「無酸素登頂 8000m 14座への挑戦」
「スーパークライマー小西浩文の愛と墓標」を読んで
著者の長尾三郎は、登山家ではないが、様々なノンフィクションを著している。山の関係では、植村直己を描いた『マッキンリーに死す』や加藤保男を描いた『エベレストに死す』、小西政継を描いた『激しすぎる夢』など数多い。対象はすべてスーパークライマーであり、何らかの原因で遭難死した男たちである。
しかし、この作品は、「スーパークライマー小西浩文の愛と墓標」とサブタイトルにあるように、まだ8000m峰14座の完登を無酸素で目指す途中にある登山家、小西浩文の評伝である。小西浩文は、1962年生まれ、大阪北陽高校を卒業し、20歳で初登頂したシシャ・パンマを皮切りに、ブロード・ピーク、ガッシャブルムT・U峰、チョー・オユー、ダウラギリT峰、ガッシャブルム1峰の6座を無酸素登頂している。これは日本人では最多登頂記録であり、文字通り現在の日本で最強の登山家かもしれない。
8000m峰14座すべてを無酸素で登頂した人は、「超人」といわれる有名なラインホルト・メスナーのほかには二人しかいないという。
我々、市井の山屋からは8000m峰はほど遠い存在である。しかも「無酸素」にこだわる。いまのところ、小西浩文は、自分の山行を本に著していないし、講演なども聴いたことがないので、どんな人か知らない。
著者は、いまなお「未知への挑戦」を続ける小西をなぜ描いたのか。それは、「きわめてチベット密教の影響を受けている、日本人では珍しいタイプの登山家」だからという。私自身も、ダライ・ラマに象徴されるチベット仏教には関心はあるが、いまは何の知識もない。数年前、ネパールに行ったとき、山とは関係なく、ネパールの人々には「宗教が生きている」と強く感じたものである。私たちの生活では考えられなかった。
小西浩文は、他のスーパークライマーと同様、何度も雪崩に遭い、死に直面している。ロブサンという親友シェルパを雪崩で亡くしたが、小西は生きることができた。むしろロブサンは身代わりになった。ネパールでは、神のことを「デオダ」とよぶらしいが、小西は「デオダが強い=守護神に守られている」という。
幼稚園の先生と結婚した小西の家庭生活は長くは続かなかった。子供にも恵まれたが、彼は家庭を捨て、山を選んだ。その間、エベレストに何度も失敗した。しかし、心の隙間を埋めてくれたのは、女性ジャーナリストであった。二度目の結婚には慎重だった小西は、「俺の棲んでいる世界を見せたい」と、彼女をネパールへ連れて行った。彼女は、「ここがあなたの世界なのね」と感激した。しかし、人生とは皮肉なもので、正式に再婚した妻は、クモ膜下出血のため38歳で亡くなった。
「神に選ばれた」小西浩文は、まだ自分に残された8000m峰に「無酸素」でめざす。完登が出来るのか、それはいつのことか・・・・
平凡・陳腐な表現をあえてすれば、この書は、違った意味で「愛とロマン」を私に教えてくれた。