民主党群馬県連の現在 3 路線対立?
マスコミの中には、民主党群馬県連の混乱を旧社会党系と保守系の「路線対立」、つまり何か政策理念的なものが背景にあると捉えているものがあるが、的外れだ。どういうことか、以下に群馬5区を例にとって説明する。
群馬5区は民主党にとって、とくに厳しい選挙区であり、平成12、15年の二回とも公認候補を擁立できず、社民党公認候補に相乗りする形でお茶を濁して来た。しかし、17年総選挙の前年の秋に、党本部の慫慂もあって、公募合格者の田島國彦氏が敢然と名乗りを上げた。他にこの選挙区を希望した者はいなかった。
他に候補者がおらず、鳩山氏はじめ本部関係者が強く推していたにもかかわらず、県連での公認決定は遅々として進まなかった。この年の春になってようやく、黒沢県連幹事長立会いのもとで、5区総支部役員が田島氏を面接した。参加者は、柴山5区総支部代表、高橋幹事長(会計責任者)、斉藤副代表(同代理)、それに清村会計監査の四名だった。
しかし、5区の役員たちは田島氏の公認に最後まで反対した。黒沢幹事長も「彼の公認は絶対にありえない」と記者たちに断言し、不審に思った記者に理由を聞かれると、「彼は保守系だから」と語って憚らなかった。
では、なぜ保守系ではいけないのか、なぜ旧社会党系でないと群馬5区公認候補にふさわしくない、と彼らは考えたのか。
衆議院解散後、党本部の強い意向で田島氏の公認が決まり、あわせて5区総支部長に就任した。公認が決まるや、田島氏に対して、高橋5区幹事長や富岡参議院議員(掲示責任者に就任)秘書の佐瀬氏から、公認料全額(一千万円)を自分たちに渡せ、と再三にわたって要求された。彼がこれに応じないと、ついには旧社会党系総帥の角田参議院議員が登場し、恫喝をともなう執拗な要求を続けた。しかし田島氏は、角田氏らの要求を峻拒した。
なぜなら、田島氏は、「彼ら」の不明朗な選挙資金配布の実態を知悉しており、それが法令違反であるばかりでなく、そうしたバラマキがほとんど集票効果を持たないことも経験的に知っていた。さらには、前年の参議院選挙の際、5区内での乱脈なカネ遣いが目立ち、その資金の出所について捜査当局の関心を呼んだ経過があった。
そして、その資金の出所が、実は県連からの交付金によるものだったことが、富岡議員の元秘書の告発をうけた柿沼3区総支部長の調査によって明らかになっていたのである。
これがその後に続く一連の不正経理事件の発端であり、以下のような経緯だった。
平成16年参議院選挙(富岡候補)に際して、県連から5区総支部に合計200万円が交付され、柴山5区総支部長がこれを受け取って領収証も出していた。ところが同年の県連及び5区総支部の収支報告書には、この収支が記載されず、裏金として処理された。
17年11月にこの事実が表沙汰になるや、5区総支部の旧役員と黒沢幹事長は口をそろえて「県連事務局長の過失によるもの」と言い逃れた。しかし18年1月の事務局長自殺後、県連女性事務局員が「黒沢幹事長の指示で行った」と証言したことで、これが意図的な「虚偽記載」だったことが明らかとなった。
200万円もの巨額の収支(5区総支部収支の55%)が、支出側(県連)と受領側(5区総支部)の双方で記載されないというような事態は、双方の責任者に「虚偽記載を行う」という共謀の意思がなければ、絶対に実行不可能なことである。これは政治資金の実務に携わったことのある人にはすぐ分かることだ。
後日の田島総支部長らの調査で、5区総支部には会計帳簿もなく、会計監査も実施されていないことが明らかになった。監査が行われていれば、帳簿がないなどいうことはありえず、また巨額の虚偽記載が実行されることもなかったはずだ。ではなぜ、公党の総支部でこのようなドンブリ勘定が罷り通り、会計監査も行われないで済まされてきたのか。
5区の清村会計監査は旧総評系労組役員で現職の連合群馬事務局長だった。高橋会計責任者も、斉藤代理者も、県連側の黒沢幹事長も、旧総評系労組役員であり、旧社会党員だった。彼らの過剰な仲間意識が癒着につながり、県連と総支部、また総支部内の経理実務者と監査責任者の間で、全くチェック機能が働かない異常体質に陥っていたのである。
要するに、民主党群馬5区総支部(柴山代表ら)内部、および総支部と県連(黒沢幹事長)との間で、何年にも亘って不正経理が構造化していたのである。
裏金化した200万円の使途については、この一件をスクープした毎日新聞の記者に対して、5区の役員らが「ガソリン代として配った」と明言した取材記録が残されており、言い訳できない。要するに旧社会党以来の運動員に、領収書なしの「渡し切り費」としてバラ撒いたことが、彼ら自身の口から明らかとなったのである。30年前の選挙感覚であり、呆れ果てたことだ。
田島氏が総支部長になるまでは、5区総支部の党員は22名しかなく、そのうち5名が県連常任幹事を兼ねているという奇怪でお粗末な状況が続いていた。彼らは時々県連の会議に来て弁当を食べていく以外に、党勢拡大の行動は何もしてこなかった。だから結党から10年もたつのに、小選挙区に独自候補も立てられない有様だった。そのわずかな役員たちが、選挙のたびごとに県連からカネをもらい、自分たちに都合のいいように使っていた。
こういう「散金構造」を維持するには、自立性のある「保守系」公認候補など出てくれないほうが都合がいい、という発想になる。5区総支部の腐敗は、こうして起るべくして起こったのである。
田島氏の公認つまり5区総支部長就任に、黒沢県連幹事長や5区の役員たちが執拗に反対したのは、「保守系」の総支部長が誕生することによって、長年続いてきた不明朗な政治資金の集配慣習が暴かれ、法的政治的責任を問われかねないことを恐れたからだと、当時から取沙汰されていた。その後の経緯からみて、これは事実だったのであろう。
構造化していた政治資金の不正な散金システムに正面から挑戦した田島氏の選挙スタイルは、その構造を維持し続けようとする角田氏を頂点とする旧社会党系勢力との激しい軋轢を生んだが、同様の事態は、程度の差はあれ、1区でも2区でも3区でも4区でも起っており、その対立は選挙後も継続した。
これは、いわゆる路線対立ではない。政党の内部対立というと、社会民主主義か自由主義か、といった政策理念の対立が背景にあるように受け取られがちだが、民主党県連内の対立の本質は、そんな高尚な話ではない。
昔からの政治資金の「散金構造」を維持しようとする旧勢力と、それを否定して改革を目指す新勢力の対立であり、政策路線以前の新旧の「体質」の相違という他ない。だから、社会民主主義者として著名な高橋1区総支部長も、私たちと行動を共にしたのである。
昨年12月末に発表された不正経理問題調査報告書には、「政治資金についての安易な処理を容認する体質」が「連綿として県連内に存在してきた」と自己批判する文言がある。これは党本部の意向によって書き入れられたもので、従来の一部の県連役員の麻痺した「金銭感覚」への厳しい批判が込められている。私たちは、こうした古い体質を克服すべく、問題提起をしてきただけなのだ。
5区総支部は、年末の不正経理報告書の発表とともに解散が決定した。
群馬5区で短期間に飛躍的な党勢拡大を実現し、また内部改革を推進してきた田島総支部長が、出身地の太田市に戻り県議選に出馬することになったからだ。厳しい管理者がいなくなったのを幸い、またぞろ古い体質の人たちが復権してくるのを未然に防ぐための措置だった。
しかし、私としては、もう少しの間、彼に睨みを利かせていてほしかったというのが本音だ。
(平成18年8月29日 記)