リルガミンサーガその2

これは、リルガミンの地下深く
ダンジョンの探索に情熱の総てを賭けた男たちの
熱き魂の記録である!


10階へ行こう!(2000/09/24)

歪王と角角角が空間転移魔法マラーを使いこなせるようになったのは、少し前のことである。
ふたりで一生懸命研究して、ようやく覚えた。
最初の仕事はP小隊の救出
ミッション自体は簡単だったのだが、別の部分で、これはこれで一悶着無いでは無かったのだが、それについてはまたいつか語る機会もあろう。
ただ、生き残りのあるづらーとTO−Yが涙目で救出隊を迎えたということだけは伝えておこう。
その後、P小隊は6階のマップ作りを任されて、元気に迷宮に通っている毎日だ。
さら夫隊はというと…

マップをさして、
「余白があると気持ち良くないよね」
と、さら夫が言い、かすみがうんうんと頷く。
「それは言えてるかも〜」と、けん1が同意し、
「う〜ん、どうなんでしょうかねえ」と曖昧だが、必ずしも反対では無い様子の角角角。
テーブルの上に広げられたマップには、たしかに空白の部分が多く残っている。
さら夫はその部分を探索しようと言っているのだった。

さら夫は歪王を見た。
角角角の言葉も賛成と解釈したらしい。
歪王の返答を待っている。
本当はもう決めてしまっているくせに。
歪王は、その柔和な顔に微笑を浮かべた。
積極的に反対する理由は、無い。
「いいと思いまふよ」
と、一応同意する。

というわけで、一行は1階から順に、未踏地域をしらみ潰しに当たって行く。
いささか退屈ではあるが、楽な作業だ。…パーティーとしては。
ただし、角角角と歪王はコキ使われた。
空間転移魔法マラーが大活躍だ。
「こんなことなら覚えるんじゃなかった」と言ったとか言わないとか。

しかし成果は無かった。
たしかに5階まで、ほぼ完璧なマップが完成した。
魔法呪が封印されてしまう領域までも、ご丁寧に全部歩き回った。
「だって気持ちよくないでしょ」のひとことで。
だがその総てが、廃墟といって良かった。
何も、無い。
みつけたのは、熊の彫像くらいのものか。
その単調さに、さら夫がだんだん飽き始めているのが、皆にもわかった。
そして、7階に降りようかという頃、とうとう言い出した。

「こうしていても、あんまり意味無いと思うんだよね」
おいおい、空白があると気持ちよくないんじゃ無かったのかよ、などという突っ込みは誰もいれない。
かすみは、うんうんと強く頷いているし、
けん1は「いいところに気が付いた、さら夫さん」と目を波目にしてるし、
角角角は「う〜ん、そういう一面はたしかにあるかもしれませんねぇ」と同意する。
「は???」
歪王の目が点になる。
が、それも一瞬のこと。
柔和な顔に少しひきつった微笑を浮かべながら、
「そ、それはどういう意味でふか?」
念のため確認する。
もちろん意味はわかっている。
果たしてさら夫は、
「10階へ降りよう」
そう言った。
目が期待に輝いている。
誰も反対など出来ないではないか。


百物語(2000/09/26)

「それではですねぇ、今度は私のきいた話を、お話しいたしましょう」
角角角が声を潜めて言った。
ここは真夜中のギルガメッシュ亭。
いつものテーブルにいつものメンバー。
しかし、深更のこととて、いつものメンバーのほかには誰もいない。
店のオヤジも竈の火を落としてとっくに寝てしまった。
この食堂も、彼らのテーブル上に置かれた1本のろうそく以外には明かりはまったくない。
ろうそくのゆらゆら揺れる灯りの中に彼らの顔がぼうっと浮かび上がっている。
何とも不気味な雰囲気だが、それもその筈、今夜彼らは地下迷宮にまつわる怪談話にうち興じているのだった。

10階の探索を始めて、しばらく経つ。
しかし、探索行は遅々として進まない。
それというのも10階のモンスターたちの手強さが、これまでとは全く次元の異なるものだったからだ。
戦いは消耗が激しく、気を抜けば一瞬でやられてしまいかねない。
張りつめた神経がひりつくように痛み、限界を超えて酷使される肉体は悲鳴をあげている。
たまには休息も必要だ。
からだにも、こころにも。

それで、今夜は早くからのんびり酒食の宴を張ったわけだが、酒が弾み話が弾み、弾む話がいつのまにか怪談大会になっているというわけだった。

角角角の話が、おさえた声で続いている。
「そのパーティーは戦士二人、魔術師二人、僧侶二人の構成だったそうです」
「ふ〜ん…我々と同じですね」
やはり小さくひそめた声で相づちを入れたのはべちょだ。
「おお、そういえば!」
角角角がたったいま気が付いたように答える。
少しわざとらしいように思えるのは気のせいだろうか。

角角角の話はこんなものだった。
そのパーティーも10階を探索していたのだという。
とある部屋に辿り着いて、室内に飛び込む。
モンスターとの戦いはもちろん覚悟していた。
だから、戦闘自体はかなりキツイものではあったが、なんとか生き延びた。
そしてモンスターの落としていった宝箱をあける。

「といっても、そのパーティーも我々と同じくシーフがいないわけですから、カルフォをかけるしかないわけです。で、その結果如何で、パーティー内の誰かが我が身を犠牲にして宝箱をあけていたらしいんですよ」
角角角が言うのへ、
「うちとおなじでふね」
今度は歪王が、無邪気に言う。
「そうなんですよ。だから他人事とは思えないわけで」
と、角角角はしたり顔に頷き、さらに続ける。
「その罠というのが、テレポーターだったらしいんですよ」
一同は息を呑む。
角角角の顔がろうそくの明かりの中、不気味に浮かび上がっている。
「リーダーは軽く考えていたのかもしれません。
テレポーターで何処へ飛ばされようと、いまよりさほどマズイことにはなるまい、と宝箱を開けてしまった…」
角角角はそこで言葉を切った。
ごくり、と誰かがツバを呑む音がした。
角角角は続ける。
「テレポーターが作動しました。そして…」
「そして?」
「6人は壁の中に消えてしまったそうです。…いまでもその壁の中からは出口を求める6人の声がきこえてくるそうです」
おお、と一同にどよめきが走る。

「次はかすみの番ね。
えーとね、かすみのきいた話なんだけど、これも10階での話なの。
偶然だよね、そのパーティーも角角角さんの話と同じ、あたしたちと同じ編成のパーティーだったの。
そのひとたちがね、とある部屋でブリーブの大群に襲われたのよ。
あれ、気持ち悪いじゃない?」
よほどブリーブが苦手なのだろう、そこでかすみは身を震わせた。
「戦士ふたりと僧侶とでぼこぼこ叩いたり斬ったりするんだけど、まるで数が減らないの!
斬っても斬っても増えるの。
部屋一杯に!」
そこでかすみは息をとめてみんなの表情をうかがう。
どう、コワイでしょう?という顔つきだ。
耳もぺったり伏せられている。
「たしかにそれは…想像するだけでも気持ち悪いですねぇ…ブリーブが部屋いっぱいかぁ…」
歪王が感心したようにいう。
かすみは「そーなの」とばかりに耳をピコピコ動かしながら、
「だからその部屋だけはあけちゃいけないの。」
目をぎゅっと閉じてさら夫にしがみつく。
自分の話に自分で怖くなってしまったらしい。

「最後は俺だね」
さら夫が静かに言った。
「俺のも二人の話に似てる。
ちょっと違うのは、彼らはすでに4人しか生き残っていなかった。
彼らは全力をあげてどうにかこうにかワードナを倒したものの、魔術師二人の命は失われていたんだ。
それは悲しい勝利だった。
だけどそれは問題じゃない。
悲劇はそのあとおこった。」

「帰り道がわからなかったんだよ。
ほら、10階って各ブロックに10階入り口にもどるワープゾーンがあるじゃないか。
ところがワードナ事務所のブロックにはそれが無かったらしいんだ。
まぁ…まさかとは思うけど…ほんとにそうだったら怖いよね」
苦笑を浮かべて、さら夫は話を続ける。
「結局彼らは、さまよえる幽霊のように、同じブロックをえんえんと歩き続けた。
そしたら…」

「ワードナを倒したんだからもう出ないだろうとばかり思いこんでたモンスターの群に襲われたのさ。
ひとたまりも無かったね。
しょうがないよ、彼らはもう力を使い果たしていたんだから。
パーティーはあっというまに全滅…」
したのかと思ったら。

「…しなかったんだ、これが。」
その意外な展開に6人の目が見開かれる。
「なにがおこったんですか、さら夫さま」
小さな声でかすみがおそるおそる尋ねる。

「そのパーティーリーダーは、ワードナの護符を身につけていたのさ。」
「ワードナの護符!」
「そう。おそろしい力を持ったワードナの護符を、だ」

「そのため、彼は不死の身体になっていた。
死なない身体になっていたのさ。
そのため、彼ひとりだけが生き延びた。
いくらモンスターだって、死なない男は殺せない。
だから彼は生き延びたが…気が付けば仲間はみんな死んでいた…
護符は彼の命しか守らなかったから。」

男は泣いた。
「待ってろ、俺が必ず助けてやる」
そう呟いて、無い出口を求めて彷徨する。
通廊には、あとからあとから湧いて出るモンスター。
モンスターは手強く、そのかぎ爪は男の皮膚を引き裂き、まがまがしい顎から吐き出される地獄の業火は肉を灼く。
吹き出る血、ぐずぐずに泡立つ皮膚と肉。
死よりも苦しいその苦痛。
しかし男は倒れない。
ワードナの護符。
それが男の肉体を、死よりも早く蘇生する。
男は苦鳴をあげながら剣を振るう。
決していなくならない魔物たち。
ほろびることの無い男の身体。
「おれが必ず助けてやる」
呪文のように低く呟く男の声。
無限地獄がすべてを吸い込む…。


かすみ失踪!(2000/09/26)

ここ数日、かすみのようすがおかしい。
やたらふさぎ込んでいるかと思うと、突然はしゃいでみせる。
明らかに無理をしている。
さら夫は知っていた。
かすみが10階の探索が進まないことを自分の責任として感じていることを。
自分がもっと強ければ楽に探索が出来るのに、と。
おまえは十分やっているよ、
現におまえは俺より強いじゃないか、
そういって頭を撫でてやってもかすみの表情は明るくならない。
そうしたある朝。
書き置きひとつ残してかすみが消えた。

「さら夫さま
 かすみはニンジャになりに行きます。
 すぐ戻ります。
 待っててください。              かすみ」

しかし、2度とかすみは戻らなかった。

その前の晩、いつものようにギルガメッシュ亭
わいわいがやがや混み合う店の中、いつもの連中が飲みかつ食らっている。
さら夫も完全に出来上がって、ビールをぐいぐい飲みながら、仲間を相手に意味のない論争を続けている。
そのさら夫が、飲み干そうとしたジョッキを、なぜかそのまま、どしんとテーブルに置いた。
酔いに赤らめた顔に、肩すかしでも食らったような表情を浮かべている。
とうにジョッキの中身が空っぽだったからだ。
「おねーさん!おねーさあん!」
さら夫はウエイトレスを呼ぶが、忙しいのと喧噪とで、ウエイトレスには届かない。
「さら夫さま」
かすみがさら夫の空いたジョッキを手に立ち上がった。
自分が直接厨房まで行っておかわりを貰ってこようと言うのである。
「ビールですよね」
返事も待たずに喧噪の中をかきわけてゆく。
さら夫はほんの少しの間、かすみの後ろ姿を見送ったが、すぐにけん1や角角角との論争に戻った。
このとき、もう少し、かすみの姿を追っていればあるいは違った結果になっていたかもしれない…。

ひとを避けながらジョッキを運び、軽やかなステップで歩をすすめるかすみ。
ごく自然に視線を移動させながら…
突如として!
かすみの全身の毛が逆立った。
まるで凄まじい静電気にでもさらされたように。
体毛が産毛にいたるまでぴりぴりと震え、鳥肌がたっている。

いま、なにかを見た。
なにかに見られた。

なんだろう。
恐怖と敵意と。
そして殺意。
視線を戻す。
ゆっくりと。
男がいた。
闇が凝ったようたローブを身にまとい、フードの中にその顔を隠しているが間違いない。
この男と一瞬だけ…ほんの一瞬だけ視線が交わったのだ。
まるで闇そのものが凝集したようなこの男と。

かすみの目が敵意に細められる。
気が付けば手にした空のジョッキを投げつけている。
正確に男の頭部を狙って。
ジョッキのあとを追うように、電撃の疾さでかすみは跳んだ。
身に刀は帯びていない。
ほかの飲み客の剣を気づかれるより速く引き抜き、一気に間合いを詰める。

男にジョッキが当たっても、
男がそれをかわしても、
その乱れの一瞬に…斬る!

きん!
がきっ!!

しかし男の捌きは鮮やかだった。
ジョッキを顔の前で受け止め、ジョッキの曲面で、かすみの剣尖をそらす。
かすみの、必殺の斬戟はテーブルに固く食い込んだ。
完璧な見切りだった。
さら夫ですら、ふたつにひとつはかわせない。
その電光の斬戟を男はかわした!
かすみは、驚愕と、そして苦渋に眉をひそめ、くちびるをかみしめる。
そのまま動かない。
いや、動けないのだ。
男の手が、柄を握ったかすみの手を、覆うように握りしめている。
犯すように。
かすみの目が恐怖に見開かれる。

いつのまにか喧噪は遠のいている。
二人だけが、男の作りだした闇に中に在る。
震える視線でかすみは男のフードの中を窺う。
凝った闇の中に男の白濁した眼光だけが浮かび上がる。
「娘…」
空間そのものを震わせる、無機質な声。
男か女か、若いか年寄りか、それさえわからない不気味な声だ。
「ニンジャになりたいか…」
その声に放心したように頷く。
さら夫さまのために、と心のうちに思う。
いまのあたしじゃ力にならない!
「ふっ」
みすかしたように男が冷酷な含み笑いを漏らす。
「おろかな。ニンジャになるとは、人であることを捨てることぞ。夢も希望も昨日に捨てて、戦うだけに生きることぞ。それでもなりたいか!ニンジャに!」
なるの!
さら夫さまを守るために!

「ならば来い。今夜。迷宮へ。」
後戻りは出来ぬぞ
…その思念は男のものか、かすみのものか?

男の手が一閃し、かすみの手にしていた剣を宙にほうる。
剣は鮮やかな弧を描き、音もたてずに元の鞘に収まる。
信じられない!
はっと、男を振り向くと…かき消すように男の姿が消えている。
気配さえ残さずに。
気が付けば喧噪が戻っている。
まるで一瞬の悪夢のように。
しかし夢ではない。
かすみの心に男の声が残っている。
「迷宮で待っている」
声はそう言っている。


闇に待つ者(2000/10/03)

男は、軽い驚愕を覚えている。
ギルガメッシュの酒場。
斬りかかってきたエルフの娘、その剣尖をあっさりとかわし、
男は娘の手を柄の上から握りこむ。
ひんやりした娘の手の感触。
肌と肌との直接的接触。
男は嗤った。
この瞬間が欲しかった。
手を通して、娘の心を掴まえる。
男の心が浸食を始める。
強引に。
娘は怯えのまなざしを向けてくる。
怖ろしいか?
怖ろしかろう。
しかしそれも今のうち。
すぐにみずから求めるようになる。
このまま一気に心を塗り替える!
男は黒く冷いおのれの心を、娘に送り込む。

「む?」
しかしここで、男は軽い驚きを覚え、とまどいの声をあげた。

男はニンジャであった。
怜悧な心と卓越した技を持つ殺人機械・ニンジャであった。
だが、彼の寿命はまもなく尽きようとしていた。
彼の命は長くない。
それまで考えたことも無かったが、彼はおのれの技を受け継ぐ者が欲しくなった。
だが、ニンジャの精髄とは、しかし決してその技の体系にあるのではない。
ニンジャの精髄はその精神にこそある。
この精神を何者かに伝えたい。
何よりも強い欲求として男に取り憑いた。
それは男自身の、というよりも、ニンジャとしての生存本能であったのかもしれない。
その日から男は後継者を探し始めた。
剛の者は数多くいた。
強い心と優れた技、そして強靱な肉体。
しかし、男の要求には足りない。
ニンジャの資質としては不十分だ。
だが、男は、迷宮内でついにみつけた。
とあるパーティーの前衛に。
男と娘。ふたりの戦士。
どちらもいいが、特に娘。
エルフの娘に男は目を惹かれた。
技も卓越しているが、それより何より、戦闘機械としての資質に目を奪われた。
この娘こそ我が後継者。
我の心を受け継ぐ者!

だが、男の心が阻まれた。
そこで男はうめきをあげた。
驚きを覚えた。
この抵抗はなんなのか?
とまどいを、驚きを気づかれてはならない。
男は驚きを心から切り離し、浸食する触手をさらに広げる。
そしてみつけた。核心を。
「……のために」
「さら夫さまのために」
それが核心か。
ならば。
男は娘のその想いをさらに強化する。
それ以外は何も考えられないほどに。
「さら夫さまのためにニンジャになる」
それしか考えられないように。

だが男は忘れない。
同時に、それ以外のことを、いずれはすべて忘れるプログラム、忘却のプログラムを植え付けることを。
そして、やがてはそれさえも忘れ去ってしまうように。
男はほくそ笑む。

それらは、ごく一瞬のことでしかない。
娘にさえ自覚はあるまい。
男は、娘の手から剣を奪い、めくらましをかけ、その隙に姿を消す。
風のように。

そして男は深夜、迷宮にいる。
娘が来るのを待っている。
娘にとって男はいまやマスター。
その筈だ。
男は息を潜めて闇の底に沈んでいる。
長い長い時間が過ぎたが、ニンジャにとって待つことは苦では無い。
だが、それにしても遅い。
男が、あるいは失敗したかと危惧を抱き始めたとき…
足音がきこえた。
小さな軽い足音。
期待と不安を滲ませた足音が。
闇の底、男の顔に悪魔のごとき笑みが浮かんだことを、誰も知らない。


かすみ・心の迷宮(2000/10/03)

我が名はα
闇の底を疾走する者。
マスターの命を受け、ニンジャとなる最後の試練に挑む者。

「おまえをαと名付けよう」
迷宮の中、彼女をむかえて男は唐突にそう言った。
「なにを言ってるの?あたしにはかすみ…」
言葉が出てこない。
頭痛がする。
「あたしは…」
「αと名乗るが良い」
男の声が頭の中でこだまする。危うい心地よさと共に。
「あたしは…α…? あたしの名は、α
頭痛が嘘のように消えた。
「ここへ」
「はい、マスター」
男の前にα…かすみはひざまずく。

マスターの命は単純明快。
迷宮のなか、とある部屋へ向かえというものだった。
そこにおまえを待つ者たちがいる。
それを斬れと言う。
そこに待つ者すべてを斬れと言う。
それができたときこそ、おまえはニンジャとなる。
マスターはそう言った。
あたしはニンジャにならなければならない。
だから、行く。
行って、そこに待つ者すべてを倒す!

途中、道を阻むモンスターたちをも一刀のもとに斬り伏せる。
それもまたマスターの命だった。
敵対する者も、しない者も、すべて斬り伏せる。
刀をひと振りする毎に、モンスターを1匹倒すごとに、
心が冷たく、乾いて、闇に塗り込められていくのが自分でもわかる。
軽い痛みを覚える。
なぜか哀しくなる。
しかしそれも最初のうちだけ。
自分の中のあらゆるものが、モンスターを倒すためだけの純粋な存在に変貌していくのが実感できる。
それが悦びとなる。
我が名はα。ニンジャとなる者。

目指す扉の前に来た。
中からはひとの気配。
5…6…いや7人か。
躊躇うことなく室内に飛び込む。

「かすみじゃないか!」
室内にいた6人パーティーのリーダーらしき戦士が驚きの声をあげた。
自分をみて言っている。
一瞬、泣きたいほどの切なさを覚える。
「さら夫さま!」
なにか名前を叫んだような気がするが、それはもう記憶に無い。
心が痛い。
みずからを、いまはαとよぶ娘は目を細めた。
その両の目に涙が浮かぶ。
何者か、こいつらは?
心の動揺を打ち消す。
斬るべき敵だ。それ以外に無い。あるはずがない!
エルフの娘は小太刀を引き抜く。
房紘が二条、揺れる。
紅く、艶やかに。
あたしはニンジャになる!

相手は6人。
男女の戦士二人と、僧侶二人、魔術師二人のパーティーだ。
どいつもこいつも、のほほんとした表情をしている。
やはり、どこかで見た連中のような気がする。
だがそれが思い出せない。
前衛の女戦士は自分と同じ顔を持っているのではないか。
なぜ?
激しい頭痛にみまわれる。
「αよ、おまえの相手はこのワシよ」

声に振り向くと、そこに7人目の相手…マスターがいた。
「わしを斬れ!そしてそこな6人を!
それが出来たとき、おまえはニンジャよ!」
ぎらりと剣を抜く。
殺意が暴風となって吹き寄せる。
しかし娘はものともしない。
左手で帯に挟んだ鞘を素早く引き抜くや、それをマスター…男に向かって投げつける。
鞘の後から電光のスピードで疾走、小太刀を振りかぶる。
「2度は無い!」
なぜそんなことを言ったのか自分でもわからぬままサイドステップ、稲妻の動きをみせて男に詰め寄る。
男は鞘を受け止めようとも避けようともせず、自分から間合いを詰める。
鞘が男の額に弾ける。
娘に対して、男の剣尖が伸びる。
しかし娘の動きはそれより疾い!
直前で小太刀を左に持ち替え、男の左脇をすり抜けざまに…斬った!

娘の髪がばさっと広がる。
男の剣がかろうじて娘のリボンを斬ったのだ。
だが…
男の左脇は胴体の半ばまで肋骨ごと斬り裂かれている。
吹き出す血潮。
「ぐ…うぅ…っ」
男が、どうっと倒れる。
娘はそのかたわらに歩み寄る。
その顔に表情はない。
「マスター…感謝します」
言いながら、男の胴と首とを切り離す。

6人を振り返る娘の顔は、すでに殺人機械のものだ。
なんのためらいも無く、マカニトの護符を取り出す。
6人に向かってその護符を振りかざす。

あとは悲惨で簡単な結末だ。
6人のからだが弾けとぶ。
自分の顔を持つエルフの娘の上半身が足元に落ちる。
そのエルフの娘が何かつぶやく。
もう意識は無いだろうに。
何を言っているのか。

「ニンジャになんか…ニンジャになんかならなければ良かった…ずっと…そばにいたかっただけなのに…」
そういう娘の頬に涙が伝う。
「ふん」
その頭部を胴から斬り離す。
エルフの娘の頭は闇の奥深くに、ごろんところがって溶けて…消えた。

それを見送り…視線を戻したとき、すでに娘の顔に表情は無い。
機械のように怜悧な冷たさだけがそこにはあった。
そこに立つのは、既にかすみでは無い。
非情の殺人機械、ニンジャαだ。
闇を疾走する者。ニンジャ・αの姿だった。
αは振り返ることも無くその場をあとにする。
ひとりのニンジャが生まれ、闇の世界に消えた。
かすみは…もう何処にもいない。


歪王の転職(2000/10/07)

歪王は少しばかり当惑を感じている。
かすみがいなくなって1週間。
それでも変わらず日々の迷宮探索は続けられている。
さら夫はかすみのかわりの戦士をパーティーに入れる気はこれっぽっちも無いようだ。
それどころか、人員補充の気も無いらしい。
前衛には、けん1が戻っている。
このため、戦闘バランスが著しく悪くなってしまったが、さら夫が意に介している風はいっこうに無いし。けん1も悦んでいるようすだ。
このままではいけない、と歪王は感じている。
このままでは深い階への潜行は無理がある。
なんとかしなければならない。
歪王はそう感じている。

それはともかく、さら夫の様子だ。
今日、迷宮内で、敵意をみせないモンスター群に遭遇したとき、初めてさら夫が長剣の柄に手をかけた。
結局、抜きはしなかったが、その手がぶるぶる震えていたのを、歪王は決して見逃しはしなかった。
あれは、斬りたかったのだ。
これまで、敵意の無いモンスターに対して1度として殺意を向けたことの無いさら夫が。
モンスターならなんでもいい、斬りたくて斬りたくて仕方がなかったのだ。

しかし、それは決して意外な感じを伴うものではなかった。
むしろ自然でさえあった。
この男…さら夫ならモンスターを無差別に斬ってのける。…それこそが自然な印象だった。

思えば初めてさら夫にあったとき、いきなりのパーティーに誘われたのへ、ついイエスと答えてしまったのだって、とても断れる雰囲気では無かったからだった。
うっかり断りでもしようものなら有無を言わさず斬って捨てられそうな、そんな感じがしたからだった…。

あの日。
歪王がリルガミンに到着した日の夜のことだった。
歪王はギルガメッシュ亭でたっぷりした食事を楽しんでいた。
生まれ故郷の島を出て、ここへ来るまで数ヶ月。
馴れない旅は決して快適なものでは無かった。
しかしようやく辿り着いたリルガミン。
昼には街の公衆浴場でしっかりと汗を流したし、久々にのんびりしている。
宿もここの2階に取れたし…もとは納戸だそうでベッドひとつ置けば一杯になってしまうような狭い部屋だが、いまの歪王にはそれでも十分贅沢だ。
路銀も残り少ない身とあっては、明日からはどこかの馬小屋にでも潜り込むしか無いだろうが、今夜くらいはベッドの上でのんびり手足をひろげたい。
種の神も許してくださるに違いない。
(種の神というのは歪王の部族の信仰する神である)

ばくばくと優に3人前をたいらげる。
それでようよう落ち着き、食後の酒に手を伸ばす。
一口飲んで…
「う、ぬるい…」
顔をしかめる。
やはりビールは冷たくなくては。
歪王はグラスの端を、つん、と指で弾く。
そこを中心にしてグラスの表面に霜が白く広がる。
あっという間に、きんと冷えたビールの一丁上がり。
魔術師なら初歩的な技だ。
エントロピーを反転させた。
消えた熱量はどこへ行くか。
どこかで火事でも起こるのか。
そうではないそうだ。
虚数空間へ預けられる。そう聞いている。
ちょっとWIZらしくないかな。
なんてメタ構造的な思案をしている場合では無かった。
横から伸びてきた手がせっかくのビールを奪っていった。
え?え?えーーーーーっ?
どたどたどた! っと椅子に座ったまま2メートル近くも飛びすさる。
びっくりした。
ビールをとられたということ…も全く無いわけでは無かったがそれ以上に気配を感じなかったことに驚いた。
エルフは心に敏感だ。
特に歪王は。
物理的気配は隠せても、精神的気配までは隠せない。
そういう歪王だからこそ、体力的には非力でもここまで一人で旅が出来た。
なのに今、ビールグラスを奪われるまで気配を感じなかった。
それに歪王は驚いた。
だがその手の主を見て、さらに驚いた。
見ればその手の主は歪王と同じくらいの歳の若者で、一見して旅の戦士とわかる。
軽装の鎧の上に砂色のぼろぼろの外套。
背にしょった長剣が禍々しい空気を放っている。
これは人を斬った剣だ…。それが歪王にわかる。
しかし、その剣よりこの若者自身の放つ空気が怖ろしかった。
にやりと笑う口元にのぞく大きめの犬歯のせいでもあるまいが、一瞬モンスターが現れたのかと勘違いしたほどだ。
これだけ強烈な気配をなぜ感じなかったのか?
なんなんだ、コイツ?
「うまそうじゃねーの」
しかし若者はそう言うと、よく冷えたビールを一気にゴキュゴキュと飲み干していく。
「それ、私のなんですけど」
と止める暇も無い。
若者は飲み干したビールグラスをテーブルにでん!と置くと、
ぷはーーーーーっ、んまいっ!きみ、いいワザ持ってるじゃないの」
口を拭いながらそう言った。
そして、「ど?うちのパーティーに入らない?」とも。
これがさら夫との出会いだった。

パーティーに入らない?
その意味はすぐにわかった。
いま、この街はトレボー王の布れのより、各地から集まってきた傭兵やら魔法使いやらでごった返している。
この若い(見るからに流れ者とわかる)戦士もトレボー王の賞金にひかれて集まってきた輩のひとりであろう。
かくいう歪王もそのひとりである。
50万という金はでかい。
この金はふるさとの島の未来を買えるだろう。
といって、歪王自身まだまだ未熟。とてもひとりで迷宮への冒険には出られない。
いずれはどこかのパーティーに参加させて貰わねばならないのだが…

「え?…でもボク…」
正面にどっかと腰をおろしたさら夫のほうを見ずに歪王は口をもごもごさせた。
この男とはイヤだ、と思った。
今ははっきりと感じられるさら夫の心が、まるで、灼熱のマグマで出来た刃のようだったからだ。
しかも怖ろしく攻撃的な。
歪王に限らず、エルフは人の心の存在を感じることができる。
ほとんど手で触れられるくらいに。
そしてそれはしばしば、色やカタチ、質感などで語られる。
さら夫の心は怖ろしく攻撃的で、触れるのが怖ろしいほどに熱くて…しかも同時に冷たかった。
そばにいるのもイヤなくらいだった。
まるで猛獣と一緒の檻に入っているような感じだ。
それでもおそるおそる目を上げる。
猛獣相手に目をそらしちゃ駄目だ。
目が合うと…さら夫はにっと笑った。
歪王は自分の身体がびくっと震えるのがわかった。
剥き出した犬歯がこれまたいかにも獰猛そうだ。
さら夫が言う。
「どうよ?うち、入りなよ」
口じゃ「どうよ?」なんて言っているが、この男の中では確定事項だ。それが歪王にはわかった。
断ったら何をされるかわからない。
倭王の視線が、さら夫の背にしょった長剣に吸い付けられた。
いや、これはマジでヤバイって。
気が付いたら「はい…入ります…」蚊の鳴くような声で答えていた。
しゃーない、誰かて命は惜しいわ。

「俺はさら夫。きみは?」
「歪王…ですけど」
二人が名乗りあったところへ…、
「さら夫さまぁ、部屋が取れましたぁ〜」
若い娘の舌足らずな声が飛び込んできた。
まるで砂糖菓子のような声だ。
声の主は小柄なエルフの娘。
表情にはまだあどけなさを残している愛らしい娘だ。
さら夫とお揃いの砂色の外套をまとい、これもまた同じ大きな剣を背に吊している。
もちろんこれは、かすみだ。
ひとくちにエルフといっても、かすみは色白小柄、東方種のエルフ。
比して歪王は南方種で大柄、褐色の肌を持つ。
対照的だ。
その物珍しさだけでなく、歪王はかすみに目を惹かれた。
少女はリボンで結わえた三つ編みおさげを揺らしながら、さら夫のかたわらにやってきた。
いぶかしげに二人を見比べながら、さら夫にすりよる。
あどけなさには不釣り合いとも見える、量感のあるバストがさら夫の腕に押しつけられている。
「歪王さん。これ、かすみ。あぁ…俺の…子分だ、いわば。こっちは歪王さん、俺らの新しい仲間だ。ほら、挨拶」
そう照れくさそうに言うさら夫は、唐突に印象を一変させていたが、このとき歪王はそれに気づくゆとりが無かった。
かすみに、目を奪われていたからだ。
「かすみです。よろしくお願いします」
大きくぺこりとお辞儀する。
三つ編みが大きく揺れた。
「か、かわいい…」
歪王の目はハート形になっている。

しかしその夜。
同じギルガメッシュ亭で、ほかのメンバーを紹介された。
人間で僧侶のべちょ。
北方種エルフで歪王と同じ魔術師の角角角。
ホビットで僧侶、そのくせ妻子持ちのけん1。
そしてさら夫とかすみが戦士、歪王が魔術師。
この7人だ。
みんな、歪王のようにして参加したのだろうか?
え?
最初はメンバー違うだろって?
歪王の記憶違いでしょ、ここはきっと。(笑)

そのときのこと。
歪王はかすみとさら夫を見ていて突然気が付いた。
いやむしろ、なぜさっき気づかなかったかと臍をかんだ。

メンバー紹介のさなか、歪王はかすみの心に触れてみた。
想像通り仔ウサギみたいにやわらかですべすべしていて、この少女にふさわしいものだった。
歪王は嬉しくなる。
つんつん、と軽くつついてみる。
エルフ同士のご挨拶ご挨拶。つんつん
しかし、かすみからの反応は無い。
もう1度つついてみる。つんつん
が、やはり反応が無い。
おかしいな、気が付かないはずは無いんだが…、と当のかすみをみると…
かすみは顔を白くこわばらせてさら夫にしがみついている。
歪王のほうは見ようともしない。
やはり気づいているのだ、歪王の接触に。
だけどこのリアクションはなによ?
ぼく、なんか悪いことしました?
挨拶しようとしただけじゃないですか!
歪王にはワケがわからない。
と、ぶにゅ、と歪王の心が引っ張られる。
振り向くまでもない。
となりの角角角だった。
やめといたほうがいいよ、というような意味の思念、というより感情が伝わってくる。
エルフが心を操れると言っても、相手の考えが読みとれるわけではない。
感情とか、相手が何に気を引かれているか、その方向性…みたいなものがわかるに過ぎない。
しかし、親しいエルフ同士ならそれだけで十分、音声会話無しに意志疎通が図れるほどだ。
角角角は、寄せ木細工のような感触の心を持っていた。
その寄せ木をかちゃかちゃ動かすようにして心を伝えてきた。
「あのふたりは特殊だよ」と。
角角角が選んだ言葉はそうでは無かったのかもしれない。
しかし歪王にはそう受け取れた。
特殊?
なにが?
目をすがめて、さら夫とかすみの心をみる。
もちろん視覚で見るわけでは無いのだが精神集中がそう言う仕草に現れる。
そうして初めて気が付いた。
二人の心が似ている!
なんだろう、色もカタチも違うのに。
だけど共通の感触がある。
これは…?
これは!
精神汚染か!?

精神汚染
優れた魔法使いにはエルフが多い。
それというのも、エルフの心…精神が他の種族に比べて遙かに…語弊を恐れずに敢えて言うならば…優れているからだ。
それはほとんど物質に近いとさえ言える。
少なくともエルフ同士にとってはそう感じられる。
この強靱な心が、魔法を使いこなすことに繋がっている。
しかし、これは両刃の剣でもある。
外へ影響を与える心は、同時に外からも影響を受けやすい。
未熟なエルフが他の強靱な精神に触れると、心を書き換えられてしまうことさえある。
これを精神汚染といい、酷いときには心を破壊され、廃人になることさえある。

その精神汚染を、かすみは明らかに受けている。
さら夫から。

普通、エルフは子供の頃から自然と鍛錬しているので、そうそう精神汚染を受けることなぞ無い。
が、幼少時に他のエルフから隔離されて育ったりすると、心が無防備なまま成長してしまうことがある。
そういうエルフは精神汚染を受けやすい。
それを利用してエルフの幼子をさらって、奴隷として売買している連中もいるとか。
この男もそうなのか!
エルフを玩具にしてるのか!
歪王の心に怒りがわき上がる。

口の中で詠唱を唱え始める。
さら夫へ向けて。
沸き上がった怒りを抑えられなかった。
真空の刃を形成し、それを解き放とうとしたとき…
いつのまにか、少女はさら夫と身体を入れ替えていた。
目にいっぱい涙を浮かべながら。
くちびるを引き結んで、わいおうをにらみつけてくる。
その手はすでに、彼女の身体には不釣り合いに大きい剣の柄を握っている。

違うんだ、かすみちゃん!
ぼくはきみを助けたいだけなんだ!

心を送るが、かすみの心はいまや氷塊と化して跳ね返す。
そのとき。
「きゃうっ!」
かすみが唐突に頭をのけぞらせる。
さら夫にお下げを引っ張られたのだ。
「くぉら!何やってんだ、おまえは」
いった〜ぃ!だって…だってぇ〜」
「いいから、これ部屋においてこい」
頭を押さえて涙目になってるかすみに、自分の剣帯を素早くはずして持たせる。
「自分のもおいて来るんだぞ」
言いながらかすみの髪を力任せにかき回す。わしわしわし
「だめですってばぁ〜」
口ではそう言いながら、さら夫の好きにさせている。
かすみも目を細めて気持ちよさそうだ。
かすみの心はまた、日をいっぱい浴びた毛玉みたいな、ふんわかほわほわしたものになっている。

さら夫の剣を抱えて階段を上っていくかすみの後ろ姿を見送ると、さら夫は歪王を振り向いた。
振り向いて、にやっと笑う。
犬歯を剥き出した凶暴な笑いだ。
一瞬、殺されるのかと思った。
しかし、
「魔法は俺の指示に従って使って貰う。それ以外は認めない。それに…」
言うや、腕を歪王の胸元に突き出す。
「あ…」
そこにはまだ行き先を失った真空の刃が!
しゅしゅっと空気が切り裂かれる音がした。
さら夫の腕の皮膚に赤い筋が無数に浮かび上がる。
赤い筋は一瞬で広がり、そこから鮮血がぱたぱたっと音をたてて飛び散る。
さらに真空はさら夫の腕にまといつくように這い上って行くが、肩まで届かぬうちに力を失って、消えた。
さら夫が再び笑みを刻む。
真空に切り刻まれた自分の手をみながら、
「歪王さん、これじゃ駄目だ。表面しか切れてねぇ。もっとワザを磨いてくれよ」
その手でどんと歪王の背をどやす。
それだけだった。
そして全員を見渡すと再び迷宮探索についてブリーフィングを始めた。
さら夫はこの一件を意に介していないようだ。
歪王は大きく息を吐き出した。
このときになって今まで自分が息を止めていたことに気づいた。
大きな、赤い手形が歪王のローブに残っている…。

翌日。
初めての迷宮探索。
浅い階だというのにみんな、まだ慣れない不安げな足取りだ。
かすみなど、さら夫の背中のベルトをしっかり握ったまま離そうともしない。
おどおどと忙しく動く耳が彼女の不安とおびえを物語っている。
が、モンスターに遭遇すると彼女は一変する。
どうやって抜くのかと思っていた背の長剣を、全身をばねにして一気に引き抜く。
見事な技だ。
そしてまばたきする間にモンスターを斬り伏せる。

さっきまでの怯えようはフェイクかい? と言いたくなるほどの変わり様だ。
だが歪王には(そして角角角にも)わかる。
これは精神汚染の影響だ。
さら夫の心の一部を刷り込まれてしまったが故の反応だ。
かすみ本来のものではあり得ない。
いつか必ず助け出してあげるからね、と歪王は誓いを新たにする。

それがとまどいに変わったのは…
何組かのモンスター群を倒して少し慣れてきたころ、また新たなモンスターに遭遇したときだ。
なんだろう?
はっきりとは分からなかったが、その群れはそれまでのモンスターとはどこか雰囲気が違っていた。
かすみが剣を抜き大きく踏み出すのへ、
「かすみ!」
さら夫が止めた。
当惑の表情で振り返るかすみ。
「いいんですか?」
だってモンスターですよ、斬らなくていいんですかとその目は問うている。
「いいんだ」
さら夫は優しく首を横に振る。
斬らなくていいんだ、と。
とたんにかすみの表情が光に弾ける。
「さら夫さまぁ〜」
抱きつくかすみ。
「さら夫さま、大好き」
さら夫の胸に頬をすりよせている。

なんだ、これは!
あとで気づけばあのモンスターはこちらに怯え、戦意も敵意も無かったのだと分かる。
だから斬らないのは正解だ。
それには歪王も賛成だ。
だが…。
猛烈な違和感を感じた。
それは一言で言えば「らしくない」ということに尽きる。
あの攻撃性のかたまりみたいなさら夫があそこで止めるなど、あまりにも「らしくない」。
それは強烈な違和感となって歪王に残った。

しかし今。
刀を抜こうとして結局思いとどまったさら夫を見て。
そうだったのかと歪王は得心する。
あのとき感じた強烈な違和感は間違いでは無かった。
あれは…敵意のないモンスターを斬らないのは、さら夫の、かすみへの気持ちの表れだったのだ。
そういう相手を斬りたくないであろうかすみへの思いの深さであった。
この男自身は、本来ならば無差別殺戮者なのだ。
それが素のさら夫だ。
かすみの存在がそれを止めている。
以前も、そして今も…。
そう。かすみの消えた今も、だ。
きっかけはどうであれ。
歪王は、かすみがこの男を選んだ理由が初めてわかった気がした。
そうだ。
かすみは決してこの男に捕らわれたのではない。
かすみがこの男を選んだのだ。
そしてごく自然に、歪王はこの男の力になりたいと思っている自分に気づいた。
ああ、こんな簡単なことだったんだ。
いつのまにか、顔が笑っていたようだ。
「なんか面白いことでも?」
さら夫が、眠そうな顔でたずねてきた。
「いえ〜、別に。ただ…」
「ただ…?」
「ぼく、侍になろうと思います」
歪王は吹っ切れたように明るい。


角角角の転職(2000/10/07)

さて角角角である。
気のせいかな、とも思うが近頃、前衛メンバーの自分を見る目が白いような気がしている。
あるいは被害妄想なのかもしれない。
というのは他でも無い。
10階へ降りてからというもの、角角角たち魔術師は、とんだ足手まといになっているからだ。
10階のモンスターは、全部が全部では無いにせよ、手強い敵ほど魔法を受け付けない傾向があるからだ。
そうなると、けん1やべちょ達はまだいい。
僧侶は回復魔法でパーティーに立派に貢献できるからだ。
ところが角角角や歪王、攻撃系魔法使いはそうはいかない。
魔法がきかなきゃ、ただの人。
いや、精神を鍛錬することにかまけて体力の無い分、ただの人以下だ。
こないだなど、
「角角角さん、疲れてますね」
けん1が指圧してくれた。
痛いけれども好意だと思って我慢して受けた。
が、それが見事なまでの青あざになった。
「あー、ごめんなさいごめんなさい」
けん1は平謝りに謝ってくれたが…あれはもしかして? と邪推してしまうのも、やはり今パーティーで役に立っていないという実感の、なせる技だった。

今、パーティーに欠けているものは何か?
角角角は考えた。
そしてひとつの結論を得た。
簡単だった。
鑑定人だ。
いま、パーティーはせっかく宝箱を命がけで開けてみても、中のお宝がなんなのか即座に鑑定できる者がいないのだ。
はるばるリルガミンまで戻ってあるづらーに鑑定して貰っている、というのが現状だ。
これではいかにも効率が悪い。
そうだ。鑑定人になろう。
司教になって鑑定人になろう。
角角角はそう決心した。

ところが。
街のギルドに行って、司教の資格試験を受けようとしたら…
「まず適性テスト受けて下さい」 窓口でそう言われた。
「はぁ…」
適性テストだぁ?
釈然としないながらも申し込みをしてお金を払い込む。
適性テストはすぐに行われた。
いずれも簡単な内容だ。
角角角はそれぞれの設問に思ったように答えを書き込んだ。
ものの15分ほどで終わった。
結果は1週間後だと言う。

1週間たって行ってみる。
「適性テストの結果を知りたいんですけど」
窓口で告げると、係りの男は無言のまま、待合室の壁を鉛筆の先で示した。
感じわるいヤツだなぁ。
そう思いながら指された先をみると、なるほど、貼ってある。
けっこう転職希望者というのは多いらしい。
ほうほう。
見れば歪王の名前もあるじゃないか。
知らなかったがいつのまにか侍を目指していたらしい。
あの男がねぇ。
角角角は思う。
あいつ、体力無さそうなのに大丈夫なのかねぇ?
がしかし、歪王の侍が合格するなら、自分の司教にはなんの問題も無いだろう。
さて俺の名前は?
名前は?
あれ?
名前が…無い。
どこにも無い!
けしからん!
係りの怠慢だ!
文句を言ってやらねばならん。
角角角は窓口へ戻る。
「ちょっと。まだ今週分に貼り替えてないじゃないか!そんないい加減な仕事で給料とっていいと思ってるんですか!」
しかし窓口の男はどこ吹く風だ。
鉛筆の尻で頭をぽりぽりと掻く。
こんなことにはいかにも慣れてるんだと言いたげな風情で、
「あれぁ、今週の。あんた、落ちたんだよ」
眠そうに生あくびをかみ殺す。
なんだよ、それ!
「お、落ちたって…?だってあれ、適性テストだろう?落ちるんですか、そんなもんで」
角角角はあわてた。
これはちょっと考えてもいなかった展開だ。
適性テストなんてかたちばかりのもんじゃないのか!?
「えーとね…」窓口の男は机の上の書類をひっくり返す「お、これだこれだ…ほらこれ。」
と、一通の書類を角角角に示す。
「どれ!」
角角角はひったくるようにその書類を奪う。
目を通して…愕然とした。

「角角角殿。貴殿は、思想的にノンポリすぎ。よって司教には不合格!」

なんだよ、それ!!!
鑑定人は俺の天職だと思うぞ。なのになんで認めない!
あたま来た!
もう司教なんか、こっちからゴメンこうむる!
角角角は不合格通知を受付に叩きつけるとギルドをあとにした。

しかし、冷静に考えて、このままではマズイということには変わりはない。
しょうがない。
少し怒りの熱が冷めてくると、角角角は再びギルド会館に戻った。
受付の男がにやっと笑ったような気がした。
う…我慢我慢。
角角角は、作り笑いを浮かべて受付に向かう。
「今度は僧侶を目指したいと思うんだが…?」
男は鼻で「ふん」と笑ってから「じゃ、こっち。この申込書と所定の料金払って」と書式を押しつける。
この野郎!いつか見てろよ!
こめかみがひくつくのを感じながら必要事項を書き込んでお金と共に申し込む。
窓口の男は書類を一通り目で追ってから…
底意地の悪そうな笑いを浮かべた。
なにか間違って書き込んだか?
しかしそうでは無かった。
「はい間違いなく受理しましたよ。」
ほっとしたのも束の間、
「じゃ、これ」
と1枚の書類をよこす。
くしゃくしゃの書類だ。
「?」
反射的に受け取っていた。
前の申し込みのときにはこんなの貰わなかったがなぁと思いつつ、くしゃくしゃの書類を広げると…
「角角角殿。貴殿は思想的にノンポリすぎ。よって司教僧侶には不合格」
司教のところにバッテンがしてあって、かわりに「僧侶」と脇に手書きで書いてある。
「ふざけんなっ!!!」

しばらくすったもんだの末、受付の上役を引っ張り出すことには成功したものの、結局裁定はくつがえせなかった。
司教も僧侶も適性テストの内容は同じだというのだ。
であれば何度やっても同じ結果になるだろう。
それが向こうの言い分だった。
さすがにそこは言い返せなかった。
そうと知ってりゃ別の回答書きますよ、とは言えない。
試験費用の返還だけを勝ち取ったことで納得するしか無かった。
がしかし、腹の虫のおさまらないまま、ギルド会館を出る。
角角角は立派な石造りの建物を振り返った。
それにしてもむかつく。

「どしたん、角角角さん」
酒場ではさら夫が、酒も呑まずにぼうっと座っていた。
まずそうなコーヒーを飲んでいる。
さら夫は最近、酒を飲まなくなった。
「いや別に…。」
答えて向かい側に腰をおろす。
ウエイトレスを呼んで、晩飯を注文する。
「お飲物はいつものでいいのかしら?」
どうどうとした押し出しのドワーフの娘がウインクしながら角角角に問う。
「うん…あ、いや、いらない。コーヒーでいい」
「あら、そう?」
珍しいこともあるものね、そういう表情を浮かべただけでそれ以上は何も言わずに厨房へと戻って行く。
大きな尻をくねくね振りながら。
それを見るともなく見送りながら
「別に俺のことなら気にしなくていいのに」
いつもと変わらぬ明るい声でさら夫が言った。
「ねぇ、さら夫さん。」
角角角の呼びかけに、
「ん?」
と、さら夫が片方の眉を吊り上げた。
角角角は言う。
「私、生涯一魔術師で行こうと思います。なにか問題ありますか?」
「ふ〜ん…ちょっと意外だけど…いいんじゃない。 ひとつの道を究めるってことも重要さ」
大きなマグにたっぷりと入ったコーヒーを喉に流し込む。

そのとき、酒場のドアが勢いよく開かれた。
アリムラが転げるようにして入ってきた。
「たいへんたいへん、たいへんだって!」
息を切らせてそう叫ぶ。
「どうしたんだよ」
「なにがあった」
「落ち着けって」
「新しい芸か」
「生きてたんか」
「4階でくたばったかと思ってたぜ」
酒場の面々が口々に言うのへ、
「うっせえ!そんなんじゃねーって。(はぁはぁ)ギルド…ギルド会館が爆発したって!
アリムラは青い顔をしてそう告げた。

にっかりとさら夫が笑った。
角角角は思わず視線をそらす。
「ほら」
さら夫が言う。
「ひとつの道を究めるってのも面白いもんさ」
楽しそうだ。
そこへ角角角の料理が運ばれてくる。
さら夫はコーヒーを飲み干すと席を立ち、角角角は食事を始めた。
ギルガメッシュ亭の夜はいつもと同じように更けてゆく。


パーティー解散!?(2000/10/08)

それは唐突だった。
ある朝、食堂へ降りてきたさら夫が、頭を丸めていた
「どしたんスか、いったい?」
目を丸くする一同に、
「思うところあって出家することにした」
と実にあっさりした答えである。
思うところてなんやねん!
「人間的にもっと成長したいと思うのだよ、なむ〜」
なんだかわからんが完全に自分の世界に入っている。
さらには
「5年ほど修行の旅に出る。あとはよろしく頼む」
などと言い出す始末。
「かすみちゃんはどうするんですか!置き手紙には『すぐに帰ってくる』ってあったんでしょ?」
「うむ…気がかりはそれじゃ。せっきー、頼みがある。かすみが戻ってきたら手紙をくれい。そしたら俺は…拙僧はすぐに戻ってまいろうほどに。」
「それは構わないっすけど…ほんとに行くんすか?」
「うむ。あとはよろしゅう頼みましたぞ」
ギルガメッシュ亭を出ようとして…ドアのところで立ち止まり、振り返った。
「その前に、ちょっと挨拶しよか」
そう言って全員をあつめた。
「あー、こほん。」
さら夫の演説が始まった。
遠くを見るような目をしている。
この男の目には星の世界でも映っているのかもしれない。
やがて、静かに語り始めた。
世界…
それは俺達に残された未知の開拓地である。
そこには俺達の知らない、
古い文明、古い遺跡が待ち受けているに違いない。
俺は5年間の調査旅行に旅立って、
優越せず変なプライド毫ほども。
驚異に満ちたそのあたりだ!

力強く言いきる。
「おお!」どよめく一同。
一人称は拙僧じゃなかったんかよ、などと突っ込む者は誰もいない。
ぱちぱちぱち…。響く拍手。
しかしこそこそとこんな声もきこえる。
「いまの、どういう意味?」
「さぁ?」
「後半はなんだか語呂合わせみたいでしたねぇ」

そこへドワーフのウエイトレスがワゴンを運んでくる。
ワゴンの上には人数分の杯が。
「お!気がきいてるね、お酒で乾杯?」
嬉しそうに言うものがいる。
さら夫が指をたてて、ちっちっちっ。
諸君!
演説はまだ終わっていなかったらしい。
私は水盃をかわそうと思う!
再びどよめく一同。
水盃ってなんだ???
それに今度は「私」だ。
だが誰も敢えてさら夫に尋ねようとはしない。
かたちだけ僧侶になったところで中身まで変わるわけではないからだ。
余計なことを言って目の回りに痣をこしらえるのは決して愉快な体験ではない。
さら夫も説明する気は無いようだ。
構わず続ける。
しかしこれは別れの水盃ではない!
諸君との再会を約す水盃だ!
健闘を期待する!

ぐいっと水盃を飲み干す。
見よう見まねで一同もぐいっと飲みほす。
さら夫は、空の杯をたん!とテーブルに叩きつけるようにおくと…
満足そうに全員の顔を見回し…、
ばさっとローブの裾を翻して、歩き出す。

「♪たんたらったたんたんたん、
♪たんたらったたんたんたん、
♪ちゃ〜ら〜ら〜ら、ら〜ら〜ら〜、
♪ちゃら〜ら、ら〜らん、ら〜ら〜ら〜…あああ〜」

さら夫はなにやら勇壮な曲を口ずさみながらギルガメッシュ亭を出ていった。
…ちなみに最後のところはソプラノのスキャットだ。
「5年たったら戻って来るんですよねぇ…」
誰かが不安そうに呟いた。

こうして物語は第1部を終える。
さら夫は果たして、かすみを失った傷心をいやせるのか?
かすみは2度とひとの心を取り戻すことは無いのか!
アリムラは本当に生還できていたのか!(笑)
5年後、物語は新たな展開をみせるだろう。
第2部「決戦!ワードナ討伐編」!
刮目して待て!!



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