津久見市街地を南西から北東へ流れている津久見川。その下流にかかっている下岩屋橋は、今は鉄の橋桁で頑丈な造りになっているが、昔-----私が五、六 歳くらいの頃だから、およそ二十年ぐらい前-----は木製の電柱を橋桁にした簡素な造りだった。真ん中に一つ、木材を組み合わせた橋脚があり、橋の両側 は川の堤防の内側の川岸に接している。欄干も木材、床も板で造られている。
  その橋は台風や大雨のときに川が増水するとよく水没していた。それでも橋は流されることはなかった。それほど頑丈な造りではなかったはずだが、不思議と崩れることはなかった。
  私は祖父に連れられてよくこの橋を渡っていた。当時裏口のなかった駅への近道として、この橋を利用していた。
  ある日、その橋のすぐ上流で、新しい橋の建設が始まった。やはり川の内側にある木製の橋は危険だと判断されたのだろう。水面から高い位置に頑丈な鉄の橋桁で建設されることになった。
  施工してしばらくして、台風がやって来た。雨が多く降り、川の水位が上がった。一晩風雨が吹き荒れて、翌日には晴れ上がった。
  それからすぐの日曜日、いつものように祖父に連れられて駅へ向かっていると、あるべき橋はそこになかった。今回の川の増水で、橋は下流に流されてしまったのだ。
  台風は決して威力が大きくはなかったし、雨も普段より多く降ってはいなかったように思う。けれど、あの橋は今回に限って流されてしまった。
  それはまるで新しく作られる橋に役目を譲ったように思われた。当時の私は漠然と、橋は役目を終えたから流れていったんだ、と思った。
  川の両岸をつなげ、人が行き来する橋。人や自動車の往来が多い橋は、にぎやかでどこか楽しくて渡っているとうれしくなる。逆に滅多に人が渡らない橋は、う ら寂しげでひっそりとしていて物悲しい気分になる。それは、その橋の気持ちの現れではないかと思う。人が渡ってこその橋だから、多く通ればうれしいし、少 なければ悲しい。橋はそういった心を持っていて、素直に気持ちを表現している。
  旧下岩屋橋が大水に流されていったのは、もう人が渡ることがないとわかってしまったから、そして新しい下岩屋橋に人を渡すという役目を譲ろうとしたから、 なのだろう。自ら崩壊を選択したと言うと少しおかしいが、人の渡らない橋は存在の意味がなく、別に新しい橋ができることで自分の存在意義が薄れることにな る、従って橋は自らの存在を水に流したのだろう。
  今、その橋があった痕跡は残っていない。鉄の橋桁とコンクリートの橋はまだそこにあって人を渡している。けれど昔ここに木の橋があったことは、少なくとも私は覚えている。記憶のなかにかかる橋は、これからも何度も私を行き来させることだろう。

                                  <了>



企画85-f 完成:1993年11月15日 未発表作品


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