雲突くような巨人ドール。
妖艶な微笑を浮かべる美少女。
彼女の構えたブラスターの暗い銃口が圧するように迫ってくる。
美少女のまとう雰囲気が、それが冗談なんかじゃないことを物語っている。
なんだかわからないが、自分は見てはいけないものを見てしまったらしい。
アイは、ぎゅっと固く目を閉じる。
と、そのとき。
「かすみ!やめて!!」
背後から声が響いた。
はっと振り向く。
もうひとりの仲間が立っていた。
リンさんだ。
息を切らせている。
「撃っちゃいけない!」
リンは巨大ドールと、かすみを交互に見て言った。
かすみの顔を薄く嗤いが掃く。
白く繊細な指がブラスターのセイフティーをはずした。
時間は少し遡る。
戦闘艦内。
リンはかすみが居なくなっていることに気付いた。
またドールデッキ?
そうも思ったが、なんとなく気になってブリッジに上がってみた。
もちろんそこにいないだろうことは察しがついていた。
艦長席に座って、コネクタケーブルを差し込み、艦内情報を呼び出す。
これが目的だった。
ブリッジでなら艦内のあらゆるステータスを確認することが出来る。
生体反応に絞って、艦内チェック。
『これはあたしだ…』
生体反応はブリッジと…
『…あ!』
左舷ドールデッキ?
一瞬ブリップが瞬いたように思ったが、
『ちがう…消えてる』
ステータス切り替えのさいのノイズだったようだ。
そもそも左舷デッキはグレーゾーンになっている。映るわけが無い。
念のため、音声でデッキに呼びかけてみる。
「かすみ、いる?…いたら返事して」
そう声をかけた上で少し待ってみたが返事は無い。
念のためもう1度繰り返してみたが同じだ。
ふだんは愛想の無い子だが、返事をしないというような事は無い。
どうやら本当にいないようだ。
出かけちゃった?
まだ夜明け前だっていうのに?
調べてみるとエアロックの開閉記録が残っていた。
やっぱり出かけたんだ…。
今度は船外カメラの記録を調べてみる。
残ってた。
遠ざかっていく後ろ姿が映っていた。
たしかな足取りは散歩って感じじゃない。
確固とした目的のある歩き方だ。
どうしようか?
リンは顎にかたちの良い指先をあてた。
このまま待つか、それともあとをつけてみようか?
と、モニターの中にもうひとりの人影がわりこんできた。
フード付きのサンドローブを着ている。
アイのようだ。
かすみのあとをつけている。
「へぇ…」
なんだか面白そうだ。
リンの顔に微笑が浮かぶ。
あたしも行ってみよう。
モニターに映し込まれた時間を確認する。
30分ほど前だ。
どこまで行くのかしらないが、間に合わなかったら勿体ない。
急いでエアロックに向かう。
月が蒼い。
蒼い光が、スクラップの山を不気味に浮き上がらせている。
だけどリンは先だけを見ている。
足跡は残っていなかったが、勘を頼りにあとを追う。
直感勝負だ。
最初は早足程度だったが、気がつけばほとんど走っていた。
不安は無い。
不安は無いが急がなければならない気がした。
なにかが背を押している。そんな感じだった。
そして…
リンは見た。
はじめ、その大地の揺れを地震かと思った。
前方でスクラップの山がそこだけ鳴動して盛り上がり、内から外へ轟々と崩れ落ちる。
大地が裂けたかと思った。
だけどそうじゃなかった。
もうもうと土煙の吹き上げる中に巨大な何かが現れていた。
リンは息を呑んでそれをみつめた。
あまりにも巨大なそれを。
土煙が薄れ、月光がその力を取り戻すに連れて、全容が露わになる。
リンは目を疑う。
それは巨大なマシン。
巨大なドールだった。
けれどそれはドールと呼ぶにはあまりにも巨大すぎた。
小山ほどの大きさがある。
腰から上しか見せていないというのにだ。
立ち上がったらいったいどれほどの大きさがあるというのだろう。
想像を絶する。
こんな巨大なドール、見たことも聴いたことも無い。
けれどもそれは、蒼い光を受けて不思議な美しさに満ちていた。
まるで神話の中の巨人のようだった。
悲鳴が響き渡った。
アイだった。
その悲鳴に、はっと現実感を取り戻す。
見れば、かすみがアイにブラスターを向けている。
なぜ?
いや、なぜでもいい。いまはとにかくとめなくちゃ。
「かすみ、やめて!!」
叫ぶように声をかけていた。
だが、かすみの指は止まらない。
ブラスターのセイフティーを外すのがわかった。
でも、なぜだろう?
リンに恐怖は無かった。
かすみの本気は伝わってきていた。
でも不思議に恐怖は無かった。
なぜだろう?
あたしはかすみになら殺されてもいいと思ってるんだろうか?
リンにはわからなかった。
ぶおん!!
ブラスターが火を噴いた。
あたりは一瞬真昼の閃光に包まれた。
同時に凄まじい爆発音。
ブラスターの放つ高エネルギーに晒された物は瞬時に蒸発する。
それはほとんど爆発に等しい。
しかしその破壊エネルギーはリンに向けられたものでも無ければ、
アイに向けられたものでも無かった。
それは不思議なことにアイとリンの中間あたり、何も無い空間で
炸裂していた。
炸裂と同時になにかの影がみえたようにも思うがよくわからない。
びちゃ。
リンの頬に生暖かい液体がかかった。
どさっと音がして、足元にはなにか重い物が落ちてきた気配が
あるが、砂が跳ね上がっただけで落ちた物は見えない。
「?」
リンは顔についた液体を手で拭う。
けれど、手に感触はあるが、なにもついていない。
くんくん臭いをかいでみると、生臭い。
どういうこと?
と、見る間に手が黒く…いや赤く染まった。
血だ。
足元にはいつのまにか、大きな獣の下肢らしきものまで出現している。
さっき落ちたのはこれだ。
アイが呟くのが聞こえた。
「サンドカメレオンだ…」
サンド…カメレオンですって?
「なにそれ?」
もう想像はつくけれど、聞いていた。
「ん…砂漠に棲む大型の肉食獣なの」とアイが説明してくれる「保護色…というより
ほとんどクローキングかな、姿を消せるの。」
声が震えていた。
なるほど、落ちている肢の先端には見るからに凶悪そうなかぎ爪が生えている。
こんなのに撫でられる自分はあまり想像したくない。
「もしかして、あたしたち、かなり危なかった?」
リンの問いにアイがこくこくと頷いて言う。
「だけど…奧砂漠にしかいないはずなんだけどなぁ…こんなところに現れたって
あまり聞かないよ」
と、そのとき、
「コノ近くニ砂ネズミの巣がアルのだヨ、群棲シていル」
不意に頭上から声が響いた。
驚いて見上げると、さっきかすみのまわりを飛び回っていたハンバーガー…いや、プローブだ。
「だ、だれよ、あなた?」
リンの声はうわずっている。
「私は…」
ハンバーガーは、ふわりふわりとリンとアイの間を飛び回るが、さっき現れた巨大
ドールを背景に空中にとどまる。
そして言った。
「私は、あのドールダ、名ヲかーくト言う」
このとき、リンはまだ真相をわかっていなかった。
いや、気付かない振りをしていただけかもしれない。
「あなた、こんなところに住んでるの? ま、いいからとにかく降りてらっしゃいよ」
ハンバーガーに、ではなく、目は巨大ドールに向けて言う。
「残念だが、ソレは出来ナい」
それを聞いたアイの目がキラーンと光ったようだった。
それは断じて月光のせいじゃない。
アイの目は確かに光った。リンにはそう思えた。
「リンさん…」
アイが言う。目がきらきらしてる。
「この近くに住んでるのはあたしだけだよ。もし誰か住んでたら、あたしが
知らないわけ無い!」
「え!?どういうこと?」
けれどもうアイはリンの言葉なんかきいていない。
「カーク!あなた、もしかして自律AIなのね!!そうでしょ?きゃーっ!」
「あ、待ちたマえ」
アイは言うが早いか、巨大ドールを目指して走り出し、ハンバーガーがそれを追いかけてゆく。
「あ…」
追いかけようとしたリンに、いつのまにか歩み寄っていたかすみが、すり寄るように身をよせてきた。
大口径ブラスターはすでに腰のホルスターに戻されている。
「リンも来てくれたんだ?」
リンを見上げるかすみの瞳が濡れたように光っている。蠱惑的な表情だった。男ならそれだけで正常な判断力を無くすだろう。
「手を出して…」
かすみはそう言うと、リンの手をとって、ぺろぺろと舐め始めた。
「な…!」
リンは言葉も出ない。
かすみがリンの手についたサンドカメレオンの血を舐め取っている。
「汚いよ…」
かろうじてそれだけ言う。
けれど、かすみはそんな言葉には耳も貸さずに、指の1本1本、指の股までも
綺麗に舐めとっていく。
ちろちろと見え隠れする赤い舌先は妖しく卑猥でさえある。
リンはというと、もはや思考停止状態。
ぼうっとしてしまっている。
きっと耳まで真っ赤になってるよぉ。
やたらと恥ずかしく、それでいて止めて欲しくないような変な気持ちだ。
そんなリンの困惑をよそに、かすみは最後に背伸びをすると、リンのほっぺたに残った血を、ぺろりと舐めた。
一方、アイは意味不明の歓声をあげながら巨大ドール目指して走っている。
ときどきジャンクに足をとられるけれども気にしない。
アイの目には巨大ドールしか映っていない。
「生きてる!生きたドールだ!!」
目をうるうるさせながら、そう叫ぶように言っている。
「どういうことなの?」
落ち着きを取り戻したリンは巨大ドールのほうを顎で示した。
「あれはカーク…自律ドールなの…自分一人で判断、行動することが出来る…わたしの友達で…わたしの仲間だ」
言いながらかすみはリンから1歩、身を離す。
かすみの甘い髪の香りが夜風に舞って、それはなぜだかリンを切ない気持ちにさせた。
友達…?
仲間…?
微かに哀しみの込められた口調の意味をリンは気付けない。
巨大ドールに駆け寄ったアイは、きゃーきゃー言いながら巨人のからだにぺたぺた触り
まくっている。
なにが楽しいのかよくわからないが、かなり興奮している。
オモチャを手にした子供のよう、というよりは、巨象の足元に戯れる子リスという
感じか。
危うくて見ていられない。そうリンが思ったとき、
「危ないな。あれじゃ立てない…。あの娘を連れてきて、リン」
かすみが言った。
リンは、かすみを見つめた。
「ん?どうかしたのか?顔になにかついてるのか?」
かすみが訝しげに言う。
「ううん、べつに…いま、連れてくるよ」
それだけ言ってリンは小走りに巨大ドールのほうへ向かう。
リンの頬が熱い。
リンは軽い驚きを感じていた。
かすみが、アイを連れて来て、と言ったその命令口調を嬉しく思ってる自分がいたからだった。
へんなの、と自分でも思う。
これは自分が長く軍にいたからだろうか?
リンはそうだと思いたかった。
足元は今にも崩れそうなガレキの山だ。
まして月夜とはいえ、足元は暗い。
よくアイはこんなところを駆けることが出来たものだ。
何度も転びそうになりながらアイの元へ行く。
頭上には巨大なドールが圧するように覆い被さっている。
正直言って怖い。
機械が喋る? 本当だろうか?
確かに時折り、ドールに意志のようなものを感じることはあるが…それとこれとは
次元が異なる。
やっぱり誰か乗っているんじゃないだろうか?
そのほうが自然だ。
そうだ、きっとドライバーはコールドスリープしてたんだ。そうに決まってる。
とすると、まだちゃんと目覚めてないのかもしれない。寝ぼけて、いま動かれたら簡単に潰されてしまう。
リンは無意識のうちにかすみを振り返っていた。
シルエットになっていて表情までは窺えなかったが、その姿をみて、
リンはなぜだか安心感が広がるのを覚えた。
そうよ、大丈夫よ。
ひとつ息を吸ってから、アイの元に歩み寄った。
アイは恍惚として、巨大ドールの露出部分に頬ずりしている。
うっとりとろけるような表情が、ちょっとヤバイ感じさえするが、すべすべの機体表面は
確かに頬ずりしても気持ちよさそうだ。
気が付けばリンも手を伸ばしていた。
指先がそっと表面に触れる。
「つめたい…」
ひんやりと冷たく、それでいて温かい。
機体表面に沿って指先を滑らせる。
何百年も埋もれていた年代物とは到底思えないすべすべした手触りだった。
リンは星空を圧して聳える機体を見上げた。
「すごいよね」
思いがけないアイの声に、びくっとして横をみると、頬をすりすりしたままアイがこちらを
見ていた。
「人間と話ができるんだよ、この子。そんな子がこんなそばに居たなんてさぁ…」
アイの瞳は感激に濡れている。
はいはい、その話はまたあとでね。
早くアイを連れ戻さなきゃ。
「ねぇ、アイちゃん、ここ危ないよ。コイツ動いたらあたしたち潰されちゃうよ、あっち行こう」
そう言いながらアイをドールから引き剥がす。
「ああん…」
アイがせつない声をあげる。
まるで恋人との逢瀬を引き裂く悪役じゃないの。ちょっと理不尽な気分を味わいながら
それでも強引にアイの手を引く。
「感謝すル」
例のハンバーガーが頭上をふわふわ漂いながらそう言うのへ
「いいからあなたもさっさと降りてらっしゃいよ」
ドールから降りて来い、という意味で、リンはちょっとつっけんどんに
そう言ってやった。
すると、
「了解シた」
ハンバーガーは案外素直に答えた。
ほうら、やっぱり人が乗ってるんじゃないのよ。
どんなヤツが操縦してるんだろう?
リンはコックピットが開閉するのを見たくてドールを見上げたが、
ドールの表面にはなんの動きも無い。
あれぇ???
と思ったそのとき、
「あはははは…」
なんだかわからないけど、アイが笑い出した。
なんなのよ!
あたしはむっとしてアイを見る。
その目の前にハンバーガーがいた。
「きゃ」
思わずびっくりして声を出してしまう。
リンの目の前にハンバーガーが浮かんでいる。
さっきまで頭の上にいたのに。
「びっくりするじゃないの。んもう!」
足元のスクラップを蹴り飛ばす。
けれど、ドールにはなんの動きも無いままだ。
ばかにして!
あたしは馬鹿笑いするアイを連れてかすみの元まで戻る。
足音を荒げて歩くリンの頭のまわりを、ハンバーガーが鬱陶しく飛び回っている。
「カーク。船の場所はわかるか?」
かすみがハンバーガーに向かって言うと、ハンバーガーはバンズに挟まれた
ハンバーグの部分をぴかぴか光らせながら答えた。
「それはわかるが…あの船に私が乗れるのか?」
「手足を折り畳め。そうすれば多少窮屈でも乗れないことは無いだろう」
ハンバーガーはしばし無言で光だけを回転させている。
スッキャニングしてるのだろう。
やがて、
「ポジティブ。内部での自由に動くのは無理だが、乗ることは可能だ」
「なら」かすみが、にっこりと笑う。
「立って、30年ぶりでおまえの姿をみせてみろ」
「了解した」
その返答と同時に、彼方の巨大ドールが再び動き始めた。
スクラップの山が鳴動し、不安定なものががらがらと崩れ始める。
それだけで通常のドールほどもありそうな巨大な右腕がガントリークレーンの
ように唸りをあげてジャンクの中に突き立てられる。
再び、もうもうと砂煙が吹き上げ、月光から機体を覆い隠して行く。
その噴煙を突き上げて巨大なドールの上体が天空目指して伸び上がって行く。
その光景は畏怖の念さえ呼び起こすものだった。
それは質量そのものだった。
圧倒的に暴力的なまでの質量。
こんな巨大な人型…これが人間の手によって造られたなんて…
リンは心が震えるのを感じて息を呑んだ。
大きなメカなら、いくらでも見たことがある。
自分たちの高速突撃艦でさえ、たっぷりこの何倍もの大きさがある。
けれど…
これはそれらとは全然違った。
完全に立ち上がった巨人のその姿は、見る者の魂そのものを畏怖させずには
おかない何かがあった。
リンだけではない。アイも…かすみでさえもが、言葉もなく見守るばかりだ。
そして…
いまや巨大な姿は星空を背景にそびえ立っている。
機体表面は月光を吸収してしまうかのように、黒々としていた。
それがゆっくりと、1歩目を踏み出す。
ずーん…と、腹の底に響くような音というより振動…大地を揺るがして巨人が
歩き始める。
と―――。
がごーん、と大質量の金属塊同士がこすりあわせるような音がしたかと思うと
巨人の姿勢がぐらぁっと、大きく揺らいだ。
「右膝関節損傷、Gジャイロ機能不全、…倒れる!逃ゲロ!」
ハンバーガーがきゅるきゅる激しく光を明滅させると、ひゅんと飛び去る。
「やっぱり駄目か。来い、リン!」
かすみがリンの手をとって、巨大ドールと反対の方向目指して走り始める。
「アイもだ、ぐずぐずするなっ!」
うしろを振り返ると、スローモーションのように巨大な影がこちらに向かって
倒れてくる。
「きゃーーーーーーっっっ!!!」
3人は悲鳴をあげて逃げまどう。
地響きが大地を揺るがした。
数分後。
東の空が白み始めた中、3人は俯せに倒れたドールの背中の上に立っていた。
おかしなものだ、とリンは思った。
こうして横になってしまうと、それほど大きいとは感じられない。
総全長で50〜60メートルといったところか。
それでも通常のドールが10〜20メートルだから、少なくとも3倍の大きさは
あるわけだ。
ドールデッキに収容できないことは無いだろうけど、手足をぎちぎちに縮めてようやくと
いったところじゃないだろうか。
しかもきっと身動きもままならないに違いない。
リンは、背中の丸いランドセルの上に立って、どこにドライバーが乗っているのかと
搭乗口を探してみるが、それらしきものは継ぎ目ひとつ見あたらない。
メンテハッチさえどこにあるものやら、さっぱりだ。
これは、カムイやイズナよりももっと高い技術が、
かつてあったことの証なのだろうか。
あたしは視線を巨大ドールの下半身におくった。
脚が片方、膝からよじれているのが痛々しい。
目を転ずると、右腕も胴から離れたところに転がっている。
転ぶときに手をついた拍子に、右腕も肩からはずれてしまったのだ。
神でさえもが錆び付く年月の大きさに思いを馳せる。
リンの口の端に皮肉な笑みが刻まれる。
そのとき、ふっとリンの耳にかすみとアイの会話が飛び込んできた。
「なぁるほどぉ〜わかりましたよぉ」
アイのきゃぴきゃぴした声が響く。
「ほんとの理由はこの子ですね、あたしんとこに来たのは?」
「そういうことだ。…直せるか?」
「まぁかせてくださいな」
アイがぐっと力瘤をつくってみせる。
出来なかったけど。
「それにしてもどうやって運ぶ気?」
アイが膝の様子を見に言ってしまうとリンはかすみに声をかけた。
ふわりとハンバーガーが寄ってくる。
「飛行自体は可能ダガ?」
それを聞いてかすみが眉をひそめる。
「でもGジャイロがきかないんだろう?それじゃ正確なコントロールが出来ない
だろう。万が一にもせっかくの船を潰されてはかなわないな。
わたしが出てもいいが…」
「トラクタービームで引っ張ろうか?」と、これはリン。
突撃艦で吊して行くことは十分可能だ。
かすみの顔がぱっと明るくなる。
「そうしてくれると助かるな」
もともとそのつもりできいてみたのだ。リンに否やのあろう筈も無い。
「お任せあれ、ご主人様」
リンはおどけてウインクしてみせる。
朝陽の中にリンの笑顔が輝いている。
★
太陽は既に中天近くにまで上がっている。
遙か西から飛ばされてくる赤砂に太陽はぼうっと霞んだようになっているが、温室効果を生むものなのか、気温は高い。
例の巨大ドール・カークは運ばれて、アイの倉庫(家)の前の広場に鎮座している。
突撃艦と巨大ドール。
ふたつ並んだ偉容は壮観そのものだ。
脚を投げ出して座った格好のカーク。その脚部を覆うようにエアテントが張られ、
アイの操る何体ものパペットがわらわらと修理に当たっている。
まるで小人国に流れ着いたガリバーだった。
アイの手際の良さは素晴らしいものだった。
パペットを使ってあっという間に膝関節をバラしてしまう。
そこらにあった素材を使って、関節部を新たに作ってしまう。
破損した機械筋肉を、ジャンクの山から引っ張り出したドールから流用して見事に
つなぎ合わせてしまう。
それらを組み上げ、新たに外板装甲を溶接し直す。
そういった作業を、例のハンバーガーとお喋りしながら、瞬く間に仕上げてしまった。
まるで魔法のようだ。
これはもはやメカニックやエンジニアというレベルでは無い。
アイは、紛れもない天才だ。
リンだけでなく、かすみも驚きの目で見ている。
脚部が終わり、作業は右腕部に移る。
リンが感心して眺めている目の前でパペットたちは、今度は巨人の肩から右腕にかけて
テントをかけ始めている。
アイが自身の手を休めてかすみの元にやってきた。
カークのプローブも、アイの周囲をぷかぷか飛び回りながらついてくる。
「ねぇ、かすみさん」
アイはかすみの表情を窺う。
くりっとした瞳でアイを見返すかすみ。
「あのね…」
とアイは続ける。
「料金のことなんだけど…」
言いづらそうだ。
「その話ね」
言いながらかすみは片手で紅い髪を掻き上げる。
しなやかな白い指が絹糸のように艶やかな紅い髪に映えて美しい。
「そのことなら心配しなくていいよ。言い値で払うつもりだよ」
アイの目がきらっと光った。
「本当?」
ぐいっと身を乗り出す。
「…ほんとだよ。」
思わず一歩あとずさるかすみ。
「ほんとのほんとね?言い値で払ってくれるのね?」
「まさか、払えないほどの金額じゃないでしょう?ボッタクリはイヤだよ?」
「あなたなら払えるわ。十分余裕あるとおもうわよぉ」
にやにや笑う顔には何事か魂胆ありと、はっきり書いてある。
ここに至ってかすみは自分がハメられたのかもしれないと悟り始めた。
「いくらなの?」
「そうね…歩合でいいわ。あと、必要経費と。」
「はい???」
さすがのかすみも目を丸くしている。
アイが何を言ってるのかわからない。
それまで黙って聞いていたリンが口を挟む。
「…歩合? 歩合って? 必要経費はわかるけど、歩合ってどういうこと?」
「だって」とアイ。
「そりゃぁ、ただ働きはできませんことよ。ちゃんとお給料は貰いませんと。
ねぇ、ボス?」
最後のところはかすみに向かって言う。
さらに、
「あとで船の中見せてくださいねぇ。お部屋は…余ってますよね?好きなとこ貰って
いいですよね?」
アイがにこにこしながら言う。
リンも苦笑する。
どうやら、護衛屋《紅い天使》は3人目のクルーを得たようだ。
3日後。
すべての修理と改装が終了した。
戦闘艦の濃紺だった艦体は鮮やかな赤に塗り替えられ、リンの発案により《天使の翼》
と新たに命名された。
この艦はかすみの翼そのもの、だからだ。
かすみも賛成してくれた。
そして―――
艦体表面に描かれた見事なノーズアートはそれを象徴するかのような
天使の羽を生やした少女の姿だ。
これもまたリンの、渾身の傑作である。
翼をひろげた少女の、今にも飛んでいってしまいそうな、それでいて儚げな風情が
よく描けていると思う。
アイの引っ越しも終わり、巨大ドール―――これをガルガンティスというらしい―――
のカークも《零》とは反対の右舷デッキに収容を済ませた。
手足を縮め身体を折り曲げた姿は身動きもままならないがハンバーガー、いやプローブ
が動き回る分にはなんの支障も無いので、それで我慢して貰うことにした。
《天使の翼》は離陸シークェンスに入った。
間もなく出発だ。
リンが最終チェックを済ませていると
「しばらく帰れないよ。お別れはすませたの?」
《天使の翼》艦長席についたかすみが、FCSについたアイに声をかけた。
「うん、昨日ね。ドースンさんに後始末頼んできちゃった。もう、な〜んにも
後腐れ無し!」
にっこり笑ってみせる。
「私は少し寂しいような気がするよ」
そう言ったのは通信士席にちゃっかり収まったハンバーガープローブだ。
「ごみ山の中に帰るか、カーク?」
「いずれそのうちにな」
かすみの言葉にカークが応じる。
明るい雰囲気。
いい感じだ。
リンが宣言するように声を発する。
「《天使の翼》、離陸します」
船体が大地を離れ、飛翔を開始する。
《紅い天使》は星の世界に向けて飛び立った。
第5話「ガルガンティス」 了