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| 医療費抑制策としての「特定健診・保健指導」と疾病管理 |
● はじめに 医療費増加は先進各国共通の問題であり、さまざまな対策がとられている。本稿では、まず医療費の全般的事項について解説し、後半は医療費コントロール策の1つである疾病管理の概念とわが国の生活習慣病対策との関係、課題について論ずる。 ● 医療費をどうみるか わが国の医療支出は、2004年度「国民医療費」で見ると約32兆1111億円、国民1人当たりでは25万1500円である。この金額が多いのか少ないのか、単純に判断することは困難である。医療費の多寡を論ずるためには、例えば、公共工事などほかの公的支出と金額や経済学的な影響などと比べたり、他国との比較において、経済的指標との関係や1人当たりの支出額で見たりすることもできる。 前者については、マクロ経済学の手法である「産業連関分析」によって見ることができる。産業連関分析では、「保健、医療、社会保障、介護」が32部門のうちの1つの「産業」として位置付けられており、この部門での2000年度の国内生産額は約44兆円(全体の4.6%)で、また、1995年からの増加率は約21%であり、全産業の平均(2.3%)を大きく上回っているほか、付加価値や雇用者所得、他産業への波及効果などが高いなどの特徴が見られている(注1)。 さらに後者の国際的な比較では、経済開発協力機構(OECD)が定義した国際的な保険医療支出推計の枠組みである「国民保健計算の体系(SHA)」に基づいた推計値が用いられる。わが国における本推計手法の枠組みは著者らが開発し(注2)、95年度以降の推計値をOECDに提出してきた。SHAに基づく推計値である総保健医療支出(THE)額も国民医療費には含まれない健康増進や介護における保健・医療部分などが含まれるため、約39兆1459億円と国民医療費30兆9507億円(いずれも2002年度)より大きな額となっている。各国間の比較においては、国民1人当たりの支出額で比較することもできるし、各国の経済状況の中で、どの程度の割合を保健医療に支出しているかといった観点から対GDP比での比較も行われる。日本のTHEの対GDP比(02年度)は7.9%であり、OECD加盟30カ国の中で17位であり、最もTHE額の大きい米国の14.6%に比べると半分強に過ぎない。 |
● 医療費コントロール策 このようにいくつかのデータを示すと、わが国の医療への支出が少ないように見えるが、人口減少と少子高齢化の進展のもとで医療費コントロールへの圧力は年々強まっている。わが国は、これまでベッド数や医師数など医療提供量のコントロールや診療報酬点数の操作によって、諸外国に比べると医療費コントロールが相対的にうまくいっていたといえる。諸外国ではこうした医療費コントロール策に加え、フランスなどに見られる総額予算管理(医療保険支出全国目標;ONDAM)やドイツにおける外来診療の免責制などが導入されており、わが国でも05年秋以降、経済財政諮問会議を中心に同様の制度導入の議論が継続されている。 こうした医療費コントロール策であるが、実際のところ各国で大きな成果を上げているとは言いがたい。さらに大きな問題は医療の質が担保されないことがある。そこで、医療費コントロールの新たな政策として、医療技術の経済評価(臨床経済学)や疾病管理などが注目されるようになってきた。厚生労働省は、経済財政諮問会議の主張であった総額管理や免責制導入の対案として生活習慣病対策を中心に打ち出してきており、08年から内臓脂肪型肥満、いわゆるメタボリック症候群に着目した「特定健診・保健指導」が導入されることが決定されている。この特定健診・保健指導の根幹の概念が疾病管理である。 |
● 生活習慣病対策としての「特定健診・保健指導」と疾病管理 疾病管理とは、「主に慢性疾患を対象とし、疾病の重症化を予防するために、住民や患者の自己管理をサポートすることで、総合的な健康改善とそれに基づく費用コントロールを目標とするもの」とされるが(注3)、実際のところ、「疾病管理」は国によっても定義・内容が異なっている。米国を中心に実施されたいくつかの事例を見ると以下の3つの要素から成り立っていることがわかる。 @ 現状分析・目標設定 : 既存データを利用して、介入する対象集団を特定し、「予測モデルpredictive model」を用いてリスクごとに層別する。予測モデルとは、検査値や生活習慣などの医学的データ、医療費にかかわるデータをもとに統計学的、数学的手法を用いて、将来、疾病が悪化して医療費がかさむ集団を予測する手法である。 A 介入 : 診療ガイドラインや科学的根拠に基づき患者の教育を通して行動変容を促す。 B 分析・評価 : 疾病管理サービス提供者と患者とのコミュニケーションを通して、医学的、人的、経済的成果にかかわるデータを収集・評価し、介入のマネジメントを改善するためにフィードバックする。 米国型の疾病管理は、基本的に上記の3要素を含むとともに、医療費削減を目的としており、日本の生活習慣病対策の主眼である「特定健診・保健指導」もこの米国型疾病管理の考え方を導入したものである。すなわち、健診ならびにレセプトデータを活用することで「情報提供」グループ、「動機付け支援」グループ、「積極的支援」グループに層別した介入がなされることになっている。また介入後の成果についても同様のデータソースによって分析・評価がなされる生活習慣病を対象とした疾病管理モデルである。 米国における疾病管理の発展は、マネジドケアにおける医療費コントロールのニーズが原動力であった。しかしながら、疾病管理の誕生当初の米国や現在の米国以外の国々では、医療費抑制のために疾病管理を導入しているわけでない。そこで、その代表としてドイツの事例を簡単に紹介する。 |
● ドイツの疾病管理 ドイツでは、疾病管理は法律(社会法典)にその実施が規定されており、02年から5疾患(糖尿病、乳がん、虚血性心疾患、喘息、COPD)を対象に導入されている。疾病管理導入の背景は、その当時、ドイツではエビデンスに基づいた医療が実施されておらず、EBM普及を目指したものであり、医療費抑制を目的としたものではない。 また、疾病の重症化予防が対象であり、希望患者はすべて参加できるよう予測モデルは使用しておらず、参加のための医学的基準が設けられている。 プログラムは保険者である疾病金庫が作成し、連邦保険庁の承認を受けるとともに同プログラムへ参加する医療機関、患者と保険者それぞれとの間で契約が結ばれる。実際のサービスは医療機関が提供し、決められた検査や投薬、教育が提供されるが、他医療機関(専門医など)への紹介が必要な場合は、プログラム参加医療機関間で患者情報とともに紹介がなされる。 参加インセンティブが働くよう医療機関への償還や患者の自己負担などの条件設定もなされている。医療機関が決められた診療を行っているかどうかの品質管理のために文書の作成が義務付けられ、この文書をもとに疾病管理プログラムのアウトカム評価ができるようになっている。現在、ドイツでは推定糖尿病患者約500万人のうち約200万人が参加しているとされる。 なお、疾病管理の品質管理については、これまでの米国モデルではほとんど議論されたことがなく、今後、外部委託を可能としたわが国の生活習慣病対策において参考にすべき点であると考える。 |
● 疾病管理の世界的潮流とわが国の特徴 現在、疾病管理は、欧州では、英国、ドイツ、オランダ、スペインなど、アジアではシンガポール、韓国、台湾など、そのほかにもオーストラリア、ブラジル、アルゼンチンなど多くの国で導入されている。米国は民間企業が主体となって実施しており、日本は保健事業の実施主体である保険者が外部リソースを利用できる点でも米国類似モデルである。一方、米国以外の国では、疾病管理は公的保険のもとで実施され、保険者自身(英国ではNHS)がサービスプログラムを開発し、コーディネートしていることも米国モデルと異なる。ほかにも、わが国の生活習慣対策としての病疾病管理は以下のいくつかの点において諸外国と異なっている。 まず、米国を含む諸外国では、対象疾病の重症化予防(3次予防)を目標にしているのに対し、わが国は健診データを用いるが基本的には生活習慣病罹患予防であり1次(プラス2次)予防である。第2に、データを用いた層別化がなされているが、米国で汎用されている予測モデルを使用している国も少数である。糖尿病の3次予防が対象で、血糖コントロールの平均が極めて悪い米国では予測モデルの開発は可能であるが、1次予防のための予測モデルが開発できるのか、できたとしても従来の検査値や生活習慣の情報以上に新たな知見が得られるのかも疑問が持たれるところである。さらに大きな問題は、健診データとレセプトデータはそれぞれ根拠法が異なるため、これらを突合して予測に用いることは、目的外使用の疑いが捨てきれない。この点、ドイツでは患者同意を前提としていることから問題は回避されている。 ● わが国の生活習慣病対策の課題 疾病管理は世界的潮流で広がりをみせているが、課題もいくつか指摘されている。例えば、@エビデンスの確立していない介入方法を疾病管理プログラムに組み入れるべきかA疾病の精神的問題に対する介入をどう行うかB社会経済的に低階層の集団に対する介入C複数の疾病をもつ患者に対する介入D組織運営(責任の所在と意思決定メカニズムとの調整)―などの課題が挙げられている。 諸外国の疾病管理とわが国の生活習慣病対策とを比較すると、これらの課題に加え、不十分な予測モデルの導入により健康意識の低い集団が除外され、健康格差を広げる危険性もあるし、外部委託企業の品質管理の問題もある。いずれにせよ、現時点では5W1H(いつ、どこで、誰が、誰を対象に、どのように、どんな)サービスを提供するのかの具体的な方法論や仕組みづくりについての議論が不十分であり、導入後にこれらの検証作業を行わなければ、たとえ健診や保健指導の標準的内容が提示されたとしても、実行可能なプログラムにはなり得ない。 生活習慣病対策は、上述の通り、もともと経済財政諮問会議のいくつかの医療費抑制策に対して医療の質を下げないようにする厚労省側の対案として打ち出されたものと理解できるが、実際のところ医療費への効果は諸外国の取り組みを見ても疑問が多い。しかしながら、国民の健康増進は先進国として重要な政策であり、本来、医療費対策とは切り離して考えるべきものである。今回の生活習慣病対策が医療費への効果が示されないことにより保険者が保健事業への関心を低めることはあってはならないと考える。 <注> (注1)宮沢健一 : 「医療と福祉の産業連関に関する分析研究」報告書 医療経済研究機構 2004 (注2)坂巻弘之、他 : OECD A System of Health Accounts準拠の国民保健計算に関する研究(第2報)2000〜01年度の推計結果 介護保険部分を中心に、 厚生の指標. 52(2) :23-34, 2005 (注3)坂巻弘之 : 疾病管理の概念とわが国への適用、講座 医療経済・政策学第4巻「医療技術・医薬品」P163-184, 勁草書房. 2005 また、ドイツに関する記述は、現地調査結果ならびに07年1月11、12日にボンで開催された“Disease Management in the European Context”会議での議論に基づく(未公表)。 |
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