concept       
 無精な私の机の上には、うっすらと埃が降り積もっている。何かモノが置かれた机の上の、例えばホッチキスを久々に取り上げると、机の上にはホッチキスの形を残して埃が積もっている。そこにはホッチキスがあったという痕跡が残っている。それがホッチキスと知っている私には何の痕跡かが分かるが、知らない第三者にはナゾの空白かもしれない。息をひと吹きかければたちどころに消えてしまう記号である。極端ではあるが、それはまさしく都市の一様相なのではないか。表れては消えてゆく、その束の間の在り方。
 
 私達を取り囲み、思考や行動を規定する都市の様々な記号があらゆるところに存在する。だがマンホールの蓋の穴や地下鉄の冷暖房カバー、あるいは有孔ボードの表面の穴などはとるに足りない普段見過ごしている記号ではある。そういったものも、私達のせかせかした毎日の無意識に影響を及ぼしているのかもしれない。が、それが現在の私達を取り囲む自然でもある。そのような、はかなく目にとまらない都市の様相(=自然)をまさしく「吹けば飛ぶような」素材でもって表現すること。砂は車道脇の砂をふるいにかけて細かい埃のようなものを集める。何処かから車や風によって寄せ集められ降り積もった、排ガスでうす黒く汚れた砂は、自然物でありながら姿を別のもの(都市の様相)に変えている。
 
 アートの目的の一つが見えないものを見えるようにすることであるとすれば、ここで見えてくるものは一瞬にして消えてしまう記号の在り方であり、私自身に引っかかってくる都市の記憶の断片である。些細な断片ではあるが、その集積によって形作られている社会の「ある姿」が見えてくればいいと願っている。
 
 近作はアニメのキャラクターという記号を連続させ、一般に流通している情報を、一見ではそのキャラクターと判別しがたい砂の形によって表現している。キャラクターの使用、並置、反復はポップアートの手法だが、それすらも一般化した今日においては、ポップの意味さえも砂や埃に埋もれ、あるいはこぼれ落ち散らばって無惨な紙の残骸のみが残るイメージとして提示している。
 
 ぼんやりとした、イメージの一人歩きとしての情報、そして長い時間軸のなかで消え去っていく前提の記号。その時々の束の間の在り方を模索することは、今の時代、この社会の中で生きる「まなざしのリアリティ」の表現であると考えている。
                                                                                                                   2000.11.20   芝崎博敏