
瑠璃殿正面に掲げてある仙岳院15世亮湛僧正の筆
薬師如来の浄土を瑠璃光浄土といいます。それにちなんで、薬師如来を御本尊とするこの宝物館を瑠璃殿とよびます。昭和58年に建てられたお堂です。
薬師如来の他、真浄殿にまつられていた阿弥陀如来、五大明王、孔雀明王、烏枢渋摩明王等々たくさんの仏像も瑠璃殿内にまつられています。
軸物は浄土曼荼羅、涅槃曼荼羅、一心十界図、金剛界曼荼羅、胎蔵界曼荼羅、狩野探幽筆の維摩居士及び出山の釈迦、木村了琢筆の不動明王、聖観音、文殊菩薩、普賢菩薩、及び徳川家康公や七仏薬師、5代藩主吉村公念持仏の愛染明王、橋本雅邦筆の慈母観音、その他仏画は多数。書には徳川家康公、伊達政宗公、沢庵和尚、藩主の書、北白川能久親王、吉村公の東照宮縁起、融通念仏由来記、中林悟竹や蕉門十哲の宝井其角など名士の書多数。
その他の什物としては天海版大般若経六百巻などの経典類、切込焼の大壷、水差、猪口、皿、平戸焼の茶碗、藩主接待の膳部一式、瀬戸物、漆器類多数を収蔵しています。
御本尊の薬師如来は、東照宮の本地仏(徳川家康公は薬師如来が仮にこの世にお姿を現されたという信仰に基づく仏様)として東照宮本殿左脇に建てられていた薬師堂にまつられていたもので、明治維新の神仏分離令によって東照宮から仙岳院に移されおまつりされています。1654(承応3)年、本堂の御本尊と同じく京仏師法眼幸和の手になるもので、平成9年市の重要文化財となっています。また日光・月光両傍侍菩薩像、薬師十二神将も幸和の作です。
昭和52年の宮城県沖地震の際、留守をしていた現住職が慌ててお寺に戻り、このお薬師様の前に立ち、壊れた様子もなくたたずむ姿にほっとした住職が手を差し伸べたとたんに、まるで住職を待っていたかのように、グラッと崩れるように懐に倒れてきたという逸話もあります。