瞬 間



  今日はよく晴れている。
  昨日のうっとうしい雨の空とは打って変わって、今日は気持ちのいい青空だった。
  四月に入って、すっかり暖かくなった。これくらいだったら通勤も億劫にはならない。寒い日に原付に乗っていくのは本当に辛い。
  ヘルメットをかぶり座席にまたがる。今日は手袋をしなくてもいいだろう。スタータースイッチを押す。寒くないからエンジンもすぐかかる。
  スロットルをひねり、原付は発進する。路地を曲がり大通りへ出る。通勤ラッシュは始まっていて、今日も長い渋滞が出来上がっていた。その車と車のあいだをすり抜けながら進んでいく。
  二つの国道が交わる交差点で、赤信号に引っ掛かってしまった。いつもここで引っ掛かるんだ。しかも待ちが長い。渋滞の原因はここにあるに違いない。
  しばらく信号は変わらない。ブレーキをロックして調子のよいエンジンの振動を聞きながら待つ。
  それにしても、変化のない世の中だ。
  いつもどおりの朝がやって来て、いつもどおりの一日が終わる。たまに酒を飲みに行ったり、旅行に出掛けたり、そんな事もするけれど、それは変化じゃないと 思う。もっと世の中を根本的に覆す変化は生まれて経験したことはない。いや、もちろんそれを望んでるわけじゃない。いつもどおりであることは幸せなこと だ。
  すぐ隣に止まっている車の窓が開いていて、ラジオの声が聞こえていた。退屈しのぎにと、俺はそれに耳を傾けた。赤信号はまだ変わらない。
  ラジオの女性の声は渋滞の情報を言っていた。K交差点は北方面行きが三キロメートルの渋滞……。俺の後ろに三キロも連なっているのか。前はいったいどれくらい先まであるんだろう。
  と、ラジオの女性の声がぶっつりと途切れた。放送局がミスをしたんだな、そのうちお詫びの言葉とともに復活するだろう。
  しかし、突然緊急サイレンがスピーカーから聞こえてきた。そして、慌てた様子の男の声が響いた。
  「緊急ニュースです!  防衛庁の発表によればロシア政府が日本に対し宣戦を布告し、たった今、核ミサイルを日本各地に向けて発射したと……!!」
  途端、放送は中断しザーッという音に変わった。今のは、なんだ?  ロシアが宣戦布告?  核ミサイル? なんのことだかわからない。冗談ではないのか?
  いや、冗談だ。きっと車のなかの男がチューナーのつまみを回してしまったんだ。そう思って男を見たが、目を剥いて冷や汗を流しているのがはっきり見れた。 その視線を追う。交差点の向こう、都市の中心部、立ち並ぶ高層ビルの上に広がる青い空、そこに浮かんでいる一点の光……。
  あれは、なんだ?  ゆっくりとビル群の上へ落ちているように見える。
  叫び声があちこちから上がる。車のぶつかる音、悲鳴、クラクション、色々な音が一斉に鳴り響く。
  光は、瞬間、激しく閃光を発した。
  光のなかですべてのものが消えた。
  何が起きたのだろう。色がなくなり、線もなくなった。わからない。俺はどうなったんだ。消えた感覚が体を走った気がしたが、本当に消えたのか?
  本当に消えたのか?
  熱も感じない、痛みも感じない、死んだとも思えない。いまここに入るのは俺だけだ。核が爆発したのか?  しかし何も見えない。白い画面だけ。
  本当に爆発したのか?  疑問は尽きない。あれは本当のことだったのか、いや、今までのことは本当のことだったのか?  空が青かったのは本当だったのか?  暖かかったのは本当だったのか?  すべてがなかったように思えてくる。
  変化だ。変化がやって来たんだ。すべてはなかったんだ。今までのものは変化したんだ。
  いつもどおりの朝がやって来て、いつもどおりの一日が終わる。たまに酒を飲みに行ったり、旅行に出掛けたり、そんな事もするけれど、それは変化じゃないと 思う。もっと世の中を根本的に覆す変化は生まれて経験したことはない。いや、もちろんそれを望んでるわけじゃない。いつもどおりであることは幸せなこと だ。
  変化は訪れた。すべて消え、再構築される。
  そして、その変化を完全なものにするために、俺は、消えた。
                                          
                                     <了>



企画15-w 完成:1994年3月5日 初出 すくりぃべんてぇすの本3(広島大学すくりぃべんてぇす発行)


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