クリムゾン・エンジェル 10

――― 紅い天使の冒険 10 ―――


【登場人物紹介】

かすみ
護衛屋《紅い天使》の少なくとも2代目。
単に《紅い天使》と言えばこのひとを指す。
紅い髪と真紅の瞳を持つトランジスタ爆乳美少女。
(古っ>トランジスタ/笑)
その美しさはしばしばビスクドールに例えられるが、ビスクドールと爆乳が併存しうるものかどうかは謎。
てゆうかそれ以前に作者はビスクドールを見たことが無いというのはここだけの秘密。
それはともかく彼女には数々の謎があるっぽい。
胸に輝くクリスタルがどうにも妖しくて、しかも怪しい。
本文で彼女の甘ったるい舌足らずな喋りを再現できないのが残念。

リン
銀色の髪、翡翠色の瞳、身長170センチの、スレンダーな美少女。
元ネルヴァド軍ドールドライバ。同性ながらかすみとはステディな関係。

アイ
アッシュブロンド、瓶底眼鏡、ちょっとふっくら系。
おきまりの「眼鏡をとるとすげー美少女」ってやつ。
その上、失われた古代テクノロジーに造詣の深い天才エンジニアでもある。
3度のご飯より機械が好きというありがちずくめな定番少女。

カーク
ガルガンティスという巨大ドールがその正体。
ふだんフワフワ飛び回ってる銀色の扁平風船は彼の移動端末。
戦闘艦《天使の翼》の操縦なんかも彼の担当。

マダム・ジュジュ
占いお婆。これも謎多き人物。
《紅い天使》とは先代の頃からの古い付き合いらしい。

コーネル
半植物人。
植物人間だと寝たきりになってしまうが、彼は半植物人なので元気いっぱいだ。
マダム・ジュジュの使用人。執事みたいなものか。
特技は美味しいお茶を淹れること。

レッキー
金色の毛並みが綺麗な熊男・バラアク人。
今回の仕事の依頼人。
グリーンマット(タペス)の遺跡都市で不死の秘密をみつけたらしい。

グラビトン一家
地回りのヤクザみたいなもん。
レッキーのみつけた不死法を狙っている。

ゾーンフェルド
《蒼き死神》。
紅い天使と並んで辺境星域で有名な護衛屋(なんでも屋)。 なんかめちゃめちゃ危なくてめちゃめちゃ怖いヤツらしいが、その姿はまだ見せない。
いまのところ、部下の3人衆「ケルベロス」にキャラを押され気味で焦りを感じているとの噂も。

デュメク
髪は金髪、長身でハンサム系の顔立ち、金色の義眼を持つ男。
胸にかけた弾帯に挿してある金色のカートリッジでドールを操ったりひとを撃ち殺したりする特技(?)を持つ。
ゾーンフェルドの部下ケルベロス3人衆のひとり。

ゴーシュ
同じくケルベロスのひとり。
浅黒く陽に灼けてがっちりした身体つきの男。
黒髪短髪、髭を生やしてぎょろりとした目のいかつい男。イメージ的にはスパニッシュ系か。
光線鞭の使い手。

ミャン
ケルベロスのひとり。
小柄な東洋人風の風貌を持つドレニアス人。
ドレニアス人というのは電磁波を自在に操る特殊能力を持つ・・・らしい。もし違ったらごめん。(笑)
この男はまた拳法の使い手でもあり、素手での殺人技にも長けている。

《零》
かすみの乗機。真紅のドール。《紅い天使》の名の由来。





アイちゃん


tatsuwoさん・画(感謝!)












第10話 「ファントムシャドウ」


通称をグリーンマットとして知られる惑星タペスは、 「謹厳な母」 を意味する主星スグォーナと共にガリウス第3渦状肢の中程にある。
この宙域は俗に 「辺境」 と呼ばれるが、比較的生命密度の高い地区であり、古くはかなり繁栄していたもののようだ。
中でも、ここタペスには、その痕跡がはっきりと残っている。
タペスは直径およそ15000キロ。
陸地と海との面積比はほぼ1:1で、陸地の大半は緑の密林に覆われていて、一見未開の惑星のように見える。
しかし、そのジャングルの下、緑を一皮剥けば現れるのは広大な都市だった。
惑星上を網の目のように覆い尽くす一大都市郡だ。
ただし、今は誰も住む者とて無い無人の都市だ。
一夜にしてすべての住人がタペスから消え去り、やがてあとに残され、主人を失った都市だけが緑に侵蝕され、埋もれて行った。
それが定説となっている。
今からざっと300年ほど前、最後の大戦の頃だろうとされている。
タペスが再発見されたのは、ほんの50年ほど前のことであり、以来、今日に至るまで、さまざまな資源や道具、テクノロジーそのものの採掘場となっている。

そのタペスをあとに、今しも一隻の中型カーゴシップが外宇宙へと向かって加速していくところだった。
後にいくつも曳かれたコンテナはいかにも重たげだ。
タペスでの採掘は上々だったに違いない。
きっとこの船の乗組員たちは積み荷から得られる儲けの多寡に思いを馳せ、ほくほく顔に違いない。
だが、意外なことにひとり、難しい顔をしている者がいる。
「さっきのを見たかね?」
カーゴシップのブリッジで初老の男が隣のコンソールで航路計算をしている若い男に話しかけた。
初老の男はこのカーゴシップの船長で、若いのは航宙士のようだ。
航宙士は青い目を開き、船長を見遣った。
「ああ、あの黒い艦(ふね)ですね。死神のエンブレムが不気味でした」
航宙士は軌道ステーションで入星許可を受けるため泊まっていた戦闘艦を思い出しながら答えた。
3時間ほど前のことだ。
彼らの、荷を満載してタペスを出ようとするカーゴシップと入れ替わるようにその黒い艦はやってきた。
2本の衝角がいかにも猛悪そうでエンジンブロックサイドに描かれた紋章が不吉な感じだった。
巨大な鎌を持ち、蒼い衣をまとった蒼白い骸骨。
その目だけが血のように赤い。
死神だ。
思い出して、椅子の中で居心地悪げに座り直す。
いやなものを見てしまった。
そんな感じだ。
「あれが何か?」
尋ねると、
「我々は運がいいのかもしれん」
初老の男、船長はほうっと息を震わせた。
「あれは《蒼き死神》だよ」
それだけ言えばわかるというように、若い航宙士の目をみつめて頷く。
「え! あれが!?」
航宙士は息を呑む。
辺境に生きる者なら噂くらいは聞いたことがある。
《蒼き死神》、ゾーンフェルドの名を。
地獄の番犬ケルベロスとその主人。
彼らが通った後には草も生えないという。
泣きやまない子供には 「ゾーンフェルドにやっちゃうよ」 と言うのが 「《紅い天使》が見てるよ」 と言うのと並ぶ定番だ。
ごくり。
航宙士は息を呑む。
なるほど、あれが《蒼き死神》とケルベロスだと言うのなら、入れ違いで出て来られたのは・・・確かに幸運だったと言えそうだ。
後方スクリーンに浮かぶ緑の円盤を見ながらそう思った。
彼にはなぜかそれが血の色に赤く染まって見える気がした。



暑さにうだるアイの目の前を轟々と音をたてて巨大なエアバージが移動していく。
エアパージは水陸両用の大型ハシケだ。
エアバイクと同じく重力バランサーで地上や水上数10センチほどを浮いて移動する。
そのエアバージが2台。
《蒼き死神》の闇色の戦闘艦《死の鎌》から降ろされた4機のドールが、2機ずつ載せられている。
もっともカーキ色のカバーで甲板は覆われているので、ドールを直接見ることは出来ない。
ただシルエットからドールだろうと判るだけだ。
「ずるいわね」
アイが呟く。
ここいらを仕切っているグラビトンは《紅い天使》一行のドール上陸を許可しなかった。
だからかすみとリンはエアバイクで街へ向かったのだ。
なのに、こいつら《蒼き死神》と来たらエアバージのお迎え付きでドールごと街へ入れるらしい。
これをずるいと言わずして何と言うか。
アイはひとしきりぶちぶち文句を言うと、水滴の浮いたグラスの中身を飲み干した。
「ぷはぁ〜」
よく冷えたラキッシュティーが美味しい。
うん、これでこそ夏よね〜、とアイは思う。
この美味しさは空調管理された人工環境では味わえないものだ。
にまっと満足の笑みを浮かべるとアイは次の作業の手順に思いを馳せた。
格納デッキの外壁修理は終わったが、エンジン整備を初めとしてやるべきことはまだまだたくさんある。
「さぁ、やるわよ〜」
アイはぶるんぶるん腕を振り回して、ついでに胸もぶるんぶるん揺らしながら艦内へ続く斜路を駆け上がる。
その途中、アイは不意に足を止める。
「あれ?」
小さく呟く。
「・・・虫?」
いま、その体表を金色に光らせて甲虫が飛び過ぎたような気がしたのだ。
きょろきょろあたりを見回すが虫はもうどこにも見えない。
もしかしてカーク?
「・・・カーク?」
小さな声で呼んでみるが返事は無い。
当然だ。
いま、カークは反対側の格納デッキで本体への腕の取り付け作業をやっている筈だ。返事があるわけがない。
今の、虫だったよね?
気のせいだった?
艦内に飛び込んじゃったのかな?
だとしたら困ったちゃんな話だ。
「んもう、きっとあたしの美貌を花と間違えたのね〜」
お気楽そうにそう言って、ぺろっと舌を出す。
言って自分で照れてしまった。
まいっか。
アイはアッシュブロンドの髪を踊らせて再び斜路を駆け上がり始める。
その背後に遠く、陽炎の揺らめく彼方に、2台のエアバージがゆっくりと河口に向かう姿があった。
そのまま河を遡って街へ向かうのだろう。
いま、かすみとリンがいる街に。



緑の絨毯を割って巨大な摩天楼群がそびえ立つ遺跡都市。
50年前に再発見されたときにはその全容を緑のジャングルに埋もれさせていたが、今日では再びその大部分を露出させている。
しかし濃密に繁茂する密林は、隙あらば都市を呑み込もうとする緑の顎のようだ。
カンタスの街はその手前、河沿いに築かれた採掘者の集まる街だ。
ジャングルを切り開き、地面をセラファイバーで固めたカンタスの街は、まるでそこだけ別世界のような異質さを醸し出している。
主星スグォーナのまばゆい陽射しは陽炎を立ち昇らせるほどに強烈で、街の建物の多くは庇の大きく張り出た構造をしている。
でなければ陽射しを完全に遮り、密閉し、空調をきかせてしまうかだ。
マダムジュジュの占いの館も青空市場の一画にあって、黒い天幕とフィールド発生器とで外気を遮る構造となっている。
外の蒸し暑さが嘘のように涼しい。
いま、その薄暗い八角形の小部屋では3人の女が中央に置かれた小さな丸テーブルを挟んで向かい合っている。
3人を照らすものは丸テーブルの左右に置かれた背の高い燭台の、ゆらゆらと揺れる蝋燭の頼りない炎だけだ。
えらく年代物のいかめしい椅子に浅く腰掛ける黒いローブをまとった老女はこの占いの館の主、ジュジュ。
マダムジュジュと呼ばれている。
彼女はフードを目深にかぶり、その表情を闇の中に押し隠している。
その様子はなんとも不気味で、まるで昔話に出てくる魔女そのものだ。
夜道で出会ったら子供など泣き出してしまうだろう。
テーブルの反対側、これまたおそろしく年代物の装飾過多な二人掛けの椅子に並んで座るのは魔女とは対照的な美少女たちだ。
ひとりはすらりと背の高い細身の美少女。
よく引き締まったスレンダーな身体は軍支給のドールスーツの上からでもその美しさを隠せはしない。
ベリーショートの銀髪が蝋燭の光を跳ね返して幻想的な輝きを見せている。
リンだ。
そしてもうひとり。
紅い髪を1本のお下げにして黄色いリボンで結んでいる小柄な少女。
尖った耳が亜人種であることを教えているが、その肢体は人を超えて妖艶そのものだ。
身につけた極薄のフィットスーツはまるで赤と黒のツートンにボディペインティングを施しただけのようにさえ見える。
胸元を飾るのは小さな卵ほどもあるクリスタルだが、僅かに発する茫とした光はそれ自体が生きているかのように不規則にしかし力強い煌めきを発している。
さらに目を奪われるのはその下、砲弾のように突きだした豊かな双乳だ。
たわわという言葉がいかにも相応しい。
そして、蜂のようにきゅっとくびれた細腰と、絶妙の曲線を描きつつ張り出したまろやかな尻は震い付きたくなる程に悩ましい。
まるで女性という性をそのエッセンスだけ取り出し凝縮したかのような身体だ。
胸元のクリスタルなどかすんでしまう。
少女の肢体そのものが類い希な宝石だった。
それを惜しげもなくさらしている。
しかも髪の色と同じ真紅の瞳は蝋燭の炎を映して熱っぽく潤み、軽く開いた唇も紅く濡れてニンフのようだ。
妖艶で淫靡。
白痴美――と言ってしまったのでは言葉が違う。
それは、純粋な――性。
性そのものだ。
それを体現しているのがこの少女、かすみだと言える。
沈黙の中、かすみが口を開いた。
「報酬は?」
まるで子供が「3時のおやつは?」と訊くような無邪気な口調だ。
それを聞いた魔女がフードの奧でくっくっと喉を鳴らした。
笑ったのだ。
「これでどうだい?」
節くれ立った指が丸テーブルの上の水晶玉に伸ばされ、鈎爪のように長い爪がツンとつつく。
ふわっと、空気が軽く顔を圧迫する感覚と共に水晶玉が何倍にも大きくなる。
直径にして15センチ程度だったものが5〜60センチにまで膨れあがった。
当然、それと一緒に内部に投影された映像も大きさと精度とを増している。
そこに映っているのはいつのまにか、金色の毛並みの熊男・バラアク人では無い。
宇宙空間での戦闘の模様らしかった。
漆黒の闇を背景に幾百もの星々が輝く線となって右へ左へ、かと思うと一瞬で上へ下へとはね回る。
宇宙の真ん中でカメラを激しくシェイクすればこんな映像になるに違いない。
「いい動きね」
リンが短く感想を漏らす。
「ほう、わかるかの?」
魔女――マダムジュジュの声には軽い驚きが込められている。
「わかるわよ」
リンは水晶球の映像をみつめたまま答える。
「このひと、エース級だわ、間違いなく」
おそらくガンカメラの映像だろう。
どこかで行われたドール同士のドッグファイトの模様を一方の側から見たものだ。
揺れが激しくかなり見づらいが、それでもリンの動体視力はこの撮影者の機体が次々とターゲットを捉える様を見て取るが出来た。
「ほら、また落とした・・・」
ガンカメラの視線移動は激しく敵機をサイトに捉えたのは一瞬でしか無い。
しかしその一瞬にターゲットをロックオン、発砲、離脱。撃破シーンは映っていないが十分だ。
間違いなく墜としている。
リンの経験がそれを教える。
「どこの戦闘? こっちはハイグレーブみたいだけど?」
ハイグレーブというのは銀河中央に位置するもっとも強大な連邦国家だ。
大戦以来、周辺国家への影響力は弱まってきているとは言え、いまだ銀河の最大最強勢力だ。
そのハイグレーブのエンブレムが、さっき一瞬だが僚機と思しき機体に描か れているのをリンは見逃していない。
「ほう、そこまでわかるかい?」
魔女は興味をそそられたように、しわがれた笑い声を漏らした。
「だけど相手は言えないね。それが報酬さね」
妙に神経に障る声だ。
リンは眉を顰めた。
相手の正体が報酬とはどういうことか?
なんだかさっぱり判らないけれど、さっきから落とされている敵ドールがどれもみな機種もカラーリングもばらばらで統一性が無いところを見ると、寄せ集めの集団であることだけは間違いなさそうだ。
それにくらべて・・・
このドールドライバ、たいした腕だ。
さすがハイグレーブと言うべきか。
人材はまだまだ豊富だ。
こんな相手とは戦いたくないなぁ、とリンは思う。
自分がカムイで出たとして、生きて還れるかどうか、五分五分というところか。
それは自信でも自負でも無い、同じドールドライバとしての冷静な分析だった。
リンはそれと自覚していないが、こんな判断がたったこれだけの映像から出来てしまうリンこそ徒者では無い。
おそらく、このドールドライバのほうこそ、リンとは戦いたくないと言うに違いない。
そのとき、そのリンの表情が訝しげに曇る。
3人の見守る中で水晶内の映像に一瞬ノイズが走って、ぷつりと消えてしまった。
水晶球の中の宇宙空間も戦闘も綺麗に消え果て、向かいに座った魔女の姿が逆さまに映し出されているばかりだ。
「今のは・・・!?」
どちらにとも無くリンが問いかける。
ノイズが走って映像が途切れる一瞬前、何かが画像を横切った気がする。
あまりに早くあまりに一瞬でさすがのリンにも 「何か」 としか判らない。
魔女は口の中で含み笑いを漏らす。
「あんたでも判らないかい、お嬢さん? でもお連れの《天使》には判ったようだねぇ」
「え?」
言われリンは隣に座ったかすみの顔を窺い――思わず目を丸くする。
かすみは一見いつもと変わらぬリラックスした風情を装ってはいる。
軽く足を組んで座り、物憂げな表情はいつもと変わらないように見える。
けれど、目と耳が見事にそれを裏切っている。
目はきらきらといたずら者のように輝き、耳はぴんと立ってどんな言葉、どんな音も逃すまいと緊張している。
もの凄い興味を抱いていることがあまりにもあからさまだ。
そのくせ自分ではそれが表に出ているとは気付いていない。
か、かわい〜〜〜〜ぃ!!!
もう滅茶苦茶可愛い!
ぎゅって抱きしめてしまいたい。
が、さすがにそれは諦めて、握った手だけをぎゅっと握る。
「ふゃ!?」
リンの力の入れすぎか、緊張しているところをびっくりさせてしまったのか、意味不明の言葉を漏らしてリンを見上げるかすみの、その顔がまた可愛い。
が、すぐにかすみは魔女に視線を戻す。
「もう1度見たい」
クールさを装った、けれど砂糖菓子のように甘い声で言った。
そのかすみの手はしっとりと汗に滲んでいる。
華奢な指先までが緊張に震えているのがわかる。
かすみには、リンが視認出来なかった 「何か」 が、はっきりと見えていたのか。
それはいったい何なのか?
「いいとも。今度はそっちのお嬢さんにもわかるようにゆっくり再生したげようねぇ」
「いや、それは――」
「ぜひお願いします」
なぜかかすみが断りかけた魔女の申し出を、リンがしっかりと受ける。
魔女は喉の奧でくっと笑って
「ようくごらん。最後の半秒だよ」
魔女が再び節くれ立った指で水晶玉をつんとつつくと再生が始まる。
ぱらり、ぱらり、・・・という感じでヒトコマごとに再生されていく。
漆黒の背景に無数の星が点在する以外、何も映っていない。
それも、激しい姿勢変化のため、星も激しく移動して見える。
そして――
「そろそろだよ」
魔女が声をひそめた。
リンはごくっと唾を呑み込む。
かすみがぎゅっとリンの手を握った。
居た!
1コマめ。
黒い人影――いやドールがフレームインしてきた。それは小さな影だ。
2コマめ。
水晶球いっぱいに黒いドールの全身が占める。異常な急接近だ。手には既に武器――刀を抜きはなっている。
このシルエットは!!
リンは驚きに目を瞠る。
3コマめ。
黒いドールの胴体の一部が画面を占めてしまって既に全体は見えない。
4コマめ。
ノイズ。
5コマめも6コマめも、あとは全部ノイズだけ。
撃墜されたのだ。
映像が終わる。
「いまのは――!?」
リンは掠れた声をあげる。
リンには見覚えがあった。
かすみを見ると、かすみもリンを見上げている。
その表情に浮かんでいたものは不安だろうか?
それとも期待?
リンは水晶玉を見遣る。
水晶玉の映像は撃破される前、黒いドールの全身像が映ったコマに戻されている。
抜刀し、今にも斬りかかろうとする黒いドール。
リンには確かに見覚えがある。
これは自分が最後の戦闘で見た機体だ。
サムライを思わせる紅い機体のドール――かすみの乗機《零》だ。
いや、正確にはその同型機か。
《零》とは違い、黒い。漆黒の機体だ。
そして胸にも光り輝くクリスタルは見えなかった。
だが間違いない。
同型機だ。
かすみがリンに頷いてみせる。
「これは・・・私の仲間だ」
かすみは、小さな声でそう告げた。
「仲間って・・・どういうこと?」
しかしかすみはリンのその疑問には答えずに、
「この映像は本物か?」
魔女にむかって尋ねた。
乾いた声音だった。
母音を省略したいつもと同じ甘ったるい口調だが、いつになく緊張しているのがリンにはわかった。
詳しいことはあとで二人きりのときにでも聞いてみよう。リンは疑問を胸の内にしまい込んだ。
魔女はにたりと笑ってかすみに答えた。
「もちろんさね。あたしが一度だってガセなんぞを掴ませたことがあったかい? このマダムジュジュの情報はいつだって正確さ」
「わかった。この仕事、引き受けよう。バラアク人にはいつ会える?」
「すぐにでも。コーネルに案内させるよ」
リンには良くわからないまま話は決まってしまったようだった。
それに否やを唱えるつもりは毛頭ないが。

と、そこへ天幕の黒い垂れ幕の向こうから半植物人コーネルの声がした。
「マダム、お茶が入りました」
いつのまにか姿が見えないと思っていたらお茶を淹れに行っていたらしい。
「ああ、お入り」
答えたジュジュはそこでふたりの方を向いて
「コーネルのお茶は美味しいんだよ、飲んでからお行き」
片目をつぶって見せた。(ような気がリンはした)
部屋に入って来たコーネルは3人にいかにも年代物らしい白い磁器のカップを配る。
良い趣味をしている。
カップからは温かな湯気と共に優しい香りが立ちのぼっている。
「いただきます」
リンはコーネルの淹れてくれたお茶を口に運ぶ。
カモミールに似たやさしい香りが口中に暖かく広がる。
「おいしい」リンは微笑みを浮かべる。
「喉が乾いてたの。本当に美味しいわ」
そう言って飲み干す。
「じゃろう? コーネルの特製じゃ」
カップを手にしたままのジュジュが優しい声を出す。
猫なで声と言ってもいい。
その声音に意味ありげな響きを感じて、リンは思わずジュジュを見返す。
「美味しい?」
今度はかすみだ。
かすみはカップを両手で包みこむようにして持ったまま、無邪気な表情でリンを見上げている。
微かに・・・こちらを窺うような表情があるような気がするのは思い違いか?
ふと・・・イヤな予感がした。
たらりとこめかみを汗が伝ったような気がする。
そんなリンの様子にはお構いなしに
「それはようございました。わたし、お茶には自信があるんですよ、ささ、どうぞおかわりを」
言いながらティーポットを捧げ持ったコーネルがリンのカップにお茶をつぎ足す。
手を伸ばした拍子に袖口から腕が覗けた。
半植物人コーネルの皮膚はまるで樹皮のようである。
その皮膚が袖口のちょっと内側、そこだけが白かった。
まるでそこだけ樹皮が剥けたように。
ついいましがた、剥いたばかりのように。
そこからほのかに甘い香りが漂ってくるような気がするのは気のせいだろうか?
その香りが今飲んでいるお茶の香りに妙に似ている気がするのも、もちろん気のせいに決まっている。
リンは、ジュジュとかすみ、ふたりの表情を忙しく盗み見た。
ふたりともお茶には口をつけていなかった。
どばっとこめかみを汗が伝ったのは気のせいじゃ無かった。
「いかがです、お嬢様? 美味しいでしょ?」
コーネルが笑顔でそういう。
「え・・・ええ」
カップを口に運ぶリンの笑顔がひきつっていたことに、コーネルが気付いたかどうか・・・。



第10話「ファントムシャドウ」 了



いかがでしたでしょうか?
今回やたら筆が軽く、すでに次の回も出来上がっております。
てか、あんまり長くなりそうだったので、区切りの良さそうなとこで ばっさばっさ切ることにしました。(^^ゞ
そのため、若干、構成を変えることになったのがちょっとだけ不本意といえば不本意なんですが、1回あたりをあまり長くしたくないのでやむを得ないかと。
次回は1週間ほどでお届けの予定です。
(少し寝かせて様子をみます)

それでは感想お待ちしております。







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