帰還(2000/10/09)
風がびょうびょうと、音をたてて吹き荒れている。
風、というよりは砂嵐に近い。
黄塵が数メートル先も見えないほどに視界を埋め尽くしている。
リルガミンの街にはひとっこひとり見えはしない。
こんな日に出歩く者などいるわけがない。
みな、戸も窓もしめきり、家の中で息をひそめている。
ギルガメッシュの酒場でもそうだった。
いつもなら、昼間はほとんど人のいない酒場の中も今日ばかりは、テーブルがすべて埋め尽くされている。
地下迷宮は、入ってしまいさえすれば天候の影響は受けないとは言うものの、遺跡は町はずれだ。
この砂嵐ではそこまで行くことさえきつい。
迷宮は逃げるわけで無し、こんな日には骨休めに限る。
むさ苦しい男どもが、酒をちびちび飲ったり、カードにうち興じたりしているが、盛り上がらないこと夥しい。
怠惰な空気が充満し、すきま風の音だけが陰気に耳を打つ。
そのときだった。
どんどんどんどん!
扉の叩かれる大きな音がした。
風の音ではない。
こんな日にいったい誰が?
物好きなやつが居ればいたものだ。
店のおやじのドワーフが顎をしゃくってみせた。
誰か扉をあけてやってくれというのだ。
扉には風で開かぬよう、かんぬきがさしてある。
そのかんぬきをはずしてやってくれというのだ。
「え、私ですか、はいただいま」
入り口近くのテーブルでアリムラとだべっていたPが慌てて立ち上がった。
「あんた以外にいねーに決まってっだろ、あほだ」
そんなアリムラの言葉は無視して扉のところへ行く。
外ではまたどんどんどんどんと叩いている。
「わかりましたって。いまあけたげますってば」
かんぬきを外す。
その途端。
ドアが風圧でいきおいよくばたん!と開いてPは吹っ飛ばされてしまった。
ぶわっと砂嵐が店内を駆け抜ける。
思わず目を覆う。
Pが手探りであわてて扉を元通りにしめ、かんぬきをはめ込むと同時に風と砂がおさまる。
「ふう〜…」
息をついて、ドアに背をもたれさせながら…。
Pはぎょっとした。
びくん!と背をドアに貼り付ける。
いつのまに入り込んでいたものか、ひとりの男がそこに立っていた。
それはまるで、いま吹き抜けた砂と風が、ひとのかたちをとったかのようだった。
フードを目深に被った、ぼろぼろの砂色の外套。
背には、巨大なメイス。
禍々しい雰囲気が男から発せられている。
なんだ?
人型のモンスターか!?
そう思った。
男はざらざらと砂がこぼれ落ちるのを気にする様子もない。
フードの奥からぎろっとPをひと睨みすると、ばさり、裾を翻してカウンターのほうへ歩き出した。
ごっ、ごっ、ごっ、…ブーツの音を蹴立ててテーブルの間を大股に縫っていく。
ばっ、とフードを背後に払って、もじゃもじゃの黒い髪をのぞかせる。
その拍子にまた砂がざざっとテーブルの上に音をたてて落ちたが男は気にする様子も無い。
料理に砂をおとされた男が
「このやろ…!」
席を蹴って立とうとするのを隣の男が青い顔で止めた。
「やめとけ」ふるえを帯びた緊張した声音だ。「相手が悪い、狂戦士だ」
狂戦士!?
剣を抜きかけた男は、その言葉に「信じられない!まさか!」という表情を刻んだまま、席に腰をおとした。
狂戦士と呼ばれた男のことはきいている。
この男はと思った剛の者が何人も、震えながら狂戦士とふたつ名を持つ男のことを語ってくれた。
さいしょ冗談かと思った。
それほど狂戦士にまつわる話は大げさだった。
しかし、話してきかせてくれる者達は真剣だった。
信じないわけには行かなかった。
この砂色の外套の男がその狂戦士だとするならば、剣を抜くのは自殺行為だった。
野生を発散する男はカウンターに右肘をつくと
「おやじ、いつもの」
意外にひとなつこい感じの若い声だった。
しかし口元にのぞく大きな犬歯のせいだろうか、若者の容貌を、人間大の大型野獣にみせていた。
しかし、ギルガメッシュ亭のおやじは怖じけるふうも無い。
「ふん」
無愛想なまま、大ジョッキを取り出し、背後のタルからざぶっと酒をすくう。
「ほらよ」
カウンターに音をたててジョッキを置く。
若者はジョッキを受け取ると、なにか捜し物をするかのように店内を見回し…、
それをみつけたのだろう、にやっと笑うと、迷いもせずにそのテーブルへと足を運んだ。
そしてジョッキをごん!とテーブルにおく。
「頼まぁ」
にっかり笑って、そこにいた侍に向かっていう。
侍は、目を潤ませながら、
「はい。いつもの、ですね?」
指の先でジョッキの端をピンと弾く。
そこを中心に白い霜がさーっとジョッキを包んでいく。
ぴきぴきと音がしそうなくらいに冷えてゆく。
「あんがとよ、歪王さん」
若者はゴキュゴキュゴキュゴキュ…と一気に飲み干す。
「ぷはーーーーーーっ!んまい!やっぱビールは冷えてなくっちゃ」
本当に美味そうだ。
侍…歪王は、鼻をぐすぐすさせながら、これだけ言った。
「おかえりなさい…さら夫さん」
「ただいま」
さら夫が帰還した。
再会(2000/10/09-16)
「ただいま」
それだけ言うと、さら夫はとなりのテーブルにいたせっきーの向かいに腰をおろす。
「例の現物は?」
言って、せっきーに目顔で促す。
せっきーは、
「は、はい。これなんです…」
あわててポケットから一通の書状を取り出し、さら夫に手渡した。
その書状に目を通す内、さら夫の表情が、次第に凶暴なものへと変わっていく。
「へっ、向こうから来やがった」
口元が凄惨に歪む。
さら夫が還ってきたのは、この書状のためだった。
4日前、旅先でせっきーからの手紙を受け取った。
さら夫宛に1通の書状が届けられたというのだ。
待っていた、このときを。
手紙を受け取るや、数百キロの距離をわずか4日でさら夫は駆け戻った。
せっきーからの手紙には書状の写しも添えられていたが、こうして実物を見ると、あらためてふつふつと沸き上がってくるものがある。
それがさら夫の顔に、凶暴な笑みとなって現れている。
さら夫はすっくと席を立つ。
外套の裾を翻して、扉へ向かう。
「さら夫さん、どこへ行くんですか?」
皆が問うのへ、
「…地下迷宮」
愚問だろ、という調子で答える。
「こんな砂嵐の日に?」
「あ?ああ。そうだな」
「還ってきたばかりなのに?」
「ああ、そうさ。このために還ってきたんだからな」
天候なんて関係ない、疲れなど無い。さら夫はそう言っている。
しかもひとりで行く気だ。
戸口へ向かうさら夫。
Pが、そそくさとかんぬきをはずす。
ごうっ! と砂嵐の吹きすさぶ戸外へ、さら夫はなんのためらいも無く踏み出した。
少し歩くと背後から「待ってくださいよぉ」の声が。
振り向くと、砂嵐をついて4人の人影。
歪王、べちょ、けん1、角角角の4人だ。
「ぼくらも行きますよ、チームじゃないですか」
パーティーは5年ぶりの再結集を果たした。
一行5人は、地下迷宮を10階へとまっしぐらに進む。
さら夫の目的は10階だった。
そのさら夫が、いまや戦う僧侶となって、最前列でメイスを奮っている。
メイスが青白い光跡を残して闇を切り裂くたび、モンスターたちが粉砕される。
モンスターの断末魔の叫びが迷宮の闇に反響する。
さら夫は楽しげだ。
例の書状のことが気がかりとしてある筈なのだが、今それが頭にあるようには見えない。
ハードな旅の疲れも全く見えない。
まったく、どこが僧侶じゃ、この男!と言いたくなる。
やるこた戦士とかわらんじゃないか!
さすが狂戦士と異名をとるだけのことはある。
他のメンバーは苦笑せざるを得ない。
「なにしてたんですか、この5年?」
「うん、修行してたよ、僧侶の」
それ以外になにがあるんだよ、当たり前だろという調子でさらっと言う。
「ずっとひとりであちこちの遺跡に潜ってた。」
と言い、
「いや、あれだね、ひとりだとけっこう大変なもんだね。」
とも言い、さらに、
「そのかし、実入りも大きいんだけどさ。でなきゃやってらんねーわ」
とも言って、笑ってみせる。
ひとりで迷宮潜ってたぁ〜?
嘘くせえ。
「さ〜て…行きますか!」
さら夫の号令一下、一行は10階へ降り立った。
久しぶりの10階だ。
メンバーは5人とはいえ、満を持して全員腕を磨いてきた。
十分だろう。
さら夫の表情にも緊張が蘇っている。
だが、その緊張は10階のモンスターたちの手強さによるもの…だけでは無い。
ロミルワの光を妖しく反射する回廊を歩き…最初の部屋に到達する。
「ここだ…」
さら夫は呟いた。
「何があるってんです、ここに?」
「デートさ」
「え?」と聞き返すのへ、
「デートのお誘いさぁ」
さら夫が、押し殺した声で答える。
「ラブレターを貰ったのさ。ここでデートしましょうってなぁ!」
言い終わるやドアを蹴破り、室内に飛び込む。
予想通り、モンスターがいる。
マスターニンジャが4人だ。
迷宮の闇に…ワードナの作り出した怨念に飲み込まれモンスターと化した無惨なる者どもよ!
塵に還れ!!
「うらぁぁぁっ!」
さら夫がメイスを振り回してうちかかる。
メイスが暗がりに青白い残像を残す。
あんた僧侶だろうが!
真っ先に討ちかかるさら夫を見て残りのメンバーは心の中で突っ込みを入れる。
…しかし、うちかかりながらも背にまわされたさら夫の左手が指文字をかたちづくっているではないか。
昔ながらのさら夫の戦闘指示だ。
敵モンスターよりもこれに全員の緊張が高まる。
これを見逃したり逆らったりしたら、あとでエライ目をみることになる。
このサインに関係なくアクションすることを許されたのはかすみだけだった。
もっともかすみの場合、サインを必要としないほど、さら夫との連係が密だった。
だが、そのかすみは、今はいない。
すべての戦闘はさら夫の指示によらねばならない。
サインに従って前衛のべちょと歪王が、おのおのの武器を手にさら夫に続く。
角角角が惜しげもなくティルトウエイトを唱え、けん1は支援魔法モンティノを仕掛ける。
怖いのはニンジャの鋭い剣技だ。
急所をつかれたら即死する。
「だいじょぉぶ!俺は運がいいんだ!!」
さら夫はメイスを凶悪に振り回す。
青白い軌跡はロルトを封じ込めたためのものだ。
あっというまに敵ふたりをほふる。
面白い使い方をする…戦闘のさなか、べちょは感心した。
ほかのふたりも、みんなの協力で倒し、戦闘はあっというまに終結をみる。
「弱い!弱すぎる!」
戦う僧侶・さら夫は顔に返り血を浴びたまま、凄惨な笑みをうかべてそううそぶく。
「さら夫さん、今のがデートの相手なのかな〜?」
けん1が尋ねる。
「いや、違うさ。ほら…そこ」
さら夫の視線の先に…
闇の中に佇む影があった。
果たして影の正体は!?
次回、ワードナ編最終章「決戦!」
きみは読み遂げることが出来るか!
ところでここでお詫び。
当作品はこれまで、迷宮内でのお話につきましては
実際にあったこと、もしくは
あったかもしれないこと、
を書いてきたつもりです。
(ギルガメッシュの酒場内でのエピソードはこの限りに非ず)
しかしながら次作「決戦」では、自らに約したこの決まり事を敢えて破ることにしました。
なにとぞお許しをたまわると共にご理解の程をお願い致します。
決戦(バージョン2)(2000/10/21)
さら夫はすでに吹っ切っている。
ためらうことなく、つ…と結界内へ足を踏み込む。
光が消え、音が消え、すべての気配が消える。
闇の世界にふたりだけで対峙する。
ふ…さら夫は口の端をゆがめる。
いかにもふたりの決着の場にふさわしい。
闇…音も光も無いこの闇の世界こそ。
光と闇の逆転したこの世界こそ。
つー…と、メイスを斜め後方に引く。
不思議と視界に不自由は無い。
相手の姿がはっきりと見える。
闇が媒介するのだろうか。
光のかわりに闇が視覚を補償する。
「ふん!」
逆袈裟に斬り上げる。
いつのまにかメイスの先端の覆いが外され、30センチほどの刃が露出している。
さら夫のメイスは一種の仕込み杖であった。
裂帛の気合いと共に繰り出された渾身の一撃であった。
しかし。
それはわずかに相手の覆面に裂け目を入れただけであった。
かわされた?
いや、そうではない。
「顔を見せてもらおうか」
さら夫は冷たく言い放った。
はじめから、相手の覆面を切り裂くことだけが目的だったのだ。
しかし相手もただ者ではない。
さら夫の意図を察して、微動だにしなかった。
見切っていた。
涼しい目をして、覆面を取る。
その繊細な白い指先が目を引く。
覆面がはらりと落ちた。
顔があらわになる。
さら夫がうめくように呟く。
「…かすみ…」
そう。
さら夫に決闘状を送り、ここで待ち受け、結界を築き、いまここで対峙する者こそ、5年前失踪を遂げたかすみその人であった。
だが、さら夫は動じていない。
すでに覚悟は出来ている。
懐かしむ気持ちなど微塵もない。
無い筈だ。
胸の痛みなど、無い。
かすみの声もまた冷たい。
「さら夫さま」
呼びかける声に、かつての恋慕の響きなどこれっぽっちも無い。
冷たく凍てついた無機質なものだ。
これは…かすみではない。
さら夫は確信した。
少なくとも…俺のかすみではない。
この距離にいて、心が埋まることがない、これはかすみではない。
さら夫の顔に凄みのある笑みが浮かぶ。
戦いの予感に身体が慄える。
この男の心のありようもまた、決して尋常では無いのだった。
きん!
さら夫の眼前で光が弾けた。
抜く手も見せないかすみの投擲。そのクナイをメイスで弾いた。
「ふ〜ん、かすみの記憶しているより疾いのね」
かすみの姿をした者が、かすみの声で、そう感心したように言う。
「ふん、てめえもな!」
「あら、素っ気ない言い方。せっかく褒めてあげてるのに、さら夫さま」
のどの奥でくくくと笑う。
これはかすみの歪んだカリカチュアだ。さら夫はそう思う。
歪んだ、悪意に満ちたカリカチュアだと。
だから戦いに躊躇いなど、あり得ない!
メイスが唸りを上げた。
☆
4人には、さら夫の姿が一瞬ぶれたようにしか見えなかった。
全身血まみれ、ズタボロな姿でなければ、それさえ気のせいと見逃したに違いない。
だが、ずっぷりと血に染まったその後姿が雄弁に語っていた。
異形の時間と空間で、人外の戦いがあったのだ、と。
べちょがあわててマディをかけようとするのを、さら夫は振り返りもせず、手だけで制した。
さら夫は足元にかがみこむ。
そこで4人は気づいた。
さら夫の足元にはさっきまでは無かった死体が出現している。
鼻から上が消し飛び、血と脳漿を飛び散らせた死体がある。
さっき、闇に中に現れた者に違いなかった。
それは、小柄な、ニンジャの死体だ。
若い女のようだった。
4人がはっと息をのむ。
まさか、と思う。
さら夫がそんな優しさを見せる相手は世界中にひとりしかいない。
4人は言葉を失う。
だが…
4人はまだ気づいていない。
かすみを抱くさら夫の目に、狂気の光が宿っていることに。
ワードナ編・エピローグ(2000/10/17)
その後、さら夫はかすみを生き返らせた。
かすみは…さら夫のもとに戻った。
その後、一行は勢いを駆ってそのまま一気にワードナを落とした。
戦闘は激烈を極めたが、いまやこの6人の前に敵など居ようはずも無かった。
戦闘を決した最後の一撃がかすみによるものだったことだけは伝えておこう。
この物語はひとまずここで終わる。
しかし、さら夫とかすみ、
そして、このふたりを含む6人の冒険譚はまたすぐにお聞かせすることが出来るだろう。
彼らの冒険に終わりは無いのだから。
だが今は、その日を約して幕を閉じよう。
ごきげんよう、諸君。
ふたたびリルガミンの地で相まみえる日まで。
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