病気について Part2
退院後から2006年11月(2年目)まで
退院してから2年目までの状態を一気に公開
2005年
退院後、仕事復帰したのが術後約2ヵ月後(2005年1月) 体力はまだまだ完全復帰ではなかった。
最初からフルタイムで出勤したのは失敗だったかな・・・
時期的にもう臨地実習はなく、授業も替わってもらっていたので、自分の仕事をするだけだった。
したがってほとんどデスクワーク。お休みしていた間の会議記録を見たり、次年度に向けての準備等。
1月中旬といえばまだまだ寒い。冷やしてはいけないと思い、スカートははかず、スパッツにパンツ姿。勿論腹巻は必需!
腹巻といっても薄手のもの。病院で購入するもので、人工肛門の方が使うような綿のものを着用。
このように完全防備していても、職場では冷えるのか? また横になることができないため身体がついていけず、時間が経過すると下腹部や腰が痛くなることがあった。
また、この頃より関節や筋肉の痛みが出てくる。
立ったり座ったりすることで、大腿後面が痛かったり、骨盤のお尻の部分が痛かったり、膝が痛かったり・・・
歩くのもゆっくりゆっくり。階段は使わずエレベーター(>_<)
食事もすすまず、少し食べるとお腹が一杯になっていた。
お陰で手術前のデブデブの身体はスリムになり、お腹もスマートに、背中や全体の無駄な肉も落ち、私的には満足(*^_^*)
一回り小ぶりの体型になっていた。
術直後にあった、排尿時の膀胱が収縮した時の痛みは回復。
便通も下痢はなく、、腸蠕動時の痛みもなくなっていた。でも便秘は怖いのでカマで調節していた。
関節痛に関しては漢方を変更して約1ヶ月で落ち着き、また漢方を更年期に対応したものに戻していた(薬の部屋 参照)
関節痛は関連して【骨塩定量検査】をしてもらったら股関節の骨密度がボーダーラインにひっかかった。
『骨粗しょう症予備軍』
婦人科へは術後半年くらいは1回/月 その後は1回/2ヶ月の検診。
採血、細胞診は2ヶ月〜3ヶ月おきくらいにしていた。
画像検査は1回/年。
そして数回にわたり臨床心理士による更年期のカウンセリングも受けた。
採血ではコレステロールが高い。これは術前から高かった。でも術後初めての採血では急増していたな。
つまり『高脂血症』 一時内科にかかり薬を飲んだが変わらず。飲まなくてもいいくらいの値で、血圧も高くなく、動脈硬化の心配もないだろうと中止した。
コレステロール高めのせいか、瞼に脂肪の塊のようなものができ始めた。『眼瞼黄色腫』
暫く様子を見ていたらどんどん育っていった。
年度も変わり、まずまずの日常をこなしていたが、夏近くになるといわゆる更年期症状が出始めた。
更年期症状はいわば自律神経の乱れ。この症状は全部ではないが病気が発覚する前からあったものと同じ。
つまり、病気になる前から既にホルモンバランスが崩れ始めていたんだろうな。
動悸、息苦しさ、喉の閉塞感。これが以前からあった症状。手術した直後はなかったがまた現れ始めた。
術後初めて迎える夏。7月からとっても暑い日が続いた。夏休みになればゆっくりできるからガンバロウ!と鞭打って日々過ごしたが、7月下旬にはどうにもならなくなった。
以前の症状に加え、ホットフラッシュが出る。何もしていなくてじっとしていても突然カッーと熱くなりジワッーと汗が出てくる。
タオルが手放せなくなっていた。フワフワする感じもある。歩いていても途中で立ち止まることしばしば。
8月の夏季休暇は12日間。9月以降に向けてできることはやっておこうと思っていたが・・・この夏は全滅だった。
9月以降も同じ。症状は続いている。
お休みすることもあったが、それなりに過ごしてきた。
仕事中に変になった時は、自律訓練法をやって気分を落ち着け、のんびりとしていたこともあった。それでも駄目で早退、遅刻、欠席したこともしばしばだった。
10月に職場の定期健診。
思いもかけない項目で引っかかった。「眼底検査」 この後、眼科の世話になることになる。
病名は「視神経乳頭陥没」 幸い精密な眼底検査、眼圧、視野検査の結果、恐れていた緑内障ではなかった。定期的に検査するはこびとなる。この眼科受診をきっかけで、視力の低下を訴えたら『老眼』ということで生まれて初めて眼鏡を作ることになる。しかも老眼鏡(ー_ー)!!
11月になりやっと術後1年が経った。
1年を過ぎれば身体も元通りになってくる。という言葉をよく聞いていた。
でも・・・
2006年
