皇帝の歌


黄金世紀のスペイン音楽

〜2001年秋のコンサート Hexachord Concert Vol.1 プログラム解説より

 "sobre Mille Regretz de Josquin"という副題を持つ16世紀に作曲された器楽曲があります。副題というからには正式な名がある訳で、それが"皇帝の歌"です。当時スペイン国王でもあり、神聖ローマ皇帝でもあったカルロス五世が好んで口ずさんでいたという世俗合唱曲《千々の悲しみ》をビウエラのために編曲したもので、五百年後の現在でもルネサンスの名曲としてモダン・ギターでも愛奏されています。

 編曲者のルイス・デ・ナルバエス (Luis de Narváez:c.1500〜c.1550) はグラナダに生まれ、後にカルロス五世の世継、フェリペ二世に使えた当時の第一級の作曲家兼ビウエラ演奏家でした。元々は合唱曲なので、ナルバエスはスペイン語で"グローサglosas"と呼ばれる装飾を施して編曲しています。つまり合唱曲においては長く伸ばされる声部がビウエラでは伸ばせない為、その声部を細かい音に分割して装飾するのですが、この曲はその手法を用いた多声声楽曲の編曲における最も優れた例として有名な曲です。

 彼がこの曲《千々の悲しみ》を知ったのは間違いなくカルロスが出生地フランドルから引き連れてきた宮廷楽士たちからでしょう。16世紀初頭のフランドル、それはホイジンガーが『中世の秋』で描いたようにルネサンスの繁栄の真っ只中にありました。そのフランドルで最大の作曲家とされていたのが、この曲の作曲者ジョスカン・デ・プレ(Josquin Des Pres:c.1440-1521)です。歌詞はフランス語(正確に言えばフランス語の方言であるワロン語)によって書かれていて以下のような内容です。

あなたを失ってしまった悲しみ
あなたの愛を失ってしまった悲しみ
私は大きな悲嘆にくれ悲痛に沈んでいる
私は私に会うすべての人に言おう、私の人生は終わったのだと

 今日は通常ソロで弾かれるナルバエスの編曲にオリジナルのソプラノ声部をそのままかぶせて演奏します。ナルバエスの編作が如何に優れているかを少しでも感じ取っていただければ幸いです(当サイトのTablatures に使用した譜本を掲載してあります)。

 余談ですが、本日演奏するロマンセ《モーロの王はアンテケーラを去る》の作者クリストバル・モラーレス(Cristobal de Morales:c.1500〜1553)も同様に《千々の悲しみ》を基にしたミサ《ミル・ルグレ》を書いています。このミサ曲は原曲の最上声部の旋律をソプラノ声部に借用し、それに残りの5声部がポリフォニックに絡み合いながらミサ通常文の歌詞を歌ってゆく「パロディ・ミサ」の形式をとっています(ちなみにモラーレスのこのミサ曲はヒリヤード・アンサンブルのCDが再発されました。この作曲家の素晴らしさが認識できる見事な演奏です)。

 さて、この歌が好きだったというカルロス5世は音楽好きと して知られています。彼は1519年に神聖ローマ皇帝となってから、カトリックの守護神として欧州を駆け回りましたが、その道中には宮廷音楽家達を大勢引き連れていました。その中にはピーエル・ド・ラ・リュー、ニコラス・ゴンベール、モラーレスといった大音楽家達の他、本日演奏する《コンデ・クラーロス》の作者、アロンソ・ムダーラ(Alonso Mudarra:c.1506〜1580)の名前も見えます。彼は後にセビージャの大聖堂で僧職についたビウエリスタですが、《コンデ・クラーロス》はビウエラ曲集における3タイプの中の一つである《ディフェレンシアス》の形式によって書かれています。これは主に俗謡を元にした変奏曲形式で、史上最初にスペイン・ビウエリスタ達によって拓かれた新しい器楽世界です。

 カルロス5世の時代にスペインで音楽が栄えたのは彼の祖父達、カスティージャのイサベルとアラゴンのフェルナンドの影響も大きいでしょう。彼らの宮廷でいかに音楽が重要視されていたかは15世紀末から16世紀前半にかけて編まれた『王宮の歌曲集(El Cancionero del Palacio:1474-1516)』を紐解けば一目瞭然 ですが、その中でも本日最後に演奏するエンシーナ(Juan del Encina:1468-1530) の作品数は70を越え、重要な存在であったことが伺えます。エンシーナはカトリック両王時代に最上の名声を馳せた詩人、作曲家にして劇作家でもあったのですが、宮廷に使えていたわけではありませんでした。 彼の歌曲の大半は1490年代に書かれたようですが、いくつかの曲は芝居や牧歌劇(エクログ)の上演時の最後に奏されたようです。《喰って飲もう》もそうだったのかは定かではありませんが、"今日は喰って飲もう、歌って仕事も休んで、明日は絶食だから"と歌われるのはいかにも寸劇のフィナーレを想像させる、というのは考えすぎでしょうか?

ビウエラについて

楽 器

 ビウエラ(vihuela)をイタリア語で書けばヴィオラ(viola)となります。(スペイン語では強母音にアクセントがあたると2つに割れる)当時ビウエラといえば弦楽器をあらわすものでした。ビウエラ・デ・アルコといえばそれは弓で弾く擦弦楽器、ビウエラ・デ・ペニョラは、羽のビウエラ(プレクトラム(後述)で弾く撥弦楽器)だったのです。ですから本日演奏する楽器は正確に言えば、ビウエラ・デ・マーノ(手弾きビウエラ)となります。事実、この楽器のために最初に出版された譜本であるルイス・ミランの『エル・マエストロ』(1536年)のタイトルには"Libro de vihuela de mano"とあります。

Giovanni Filoteo Achillini playing the Viola da Mano by Marcantonio Raimondi《ビウエラであろうと思われる楽器を爪弾く詩人》

 16世紀ヨーロッパではリュートが全盛期でしたが、ビウエラはスペイン宮廷でだけもてはやされた楽器です。他のピリオド楽器、ヴァイオリンとかガンバ、時にはリュートでさえもオリジナルで演奏される機会がありますが、ことビウエラに関しては先年パリの楽器博物館で発見されたものも含めて世界に3台しか現存せず、修復かつ演奏されるということも当分の間は無いでしょう。また、リュート等他古楽器製作時によく使われるイコノロジー(図像解釈学)による製作もビウエラの場合は極めて少なくなかなか難しいものがあります。

 本日演奏する楽器は、1600年初頭のバロックギターをモデルにしたものです。ビウエラとバロックギターは共通性があり、ビウエラの製作技術がバロックギターに引き継がれたと思われます。この楽器がいつから存在したかというのは定かではありませんが、15世紀末にはすでに存在していたと思われます。レコンキスタ(スペイン国土再征服)を成し遂げたフェルナンド王の宮廷秘書官の記述に以下のような文が見られるからです。

『今朝は、教会のミサに出席なさり、食後、いつものようにビウエラ音楽(注:原文は "Musica de vihuela")を楽しまれた。その後、晩課に赴かれた。』

 もっとも、最初に書いたとおりに、ここに書かれているビウエラ が本日使用する楽器だったのかは疑う余地がありますが…
 さて、そのビウエラも1576年バジャドリーで出版されたエステバン・ダーサの譜本『パルナソス山』を最後に歴史から消えました。それは牽強付会を恐れず言ってしまえば、あたかもスペイン黄金時代の終焉を象徴するかのような事象とも思えます。

調 弦

 1弦からの各弦の音程関係は、完全四度、完全四度、長三度、完全四度、完全四度となり、基本的にはリュートと同じです。本日の演奏楽器は1弦から、ラ・ミ・シ・ソ・レ・ラで、1弦だけは単弦で2〜6弦は複弦(2本で1コース)となりますが、ビウエラの場合は当時のリュートと異なることがあります。それは、4〜6コースがユニゾンである、という事です。これがどうして問題になるかというと、同時期のリュート(ビウエラと同じく6コースでしたが)はそれがオクターブだったという事実があり、同じタブラチュアで演奏してもリュートとビウエラでは出てくる音楽が異なるからです。これには、新大陸からの豊潤な資金によりユニゾンで張っても問題のない音質を持つガット弦を確保できたから(当時は正にスペイン黄金時代だった)等諸説ありますが、ビウエニスタ達により残された7冊の譜本を読めばその音楽がユニゾンの響きを要求していることは明らかです。

 今日の演奏にはガット弦を使用しますが、3,4コースが Kuerschner の耐久加工を施したもの、5,6コースは同じく Kuerschner ですがナイロン芯の銅巻き線です。ローデット・ガットという、当時作られた低音弦にほぼ近いものもあるのですが、響きが良くないというアドバイスがあり今回は断念しました。1,2コースは Gamut のプレーンなもので、特に1コースは2,3日練習するともう毛羽立ってへたってしまうという代物です。また演奏中に良く切れるという噂もあり、本日は使い込んだナイロン弦をスペアで用意しての演奏です。そんな危険を侵してまでプレーン・ガットを使うのは、"音が良いから"この一言に尽きます。最近は撥弦楽器用ガットの品質も以前よりも向上してきたと言われていますが、当時のガット弦は現在のものとは比べ物にならないほど優れていた、という説もあります。専用の牧場で完全なる有機飼料でのびのびと飼育された健康な羊の腸(現在では牛のそれが主に使用されているようですが)をマイスターが腕によりをかけて作成したハンドメイドのガット。タイムマシンが存在するのならバッハのオルガン即興演奏を聴くついでに是非とも手に入れたいものです。

 閑話休題、ガットはフレットにも使用します。指板上での或る程度の移動が可能ですので、調律を中全音律(ミーン・トーン)にして曲によって微調整するのが本道のようです。(私の楽器も一応中全音律にしています)余談ですが、フレット・ガットを取り付ける時に結び目を半田ごてで焼いて固定しますが、その際に出るモツ焼きのような匂いは食欲をそそります(某HPによると、使用後のガットはパスタと一緒に茹でて食べるリュート奏者もいるようです)。

奏 法

 先に述べたイコノロジーによる復元は楽器だけではなく、演奏法の再現にも用いられています。最近のルネサンス・リュート奏者の右手はほぼ間違いなく親指が人差し指よりも内側に入るサム・インサイドという奏法を用いています。これも当時の絵画により得られたものです。抱えた楽器の上方から弦に斜めにアタックするのではなく楽器の横から弦と平行に近い角度で弾いている絵がよく見られるからです。

 また、当時の演奏法として特徴的なものに"フィゲタ"があります。ギターでいうと p,i の交互連続弾弦奏法ですが、これは、長いリュート演奏の歴史から発展してきたものです。15世紀末にリュートが指で弾かれるようになる以前は、主に単音をプレクトラム(羽根、羽毛:現代のピックと考えてください)で演奏していました(ご自身でピック奏法を体験された方もいらっしゃると思いますが、表面板に小指を置くのもこの奏法をご存知の方でしたら納得出来る行為でしょう)。この動きを親指と人差し指で行なうようにしたのが"フィゲタ"なのです。

 先に述べた、楽器の横から腕を弦と平行に近い角度にする構えですと、このサム・インサイドによるフィゲタが楽に出来るのです。本日の演奏にストラップを用いるのは、本日使用する楽器が小さく、保持することが困難であることにもよりますが、一番大きな理由は前記の構えがより楽に達成できるからにほかなりません。


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