事実と数字―日本における資本主義の実態(要約)
「豊かな日本」とよく言われる。しかし、事実はどうか? 訪米と比較した数々の指摘から「豊かさ」の実態をあばく。
まず労働時間が長い。労働省の資料によってもその長さは歴然としている。少ない年次有給休暇さえ5割から6割しか使われていない。通勤時間も英米の1.5倍から2倍に達する。
健康破壊、精神疾患、労働災害も多い。これも労働省の資料によると、健康診断で発見された疾病は年々増えつづけている。ストレスから来る精神疾患の多さも日本生産性本部メンタルヘルス研究所の長でさえ10%の労働者は専門家に相談するのがいいと言っているくらいだ。
過労死も、そこに至るまで膨大な予備軍があることを見ておかねばならない。
大企業が大もうけしている反面、住居はまさにウサギ小屋であり、公園面積、下水道、図書館などの指標をとっても諸外国におとるばかりだし、物価も世界一だ。社会保障費の国民所得に占める割合はあまりにもみじめだ。最低年金を保証する制度がないものだから、70万人にものぼる無年金者が存在している。家族手当も貧弱で、これからは軍事費と大企業のための支出が増えるなかで、社会保障費が圧迫されていく方向にある。
サンヨーのパート労働者に激励ありがとう! (要約)
本誌がサンヨーのパート労働者の解雇撤回闘争を記事にしたのは一昨年だが、これにはベルギーからの激励も寄せられた。粘り強いたたかいと内外の支援の結果、大阪地裁は彼女たの言い分を全面的に認めた判決を出した。この中で明るみに出たのは赤字だという会社のウソだった。
技術者をやめるようにしむける不二家 (要約)
阿井みどりさんが、化学と数学の難問を通って不二家沼津工場の検査室に就職したのは1958年のことだ。去年会社は彼女を包装現場へ配点した。コンベアシステムのこの現場はか弱い阿井さんにとってきつい。痛む腕をかかえて帰宅するひが続いたが、彼女の要求にも会社は耳をかそうとしない。とうとう彼女は提訴にふみきった。あわせて明るみに出されたのが、男女の賃金格差。これらは各紙やテレビのとらえるところとなった。
天までのぼる高速道路料金 (要旨)
アメリカでは500円相当でボストンからワシントンまで行けるのに、東京っ子は東京から出ることさえ出来ない。瀬戸大橋を渡ると6490円取られる。しかも、渋滞! 資本主義的な利益の追求が、人々の健康な生活を麻痺させていることの象徴である。
東欧エスペラント平和の旅の中間報告
栗田公明
会の主催で準備をすすめている「東ヨーロッパ・エスペランチスト平和の旅」は、3月10日現在で、最低実施人数を上回る参加者の見込みがたちましたので、実行に移すことにします。参加者は約半分が広い意味の教育関係者で、その他学生、会社員、労働者などからなっています。約半数が一般の(エスペランチストでない)人です。それらの人の多くも、日本の政治の革新を強く願い、現在の日本の教育の現状をうれい、自分達の力で平和で幸せな世界の実現のために役立てようと考えている人たちです。
こういう参加者の希望を実現できるように、主催者は、これから次のような準備をするつもりです。
- 全体を通しては、前もって話し合いたいことを提起しておいて、短い時間でも有効なやりとりができるようにすること。各国で、出来るだけ話し合いの器械をつくる。日本側もよく準備をしておく。
- 教育に関心のある人に役立つ計画をたてること。学校(休みだが)を見せてもらうとか、相手国の先生と話し合うとか。
- 激動するヨーロッパ情勢についても直接現地のひとの言葉を聞き、日本の一市民としての考えも出して、意見をたたかわせる。
- 相手国の家庭を訪問し、宿泊させてもらったりして、得がたい経験をする機会を作ること。現在までに、ブルガリアとハンガリーで受け入れてくれるという反応がある。エスペランチストとそうでない人との組み合わせをよく考えることが必要。
東ドイツの状況は、流動的です。以下参考までに、東ドイツからの音信を掲載します。なお、La Verda Kolombo 98号に発表の旅行日程から、ドレスデンをはぶき、ブダプストを一日増やしたいと思います。ドイツでの事情のほか、ブダペストの方で日数が足りないと言ってきていますので。
Detlev Blanke氏(ベルリン)から
日本のグループのヨーロッパ旅行の提案うれしく思います。原則として、私達はあなたがたのグループを支援します。しかし、具体的なお約束をすることはできません。ご存知のように私達の国は、いま急速に変化しています。その展開を予測するのは困難です。勿論私達は市内の案内をしたり、ポツダムやドレスデンのエスペランチストと連絡をつけたりすることはできます。(一部略)ベルリンのエスペランチストと交流もできます。次回の情報をお待ちしています。
Peter Radig氏(ドレスデン)から
(一部略)いま私は精神的圧迫下にあります。ドイツ民主共和国では生活が激変し、多くの人が社会的悩みをかかえています。たとえば、文化上昇、蓄えで食っていけなくなる危険性、商品の欠乏、地代・家賃の高騰、失業などです。私自身の職も危険にさらされています。1月8日以来仕事をしていません。今わたしは、何か考え出すことが必要で、臨時の仕事探しにもいかなければなりません。8月8日/9日に私がドレスデンにいるのか、ドイツのどこかで職業再教育を受けているのか、今は答えられません。とにかく、私は未来に不安があるのです。でも、あなた方との友情は保ちたいと思います。敬具
この旅の計画に関して考えること
先日、東京でJPEAの連絡・交流会をやったとき、灘波正二氏がとてもよいことを言いました。氏の経験で、外国の人とつきあうとき、「自分の意見をはっきり持っている限り、気まずくなることは絶対ない。自分の意見を持っていないからバカにされるのだ」と。
人が,異なった習慣、異なったイデオロギー、異なった宗教... 総じて異なった「文化」にであったとき、たよりになるのは、徹頭徹尾「言葉」によるコミュニケーションです。この点でわれわれは欧米に学ぶべきところがたくさんあります。
日本人同士でも、およそ人間が三人いれば、そこに三つの文化があります。ところが自分と違う文化を尊重しあいながら仲良くしていくというようなことは、日本人の非常に不得意とするところです。日本の伝統の中には、そもそも、一人一人の文化が異なっているということを認めるところから始めようとする発想がありません。それが、言葉を軽視することにつながり、集団のなかから異質のものをはじき出すことにつながっていきます。
学校における「一斉主義」も、隣組の押し付けも、「いじめ」の問題も、外国人労働者との摩擦も、根はここにあると思います。異質な分子の排斥は、右翼の常套手段でもあります。
私自身がエスペランチストになったのも、まさにこの認識からです。
異文化間の交流は、実はきわめて日常的な問題ですが、そのことに気がつくだけのためでも、ヨーロッパまで行き、言葉による交流をしてくる値打ちが充分あると思っています。
チェコのエスペランチスト 1969年
東ヨーロッパ諸国とソ連のこの1年間は、まさに激動というにふさわしい状況でした。とりわけ感慨深いのは1968年のチェコスロバキアのできごとです。日本平和委員会はソ連など5カ国によるチェコスロバキアへの軍事介入に断固反対の態度を示していましたし、私もこんなことがあってはならないと考え、当時MEM日本支部の機関紙INFORMILO(La Verda Kolomboの前身)の編集長であった栗田 公明と語らい、日本平和委員会書記局の声明などを翻訳してバラまこうとしました。しかし私は若かった。情熱は主観的にはいっぱしでも力量が伴っていないのです。翻訳に時間がかかってヨタヨタしているあいだに時日がたってしまいましたし、「ベトナムで大事なときにMEMの中であらたな波紋を投じることになってはならない」という批判もでました。もっと早く翻訳できれば! くやしい思いでした。
「機関紙PACOの発行をめぐる事情について」その後
灘波正二
La Verda Kolombo 99号にスペースの関係で掲載できなかった報告については別刷りでお送りしましたが、その後2月1日付けで、ペテシュ議長から手紙が来ました。コピーをC.トーレ書記長とF.ミハイロフ書記局員に送るとしてありますので公的文書です。まず別刷り報告の最後に触れていました私の1月21日付手紙は届いたということでした。多くの仲間から仲間から批判や意見が寄せられているのはありがたいことで、私の具体的な提案にも感謝しているということです。
機関紙がいまもっとも大切という私の意見には同感だ、ブルガリア・エスペラント協会がなしてきた貢献をも認めたうえで、機関紙の改善については、規約に規定されているようにいろんなニュース、いろんなテーマをより好みせずに出す必要があるし、印刷にあまり永井時間がかかるようでは困るのだが、このところ充分ではなかった。われわれの運動には民主主義が必要で、いろんな意見や立場を認め合いながら行動をしていくことだ、というものです。
また機関紙の発行体制についても、活動家があれこれ探してくれてはいるのだが、高くない値段で印刷したいのと、適当な編集者を見出すにいたっていない。財政だけでなく内容や発行の遅れも今日の会員減少をきたしている。私の提案する値段は受け入れられないものではないが、社会主義国からの送金がむずかしい。ペレストロイカでどの国も通貨が交換可能になることを期待している。かといって、彼が何もかんがえてはいないということでは決してない。3月15日から18日まで開かれるパルドビチェでの会合で、彼の意見を出し、参加者の意見をまじえながら12回総会を準備したい、というものでした。このパルドビチェの会合に私が出席できないなら、内容はあとで報告するといことです。
さて以下は私の個人的な見方です。パルドビチェの会合で印刷所がみつかればはなしは別ですがあ、状況はむずかしいのではないでしょうか。ブルガリアで印刷発行していたときに単価はわかりませんが、前のほうこくからお察しのように、ブルガリア・エスペラント協会にかなりおぶさっていたことは確かです。他の社会主義国でまったくの商業ベースで印刷してくれるところがあれば価格は今のままか若干の値上げですむでしょう。しかし資本主義国ではあらゆる経費が高いし、日本ではあまりにも高すぎます。前回の手紙ではちょっとホラになったかなと案じています。たしかに状況はむずかしい。私の提案にもかかわらず、価格、輸送のてんで日本で発行するのは無理が大きすぎるかもしれません。こうなれば、私自身が経費の高くない社会主義国へ移住して製版を自分でしてオフセット印刷と製本だけを外注で、という今の日本でとっている方式で、ということも考え、栗田会長にももらしたこともありました。しかし、ペテシュ議長もああいっているのだから、せめてパルドビチェの会合を待ってみましょう。いずれにしろわれわれですぐできるのはVKの充実と発展、さらに月刊化でわれわれ自身の畑を耕し、国際的な信頼を不動のものにすることがさしあたって必要でしょう。VKをして国際的な機関紙に育てていくことのほうが早道かもしれません。
と、ここまで書いて編集の最後の作業にとりかかっているときに、LA PACAKTIVULO 154号とMEM書記長 F. Mihxajlova の手紙が届きました。PAの方は今度はベルギーから、MEM書記長 C. Glady が責任編集、書記長 C. Thole が編集長とあり、この関係についてはふれていません。B6、20ページで、内容はここでは紹介しませんが、今まで私の報告の中で紹介してきた私のものを含めた重要な提言がまったくとりあげられていませんので、この件については意見を送るつもりです。その主張欄を C.Tholet が書いていますが、その中で「PACOのソフィアでの発行は1990年末まで、さらに12回MEM総会まで保証された。」と報告しています。また F.Mihxajlova はVK100号のためのメッセージが長期の不在のために間に合わなかったが100号を祝うとのべるとともに、PACO の発行に関しては1990年末まではプルガリア・エスペラント協会による財政的保証もとりつけ、ブルガリアのMEM支部も編集長の V.Balevaを助けて、全読者に送るようにした、ただし、今年の1月号と2月号は印刷所の都合で同時に発行されるということです。なお、この LA PACAKTIVULOは手許に1部しかありませんので、お入用の方には実費162円(切手可)でコピーをお送りします。
連絡交流会からの報告
エスペランチスト平和の会(JPEA)の連絡交流会は3月4日に日本エスペラント学会で開かれました。参加は、阿井、石井、熊木、栗田、鈴木、高瀬、灘波、二瓶、藤島の各氏。今回は通常の「編集連絡会」とはちがって「平和の旅」に参加する人や関心を持つ人も対象にした「連絡交流会」として「旅」に関心を示した人にも案内していましたが、結果として顔ぶれは編集連絡会と同じでした。
議題はVK100号記念号の内容と「平和の旅」についてでしたが、「旅」の方は17ページに内容が紹介されていますので、ここでは触れません。
内容について、今度の旅行が交流が目的だとすると、聞くだけ、案内されるだけ、ではなく、われわれのおかれた状況をも説明しなければならない場合もあるでしょう。そのときに利用できるデータベースのような内容をこれから旅行までのあいだに記事に組み込んではという意見が出ました。まさにその通りで、この号の記事「資本主義日本の現実」もそれを意識したものですが、当然、数ページで間に合うものではありません。例えば教育。今度の旅行は夏に休暇をとれる条件の比較的大きい教職員を考慮したのもで、でなければわざわざ航空運賃の高いシーズンをとることはないのですが、その教育やそれをめぐる環境の問題も触れずにすますわけにはいきますまい。
ここで参加者の目が栗田さん、二瓶さんの方に向きました。それぞれ元の、あるいは現役の教員です。もっともこのテーマは、「そもそも日本の教育は...」といったものも必要ですが、自分の学校の状況とそれについての自分の見方、意見といったものも必要だということになりました。
熊木さんが意見を出しました。 ―東欧の状況が日本の政治情勢に大きい影響を与えているが、その東欧の個々の市民は何を考え何を要求しているのだろうか。マスコミでは伝えられない本音といったものを知ることこそわれわれエスペランチストができることではないか。カコミで、東欧の読者からリポートを貰うよう訴えては、という内容でした。これは13ページに掲載されたところです。
日立武蔵で残業を拒否して首を切られた労働者が会社で起きている過労死を告発した本をだしているし、この英語版もできたので、エスペラントでも取り上げて、日本人が決して裕福でないことを訴えることも大切だ、という意見も出ました。またアメリカの対日要求に脅かされる日本農業についても世界中に知ってもらいたいことだということも参加者の教官をえました。
こういったテーマは次の号でとりあげることになります。
編集連絡会にしろ、連絡交流会にしろ、学習の時間もとってあります。主催者から出すテーマ、問題もあり、参加者からの提起もあり、参加して決して損にはなりません。
これからの会合は、VKで周知するにはあまりにも先がながすぎるのと、VK発行の時点で予定が立たないこともあって、VK誌上でお知らせすることができず、また経費の関係もあって、全国の会員にもれなく案内をさしあげることができません。そこで、首都圏の会員と理事を中心に案内していますが、そんな機会があれば、遠方からでもぜひ参加したい、あるいは、東京へ行く用事があれば遠方からでも是非参加する機会をつくりたいと思われる方は、ご案内をさしあげますので、はがきででもご連絡ください。
灘波正二