小説
小説デッドオアアライブ



 第3話 《レイファン》

右腕が動かない。
《レイファン》は悔しさにくちびるを噛んだ。
ここはドラゴンズヒルの回廊。
相手は《ティナ》
身長210センチ、体重140キロの筋肉のかたまりだ。
試合開始後、わずか8秒で右腕をへし折られた。
関節を取りに行って、成功したはずだったのに、筋肉の鎧にそれを阻まれた。
驚愕の一瞬に、逆に腕を掴まれ、力任せにへし折られた。
技なんかじゃない。
美意識のかけらもない、際限のない肉体改造で出来上がった化け物の、洗練されない剥き出しの「力」にやられた。
悔しさが全身を包む。
化け物《ティナ》のスラントが凄まじいスピードで足元を襲う。
スピードは互角か、こっちが上だ。
ひらりと宙に身をかわして、逆に《ティナ》の頭部に蹴りを浴びせる。
クリーンヒット。
しかし、その蹴りの向こうから《ティナ》が不敵な笑みで見上げてくる。利いていない!
時の止まった永遠の一瞬。《レイファン》の背筋が冷たく凍る。
着地のタイミングにあわせてショルダータックルをかけられる。
目の前で爆弾が破裂したかのごとき、凄まじい衝撃だった。
背中から回廊に叩きつけられ、息が詰まる。
今ので肋骨も何本か折れたに違いない。
パワーが圧倒的に違う。違いすぎる。
まるで大人と子供だ。
いや、大人と赤ん坊か。

《レイファン》とて無改造というわけではない。
筋肉や骨格の組成や質を根本から変えてある。さらに神経組織の質的向上。
力も素早さも、オリジナルレイファンの比ではない。
だが、限界はある。
肉体の大きさそのものによる限界が。
単位あたりの性能が同じなら、身体が大きく、重いものが勝つ。
力は筋肉の断面積に比例し、破壊力は質量とスピードの積となる。
体重50キロの《レイファン》が、体重140キロの化け物《ティナ》との破壊力の差を埋めるためには、いったいどれほどの技の差が必要になることか。
同じように鍛え上げた者同士だ。
《レイファン》が勝つ確率は限りなくゼロに近い。

倒れた《レイファン》《ティナ》のボディープレスが襲う。
間一髪でかわす。
折れた右腕が、胸郭が、悲鳴をあげているのを感じる。
痛みを切り離していなければ、とっくにギブアップだ。(もっともこのゲームにギブアップは無い。デッドオアアライブ…正にどちらかが死ぬまでゲームは終わらない!)
ボディプレスを失敗した《ティナ》にダウン攻撃を仕掛ける…が、間に合わない。
石畳にもろにからだを打ち付けた筈なのに、《ティナ》はなんのダメージも感じていないかのように素早く起き直っていた。
分厚い筋肉が鎧となって彼女を守っているのだ。
低く身構えた《ティナ》は、さぁ次はどうするの?とでも言うように、くちびるを舐めた。
それはまるで、いましも獲物に襲いかかろうとする毒蛇の舌なめずりのように、《レイファン》には見えた。

試合開始から22秒が過ぎている。
右腕をだらんと垂らし、荒い息を吐きながら、《レイファン》はなお戦闘意欲を失ってはいない。
すでに勝てるとは思っていない。
だが、このまま負けてやる気はさらに無い。
対峙する低い姿勢の《ティナ》に、火のような視線を射かける。
それが合図だったかのように《ティナ》がタックルをかけてくる。
見え見えのタックルだった。
ばかめ!
舐めるのもいい加減にしろ!
動かない右腕に一瞬ブーストをかけてタックルにくる腕をホールドを仕掛けた。
だが!
ホールドに行った手を《ティナ》は逆に取ってきた。
にやっと笑って、万力のように《レイファン》の腕を掴み挙げ、締め付け、ねじ切った!
力任せの強引な技だ。
苦痛よりも不快感が胸にこみあげる。

せめてなんとか一矢報わねばと思うが、もうほとんどコントロールを受け付けない。
そのまま両足を取られて、ジャイアントスイングの態勢に入られる。
地面と空がくるっとひっくり返って、そのままぐるぐる回り出す。
回廊から空へ放り出されるのかと思ったが、そうでは無かった。

頭部がものすごい衝撃に襲われる。
頸骨が折れた。
だがまだ回っている。
何が起こったのか瞬間わからない。
ふたたび凄まじい衝撃。
今度は頭蓋骨陥没。
陥没というより粉砕だ。
同時に視覚や嗅覚が失われてしまった。脳みそも飛び散ったに違いない。
だがまだ回転は続いている。
ようやくわかった。
この《ティナ》はジャイアントスイングの回転を保ったまま、回廊の壁に頭を叩きつけているのだ。
3度目。
下顎を残して《レイファン》の頭が綺麗に無くなった。
《レイファン》ブレイクアウト。

《ティナ》《レイファン》のからだを床にたたきつけた。
人型の血飛沫の跡を残して、《レイファン》のからだが、すぅっと消える。
《ティナ》のガッツポーズ。
試合終了まで34秒。

  ☆    ☆    ☆  

それから3日後。
あの《レイファン》の姿がクリニックにあった。
クリニックというのは、キャラクターの肉体改造を行うネオテクモのサービスの名称である。プレイヤーは自身で自キャラを改造する事も出来るが、簡単なパラメータいじりくらいならともかくも、本格的なチューンナップとなると素人の手にあまることも決して少なくない。クリニックは、そういったライトユーザー向けのサービスである。
方法は簡単。
バーチャル空間内に構築されたクリニックという施設に、キャラクターとして訪れれば良いのだ。
そこで《先生》と相談して、自分の望みの改造を受ける。
もちろん勝利ポイントは必要だ。勝利ポイントが無ければ、ホクロひとつ付け足すことさえままならない。
だが幸い、彼女…《レイファン》には十分な貯金があった。
これまでほとんどポイントを消費してこなかったので、思いっきり改造を受けられるだけの余裕があった。
今、その《レイファン》の瞳には暗い炎が燃えさかっている。
完全にキレていた。
これまで《彼女》は無改造派だったが、あの《ティナ》だけは許せない。
ただの怪力馬鹿がどれほどくだらないか思い知らせてやる!
クリニックのドアをくぐった…。

  ☆    ☆    ☆  

1ヶ月後。
ついに再戦の時が来た。
《ティナ》はさらに分厚い筋肉の塊と化していた。
挑戦者の名前を見て「ふふん」と鼻で笑う。
「無改造派だなんて馬鹿もいいトコ。そんなんで勝てるわけないじゃん」
完全にみくだしている。

そこへ相手…《レイファン》が姿を現わす。
「その通りだよね。半端な改造なんて馬鹿みたいだよね」
野太い声が頭の上から降ってくる。
《ティナ》は呆然とした。

そこには、白い巨大な肉塊があった。
身の丈6メートルの肉の団子だ。
いや、よく見れば腕も足もある。
異様に長い腕は、その太さが50センチほどか?
足にいたっては、太さは優に1メートルあるだろう。
両手と足で、ちょうどゴリラのようにからだを支えている。
頭や目はどこにあるのかわからない。
そこにあるのは、ひと、ではなく、正に筋肉の塊、でしかない。
グロテスクだった。
吐き気と恐怖をもたらす、不気味な怪獣だ。

ゲットレディー…ファイト!

怪獣の左腕が鞭のように、空気のうなりをともなって《ティナ》を襲う。
でかい分、動きが鈍いことを期待したが、とんでもないスピードだった。
ブロックした右腕ごと吹っ飛ばされる。
一気に右腕を骨折、脊髄に損傷。
下半身に力が入らない。
恐怖に表情を引きつらせる《ティナ》に、モンスターとなった《レイファン》が、その巨躯に似合わぬ素早い動きで押し迫る。
のしかかるように覆い被さる。
小さな黒い瞳が、ぼつんぽつんと両肩の間にある。
そこが顔なのか。

赤い小さな口が開く。
「力だけを追い求めると…こうなるのさ。今度は技で勝負しようや」
ウインクを送って…足を踏みおろした。
試合終了まで15秒。

  ☆    ☆    ☆  

《彼女》は再びもとのからだに戻るのに1ヶ月かかった。
1度改造したからだを元に戻すのにも、やはり勝利ポイントは必要だったからだ。
普通ならあれだけのポイントを稼ぐには優に半年はかかるだろうところを、わずか1ヶ月で稼ぎきったのはまことに皮肉な話といわねばなるまい。
あの「モンスター」は連戦連勝、1戦として負けなかった。
おかげで思ったより早く元に戻れたのだった。
そして、しばらくして…
三たび、例の《ティナ》と戦うことになった。
きっとあの《ティナ》もわかってくれたに違いない。巨大化戦争の虚しさを。
今度は技対技で気持ちのいい勝負が出来るだろう。

だがもちろん、世の中がそんなにウマクできているワケがない。
ほどなく《彼女》は知るだろう。
ほどなく《彼女》は見るだろう。
身の丈10メートルの巨大な筋肉のお化けを。

第3話 《レイファン》・了 


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