政党政治と「司法部」の暴走

〈H21/3/16UP!〉

  検察は「認証官の府」?   

 近代日本政治史は「官僚」権力に対する「政党」権力の、拡大と挫折の過程と見ることも出来る。多元的な統治体制である明治憲法下においては、衆議院に多数を占める政党が内閣を組織したとしても、軍部、貴族院、枢密院、司法部などが、独自の統治理念を掲げて政党内閣を牽制した。

 戦前において政党権力の拡大の前に立ちふさがった諸機関は、昭和憲法の施行とともに過去のものとなった。しかし、必ずしもそうとは言い切れない。たとえば、強すぎる参議院権限などは貴族院の残滓ということもできる。中でも、変わらないは戦前の司法部の権限を引き継いだ検察制度である。

 最近よく学生に質問を受ける。法務事務次官と検事総長とはどちらがえらいのか、と。答えは明瞭であり、検事総長のほうが偉い。何故なら、総長は認証官だが、次官は認証官ではない。法務省には、大臣、副大臣の他に、検事総長、次長検事、各高等検察庁検事長と十人もの認証官がいる。検察はあたかも「認証官の府」の観を呈している。

 認証官とは、憲法第七条五項に基づく天皇の国事行為として「国務大臣及びその他の官吏の任免ならびに全権委任状及び大使公使の信任状を認証すること」との規定による。戦前の親任官に相当する役職がこれに当たる。具体的に言うと、検察関係以外では、国務大臣、宮内庁長官、侍従長、会計検査官、人事院人事官、公正取引委員会委員長、大使、公使、最高裁判事、高等裁判所長官、それに近年副大臣制度が導入されたため、副大臣と内閣官房副長官が追加された。

 少し前までは、官僚機構内部に認証官をもっと増やせと言う議論さえあった。自衛隊の中には各幕僚長を認証官にしろという意見もある。しかしそれは時代錯誤というものだろう。 

 大使公使は憲法に明記されているし、国家元首の信任状を不可欠とする外交慣例からして、ここでは問題にしない。宮中にかかわる役職も問題はないだろう。会計検査官は憲法に規定されている役職だが、国会の承認を経て就任する。人事官、公取委員長も国会の承認人事だ。国会が「国権の最高機関」とされる以上当然のことだ。また国務大臣、副大臣は議院内閣制の建前から国会に責任を負う存在である。

 問題は、検察と裁判所にこんなに認証官が多いのはどうしてなのか、だ。これは戦前の司法部の名残りと言う他ない。それでも最高裁判事は国民審査を通じて国民の信任を得ていると言うことはできる。しかし高裁長官まで認証官にする必要はないだろう。

 もっと不可解なのは、検事総長以下の検察幹部の位置付けだ。巨大な権限を有しながら、国民審査を受けるわけでもなく、国会の承認を受けるでもなく、主権者たる国民との接点、形式的な信任とも無縁だ。こういう役人は検察幹部しかいない。旧親任官の名残りがこれほど濃厚に残っている行政機関はない。要するに検事総長以下の検察制度は、国民とのかかわりという点では、戦前の「天皇の官吏」のままなのである。

  政党政治と「司法部」の暴走

 法律上は法務大臣に検事総長に対する指揮権が認められているが、これが使われたのは歴史上一度だけ、造船疑獄で吉田茂内閣が佐藤栄作幹事長の逮捕を阻止したときだけである。これで佐藤は政治生命を救われたが、吉田内閣はマスコミのふくろだたきにあって、やがて退陣した。それ以来、検察への内閣の指揮権は有名無実化している。

 こういう、内閣からも国会からも掣肘を受けない「超然主義」的検察制度をとっている国は先進民主主義国家にほとんどない。多くの国では司法長官が検事総長を兼ねていたり、司法大臣の監督下におかれている。アメリカでは地方検査官は選挙で選ばれ、連邦検察官には上院の承認がいる。

 権力の民主主義的正統性が薄弱な超然主義的な検察官僚に、社会正義の最後の判定者の地位を許している日本の現状は誠に奇異なものだ。議会制民主主義の原則から言えば、全ての政府機関は国会つまり政党政治の監督下におかれるべきである。検事総長を法務大臣の兼任とし、国会に責任を負う存在にしたほうがよい。少なくとも、認証官とされる検察幹部は全て国会承認を前提とすべきだろう。

 そんなことをすると、検察が政権政党の手先に使われたり、政党の権力闘争に巻き込まれるのではないか、と心配するかもしれない。しかし、先進国ではそういう例はほとんどないのである。それにいくらすぐれた検察制度があったとしても、政治腐敗をなくすことはできない。政治腐敗の克服は政党間の健全な競争と相互監督、政党内部の規律強化によって達成すべき問題であり、一時的に目に余る問題があっても、検察に頼って改善しようなどとは考えない方がよい。だから私は、群馬県連幹事長による不正経理発覚の際も、刑事告発に反対し、内部改革路線を推進したのである。

 だいたい同時代では政局に大きな影響を与えた政治腐敗事件というのも、少し後になると、何であんなに大騒ぎしたのか分からなくなってしまう例が多い。政治家の歴史的評価にもほとんど反映しない。金権を指弾された原敬、造船疑獄の指揮権発動で轟々たる批判に曝された吉田茂、それにあれほどあからさまな収賄事件を起した田中角栄でさえ、今では大宰相の名をほしいままにしている。細川総理がなぜ政権を投げ出したのか覚えている人などほとんどいない。

 政治腐敗が問題なのは,それが政党不信を呼び起こし、政党政治を危機に陥れるからだ。ファッショは政治腐敗を温床として成長する。政党政治家が自戒しなければならないのはそのためた。

 戦前、司法部は軍部と共に政党の前に立ちはだかる大きな壁であった。平沼騏一郎らを中心とする司法部勢力は、政党政治家の汚職摘発を通じて政界に大きな影響を及ぼしていった。彼らの狭小な正義感によって、国民の間に「汚れた政党政治家」「清潔な軍部・官僚」というイメージがつくり上げられていった。政党政治の崩壊の要因には、軍部による統帥権の暴走もあったが、司法部による検察権の暴走も寄与していたのである。

 五・一五事件で犬養内閣が倒れた後、平沼は後継首班たらんとの野心を持っていたが、元老西園寺公望は平沼を退けて、穏健な海軍軍人斉藤実を首相に選んだ。昭和天皇も西園寺に「ファッショに近きものは不可なり」と指示した。これを恨んだ平沼らは帝人事件という政界汚職事件をでっち上げて、斉藤内閣を倒した。「検察ファッショ」という言葉はこの時生まれた。それからまもなく起きた二・二六事件によって、政党政治は息の根を止められ、大東亜戦争への坂道を転げ落ちていった。

 と、これは政党政治信奉者である私の解釈だ。他方、A級戦犯とされた平沼は日本の敗北の要因について、全く別の解釈をしている。「日本がこうなった責任の大半は西園寺公にある。彼の優柔不断が財閥を跋扈させ、政党の暴走を生んだ。これを矯正しようとした勢力は、皆退けられた」と。これは一つの歴史解釈の問題であり、どちらを是とするかは、価値観の相違による。ファッショよりは腐敗の方がまし、というのが私の長年変わらぬ立場である。

  小沢氏秘書逮捕劇の政治史的本質

 今回の政治資金規正法違反容疑での小沢民主党代表の第一秘書逮捕は、戦前の帝人事件にも匹敵する「司法部の暴走」と言わなければならない。代謝能力のある二大統治政党による新しい政治システムを確立し、官僚支配に変わる政党支配を実現するという大目標を推進してきた立場からすれば、これほどの政治干渉はない。鳩山由紀夫氏が「国策捜査」の疑いを指摘したのも無理からぬことだ。 

 犯罪の事実がある以上捜査をするのは当然、というのが検察の主張だ。しかし、今の政界には、この程度の政治資金規正法上の違背行為なら幾らでもある。実力政治家(の事務所)による公共事業での口聞きも日常的なことだ。それらのうち、「どの政治家の」「どの行為を」「どの時点で」、犯罪事実と認定し、捜査の対象とするのかは全て検察の裁量に委ねられている。
 「首相候補である野党第一党党首の」「形式的な規正法違反を」「総選挙を目睫に控えた今」、なぜ捜査の対象としたのか。事実関係から判断して、政権交代への危機感、あるいは小沢首班政権への恐怖感がその動機であったと、後世の政治史家は断ずることであろう。

 しかし、現在の日本の検察制度からすれば、ひとたび捜査に着手した以上、この秘書を起訴し有罪にするのは簡単なことだ。さらに規正法上の監督責任によって小沢氏を書類送検するぐらいのことも可能だろう。無理をすれば斡旋利得や贈収賄事件に仕立て上げることも出来るかもしれない。

 そうなれば、小沢氏の代表辞任という局面がやってこないとはいえない。それを喜ぶものは誰なのか。現場の検察官の意識はどうあれ、それが今回の暴走劇の政治史的本質というべきものであろう。

 民主党はすでに昨年、捜査当局が忌避する「取調べの可視化法案」を参議院で可決させて(衆院で廃案)、検察改革の第一歩を踏み出している。内閣法制局(これも昔の枢密院のような権限を持つ非政党的機関だが)の廃止を主張する小沢氏のことだから、超然主義的な検察制度の改革も当然腹の中にあるに違いない。これらは官僚支配の根幹を形作る太政官政府の遺物であり、これを取り除こうという小沢氏の豪腕に期待する者は、彼の蹉跌を大いに危惧している。逆にその豪腕を恐れる者たちは彼の退場を心待ちにしているのだ。

 今回の小沢氏秘書逮捕事件への、国民の意外な冷静さの背景もそのあたりにあるのだろう。

(平成21年3月13日 中島政希 記)



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