CD批評

◎「モーツァルトその光と影」レコード芸術2006年6月号特選盤

推薦  濱田滋郎

先般、渡邊順生とのフォルテピアノ・デュオにより、、非常に見事なモーツアルトをCD上に披露した崎川晶子が、今度は単身でここに登場した。ソナタを3曲、ファンタジーを1曲。おそらく今最も気分よく、気合を込めて弾けるのであろう曲目を揃え、おのずと充実したリサイタルを彼女は繰りひろげる。『モーツァルトの光と影』と題しているが、ニ短調の幻想曲(k,397)からイ短調のソナタへ、そしてヘ長調(k.533,k494)を経てイ長調《トルコ行進曲付き》のそれへと、一枚のアルバムにモーツァルトの多彩なパトスのあり方を映し出すには、まことに有効かつ有意義な選曲が成されている。

演奏ぶりは楽器―ちなみに、使用のフォルテピアノはフェルディナンド・ホフマン(1790年頃ウィーン)-の性能、特質を生かしてデリカシーに富んでいるが、いっぽうたんに古雅な雰囲気の内に遊ぶという性格のものでもなく、随所に清新な覇気を、積極的な生命感の発揚をも感じさせる演奏となっている。すなわち、k310に盛られている劇的なものは、哀切な物と相まって、見事に表出されている。ヘ長調ソナタの高度な構築性と遊びの精神の兼ね合い、イ長調ソナタの親しい優しさと天才ならではの創意が綾なす意匠、いずれも鮮やかに、姿よく弾き表されて言うところがない。k331の第一楽章など、この快適さにおいてならば、主題のみならず各変奏ともリピート入りで、さらにじっくり味わわせて欲しかったかな、と思われたほどである。
フォルテピアノによる、という処に寄りかからず、奏者の音楽づくり、モーツァルトとの呼応の確かさ、深さによってこそ光る1枚にほかならない。


推薦  那須田務

先ごろ、渡邊順生とモーツァルトのクラヴィーア・デュオやチェンバロによる現代作品の『夢見る翼』がリリースされた崎川晶子によるモーツァルト・アルバム。使用楽器は渡邊氏のホフマン(1790年頃)。渡邊氏とのデュオや4手連弾を通じてこの楽器の特質を知り尽くしそれを生かし切っている。エレガントで知と情のバランスが取れた演奏をする方だと思うのだが、《ソナタ》イ短調の第1楽章は、思いのほか激情を迸らせて驚かされる。

第2楽章は穏やかで澄んだ響き。終楽章もテンションの高い激しい攻めの演奏だ。

《ソナタ》ヘ長調k533+k494は多様なアーティキュレーションと迫真のデュナーミクが、このソナタの多分に見過ごされがちな起伏に富んだドラマをスリリングな感興とともに聴かせている。即興的な装飾音をあまり弾かないのはこのモーツァルトの特徴といえる。また、歌謡的な旋律の美しい緩徐楽章では多様な和音それぞれの個性的な色合い(古典調律の強みだ)や変音装置(モデレーター・ストップ)が演奏に現代のピアノでは味わえない奥行きとカラフルな色彩感をもたらしている。K330は変奏曲の繰り返しをしないのはひとつの解釈なのだろうが、音楽的なバランスの点ではどうだろうか。とはいえ、このソナタも率直勝つ自在に、情緒豊かに奏でられた佳演である。


◎「モーツァルト・フォルテピアノ・デュオ」レコード芸術2006年1月号特選盤

推薦   濱田滋郎

チェンバロのみならずフォルテピアノの演奏に関しても日本有数のエキスパートである渡邊順生が、門下の一人、崎川晶子とデュオを組みモーツァルト作品を録音した。

2台のピアノのための周知の名品、『ソナタ』ニ長調k448、ロバート・レヴィンが補筆完成した、聴かれることの多くない《ラルゲットとアレグロ》変ホ長調、そして連弾のための主要作である《ソナタ》ヘ長調k497、《アンダンテと5つの変奏曲》ト長調k501を取り上げている。連弾曲においては崎川が第1ピアノ(高音側)、2台用の曲においては渡邊が第1ピアノを担当しているが,いずれにせよ二人の気息はぴたりと合っており、使用ピアノがいずれも1790年代のウィーンのフェルディナンド・ホフマン製であることも手伝い、なんとも純正な雰囲気を醸し出す。いつものように渡邊はみずから詳細な解題をブックレットに記しているが、2台のピアノのための楽曲について、普通に思われがちなように「家庭音楽」として書かれたのではなく、協奏曲と同じようにコンサート用であることを意識して書かれたというのは説得力十分。しかも、それを机上の論には終わらせず、実際に演奏をもって示してくれるのだから、この説の正しさもはや疑うべくもない。ニ長調k448のソナタは、すなわち、堂々と、スケール感豊かに弾き切られている。フォルテピアノの減衰の早い音の性格を逆に生かし、歯切れの良い、かえって間の妙味に満ちた奏楽を聴かせるところは、まさにスペシャリストたちである。

この名作にはモダン・ピアノによる名演もあるにはあるが、「本物はこれなのだ」とつくづく感得させる当盤のような演奏は、格別に貴重なものと言うほかない。

推薦   那須田務

渡邊順生と崎川晶子がホフマンによる2台のオリジナルのフォルテピアノで存分にモーツァルトを楽しんでいる。フェルディナンド・ホフマンはウィーンの宮廷楽器製作者だった人。

2台とも名器である上に楽器が健康な状態で、しかも、1台は1790年頃の5オクターヴ、もう1台は1795年頃の5オクターヴ半と、同じメーカーながら若干タイプが異なる。
こういう楽器でモーツァルトの2台ピアノや連弾を録音できると言うのは、世界中を探しても非常に稀な、幸運なケースと言っていい。これは決して誇張ではない。これまで同曲のスタンダードだったビルソンとレヴィン盤もこれほどいい条件に恵まれなかった。

しかも、渡邊、崎川両氏はそれぞれ音楽家として目下、知情意+技ともに充実した時期にあり、その上長年デュオを組んできただけあって、よい演奏の生まれる条件が揃ったといえる。連弾で崎川が2台ピアノで渡邊がそれぞれ1番を受け持っている。モーツァルトのピアノ・デュオをモダンのピアノで演奏すると、どうしても音量や表現が控えめになるし、残響のコントロールもむずかしいが、ダイナミックなビート感や生き生きとした躍動感に支えられたアンサンブルは本当によく合っているし、気持ちがよいほど思いきりがよい。そしてホフマンの音色のすばらしさ!その光沢や艶と深みは何ものにも代えがたい。2台ピアノの曲はもちろんのこと、モーツァルトの連弾曲は決して小市民的な慎ましやかな音楽ではない。多彩な情念と音色に彩られて大変に聴き応えがあり、ドラマに満ちた音楽であることを教えてくれる。

「モーツァルトの響きの世界に無限に近く肉迫する−異色のCDを聴いて」

海老澤 敏

渡邊順生さんはまことにユニークな鍵盤奏者である。優れた演奏技術とまた深い知識を兼ね備えつつ、2世紀も3世紀も前の遠いクラヴィーア音楽の遥かな世界を一瞬のうちにおのれのものとする。古いはずのチェンバロやフォルテピアノは彼にとってまことに身近か現代の楽器なのだ。今回の崎川晶子さとの「モーツァルト・フォルテピアノデュオ」でもこの印象はますます鮮明、否、鮮烈でさえある。フォルテピアノなる楽器に関する該博な知識に裏づけられたそのモーツァルト演奏は、おそらく初めての聴き手をたじろがせるにちがいない。だが、しばらくすると、いや、すぐにもその響きの只中に、モーツァルト、そう、このCDの主人公のモーツァルトが微笑みを浮かべながら、姿を見せるかのような思いに誰でも捉えられることだろう。

そうだ。2006年のモーツァルト、彼の生誕250年の記念すべき年に、この渡邊順生さんと崎川晶子さんの息の合ったピアノデュオにまず何よりも先に聴き入ろう。

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