セマスチャン(Semastian)| 【主な活動実績】 | |
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| 1984年〜 | 神戸のライブハウス「シティ・ライツ」でカントリーミュージックと運命的に出会う。時同じくして、カントリーシンガー福原照晃率いるバンドの生演奏に感銘を受け、以来カントリーミュージックに完璧にのめり込むことになる。お店に入り浸り、店を任されるようになったころ、「セカンドマスター」の語呂をもじって「セマスチャン」の愛称で呼ばれるようになる。 弾き語りで夜な夜な人前で新しいレパートリーを歌う日々が続き、同世代の仲間と「Wet Hips」というバンドを組み、シティ・ライツで定例ライブも行った。 |
| 1989年 | 大学卒業後、IT関連企業に入社。サラリーマンをする傍らライブ活動を精力的に続ける。 |
| 1993年〜 | カントリーバンド「ケンワース」のリーダー・ボーカルとして、月例ライヴおよび、神戸カントリー・グラフィティなどのコンサートに出演。新旧問わず、カントリーミュージックのカバーに積極的に取り組む。 |
| 2000年12月 | 関西のプロミュージシャンと共に、ウエスタン・スウィング系のバンド「ハイ・ロンサム」を結成し、西宮の「フォート・ワース」にて月例ライヴに出演。リーダー・ボーカルを担当。この頃からプロ志向が強くなり、夢と現実の綱引きが始まる。 |
| 2002年09月 | 神戸・北野のライブ・ハウス「T2楽屋」において、カントリーのライブイベントを島田和夫,中川みつお等と共に企画・実施。満場の来場者と盛り上がった。 |
| 2003年03月 | 大正区「アゼリア大正ホール」にて、カントリーのコンサート「Spring Concert 2003」を実施。大矢貞男、赤木一孝、五十川博史、山口玉三郎と共演。ゲストには福原照晃を迎えた。目標以下の集客率に苦渋を飲む。しかし、この頃に脱サラを密かに決意していた。 |
| 2003年06月 | 梅田のライブハウス「フェニックス・バード」にて月例ソロライブを開始。 バーボン好きの集まる老舗に夜な夜な集まる常連客に支えられ、以来ずっと続いている。 |
| 2003年07月 | 脱サラと同時に、音楽事務所「セマミュージック」を設立。音楽一筋の宣言をする。 |
| 2003年08月 | 茨木市に、音楽スタジオ兼事務所「アイディア」を設立。 |
| 2003年09月 | ラジオ関西(谷五郎のOH!ハッピーモーニング)、KBS京都(k-town house)に生出演。 |
| 2003年09月 | 六甲アイランド「神戸ファッション美術館オルビスホール」にて、イベンターとしての初仕事『第1回アメリカン・ルーツ・ミュージック・コンサート』を主催。島田和夫、五十川博史、山口玉三郎、古橋一晃、吉富はるか、と共演。ゲストには、中川イサト、ジャパニーズ・ブルーグラス・バンドを迎え、弦楽ストリングスのアレンジを大矢貞男、総合司会を三井雅弘に依頼した。目標の60%程度の来場者の暖かい声援に励まされる。 |
| 2003年10月 | ファースト・アルバム「ラブ・ラブ・ブルース」をインディーズレーベル「Sema Music」よりリリース。 発売後約2ヶ月で、約300枚をセールス。 |
| 2003年10月 | FM-CO・CO・LO(Beyond the Border)で、ファーストアルバムよりカントリーのカバー曲「Waiting for a train」がオン・エアーされる。 |
| 2003年10月 | 協業ミュージシャンの協力を得て、「アイディア」にて、音楽レッスンの運営を開始。 |
| 2003年11月 | 大阪のジャズライブパブの老舗「ニューサントリー5」に山口玉三郎と出演。 |
| 2004年08月 | 「茨木ローズWAMホール」にてアイディア一周年記念コンサートを実施。 クラシックが専門の音楽教室の講師に交じってカントリーやオリジナルを演奏する。 |
| 2005年09月 | 二周年記念企画「日曜3時の音楽会」をアイディア内にて開始。 アイディア関係者の交流の場として、毎週継続的に出演者を募り実施している。 |
| 2005年09月 | 「西宮/フォートワース」にて月例ライブを開始。 |
| 2005年10月 | 「週刊ダイヤモンド特大号(平成17年10月8日発行)」の転→展→天職のコラムに「町に愛されるカントリーミュージシャン」として取り上げられる。 |
| 2006年01月 | 自営する音楽教室のレッスンコース数が25種類、生徒数が100名を突破。 |