2002年1月15日発行 第32号
子どもたちの学力はどうなる?
---------- 新学習指導要領実施を目前にして
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「むしろ学力を低下させるためにやっているんだ」
(教課審前会長三浦朱門)
新学習指導要領で授業内容や時間が3割削減されることで学力低下にならないかとの質問に対して、教育課程審議会前会長の三浦朱門氏は「そんなことは最初から分かっている。むしろ学力を低下させるためにやっているんだ」「今まで落ちこぼれのために限りある予算とか教員を手間暇かけすぎて、エリートが育たなかった」「ゆとり教育というのはただできない奴をほったらかしにして、できる奴だけ育てるエリート教育なんだけど、そういうふうにいうと今の世の中抵抗が多いから、ただ回りくどく言っただけだ」「エリートは100人に1人でいい。非才、無才はただ実直な精神だけを養ってくれればいいんだ。」(「現代思想」01年6月号)と答えたという。
すべての子どもに学力を保障することには責任をもたない文部省
新学習指導要領では「個性や能力に応じた内容、方法、仕組み」(第16期中教審答申)として、小学校段階からの選択的要素の導入、習熟度別指導、選択教科の拡大、中高一貫校での教育課程編成の上限緩和と特例措置の容認を打ち出しています。
これを各教科内容の厳選や各教科の授業時数の削減とあわせてみると、学力的に上位の子どもたちをさらに伸ばすための教育はするが、平均的な学力の維持・向上には責任をもたない、という政府・財界の露骨な意図が見えてきます。また、「自ら学び自ら考える」ことは学力獲得を「自己責任」「自助努力」にゆだねることにもなりかねません。
新学習指導要領はこうした「能力による差別」にもとづく教育を推進するための教育課程の基準と内容を示したものです。先に紹介した三浦氏の考えも決してオーバーなものではないのです。
では、私たちはどうすべきなのでしょう。すべての子どもにきちんとした学力と人格を保障するためにはどうすべきかという視点で教育課程論議をそれぞれの学校で進めていくことが重要ですし、何よりも憲法・教育基本法の基本原則である「教育の機会均等」に基づき、子どもの発達の必要に応じて懇切、ていねいで手厚い教育を保障するとりくみが求められているといえます。
新春特集 声のひろば
やっぱりまともな教科学習こそ・・・
この2年間、新指導要領の「試行」で総合学習にふりまわされてきました。じっくり国
語の文学作品にとりくむこともなかったような気がします。この夏「東海近畿教育研究集
会」に参加し、国語分科会の報告を聞き、刺激を受けました。さっそく2学期は「三年とうげ」に気合を入れたら、たちまち子どもも応えてくれて。やっぱり教師はまともな教科
学習でがんばりたいですね。 (小学校 O )
「総合」に疲れました
尾木直樹さんが「総合学習には生きる力を育む可能性がある」と評価しているが、私は
必ずしもそうは思いません。教師集団に有能なメンバーが揃っており、取り組むべき課題
がはっきりしており、時間的に余裕もある、という条件があるならいざ知らず、私の学校
では、まず「総合」ありきでスタートしたため、教師たちはこの2年間で疲れ果てた、と
いうのが実態です。中日新聞の特集に「総合はすでに黄信号か赤信号」という声がのって
いましたが、まさにそれは実感です。その中から出てきた結論は、総合は短期集中型であ
る程度の時間を確保し、それ以外は教科の時間に充てていく方式です。毎週毎週「総合」
なんて、とてもやってられないと思います。 (小学校 女性)
「総合」「選択」の持つ危険性にも目を向けるべきでは
どの中学校でも今、「総合」の授業を研修の中心にすえて研究・実践に取り組み、実際
に「成果」をあげていることだろう。だが、本当に生徒に「生きる力」なるものは、つい
ているのか? また「生きる力」とは具体的にどのような形で検証できるもので、どのよ
うにしてつけるものか、という共通認識はできているのか? 「基礎学力の低下」「子ど
もの新しい荒れ」が指摘される今だからこそ、慎重さが求められる。また「選択」も含め
て、教材分析などの準備、授業時数の増加など、教師の負担は確実に増える。現在でもス
トレスによって健康を害する教師は増加の一途であることを考えると、素直に「お上の決
めたことだから」と割り切って従っていく気にはなれない。「成果」ばかりにおどらされ
ず「ダメなものはダメ」と言える冷静な検討が必要だと思うがどうだろう。
(S中 D・K)
私は違法行為はしていない
県議会の様子を三教組新聞で読みました。「地公法違反」を蒸し返す議論があったそう
ですが、きっぱり「そうではない!」と言う論陣を張ってほしかったです。私たちは「教
委や管理職の理解」のもと、「子どもや教育のため」に組合活動をしてきました。「それ
は違法だからやめなさい」などという指導は一度もなかったのです。だから私は誇りをも
ち、安心して、組合の会議に参加してきました。「地公法違反は棚上げにして」などと、
当局といいかげんな妥協をするのではなく、「違反ではない」ことをもっと主張してほし
いです。 (小学校 女性)
8億円「寄付」は、やはり納得できない
県議会で一部議員による三重の教育への攻撃がはじまったのは1999年の秋だった。
組合は「組織防衛」のために、これまでの慣行や既得権を次々と放棄した。「組合の会議
は5:15以降にします」「勤務終了は5:15です」「勤評オールBからA・B・Cやむ
なし」「日の丸・君が代、判断は校長にまかせよ」・・・等々。職場では「何もそこまで
引かなくてもいいのでは」との声があがったが、「今は闘うときではない」「正すべきは
正さないと組織が危ない」・・・。3年前にさかのぼって協力した「勤務実態調査」、そ
れをもとにだまし討ちのような「給与返還請求」。そして一年近く、県教委との水面下の
交渉を続けたものの、相手の固い決意に行き詰まって、ついに「返還拒否・裁判闘争辞さ
ず」の「闘う方針」を打ち出した三教組。しかし、その半年後にはあっさりと方針を転換
し、委員長辞任と引換えに「8億円寄付」で妥結。
既に8億円は支払われ、そのうち4億円は国庫に戻入。そして12/21
の県議会で「債権放棄の議案」が可決された。8億円も支払ったのだから「放棄」するのは当たり前だが、
「債権」という言い方自体が「時間内の組合活動は違法」「給与は返還すべきもの」との
前提から出ており、組合員の気持ちを逆撫でするものである。組合の主張は「債権などそ
もそも存在しない」はずだったのだ。
思えば去年の今頃は「返還請求拒否の決意署名」が各職場で集められていた。そして2
月4日の臨時大会で、「当局による不当な返還請求には応じない」ことが満場一致の熱気
の中で決定されたのである。組合が組合らしく見えた時期であった。しかし、あれも所詮
は「カードの1枚」でしかなかったことがやがて明らかとなる。一瞬でも組合に期待した
ものにとって三教組の「方針転換」は、もはや回復しがたい不信感をもたらした。
2年半におよぶこの間の経過をふりかえるにつけ、今、自分がこの組合に留まっている
理由は何なのか、あらためて問わざるを得ない。教職員組合の目的は組合員の生活と権利
を守り、同時に教育活動の自由と子どもたちの豊かな未来を保障することだと理解してき
た。そのために不当な攻撃に対しては団結の力ではねのける力強さがなければ組合として
の魅力は乏しい。今年は組合再生が問われる1年になるだろう。 (N中 Y・K)
予想どおりの結末
2年前「実態調査」に全面協力した三教組は、その時点ですでに間違っていたと思う。
一時期たたかうポーズを見せたときも「途中で旗をおろすんじゃないの」と半信半疑だっ
たが、そのとおりになった。8億円寄付の賛否を問う全員投票のときも「これしかなかっ
た、やむを得ない」という雰囲気で「○」をつけるよう求めてきた。もはや三教組には何
も期待していない。 (Y小 K・Y)
組合はやめたけど
私はわけがあって今は組合員ではありません。でも組合がどんどん弱くなっていくのは
はたから見ていて情けない気持ちです。ときどき「じむからニュース」をもらうが、あれ
が一番いい。生活に直接役立つからね。今のままでは組合離れはすすむと思う。
(中学校 男性)
本当に力のある組合が必要
今、政府や文部科学省は、公立小中学校を根底から「改革」しようとしています。学校
に外部評価を導入したり、通学区域の自由化で学校を選べるようにしたり、奉仕活動を義
務化したり、少人数を言いながら能力別編成をおこなったり、はたまた「不適格」と称し
て意に沿わない教員を現場から排除したり・・・。三泗も例外ではありません。今年から
教務主任研修会が行われるようになりました。第1回目の研修会で教頭試験問題が演習さ
れたことに象徴的に示されているように、そのねらいは明白です。
このような攻撃から教育や子どもを守るために、組合はあるはずですが、残念ながら効
果的な対応ができているとは思えません。今必要なのは本当に力のある組合です。どうで
もいいような活動は極力へらし、情勢が求める活動を行うことです。そうでなければ組合
を作っている意味はありません。 (O小 K・Y)
選挙は慎重に
かつて「組合」といえば「選挙」と言われたぐらい、三泗支部では選挙活動が活発でし
た。それは元委員長のM氏が立候補したからで、「Mを落としたら組合の力が弱いと見
なされる」という理由で、1年以上も前から準備をするのは当たり前でした。
紹介カードや支持者カード、電話かけやらポスター張りなど、他支部から来たものには「何で組合がこんなことまでするの」といった状態でした。M氏からH氏に替わった前回も、基本的には同じでした。ただし、今回は違います。というのは、県議会の中で教職員の組合活動がヤリ玉にあげられ、特に選挙活動には厳しい目が光っているからです。これまでは組合の名のもとに何でも許されてきました。○○○室を使って炊きだしなど、下手したら逮捕・クビ覚悟です。勤務時間中に○○○が職員室にやってきて挨拶するなども明らかに違反・落選です。志摩のほうで選挙ポスターを張っていた教員が摘発されましたが、ぞっとする話です。
さて年が明ければ間もなく「1年前」の時期となってきます。今回は、すべて勤務時間
外、そして学校外で行わなければなりません。組合活動の一環だと言われ、しかたなしに
付き合ってきた人も、もう黙ってはいますまい。組合と選挙をはっきりわけて「後援会方
式」で取り組むべき時だと思いますが、いかがでしょう。 (K小 E・A)
目覚めよ組合
右からの組合攻撃の背景に「選挙」があったことは良く知られている。ある自民党県議
は「身内が教員をしているが、選挙になると票集めのノルマがある。困ったものだ。」と
嘆いてみせた。彼らは、三教組丸抱え候補が教職員組合を利用して大量の票集めをするこ
とを、日頃から苦々しく思っていたのだ。私は右派の三教組攻撃に与(くみ)するわけで
は勿論ないが、組合が選挙を全面的に仕切ることには異論がある。組合だからいろんな考えの人がおり、ある候補を支持する人もいれば支持しない人もいる。それを一括りにして「組合活動」の名で、一人カード何枚などという活動を要求すること自体、はなはだしい矛盾なのである。「強要はしません、個人の自由です」などと言われても、その自由を行使できる人はそんなに多くない。「組合丸抱えはやめて、後援会方式にしたらどうか」と問うたところ、「後援会方式では今みたいにみんなが動かない」との返答。結局、組合の名で選挙活動を強制しているだけのことだ。こんなやり方を21世紀も続けるなら、こんどは右派ではなく、組合の足元から造反の火の手が上がるだろう。 (中学校 S)
「代表」は必要?
教育をよくするためには我々の代表を議会におくることが大切だ、とよくいわれます。
私もその言葉を半分くらいは信じています。でも教育界出身だから即わたしたちの代表と
いうのもおかしな話です。組合経験者が教育委員会のえらいさんになり、今では私たちを
上から管理している例をたくさん見ています。「代表」が議会でどんな行動をとったのか
よく見た上で判断したいと思います。 (小学校 50代 女性)
<お知らせ>
2002年 教育を考える市民のつどい
記念講演 秋葉英則さん
秋葉先生は、保育の集い、母親大会などでおなじみの先生です。
さる12月には四日市少年センター主催の研修会でも講演をきかせていただきました。過去に
「教育を考える市民の集い」に来てもらったこともあります。
・・・教育実習で単位が取れない学生がふえている。理由は次の3つ。・挨拶
ができない ・遅刻をする ・約束が守れない 彼らが育ってきた家庭・地
域の中に原因がある。
・・・学校の先生に当たりはずれは、正直言ってあります。でも先生の「はずれ」は一年たったらかわるけど、親の「はずれ」は一生つづくのです。お母さん、わが子にまともなごはんも作らんといて、「勉強せえ」だの「がんばれ」だの言うたら、あかん。
いつ聞いても、先生の歯に衣着せぬお話には感銘をうけます。新学期からの教育や子育てに元気が出る「集い」にしていきましょう。
秋葉英則(あきば・ひでのり)先生
大阪教育大学教授
「教育という名の幻想〜子どもの事件を読み解く〜」
「学級崩壊からの脱出」「子どもからの警鐘」
「子育て、まさかの時にどうする」 など著書多数
第1部 いま子どもたちは・・・・
保幼・小・中・高、現場から4人(教師・親)のリポートです
第2部 秋葉英則先生の講演
○とき 2002年3月23日(土=週休) 1:00〜4:30
○ところ 只今交渉中
○参加協力費 500円
主催 2002年「教育を考える市民のつどい」実行委員会
三泗民教連【三泗地区民間教育研究団体連絡協議会】
「組合」を感じるとき
来年度、私の学校で障害児が4人入学して、二つの障害児学級が増えるはずです。(ど
うも「知的」と「情緒」をひとつにされそうなのですが。)そこで年も押し迫ったころ、
校長から、その担任になってほしいとの声がかけ始められました。
表向きは(?)2002年度から時間数の減る教科の先生でしたが、どうもそんな要素
だけでない部分もあり、声をかけられた先生方がひとりひとり悩みかけていました。
こんな時、「組合」は便利です。(力を発揮できます。)公に職場集会をすることは認
められていますから声をかけて集まってもらうことができます。「どんな障害の子が入学
してくるの」「車いすでは、うちの学校じゃ昇降機は2台は絶対いる」「一本釣りでなく
みんなに公平に声をかけるべき」「障担をするメリットもある」「健常児学級にも、もっ
と重度の車いすの子が入ることが見落とされている」等々、みんなの問題意識も高まって
いきます。
そして問題点と方向を職員会議に提案したり、校長・教頭とも確認事項を文章化して話
し合ったりして「ひとりの先生」に集中するのをやめて、施設改善の最低要求と入学児の
親御さんの話し合い等「子ども中心、職員は平等に」という考えれば当たり前の確認をし
てきました。
そして「普通学級に在籍する障害児の介助」が認められない三重県の状況をS中発でで
も地域協議会をつくり変えていきたいとの話までしました。
私たちが教師として、労働者としてかかえる課題と要求は多種多様です。でも、子ども
を中心にすえ、きちんと話し合えば職場はみんなで一歩前へ進めるんだなあと思ったので
した。 (S中 H・S)
編集後記
前回の「ひろば」から半年経った。これほど長期にわたって発行できなかったのは、一重に編集子の怠慢に尽きるが、ひとこと言い訳をさせて貰うなら三教組の方針転換の与えたショックが余りにも大きかったということが背後にある。
一年前、2/4の臨時大会では「国家主義グループの三教組つぶしをはねかえす」ことが確認され「中林を永久追放する」とまで言われていた。
ところがそのわずか二ヵ月後八億円寄付という信じられない方針が執行部の独断で発表される。臨時大会、全員投票を経て、この方針は組織的な信任を得たことになっているが一連の経過が組合員の中に残した傷痕は大きい。
組合の及び腰を見透かしたわけではないだろうが、管理側の強硬姿勢が目立っている。
他支部の話であるが、ある職場で定数減となり、私の友人が対象の一人となった。校長は彼を「追い出す」べく、何と勤評の話を持ち出し「あなたは遅刻が多いから、勤務態度はCだ」と言ったという。頭に来た彼は、善処を求めて職場会議で訴えた。
しかし態度が変わったのは校長ではなく職場のほうだった。次の朝みんなはいつもよ
り10分早く出勤していたという。
「昔だったらそんなことがあれば次の日は全員が遅刻して抗議したところだ」と、ある古参組合員。力関係の変化を、残念ながら、職場も敏感に感じている。
「職場から組合を」は三教組定期大会の合言葉である。しかし職場だけでは闘えない。リードする執行部の役割は大きい。そんな中で笹中の職場での取り組みは貴重である。子どもを中心にすえ、職員の間に平
等を貫こうとする姿勢は従来の組合がめざしてきたことそのものではないだろうか。
「組合はたたかうためにある。たたかわない日教組はいらない」2/4臨時大会での山本正和氏の言葉が今も耳を離れない。(よ)