up date! 2000/07/20
ブラックベリーという植物をご存じだろうか? ブルーベリーではなく、ブラックベリーである。日本ではあまりメジャーとは言えない植物であるが、これを機に知ってもらえれば幸いである。
ブラックベリーはバラ科の植物で、科が同じでメジャーなモノと言えばキイチゴがあり、キイチゴより温暖な地域に分布する。また、人の手により人工的に維持され始めたのは19世紀初めのアメリカで、日本には1872年ごろ、開拓使によってアメリカからラズベリーとともに、ブラックベリーが導入された。
特徴としては、木は低木で、高さは1m程度。茎は太く、直立性とつる性のものがる。枝はよく茂り、枝や葉に大きいトゲが密生しているが、トゲなしの品種もできているよである。花は野バラに似た五弁の白色または桃色のモノで枝の先に集まってつき、下の方から次々に咲いていく。果実は小さい核果が多数集まった球形の集合果で、約7gぐらいになる。この手の果実の中では比較的大型の部類だと思われる。ブラックベリーは一般に甘味が少なく、生食より加工用に向き、ジャム・パイ・プディング・ムース・リキュールなどに用いられ、ヨーロッパでは葉がハーブティーに利用される。
このブラックベリーの苗が私の家に来てから既に16年程過ぎている。私が自分で手に入れ植えた植物の中では最も古株である。しかし、今まで特に目を掛けて育てているとか言うわけでもなく、大切にしてきているわけでもない。ほんの2・3年前まで実を採るでもなかったのだから。
購入当時、別段、思い入れがあって買ったわけではなかった、本当はブルーベリーの苗が欲しかったのである。ただ、当時小学生だった私には1200円という価格の付けられたブルーベリーの苗はあまりに高かったのである。植物を育てるのが趣味というわけでもなく、ましてや、そのために金を貯めているわけでもない。貯金はあったけど、下ろしてまでは買いたくない。ただ、目の前にして欲しかった、けれど自分の今の財布では買えなかった。それだけである。その諦め、沈んだ私の瞳に写ったのがブラックベリーだった。苗に付けられた紙には、艶やかに黒光りするクワの実のような黒い実の写真が載っていた。その時のトキメキは今でも覚えているほどである。自分の知識の中にない未知の植物。美味であろう想像もつかない味。おそらくはクワの実を更に素晴らしくした感じであろうと考え、もう、欲しくて堪らない。恐る恐る値札を手に取ると350円と付いている。これなら買える!! そうして、喜び勇んで家に帰り30センチ程度の鉢に植えたのである。
期待に満ちた日々の始まりだった。やれと言われたのでもなく、買い与えられたものではなく、自分自身の欲求で、自分自身の財布で、生き死にのあるモノを手に入れたのである。何と張り合いのあることかっ! 枝が伸び支えの棒が足りなくなれば、鉈と鋸を持ち近所の竹林から竹を切り出し更に長い支えを作る。水を数日間やるのを忘れて萎れた葉を見ては謝りながら祈るような気持ちで水をやる。全ては、期待萎えることの無い未知の植物への、未知なる味への、期待。
そうして迎えた初の花期。小さい蕾から開いていく柔らかな薄桜色の花。枝々の先に数個のずつかわいらしく咲いている。花々を巡っていく様々な生物、いつ見ても変化があり飽きることはなかった。そうして花の時期は終わり、その後には若い苺のような様の緑色の実が出来ていた。見渡せばそれこそ花の後の枝々に付いている。期待は膨らむばかりである。後何日したら、後どれだけ待てばその未知が既知になるのか!! そこから先の日々は早かった。それこそ日増しに変化していく粒の色。鮮やかな緑色からだんだんと赤みを帯びてくる。そのグラデーションがまた美しかった。今までにこれほどまでに変化を気にしたことはなかっただけに、自然が見せるこういった演出は非常に興味深かった。
そうこうしているうちに、実は赤紫に変化し、さらには黒みを帯びてきた。そう、購入時に見た写真のと同じような艶やかな黒色になったのである。ついに、夢が叶う時。全ての疑問は解氷し、満足感が胸に満ちる時。その熟した最初の一粒を収穫する。熟し切ったその粒は私の指先を僅かに明蘇芳色に染める。期待が膨らむ。そして、ためらうことなく口の中に放り込む。
口の中に広がる、芳醇な香り、そして初めて味わう極上の甘み・・・半年以上も持ち続けた「想い」それがかなう瞬間のはずだった。しかし、現実は違った。苦みとも付かない独特の酸味、鼻に抜けるクセのある香り、そして、噛み砕くことの出来ないほどの堅さを持つ種。夢は、想いは、叶うことなく砕かれた。そうして、私は次々と実を熟していくこのブラックベリーの苗を鉢ごと庭の端の紫陽花の脇に置いた。そうして、その存在を忘れることにした。
あのときから年数は経ち、ある程度の年齢も重ね、あの当時に比べ知識も増えた。その知識の中でブラックベリーについてのことは「ブラックベリーは生食に使われるよりも、むしろ、ジャムや果実酒に使われる」ということ。なるほど、実という物は全て生食というような頭しかなかったあの当時には、ブラックベリーは少々難しかったか。
また、放置され続けたブラックベリーはと言うと、鳥すらも食べないその実を自らの周辺に落とし、着実に勢力を伸ばしていた。邪魔者扱いされ、伸びた枝を落とされ、新しい苗を出しても抜かれ捨てられていた。それでも、鉢の底の穴から地面に根を伸ばし、周辺に大きく伸びていた。
そうして、今年。数多くの実が出来ている。収穫に向け日増しにその色が濃く成っていくのを見ながら、私は、ジャムに、果実酒に、その後はどうしてくれようと、日々胸を躍らせている。そう、この苗を購入した16年前の、あの時のように。