【2005年1月】
1月1日(土)
初明り何かをすこし変えようか
初日の出昨日の雨が嘘のよう
去年今年朝の火入れは己が役
どたどたと孫が連れ来るお正月
年賀はがきの「親子孫なにはともあれ雑煮餅」にあてはまる情景になった。
1月2日(日)
手袋をこ脇に挟み初詣
初詣迷子になるな離れるな
家族七人で三島大社へ。
1月3日(月)
一番の寒さとなりし三日かな
娘に勧めたエスペラントのテキスト、いずれも適当でないので、ボク独自のテキストを作ることにした。毎回メールで送っているうちに、一冊の本になるはず。
息子一家五人は、夜、ヴァンで帰っていった。
1月4日(火)
初風が倒してゆきぬ植木鉢
手荒な初風でした。
1月5日(水)
くっきりと遠嶺白みて寒に入る
1月6日(木)
良寛忌焚くすべもなく散り敷きて
庭の階段の下、梧桐や榎の落葉がつもっているが、焚き火は禁止。
良寛の「炊くほどは風がもてくる落葉かな」はボクの大好きな句です。
1月7日(金)
初集ひ刷り上りたる書を開く
三島エスペラント会の初例会。みんなで作った「暗黒の時代を生きる ― エスペランチストたちの証言 ― 」ができた。
1月8日(土)
睦ちゃんと芙美子さんが来た。夕方伊豆山の睦ちゃんの家まで車で送った。海の見える高台にある素敵な家。
今日は詩を作ってみました。
耳鳴り
耳鳴りがする
かすかに たしかに
あれは
暗い波濤の上を行く風の音か
砂漠を照らす星辰のつぶやきか
耳鳴りがする
かすかに たしかに
あれは
もう死に絶えた虫の声か
死んでしまった人の声か
死んでしまったものは
遠い時間の中で生きている
それは
遠い空間のなかで今生きているのと
変わりない
耳鳴りがする
馬一呵
1月9日(日)
見つからぬもの二つ三つ冬木立
1月10日(月)
湯たんぽが入りて整ふ妻の床
玲子は電気毛布がきらいなのである。俳句的なのである。
1月11日(火)
風冴へて試歩ポーチまで小一丁
診察日。休日明けで、病院はかなり混んでいた。玲子はひとりで歩いてみると言った。風が冷たかった。
1月12日(水)
すれ違うもの風ばかり遠雪嶺(とおゆきね)
朝早くゴミだしに行った。
1月13日(木)
老いてなほなすことのあり蜜柑食う
「監訳」という言葉を覚えた。人のものに手を入れるのはいやなものだ。すこしも仕事がすすまない。
1月14日(金)
しばらくは鴨の一羽になっており
白滝公園に鴨の群。おばあさんが動かずにそれを見ていた。
たくましき友ら今なし霙聞く
夢の中に紅教祖の本多さんが出てきたりしていました。
1月15日(土)
雪催ひ新しき本ぬくぬくし
67名で共同翻訳した「ザメンホフ通り」の出版記念会(JEIで)に行ってきた。天気予報は降雪を告げていた。
1月16日(日)
幾千のしずく小枝の冬の花
昨夜の雨、三島では雪にはならなかった。朝日が美しかった。
1月17日(月)
陽がさせばしきりに土の白き息
1月18日(火)
春を待つ門に届けり蜂の蜜
森田洋子さんから、長坂町のれんげ蜂蜜などをいただいた。
1月19日(水)
室花(むろばな)に風と陽をやる四温かな
1月20日(木)
防潮堤の上まで飛沫く冬の海
寒濤のやよ北斎をしのぐなり
急に玲子が「海を見たい」と言った。立っているのが困難なくらい風が強かった。
1月21日(金)
さみしくて呑みし輩(ともがら)冬灯(ともし)
18歳で東京へ出た。親類の男の過半は戦死してしまい、家も焼けた。しかし今になって、その頃がなぜかしきりに懐かしい。
1月22日(土)
天雲(あまぐも)も寄るをはばかる雪の富士
夕方明日の切符を買いに行ったとき、花街道から富士が美しかった。万葉集の不尽(ふじ)山の歌を思い出した。
1月23日(日)
みぞれ降る夕べの友ら声高(こわだか)し
エスペラント館の運営委員会のあと、Forestaという不思議な名前の店で、ごまめの歯軋り。「NHKが『政治的な圧力は感じなかった』というが、絶えず政治的な圧力を感じながら、それをはねのけて仕事をするのが、ジャーナリストだ」「新潟県中部地震のときの報道の仕方をみても、NHKの内部の人間がサラリーマンになりきっているのがわかる。内部が民主的でないと、サラリーマン根性がはびこる」
1月24日(月)
通ひ慣れし山道のまま冬ざるる
自分が落ち込んでいるときは何もかも悪く見える。それが人に伝わって本当に悪くなる。その逆も真なり。
山の病院(三島社会保険病院)まで行ってきた。
1月25日(火)
妻が見る場所へ真っ赤な室の花
玲子とがんセンターへ。全身に湿疹。来週の月曜日皮膚科へ行く。
1月26日(水)
吾娘帰る夜はみぞれとなりにけり
1月26日(木)
日向ぼこ命一つをもてあまし
1月27日(金)
人声の多き家よし日脚伸ぶ
奈穂が来ると急にぎやかになる。奈穂は、エスペラント会の例会にも出た。
1月29日(土)
スタンドで沢庵買いし夢見きと
おいしいたくあんがなかなかない。玲子の夢に出た無人スタンドに行ってみたが、やはりなかった。
1月30日(日)
花二つあれば足るなり冬菫
種から育てたviolaに小さな花が咲いたので、地面に下ろした。春は近い。
樽に味噌いつもの年と変わりなく
睦ちゃんが味噌を仕込んで持ってきてくれた。玲子は大喜び。
1月31日(月)
会話なき国にかぶさる寒気かな
病院への途上、ラジオで国会を聞く。
今、面白い本を読んでいる。一冊は、「日本の数字」。グラフで雄弁に日本を語っている。たとえば、日本が保有しているアメリカの国債の額は、日本の国家予算の2.5倍であるとか。
もう一冊は、「Clear Your Clutter with Feng Shui」。Feng Shui は風水である。アメリカの女性が、いらないものを捨てるという東洋の思想のなかから元気をみつけだした本。風水というのは、家の鬼門のことだけを論じているのではなさそうだ。
【2005年2月】
2月1日(火)
担当医家族に似たり冬のばら
凍て空や入り江は白き筋となり
自分史のこれが続きさ冬菜漬く
2月2日(水)
沢庵を樽の中から買ひにけり
梅の花が待っていたよと山の寺
玲子がおいしいたくあんを食べたいといって、農家をたずたわけ。
途中、玉沢の妙法華寺に立ち寄ったら、梅が見事に咲いていた。寒い寒いと言っても、今年は暖冬なのかな。
2月3日(木)
打豆にお郷言葉がゆれ動く
もう年は充分なれど年の豆
三島大社へ豆撒きの神事を見に行ってきた。
2月4日(金)
よく見ればものの芽そこにまたここに
2月5日(土)
春立つやペダルを踏みて床屋まで
2月6日(日)
街うらら妻に和菓子を購ひぬ
イレッサを三週間休み、その後も(先週の火曜日から)一日おきに呑むことになった。副作用の影響がへり、すこし食欲がでてきた。病気との鬩ぎ合いである。
2月7日(月)
春寒やすぐに崩れるチョコケーキ
2月8日(火)
春の雨降っているかと妻問ひぬ
2月9日(水)
蝋梅や日差しつれなき散歩道
郵便ポストまで歩いた。玲子がこれだけの距離をあるいたのは何ヶ月ぶりか。この頃は食欲もすこしあるようだ。
2月10日(木)
叫喚を込め黙然と凍てかへる
ふと思った ― ボクって生涯本気で叫んだことあるんだろうか、と。
2月11日(金)
紀元節スターリングラード第九条
三題噺になってしうが、夜テレビで見た「スターリングラードから60年」というドキュメンタリを見て、頭の中で回転している。折りしも「建国の日」。憲法擁護の署名用紙が方々から来る。署名も仲間内をぐるぐる回っている。政府が憲法改正の国民投票に手をつけたとき、反対多数でそれを屠り去りさえすればよいわけだが、ボクは長いこと憲法擁護論者以外の人と付き合っていない。今は、インターネットの時代だから、このメディアを通じて若い人と話しをすることはできないものかと、一人考えている。津波のような運動にしなければ。
2月12日(土)
紅梅や図鑑にはなき鳥と会う
その鳥は雀より細身で、色は背中がるり色、光によって、金色や赤にみえる。腹は白。鳴き声はクツクツクッ。低木を好む。見たのはボクだけ。これは詩になるな。
2月13日(月)
言いそびれたることばかり春寒し
訃報、佐々木高幹さん(三島エスペラント会会長)が亡くなられた。
2月14日(月)
旧友の不意の電話や冴返る
菊地宗康さんから電話があった。1月19日に奥さんが蜘蛛膜下出血で亡くなったとのこと。四十九日があけたら会う約束をした。
佐々木先生のお通夜。葬儀ホール「想々」へ。
2月15日(火)
「癌の進行止まっているよ」蕗の薹
今日診察日。イレッサを一日おきに呑むのがちょうどよいらしい。副作用で、ニキビのようなものが体中に出るが、食欲は出てきた。
止まらない急行列車春焦燥
午後葬儀。佐々木先生の昭和22年ごろの生徒の弔辞。「先生は演劇部の顧問で、北高と南高合同で「破戒」をやったとき私が主役でした...」と。富士真奈美、長山藍子も、佐々木さんに学んだそうだ。(二人の名前の生花があった)晩年、列車に乗っているように時が早く流れると言われたそうだ。僕自身も焦燥を感じている。
2月16日(水)
黄水仙身じろぎもせず雨の中
2月17日(木)
働けることの喜び日脚伸ぶ
いま働けることに感謝。玲子も調理がすこしできるようになった。力が足りなくて、食器戸棚のとびらが開けられないこともあるが。
2月18日(金)
春の水飛石跳んで渡りけり
2月19日(土)
涅槃西風おのれが書きし文字のあと
去(い)にしものみな忘れよの涅槃西風
La Verda Kolombo のバックナンバーを読み返してみると、しっかりしたことが書いてある。あのころは、毎号外国にも100部は送っていた。
涅槃西風(ねはんにし)というのは2月の中旬に一週間ぐらい吹く西風のことだとか。
2月20日(日)
白菜のよき色に漬き吾娘帰る
2月21日(月)
自分では届かぬ背中目借時
三月下旬の陽気。「蛙の目借時」は春の眠くなる日のことだとか。
玲子は薬を塗るのに人手が必要。今日の助っ人は奈穂。おしゃべりしながら丁寧に。
2月22日(火)
静寂を梅に返へして戻りけり
奈穂が見たいというので、また玉沢の古寺まで行った。玲子もいっしょ。
2月23日(水)
陽のほかは何も知らないクロッカス
クロッカスは、朝日が出ると開き、午後には閉じ始めます。サフランの仲間だそうですね。
今日は詩も作ってみました。インドの人は、宇宙は永劫の繰り返しだと考えていたそうです。どんな気持ちで生きていたのでしょうか。
曼荼羅模様
(まんだらもよう)
天井の絵柄は 曼荼羅模様
一十百千 曼荼羅模様
十方世界は 曼荼羅模様
終わることない 曼荼羅模様
四劫の過去にも 世界があって
自分とおんなじ 自分がおった
四劫の未来も 世界があって
そこにも自分が おるだろう
天井の絵柄は 曼荼羅模様
終わることない 曼荼羅模様
2月24日(木)
農協の売り場埋めたり春野菜
イレッサの副作用で出る毛嚢炎(もうのうえん)の薬をひとつ追加。帰りにJAに寄る。
2月25日(金)
「雨だね」が小さな会話雨の春
2月26日(土)
クロッカス雨の日は目を閉じている
2月27日(日)
あえかなり影の形に春の雪
2月28日(月)
陽光をもてあましおり犬ふぐり
耐震工事の相談に小林建築設計事務所まで行ってきた。
【2005年3月】
3月1日(火)
寝返りを打ちて春眠継ぎ足しぬ
寒いし、用もないし。
3月2日(水)
春水の音高々と嗽ひけり
通院日。安定。
3月3日(木)
平等でお顔も同じ内裏雛
早春の波のリズムにひたりけり
津波おこす力を秘めて春の海
3月4日(金)
花辛夷おしゃべりだけで戻りきぬ
例会はVia107。久しぶりに阿井さんも来た。
夕方、大俊工務店が来て、耐震工事について打ち合わせた。
3月5日(土)
膝つきて土に苗札挿にけり
種から育てたパンジーやポピーの苗を庭いっぱいに植えた。
3月6日(日)
過去の或る点で止まりぬ春紫苑
東京は荒れのだった。
3月7日(月)
序奏には香菫(においすみれ)とクロッカス
クライマックスの予感。ポピー、カスミソウ、バラ、スイセン、チューリップ、ヒヤシンス、ユキヤナギ、ハナモモなど。ソロが好きな人もいるが、ボクはオーケストラ派です。
3月8日(火)
海越えて黄沙は富士を隠しけり
BBCでは盛んに「中国特集」をやっている。"Dragon is powerful. A dragon has a big appetite."
3月9日(水)
さんざめく海の暖気を深呼吸
玲子と長岡まで温泉饅頭を買いに行く。海岸を通って通って帰る。御用邸公園に立ち寄る。
3月10日(木)
黒き土深めに掘りて百合を植う
レジェンドという白い百合の球根を花壇の背景に植えた。
3月11日(金)
たらの芽を買って戻りぬ雨もよい
3月12日(土)
もくもくと花の黄生(あ)るやおらが庭
3月13日(日)
春いくたびアニメのマルコ年とらず
3月14日(月)
コンクリのこんなすきまに蕗の薹(ふきのとう)
3月15日(火)
春の夢覚めて車のキズ現(うつつ)
くやしいことに、車にキズをつけてしまった。早朝ガス管工事のため車を別の場所に移すときのこと。運転機能にはさしつかえないんだから、ま、いっか。
遺伝研の桜のうち早咲きの一本がきれいに花をつけた。
3月16日(水)
ボランティアに巻いてもらひし春ショール
春の陽のよく沁みこみしひらき買う
診察日。がんセンターの入口のところにボランティアの人がいて、「外は寒いから」とショールを巻いてもらう玲子。帰り道、沼津の港湾へ足を伸ばす。
3月17日(木)
懐かしき歌のままなり春の雨
「降るとも見えじ...」の歌がなかったら、雨がこんなに美しくは見えなかったかもしれない。古い歌が消えていくのが惜しい。温泉まんじゅうを買いに伊豆長岡まで玲子と走った。
3月18日(金)
行く雲や最後の孫も卒業す
慎之介が卒業式を終え、おかあさんと鈍行電車で来た。もう中学の制服をまとっていた。ワイン(慎之介はブドウのジュース)で乾杯! 一泊するだけだそうだ。
3月19日(土)
せかされて餌もそこそこ恋の猫
雄猫が呼びに来るのである。
3月20日(日)
クリームに滴る紅や木瓜(ぼけ)の花
3月21日(月)
うらうらとなにか嬉しき墓掃除
Ni kune veturis al la tombejo.
焼夷弾で家が焼ける前のもので、いま触れることができるのは、この墓石ぐらいしかない。
3月22日(火)
春愁やナスタチウムの花小さし
冬の間霜にあてないように大事にそだてたハンガーの金蓮花のことです。
3月23日(水)
音もなく息吹くものあり春の闇
裏口の街灯が去年から切れている。みんなには不評だが、そのままにしておいてほしいとひそかに思っている。
3月24日(木)
春の雷幼日は恥多かりき
どうもボクは、よい思い出の方を忘れ、わるい方ばかり溜め込むタイプのようです。その逆の人もいますが。
3月25日(金)
わが町の知らぬ街区や冴返る
地図を片手に、耐震補強工事をやってもらうことになった大俊工務店(徳倉二丁目)をさがしてみた。近いところにまだ行ったことのない街区を発見。
3月26日(土)
春あらしベイブリッジを駆け抜ける
春がすみ博覧会場アリの列
いつまでも続く発言おぼろ月
工務店の紹介で、お台場まで「暮らしUP!2005」(ビッグサイト)を見にバスで行った。帰りはゆりかもめで一駅、奈穂のspaもあるヴィーナスフォートにも寄り、りんかい線にも乗ってみた。夜、町内会の総会があるので、間に合うように自費で新幹線でもどった。
3月27日(日)
自転車で走ってみるか木の芽時
バッテリを代えに町の自転車屋まで行って来た。(註、ぼくの自転車は電動自転車)
3月28日(月)
日に二つ採りては庭の夏みかん
3月29日(火)
君子欄明るき場所へ移しけり
玲子が背中にしい痛みを覚え動けなくなったので、望月整骨院へ行った。冬の間屋内においた君子欄を庭に戻した。みんな立派な花を咲かせている。
3月30日(水)
慙愧てふ言葉を聞けり竹の秋
通院日。呼吸器内科のほか、皮膚科と整形外科へ。骨粗しょう症で、脊椎の一部がつぶれているとのこと。
3月31日(木)
切株が芽を吹き返す春の朝
【2005年4月】
4月1日(金)
空き地いっぱい母の好みしつくしんぼ
ガス管工事のため、家の前面が通行止め。駐車場に当てられた空き地に土筆がいっぱい。
4月2日(土)
開花待つ紙のぼんぼりゆらゆらと
4月3日(日)
アルバムを見て無口なり目借時
4月4日(月)
パンジーを散歩の犬が見て通る
種から育てたパンジーの黄がまばゆい。しかし、見てくれるのはお日様と犬ぐらい。
4月5日(火)
桜咲き今日は食欲あると言う
藤原さんから、「あっとというまか、やっとというまか」というはがき。定年になったそうだ。これからは構造設計の勉強に専念するとか。
4月6日(水)
病院へほどよきドライブ花の雲
今日はMRI。玲子の希望で、帰りに遺伝研のさくらの道をまわった。
4月7日(木)
花咲きて妻より古き友と会う
菊地宗康さんは20代からの友人。遺伝研の桜並木で落ち合った。久しぶりに碁を打った。
4月8日(金)
花の雲今ぼんぼりに燈がともる
花守のはっぴ姿やあどけなき
今日が満開。
4月9日(土)
山越えてそこは眩しき桃の花
八ヶ岳エスペラント館へ。草取りをやったが、茨がものすごかった。
4月10日(日)
野いばらの棘にさされぬ艶もなく
今日になって、茨にさされた跡があちこちいたい。「野ばら」なら歌にもなるが。
河口湖のほとりを通って、午後家についた。
4月11日(月)
苗床に妻も見に来る命の芽
いま咲いている花が終わったあとに植えるものをベランダで育てている。四季咲きコスモス、ミニひまわり、マイクロアスター、ミナなど。妻も、脊椎坐骨のあとやっとすこし歩けるようになった。
4月12日(火)
日に三たび窓あけてみる春の雨
4月13日(水)
花冷えの空に響けりよき知らせ
通院日。MRIの結果、脳の癌巣がすこし小さくなっていた。イレッサが効いていることになる。吉報。脊椎の方も痛みが取れてきている。ちらし寿司を買って帰る。
4月14日(木)
菊根分程よき疲れ残りけり
昼寝のあと、4時ころ玲子のCTを撮りに病院へ。戻ると奈穂が着いていた。
4月15日(金)
てんぷらに家族にぎはふ春ともし
奈穂一人加わると、とたんににぎやか。
4月16日(土)
芝草に残る湿り気風光る
早朝芝を刈ろうとしたが、やわらかくてうまくいかなかった。
4月17日(日)
薫風が部屋吹きぬける棚浚
明日の朝から工事(耐震補強工事)食器などをすべてダンボールへ移した。美穂が大活躍。
4月18日(月)
鶯が三声残して帰りけり
槌音を受けて返しぬ柿若葉
耐震補強工事はじまる。すこしでも変化があるのは、悪いことではない。
4月19日(火)
蜃気楼ニヒルもアナも見ぬ不思議
デモとテロ思ひがわかる悲しさよ
ニヒリストやアナキストになるには一定の抽象化と自己正当化が必要だ。映像で育った日本の世代の脳はそういう方向へ行かないらしい。折りしも中国は反日デモで揺れている。
4月20日(水)
ガーデンに立てば行き交う言葉かな
4月21日(木)
家普請二階の隅でピクニック
工事は明日ごろまで。流しが使えないので、稲荷ずしやのり巻を買ってきて寄り合ってたべた。
4月22日(金)
街に一つ高層のビル春はやて
エスペラント会の例会、今日は4月1日オープンの本庁タワーで。
4月23日(土)
春更けて病む妻今日は誕生日
4月24日(日)
うららかや髭の手入れは吾娘まかせ
NHKの俳句スペシャルで席題に「うららか」が出たので上の句をつくってみたが、ファックスの不調で送れなかった。場面はだいぶ前のことである。
4月25日(月)
よみがえる白き天井みどり風
女房がガラスのビンにチューリップ
耐震補強工事終わる。リビングの白い天井は、一点の贅沢。最初取り除いた部分だけをはったが、膏薬をはったようになってしまったので、急遽追加工事をたのんだわけ。玲子も、庭までは出られるようになった。チューリップの色は、上品な淡いピンク。
4月26日(火)
黄ばむものその脇にまた芽吹くもの
草取りの喜びは、新芽の発見。ゼフィランサス・ロゼアの芽がなかなか出てこない。エスコルチアは今が見時。
4月27日(水)
ぬか足して見様見真似の春菜漬け
4月28日(木)
春の波揉まるるブイの命めく
初夏を思わせる陽気。玲子をのせて海岸線をドライブ。
4月29日(金)
「しずかね」と零るる言葉春深し
コスモスを移植した。息子の一家があさって来る。
4月30日(土)
シャボン玉消えて悔恨そらを行く
うっすらと悔恨の味蕗食らふ
1)庭でフキがかなり取れた。これがなかなかの味。
2)毎日のように入れ代わり昔どこかで出会った人が夢に出てくる。こころよい悔恨をともなって。不思議なことに、人生で華々しかった瞬間は夢には出てこない。
3)ヒャクニチソウが芽をだしはじめた。
【2005年5月】
5月1日(日)
老鶯の歌の訛を覚へけり
青あらし新装の家に孫の声
季語は夏。いつも来る鶯は、声で識別できるようになった。
天井に真っ白なクロスを貼ったので、家が新しくなった。孫たちは部活もあって長くは休んでいられない。昼ごろ来て、その日のうちに帰っていった。
5月2日(月)
ポッピーが咲いたと妻におこされて
5月3日(火)
風かおる憲法記念日ああ青春
あまりにもたくさん言いたいことがあると、言葉がでなくなってしまう。
5月4日(水)
食卓に置けば掌(て)ほどやバラの花
5月5日(木)
子は巣だち妻とふたりで柏餅
飽かず見てまだ目に残る赤きバラ
5月6日(金)
悲しみを雨が洗ひぬ花薔薇(はなそうび)
玲子が背中の痛みのためまた動けなくなった。それにエスペラント館の給水系統の不調の知らせがくわわり、もどかしい。
おおきな薔薇がすごい勢いで毎日たくさん咲く。もったいない感じである。
5月7日(土)
もろ花の咲いてまた散る端居かな
自分だけが動かないで、季節は変わっていく。焦燥。
5月8日(日)
朝の日にひなげしの花熔けて行く
母の日。奈穂と亮からの電話を取り次ぐ。
5月9日(月)
病院は二度目のさつき咲き盛り...
とにかくここまで来た。
5月10日(火)
本から目を上げればポピー舞っている
海洋地質学者の書いた「ノアの洪水」とい本を読んでいる。
5月11日(水)
病院の軒で安心つばめの子
よく熟れしトマトを買ひぬ帰りみち
今日も病院へ行ってきた。
5月12日(木)
ぬか漬けになれてよろしき茄子の色
5月13日(金)
友の来て部屋に満ちけり若葉風
望月さんに、三島エスペラント会の例会に来てもらって、ウズベキスタン旅行の話しをしてもらった。ものすごく日程の込んだ、内容の豊富な旅行だったようだ。そのあと、家にも寄ってくれた。玲子も久しぶりに家族以外の人と会った。
5月14日(土)
年経りし庭の梧桐やまた芽吹き
5月15日(日)
あの力あのやわらかさ茗荷竹
5月16日(月)
ほどほどに漬かりし茄子やひとり飯
5月17日(火)
ポピー ポピー ポピーの波の乱反射
5月18日(水)
花苗にはやや手荒なりさみだるる
玲子、急に脊椎の辺りがひどく痛み出す。起きたときまではではよかったのに、すっかり意気消沈。今日は通院日だったが、注射のみ。
5月19日(木)
過ぎ去るをただ待つばかり五月闇
二度目の脊椎の衝撃の痛みがすこしよくなったと思っていたら、三度目が来た。一人ではトイレにも行けない状態。一階の居間で寝起きしている。
5月20日(金)
花絶やすまじヒマワリの種下ろす
暑さが来ると庭がさびしくなりやすい。四季咲きコスモスとヒマワリを苗床に準備。
例会に行こうとしたら、電動自転車がない。盗まれたらしい。駐在に届けたら、おまわりさんが来て現場を見て行った。
5月21日(土)
妻を看るあいまの昼寝ソファー柔
5月22日(日)
花の芽もしこ草の芽もはしり梅雨
どちらかと言えば雑草の方が元気。
5月23日(月)
蟻地獄こころは肉が宿すもの
玲子、痛みが引かず動けない。水曜日(診察日)に間に合うかあせる。ひどい痛み。
5月24日(火)
夕焼けてわが亡きあとの世を思ふ
戦争を知っている世代は順に寿命を終えつつある。わざと靖国神社に参拝して、平和憲法を屠る方向に世論を向けようと、わざわざ敵を作っている人もいる。マスコミがそれに協力している。
5月25日(水)
池囲むバラの庭園みどり風
病院の庭がおおきな庭園になっている。
痛むので、どうやって病院まで玲子をつれていくかが大問題だった。今日コルセットも作った。(イレッサを使っているので、肺を締め付けるのはよくないとの医師の判断で、本格的なコルセットは使っていなかった。肺のほうの進行は良好。)
5月26日(木)
起こされて娘(こ)と農協でナスを買う
5月27日(金)
起き上がる腰おぼつかな茄子の花
5月28日(土)
人間が立てる喜び風光る
玲子、立ってガラス越しに庭の花を見た。
5月29日(日)
楽園の危ふき夢や花ポピー
花畑に借りているところに家が建ちそう。梧桐や夏みかんの木も切らなくてはならなくなりそう。
5月30日(月)
その日来て一生(ひとよ)の友の梧桐伐る
アオギリがとなりの敷地にはみだしているので、伐らなければならない。地主さんは「枝の細いところを伐ってしまえば、もとがかれるから、伐りやすくなる」と教えてくれた。わかっていたことだが、今の心境で、よい句は出来そうもない。
5月31日(火)
こまやかに母看る娘五月尽
病む妻の所望の新茶悠々と
玲子、新茶がほしいと言う。いっしょに飲んだ。
【2005年6月】
6月1日(水)
風吹けば海のかをりや衣替
コルセットが出来た。今までの簡易コルセットでは、骨折の連鎖反応はとまらなかった。病院のバラ園を歩いてみた。
6月2日(木)
痛み引きし間の談笑や濡れ青葉
6月3日(金)
痛み忍ぶ 時は味方かはた敵か
6月4日(土)
托卵の鳥のみ栄ゆ夏やかた
河田夫妻、世古口さんと八ヶ岳へ。ホトトギスとカッコウの声だけが聞こえる。鳥の世界も世知辛い。
夜、工藤尚さんとその息子さんが館に見えて、午前1時半ごろまでおしゃべりを楽しんだ。
6月5日(日)
八ヶ岳青葉の海の波頭
世古口さんといっしょに八ヶ岳高原大橋をとおって帰った。
6月6日(月)
灯を消せば寄せては返す喜雨の音
娘と一日交代で病人の脇に寝るのである。妻は、まだ一人では起き上がれない。
6月7日(火)
図書館は人なきがごと額の花
頼まれて藤沢周平の本を仮に三島市立図書館へ。
6月8日(水)
湿り風病院棟を増やしおり
来るたびに研究棟の工事が進んでいる。時計の針のように。
6月9日
夏の風邪夜の海原へ漕ぎいづる
6月10日(金)
芝刈ればみみずの国の一大事
6月11日(土)
床にありて勝手きわめり夏の風邪
病人の傍にいたら、早朝吐き気をもよおし急遽美穂と交代。まる一日本を読んだり眠ったりしてごろごろすごす。読んだ本は、「98%チンパンジー−分子人類学から見た現代遺伝学」。
6月12日(日)
長き日もたちまち暮れる病みの床
たいした風邪でもないので、一日中本を読んでいた。
6月13日(月)
起き上がれぬことの怖さや夏の夢
これは、自分のことではありません。ひとりでいたらさぞ不安だろうと...
6月14日(火)
手付かずの庭茫々や梅雨晴れ間
ダンスのような形で部屋を一往復するのが歩行練習である。
6月15日(水)
待つ部屋のドア閉ざされて梅雨寒し
玲子、腰のMRIをとった。痛くてまっすぐになれないので、曲がった姿勢のままとってくれたとのこと。
6月16日(木)
共に居て語るでもなし雨安居(あめあんご)
6月17日(金)
妻起こす手順になれて梅雨ながし
6月18日(土)
黒南風の部屋吹き抜けて箱根まで
6月19日(日)
父の日と思いつつパイ味わいぬ
自分で買ってきたアップルパイに「父の日」と書いてあったのです。
町内清掃日。一年で近所の人とおしゃべりするのは、この日だけぐらい。ちょっと楽しみにしていた。
6月20日(月)
筋肉(すじにく)と牛蒡の煮付け妻も食う
6月21日(火)
山の上(え)に異形(いぎょう)集ひぬ夏至の夢
"A mathematical mistery tour" (A.K.Dewdney)を読んでいる。ものすごく面白い。
物質の世界は、どうして数学の言葉で書かれているのか。それなのに、人間の世界はまことに定まらない。意識の世界は、物質の世界とどのように折り合いがつくのだろうか。有象無象がうごめく図のほうが、人間には親しみやすいときもある。
6月22日(水)
父の日のプレゼント着てほめられて
奈穂帰省。
6月23日(木)
動けずば口で采配らっきょ漬け
玲子、やや元気が出る。
6月24日(金)
持たせたし糠漬け野菜紫蘇パセリ
あしたの朝奈穂東京へ。大根、かぶ、キュウリなどは冷蔵庫へ入れておけば、すこしはもつかな。食文化の伝統を絶やさぬように。その次の世代は、もう漬物には見向きもしない。
6月25日(土)
梅雨晴間机上で止まぬ電子音
「きらめき総体」の総合開会式に出演(ダブルダッチ)するということで、あかねがリーダーとしてベイエフエムに10分間出てインタビュー。車で小高いとことまで行って、やっと聞いた。家では受信不能。
6月26日(日)
覚えられている間は死なぬ老母の忌
6月27日(月)
手入れ行き届かぬ庭に月涼し
6月28日(火)
黒南風(くろはえ)にページめくらせ物思い
"What it means to be 98% chimpanzee"という本を読んだ。人種について、アメリカの人類学者の考えは、ナチのそれと大差はなかったそうだ。1950年代のアメリカで、miscegenation(白人と有色人種との結婚)を法律で禁止している州がまだ19もあったそうだ。そういえば、10年ほどまえに、山本宣治の遺品をみせてもらったとき、(宇治川のほとりにある料理旅館「花やしき浮舟園」の若主人だった)その中にパリで開かれた「優生学国際会議」の分厚い議事録があったことを思い出す。ナチの優生学に対抗して開かれたものではないか。
6月29日(水)
通院日歩行練習雲の峰
RMIの結果は、椎骨が次々につぶれていて、もうこの辺で一段落だろうとのこと。痛みさえとれれば、そのうちに自分であるけるようになるだろう。
6月30日(木)
涼しさよここに果てんと思いけり
今のボクにとって至上の幸福とは、みどりに囲まれた涼しいベランダでの読書三昧かも知れない。
【2005年7月】
7月1日(金)
黴の家旅の土産のチョコつまむ
世古口さんから、略図入りでアメリカの土産話を聞いた。
7月2日(土)
半夏生ひとの痛みを知るすべなし
ソファーを買いかえようと、美穂と見に行ってきた。
7月3日(日)
もぎ終えて妻のよろこぶ紫蘇の山
7月4日(月)
紫蘇もんで紫蘇の香に染まりけり
市役所の「長寿介護課」と八反畑の「共立福祉サービスセンター」へ行ってきた。
紫蘇の葉もみは、新鮮な経験である。
7月5日(火)
人間である悲しみや梅雨長し
市役所から、介護保険の認定調査のために、野田さんという若い調査員が来た。1時間ほどいろいろな質問があった。質問は的を射ていた。
ガスコンロを買った。長いこと使ったコンロの火が点きにくくなったため。
午後奈穂から長い翻訳の依頼があって、始めようとしたら、10年来の愛用の電子辞書がだめになり、急遽買いに行ってきた。
古物三題話のような一日だった。
7月6日(水)
心做しか蕾白みぬ百合の花
球根で買ったレジェンドという大きな百合、根元に生えてきた雑草をとろうとして、誤って切ってしまったのである。そのまま室内におき、毎日つぼみが開くのを待っているところ。
7月7日(木)
病む家の願いささやか星祭り
共立福祉サービスセンターからケアマネジャーの植田さん(たまたま玲子の病院での同僚だった)が見えて、介護保険関係の打ち合わせをした。手すりのついたベッドや歩行器のことなど。
7月8日(金)
さつき闇イタイノハモウタクサンヨ
玲子、また激痛のために動けなくなる。脊椎の別の部分がつぶれたらしい。
7月9日(土)
病む部屋にぽっと白百合点りけり
花びらの先から先まで、27.5cmあった。
7月10日(日)
カブトムシ街に子供が増えてきた
7月11日(月)
通り雨線路の土手は月見草
山の病院へ行ってきた。
介護保険のベッドと歩行器が届いた。頭を適当に上げると、玲子は気持ちよさそうに寝ている。これでよいのならよい。
7月12日(火)
梅雨晴れ間レモンを欲しと妻が言う
7月13日(水)
咲き尽きて花瓶の百合の枯れにけり
通院日。玲子、電動のベッドでよく眠る。
7月14日(木)
遠景は昔と同じ海の夏
やや遠くが見えるようになってきた。
7月15日(金)
ひまわりは多きがよろし病の部屋
「モネのヒマワリ」として売っていたミニヒマワリを種からそだてた。花の色と葉の色の調和が実によい。
7月16日(土)
戸を開けて青葉の息に驚きぬ
7月17日(日)
涼風が自慢の家やなつかしき
きょう海の日とか。子供の頃に住んでいた千本の家では、松林を抜けてきた風が涼しかった。波の音と子供の叫び声が夏中海の方から聞こえていた。
7月18日(月)
白南風や妻窓越しに庭を見る
東海地方も梅雨があけた。窓のところまで、まだ、一人では行けない。
介護保健で風呂場に手すりをつけることにした。朝、下見の人が来た。
7月19日(火)
片影にキャプテンチェアー本を読む
幸福が肌に滲みこむ端居かな
いま読んでいる本は"Riemann Hypothesis"。これがなかなか面白くてやめられない。
7月20日(水)
工事音いつやむのやらああ大暑
伊奈さんの家の工事の音が終日絶えない。
7月21日(木)
手探りでピアノ弾きけり「夏は来ぬ」
百日紅人手借りずに歩けたよ
あさ、壁伝いに一人でトイレまで行ってきたというので、おどろいた。
「夏は来ぬ」の3番の歌詞はなんだったか、と玲子。検索してみた。メロディーも確かめる。サルスベリにカスミソウをあしらって、ガラスのビンに挿して見る。
7月22日(金)
歩けるということ凄し雲の峰
玲子のために、手すりを配置する。
7月23日(土)
片付けて涼風すいと通しけり
長袖シャツを着た。
30年ほど積んであった日本文学全集と現代世界美術全集計100冊ほどを寅の子文庫(ネット販売の古本屋)に持っていってもらった。
7月24日(日)
山の気や一樹にたよる蝉の数
7月25日(月)
山の気やはらはら零る百日紅
7月26日(火)
グラジオラスやっと開きぬ雨の中
「文芸三島」にこわごわ応募して三句送ってみた。
7月27日(水)
台風一過一憂一喜通院日
7月28日(木)
じりじりと灼くるがままに昼の街
玲子、PET−CTをとった。
7月29日(金)
われと子を比べ思ふや走馬灯
7月30日(土)
落し文だれも拾わず日の暮るる
奈穂の休日が終わり、「今日は夜10時半まで仕事がある」といいながら東京へ戻る。
7月31日(日)
カーテンを閉めて人病む旱かな
睦ちゃん(玲子の妹)が来た。介護関係の仕事をしているので、細かいところに気づいてくれる。
【2005年8月】
8月1日(月)
目覚むれば命一途や蝉の声
気晴らしに玲子を車にのせて箱根を1時間ほど走り回ってきた。
8月2日(火)
このままがよし夏草の伸び競ふ
8月3日(水)
骨転移しずかに聞きぬ花空木
先週やったPET-CTの結果を聞きに行ってきた。
8月4日(木)
一仕事終へて寝転ぶせみ時雨
よいソフトを見つけて、懸案がやっと実現した。
8月5日(金)
老病苦死人間小さし入道雲
8月6日(土)
灼熱の陽にあかあかと梅を干す
8月7日(日)
人病んで夕顔あまた開きけり
種から育てた夕顔、十ほど同じ方向に咲いていた。妻を呼ぶ。
8月8日(月)
いま生(あ)れて窓を打つなり夜の蝉
8月9日(火)
埴生住(はにゅうずみ)山の恵の風凉し
8月10日(水)
不眠症本読むとすぐ眠くなる
(きょうは川柳)
玲子ともども歯医者へ行ってきた。
8月11日(木)
ゆっくりと生きるがいいさアスター挿す
8月12日(金)
堪へること倣(ならい)となれりラッキョウ食む
主語がありませんが、自由にきめてください。
8月13日(土)
ノンノンと横に首振る扇風機
8月14日(日)
盆休み零れし命貰ひけり
幕張で行われた高校総体のビデオ(あかねが公開演技で出た)を見せてもらったり、皇太子さまに声をかけられたときの様子を聞いたり。みんな元気いっぱい。
8月15日(月)
あの己この己にも油照り
息子一家、夜九時半ごろ家路についた。嵐が去るように。
8月16日(火)
老いの家に老いのやすらぎ冷やし酒
8月17日(水)
さざなみが湖渡りゆく日の盛り
平凡な生活の中の小さなさざなみ。自転車泥棒がつかまり、警官(5人)に連れられて我が家に現場検証に来た。
8月18日(木)
年取れば昔恋しきカリントウ
頼まれてカリントウを買いに行ってきた。
8月19日(金)
夕顔や白の限りを今咲ける
8月20日(土)
犬も子も道から消えて油照
8月21日(日)
送りまぜ届くメールも余りなし
8月22日(月)
短夜やジグソーパズルなほ手強
8月23日(火)
胃カメラを飲めと先生ひげを誉め
生活習慣病の検査。「口にこれをくわえてください。しばらく話はできません。」と言ってから、「いいお髭ですね。手入れが大変でしょう。」と先生。「うううう」とボク。今日のは川柳かな。
8月24日(水)
ひまわりと見し間に秋の梨届く
沼工の頃の今野君が梨を送ってくれた。
午前中、玲子は整形外科の方の診察。午後奈穂が帰省。
8月25日(木)
台風荒れ家族一間に篭りけり
奈穂もいっしょに、テレビのボリュームを上げて「ポアロ」を見た。夜中に停電。
8月26日(金)
山暴れ庭荒れて秋始まりぬ
風向きのせいで物置の中全体がびしょぬれ。庭にはヒヨドリが一羽死んでいた。花桃の木も倒れた。
8月27日(土)
百日草嵐ひとつに潰えけり
11時過ぎに奈穂を送って駅まで行った。睦ちゃ(玲子の妹)んが来て夕方まで話していった。
8月28日(日)
星明り夕顔の白まがまがし
8月29日(月)
ゴミだしの日だ寝過ごすな朝の秋
8月30日(火)
秋めくや向ひの家も庭手入れ
8月31日(水)
夏休み終えなんとして海はるか
少年の夏の終わりはむず痒し
待合室待つことながし秋の蝶
ボクらの前に診察室に入っていった家族(6人)が、1時間近く出てこなかった。
【2005年9月】
9月1日(木)
防災の日はよく晴れて平和なり
盗まれた自転車を、おととい警察が持ってきてくれた。今日はそれに乗って図書館まで。日差しは暑いが風は涼しかった。
9月2日(金)
見ぬうちに夕顔白く散りにけり
朝みると、大輪の夕顔がおびただしく落ちている。申し訳ない気持ち。
今日は三島エスペラント会の夏休みもおわり、顔をそろえた。ただし、阿井さんは、現在ベトナム旅行中。
9月3日(土)
宵闇を駆け足でくる山の秋
「エスペラントで語る会」に出席。夜になると八ヶ岳はかなり涼しい。
9月4日(日)
人逝きて更には言わず蓼の花
竹内さんが亡くなったと言っただけで、言葉は続かなかった。
9月5日(月)
夕顔や見知らぬ庭に来たような
9月6日(火)
遠き日は夢に見やすし秋扇
9月7日(水)
なるやうになるほかはなし台風来
京都議定書を軽んじる国が増えると、台風もハリケーンもぐんぐん大きくなるぞ。
9月8日(木)
存分にコスモス咲けり箱根風
9月9日(金)
冬瓜を抱き上げてさてどうするか
大工が赤子ほどの冬瓜をもってきてくれた。インターネットでみつけたのか「冬瓜の調理法」というプリントと一緒に。美穂が少し調理してくれた。
9月10日(土)
ジグソーの朱のいろいろや葉月果つ
オンラインジグソーパズルをみつけては遊んでいる。われながら困った親父である。でも、きれいな風景が完成すると気持ちがよい。
9月11日(日)
野の虫の翅の飴色月明り
雲を通しての月明かりです。
9月12日(月)
ねこじゃらし老女(おうな)と孫の散歩道
見ていると、子供が反対のほうへ歩き始めたりして大変そう。
9月13日(火)
秋暑く草野に人の影見えず
9月14日(水)
母のことを医師も語りぬ秋の風
「先生は、重い病気の人の心配ばかりしていて、鬱にならないかって、家で話しているんですよ」と玲子。「私も和歌山に母がいるんですが、一年に一度ぐらいしか会えない」と医師。玲子ぐらいの年齢のお母さんだそうだ。
9月15日(木)
海遠しされど海風草の花
やっと涼しい風が吹いてくれたので、庭に出て藪枯らしをとったりした。小さな花々を発見する。
9月16日(金)
空澄みてつんと一本彼岸花
その一本のあとを追って、数本が伸びはじめていた。毎年ぴったりお彼岸に咲く不思議な花。
9月17日(土)
(川柳)ソファー解体肉屋気分になっている
30年ほど使ったソファー新しいのに変えた。ソファーの皮を剥ぎ、細かく腑分けした。燃えるゴミの日に出す予定。
ソファー買って季も新たなり彼岸花
9月18日(日)
月かくれ雲乳色に染みわたる
9月19日(月)
夕顔の蘂(しべ)の根元の浅緑
9月20日(火)
思い出すことが孝行萩のもち
彼岸の入り。石舟庵までおはぎを買いに行ってきた。
妻は「腰がまがって仏壇に届かなくなった」という。
9月21日(水)
墓参り明治が近くなりにけり
日露戦争はボクの生まれるたった24年前、関東大震災は6年前。この年になると、むかし大人から聞いた話の意味がよくわかる。子供の頃は、遠い昔の話だと思っていた。いまの若者に太平洋戦争の話をしても、ピンとこないわけもわかる。なにか悲しい。
静岡へ行ったついでに望月さんの家へ寄ってきた。
9月22日(木)
朝まだき朝の香りの紫蘇を摘む
胡瓜もみに紫蘇の香りをいれてやる。
9月23日(金)
くっきりと山が近づく薄(ススキ)みち
予約の本が入ったとの知らせで、図書館まで車を走らせる。
9月24日(土)
金糸梅植えて見上げる秋の空
これ、日記ですのでメモにも使います。望月さんからもらったキンシバイです。
9月25日(日)
地の果てに続く山並み台風過
「時の栖」(御殿場)へ、ドイツのソーセージを買いに行ってきた。玲子はベルリンで食べたソーセージのことを何度も言う。
9月26日(月)
だあれにも借りだけはなし彼岸花
今日奈穂が来た。今の職場をやめることに決めたようだ。
9月27日(火)
賑ひを聞く安らぎや秋の夜
奈穂が帰ってくるとにぎやかになる。夜中に目をさますと、まだ階下で声がしている。
9月28日(水)
空の秋妻もチェアーで屋上へ
通院日。今日は奈穂が車椅子を押してくれた。
9月29日(木)
久々に妻とドライブ彼岸花
「時の栖」までとライブ。久しぶりに玲子、日に当たる。五十路大橋の下の辺り、彼岸花が満開。
9月30日(金)
いわし雲見知らぬ道に居る心地
奈穂と南京はぜの並木道を通って図書館へ行ったが、今日は月末で閉館日だった。
【2005年10月】
10月1日(土)
ふつふつと星の子孵る天の川
ガス星雲のなかで新しい星が生まれる。
10月2日(日)
秋悲し吾娘(あこ)の一途を肯(うべな)ひつ
ボクも若い頃は、大きな権力にたてついたものだ。ボクの青春は、敗戦をまたいでいたからな。
10月3日(月)
風吹けば風の形や秋桜
10月4日(火)
茄子大根茗荷で浅漬け出来上がる
10月5日(水)
灯を消せばいよよ淙々秋の雨
10月6日(木)
病んでなほ孫にと妻のジャム作り
どうしても紅玉でないと味がでないと言うので、見つけるまでボクは三度も探しにいった。
家増えて秋の音色の移りけり
今年に入ってからでも家のまわりで新築が数件、いまも槌のおとが一日中続く。
10月7日(金)
草の花茫々と黄に染まりけり
実はこれ、セイタカアワダチソウ。嫌われ者だが、よく見ると実にきれいな花なのである。隣の畑の持ち主が、草刈に来なくなったおかげである。
10月8日(土)
妻宛の孫の絵はがき秋凉し
10月9日(日)
秋のの店春咲く花の種ばかり
10月10日(月)
つかの間の仮のこの世や水の秋
10月11日(火)
秋に入りなを夕顔や灯をともし
10月12日(水)
がんセンター待つ人静か秋の蝶
10月13日(木)
悔いもあるあの日懐かしいのこづち
10月14日(金)
秋高し悲しき色よ濃紺は
10月15日(土)
裏道は人の来ぬ道猫じゃらし
昼前息子夫婦が、たのんでおいた中古のパソコンを持って来てくれた。
10月16日(日)
長き夜雨の音聞く人ひとり
10月17日(月)
溜まりたる書に囲まれて雨月かな
今日は満月のはず。本を手にするが、どの本も自分の履歴のようで悲しい。
10月18日(火)
穴まどひ無理はするなと講師言う
午後、高齢者講習(自動車学校)。
10月19日(水)
ここあそこ小さく分かれて稲の秋
10月20日(木)
秋晴れや遠い花屋へ行ってみる
オオキンケイギクを庭いっぱいに咲かせてみたいのだが、タネを売っているところがない。
10月21日(金)
爽籟や歴史の重み記念館
横浜の開港記念館での、第92回日本エスペラント大会に参加。夕方レストランで、日中韓三国共同執筆の「未来をひらく歴史」の翻訳の打ち合わせをした。久しぶりに久保田さんや、佐藤さんと同席。
10月22日(土)
さんざめくイルミの底に秋の闇
ドラ三つ巨体ゆるゆる秋の潮
大会に参加。夜、山下公園を通って、ひとりメルパルクホテルに向かう。みなとみらいやベイブリッジのイルミネーションが実にきれい。空は雨もよいで真っ暗。
10月23日(日)
秋の園故郷の歌を歌う人
早朝の山下公園は、日曜のためかかなりにぎやか。蛇三線を弾きながらいつまでも沖縄の唄をうたっている人がいた。
霜降や二度と会えない人の数
宰園寺さん、竹内義一さん、中村正美さん、萩原ナカさん、足立長太郎さん、梅津純孝さんなどなど。
10月24日(月)
爽やかや窓辺まで来る大き鳥
山の病院の待合室の窓辺に、クジャクらしい鳥が遊びに来ていた。どこかから逃げてきたものだろうか。
10月25日(火)
百日草百日咲きて咲き疲れ
かわいそうに、かなりぼろぼろになってしまった。
10月26日(水)
やり終へて深更の椅子虫の声
10月27日(木)
シュウマイが吾子の土産や秋ともし
10月28日(金)
朱の蝶が朱の花訪ひぬ風さやか
10月29日(土)
球根を植えて黒土日を溜むる
10月30日(日)
潮風を受けつ秋刀魚を買ひにけり
10月31日(月)
そぞろ寒過去知る人の数乏し
終日「未来をひらく歴史」(中日韓共通の歴史教科書)の監訳。一方テレビでは、憲法改正の議論が行われている。
【2005年11月】
11月1日(火)
亡び去りしものぞ慕はし萩の花
「未来をひらく歴史」をやっている。醜いものの間に、珠玉がちらばっている。
11月2日(水)
薄紅葉児(こ)の影残す娘(こ)を送る
11月3日(木)
秋の蚊のレゾンデートル灯油汲む
(オレみたいな)蚊が物置にまだ健在。
11月4日(金)
飛石をゆずってお辞儀水の秋
よく肥えた花を並べて菊花展
楽寿園の菊花展を見に行ってきた。菊花展とは、スポーツ祭にのようなものだと納得。ボクは景色として楽しむのが好きで、競うのはあまり好きではない。
11月5日(土)
わたしここにいるのよと咲く草の花
今井さんからもらった「チシマタンポポ(Hieracium alpina)」が一つ花をつけた。
11月6日(日)
神経痛の予報当たりて秋しぐれ
神経痛がでると不思議とお天気が崩れる。なぜだろう。
11月7日(月)
立冬や汗ばむ気温黄砂降る
こんな変な句になるのは、ボクのせいではなく、気象のせいです。夏日を記録したところも諸所。「週刊金曜日」に送金(予約)して、戻ってきたら、汗だくだくでした。
11月8日(火)
カーテンを開き小春を惜しみけり
神経痛がひどく、一日ベッドでうなっていた。
11月9日(水)
伊豆の山越へて相模へ秋の風
かなり強い風が吹いた。
11月10日(木)
車椅子押して石路(いしみち)石蕗(つわ)の花
がんセンターの庭は、庭園と言ってもよいほど広くて立派。天気がよいので、待ち時間に池の方へ行ってみた。玲子が「あれがツワ」と教えてくれた。「俳句ではよく出会うが、あれがそれか」
11月11日(金)
柿熟し重みに耐ゆる一樹かな
11月12日(土)
九条のつどいネンリンピックの日
自民党の憲法改正案の説明会があった。参加者は、部屋いっぱい、年寄りばかりが多かった。今日がネンリンピックだそうだ。
11月13日(日)
タワービルぬっと聳えて暮れやすし
11月14日(月)
ジャケットに包まれてまだ大丈夫
奈穂に贈られた毛のジャケットを出して着た。
11月15日(火)
まんまるの月と出会いぬ帰り道
今日では病院ではCTだけ。帰り道、なじみのラーメン屋へ。何年ぶりか。山を越えて帰った。
11月16日(水)
命てふ枷をはずして桐一葉
なんだか「辞世の句」のようなのが出来てしまったな。
11月17日(木)
新素材覚束なくて蕪(かぶら)食う
糠漬けの味の出し方もわれながらうまくなって来た。
11月18日(金)
嚏ひとつ結婚記念日今日だとか
夕方、玲子が気がついて「きょうが結婚記念日だ」と言った。
11月19日(土)
オリオンを梢にあずけ神眠る
連歌なら続いて「抜き足差し足森の妖精」かな。
ボジョレヌーボー人新しくまた古し
エスペラント会館の閉館の日でした。
11月20日(日)
落ち葉しきり埋め残されて泉湧く
11月21日(月)
小春日やまだ開いている何でも屋
シャッターを閉じて見返す冬館(やかた)
ボクが最後の退館者。
11月22日(火)
殺戮の消し得ぬ歴史まなこ冴ゆ
「歴史教科書」の監訳。年老いたもと日本兵の三光作戦の証言などもあった。
11月23日(水)
日向ぼこ濡れ縁妻の指定席
シャコバサボテンの横です。
11月24日(木)
冬ぬくし干物を買いに港湾へ
魚河岸はふるさとの風冬ぬくし
11月25日(金)
冬濤やブイの灯りの浮き沈み
エスペラント会の例会に阿井さんが見えたが、瀬川さんはお子さんの風邪のためにお休み。
干物を買いに港湾まで行ってみたが、遅かったせいか閉まっていた。あしたまた行ってみよう。
11月26日(土)
たのまれて小豆もち米誕生日
きょうが自分の誕生。たのまれて小豆と餅米を買いに行ってきた(自分で)。数えで計算すると、今年が喜寿。どうも進行がはやすぎるような気がする。
秋深むターシャ・チューダー四季の庭
NHKで「ターシャ・チューダー四季の庭」というのを見た。あまりに印象が強く、他のことがこころに浮かんでこない。
11月27日(日)
をりをりにこの日しのばむ冬篭り
望月さんと、グランシップでの「静岡連詩の会」の発表会へ。ちなみに壇上にならんだのは、大岡信、岡井隆、平田俊子、井上輝夫、谷川俊太郎の5人。連詩の最後が、芭蕉の句のパロディーで結ばれていたので、ボクもあやからせてもらう。大岡さんは、沼中の2年後輩にあたるが、言葉や歩き方に脳溢血のあとが感じられた。小林(司)さん(同年輩)のこともあるし、気持ちは複雑。
11月28日(月)
日めくりのように葉を脱ぐ遅き冬
11月も終わろうというのに、やはり異常気象なんだろうか。人は気にしていないが、俳句は作りにくい。
11月29日(火)
梅干の厚ぼた小瓶なつかしや
夢の中で、不意にそう思った。
11月30日(水)
水洟や生きとし生くるもの悲し
午後1時から病院。8時ごろ、奈穂を迎えに駅へ。
【2005年12月】
12月1日(木)
淡きこと水にも似たり大根漬
12月2日(金)
銀杏みち落葉車の窓たたく
エスペラントの例会に阿井さんも。河田さんはお休み。
電話あり ―「あかねが明治学院大学社会学部に合格」
12月3日(土)
山茶花に触るれば落ぬはらはらと
12月4日(日)
大根干す白きカーテン山おろし
三島大根まつり。陸ちゃんが沢庵漬けの講習を受けに三島の坂公民館まで来た。駐車場が小さいので、山道は大渋滞。
12月5日(月)
会者定離年賀遠慮のふみ数ふ
12月6日(火)
クリスマス夜は異教の街となる
街はもうイルミネーションでいっぱい。
12月7日(水)
言の葉は短きがよし年賀書く
12月8日(木)
落葉して明るくなりし庭を掻く
12月9日(金)
冬帽子よく晴れた日は自転車で
12月10日(土)
落葉掻く前に後ろに落葉かな
12月11日(日)
白日の狂気のニュース地球凍つ
心通はす友なき人よ北おろし
児童殺人(相次いで三件)だの、構造設計詐欺だの。
12月12日(月)
冬枯れの路に選挙の忘れビラ
12月13日(火)
胸中の野は冬ざれてただ悲し
われわれまでの時代、よいことばかりしたわけではなかったが、人間がもっと潤っていて、容量があったように思う。葛藤は人間の宿命だが。
白菜を抱きぬ赤子を抱くように
一つで4Kg以上もある白菜を二つ樽に漬けた。たのしみ。
12月14日(水)
ゴミ出し日「寒いですね」で温まる
12月15日(木)
片時も耳鳴止まず寒の星
「三島文芸」にボクの「耳鳴り」という詩と俳句2句が載った。
12月16日(金)
朝の陽に落ち葉を掻けば浪の音
話したきこと山ほどや年忘れ
Vivo(健康食品の店)の喫茶室で三島エスペラント会のプチ忘年会があった。
12月17日(土)
冬空に雲なし我に汚れなし
12月18日(日)
冬の月並木の骨にからまれり
12月19日(月)
黙々と落葉の下に緑かな
12月20日(火)
塀越しに挨拶かわす日向ぼこ
12月21日(水)
一回り妻とドライブ寒波来
妻は鈴福というラーメン屋しか行かない。久しぶりに行ってみた。山道(パサデナタウン)を回って帰った。
12月22日(木)
つれなくも森すれすれに冬至の日
12月23日(金)
落葉して明るくなりぬ心まで
12月24日(土)
聖夜とて吾娘が買ひ来しワインかな
12月25日(日)
カーテンに鳥の影来る冬の朝
なんとなくメール待ちつつ年惜しむ
12月26日(月)
病む家もまあ恙無し年歩む
12月27日(火)
我が家かな筋肉(すじにく)鍋のくつくつと
12月28日(水)
次々と咲くも零るも姫椿
山茶花のことを姫椿とも言うんだって。
12月29日(木)
家族みな湯たんぽ入れて年惜しむ
湯たんぽを2つ買い足した。素朴で安全で、最初温度が高く、体が温まるにつれて温度が下がっていくのがよい。
12月30日(金)
振り向けば名残の空に一つ星
このところ金星が街の灯を圧して明るく輝いている。
12月31日(土)
親子孫ところ狭しの晦日蕎麦
一家9人にぎやかにそろう。寿司をとって年を越す。