イラク派遣から二年が過ぎて12月8日に延長が再び決まりました。自衛隊は撤退しないと一言の小泉首相は歴史にどのような結果が刻まれるのかを想像できるのだろうか?

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 イラクの選挙に向けて国連職員の増員100名を希望

 これは共同通信のニュースをNHKラジオ放送で聞いたものと朝日新聞の記事から感じていることです。

 イラクで爆破事件があって国連の主要メンバーが殺されたために現在は30名ほどの職員しか現地にはいません。アメリカは安全な選挙のために100名の国連職員を派遣要請しています。それに対して国連の職員組合?組織は全員の撤退を求めています。アナン氏はその要請に対して30人は守る予定です。さらにアメリカは国連職員はアメリカ軍で守ると言ってきました。国連の職員は必要なようです。

 アナンさんの本音は民主的な選挙が本当に可能なのかということに尽きると思います。

 アメリカ大統領選挙が11月2日が迫ってきました。亡くなったスーパーマン52歳、頚髄損傷高位、のパートナーがケリー氏支持を表明しました。脊髄損傷を直す細胞再生の研究を約束しています。

 強いアメリカのニューヨークにある国連、これからも多国籍企業の時代は続くでしょう。世の中は新自由主義とグロバリゼーションから一人一人の人間の生活をどう守っていくのかの大きな流れと環境問題への取り組みに焦点が当てられると思います。

 大きな話ばかりですが、パートナーとの関係、子どもとの関係、それから努力して自分の考えを明確にしていくことそこからも未来は始まります。


 イラク派遣違法訴訟関係

原告意見陳述書

原告 天木 直人

 

原告の天木直人です。私は昭和43年度外務公務員上級試験を受験、合格し、翌昭和44年4月に京都大学法学部を中退して外務省に入省しました。その後米国オハイオ州のオバリン大学での二年間在外研修を経てアフリカの在ナイジェリア日本国大使館書記官として外交官人生の一歩を始めました。以来東京にあってはアジア局、経済局、経済協力局、中近東・アフリカ局、総理府内閣安全保障室を歴任し、在外公館にあってはジュネーブ日本国政府代表部、サウジアラビア、マレーシア、豪州、カナダ各国の日本国大使館勤務、米国在デトロイト総領事を経て、2001年2月から在レバノン国特命全権大使を拝命しました。

私がレバノンに勤務していた2001年9月11日に米国の同時多発爆破事件が起こりました。米国は直ちに「テロとの戦い」を宣言しアフガニスタンを攻撃しました。時を同じくしてイスラエルのパレスチナへの攻撃が熾烈を極めました。米国の「テロとの戦い」はイラクを次の標的とし、2003年3月20日、米国は世界中が目撃したように、仏、ロシア、中国、ドイツなど多くの国の反対を押し切り、国連安全保障理事会の合意がないままにイラクを先制攻撃しました。

私はレバノンという中東紛争の中心地に勤務して、イスラエルがパレスチナを抑圧する悲惨さを毎日見てきました。その中東紛争の解決が見えない中で、米国がイラクを攻撃すればさらなる犠牲者が中東にもたらされることになる、これはなんとしても避けなければならない、米国にイラク攻撃をさせてはならない、という意見を私は何度も東京に送りました。そもそもニューヨークの同時多発爆破事件こそが米国のイスラエル寄りの中東政策に対するアラブの反感から生じた自爆抵抗であったのです。米国にイラクを攻撃させてはならない。米国がイラクを一方的に攻撃するならば、中東全域に未曾有の反米感情と混乱が起きるという意見がレバノンでは一致した見方でした。私はそれらの現地の声を東京に伝え、日本こそ米国に自制を促すべきであると意見しました。

東京の考え方がまったく聞こえてこない苛立たしい状況の中で、米国の攻撃が日増しに差し迫ってきました。私は現地でCNNやBBCを視聴しながら、夜が明ければ既にイラク攻撃が始まって多くの犠牲者が出ているかもしれないと、毎晩床につくのが怖かった。翌朝すぐテレビのスウィッチをつけて、まだ戦争が始まっていないことを確かめてほっとする、そういう毎日が続きました。その日々は今でも昨日のことのように思い起こされます。罪もないアラブの人々が米国の圧倒的な武力の犠牲になる、そう考えると腹立たしさと悲しさで苦しい毎日が続きました。そんな苦しさに耐えられなくなって、考え抜いた末に「今からでも遅くない」と3月14日(現地時間)意を決し、小泉首相、福田官房長官に直訴する形で、イラク攻撃反対の意見具申を打電したのです。

結果的にはそれから一週間後の3月20日に米国のイラク攻撃が始まりました。おびただしい砲撃の雨がバクダッドに降りました。「衝撃と恐怖の作戦」と呼ばれた米国の攻撃は、その攻撃のすさまじさでイラク人の抵抗する力をなくしてしまうという作戦だと伝えられました。なんという人間性を否定した蛮行でしょう。イラク人をまるで虫けらのように見ている証拠です。後に知ったのですが、この作戦は、原爆を投下して日本人の抵抗心を失わせ日本の占領を成功させた、と言う米国の思い込みにならって、既に早くからイラク攻撃にも同様の「衝撃と恐怖の作戦」を適用しようと練られたというのです。

腹立たしい思いでいた私に、信じられない光景がCNNから飛び込んできました。小泉首相が「米国の攻撃を支持する」と待ち構えていたように宣言したのです。しかもその言葉に続いて「イラクの復興支援に日本は協力したい」と自己宣伝をしたのです。目の前で今まさにイラク人が殺されている。米国の圧倒的に凶暴な、非人道的な軍事力によって。そんな時に日本は復興援助をすると自己宣伝をしているのです。なんという無神経振りでしょう。怒りがこみ上げました。

日本がなすべき事は一日もはやく米軍の攻撃を止めさせることではないのか。小泉首相みずからが欧米に駆けつけ停戦交渉を各国首脳に訴える事ではないのか。そう思って3月24日に二本目の電報を打ちました。小泉外交は間違っている、日本としてとるべき外交は一刻も早く戦争を終結させることである、平和の回復を訴えることであると打電しました。

二本目の電報を打ってまもなくして本省の北島官房長から「外務省を辞めるつもりであのような電報を書いたのか」という電話がありました。この言い方に私は強い怒りを覚えました。「私の方から辞める気は無い。しかし小泉首相が自分の決定に反対する者は辞めさせろというのであれば、覚悟は出来ている」と答えました。

それから一月ほどたって北島官房長から再度電話があり、7月中旬に帰国命令を出す、帰国後は外務省を辞めてもらう事になると引導を渡されました。まもなく竹内次官から「若返りと適材適所を図る外務省の人事改革の為、8月をもって退職してもらいたい。」との趣旨の一枚の書簡が届きました。

8月21日に帰国した私は8月29日(金)付をもって大使を解任され、同時に外務省の職を解かれました。異例の速さの解任でした。9月1日(月)に求めに応じて本省に赴いた私は竹内外務次官から辞令を受け取りました。その時の竹内次官の言葉こそ私が外務省を辞めさせられた理由を見事に物語っています。

「君は組織の枠を踏み外したんだよ。これ以上外務省にいても君が惨めになるだけだ。辞める事は君にとってもよい事なんだ。外務省の外に出て好きな言動をすればいいじゃないか」

私は地下鉄の駅に向かって歩きながら考えました。思えば三十五年前、外交官の夢を抱いて桜の美しい外務省の正門をくぐったのがついこの間のようでした。志半ばでこのような形で外務省を去ることは夢にも思いませんでした。同僚がいまだ活躍していることを思うと悔しさと悲しさを感じないわけにはいきません。しかし私は、米国のイラク攻撃を支持した日本外交が間違いだったと声をあげた事を決して悔やむ事はありませんでした。歴史に長く刻まれるであろうこの間違った戦争に反対の声をあげずして外交官としてとどまる意味はないとの思いでした。そしてそんな私の背中を押してくれたのが米国の中東政策の犠牲になっているアラブの人達の悲しみでした。



米国の対イラク攻撃を許してはならない



 米国の対イラク先制攻撃は、誰が見ても違法、不当な戦争でした。いまでは米国政府部内の要人が相次いで告発を始めています。ポール・オニール前財務長官は、ブッシュ大統領はイラクを攻撃する事を早くから決めていたとジャーナリストに告白しました(「忠誠の代償」日本経済新聞社)。元テロ対策大統領補佐官のリチャード・クラーク氏は、サダム・フセインはテロとは何の関係もなかったとその著書「爆弾証言」(徳間書店)で述べています。多くの関係者が、先制攻撃の根拠となった大量破壊兵器の存在やサダム・フセインとアルカイダの結びつきは確認されていなかったと言い出しています。すなわちパウエル国務長官は国連での自らの発言の不正確さを認めました。ハンス・ブリッグス元国連監視検証査察委員長は、査察を継続していれば大量破壊兵器がなかったことが確認されたであろうとその著書「査察の真実」(DHC)で述べています。米国、英国、豪州の調査委員会は正式に米国の先制攻撃の根拠が確認できなかったと結論をだしました。救われる想いだったのは米、英、豪の多くの外交官や軍人のOBが米国の中東政策を批判して声をあげたことです。

何故米国はイラク攻撃を急いだのか。米国が対イラク攻撃を行った真の理由はイスラエルの安全保障を確保することと、イラクを親米政権の国にしてその石油資源を独占することでした。さらにまたイラク復興ビジネスの経済的利権を独り占めにすることでした。

当時仏、独、ロシアなどの主要国が米国のイラク攻撃に強硬に反対した理由は、米国の単独攻撃が国連による世界の平和と安全保障の確保という国際社会の合意を踏みにじるものであるということでしたが、彼らがより懸念したのは武力によるサダム・フセインの追放が、その後のイラクを混乱に落とし入れ、ひいては中東全体を混乱させることになるという認識からでありました。ですから最後まで査察を継続して平和裏にイラクの武装解除を行おうとしたのです。

残念ながら事態は彼らの懸念通りになりました。米国が戦闘終結を宣言した昨年の4月以降イラク情勢は悪化の一途をたどり、今では米国の後押しを受けたイラク暫定政府軍とイラク抵抗組織との内部戦争が始まりました。米国ジョン・ホプキンス大学のジョエル・アンドリアス助教授は「米国はイラクでの戦争に既に負けている。こんなにも多くのイラクの民衆が抵抗するとは予想できなかった。将来のイラク政権は確実に今より反米になるだろう」と述べています。

取り返しがつかない日本の過ちと自衛隊イラク派遣の違憲性



小泉首相はこのような不当かつ国際法違反の米国の対イラク攻撃を、いかなる根拠に基づいて支持したのか。この点は徹底的に検証されなければなりません。あらゆる情報を考慮し苦吟した上で、「米国がいかに不当な事をしても米国についていくことが国益である」と結論を出したのであればそれも一つの考えです。しかしその場合それを国民の前に明確に説明して国民の了解を取るべきでしょう。そのような苦渋の考慮なく、「米国を支持するのはあたりまえだ」という単純な思い込みで米国の不当なイラク攻撃を支持したのであればそれは許しがたい失政です。いずれにしてもこの時の政府の決定については必ず検証されねばならないと思います。

「外交は、何があっても戦争を回避し、平和を保つ為にある」と私は信じています。小泉外交がこのような考えに立っていれば米国のイラク攻撃を支持する事はなかったはずです。さらに又もし東京が現地からの情報に謙虚に耳を傾け、日本の中東外交を真面目に考えていたならば、米国の対イラク攻撃を支持できるはずは無かった。しかし東京から聞こえてくる声は「米国の機嫌を損ねるわけには行かない。米国を支持するほかに選択の余地は無い」という思い込みでした。

そのような考えの小泉首相は昨年7月イラク特措法を成立させました。そしてそれに基づいて12月9日に重装備をした自衛隊をイラクに派遣する閣議決定を行いました。小泉首相は繰り返して国会で答弁しています。自衛隊を派遣するのは日米同盟と国際協調に二つの理由からだと。しかしこれほど嘘の言葉はありません。世界のどの国が日本がイラクへ自衛隊を派遣する事を望んでいたというのか。米国に付き合って派兵した国も当初の三十数カ国から今では三十カ国に減り今後も撤退する国が増えています。

しかも小泉首相は、暫定政権成立後のイラクにおいても引き続き多国籍軍の名の下に自衛隊を派遣することをブッシュ大統領へあっさりと約束した。政府内の合意も国民に対する説明もないままに真っ先にブッシュ大統領に約束した小泉首相は、議院内閣制のこの国の政治システムを無視し国民を侮ったのです。

自衛隊のイラクへの派遣は専守防衛を謳ったわが国の平和憲法の重大かつ明白な違反であります。政府はその活動を「人道援助に限定し、派遣先も非戦闘地域に限定するから憲法の範囲内である」と強弁していますが、その主張が正当性を持たないことは今や明瞭であります。すなわち自衛隊の派遣先であるサマワ市はもとより、自衛隊の宿営地にまで連日のように砲弾が撃ち込まれるようになりました。サマワは誰が見ても戦闘地域なのです。従って自衛隊のイラク派遣は単に憲法違反であるのみならずイラク特措法違反でもあるのです。いやしくも日本が法治国家であるというのなら、この明白かつ重大な違憲、違法状態を正し、即刻自衛隊をサマワから引き揚げなければなりません。

さらに、自衛隊はイラクと戦闘を続ける米軍への後方支援をイラク特措法に基づいて行っています。これは明らかに「米軍の対イラク攻撃に加担するもの」であり集団的自衛権を認めない平和憲法に反するものです。日本政府がいくら自衛隊の行動が人道援助であると説明しようとも、そして米軍の後方支援にその活動を限定していると強調しようとも、イラク人から見れば侵略、占領国である米国に加担していることに変わりはありません。自衛隊のイラク派遣は日本をイラク侵略戦争の協力者にする事によって、日本をイラクの敵国、戦闘国に追い遣り、日本人をイラク人の抵抗組織の憎悪の対象にしてしまったのです。



 自衛隊派遣で失ったアラブ人の日本に対する信頼



 レバノン人は親日的です。このレバノン人の友好の支えがあったからこそ私はレバノン大使という任務をまっとうできたと思っています。親日の情はレバノンにとどまりません。すべてのアラブの国において彼らの日本に対する尊敬と親愛の気持ちは非常に強いものがあります。アラブに駐在するわが国の大使が等しく感じていたことです。イラクにおける親日感もきわめて強いものがあったはずです。

アラブの人達が親日的である理由は、中東にあふれる日本製品の優秀さや勤勉な日本人の評判などによるものですが、やはり一番大きな理由は、戦後の荒廃から立ち直り世界で二番目の経済大国になったことに対する評価です。そして米国から原爆まで落とされ破壊された苦しみに対する同情心です。自分たちと同じく米国に破壊された日本が見事に立ち直って経済大国になった事をわがことのように誇らしく思うのです。

 しかし、小泉首相がブッシュ大統領を支持した事により、アラブ人はいたく傷つきました。裏切られた思いを募らせました。在レバノン大使として私はかつて経験をしたことのないレバノン人の反日的言動に打ちのめされました。その一つは大使館宛に非難の手紙や電話が寄せられたことです。もう一つはそれまで付き合ってきたレバノンの人達が私に対して態度を硬化させたことです。驚いたのは普段は政治的な話題を口にしない女性たちまでもが私の家内に対して何故日本の首相はあそこまでブッシュの肩を持つのか、アラブが嫌いなのかと言った事を聞かされたことです。さすがにこれはショックでした。


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