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| ・食べ歩き |
| 青寄せ |
| 青葉から緑色の色素を採ることで、寄せ菜(関東)、青菜寄せ(関西)、菜寄せともいう。 また採取した色素そのものも青寄せと呼んでいる。木の芽味噌、和え物、流しものなどの色づけに用いる。 材料としては、ほうれん草、大根、蕪、小松菜などが一般的だが、ほうれん草が一番癖がなくて使いやすいようだ。 ほうれん草1束の葉先だけをむしって水洗いし、色出しのために小匙半分ほどの塩を入れて、すり鉢でよくすりつぶす。2リットルくらいの水を加えてよく混ぜ、やや粗めの裏漉しを通し、青色の汁を鍋に取る。裏漉しに残ったカスは捨てる。 青汁の入った鍋を火に掛け(煮立てると色が飛ぶので注意すること)、しばらくして表面に青味が寄ってきたところで、布巾を敷いた笊に空ける。 残ったものが青寄せである。布巾に包み込んで上を絞り、しばらく冷水に打たせてアクを抜いてから使用する。 冷蔵庫に入れれば2、3日は保存がきく。冷凍する場合は、白砂糖を少々加えてよく混ぜ、ラップに包んでおくと、変色しない。 料理を緑色に色づけする場合、最も簡単なのは食青という粉を用いる方法だが、これはあまり勧められない。最近では、ほうれん草を粉末にした「ほうれん草パウダー」が市販されている。簡単でなかなか便利であるが、青寄せに比べると、やや色が落ちるようだ。 |
| あがり |
| 「茶」のことをすし屋などの隠語で「あがり」と言います。 お茶のお代わりを板前に頼むと、奥に向かって「あがり1丁」とか「あがり二つ」などと威勢のいい声が頭の上を飛び、また客自身も「あがりを頼む」などと言います。 この「あがり」という言葉を辞典でみると「上花(あがりばな)」で、煎じたばかりの茶、でばな、一般に茶を言うとあります。 語源の由来は、遊里や花柳界で、お客のつかない遊女や芸妓の暇な状態を「お茶をひく」と言ったところにあります。 元は湯女の間の言葉だそうです。吉原の扶課として評定所会議に遊女が交替で茶の接待をした。自分の番になるとその前夜は商売を休んで抹茶を臼で挽くことになり、そこから「お茶を挽く」が休むという意になって、一般にも広まったと言われます。 古くは、茶葉を蒸して乾燥させ、これを保存しておき、使用時に茶臼で挽いて粉にしたもので、茶をひくということは時間もかかかったものである。 特に売れない妓がお客に出す茶をひかされたことから、売れない(お座敷がかからない)事を「お茶を挽く」と言って嫌がったため、「茶」が忌み言葉となり、景気よく売れる事への意味で「あがり花」と呼び、つまり「客が店にあがる」ことで、お茶のことを「あがり」と呼ぶようになったのです。 お客自らが「あがり下さい」などというのは一寸変なものではないでしょうか。 ここは隠語を通ぶって使わないで、素直に「お茶下さい」で良いのです。 |
| 灰汁(アク) |
| 主として野菜類の持つ渋み、苦味、えぐみ、臭気、褐変色素などの好ましくない成分を指す。 野菜、魚、肉などを煮沸したとき、材料から溶け出して浮き上がる泡などは浮き灰汁といっている。 また、木灰やわら灰を水に溶かして沈殿させた上澄み液のことも灰汁という。紛らわしいのでこちらはアク汁とかアク水などという呼び方で区別する場合もある。 アク止め・アク抜き このアクによって、材料の色や味が損なわれることを防ぐことを、アク止め、あるいは灰汁抜きという。 多少ニュアンスは違うが、内容的にはほとんど変わらない。方法としては、塩、酢、焼き明礬などを用いて漬けたり、茹でたりする。 昔からよく「アクはアクで抜く」といわれるように、山菜などはアク汁を使って灰汁抜きをすることが多い。最近は灰が手には入りにくいので重曹を用いるが、ビタミンBを破壊するので、栄養的にはあまり感心できない。 いずれにしろ、材料にあった方法で灰汁抜きすることが大切だ。 灰汁引き アク引きは、卵白や玉子殻を使って砂糖や塩のアクを抜くことである。 砂糖1キログラムに対して卵白3個分を入れ、極少量の水を加えてこね混ぜる。鍋に移して砂糖と同量の水を入れて火に掛け、煮立ったら火を弱め、浮き上がってくる泡(卵白)にアクを絡ませる。 15分ほど静かにそのまま煮立たせ、アクをすくい取って布巾で漉す。卵の殻などを入れて同様にしてもよい。 これが砂糖の場合は蜜になり、塩の場合は水塩になるわけだが、最近では、塩のアク引きをすることは少なくなっている。 またスープなどを採る場合、浮き上がってくる不純物をすくい取ることもアク引きという。鶏肉や魚で出汁を取るときは、ぬめりの多い爪昆布を入れて、そのぬめりでアクを取ると取りやすい。 |
| 揚物(あげもの) |
| 揚物は、魚介、野菜、肉などを高温の油の中で短時間で火を通すため栄養の損失が少なく、素材の持ち味が生かされるすぐれた調理法である。 淡泊なに本料理の中ではボリューム感があり、利用範囲も広い。 客膳料理の場合は、替わり鉢、合肴として供する。口代わり(現在ではあまり見られなくなった)あるいは焼物の次ぎに出され、その後はさっぱりした酢の物という順序になる。 一汁三菜では焼物の代わりに用いられることが多い。また八寸や前菜などに小量盛り合わせて用いたり、品数の多い献立の一品として用いる。 揚物は大きく分類すると、衣揚と空揚げの二種類に大きく分けられる。衣揚にはといた小麦粉をつけて揚げる天ぷらと、葛粉、片栗粉、上新粉などをつけ、卵白をくぐらせて別な材料をつけて揚げる変わり揚がある。 また、天ぷら衣に他の材料を混ぜたものも変わり揚と呼んでいる。 空揚げには、材料だけを揚げる素揚げと、材料の水分を抑えてパリッと揚げるために葛粉、片栗粉、小麦粉、上新粉などを薄くつけて揚げる物とがある。 この他、蒸す、煮る、焼くなどの下処理をしてから揚げる手法や、揚げてから煮たりする手法がある。 |
| あちゃら漬 |
| 大根、蕪、蓮根、牛蒡などを赤唐辛子入りの甘酢に漬け込んだ酢の物の一種。 あちゃらは、ペルシャの漬物アチャールacharに由来するポルトガル語といわれているが、定かではない。 東南アジアにも同名のよく似た甘酢漬けがあり、我が国のあちゃら漬けは、南方から伝えられたとの説もある。いわぱ和風ピクルスとでもいった料理で、漢字は「阿茶羅」の字が当てられている。 あちゃら和え 日本料理では「あちゃら和え」という献立がよく見かけられる。これは白身の魚に振り塩し、酢で〆て小角に庖丁したものに、小蕪、胡瓜、独活、防風、海月、切り昆布などを合わせ、唐辛子入りの甘酢で和えたもの。 甘酢の割は好みにもよるが、、出汁8、味醂3、酢3、、薄口醤油1.5くらいが適当。レモンの絞り汁を入れると味がすっきりと引き締まる。 高価な白身魚の手屑などが出来たとき、これを利用して作ると洒落た一品に仕上がり、お客にも喜ばれる。 このほか赤貝、烏賊、海老、帆立、鰺、小肌、ラレシ、白瓜、大根、茎若布など、工夫次第で色々な組み合わせかたが出来る重宝な料理である。 |
| 後味(あとあじ) |
| 甘・酸・鹹・苦・辛の五味を越えた真味。 客を心から満足させる料理の理想。 もてなしはあだやおろそかにできることではない。「誰かを食事に招くということは、その人の自分の家にいる間中の幸福を引き受けることである」と、かのサヴァランもいっている。 もてなしを受けた客が、帰り道でしみじみと思い返す幸福な満足感、それがつまりは後味。亭主の全ての奔走はそのためにこそ。 |
| 淡雪(あわゆき) |
| 春になって降る雪を春雪、あるいは春の雪と言います。寒さの厳しい北国や山国では、春になっても降雪量が多く、春のドカ雪などという言葉もあります。 しかし、気候も温暖になってから降る雪は、水分が多くて雪片も大きく、春の牡丹雪と呼ばれる形になります。降っても積もらず、すぐに消えていきます。このやわらかく消えやすい雪を「淡雪」と言います。 「淡雪のつもるつもりや砂の上」と久保田万太郎は詠んでいます。斑雪はまだらに積もった雪の様を言いますが、春の雪はほとんど積もることなく、地表が現れる斑雪状が一般です。 また、淡雪は、泡のように溶けやすいことから、「泡雪、沫雪」の字を当てることもあります。 今日では、卵白を泡立てたものを使った料理や菓子に淡雪、泡雪を冠しています。 料理の先達は春の淡雪の風情をいかに表現すべきか、幾多の研究・努力を重ねた末に、卵白を泡立てると軽くて白いふわっとした感じが得られることにたどり着いたもののようです。 代表的な料理には泡盛鯛(淡雪鯛)があります。 鯛の切り身に薄塩をしてしばらく置き、九分通り蒸し上げ、固く泡立てた卵白を乗せて蒸し、八方出汁か銀あんをかけ、刻み柚子、あるいは卸し山葵を添えます。雪は春でも冷たいことを羹物で表現します。心憎いばかりの演出です。 苦心の末に完成して作り上げた料理を真似ることは簡単です。料理には著作権がなく、真似ることも結構です。しかし、作者への礼儀として、その料理を広めてあげたいものです 海老などにまぶして揚げると淡雪揚げ、加減酢に混ぜると淡雪酢。温かい蕎麦に乗せると淡雪蕎麦で何とも美味しそうです。 煮立った昆布出汁の中へ救い入れると淡雪卵。 その他、淡雪かんや、淡雪糖などとお菓子のたぐいもあり、いずれも仕上がりが白くふわっとしていることが淡雪の特徴です。 |
| 塩梅(あんばい) |
| 「春の野に霧立ち渡り降る雪と人の見るまで梅の花散る」。天平二年(730)2月8日、太宰府長官大伴旅人邸の梅花の宴における筑前日田氏真上の歌です。立ちこめるきりの中で降る雪かと思うほどに白い梅の花が散るという意のようです。 万葉人は大変に梅が好きだったらしく、『万葉集』には梅の歌が122首あるそうです。 植物学上、日本の梅はすべて中国伝来とされていますが、日本にも野生の梅はあったようです。雪もちらつく早春、梅は葉に先立って、芳香を放って花を咲かせます。 梅はバラ科のサクラ属で、梅と桜は親類同士と言うことになります。花を愛でた後葉が繁り、6月にはつぶらな青梅が実ります。この実を塩漬けにしたものがご存じの梅干しです。 しかし、このように塩をまぶして梅漬けが行われるようになったのがいつのころからなのかは定かではありません。 村上天皇(946〜967年在位)がご病気の時、梅干しと昆布茶でご快癒したと言われ、したがって梅干しはその頃にはすでにあったことになります。 日本人と梅干しとの関わり合いは古く、料理の味加減の話になるとよく「塩梅」が話題に出ますが、塩梅は塩と酢のことで「えんばい」が正しいようです。 「あんばい」の元は別の言葉で、政治を補佐し事を処理すること、ほどよく並べること、物事を程良く処分すること、などを言います。ほどあい、かげんの按排といつのころからか混同されてしまったようです。 梅干しが盛んに作られるようになったのは鎌倉から室町時代と言われ、武家や僧侶が競って漬けました。 上手に漬ける決め手は塩加減です。梅に案配よく塩をする。一にも二にも塩加減によって味の案配が左右されることから、本来の「えんばい」が「あんばい」と呼ばれようになったようです。 味の決め手の基本は塩と酢ですが、酢の変わりに梅酢を用いて塩梅という言葉に変わったのではないようです。 |
| 煎り雲丹(いりうに) |
| 塩雲丹に卵黄を加えてすり、湯煎にかけて煎り、裏漉しにかけて微粒子状にした物。刺身や前菜などにまぶして用いる。 市販の塩雲丹をガーゼに包んで大根卸しの中に一晩漬け、アクを抜く。これに卵黄を加えてすり混ぜ、好みで砂糖、薄口醤油を少量加えて味を調える。 湯煎にしている、一度裏漉ししてから、もう一度湯煎にかけてぱらっとなるまで細かく煎り上げる。 同じ手法の物に、煎りこのわた、煎り酒盗、炒り卵、煎り味噌などがある。煎り酒盗の場合は、酒盗を細かく刃叩きし、適当に塩分を抜いてから卵黄を混ぜて煎り上げる。 |
| 煎り酒(いりざけ) |
| 酒に梅干しを入れて弱火で煮詰めたもので、昆布〆め、酢の物などに用いる。 昆布〆めにした刺身は塩気があるので、醤油より煎り酒のほうが味がまろやかになる。 作り方は調理師によって違うが、一例を挙げてみる。 清酒10カップ、に大きめの梅干し12〜15個(一晩水に漬けて塩分を抜いたもの)、味醂1カップ、薄口醤油大匙5、20センチ角の昆布を土鍋に入れて火に掛ける弱火にして、途中で昆布を引き上げ、1〜1.5割煮詰める。出来れば3割ほどに詰めた方が風味がよいが、コストが高くなるので、煮詰め具合は予算に応じて調節するとよい。 火を止めてから、薄く削った鰹節を50〜60g入れ、2、3分おいて布で漉す。梅干しは焼いて用いる場合もある。 また、用途によって醤油や味醂の量を加減する。 煎り酒は室町時代からある古い調味料で、古書を見ると仕立て方が色々記されている。 江戸時代の『料理物語』には、古酒2升、水少々に梅干し15から20個、鰹1升、溜まり少々を入れて1升に煎じ、漉して冷ますとある。 |
| 印籠(いんろう) |
| 一つの材料の中に他の材料を詰めた料理につける言葉。 手法的には射込みと同じだが、切り口が印籠に似ていることから、この名がある。 印籠は昔、印や朱肉、薬などを入れて腰に吊していた長円形の小箱。 白瓜や胡瓜の種を刳り抜いて、紫蘇、生姜、青唐辛子、キャベツなどを詰めた印籠漬け、魚や烏賊の腸を取り除き、その中に野菜、豆腐、卵などを詰めた印籠焼き、印籠蒸しなどがある。 |
| 潮仕立て(うしおじたて) |
| 魚介類の素材そのものから旨味すなわち出汁をとる事を言います。出汁昆布は使用します。蛤汁も潮仕立て。 |
| 卯の花(うのはな) |
| おからの別名で、きらずともいう。うつぎの花(卯の花)のように白いので、この名がある。 豆腐を作るとき、豆乳を搾り取ったあとにできるカスだが、栄養的にはすぐれた素材といえる。安価で一年中使える点も魅力。調理法によっては味もよく。利用範囲の広い重宝な素材である。 |
| 旨味(うまみ) |
| 一般に味の基本は甘味、塩味、酸味、苦味の四つで、これを四原味と定義していますが、日本では、これにうまみを加えて五原味としています。 この旨味は、日本人が好む独特の味ということができます。 人が口にするすべての食べ物には生命があり、どのようなものでも、多かれ少なかれ旨味の成分が含まれています。 これが少ないものを食べたときには「砂を噛んだような」という表現をします。 そして、それぞれの食べ物が一年を通じて旨味成分を一番多く持った時を、そのものの「旬」と呼んでいます。 とりわけ、旨味成分を多く持つ昆布や鰹節、干し椎茸などは、料理する上で欠かすことができませんが、その昆布のうまみ成分がグルタミン酸であることがわかったのは明治時代の終わり頃でした。 大正のはじめになると、椎茸の旨味成分がグアニル酸であることが解りました。 このほか、蛤や浅蜊などの貝類の持つ旨味成分がコハク酸であることも解っております。 旨味は一般に大きく二つに分けて考えられています。 味噌や醤油などの旨味成分であるグルタミン酸系の旨味と、鰹節や煮干しの旨味であるイノシン酸、干し椎茸などの旨味であるグアニル酸などの核酸系の旨味です。 そして、この二種類を一緒に用いることによって、単独で使うよりも旨味を増大させるということを、日本料理では昔からやってきたのです。 出汁をとるときに鰹節と昆布を併用すると、より旨味のある出汁がとれます。蛤や浅蜊(コハク酸)などに昆布(グルタミン酸)を使うと、その相乗効果によって旨味が増大します。 |
| 裏漉し(うらごし) |
| ものを漉す器具、またはその器具を用いて行う作業のこと。裏漉しには馬の毛を張った毛漉し、針金を張った金漉し、それに最近はあまり使われなくなったが羽二重を張った羽二重漉し(絹漉しとも言う)がある。 網目も粗いもの(一番漉し)、中くらいのもの(二番漉し)、細かいもの(三番漉し)があるので、用途によって使い分ける。 裏漉しはあみめをななめにしてつかう。また毛漉しは毛の部分と縁回りを水で濡らしてから用いる。 乾いたままだと網目が切れたり、伸びたりする。 昔は魚や肉を裏漉しするときは、金漉し、毛漉し、更に仕事によっては細かい毛漉しと三回裏漉ししたものだが、今はフードプロセッサーなどにかけるので、一回ですむようになった。但し、滑らかに仕上げたい和え衣などは羽二重漉しにかける。 羽二重漉しがない場合は、目の細かい裏漉しにガーゼをかぶせて輪ゴムなどで止めて代用するとよい。これを布漉しといっている。 |
| 温州和え(うんしゅうあえ) |
| 蜜柑の酸味を利用した和え物。日本の蜜柑を代表する温州みかんに由来する名称といわれているが、温州の文字が用いられる場合もあり、定かではない。 また実際に温州みかんが使われることは少なく、むしろサマーオレンジやグレープフルーツなどがよく使われる。いわば広い意味での蜜柑、要するに柑橘類を使った和え物と考えた方が適切だろう。 材料としては白身の魚、海老、蟹、若布、野菜などが向く。魚介類は昆布〆めや酢〆にして用いることが多い。独活や胡瓜などの野菜は塩を当ててしんなりさせてから、水気を拭いて用いる。 味付けは柑橘類の酸味をベースにし、味が足りない場合には砂糖や酢を補う。辛味を抜いた大根卸しを加えると材料がよく馴染む。 |
| おせち |
| 正月に食べる祝いの料理を「おせち」と言います。 私たちの日常生活には「ハレ」と「ケ」があります。年中行事や祝い事などが晴れがましい表向きのことを「ハレ」と言い、普段のことを「ケ」と言います。 ハレの料理であっても、正月に限って「おせち」と言うのは節供料理の意で、節の日の供饌が節供となり、正月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日の五節供のうちで最もご馳走が多く、日数の長い新年の料理のみに「おせち」の名が残ったのだと言われます。 新年(正月)を祝うということは、農業国である日本の農耕神事の祭りごとに端を発したもので、おせちは、正月の保存食であると共に神に捧げる供饌であり、選ぶ材料によって自ずと正月の意義がうかがい知れます。 したがって、農事に関連した祝いの肴がおせち料理の筆頭格になります。 三種肴と言われる数の子、黒豆、五万米を例に取れば、数の子は鰊の子で、二親、つまり両親を意味します。 そして数の子のごとく子沢山を象徴します。また、黒豆は皺の寄る歳までまめで達者でと言う縁起であり、五万米は田作りとも言って、田植えの祝い肴に用いたり田の肥料にされたことから五穀豊穣を意味します。 京都の正月は黒豆の代わりにたつき牛蒡が用いられますが、牛蒡は田夫といって、黒くたくましい農夫を意味します。 三種肴を要約すると、両親が健在で、数の子のごとく丈夫な子供をたくさん産んで労働力を豊かにし、黒豆のように達者で皺の寄る歳まで工作に励んで増産にこれ努め、秋には五万米と黄金色の稲穂が重く垂れ下がるほどに収穫が出来ますようにとの縁起が込められています。 巡りくる新年には、真っ黒に日焼けした田夫の歳歳を喜び祝うということになるのでしょうか。 おせち料理では、ほかに用いる材料も、みなそれぞれ縁起のよいものばかりです。 |
| おだまき蒸し |
| 大振りの茶碗にうどんを入れて玉子汁を注いで蒸し上げると「おだまき蒸し」という料理になります。 12月から正月の寒い時期の祝い麺として、大阪の商家で食べられていた物が江戸に伝わり、美味しいことから今日まで食べ継がれている物です。 うどん入り茶碗蒸しの大型版で、作り方をようやくすると、茹でて淡い味に下煮したうどんの汁気を切って朝顔型の茶碗に入れ、茶碗蒸しの玉子汁を注ぎ、表面に鶏肉、蒲鉾、穴子、椎茸、海老、銀杏、三つ葉などを飾って、蒸し上げます。 酒宴の後の食事代わりとして、冬の寒い夜など、蒸した手の熱々はまことに美味しいものです。 「小田巻蒸し」とかくことが多いようですが、これは当て字です。つむいだ麻糸を中が空洞になるように丸く巻いたものを「おだまき」と言いますが、茶碗の中にうどんが渦巻き状になることから命名されたと言われます。 もう一説は、静御前の舞い歌にある「しずやしず、しずのおだまき繰り返し」のように「繰り返し」の序詞として使われることにちなみ、繰り返し繰り返し賞味さえることを願って「おだまき蒸し」と名付けられたと言います。 しっぽくうどんも関西が発祥といわれます。そばよりもうどんを好む関西人が考え出した食べ物で、昆布と鰹節で引いた美味しい出汁を塩と薄口醤油で調味し、茶碗蒸し地より出汁をやや多く用い、柔らかで、しかもなめらかに蒸し上げた誠に美味なものです。 うどんという主食に代わる素材が入ることでボリュームもあり、酒の肴は言うに及ばず、食事代わりとして用いることもできます。 そして、蒸したての熱々は実に美味しいもので、あん掛けなどにすると趣の変わったおだまき蒸しの味が楽しめます。 |
| 大原木(おはらぎ) |
| 繊切りあるいは細目の拍子木切りにした材料を重ねた料理につける名称。 形が京都の大原女(おはらめ)が頭に乗せて売り歩く細かい薪に似ているため、この名がある。 日本料理にふさわしい形の良さが好まれて、大原木ぜんまい、大原木そば、大原木揚げ、大原木煮など、幅広く用いられている。 時折、献立に「大原女・・・」と書かれたものを見かけることがあるが、間違えないように注意したいものである。 |
| 番菜(おばんざい) |
| 何気ない普段のおかずを言う京ことば。 一番質素で、その実、一番贅沢な馳走。 日本料理の精華とうたわれる京料理には、千年の都ならではの歴史と伝統が息づいている。 宮中の儀礼と深い関わりを持つ有職料理。数多い寺々の精進料理。さらには禅の精神を根本として茶の湯とともに発達してきた懐石料理。長い年月の間にそれぞれがない交ぜになり、洗練を重ねて、華麗な京料理をつくり出した。 それは味覚芸術であると同時に視覚芸術でもある。箸をつけるのが惜しいほどの美しさは京料理の最大の特色とも言ってよいだろう。 だが、ここにもう一つ、「おばんざい」と呼ばれる独特のジャンルがある。 お飯菜ともお番菜とも書く。ハレの料理ではなくケのおかずである。番菜の「番」は、辞典によれば「ある語に冠して、常用または粗末な意を表す語」であり、番茶、番傘、番頭などはいずれも々用例である。 要するに番菜とは京の町家の普段の惣菜に他ならない。当然同じ番菜でも家ごとに味が違う。 どこの家にもそれぞれの家風があり、好みがある。母から娘へ、姑から嫁へと伝えられ、受け継がれて何代も重ねた末の「我が家の味」、それがおばんざいである。 客用の一品ではないから金はかけない。金をかけずに手をかける。手間暇かけて、料理屋も真似のできないような味をつくり出す。見た目の派手さはないかわりに、毎日食べても飽きることがない。 それは簡素を旨とし、心入れを尊ぶ懐石の精神と見事に合致する。もてなしは結局、おばんざいに尽きる。 |
| おぼろ |
| 霞み立つ春の美味なる蒸し物に、「おぼろ蒸し」があります。 淡味の清汁に茶碗蒸しよりやや少な目に玉子を加え、柔らかに蒸し上げるのが特徴です。 『新古今集』に大江千里の歌で「照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき」というのがありますが、蛤の潮汁と共に剥き身を加えて卵でとじた風情が、うすい墨のベールをかぶったぼんやりと甘くうるんだ月を思わせるところからおぼろ蒸しの名が付いたとか。まことに美しく、美味しい蒸し物です。 朧。広辞苑には「はっきりしないさま。ほのかなさま。薄く曇るさま。ぼんやり。ほんのり」などとあります。 おぼろ豆腐は、豆乳ににがりを加え、まだ固まらないのをすくい取ったもので、「くみ豆腐」とか「すくい豆腐」「寄せ豆腐」などと呼ばれて最近人気があります。 また、丸抜きにした豆腐を湯煮し、器に盛って葛あんを掛け、卸し生姜を添えたのもおぼろ豆腐と言いますが、葛あんをすかして豆腐がおぼろげに見えるのが名の由来とか。 煎り豆腐に溶き卵を混ぜ合わせて流し缶に決め、上に海老を飾って蒸し上げたものもおぼろ豆腐と呼びます。 また、生身に慈姑の卸したものと小麦粉を混ぜ、丸く油で揚げると朧月夜という名前になります。 丸抜きした豆腐を器に入れ、卸し大和芋を掛けて蒸し上げ、上から葛あんを掛けるとおぼろ蒸しとなります。 鱈が鯛に出世するおぼろかな。本来は鯛、平目、海老などで作るが安手のものはもっぱら鱈を作る。淡白な身の魚介類を茹でて解して、よく晒し、甘く、あるいは薄い塩味に加減を調えて煎り上げたもので、こちらの方のおぼろは、主に寿司屋さんが用います。 さらに、よくすりつぶして裏漉しに掛け、薄紅色に着色してふんわり仕上げると「ぼんぼり」という名前になります。 昆布を酢などに浸し、特殊な刃物で表面で表面を薄く削ると、おぼろ昆布に仕上げたところからのネーミングのようです。 |
| 掻敷(かいしき) |
| 掻敷は、この他に改敷、皆敷など様々な書き方があるが、料理の下に敷く木の葉や紙のことを指す。まだ食器のなかった時代に、食物を椎の葉や柏の葉に盛って供したことから掻敷ができたといわれている。 現在では料理をより美しく見せる目的で使われており、日本料理の特徴のひとつと言える。 白紙を敷けば紙掻敷、木の葉を敷けば葉掻敷と言うことになる。 木の葉を用いる場合は幾つかの約束事があり、何でもよいというわけではない。 まず日本料理であるからには、日本の植物であることが原則。そして当然の事ながら、毒性を持つものは避けなければならない。 故実には、鯉には桃の花、鮎には藤の葉、鱸には榎の葉、貝類には海藻を敷くとあるが、どういう理由なのか定かではない。 また昔は、笹の葉は忌み嫌われていた。切腹する人に呑ませる酒の肴の掻敷に、篠笹の葉が用いられているためだという。 今ではそれを気にする人もいないので、笹の葉は大いに利用したいものである。 木の葉は、吉事の時には必ず表にむけ、仏事の時は裏をむけるしきたりになっている。紙も吉事と仏事では折り方が逆になる。 |
| 懐石と会席(かいせきとかいせき) |
| 懐石と会席(会席料理の略)は混同されがちだが、懐石はお茶を美味しく飲むための料理であり、一方の会席は酒を楽しむための料理で、本来は別のもの。 最近よく「懐石」の看板を掲げた店を見かけるが、内容は懐石ではなく会席であることが多く、些か考えさせられる。 懐石は禅から出た言葉で、修行中の僧が温めた石を懐に入れて寒さと空腹をしのいだことに由来する。 この温石(おんじゃく)と同じ程度に腹中を暖め、空腹をしのぐものという意味で、茶道では茶の前に出す軽い食事を懐石と呼ぶようになった。 献立は飯と汁、向付、椀盛り、焼物の一汁三菜が基本で、それに箸洗い、八寸が続き、最後に香の物と湯桶(ゆとう)が出る。焼物のあとに焚き合わせ、和え物などが出る場合もあり、これを進肴(すすめざかな)、強肴(しいざかな)、預鉢(あずけばち)などという。 会席料理は江戸時代中期にはじまり、最初は連歌や俳諧の席の料理だった。 江戸後期になると本膳料理や会席の形式が取り入れられ、次第に変化して酒宴の席の料理となった。 献立は吸物、刺身、焼物、煮物の一汁三菜に、前菜、揚物、蒸し物、和え物、酢の物などが加わり、飯、止椀、香の物で終わる形が一般的だが、厳密な決まりはない。 |
| 紙塩(かみじお) |
| 和紙を通して材料に柔らかく塩味をしみ込ませる手法。淡泊な味の白身魚や貝類などに向く。 まな板や抜き板の上に薄く塩を振り、和紙を乗せる。霧吹きなどで紙を湿らせ、柵取りあるいは切り身にした魚を並べる。 その上に和紙をかぶせ、また霧吹きで湿らせて塩を振り、1〜2時間置く。 まろやかな塩味がつくので、懐石の向付などに良く用いられる。 |
| 皮霜(かわしも) |
| 鯛、ひらめ、さわら、すずき、あいなめ、鰹など、皮に旨味のある魚を皮付きのまま刺身にする皮作りの場合、皮の部分にだけ熱湯を掛けることを言う。 霜降りの一種で、皮の美しさを生かすと同時に、固さを和らげて歯切れを良くする手法である。また熱によって皮下脂肪が流出するため、生臭みが抜け、材料の持ち味が生きてくる。 昔の献立に「皮湯晒し」と書かれているのを見かけるが、この皮霜のことである。 皮霜した魚を刺身に作った皮霜造りは、、刺身を何種類か盛り合わせるときに、見た目の変化をつけるのにも効果がある。 代表的な鯛の皮霜造りは、仕上がりの皮目の状態が松の樹皮を連想させることから、特に松皮造りと呼ばれており、風格のある豪華な一品である。 平笊かまな板の上に、皮を上にして上身を起き、布巾を掛ける。斜めに立てて、上の方から熱湯を注ぎかける。皮が縮れてきたらすぐ氷水にとって急速に冷まし、布巾で水気を拭き取る。 身の部分に白くなるまで熱がとおると、味が落ちるだけでなく、刺身に作るときに身が崩れるので、加熱しすぎないように注意することがポイント。 スズキのように湯の通りにくい魚もあるので、材料によっては調節することが必要だ。 焼霜・・・・熱湯を掛ける代わりに皮を焼く方法もあり、これを焼霜と呼んでいる。 目的は同じだが、焼いた方が香ばしさが出て生臭みがとれ、喰い切りもよくなる。 片身または柵取りした魚に扇形に金串を打ち、火の上で動かしながら平均にさっと焼く。すぐ氷水に入れて冷まし、水気を取る。 |
| 還暦(かんれき) |
| 生まれ年の干支が再びもとに還る年。 数え歳六十一歳、いわゆる本卦還り。 還暦は、すでにご承知の通り、十干十二支の組み合わせが一回りして再び生まれた年の干支を迎える年である。 ちなみに十干は甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、十二支は子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥。もともと十干は一旬を記するための、十二支は時刻を指すのにも用いられた。真夜中を子の刻として一日に十二支を配したから、昼の中心は午となる。 十二支はまた方位にも用いられた。全周に十二支を配すると、真北に子、南に午。子午線というのはそこからでたことばである。 人それぞれの生まれた年の干支を「本卦」といい、六十一年目にちょうど本卦に還ることになるので、還暦のことを「本卦還り」ともいう。 還暦の祝いには赤いチャンチャンコや赤い頭巾を贈るのが古来の習わし。「再び赤ん坊に還る」の意というが、いわれてみればなるほどという気がする。 長寿を祝うことを寿賀とか為寿とかいう。今日では還暦は少しも珍しくないが、昔は人生五十年を普通としたから、まず四十歳を「五八の賀」として祝った。 四十からは初老だったのである。「五八」の次が還暦の六十歳。その次ぎの寿賀は「人生七十古来稀」という杜甫の有名な詩から「古希」七十歳。 更に七十七まで長生きをすれば「喜寿」。これは喜の字の草体が七十七と読めることによる。 「米寿」は八十八歳の祝い。米という字を分解すると八十八になるからである。ここまで生きれば、いかに長寿国日本といえども、まず文句なしの長生きといってよいだろう。 しかし、更に頑張れば「卒寿」。これは卒の字が九十に通じるから。その上の「白寿」は百から一を取れば白になるという洒落である。 陰暦八月十五日、中秋の名月。月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月・・・・・である。何も名月に限らず三日月、片割月、待宵、十六夜、立待、どの月もみな美しい。月見の宴を重ねて、しっとりと落ち着いた寿賀の宴を。 |
| 気薬(きのくすり) |
| 「気の毒」の反対語。転じて酒の別称。 気薬は「気の毒」の反対語で、「心の保養になること、面白いこと」と辞書にある。酒の異名のひとつとして、まさにいい得て妙。 |
| 砧巻き(きぬたまき) |
| 砧は昔、布を和らげるために用いられた台のことで、衣板(きぬいた)が詰まったものといわれている。その布を打つのに使った槌の形に巻いた料理につける名称で、絹巻とも言う。良く献立で使われる絹田巻は当て字である。 白くしなやかに仕上げた料理が多いが、胡瓜で巻いたり、鶏のミンチで形作ったりもするので、必ずしも色にはこだわらない。同様のものに奉書巻があるが、これは白く仕上げるのがきまりである。 大根や独活、胡瓜などを桂剥きにし、立塩(水1カップに塩小匙1)に漬け、しんなりしたら12cmくらいに切り、水気を拭く。昆布押しする場合もある。 奉書巻の場合には中心を軸三つ葉、糸人参、糸昆布などで結ぶが、砧巻きの場合は結んでも結ばなくてもよい。 |
| 木の芽和え(きのめあえ) |
| 春先の香り高い代表的な和え物。材料は、烏賊、筍、海老、赤貝、サザエ、独活、百合根、椎茸、占地、松露などが良く用いられる。 烏賊と筍の木の芽和え 木の芽を軽く一握りほどすり鉢に入れて良くすりつぶし、冷ました玉味噌を加えてすり混ぜる。青寄せを小匙2ほど入れて、更によくすり混ぜ、木の芽味噌を作る。 青寄せを入れるのは、木の芽だけで鮮やかな緑色を出そうとすると苦味が出すぎるので、色と味のバランスを調節するためである。木の芽味噌は田楽などにも応用できるので、作り方を覚えておくと便利である。 烏賊は短冊に切り、筍の煮汁を80℃くらいにしたもので火を通す。両方とも冷まし、水分を拭き取って、先の木の芽味噌で和える。 |
| 食初め(くいぞめ) |
| お食い初めの儀式は、古く平安時代に行われた「いそか」や「ももか」の祝いが始まりといわれております。 生後五十日目に行われるのが「いそか」、百日目に行われるのが「ももか」で、重湯の中に餅を入れて子供の口に含ませる祝いの儀式です。 その後に「魚始め」と言って魚肉などを食べさせる儀式もあり、この二つが一緒に行われるようになったのが「食初め」であると言われます。 一般には、生後五十日目か、百日目のよき日を選んで、お乳以外の食物をはじめて子供の口に含ませる儀式で、「箸染め」「箸揃え」「歯固め」などとも呼ばれます。 食膳に赤飯、鯛などの焼き魚、吸物を供して一粒でも子供に食べさせる真似をします。 デパートなどにはお食い初め様の本格的な本膳が売られていますが、男の子は朱塗り、女の子は外側が黒塗りで内側が朱塗りのものが正式とされています。 祝い方は地方や家によって異なりますが、鯛などの赤魚の尾頭付きと赤飯、汁物、紅白の餅を五個盛って二の膳付きということもあります。 丈夫で頭の良い子に育つようにとの願いが込められています。小石は、丈夫な歯が生えてくるようにとの願いからのもので、箸で小石を三度叩いて子供の歯に当て、金頭の頭にも同じように箸を当て、養い親または父親が子供を膝に抱いて、飯、汁、飯、魚、汁の順で三回子供の口につけて、食べさせる真似をします。 最近は麻の葉模様の着物や下着をつける赤ちゃんはめっきり少なくなっていますが、麻は真っ直ぐに伸びて成長が早いので丈夫で素直に一日も早く成長して欲しいと願う親心で着せるものだと聞いています。 |
| 巻繊(けんちん) |
| 禅僧が中国から伝えた普茶料理の一例。 美食を戒め簡素の中に美味を生む工夫 もともと懐石はその根本精神を禅に発している。 厳しい自制のもとで簡素な生活を送ることを眼目とする禅の思想は、日本曹洞宗の開祖で越前に永平寺を開いた道元のよって、以後、日本の料理の流れに大きな影響をもたらすことになる。 禅林の料理には、この道元を祖とする永平寺流の他にもう一つ「普茶」の系譜がある。 これは江戸前期の帰化僧・隠元が宇治に開いた黄檗山万福寺から始まった中国流の精進料理である。 ちなみに隠元ささげは隠元禅師が明国から我が国に移植したものと伝えられている。 黄檗山流の普茶は、料理法としてはもっぱら油と葛を併用するのが特色だが、これはやがて長崎に伝来した卓袱料理と融合し、独特の一派を形成する。 「普茶と卓袱と類したるものながら、普茶は精進にて全て油を以て佳味とす。 卓袱は魚類を以て調じ、仕様も常の会席などと別に変わりたることなし、但し普茶は下戸の好むもの、卓袱は酒を進むる仕様と心得てよし」うんぬんと江戸時代の料理書にある。 けんちん汁といえば庶民的惣菜の代表だが、これも普茶料理に由来するもので「巻繊」あるいは「巻煎」と書き、正しくはケンチェンと発音するよし。文字通り「繊に刻んで煎ったものを巻く」という意味で、野菜類の繊切りを炒めて湯葉で巻いたのが本来の姿。 鎌倉の建長寺で創案されたので、建長寺訛ってケンチンになったというのは信ずるに足らない俗説。 いたってありふれた材料を微妙な調理の技で見事な美味に変身させる禅林の知恵と工夫には学ぶべきところが少なくない。 |
| 香の物(こうのもの) |
| 今日では香の物といえば漬物全般を指すが、古くは味噌のことを香と言い、味噌汁を香の水といって、香の物とは大根の味噌漬けに限ったという。 また一説には、平安朝から室町期にかけて、香木を火にあぶって香りを聞き分ける聞香 という遊技があり、その際、途中で大根の塩漬けを噛んでは嗅覚をよみがえらせたことから、大根の漬物のことを香の物と呼ぶようになったとも言われる。 米糠を使った大根漬けが流行したのは江戸期からで、当時はこれを大根の百本漬けといい、それが沢庵漬けと呼ばれるようになったのは江戸中期の享保時代からだそうな。 品川・東海寺の開山沢庵和尚が考案したという説、和尚の墓石が丸くて漬物石ににているからと言う説、たくわえて大根、たくわえ漬けの訛りとする説などがあって、名の由来は定かではない。 |
| 酷(こく) |
| 酷(こく)酉が意符、告が音符で、ひきしめる意。 本来は濃厚芳醇な美酒を称える言葉。 日毎に風が冷たくなり、日が短くなっていく。ようやく仕事にけりをつけるころには、すでに夜の闇が濃い。何はともあれ熱燗という季節。酒の香気に鼻を濡らしつつ、次第に何かが全身にたぎるのを感じるとき、これぞまさしく「酷」なり・・・・と実感する。普段はもっぱら「ひどい」意にしか用いられない酷の一字だが、本来は、濃厚芳醇な美酒を称える言葉。酉(さけ)が意符、告(こく)が音符でまたひきしめる意を表す、すなわち酷とは酒の味・香が濃く強いの意・・・・と漢和辞典にある。「酷」の酒を親しき友と酌み交わす時、夜毎の寒さはむしろ歓迎すべきものとなる。 |
| 五辛(ごしん) |
| 修行僧が口にしてはならない強精食。 。にんにく、ひる、らっきょう、ねぎ、にら。禅家では強精滋養の効が強すぎるとして修行僧には禁ずる五辛である |
| 骨蒸し(こつむし) |
| 白身魚の頭や中骨に振り塩をして昆布を敷いた器に入れ、出汁を注いで蒸したもの。蒸し仕立てと呼ばれる吸物の一種で、潮仕立て(汁が多い)とすっぽん仕立て(酒が多い)の中間に当たる。汁を濁らせないように仕上げることが肝心である。 材料としては鯛、甘鯛、あこう、ほうぼうなどが用いられる。豆腐、野菜などを一緒に加えてもよい。 鯛など白身魚の頭やかま、骨付き切り身に塩を振ってしばらく置き、玉酒で洗って水気を切り、器に入れて出汁を注いで強火で蒸す。 豆腐、湯葉、生麩、キノコ、野菜などを取り合わすこともあり、昆布を敷いて蒸すなどルールはないが、骨酒、骨湯、骨蒸しと、いずれも姿のままであるか骨付きであるかである。 また、焼目をつけて焦げの香味を楽しむという方法もある。 |
| 昆布〆め(こぶじめ) |
| 昆布押しよりも長い時間かけて、素材に昆布の旨味をしみ込ませる方法のこと。 平目、鯛、鱸、針魚などの淡白な白身魚や、烏賊、平貝などを軽く塩をして昆布の間に挟み、押しをして、削ぎ作り、糸作り、乱切りにして刺身や酢の物にする場合が多い。極上等のものは2〜3ミリの厚さに切り、しめる。 |
| 直焚き(じかだき) |
| 材料をあらかじめ茹でずに、直接煮汁に入れて煮る方法。素材の持ち味が充分に生かされる。 |
| 時雨(しぐれ) |
| 「時雨」と頭にしぐれを冠せた料理名や菓子の名、光悦作の名物茶碗の名、小督局が用いた琴の名、芭蕉忌やながうた、はたまた葉木の枯れ色の名前にまで時雨が用いられます。 時雨とは気象現象のことで、多少の弱い風を伴った一時的な通り雨のことを言います。秋と冬の境目に降る秋しぐれが最も多く、俳句の季語では初冬になります。 多くの時雨現象は、晴れていたかと思うと、急に雨が降ってきます。かと思うと日が射してきます。 これは、照り降りの定めのなく降る初冬の雨で、日本特有の現象らしい。特に盆地や山沿い地方では変化が著しく、急に黒雲が低くたれ込み、北の山側に音もなく冷たいねずみ色の雨が降っているかと思うと、南半分は日が射しています。 煮方の一方法に「時雨煮」と言うのがあります。主に魚介類を醤油を利かせて佃煮風にしたもので、必ず古根生姜を加えます。 その代表的なものが、三重県桑名市の名物「時雨蛤」で、古くから伊勢路の土産物として有名です。美味しく焚き上げるコツは、蛤の殻ごと鍋に入れ、醤油、たまり、酒などを加えて焚き上げ、身だけを取り出してもう一度煮上げます。 そして必ず欠かせないのが生姜です。このままでもうまいのですが、酒の後、時雨蛤で茶漬けに勝る冬の夜食はありますまい。 滋味に富んだ蛤の奥深い味、繊に切った生姜が醤油の煮汁で鼠色の雨を思わせ、何とも風情のある初冬の味でもあります。 時雨味噌なる、なめ味噌の一種もあります。蛤のむき身を醤油と味醂と酒と生姜で煮上げて、練り味噌に練り込んだものです。 小豆をそぼろ状にして蒸し上げた「時雨羹」や「時雨饅頭」「時雨餅」などのお菓子もあります。 |
| 時雨味噌(しぐれみそ) |
| 混合嘗味噌の一種。赤味噌に蛤のむき身を加えたもの。 蛤の代わりに牡蠣を混ぜたものが牡蠣味噌である。 蛤のむき身を鍋で軽く煎り上げ、味噌醤油を煮立たせた中へ入れて味をつける。 この蛤をすくい上げた煮汁に味噌と砂糖を適宜に加え、とろ火でよく混ぜながら練り合わせ、やや煮詰まったころ再び蛤を戻して混ぜ、しばらく煮込んで火からおろす。 |
| 旬(しゅん) |
| 本来は「十日間」の意。 食味のうえでは 季節の恵みが熟した「まさに食べどき」 旬とは本来「十日間」の意。何でも出盛りの十日間が最上の美味。旬を味わうのが懐石の約束である。 |
| 純米酒(じゅんまいしゅ) |
| 醸造用アルコールを全く使わずに、日本古来の原料にこだわって造ったのが純米酒。米と米麹、水だけで造れています。更に原料の米には、精米歩合70%以下という基準も設けられています。 特徴は、濃厚でふくよかな味わい。通好みの酒とも言われています。 |
| 精進(しょうじん) |
| ひたすら仏道を修めて懈怠せぬ姿勢。 肉食を絶ち菜食とするのはその一部。 精進とつく言葉は随分いろいろある。 精進揚げは野菜類だけの天ぷら。精進日は祖先の忌日などに仏事供養のため肉食を絶つ日。 そういう精進日に先立って魚や肉をしっかり食べておくのが精進固め。 精進日が終わるのを待ちかねたように肉食に飛びつくのが精進明け。これは精進落としとも言うのはご承知の通り。 精進膾は魚類を用いない野菜ばかりの膾。精進ものしか食べないので何となく勢いのよくないのが精進腹。いまは見られないが、昔は精進髷とういう髪型もあった。不幸があったときに女性が結うもでの、俗に「泣き島田」と言ったそうである。 そもそも「精進」とは仏教の用語で、サンスクリットのVirya(毘梨耶・ビールヤ)の意訳。みずから厳しく制して身を浄め、一心に仏道を修めて懈怠せぬこと。別に「精勤」とも訳されるごとく、その主意はあくまでも精神修養にある。 『肉食を絶って菜食にする』というのは仏道修行のごく一部に過ぎない。 日本人の栄養状態が世界一流となり、最近では肉食過多の弊害が盛んにいわれている時代。精進日の習慣は鎌倉期に親鸞上人が広めたものというが、時には俗念を払うという意味で「精進の酒席」は如何なものであろうか。 |
| 食指(しょくし) |
| 人差し指の別称。御馳走にあずかる ときは、この指が自然に動くという。 「食指動く」の出典は「左伝」。楚の国から鄭の霊公へ大きなすっぽんが献上された。ちょうど霊公を訪ねようとしていた子公(公子栄)は、自分の人差し指(食指)が動くのを見て、「これは御馳走にありつく前兆だ」と連れの子家に言った。行ってみると、果たしてすっぽん料理が待っていたので、二人は顔を見合わせて大笑した・・・・というお話。 |
| 霜降り(しもふり) |
| 魚介類、肉類などを熱湯にサッとくぐらせて、表面が霜が降ったような状態にし、水に取り、あるいは氷水に取りなどして余分な脂分、汚れ,鱗、血合いなどを取り除く作業のこと。 |
| 真丈(しんじょ) |
| 真丈は白身魚の擂り身に大和芋、卵白、浮粉を加え、出汁と酒でのばします。大和芋と卵白の量を多くすればフワッとしたものになります。少なくすればシコッとしたものになります。 浮粉の量は擂り身の1割くらいが妥当です。今では既製の擂り身を使うことが多いので、のばし加減や味付けは擂り身の質によって調節しなければなりません。 のばし加減は料理人の感覚というか、なかなか難しい部分ですが、椀種にする場合は手からこぼれ落ちるくらいの柔らかさにすると、ちょうどよい仕上がりになります。これでまとまるだろうかと心配になるくらいで大丈夫です。 塩の量は擂り身の塩分に応じて加減します。また、擂り身の質が落ちる場合は生クリームや玉子の素を少々加えると味をカバーできるだけでなく、綺麗な乳白色に仕上がります。 真丈は湯取りでもよいのですが、蒸したほうが旨味が逃げず、形もしっかりするようです。出来立てが最高で、冷めたものを温め直すと味が半減しますから、真丈地を作ったら冷蔵庫に入れ、出す直前に火を入れるようにしたいもの。 冷蔵庫でしばらく寝かすと、少し締まって落ち着きます。 |
| ジンタ和え |
| 枝豆をすりつぶして和えたもので、東北地方で主に呼ばれている言葉である。 作り方は、枝豆を柔らかく茹でて豆を出し、中の薄皮も除き、すり鉢でよく摺って裏漉しする。塩、砂糖、醤油少々で味を整える。 和えるものは、烏賊など淡泊な魚介類、焼き茄子などがよい。 |
| 真味(しんみ) |
| いかなる技巧も及ばぬほんものの味。 簡素を第一とする茶懐石の基本姿勢。 加賀前田藩に仕えた儒者・林瑜が文政五年(一八二二)に復刻して以来、洪自誠の「菜根譚」はすでに百六十余年に渡り、多くの人々の座右の書となってきた。菜根とは呼んで字の如く菜っ葉や大根のような粗食のことである。 簡素な生き方の中にこそ真の実りのある人生があるとする思想が、そのさりげない書名に込められている。 洪自誠が生きた明代万歴年間は、高度に完成された支配体制のもとで、社会全体ががんじがらめにされた閉塞の時代であったという。その中で彼はあくまでも清冽な倫理観を貫こうとした。 菜根譚は前後合わせてもごく小さな小部の警句集に過ぎないが、それだけに座右に置いて、折りあるごとに開くに適した好著である。 前集第十五項にこうある。「友に交わるにはすべからく三分の侠気を帯ぶべし。人となるには一点の素心の存するを要す」。 素心とは純粋な気持ちである。それを失ったとき人間はもはや人間でなくなる。「一点の素心」を守ることに生涯をかけた洪自誠の生き方は、今日我々にこそ最も必要なのではあるまいか。 「 醸肥辛甘は真味にあらず、真味はただこれ淡。神奇卓異は至人にあらず。至人はただこれ常 」菜根譚前集第七項。余りにも有名な一句である。 あれやこれやと趣向を凝らして調味した結果は、たいてい本物の素直な味に及ばない。真味とは山中に湧く清水の如く淡々とした味である。料理も酒も、そして人の道も、肝腎なのは真味。 |
| 赤飯(せきはん) |
| 4月には、入園、入学、入社といった人生の節目に当たる儀式が行われます。日本の風習では、おめでたに「赤飯」はつきもの。この赤飯は、すでに室町時代の祝い事に用いられていたと言われます。 中国の古い言い伝えによると、赤い色はものを清めると信じられていたようで、お祝いやお祭りなどのおめでたに小豆を使ったのが赤飯や小豆粥の由来といわれます。 稲がわが国に伝来した当時、米と言えば大方が赤米でした。その後、赤米は次第に淘汰され、小豆を用いて昔の赤米をしのんだのが赤飯であり、小豆粥であるとも言われます。 その小豆は中国、朝鮮半島、日本など東南アジアに限って食される所から、これらの地域の人々を小豆民族などと呼ぶこともあります。 日本の土俗、習俗では、黒は不浄、不吉とされ、赤も血を連想するところから不浄とされていました。 赤飯もある時代には不祝儀の食物とされたこともあったようですが、多くの場合、赤色は火の色とともに吉祥の表象と考えられました。 こうしたことから、小豆は赤飯(強飯)、小豆粥、ぼた餅等の形で祭礼やお祝いに不可欠な食物となったようです。そして赤飯に南天が添えられるのは、南天には中風を予防するなどの薬用効果があるほか、「難転」すなわち災難を転じて福となす意からであるといわれます。 胡麻塩も赤飯には不可欠ですが、胡麻は古来「不老長寿の秘薬」とか「食べる薬」とか言われ、栄養的にも理にかなっています。 |
| 雑煮(ぞうに) |
| 正月の祝膳として雑煮は欠かすことが出来ませんが、本来は大晦日の夜、歳神様に供えた餅や野菜などを元旦の朝下げて、年男が早朝に汲んだ若水と忌み火を使って膳を調えるのが習わしでした。 神に供えた飲食物をお祭りに参加した者が分け合って食べることを直会(なおらい)と言いますが、雑煮も、歳神様に恵方詣でをしてから元旦に配分して食べる直会式に相当するもので、古くは煮雑と言って、一つの鍋に混ぜ入れて煮たのが始まりでした。 雑煮にというような不自然な名が付いたのは、臓腑を保養して体を温める意味から保臓と呼ばれ、烹雑、つまり煮雑羹が転じて雑煮となったのです。 隣雑煮の言葉もあるほど雑煮はその土地、その家で特色があり、材料や調理法なども千差万別と言って過言ではありません。 そして、全国の雑煮を大別すると、四角い切り餅を焼く清汁仕立てと、丸餅を茹でる味噌仕立て、小豆を用いる小豆雑煮と言うことになろうかと思いますが、中に入れる具、出汁を引くための材料に至るとまさに千変万化です。 また中に入れる具により、青菜を入れて「名をあげる」、親芋を入れて「人の頭に立つ」、小豆を使って「不老長寿」、鰤を用いて「出世を願う」など、各地で様々な縁起もあります。 雑煮に用いる端は、柳の木で作る太箸が習わしです。 今日、杵つきの厚く大きい餅は少なく、箸が折れることはありませんが、かつて足利義勝が八歳で七代将軍を継いだ春、雑煮箸が折れるという不吉があり、秋には落馬して死亡すると言うことがあって、弟の義政が八代将軍となってからは雑煮の箸は柳の木で太く作って用いるようになったということです。 柳は白く清浄で丈夫であるため霊が宿ると言われ、「命の杖」として太い柳箸を用い、そして三が日用いたら炊きあげてお清めをする。これも古くからの習わしと言われています。 |
| 酣(たけなわ) |
| 「甘」とは口の中に食べ物を含んだ形。 「酉」は本来、酒壺の象形、転じて酒。 たけなわの「酣」と言う文字は、酉が酒壺すなわち酒を表し、甘は美味・楽しみ・満足を表す。 つまりは、酒がうまくてたまらぬこと。 酒宴の真っ盛りの愉快な気分をいう。いまを盛りと赤や紫に染まっている木の葉の形容に「酣紅爛紫」という言葉もある。 盛大な酒宴がお開きになれば酉(さけ)が卒(おわる)で「酔」という次第。 |
| 出汁(だし) |
| まず、鍋に水を張りますが、その際、水道水はそのまま使うとカルキ臭いので、汲み置きしておいた水を用います。市販のミネラルウォーターを使用しても確かによい出汁がとれますが、経済的な面で問題です。 最近では浄化器を使用する店も多いようですが、汲み置きしておいた水に一割ほどミネラルウォーターを入れるだけでも随分と違ってきます。 次ぎに、水を張った鍋に昆布を浸します。水2Lに出汁昆布20g(乾いた布巾で両面を拭き、表面の砂や埃を落とす)を入れ、4〜5時間置きます。こうしておくと、出汁昆布の旨味成分であるグルタミン酸が水に溶けてきて旨味がつきます。 昆布を引き上げ、鍋を火にかけます。水が沸き始める寸前の90℃ほどのとき(この温度の湯の状態を松風の頃といい、茶の湯でもこの温度の湯を用いて茶を点てる)に火を止め、削り節を入れます。削り節は、60〜70g使用します。上等の吸物の出汁を取るときは、「抜き」と呼ばれる血合いの混じらない削り節を用います。鍋に削り節が沈むのを待って、上のアクをすくい取り、布漉しとします。 時間のない時は、鍋に水を張り、昆布を入れ、火にかけ、昆布がゆるんで3分ほどしたら昆布を引き上げます。あとは前記と同様です。この出汁は一番だしといい、吸物に使います。 漉した削り節と昆布を鍋に戻して水を張り、火にかけ、沸いたら火を細め、4〜5分静かに煮て、布漉しすると、2番だしが得られます。これは海苔茶漬けなどに使用されます。 煮物や茶湾蒸しなどの時は、濃い出汁を取ります。2番だしを取るとき、水を多めに張り、血合い節を加えて火にかけ、沸いたら5分ほど静かに煮出し、アクをすくい取って、布漉しとします。 これらの出汁には、昆布の旨味成分であるグルタミン酸と、削り節の旨み成分であるイノシン酸とが溶け出しており、その相乗作用から、それぞれを単独で用いたよりも更に旨味が増加しています。一番出汁では、その旨味の他に削り節や昆布の香り、独特の風味も加わります。 また濃い出汁では、血合いの混ざった削り節と昆布の旨味を充分に煮出すので、厚味、コク味、広がりというものも感じ取ることができます。 その濃い出汁に塩、砂糖を加えることにより、いわゆる「味覚」が成立します。また醤油や煮切り(酒・味醂)を加えることにより鰹節の香り、昆布の香り、旨味成分による厚味やコク味が鮮明になります。 |
| 卵焼き鍋 |
| 四角いフライパンのようなもの。当店で使用のものは銅製で、プロ使用のものですが、フッ素加工のものでも良いんです。 大きさも色々あって、近所のデパートなどで売っておりますが、市場の道具屋さんの方が二割ほど安いようです。最初にお使いになるときは油焼きが必要です。 なお,焦げ付かないように使用した後も油焼きなどをして手入れが肝腎。 |
| 茶の子(ちゃのこ) |
| 手軽で腹にたまらぬ簡単な食べ物。 転じて、物事が容易にかたづくこと。 肩の凝らない気軽なおしゃべりを「茶飲み話」といい、その楽しみを分かち合う仲間を「茶飲み友達」という。 小生意気で、べちゃくちゃと口数が多く、出しゃばりで目立ちたがりの小娘が「お茶っぴい」。これはもともと「お茶を挽く」という言葉から転じたもの。 「茶挽」は始め、文字通り臼で茶をひくことであったが、もっぱら暇なときの仕事ということから、遊興の巷で「口のかからない女」の意に変わったのである。 「茶臼芸」というあざけりことばもある。中途半端で一芸として通らぬものを指していう。 「茶にする」は「茶化す」と同義で、ひやかしたりなぶったりすること。「茶々を入れる」は人のすることに横から口出しをして邪魔する意。 底の見えすいた浅薄なふるまいが「茶番」。 こんなふうに「茶」につく言葉を拾っていくときりがない。しかも本来の意味を離れて第二義的に用いられている場合が多い。 それだけ茶というものが日本人の暮らしに深くとけ込んでいることになる。 物事が容易なことを、よく「お茶の子さいさい」という。「茶の子」とは本来、茶を飲むときに添えて出す簡単な食べ物のことで、「茶請け」ともいい、茶事の「点心」にも通じる。手軽で腹にたまらないから「お茶の子さいさい」である。 供するものがたとえ茶の子に過ぎなくても、そこに亭主の心がこもってさえいれば立派なもてなし。 ただし「お茶の子さいさい」の気の緩み、断じてあるべからず。 |
| 茶ぶり(ちゃぶり) |
| 霜降り、湯ぶり、茶ぶりなど「ふり」なるものは振り動かすことで、海鼠の茶ぶりの場合は茶を煮出した(70度〜80度)中に程よい大きさに切り出した海鼠を入れて振り動かしてやわらかく戻す方法であります。 |
| 妻(つま) |
| 妻とは刺身のあしらえに使うものの総称で、けん、つま、辛みの三つからなっている。そして、毒消しと消化を助ける役目をかねている。 けん・・・打ち妻の意。大根、胡瓜、茗荷、南瓜、独活、人参等。 つま・・・立て妻、芽妻、敷き妻、添え妻に大別され、穂じそ、花丸、うど芽、浅葱等を立て妻という。赤芽、青芽、紫芽等を芽つまという。大葉紫、蘇、胡瓜の葉、菊葉等を敷きつまという。菊花、岩茸、水前寺海苔、海藻を添えつまという。 辛み・・・山葵、辛子、生姜、ニンニク、紅葉卸し、人参卸し等。 |
| 田楽(でんがく) |
| 春の代表的な香辛料に木の芽、つまり山椒の若芽があります。この木の芽を味噌にすり混ぜ、豆腐に塗って焼き上げる春の美味なる料理に木の芽田楽があります。 「田楽の口は遠くであいて行き」この句は田楽を食べる姿を描いたもので、次の川柳は、田楽という料理の語源を解き明かしてくれます。 「田楽は昔は目で見今は喰い」 田楽とは、本来、日本芸能の舞楽のひとつで、すでに平安時代から行われていたものです。 田植えなどに笛、鼓などをならして舞い歌った農耕儀礼から、やがて専門の田楽法師が生まれ、腰鼓、笛、銅釼子、ささらなどを用いる群舞と足高に乗り品玉を使って刀剣投げなどの本芸を見せるものとなったが、鎌倉時代に入り、猿楽と同様に歌舞劇である能をも演じるようになったのです。 豆腐に竹串を刺して焼いた料理が田楽法師の高足にとりついて踊るさまに似ているところから、いつしか田楽と呼ばれる夜運になったのです。 貞和6年(1350)、京都祇園神社の記録にすでに田楽という名称があり、かなり古くから料理として食べられていたようで、京田楽は串を2本刺し、江戸では平串を1本刺すのが定式だったようです。 豆腐田楽といっても、今日のような木の芽田楽ではなく、醤油をかけてあぶり、更に味噌を塗って焼く程度のものでした。 宝暦10年(1760)東海道は目川の菜飯田楽は街道名物となっており、江戸へ向かった土御門卿は従者に買わせて試食しましたが「おもひのほかに味なくぞありける」と落胆の様子。 これに対して、享和元年(1801)に大阪へ向かった蜀山人は「田楽の豆腐あたたかにものして味よろし」と満足であったようです。 「小気味よく木の芽田楽焦がしけり」 桂半夏の句ではありませんが、味噌の焼けこげる香りは、たまらなく食欲をそそります。田楽は春の喜びを感じる味でもあります。 このほか、柚子味噌や鶏味噌、胡麻味噌などを使った田楽や魚田もあります。 |
| 田麩(でんぶ) |
| 鰹、鯛、鮃、海老など、魚肉の加工食品の名前。 魚を三枚に卸して適当に切り、茹でて水に晒して、当たり鉢で軽く摺りほぐし、酒、味醂、砂糖、塩で調味して煎り上げる。 白身魚に食紅を加えれば、紅田麩となり、土佐醤油で味付けしたものが土佐田麩である |
| 天盛り(てんもり) |
| 料理を盛り付けた後に最後にのせる季節的なものや薬味的なもの香辛料的なもの。 「盛り付けてからまだ誰も手をつけてませんよ」という意味もある。 |
| 当座(とうざ) |
| 当座は、さしあたってとか、とりあえずといった意味。 最近は一般にはあまり使われなくなったようだが、銀行の当座預金でおなじみのはず。 料理の場合は、長期保存はきかないが、当座の間はもつものに、この名がつけられる。当座煮や当座漬けなどがある。 当座煮 酒と醤油でやや辛目に煮るが、佃煮ほどは保たない。一週間から十日が目安といえるだろう。蕗の当座煮が良く知られている。また牛肉の時雨煮も当座煮の一種である。 当座漬 塩味が比較的薄い漬物で、沢庵漬けなどの本格的な漬物ができるまでに食べるものをいう。白菜の浅漬けやその他の菜漬けがこれに相当する。塩加減は大量の目方の四%くらいで、二〜三日から十日で漬け上げる。 |
| 東寺揚(とうじあげ) |
| 東寺は湯葉の別称。湯葉は京都の東寺(教王護国寺)で作られたのが最初といわれており、それで湯葉を東寺と称するようになった。東寺揚げは、衣に湯葉を用いた揚物のことである。 湯葉は火の通りが早いので、高温の油で長時間揚げるのは禁物。材料はあらかじめ火を通すか、あるいは薄く切って使用するのがポイント。 これに小麦粉、卵白を付ける。衣に干し湯葉を用いる場合は、細かく砕いて材料にまぶすか、柔らかくしめらせて材料を包む。生湯葉の場合はそのまま包んで差し支えない。 材料は白身魚、海老、鶏肉など、湯葉の持ち味を生かせる淡白なものが適している。 干し湯葉をしようした場合は素塩、生湯葉の場合は天つゆで供する。 |
| 道明寺(どうみょうじ) |
| 道明寺揚 変わり揚の一種で、材料に小麦粉、卵白をつけ、道明寺粉をまぶして揚げる。 煎った道明寺(新挽粉、みじん粉の名称で市販されている)を使用すると簡単にできる。色をつけないように白く綺麗に揚げるのがポイント。材料は海老、鱚、白身の魚などが向く。 道明寺蒸し 材料に道明寺粉をかぶせたり、あるいは中に道明寺粉を包んだりして蒸したもの。 道明寺粉は同量の熱湯(出汁を使う場合もある)、塩少々を加えて蓋をして蒸らし、軟らかく戻したものを用いる。吸い味の出汁で薄葛あんを作ってかける。 |
| 栂尾煮(とがのおに) |
| サツマイモの砂糖炊きのこと。サツマイモらしい固さを残しながら、外側を三割ほど煮崩して、滑らかな口当たりに仕上げるのが特徴。 前菜や焼物のあしらいなどに用いる。 名前の由来については、京都・栂尾の高野山が最初に精進料理の一品として出した、祇園にあった「栂尾」という料理屋が創案した、とのに説がある。 薩摩芋は約3cmの輪切りにし、皮を厚く剥き、一昼夜水に漬けてアクを抜く。鍋に入れてひたひたの水を注ぎ(色が鮮やかにしたい場合は、クチナシの実を入れる)、火にかけて三割ほど火が通るまで茹でる。 これを水に晒して再び鍋に入れ、ヒタヒタより少な目の水を加え、砂糖の量は好みによるが、やや甘めの方がよい。 七分目くらい火が通ったら、木じゃくしで静かにかき混ぜながら煮る。薩摩芋が3〜4割煮崩れ、煮汁が少し残っているところで火からおろし、別の容器に移して冷ます。 茹でた枝豆や新銀杏などを散らすと、彩りよく仕上がる。 |
| 土用(どよう) |
| 土用は歴法で1年に4回あります。立夏の前、18日を春の土用、立冬の前18日を秋の土用、立春の前18日を冬の土用といい、普通には夏の土用を指します。 最初の日を土用の入りといい、農耕用語でこの日を土用太郎、第2日目を土用次郎、3日目を土用三郎と呼んで、農家にとって大切な日とされています。 なぜなら土用三郎が快晴なら豊作間違いなし、雨なら凶年とされるからです。 日本の古暦法は陰暦で、太陽暦とは40数日のずれがあります。 食物では土用鰻や土用蜆があり、今日なお土用鰻の言葉は健在で、夏の土用丑の日は鰻屋さんの書き入れ時。この日には鰻を食べると、夏負けしないという言い伝えは諸説があるようですが、「本日土用丑の日」と鰻屋に頼まれて書いた平賀源内の宣伝文句が功を奏したといわれています。 蜆も一年中食べますが、土用蜆は格別で、熱い蜆汁は暑気を払って夏負けを防ぐと共に黄疸にも効ありとか。 また、蜆を熱湯に入れ、口が少し開き加減になったら笊に上げ、醤油に煮切った味醂と酒を各一割ほど加え、レモン汁と出汁少々で加減した中に浸し、冷たくして食べます。 夏場はことのほかうまい酒の肴になります。 土用についた餅を食べると格別力が付くことから土用力餅の風習もあり、地方によっては疫病除けの呪いにもされています。 土用干しの風習も健在で、梅雨期に漬け込んだ青梅に、赤じその葉の塩もみを加え、赤く漬かった梅干しを土用の晴天に3日3晩かけて干します。 かびや虫害を防ぐために衣服や煮物、掛け軸なども土用の晴天に干します。 夏は食が細ると共に暑気のため体力が著しく衰えることから、土用卵、土用灸などと古くから養生にも心がけてきました。土用波とか土用あい、土用凪などと気象にまつわる用語でもあるようです。 |
| 南蛮(なんばん) |
| 室町時代から江戸時代にかけて、東南アジア諸国を南蛮と呼び、南蛮を経て航海してくるポルトガル人やスペイン人を南蛮人といった。転じて舶来品の名称となり、香味に葱や唐辛子を使った料理や油で揚げるなどの新しい手法を用いた料理に、この名を冠するようになった。 おなじみの鴨南蛮のほか、南蛮焼き(鉄板に油を引いて焼く)、南蛮煮、南蛮漬けなどがある。 |
| 南部(なんぶ) |
| 胡麻を用いた料理に付ける名称。 胡麻をまぶして揚げた南部揚、胡麻を加えたたれに付けて焼いたり、焼き上がりに胡麻を振りかけたりする南部焼きなどがある。 また胡麻酢を南部酢と表現する場合もある。 名称の由来については、南部(現在の岩手県)が胡麻の主産地であるため、あるいは南部の殿様が胡麻が大好物だったためといった説があるが、定かではない。 胡麻を使った料理には「利久」の文字を冠するものもある。千利休が好んだ料理と伝えられているが、こちらも歴史的な実証性はないようだ。 |
| 煮抜き卵(にぬきたまご) |
| 固ゆで卵の関西での呼び名であり、ぬきみ卵とも呼ばれ、煮抜きと略しても呼ばれる。 また、生卵を煮汁に割り入れて煮込んだもの、半熟卵の殻を剥いて煮込んだもの、割落とした卵を湯煎煮にしたものなどのこともいう。 |
| 濃餅(のっぺい) |
| 里芋を煮込んで澱粉でとろみをつけた料理に「のっぺい」と言うのがあります。 発祥は島根県の津和野と言われます。 この地は良質の里芋ができるところから、中国風の手法を取り入れて作られるようになったもので、汁が餅のように粘ってのっぺりとし たところから「濃餅」と名付けられたとか。 寛永年間に出版された「料理物語」に、カモ、シギ、ウズラなどの肉を用い、小麦粉でとろみをつけた料理法がでておりますが、それが「のっぺい」の始まりと言われます。 能平、ぬっぺい、のっぺ、のっぺい湯、ぬっぺい汁、のっぺい煮などとさまざまに呼ばれて、各地に郷土料理として今なお根強く残っています。 奈良春日神社の若宮祭に供えられるのっぺいは、里芋、人参、大根、牛蒡、椎茸、蒟蒻、葱、それに油揚げが入る具沢山で、醤油と砂糖で調味し、葛粉でとろみをつけます。 岩手県の遠野地方になると、すりおろした山芋におろし大根を混ぜて汁に落とし入れ、豆腐、滑子を加え、醤油味で、芹や葱、もみ海苔などを振り入れて食べます。 福島県になると、凍み豆腐が入ります。それも、婚礼の祝膳として平椀に盛って最後に出される汁物です。 お祝い料理の残り材料を使って作るのが習わしで、この汁が出たら、これで材料は全部使い切りましたという、宴の終了の合図でもあります。 松江地方になると、赤貝が入ります。大晦日や寒い日のご馳走で、里芋、人参、大根、蒟蒻などを乱切りにして煮込み、充分味がしみこんだ頃合いで赤貝のむき身を加えるのが特色です。 「鳥のっぺい」、「イノシシのっぺい」、「山鳥のっぺい」などと肉を用いたのっぺいが古法のようで、材料の切り方や煮汁の濃淡によって 冠婚葬祭それぞれに用いてきました。 季節によっては筍や山菜、蓮根なども加わり、生麩を油で揚げて鴨肉に擬したのっぺいもあったようです。 |
| 白扇揚(はくせんあげ) |
| 白煎揚とも書く。また白妙揚(しろたえあげ)と表現することもある。 卵白と片栗粉を合わせて泡立てたふんわりした衣で、色をつけないように白く揚げた上品な揚物。 奇麗な白色に仕上げるために、材料は一度火を通したものか、火の通りの早いものを用いる。 新しい油を使って中温で揚げるのがポイント、イカ、さより、小海老、笹身、蟹、野菜などが向く。 |
| 八寸(はっすん) |
| 客と亭主が盃のやりとりをする儀礼。 本来は男山八幡の神器に由来する器。 向付 に飯と汁。椀盛り。御菜。この一汁三菜で終わるのが懐石の本来の姿である。 だが、一期一会の尊い一刻を主となり客となって分かち合った歓びは何にも代え難い。そこで、箸 洗いと呼ばれる白湯に近い吸物で一汁三菜に用いた箸を清め、そのあとに八寸と銚子を持ち出す。 これから正客の盃を借り受けて、連客と亭主が献酬 という盃事をする事になるが、その献酬のための肴として、なまぐさ物と精進ものの二種を盛り合わせる器が八寸である。 もともとは京都洛南の男山八幡の喰始膳として使われていたのを、利休が茶事に採り入れた物と伝えられる。 柾目正しい杉木地の八寸が正式だが、、今では陶磁器の物もあり、ことに名残月では少しくだけて、いろいろな変種も用いられる。 八寸四方の広い空間を、ごく小量の二種の肴で間然するところなく埋めなければならないわけだから、その盛りつけはなかなかに難しいいくつかの流儀はあるが、左手前に一品、右向こうに一品、それも手前にやや多く、向こう側に少なく、手前はやや高めに、向こうは低めに・・・・・というのが一応の原則であると茶懐石のさる名人は教えている。 八寸に盛る肴は、儀礼的な一献のためのものゆえ、ごく小量で気のきいたものが要請される。ここではあくまで酒が主役。 酒事における最も好ましい肴の姿が八寸に象徴されている。 色・形・味それぞれに対照的な二種の組み合わせに一期一会の心入れを。 |
| びしゃ玉 |
| 全卵を5〜6分通り煎り上げたもの。このまま料理として使うのではなく、つなぎとして用いる。 煎りすぎると煎り玉子になってしまって、つなぎにはならないので、途中から中火にし、更に弱火にするなど火加減に注意する必要がある。 似たような仕事に練り卵があるが、これは卵黄を二枚鍋で練り上げたもので、黄身寿司などに使用する。 |
| 氷頭(ひず) |
| 氷頭というのは鮭の頭の軟骨で、半透明で氷のように見えるのでこう呼ばれています。 鮫にも氷頭がありますが、よく使われるのは塩鮭の氷頭で、薄く切って膾にします。これを氷頭膾といい、代表的な料理です。 氷頭はコリコリッとした歯触りが楽しめ、しかも透明感があって料理の彩りを引き立ててくれますから、出来れば捨てずに活用したいものです。 氷頭は目の上の当たりにありますから、鮭の頭を梨割りにして、目の上の周辺を切り取ります。1〜2水に漬けて塩抜きし、柔らかくなったら手でむしって皮やその他の不純物を取り除き、氷頭を取り出します。 氷頭はごつごつした小さな軟骨で、周りのものが食い込んでいるため庖丁では旨く獲れません。この氷頭を短冊に切り、胡瓜、大根、人参などの野菜、甘酢漬けの海月などを取り合わせ、針生姜を入れた甘酢であえます。 別の手法として、皮付き氷頭膾があります。氷頭の周辺を皮ごと1〜2mmにスライスし、それから塩抜きします。 先に塩抜きしてしまうと、ぶよぶよになって切りにくくなります。これを針生姜を入れた甘酢に漬け込むと、皮も美味しくなって酒の肴に絶品。 煮物にする場合もあります。塩抜きした鮭の頭を大根と一緒にあら煮風に煮ます。とろけるくらいまで煮ると、氷頭のコツコツした歯触りが何とも言えず、これもなかなか美味しい料理です。 |
| 翡翠揚(ひすいあげ) |
| 翡翠のように美しい緑色に仕上げた揚物。刻んだ銀杏、そら豆、枝豆などをつけて揚げる。 銀杏は8月下旬から10月中頃までの緑色の新銀杏を用いる。材料としては白身魚や海老などが適している。 |
| 深川飯(ふかがわめし) |
| 戦争間際までは、浅草田原町あたりには深川飯を食べさせる屋台が並んでいたそうです。 そのころの深川飯は、油揚げ、豆腐、刻み葱、浅蜊のむき身を一緒に味噌で煮込み、どんぶり飯に掛けて食べるというものでした。 昭和初期には屋台で売られただけでなく、家庭料理としてもある程度普及していたようで、主婦向けの料理書にも紹介されていました。 当時の深川飯の作り方を要約すると、鍋に酒を5杯ほど入れて火に掛け、長葱の五分切り半本分と浅蜊のむき身30粒を加えてお湯をひたひたに注ぎ、砂糖1杯と粒味噌4杯ほどを加えてどろっと煮溶かし、炊き立ての熱いご飯をどんぶりに8分目ほどよそり、上から浅蜊の味噌煮を一面に掛け、熱々をかき込んで食べるというものでした。飯というより、丼です。 醤油味で煮あげた浅利をご飯に混ぜるという深川飯もあります。 浅蜊のむき身を酒と味醂と醤油と生姜の千切りで煮上げ、炊きあがったご飯に混ぜ、長葱の小口切りを振り込んで食べます。 もう一つは、出汁に酒をやや多目に加え、味醂少々と塩と薄口醤油で加減を調え、油揚げの繊切りと浅蜊のむき身と生姜の繊切りで煮上げ、煮汁を水代わりに用いてご飯を炊き、蒸れたご飯に混ぜ、浅葱ともみ海苔を振りかけて食べます。 いずれも深川飯といいますが、後者は料理店の仕事のようです。 深川は江戸時代における庶民文化発祥の地であり、浦安港とは背中合わせの土地柄、古くは蛤、浅蜊などの名産地ともいわれました。蛤、浅蜊などの貝類を専門に売る漁師の家が並ぶほどで、ここで入手する浅蜊は最高級品とされていました。 最初は売れ残った浅利を漁師が作って食べていたものを、安くてうまいので屋台で売られるようになり、庶民にも広まり、深川の地名を冠せるようになったのが名の由来のようです。 |
| 吹き寄せ(ふきよせ) |
| 秋から初冬にかけての献立に用いられる料理名。 栗、銀杏、キノコなどの様々な秋の味覚を彩りや喰味良く取り合わせ、木枯らしに吹き寄せられた落ち葉の風情を出したもの。 日本料理ならではのネーミングで、言葉の響きが美しいためか、春や夏の献立にも使われているのを見かけるが、吹き寄せはやはり秋に使うべき名称である。 吹き寄せ椀、吹き寄せ造り、吹き寄せ煮、吹き寄せ鮨、吹き寄せ御飯、吹き寄せ鍋など多種の調理法がある。 |
| 袱紗(ふくさ) |
| 料理用語の袱紗には幾つかの意味があるが、茶道で用いられる袱紗(表裏二枚の布を合わせたもの)のように、二つの材料を合わせたものを指す場合が多い。たとえば袱紗味噌は、白味噌と赤味噌を合わせたものである。 袱紗は柔らかいことをも意味し、半熟程度に仕上げた柔らかい卵料理を袱紗卵という。また袱紗はものを包むために使われることから、包んだ料理を指す場合もある。 袱紗鮨がその例で、茶巾鮨と同じだが、包み方を袱紗包みにする。 |
| 風炉吹(ふろふき) |
| 分厚く輪切りにした大根煮熱い柚子味噌がたっぷりかかった風炉吹大根。滋味豊かな至福を感じる冬の味ともうしても過言ではありません。 大根の茹で加減、味噌の味加減、風炉吹の温度、この三位一体の調和で味が決まります。材料は大根に限ったことではありませんが、風炉吹とは面白い言い方です。 サウナは日本が発祥の地ではないかといわれます。 昔の風炉は、現在のようにたっぷりのお湯につかるのではなく、体を熱く蒸し上げる蒸し風呂でした。客に息を吹きかけながら垢こすりをする風炉吹という者もいました。 熱い大根をふうふう吹きながら食べる様子をその風炉吹がよく似ていることから「風炉吹大根」と呼ばれるようになったようです。 蒸し風呂に風炉吹がいるからと言って、人間の体と大根戸では違いがありすぎますが、ありそうな話として面白く思われます。 昔は漆器を乾燥させたり貯蔵する場所を風呂場と言いました。漆器は、漆を何度も何度も塗り重ねて仕上げますが、冬は漆の乾きが悪く塗師は困っていました。 ある時、ある僧が塗師に「大根の茹で汁を風炉にきり吹きするとよい」と教え、塗師がその通りに実行すると乾きは確かによくなりました。 しかし、困ったのは茹で汁を採った後の大根の処置。仕方なく近所に配りました。 ある人が熱く温めて熱い味噌を絡めて食べてみたところめっぽううまく、隣近所の人々に教えたためこの食べ方が広まり、大根の茹で方や味噌の練り方にまで工夫が凝らされ、今日のような 風炉吹大根になったということです。 上に塗る味噌も鳥味噌、胡麻味噌、胡桃味噌など種々あり、温めた蓋ものを取る喜びは一塩のものがあります。 |
| 焙烙焼き(ほうろくやき) |
| 材料を焙烙に入れて蒸し焼きにした料理。 焙烙は深い丸皿型をした素焼きの土鍋で、火の当たりが柔らかいので、胡麻などを煎ったりするのによく使われている。 煎り鍋とも言う。焙烙焼き用には蓋や受け皿がついていて、そのまま卓上に出せる洒落たものが出来ている。 松茸の焙烙焼きが代表的だが、他にも色々な材料が利用できる。 焙烙に塩と松葉を敷き、松茸、魚介類、鶏肉、海老、ゆで卵、それに季節の野菜などを取り合わせ、もう一枚焙烙をかぶせて蓋にし、オーブンで焼く。焙烙ごと出し、熱いところをポン酢醤油ですすめる。 昔は直火にかけ、蓋の上にも火をおき、上下から熱を加えて蒸し焼きにした。材料の香気を逃がさない日本独特の焼物で、秋の献立によく用いられる。 生から蒸し焼きにするには20〜25分かかるので、早く仕上げたい場合はそれぞれ別に焼き、焙烙に入れて温める方法もある。 関西では焙烙のことをほうらくと呼んでおり、献立名の場合は法楽焼きと表現する。法楽は楽しみの意。ここからきた料理名で、目の法楽、味の法楽になるように、材料は大変豪華になっている。 |
| 真砂(まさご) |
| 真砂は細かい砂のことで、それに模した料理に冠する名称である。 真砂揚は、魚の切り身に新挽粉、胡麻、芥子の実などを付けて揚げたもの。真砂和えは、材料を鱈子、数の子、唐墨などの魚卵で和えたもの。材料としては貝類、烏賊、独活、山芋などが用いられる。 |
| 松風焼(まつかぜやき) |
| 芥子の実や胡麻を表面に振りかけて化粧した焼物。表はにぎやかだが、裏は寂しいことから「うら寂しい松風の音」と洒落て付けたネーミングである。 魚介類や肉のミンチを調味し、流し缶に入れて、表面に芥子の実、または白胡麻をふって焼く。材料としては鶏肉が用いられることが多いが、白身魚、海老、合鴨、烏賊、帆立貝などでもよく、また玉子を使ってもおもしろい。 |
| 松葉(まつば) |
| 松葉のような形に飾り切りしたものにつける名称。 松葉海苔、松葉柚子、松葉独活、松葉牛蒡、松葉蒲鉾、松葉昆布等がある。 この他に松葉と名の付く料理には、適当な長さに折った蕎麦や素麺をまぶして揚げた松葉揚げ、松葉を敷いた上に材料を乗せて蒸し焼きにした松葉焼き、松葉に小さな材料を刺した松葉刺し等がある。 |
| 松前(まつまえ) |
| 昆布を使った料理に冠する名称。 江戸時代、昆布が北海道の松前藩から送られてきたところから、松前が昆布の代名詞となった。松前漬け、松前蒸し、松前鮨等がある。 |
| 水漉し(みずごし) |
| 卯の花などを裏漉しする場合に用いる手法。粗めの裏漉し器を裏返して材料を入れ、たっぷりの水を張ったボールに漬け、手でかき回しながら水の中に漉す。盆ざるか裏漉し器に布を敷き、ボールの中の材料を水とともに静かにあけ、布巾に残った材料をしっかりと絞る。 |
| 水塩(みずしお) |
| 塩1、水2の割で合わせ、煮立てて漉した濃い食塩水で、料理の味付けに使用する。 まとめて作り、瓶に入れて保存しておくとよい。吸物、煮物などに塩味を加味したいときに用いると、速やかに、しかも村なく味がゆきわたる。 |
| 御手洗(みたらし) |
| 京都下鴨神社の名物である御手洗団子にちなんだ名称で、葛のかかったものや艶のあるもの、あるいは串に刺したものにつけられる。銀杏を艶にして爪楊枝に刺した御手洗銀杏、半熟卵のとろりとした切り口を見せる御手洗卵などがある。 |
| 蜜煮(みつに) |
| 甘煮と同じように砂糖を多量に使って甘く煮上げるものだが、甘煮が甘味と塩味の両方の味を持たせるのに対して、蜜煮は塩味のないものと考えてよい。豆類、果実類、百合根などによく用いられる。 |
| みぞれ |
| 広辞苑で「霙」を引くと、雪が融けて雨混じりに降る。氷雨などとあります。 料理にも「みぞれ」を用いたものが多くあり、調理の方では大根を主に用い、みぞれの風情を思わせるように仕上げた料理にこの名称がつけられます。 大根は90数パーセントが水分で、卸すと真っ白で雪が融けた様子になります。 加熱せずに皮を剥いて、卸します。そのまま食べても美味しいものではありませんが、僅かな水分を取り除いて僅かな調味、例えば醤油を一寸落とすとか、レモン汁と塩を振るとかします。 ただそれだけで、商品価値が出るほど持ち味が生きる不思議な素材、それが大根です。 木枯らしの吹く夜、鍋物の間の手にうってつけの肴があります。 昆布〆めにした白身の魚の細切りか小柱をポン酢醤油で調味した大根卸しと和え、彩りに三つ葉とイクラを加えます。それを山葵か柚子の薬味で食べます。 料理以前の仕事ですが、飲み助にとってはありがたいつまみです。海鼠にたっぷりまぶしたポン酢卸で食べる。 新挽粉や道明寺粉を材料にまぶして油で揚げると「みぞれ揚げ」というそうです。 また「みぞれ蒸し」という料理もあります。仕立て方は蕪菁蒸しなどと同じで良いようですが、異なる点は水気を軽くしぼった大根卸しを色づけしないように調味し、材料にたっぷりと乗せて蒸すということ。大根卸しにつなぎやあんを掛けないほうがいいようです。 大根卸しを土鍋にたっぷり加えたみぞれ鍋は、大根がうまくなる冬ならではの御馳走でしょう。 また吸地に卸しを入れるとみぞれ汁。 みぞれが降るような日は寒いですが、料理としてのみぞれにはほのぼのとした温かみがあります。 |
| 盛り塩(もりじお) |
| 今日では少なくなりましたが料亭や飲食店などの玄関や入り口の両側二カ所に、こんもりと塩を盛る風習が昔からあります。 「盛り塩」と言って開店前に掃き清めてからこれを行い、客の来るのを待つわけです。 塩にはけがれを祓い、家を清めて邪を寄せ付けない力があると信じられています。今は見かけなくなりましたが、古くは竹筒の中に海水を入れて戸口に吊す風習などもあったようです。 身体のけがれを落とすための信仰行為である禊ぎは、本来、海水をもって行うもので、海から遠い地方の代わりに塩が用いられるようになったのです。 その変形が門口の盛り塩であると言われます。商家などでは除災招福のために、毎朝、正常な塩を盛り、威儀を正してお客様を待つというようなことが行われてきました。 また、こんな話もあります。 中国の秦の始皇帝には3000人の妾がいましたが、夕方になると驢馬に乗って始皇帝はそうした女達の許へ通っていました。 数ある女達の中に頭のいい女性がいて、驢馬の好物を知ってか、玄関にたっぷりの塩を盛っておく者がいました。 驢馬は皇帝の意志を無視してその家の前に来ると動かなくなり、仕方なく皇帝はその家に入らざるを得ませんでした。 来る日も来る日も驢馬は塩をなめたい一心でその家の前に来れば動かなくなったというのです。 こうしたことから、盛り塩は真偽のほどはともかく、好きなお方を招き入れて家留めをするためのものとも言われています。 塩は、清めや厄払いの際にも使われ、神祭の祭場は必ず塩で清められます。葬式の帰りにも家に入る前に塩を体に振りかけて死者の霊が家に入らないようにします。 また、厭な客があったときなど、帰った後に塩をまいて厄払いをしますが、これも塩に罪やけがれを払い清める力があるからに他なりません。 最近では塩水で体を洗うと皮膚呼吸が正常になり、精神統一が保てて心身ともに健康になると「塩浴」と言った塩の効用も見直されてきています。 |
| 八幡巻(やわたまき) |
| 牛蒡を芯にして鰻や穴子を巻き付け、付け焼きにしたもの。 名称の由来については色々な説があるが、牛蒡の産地として有名な八幡市(京都府)で、近くの琵琶湖で捕れる鰻を巻いて焼いたという説が妥当のように思われる。 八幡巻の本来の組み合わせは牛蒡と鰻で、素材の形、味の取り合わせともに理にかなっている。 鰻の代わりに穴子や鱧を使うのはともかく、鶏肉や牛肉、豚肉で巻いたものまで八幡巻と呼ぶのは如何なものか。 最近では「アスパラ八幡巻」「独活八幡巻」などと書かれた献立を見かけるが、こういう場合は八幡巻きもどき、あるいは八幡巻風とすべきではないかと思う。 |
| 柔煮(やわらかに) |
| 鶏、蛸、烏賊、貝類などを柔らかく煮たもの。材料によって様々に手法が変わる。 蛸や鮑は大根で叩き、その大根と一緒に長時間煮る。 重曹を少量入れて煮る。出汁4カップに重曹小匙5分の1の割合。 サイダー(炭酸水)で煮る。 圧力鍋を使うと時間を短縮できるが、味が少し落ちる。 |
| 祐庵焼(ゆうあんやき) |
| 魚を醤油、味醂、酒を合わせた漬け汁(祐庵地)に漬けて焼く料理で、幽庵焼き、あるいは柚庵焼きとも書く。 江戸時代に近江(滋賀県)の茶人、北村祐庵が創案したと伝えられている。材料を長持ちさせるだけでなく味も良いということで、現在もその手法が受け継がれている。 秋には漬け汁に柚子の薄切りを加えて風味を出す。 最近では柚子を入れるのが一般的になっているが、別に柚子を入れなければならないというわけではない。材料としては鰆、真魚鰹、鰤などが用いられる。 |
| 柚香(ゆこう) |
| 読んで字の如く、柚子の香りを移した料理につけられる名称。 白身魚の上に柚子の輪切りをのせて蒸した柚香蒸しをはじめ、柚香焼き、柚香揚、柚香煮などがある。 また、柚子酢や柚子味噌のことを柚香酢、柚香味噌ともいう。 |
| 湯取卵(ゆどりたまご) |
| 煮立った湯、または出汁に溶き卵を流し入れ、巻簾に取って形をつけたもの。他の材料を混ぜれば締卵となる。 出汁カップ2、薄口醤油小匙1、塩小匙2分の1、味醂小匙2を鍋に入れて火にかける。煮立ったら卵4個を割りほぐしてまわしながら流し入れる。 卵に火が通って浮き上がってきたら、別鍋に乗せた巻簾の上にサッとあけ、熱いうちに巻簾の両端を合わせて水気を絞りながら丸く巻き、形を調える。 冷ましてから適宜に切り、椀種や煮物などにする。 |
| 淮南(わいなん) |
| 淮南王・劉安 の創製とされることから 茶懐石材料として愛される豆腐の総称。 日一日と冬景色が深まってゆく中で、気持ちばかりがせわしなく、いらだつ。歳暮の礼にかけるところはないか、賀状を書き忘れているところはないか・・・。 それやこれやで気の急く師走なればこそ、せめて一日の終わりは熱々の酒で、身も心もゆったりとほぐしたい。 鮭あり、鮟鱇あり、虎魚、落ち鱚、牡蠣、さらには鱈に海鼠に、そして河豚。いよいよ豊かな海の幸に加えて冬菜が旨くなる。 葱も大根も本当の味になる。これだけ材料がそろっている季節に鍋を囲まぬという法はない。 師走の酒席では「火」が何よりの馳走。 何はなくとも、豆腐さえあれば、もう言うことはない。 豆腐は漢の高祖の孫にあたる淮難王・劉安の創製と伝えられ、そこから一名を「淮南」という。わが国へは奈良朝期に遣唐僧によってもたらされたらしいが、豆腐料理を大成したのは何と言っても禅林である。 こと豆腐の賞味法にかけては禅坊主の右に出る者はない。 「京水菜、女、染物、、みすや針、寺と豆腐に、黒木、松茸」という徳川時代の京名物を詠み込んだ狂歌がある。 今も寺と豆腐は京都が本場。 「豆腐百珍」なる古書には二百三十四種の豆腐料理がでているが、結局の所、「夏は冷奴、冬は湯豆腐」。 |