リルガミンサーガその7

―――メールストローム編―――

世界を滅ぼそうとする者ソーンの台頭!
いまや世界を救える者は他に無く!!
さら夫とかすみの愛と冒険の物語、今度こそホントの終章か!?

秒の攻防 (2003/10/17)

「この子、飼うですぅ」
かすみがそう言って、その少年を連れて来たのは、とある秋の夕暮れどきだった。
ギルガメッシュ亭の広い食堂内には今日のスペシャルメニュー、オヤジ特性のオークシチュー遺跡風味の美味そうな匂いが漂っているが、夕食で賑わう時間にはまだ少し早い。
亭内にあるのは、昼間から飲んだくれているさら夫たち一行の姿だけだった。

前回のル・ケブレス事件 (?) で大金を得てからというもの、一行は連日連夜の宴会続き・・・すっかり自堕落な生活が身についてしまっている。
今日も今日とて昼間っからみんなして酒をあおり、夕方近いこんな時間ともなると、皆すっかり出来上がった顔色だ。
緊張感の欠片も無い、禁治産者の集まりにしか見えない。
この連中がかつてリルガミンの地を数度にわたって救った勇者たちだなどとは誰も信じまい。
実際、おそらく今や身も心もすっかりナマり果てた彼らのこと、剣技も魔法も錆び付いてかつての面影も無いに違いない。

そんな中、かすみは最近、昼間は仕事をしている。
蓄えはしっかりあるので働く必要など無いし、さら夫のそばにずっと居たい気持ちはあるのだが、これでも年頃の女の子。
自堕落な生活は身体のラインを崩す。
街の若い女やおかみさんたちを相手にエルフィーアーツの教室を開いているのだ。

エルフィーアーツというのは、エルフ伝来の格闘術・・・ではない。
精神戦主体のエルフ族にそんな格闘技術が伝わっている筈がない。
かすみが護身術の教室を開くにあたって、何かそれらしい名前があったほうが良いと、さら夫と角角角でデッチ上げたものだ。

余談だが、かすみの体術が優れているのは、マナの発現が非常に特異なかたちで現れたものだ。
通常、エルフは 「魔法」 というかたちでマナのコントロールを覚えていくのだが、かすみは幼い頃から母と二人暮らしであったため、それを修得する機会に恵まれなかった。

それどころか、魔法の存在さえろくに知らなかったフシがある。
その結果、彼女の溢れかえるマナは、彼女の信じるもの・・・目に見える肉体の強化というかたちで現れた。

といっても、筋強化がなされているわけではない。
やわらかな少女のラインはそのままだ。
マナによる、見えない 「強化鎧」 を着ていると思ってくれれば良い。
その強化鎧が彼女の身体能力を細胞レベルから強化・増幅する。
本人さえそれと意識することなく。

偶然とはいえ、極めて特異な例である。
僧侶としての修行を積んでいた歪王が、のちに侍に転職して成功し得たのも、かすみのこのマナの使い方を歪王なりに模倣した結果でもある。
もちろん、かすみのように天然でやっているほどにはうまく行かないがそれでも一定の成果はあった。

少し話が逸れたようだ。
かすみの護身術教室の話だった。

教室はかなりの活況を呈している。
当然かもしれない。
教える講師は若く美しいエルフの娘だ。
宝石とうすものだけを纏った扇情的とさえいえる姿で見せるさまざまな型はあまりにも優雅。
それは格闘術・護身術というよりほとんど舞踏――妖精の舞いそのものだ。
あっというまにリルガミンの街の若い娘たちの間で評判になった。
エルフィーアーツは美容と豊胸にいいらしいよ・・・あっと言う間にくちこみで広がった。
入門希望者は引きもきらない。

人気があるのは、若い娘やおかみさんたちにばかりではない。
ひところは教室の窓のまえに男たちが鈴なりになっていた。
下はにきびのできはじめの小僧から上はヨイヨイの爺さんまでが、かすみのゆたかな揺れ弾むおっぱいを拝まんものと窓の前に黒山の人だかりとなって貼り付いていたが、教室の生徒によって、いまでは窓は塞がれてしまった。

最近では男の教室もひらいてくれと、かすみに嘆願状を送るもの、それがダメとなると女装して教室に潜り込もうとする者などが後を絶たない。
かすみはあまり気にしていないが、教室の生徒たちによって袋叩きにされる男も日にひとりふたりはいるらしい。

そんなかすみなので、今ではすっかり街の名士だ。
ダメ亭主に尽くす可憐でおっぱいの大きいエルフの美少女としてすっかり有名だ。

そのかすみが 「この子、飼うです」 と、ボロボロの身なりの浮浪児を、さら夫の前に押し出した。
いい気持ちで飲んでいたさら夫が驚きの目を向ける。

背こそそ小さいが、がっちりとした体躯は見紛うことも無い、ドワーフのものだった。
薄汚れた顔の中、双眸だけがぎらぎらと野犬の輝きをみせている。
実際、野犬も同然の暮らしをしてきたのだろう。
今にも噛みつきそうな表情で挑戦的にさら夫をみつめてくる。
ひとを信用しない目だ。
世界中を敵にまわした者の目だ。
さら夫にも憶えがある。
かすみが哀れを誘われたとしても分からぬでは無い。

とは言え、相手は犬猫やスライムの子とはわけがちがう。
ララ神によって祝福された5つの種族のうちのひとつ、ドワーフである。
それを 「飼う」 だぁ???
穏やかでないことおびただしい。
けれど・・・

またなにか、かすみがマイ論理を展開するんだろうな。

さら夫は呆気にとられながらも、半分期待のこもった目でドワーフ少年のうしろに立つかすみを見やる。
ゴトン。
飲みかけのジョッキが、音を立ててテーブルの上に置かれた。

かすみはいたって真面目な表情だ。
真面目というか、ごく普通に、お願い事モードの表情だ。
「この子、ちびって言うですぅ。ちょっと汚いけど洗えば綺麗に――」
「ちびって呼ぶなっ!! 俺は獣だっつってんだろが、このデカ乳おん――」

パコン!
ガキン!!
ドゴッ!!!
ボッ!!!!

一瞬のことだった。
かすみが言いかけたのへ、ドワーフ少年が言い差し、それを言い切らぬうちにかすみのグーが、さら夫のゲンコが、歪王の足払いが、角角角のハリトが彼を襲ったのだ。
けん1だけはテーブルの反対側でひとりぶつぶつ言いながら目を座らせて飲み続けている。
ここのところ、けん1はずっとこうである。
酔拳を極めるのが先か、肝臓を壊すのか先か、危ぶまれている。
いまのところ、5対0で肝臓を壊すのが先と目されている。

ちなみに、べちょの姿は無い。
彼は最近、ギルガメッシュ亭新館の管理を一手に引き受けていて忙しい。
この新館、べちょのアイデアでル・ケブレスの岩山から引いた温泉が若返りの薬効あらたかと評判で、客が引きもきらない繁盛ぶりだ。
ただ、霊験あらたかすぎて、若返るばかりでなく、気持ちよさに居眠りする者造出くらいはまだしも、時折しびれたり、石化したりする者までいるのがちょっと悩みの種らしい。

「ってーじゃねーか、何すんだよいきなり!!」
獣と名乗ったドワーフ少年が頭を押さえ、片足でぴょんぴょん飛び跳ねながら、軽い火傷を負った顔に涙を浮かべながら喚いた。
「小僧」
立ち上がったさら夫が上からのしかかるようにドワーフ少年の襟首をつかみ、持ち上げる。
身長140センチあるか無いかのドワーフにしてみれば、さら夫は巨人に等しい。
ドワーフ少年の足先が床から浮く。
「くちには気をつけろ。――かすみさん、だ。おかしな呼び方をするんじゃ無い」
さら夫の、静かだがドスのきいた声音だった。
こんな声もだせるのかとまわりは軽い驚きに囚われたが少年にはそんなこと知るすべもない。
一瞬、呑まれた。
息が苦しいのも忘れてカクカクと頷く。

どさっ。
次の瞬間、さら夫の手が離れ、少年はギルガメッシュ亭の床に音を立てて転がった。
かすみがそれに手を差し伸べて立ち上がる手助けをしながら
「ほらぁ、ちびは獣って自分で言ってるですょ。ひとじゃないですぅ。獣なんですぅ。だから飼ってもいいんですっ!」
自分だけの理屈を展開している。
ここでいう 「ひと」 とは種族としての人間を指すものではない。
神と契約した5つの種族すべてを指す言葉である。

なるほど。
かすみの言葉をきいて皆は納得する。
そういう理屈であったのかと。
かすみがこのドワーフ少年を拾ったときのトンチンカンな会話は想像に難くない。

しかし、この少年はどうなのだ?
このドワーフの少年はなぜついてきた?
まさか飼われるためではあるまい。
一同の視線が少年に集中する。
誰もかすみの誤解を解こうとしないのが、コワイと言えばコワイが、無駄な労力に時間を費やす者など誰もいない。
そういうことだ。

少年は、けほけほと咳をしながらもかすみの手を振り払い、テーブルの縁を掴んでわが身を支えると、一同を見返した。
「俺ァただメシを腹一杯食わせてやるつーから、ついてきただけだ。それがいけねーのかよ・・・」
少年の声は怒りに震えている。
さっき一瞬とは言え、呑まれてしまったことが悔しくてならないのだ。
テーブルの上に置かれたカゴに積まれた果物を横目で見遣る。
てっぺんに美味そうなリンゴがある。

「ふん」
ドワーフ少年の頬に不敵な笑みが刻まれる。
次の瞬間!

ぴしっ!

鋭い音が響いた。
「いてっ!」
少年が苦痛の声をあげた。
自らの手の甲を痛みに耐えるかのようにおさえている。

何が起こった!?
その場に居合わせていながら角角角にはわからない。
見ればテーブルの上、山盛りの果物かごとドワーフ少年の間の空間を遮るようにさら夫の右手が差し出され・・・その2本の指だけが、すっと伸びている。
まるで・・・
まるで、しっぺをしたかのように!!
角角角はきょろきょろとふたりを見比べる。

しっぺだ!
――歪王は見ていた。
ドワーフ少年の手が稲妻の速度でテーブルのリンゴに向かって伸ばされた。
何の予備動作も無かった。
正に電光石火。
歪王が反射的に腰の刀へと手を伸ばした程のものだった。
刀は2階の自室だというのに。
それを瞬間失念させる程の、少年の瞠目すべき技であった。
この少年、ただものでは無い――歪王はそう断じた。
だが――!
歪王はさら夫を見る。

そのさら夫が、にやり、凶暴な笑みをドワーフの少年に向けている。
それを見て、歪王の背に冷たい汗が一筋流れる。
やはりこの男、尋常では無い。
今のスピードに反応してのけたとは!
このしっぺ、ただのしっぺでは無い。
歪王は本質を看破していた。
この攻防は驚嘆すべき高速戦闘そのものだった!

そして戦いはまだ始まったばかりだったのだ!

「ちくしょ・・・!」
ドワーフの少年の小さな呟きが漏れたのが戦闘再開の合図だった。
少年の手が再びテーブル上のリンゴに伸ばされる。
ぴしっ!
さら夫の手がそれを防ぐ。
だが今度は1度で終わらない。
少年の手は連続してリンゴを狙う。
ぴししっ!!
さら夫も連続してそれを防ぐ。
ぴしししっ!!!
しっぺが音高く鳴り響く。

ふたりの手先はもはや見えない。
常人には不可能な領域での戦闘がふたりの間に繰り広げられる。
それはおそらく、かの聖騎士クワイガンでさえもが付いていけないであろう、驚異の攻防だった。
さら夫の強烈なしっぺは、とっくに少年の手を赤く腫れ上がらせているであろうに、少年はいっかな止めようとはしない。
それどころか、目にぎらぎらと怒りを滲ませてさらにスピードを上げる。
さら夫も口の端を凶暴な笑みに歪ませて、そのスピードに応え続ける。

無意味だが、お互いの意地をかけた体技と体技のぶつかりあいだ。
その応酬を周囲は息を飲んで見つめるしか無い。
だだそのとき――
ドワーフ少年の頬がぷぅっと膨らんだ。
と見るまもなく、そのくちびるが鋭くすぼめられ――

フシュッ!

何かが飛んだ!!

唾だった。
ドワーフ特有の粘度の高い唾だ。
それがツブテとなって高速でさら夫を襲う!
正確にさら夫の目を狙って!

だが、かわす。
頸をねじり、最小の動きで。
しかしわずかに身体のバランスを崩す。
ごく僅かなものだが、限界領域での攻防には命取りとなる。
ドワーフの少年が勝利の笑みを浮かべる。

少年の左手が文字通り電光となって果物の山、その頂上のリンゴにのびる!
さら夫の右手がそれを追う!

一瞬の差。
一瞬の差で、さら夫の右手の指が少年の左手を払う。
阻止成功!
にやり。
笑ったはずのさら夫の表情が驚愕に歪む。
払い落とした左手の向こうに少年の右手が伸びていた!
右手・・・さら夫から遠いほうの手だ。
しまった!
さら夫は歯噛みする。
フェイントだったのだ。
唾を吐いてさら夫の目を狙ったことも、それをかわすためバランスを崩した隙をついて左手を伸ばしたのも、すべてはここへの布石だった!
もう間に合わない!
少年が不敵な笑みを浮かべる。

そして少年の右手がリンゴを掴んだ―――

いや、掴めなかった。
掴み損なったのではない。
リンゴが消えていた。

今の今まであった筈のリンゴが忽然と消え失せていた。
少年もさら夫も驚きの表情をみせる。

と、そのとき――

シャコッ!

小気味よい音が弾けた。
同時に、ぷんと甘酸っぱく瑞々しい芳香が広がる。
果物の香りだ。
リンゴの香りだった。
驚く皆が振り向く視線のその先は――

かすみだった。
シャクッ。
真珠色の前歯が真っ赤なリンゴを再び鮮やかに囓りとる。
山のてっぺんにあった筈の赤い果実。
少年が狙い、さら夫がそれを阻止した真っ赤なリンゴ。
それを今はかすみの掌中にある。

いつのまに!?

歪王やドワーフの少年はもとより、さら夫でさえも驚きに目を瞠る中、
「ちびはのろまですぅ〜」
かすみは美味しそうにリンゴを頬張る。
「ちびがさら夫さまに適うわけないですぅ。さっさとお風呂に入って身体を綺麗にするです。エサはそれからですぅ」
呆然としたままの少年の手を引くと、新館に繋がる通路のほうへさっさか連れて行ってしまう。
あとに残る甘い香りはリンゴの芳香か、かすみの残香か。

3人・・・さら夫、歪王、角角角の3人は呆然と顔を見合わせる。
「いまの・・・見えた?」
誰ともなく言う。
歪王かもしれない。
「うんにゃ・・・参ったな、こりゃ・・・」
そう答えたのはさら夫だったか。


このとき。
ギルガメッシュ亭の外にひとりの男が佇む。
青白い肌は疲労にやつれ、背の高い痩せた身体はいまにも風に折れそうだ。
だが、その男のまとう雰囲気は闇。
不吉な闇がその男を取り巻いているかのようだ。
やがて男はギルガメッシュ亭の扉を押し開く。
この男の名こそフォンティザン。

さら夫たちの新たな冒険が始まろうとしていた。



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