俳句を備忘録のかわりに 2003年



月をクリックしてみてください。

〔1月〕 〔2月〕 〔3月〕 〔4月〕 〔5月〕 〔6月〕
〔7月〕 〔8月〕 〔9月〕 〔10月〕 〔11月〕 〔12月〕

去年から俳句で日記をつけはじめ、一年たった。大上段に構えなくても、平凡な毎日に少しアクセントをつける技術が俳句かな、と、やっているうちに思った。文化というものは、それがなくなるとすぐ命にかかわるわけではないが、そこが、生きる場所になるのかも知れない。スポーツ、お料理、絵画、お化粧、服飾みなしかり。だからと言って別に高踏、凡俗の別があるわけでもないと考えた方がよさそうだ。

うまく俳句になっていないかも知れませんが、許してください。

【2003年1月】

1月1日(水)
元旦や人の気(け)消えし露地を行く
威儀正しどの子幾らとお年玉

1月2日(木)
来る猫の常と変わらぬ二日かな

1月3日(金)
子と孫の波にかまけて三日かな
 人間6人と膨大な量の荷物を車に積んで、波が引くように帰って行った。

1月4日(土)
定年間近になったと友の賀状かな

1月5日(日)
何もせぬ至福の時や初日影

1月6日(月)
オリオンの戦(いくさ)の闇に冴えしこと
 夜ノートを買いに出た。オリオンは変わらないが、闇がなくなって、遠くを見る人が少なくなった。

1月7日(火)
槌音にひび割るる空寒波来
 お向かいでは大工仕事が続く。

1月8日(水)
冬日追ひ篆刻(てんこく)の座を動かしつ
 篆刻は妻の宿題

1月9日(木)
松過ぎてホームページも模様替え

1月10日(金)
宇宙論詩にいと似たり冬銀河
 今年初めての三島エスペラント会の読書会。図書館で「日経サイエンス」1月号を借りた。

1月11日(土)
よく見れば蟻の目ほどの冬芽かな
 望月さんからいただいたゆすら梅の苗木が心配なのである。

1月12日(日)
くるまれば夢の春野や羽根布団

1月13日(月)
一人欠けて言葉にはせず初碁会
 シュミットさんはいい人だった。

1月14日(火)
一走り眠る箱根へ物買いに
 義妹の子の結婚の記念に贈る寄木細工を、芦ノ湖畔の店まで買いにいってきた。

1月15日(水)
昼食はスイートポテト冬ぬくし
ポニー飼う夢何やらむ枯れ木立

1月16日(木)
寄鍋や波音繁き町思う
青松の近くて遠き虎落笛(もがりぶえ)
 沼津の千本松原で過ごした少年時代。松原まで遠くはないが...

1月17日(金)
冬帽子ペダルを踏みて例会日
 金曜例会に自転車で出掛けた。

1月18日(土)
窓より遣りぬ動き出したる冬の蝿

1月19日(日)
寒の雨車の息の獣めき

1月20日(月)
大寒や南の国のテキを食う
 オージービフテキを充分食べた。

1月21日(火)
寒日和洗濯日和庭十坪

1月22日(水)
凍蝶や去来する顔百二百

1月23日(木)
迷い猫人の目持てり寒の雨

1月24日(金)
早梅(そうばい)や開く動きの中に居て

1月25日(土)
うまし国十重や二十重と寒の峰
 近くの丘にのぼったら、どちらを見ても山また山。日本アルプスもくっきりと見える。その真中に湖のような駿河湾が。

1月26日(日)
炭の火も知らぬ子の世ぞページ繰る

1月27日(月)
キー打てば時雨るるばかりガラス窓

1月28日(火)
矢のごとく飛び去る時や室(むろ)の花

1月29日(水)
空っ風山の向うに雪の国

1月30日(木)
深々(しんしん)と雨に点るや水仙花
年越えてよくぞ耐えたり実千両

1月31日(金)
鈍行の旅捨てがたし冬麗(ふゆうらら)

【2003年2月】

2月1日(土)
下萌や安心権に人集い
 講演(早稲田大学の喜多明人教授)と学習の集いがあって、三島市民文化会館まで行って来た。ひとつひとつ納得のいく話だったし、参加者も熱心だった。「子供の権利条約」について知った。

2月2日(日)
旧正月布団カバーを購いぬ
 ただの日記です

2月3日(月)
節分や本能に鬼が住んでいる
 人間とチンパンジーの遺伝子は98%が共通だというのだが、あとの2%のなかにあるのは、どんな遺伝子なんだろう。
 スペースシャトルが事故を起こした。


2月4日(火)
模様替目覚めし向きに春立ちぬ
 部屋の模様替えをしたら、ベッドの向きが逆になった。今日は立春

2月5日(水)
疑問符がすきっと解けて春隣
 パソコンのことで何年も疑問に思っていたことがあったのです。

2月6日(木)
つかの間の影カーテンに冬の鳥
童謡で来る灯油売りヒュルルンルーン
 冬が時々戻ってくるのである

2月7日(金)
合格とはずんだ声やシクラメン
 あかねが第一志望の高校に合格。ホームページで見るとなかなか個性的な高校のようだ。

2月8日(土)
日輪の色に実りぬ夏蜜柑

2月9日(日)
委員会で軽き荷を受け二月かな
 エスペラント館の運営委員会、前のように重い荷はないが、気にかかることはある。

2月10日(月)
いつ咲くと足を重ねて今日の梅
 山の妙法華寺は鎌倉時代からの閑静な寺。梅の写真をたくさん撮ってきた。

2月11日(火)
凛然と朝臣(あそん)の塚や梅真白
白梅や訪う人まれな寺にして
 寺の近くには、源朝臣○○○○としるされた墓石がいくつもきちんと並んで立っています。

2月12日(水)
おおよそはいらぬものなり春の泥

2月13日(木)
紅梅の艶にすぎたり山の寺

2月14日(金)
人並みにヴァレンタインを食べてみる
 大分前の贈り物のチョコレートを見つけ出して食べた。ヴァレンタインとチョコレートをたすと11文字、俳句には不向きなテーマだが、生活実感からいくとないのはおかしい。

2月15日(土)
傷みたる筆みな捨てぬ兼好忌

2月16日(日)
春雷や千万を越すデモの波
 アメリカのイラク攻撃に反対するデモの参加者は、世界各地の合計が10,000,000を優に越えたとニュースが伝えた。

2月17日(月)
わけもなく食べたくなりぬ桜餅
 突然妻が桜餅をたべたくなったと言い出し、買いに行った。

2月18日(火)
人は記憶で生きるものなり春の星
 今 "The seven sins of memory" (Daniel Schacter) という本を読みなおしている。読者のことをよく考えて、楽しく、しかも準備周到な本である。翻訳すると、ある言葉を発したとき、著者が微笑んでいたのか、顔を張り詰めていたのか...というようなことを知る手がかりが消えてしまうのだと思う。この本など、訳したら、味もそっけもない学術的な著書に見えるかもしれない。

2月19日(水)
春憂や机に積もる紙の山
春の胡瓜一本だけを買いにけり

2月20日(木)
机上の時計に秒針はなし春隣

2月21日(金)
時移り友老けてなほ変わらざり
 高教祖OBばかりの後援会の発会式に、昔の同僚があつまった。生きてこんないい人間たちに会えたことは幸せだったと思う。飾らず、つっけんどんで、陽気で、自分なりのことをちゃんとやってしまう人たち。

2月22日(土)
知らぬ間に大地を濡らす春しぐれ

2月23日(日)
小松菜の由来聞きつつ早夕餉

2月24日(月)
春霙花舗戸を立ててひっそりと

2月25日(火)
早春の新らしき路帰りけり
 自転車で床屋へ。近所なのに今まで通ったことがない路がまだあった。

2月26日(水)
海風に挑みいどみて春の鳥
 千本浜へ行って来た。風が強いなかを、からす、とび、かもめ、はとなどが群れ飛んでいた。
繚乱の花より早くよきたより
 いち早く第一志望の高校の合格もきまったあかねは、お祝いにケイタイ電話を買ってもらったそうだ。

2月27日(木)
ぬくぬくと亀居眠るや神の池
 三島大社の池の亀はずいぶん増えた。

2月28日(金)
日本語教師の苦労話や二月尽
春の宵オールディーズに浮かびおり

【2003年3月】

3月1日(土)
春一番まだ倒れないやじろべえ
 人間とは実に不思議な存在だ。

3月2日(日)
芽吹かんと力みなぎる細さかな
今日は晴大河のごとく春迫る

3月3日(月)
老夫婦日差を入れて雛の客

3月4日(火)
海胆(うに)食えば舌に残りし海の香(こう)
遠ざかりまたにじり来る猫の恋

3月5日(水)
注ぎおきし珈琲忘れ日永かな

3月6日(木)
パンジーの黄に初蝶も眩しがり
 これ川柳かな。ま、いいか。
パンジーを灯して仰ぐ曇り空

3月7日(金)
棚掃除おのれの春を見つけ出し
 だんだん川柳っぽくなってきたみたい。本人は真面目です。

3月8日(土)
笹鳴きや窓辺まで来て一休み
 笹鳴きって冬の季語なんですってね。ま、いいか。

3月9日(日)
新聞のパズルで暮らす日永かな
 Daily Yomiuriのクロスワードパズルは、以前は出来なかったが、インターネットのお陰でとけるようになった。Nebraska Cityと言えば、リンゴとか、固有名詞も多い。流行作家の名前などは、最初のカギになる。記憶の中の単語は、ボクの財産だから、maintenanceが必要。TOP (on the tip of tongue)が多くなった。

3月10日(月)
道普請ひょいと目が行く春の峰
 運転手には、視線の方向を選ぶ自由がない。信号も渋滞も天恵。

3月11日(火)
雨晴れてしずく留める木瓜(ぼけ)の花

3月12日(水)
果てしなき反復春の草芽吹く
紅貝に似て尚もろし木瓜(ぼけ)の花

3月13日(木)
咲かぬのに桜の木末桜色

3月14日(金)
水仙の蕾はかたし若々し
 あかねが来た。背がすらっと高くなっていた。昨日中学の卒業式がすんだばかり。

3月15日(土)
レストランへ家族総出や迎春花
 あかねのためにBronco Billy(ステーキ店)へ行く。“若さ”は、食欲旺盛。

3月16日(日)
春雷や過去遥かなる雲間より
 子供のころ、米軍が千本浜に上陸する夢を何度も見た。話に聞いた津波の印象とまぜこぜになって襲ってきたものだ。また戦争か。メールで戦争反対の抗議文や署名を重ねたが...
 一日中時化(しけ)て薄暗かった。


3月17日(月)
春暖炉ニュースは怖きことばかり

3月18日(火)
ゲームならぬ戦争ぞまた凍て返る
 「48時間たったら戦争を始めるぞ」とブッシュが言う。

3月19日(水)
疲れやすくなりぬと言へり初桜
 玲子は一日中郷の公民館で味噌作り。遺伝研の通用門の前の桜一本は、毎年梅と競って開く。

3月20日(木)
精密をきわめつあらき戦かな
 アメリカがイラク攻撃開始、日本政府はこともあろうにそれに支持を表明。

きな臭き春塵に生(あ)る人一人
 Andrew 君から「3月18日、戦争をはじめようとする世界にやってきました。」と赤ちゃんの写真がメールで送られて来た。Andrew 君は若いカナダ人。

3月21日(金)
君子欄さあ春だよと水やりぬ
 11月から屋内に入れ一滴も水をやらないでおくと、いっぱい花を咲かせてくれる不思議な植物、君子欄。今日は思う存分水をかけてやった。

3月22日(土)
八ツの里に一人住む人春の雪
 森田さんの家を訪問。「もし世界が...」の編者の池田香代子さんが「ソフィーの世界」の訳者だということも聞いた。雪催いのお天気だった。

3月23日(日)
目覚むれば春光到る木々の末
 館の3階で目覚めた。

3月24日(月)
残雪の森へ行くみち館のみち
 ボクの句には、単独でとりだしたらなんだかわからなくても、日記として必要な句も、写真の説明として意味がやっとわかる句もありますよね。上のは、写真をとりながら考えました。

3月25日(火)
殺戮に苛立つばかり雨の春

3月26日(水)
好きだった土筆はとらず母の墓
点描画展 館をめぐりて光る風
 県立美術館は、いつきてもひろびろとして立派。「70歳以上無料」がまたよい。

3月27日(木)
いっせいにあそこの桜ここの桃

3月28日(金)
草陰に黙して遅き水仙花
 人間にも遅咲きがありますよね。

3月29日(土)
キー打てば山越えてくる春の雷

3月30日(日)
春宵をつんざき明(あか)し救急院
 明け方、帰省中の奈穂が急に腹痛、しかしたいしたことはなかった。

3月31日(月)
弥生尽およそ咲くもの咲きそろひ
  我が家の庭に咲く春咲く花は、花桃、雪柳、水仙、パンジー、ヴィオラ、山吹、木瓜...


【2003年4月】

4月1日(火)
四月馬鹿ニュースカメラは欺かず
 イラク戦争、しっかり見ていれば見えるもの。

4月2日(水)
快く仕事ができたあさり汁
  年をとると「仕事」といってもノルマがないので、感覚的な言葉になる。

4月3日(木)
年古りて桜かすみとなりにけり
 遺伝研の桜のいいところは、どれも古木であるということ。

4月4日(金)
雨音の途絶えて春の闇厚し
 八ヶ岳エスペラント館で。

4月5日(土)
茫茫と光る処女地や雪の果
 目覚めたら銀世界。積雪20センチ。

4月6日(日)
梢縫う朝の日耐えて春の雪
 あさ館をあとにする。三島は春まっさかり。
雪洞(ぼんぼり)のいざなう奥へ花の路

4月7日(月)
夜の散歩桜並木の果てるまで

4月8日(火)
小綬鶏(こじゅけい)の目覚ましに慣れ草の庵

4月9日(水)
大も小もみなずっしりと夏みかん
 庭の夏みかん、今年は、四十数個とれた。

4月10日(木)
隣室のドア閉じる音春の宵

4月11日(金)
土を出て動くものあり木の芽どき
 去年ケースに入れておいたカブトムシが、まだ生きていたのである。

4月12日(土)
春憂や力の誇示は人の性
 今日は風邪気味。アメリカのイラクでの振る舞いの苦々しさを思い続ける。人類の歴史は、ことごとく、力と権力に憧れる人間のむなしの歴史である。そういう自分も人間なのだから、やりきれない。

4月13日(日)
大工してニスの香うれし啄木忌

4月14日(月)
会う人がみんなごまめに見えてくる(川柳)
 「ごまめのはぎしり」の「ごまめ」です。
 このままでは、アメリカは、数年後にまた戦争をするでしょう。ウラニウム廃材だのミサイルだのの在庫は増える一方。それを、日本が言い値で買い取ってくれるのですから、やめられません。
 去年の秋、アメリカのTIME誌に「アメリカを支持する国、しない国」を示す世界地図がのっていて、日本はすでに「確実に支持する国」になっていました。
 きのうの夜、沼津の中田孝幸さんが落選したのを、インターネットで見ていて、ぼくも ごまめ になりました。  ごまめは、「イラク戦後復興への拠出不支持」の署名をメールで送りました。


4月15日(火)
純白の春のジャンパー購いぬ

4月16日(水)
よき客に踏まるるためと春の芝
 今日は翠が来た。

4月17日(木)
山越えて門(かど)の先まで木の芽風
 パサデナタウンを越えて帰ってきた。

4月18日(金)
亀鳴くや税の通知書やって来る

4月19日(土)
雑草てふ名の草はなし草青む

4月20日(日)
墓山を背負いておそき郷(さと)の春
 信越線で「ながとり」というところをとおりながら。
佳き日とて越後の海は光る風
佐渡かくす霞やゆかし披露宴
岬より船出の春や蕩蕩と
 石田さんの智子ちゃん(玲子の妹の子)の結婚式が柏崎の岬館で行われた。三方海で眼下に港があり、素晴らしい景色。式もなかなかよかった。即興でこの3句を作り差し上げた。

4月21日(月)
佐渡見えず海は荒海春はやて
 蒼海ホテルで目覚めた。林に囲まれ日本海を見下ろす、閑静な宿。
モモンガの住みつく家や黄水仙
たらの芽や年構えたる神の森
 石田さんの家に招かれた。ご主人が子供のころ遊んだという鎮守の森が窓の真向かいに。家の屋根裏にモモンガが長年住み着いているそうだ。

4月22日(火)
雪国のぜんまい舌にとろけけり

4月23日(水)
蓮華草昔のままの雨けぶり
 清水町の歯医者の近くに、蓮華草を植え付けた美しい田んぼが三枚ほど。窒素分を球根バクテリアからもらうなんて、エコロジーの面から見てもなんて素敵なんだろうと思った。玲子の誕生日。

4月24日(木)
訃報聞く 時の刻みを聞くように
 平堀の杉崎健次さんが亡くなった。玲子は一歳のころからここにあずけられていたのだそうだ。

4月25日(金)
卯の月の夜半のあらしは泣くごとし

4月26日(土)
幾重にもまぶた重ねて薔薇の夢
だれの夢でもなき夢や薔薇の夢
 ボクはリルケが好きで、若い頃も読んだし、その後、ドイツ語でも読んだ。去年の春の薔薇の苗木が蕾をつけた。
 玲子は葬式で早朝出発、津川へ。


4月27日(日)
春の灯や選挙結果をこわごわと
 夜中にパソコンで、選挙結果を覗くのが恐ろしかった。結果はまあまあ。

4月28日(月)
連休の予定は庭の草むしり
 ゴールデンウイーク中は、どこにも出ないのがかしこい。

4月29日(火)
緑の日むせぶばかりの緑かな

4月30日(水)
行く春や薔薇の新芽は飴色に


【2003年5月】

5月1日(木)
残照にふっと聞こゆるメーデー歌
 「命の残照」です。

5月2日(金)
絡む性(さが)矯めずに活けよ花あけび
万緑に歯医者通いの歯をみがき

5月3日(土)
若葉風また来たくなる庭にせむ
 少し庭をいじってみた。つたも整ったし、芝も生え揃ったし、4日には息子一家が来るそうだ。
人去りて葉桜並木森となる

5月4日(日)
まっすぐな孫の背丈や茗荷竹
 息子一家がやってきた。会うたびに大きくなっている。裏口の茗荷竹がちょうど顔を出し始めた。

5月5日(月)
いのち生(あ)れ八人分の柏餅
 15歳以下の子供の人数がまた減ったそうだ。すくなくともその点では息子の家族は人類に貢献している。お昼頃一家はヴァンに乗って帰った。

5月6日(火)
茄子トマトしっかり植えて「夏よ来い」

5月7日(水)
美人画展消え行くものの愛しかり
 玲子と佐野美術館へ寺島紫明展を見に行ってきた。

5月8日(木)
五月雨の窓を閉ずれば静かなり
五月雨や安全圏で物思ひ

5月9日(金)
例会はかわせみのこと青葉風
 三島エスペラント会の例会は毎週金曜日。いま三島市を紹介するパンフレットをエスペラントで作っている。かわせみは市鳥。しかし、樂寿園の池に水がなくては、かわせみは来ない。

5月10日(土)
車止めて山郷で聞く蛙かな
 大泉村の村営温泉からの帰り道。古い日本が残っている道。

5月11日(日)
宅配の来た母の日の母の声
 八ヶ岳から電話したら、奈穂からブーゲンビリアと靴が送られて来たとのこと。嬉しそうだった。

5月12日(月)
芍薬やや膨らみ増しぬ留守の間に

5月13日(火)
芍薬花綿菓子ほどの重さかな

5月14日(水)
青嵐素朴な卓子作りたし
 急に日曜大工がしたくなった。

5月15日(木)
夢にわが若きを見れば明易し

5月16日(金)
芍薬のほぐれぬままに雨一夜
 雨で花の命は終り。

5月17日(土)
歴史知らぬ人ばかりなり茄子の花
 人間の業(ごう) ― 動物的本能というか ― について思うことが多くなった。歴史教育を敵視して来た戦後の日本の支配者よ!

5月18日(日)
蚊柱や客の大きな笑い声
 調子がわるいパソコンを持って翠が来た。サーバに問題があるという結論になった。

5月19日(月)
もくもくと梧葉や天を隠しける

5月20日(火)
足とめて薔薇の色いろ褒め合いぬ
百満ボルト店の庭にめずらしい薔薇があった。一本の木にクリームからオレンジまで変化に富んだ色の花をつけていた。 

5月21日(水)
薔薇園の時計はパリの時をさし
薔薇の園(その)窓から風が紙とばす
 河津のバガテル薔薇園は同じ名前のパリの薔薇園とそっくりに作られていて規模も大きい。入口の時計もパリの時間になっている。

5月22日(木)
研ぎあげし木肌艶やか青嵐
 サンドペーパーかけて、よいサイドテーブルが出来た。

5月23日(金)
雉鳩の声果てもなしバルコニ―
 以前キジバトがひなを猫に取られて、叫ぶようにつがいを呼んでいた。

5月24日(土)
朝曇り竹の根動く土の中
 前の畑の草刈りに来たので、たのんでみたら、使用許可がおりた。早速掘り返して花と野菜をほんの少し植えてみた。

5月25日(日)
意味もなき不安よぎりぬ鳳仙花
 鳳仙花はたくましい。ごつごつした石ころの間から、毎年顔を出してくる。

5月26日(月)
一つだけ声もあげずに百合の花
 ボクも口をつぐんでいたくなることが多い。根本に問題があるのがわかりきっていながら、小手先の議論ばかりが多く、それが「現実的」ということになるのか。

5月27日(火)
五月雨やレタスも紫蘇も顔を上げ

5月28日(水)
鉋屑散らすでないぞ青葉風

5月29日(木)
嬉々として水しぶくなり花の芽に
 朝、ホースで水をやったのですが。

5月30日(金)
夏鴨や岩かと見えて孤独なる

5月31日(土)
木の霊(たま)のひしめき動く五月闇
声交わし人を頼りに五月闇
 JEGA(日本エスペランチスト囲碁協会)に参加するために八ヶ岳エスペラント館へ。ふきはらで夕食を済ませたら、道は真っ暗になっていた。人類の歴史の大部分では闇が生活の一部だったはず。闇を懐かしむ気持がボクにはある。

【2003年6月】

6月1日(日)
少しだけライフスタイル衣替え
 社会から大目に見てもらって、自分勝手な生活をしていると、外へ出たとき、ふと意識させられることがある。

6月2日(月)
郭公カッコこちらも一人真似てみる

6月3日(火)
田植え水満々と八ッ映しおり

6月4日(水)
樹の鳥もひと時黙す走り梅雨

6月5日(木)
洗濯物窓辺に下げぬ梅雨催い

6月6日(金)
しんみりとどこか懐かし木下闇

6月7日(土)
戦争画集風に揺蕩(たゆと)う赤き薔薇
 テレビで戦争画にまつわる特集があった。思いは複雑。一輪だけ赤いバラが花開いた。

6月8日(日)
ノムヒョン氏の誠実さよし雲の峰
 来日中の韓国大統領が市民の質問に答えた。

6月9日(月)
さきがけに風がもてくる梅雨の香(こう)

6月10日(火)
時の日は為すこともなく暮れにけり
 人間年をとると、なかなか生産的な仕事にめぐまれない。なんと贅沢な、と見る向きもあるだろうが、日曜大工や家庭菜園で、採算のとれないものを作って、無理に自己満足している次第。

6月11日(水)
娘(こ)も戻り青紫蘇香る夕餉かな
 車の調子がよくないので買い換えることにした。細々とやっている。

6月12日(木)
梔子(くちなし)や開かんとして天を指し
 クチナシのつぼみは先端をまっすぐ上に向け林立する。

6月13日(金)
古りぬれば富士より高し夏つばき
 夏つばき(ヒメシャラ)の苗は、この家を建てた直後、今は亡き人から譲り受けた。

6月14日(土)
青梅雨(あおづゆ)や猫も昼寝の場所みつけ

6月15日(日)
古りしものを二十重(はたえ)に覆い蔦茂る
 時が過去をかくしても、過去がなくなったわけではない。

6月16日(月)
嫩葉(わくらば)の地にも届かず藪の上
 「わくらば」というのは、秋も来ないのに茶色くなって落ちる葉のことだそうです。

6月17日(火)
十薬や娘(こ)は新しき職に行き
 奈穂は、エッセンスベールというところでアロマテラピーをやるのだと、東京へ帰って行った。十薬(どくだみ)は「不安」の匂いを放つ。

6月18日(水)
大梅雨の中に人ありキーを打つ

6月19日(木)
車替えそれができごと蚊の声す

6月20日(金)
新しき車の匂い梅雨晴間
 買った車はコルサで、ガソリン車であることを除くと、寸法等まえのものとほとんど同じ。いままでの車がそうとうわるくなっていたことをあらためて実感した。

6月21日(土)
句数ほど日の消えゆけり茄子の花
 「エスペラント館のあゆみ」を打ち込みながら、忘れてしまったことの多さに驚く。俳句日記だけが残る。

6月22日(日)
宇宙満たすダークマターや夏至の夜
 日経サイエンスを読む。ダークマター(暗黒物質)が宇宙を満たしていることは、ほとんど確定的になってきた。星や宇宙の塵、ブラックホールなどの重量などすべてを寄せ合わせても、重力理論から計算した全物質の重さの一割くらにしかならないのだそうだ。ニュートリノに重量があることがわかったが、これでも足りない。第一ブラックマターは、高速で動き回るものでは説明できない。

6月23日(月)
雪ノ下箱根の尾根は雨の中
夏コスモス蕾多きを選びけり
 コスモスの苗を選んでいたら、どこかの女の人が、「丈が低くて蕾がおおいのがいいのよ。長くたのしめるから」というので、その通りにした。

6月24日(火)
深海のしじまとなりぬ梅雨の森

6月25日(水)
水の音か嵐の音か山法師
 「うすたろす」という森の中の店で蕎麦を食べた。庭に湧き水が流れ、「俳句の花」が全部揃っていそうな庭だった。山法師という木は黒い粉を落とすので、下草が黒くなるなど、聞いた。

6月26日(木)
持てるだけ紫蘇の葉買いぬ山の道

6月27日(金)
のび放題の家のトマトぞ捨て難し
 エスペラント館から戻って見ると...

6月28日(土)
四十年目の顔それぞれや走馬灯
 沼工建築科の昭和38年卒業のクラスの同窓会に招かれた。

6月30日(日)
涼風に薄目して猫屋根の上

遠き過去透かして見たし水羊羹
 40年前の生徒のプレゼントは水羊羹。

【2003年7月】

7月1日(火)
危なげな少年の我夏の海

漬物とコーヒー匂う我が家夏

7月2日(水)
青葉風小綬鶏人を恐れざり
 北箱根山線という人があまり来ない道を走ってみた

7月3日(木)
花蓮(はなはちす)泥より生(あ)りて真白なる
 静岡へ墓掃除に。お寺に白蓮があった。古い火鉢があるので、来年植えてみたい。帰りに県立美術館で「マヤ展」を見た。

7月4日(金)
草も蚊も命みなぎる雨あがり
 エスペラント会はコンピューター室の日。昨夜は風雨。午後草取りをした。

7月5日(土)
よく肥えた土のあかしよ太みみず
庭いじり洩れるショパンの涼しさよ
 お隣のピアノは、なかなか聞かせる。

7月6日(日)
見慣れない篆刻もある星祭
 今日女房に篆刻で「公明」を作ってもらった。

7月7日(月)
今日もあすも会える夫婦の星祭
短冊に「ことなく」と書く星祭

7月8日(火)
星落ちて条痕しばし留まりぬ
 山田洋さんが亡くなったそうだ。本人の希望で、葬式も香典もなし。

7月9日(水)
俄か百姓ようやく1個トマトかな

7月10日(木)
梅雨じめりパソコンの糸手繰りかね
 もらい受けた中古パソコンの調教中。暇つぶしとしては、漢クロを上回る。

7月11日(金)
植えかえた茄子が気になる梅雨晴間

7月12日(土)
棲み古りて庭の梧葉のたのもしく

7月13日(日)
みどり雨小鳥の巣箱作りけり
 我が家のリーフォームには手が届かないので、小鳥の巣箱をつくってみた。今年は梅雨が長引きそう。

7月14日(月)
宅急便庭のトマトも入れてやり
よく言えば悠悠自適トマトもぐ
 あて先は「奈穂」。(これって川柳かな、俳句かな)トマトを四つとり、一つ試食、三つ送ったわけです。
 このごろWittgensteinという本(英語、Anthony Kenny著)を、興味本位でゆっくり読んでいます。


7月15日(火)
ミナヅキの挿し木芽を吹く緑雨
 エスペラント館から取ってきたミナヅキの小枝です。HPでしらべたら、ミナヅキは「ノリウツギ」の改良種だとか。

7月16日(水)
被爆の日母校の跡の蝉の殻
 沼津の空襲は16日の深夜からだった。この日、沼津市立文化センター(もと沼中)で、沼津空襲のスライドと「チョムスキー9.11」の上映会があった。Noam Chomskyのほとばしるような、説得力のある弁舌。早口だが、とても聞き取りやすい英語だった。

7月17日(木)
「生成」を地で行く言葉噴きあがり
 昨日買ってきた「チョムスキー9.11」のDVDを玲子と見る。 彼の話し振りを見ていて思った。言葉を発するとき人間は、体操の選手が、どの筋肉をどういう順序で動かそうなどと考えないのと同様、どの単語をどういう順序で並べようなどは意識しない。噴水のように迸る言葉。「生成文法」の「生成(generative)」という言葉にはそういう意味もあるのかな。ずっと以前に買った彼の本(Aspect of the theory of syntax)を、また引っ張り出してみた。

7月18日(金)
漬物を食えばこと足る梅雨じめり

7月19日(土)
梅雨空のあのあたりなり八ヶ岳
  オオムラサキ祭の手伝いに出掛けた。

7月20日(日)
合歓(ねむ)の花山の祭は夜までも
 祭の会場に隣接する長坂中学校の校庭に、合歓の花が真っ盛りだった。

7月21日(月)
梅雨じめり妻はしょんぼり家におり
 八ヶ岳からもどったら、玲子は体調がわるいとソファーで横になっていた。

7月22日(火)
長雨や偕老同穴茄子を食ひ

7月23日(水)
豪雨、雷(らい)異常気象は何兆す
 異常気象は世界的な現象だそうだ。

7月24日(木)
みせかけの空ろ(うつろ)を思う餓鬼忌かな
 人間というものは、飢えているときか、おびえているとき以外は「おれはおまえより上だぞ」をせっせと演出している。やりかたには差があるけれど― ボク流「侏儒の言葉」。

7月25日(金)
墓参りもう五年目やみどり雨
山肌に撒きたる白や百合の花
 大原喬さんのお墓へ行ってきた。まだ梅雨は明けない。

7月26日(土)
長梅雨や地震のニュース走り過ぐ
 宮城県を中心に大きな地震。

7月27日(日)
気の重きイラクのニュース土用波
 BBCを聞く。「アメリカの攻撃の直前、ミサイルの廃棄はイラクにとって大きな決断だった。しかし、査察団にイラクの兵士は、明るく手を振っていた」と国連の査察団員の話。日本にも、堀を埋めさせてから攻めたという話があったな。

7月28日(月)
二階まで梅干す匂い到りけり

7月29日(火)
辛口のラーメン食へど梅雨じめり
 いったん「明けた」と発表されたのに、うっとうしい日はまだ続く。「鈴福」というおなじみのラーメン屋へ行く。

7月30日(水)
梅焼酎古きことどもうすれつつ
蚊遣り火の一夜渦巻く物思い
 山の病院へ行ってきました。これはメモです。

7月31日(木)
蝸牛忌を過ぎてようやく薄日かな
梅干して雨が気になる遅れ梅雨

【2003年8月】

8月1日(金)
夕化粧舞うがごとくに揺れにけり
 8月は秋? あまり深く考えるのはよそう。

8月2日(土)
バルコニー日がな大工の木の香

8月3日(日)
出来栄えを篤と眺める端居かな
 透明ニスを塗って本立てのできあがり

8月4日(月)
日の落ちてグラジオラスの白ともる

8月5日(火)
蝉しぐれ妻は図書をば借り違う
 図書館で続きものを借りるはずのところ...

8月6日(水)
原点に立てば直裁原爆忌
 今年も広島市長のスピーチはよかった
歯に触るる季のさきがけや梨を食み
 1963年卒業の今野くんから暑中見舞いが届いた。

8月7日(木)
キーパーの話もまじる夏休み
 慎之介(孫)が来た。

8月8日(金)
ベランダで孫と巣箱を作りけり
 連句ならば「八月八日は巣箱記念日」と続くところ。

8月9日(土)
台風のさ中を孫とひた走り
助っ人を孫に頼みぬ夏館(なつやかた)
夏館孫工作を悦に入り
 精進湖道が台風のために閉鎖、御坂峠を通って八ヶ岳へ。エスペラント館では、大きなデスクをつくるのに協力してもらったが、おおいに助かった。出来上がると慎之介は「きょうのしごとだね!」と悦に入った様子。

8月10日(日)
妹娘孫も集いぬ夏館
 夜、翠、澄子、美穂、慎之介で館の食堂に集った。申し訳ないが、家族の別邸のようだった。

8月11日(月)
巣箱掛けぬ袖裏抜ける青葉風
少年の目の輝くや蜘蛛ばった
 慎之介はあらゆる虫に目をとめ、細かく観察していた。

8月12日(火)
鐘が鳴る明治の校舎夏木立
 須玉町歴史資料館へ行ってきた。明治、大正、昭和の3つの校舎が並んで建っていて、太鼓楼のある明治の校舎が資料館になっている。昭和の校舎は、食堂、野菜売り場などに当てられている。資料館のピアノ、オルガンから始業のカネまで自由に触れることができる。昔の教科書がなつかしかった。

8月13日(水)
夏館水の流れは音で知る
 ようやく一人になった。明日はまた大勢になる。

8月14日(木)
山里はストーブつけて夏篭り
 異常気象だと俳句は作りにくいですよ。一方パリでは、暑すぎで死ぬ人が何人も出たとか。

8月15日(金)
終戦の日も遠のきぬ蓼の花

8月16日(土)
人間の驕りよ雨は降り止まず
 アメリカ東部では、大停電、ヨーロッパは日照り、ここでは薄ら寒い長雨。今日は、御坂峠→御殿場を回って帰ってきた。

8月17日(日)
かの人の懐かしき目よ秋近し
一族が揃いクースー飲みにけり
 浦野元幸氏の初盆で、澄子の家にあつまった。クースー(古酒)という沖縄の焼酎を吾郎が持ってきてくれた。お墓の中にいれておいて、命日などにみんなでのむのだそうだ。実に美味。来年母の13回忌には、一族で、吾郎ちゃんの那須のサマーハウスでやることがきまった。

8月18日(月)
テーブルに残りしキズや蝉時雨
 きのう日本橋三越へ「アフガニスタンそしてイラン展」を見に行ったとき、夫婦共とても気に入ったテーブルがあったので、買った。しかし、30年使って来た古いテーブルにいささか心が残る。今度のテーブルは、少し小さめ。

8月19日(火)
科学誌の火星の沙漠訪ねけり
 日経サイエンスの9月号を借りて読んだ。火星の大接近も長雨で見えない。

8月20日(水)
ひんやりと土のやさしさ葱を挿す

8月21日(木)
足らぬものなきが不足よ茶を啜る

8月22日(金)
半生の仕事の束をほどきけり
 La Verda Kolombo は毎号会員数より余分にプリントして保存しておいた。これがダンボール数箱分。今となってはゴミにする以外にないものだが。

8月23日(土)
こころよき一日(ひとひ)の疲れ花カンナ
 やっと荷造りの仕方を覚えた。

8月24日(日)
積年の思いをしばり資源ゴミ
 La Verda Kolomboのバックナンバー、ダンボール数箱分を一日かけてしばった。
生活の戦線縮小。いま読んでいる本は、「言語の脳科学」(酒井邦嘉)というすごく内容のあるおもしろい本。


8月25日(月)
戸をあけて寝屋に通しぬ虫の声
 冷房故障。これもまたよし。今年は夏らしい空が一度もなかった。

8月26日(火)
テーブルてふ小さき贅沢ケーキ食う
 日本橋三越で求めたテーブルが届いた。気分がこうも違うものか。

8月27日(水)
草の海に浮かぶ小船よ夏館
 林の下草が茂った。山の草はどれも繊細で美しい。

8月28日(木)
空言の胸にとどかず赤まんま
 きょうエスペラント館から籠坂峠をまわって帰った。このごろニュースがどれもこれもカラ言に聞こえてこまる。

8月29日(金)
実をつけぬ稲のニュースを切りにけり
 今年は夏らしい空は一度もあらわれなかった。長梅雨につづいて秋といったお天気で、俳句には困りもの。翠のパソコンの具合を見に静岡まで行ってきた。

8月30日(土)
もぞもぞとヒメシャラの葉に毛虫生(あ)る

8月31日(日)
雨のまま葉月八月逃げてゆく

【2003年9月】

9月1日(月)
細(さい)うがつ旅の話や雁渡し
 今井さんから北欧の旅の話を聞いた。アルバム、地図、CDプレヤーまで用意してくれて、自分が旅をしたようだった。

9月2日(火)
秋の気や館(やかた)の花はみな密か
 みずひきの花、つゆ草や、ヒメジョオンなどが中庭に咲いていた。

9月3日(水)
はや九月真青な空を忘れかけ
 玲子と、御坂峠、籠坂峠を通ってかえってきた。久しぶりにうっすらと富士が見えたが、やがて雲に隠れてしまった。欲求不満。

9月4日(木)
後悔のような音たて木の実落つ

9月5日(金)
長月やス〜ス〜眠る人と猫
 今日は久しぶりにエスペラントの仲間が集まった。阿井さんの、ルーベンさんを案内した話が面白かった。家にもどったら玲子が、涼しいのでよく眠れると言っていた。

9月6日(土)
秋の蚊も侮りがたし芝を刈る

9月7日(日)
球根を春まで土にあずけけり
 チューリップ、玉ねぎなど植えた。

9月8日(月)
つくつくし忙(ぼう)はよきことわるきこと
 奈穂が戻った。仕事がとても忙しいのだそうだ。職場はエッセンスヴェール・ヴィーナスフォート・デイ・スパとか。

9月9日(火)
秋風やごろり昼寝の吾娘がいて

9月10日(水)
秋の蚊の住みつく本ぞ捨てがたき

9月11日(木)
秋草を刈れば薫るや紫薇の花
 百日紅の季語は6月だそうだが、我が家では今になってようやく満開。天候不順のせいかな。

9月12日(金)
秋暑く震災予告聞こえけり
 串田嘉男という人が、かなり根拠のある大震災の予告をしている。この記事を読んで、早速彼の著書を借りに図書館へ行ってきた。エスペラント館に近い「八ヶ岳南麓天文台」を開いた人だ。

9月13日(土)
灯に迷いわれに来てなく秋の蝉

9月14日(日)
追悼会みな青年に戻りけり
 山田洋もと高教組書記長の追悼会がラヴェールたちばな(静岡市)で。

9月15日(月)
新しき眼鏡通って秋の水
 夏雨が多かったためか、小浜が池も久しぶりに水がいっぱい。今日新しい眼鏡ができた。

9月16日(火)
秋風ややや立ち直る茄子と人

9月17日(水)
水の秋鴨のつがいは昼寝かな
 玲子と白滝公園、楽寿園を歩いてきた。水満々。

9月18日(木)
悔いもあるだがまあまあか野菊踏む

9月19日(金)
地震待つ名を呼ばるるを待つごとく
 串田嘉男さんが、地震の兆候を発表したあと、胃をいたくする気持、わかる。

9月20日(土)
今日もまた同じおしゃべり焼き秋刀魚

9月21日(日)
花茗荷覗けばそこにまたここに

9月22日(月)
雨上がりつんと顔だす葱の先

9月23日(火)
あす入院野になく虫の名も知らず

9月24日(水)
違和感を包む寝巻や野分吹く
 検査入院ということで山の上の病院(三島社会保険病院)へ行った。新しい建物なので、ホテルのよう。寝巻きを着たら病人のような気分になってきた。窓の外は野分。

9月25日(木)
麻酔さめぬ脚だれの脚秋彼岸

9月26日(金)
秋茄子の花数増しぬ見ぬうちに
 退院した。

9月27日(土)
息子とて人の親なり桐は実に
 きのう出張の帰りに家に寄っていった亮を駅まで送った。薬のせいか、運転しにくかった。

9月28日(日)
梧葉落つ館のあゆみを打ち込めば
 「エスペラント館のあゆみ」をタイプし終えた。

9月29日(月)
柔きものを覆いて硬し栗の殻
 玲子が栗の殻を剥き、クチナシの実で黄色く染めていた。その夜夢を見た。「若い頃純粋な選択をした人がいた。そのあまりの純粋さの故に、彼を信じる人は世界にいなくなってしまった。純粋さをまもるだけのために、彼は自爆テロに向かう」

9月30日(火)
種まきを終えて見上ぐる日本晴れ
水やりし土に舞い降る秋の蝶

【2003年10月】

10月1日(水)
彼岸花咲くみちえらび墓まいり
墓地のわき除草は無用曼殊沙華
 彼岸花の球根を採り一つお墓に埋めておいた。

10月2日(木)
つぐみ一瞬あとに残りぬ枝の揺れ
 珍しい声だなと、外に出てみたのである。

10月3日(金)
フランスの客走り抜く湖の秋
 フランスの若い夫婦と回転ずしを喰い、箱根へ。突然の訪問で、時間もなかった。もうすこし立ち入りたかった。

10月4日(土)
松茸の売り小屋もあり御坂みち
まどろめば館(やかた)の秋は音もなし

10月5日(日)
声かけて聞きしその名や花紫苑
イノコズチお前どこまでついて来る
 エスペラント館の前の畑ではシオンが満開だった。畑の人に花の名を聞いた。

10月6日(月)
みずひきや無人の館(やかた)陽をあびて
 館にかぎをして、森にあずけて帰った。

10月7日(火)
夕化粧白と黄ばかり残りけり

10月8日(水)
そればかり食べて最後の花茗荷

10月9日(木)
半透明に紅はしるなりリンゴジャム
妻多忙栗のきんとんリンゴジャム
秋のその園児はみんな行儀よく
 県立美術館に徳川展を見に行ってきた。

10月10日(金)
深更の野に荒涼と後の月
 うっすらと筋雲が天をおおい、火星以外の星は見えない。

10月11日(土)
花植えし土に染み込む秋時雨

10月12日(日)
腰少し弱くなりしか大工する
 エスペラント館によく合いそうな下駄箱ができた。

10月13日(月)
妻不在娘(こ)と物買いに秋の街
 お葬式(杉崎雄三郎氏)があって、玲子は津川へ行った。

10月14日(火)
秋雨や小寺の葬儀いなかめき
 雄三郎さんは、玲子の叔父にあたるが、年齢が近かったので妹のように可愛がってくれた。小さな寺で、お互いに知っている人ばかりだったとのこと。

10月15日(水)
男一匹無病息災青秋刀魚

10月16日(木)
大工三昧妻は洗濯秋の風
 出来た下駄箱がどうしても車にはいらないので、また分解。分解も結構楽しい。

10月17日(金)
朝さやか小がもが遊ぶ湧水池
 今年は白滝公園の湧き水があふれるばかり。朝の鴨は活発だが、午後は昼寝の時間。

10月18日(土)
同病の話もまじる秋の会
 県立学校教職員退職者の会「秋の会」に行ってきた。

10月19日(日)
秋の蝶人を恐れぬ猩猩緋
 花壇で土をいじっていたら、ヒメアカタテハが飛んできた。

10月20日(月)
秋の鴨脚の動きの巧みなり
岩間より沸沸と湧く水の秋
 玲子と奈穂について市内を流れる桜川、源兵衛川を見に行った。水量も多く透明。湧水亭でうなぎ飯を食う。
10月21日(火)
湖(うみ)跨ぎ色ずく山の道に入る
 御坂峠を越えてエスペラント館へ。

10月22日(水)
白露を受けて羽ばたく木の葉かな
さきがけに落ち葉坪庭埋めにけり
森包む霧は鉛か動かざる
 南アルプスは姿をあらわしたが,森の所だけが霧に包まれていた。

10月23日(木)
身に入むや世界を駈けし人の声
 御殿場まわりで帰った。「文化講演会」(ラジオ)で亡くなった江上波男さんの声を聞く。なつかしい江上不二男先生のことも少し出た。

10月24日(金)
面語一分(いっぷん)山の病院草紅葉
 医者から、14箇所からとった組織のどれにも癌細胞はなかったと。

10月25日(土)
残る音よ昔はしげし虫の声

10月26日(日)
目覚むればコーヒー香る秋深し
 篆刻の集まりがあって玲子は静岡市へ。

10月27日(月)
虫の声今日はパソコン素直なり
 いただいたパソコンを解体して不良の原因を調べる。まだ直らないが原因はわかった。使うか捨てるかの決断。

10月28日(火)
出迎えに行くと答えて夜長し

10月29日(水)
鍬入れし土の湿りや秋の雲

10月30日(木)
記念とて薔薇の苗木を買いにけり
冷まじや眼下に光る戸田の海
 玲子、奈穂を車に乗せて、河津バガテル公園(薔薇園)へ行った。帰りは西伊豆まわり。

10月31日(金)
人生は秋のみ長し秋の風
 朝は玲子を送って歯医者へ。自分も先日歯を診てもらった。夕方は夫婦そろって健診に三島共立病院へ。

【2003年11月】

11月1日(土)
目を閉じて読経冴ゆるを聞きにけり
路地裏の暖簾ときめて温め酒
 本駒込の吉祥寺で浦野元幸氏の一周忌(納骨)を終え、みんなで神楽坂の鳥茶屋という粋なお店へ寄った。

11月2日(日)
払いたる枝ごともみじ抱きにけり

11月3日(月)
文化の日古きデータを起こしけり
荷に添えて送ってくれし藪柑子
 数年前のデータは、家にとっておいた古いワープロでなくては読み出せない。便利なようで不便なものだ。ヤブコウジは、菊(食用)といっしょに柏崎の静子さん(玲子の妹)が送ってくれたもの。赤い実はなかなか上品なもの。

11月4日(火)
逃げんぞとブッシュ狼白々し
 イラクで Chinook が落とされ16人のアメリカ人が死んだのを受けて、ブッシュは America won't run といった。「イラク人民を見捨てて逃げるわけにはいかない」というのだ。(野生の狼は日本では絶滅したが、季語は残る)

11月5日(水)
草取りし土黒々と冬に入る
 部屋から見える畑の土が黒々としていると、風景が生まれる。草の取り方のコツがようやくわかってきた。

11月6日(木)
人の生くる面積ホットカーペット
 居間にホットカーペットを出した。

11月7日(金)
立冬の陽だまり静か癌センター
 玲子が共立病院から「朝早く来るように」言われていたので、車で送った。エスペラントの例会からもどると、静岡癌センター(長泉町)にいるという電話。早速行った。今日は診察を受けたあと、血液、レントゲン、CTをとった。「静岡県立静岡癌センター」はホテルのように大きくて豪華。

11月8日(土)
妻と来て小春の河岸(かし)の焼き魚
 沼津港の「あじや(鯵屋)」というレストランで玲子と真あじ定食を喰う。

11月9日(日)
いま咲いたところですよと姫椿
 衆議院選挙投票日

11月10日(月)
ストーブぽっ去年の焔立ちあがる
 サントムーンへ灯油を買いに行って来た。

11月11日(火)
冬靄やみなとのかもめ揺れており

11月12日(水)
うろこ雲柿田の泉湧きたぎる
うろこ雲公園に赤帽子青帽子
 奈穂、玲子といっしょに柿田川へ行ってきた。写真をとった。

11月13日(木)
ラウンジの空にCTの黒き影
 玲子の気管に内視鏡を入れて組織をとった。奈穂も連れていった。がんセンターの陽だまりラウンジは、2階吹き抜け総ガラスばりで、沼津の海までみえる。

11月14日(金)
辞世の句たらざるはなし竜の玉
 「辞世の句でない句はない」と言えるようになれないことは承知しているのですが、人間はもろいものだから、せめて毎日を大切に。Memento mori!(「死」を忘れるな!)

11月15日(土)
子と孫と泡の温泉温め酒
 亮(まこと)一家の招待で、富士市の富士ハイツで、結婚45周年記念日(実際は18日)を祝ってもらった。みんな元気。

11月16日(日)
つつがなく人の声する冬館
 遅ればせにエスペラント館についた。

11月17日(月)
木枯らしやからまつ松林骨となれ
今日帰るすすきが原の果てに富士
 森田さんの家から見る富士がすばらしかった。「木枯らし一番」とのこと。

11月18日(火)
天国の如き庭園冬薔薇(そうび)
 玲子が癌センターで脳のMRIを撮った。センターの周りは庭園になっていて、広大。起伏に富み、滝あり噴水ありで、一角にすてきな薔薇園もある。実は今日が本当の結婚記念日。玲子からリュックのプレゼントがあった。玲子はヴィオラを植える。ボクはエリンギを喰う。

11月19日(水)
冬に咲く花あり濡らす雨もあり

11月20日(木)
ねぎ買ってあとは会話の二つ三つ
 これがボクの一日です。あとはパソコンに向かっていました。

11月21日(金)
光年を走りて今日の冬銀河
知らぬこと無限に多し冬銀河

11月22日(土)
片付けはさみしき仕事冬日さす

11月23日(日)
喜びもうすれぬ勤労感謝の日
 日本が大幅の黒字を抱え込み、アメリカの目のかたきにされるころまでは、日本に勤労を尊ぶ文化があったなあ。

11月24日(月)
蝦蛄葉さぼてん天下晴れての茜色
 正確に言うとクリームにちょっと朱を注いだような色です。大事にしたい。

11月25日(火)
告知受け疲れし五体冬菫
 玲子の癌が肺腺癌(adenocarcinoma)と確定。他の部分に転移しているので、手術でなく化学療法を行うとのこと。明日は内科。「今日はつかれた」と玲子。

11月26日(水)
余りにも冴えたる富士や癌告知
そのことにだあれも触れず円座かな
 玲子の癌は想像以上。くしくも今日はボクの74歳の誕生日。奈穂も来た。ワインを飲んだ。

11月27日(木)
あす入院とまれ明るき笑い声
 「とまれ」は「ともあれ」のつもり、「止まれ」ではない。子どもが全部そろった。玲子あした入院。

11月28日(金)
山茶花の咲きては散りぬそそくさと
 玲子入院。一家五人(親2人、子3人)が一つ車に乗って行った。病室はモダン。夕食のとき奈穂に「テロメア(telomere)」の話をしてやった。「DNAの端の部分は、細胞が分裂するたびに減っていく。分裂できる回数がきまっている。つまり、人間の寿命は遺伝子にプログラムされているんだよ」と。

11月29日(土)
外泊とは帰宅のことか横時雨
入りきらぬ裸大根下げて来る
 玲子は、土、日の夜は家で過ごす。午後睦ちゃんが来て、暗くなるまで話して行った。娘とスーパーへ。

11月30日(日)
俳句スペシャルああだこうだと暮易し
 玲子は丸一日仮出獄(?)。ホットカーペットに寝そべって一日テレビ観賞。

【2003年12月】

12月1日(月)
人類の最後のひとりとなりし夢
 恐竜が滅んだとき、やはり最後の一匹というのがいたんだろうな。どんな気持だったろう。今日美穂といっしょに、玲子を病院へ送った。

12月2日(火)
身震いひとつ桐ことごとく葉を脱ぎぬ

12月3日(水)
片時雨山のあなたに空明(あか)し
極月師走医師の言葉の飾りなく
 夜病院で玲子と(美穂も)担当の先生から説明をうけた。内容は、これからの抗がん剤治療の効果と危険性。金曜日の午後3時までの外泊許可をもらっていっしょに帰宅。

12月4日(木)
やっと得し一日(ひとひ)白菜漬ける妻

12月5日(金)
氷雨みちセーラーの列雀めき

12月6日(土)
親も子も孫も寄り合う暖炉かな
 子ども全員に孫も加わり談笑した。あしたの晩はまた病院。

12月7日(日)
病院へ行く道濡らす冬の月
 子も孫も帰って行った。玲子は病院へ。夜8時ごろからアレルギー検査が始まる。病院で田村さんい会う。奥さんが入院しているとのこと。

12月8日(月)
枯木立空一枚の青となる
開戦のあの日の空も青かりき

12月9日(火)
飛行雲今日は短きデートかな
 きのうから抗がん剤の投与が始まる。きのう一時気持がわるくなったとか。今日はわりあい元気で、病院内を散歩。飛行機雲がいく筋も見えた。

12月10日(水)
寒灯の一つ消えまた一つ消え
あの闇の奥が我が家か山眠る
 抗がん剤治療3日目。寝ても起きても気持がわるい。夜、時間ぎりぎりまで付き添う。病院は高台(駿河平)にあるので、箱根、駿河湾が一望。

12月11日(木)
妻と聞く院のホールのハンドベル
 病院では時々コンサートがある。一階(2階へ吹き抜け)にあるホールで夜、ハンドベルの演奏を聞いた。玲子も気持が悪いのによく耐えた。

12月12日(金)
山茶花や仮出獄に似た帰宅
病みしまま戻るソファーに冬温し

12月13日(土)
鳥の声絶えて聞かずに年の暮
 玲子は、家で自前のお粥など食べているうちに、話も出来なかったのが見違えるように元気になった。午後、睦ちゃんが来る。夜、奈穂帰宅。

12月14日(日)
極月師走フセイン終に捕らわれて...

12月15日(月)
富士の山笠を払ひて年流る
 朝、病院へ行く途中富士がよく見えた。笠雲が笠の形のまま風にのって西の方へ流されていった。

12月16日(火)
冬凪ぎて大き陽だまり駿河湾
 病院が高台にあるので、駿河湾は一望。日光が焔のように反射していた。

12月17日(水)
一菜の漬け白菜ぞかんばしき

12月18日(木)
仮退院風がくれたる冬もみじ
仮退院年末商戦突き抜けて
 一時退院。1月5日ごろまた入院する。白血球が減っていて、免疫力低下。人ごみは避ける。

12月19日(金)
音信も途切れとぎれや賀状書く
 三島エスペラント会の例会。阿井さんが骨粗しょう症で寝ても覚めても体中が痛いのだそうだ。奈穂に頼まれて宝くじを買った。

12月20日(土)
点睛は欠くも息する古日記
 「俳句日記」のこと。このおかげで「自分」が少しは記録として残っているようだ。玲子は家にいる。

12月21日(日)
君子欄の鉢部屋に置き冬ごもり
 君子欄は、霜にあてないようにし、水を断てば、春、立派な花をつける。

12月22日(月)
フィナーレを夕日で飾る冬至かな
医師若し看護婦若し冬銀河
 今日は文字通り一点の雲もなかった。夜久しぶりに天を仰いだ。
 午後8時すぎ玲子の鼓動がはげしくなったので、ガンセンターへ行った。他には異常がないとのことで、深夜タクシーで帰宅。医師も看護師もとても親切だった。


12月23日(火)
どのみちもふるさとのみちふゆうらら
 玲子の見舞いに文枝と澄子が来た。玲子は調子がよくなかったので、会えなかったが。家で話したあと、千本松原(育った場所)の方をまわって帰った。

12月24日(水)
冬うらら海を見たしと妻が言う
冬靄や波は地球の脈ならむ
La maron ni vidis tra vintra aer'
Gxi pulsis ondante la pulson de ter'
 地球の鼓動はゆっくりだった。

12月25日(木)
構えてもなお霹靂や木の葉髪
 抗がん剤を投与すると、必ず髪の毛が抜けるのである。

12月26日(金)
日向ぼこ座して即製ピクニック
 玲子とがんセンターへ。「陽だまりラウンジ」は体育館なみの広さで、ガラスの外には薔薇園や日本式庭園が。箱根、駿河湾一望できる。ここでおそい昼食。そのあと、沼津市民文化センターへフィルハーモニー(大賀典雄指揮)のチケットを買いに寄った。

12月27日(土)
逝く年が未明の雨戸叩きけり
咳(しわぶき)は入門無用静かなり
 免疫力が低下しているので、風邪が命取りだとか。息子一家も風邪気味でお正月に来られないという結果になった。

12月28日(日)
火の星の火の色のまま凍てており

12月29日(月)
逝く年や静寂(しじま)の声をひとり聴く

12月30日(火)
街遠く寒夜の病舎灯をともす
 昼前に奈穂が来た。
 夜玲子が不安を訴え、車でセンターへ。人間であること (Ein Mensch zu sein) の不安なのかも。医者も看護婦もとても親切だった。


12月31日(水)
DNAすは群れよすは年を越せ
 先日澄子(妹)が「現代科学の世界観は、仏教の世界観に近い」という意味のことを言っていたが... 人間はどれだけ自由だんだろう。この句が今年のレジメです。

トップページへ

 メール:
serpento@mb.infoweb.ne.jp