東京で石炭を掘る



街も次第に冬めき、「人肌が恋しい」などと云えば
「そろそろお燗の 季節だからね…」などと、サラリと返されてしまう昨今、
暖房器具を引っ張り出してきた人も多いかと思います。
…って、最近はオールシーズン、エアコンで済ませちゃう人も多いですかね……

暖房と云えば最近は全自動のヒーターが主流ですが
手間の掛かるストーブの魅力も捨て難いものが在ります。
あの温かみの在る炎の色は、何とも心安らぐ気がしまして…
「ストーブ」って名前の響きだけでも、暖かさを感じたりします…ってワタシだけ?

しかも最近は石油価格の高騰で、薪ストーブなども
見直されてきているそうで、ホームセンターでも売れ行きが好調らしいです。

そして、それらストーブの燃料として、少し前まで
石炭も結構多用されておりました。
しかもその石炭が、東京は青梅で採掘されていたと云うのです。
その現場を見に行ってみました。

炭坑周辺
炭坑周辺。青梅の長閑な雰囲気の中に在ります。

炭鉱前バス停
石炭掘りには、コチラでお降りが便 利です。

炭坑前バス停
コチラは都バス。字が違うと意味も変わってきま すけど…

さて、炭坑は何処でしょう?
近所をフラフラと彷徨ってみます。すると…

住宅その1
炭坑従事の方の住まい? 何やら古めかしい住居 が…

住宅その2
…並んでいます。しかし、この立ち入り禁止風の 虎ロープは……?

そんなこんなで、ご近所さんの手助けも在 り、炭坑の場所に
到着しました…が、そこに在った景色は……

炭坑跡地
一面、草に覆われて……

…炭坑の姿は、既に跡形も無くなっていました。



この炭坑、昭和10年頃から35年頃まで掘られていたのですが、
出てくるのは石炭ではなく木質亜炭や泥炭で、質は高いとは云えず、
火力もそんなに強くなく、家庭用暖房燃料として使われるのが
精一杯だったそうです。なので、戦後、産業復興で
石炭の需要が増えた時でも、余り注目されていなかったそうで…
組成・平均炭素分35%(揮発分10%)、灰分65%、熱量500カロ リー…ってのはどんなレベルなんでしょう?

また、採掘しても乾燥させないと使えない炭で在る事から
コストが掛かる…と敬遠された事も採掘縮小・閉坑へと
勢いを早めた一因でも在るそうです。
因みに、乾燥させても水分は含有20%くらいは残っていたそうなので、確かに燃え難そうな気がしま す…

そんなこんなで、最盛期には月産500トンを産出していた炭坑ですが、
エネルギー供給が安定化してきた事や石炭等需要の落ち込みに伴い、
昭和35年に閉山され、以降、有刺鉄線で塞がれていた入り口も
「危険だから…」と、住民達の手で埋め戻されてしまった…とのコト。
中を見たかったのですが、こればっかりは仕方ないですかねぇ……



それにしても、閉山して、もう間も無く半世紀になろうと云うのに
その時の名称が変更もされずに、バス停などで生き延びていると云うのは、
それだけ地元に深く根付いていた証拠と云う事でしょうか?



…石炭は掘れませんでしたが、歴史は掘り起こせたかも知れません。