「・・・・・許して欲しかった。」
「・・・・・もう、いいさ。」
「・・・・我侭すぎてたゎ・・・私・・・・」
「だから、もういいって。・・・・俺たちは終わるんだから。」
神崎千歳と結城学は、地下街のショットバーで向かい合って座っていた。
久しぶりの学の眼差しに千歳は言いようのない淋しさがこみ上げていた。
学は、ジンライムを一口飲むと、これ以上ない優しい笑みを浮かべて千歳に囁いた。
「・・・・・・千歳君・・・気にすることはない。僕は、大丈夫だ。」
「!」
神崎学のそんな言葉がとても痛かった。
もう名前を呼び捨てでは呼んでくれはしない。
千歳は必死に涙を堪えながら氷の解けたシェリーを両手で包んでいる。
「恐いの・・・・貴方が居なくなることが・・・・」
「・・・いまさら・・・・そういう言い方はよしたほうがいい。」
昨夜、神崎からの電話で千歳は途方に暮れていた。
今日会うのを最後に僕たちは終わろう。と言った学の言葉で千歳は夢から覚めた。
学の優しい性格に甘えすぎていた自分に気づくのが遅かった。
好きで好きでしょうがないのに、愛が終わるという事実を受けとめることが出来ない。
自分の気持ちをいつも素直に学にぶつけてさえいれば・・・・
千歳は、沸騰しそうなほど心を煮やしていた。
「2年前だったかな・・・・君と会ったのは。」
「・・・・・ぇぇ・・・」
「初対面は、このショットバーだった・・・」
千歳は、学の言葉にハッとした。
愛終という事実が、記憶を麻痺させていたからだ。
「・・・そ・・・そうだったわね。」
「・・・・・」
学は、煙草に火をつけた。
「・・・・学さん・・・・」
「・・・いつから愛し合うようになったのかな・・・僕たちは・・・・」
「!・・・・ゎ・・・私は・・・・」
「正直に言おう。」
「・・・え?」
「君が、他の男性と歩いているのを何度も見た・・・・」
「・・・・・・・・・・ぅ・・・ぁ・・・・・・」
「先週も・・・先々週も・・・・・そしていつも違う男性だった。」
「・・・・あ・・・・あれは・・・・」
「最初は、単にただの友達だろうと思っていた。・・・・だけど仕事帰りの深夜に
腕を組みながらホテルに入っていけば、・・・・どういうことかと想像はつくさ。
僕は、それほどお人よしではない。そして鈍感でもない・・・・わかるだろう?」
千歳は、僅かに身体を震わせて学の話を聞いていた。
「一人の男では満足できない・・・・そうだったのか?」
「ち・・・違う・・・・私は・・・・」
「複数の男性を見比べていたのか?・・・・・どの男が一番いいかって。」
「・・・ち・・・違うの・・・・私・・・私は・・・・」
学は、吸っていた煙草を灰皿に消すと感情を表に出さずに立ち上がった。
「いいさ言わなくても・・・・・一時でも僕は幸せだった。
君と一緒に居るときは、いつも楽しくて仕方がなかった。」
「・・・・・・」
「それだけでも君に礼を言うよ。・・・・恋愛は自由だ。
だが、僕は、・・・・そんな女性とは付き合いたくはない。」
遂に千歳の瞳から涙が溢れ出した。
「さようなら・・・・君は君で幸せになってくれ。僕も僕なりに頑張る。」
学は、そう言ってレシートを持つとレジに向かい支払いを済ませた。
全く身動きが取れない千歳・・・・
身を焦がすほどの過ち・・・・
学の優しさを勘違いしていた愚かさ・・・・
学が別れようとかかってきた昨夜のうちに、千歳は自分を呪った。
後悔などという言葉ではあらわせない過ち・・・・・
両親には結婚したい相手が居ると伝えてあった。
神崎学だ。
正式に僕からプロポーズをさせてくれと言った学の優しい瞳が浮かんでは消えていく。
職場の同僚にも学のことは話していた。
友人らも喜んでくれた。
幸せの絶頂感故の隙が千歳の心と身体を麻痺させた。
(千歳・・・結婚したら遊べないわよ。)
(そうよね。)
(千歳は美人だし、ショックを受けてる男性社員も多いみたいよ。)
(ウフフッ・・・そうかしら・・・)
(今のうちに遊んでおいたら?・・・・一人の男性だけなんてつまらないわよ。)
憂う気分を彷彿させるような友人らの言葉に千歳も自然と行動が伴ってしまった。
だが、神のお仕置きともいえる最悪な結果が招いた事実・・・
千歳は、悲しみと後悔のどん底に陥っていた。
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千歳は、全身に倦怠感を感じながら駅に向かって歩いていた。
人ごみが、無造作に自分を包んでいく。
千歳は、知らず知らずのうちに商業ビルの屋上にあるビアガーデンに足を運んでいた。
テーブルの上には、大ジョッキが置かれた。
虚ろな目で、それを半分ほど喉に流し込んでいく。
「・・・ぅ・・・・・・・」
ビールの刺激がやけに強く感じる・・・・
その時、酔った隣の若い二人組みの男性が千歳に声を掛けた。
「ね、君・・・俺たちと一緒に飲まない?」
千歳は、つまらなさそうに男性たちを見て呟いた。
「それより、私を抱かない?」
「・・・ぇ・・・な・・・」
男性らは、千歳の言葉に眉を顰めた。
「抱きたいんでしょ?・・・私を・・・いいわよ。」
男性らは、そんな言葉を吐く千歳を煙たそうに見つめた。
「どうするのよ・・・抱くの・・抱かないのっ!」
「い・・・いや失礼・・・・」
男性らは、そういうと席を立って離れていってしまった。
「フンッ・・・どいつここいつも、私を馬鹿にして・・・・バッカヤロォー!」
千歳の怒鳴り声に周りの客が注目する。
冷笑する者、物珍しそうに見つめる者、
しかし誰一人として千歳と視線を合わそうとしない・
(・・・ゥ・・・ゥゥゥ・・・・・)
千歳は、重たい身体を持ち上げながら立ち上がった。
フラフラと反対側の方に歩いていく。
千歳は、屋上のフェンスに両手を付きながら駅裏のビルを眺めた。
美しく輝くネオンラッシュ・・・・
道を行き交う人間たち・・・・
街は、活気に溢れ昼間の喧騒が嘘のように流れている。
(・・・・カモフラージュよ・・・・何もかも・・・・私も・・・)
右頬に月明かりを浴びて幻想的な表情を作り上げている千歳・・・・
何気に半分ほど欠けた月を千歳は眺めた。
「・・・・月になりたい・・・・・・月に・・・・」
無造作にフェンスをよじ登る千歳・・・・
ずっと月を見つめたまま千年は、なにやら口ずさんでいた。
涙が止まらない。
胸が苦しくて苦しくて堪らない。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。
そんな気持ちが千歳の理性と常識をもろくも崩していった。
「お・・・おい、君っ、何やってるんだ、そんなところで!」
千歳に気がついた男性店員が驚いた表情で近づいてきた。
振り向く千歳・・・・
「こ・・・来ないで・・・邪魔しないでぇっ!」
「な・・・何言ってるんだっ!・・・危ないじゃないか!」
「・・・・・・」
「・・お、おい・・・こっちに戻れ・・・」
「・・・・いいじゃない・・・別に・・・」
「め・・・迷惑なんだよ。」
男性店員は、千歳を刺激しないように静かに近づいてくる。
「来ないで・・・・月を・・・月を見てるだけなんだから・・・・・」
「つ・・・月・・・」
「そう、月よ・・・私は・・・月になるの。」
「馬鹿馬鹿しい・・・早くこっちに戻れっ!」
そういって男性店員が足を動かした瞬間・・・・
「今行くわ・・・お月さん・・・」
そう言うと握っていたフェンスから千歳の手が離れた。
「うわあぁぁぁーっ!」
急いでフェンスに駆け寄る店員・・・・
恐る恐る下を眺めると、青ざめた顔でその場に尻餅をついた。
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地面に叩きつけられた千歳を青ざめた人々が取り囲んでいた。
悲鳴を上げる者、口を押さえてしゃがみこむ者。
誰かがすぐさま通報したのだろう。
パトカーと救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。
年老いた一人の老紳士が、横たわった千歳の顔に着ていたジャケットを覆い被せた。
そんな千歳を青白い月が妖しく照らしていた。
数分後、千歳は警察官の付き添いのもと、救急車に収容された。
ざわめいていた周りの人々の足が動き始める。
いつもと変わらぬ長い夜が街を包んでいく・・・・・
流れていく人生・・・
止まってしまった人生・・・・
しかし、無常にも時は流れていく・・・
欠けた月が、寂しげに都会の町を照らし出していた・・・・・・・・