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リンは思い出した。
紅いドールを駆り、生きながら伝説となったその男の噂を。
そいつはクリムゾンエンジェル―――紅い天使と呼ばれている。
そいつに敵はひとりもいない。
そいつにいるのは、かつて敵だったものだけだ。
そいつの全身はいつも血にまみれ、乾く暇も無いという。
そこでついた渾名がクリムゾンエンジェル。
紅い天使だ。
リンは小隊長ダ・メイガに叫ぶように報告を入れる。
「ダウナーは斬られました。ドールです。紅いドールです。カタナを持った紅いドールに斬られたんです!紅い天使かもしれません!!!」
「紅い天使?…カタナを使う紅いドールだと?ふん、おもしろい。わかった、私が処理する。合流しろ」
「了解」
さすがダ・メイガだ。
落ち着いたものだ。
お手並み拝見といこう。
リンは戦闘速度のまま再びシリンダーを回り込む。
ふたりのやりとりは海賊船ブリッジでも傍受していた。
「出るぞ!」
頭半分を機械で覆われた男――元ネルヴァド軍少佐エイブ・アルゼンタイン(いまは自称中佐)が吠えた。
「紅い天使か…きく名だな。ヤツの腕が噂の半分ほどもあるのだとすると少しは苦戦するかもしれん。俺が出る」
「では私も」
「大尉、きさまは残れ。後方援護だ。ライトバストを用意しておけ」
「は!御武運を!」
「なぁに、念のために出るだけだ。運などいらんさ」
アルゼンタインは機械の目をグロテスクに光らせるとブリッジをあとにした。
彼我の距離は一瞬で詰まる。
真紅のドールとダ・メイガのカムイは輸送船の表面上でみるみるその
距離を詰めて行った。
真紅のドールはカタナを横青眼に構え微動だにしない。
まるで斬馬刀を構えた戦国武者だ。
「く…おもしろい」
あれが噂の紅い天使だというのか、よかろう、やつの反応を試してやる。
ダ・メイガはペダルを踏みこみ、さらに増速する。
見切りの真髄、見せてやる!
カタナの圏内、切っ先ぎりぎりのところで反転、ヤツのカタナが空を斬ったところに
抜き身の早撃ちを喰らわせてやる。
ダ・メイガの武者震いにあわせるように、彼のカムイのの指がぴくりと動いた。
ドン!
二者の間の空間が炸裂した。
ダ・メイガがカムイの方向転換にTASフィールドを展開したのだ。
同時に目くらましを兼ねてチャフを散布。
超新星の輝きを放って紅いドールを包み込む。
チャフは一粒一粒が妨害波を発する。
この瞬間、ドールのセンサーは総てデッドする。
それはこちらも同じだが、私には総てが予測のうちだ。ヤツは違う。
横っ飛びに回り込みながら、両の腿にマウントされたハンドガンを抜き、チャフの
輝きの中に向かって続けざまに撃ち込む。
青白いエネルギーブレットがチャフの中に吸い込まれてゆく。
勝った。ここまでだ。ダ・メイガの顔に不敵な笑いが―――浮かびかけた正にその瞬間、
彼の表情が凍り付いた。
斬!
まばゆい一閃が眼前をよぎった。
紅いドールの大刀の一振りだった。
構えた両腕がビームガンごと、斬り落とされる。
ばかな!
紅いドールはいかなる機動を行ったものか、ダ・メイガ機のほぼ真横に占位している。
どうやって?
チャフを撃つより先に移動を開始していたか?
だが、ダ・メイガの反応は速い。考えるより速く体が動く。
機体にスピンをかけて瞬時に方向転換、さらに跳ぶと見せておいて逆にデッドスラスト、低くスライディングする。
これをなめらかに、一瞬のうちにやってのける。
この機動についてこれる者はいない。
しかし!
衝撃と共にモニターが消えた。
なんだ?
ステータスは頭部破損を告げている。
頭を斬り落とされた!?
ありえない機動だ。
こんな機動の可能なドールがいるのか!?
こんな操縦のできるドールドライバがいるのか!!
このままだと負ける?
背中に冷たい汗が流れる。
ドール同士の戦いで生まれて初めてダ・メイガは恐怖を覚えた。
同時に、
これが紅い天使だというのか!
歓喜に震える自分がいる。
ドールドライバとしての本能が歓喜の叫びをあげている。
どちらが本当のドールドライバか教えてやるのだ!
ダ・メイガはTASドライブを緊急モードにたたき込む。
まだ戦える!
伝説を塗り替えるのは私だ!
この私が―――
ダ・メイガの意識はその存在と共にそこで途切れた。
リンは、何があったのかわからない。
ダ・メイガのチャフ散布で《龍牙》の全センサーも一時的にデッドした。
ほんの1秒か2秒、そんなものだった筈だ。
しかし。
回復した瞬間に見えた光景はリンに息を呑ませた。
真紅のドールが長大な日本刀を揮い、ダ・メイガのカムイ(腕が無くなっている!)を両断する、正にその瞬間だった。
長大な日本刀はコクピットごとドールの胴体部を真一文字に切り裂いた。
次の瞬間、ダウナーのときと同じ極小の太陽がそこに花開く。
あれでは助からない。
いや、それ以前にコクピットを薙で切りにされた時点で死んでいるか。
せめて苦痛なく死ねていればいいのだが――頭の隅でそう思う。
すぐに太陽のきらめきは消え、その中から、紅いドールの不気味な姿だけが現れた。
リンはくちびるを噛んだ。
間違いない。
こいつは紅い天使だ。
それも噂どころの騒ぎじゃない。
生きながら伝説になるわけだ。いまなら納得できる。
こんなの相手にして、勝てるわけない。
まだ死にたくないよ。
相対速度をゼロにして、武器を投げ捨て、両腕を上げて降伏を意思表示する。
「だから海賊なんてやらなきゃ良かったんだ…」
震える声でそうつぶやいたとき―――
「敵前逃亡と見なす、クルード少尉」
低くかわいた声が耳に飛び込んできた。
「中佐!」
そう叫ぶのと凄まじい衝撃が機体を襲うのとは同時だった。
《龍牙》の腕が飛び、脚がもげ、頭部が吹き飛んだ。
モニターが消え、AIが死に、TASが暴走する。
「きゃーーーーーーーーーっっっ!!!」
リンは自分が悲鳴をあげているのに気づいていない。
しかし頭の中は意外に冷静で「やな予感が当たっちゃったなぁ」と他人事のように
考えている。
リンのカムイはTASの暴走で、ネズミ花火のように、きりきり舞いしながら
虚空へとその姿を消していった。
「やってくれるな、護衛屋。いや、紅い天使とよばせてもらおう」
アルゼンタインの声音には一種敬意のようなものさえ含まれている。
「貴君は噂以上の腕前だ。私の部下たちがひとたまりも無いどころか規律さえ
忘れさせるとはとは、さすが生きながら伝説になるだけの事はある。だが…」
アルゼンタインの表情がかわる。
「だが、それまでだ。きさまの仕事は失敗だ。私を本気にさせたからな、紅い天使!」
言うが早いか、ビームライフルを腰溜めにしたまま撃ちまくる。
紅い天使はその場でターン、チャフをまきながら高速離脱。
ビームがチャフで弾かれ、拡散する。
「くそ」
アルゼンタインはビームライフルを投げ捨て、背中に背負っていた巨大なライフルに持ち替える。
ABK1800対艦ライフル―――全長30メートルにもおよぶ巨大な
対戦艦ライフルだ。
いかに機動兵器ドールといえど白兵戦で運用するようなものではない。
しかし、アルゼンタインはそのまま構えた。
サイトの中に滲む紅いドールを捉える。
「いかな貴様でもこいつは防げまい」
つぶやいて、そのままトリガーを引く。
真空の宇宙に白熱の光が広がった。
それは、ほとんど爆発に近い。
口径1800の粒子ビームが奔流となって空間を切り裂いた。
その膨大な破壊エネルギーはチャフの攪乱効果をものともしない。
いや、散乱・擾乱はされてはいるのだが、元になるエネルギー量が桁違いだ。
数十メートル眼下の第三惑星号のカーシリンダー外壁がめくれあがり、溶けてきえる。
チャフ粒子は襲い来るエネルギーを散乱しきれず白熱の中に燃え上がって消滅。
拡散しきれなかった残りの50%のエネルギーが紅い天使を背中から襲う。
大戦時の強固極まりない装甲外板をも貫通してきた圧倒的なエネルギーだ。
勝利を確信してアルゼンタインは小さく呟いた。
「勝った…」
アルゼンタインは、しかし目を疑った。
「うそだろう…」
小さくつぶやく。
こちらを振り返った紅い天使の胸でなにか巨大な宝石のようなものが眩くかがやいている。
そこを中心に空間が歪んでいた。
紅い天使と破壊エネルギーとの間の空間が歪んでいる。
粒子ビームの莫大なエネルギーがねじれて消える。
その歪みの中に。
しかしそれも、水面の波紋にも似た空間のゆらめきをわずかに見せて、すぐに消えた。
マイクロブラックホール???
「そんなものまで使いこなすか。化けものめ! 大尉!」
「は!」
「ライトバストだ!」
「出します!」
紅い天使は空間を裂いて迫ってくる。
獰猛な肉食獣のように。
「くくく…」
これは歓喜か? それとも恐怖か!
ガキン!
紅い天使の大刀を対艦ライフルを盾に受ける。
まるで紙のように斬られてしまうが、わずかに斬戟を遅らせる事は可能だ。
わずか数ミリの差でかわしきる。
かわしつつ腰のサイドアームを跳ね上げ、自動モードで連射。
よけきれないはずの零距離射撃を、身をよじって紅い天使がかわす。
かわしざま、返す刀でサイドアームを斬る!
小爆発。
100分の1秒単位での攻防。
どちらも人間の速度ではない。
アルゼンタインの機械化された脳が、神経が、熱く熱を持つ。
『紅い天使のドライバー…どんなヤツなんだ?』
―――ぎちっ。
アルゼンタインは頭の中でまた音がした気がした。
両者はふたたび間合いをあけ、アルゼンタインは踏み込むと見せて高速離脱する。
追う紅い天使。
逃げるアルゼンタイン。
その前方にきらっと光るものが。
アルゼンタインがにやりと笑う。
「きたか」
それこそが、アルゼンタインが求めた最終兵器―――斬艦刀・バーストライトだった!
「勝負は一瞬!」
すれ違いざまアルゼンタインは右腕を伸ばす。
飛びながらバーストライトを手にする。
わずかなタイミングのミスでも腕ごと持っていかれただろう。
しかしアルゼンタインは見事にキャッチ。
のみならず、バーストライトの運動エネルギーをさえ利用する。
一気に反転、おいすがる紅い天使に斬りかかる!
「貴様の刀がなんで出来ているかはしらん!しかしこのバーストライトとて失われた
テクノロジーの産物・単分子ブレード!これで互角!!」
全エネルギーをこの一振りに叩き込む!
機械化された部分が溶けそうなほどに熱い。
神経がきりきりと痛む。
だがこの一刀だけは!
紅い天使も真っ向から受けて立つ。
刀と刀がぶつかりあう!!
刹那!
アルゼンタインは歪む視界の中、再び信じられないものを見た。
刀身と刀身が触れ合った瞬間!
アルゼンタインの単分子刀バーストライトに紅い天使の大刀が食い込んでくるではないか!
ずぶずぶと音を立てて食い込んでくるように見えた。
電子加速状態にまで踏み込んだアルゼンタインの全神経の、それは為した技だった。
切り裂かれることなど無いはずの無敵の名刀バーストライトが切り裂かれるさまを彼は
拡大された感覚の中で見てしまった。
「ばかな!」
アルゼンタインは叫んだ、
「時空刀だと―――!?」
全神経が焼き切れるのと、アルゼンタインの乗機が切り裂かれるのとは同時だった。
小太陽が出現する。
その輝きを背景に大刀を手にした紅いドールの姿が影となって映る。
傷ひとつなく。
その姿は神か天使か異形の怪物か?
真紅のドール、紅い天使は血のりを振るうように、しゅっと一振り、
刀を振ってみせる。
やがて紅い天使はその自らの身長よりもさらに長大なカタナを
背部の鞘に静かに収める。
紅いドール…紅い天使の双眸が満足げにその光を増す。
それはまるで、微かな笑みを浮かべたかのようだった。
紅い天使は軽く機首を振り、高速戦闘艦へと向かって加速した。
まだ戦いは終わっていない。
紅い天使の伝説が――――これから語られて行く。