観音堂
仙台三十三観音11番札所「小萩観音」
今から10年程前に建てられたログハウスのお堂です。
中にはこのページのサブタイトルにもなっている小萩観音や大日如来、水子地蔵などをおまつりしています。
女児を守った小萩の観音様、水子地蔵をまつっているため、人形やおもちゃ、お菓子などをお供えしていく参拝客が多いようです。
札所11番の十一面観世音菩薩は「小萩観音」と呼ばれています。
その由来は、1189(文治5)年源頼朝の平泉征伐のとき、和泉三郎忠衡の女児5歳を家来石塚民部守時、同妻小萩が守って、加美郡清水寺の弟観円のもとに身を寄せて出家しました。その小萩の念持仏が行基菩薩作の十一面観音でした。
1205(元久2)年に主従共に仙台福沢に移り、女児・守時の死後、現在の東照宮近くにお堂を建て、念持仏の観音様を安置して、その冥福を祈ったそうです。
そのお堂は東照宮建立の際、そばにあった天神社と共に、別当寺として今の榴ヶ岡に移され、萩徳山仏生寺と称しました。
明治維新後廃寺になり、観音様は商家の所有になりました。それを仙岳院15世亮湛僧正が遺憾に思い、買収して仙岳院にまつった観音様です。
そのお姿は、長い間の風雪に耐えたためか傷みも激しく、顔は既に摩耗して往時の面影を見る事は出来ません。小萩の念持仏だったことにちなみ、世に「小萩観音」といいます。