京都太秦探訪                                           

vol.14. 太秦にあった撮影所


中学校脇にある大映撮影所門標


 太秦が「映画の都」と呼ばれる経緯については、以前にこのページで述べた。
昭和初期に、この地には多くの映画撮影所が建てられたことに起因する。日本活動写真(日活)、東宝映画、松竹キネマ、新興映画、JOスタジオなどである。現存しないものも多くあるが、その中でもJOスタジオは、今の京福蚕ノ社駅の近くに撮影所があったという。JOスタジオ自体は、後に他社と合併し消えてゆくわけであるが、ここから伊丹万作、今井正、市川崑らが育っていったという。

 また現在、京福太秦駅より京福帷子ノ辻駅に至る商店街を「大映通り」と呼んでいる。この一帯はもともと竹藪であったのだが、これも昭和初期に撮影所建設のために切り開かれ、商店が並んだことに起因する。そして大映撮影所は、現在の市立太秦中学校およびその北隣のマンション一帯があるところに存在した。この大映撮影所では「羅生門」などの映画が製作され、これが数々の海外の賞を獲得したことは周知のことである。
 その後の大映撮影所は、映画製作からテレビドラマ制作へと仕事の内容を変更していったりしたが、やがて閉鎖されることとなる。撮影所にあった門標のみが、中学校の片隅に置かれている。

2004,7,20

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