オブ・パーフェクト・ブルー」も怖かった。そういうわけで、「ハウルの動く城」はストーリーラインすら知らないのであった。

地下鉄サリン事件は集団で行われたが、最近は一人自爆テロへと世の中が向かっているようだ。秋葉原での大量殺人が初めにあって、今後もそういうのは増えていくんだろうなあと思った。

思えば、連続幼女誘拐事件が私がまだ小さかった頃に起きて、それと秋葉原での大量殺人は同じ臭いがする。それから、スクラップ&スクラップの都知事選の政見放送もなんとなく連想してしまうのだけど、こちらからは犯罪の臭いがしない。あの政見放送は分かりやすいエンターテインメントだったからだろうか。

マンションを建設している工事の人たちの働きぶりがずっと見えているのだけれど、おそろしく過酷だ。昼休みしか休み時間がなくて、午後七時くらいまで働き続けている。今はまだ一階とかその辺りを工事しているからいいけど、今後三回とか四階とかに手をつけ始めたら転落事故が起きるんじゃないかと思っている。絶対に足元がふらふらのはず。

今までスカイプの存在を知らなかった。スカイプで無料通話ができるのか。世の中、どんどん無料化が加速しているけど、大丈夫なんだろうか。まあ、でも、パソコン本体は有料なのか。

ああ、新しいパソコンがほしい。今の時代の状況にメモリとCPUがついていけていない。

サイト名を決めてから知ったのだが、バスジャックというのは和製英語なのだそうな。ハイジャック一語で「乗っとり」という意味らしく、バスだろうが飛行機だろうがタクシーだろうがハイジャックなのだそうで、ではジャックはなんなのかといえば「男の子の名前」だそうな。まあいいや。このサイトのジャックはバスジャックのジャックです。和製英語です。

テキストタグ打ちもなかなかいいじゃないかと思った。ftpも思ったより使いやすかったし。ダブルクリックすればftpができるなんて最高だ。

蒟蒻畑は好きである。そんな蒟蒻畑を喉につまらせた人がいるらしくてなぜか悪者にされてしまっている。私は小骨の多い魚が嫌いなので、ちょっとここでこぢんまりと小骨の多い魚の危険性をアピールしたい。魚の骨は喉に刺さると痛いし、確か、きんさんぎんさんのどちらかも百歳を過ぎてから喉に小骨が刺さったことで入院したのではなかったか。

あ、下のトマトと壁紙は同じ素材屋さんで、ラインは別の素材屋さん。素材屋というのは昔から変わらないなあと思った。多分、タグ手打ちで、トップページがあって、「Enter」がある。中に入ると、フレームがある。

小説っぽいやつも、もしかしたらいつか更新するかも。

1998年4月にインターネットに初めて触れて、かれこれ十年経って、なんだかその頃の原点に帰って来たくなった。

今はブログの世の中で、私もここを放り出してblockblogでブログを書いていたけれど、blockblogの経営者が経営できなくなってしまってやむなくココログに移ってみたのだけれど、でもなんだかココログは違うなあと思った。大喜利みたいな短い文章ばかり書いていたのでそれに飽きたということもある。

ところで、昔はffftpでアップロードしていて、今日はubuntu付属のftpを使ってみるんだけど、これはちゃんとアップロードされるんだろうか。

ブログじゃなくてテキストべた打ちしている人って、今どれくらいいるんだろうか。あ、ココログは放置すると消えてしまうらしいので、消えない程度に更新すると思います。