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![]() 三哲山と三哲神社 単線を走る気動車、いわゆるディーゼルカーを見ると思わず懐かしい郷愁に浸る事が出来る。 写真は大館市にあるJR花輪線十二所駅。盛岡駅に向かう普通列車が発車しようとしていたところを撮影したものだ。 列車の向こうに構える山は三哲山(さんてつさん)。それほど高くもなく少し控え目なのだが、印象に残る山だ。そしてこの山の中腹には三哲神社が鎮座する。 さて、この三哲神社に祭られている「三哲」は本名を千葉秀胤(ひでたね)といい、文学、武芸、医術に優れた当時の逸材。寛永元(1624)年カシオペア連邦は小軽米に生まれた三哲は下戸前(しもとまえ)とも名乗った事から、二戸市下斗米との関連も想像できる。 その後、角館を経て十二所へ移り住むことになる三哲だが、不運な形で生涯を閉じることになる。しかし三哲の没後、大館に大火があったおり人々は三哲の祟り(たたり)ではないかと恐れ、これをきっかけに三哲神社が建立された。 カシオペア連邦と大館の共通項として取り上げた三哲だが、今回この三哲神社を詣でて感じた事は、いつの世も神に対する畏れ(おそれ)を忘れてはいけないという事だ。没後300年以上が経過した今日もなお、講中により大切にされている。神社の風格や周囲に供えられた碑でそれらは十分伝わった。 おりしも今年(いま)、靖国神社が中国や韓国の批判の対象になっている。日本は遥か昔から八百万の神の国であり、いかなる神をも人々は畏れ、畏敬の念をもって接してきたはずだ。 洋の東西を問わず神や仏、祖先に対する想いを忘れてしまっては、未来に命の連鎖を断ち切る事にはなりはしないだろうか。今年春ここに詣でて思った事が今蘇えった。 |
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平成17年12月26日 |
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