最終更新日、2006.9.24
しげのマスターの秘密が今、暴かれる!?

御神輿、好きです!みんなで力を合わせて、楽しく担ぐのが基本。
店主(しげマス)が珈琲業界に関わる様になったきっかけとは?
「違いすら判らなかった!」店主が珈琲に疑問を持ち始め、
旨い珈琲を求め彷徨い、更に感じた疑問を拙い文章で綴っております。
( 不定期ですが加筆修正を随時、行っております。)
だいぶ長話になっておりますので、お時間の在る時にでもどうぞ!
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「シビレタ、おはなし」
皆さんは職業を選ぶ時、どんな基準で選びましたか?
もしくは、これから働こうとしているヤング諸君はどう考えていますか?
生涯賃金が幾らだとか、職場の福利厚生が充実しているとか
そう云うのが優先しますか?給料が安くてもやりたい事を選ぶ!なんて
そんな青臭い事、イマドキのヤングは(も)云わないのでしょうか・・・
やりたい職業で、お給金が多ければそれに越した事は無いのですが。
自分は「職業として」接客の仕事をしてみたかったので業種は本来、なんでも
良かった筈なんですが、「コーヒー屋のマスター」(あの頃は、カタカナ)に
惹かれていましたので、「それならばコーヒー屋になろう」と決めました。
何故、惹かれたのか?自分は、人が集まって来る場所が好きだったので、
自分の中にイメージとしてあった「その場所」が、喫茶店だったのです。
お恥ずかしい事ですが、コーヒー屋がいったい幾らの収入になるのかなんて
その頃は、考えてもいませんでした・・・・・(今更、反省しても遅い!?ですが)
都内・下町にあります、私立高校の商業科を卒業後、18歳で珈琲業界にデビュー。
「子供の時から珈琲はブラックで!」とか「中学生の時から喫茶店に入り浸り」
などという、良く耳にする「通好み」な逸話とはトンと無縁な普通の10代でした。
当時の自分はコーヒーには、ミルクとシュガーを入れるものだと思っていましたし・・・
高校在学中に卒業後の進路が何となく見え始めていたので、後は話が早いです。
自分の場合、「喫茶の仕事は全くの素人なんだから、一からキチンと教えてくれる
お店(職場)じゃなきゃ、ダメだ!」という変な?こだわりがありました。
その頃の仕事求人誌などを開いてみると、やれ「仕事が楽です」とか
「初めての方でも高給優遇」など、オイシイ言葉ばかりが並んでいる時代でした。
(注)高度成長期ではなく、バブル景気の初期の頃です。(念の為!)
高校三年になり、いよいよ就職の事を考え始めていたある日、遂に出合ってしまったんです。
「躾(しつけ)の厳しい店」「珈琲のイロハ教えます」というキャッチコピーの店「S」に!
う〜ん、、、今にして思えば、なんて時代錯誤(失礼!)な募集広告なんでしょう。
こんなのを見て応募してくる人って、そうそうは居なかったハズ・・・・・(居ません!)
そういえば募集のポスターには「真面目な人に限る」とも書いてあったっけ。(自爆〜)
「S」のスタッフ全員の接客姿勢や言葉遣いなどは、接客に関しては、少々心得のあった
自分から見ても「なるほどねぇ」と感じられる位に他店とは、明らかに違ってましたね。
「でも、そんなところにシビレましたね〜・・・」(←かなり変なヤツですかね?=自分)
半年くらいお客のふりをして何度も通って、「イケそうだ」と云う思いが確信へと変わり、
或る日、とうとう云っちゃいました、「自分をこの店で働かせてください!」と。
東京を横断するJR総武線の「K駅」東口の真ん前のビルの二階に
今もその店「S」は在ります。店内は武家屋敷風で、ど〜んと店内を貫く
立派なカウンターにロッキングチェアが10席、テーブル席も30席弱あります。
誰が何とと云ってもこの店の名物は、このロッキングチェアです。
ロッキングチェアに揺られながら、ひとり静かに読書も良し。スタッフや隣り合わせた
お客様同士で話をするのもまた、楽しい時間を過ごせる事でしょう。
お一人で来店される女性のお客様が多いことからも判るように、安心感のある
「寛ぎ」をテーマとした、とても居心地の良い「癒し系」の空間がそこには在ります。
( 今は、カクテル等も楽しめるショットバーとしても営業展開をしています
。)
某有名雑誌の編集者の方が「お忍び的に利用している店」とコラムに書いていたり、
2002年には月間情報誌の「散歩の達人・5月号」に非凡的喫茶店として紹介され
注目を浴び、そしてテレビ東京(12ch)の人気番組「出没!アド街ック天国」でも
採り上げられると言う「知るひとだけに、こっそり利用されている」名店です。
しかし自分がその後、9年も!その店に勤める事になろうとは思いもしませんでした。
最初に考えた、あての無い計画(笑)では、ひとつの店で5年修行したら他の店に移って
また5年程修行して、そしていよいよ・・・・・・などと考えていたものですから。
この店は、高卒の自分にとっては「大学」や「職業訓練校」の代わりでもあり、
また職場であったのに、スタッフ一同がある意味では「家族」の様でもありました。
今も尊敬して止まない、この店のオーナー「男前で足が長くて気風の良い、近藤氏」
との出会いは、自分の人生の中では大きなターニングポイントでした。
この店との出会いが無かったら今の自分は、無かったと思います。
「自然?、必然?」
「S」に勤めるようになって2〜3年が経ち、ようやく周りの事が少し見えるように
なって来た頃、珈琲の専門書等で「自家焙煎」なる言葉と出合いました。
その頃は「へぇ〜、、、こんなお商売もあるんだなぁ」程度の認識でしかなく、
特に「ビビビッ」(松田聖子風)とは来ていませんでした。ははは・・・・・。
他のコーヒー店に「お勉強に行く」目的の殆どが、味のチェックもさる事ながら
その有名店スタッフの「優れた、接客姿勢を勉強する(盗む)為」でしたから。
店での仕事(接客&珈琲を淹れる等)が面白くなりだした頃ですし、
まだまだ、接客業主体の生活にどっぷりと浸かっている頃でした。
「S」の珈琲豆は横浜の某コーヒーメーカーから取り寄せていて、他社の
珈琲の味を知らない自分にとっては、このメーカーの味が全てでした。
(それって、ただ自分が勉強不足なだけでしたね。)
注意深く、丁寧に珈琲を抽出してさえいれば、おいしい珈琲が出来上がるものだと
信じていたある日、「有名自家焙煎店の珈琲豆」なる、未知のモノがご常連の
お客様より大胆にも「S」に持ち込まれました。勿論ご好意で、、、、、。
「見掛けは随分とローストが深いですね」「あっ、凄い!珈琲が膨らんだ」(爆笑)
「香りもけっこう強め!」「でも、二投目でドームが潰れた」等と、良く判りもしないで
ワイワイとスタッフ一同で取り囲み、その珈琲を飲んでは批評していました。
「自家焙煎店と大手メーカーの珈琲豆は、なんでこんなにも違うんだ!?」とか
「珈琲の抽出は注意深く、丁寧なだけではダメなんだ!何かが足りない!」などと
この頃の体験が切っ掛けとなり、幾つかの疑問を感じ始めるのでした。
その当時、お付き合いのあった珈琲の会社にその疑問等をぶつけてみましたが
たとえば珈琲豆に関して質問をしても、的を得た答えは返って来なかったような・・・
(ただ単に、こちらの理解力が足りなかっただけかも知れません)
そして「S」で使用しているブレンド珈琲ですら、豆の配合比率はおろか
メインの豆さえも一切、非公開と言う事でした。今もそのままだと思います。
この件に関して後に思った事は、大手メーカーは「云わない」のではなく「云えない」
のではないかと。内容が知れちゃマズイ事があるのかも知れません・・・・・。
今まで知らなかった事や湧いて来た疑問が増えて行くに従い、そういった事を
調べたくなる性格でして、本を買って調べたり・・・・・そんな事をしている内に
自然(必然?)に「自家焙煎珈琲店」に興味が向くようになりました。
当時、買った本で気になる店を探しては都内を中心に、方々の珈琲店に出向き、
珈琲を飲んで来たり、豆を分けて頂いたりする様になっていったのでした。
「探求心の芽生え」
その頃(80年代後半)に感じた事は「どの自家焙煎店もローストが深めだなぁ」でした。
自分で自家焙煎珈琲店を選んで行っていましたから選び方に偏りがあったのかも
知れません。どの本にも掲載されている店や自分が電車等で行きやすい場所、
何とも気になる紹介文のお店等が選定の主な基準でした。(←いい加減でしたね)
でもその頃には、さすがに珈琲はブラックで飲むようになっていました。(笑)
先ず、きちんとした珈琲を飲んだ事が無く、味も良く判らない若造(当時の店主)が
「きちんとした味の珈琲」に出会うには、自分の足で何十軒も飲み歩きながら
自分の中に判断の基準となる珈琲の風味や経験値を持つべきと考えました。
書籍に紹介されているお店に実際に足を運んでみると、想像以上に素晴らしい
お店もありましたが、その逆にとんでもないお店(店主殿!)も存在しました。
その時の印象の良し悪しはさて置き、何年か経って再訪してみる事もありましたが、
既に閉店していたり「こんな味(店)じゃ無かったのに・・・」とがっかりする事もしばしば。
もちろん、何度足を運んでも美味しい珈琲が出てくる素晴らしい店も確かにあります。
それとてその頃の判断は、たぶん「好みに合う、合わない」から始まっていた訳で、
「品質の良い、悪い」の判断が出来る様になるのは、まだまだう〜んと先のお話でした。
まあ、珈琲なんて「好きな味か、そうで無いか」が判断基準で良いと考えています。
それは、品質が良いか悪いかの判断ではなく、飲み手の好みが大事だからです。
全ての珈琲店主がすべき、最低限のお約束が「良い豆を適正価格」であって欲しいです。
取敢えず、どれかひとつの珈琲の味をキチンと覚えたい。 「同じ銘柄の珈琲だけ」
を選び、暫くの間はその珈琲だけを飲み続けてみようと思い、実行しました。
それぞれの店のブレンドコーヒーでは個性がありすぎて、楽しめるけど味を覚えたい
という趣旨からは外れてしまうので、ブレンドとストレートをそれぞれ一杯づつ
飲むようにしました。そして数あるストレートの中から選んだ銘柄は「ブラジル」でした。
なぜかと言えば、どの店に行ってもまず「置いて無い事が無い銘柄」でしたし、
自分にとって最もポピュラーなコーヒーの銘柄がブラジルでしたからね。
ある珈琲店でオーダーをしました。「ブラジルを下さい」「・・・・・おやっ???」
そして今度は別の珈琲店でも飲みます。「ブラジルを!」「ありゃりゃっ???」
同じブラジルという銘柄なのにどうして店が違うと、どれも違う味に感じるのか?
ローストが違うぐらいの事ならば気が付いても居たのですが、はてさて・・・。
自分が味音痴なのか?それとも何か他に理由が・・・・じゃぁ、それは何!?
またまた湧いたその疑問を解決したくて、終わり無き探求が始るのでした。
「何か」を探しに
色々な店で色々な珈琲を飲めば飲む程、解らなくなりながらも考えた事がひとつ。
これはもう珈琲を飲んでいるだけでは、見えて来ない「何か」が有ると思うようになりました。
次に取り組みたくなった事は珈琲豆を焙くと云う事、つまり(やっと)珈琲豆の焙煎です。
珈琲に携わるようになって八年目にして、大きな次なる目標が見え始めてきました。
この世界に入った頃に何気なく思っていた「あての無い五ヵ年計画」は何処へやら。
ずっとお世話になっている「S」では、焙煎に関する事は、全くの畑違いでして
どうする事も出来ません。どうしても焙煎の事を勉強したい!と云う事は、
つまり、それは自分が「S」を辞めなければならない、と云う事に繋がります。
自分はまだまだ、この「S」でお世話になりたかったし、尊敬する近藤氏に師事して
行きたかったので、随分と悩みました。近藤氏にとっても、店にとっても「古株」が
居なくなると云う事は良いような、悪いような・・・・・。
「どうしても焙煎の勉強をしてみたい」と云う決心の強さを理解して下さり、そんな自分の背中を
押して下さったのは、他でも無い近藤氏ご本人でした。後輩も一人前に育ちつつあり、近藤氏と
相談の結果、あと一年間「S」でお世話になり、後輩を育て上げてから店を辞める事になったのです。
自分の後任として候補に挙げられたのは、見掛けのカッコ良さからは想像もできない程、
謙虚で真面目、笑顔の素晴らしい好青年「M君」。それ迄に共に過ごした数年間もバッチリと
鍛えて来ていたのですが後任を引き継いで貰う為にも、まだまだ教えたい事がありました。
目標があると先を見据え進むことが容易になります。M君も高校野球(有名高校でレギュラー!)で
鍛えた持ち前のガッツで喰らい付いて来てくれ、あっと云う間に意義の有る一年が過ぎました。
しげ(店主)の仕事を、充分に任せる事が出来る様になったM君を始め「S」のスタッフの皆さん、
応援して下さったお客様方、そして大恩のある「S」のオーナー近藤氏に心から感謝をして
次なる挑戦を開始するのでした。今迄、どうしても見えなかった「何か」を知る為に!
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店主・峯岸 繁和 (みねぎし しげかず
)
1964年7月生まれ ・ 血液型 よくあるA型
一生懸命に働いて、同じくらい遊びたい!
趣味 / 写真撮影、キャンプ遊び、バイク、アコースティックギターなど・・・
Special thank’s
ブライダル・フォト業界の革命児!こと 小黒 茂 氏(プロフェッショナル・カメラマン)