小説
小説デッドオアアライブ


 第2話 《エレナ》

イッキはどきどきしながら待っていた。
場所は、エアリアルガーデン
キャラは《ハヤテ》だ。
夕陽が長く影を伸ばし、滝の音が轟々と響いている。
だが、まだ相手は現れない。
時間帯が悪かったのだろうか?
あまり対戦の盛んな時間ではないのかもしれない。
少し心配になる。

イッキにとって、今日が初めての対戦だった。
いきなり実戦に臨むプレイヤーもいるが、イッキはそうではなかった。
一通りの動きが出来るまで、100戦以上コンピュータ戦で練習してきた。
《ハヤテ》の動きも体に染みついてきた。
もう十分だ。
いよいよ実戦で鍛える段階だ。
これ以上コンピュータ戦をやっててもたかが知れている。
実戦スキルもそうだが、獲得ポイントもだ。
コンピュータ戦の勝利で得られるポイントは雀の涙でしかない。
本格的に稼ごうと思ったら対戦をこなすしかない。
対戦で勝って、ポイントを稼ぐ。
そうして稼いだポイントをキャラのチューンアップに使う。
キャラの限界性能をアップして、余裕ができたらオリジナルのコスチュームを作ったり、キャラクタのグラフィックを、より自分好みにしてみたりもしたい。
しかし今はまだキャラ性能を少しでもアップさせることが先決だ。
いちおう、これまでのはすべて動体視力に注ぎ込んできた。
これで、初期設定より100分の1秒くらいは速く反応できるのではないかと思っている。

100分の1秒ではあまり意味はないかもしれないがゼロではない。
このビギナーズステージは初心者専用で、まだ1勝もしたことの無いプレイヤー にしか参戦出来ないようになっている。
だから相手も今日が初めてか、それなくともその程度のプレイヤーだということだ。
その中での戦いだ。
同じ初心者に負けるわけにはいかない。
自分はレベル7のコンピュータキャラにだって楽勝できるのだ。
勝てる筈だ、と思う。
今日、ここで勝って、ファーストステージへ進むのだ。
楽しみだ。
楽しみだが、怖い
それが正直な気持ちだ。

ぽっ。
視界の端にグリーンの明かりが灯った。
意識を向けると明かりはディスプレイとキーボードになって目の前に移動した。
「挑戦者が現れました」
ディスプレイ上の文字と同時にやわらかな、しかし緊張感を伴った音声がそう 伝えてきた。
挑戦を受けるか断るか、イッキは挑戦者のプロフィールを要求した。
プロフィールは事前に登録しておくもので、
プレイヤーネーム
使用キャラと、その各種パラメータ(ただしたいていの場合、基礎数値以外はマスクをかけたまま公開しないのが普通だ)、
戦績
そして相手があらかじめ入れて置いた簡単なメッセージなどがテキストと音声で、見たり聞いたり出来るようになっている。
これを見てから挑戦を受けるなり断るなり決定することができる。

ちなみにイッキは、プロフィールにメッセージは登録してない。
いまの段階で書けることなど何も無いと思うからだ。
初心者ですよろしくお願いします、なんてばかばかしくて登録する気にもなれない。
そう思っている。

だが、この相手はそうではないらしい。
「格闘ゲームは2020が初めての初心者です。エレナに惚れてやってみる気に なりました。どうかよろしくお願いします」
そういうメッセージが流れた。
ただしテキストだけだ。音声はない。
そして挑戦者の使用キャラ《エレナ》のグラフィックが表示される。
それを見てイッキは唖然とした。

オペラ歌手にして臂掛拳の使い手《エレナ》は、ネオテクモお得意の巨乳美人だ。
かなり古くからのデッドオアアライブのキャラクターで根強い人気を誇っている。
長い金髪と澄んだグリーンの瞳を持つ美女だ。
もっともこのゲームに登場する女性キャラで美人でないキャラなど存在しない。
男も女もみな美形揃いだ。

イッキ《ハヤテ》にしたところで、ちょっと気恥ずかしくなるくらい、甘いマスクの美形キャラだ。
もし実在する人間なら、格闘なんかやってるより、モデルか役者、それともホストでもやってたほうが似合うに違いない。
イッキはそのうちポイントが溜まったら、少し手を入れてもっと男っぽい武骨な感じを取り入れたいとも思っている。
だがそれはまだ先の話だ。
そこまでポイントを溜めるには随分かかるだろう。

だからイッキは、相手の送ってきたグラフィックを見てかなりの驚きを覚えた。
相手の《エレナ》が、見たことのない衣装を身にまとっていたからだ。
本来の《エレナ》「ベルばら」風のコスチュームと、なんだかよくわからない横割れスカートの出来損ないだかチャイナドレスの洋風アレンジだか曖昧な、ちょっとエッチなコスチューム、そして、普段着という設定なのだろうか、半分尻の出たハイカットジーンズと下乳の出たTシャツ姿のがある。
その3種類が最初から用意されている《エレナ》だ。

それなのにこの《エレナ》は、見るからに高価そうな…いや高ポイントそうな、フリルや襞々の目一杯ついた純白のドレスを身にまとい、その大きく開かれた胸元からは超ド級のバストがこれでもかとばかりに自己主張をしている。
その谷間を強調するように白くなまめかしい胸元を広く飾る、これまた豪華きわまりないプラチナとダイヤのネックレス。
高く結い上げられた髪にはお揃いのティアラも忘れちゃいない。
肘まで覆うシルクの手袋にも凝ったレースがあしらわれていて、まるで、シンデレラかなにか、お姫様のような格好だ。
イッキは唖然とした。
これだけのカスタム化には相当なポイントが必要なはずだ。
初心者にはできないことだ。
いったいどういうことなんだ!?

わけはわからないながらも、これは断った方がいいと、 挑戦をキャンセルしようとして…
間違った。
受けてしまった。
あちゃ〜と思ったがもう遅い。
お姫様《エレナ》イッキ《ハヤテ》の目の前に実体化した。
いや。ここがそもそもバーチャル空間なのだから仮想化したというべきか。

イッキの意識にしてみればまぎれもなく実体だ。
しかし改めてお姫様《エレナ》の美しさに息をのむ。
その美しさたるや、プロフィールに添付された自己紹介用グラフィックの比ではなかった。

純白のドレスを着飾った《エレナ》は神々しいまでに美しい。
ちょっとだけ自分も女性キャラにすれば良かったかな、と思う。
が、すぐに頭を振って打ち消す。
俺は硬派で行くんだ!
ふと気づけば《エレナ》が何か言っている。
「こんにちは。あたくしは………、今日はいい対戦をいたしましょう」
名前のところを聞き逃したが、甘やかな澄んだ声だ。
こいつ、声にまで手を入れてやがる!
この野郎、いったいどうやってビギナーズステージに入ってきやがった!?
シスオペは何やってんだ!
イッキの心を怒りや当惑が目まぐるしく交錯する。

そのとき、視界の中に赤いデジタル表示が瞬いた。
8秒前。
いつのまにか戦闘開始のカウントダウンが始まっていた。
あと8秒で対戦開始だ。いや、すでに7秒をきった。
カウントダウンがどんどん進む。
ふと気づけば《エレナ》が大きく両手をひろげて、しかし限りなく優雅に周囲に手を振っている。

え?
いつのまにか、エアリアルガーデンはギャラリーでいっぱいだった。
姿は見えないが、数え切れないほどのギャラリーが注視しているのがわかる。
《エレナ》は王族の身ごなしのまま、投げキスまで振りまいている。
そのたびにギャラリーがどっとどよめくのがわかる。
なんなんだ???
しかし思い悩む時間などもう無い。
2秒前。
相手が何者だろうと、戦うしか無い。
1秒前。
イッキは覚悟を決めた。
ゲットレディー、ファイッ!
イッキ《ハヤテ》は、風を巻いて突進した。

☆     ☆     ☆

イッキの渾身の右フックが見事にこめかみを捉えた。
《エレナ》がきりきり舞いして吹っ飛ぶ。
「え?」
驚いたのはイッキのほうだ。
ホールドされると思った。
ホールドされないまでもかわされるか、ガードされるか。
しかし実際にはこれ以上は無いくらいにクリーンヒットだった。
拳の感触が熱く残っている。
なんだかわからないまま、大きく踏み込む。
ふらふらと立ち上がりかけた《エレナ》の顎に蹴り上げる。
浮いたところへ、踵を上から叩きつける。
頭蓋骨の砕ける感触。
血反吐を吐いて地面に突っ伏す《エレナ》
とどめとばかりに、後頭部に膝をうち下ろす。
びくんと、《エレナ》のからだが、ひとつ大きく痙攣をおこして、止まった。
赤く、鮮やかに、血だまりがゆっくりと広がっていく。
目に痛いほどに。
わずか7秒、初勝利の興奮にイッキの体がぶるっと震えた。
☆     ☆     ☆
それから半年。
イッキが「深海の宮殿」ビギナーズステージに観戦に来たとき、ギャラリー既に湧きに湧いていた。
試合がまもなく始まるのだ。
純白のゴージャスなドレスを身にまとった《エレナ》が、今日もまたギャラリーを意識して手を振っている。
あの《エレナ》だ。

彼女は今日もビギナーズステージに立っている。
まだ1勝もしたことがない者にしかこのステージには立てない。
カスタマイズした《エレナ》を初心者にみせつける。
ただそれだけのために、彼女は1勝もしない。
事情を知らない相手の《バイマン》は訳が分からず、びびりまくっている。
あれは半年前のイッキだ。
ちょっと哀れでもあり、おかしくもある。

《エレナ》を見た。
優雅な、そして晴れがましい笑みを浮かべている。
1勝もせずにあれだけのカスタマイズができるだけのポイントを稼ぐには、もの凄い量のコンピュータプレイが必要だ。
総プレイ時間でいえばイッキの数十倍は行くのではないか。
それをあの《エレナ》は、ひたすら初心者をからかうことに使う。
衣装やキャラをカスタマイズして初心者をびびらせる。
彼女の名前も正体も、誰も知るものはない。
けれど彼女は有名人で人気者で、そして幸せそうだ。
まもなく試合が始まり、《エレナ》は負けるのだろう。
それを彼女は彼女なりに楽しむ。

イッキは明日、全国大会に出場する。
居並ぶ強豪たちと全身全霊をかけて対戦する。
それがイッキの楽しみ方だ。
わくわくしてくるのは、明日のことを思うからなのか、《エレナ》の試合が始まるからなのか。
もうすぐ試合が始まる。
イッキが少しだけ心残りに思うのは、もう2度とあの《エレナ》と戦えないことだった。

第2話 《エレナ》・了 


目録へ

トップページへ戻る